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65 : 壁にも 空いた、うすぐらい  みつとみ '16/10/26 21:18:41  [Mail] [URL]

壁にも 空いた、うすぐらい
あることに気づかれず
探せば見つけ出すことができる
半ズボンが壁から抜け出してくる
小学校のひび割れた校舎
蹴られる背
水の張った校庭
町工場の錆びたトタン
敷地のバラ線が絡まり
ペンキ臭い鉄骨の体育館
頭から落ちる床
台風の後の空き地に朽ちたブロック
住宅街近くの忘れられた防空壕のセメント
工事現場の貯水槽のシルエット
公園の古い壁に
ひとりでボールを投げつづける
身をすぼめてくぐり抜け
たしかな光のほうへ抜けようと
砂場でみなに囲まれて踏み続けられ
胸にも 空いた
見ることもできずに
望んでもふさぐことが難しく
さとるに語ることができない
気づくよりも重くなった体をひきずって
叫ぶこともできずに唇をかみ
己のやせた胸へと戻っていく
ただこもってしまう日々にまたひとつ空いていく
いつもは隠れている
ふとしたときにその向こう岸をみせてくれる
草地の犬が背をまるめる
壁にも 空いた、うすぐらい
夕暮れに団地に帰っていく
行き場のないランドセルの背

天気雨がふりそそぐ、塀に囲まれて
ジャケットの襟をたて、ゆっくりと天を仰ぐ

*近日、Amazonで販売予定の「狼」29号から
 次号以降の参加者募集中につき、関心のある方はメールにて。

>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20161026_726_65p

  • 三浦果実 :
    みつとみさん
    こんにちは。三浦果実と申します。詩歴も何もない者ですが、
    『壁にも 空いた、うすぐらい』についてコメントさせていただきます。
    私は、昭和43年生まれですので、おそらく、みつとみさんとは同年代です。
    昭和50年代の原風景を良きイメージとして抱いている私からしますと、今作は、その原風景を誘う作品です。当時はそこら中にいました。ひとりで壁に向かってボール投げしている少年。僕もその1人です。その浮かぶ原風景には、当然ながら「音がない」のです。音が記憶から消えていくこと、その喪失感は大きい。この作品、私は共鳴しました。何かが。この作品は僕の為に書いていただけたのでしょうか。
    ...全文を表示  ('16/10/27 12:13:53)

  • みつとみ :
    三浦さん
    コメントありがとうございます。同世代の方ですね。当時はサッカーよりも野球が盛んでした。わたし自身は野球よりサッカーのほうがプレーは好みましたが。
    夕暮れの原っぱは原風景ですね。団地とか校庭とかもね。
    作品に3千円とのこと、ありがたく思います。詩に値段をつけるとそのような感じなのですね。
    詩とか芸術とかは、お金に換えられない価値(芸術的価値)と、お金に換えられる価値(商業的価値)とかがあるのでしょう。
    ...全文を表示  ('16/10/27 16:42:42 *3)

  • 三浦果実 :
    みつとみさん
    早速のレス、有難う御座います。
    「協働」という言葉。私自身にとってもキーとなる言葉として覚えておきたいと、そう思いました。僕もムーブメントを起こしたいのです。ムーブメントの紛い物的なものでもいいかもしれません。結果的に成功しなくても、やるとなったら大変なことで、傍観者でありたいという気持ちが大きいとしても、みつとみさんへの礼儀として、なんか、言い切りたくなりました。僕もムーブメントを起こすプレイヤーでありたい。破壊的な負のムーブメントではなく。有難う御座いました。  ('16/10/27 18:24:10)

  • 泥棒 :
    ふむふむ。
    センチメンタルな感じだけではなく
    ま、やっぱり、うまいっすね。
    この場合の「うまい」はもちろん褒め言葉ではないです。

    ...全文を表示  ('16/11/02 13:01:33)

  • みつとみ :
    泥棒さん
    そうですね、ほかの方々にも声かけておきますよ。ありがとう。  ('16/11/03 01:17:29)

  • 玄こう :
        
     主体を喪失した詩文
     述語形式のみで書かれた物を読むとそうして、実体を失い現象論にばかり収斂されていく有り様、そんな詩の世界観をみる。……(*)

     我々は、(詩も言葉も)=(絶対性や信や実…などが言葉として希薄なまま、多くの物事に接し生きて暮らしている → 相対的な配置ばかりを我々は感じ考え、それらを当然の世界観としそうしたなかから産まれる美意識。
    ...全文を表示  ('16/11/03 02:25:44 *1)

  • みつとみ :
    玄こうさん。
    「わたし」「私」「わたくし」「僕」「ぼく」「俺」「自分」「おいら」ほか日本語には、
    自分を表わす言葉はいくつもあって、それぞれ自分のことなのに立場や印象そのほかが違ってみえます。
    「君」「お前」「貴方」「あんた」ほかこれもいくつもあります。
    「彼」「あいつ」なども。
    ...全文を表示  ('16/11/03 13:36:25 *2)

  • 三浦果実 :
    みつとみさん
    コメントしなくてもよいことですが、29号をアマゾンで購入しました。届いたらワクワクしながら読ませていただきます。  ('16/11/11 11:57:50)

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64 :   みつとみ '16/08/12 18:55:00 *3

   はがれた爪のように 水面に言の葉を散らしていきます
            白い光の底として
         たゆたう水が満ちていきます
    明るい音がしないのは 洞窟に光がこもるから
           わたくしの 腕から
        ほら 目が 生えていきます
          わたくしの二の腕から

         目が いくつも いくつも 
       生まれては そう 増えていく
       うっすらと その目が 開かれ
       なにがほんとうでなにがうそで
      なにひとつ悪いことをしていないのに
  信じることができずに あなたの指を落としていきます
     音がして あかい血が水面をただよい
        きれいにうずをまくころ
    指が くらがりの底に 沈んでいきます
        あなたに 知ってほしくて
      わたくしの肌を うすく一枚そぎます
    そうして あなた の 指 が しずむ とき
      わたくしの腕に 目がひとつ生まれます
        わたくしの肌が そがれるとき
      わたくしの脚に 鱗が一枚うまれます
    わたくしが たくさんの目をもつ魚となったとき
            あなたは
      ひとつの洞窟につつまれた湖となって
         暗い底から光をたたえます

          しずかに憂いながら
     泪のかわりに真っ白な微笑みをうかべて
         横たわっているのです
   あなたは わたくしという洞窟にとじ込められた
        泪をたたえた 湖なのです
       あなた の 指 を おとしては
          はだを 一枚そいで
         いきものの水がたまって
     わたくしの腕に 生えた目が濡れてひかり
    わたくしの脚に エメラルドの鱗がうまれて
         その光を底として
      いのちの水が満ちていきます
      その紅くとうめいな水をのんで
 悲鳴を偲びながら 爪のような言の葉を漂わせていきます
      ほの暗い過去が髪の長さとなり
      裸の背に月の光を浴びながら
       わたくしの胸に抱えられて
あなたの眠った蒼白の顔が微笑み 水底から浮かび上がります



*本当は縦書き中央揃え

>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20160812_714_64p

  • 玄こう :
     二回頑張って読みました。率直に申しますと私読者は、この詩に感想を促したいほどの好さや、誰かに読ませたいために批評を付すことや、詩のなかから何か?、輝かしいものを掘り起こしたい、掘りあてたい、という解説も、出来ない、したくもない作品でした。

     すみません酷評になると思う。

     詩の流れが一環しているようで一環していない。
    ...全文を表示  ('16/08/12 20:48:51 *3)

  • みつとみ :
    玄こうさん。
    早速のご批評ありがとうございます。なぜか「酷評」とは受け取れなかったのですが、たしかに「男がイロケを出す」のは難しいですね。でもやってみたかった。笑い。  ('16/08/12 22:12:07)

  • kaz. :
    みつとみさんは、中々表に出てこない印象があったのにこうして書いているということは、すでにかなりもうストックがお有りなのかな。書く体力を維持しているんだと思います。
    内容については、スタイルの必然性がよくわかりませんでした。なんで縦書きの中央揃えにする必要があったのか、またそこから生まれる何かがあったのか。
    それが、私には読めませんでした。すみません。  ('16/08/22 17:59:15)

  • みつとみ :
    kaz.さん、お読みくださりありがとうございます。
    いろいろ黒子的というか縁の下の力持ち的というかそういう役割のほうがいくつかの場で多いもので。性格も地味でして、はい。
    水とか光とかたゆたう感じのスタイルを狙ったというか、そのような感じです。  ('16/08/23 20:09:51)

  • アラメルモ :

    これも拝見いたしました。
    上の作品と同じように観念的な詩ですね。
    タブレットなのでいちいち文章を取り上げて評はいたしませんが、まるで感情から涌き出るように、身体的な痛みとして水そのものが喩化され書き込まれている。このことから水とは泪のことを指すのでしょうが、よろしいと思われるのは、この涙が身体的な蘇生や痛みとしてあなたに還元され書かれていることだと思います。なので、玄さんが一環しているようで~というコメントは当然で、もちろん感情には起伏があるからです。
    あなたとはまさに水であり涙でもあり、つまり生き物の感情そのものを指しているのです。みつとみさんの詩はわたしにとっては入りやすく理解しやすい。そんな気にもさせられる。。なぜかと申せば、あたまよりも直に胸のほうに響いてくる。言葉には操られていない美意識を感じることができる。それは胸に抱えたギターの音色。ダイヤモンドを散りばめた、きらびやかな輝きではないけれど。手のひらにある、オパールの小さなかけらのきらめきに魅せられるように。。これも経験と御努力の賜物だと思います。稚拙な感想ですね。笑。失礼しました。  ('16/09/11 18:25:38 *6)

  • みつとみ :
    すこし時間が空いたので、ちょっとだけ。
    アラメルモさん、ご感想ありがとうございます。
    そうですね、水はわき出たり、滞ったり、流れたり、にじんだり、かわいたり、姿を変えていきますね。
    十代、二十歳のことは観念的で難解な言葉を使っているときもありましたが、
    それ以降はだんだん、平易な言葉で書くようになりました。  ('16/09/15 13:29:03 *1)

  • 朝顔 :
    お初です。規定がよくわからなかったので、取り敢えずここに来てしまいました。
    宜しゅうございましたでしょうか?
    この詩、結構怖い詩だなと思いましたね。(ちなみに、私は技術的な批評や観念的な講評はへたくそです。)
    ロアルド・ダールの短編小説(確か。違ってたら申し訳ないですw)で、夫がやはり妻の指を一本一本落してゆく話があるんですよ。それは、愛の証というよりも、単純に夫が気が少々ふれていて、賭け事を妻とするたんびに、相手が負けると指を削ぎ落してゆく訳ですが。
    話がそれました。
    ...全文を表示  ('16/10/22 04:37:58)

  • みつとみ :
    朝顔さん
    ご感想ありがとうございます。内面はそうですね、残酷性とずるさもあるかもしれませんね。「明治大正的なニュアンス」、それはちょっと偏愛的というか、江戸川乱歩的な怪奇性と叙情性というか、そのような感じでしょうか。そのようなものも確かにあるようです。わたしは、しずかに憂いてしまうのかもしれませんね。  ('16/10/23 11:28:23)

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61 : うしろ背  光冨 '16/02/24 23:14:17

そのうしろ背の壁に
白い顔が浮かびあがっている
まっすぐ見ている眸に
群れのひとたちの歩き出しに
くすむ羽をすぼめている

行き交うひとたちには気づかれない
そのあおざめた空には
遠くうすくのびる雲が逃れている
そのうしろ背が舞っている
小さい点の旋回に
羽根の白さが落ちていく

空のペットボトルのなかに
乾いた風の音がこもっている
胸のこげた臭いを
コートの襟に隠して
眉をひそめてさまよっている
街角で配りものをする肩に
触れてはわるいから

空が雲に覆われて
湿り気をふくんだ風に
ひとが通り過ぎても気づかれない
街の表示がはがれ落ちた死角で
影がひとついなくなった

靴のかかとを気にして
膝をまげて深い帽子を落とす
その曲げたただひとつの背に
街の空が引っ掻き傷をつくる

還っていくひとたちには気づかれない
建物の影に消えていく
うしろ背にまたたく光がまぶたを開く

>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20160224_656_61p

  • 泥棒 :
    静かすぎて
    なんて感想を書いていいのか
    わかんない。
    なので
    過去作品を読んでみました。
    ...全文を表示  ('16/02/28 20:26:46)

  • 光冨 :
    泥棒さん、ありがとう。あとで、何か思いつけば、返答を加えさせていただきます。  ('16/02/29 12:17:06 *1)

  • ねむのき :
    みつとみさん、こんばんは

    三連がいいですね
    >空のペットボトルのなかに
    >乾いた風の音がこもっている
    ...全文を表示  ('16/03/13 23:44:09)

  • 光冨 :
    ねむのき様

    こんにちは。ご指摘の部分、確かにそのようにも受け取れますね。
    わたし自身、この言葉はこういう意味で狙いだとか、この作品に関しては、言えないです。
    散文詩のシリーズやその前に書いていた改行詩の場合は、一つひとつの言葉の意味やイメージについて語れたのですが。
    ...全文を表示  ('16/03/18 18:16:11)

  • 中田満帆 :
    やりなおし。なにもいってないに等しい。  ('16/04/02 23:53:53)

  • 光冨 :
    と言われてやりなおすひともいないだろうが。中田さん、ありがとう。  ('16/04/04 20:43:47)

  • 園里 :
    そもそも「うしろ背」というタイトルが気になります。「後ろ」の「背中」あるいは「背表紙」でいいのかな。「後ろ」にモノがある、という言い方で「背中」を問題にするのは、自分があるということを認識している、人の意識が作った言葉だと思う。

    ねむのきさんの視点を足掛かりにして、1、2、6連の何が違うのかを単語を中心に考えてみると、これらの連だけ「うしろ背」と「ひとたち」が出てくる。つまり「うしろ背」はつねに「ひとたち」と関係してくる。

    3、4、5連には「胸」があって「眉」があって「肩」があって「膝」があって「帽子」をかぶって「コート」を着て「靴」を履いてる人物が出てくる。「背中」だけないけれど「うしろ背」の意識はどこかにある。ここで思うのは、ほぼ全方位対応なんですよ。上下横前後全部ある。小さい点をあらゆる角度から旋回するように書かれている。「小さい点の旋回に/羽根の白さが落ちていく」それはつねに意識されてる。<平面/鋭角>とか<乾いてて熱いところ/湿ってて寒いところ>といった対句表現が多いのも特徴。
    ...全文を表示  ('16/04/10 18:01:03)

  • 光冨 :
    園里様

    丁寧にお読み下さり、ありがとうございます。「全方位対応」という指摘はユニークですね。たしかにこの作品は「視線・視点」が描く折り重なる情景かもしれません。
    また「翼」も本来は鳥のように腕の変形のはずですね。  ('16/04/11 20:31:30)

  • 玄こう :
     人を壁の前に立たせ、ストロボを放つポートレート写真のようで、行きかう街の人らにみえる光背をみるようで、あるいは中世ヨーロッパの教会の天井壁画を思わせるようで……、モーリス・ユトリロが後ろ姿の小人ばかりを建物の隙間に描いた絵画を思い出させたり

    様々な光景が(絵的に)よみがえってくる。

     どんなショットからこの詩が出来たのかは私にはわからないが、車のなかからの感じもするし、街を歩きながらの感じもするし、様々な光景が『動的に』織り込まれている。
    ...全文を表示  ('16/08/29 00:53:52 *21)

  • みつとみ :
    玄こうさん
    「うしろ背」という人物の像の立体的な絵画や動画を意識していたようです。
    「動的でありながらも描く言葉が絵的であり、しかも文面に描く様々なモチーフなどの距離間に眩惑させられる。」とはうれしい言葉です。ありがとう。  ('16/08/30 19:59:19 *1)

  • アラメルモ :

    拝見いたしました。
    わたしも園理さんと同じように天使の視点を意識させられましたね。
    そして、この象徴的な「うしろ背」とは、つまり人々の内面まで透けて見える精神性のようなものじゃないかと。天使には当然それもみえてくるのでしょう。
    観念的な茫漠とした意識で表されているのでしょうか。そういえば男は背中で語る、なんて言い方もされる。よくよく眺めていると、その人が背負う、生きてきた辛さや哀しみ。うしろ背の姿。なんとなく人生観まで現れてきて、性質までもわかるような気がしてくる。
    ...全文を表示  ('16/09/11 17:19:46 *1)

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6 : あばら家  いとう '05/01/01 11:46:55  [Mail] [URL]




とかげの足音を拾っていくと
「かげろう」と呼ばれる庭で行き詰まった
兄さん
あれは生き別れの兄さん いいえ
姉さんだったかもしれない
が、
見えたりもする

通りすがりの犬に
犬ころと名前をつける 犬ころ
犬畜生でも良かったかもしれない
猫なんて名前はつけない
自由ではないから

あばら家は何かの手違いのように
窓のようなもので区切られていて
その揺らぐ影から
臭い立つものの名前を
聞いたことがあるような
気がしているような

自由と臭い消しはよく似ている
兄さんがそう言っている
姉さん
だったかもしれない
も、
揺らぎ始めていて
とかげは最初から
とかげの足音でしかなく
犬ころもやはり
揺らぎ始めていて
私の足には根が
生え始めていて
私の足音が
拾われるのを
待っている
そこにいる
根を生やしている
とかげのように

>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20050101_034_6p

  • 榊蔡 :
    対象の扱い(不確定的)が夢のなかの認識に似ています。
    これは夢を言葉に落とし込んだ詩であるか、
    あるいは夢のような情景を狙った詩であると解釈しました。

    読み手として感じたのは、
    ...全文を表示  ('05/01/02 15:33:19)

  • いとう :
    >榊蔡さん
    ま、もちろん、
    作者がどういう意図で書いたか説明するなんて野暮なことはしません。
    んで、
    寓話性からの切り込みは、面白いなと思いました。
    ...全文を表示  ('05/01/03 18:21:52)

  • Canopus(かの寿星) :
    「『あばら家』、ですか」
    「『あばら家』、です」
    「ええと、これはつまり、この場にふさわしい詩として投稿した、いとうさんの渾身の一作
     即ち本物のオムレツとして考えていいわけですね?確かめておきますが」
    「……(笑)」
    ...全文を表示  ('05/02/12 12:41:08 *1)

  • いとう :
    お。ありがとうございます。
    「その世界に読者がうまく乗っかれるような配慮もない」ってのは、
    読んでて、確かにそのとおりですね。うむー。
    確かに配慮してないなぁと、反省しきり、というか、
    ご指摘の部分、わりと俺の弱点だったりします。
    ...全文を表示  ('05/02/13 12:42:10)

  • 千芳 :
    やっと読める作品が…  ('05/09/20 10:31:12)

