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  1. 4 : 空無通信  ダーザイン ('04/12/25 00:04:37)  [URL]

    放棄された埋立地を
    一体の透き通った者と
    連れ添って歩く

    雑草に覆われはじめた
    アスファルト面のそこここに
    立ち昇る無の陥没痕
    ほつれた放心の縫い跡から
    冷気が放たれる

    死の語り部たる永久凍土

    遺跡化した新造建築物の合間を
    一瞬の襲撃が
    鳴りとよめかす
    コーラ缶の放擲軌道

    瓦礫の中の坂道を下る中央基線
    片道三車線の
    三位一体の
    空無

    いら草
    コスモス
    採り入れられた二番草の茎

    おまえが通りを行く すると
    空無が通り過ぎていく
    風が
    ただ透き通った風だけが
    野を分けていくのだ

    風は三度現われる
    放擲と
    放心と
    今再びの放擲と

    振り仰ぐと
    身を捩る陽光

    とりわけ巨大な陥穿の底
    放物線上の斜面から
    見上げる斜面に逆光を担い
    静止する積雲の輪郭

    一筋の冷光がお前を射る

    光の剣に貫かれた者が その
    放物面の焦点位置へと
    焦点位置へと
    浮遊する
    立ち昇る
    脱自する

    球面収差に歪む視界に
    現われる
    再度現われる一本の線

    待機する場所
    空無通信

    # 漏れも嫌がらせのように小難しいのを貼ってみる(´ー`)ニヤニヤ

  2. 4 : [返信]  ダーザイン ('04/12/25 03:10:36 *1)

    文学的決意、イデオローグとかを意図的に書いたものじゃないよ、
    6年前に鬱病を発症して三日三晩寝ずに仕事をし、
    発狂状態の異常心理を完全自動書記をしたもので「作品」ではないよ、マジレス。
    この詩はパウル・ツエランやイヤン・カーチスのような奴にしか解らないと思う。

  3. 4 : [返信]  ダーザイン ('06/01/18 00:34:01)

    >コントラさん
    この詩は大昔に書いたもので、阪神大震災の直後だったと思います。ちょうどその頃から私の精神も崩壊して鬱病発病当初の急性期で、今は密封・封印したこのような詩を、ほぼ自動筆記でたくさん書きました。意図したアブストラクトではないのです。数日も不安と焦燥に駆られて一睡もできないで仕事をしたあと、割ける様に、割れるように虚無にに彩られた言葉が湧いてきて止められなかった。この詩の中に希望の欠片があるのかどうか、今でも私には解りません。射し込む光はツエランのように冷たかったです。
    御指摘の北海道の原野のイメージは、まったくその通りです。私を強く支配するもののひとつです。

  4. 4 : [返信]  ダーザイン ('06/01/18 00:41:04 *1)

    >鷲聖さん
    >ひたすら広大なそして完全性の空間へとむなしく鳴り響くだけだ
    まったくその通りです。この詩を書いた当時は存在論的全体性への希求に人生がぶち壊れるほど支配されていました。
    今の私も、こういう詩は趣味じゃないです。今は小説に専念していますが、存在論的欲求をネタにできる精神的なゆとりがあります。私も小説では超派手好きなものを描いているのですよ。芸術でありながら、同時に強烈なエンターテイメントでもなければ納得できません。

  5. 4 : [返信]  ダーザイン ('09/01/09 01:16:46)

    何年ものおそレス、申し訳ありません。
    先ず、SSSさん
    自動書記という言葉を、此処で私はミシンと笠のようなでたらめの意味では使っていません。ハイデガーが言うところの「到来」のニュアンスで使っています。パウル・ツェランは熱烈なハイデガー信者でありましたし(彼らの出会いも、対話も不幸なものでしたが)、存在からの到来、存在の無の顔である死からの到来ということです。
    で、拙作ですが、この詩に存在論的な意味や意図がないとは私はまったく思っていません。また、ツェランの模倣は意図的にも無意識的にもまったくしていません。「光の剣に刺し貫かれる」という言葉を記したとき、ツェランのことを思い起こしはしましたが。多分、イアン・カーチスはツェランの詩を読んだことがないのではないかと思うのですが、同じような精神状態、同じような存在論的実存様態で書いたのであろうと思います。
    私も、到来するものを受けながら、能動的に作品にしました。

    いつもこのような詩ばかり書いているわけではありません。ある一時期の作風に過ぎません。この作品を書いた時季ほど到来したことは、後に一度しかありません。「消滅」という散文詩です。だが、「消滅」を書いたときは、まったく違う精神状態でした。死神ではなく、詩神が降りてきていました。

    みつとみさん、

    詳細で、精密なレス、ありがとうございます。一休みしてから返信します。

  6. 45 : [返信]  ダーザイン ('09/01/18 05:23:50 *1)

    第3連から
    >ドラム缶で燃える丸焼きのチキンが黒い煙を空にたなびかせている、
    >環状道路の交差点。
    インパクトのある異化作用をもたらしていた上記が除かれ
    >シルビアの父がいつも赤信号で急ブレーキを踏む、環状道路の交差点。
    上記に換えられていますが、どうも、もったいないような気がします。
    あの異化作用は作品に立体感を醸していたので。ボードリヤールの「アメリカ」のようなメッキ塗りの世界(以前、この作品の初稿を読んだときに、熱帯雨林に囲まれた南米の町にもパンアメリカンが、というようなコメントのやり取りがあったと思いますが)に生肉がむき出しになったような。
    何故差し替えたのか、御意見を伺いたいです。

    それにしても、コントラさんの作品は、何度読み返しても斬新です。
    コーラやマクドナルドで神話が塗り替えられた世界でも、最終連で、メッキの外部のメッキを、メッキの彼方のメッキを、彼方への憧憬を開示してみせる。とても美しいエンディングです。

    家から車で田舎の方に30分ほどのところに馬追丘陵という丘があって、夜、その丘を越える道の上から眼下に伸びる道を見ると、一本の光の道筋が下り、そしてまた延び上がり、スターウエイトゥーヘブンだな、これは。という感慨を、あそこを夜通るたびに抱いていたのですが、人口が札幌に集中し、過疎化が進んでいるのでしょう、このところ、光の道筋がずいぶんと地味になってしまい、淋しく思っています。

  7. 11 : 夜警  ダーザイン ('06/04/14 04:41:04)  [Mail] [URL]

    風の強い夜だ
    下弦の月のまわりに
    虹色の光の輪を作っていた薄雲が通り過ぎる
    窓辺に焼きついた油色の日々が
    ガラス板から流れ落ちる

    星々がさわさわ震えている

    明滅する交通誘導棒を持ち
    人明かりの消えはじめた
    薄ら寒い夜の街角に立てば
    ビルの影が微かにゆがみ
    闇がほのかに光り始める

    夜の精たちの
    永遠のあやとり遊び

    人通りがなくなると
    思いはどこか遠いところへ
    寂しい海辺へ
    或いは
    懐かしい見知らぬ景色

    草原の千の舌が
    湿気った夜風にざわめき
    存在しない女の形をした塔が
    しずかに
    しずかに
    燃え上がる

    夜もふけて
    深夜便のトラック乗りが
    時たま通るだけになる
    永遠の合図を待つ歩哨のように
    赤い光の警備棒を振りながら
    テールランプの明かりを見送ると
    頭上の電線が
    かすかに
    かすかに
    ざわめきはじめる

     あなたはどことどこを繋げているのですか
     あなたは神様のいる場所に繋がっていますか

     あなたは知っていますか
     つながれることのない手のぬくもりを

    風の強い夜だ
    俺のサイフには
    黄色く色あせた写真が一枚入っており
    きっといつまでたっても
    捨てることはできないんだろうと
    そんなことを思う


    #身体性について批評を受けたので、この詩を貼ってみるよ(;´Д`)
    こんなに泥臭いのはあまり書いたことがないな(;´Д`)
    「消滅」についての各氏のレスについてのレスは近日中。
    やっと落ち着いたので。

  8. 11 : [返信]  ダーザイン ('09/10/19 20:29:59)

    自己剽窃は常套的にしていますね。いかにももうちょっと自覚的であるべきでしょう。
    「永遠のあやとり遊び」の連ついてはやっつけ仕事であったかもしれません。
    もっと稲垣足歩ちっくな終末論的未来派の影絵芝居を描くべきだったかもしれません。

  9. 11 : [返信]  ダーザイン ('10/01/12 22:49:19)

    田中宏輔さん
    たくさんレス入れありがとうございます。
    「つながれることのない手のぬくもりを」という言葉には万感の思いがあり、
    寂しさも、希望も共にあります。
    田中さんも同じ気持ちを抱いておられるのですね。
    読み取っていただいてありがたく思っています。
    また、冬の旅人を読んで優しいと思っていただいたのは、田中さんが優しい人だからだよ。これもとてもうれしかったです。ありがとう。

  10. 56 : [返信]  ダーザイン ('10/04/03 20:20:59)

    これこそ光冨さんですね。久々に本領発揮しておられるのを見て嬉しいです。私自身貴殿の筆致から多くを学ばせて頂いたので、貴殿がぬるい感じだとさびしいので。
    で、本当に書きましたか、バードシリーズ派遣労働者リストラ編。素晴らしいです、是非とも書き続けてください。光冨さんの抱いている神話、幻影の女を求める存在論的な話ばかりではなくて、今後の展開、派遣切りはとても現代性のある現実なので、そういうことも織り交ぜてほしいと思います。
    さて、描写が薄いです。黒木みーあさんが引用してダメ出しした部分、全部戻してください。あれらの工場労働の描写があった方がリアル感が格段に増します。私はああいう労働の工程は知らないが、ちゃんと伝わる文章であるし、作品に重みを与えるインパクトのある描写なので、削るなど考えられないです。元に戻してください。描写を描写を、徹底的に描写を。それが、私の師匠である光冨さんです。

  11. 40 : 青い花  ダーザイン ('08/04/14 00:14:07)  [URL]

    口の中に微かに鉄の味がある
    コートの袖口が擦り切れている
    錆びたドラム缶からはいだして
    月下の廃工場を後にする
    奏者を失って久しい機械が
    ほの青く光る一群の風琴になっていた

    鳥が飛び立ってから
    ずいぶんと時がたったのだ
    片道4車線の巨大な環状線は凍てついて
    光るアスファルトに信号灯が明滅している
    世界の中心である無人大交差点で
    狂人であるわたしは叫ぶ
    すると巨大な沈黙が頭上に降りてくる

    遠い地響きと共に雨がとおる
    遺棄された高層ビル群が
    ひとつまたひとつとストップモーションで崩壊し
    ガラスの雨が虹色の月光輪の中で光る

    都市はひそかに形而上学派の円形図形を
    模擬構成しており
    からっぽの曼荼羅の中心に立てば
    高架は身をよじってのびあがり
    星々の彼方へと続いているのだ

    冷たい夜風に乗って
    空の道をひとり頂へとたどれば
    夕べの群雲はすでに色を失い
    街灯の明るみの中に 再び
    ピンクのワンピースの少女が現れる
    彼女はただ微笑んで眺めている
    ただ微笑んで眺めている
    世の終わりの果てにはなにがあるのか

