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発起人バトル

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64 :   みつとみ '16/08/12 18:55:00 *3

   はがれた爪のように 水面に言の葉を散らしていきます
            白い光の底として
         たゆたう水が満ちていきます
    明るい音がしないのは 洞窟に光がこもるから
           わたくしの 腕から
        ほら 目が 生えていきます
          わたくしの二の腕から

         目が いくつも いくつも 
       生まれては そう 増えていく
       うっすらと その目が 開かれ
       なにがほんとうでなにがうそで
      なにひとつ悪いことをしていないのに
  信じることができずに あなたの指を落としていきます
     音がして あかい血が水面をただよい
        きれいにうずをまくころ
    指が くらがりの底に 沈んでいきます
        あなたに 知ってほしくて
      わたくしの肌を うすく一枚そぎます
    そうして あなた の 指 が しずむ とき
      わたくしの腕に 目がひとつ生まれます
        わたくしの肌が そがれるとき
      わたくしの脚に 鱗が一枚うまれます
    わたくしが たくさんの目をもつ魚となったとき
            あなたは
      ひとつの洞窟につつまれた湖となって
         暗い底から光をたたえます

          しずかに憂いながら
     泪のかわりに真っ白な微笑みをうかべて
         横たわっているのです
   あなたは わたくしという洞窟にとじ込められた
        泪をたたえた 湖なのです
       あなた の 指 を おとしては
          はだを 一枚そいで
         いきものの水がたまって
     わたくしの腕に 生えた目が濡れてひかり
    わたくしの脚に エメラルドの鱗がうまれて
         その光を底として
      いのちの水が満ちていきます
      その紅くとうめいな水をのんで
 悲鳴を偲びながら 爪のような言の葉を漂わせていきます
      ほの暗い過去が髪の長さとなり
      裸の背に月の光を浴びながら
       わたくしの胸に抱えられて
あなたの眠った蒼白の顔が微笑み 水底から浮かび上がります



*本当は縦書き中央揃え

>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20160812_714_64p

  • 玄こう :
     二回頑張って読みました。率直に申しますと私読者は、この詩に感想を促したいほどの好さや、誰かに読ませたいために批評を付すことや、詩のなかから何か?、輝かしいものを掘り起こしたい、掘りあてたい、という解説も、出来ない、したくもない作品でした。

     すみません酷評になると思う。

     詩の流れが一環しているようで一環していない。
     “詩の流れが一環していないようで実は一環している。”という後者の、良い意味での詩の文体の流れが非常に弱い気がします。
     云いかえるなら、“詩の文体が貫徹し、きちんと流れている。”そうした流麗さがこと足りないと感じました。

     センテンスを部分的に具体的に挙げて、それを示すほどのことでもないですが、その要因のひとつとして、一文一文を精確に記そうとする素振り、にあろうかと思います。

    >指が くらがりの底に 沈んでいきます/あなたに 知ってほしくて/わたくしの肌を うすく一枚そぎます/そうして あなた の 指 が しずむ とき/わたくしの腕に 目がひとつ生まれます/わたくしの肌が そがれるとき/わたくしの脚に 鱗が一枚うまれます/わたくしが たくさんの目をもつ魚となったとき/あなたは/ひとつの洞窟につつまれた湖となって/暗い底から光をたたえます

     詩に出演するあなたとわたくしとが水面で言葉とともに戯れる様子。こうした文でも感じるのです。特に目に付いたのは、>ひとつ、一枚、たくさんの、ひとつの、まるで後からくっ付けたような数詞が散見される。たいへん煩いものに感じました。

     誰しもよく知る形容詞をふんだんに詩に使い込むことはあまり、私は詩においても、いろいろな文書スタイルにおいても、あまりイタダケナイのでは?と考えています。


     浮き沈みや憂いなど、水というものから、人の心象や水からくれる美しい現象を、詩に書きたくなるものですが、
     まぁこの題は、水でないほうがいいかもしれません。『鍾乳洞にて』とか『地底湖』、具体的事物をタイトルに、私ならするだろうと思います。詩のそれ自体があまりにも朦朧としており観念的でもあるため、タイトルと詩内容とにメリハリをつける工夫があったほうが、読者に興味を抱かせることができるかもしれない、と気がします。
     水という普遍性を詩にしたければ、こんな作品ではまだまだ、たどり着けないだろうと思う。


     みつとみさんは男性と察するが、男性がイロケを出すと、詩でも歌詞でも小説でも、読むとどうしてもナヨナヨしたものが多い。
     明治や大正の女性の詩や小説はそうしたイロケを書いてもそこには必ずといっていいが、貫徹するものがある。女性の持つ弱さのなかから、女性の持つ精神や意識の強さが、内面から書かれているものを読む。
     ヘタなベタなイロケは、男性が小説や詩で書かないほうがよいのではないか?と思う。よほどの才能や気質がない限り、やらないほうがよいのでは?と思う。