  • シロ :
    この作品のように比喩ではあるが、そのまま読んでも味わえるものが私の好みの一つです。
    最初から、「これまるっきりの比喩です」っていうのは、ちょっとついていけませんもので。
    でも、現代詩というのは、それこそすべて新しいものが優先されるのでしたら、あれですが。  ('16/04/12 17:49:05)

  • 玄こう :
    はじめまして、いとうさん
    片便りの詩レスですが、感想批評をちょっと綴ります。

    >とかげの足音を拾っていくと/「かげろう」と呼ばれる/庭で行き詰まった/兄さん/あれは生き別れの兄さん いいえ/姉さんだったかもしれない/が、/見えたりもする

    ...全文を表示  ('16/08/10 20:11:29 *5)

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22 : 暖かい感触  平川綾真智 '07/03/15 15:32:13 *2  [Mail] [URL]

― 楽あれば苦あり 苦あれば楽あり
  そう呟いて生活を、な
  描き続けた。ずっと、ずっと。
  まぁ、はっきりと解ったんだが
  ありゃぁ 、 嘘だ。
  描いた年数を観つめたら、
  苦しかモチーフなんて無く
  楽なんざ何処にもありゃしない。
  うん。だけど、だな
  描ききった苦の先に 見つかるんだ
  言い難い色が。
  塗り込めたい色を手にして
  私は、筆を止められやぁしない

顔に叩き付けてみた湯は 脳裏に恩師の言葉を被せる。
露天温泉に浸かる今日 見上げた薄く延びる紺へと
上る乳白の雲を描けず、あえぐ私の脳裏には 
恩師の言葉が流れ続けた。
土が寝呆け、欠伸し吐き出す 朝もやいに包まれて
霞んでいった私の中身。
昨日までの生活が熟む、こびりついた汚れは重く
あえぐ筆の動きを鈍らせ 紺に雲は上らない

身体を静かに湯で擦る。
もやいの中で、霞むことない恩師の言葉
そうだどうして 土の寝呆けた欠伸などに 
恩師の言葉が霞むものか
立ち上る脳裏へ私はますます、静かな擦りを太らせる。
擦れば中身に霞みは消えて あえいだ筆は軽く動き
再び見上げた延びいく紺。私が描く乳白の雲は
見事なまでに上り行き、そうか
全ては擦れば落ちるのか なんだ
心の汚れは  、 水性か

薄い紺へと乳白は 色彩を変えて上り続ける。
私が描くこれからの日々は 言い難い色に全て、満たされ
決して筆が止まることはない。
まだまだ包むもやいの中 いつか空の先までも
必ず描きあげる私。
伸ばした筆へ湯を叩きつけ 私に私は、期待を上塗る。
描き出された未来へと、浸かる 
恩師がくれた暖かい感触。
これから熟み来る苦が全て
楽しく 、 私は仕方ない

>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20070315_225_22p

  • 凪葉 :
    読ませて頂きました。

    題名の通り、暖かさが残る作品だなと感じました。
    文はとても掴みやすく、素直に言葉が入ってゆきました。

    ...全文を表示  ('07/03/17 23:26:36)

  • 池中茉莉花 :
    わかりやすい言葉なのに、選び抜かれた言葉。
    そして語られる場所の設定。
    平川さんがいつもおっしゃっている「作品にする」ということの意味が
    この詩の中にもあらわれていると思いました。
    わたしの場合、苦しいから、生きるために書き続けています。
    ...全文を表示  ('07/03/21 17:42:46)

  • 匿名 :
    僕がかんじたのは、ホワイトロリータです。
    ブルボンの甘くさくさくしたおやつ

    バターじゃなくマーガリンが代わりに主張する。
    本当は青いんです。
    ...全文を表示  ('07/03/22 10:32:59)

  • 池中茉莉花 :
    私が昨日書き込んだ、「苦しいから書く」というコメントは的はずれだと
    わかりました。お詫びします。
    なんとなく、「恩師の言葉」がほんの少し見えたような気がしています。  ('07/03/22 14:28:51)

  • 田崎 :
    こんばんは。

    自分で意識しているにせよしていないにせよ、書いたり話したりすることには何らかの意図や狙いが存在していると思うのですが。
    この詩の内容だけに目を向けた場合、おそらくこの詩を気に入る人は、平川さんの「真っ直ぐさ」とか、「純朴さ」とか、「人間味」とか、「信念」とか、そういったものを作品から感じて、(恐らくは感情的に)感動するのではないかと、思うし、平川さんもそれは、意識しているにせよしていないにせよ、わかって書いているのだと思います(多分)。
    表現というものに必ずと言っていいほど、付き纏ってくるこのような構造にも目を向けると、僕はこの作品の内容に感動するとかしないとかいう以前に、興醒めしてしまいます。あからさまに「感動してください」と言って出されたものに、まんまと感動する気になんて僕はならないですね。ただこういうのは、三人称を中心にして、フィクションとして出したら、恐らくそういうあざとさは幾らか、あるいは大分、消えるのかなーとも思うのですが。
    ...全文を表示  ('07/03/31 02:35:40 *1)

  • 平川綾真智 :
    取り敢えずご挨拶までに。
    皆さんコメント有り難うございました。
    田崎さんには 「新屋敷二丁目〜」の方を批評いただきたかったかな、と。
    かなり書いたのは前なのですが、珍しく直球で好きな作品だったので投稿しました。
    多く勉強になりました。
    ...全文を表示  ('07/03/31 22:52:31)

  • 田崎 :
    なにか、ひっかかるところの指摘だけでも片手落ち、かも、と思いまして、
    もちろん、比較的直情的ではない、2連目以降の、「私」の思いを導くまでの、求心力がありながらも躍るような描写は、見事だなというのは、前提として思ってます。平川さんはこういう文体をわりとナチュラルに書けてしまうのかもしれませんが(よくわかりませんが)、やはり良い意味で独自性のある文体だと僕は感じています。別にえらそうにわざわざ僕が言うことでもないのかもしれませんが・・・・・・。  ('07/04/01 03:35:32 *1)

  • 草野大悟 :
    平川さん、こんにちは。
    拝読
    この作品は、素直に、すんなり心に染みてきました。
    特に、三連の

    ...全文を表示  ('07/04/01 13:40:50)

  • 名前はいらない :
    装飾過多で胸焼けがする。
    自らのレトリックに対する批評がまったくない。
     
    たとえばこの行

    ...全文を表示  ('07/04/02 18:10:48)

  • 平川綾真智 :
    コメントありがとうございました。

    草野さん、好評で何よりです。引っかかった点を明確に書いてくださり勉強になりました。

    名前はいらないさん、指摘ありがとうございます。もう一度距離を置いて読んでみます。推敲の際への勉強になりました。
    ...全文を表示  ('07/04/03 15:36:17)

  • 池中茉莉花 :
    再レスです。
    詩作に限らず、何かをやり続けるうちに自分の限界かと思うようなことに向き合うこともありますね。でも、恩師の言葉を
    いつも思い起こし、文極にあつまる人々の成長を望むのと同様に、ご自分の成長を常に求める平川さんの
    真摯な姿勢が伝わってきます。
    生きることそのものも書くこととおなじですし、この姿勢を胸に深くきざみたいと思いました。
    ...全文を表示  ('07/04/06 21:43:12)

  • ICE :
    平川綾真智様こちらでは初めましてです。失礼します。

    当方の詩に批評を頂いたときにも書いておりますが、全く食わず嫌いの多い当方の意見ですので浅い意見とは思われますが‥。

    一読しまして、共感出来ないのが個人的に致命傷です。。
    ...全文を表示  ('07/04/14 09:58:13)

  • シロ :
    文章のうねりを感じました。
    韻を意識されているのでしょうか、文章全体がとぐろを巻くようで楽しめた。  ('16/04/12 17:38:57)

  • 山田太郎 :
    こんにちわ いつもお世話になっております。

    「熊本地震3ヶ月目・連続震度7と1900回」関心をもって読ませていただきました。
    最後の、「私は今回、自分が被災して初めて阪神大震災や新潟中越沖地震のこと、
    東日本大震災の時に胸を痛めながらも何もわかっていなかったことを知りました。
    ...全文を表示  ('16/07/23 09:31:54 *1)

  • 玄こう :
    >― 楽あれば苦あり 苦あれば楽あり そう呟いて生活を、な 描き続けた。ずっと、ずっと。・・・・
    はじめまして、批評ができるよう、こちらで訓練させてください。

    冒頭の恩師の言葉と、湯船に浸かるご自身と、この詩を綴るもう一人のご自身とが、ひとつの短い詩のなかに居てて、読者は彼や彼女の語りや想いを聞き分け、読みわけることができ、渾然とした三つ巴のパート、ソプラノ(湯船の彼女)、テノール(詩を執筆する現場の彼女)、アルト(恩師の忘れられない言葉)。詩のなかで歌われている、そんな想像を巡らしながら読む。

    ...全文を表示  ('16/07/24 19:06:23 *6)

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58 : 悪魔の子ども  ケムリ '12/02/10 23:26:55

 悪魔の子どもが生まれたって、言わないで欲しいんだ。カシミールで毛皮を売っている彼の、その柔らかい頬に浮かんだ笑顔みたいな、そういうところで生きていこうよ。僕はスリーポイントシュートもあまり上手くないし、タップダンスも上手に踊れないけど、いつまでも林檎の皮を剥いているみたいな顔をして生きていたいよ。

 ねぇ、そんなに人生に期待をしなくなったんだ。そういうことはおきてしまったんだろうし、おきてしまうだろうことだったんだ。それはそういうことだ、と思うことにした。そうじゃないと、自分も他人も許せなくなっちゃうからさ。いいかい、キー・ポイントはこういうところだ。君の身の上に起きたことはぼくの身の上にも起きるかもしれない。だから、君は独りじゃないよ。

 向き合うべきだ、と思うこともある。例えば、リビアだかどっかその辺りで罪もない市民が撃ち殺されたとか、名前もそんなに有名じゃないアフリカ大陸のどこかで、今日も小さな女の子が飢えて死んだとか。そういうことを悲しむのは、歳を経るとずいぶん簡単になった。だから、僕はムガベさんを責めたとしても、君のことは責めないよ。ハロー・ハロー・聞こえますか。どこまで生きても寂しかったんです。だから、色んなことがそれでいいと思えるようになりました。

 悪魔の子どもが生まれたって、風の噂で聞いてしまったんだ。それはきっと生まれたんだろうと思うし、君の空っぽの子宮の中を吹き抜けているその風には、ぼくだって覚えがある。誰も責められない、それどころかどこにおいていいかもわからないような荷物が、突然背中に乗りかかるんだ。ぼくだってそれくらいのことはわかる。だから、君のことを僕は責めない。出来ることなら、世界中の誰のことも責めたくない。そういうことは、サダムさんに任せておきたい。カダフィさんはきっと、煙草の値上がりを気にしたりはしてないだろうから。少なくとも、ぼくは煙草の値上がりを気にしたり、税金が上がって落ち込んだりするような人のことを責めたりしたくない。

 空っぽの冷蔵庫しかない部屋で生きてるみたいだよね。ドアを開けて、溢れた光の中でさ、何かが何度か羽ばたいたんだ。そういう夜を、みんな越えていくんだ。空気の粒がぶつかりあう音が煩くて、眠れない夜だってある。でも、君は夜を越えたんだろ。悪魔のことは誰かがきっとどうにかしてくれる。大量破壊兵器だって見つからなかったけど、世界は結構なんとかなったじゃないか。君は新聞の一面をみて、ちょっと気の重い月曜日で生きていこう。ぼくもそうするよ。

 君は独りじゃないよ。だから、ぼくも一人にしないで欲しいんだ。だって、ぼくはフリースローが入ったことがないくらいの男の子で、踵の潰れていない靴の一足も持ってない。きっと何かが間違ってたんだ、やるべきことをやらずに過ごしたんだ。寝過ごした日曜日の午前中に、ロケットは発射されてしまった。そんなことはわかってるんだ。悪魔の子どもは生まれてしまった、なにもかもがどうしようもなく掛け違ってしまった。そんな風になるべきじゃなかった、でもそんな風になってしまった。だから、君も独りじゃない。ぼくの好きなタイプの神様は、空気と同じ色をしているから誰にも見えやしない。彼の肌の色はよくわからなくて、でも彼は悲しくて、悲しくて、気がくるってしまったんだ。遊園地のメリーゴーランドで、いつまでも独りくるくる回っている。でも、これだけは大きな声で言わせてくれ。彼は、君のことが、大好きだった。

 
 気持ちよく晴れた昼下がりのことを考えよう。悪魔の子どもが生まれたとき、君はもう独りじゃなくなったから。いいかい、ぼくは牡羊座のあいつは好きじゃないから、まるで正しい人間みたいな顔をして、石を投げるんだ。泣きながら、笑いながら、いつまでも君は白人ではなく、黒人ではなく、ぶぅん、と鳴る冷蔵庫のうなりの中で、君たち、いつまでも空っぽの子宮で、どこまで生きても寂しかったんです。彼はいつまでもくるくる回りながら、それでも君たちのことが好きです。ねぇ、君は夜を越えるんだろう。ロケットは行ってしまった、津波が何もかもさらっていった。でも、ハロー・ハロー・ハロー、聞こえますか、聞こえますね、ぼくも独りじゃない。ハロー。

>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20120210_635_58p

  • 榊蔡 :
    ありがとう。
    ここにある言葉の全てはいま、外部に機能しない自分たちだけに落ち込んだカタルシスのなかにあると思うんですよ。

    外部にはまるで栄養を与えない。
    そんな言葉を突き詰めることって、
    ...全文を表示  ('12/02/17 00:21:43)

  • lalita :
    血と鉄がない。ペンは卑猥だ。ペンで書かないでくれ!  ('15/04/02 15:29:16)

  • たま :
    この作者はネットの普通の方ですか?
    何か作れてしまいそうな方ですが。  ('16/01/03 03:03:24)

  • 光冨 :
    たまさま。
    ケムリさんは前の文極の代表ですね。最近は顔出ししていないけれど。才能はあるのだから、書くことを続けるべき方でしょうね。  ('16/02/24 23:16:15)

  • 中田満帆 :
    大したテーマもないのに長々と。苦しい醜男だな。  ('16/04/02 23:56:07)

  • アルフ・O :
    腐っても元代表だし筆力があるのはわかるけどさ。これに限らずこの人の作品はなーんか全然好きになれないんだよねー。うざったいと云うよりは「いけ好かない」って表現がいちばんしっくりくるかな。
    そういえば前に評者って名乗ってた時のレスも拾い読みしたけど、筋通ってるなと思いつつ自分の中のどこかで猛烈に拒否反応が出てるの感じたことあったんだわ。なんだろ、ある意味良くも悪くもまっすぐな人なんだろうね。とりあえず今は「もう休んどけ」ってくらいしか云うことがない。  ('16/04/10 08:50:49 *1)

  • 山田太郎 :
    どうしょうもないのひとこと。
    すこし歳をとっておもいきり赤面するとおもう。
    もしそうならないなら、いまもそうだが、
    自己欺瞞のかたまりみたいな金儲け主義の
    そろばんおやじになっているだろう。
    ...全文を表示  ('16/07/24 08:21:14 *1)

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62 : 光の表にて  みつとみ '16/07/08 23:49:28

こんにちは こんにちは
いつのまにか
そう いつのまにか
わたくしは しろい光の表にて 目覚めるようになっていた
なまえは 知らないけれども 顔みしりのひとたちと
なにかしらの話をしている
むきになって 正しさをぶつけ 自らの言葉の角で 痛みを覚えている

自分のことなのに くわしいことも よくわからないけれど
覚えのない ことがらの ことばを 交わしながら
緑の布地を 一人ひとり みなで編んでいる

裏は あるのか ないのか
みなが微笑む うっすらとした 表にて 
(まぶしい 熱いほどに まぶしい
触れているのは
昼間の 計りの糸か
真夜中の 熱情の糸か

(わたくしは いったい 何を知っていて 何を知らずにいるのだろう

沈黙している 時の波が 打ち寄せて
ぼんやりとしたわたくしを 浜辺まで はこびあげたのは
青い糸で 編まれた 息絶えそうな《生の舟》なのか
それとも 赤い糸で 編まれた 青白い熱き《死の舟》なのか

(わたくしは 何処(いずこ)の世界に 在るのだろうか 無いのだろうか

うつむきかけたその顔を
そっとあげると
やわらかな しろい光に 注がれて
恍惚の 微笑みをうかべる

青白い 時が たちどまって
わたくしに 手をさしのべていた
額がきしむので
傷をなぞりながら 波間にただよう
仰ぐのは その白さに縁取られた 真っ青な空
光の表にて 
何度でも死して 何度でも生まれて
青蛙の腹に 爆薬で繰り返し遊ぶ 子どものわたくしたち 

誠を信じて銃殺される 白シャツの青年たち
緑色の糸で編み物をして いつかと待ち続けている女性たち

光の表にて
もう会えないはずの 恋人たちが 死して 再会をしている
(こんにちは こんにちは

こんにちは

ほんとうに

そう 光の表にて あれは光の表にて そして光の表にて
抱き合いながらも すでに目覚めることのできない わたくしたち

(こみあげてくるのは わたくしたちの尽きることのない息吹なのです

>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20160708_683_62p

  • 泥棒 :
    わたくし
    が、
    多い。
    以上です。
    内容については
    ...全文を表示  ('16/07/12 13:42:45)

  • kaz. :
    文学極道を大いに盛り上げようという気概に溢れた作品を評価します。この作品の弱点は、永遠の生の象徴たる光の表が強調され、「裏」がないことでしょう。この作品には裏のあるものが、例えば緑の布地が出てきます。しかしそれらも「光の表」に晒されて、裏が見えなくなっている。まさに今の文学極道の状況を風刺した詩といったところでしょうか。  ('16/07/12 16:36:11)

  • 5or6 :
    読みました。昔のネットでは今のようなマンションタイプのいつの間にかやって来ていつの間にか居なくなるのようなSNS交流ではなく、田舎の一軒家がお互いに、初めまして、こんにちは、〜から来ました。〜です。とか、始まりがあって、一対一のBBSの交流があって、リンクがあって、知人から知人へと、こんにちは、初めまして、と星座のように繋がっていく交流だったなぁ。と、何故か思えてくるのは、わたくしたちという、何処となく過去からやってきた人たちのような雰囲気だからでしょうか。全体から漂う天界から話しかける菩薩のような語りに思わずチルアウトしてしまいました。
    >青い糸で 編まれた 息絶えそうな《生の舟》なのか
    それとも 赤い糸で 編まれた 青白い熱き《死の舟》なのか
    印象的なところはこの部分ですが赤と青の対にあるのは仮想世界のマトリックスを思い出しました。
    ...全文を表示  ('16/07/12 18:01:52)

  • みつとみ :
    泥棒様
    たしかに「わたくし」が多いかもしれませんが、あえてたたみかけるようにしているかと思います。
    内容については「特にない」というのは、あえてケチをつけるところが特にないのか、語るべき(批評に足る)内容がなにもないというのか、その両方か、などととれるようですが、あえて前者であると、好意的に解釈させていただこうと存じますですはい。  ('16/07/13 00:03:23)