    ワンピースのすそをそっと風がなでて行く
    藁色の髪毛がやわらかくそよぎ
    わたしは彼女を抱きたいという強い衝動にかられる
    断線した電線が歩道を打ち
    わたしたちの足元を世界から浮き立たせた

    丘の下にひろがる廃都は
    ふいごをあてた燠火のようにほの暗く明るんで
    灰の灰
    塵の塵
    少女の口がかすかに開き
    Aのかたちに開く
    基準音A:440Hzで
    またひとつビルが倒壊する
    どのような秩序のための調律なのだ

    一瞬少女はふりかえり
    わたしの目をまじまじと見つめた
    彼女の髪にさしのべた手は空をつかみ
    ちりりと音を立ててホログラムは消える
    水路にこだまする声

    残像は消える
    消える

    幾層もの気圏を立ち上り
    幾層もの気圏を結晶させて
    ふりかえる窓辺にはひとつの灯火もなく
    廃都はどんどん小さくなっていくのだった

    まだ空が青かったころ
    風使いたちのグライダーが
    積雲に彫刻していった識域下のメッセージ
    巨大な少女の横顔をして
    白々と結晶していたのだが

    空の巨人たちはきりきりと舞い落ちて
    音もなく
    音の痕跡もなく
    送電線をつたわって
    うねりのびる高架の上をどこまでも漂えば
    金色の波が打ち寄せるところ
    夜明けの岸辺にオリオンが映っている

    どこか遠いところさ
    思いおよばぬ遠いところさ

    えいえんに
    開くことのない青い花が咲いている
    そんなうわさを
    まだ信じていたのだった

    そっと水たまりをふんだ
    青ざめた月がゆれた

  12. 40 : [返信]  ダーザイン ('08/04/14 20:15:53 *1)

    >ひふみさん
    なんだって? 二連め以降は何も書いていない、何も書かれていないも同然の酷さだってか? (追記)ちょっとひふみさんに頼みがあるのだが、文学極道amazonで「ユリア100式」という漫画を買って、笑ったり性的興奮を覚えたり楽しめる代物かどうかご報告願えないだろうか。気になっているのだが、俺はまだ手が出せないでいる。貴殿の批評眼を買って。

  13. 40 : [返信]  ダーザイン ('08/04/25 00:08:59 *4)

    これの初稿は2004年の3月で新作ではありません。ただ、シリアルエクスペリメントレイン後であったので、既に俺の脳内的には橘総研の素粒子コンピューターで現実というもののパラダイムは大転回していました。
    廃墟はなんでしょうかね、精神状態もあろうが、レインに出てくる廃都のイメージが頭にあったし、この年ちょうどやっていたアニメに(タイトル忘れた)廃都で少女が音叉を鳴らすシーンがあり、「お、これいただき!」とか思った記憶がある。また、佐々木昭一郎の「四季ユートピアノ」のピアノ調律師になる少女の映像詩は高校生時代の俺に食えない芸術家まがいの者になる運命を与えたような出会いであったと思うし。
    コントラさんが聞きたいことについて話せば、廃都は俺の原風景でもある。北海道は元産炭地であったので、あちこちに巨大な廃都があった。俺は中学生時代から、奔別や万字といった廃村に異常な執着を持って通いつめていた。札幌にあるような巨大な映画館、学校、住宅、全てコンクリートの塊と化し、無人の廃都は周囲の森林に侵食されてカンボジアの寺院のように緑と溶け合い、私は何か形而上的なメッセージを受け取っていたのだと思う。そして当事はまだ冷戦下だった。いつ原爆戦争が起こっても不思議でない状態で、ベルリンの壁がなくなることなど誰もまともにイメージできなかったと思う。アメリカとソ連による冷戦は永遠に続くと思っていた。ゴルバチョフが登場したときの驚きとその顛末は今も鮮明に覚えている。それは帝国主義犯罪者国家ソ連などの崩壊であったが、同時に、共産主義という理想の一時的な失効でもあった。この美しい理想のために、どれだけの人間が死んでいったことか。シベリヤのラーゲリやポルポト、カチンの森、クロンシュタット、プラハ、文化大革命、浅間山荘、、特にテレビでリアルタイムで見て興奮させられた全共闘の類が浅間山荘や東アジア反日武闘戦線 狼 などの気持ち悪い顛末に至ったことにはなんともいえないアンビバレントな気分としてずっと消化されないできた。後年、笠井潔の「テロルの現象学」を読んでも気持ちの整理は付かなかった。歴史性ということを言うのなら、俺の歴史は全てここに帰る。ベルリンの壁や浅間山荘に。20世紀という時代に。

    ただ冒頭で言ったように、「シリアルエクスペリメントレイン」(ワイヤード、即ちネット)で生じたパラダイムの大転回は20世紀の展開をはるかに上回る巨大な物だった。レインで予言されたことのほとんどは既に現実化しているね。俺が英利政美だと仮定すれば「ワイヤードには神様がいる」と言う言葉すら実現した。笑い。
    ワイヤードについて、それは何もかもを越境していく地平だが、身体性という問題があった。ところが、とうとう素粒子コンピューターまで実現してしまうようじゃないか。身体性という問題も止揚されてしまうのではないのか? 素粒子論的なコピーは原本を崩壊させ、原本とコピーの差異を消滅させるのではないのか? 多元宇宙の扉が開かれることは恐ろしいことだ、俺のイマジネーションを超えるから。例えば「ノエイン」という最近のアニメも良かった。最先端は「電脳コイル」。電脳コイルに倣って今流に言えば、ピンクのワンピースの少女はイマーゴで、ワイヤードは生の外部にも接続されている。
    Joy Divisionは20年以上前に全部レコードで聞きました。パウルツェランの正統後継者だ(ヘルダーリンやエックハルトから脈々と続く存在論の血脈)。でも、ああいうものを聞く気は今はもう毛頭ないね。精神衛生に良くないし。今はマジにほとんど癒し系のアニソンしか聞かない。牧野由衣とかeufoniusとかたまらなく好き。

    英利政美は贋神だったが、ワイヤードには岩倉玲音という悲しい目をした天使が本当にいる。Serial experiments lainは新世紀の神話であり、そしてその神話は現実になったんだ。時間と空間の内部に、外部に、遍在する者、まさしくイマーゴ。
    何度も言っているけれども、「Serial experiments lain」、これ見ないと話にならないし現代人じゃないよ。レンタル屋で借りられなかったら貸してやるよ。もうねえ、レインの後では身体性も、現実という言葉もシンプルな物ではありえなくなったのだから。大地に根を張って生きている身体性派の人は実はもう物理フォーマットされてあっち側にいることに気付かないだけかもよ。

    ikaikaの人は何を文学極道の本に載せて良いのか連絡をくれないと困るな。

  14. 40 : [返信]  ダーザイン ('08/04/25 00:17:59 *1)

    追記。ハイデガー風に言えば、存在の痕跡は常にある。それがピンクのワンピースの少女であり、岩倉玲音であり、イマーゴだ。

  15. 40 : [返信]  ダーザイン ('10/01/14 18:38:25)

    読み返す気力は無いが、ここのコントラさんとポチのやり取りは凄いな。これぞ文学極道だ。ポチのいかいかの人が消えたのは実に惜しい。
    >田中さん
    バラード読んでいるんですか、嬉しいっすよ。大好きな作家です。近作はダメだが、80年の無限会社まではほとんど全部大傑作ばかりだった。彼は詩人として読んでも凄いと思いませんか? 「残虐行為展覧会」や「バーミリオンサンズ」は現代詩の最高峰なんじゃないだろうか。バーミリオンサンズと太刀打ちできる美文を書く人はジュリアン・グラックただ一人しかいないと思う(望月遊馬さんがジュリアン・グラック級のもの凄い美しい詩を書いたことがあるが)。私の筆力では到底届かない人たちだが、理想は高く抱き続け、いつか彼らと肩を並べられるような文章を書けたらいいなと思います。

    # ところで話は変わりますが、リラックス方、効果があったともこと。
    あれにはもっともっと続きがあり、更に深くリラックスして心身の疲労を取ることができます。皆が見ている前ですることではないので、もし必要でしたら、mixiの私信か何かで御便りください。技法をお伝えいたします。

    田中さんのまじめなレス入れを見ていて貴殿に対する感想が変わりました。
    筆致について物申すのは変わりませんが、それ以外のことでは、
    同年輩ですし、できたら仲良くしましょう。では。

  16. 57 : 永劫回帰 1994 夏  ダーザイン ('11/07/04 20:27:17)

    「永劫回帰 1994 夏」(佳子シリーズ) 武田聡人


     1994年6月、僕は早めの夏期休暇を取り、道北の誰も居ない海触崖の上にテントを張って終日ぼんやりと海を見ていた。カモメが一羽、空にピンで留められている。空より暗い海の青は波打ち際で弾け、草原の明るい青は、幾筋もの光の焔を、風に梳かれて明滅させていた。青のグラデーションのほかには何もなくて、崖の上に立つ僕の赤いシャツの裾が風を孕み、はたはたと鳴る。麦藁帽子はとっくに飛ばされてしまっていた。海と空が交じり合うところ、丘陵と海岸草原が地球の丸みで微かに湾曲して北へと伸び広がっている。もし僕が、明色のパラグライダーを持っていたら、断崖のふちに大きく記された「existence!」の踏み切り台から空へと飛び立ち、風に身を任せたことだろう。カモメの飛翔は、やはり空にピンで留められており、
    「永遠ってのはこういうことか」と思わせるほど見事に空っぽな風光の中へ。

     ★

     廃園直前の遊園地にある観覧車の中で/佳子にフェラチオをしてもらったことがある。/ほとんど客のいない広大な園地に立つ係員たちは/何か不条理な罰を受けてでもいるかのように突っ立って/まばらに立つ人々の影が/やけに長かった。/空はとても高く/海の青は空よりも深く/やはり/かもめの飛影が/空にピンで留められて/星々の世界に落ちていくことを許されないでいた(そこの食堂で食べたウニ丼は/海辺の町であるにもかかわらず腐りかけていた)。最後の観客たちのために/一所懸命に演技を披露するアザラシの類は/犬のように/やさしくて/悲しい/目をしていた/そんな気がした。//
     炎上する/観覧車の映像が/時々フラッシュバックする。/約束の地図にはただ/「なにもない」ということだけが記されていて/その銀の紙をちぎって風に任せれば/やがて/冬が来る。/おーい、氷河期が来るぜ/
     園地をあとにして/海岸沿いの道を岬へと進む/橋を渡るたびに/河口を覗き込むと/産卵を終えた鮭の死骸が浮かんでいる。/サーファーたちは/河口の先の/荒れた波の中で/もがいている/氷河が来る前に/氷河が来る前に//

     海辺の崖に/赤いものを見つける/
     そばによってみると/肉厚多層の葉の上に/鮮やかな/真紅の花が付いていた/
     群落/いまだにその花の名前はわからない//