     酷評になってしまい失礼しました。  ('16/08/12 20:48:51 *3)

  • みつとみ :
    玄こうさん。
    早速のご批評ありがとうございます。なぜか「酷評」とは受け取れなかったのですが、たしかに「男がイロケを出す」のは難しいですね。でもやってみたかった。笑い。  ('16/08/12 22:12:07)

  • kaz. :
    みつとみさんは、中々表に出てこない印象があったのにこうして書いているということは、すでにかなりもうストックがお有りなのかな。書く体力を維持しているんだと思います。
    内容については、スタイルの必然性がよくわかりませんでした。なんで縦書きの中央揃えにする必要があったのか、またそこから生まれる何かがあったのか。
    それが、私には読めませんでした。すみません。  ('16/08/22 17:59:15)

  • みつとみ :
    kaz.さん、お読みくださりありがとうございます。
    いろいろ黒子的というか縁の下の力持ち的というかそういう役割のほうがいくつかの場で多いもので。性格も地味でして、はい。
    水とか光とかたゆたう感じのスタイルを狙ったというか、そのような感じです。  ('16/08/23 20:09:51)

  • アラメルモ :

    これも拝見いたしました。
    上の作品と同じように観念的な詩ですね。
    タブレットなのでいちいち文章を取り上げて評はいたしませんが、まるで感情から涌き出るように、身体的な痛みとして水そのものが喩化され書き込まれている。このことから水とは泪のことを指すのでしょうが、よろしいと思われるのは、この涙が身体的な蘇生や痛みとしてあなたに還元され書かれていることだと思います。なので、玄さんが一環しているようで~というコメントは当然で、もちろん感情には起伏があるからです。
    あなたとはまさに水であり涙でもあり、つまり生き物の感情そのものを指しているのです。みつとみさんの詩はわたしにとっては入りやすく理解しやすい。そんな気にもさせられる。。なぜかと申せば、あたまよりも直に胸のほうに響いてくる。言葉には操られていない美意識を感じることができる。それは胸に抱えたギターの音色。ダイヤモンドを散りばめた、きらびやかな輝きではないけれど。手のひらにある、オパールの小さなかけらのきらめきに魅せられるように。。これも経験と御努力の賜物だと思います。稚拙な感想ですね。笑。失礼しました。  ('16/09/11 18:25:38 *6)

  • みつとみ :
    すこし時間が空いたので、ちょっとだけ。
    アラメルモさん、ご感想ありがとうございます。
    そうですね、水はわき出たり、滞ったり、流れたり、にじんだり、かわいたり、姿を変えていきますね。
    十代、二十歳のことは観念的で難解な言葉を使っているときもありましたが、
    それ以降はだんだん、平易な言葉で書くようになりました。  ('16/09/15 13:29:03 *1)

  • 朝顔 :
    お初です。規定がよくわからなかったので、取り敢えずここに来てしまいました。
    宜しゅうございましたでしょうか?
    この詩、結構怖い詩だなと思いましたね。(ちなみに、私は技術的な批評や観念的な講評はへたくそです。)
    ロアルド・ダールの短編小説(確か。違ってたら申し訳ないですw)で、夫がやはり妻の指を一本一本落してゆく話があるんですよ。それは、愛の証というよりも、単純に夫が気が少々ふれていて、賭け事を妻とするたんびに、相手が負けると指を削ぎ落してゆく訳ですが。
    話がそれました。
    みつとみさんの詩の場合、「男がヘタなベタなイロケを書いている」というよりは、もうちょっと詩の内容性に硬質なものをわたしは感じますね。精神的密室における二者間の関係性がここにある。しかも、「わたし」は肌を削ぎ落しているだけなのに、「あなた」の指は落としちゃうんですね。かなりずるい(笑)。でも、その残酷さを筆者は理解していらっしゃる。
    ただ、確かにここにある男女(?)の関係性は、平成的というよりは些か明治大正的なニュアンスがありますねぇ。昔の文士の感触。表現自体は平成のものなんですけれども。
    捕捉。「しずかに憂いながら」と言うフレーズは、自分的にはちょっとイメージが重複しているかなと。でも、みつとみさんのいつものリアルの表情ではありますねぇ、これ。  ('16/10/22 04:37:58)

  • みつとみ :
    朝顔さん
    ご感想ありがとうございます。内面はそうですね、残酷性とずるさもあるかもしれませんね。「明治大正的なニュアンス」、それはちょっと偏愛的というか、江戸川乱歩的な怪奇性と叙情性というか、そのような感じでしょうか。そのようなものも確かにあるようです。わたしは、しずかに憂いてしまうのかもしれませんね。  ('16/10/23 11:28:23)

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