  • みつとみ :
    kaz.様
    まさに光づくしですが、その分「裏」がないので、それが弱点といえば、それも否定できないかなともとれますが。文極の状況を風刺したというのは、深読みであり、狙いではないと思います。気概だけで生きてきました、と言ってみたくなったので、そのように書いておきます。ありがとうです。  ('16/07/13 00:06:26)

  • みつとみ :
    5or6様
    たしかに昔のネットではそのような感じがありましたね。懐かしく思い出されます。作品の舞台上では、登場人物は亡くなった方々なのですが、「星座のように繋がっていく交流」や「過去からやってきた人たち」や「仮想世界のマトリックス」というのも頷ける部分がありますね。「全体から漂う天界から話しかける菩薩のような語り」にチルアウトしてくださってもったいなくもありがとうです。  ('16/07/13 00:18:09)

  • アラメルモ :
    青い糸赤い糸、縫いつけられた緑の布地、白いシャツ。
    ここで表現された糸とは生命を繋ぐ絆の喩のことでしょう。
    光の表。通常我々が眼にできる光は色の波長も混ぜ合わさり白い。これほど原色が強調されるのにはその可視光の裏側に込められた理由もあるのでしょう。
    こんにちは、こんにちは。冒頭で始まるこの呼び掛けははじめて眼にする光に溢れた世界。いや、(青い糸で編まれた息絶えそうな、生の舟なのか、それとも赤い糸で編まれた青白き熱き死の舟なのか~)こんにちは、こんにちは、とは単純に最初に視た光だとは言い難い。それは青い糸が生を意味する糸に、そして赤い糸が熱き青白い糸と死を意味するように、つまり寒色の青から生き生きと目覚め、逆に熱き血を思わせる暖色の赤が死を指している。このことから、こんにちは、こんにちは、とは語り手による死への扉を開けた挨拶でもあるかのようにも取れてしまう。
    ...全文を表示  ('16/07/13 01:21:39 *1)

  • みつとみ :
    アラメルモ様
    ご考察ありがとうございます。たしかに「死への扉を開けた挨拶」なのかもしれませんね。「光を分解させ、その隠れた波長から死生感へ導き出そうとする試み」というとろこまで意識していたかは、何とも言えませんが。
    「物語性」については、読み手には難しいのかなあ、とご意見を読み、思いました。「感化作用を果たしている」というお言葉には感謝です。  ('16/07/13 22:31:03)

  • 田中恭平 :

    こんばんは。すいません、御教授願いたいのですが
    括弧を閉じないで センテンスの接頭に→ 「( 」を置く
    という書き方を色々な散見するのですが
    これは何を意図しているのでしょうか。
    ...全文を表示  ('16/07/13 23:07:35)

  • みつとみ :
    田中様


    ですが、起こしのカッコは閉じていないですよね。完結していない符号でしょうかね。詳しくは述べません。意識的なものです。

    ...全文を表示  ('16/07/14 00:50:04)

  • 田中恭平 :
    すみません、

    >「全体から漂う天界から話しかける菩薩のような語り」にチルアウトしてくださってもったいなくもありがとうです。

    とレスされていらっしゃるので、お二人のつまり語の定義が
    ...全文を表示  ('16/07/14 02:21:49)

  • 山田太郎 :
    こんにちわ いつもお世話になっております。

     いつのまにか
     知らない
     なにかしら
    ...全文を表示  ('16/07/20 05:36:28 *2)

  • みつとみ :
    山田様

    この詩の世界はこの世ではないのでしょうね。
    子どもは残酷なものですよね。
    そして実直な青年は死に飛び込んでいったり、飛びこまされたり、そういうこともあります。
    ...全文を表示  ('16/07/20 22:46:28)

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63 :   みつとみ '16/07/16 20:28:10

ちぎった耳のような暦の頁があり
「もう自分は大丈夫、と
微笑むけれども
通り過ぎる風の縁に
ふれると
沈黙してしまうのは
「まだ 傷がなくなったわけではない
水面(みなも)に和紙がすべり落ち 白い影を浮かべる

(いえ、受けた傷は痕として残ってしまうのです

正しさとは何なのか
少なくても「自分は間違っていないと
いくら訴えても だれも耳をかたむけて
うなずいてはくれないのは
夜中の電車が走り去る音と
風の音が 胸に共鳴するからか

あなたは そんなとき
書斎の机に向かったまま
聞こえないふりをしたり 怒ったり 理屈を言ったり
でも わかるのは
あなたも傷付いているということ
目を合わせないのがその証

だとしたら
(だとしたら どこに この思いをぶつければよいのでしょうか

あなたは過去というけれど
わたくしにとっては 現在とおなじこと

胸の皮を一枚 いえ 暦を一枚破り捨てる
破り捨てた
その一枚の肌に いえ 一枚の紙に
水面にまた和紙がおちる

あなたは そっと 拾い上げ 自分の胸の奥の
わたくしには見えない 深い暗がりに 落としてしまった
白い暦がちいさく舞いながらやみに消えていった
「お別れはいわないのですか
「苦しめ続けるのであれば もう お別れしてください
「わたくしを染めないでください
白い和紙が 幾枚も水面に浮かび 赤紫に染まっていく

(そんなわたくしを あなたは おさえつけ
おさえつけ
(なにを熱く叫んでいるのですか
どうして 
(どうして 出会ってしまうのですか

あなたの声は聞こえない

あなたのこころがわからずに
ちぎった暦があり ちぎった傷があり
ちぎった写し絵があり ちぎった布があり
ちぎった文があり

そして あなたは叫び
(つもる紙が海を覆い尽くしていきました

いつまでも わたくしは あなたを見守りつづけ
(つもる紙が海を覆い尽くしていきました

「あなたはなにをみて どこにいるのですか

わたくしのとなりにあなたがいることがわからない
のに
あなたはずるさ故に眠っている

>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20160716_696_63p

  • :
    前作とテーマも展開もにてますね。双子のような作品。
    前作では生と死の話が絡んでて、ややこしい感じがして入り込めなかったですが、
    この作品は心地よいイメージの連鎖に酔うことができました。
    情感をがっつり織り込むことで、難解な表現に頼らずに作品の強度を保っているように見えます。  ('16/07/17 03:48:49)

  • みつとみ :
    ね様

    お読みいただきありがとうございます。
    わたしのなかでは、わりとシンプルなテーマとスタイルかと思います。
    お気に召していただいたようで、よかったです。  ('16/07/17 08:19:41)

  • アラメルモ :

    うすく、消え入りそうな文字の、和紙を手に瞼をそっと閉じ、綴じれば白線を流すわたしがたたずんで、のような情動から描かれていますね。
    記憶の詰まった歴を川辺に流そうか、そこで歴が問いかけるわけです。
    和紙に浮かび上がる言葉たちが語り手に話しかけてくる。
    (もう~お別れですか、これまであなたが胸にしたためた思い、あなたの遺した傷、歴に挟んだまま、綴られた栞たちから~)
    ...全文を表示  ('16/07/17 12:20:09 *2)

  • 玄こう :

     はじめまして、みつとみさん。どうぞ、よろしく。

     諸感を付すことが、詩を書かれた方に直ぐ様伝えられるため、たいへん効率がよいですが、テクスト的に読み、たいへん躊躇もいたしますが。上から

    ...全文を表示  ('16/07/17 15:27:41 *4)

  • みつとみ :
    アラメルモ様

    「うすく、消え入りそうな文字の、和紙を手に瞼をそっと閉じ、綴じれば白線を流す……和紙に浮かび上がる言葉たちが語り手に話しかけてくる。」
    アラメルモさんのこの部分のご感想もまた美しいですね。たしかに女性を話者・主人公にしています。良く受け取っていただいたようで感謝です。  ('16/07/18 08:40:09 *1)

  • みつとみ :
    玄こう様

    「>ちぎった耳のような暦の頁があり/独白する調子で記述します、まずはこの一行について。みみ、こよみ、こう、という音の連鎖が耳に残る。“ちぎった耳”が千切った和紙を暗喩している。」等、丁寧に細かく読み解いていただき、書き手にも参考になる読解ですね。有り難うです。  ('16/07/18 08:48:29)

  • 山田太郎 :
    こんにちわ いつもお世話になっております。

    この詩についてはあまりいうことはないですね。
    もてる男はつらいですね、というしかないのですが、
    もてないわたしからみると作者がうらやましい。
    ...全文を表示  ('16/07/20 07:58:28 *2)

  • みつとみ :
    山田様

    こんにちは。「修辞のやわらかさ」とのご指摘ありがとうございます。
    わたしはやわらかな言葉も好きです。
    どちらかというと、若いころはむしろモテなかったですね。
    ...全文を表示  ('16/07/20 22:42:53)

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4 : 空無通信  ダーザイン '04/12/25 00:04:37  [URL]

放棄された埋立地を
一体の透き通った者と
連れ添って歩く

雑草に覆われはじめた
アスファルト面のそこここに
立ち昇る無の陥没痕
ほつれた放心の縫い跡から
冷気が放たれる

死の語り部たる永久凍土

遺跡化した新造建築物の合間を
一瞬の襲撃が
鳴りとよめかす
コーラ缶の放擲軌道

瓦礫の中の坂道を下る中央基線
片道三車線の
三位一体の
空無

いら草
コスモス
採り入れられた二番草の茎

おまえが通りを行く すると
空無が通り過ぎていく
風が
ただ透き通った風だけが
野を分けていくのだ

風は三度現われる
放擲と
放心と
今再びの放擲と

振り仰ぐと
身を捩る陽光

とりわけ巨大な陥穿の底
放物線上の斜面から
見上げる斜面に逆光を担い
静止する積雲の輪郭

一筋の冷光がお前を射る

光の剣に貫かれた者が その
放物面の焦点位置へと
焦点位置へと
浮遊する
立ち昇る
脱自する

球面収差に歪む視界に
現われる
再度現われる一本の線

待機する場所
空無通信

# 漏れも嫌がらせのように小難しいのを貼ってみる(´ー`)ニヤニヤ

>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20041225_015_4p

  • Canopus(かの寿星) :
    うーむ…。これは悪いけど、失敗の部類に入るんじゃないかなあ…。
    固定面たるゼロの大地、そこをよぎる有機無機のベクトル、風のベクトル
    、光のベクトル。その乱舞がすっと消え失せ、立ち昇る新たな線。

    これは多分、現実世界における、作者の文学的決意に基づくもので、その気概は買うんだけれども、いかんせん、そのイメージの集積がゴツゴツし
    ...全文を表示  ('04/12/25 01:36:06)

  • ダーザイン :
    文学的決意、イデオローグとかを意図的に書いたものじゃないよ、
    6年前に鬱病を発症して三日三晩寝ずに仕事をし、
    発狂状態の異常心理を完全自動書記をしたもので「作品」ではないよ、マジレス。
    この詩はパウル・ツエランやイヤン・カーチスのような奴にしか解らないと思う。  ('04/12/25 03:10:36 *1)

  • Canopus(かの寿星) :
    ……。つまり、「解らないヤツはスッこんでろ」と、そういうわけ?
    ぼくみたいな、無名のヘタレがいっちょ前に批評しちゃいかんと、そうい
    うわけなんだね?よくわかった。  ('04/12/25 07:12:51)

  • たもつ :
    >かの寿星さん
    「ぼくみたいな、無名のヘタレがいっちょ前に批評しちゃいかんと、そうい
    うわけなんだね?」
    そんなこと言う人はここにはいらない。構わない。ガシガシやってほしい。
    言い訳するアホは放っておくくらいの気概で突っ走っちゃってくれ。  ('04/12/25 08:47:51)

  • Canopus(かの寿星) :
    たもつさん、すんません。大人げないことをしちまいました。
    ほんとは放っておかなくちゃいけなかったね。
    ガシガシ突っ走っていきますよー。  ('04/12/25 09:46:29)

  • 榊蔡 :
    私のあてにならない読解力からいくと、
    場面は開発の打ち切られたリゾート地、
    刻は黎明から日の出まで、
    お前というのは自身であって一体の透き通った者ではなく、
    空無通信、ってのは通信とありながらも返信のないそれこそ放擲である、
    ...全文を表示  ('04/12/25 16:11:47)

  • 僕姫 :
    >脱自する
    わはははは。
    笑いました。
    たのしかった、ありがとう。
    (突然・飛び込んでしまい・失礼m(__)m)  ('05/08/21 09:21:06)

  • 千芳 :
    長い!飽きる!理屈っぽい!!  ('05/09/20 10:02:41)

  • 鷲聖 :

    この詩文に
    この程度の評価しかでてないのか

    虚しいな  ('05/10/14 21:50:23)

  • 鷲聖 :

    いや

    俺のにゃ足下にも及ばんけどな  ('05/10/14 21:58:01)

  • 鷲聖 :
    この詩は
    構築ではないと思った
    凡庸な不断的な生への衝動でもなければ
    ただのやりきれなさの心情の甲殻化でもない

    ...全文を表示  ('05/10/17 11:02:46)

  • テュート :
    あ、すいません
    鼻血でそうなんですけどw
    てか うますぎです。  ('05/10/29 00:30:05)

  • コントラ :
    新しく書き直します。なんていうか、テクノ音楽を思わせる作品ですね。テクノ、音楽全般には詳しくないんで、何が、と聞かれても困るのですが。表現の一点にいたるまでよく突き詰められた良作だと感じます。抽象的ではあるが、ごつごつしている感じはなく、一連ごとの展開にまさに目を見張らされます。とくに評価できるのは、

    いら草
    コスモス
    採り入れられた二番草の茎
    ...全文を表示  ('05/11/17 22:22:28 *4)

  • ダーザイン :
    >コントラさん
    この詩は大昔に書いたもので、阪神大震災の直後だったと思います。ちょうどその頃から私の精神も崩壊して鬱病発病当初の急性期で、今は密封・封印したこのような詩を、ほぼ自動筆記でたくさん書きました。意図したアブストラクトではないのです。数日も不安と焦燥に駆られて一睡もできないで仕事をしたあと、割ける様に、割れるように虚無にに彩られた言葉が湧いてきて止められなかった。この詩の中に希望の欠片があるのかどうか、今でも私には解りません。射し込む光はツエランのように冷たかったです。
    ...全文を表示  ('06/01/18 00:34:01)

  • ダーザイン :
    >鷲聖さん
    >ひたすら広大なそして完全性の空間へとむなしく鳴り響くだけだ
    まったくその通りです。この詩を書いた当時は存在論的全体性への希求に人生がぶち壊れるほど支配されていました。
    今の私も、こういう詩は趣味じゃないです。今は小説に専念していますが、存在論的欲求をネタにできる精神的なゆとりがあります。私も小説では超派手好きなものを描いているのですよ。芸術でありながら、同時に強烈なエンターテイメントでもなければ納得できません。  ('06/01/18 00:41:04 *1)

  • 鷲聖 :
    人生がぶち壊れるほど
    いいね
    そういうものを世間は青臭いものに比類したりするが
    俺はそうは思わないよ
    実際そのくらいの過程がなけりゃ血肉にはならない
    ...全文を表示  ('06/01/19 09:28:03)

  • みつとみ :
    読み。
    タイトル「空無通信」。
    「「空無」とは全く何も存在しないこと。空を否定的に捉える表現。」と辞書にはある。
    「通信」とはひとや手段によって、音信、意思、情報などを伝えること。とすれば、「何も存在しないことを、伝える」という意味だろうか。
    ペンネーム「ダーザイン」。ハイデガーからの影響の「現存在」。一般的には、ものが現実に存在すること。ハイデガーでは、「他の存在物から区別された実存としての人間。その自己の存在を認めるあり方」というぐらいの意味合いだろうか。ちなみに実存は、現実に存在するという一般的な意味合いと、自己の存在に関心をもつ主体的な存在という哲学的な意味合い。正確に詳しく書くともっと言わなくてはいけないのだろうが、このくらいで読めると思う。
    ...全文を表示  ('06/01/22 14:44:18 *2)

  • DARKZONE :
    こちらには初めてお邪魔します。
    面白く拝読しました。
    『風は三度現われる』は、文句なしの殺しラインだと思いました。
    ただし、「とりわけ巨大な陥穿の底」
    このあたりから急速に飽きます。もういいよ、って感じで。
    ...全文を表示  ('06/01/24 09:25:55)

  • ひょう :
    風は三度現れる、は、殺しラインか、、、けど、決していい意味ではないね。他の感想とかもみたかぎり、ダークゾーンさんは、よい読み手だと思う。作り手としてよく考えている人のような気がします。ダーザインさんは、素直に耳を傾けておいたほうがよいのじゃないかな。
    自動書記というわりに、意識が勝ちまくってるよね、これ。だから中途半端なんじゃん?
    それともただ「推敲無し」なんてだけの意味で使ったのかな。  ('06/02/08 15:12:27)

  • コントラ :
    お疲れ様です。

    この作品、読み返したけど、いいですね。こんな作品を極道の本のトップに
    置いてマニフェストの代わりにしたらいいんじゃないかなと、思います。
    もっと読まれるべきだと思うので上げときます。  ('08/09/30 12:55:34)

  • マラルメ :
     パウル=ツェランとイアン=カーチスですか。読んで見ます。  ('08/10/08 22:07:29)

  • SSS :
    読ませていただきました。

    悪いですけれど、ツェランは自動筆記で書いていたわけではないでしょう。少なくとも、他の自動筆記の作品を当たれば(あなたもすでに読んでいると思われますが)分かるはずです。ツェランの作品には意図がある。講演「子午線」の中でも、現実的道理の排除は示していても理性を排除しようとは語っていませんし、作品を見れば明らかです。
    あなたの作品は素敵なのもあるし、僕は批判的気持ちも持ちつつ応援しているけれど、これはいまいちだと思います。
    ツェランの影響を受けているように見えるのは確かですが、これは詩作の動機はどうあれ、あくまで表面的模倣に過ぎないように思う。ツェランは虚無的なものを対話の相手としながら詩を書こうとしましたし、声や言葉のない段階から詩を書こうとしました。その側面ではこれも同様のようにも感じえますが、これには欠如だとか孤独ばかりで意図がない。詩を書くうえでも、そのほかのうえでも、その孤独さを書くということは悪くはないですけれど。
    ...全文を表示  ('08/12/25 22:04:50)

  • ダーザイン :
    何年ものおそレス、申し訳ありません。
    先ず、SSSさん
    自動書記という言葉を、此処で私はミシンと笠のようなでたらめの意味では使っていません。ハイデガーが言うところの「到来」のニュアンスで使っています。パウル・ツェランは熱烈なハイデガー信者でありましたし(彼らの出会いも、対話も不幸なものでしたが)、存在からの到来、存在の無の顔である死からの到来ということです。
    で、拙作ですが、この詩に存在論的な意味や意図がないとは私はまったく思っていません。また、ツェランの模倣は意図的にも無意識的にもまったくしていません。「光の剣に刺し貫かれる」という言葉を記したとき、ツェランのことを思い起こしはしましたが。多分、イアン・カーチスはツェランの詩を読んだことがないのではないかと思うのですが、同じような精神状態、同じような存在論的実存様態で書いたのであろうと思います。
    ...全文を表示  ('09/01/09 01:16:46)