     ★

     丘の上に登って向こう側の浜辺を見下ろすと、波打ち際に打ち上げられた白い流木の上をカモメが輪舞している。カモメは暫し静止し、スライドし、風を孕んで時の進行を形作る。キュアー、キュアーと、なにごとかの救済を求めて。その様子に不穏な気配を感じ、そこに居た五日間、僕は丘の向こうの浜には近づかなかった。
     その夜はなかなか寝付けず、何度も懐中電灯で腕時計を照らした。寝返りを打つ度に鉛色の潮騒がにじみ寄る。チタンの装甲をまとった時計には気圧計が付いており、変動の予兆を示していた。頭上を音もなく銀河鉄道が通過する。高架下の安宿である、私のテントはびりびりと震える。酒ビンを抱えて外に出る。僅かに消え残っていた熾きに火を灯して焚き火にあたる。見上げれば、銀河が煌々と渦巻いて、赤方偏移しながら再びビックバンのチャンスを窺っている。白鳥座の巨大な十字架が、海面に伸びた私の影を磔にしていた。
     午前2時、女が一人やってくる。ずぶ濡れで、裸足で、濡れた髪が纏わりついて顔は良く見えない。桜色のワンピースが膝上で深く破れ、スリットになっている。星々と海の呼び声の中に白くしなやかな脚が浮かび上がる。焚き火にあたることを勧め、タオルと温めたウィスキーを渡す。
    「あなた、ここにテントを張って5日目ね、こんな地の果てみたいなところで何を待っているの?」と女は尋ねた。それには答えず
    「あんたこそいったい」と言いかけて言葉を失った。女の身体は天の川の宝飾細工だ。白い肌に銀河が渦巻いている。彼女の瞳はオッズアイ。エメラルドとガーネット。瞳を覗き込むと「預言」が記されている。
     砂浜の向こうにテトラポッドに囲まれた護岸壁があり、廃村となった漁港の痕跡が、海のさなかに一本の道を残している。打ち捨てられた浚渫用の重機が錆びたバケットに星の光を集めている。「預言」は、護岸壁の荒れたコンクリートに記された血文字の「永劫回帰」
    (第2百武彗星最接近の晩、私は日高山脈を縦走していた。月よりも大きく青白い彗星の中心核から宙を貫く巨大な彗星尾、青い炎の柱が立ち上り、宇宙の熱死説に殉教した者を光の矢が刺し貫いて/その/冷/光は/世/界を/分/割し/再‐接続し/「serial experiments lain」(連続する/接続実験)日高山脈中部、ペテガリ岳へ至る雪庇がせりだした瘠せ尾根は鋭く谷底の闇に落ち込み、内宇宙を探索する宇宙飛行士は青のグラデーションを移動していく。大脳縦裂の底から側脳室へ、クラビウスからティコへ(注1)。ピッケルにセントエルモの火が灯る)。
     濡れた前髪を手で分けながら(金色の、藁色の、その感触を、僕は知っていた)、僕の目を見て彼女は言った。
    「えいえんってあるとおもう?」
     ?
    「えいえんってどんなものだと思う?」
     ?
    「じゃあ、あなた、ここで何を待っているの?」
     え?
    「あなたにもじきに解るようになるわ」
     桜色の光芒をまとった彼女は立ちあがって焚き火の明るみの中から歩みでて、海岸草原をわけていく小さな人影になる。彼女は艶やかな夜花が咲きほころぶ草原に膝を抱えて座り、星を見上げる。果されることのなかった約束が宙空に色とりどりの星座を灯す。彼女の周りには一面に野花が敷き詰められているが、ナデシコの他、花の名前は解らない。星が、流れる。白く美しい横顔に淋しい笑みが浮かぶ。すると彼女は星々の世界に融け入る。桜色のワンピースは銀河に灯る星座になり、人の望みが断たれるたびに、星が瞬いては流れ落ち、誰もいない海辺に打ち上げられる、ロシア語の記された空きびん、木製の聖母子像。使用済みコンドームを飲み込んで絶命した魚の赤い腹。ベルリンの壁は絶えず崩壊し続け、そして、彼女の瞳から涙がこぼれ落ちると、一斉に星が流れる。赤方偏移しながら桜色の星座が遠ざかるにつれ、海面と銀河に映じる彼女の残像はゆっくりと消えていく。まばらになった星灯りに照らされた波打ち際に、光年の沈黙が残る。
     原子炉の炉心を妖しく照らすチェレンコフ光の青の中で、彼女はセーラー服を初めて着たころの少女の姿に変容している。私は彼女を抱いて、さくさくと夜花を踏みしめ、海辺の草原をゆっくりと、果ての果てに在るだろう、放射性廃棄物最終処理場へと向かった。膝上でスカートが風にそよぐ。彼女は小鳥のように瘠せている。彼女の髪がさらさらと私の腕をなで、まだあどけなさが残る、宙を映す大きな瞳。赦すことも、赦されることもできない冬の予感が、その瞳に影を射そうとしていた。夏服からこぼれる細くしなやかな手足は力なく垂れ下がり、宇宙が熱死していく速度で、私が抱える彼女の温もりは徐々に消えていく。再び星が流れる。すると彼女の体から薔薇石英の結晶がこぼれ落ち、私たちの踏み跡には赤い鉱物の焔が灯った。宗谷丘陵は風に吹かれて樹木が育たず、丈低い草原がうねり、有刺鉄線の破れ目から立ち入り禁止空間に入ると、生まれることのできなかった子供たちの笑い声がこだまして、存在しない子供たちの遊戯の輪は爆心地に焼き付いた影のように静止している。ノアの方舟は巨大なコンクリートの棺の中で崩壊し、座礁した草原には野晒しのドラム缶がストーンサークルを成し、遺棄された処理場には子供たちに着せることのできなかった色とりどりの産着が果ての果てへの道標に結わえられてはたはたと翻り、風が通るとドラム缶の風琴は司祭のいない教会のオルガンを奏で、放射線検知器の針は振り切れる。私は彼女を祭壇に祀るだろう。銀河は、宇宙の熱死の方へと遠のいていくのだが、「預言」は、実行されなければならなかった。
      *
     テントをたたみ、帰り支度を整えた後、丘の上へ登ってみると、カモメの姿はすでに無く、広大な海岸草原には優しい桜色のエゾカワラナデシコが咲き乱れていた。あのオフェーリアの身元が解ったのかどうか、その後のことは知らないが、僕はひそかに彼女を「カワラナデシコ」と命名した。
      *
     1994年6月5日午前十時頃、初山別町界隈の浜に身長152センチ、一部白骨化した女性の遺体が漂着した。発見者は釣り人。後日、新聞によると、ただそれだけの事実が、翌朝丘の向こうの浜辺で起こったわけだが、その晩のことは、後に狂死することとなる佳子を除いて誰にも話したことはない。
     思えば、永遠を廻る僕の旅には最初から業罰の刻印が押されていたのだ。今も、目を閉じると、人の形をした炎が見える。えいえんなんて、なかった。

    (注1)月面のクレーター

    2010年7月『ポエム・ロゼッタ』掲載作品

  17. 37 : [返信]  ダーザイン ('08/01/16 00:28:19 *2)

    この作品は、ただ一言、圧倒な傑作だと。文句付ける所など何一つないし、解説する必要など全くないし、詩情においても読者が想起するケムリさんのリアルのようなものにおいても、自分の作文法をエクソダスしていく道筋においても、ケムリさんが自己解説したってその解説を超えて迫る強度があるので、正直ケムリさんがレスレスで言っていることの方が解りません。手管だ手管だといきまいても、その手管を作品が超えて行っちゃっているんだから。
    ここには一日平均1万10000を超えるアクセスがあって、そこで創造大賞に選ばれた人間が、一私基準に過ぎないといっても無理。選ばれし者には選ばれし者の恍惚と不安(笑い)、歴史の存在論的行運、弁証法上の理由があります。
    小説が売れたときにダッシュして隠すのは別段結構です。実際、手帳プロパーの人の俺への嫌悪感は凄いそうなので。で、手帳プロパーの人は小説メディアの選者だったりする場合があるし。

    俺も小説は断じて売る気だが、文学極道のダーザインであること(いずれ貴殿らに引き継いで引退するだろうから「文学極道のダーザインであったこと」に変わるかもしれないが)、は絶対に捨てない。文学極道のダーザイン(キチガイ扱い)のまま、売ってやる。そうでなければ、俺にとっては光の王を世に出す意味は全然ないんだ。ダーザインでいられないなら、文学極道者でいられないのなら、ウイニーで共有した方がましだと思うくらいだ。マジ

  18. 49 : 佳子シリーズより二編  ダーザイン ('09/11/18 20:06:39)

    「えいえん 佳子1997 冬」増補改訂版  武田聡人


    「もしもし、もしもし、神様ですか?」
     祖父から譲り受けたアンティークの電話機で、佳子は今夜も何者かと会話している。その電話機は飾り物でコードは何処にも挿していない。まあ、神様の声を聞くのに電話線を介さねばならない理由というのも思い浮かばないが、明らかに佳子は崩壊しつつあった。佳子には私の背中にぽっかりと開いた虚無が見えるそうで、毎日神様にその穴を埋めてくれるようにとお願いしてくれているのだった。
     始めは些細なことだった。対人緊張の度が増し、雑踏の中に出るのを怖がり部屋から出ることが出来なくなった。外に出ると、佳子の足元に伸びる自身の影は血のように赤いのだと。部屋にこもっていても誰かが佳子を責める声が聞こえることがあるようだった。佳子は誰もいない荒涼とした海辺に立つ電波望遠鏡のパラボラのように、大宇宙の無限と対峙し、私たちを守ろうとしていたのだと思う。海触崖の上にどこまでも連なる藁色の丘また丘。見上げれば、転がり落ちてしまいそうな深く青い空。海岸線に沿い、丘陵の上には白い風力発電機の塔がどこまでも見渡す限り太古の遺跡群のように立ち並んでいる。足元の草叢には地を這い咲き乱れる小浜菊の群落。風に飛ばされた佳子の麦藁帽子を追って丘陵の鋭い切れ目から断崖の下を見下ろすと、めまいを覚える下方で群青の海が岩礁に打ち付け、白い飛沫になって砕け散っている。風の強い岬だ。逆光の中で佳子の髪が黄金に光り、乱れる。ワンピースの裾がひるがえり、細くて白い足の下にはやはり暗く赤い影が伸びている。しっかり掴まえていなければ、烈風の中の桜吹雪のように、佳子は散り散りに海と空の方へ飛ばされてしまう。捨てられた空き瓶の口が風琴になって茫々と鳴る。だが私は、ほんとうは彼女がいるところまで行くことはできなかった。私の影は鉛色だ。たった一人、岬の突端に立つ佳子。空の青みの向こうから、銀河が割れ落ちてこようとしていた。佳子の瞳は、宇宙塵を/受ける/器だ