  • 田中宏輔 :

    以前に、お書きになってらっしゃた北海道の風景なのでしょうか。

    空がものすごく大きく見えました。

    ...全文を表示  ('10/01/13 19:07:32)

  • シロ :
    なんだか読んでると、瞑想状態へと導かれるような感覚だった。
    作者含め批評家さんたちの賛否両論はあるけれども、なにはともあれピュアなものを感じます。  ('16/04/12 06:05:29)

  • アルフ・O :
    小難しくはない。この人のはこの作風の方が好みかなー、書いた本人はあまり気に入ってないようだけど。タイトルからして「あ、ちくしょうやられた」ってなるし本文もなんかすごく“わかる”感覚だからね。まぁそもそも長期的に書き続けられる方法じゃないのかもしらんが。  ('16/05/05 09:48:10)

  • 天才詩人 :
    ダーザイン君。君は間違いなく天才だ。歴代の評者がまったくこの作品を読み込めいないのが気になるな。極限まで選別された言葉でつくられた、かんぺきな作品だ。  ('16/07/13 23:58:08)

  • 玄こう :
    聞き慣れないタイトル
     空無通信
    くうむつうしん

    音色響きがいいじゃない、
    ...全文を表示  ('16/07/17 23:45:22 *6)

  • 山田太郎 :
    ひとつひとつの言葉が大仰すぎる。  ('16/07/22 13:53:19)

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45 : シルビア (改訂版)  コントラ '09/01/10 18:55:40



シルビアは恋人の兄のマルコスに「デブだ」とからかわれても、黙って
顔をそむけるだけだった。雨上がりの日曜日。表通りのアスファルトか
ら湿った風が這い上がり、リビングの古びたテーブルクロスの上では、
錠剤の袋がかすかに音をたてている。門の向こうに車がとまり、礼服を
着たシルビアの家族が午前のミサから帰ってくる。彼らは部屋に入って
着替えを済ませると、すぐにまた車に乗ってでかけてゆく。シルビアの
家族は、小さな二人の弟もふくめ、みんな太っている。国境を越えて輸
送される黄色やオレンジ色の炭酸水は、この国の神話のプログラムを見
えないところで書き換えている。

パウンドケーキのような熱帯林の中央基線が交わるあたりには、巨大な
ショッピングコンプレックスが午後の陽を浴びて白く光っている。シル
ビアによれば、ここのフードコートで売られているピザやフライドチキ
ンは、母がつくったものとは違う味がする。しゅわしゅわと口のなかで
溶け、まるで宇宙食を食べているような感じなのだ。シャーベットのよ
うな冷気が充填されたフロアを出ると、シルビアの家族は地平線が見え
るハイウェイに車を入れる。後部座席では、シルビアが朝からの物憂げ
な表情で窓ガラスに額をあてている。いつからか、彼女の視界には光る
綿のようなものがちらつくようになり、体のだるさはいつまでたっても
直らない。

シルビアの父がいつも赤信号で急ブレーキを踏む、環状道路の交差点。
車の列が停止すると、安物のキャップをかぶった物売りたちが寄ってき
て、小さな押し花やボトル詰めの炭酸水を売り歩く。汗ばむ褐色の腕に
握られた炭酸水がきらきらと熱を放射するのを見まもるシルビア。排気
ガスで黒く汚れた壁と、炎天下に立ちつくす売り子たちの姿が無声映画
のカットのように映り、アクセルを踏み込むと視界から消える。ドライ
バーの目線をはばむ鋼鉄の防音壁の外に広がる原生林のむこうには、板
きれやダンボールで風をしのぐバラックの群がゆるやかな丘の中腹まで
続いている。

あれは小さなころ、縫いぐるみを抱いて祖母の家に遊びにいったときの
ことだ。眠たい目をこすりながら飛行機がこの街に着陸してゆくとき、
砂粒のようなの電灯の群が、この丘のうえまで這い上がっているのを見
て、シルビアはベッドカバーに落ちた宝石のように、それらを手にとる
ことができるような気がしていた。いま、そこから数百メートルも離れ
ていない、なめらかに舗装されたハイウェイを、日本製のセダンは滑っ
てゆく。道が緩やかにカーブしていくと、フライドチキンの広告塔が回
転しているのが視界の隅にはいり、そのむこうには広く青ざめた空が緑
の地平線をすりきりの地点で飲みこんでいる。

>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20090110_507_45p

  • コントラ :
    過去の文極投稿作の焼き直しですが、シークエンスを重視して手をいれ自分としては印象が変わったので投稿してみました。一作くらいならこういうのも許されるかと、いや、許してください、お願いします。  ('09/01/10 19:02:03)

  • ダーザイン :
    第3連から
    >ドラム缶で燃える丸焼きのチキンが黒い煙を空にたなびかせている、
    >環状道路の交差点。
    インパクトのある異化作用をもたらしていた上記が除かれ
    >シルビアの父がいつも赤信号で急ブレーキを踏む、環状道路の交差点。
    ...全文を表示  ('09/01/18 05:23:50 *1)

  • コントラ :
    ダーザインさん。まずは前ヴァージョンとの対比の上でのコメント、感謝します。
    従来のものだと、2連から3連への移行がよくないんですよ。
    これはかなり確信しています。
    ある程度の物語的な輪郭を掴んでもらわないと、読み手の中にイメージを着床させるのも難しいだろうと。少し前に読み返してそう思い、書き換えました。新ヴァージョンでは「シルビアとその家族の一日」という脚本をすこしクリアにすることができたような気がしています。

    ...全文を表示  ('09/01/18 12:40:34)

  • 黒沢 :
    コントラさん

    疵がなく、とても美しい散文ですね。コントラさんの中でも、随一の良作ではないでしょうか。真向からのダメ出しは、ぼくには出来ないです。

    あえて二点、論点のみ残しておきます。
    ...全文を表示  ('09/02/13 00:46:45 *3)

  • Contra :
    黒沢さんにとてもこみいったレスを書いたのですが、ネットの接続が切れて全部消えてしまいました。
    これをいますぐに書き直す気力がないので、また4−5日中にレスします。
    では、すみません。  ('09/02/18 00:11:03)

  • コントラ :
    黒澤さん、返信遅れてすみません。

    この作品にはおそらく僕自身の脱出願望みたいなものが投影されていて、そのぶん
    すごくパーソナルなものにとどまっているんだと思います。南米文学は、
    「100年の孤独」を読破した以外はつまみ食いのみですが、もちろん南米育ちの
    ...全文を表示  ('09/03/01 11:56:24)

  • がれき :
    この詩はすごくいいね。もっとたくさんレスがついていいと思う。かんぺきだと思った。  ('09/04/04 19:30:31)

  • コントラ :
    がれきさん、ありがとうございます。

    本人としては、何十回となく読み返して「かんぺき」に近づくべき推敲はしているのですが、しかし、先日賞をとられた黒澤氏の「プラタナス」や、ほかにもある文極の秀作群のなかでは、この作品は霞んでしまうと思っております。

    ともあれ、精進したいと思います。コメントありがとうございました。  ('09/04/07 09:55:42)

  • 凪葉 :
    はじめに言っておきますが、役に立つコメントではないと思います。

    >この作品ではどちらといえば、パン第三世界的な視点に重きを置いています。
    >たとえば、カルカッタでもラゴスでもサンパウロでも、国際資本の展開とか
    >都市の急速な膨張とかいった現象は水平的に同時継起していて、
    ...全文を表示  ('09/09/07 22:11:57)

  • コントラ :
    せっかく凪葉さんにご感想をいただいたので、このさい書いてしまおうとおもうのですが、
    私は、すでに詩を書いたり、表現それ自体が目的である種類の文章を書く気力は
    かなりまえに失せてしまっています。端的にいえば、自分がこれまで書いてきた
    作品に、もうあまり興味はないし、これから何かを書こうという気力もありません。

    ...全文を表示  ('09/09/08 02:06:09)

  • 凪葉 :
    曖昧なコメントに、お早いレス、ありがとうございます。
    不満なんて、とんでもないです。

    コントラさんは旅をしているのでしたっけ?(違っていたらごめんなさーい。)

    ...全文を表示  ('09/09/08 07:49:32)

  • 常悟郎 :

    今晩は コントラさん
    お初ですが たまたま目に致しましたので…

    好きに感想言わせて貰えるなら…これは ただの小説の中の一文章ですね
    ...全文を表示  ('09/10/17 03:10:37)

  • コントラ :
    常悟郎さん、

    感想ありがとうございます。詩や作文全般に関する僕の近況は、上の凪葉さんへの
    レスのとおりです。

    ...全文を表示  ('09/11/02 12:15:42)

  • コントラ :
    それから、もし時間があれば、「マナグア」のほうを読んでいただければうれしいです。
    まあ、どちらもたいしたことはないですが、シルビアより自信作です。
    http://bungoku.jp/ebbs/log.cgi?file=177;uniqid=20090715_635_3649p#20090715_635_3649p  ('09/11/02 12:20:59)

  • 常悟郎 :

    今晩は

    「マナグア 」拝見させていただきました
    たいへん緻密な描写で ちゃんと出来上がった作品の抜粋ですね
    ...全文を表示  ('09/11/02 22:49:59)

  • 田中宏輔 :

    短篇小説の連作のひとつのように思いました。

    ぜひ、つづきを読んでみたいと思いました。

    ...全文を表示  ('10/01/10 07:13:29)

  • シロ :
    地味ですが結構好きでした。

    以上、発起人(過去に発起人になられた方も含め)バトル作品を、ざっと読ませていただきました。

    最近、就任されられた方々の作品も読ませてください。  ('16/04/12 18:00:18)

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11 : 夜警  ダーザイン '06/04/14 04:41:04  [Mail] [URL]

風の強い夜だ
下弦の月のまわりに
虹色の光の輪を作っていた薄雲が通り過ぎる
窓辺に焼きついた油色の日々が
ガラス板から流れ落ちる

星々がさわさわ震えている

明滅する交通誘導棒を持ち
人明かりの消えはじめた
薄ら寒い夜の街角に立てば
ビルの影が微かにゆがみ
闇がほのかに光り始める

夜の精たちの
永遠のあやとり遊び

人通りがなくなると
思いはどこか遠いところへ
寂しい海辺へ
或いは
懐かしい見知らぬ景色

草原の千の舌が
湿気った夜風にざわめき
存在しない女の形をした塔が
しずかに
しずかに
燃え上がる

夜もふけて
深夜便のトラック乗りが
時たま通るだけになる
永遠の合図を待つ歩哨のように
赤い光の警備棒を振りながら
テールランプの明かりを見送ると
頭上の電線が
かすかに
かすかに
ざわめきはじめる

 あなたはどことどこを繋げているのですか
 あなたは神様のいる場所に繋がっていますか

 あなたは知っていますか
 つながれることのない手のぬくもりを

風の強い夜だ
俺のサイフには
黄色く色あせた写真が一枚入っており
きっといつまでたっても
捨てることはできないんだろうと
そんなことを思う


#身体性について批評を受けたので、この詩を貼ってみるよ(;´Д`)
こんなに泥臭いのはあまり書いたことがないな(;´Д`)
「消滅」についての各氏のレスについてのレスは近日中。
やっと落ち着いたので。

>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20060414_131_11p

  • :
    ことばと「身体性」は切っても切れない。
    その先に詩があるということ、
    それが批評の内容だと思います。
    この「夜警」という作品は、たしかに詩で、
    けれどもまだ詩のいりぐちで、
    ...全文を表示  ('06/04/14 14:46:06)

  • :
    申し訳ありません、いい忘れたことを。
    この詩において、作者はとても希薄なように思えます。

    >黄色く色あせた写真が一枚入っており

    ...全文を表示  ('06/04/14 15:06:16)

  • :
    この詩を読んでいることが、そのまま旅の時間となりました。
    この旅は「虹色の光の輪を作っていた薄雲が通り過ぎ」てから「窓辺に焼きついた日々が「油色」であるだけの重みがあるように思えます。
    「風の強い夜」に頭上の電線がざわめくのは、確かに人の心のざわめきに違いない。その苦しみにもかかわらず、
    <あなたは知っていますか
     つながれることのない手のぬくもりを
    ...全文を表示  ('06/04/15 23:02:50)

  • コントラ :
    きれいな詩ですね。都市的風景の只中にあるのだけど、どこか懐かしいような詩人の温かいポケットに包まれている感じがする。そいえば電話線というモチーフはダーザイン氏の作品群を貫いてますね。泥臭いって、いいじゃないですか。アンドロイドじゃなくてやっぱ「人間」すよ。「身体」すよ。

    現代詩フォーラムで前読んだ気もするけど、いま引越しの真っ最中で酔っ払ってるんで、また書きます。では。  ('06/04/17 01:30:55)

  • ケムリ :
    ダーザインさんの感覚では、これでも「泥臭い」の範疇に含まれるんですか。ぼくには「丁度いい加減」だと思うんですよね。普段のダーザインさんの作品は、ソリッド過ぎて触れられないことが多い。

    草原の千の舌が
    湿気った夜風にざわめき

    ...全文を表示  ('06/04/19 00:54:16)

  • 苺森 :
    人物に植物に建造物に、今この自分という肉体の在る空間に限定した現実世界をとりまく万物(心象などは関係ないだろう)の在るままを忠実に描く業。その眼と指。己(魂)の自由に遊ばせる感性や可能性の無限大に広がる表現の“解放”にでなくただひたすら現実を直視し続ける己の“制御”のなかに生まれるのが写実描写だろうか。考えていたら「極道」の象徴のように思えてきた。
    植物の一つ描くにしても光の浴び方に影の落とし方、葉の風になびく様、茎や枝のしなり、花びらの曲線、それらの色味や質感、その植物を形成するすべてを細部にいたるまで正確にそれも限られた枠内で描ききるという非凡な技術力の要る作業。
    易しいようで写実とはある意味“遊び”の許されないごまかしの通用しない、それだけに実力の試されるシビアな世界だろうか。また本来はその『写実』も物事の表向き、光のあたる側面、美、それらだけを捉えた一部の要素に偏ったものでなく光の当たらない裏側、ダークサイド、一般的に伏せられるであろう類の暗部それらの要素をも均等に含まれていてこそ成立するものだと私は思う。
    ...全文を表示  ('06/05/11 14:25:37)

  • 理来 :
    こんばんわ、早速評を……
    残します。

    微妙なところで指摘をあげるとするなら、七連の四行

    ...全文を表示  ('06/05/19 23:46:34)

  • 相田 九龍 :
    苺森さんが仰ってるが
    >「極道」の象徴
    と思わせる素晴しさでした。しっかりと都会と繋がりながら、どこか別の場所とをしっかり繋げている。素晴しい作品です。

    誰が読んでも、そういう印象を持つだろう(そんなこと僕には関係ないですが)。現代詩が持つドーム型の天井の一点にこの詩はあるな、と感じました。(僕からは天井なんて見えませんが。間に雲があります。)
    ...全文を表示  ('06/10/04 22:18:11 *1)

  • ICE :
    ダーザインさん初めまして、失礼します。

    何といいますか、どこがというよりも全体が好きです。
    綺麗です。人物はひとりの男性だけでも、周りの現象が生き生きと輝くようで、どこか宮沢賢治のようなファンタジイなやさしさもあるようで。

    ...全文を表示  ('07/04/14 10:30:09)

  • ガリレイ :
    僕の中でダーザインさんは怖いイメージだったのでこの詩を見てちょっと拍子抜けです。題名が好きです。
    >星々がさわさわ震えている
    このさわさわって、笹の葉のようなイメージで音が聞こえてきそうで好きです。
    >あなたは知っていますか
     つながれることのない手のぬくもりを
    ...全文を表示  ('07/04/20 03:08:55)

  • 混沌 :
    初めまして。私はこちらの作品のほうが好きになれます。全然泥臭くなんか
    ないです。温もりと情緒に溢れる感じが・・・それでいて少し寂しげかも・・・。素人な感想でスイマセンっっ  ('07/07/09 21:30:03)

  • 稲村つぐ :

    >永遠のあやとり遊び

    理来さんも指摘されていますが、この点について作者の返信が見てみたいものです。
    私も、気になった部分でしたので。
    ...全文を表示  ('07/07/15 15:02:34)

  • 常悟郎 :
    おはようございますですね
    お初にお目にかかります

    萎えたあたまながら評など少しさせて頂きます

    ...全文を表示  ('09/10/17 07:27:48)

  • ダーザイン :
    自己剽窃は常套的にしていますね。いかにももうちょっと自覚的であるべきでしょう。
    「永遠のあやとり遊び」の連ついてはやっつけ仕事であったかもしれません。
    もっと稲垣足歩ちっくな終末論的未来派の影絵芝居を描くべきだったかもしれません。  ('09/10/19 20:29:59)

  • 田中宏輔 :

    「つながれることのない手のぬくもりを」という言葉に

    こころが、とまりました。

    ...全文を表示  ('10/01/10 08:09:45 *1)

  • ダーザイン :
    田中宏輔さん
    たくさんレス入れありがとうございます。
    「つながれることのない手のぬくもりを」という言葉には万感の思いがあり、
    寂しさも、希望も共にあります。
    田中さんも同じ気持ちを抱いておられるのですね。
    ...全文を表示  ('10/01/12 22:49:19)

  • 田中宏輔 :

    呼吸法、お教えくださり、こころから感謝いたしております。

    こころと、身体の状態が、まったく違います。

    ...全文を表示  ('10/01/13 06:54:51)

  • シロ :
    作者はご自身で、この作品を泥臭いと評しておられるみたいですね。
    泥臭いのは鯉と同じで僕は好きですが。
    全体として、しびれまくりでしたけれども、それが悪いのでしょうか?
    昔、誘導棒を持ったことがので特に興味深い作品でした。
    すごい好きです。  ('16/04/12 05:48:21)

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59 : 夜の子  みつとみ '15/12/23 23:43:02

はじめに くらやみがあって
(ここまでくるのにながい夜をくぐってきた
一枚いちまい重ねられていく
生まれるまえは
まったくの やみだったと
うすぼんやりとした 
陽だまりの まえにすわって
鍵盤を たたいている
ちいさな 私を 私はみた 

とざされた 窓を
やっとの 思いで あけても
そこにはまた とじた窓があり
その窓をあけても そのむこうに
窓が いくつもつらなっている

たゆたう くぐもった水に うかぶ 子
なにもかも 信じられずに
目を とじたまま
身を ちぢめていた

求めてみても みちたりることはなく
それでも 求めることをやめられないのは
この地に 私の 居場所がないから と

いつのころか うすやみが あって
私のなかの まったくのくらやみが
光る海の 底になって
やみが あおく 輝きを はなち
子 が ただよっている

うすやみにも
まったくの くらやみにも
とうめいな 光が さすことを
ひとたちは 黙せずには いられない

わすれさられてしまった ひとにも
陽の光は ふりつもるのだから
私は ついていくことにした

(そのひとは ひとの 祈り だった

陽の 光を みあげる
祈りは しずかに みちていく
そのひととの あいだに 生まれる
しずまりが
目と口を とじた子 となって
背をまるめ 手足をちぢめて
私のまえに 浮かんでいた

その子が くらがりにきえたあと
私は その祈りのひとを
ひっそりと 抱きしめていた
重ねられていくのは
私が生きてきた みちすじ

私の 傷あとと その祈り
そのひとの よこ顔を 私はみつづける

(そのひとは ひとの 祈り だった

>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20151223_644_59p

  • ねむのき :
    みつとみさん、はじめまして
    バードシリーズの頃とは正反対の詩風になられましたね
    透明でうつくしい叙情詩だと思います
    センチメンタリズムにもメンヘラニズムにも落っこちないギリギリのバランスを保つ技術が光っているように見えました  ('15/12/24 10:26:01)

  • みつとみ :
    ねむのき様
    レスありがとうございます。
    バードシリーズとは違う作風にしたかったので、このようにしました。
    評価していただき、感謝です。
    これからも佳い作品書けるよう言葉に向き合いたいと思います。  ('15/12/24 19:56:20)

  • 泥棒 :
    なんですか
    この、印象に残らない作品は。

    ま、
    でも最近読んだ
    ...全文を表示  ('15/12/26 23:52:19)

  • みつとみ :
    まじっすか?
    そういう作品になりますか。

    まあ、でもご感想書いていただけでも、
    ありがたいです。
    ...全文を表示  ('15/12/27 21:04:27)

  • 本田憲嵩 :
    こんにちわ。

    さすが発起人の方だけあって、筆力、そして詩情が段違いですね。
    現フォのほうで、おお!さすが凄い、と思いポイントを入れたのですが、
    泥棒のさんの仰る通り、ちょっと印象が薄いかなとも思います。
    ...全文を表示  ('15/12/29 17:47:32)

  • みつとみ :
    本田様

    こんにちは。
    この手の作品は言葉が平易で透明な分、
    印象が薄くなる傾向になりますね。
    ...全文を表示  ('15/12/29 18:05:34 *1)

  • シロ :
    今まで読んでいませんでしたが、先ほど読んでみました。
    あまり深読みはしていませんが、私と妻の事を書かれているようで胸が痛みました。
    仮に私の想像が正しければ、よい作品であるがゆえに哀しすぎてたまりません。
    私の読み通りの作品なら、後半はかなり難しい部分だと思います。
    批評にもならない、思いつき感想です。  ('16/04/11 18:02:21)

  • 光冨 :
    シロ様

    ご感想ありがとうございます。悲しいけれど、あたたかみも感じていただけたならば、幸いでしたが。  ('16/04/11 20:34:48)

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56 : 潮騒(改稿)  みつとみ '10/03/16 00:49:18 *9

 傷のある胸のなかにも響く、潮騒があった。閉じた目を開くと、淡い光につつまれた海があった。数年前に、女と漂流した海辺に、わたしは立ち尽くしていた。

(わたしは、油と原材料の臭いのする工場の、薄暗い現場にいた。大きなグリース製造釜を回す騒音。塗装された空きドラムに、レバーを開き、グリースを充填する。ドラム缶に金属バンドを取り付け、ボルトをラチェットレンチでしめる。フォークリフトが警戒音とともに、構内をひんぱんに出入りしていた。油と泥で汚れた作業着は、洗っても落ちない色があった)

(数年働き、契約途中で工場を解雇された。仕方なく内陸工業団地から海辺へのアパートに、戻ってきていた。軍用ジャケットのポケットに手をいれて、佇む。きょうは晴天だが、潮風が冷たい。日があるうちは、海沿いの道や浜辺を歩いていた。潮騒に耳を傾ける。ぼんやりと、あの日の波間に漂う女の首筋が、思い浮かんでいた)

(ハローワークの近くの通りで、小さな雑貨店にはいった。ガラス戸に、閉店セール半額のビラが貼り付けてある。狭い店内の、棚に並ぶアジアの天然石、アクセサリー、香を見て回る。若い女性店員に、ヘタマイトの黒いブレスレットを見せて、買い求めた。ヘタマイトは、いくらか重い感触がある)
 
 わたしは、広い海辺に立っていた。ジャケットの襟についている毛先が、風で頬にあたる。わたしの頭上を鳥が鳴いては、旋回している。仰ぐと、限りのない透明な青がしみるので、目を細めた。
 手をかざす。手首のヘタマイトが黒い光を反射している。砂浜を歩き、寄せてくる波の前に立つ。わたしは一歩まえに進む。足元にはまだ波は来ない。

 わたしは左足を、もう一歩前に進める。スウェードの茶色の靴先が、水で濡れて黒ずむ。ゆっくり、右足を進める。足元がすこしふらつくが、左足をもう一歩。砂地がわたしの重みで窪んでいく。

 大きな音とともに、白い波が盛り上がり、打ち寄せた。身をひこうとして、バランスを失う。砂地に、片膝をつきそうになる。ジーンズに波しぶきがかかる。白い泡が光る、その先に、女の足先が、一瞬見えた。浜辺のあらゆる音が消えていた。

 女の顔を確かめたくて、視線をあげた。瞳と唇を知りたかった。
波で光が反射した。女の姿はもう見えなかった。あれはなんであったか、取り残されたわたしは、海を前に立ち尽くしている。広すぎる青い空に、ひとつだけの小さな陽は、わたしにはまぶしすぎて。



*くどくなるので、修正はこれでお仕舞い。あとは活字用に微調整しますが、こちらではアップしないので。今年秋発行の日本詩人クラブのアンソロジーに載せるつもり。

>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20100316_617_56p

  • 蛾兆ボルカ :
    愉しく拝読しました。
    濃密さを感じます。
    海に引き込まれていくときのような、絶望の愉しみでした。
    (伊豆で溺れかけたときを思い出しました。)

    ...全文を表示  ('10/03/16 12:52:38)

  • 黒木みーあ :
    >日中を海辺を歩いていた。

    ここ少し、もたつきますね。
    でも、一回読んだ感想としては良いですね。

    ...全文を表示  ('10/03/16 12:55:40)

  • みつとみ :
    ボルカさま

    コメントありがとうございます。文末の時勢(→時制)というか、過去形とか現在進行形とか、それはわざと散らすようにしています。たぶん、創作教室や、小説の文体スタイル本から、自分で選びとった方法です。この作品はまだ手をいれるべきものですが、まあ、ひさしぶりに数年前のスタイルとテーマに戻してみたという感じです。ありがとう。  ('10/03/16 20:17:51 *1)

  • みつとみ :
    黒木さま

    律儀にコメントどうも。そうですね、もうすこし言い回しや、風光や細部等の描写などを考える余地はありますね。ありがとう。  ('10/03/16 20:19:06)

  • 黒木みーあ :
    こんばんは。改めまして、よろしくにはよろしくを。黒木です。

    とても丁寧な描写ですね。伝えようとする意志を感じます。なんて、社交辞令みたいですよね。でもほんとうです。

    難しいのは、「親切」と同じで、やりすぎてしまうと、かえって逆効果になりはしないか、ということですよね。
    ...全文を表示  ('10/03/16 22:42:21 *1)

  • みつとみ :
    黒木さま

    おー、詳細な読みのレスありがとう。うれしいです。あとで、ご返事書きますね。なぜなら夕ご飯だから。一食、ごちそうしてあげたい気分ですよ。では、また。  ('10/03/17 18:02:42)

  • みつとみ :
    黒木さま

    描写もどこまでして、どこまではしないかというのは、永遠の課題のような気がします。ドラムやレンチの件は、ちょっと名称に寄りかかっていますよね。もうすこし考えてみましょう。「大きな音がした。」はいわば起承転結の「転」にあたるかもしれませんね。効果的なものがあるかどうか考えてみます。あとはおおよそ評価いただき、光栄です。とてもよく読んでくださり、感謝です。ちゃんと読めていますよ。作品の質をあげるのに役立ちます。ありがとう。  ('10/03/17 19:32:00)

  • TUN :

    こんにちは
    みつとみさん

    映像が浮かびあがりますね。
    ...全文を表示  ('10/03/19 18:19:38)

  • みつとみ :
    TUNさま

    数分かもしれないし、十数分かもしれないし。それでよいかもしれないし。
    水晶のペンダントは、次の続編・続続篇で必要になるアイテムです。
    ヘタマイトのブレスはご指摘にあるよう考えてみたいですね。
    ...全文を表示  ('10/03/19 21:45:46)

  • ダーザイン :
    これこそ光冨さんですね。久々に本領発揮しておられるのを見て嬉しいです。私自身貴殿の筆致から多くを学ばせて頂いたので、貴殿がぬるい感じだとさびしいので。
    で、本当に書きましたか、バードシリーズ派遣労働者リストラ編。素晴らしいです、是非とも書き続けてください。光冨さんの抱いている神話、幻影の女を求める存在論的な話ばかりではなくて、今後の展開、派遣切りはとても現代性のある現実なので、そういうことも織り交ぜてほしいと思います。
    さて、描写が薄いです。黒木みーあさんが引用してダメ出しした部分、全部戻してください。あれらの工場労働の描写があった方がリアル感が格段に増します。私はああいう労働の工程は知らないが、ちゃんと伝わる文章であるし、作品に重みを与えるインパクトのある描写なので、削るなど考えられないです。元に戻してください。描写を描写を、徹底的に描写を。それが、私の師匠である光冨さんです。  ('10/04/03 20:20:59)

  • みつとみ :
    ダーザインさま

    工場内の描写の部分は、いる(あってよい)・いらない・不親切との3通りの考えが実際にあります。いちおう、わたしのパソコンのハードディスク内の原稿では描写を戻したうえで、加筆・修正しておきました。もうすこし、見直しておきます。描写に関しては、いる・いらない・直接的なことは避ける、という3通りの考えも詩に関して一般として実際にあるようですね。まあ、描写性の一連の作品を書いてしまった作者としては、徹底させないと周囲の何割かは納得しないということでしょうか。ありがとう。  ('10/04/03 22:59:20)

  • ピクルス :

    みつとみさん、こんばんは。

    > 傷のある胸のなかにも響く、潮騒があった。

    ...全文を表示  ('10/04/04 22:46:28)

  • みつとみ :
    ピクルスさま

    各種ご指摘ありがとうございます。検討しておきます。丸カッコは、工場内の描写を戻した時点で、取り除いています。まだ時系列の絡みで、検討中で、修正したものはわたしのパソコン内にだけあって、こちらにはアップしていませんが。(現在→数年前→現在→数日前→現在、という運びがわかりにくいかなとか)。謎を残しておくというのは、よいアイデアですね。  ('10/04/05 20:41:13 *1)

  • シロ :
    筆致がとても好みでした。
    女の存在が不思議にあやふやに描かれており、それを考えさせられます。

    中盤以降、文体のカラーが変わります。
    全体的な詩のバランスが、私的には少し物足りなさを感じました。
    ...全文を表示  ('16/04/11 18:17:48)

  • 光冨 :
    シロ様

    ご感想ありがとうございます。どこかしら淡泊で物足りなくもあるかもしれませんね。  ('16/04/11 20:33:31)

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40 : 青い花  ダーザイン '08/04/14 00:14:07  [URL]

口の中に微かに鉄の味がある
コートの袖口が擦り切れている
錆びたドラム缶からはいだして
月下の廃工場を後にする
奏者を失って久しい機械が
ほの青く光る一群の風琴になっていた

鳥が飛び立ってから
ずいぶんと時がたったのだ
片道4車線の巨大な環状線は凍てついて
光るアスファルトに信号灯が明滅している
世界の中心である無人大交差点で
狂人であるわたしは叫ぶ
すると巨大な沈黙が頭上に降りてくる

遠い地響きと共に雨がとおる
遺棄された高層ビル群が
ひとつまたひとつとストップモーションで崩壊し
ガラスの雨が虹色の月光輪の中で光る

都市はひそかに形而上学派の円形図形を
模擬構成しており
からっぽの曼荼羅の中心に立てば
高架は身をよじってのびあがり
星々の彼方へと続いているのだ

冷たい夜風に乗って
空の道をひとり頂へとたどれば
夕べの群雲はすでに色を失い
街灯の明るみの中に 再び
ピンクのワンピースの少女が現れる
彼女はただ微笑んで眺めている
ただ微笑んで眺めている
世の終わりの果てにはなにがあるのか

ワンピースのすそをそっと風がなでて行く
藁色の髪毛がやわらかくそよぎ
わたしは彼女を抱きたいという強い衝動にかられる
断線した電線が歩道を打ち
わたしたちの足元を世界から浮き立たせた

丘の下にひろがる廃都は
ふいごをあてた燠火のようにほの暗く明るんで
灰の灰
塵の塵
少女の口がかすかに開き
Aのかたちに開く
基準音A:440Hzで
またひとつビルが倒壊する
どのような秩序のための調律なのだ

一瞬少女はふりかえり
わたしの目をまじまじと見つめた
彼女の髪にさしのべた手は空をつかみ
ちりりと音を立ててホログラムは消える
水路にこだまする声

残像は消える
消える

幾層もの気圏を立ち上り
幾層もの気圏を結晶させて
ふりかえる窓辺にはひとつの灯火もなく
廃都はどんどん小さくなっていくのだった

まだ空が青かったころ
風使いたちのグライダーが
積雲に彫刻していった識域下のメッセージ
巨大な少女の横顔をして
白々と結晶していたのだが

空の巨人たちはきりきりと舞い落ちて
音もなく
音の痕跡もなく
送電線をつたわって
うねりのびる高架の上をどこまでも漂えば
金色の波が打ち寄せるところ
夜明けの岸辺にオリオンが映っている

どこか遠いところさ
思いおよばぬ遠いところさ

えいえんに
開くことのない青い花が咲いている
そんなうわさを
まだ信じていたのだった

そっと水たまりをふんだ
青ざめた月がゆれた

>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20080414_420_40p

  • ひふみ :
    一連目だけかな、一般的な個人の好みに大きく左右されないだろうところで、それなりに評価できるのは。
    作者評を絡めずに書くとそれくらいしか書くがことない。  ('08/04/14 05:55:35)

  • ダーザイン :
    >ひふみさん
    なんだって? 二連め以降は何も書いていない、何も書かれていないも同然の酷さだってか? (追記)ちょっとひふみさんに頼みがあるのだが、文学極道amazonで「ユリア100式」という漫画を買って、笑ったり性的興奮を覚えたり楽しめる代物かどうかご報告願えないだろうか。気になっているのだが、俺はまだ手が出せないでいる。貴殿の批評眼を買って。  ('08/04/14 20:15:53 *1)

  • Kasumoerer :
    ユリア100式を評価する者は<残念ながら>知人にいるのだが、あれで楽しめるのはエロゲに魂を吸われ尽くされた漫画業界の人だけ。  ('08/04/20 23:33:45)

  • コントラ :
    最初のつかみや世界の描写はいいと思うんですが、少女との解后がいまひとつサイドストーリーで終わっている気がする。ただ、書かれてる世界自体は悪くないし、世界が電話線のなかのミクロのビニール繊維の内部に還元されていくような、朝も昼もなく永遠に夜であるようなワイヤードの世界の住人としての詩の書き手、というダーザイン氏のビジョンは完成に向かいつつあるとうことで、僕は肯定的に評価したい。ただ、発起人の作品として、ヒューマンドラマが今ひとつかけていない、という課題は残ると思う。  ('08/04/23 13:36:25)

  • ポチ :
     ダーザイン氏の作品の多くには女性が出てるが―果たしてはそれは本当に女性なのかという問いを含んだ上で―ただこの詩でいえる事は唯一、ワンピースの女性のみが「発話」するという位置にある。これは、一体どういう事なのだろうか―発話されるものは、基準音Aで440は(たしかラの音だったかな。)。彼女は、つかめないが、痕跡としての発話のみが残り、声=彼女、という一件不可思議な構図の中で、彼女の声は、こだまし消え去っていく―僕が聞きたいのは、消え去った声がどこに消えていくかということだ、痕跡は残るはずだ、果たして本当に消えたのだろうか―声は、内在化される―もうそこには外側と内側の区別が曖昧になる、発話=彼女=もう一人の誰か(君か(笑))が残り、現実は否定的な言葉で「廃都」と名づけられ―なぜ「廃」なのだろうか何によって破棄または捨てられたのだろうか―視点は見下ろしの視点から、見上げるという―空は常に上に―視点に移動し、そこにはもう「音の痕跡も音もない」ないのはすでに、そこでは、音がこの作品の語り部の中で内在化され同時に、発話=聴く事、として、完結されてしまっているからだ。(ただ、声は同時に、誰かに「聴かれる」という可能性を秘めていることを、発話することは=他者に出会うこと/自己が聴く事の恐ろしい二重性を持っていてそこには、いつも開かれていく可能性が残っている)
    ...全文を表示  ('08/04/24 01:57:25)

  • コントラ :
    あと、この手の作品で触れたいのは、ここで描かれている「廃墟」という光景の歴史的な起源で、美術批評家のサワラギノイなんかが指摘しているように、潜在的には公的言説において抑圧されている第二次大戦の破壊や殺戮の記憶があり、それに触れることができない、トラウマ、もしくは一時的な忘却が、無根の閉じられた世界、これはジェームソン的な意味でのポストモダンに近いけれども、村上隆を引いて言えば、日本特有のスーパーフラットな現実を構成している、という点でしょうか。僕はヘーゲルだとかハイデガーだとか大物哲学者をひくより、むしろ、この作品と、「日本」という具体的な局面において、その歴史的ルーツに回帰していくことこそが、すなわち、弁証法的に現実を超越していくことだと思うのです。

    これは誰もやりたがりませんが、明治維新までとりあえず戻って水脈をたどり直してみる、という意味です。
    ...全文を表示  ('08/04/24 14:44:30)