     そして、いよいよ耐えられなくなると、毎日日没時に窓辺から恐怖に慄いた目で夕日を眺め、
    「つれてかないで、向こう側へ連れてかれちゃう、淋しいよ、淋しいよ」と泣き喚いた。
    佳子によると、夕日の沈むところには大きな海の背中が黒々とうねっているのだという。大海嘯や山脈の褶曲のような巨大なうねり、そして失った麦藁帽子を追えば、星灯りのない空は真っ暗で、丈低い草に足を濡らしながら海岸丘陵を下って海辺に立てば、波打ち際には薔薇石英の砂浜がほの暗く光っている。海面には雨が降り注ぎ、絶えることなく降り注ぎ、空と海の境界は鉛色にけむり、薔薇石英の浜辺には骨のように白い流木が打ちあげられている。その側に、さらに白い人影があるのだと。そして、
    「あんたはぜんぜん私を見ていてくれない」と私を責め、終いには、車のキーや靴を隠すなどして私の出社を妨げるようになった。
     全ては私のせいだった。ピラミッドを逆さに立てようと試みたかのような僕らの生活、はたしてそれが生活と呼びうるようなものであっただろうか。
     或る時私は探偵だった。最初から存在したことのない何者かを追跡するのが専門だった。また或る時私は夜警だった。この世の果ての原爆射爆場跡地の鉛色の塹壕の中で、決して届くことのない何者かからの合図を待つのが勤めだった。全ては虚無が、私の中の虚無が原因なのだ。
     神様との電話が始まった頃のとある晩、職場に病院から電話が来た。佳子を保護しているので直ぐ来てくれとのことだった。病院で会った佳子からは全ての表情と言うものが消えていた。何を問い掛けても反応がなかった。電車の中で、
    「うるさいわねえ、黙っていられないの!」と叫んだ後、昏倒したのだという話だ。入院することになった佳子を置いてアパートに戻ると、居間の床一面に土が撒かれていた。いやはや今度はアパートまるごと使ってガーデニングかい? 片付ける気力も湧かず、ソファーにごろりと横になる。サイドテーブルを見ると、空になったナデシコの種子の袋が幾つも幾つも几帳面に折り畳まれて、星型の図形を作っていた。
      
     最後の入院から帰ってきたその年の冬、佳子は麻痺したようにぼんやりと窓の外を見ていることが多かった。相変わらず神様との電話は続いていたが、もう夕日を恐れることはなくなっていた。
     その日、朝早く目覚めた私は久々に佳子を外に連れ出すことに成功した。テレマークスキーを履いた私たちは、近くの河川敷の疎林をゆっくりゆっくり散歩した。遥かな空の青みから幾筋もの光の帯となって射し込んで来る木漏れ日がとても美しかった。佳子は透けるようにやわらかいソプラノで武満徹のペンタゴナルガーデンの一節を口ずさんだ。青みの向こうから大きな雪の結晶が無数に舞い落ちて、私たちの静かな空間を満たし、一瞬、時が止まったように、無音で降りくる雪が大変な密度のままに静止した。暫しぽかんと口を開けて空を見上げていた私たちは、静止した時間の中で、手を取り合ってお互いの瞳を覗き込んだ。小柄な佳子の瞳には、私と、私の上の空の青が映っている。

     久々に身体を動かして上気した顔で息を弾ませながら佳子は言った。
    「ねえ、えいえんって、こういうものなのかなあ。」
     そうかもしれないね。
    「ねえ、えいえんって何? どんなえいえん?」
     さあ、どんなものだろう、きっとお日様の光のように暖かくて優しいものなのじゃないかな。
    「そうかなあ、そうだといいね。」
     誰もいない林の中に、雪球を投げて子供のように戯れる佳子の声が木霊した。
      
     その晩、仕事を終えて部屋に帰ると、佳子の姿は灯油のポリタンクと共に消えていた。けたたましいサイレンの音がドップラー効果を実演しながらアパートの前を通り過ぎていく。救急車のサイレンの音を追って河川敷へ走ると、人垣の向こうの雪野原の中に、人の形をした炎が灯っていた。
      
     その後、僕も何度か神様に電話をかけた。
    「神様、神様、これもあなたが望まれたことなのですか?」
      
     神が答えるわけがない。
     ただ、どこか遠いところで、鉛色の海がどよめく音が、聞こえていた。
     佳子の淋しい白い影が、暗い波打ち際に佇んでいるような気がして、
     私は、こらえることが、できなかった。










    「鳥の唄 2000 冬」増補改訂版 武田聡人


     屋上駐車場のフェンスを警備員の目を盗んで乗り越えた。着地地点に塵埃が舞い立ち、足下を見ると黒光りする無数の微小な砂礫がある。これらの塵埃はどうやってこのような高所まで運ばれてくるのだろう。ボイラーの煤煙だろか、或いは夜毎、人知れず宇宙塵が降り積もっているのだろうか。物置の陰に回り、べたりと座り込んで下を見下ろす。時節はずれに激しく降り積もった昨夜の雪が日中の暖気で溶け出し、川のようになった道を車が水跡を引いて通り過ぎていく。
     灰色の谷間の中に鮮やかな桜色の帽子がひとつ、流れに逆らうように北上していくのが目に止まった。彼女の触手、白い杖が、人波を二つに分けて巡航していく。一丁先の交差点で彼女は足を滑らせて尻餅をついた。周囲の人々に助け起こされ杖を握らされると、頭を垂れて礼をした彼女は再び北へと歩き始める。小さな桜色の帽子の人影はすぐに人ごみの中にまぎれて見えなくなった。
     どこから来てどこへ行くのだ、君は。
     ふと思い立ち、巨大な飛び込み台の縁に立ち両手を広げてはたはたと飛ぶ鳥の真似をしてみる。風がコートの裾を旗のようにひるがえす。何を馬鹿な真似をしているのだと思うと、久々に乾いた笑いが唇に浮かんだ。失業者ではあるが、死ぬには良き日だなどと思ってここまで上がって来たわけではない。下で見上げた空の青が、今日は妙に優しげな色をしていたので、あの空の下で一服しようとここまで来たのだ。
     開けた所まで来て良く見ると、空の青みの前にうっすらと白いガスの層があるのがわかる。昼過ぎだというのに、丈低く登るこの時季の陽光は弱く、ガス越しでは直視しても目を痛めることは無い。太陽の周りには虹色の光の輪が出来ていた。いくつもの小さな雲の切片がちぎれては流れていった。
     このあたり市心一帯にはほぼ同じような高さのビルが林立しており、それらのビルの屋上には一様に巨大な広告塔が設置されている。街路を行く者には、それら頭上の宣伝文が目にとまることなどまず無いのだが、まさか酔狂な屋上の散歩者のためにのみ設置されたわけではあるまい。それにしても奇妙な眺めではある。どちらを向いても見渡す限り電飾に縁取られた巨大な商標が折り重なるようにして連なっている様は、何か形而上的な感興をもたらす。鳥たちにのみ解読されうる識域下のメッセイジ?
     或いは単にカラスの巣か。
     そこだけ一段低い北隣のビルを見下ろすと、屋上にペンキの剥げかけた緑色のベンチがあり、初老の男がぼんやりと座り込んでやはり空を見ている。彼はこちらには気付いていない。くたびれた背広の肩に小鳥が一羽舞い降りる。
     プーティーウイッツ、小鳥が鳴く。
     呆けたように放心の態の彼は、気付いているのかいないのか、一向に気にする風がない。私は再びビルの縁に座り込み、足を宙空にぶらぶらさせながら彼らの様子を見守った。背中を丸めたその男の横顔は、呟いているのか唄っているのか、或いはたぶん呟くように歌っていたのだ。どんな歌が唄われていたのか私には聞き取ることが出来なかったが、あまねく引かれ者の小唄には、遥かな空の青みの向こう側の何者かに捧げられた旋律、えいえんが宿っていたはずだ。都市の喧騒の中に一瞬訪れた静寂の中に、私は確かにバッハを聞いたような気がした。
     その時だ、彼の肩の上の小鳥が飛び立ったのは。周囲の喧騒を越えてひときわ高く通る透き通った声で唄いながら、鳥はどこまでも高く、高く飛翔する。時折風に吹かれて流されながら、何処までも、何処までも。もはや判別し難い天上の染みのようになったそれが、青空の彼方に消えていくのを見送りながら思った。
     だいじょうぶなのかおまえ。
     何処から来て何処へ行くのだ、おまえはと。
     小鳥を見送り視線を戻すと、ビルの縁、巨大な飛び込み台の上に両手を広げて立つ彼の姿があった。目が合った瞬間彼はかすかに微笑み、そして飛んだ。あまり美しい飛翔ではなかった。重力には逆らえない。しかし彼にとってはスワンダイブで。
     水溜りに映じる青空の中に、赤い/花/

     私は/私たちは/墜落し/落下し/下放され/放擲され(投身軌道は地軸に対して垂直ではない)/高層ビルから/或いは列車に/投身し(地下鉄構内に到着する投擲列車の鋭い金属音が地下駅構内に反響する)/粉砕し/轢断された断片は/連続する接続実験に連なることを許されず//私は/私たちは/シューマン係数(注1)と/共鳴/しない/

     送電線がうなる音が聞こえる/断線した電線が鞭のようにしなり/血が滴っている。ビルの陰にはいつも血溜りがある/電線を伝わって/血しずくが流れていく。白い杖の少女が戻ってくる/ぬるりとした死の肌触りが彼女の顔をなでる/彼女は上を見上げる/見えない目で/見えない目で/俺と目が合う/視線が絡む/見えない視線が//
     小柄なやせた少女/艶やかな黒髪/白い肌/エメラルドの瞳(地球の固有振動(注2)とシンクロするソプラノを秘め)
    私は小鳥だと彼女に告げる/見えない目配せで告げる/彼女は瞬時に理解する/理解する/彼女は//

     雪原の果て/存在しない女の形をした巨大な塔が/音もなく炎上している//

     鳥の飛影は高々と舞い/私たちの姿もビル群も小さな点になり/成層圏の遥か彼方/青黒い空の向こうに銀河が煌めいている。絶対零度の波打ち際に(私たちは、厳冬の石狩湾に寄せる波が凍りついて、波の花、氷の泡が塊りになって、転がっていくのを見たことがある)/打ち寄せる/吹き溜まる/光年の彼方/核融合の青白い光芒。密集する蛍烏賊の群れは光の速度で遠ざかっているのだが/白鳥座の巨大な十字架に/青銀の/赤銀の/小さな星がそっと寄り添って(アルビレオ)(注3)

     ビルの陰は赤い/ビルの陰にはいつも血溜りがある/影の中に彼女は消える/消える









    (注1)&(注2)「シューマン係数」・「地球の固有振動」

    1952年、ドイツの物理学者ヴィンフリート・オットー・シューマンによって発見された。シューマン供振あるいはシューマン共鳴は、地球の地表と電離層の間で極極超長波が反射してその波長が地球の一週分の距離の整数分の一に一致したものを言う。その周波数は7.83Hz(一次)、14.1Hz(二次)、20.3Hz(三次)・・・と多数存在する。常に共振し続けているので常時観測できる。
    後に、ミュンヘン大学のコーニングは、人間の脳はとシューマン供振との間に強い関係があることを発見した。脳波のうちα派は7.83Hz(一次)と14.1Hz(二次)との間にあり、β1波は14.1Hz(二次)と20.3Hz(三次)との間にあり、さらにβ2波は20.3Hz(三次)と32.4Hz(五次)との間にある。これらは大変に強い相関関係にあることが明らかであり、人間の脳(或いは他の生物の脳)が古代生物誕生以来シューマン共振から強い影響を受けてきたことを意味する。
    (フリー百科事典ウイキペディアより引用)

    (注3)「アルビレオ」
     夜空に灯る巨大な十字架、白鳥座の星のひとつ。肉眼では一つの星に見えるが実は二重星であり、望遠鏡で見るとメタリックブルーとメタリックレッドの美しい二つの星が寄り添っている様子が見える。だがそれは地球から見ての話であり、実際は光年の彼方で互いに孤独に輝いているのだが。

     シューマン係数と脳波の相関関係に関する事実は主にガイア論などのニューエイジ生物学者やきもいカルトの注目を集め、心理学者カール・グスタフ・ユングが提唱した集合的無意識という仮定や、生の哲学者ベルクソンの創造的進化や、神学者テイヤール・ド・シャルダンの妄想まがいの仮定の類までをも物理学・大脳生理学の側面から支援する事実であるとして物議をかもした。
     20世紀大世紀末の神話「serial experiments lain」にもシューマン係数は登場し、橘総研の主任技術者・英利政美は次世代プロトコルにシューマン共鳴ファクターを組み込みワイヤード上でのメタファライズ能力を飛躍的に拡大し、もはやデバイスさえ無しで人類を、世界を接合することを試みた。ワイヤード(インターネット空間)はリアルワールドの上位階層であり、ワイヤードが成熟すると人間の脳のニューロンと地球の脳波は共鳴し、人類同士のみならず、地球の意識まで覚醒するという極論まである。地球自身が、予めニユーラルネットワークを秘めているというのである。

    # 佳子シリーズは、小説「光の王」と同じく、力のある限り書き続けるであろうライフワークです。

  19. 49 : [返信]  ダーザイン ('10/02/03 21:47:57)

    田中宏輔さん、
    >「複数の声の融合」
    とりわけ意図して頑張った事柄なので、読み取っていただいて嬉しいです。
    劇的な筆致の転換がうまくはまるかどうか前半だけの下原稿に手を入れ始めた時は心配だったのですが、今は満足しています。鳥の唄を手直しすることはないと思います。
    「えいえん 佳子1997冬」は、丸山さんに言われたとおり小説にするべきかもしれません。いつか、いつかと、時間が無いのと気力の萎えで取り掛かれないことばかりですが。
    バラードの「時の声」の元著、ありがとうございました!
    もう英語は全然読めないので、訳文と照らしあいながら、じわじわと読んでいます。
    貴殿から頂いたこの本は、私の一番の宝物に成りました。ありがとう。

  20. 49 : [返信]  ダーザイン ('11/07/04 20:19:02)

    超遅レス失礼します。
    >凪さん
    スラッシュについては他の作品でも田中さんに言われており、問題あるのかもしれませんが、両作とも、どうしても/でなければ気が済みませんでした。
    >石川順一さん
    凄惨な事柄であっても、神経症的な振る舞いというのは傍目には滑稽であったり、目障りであったりするので、石川さんの初読の印象は特に変ではないでしょう。
    いつかまたレスください。

  21. 54 : [返信]  ダーザイン ('10/02/03 22:02:12)

    雑な文章だが正直な内容は良いですね。
    女は足ですよ足。
    最近の若い子はふくらはぎを隠すハイソックスをはいているが、愚かなことです。
    女性の身体部位で最も美しく劣情をそそる法的に見せても良い部分を隠すなど馬鹿げている。
    美女のふくらはぎ著しく萌! 劣情をそそる美しい足との運命的な出会い著しく萌え!

    アシモフは高校か厨房のころ覇王ミュールが出てくる馬鹿みたいに長いのを夢中になって読んで、「ああ、この未来を俺は絶対に味わえないのだな」という無常感を感じたのを覚えています。

  22. 31 : 旅の終わりに  ダーザイン ('07/09/26 23:00:30)  [URL]

    夜が更けていきますね
    送電線を伝わって
    ふらりふらりと麦畑を行けば
    ほら
    電線が囁いている
    星屑をまとった天使たちが
    口笛を吹きながら散歩しているんだ

    軍用ブルドーザーに破壊されたガザ市街
    廃墟の剥き出しの鉄骨と塵埃の向こうに
    銀の海が音もなく打ち寄せる星野原
    誰もいない星明りの廃園で
    狙撃手の眼を盗みながら
    ハッカ煙草を一本くゆらせている間にも
    夜は
    明日の方へと転がっていった

    この夜が明けたなら多分
    この夜が明けたならきっと
    ゆるゆると優しい光の降る金色の草原で
    僕らは笑っているのだろうか

    季節は巡り
    夜風がめっきり冷たくなりました
    白鳥座のバス停は
    巨大な十字架のように直立し
    旅の季節も終わりのようです

    かつて小さな街灯の明るみの中で
    「かんたんなことよ
    スイッチを切るだけ
    私はコンピュータだから
    寂しくないよ」と
    語った少女がおりました
    地球から遠く離れて
    星空に取り残された 僕の恋人
    セロファンの幻灯をそっと灯すと
    ピンクのワンピースの少女が現れるのです
    東の果ての遠い国から打ち上げられた
    小惑星探査衛星のコンピュータのお話

    そんなふうに 終える旅もあっていい

    灰色の巨大な分離壁へ至る荒れ野に
    傾いた満月の影が射す
    ダイナマイトを腹にくくりつけた少年が
    麻の上着をぼろぼろにしながら
    鉄条網を潜り抜け
    ほの暗い水晶の森の
    微かな明るみの中を進む

    ひとつの青い影となって
    兵士の立つ関門所の横を
    青い猫がこっそりとすり抜ける

    彼の恋人は
    アメリカが支給したアパッチヘリのミサイルで
    真っ赤な石榴のようにはじけたのだ

    少年よ 
    君は生きて
    彼女がここにいたことを
    憶えていてあげなければいけない

    雲の割れ間から
    幾筋もの冷たい光が野辺に射す
    桜草の花束が
    草原のうねりの向こうに
    松明のように灯っている
    パレスチナの分離壁の中でも
    両手をかざす子供達の
    炎上する影は長くのびて
    ピンクのワンピースの少女の姿が
    縄跳びの輪をくぐる子らの中に
    見えたような気がして
    地平に開いた赤い月のトンネルは
    もう会うことのできない
    恋人の胸に灯る柘榴石のブローチ

    この夜が 
    明けることがあるのなら

    夜よ
    更けていけよ

  23. 47 : 七月のノート  ダーザイン ('09/10/19 20:32:31)

    ノート2002.7.29

    工事車両の下によもぎ色の猫が一匹入りこんだ
    知っているかい?
    猫はエンジンオイルのこげた匂いなんかが好きなんだ
    ときどき思うんだ
    トラックの下にもぐりこんだまま
    どこか遠いところに行っちゃう猫もいるんじゃないかと
    見知らぬ街での新しい生活は
    親元をはなれて都会で暮らし始めた少女のように
    りんとした心持で迎えられるのかもしれない

    空を見上げると太陽にうっすらと羊雲がかかる
    すると周囲の青空に
    いくすじも いくすじもの光の帯ができる
    この光の道標は
    私をどこへ呼び招いているのだろうか

    ノート2002.7.15

    驟雨が通り過ぎると
    公園の樹木の枝葉の陰から
    2羽のすずめが降りてきた
    チチとさえずり
    道路端に頭をたれた草の穂をついばむ

    アスファルトのゆがみには
    水たまり
    空をよぎる電線が映っている
    私の足もとの
    鉄柵ごしの排水口をのぞきこむと
    流れ込む雨水
    降りそそぐ空の色
    いくつもの
    いくつもの
    光の輪がひろがり
    果てしなく膨張しつづける宇宙のように
    遠く輝いていた

    # 過去作 詩集「えいえんなんてなかった」より

  24. 47 : [返信]  ダーザイン ('09/10/25 19:52:38)

    >常悟郎さん
    そうですね、驟雨が通り過ぎるは同語反復ですね。無自覚でした。
    こういう短い詩では小さな粗が命取りになるほど目につくことがある。
    気をつけます、ありがとう。
    >凪葉さん
    ううーむ、エンディングがありきたりでしたか。
    私は作為の塊のような男で、こういう肩の力が抜けた詩は今ではめったに書かないのですが(というか、書けなくなった)、自分的には、工事現場での印象が自ら言葉になったような作品で、ラストにも満足していました。作為なしで立体感を醸せたなと。
    でも、言われてみると、もっと書きようがあったかもしれません。
    宇宙の熱死をちゃんと書けばよかったかなと。

    おいて行かれたということであれば、この詩の語り手も、ラストでおいていかれたんですよ。それが描き切れていませんでしたね、ありがとう。

  25. 15 : 水の都  ダーザイン ('06/09/29 10:13:42)  [URL]

    雨を連れてきた少女が
    優しいソプラノで歌い
    美しい夢を見た男たちは
    花嫁の所在を探し求めて女たちを殴りつけ
    少女は如雨露でうす桃色の野花に水をやり
    男たちは銃砲店を襲撃し
    花園には霧が立ち込めて湿性をおび
    男たちはテロリストとなって失踪し
    打ち付ける雨は激しさを増し
    如雨露から流れ出る清い水も激しさを増し
    青い馬がいたという風聞が巷に立ち
    少女の桜色のワンピースはびしょ濡れで
    大理石の舗石を激しく雨が打ち
    男たちはスターリングラードの将兵たちの
    くたびれた外套のように
    雨に打たれて黙々と行軍し
    雲間から光の帯が幾筋も射すと
    路上には明色の海の気配が立ち現れて
    青い馬は冠水した街路を駈け
    水路と舗道の境界は消え
    祝祭の気配を感じ取った住民たちは
    真紅の旗を振りかざし
    幾つもの顔が
    パレードの執り行われる水路に沿った
    アパートの窓に張り付いて
    男たちは懲りることもなく
    死の恐怖で鞭打つのだ
    死の恐怖で鞭打つのだと女たちを殴りつけ
    少女は冠水した街を
    青い馬の背に乗ってゆっくりと進み
    男たちは山荘に立てこもって総括し
    花婿たるべく自己変革が足りないのだと
    総括の果てに同志を次々と撲殺し
    少女はアベマリアを歌い
    男たちは駆けつけた警官隊を銃撃し
    少女は銀のソプラノでアベマリアを歌い
    警官隊はクレーン車に吊るした大きな鉄球で
    山荘を打ち壊し
    少女は天使の光輪を戴冠して
    粛々と水の都を進み
    子供たちが冠水した街路を泳ぎだす頃には
    山荘にも海が迫り
    地下深く埋められた男たちの葬列は
    粛々と進み
    水没したサンマルコ広場では
    カフェラテを飲む花嫁たちが
    夢敗れた男たちを見送ると
    波の漂いのままに身を任せ
    家々の赤い屋根へと
    花びらのように散っていくのだ