  • ダーザイン :
    これの初稿は2004年の3月で新作ではありません。ただ、シリアルエクスペリメントレイン後であったので、既に俺の脳内的には橘総研の素粒子コンピューターで現実というもののパラダイムは大転回していました。
    廃墟はなんでしょうかね、精神状態もあろうが、レインに出てくる廃都のイメージが頭にあったし、この年ちょうどやっていたアニメに(タイトル忘れた)廃都で少女が音叉を鳴らすシーンがあり、「お、これいただき!」とか思った記憶がある。また、佐々木昭一郎の「四季ユートピアノ」のピアノ調律師になる少女の映像詩は高校生時代の俺に食えない芸術家まがいの者になる運命を与えたような出会いであったと思うし。
    コントラさんが聞きたいことについて話せば、廃都は俺の原風景でもある。北海道は元産炭地であったので、あちこちに巨大な廃都があった。俺は中学生時代から、奔別や万字といった廃村に異常な執着を持って通いつめていた。札幌にあるような巨大な映画館、学校、住宅、全てコンクリートの塊と化し、無人の廃都は周囲の森林に侵食されてカンボジアの寺院のように緑と溶け合い、私は何か形而上的なメッセージを受け取っていたのだと思う。そして当事はまだ冷戦下だった。いつ原爆戦争が起こっても不思議でない状態で、ベルリンの壁がなくなることなど誰もまともにイメージできなかったと思う。アメリカとソ連による冷戦は永遠に続くと思っていた。ゴルバチョフが登場したときの驚きとその顛末は今も鮮明に覚えている。それは帝国主義犯罪者国家ソ連などの崩壊であったが、同時に、共産主義という理想の一時的な失効でもあった。この美しい理想のために、どれだけの人間が死んでいったことか。シベリヤのラーゲリやポルポト、カチンの森、クロンシュタット、プラハ、文化大革命、浅間山荘、、特にテレビでリアルタイムで見て興奮させられた全共闘の類が浅間山荘や東アジア反日武闘戦線 狼 などの気持ち悪い顛末に至ったことにはなんともいえないアンビバレントな気分としてずっと消化されないできた。後年、笠井潔の「テロルの現象学」を読んでも気持ちの整理は付かなかった。歴史性ということを言うのなら、俺の歴史は全てここに帰る。ベルリンの壁や浅間山荘に。20世紀という時代に。
    ...全文を表示  ('08/04/25 00:08:59 *4)

  • ダーザイン :
    追記。ハイデガー風に言えば、存在の痕跡は常にある。それがピンクのワンピースの少女であり、岩倉玲音であり、イマーゴだ。  ('08/04/25 00:17:59 *1)

  • ポチ :
    >>ダーザインへ

     好きなのを好きなだけ載せていいよ。俺はそういうのにはこだわらないから、そっちで好きに決めてくれればいい。身体性については、常々よく考えているけれども、やっぱり、俺は土人だから、どうもダーザインがいうようなことは受け入れられない―単にそういう領域に関する知識がかけているせいもあるだろうけれども、俺はやっぱりそれらにはあまり期待を信じていないんだよ。結局、こんなネット上の論争をいくらやっていても、最終的には、「よし、コブシで殴り合おう」なんていう言ってしまう人間だし、そうありたいと思っている。(たぶんこれすらも、物理フォーマットされたうんぬんで語られてしまうだろうが)。
     たぶん、俺はすごく否定的な形でしか物事を語れない人間だから、それは実際のところ自分の身体の欠落の問題へと直結しているわけで、(あぁ、身体と身体性を混合している可能性があるな)身体に閉じ込められた精神でもなんでもいいが、それがいやおうなしに、痛みや苦痛を訴えるという現実を俺は否定することができない。その確信からしか俺は何かを書くことや、語ることができない。
    ...全文を表示  ('08/04/25 00:39:15)

  • ポチ :
     話はぶっ飛ぶが、結局、誰もがそうだろうけど、欠落、からしか語りだせないし、詩を書くこともできない。ダーザインの詩は、あまりにも、俺からしたら、その欠落が整理されすぎている気がする。とても、フラットするぎるんだよ。まるで、そうだテレビ画面だ、アニメの世界だ、平面的な印象を受けてしまう。単に、俺とは好みやセンスが違うだけなのだろうけど、いや、それがダーの欠落そのものなのかもしれないが、どうしてこういうものばかりを書くのか(俺も同じ事を突っ込まれるのだが)という疑問ばかり。  ('08/04/25 00:43:36)

  • コントラ :
    俺は、基本的にネットはあんまり重きを置いていない、という点で、ポチ氏と同じかもしれない、というより、好きじゃないんですよ。銀行の振込みやら、友達とのチャットから、この前行った小旅行の写真まで、すべてラップトップのちっこいモニターに集中化することになった結果、どちらかというと生の身体感覚みたいのに「欠落」感を持っている僕としては、この小さな液晶画面から日常の物理性をうまく脱中心化していきたいという気持ちが強いです。

    それはさておき、ダーザイン氏のいう「歴史」というのはある意味、メディアを通して作られている部分が多いような。それを批判する気は毛頭ないし、ある意味メディアにつかりきった僕らの感覚を、それ自体として作品につなげていく、という路線はありだと思う。
    注釈をいえば、僕が言っている歴史というのは、もっと個人の生に根ざしたもので、個人的回想の手の届く範疇を、いかに、「土地」や「時間」に根ざしたものとして語らしめるか、という問題意識です。だから、万字の旧炭鉱地帯の光景からインスピレーションを受けるのはもちろん大事でも、そこで根を張って生きた人々や家族と、いわば外側からその「光景」を発見していくプロセスにはかなりのずれが横たわっているわけで。むしろ、大事なのは、書き手なり作品の作り手は、その光景に自分の中に既にあった「何」かを投影しているとうことで、その「何」かを納得した上で書いていくことだと思うのです。それがまあ、ポチさんのいうところの「欠落」の意味かもしれないですし。
    ...全文を表示  ('08/04/25 01:43:29)

  • ポチ :
     欠落からではないオルタナティブも全部やられちゃってるんじゃない。例えば、極道で、皆して、構造がどうとか、技巧がだとか、そんなの新しくも何もないじゃないか、と俺はいつも思ったりしてしまうし、例えば、一条さんの作品だとかも俺はやっぱり面白さを感じないんだよ。それなら、もっと才能ある過去の人が何倍もの面白さで書いてしまっているでしょうよ、と。
     というよりも、構造や技巧なんていうものの評価の空疎、空虚さに俺は耐えられないだけ。構造や技巧なんてもうすでに個人には根ざしていないし、多くの批評家は環境が作品を生産するとまでいってしまっているじゃない。特殊な空間の中にも、需要や供給、消費の循環はあって、もうそこには、作家という個人が自己反省してかくよりも、その環境において「最適化」されたものが消費されていく、つまりは、「環境」が自己反省している、という恐ろしい転換があるだけ。だからもう、作者は何も考えずに、何を書いても、環境によって生産されてしまう。
    ...全文を表示  ('08/04/25 14:08:30)

  • コントラ :
    >もっと才能ある過去の人が何倍もの面白さで書いてしまっているでしょうよ

    それは哲学的には難しい問題だけれども、そういう発想しかできないのは、貴方に才能がないということじゃないかな。才能がないということをネガティヴにとらないで欲しいのだけど、要は、あなたにとっての適所じゃないってことですよ。

    本当に「才能がある」人は、たぶんそんなことは考えないでしょう。あと、アートとか詩とかで、世間に認められるかどうかは、実際の作品を前にしての審査員の好みだとか、どれだけ自分を売り込めるか、という案外つまらないものが作用しているわけで、結局、ポチさんのこのレスには、「認められたい」というコンプレックスが見え隠れしている気がする。
    ...全文を表示  ('08/04/25 15:45:46)

  • コントラ :
    あーでもあえてフォローしておけば、日本の知識人が言うことなんかに
    惑わされないほうがいいですよ。彼らは欧米から輸入してる商社みたいなものだし、商品の解説書いてるだけですから。  ('08/04/25 16:02:22)

  • ポチ :
     認められたいよりかは、全部潰したい、に近いかな。自分が承認されることよりも、あまりにも醜いものに対する個人的な戦い―なんてマヌケナフレーズだろう―に近いんだろうと思うよ。
     まぁ、日本の知識人の中にも、面白い人はいるし、翻訳家や紹介家なんてのは昔から言われ続けてきたことだから、拾えるものがあれば拾えばいい。そうであることを批判するのではなく、自分の種にすればいいだけだと私は思っていますよ。また、貴方が言われるように、世界は可能性に充ちているけど、僕たちは、常に、選択するときは、何かを捨てている―別の可能性を破棄している―ということなので、それを肯定的に、否定的に、つまりは倫理的な問題としてどうするかということは近年よく話題になることでもありますね。
     
     コントラさんに才能があるかどうかという難しい問いに私が勝手に返答するなら、未だ貴方の作品は、コントラという固有名で語れるほどの強度を感じないことです。貴方は、私以上に恐らく「ポーズ」を取る方なので―貴方の作品を読むたびにいつも貴方のポーズの裏側にあるとてもセンチメンタル/ネガティブなものを感じます―。私は苦しそうな苦笑いしたかのようなポーズを取る人をある程度の尊敬の念を持って見ていますが、ポーズを取る事をやめた後に、そういう方が書かれるものにとても興味がありますし、恐らく私が好むものはそういう作品になると勝手に思っております。私もポーズをとっておりまして、期待をしていなようですが、多大な期待を他者の方々には向けております―ただ一向に、私の傲慢さを満たしてくれるような出来事には出会えないのですが―。
    ...全文を表示  ('08/04/25 17:04:48 *1)

  • コントラ :
    ぜんぜん俺のコメントの真意を理解してないな。ニーチェ読んだのか?ニーチェ。とりあえず、

    >これが僕の「単独性」または「固有のもの」と名指しできるほどのものは果た>してどれだけ残るんだという。

    とかぐだぐた言ってるから、ばっさり切ってあげたんですよ。それは結局あなたの「弱さ」なんだって。
    ...全文を表示  ('08/04/25 17:30:36)

  • ポチ :
     おっと、書き直したところでレスがきたので、実際のところ、私はまじで傲慢だから、というよりかは、仏教的なものの影響下に自分がいること、いや、元々そういうのに近い思考や精神性を持っていた自分がさらに、仏教に触れることで、より強固になってしまったきらいがあるのにはとても自覚的なんですけど、私はとても信じていますよ。単独性や固有のものをね。挑発的に貴方に投げかける形で書いたんですけど、なんていうかネクラの文型のはずなのに、どこかスポコン魂的な部分が自分にはあって、自分も青白いはずだけど、他人が青白いとお前はマジで青白いのか!どうなんだこら!、と、突っかかっていってしまうという感じなんですよね。まぁ、なんていうか、自分の自己否定に耐えられなくなったものが外部に漏れていく事が私の攻撃性であり、それが作品を書くことの根底にあったりと、他人には迷惑きわまりない存在なんですが、まぁ業の深さ、という一言で最近は片付けることにしております。
    ...全文を表示  ('08/04/25 17:37:58)

  • コントラ :
    いやでも欧米コンプレックスを語ること自体がもう常套になってしまっているから、それはやめるよ。でもそれは古い新しいの問題ではなくて、いつも違うアプローチをとるなかで、指摘せざるを得ない問題として出てくると思いますけどね。ただ、聞く側に食傷を起こすのも無意味だから、あくでコミュニケーションの問題として別の方法を探すようにはしている。

    というか、そのまえにいま僕らが語っている「日本語」という言語自体が深い傷を負ってしまっている、ということに思い至る。つまり正常に語れないことが多すぎる。その意味で、もう日本語で語ること自体に限界を感じてしまっているというのはあるかな。  ('08/04/25 17:38:21)

  • コントラ :
    ポチさん、ご馳走様でした。  ('08/04/25 17:58:30)

  • ポチ :
     コントラさんってよく分からないんだよね。たしか、貴方はアメリカで(院生?)やってるんでしたっけ。何のに、アカデミックな臭さが無い。意図的に貴方が隠されているだけかもしれないし、貴方の人間性(この言葉がいまだ機能しているなら)が素直にただただ現れているだけかもしれないのですが、日本語の「深い傷」や「正常」と言われるものはどういったものであるか、という問いが私には起こります。恐らく、今現在、貴方はそれを考えておられて、うまく言葉にできないのかもしれませんが、とりあえず、貴方が「不満」であることは感じられます。ただ、「傷」というわけですから、その傷は、何によってつけられたのか、または、自らつけたのか、そもそもそれは「傷」なのかという問いがまた残ります。また「正常」か否かを分け隔てる基準を何にするかというとても恐ろしい問題も感じます。
    ...全文を表示  ('08/04/25 17:59:44)

  • コントラ :
    ポチさん、

    >その傷は、何によってつけられたのか、または、自らつけたのか、そもそもそれは「傷」なのかという問いがまた残ります。また「正常」か否かを分け隔てる基準を何にするかというとても恐ろしい問題も感じます。

    ちょっと長くなるので、またべつの日にレスいれます。またはこの場が
    ...全文を表示  ('08/04/25 18:08:04)

  • コントラ :
    それは言語自体についた傷なのか、もっと広い文化や歴史や、もしくは制度の問題なのか、というのは微妙で、実は自分でもよくわかりません。ただ一ついえるのは、自分たちが何者なのか、という自己規定をしようとするとき、その傷は立ち現れると思っています。具体的には、ナショナリズムである、右翼であるという揶揄を受けることなしに、国家や歴史の問題に触れることができない不自由さがあり、その意味で、ある特定の語彙は不要に歴史的な負債を負っている、傷ついている、と考えます。

    正常か非正常か、というとき、僕が参照しているのは、日本とまったく地理的な対極にありつつ、日本と同様に、アメリカ合衆国から不当な搾取や不利益をこうむってきた中米、南米の国々です。マルクス主義理論で言えば、キューバやニカラグア、チリなどの左翼政権や革命運動は、どちらかというと、アメリカ合衆国の血も涙もないグローバルな経済侵食や文化破壊(米国のバナナ会社の社長が大統領になったり、やくざのアメリカ人が突然革命を宣言して公用語を英語にしようとしたりとか)に対して防波堤の役割を果たす、ローカルなレベルでの、理論的なツールと考えられてきた面があります。その意味でこれらの国のとくに庶民層にとってスペイン語のcompan(y)ero (同志、同胞) やnacion (国家、民族) solidaridad (団結) resistencia (抵抗)というのは、比較的ポジティヴな意味を持つことが多いといえます。
    ...全文を表示  ('08/04/26 13:36:26)

  • コントラ :
    ああ、ネットが時間食いすぎてる。いちおう、5月半ば以降まで書き込み控えます、宣言をしておきます。

    ちなみに、この「傷」がどうつけれたかについても、いちおう自分の中で結論にちかいところまで来ていますが、いずれなんらかの場で書きたいと思います。  ('08/04/26 13:40:14)

  • ポチ :
    五月以降またレスがくることを期待して、レスをします。

     中米、南米に見られる公用語としてのスペイン語に関しては、まさにそれは、植民地という歴史を背負ったものであり、彼らは、自らを語るときにも、植民地の影響下によって悪く言えば強制された言語で語るわけですよね。これらは同時に、「非西洋」を志向すると同時に、「西洋」を志向しているという二重の乖離に落とされる。宗教学的なフィールドで言えば、よく原理主義者―実際にはこの言葉が意図的に西洋によって「名づけられた」言葉でその正当性を批判する言説もあったりします―達は、コーランに忠実であるかのようにみえますが、非常に西洋の思想を知らぬ間に取り込んでいたりするのです。
     革命理論などは、まさに西洋産のもので、貴方も中南米を専門とされるなら、カーゴカルトの恐ろしい乖離またはツギハギ具合をご存知でしょう。西洋的なものを乗り越えようとする時、彼らが非西洋を志向する時、彼らは同時に、西洋的なものの中に取り込まれ、同時に、西洋を志向してしまう。
    ...全文を表示  ('08/04/26 16:01:26)

  • コントラ :
    ちょっとだけ快速特急で補足させてください

    中南米のばあい、スペイン語が強制された言語という認識よりは、中南米の文化自体がすでに「西洋」の一部であると見るほうがむしろ実態にちかいと僕は思ってます。征服の歴史はありますが、あまりにブレンドのプロセスが長いがために、アジアやアフリカのコロニアリズムを看るときとはべつの理論的な考え方が要ると考えます。

    だから革命という考え自体も、わりと自然に根を張っていると思います。
    ...全文を表示  ('08/04/27 04:41:10)

  • コントラ :
    遅くなりましたが、ポチさんのコメントに対していちおう返信を入れておきます。

    歴史は編纂されてきたか、ということについて。

    もちろん、と答えます。歴史が実体として、「過去」という言葉が思い起こすような感覚で、誰にも共通のものとしてそこにあるという立場か、歴史はいつも現在という曖昧な時制のなかで構成、再構成される、という立場なら、間違いなく後者をとりますよ。でもそれは2者択一だからだとも言えます。要は、この後者の立場はもう常套になってしまっていて、そう発言したところでとくに目新しさはない気がするし、この発言が、この21世紀の日本という歴史的文脈でどういう意味を持つのかを、まず注視する必要がある気がするのですよ。端的にいえば、歴史は編纂される、という前に、まず自分達が「編纂」していく覚悟があるのか、その方が大事じゃないかなと、僕は思います。つまり編纂「される」という言い方は、どうも、ただの責任転嫁というか、他人任せ的な、戦後、冷戦期以降の一時的な平和の悪弊が見事に顔を出している「日本的ありかた」の表出である気がします。ちょっと馬鹿馬鹿しく響くけれども、真剣な話、僕らが一人一人が歴史を編纂していくことができるのだし、しなきゃいけないとまで言わないけれど、その過程はもっと本来、こういう思想系の場に集うひとびとがやっていく仕事だと、僕は思いますね。それが放棄されてしまっている。
    ...全文を表示  ('08/06/04 05:38:52)

  • ポチ :
     ひさしぶりにみたらレスがあったので、私は今現在ネットからの活動から身を引いて、詩誌への作品投稿のために作品を書き溜めていたり、また、読書と仕事に多くの時間をついやしているので、頻繁なやり取りができるときもあれば、突然、途絶えたりするかもしれませんが、例えば、個人で編纂する―僕は非常にこの言葉がどういう意味を持ち、何を開いていくのかよくわかりません―という言葉は私には響かないのですね。古事記は、国家権力によって編纂されてきたものだし、編纂と権力の問題は常に呪いの様に結びついているのですが、また、思想系の人々は仕事を決して放棄しているわけではないし、多くの日本のアカデミックな領域ないで批判的に読み直していく作業はされていますよ。
     ところが、ネット上ではプチナショナリムとかナショナリズムと結合した「歴史」や編纂、編集というのは、人為的な意図が常に介入するものですから、イデオロギーや先だって意図があったうえで形付けられていったりもします。
    ...全文を表示  ('08/06/05 23:51:47)

  • コントラ :
    歴史学において、構成主義的立場をとるのはいいとしても、それら構成、再構成があたかもオートマティックになされる、というような発想ではダメだ、と言っているわけです。それにはもちろん権力がからむだろうけれど、それを相対化する努力は先鋭的な意識をもった個人個人によってなされることが可能でしょうし、なされるべきでしょう。いまは奈良時代ではありません。

    たとえば、大江健三郎だとか吉本隆明とかがやっているのは、どうしょもなくワンパターンな「権力」の批判であり、それはたんに「歴史を編纂すること」自体の放棄にほかならない、という気がする。まあ、僕はそれほど日本の学者達によってどんな研究がなされているかはそれほどよく知っているわけではありませんが、日本の学術界で数年過ごした僕としては、あの世界の閉鎖性がよくわかるし、あの世界で認められてきた人物で、ほんとに面白い研究なんてなされるわけがない、という漠然とした諦めがあります。(一部の社会学や思想系の仕事には、おどろくべき知的レベルの高さを感じさせますが、まあ、ある一線は超えていません)
    ...全文を表示  ('08/06/06 23:13:20)