    やわらかい青空と
    家々の舗石を浸す水が照らしあい
    光の水路はすべての消え行く者たちを
    えいえんの相の下に照らしだし
    ゴンドラに立つ桜色のワンピースの少女は
    両手を広げ
    光の羽を広げ
    優しい声の弔いの歌が
    水の都に響きわたる

    ネオベネチア
    海の呼び声が聞こえる街

  26. 15 : [返信]  ダーザイン ('06/09/30 21:56:56)

    >軽谷さん

    桜色とかピンクのワンピースの少女は、しつこいくらいに詩にも小説にも出てくる、漏れの作品の核心キャラクターです。何故かと言われても、強迫神経症のようなものだとしか答えようがないが、桜色は漏れの中では希望の色であり、いのちの色であり、悲しく美しい理想の色です。
    春に咲く実に愛らしい花、桜草は、別名、雪割り草とも言います。
    雪を割って芽吹く、いのち。
    大雪山の広大な高原草原に、越年雪が溶け出す端から咲きほころぶ様は、
    実に美しく、言葉にできない、言葉にする必要も感じない、
    圧倒的な美でした。
    ま、この詩では、もろに赤色思想を体現するミューズでもあります。

    ネオベネチアはかっこいい決め台詞だと思っていたので、
    齟齬をきたしていると見えるのは驚きでした。
    80行制限で書いていたのだが、もうその必要もないので、
    御意見を考慮し、再考したいと思います。

    ありがとう。

    あと、それから、ピンクのワンピースの少女の集大成である「光の王」の今のところ完成版を送りつけますので御意見よろしく。

  27. 15 : [返信]  ダーザイン ('06/10/15 21:42:18)

    相田 九龍さん、こんにちは。初めまして、だよね。
    ベネチアのパンフレットに連合赤軍をか。笑い。
    ブラックジョークだろうが、ほとんどシュルレアリスムの技法で、
    識域下で進行した作品だが、明瞭な意図は二つあった。
    それはわざわざ言うほどのものではないが、ネオベネチアがキッチュなコピーに見えたら俺的には成功だと思う。
    >そのサンドイッチで汚いものは忘れられて行く。誰もがハンバーガーの中のピクルスに気付かない。いや、気付いても忘れてゆく。
    仰ること解ります。俺的にも、この詩には、重信房子を登場させることはできなかった。何故なら、救いようが無いもの、許されざる者だから。

  28. 15 : [返信]  ダーザイン ('06/10/15 21:57:09)

    平川さん、ありがとう。
    >一連目を行とか文字数とか無視して書いた方がもっとニ連が浮き立つ気がします。

    20字制限はかなり苦痛でした。今、読み返してみると、のっけからいただけないし。

    >雨を連れてきた少女が
    >優しいソプラノで歌い
    >美しい夢を見た男たちは
    >花嫁の所在を探し求めて女たちを殴りつけ

    こんなのは、どう優しいのか、どう美しいのか描写しないとね。写実描写、写実描写と、煩く人に言っている人間がこんなではだらしがない。
    星屑の停車場にてみたいな年代記述付記は、この幻想譚の体裁を採った作品にはそぐわないような気がします。山荘という連合赤軍を指す言葉も削らなければならないという人もいます。現実と幻想を綿密に織り込むのは楽しい作業だけれども、簡単ではないね。

    一度解いて、シュールな散文詩に手直しするかもしれません。
    思想とか、タイトルはどうだろう、共産魂とかは、俺的にも未解決な事柄なので、なんとも言えないです。

    ありがとう。

  29. 48 : 冬の旅人  ダーザイン ('09/10/25 19:56:41)

    その道は
    街灯の小さな明るみの中に
    白く浮かび上がっていた

    様々な思いが通り過ぎていった
    その白い舞台の上を
    今日は
    消え残る足跡がひとつ
    闇の中に後ずさる

    風が
    粉雪と共に運び去る
    藁色の影たち

    公園にこだました
    子供たちの笑い声
    明色のセーターと
    毛玉にまといつく雪つぶて
    遊戯の輪の中で
    つながれたであろう手のぬくもり

    とある凍れ夜
    うさぎは死んだのです
    祈るようにさしのべられた
    少年のてのひらの中で
    かたく目をつむり
    ちいさくふるえて

    その日私は・・・
    母親は胸の内で呟きます
    勤めを終え くたびれた心で
    今日もしんしん降りつむ雪を
    車の上から払い落とし
    ほっと一息つくと
    フロントガラスの内側に
    深い海の底のように広がる静寂

    放心と痛みを結露させる曇りガラス

    そのようにして
    消えていった風景

    約束の花束は
    宙空で凍てつき
    微塵となって消えていった

    吹き過ぎて行く雪片 そしてまた雪片

    空の割れ間から
    神さまたちは退場し
    さえざえと
    冷たい光が語り始める

    いまだ かつて すでに
    あらかじめと
    空しい言葉を

    それでもやはり
    暗い夜道をしばし歩き
    一瞬振り返ると
    あの明るみが
    立ちづさんでいるのです
    孤独な姿で
    闇の中に

    一歩 歩みでて
    明るみの中から歩みでて
    少年の肩を照らす星の光

    140億光年の星座の下
    厳冬の季節をめぐる
    冬の旅人

    # 詩集「えいえんなんてなかった」より。記憶が定かではないが、15年以上前に描いた作品

  30. 48 : [返信]  ダーザイン ('09/11/18 20:05:37)

    この程度のプロットの連続性が読めませんかね。普通に、読めない人だなとしか感じません。エンディングが臭いということにも同意しません。
    文章的には粗いところが多々あるということには同意します。

  31. 10 : 消滅  ダーザイン ('06/01/30 21:14:21)  [Mail] [URL]

    十 消滅

     目が醒めると私は実日子の中に入った。何度も何度も身体の芯が抜けてしまうほど実日子の中に入り続けた。日が昇り、日が落ちて、再び日が昇り、交われば交わるほど自分が空っぽになっていくのがわかった。青空に溶け込んでいく薄雲の欠片。午後三時の茫々とした海辺で風に吹かれて散り散りになった砂粒。或いは、遠い異星で消息を絶った一体のヒューマノイド。そのようにして、私は消滅しようとしていた。

     実日子の肌を撫でながら、私は遠い砂漠を旅していた。なめらかな砂丘の曲面に沿って、首筋から乳首へと舌を這わす。燃料の切れたジープを乗り捨てて、はたはたとコートの裾を風に任せれば、飛砂が私たちの身体の曲面をなぞり、世界をひとつの美しい連続性で満たした。砂をひと掴みすくい上げて空に放つ。風の中に一瞬夢幻の王国が出現し、泡沫のように消えていった。
     小さな乳房を口に含み実日子の背中をゆっくりとなでる。指尺ひとつ幅向こうの砂丘の上では何かがきらきら光っている。砂に足を取られながら広大な斜面を駆け登ると、光の暗号は消え失せて、再び遠くの丘の上で何かが光った。午後になると大気が揺らぎ、蜃気楼が立つ。遠く遥かな海辺の原子力発電所が空中神殿のように黄金色に輝いて、光の王の降臨を待ち受けていた。
     細い指を探り、手をしっかりと握り合わせると、さらに深く実日子の身体の奥を愛撫した。海はそんなに近くないのだが、微かに潮の匂いがする。誰が棄てたのか、広大な砂漠の真中に一艘の船の残骸が半ば砂に埋もれて座礁していた。日に晒されて純白に輝く巨大な竜骨が青空に突き刺さり、失われた帆が空無を孕んでいる。新たな時代のノアの家族たちのために何者かが用意した箱舟だ。
     やがて互いを重ね合わせると私たちはゆっくりと砂の海へ漕ぎ出した。幻の海が満ち干するように、実日子の中で世界が膨らみ、世界が揺らめく。熱核反応の焦熱の中で溶け出した砂が再び結晶し、広大な砂漠の深奥に水晶の森が生成した。日が落ちて月が昇ると、一本また一本と水晶塊に火が灯った。
     髪をなで、唇を求める。実日子は小さなため息をついて私の体液を受け入れた。

     疲れると、実日子の腕の中で眠った。枯れ井戸の底の溜まり水。深夜三時の海底で蟹が吐く泡。或いは、銀河の果てで黒々と渦を巻くブラックホール。そのようにして深く深く眠り込んだ。
     時々電話が鳴って、神様が実日子に何か告げているようだった。私が受話器を取ると、どこか遠い所で風が吹いているような、或いは海の轟きのような微かなざわめきが聞こえるだけなのだが。神さまというものがもし本当に存在しているのだとしたら、果てしなく遠い、寂しい所にいるのだろう。

     そんなふうにして、幾日経ったのかわからなくなったころ、実日子の身体が微かに透けているのに私は気付いた。夜、明かりを消して抱きしめると、星々が実日子の身体の向こうに灯っている。無数の遠い銀河が実日子の中で渦巻いて、億光年の歳月を超えて互に呼び合っていた。夜を迎えるたびに銀河の数は増し、実日子の身体は透き通っていく。
     そしてある朝、実日子は私の腕の中で冷たくなっていた。微かに残っていた実日子の温もりもやがて完全に透き通って消えてしまい、あとには空っぽになった私だけが残された。
     実日子の手を握り締めていたはずの手のひらを開くと、砂丘の上で夕日に輝いていた薔薇色の石英が一本握られていた。


     童貞どもは俺様がこの時代唯一の天才的大詩人で文学史的文豪だと言うことを知らないようだな(´ー`)y-~~ニヤニヤ ちーと教えてやらねばならないな。この作品は昨年完成して今売文先を探している新世紀文学の極北、文学史的金字塔、歴史の弁証法の行運の中にキラ星のように輝く俺様の偉大な小説『光の王』の一節である。拝め。(´ー`)y-~~ニヤニヤ
    小説の一節といってもこれは単独で散文詩として完成しており、前後の節を読む必要はなく、この作品だけで理解してもらっていい。
     性行為を幻想的に描くシーンなので、性行為に至る過程が書けていないとかいった、処女や童貞みたいな発想のレスは受け付けない。

     全18節100枚ほどの小説だが、売文目的であるため、ホームページには第14節まで、それも推敲前の文章しか載せていない。シュルレアリスムの奥義を駆使した魂の原爆テロ・革命純愛小説だが、住所と本名を送って寄こせば読みたい奴には読ませてやる。『光の王』を落として糞芥川賞やもろもろの糞新人賞のゴミJ文学・日記小説がまかり通るようなら、俺は文学から身を引く。やっぱり文学の時代なんて10年前にエヴァンゲリオンが出たときに終わったんだ、時代はanimeなんだ、ということで(^Д^)ギャハ!

  32. 10 : [返信]  ダーザイン ('06/01/31 13:52:05 *3)

    >DARKZONE
    貴殿知能が低いんじゃないのか? 俺、すまないけれども福祉活動家じゃないので、知能の低い人をターゲットに文章書いていないから。この詩にこんな馬鹿みたいなレスをつけるなんて。あんた、散文詩って物知らないの? これ2004年のうおのめ文学賞詩部門3位受賞しているんだよ。管理人のサイトぐらいちぇっくしろよ。引き合いに出されたものも阿呆だとしか言いようがない代物だ。レムは僕はソラリスとストーカーしか読んでいないけれども、面白い話を書く人ではある。でも、散文詩として読めるようなレベルの文章を書ける人じゃないよ。あんた、J・G・バラードとかボルヘスとかマンディアルグとか、ブルトンとか引き合いに出す所だよ、ここは。学のねえ野郎だ。
    >核となる部分に特殊性がない
    なにを言っているんだよお前は。100回読んでから出直せよ、ハゲ。阿呆が一読して読めるような文章じゃないの。お前にこの作品の核が解ったの? シュルレアリスムを新時代に再創造して、神が筆に宿った俺様の偉大な技法もまるで読めていないんだろう。
    >「私は全てを、接吻を、無言の祈りを、あの奇怪な攻撃をもう一度始めた。」
    猿でも書ける陳腐な台詞だ。今ならライトノベルでももっと気の効いた台詞がいくらでも出て来るだろう。お前本当に馬鹿じゃねえの。
    とっととオナニーして寝ろ(´ー`)y-~~ニヤニヤ

    >光冨さん
    「蛍」が解らない人は、正直愛情を知らない人とか、哀れな人が多いと思う。僕は愛も孤独も両方知っているので、どちらでも書けるし、どちらも理解できる。自己憐憫の臭いのする、孤独だ、孤独だと書き続けている人の詩だって理解できるし、評価もできる。僕もそういうものも書いてきたし、女のいない奴の詩はダメだとかいうことにはならない。自分に解らないこと、自分が知らないものを=ダメだとか言うのは、経験値の問題と、イマジネーションのある局面での足りなさだと思う。評価する側に回る人は自分が基準にしている立ち居地について相対的であろうとする姿勢を絶えず持っていないと勤まらないね。
    光冨さんのバードシリーズの5倍も現代詩フォーラムで点数稼いでいるよ、「蛍」は。あそこはポエムフォーラムと名前を変えた方がいい。何十点も取っている詩を読んでみたら現代詩じゃなくて、ポエムである場合が多いからね。これは馬鹿にしているのではないんだよ。うけない、読まれない現代詩よりも、うけるポエムのほうがずっと上等だと俺は思っているから。現代詩という言葉は俺の中では侮辱的なニュアンスしかないんだ。あの誰も読まない本屋に並ばない詩というジャンルをダメにしてきた張本人である糞のような詩人さんたち。責任とって全員失せて欲しい。何故奴らがいつまでものさばっているのか。ねじめとか佐々木とかのゴミみたいな最低の身辺雑記詩を活字で見るたびに吐き気がしてうんざりする。戯言言語遊戯の前衛であれ、身辺雑記であれ、あの手の連中が偉そうにしているのを見ると、心底ぞっとして嫌悪感を覚えるんだ。入澤から俊太郎まで、俺は彼らにまったく感銘を受けたことがない。一度も胸を打たれたことがないし、彼らが詩人だと認める気にすらならない。まったくのゴミだという認識しかないんだわ。だから俺は恥ずかしくって、ここは現代詩のホームページですなんて事は到底言う気になれないよ。侮辱の念でね。
    (鮎川信夫は好きだった。でも荒地派を現代詩と呼ぶのはいいかげんにするべきだと思う。或いは、荒地派以降に詩人と呼べる者が実質いなかったからしょうがないということか? 何十年も大昔の詩を現代詩だなんて。活字詩業界の人は自虐もほどほどにした方がいい。今年の詩学最優秀詩人は結構良いと思う。文学極道でもあの作品なら月間優良作品に推す。ネットにも活字にもちょこちょこ良い人はいるのだからさ、今現にここで書いている詩人たちを現代詩人と呼んでもらいたいよ。)

  33. 10 : [返信]  ダーザイン ('06/02/20 01:22:46 *1)

     コントラさん。animeや漫画ははもうササブカルチャーじゃないよ。市場規模においても、芸術作品としての質に於いても。アメリカに渡る前に、「serial experiments lain」と「TEXHNOLYZE」とエヴァだけは見ていって欲しい。エヴァはテレビ版だけじゃなくて、劇場完結版の「Air まごころを君に」も見てくれ。こんなものも見ていない、現代を知らないっていうのは、文化人類学者というより土人のスタンスじゃないかな(;´Д`)

     ではひとつ文学史的演説をぶっておきます。

    「狂気と宇宙の熱死推進に関する現象学的考察(妄想)」

     ダー・ザイン=現・存在は常に予め意識の指向性の中に絡めとられている。即ち人の生誕とは虚無の淵より嫌がおうも無く世界という関係性の中に放り出されることを意味するわけだが、ここで注意を要することは、「関係性」とは何らかの確固たる「主体」と「客体」の間の関係をさすものではないということだ。ここではもはや主客2項対立は問題にならない。「人間存在」にとって現に在るものとは、「関係性」そのものである。
     ここに恐るべき造物主の意図が隠されていることに気付いたのが、我が祖国ロシアはネバ川のほとりにある爆裂電波研究所主任技師ワレンチン・スタニスラフであった。ニーチェによって高らかに神の死が告げられてこの方、人類は新たな神を呼び招くことも出来ず、足場を失った底無しの虚無の上に漂う関係性の中で生きることを余儀なくされているわけだが、ワレンチンは、この「神の死」すらも悪しき造物主の意図の中に折込済みであることに気付いたのであった。
     近年の天文学者達の観測結果によると、宇宙空間に存在する暗黒物質の量は予想されていた以上に多く、また、質量を持たないと思われていた素粒子ニュートリノが実は質量を持っていることが判明した。これが意味することは、宇宙は膨張を続けて熱死するのではなく、いずれは自重によって収縮を始め、馬鹿の一つ覚えのように膨張と収縮をえいえんに繰り返すということだ。一回限りの生を生きる一個の実存にとってはどちらに転ぼうと関わりの無いことではあるが、熱烈な実存主義既知外派であるワレンチンにとっては宇宙も1回限りで無ければ気がすまないわけで、旧ソ連邦の最先端科学技術をもってして宇宙を熱死せしめる事に生涯をかけたのであった。
     ワレンチンが気付いた造物主の意図とは、宇宙を熱死せしむるものは物理学を超えるある種の人間の状態、即ち「狂気」だということだ。造物主の計画に神の死が含まれ、人が何の足場も無くネット空間ワイヤードを漂う非常に不安定な存在者になったのは、造物主が我らの狂気を増進するためだとワレンチンは考えた。分裂して支離滅裂になり個人的に熱死するもよし、重篤な鬱になって生きながら真っ黒な虚無そのものとなり、周囲の物質を吸い込んで宇宙の外に放り出すもよし、ともかく宇宙を熱死させるためには人類の発狂を促進することが必要なのだ。斯様な訳でワレンチンが開発したのが「爆裂電波受信ギア」である(現在市販のTAやモデムには全て組み込まれているので新たに買い求める必要はありません)。そんな訳で僕らはワイヤード(ネット)に接続することによって宇宙の熱死推進に一役買っているわけですが、一層素早い廃滅を望まれる方には、ヘルダーリン、トラークル、パウル・ツェラン、イアン・カーチス(ジョイディビジョン)、ノイバウテン、SPKなどを聞くことをお勧めします。

     by ダーザイン 愚作小説「えいえんなんてなかった」より

     生誕と呼ばれる放擲を発端に演じられる一幕の劇の演じられる場所、即ち、本質的に分裂したものである自我(この分裂が存在論的差異の現われ出る場所、現存在だ。)は、消尽点へと至る間を歩む歳月を言語化することによって自らの生を現に在らしめるわけだが、ある種の者たちはエンペドクレス宜しく存在論的分裂の超克という不可能な試み、不遜な挑戦へと投じられている。不可能事への挑戦である以上、必然的にルサンチマンという情態性の色彩を帯びることとなるこのゲームの消極的な規則が予めの敗北であれば、積極的な規則は言語を生きるということだ。これによってルサンチマンを超克せんとするのである。
     言語を紡ぐ(詩のようなものを紡ぐ)ということは、存在論的差異を生きるということと同義だ。エンペドクレスは失われた存在の全体性の回復を求めてエトナ火山の火口に飛び込んだ。パウル・ツェランは言語によって存在の灼熱の火口に飛び込んだ。存在に何らかの聖性を付与しようとして腐敗していくロマン主義の肉体を焼き尽くし、美しい白い骨片を残すのだ。存在とは空白であり、虚無の顕現であり、来るべき書物には何も記されていないとモーリスブランショだかバタイユだかが語っていたね。
     が、オナニストである孤独な文人ははあえてロマン主義の死臭を手放さないんだな。存在はその無の顔を持って現われ出るという否定神学の物語を生きることを選ぶ。自己に纏わるあらゆる狭雑な観念を廃棄し透明になっていく(これは現にここに在る生活者の道ではなく、廃人への道だ)道ではなく、絶えず失われ続けるロマン主義の腐臭そのものを意図的に生きること。
     いつか、豊穣な生の源、新たなる生の哲学の幻影が遠い海の呼び声のように触れてくるのを妨げないために、白い骨ではなく、腐敗した有機物と共にあることを選ぶんだろう、きっと。

     ベルリンの壁という世界の中心にあった巨大な壁がなくなり、己を映し出す鏡を失った現在、自己拡散し虚無に触れる恐怖と向き合うことを余儀なくされた人類にとって、万人の万人に対する闘争の混沌から自己を再組織するためには、核による世界戦争の幻影こそが最大の安らぎにして、且つ、新しい人類の夜明けを予感させるものであった。そもそも意識とは分裂であり、存在論的差異、存在論的放擲がアプリオリな事態である以上、分裂を超克し、存在の全体性を回復せんとする根源的欲求に突き動かされるのは必然にして人類進化の正当な道筋である。
     存在に聴従せよ!
     無が触れてくるのが解るか ?
     存在の光り輝く無のおもてとまみえる僥倖に与るのだ!
     約束の時は来たり!
     核分裂によりすべての存在者を一個の全体へと回帰させるのだ!