  • ポチ :
     啓蒙主義者はもう登場しなくていいんじゃないでしょうか。アドルノが見たような世界を私はもう一度見たいとは思わない。啓蒙は、学者を志すものの倫理として必要でしょうけど、個人個人を感化する以前に、私たちの生活は非常に厳しいわけですね。私も今、バイトを二つ掛け持ちしていますが、社会保障もないし、小麦や石油の高騰で大変です。多くの人は、そういう生活の中で、先鋭的な個人になることなどは無いし、自分の生活で手一杯です。奈良時代よりも悲惨でしょう現代は(笑)。 
    ...全文を表示  ('08/06/07 00:04:55)

  • コントラ :
    真の啓蒙主義者など、日本の歴史に登場したことがあったでしょうか?アドルノにしても、僕らは書物を通して出会うにすぎません。それは、大いなる錯覚でしょう。とりあえず、本など、読むのをやめてみてはいががでしょうか?この国の文化生活に欠けてきたし、いまも欠けているのは、ユートピア的なビジョンであって、それが、すでに古くなったものだ、という考えは、大きな誤謬だと思いますね。

    僕としては、率直に自分の意見を表明する、という原初的な衝動に従っているだけで、それに他人が感化されるかどうかは、あまり関心はありません。ただ小林よしのりのように、わざわざゴーマンかましてよかですか?とは断りをいれないだけの話です。ある意味、日本人は世界でいちばん傲慢なんじゃないか、と思うことがよくありますね。傲慢の反対は、「謙虚」ですが、日本人のそれは、謙虚というより旧弊な社会的な権威や秩序への「遠慮」や「気遣い」であって、ひとたびそのベールが剥がれると、キリストとか仏陀とか、超自然的な何かへの「謙虚」さが欠けていることに起因する、素っ裸のエゴイズムがが露呈してしまうという気がして、眼を覆いたくなります。これは僕自身にしてもそうで、僕の身体自体が、そんな文化の一部であることを思えば、そういう意味では傲慢ですが、ポチさんが言っている意味での傲慢ではない気がします。ポチさんがいう文脈では、むしろ「傲慢」になることこそが必要で、そうして、自分のビジョンを既存の障害と全力で衝突させたのちに姿をあらわす、より奥にある「傲慢さ」と対峙するための、有力なツールとして、手にとっていかねばならないものだと考えています。
    ...全文を表示  ('08/06/07 03:19:07 *3)

  • コントラ :
    レスを消してしまわれたようですが、残念です。またそのうちお話しましょう。  ('08/06/10 04:03:10)

  • 田中宏輔 :

    J・G・バラード的な、からっとした文体で

    サイバー・パンク的な描写を読ませていただいたように思いました。

    ...全文を表示  ('10/01/13 19:20:42)

  • ダーザイン :
    読み返す気力は無いが、ここのコントラさんとポチのやり取りは凄いな。これぞ文学極道だ。ポチのいかいかの人が消えたのは実に惜しい。
    >田中さん
    バラード読んでいるんですか、嬉しいっすよ。大好きな作家です。近作はダメだが、80年の無限会社まではほとんど全部大傑作ばかりだった。彼は詩人として読んでも凄いと思いませんか? 「残虐行為展覧会」や「バーミリオンサンズ」は現代詩の最高峰なんじゃないだろうか。バーミリオンサンズと太刀打ちできる美文を書く人はジュリアン・グラックただ一人しかいないと思う(望月遊馬さんがジュリアン・グラック級のもの凄い美しい詩を書いたことがあるが)。私の筆力では到底届かない人たちだが、理想は高く抱き続け、いつか彼らと肩を並べられるような文章を書けたらいいなと思います。

    # ところで話は変わりますが、リラックス方、効果があったともこと。
    ...全文を表示  ('10/01/14 18:38:25)

  • 田中宏輔 :

    バラードは、とても好きな作家です。

    『ヴァーミリオン・サンズ』は、もっとも好きな短篇集です。

    ...全文を表示  ('10/01/14 23:01:55 *2)

  • シロ :
    狂人・・・というのは、ちょっと引きましたが、都会的退廃感みたいなものをがっつり受け取ることができました。
    都会に住んでいればこんな詩も書けただろうに。・・と。
    才能が有ればの話ですが。
    やっぱり詩集を出す方々の作品は違いますね。  ('16/04/11 18:24:25)

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9 : わたしの終わりのわたしの  いとう '05/12/15 00:06:58  [Mail] [URL]


それでも朝は来るので
わたしはまた生まれてしまう
約束されていないことなので
途方に暮れている

わたしは手を持たないので
仕方なく
眺めている
ふりをしてみる
鳥の不思議な動きを少し
まねてみたりする

小さな声が
ときおり通り過ぎる
けれども掴めないので
それはないに等しい
空を見上げると
いつも曇っていて
声は
すり抜けながら
どこか見えない場所へ
消えていくようだ

夕暮れが近づくと
硬質な空気が流れ込んでくる
わたしは少し警戒するが
すぐに気づいてしまう
約束されていない
その
意味のないことに

うつむいて
目を閉じると
途方に暮れながら
夜がやってくる
生きているよと
口ずさんでみるが
呪いしか
生まれない
それもまた
意味のないこと

泣こうと思うが
泣き方を知らない
夜なので
もう誰もいない

>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20051215_081_9p

  • いとう :
    投稿してみましたが、あまり自信ありません。
    ばしばし罵倒していただければ。  ('05/12/15 00:08:45)

  • 理来 :
    初めまして、返信します。
    特に問題はないですが、、、、。
    最後の連の夜は、前連の夜よりもさらに深くした方がいいと思いました。
    深夜とか。
    あとは、どうして語り手は手を持っていないのか、指摘ではないのですが、疑問に思いました。  ('05/12/16 20:33:42)

  • いとう :
    どもども。ありがとうございます。

    時間軸としては離れていないつもりなので、
    (泣こうとした理由が前連にあるので)
    深くするのはちょっとアレなんですが、
    ...全文を表示  ('05/12/17 00:49:01)

  • 理来 :
    手の部分は指摘ではないと言いましたね。
    そのわけはですね、この「何故手がないのか?」という疑問部分に好ましい印象を感じたからです。
    何故手がないのか、何故?何故?
    読者は考えてしまいます。
    そして、この不思議な部分がこの詩を見事に映えさせています。
    ...全文を表示  ('05/12/17 22:12:52)

  • コントラ :
    こんにちは
    いとうさんの詩はまだ2篇しか読んでいないのですが、やはり遊離感覚みたいなものがありますね。世界や肉体の実体性を拒否していく、どちらかというとコンセプチュアルで、そこになにか大きな喪失感の跡が見えそうで見えない、つまり(必然性に迫られてというより)作者は確信犯的に自らそういう立場にたとうとしているように見える。この遊離感覚は、時間感覚の喪失も含んでいて、時間がないということは絶望もありえないし、希望もない。
    狙った詩なら標的は撃ち落していると思います。ただ、そこで使われてるのは小型のピストルかな、高射砲やなんかでこんなテーマを大胆に狙ってほしい、そう思います。  ('05/12/22 17:15:05)

  • みつとみ :
    夜に、読む。
    タイトル:「わたしの終わりのわたしの」
    「わたしの」が「終わりの」の前後、2つ付けられている。この狙いは何か。たとえば頭のなかで、あるいはつぶやくヒトリゴトのよう。同じ言葉、事柄ばかりを繰り返しているよう。堂々巡りのようなもの。「私」は公的な感じがするのに対し「わたし」は内省的あるいはナイーブな感じがする。同じ事柄でも、平仮名は当然、やわらかい感じ。
    「終わり」は死のようなもの。たぶん、タイトルから察するに、「わたし」が2回繰り返されるので、「終わり」も繰り返される可能性がある。決定的な死というよりは、小さな毎日繰り返される死のようなもの。

    ...全文を表示  ('06/01/22 21:56:38 *1)

  • もんたろう :
    はじめまして。
    はじめてここへきて、はじめて投稿します。
    始まりから最後まで、何だか寂しい感じのする詩でした。
    私はこんな詩が好きです。  ('06/03/28 17:01:51)

  • :
    この詩は血のにおいがします。
    わたしたちは、みんな、
    何度もうみおとされて
    夜をむかえるまえに泣けと
    いわれているような日々をおくっているというか
    ...全文を表示  ('06/04/13 16:46:36)

  • シロ :
    最近、順番関係なくランダムに読ませていただいております。
    適当ですみません。
    何がこの作品でよかったかと言いますと、説得力のある表し方をされているな・・と。
    読者に何かを渡そうとする魂のようなものが伝わってきます。
    ただ、終連は悩みに悩んだという痕跡があるのが少し私的には残念でした。
    ...全文を表示  ('16/04/11 06:25:31)

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53 :   蛾兆ボルカ '10/01/09 20:19:33  [Mail]

庭の隅で、年若いお母さんが
しゃがみこんで、おもちゃのシャベルで
一心に穴を掘っている
ときどき、自分は何をしているのだろう、と、首をかしげながら
背中に張り付いた子どもが、
暖かい背中越しに
それを見ている

「お母さん、なにしてるの?」と、子どもが訊くと
「穴を掘ってるのよ」と、お母さんは答える

そうして30年が過ぎたのでした

― かつては、そこは穴でした
と、役人は私に言ったのでした

  あなたの前の、そのあたりは、かつては一つの穴だったのです。
  わかりますか?すでに、穴であることはやめてしまいましたが、
  かつては穴だったのです。それは巨大な会議室の真ん中にある
  日出現したような穴でしたし、学校の廊下の中央にあいたよう
  な穴でもありました。もはや全ては忘れられ、久しく訪ねる人
  も無かったのですが、こうしてあなたに見つめられて、穴は静
  かに眠るのだと思います。こうしてあなたに触られて、穴はは
  じめて眠るのだと思います。

「埋められたのは私でしょうか?それとも、あなたでしょうか?」と、
まだ年若い、むしろ少女のような私のお母さんに
子供の私が遠く叫ぶ

不意に私は、
《私の判断は間違っていたのだろうか》
と、誰かにすがり付いて訊きたい

しかしそこに既に穴はなく、
平らな野原が続いているだけでした
私は一人、野原に立っているのでした

庭の隅で
緑の柄を手のひらばかりの小さな赤い本体につけた、
子供のおもちゃのシャベルで
穴を掘っている私の妻が
待つ家へと帰るために、
私は振り向いて歩き始める

帰ったら、
「埋めるの?それとも掘り出すの?」
と、訊いてみようと思いながら


__________________

「Poem ROSETTA」所収 (初出「詩学」)

>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20100109_559_53p

  • 常悟郎 :

    今晩は
    蛾兆さん


    ...全文を表示  ('10/01/10 03:34:23)

  • 田中宏輔 :

    最初、ロシアの政治犯に対する虐待を思い起こしました。

    しかし、すぐに、そのイメージは去り、寓話といいますか

    ...全文を表示  ('10/01/10 07:00:23)

  • 蛾兆ボルカ :
    >常悟郎さん

    どうもありがとうございます。
    今後、月いちぐらいで自信作を出してきますので、煮るなり焼くなり、ぜひよろしくお願いします(v^-゚)

    ...全文を表示  ('10/01/16 14:04:23)

  • 蛾兆ボルカ :
    >田中さん
    どうもありがとうございます。
    他者との生活は、つねに、ホラーの映画や小説の要素を含んでいるような気がします。

    この詩に限らず、「登場人物が去ったあとでも、ある物語りを忘れたくない」、という思いは、ホラーとどっかで繋がるのかもしれません。
    ...全文を表示  ('10/01/16 14:15:30)

  • 田中宏輔 :

    ホフマンだったでしょうか。

    次作掲載、楽しみにしております。  ('10/01/16 14:18:19)

  • シロ :
    考えることが苦手なタイプなので、とりあえず読んでいて楽しいものが私は好きです。
    穴という現象をうまく詩情あふれる詩文で覆って見せていると感じました。
    読者を拒絶する詩文ではなく、あくまでも間口を広げ、親切な作品だと思います。  ('16/04/09 15:44:02)

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57 : 永劫回帰 1994 夏  ダーザイン '11/07/04 20:27:17

「永劫回帰 1994 夏」(佳子シリーズ) 武田聡人


 1994年6月、僕は早めの夏期休暇を取り、道北の誰も居ない海触崖の上にテントを張って終日ぼんやりと海を見ていた。カモメが一羽、空にピンで留められている。空より暗い海の青は波打ち際で弾け、草原の明るい青は、幾筋もの光の焔を、風に梳かれて明滅させていた。青のグラデーションのほかには何もなくて、崖の上に立つ僕の赤いシャツの裾が風を孕み、はたはたと鳴る。麦藁帽子はとっくに飛ばされてしまっていた。海と空が交じり合うところ、丘陵と海岸草原が地球の丸みで微かに湾曲して北へと伸び広がっている。もし僕が、明色のパラグライダーを持っていたら、断崖のふちに大きく記された「existence!」の踏み切り台から空へと飛び立ち、風に身を任せたことだろう。カモメの飛翔は、やはり空にピンで留められており、
「永遠ってのはこういうことか」と思わせるほど見事に空っぽな風光の中へ。

 ★

 廃園直前の遊園地にある観覧車の中で/佳子にフェラチオをしてもらったことがある。/ほとんど客のいない広大な園地に立つ係員たちは/何か不条理な罰を受けてでもいるかのように突っ立って/まばらに立つ人々の影が/やけに長かった。/空はとても高く/海の青は空よりも深く/やはり/かもめの飛影が/空にピンで留められて/星々の世界に落ちていくことを許されないでいた(そこの食堂で食べたウニ丼は/海辺の町であるにもかかわらず腐りかけていた)。最後の観客たちのために/一所懸命に演技を披露するアザラシの類は/犬のように/やさしくて/悲しい/目をしていた/そんな気がした。//
 炎上する/観覧車の映像が/時々フラッシュバックする。/約束の地図にはただ/「なにもない」ということだけが記されていて/その銀の紙をちぎって風に任せれば/やがて/冬が来る。/おーい、氷河期が来るぜ/
 園地をあとにして/海岸沿いの道を岬へと進む/橋を渡るたびに/河口を覗き込むと/産卵を終えた鮭の死骸が浮かんでいる。/サーファーたちは/河口の先の/荒れた波の中で/もがいている/氷河が来る前に/氷河が来る前に//

 海辺の崖に/赤いものを見つける/
 そばによってみると/肉厚多層の葉の上に/鮮やかな/真紅の花が付いていた/
 群落/いまだにその花の名前はわからない//

 ★

 丘の上に登って向こう側の浜辺を見下ろすと、波打ち際に打ち上げられた白い流木の上をカモメが輪舞している。カモメは暫し静止し、スライドし、風を孕んで時の進行を形作る。キュアー、キュアーと、なにごとかの救済を求めて。その様子に不穏な気配を感じ、そこに居た五日間、僕は丘の向こうの浜には近づかなかった。
 その夜はなかなか寝付けず、何度も懐中電灯で腕時計を照らした。寝返りを打つ度に鉛色の潮騒がにじみ寄る。チタンの装甲をまとった時計には気圧計が付いており、変動の予兆を示していた。頭上を音もなく銀河鉄道が通過する。高架下の安宿である、私のテントはびりびりと震える。酒ビンを抱えて外に出る。僅かに消え残っていた熾きに火を灯して焚き火にあたる。見上げれば、銀河が煌々と渦巻いて、赤方偏移しながら再びビックバンのチャンスを窺っている。白鳥座の巨大な十字架が、海面に伸びた私の影を磔にしていた。
 午前2時、女が一人やってくる。ずぶ濡れで、裸足で、濡れた髪が纏わりついて顔は良く見えない。桜色のワンピースが膝上で深く破れ、スリットになっている。星々と海の呼び声の中に白くしなやかな脚が浮かび上がる。焚き火にあたることを勧め、タオルと温めたウィスキーを渡す。
「あなた、ここにテントを張って5日目ね、こんな地の果てみたいなところで何を待っているの?」と女は尋ねた。それには答えず
「あんたこそいったい」と言いかけて言葉を失った。女の身体は天の川の宝飾細工だ。白い肌に銀河が渦巻いている。彼女の瞳はオッズアイ。エメラルドとガーネット。瞳を覗き込むと「預言」が記されている。
 砂浜の向こうにテトラポッドに囲まれた護岸壁があり、廃村となった漁港の痕跡が、海のさなかに一本の道を残している。打ち捨てられた浚渫用の重機が錆びたバケットに星の光を集めている。「預言」は、護岸壁の荒れたコンクリートに記された血文字の「永劫回帰」
(第2百武彗星最接近の晩、私は日高山脈を縦走していた。月よりも大きく青白い彗星の中心核から宙を貫く巨大な彗星尾、青い炎の柱が立ち上り、宇宙の熱死説に殉教した者を光の矢が刺し貫いて/その/冷/光は/世/界を/分/割し/再‐接続し/「serial experiments lain」(連続する/接続実験)日高山脈中部、ペテガリ岳へ至る雪庇がせりだした瘠せ尾根は鋭く谷底の闇に落ち込み、内宇宙を探索する宇宙飛行士は青のグラデーションを移動していく。大脳縦裂の底から側脳室へ、クラビウスからティコへ(注1)。ピッケルにセントエルモの火が灯る)。
 濡れた前髪を手で分けながら(金色の、藁色の、その感触を、僕は知っていた)、僕の目を見て彼女は言った。
「えいえんってあるとおもう?」
 ?
「えいえんってどんなものだと思う?」
 ?
「じゃあ、あなた、ここで何を待っているの?」
 え?
「あなたにもじきに解るようになるわ」
 桜色の光芒をまとった彼女は立ちあがって焚き火の明るみの中から歩みでて、海岸草原をわけていく小さな人影になる。彼女は艶やかな夜花が咲きほころぶ草原に膝を抱えて座り、星を見上げる。果されることのなかった約束が宙空に色とりどりの星座を灯す。彼女の周りには一面に野花が敷き詰められているが、ナデシコの他、花の名前は解らない。星が、流れる。白く美しい横顔に淋しい笑みが浮かぶ。すると彼女は星々の世界に融け入る。桜色のワンピースは銀河に灯る星座になり、人の望みが断たれるたびに、星が瞬いては流れ落ち、誰もいない海辺に打ち上げられる、ロシア語の記された空きびん、木製の聖母子像。使用済みコンドームを飲み込んで絶命した魚の赤い腹。ベルリンの壁は絶えず崩壊し続け、そして、彼女の瞳から涙がこぼれ落ちると、一斉に星が流れる。赤方偏移しながら桜色の星座が遠ざかるにつれ、海面と銀河に映じる彼女の残像はゆっくりと消えていく。まばらになった星灯りに照らされた波打ち際に、光年の沈黙が残る。
 原子炉の炉心を妖しく照らすチェレンコフ光の青の中で、彼女はセーラー服を初めて着たころの少女の姿に変容している。私は彼女を抱いて、さくさくと夜花を踏みしめ、海辺の草原をゆっくりと、果ての果てに在るだろう、放射性廃棄物最終処理場へと向かった。膝上でスカートが風にそよぐ。彼女は小鳥のように瘠せている。彼女の髪がさらさらと私の腕をなで、まだあどけなさが残る、宙を映す大きな瞳。赦すことも、赦されることもできない冬の予感が、その瞳に影を射そうとしていた。夏服からこぼれる細くしなやかな手足は力なく垂れ下がり、宇宙が熱死していく速度で、私が抱える彼女の温もりは徐々に消えていく。再び星が流れる。すると彼女の体から薔薇石英の結晶がこぼれ落ち、私たちの踏み跡には赤い鉱物の焔が灯った。宗谷丘陵は風に吹かれて樹木が育たず、丈低い草原がうねり、有刺鉄線の破れ目から立ち入り禁止空間に入ると、生まれることのできなかった子供たちの笑い声がこだまして、存在しない子供たちの遊戯の輪は爆心地に焼き付いた影のように静止している。ノアの方舟は巨大なコンクリートの棺の中で崩壊し、座礁した草原には野晒しのドラム缶がストーンサークルを成し、遺棄された処理場には子供たちに着せることのできなかった色とりどりの産着が果ての果てへの道標に結わえられてはたはたと翻り、風が通るとドラム缶の風琴は司祭のいない教会のオルガンを奏で、放射線検知器の針は振り切れる。私は彼女を祭壇に祀るだろう。銀河は、宇宙の熱死の方へと遠のいていくのだが、「預言」は、実行されなければならなかった。
  *
 テントをたたみ、帰り支度を整えた後、丘の上へ登ってみると、カモメの姿はすでに無く、広大な海岸草原には優しい桜色のエゾカワラナデシコが咲き乱れていた。あのオフェーリアの身元が解ったのかどうか、その後のことは知らないが、僕はひそかに彼女を「カワラナデシコ」と命名した。
  *
 1994年6月5日午前十時頃、初山別町界隈の浜に身長152センチ、一部白骨化した女性の遺体が漂着した。発見者は釣り人。後日、新聞によると、ただそれだけの事実が、翌朝丘の向こうの浜辺で起こったわけだが、その晩のことは、後に狂死することとなる佳子を除いて誰にも話したことはない。
 思えば、永遠を廻る僕の旅には最初から業罰の刻印が押されていたのだ。今も、目を閉じると、人の形をした炎が見える。えいえんなんて、なかった。

(注1)月面のクレーター

2010年7月『ポエム・ロゼッタ』掲載作品

>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20110704_633_57p

  • シロ :
    このような作品を読むと、自分の作品がいかに素人がわかる。
    特に後半は圧巻。
    なぜ、誰もレスをしなかったのだろうか、私は不思議だ。  ('16/04/09 15:34:52)

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37 : 海を見たことがない女の子のために  ケムリ '07/12/31 13:25:23

 海を見たことがない女の子は、大抵のところウィンドウ・ショッピングを愛しているし、そうやってよく晴れた四月の午後をやり過ごしたあと、雑貨屋で大した役にも立たない小物を買って帰る生活に満足している。ライトグリーンの水性ペンとか、小さく折りたたむことが出来る切れ味の悪いつめきりとか。そういうわけで、海を見たことがない女の子の机は、いつもそういったものでごちゃごちゃしている。

 海を見たことがない女の子は、無言電話がそんなに嫌いじゃない。ねえ、あなたコーヒーと紅茶、どっちが好き?とか、オールド・ファッション・ドーナツにチョコをつけるのは許せる人なの?とか、ひっきりなしに話しかけてみたりする。そういうわけで、ぼくには一日に四回、彼女の家に無言電話をする習慣がある。最近はやっと、オスのパグを一匹手に入れて街を出る算段まで話が進んだところだ。彼女はそういう架空の可能性を真冬のりすみたいにあっちこっちに埋めて、そのまま忘れてしまう。男たちは、その小さな可能性を、小さな懐炉みたいに大事に抱えて、海への道を歩いている。

 海を見たことがない女の子には、身寄りは一人もいない。彼女はいつも二ヶ月遅れで家賃を払い、しょちゅう電話料金を払い忘れる。そういうわけで、ぼくは電話が通じなくなると彼女にアパートに出向いて、中身がぎゅうぎゅうに詰まった郵便受けから電話料金の請求書を引っ張り出して払い込みに行く。彼女のアパートの前の桜並木を、ポケットに請求書を突っ込んで歩く時、ぼくはちょっとだけ幸せなきもちになる。多分、春になって冬篭りの巣穴から、子ども達を連れて出て行く母熊はこんな気持ちなんだろうな、とか思ったりもする。

 海を見たことがない女の子が住むモスグリーンの外壁のアパート。その前には、道路を覆い隠すような桜並木があって、この季節にはちょっとした眺めになる。そこを歩いていくとペットショップとコーヒー豆屋が並んでいて、ぼくはいつもそこでマンデリンを買い、なんだか難しい名前の猫と遊ぶ。ぼくは眠れない夜、シルバーの毛色の大きな猫の名前を思い出そうとして、布団に入ることにしている。メイン・クーン。このとても綺麗な猫のことを彼女に教えてあげよう、そう思うのは中々幸せな夜のやり過ごし方だ。

 もちろん、彼女のことが好きなのは、ぼくがいつまでも海に向かって歩いているからだと思うんだけれど。それを言えば、ぼくたちはいつだって海を目指すしかない街に生まれついた。海への道は、いつも途方もないくらい良く晴れて、男たちは真昼の酒場でビールを何杯か煽って歩き出す。一息で飲み干されたグラスと硬い口ひげには真新しい泡だけが残って。その時、彼女はいつもオレンジ・ジュースとミルクを良く混ぜて、一息で飲み干そうとするんだけれど、いつもちょっとだけグラスに残って悲しい顔をする。だから、ぼくたちはもう振り返らない。

 海を見たことがない女の子のために、ぼくたちに出来ることはなにもないっていうことを、認めたところから男たちはいつも歩き出す。彼女は、今夜も電話を待ち続けて、そしてベッドに入って浅く眠るだろう、そう考えるだけで歩ける道のりもあるっていうことを、ぼくたちは許されることが出来るのだろうか。海を見たことのない女の子の眠りはいつも、とても浅い。その柔らかな淀みのなかに、幾つかの可能性が消えていく。パグ犬の甘噛みとか、メイン・クーンのふさふさした銀色の尻尾とか。

海を見たことがない女の子のために出来ることは何もない。
だから、男たちは歩き出す。

>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20071231_388_37p

  • 稲村つぐ :
    まず、負荷なく読めていく文章には脱帽。小道具の一つ一つ、それらを詰めていく作業、そして人物の歩かせ方も上手し、十分、楽しめるものです。

    ただ、肝心のバッグについての縫製がやわいようです。
    「男が海に向かう」ということを、海を見たことがない女の子に、「何かしてあげたい」という動機や、「何も出来ない」という答えに結びつけるには、
    5、6連の描写があっても、まだまだ薄いと思います。
    ...全文を表示  ('08/01/01 15:27:21 *1)

  • ケムリ :
    作品の真ん中に空白を置いて(それは、機能しないメタファという意味で)それを描写で「囲い込む」手法に凝っていた時期がありました。
    この作品の場合、「海を見たことがない女の子」は完全に空白であって、海―女の子、の間にある意味性、なににすりかえられているのか―なにをすりかえられているのか、つまり「何のことを語っているのか」っていうものを徹底的に空白にしてある。構造的には(いや、中村さんが「空白」として書いたかはわかりませんが)まさに、「rebirth」と同じような気がします。そこを騙し切ってやろうといきまいたわけですが、どうも上手くなかった。
    なにがしてあげたい、という動機、何も出来ないということ、それらを象徴する「海」。こういう小綺麗で無意味なものを置いて、その穴を囲いこむように書く。要するに、「何かしてあげたい」という動機や「何も出来ない」ということも実は、内容なんて何もないんです。この作品。書いている本人も何のメタファだかなんて考えていないし、リリカルな語感以上のものではないものを「さもなんか大事なもののように」見せよう、というのが主題です。5連目は、「説明されたような気になるが、実は全然説明されてない」っていう詐欺師レトリックを上手く機能させたかったんですが、ぼくは相変わらず女の子を口説くのが上手くならない。一言で言うと、モテるための詩作なんですが、中々難しいですね。あなた、良く喋るけど中身が空っぽじゃないって言われたような気分です。時々、自分はホントに身詰まりの悪い、夏場のカキみたいな人間だと思うことがある。いや、空っぽなのはいいんですけどね、それがバレちゃどうしようもない。あ、詩の話です。
    ...全文を表示  ('08/01/01 20:50:28 *6)

  • ひふみ :
    私はホント基本的なことしか書かんので、不要だったらすまん、とか先に謝っておきます。
    詩と明示ないし暗示されていない場でみかけたら「散文」とは思っても、「(散文)詩」とは、私は思わなかったろう。というのがひとつ。これ説明いります?長くなるし、トライしてエラーしてるとこでもあるから及び腰。それと被るところで、冗長であり、文構造、連単位のリフレインである。連ひとつで一編になりえる。結びの二行と結ぶことができる。並列。最終連以外は並び替えても(読み手としては)何の問題もない。もとい、最終連すらその位置はベストだから、という観点からではなく、一般的な詩の流れとしてはこのような表現は最後が多いからそれに倣った。という印象である。
    例えば、特徴的な文体というのは書き手の手癖であり、文学との交渉や言葉による伝達を行う内についた訛りのようなものであるが、この詩の文体を感覚的に評せば甘く、(もしあるとすれば)中庸という軸から少し軟化させた文体である。
    ...全文を表示  ('08/01/05 09:59:52)

  • ケムリ :
    >結びの二行と結ぶことができる。並列。最終連以外は並び替えても(読み手としては)何の問題もない。もとい、最終連すらその位置はベストだから、という観点からではなく、一般的な詩の流れとしてはこのような表現は最後が多いからそれに倣った。という印象である。

    実は、連ごとにカットアップしてるんです、この作品。最初はもう少し終始する物語の流れがあったんですけれど、そこから中心になる部分を引っこ抜いて、さらに残ったのをシャッフルしてこの形にしてある。というわけで、見事に読まれきっていてどうしたもんかという感じなんですが。というのも、これは元々短編小説にするために書き始めたストーリーで、そのままストーリーという状態で出すには「詩」の括りは苦しかったし、かといってプロット状のものを作品として提示するのも憚られたので「書き込み」以外の形でなんとか詩として成立させられないか、という苦肉の策だったわけなんですが。
    ...全文を表示  ('08/01/07 16:44:21)

  • ひふみ :
    このレスポンスひとつにどれだけ時間かけたか知ったらきっと驚くんだぜ?

    まぁ、そんなのはどうでもいいや。本題。手元の辞書の「詩」の一節「選び抜かれた言葉で表現されたもの」と同様の印象、特徴といったものがあれば「詩」とするってのが「現代詩」だと思ってる。古めの日本文学を主に学んだ人間からすると詩としては甚だ不自然なものも詩になるのが現代詩。ちなみに、ただの分析情報提供ですと断っとくね。間違いを指摘しようとか、心情吐露とか、義侠心とか、そんなのはない。
    んで、一般というか世間というか、まぁ、そんな感じなところに溢れてる「詩」は「それなりに選んだ言葉で表現されてるけど特に目を見張るとろこのないもの」が多数派だと私は推測してる。これはそこらの人に「詩を書いて〜」てやってみれば分かるんじゃないかな。辞書的な詩の定義に当てはまるけれど、他人に向けての表現としては精度が低いものが沢山出てくると思うよ。
    ...全文を表示  ('08/01/11 08:25:05)

  • ケムリ :
    >そういった柔軟さが足りないんだ、この作品は。能書きのために根本の部分を上手く使おう。どうせ汚れるなら汚れを利用しなって。

    もし、俺がここで作品を書く動機がカネや名誉なら、俺は躊躇い無くそれを駆使するだろうし、作者(=俺)の神格化に物凄い労力を払うと思う。もっと言えば、自分の作品の価値を明らかに貶める『意図の開陳』みたいなことも、絶対にしないでしょうね。例えば、この作品にだって巧く作者信仰に結びつくようなレスを付与して、自己批評の形で価値の向上を図ることだって出来ただろうし、多くの作者がその生い立ちや性格、ある種の構築された神話の一形態、創作物と作者の完全な癒着を起こしているように、それが多分クレバーなやり方なんだろうと思うんですよ。それは、ホントに。

    というのも、俺は文章でメシを食いたい人だし、もしなんかで俺の文章が売れたら、俺が「文学極道のケムリ」であることは死ぬ気で隠すと思うんですよね。やっぱ、作者ってのは信仰させて、客を騙し切ってナンボですから。大体、上記のようなレスをつけて、通常の(批評、ではない)賞賛を受けようなんて土台不可能だろうと思います。まぁ、言い方は悪いけど、自分で自分の作品に泥ぶっかけてるわけですよ。まぁ、『評価を受ける』って一点で言えば、物凄く愚かだと思う。大体、日本人の作品評価基準なんて所謂「シロウト」(作者の死を知らないって意味で)の中では完全に固着化してるわけだから、上手に「汚れ」を使いこなすのが巧い作家だと思うんですよね、それは俺も。
    ...全文を表示  ('08/01/15 06:42:10 *7)

  • ダーザイン :
    この作品は、ただ一言、圧倒な傑作だと。文句付ける所など何一つないし、解説する必要など全くないし、詩情においても読者が想起するケムリさんのリアルのようなものにおいても、自分の作文法をエクソダスしていく道筋においても、ケムリさんが自己解説したってその解説を超えて迫る強度があるので、正直ケムリさんがレスレスで言っていることの方が解りません。手管だ手管だといきまいても、その手管を作品が超えて行っちゃっているんだから。
    ここには一日平均1万10000を超えるアクセスがあって、そこで創造大賞に選ばれた人間が、一私基準に過ぎないといっても無理。選ばれし者には選ばれし者の恍惚と不安(笑い)、歴史の存在論的行運、弁証法上の理由があります。
    小説が売れたときにダッシュして隠すのは別段結構です。実際、手帳プロパーの人の俺への嫌悪感は凄いそうなので。で、手帳プロパーの人は小説メディアの選者だったりする場合があるし。
    ...全文を表示  ('08/01/16 00:28:19 *2)

  • ひふみ :
    んーむ、「文学極道」と「文学極道の」を尊重すると書けることに縛りが多い。

    流れの調整という点でレスポンスを見直した方がいいかもしれない。意図の開陳が速くて他の人がレスポンスしづらくなってる可能性がある。かくいう私がそうだった。それは「文学極道のケムリ」にとって本意ではないよね、と思うんだ。  ('08/01/18 09:40:40)

  • コントラ :
    なかなか良い作品だと思う。後日。  ('08/01/23 02:59:05)

  • 園里 :
    どうも、こんにちは。

    思ったんですが、この場所は通常掲示板に比べて流れが遅いので、本来だったら過去ログに埋もれていっただろう作品でも、掘り起こせますね。やれるとなると掘り起こしてしまいます。

    前置きはさておいて、頑張ってみます。どうしても流れを追ってから発言する形になりますが、受ける印象としては、やはり一貫して、いままで発言した方と似たような印象を受けるところがあります。
    ...全文を表示  ('08/03/19 20:25:53 *1)

  • ひふみ :
    うん、何度読んでも筋が通ってる。園理さんのレスポンスの話ね。コントラさんのも、こっちのも、筋が通ってる。ま、自己解釈ができるなら筋も通せるわな。
    んじゃ、役者不足ですがやりますか。

    この詩に限らず、こういった詩、ないし、文作品という枠で話します。
    軽く仮定義すると、「何も言っていないのを何か言っているように思わせる」作品。ある種の読解力が備わっている読み手が相手だと無力な奴ね。私みたいな奴からすると、どうして書いたのか、くらいしか話にならない奴。
    ...全文を表示  ('08/03/24 17:07:52)

  • 園里 :
    とりあえず、拾ってもらったことに感謝します。

    途中だいぶはしょってから一つ訂正すると、論理性って実はあんまりないと思います、私。
    筋もあんまり通っていない。実は。
    指摘されたとおり「文体」に限らず、基本的定義が曖昧なんですよね。また、それをそろえることも、環境的に不可能に近いのでは。
    ...全文を表示  ('08/03/26 18:07:56)

  • ひふみ :
    自己省察に入られても困る(笑)。

    園理さんの提示を取り入れて主な問題点をあげると、
    「意味と意図とで食い違い、ないし過不足が生じている可能性がある」
    辺りで良いと思うのだよね。その原因や解決策を幾通りか挙げられるとしてね。
    ...全文を表示  ('08/03/29 10:13:02)

  • :
    文体も中身も村上春樹っぽい
    だからこんな女の子、現実にはいないです
    世界はもっともっと、汚い女子でいっぱい
    男子が作り上げた女子ってこんななのかーと思いました
    良い子チャンな作品なので、眠って、起きたら忘れてしまいそうです  ('08/09/30 06:53:24)

  • POGE :
    ロマンティックあげるよ。

    うまいです。  ('09/02/09 12:16:47)

  • 常悟郎 :

    こんにちは

    拝見いたしました

    ...全文を表示  ('09/10/31 18:03:46)

  • 田中宏輔 :

    女の子といっても、いちおう自立している女性でしょうか。

    「可能性」をめぐる描写に、とりわけ惹かれましたが

    ...全文を表示  ('10/01/10 07:20:28)

  • キメラ :
    久々覗いたが、過去ログ行っちゃってるが、2603 : 光  KiMERAは俺じゃないぞ。
    盲目もたいがいにしれな。  ('11/10/24 09:23:55)

  • 明日花ちゃん :
    おお、初めて覗いた。
    書き込んでもいいのかな?
    いいや。書いてしまおう。

    私はラーメン好きだけれど
    ...全文を表示  ('14/01/31 13:47:49)

  • 文学非道 :
    とにかくこちらが赤面したくなるほどひどい雑文です。
    一億円かけてもいい。
    この雑文の書き手は生来、作家などには金輪際なれないし、
    この雑文をほめたダーザインも永久に小説書きなどにはなれない。
    きみたちには才能が決定的に欠けている。
    ...全文を表示  ('14/06/18 07:42:53)

  • lalita :
    これじゃ、一人の若者も鼓舞できしんし、一人の女の琴線にも触れれんよ。  ('15/04/02 15:31:29)

  • たま :
    いい作品だと思います。
    難しくなく軽やかで読みやすい。
    ひねってなくストレート。
    対象者は若い女の子雑誌。
    大人向けではなく若い女性向け。
    ...全文を表示  ('16/01/03 02:50:49)

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Log Pager :  Next> 1 2 3 [File]   @18 atc/p. (+6 -6 def , max: 50)

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