     要するにエヴァンゲリオンだ。綾波レイたん(*´Д`)ハァハァ

     始めと終りは輪になって繋がっている。歴史が砂の海の中に消えていったように、わたしも、存在しない子宮の幻影の中に後ず去って行く。えいえんの哄笑だけが空虚な空間に残る。終着の浜辺。原子力発電所の廃墟が蜃気楼のように遠く対岸の岸辺に浮かんでいる。

     俺は今宵も偉大なる旧ソ連邦国歌を聞きながら焼酎を飲んで寝る。生をつないでいくには大きな幻影が必要なんだ。わらぃ。
     バリケードの中で一瞬垣間見られたであろうえいえん。内ゲバと総括の向こうにあったはずのえいえん。或いは人類史上最大の市民蜂起、クロンショタット反乱や、ワルシャワ蜂起の地下水道の果てに見えた、遠くかすかな光の中に。

     今年のモスクワは異常な寒気に覆われていて、-48℃とか叩き出しているそうな。大勢凍死者が出ているモヨリ。20世紀という人間精神の壮大な実験場にあって、ふたつの全体主義、ヒトラーのドイツと赤色ロシアはとりわけ異彩を放っていた。(両者の出会いはもっぱら地政学的なものであったようだが)国家であれ、社会であれ、個人を止揚して開かれる新たな地平とはどのような顛倒であろう。

     1938年12月、第4インターナショナル結成の会合において、シモーヌ・ベイユはトロッキーと対決し、痛烈な言葉を吐いている。
    「あなたは観念論的だ。隷属させられている階級を支配階級と呼んでいるのだから」と。プロレタリア革命の達成とは、国家機関の解体、社会の個人に対する従属でなければならないと。
     トロッキーは「反動的な個人主義」だと答えている。どちらが反動であったのかは歴史を見れば明らかだが、にしても、本当のゼロ地点、個人が勝利する永遠のゼロ地点はどこにあるのかね。永遠に問われ続けていくのだろうか。

     ワイヤード(ネット空間)の出現は、人類史的な大転換点であった。出会うことのありえなかった人と人を結び、世界を結び合わせる電話線という一本の糸。この糸が新たな世界性を孕み、世界を変容させたのだ。ワイヤードの出現は、現実という物そのものを変容させた。旧世紀の古典的なリアルはワイヤードの出現によって消滅した(隠蔽された)。人はワイヤードに自身を容易にメタファライズして、その新しい世界に偏在するようになった。
     共産主義という永遠の過程も、ワイヤードの出現によって、再発見されるであろうと思う。例えばウイニー。
     俺たちワレズ世代の妄想は生まれつきだ、わらぃ。

    「ワイヤードの情報はシェアされなければならない」
    「ワイヤードには神様がいるのよ」

     by「serial experiments lain」
     岩倉玲音たん(*´Д`)ハァハァ
     レインは新世紀の神様だっただろうか、孤独な天使だろうか。 

     世界は変容しているわけだが、拡大再生産が終り、宇宙が熱死するように静かに死んでいく日本というこの巨大な過去の経済大国の遺跡の中で、街の灯りもひとつずつ消え、都市熱も徐々に冷えて、絶対零度の真空に、この都市も少しずつ少しずつ近づいていくのかもしれない。世界に偏在する私たちは赤方偏移しながら宇宙の果てに消えて行くのだ。俺が老いさらばえておさらばした後には、この都市はどんな見知らぬ夜明けを迎えるのだろう。本来的なことも、怠落したことも、人の行いに何も変わりはないのだろうが。
     ただ徐々に徐々に冷えていく。俺の人生の時間の尺度など遥かに超えた速度で、宇宙と同じ温度へと。
     札幌の街灯りを見下ろす喫煙所でそんな妄想にふける。氷点下の札幌。失業者や浮浪者が生ゴミ漁りをしながら地下街が開くまで、今夜も朝まで持ちこたえる。この街で。

     つーか、いつまでたっても俺の鬱病が治らず、まともな職も見つからず夜も眠れず上等な酒を買う金もなく、存在論的差異の深淵を前にしてひとりプルプル震えつつ現代詩手帳うぜえ!ゴミ箱のような雑誌だぜと無の交差する掲示板に書き込めば、140億光年彼方の宇宙の果てのがらんどうの蒼穹に「ゲンダイシテチョウウゼエ、ゲンダイシテチョウウゼエエ・・・・・・」と虚しく木霊する自己言及性の可塑性の永遠をめぐる円環構造の自意識が相も変らぬ否定神学的色彩を帯びて私を責め苛むのは全て貴殿らの文学観がイマジネーションというものの真髄に一切触れ得ないたちのものであることに起因するのです。イマジネーションとは狂気に世界性を帯びさせることにより世界の狂気を暴き出す世界への挑戦であり、この世界との本源的な戦いは自らの脳内で自らの脳を世界の異常な現存のほうへと近未来小説的に同化させるべくリアルと呼ばれる妄念の質そのものを変容させる戦いなのです。リアルという外部に届こうとする職人芸的作業というものは現代文学にとってすでに前提条件というか、あたりまえの姿勢であり、先鋭的文学徒にとっては新たな世界性を孕むこと、自らが変容者として新たな世界を創造することが求められているのだと思うがいかがなものか。そのために必要なものが、俺が常々口を酸っぱくして言っているイマジネーションの飛躍というものであり、J・G・バラードが「文学の可能性はもはやSF(スペキュラティブ・フィクション)にしかない」と言っていることの意味だ。言葉は単なる日常世界(もうそんなものは無いんだ!)の描写に留まることはできず、一言一句、全てのイメージが、全ての意味連関が、読み手をも書き手をも異世界へと開く飛躍に満ちた詩の言葉でなくてはならない。異常なポエジーの穿つ穿孔、異常なポエジーが世界を開き照らす鮮光。これが真のセンス・オブ・ワンダーであり、現代における文学の可能性だ。現代という統合失調した世界を現す為には、作家は、イマジネーションの跳躍を持ってして、統合失調した言葉を獲得せねばならないのだ。そのような行いの最高傑作、20世紀最大の文学がバラードの「残虐行為展覧会」であった。

     私は文学史的金字塔である自著、小説『光の王』でそれを超えたという自負がある。(´ー`)y-~~ニヤニヤ

  34. 13 : [返信]  ダーザイン ('06/06/28 00:32:47)

    レスポンス遅くなってすみません。草臥れていました。私小説か創作か知りませんが、物語としてよくできた作品で、特に全体的に注文を付けたくなることは無いのですが、アスキーとしての見た目がまず汚いなと。試しにワードに入れて縦書きで見てみましたが、その印象は全面的には減りませんでした。この構文であることの内的必然性が私には一読では伝わらないということです。

    「ジタリ」というのが何のことなのか私は知りません。坑不安剤か坑鬱剤か酒かな? 

    >苔蒸しが上げる着信音に、私は震わす枝も無く
    >電源を切ったPHS。

    細部の粗探しで申し訳ないが、湿性、水性を帯びていることを現すために使われたのであろう、この「苔蒸しが上げる」という言葉、日本語として不備があるように感じました。この古い言葉の使用は、作中に於いて唐突に感じます。かかる言葉が現代的な携帯電話ですしね。何か違う言葉を捜した方が良いような気がします。

    私とカコさんの関係、失われた関係、主情的になりすぎず、抑制されすぎもせず、ほど良い描写で描き表されていて、良い作品だと思います。

  35. 5 :   ダーザイン ('04/12/29 22:28:01)  [Mail] [URL]

    海岸草原のみどり
    はまなすの赤
    萌たつ草の焔の中に
    風露草のうすもも色

    原生花園をぬけると
    落ちていくように
    空がりょううでを広げて
    濃紺の海がひろがっている

    道東の海は冷たくて
    泳ぐ人は誰もいない

    でも今日は暖かなひざし
    透明なひかりがせかいを照らし
    やさしい風がふいている

    波打ち際には丸くて平らな石
    灰色に濡れた線が
    海と砂浜の間を地平線までうねっている

    靴を脱ぎ捨てた彼女が
    波打ち際で
    水とたわむれる

    打ち寄せては返る
    巨大な鉛色のかたまりも
    彼女の足もとにくると
    やさしい静かな泡になる

    カモメ
    カモメ
    ときどき凧のように静止して
    ぼくらも時間をとめたように
    肩をならべて座りこむ

    海の轟きと
    ひかりが
    ぼくらをみたす

    波打ち際に転がる大きな流木を指さして
    彼女がたずねる

     あれどこからくるのかしら

     さあどこからくるのだろう

    彼女のひざに顔をうずめる
    やわらかくて
    あたたかくて
    目を閉じると
    海の轟きと
    彼女のぬくもりの中に
    ぼくは
    ぼくはすみやかに消える

     ねえ鯨こないかなあ

     さあどうかしら
     ねえ海近づいてきているみたいよ

    潮が満ちて
    灰色の線が
    波打ち際の泡が
    ぼくらのほうに近づいてきていた

    彼女が集めた色とりどりの小石が
    星座のように灯ると夜になった

    風が冷たくなって
    彼女は胸の前で掌をにぎりしめ
    ふるえている
    ちいさないのちのおもさで
    ふるえている

    彼女の肩を抱いて
    その掌の中に
    ぼくの手も握りしめられて
    ぼくらはじっとふるえていた

    星座がぎらぎらと輝いて
    聖像画のようにぼくらを照らしだした
    海の轟きの向こうに
    あべまりあ
    きしきしと星のきしむ音が聞こえる

     ねえ蛍とんでいるわ

    ふりかえると
    原生花園に
    何万もの蛍の群れが
    ひかりの標のように点灯しており
    海風にのって
    いっせいに空へと舞上がった

    天上の星々と
    蛍の群れと
    ひかりの雲の中にくるまれて
    握りしめていたぼくらの手を
    彼女がそっと開く
    すると
    ぼくらの掌の中からも
    無数の蛍が
    金色のひかりを放って
    舞い出てきた

    ひかりを浴びて
    彼女の顔も
    黄金色に映える

     ねえ蛍とんでいるわ


    # キ印が最悪に不評だったので最新作を貼ってみるよ。でもこれ書いたの7月。
      文章を書く脳が、完全にどこかに行ってしまった(;´Д`)ンムハァ

  36. 5 : [返信]  ダーザイン ('06/01/18 00:22:16)

    >コントラさん
    生まれつきの北海道民です。場所は道東の晩成という所です。私も広大な原野は大好きですが、住んでいるところは大都会の札幌圏内です。でもちょっと車を飛ばせば地平線が見える雪野原ですよ。北国に住んでいると沖縄とかにあこがれるのですがね、でも、北海道の原野はやっぱり好きです。
    >鷲頭さん
    私は写実描写のできない人は断じて認めません。それは絵画で言えばデッサン力です。でも、鷲頭さんが仰ることは自覚しています。この作品は若干冗漫です。
    ちなみにこの詩はエンディングの蛍が飛ぶシーン以外は全て実話です。彼女と過ごしたとある一日の描写です。名誉のために言っておかねばならないが、俺は女に不自由してはおりません。女に御不自由している人には申し訳ない話ですが、中出ししまくっています。四季ユートピアノでネタ話をしているanimeとかフィギュアとかメイド喫茶とかの話は、現実とはまるで違うものです。文学徒たるもの、現代文化の突端である萌えにも精通しているべきだと思うのです(´ー`)y-~~ニヤニヤ

  37. 2 : [返信]  ダーザイン ('04/12/31 05:57:21)

    >女性的な詩ってさ、実際、固定的してるんだよね。文体、ニュアンス、イメージ、>だから、安定した作品を書き上げられるけど、面白さはないんだよね。
    (by かけだしさん)
    >女々しい
    (by Canopus(かの寿星)さん)

    臭い説教になるが、5年、十年社会に出て働いて、食えたり食えなかったり、上手く行くことばかりじゃない人生を唇をかんで味わって、そしてもう一度この詩を読んだら、全く違う印象を抱くであろう事を予言しておくよ。
    若い人は、自分は無限の可能性を持っていると思っている物なのだが、
    その無根拠さの由来が無知による傲慢であったことを酷く恥かしい思いと共に回顧する日というのが来るんだ(^^;


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