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海を見たことがない女の子は、大抵のところウィンドウ・ショッピングを愛しているし、そうやってよく晴れた四月の午後をやり過ごしたあと、雑貨屋で大した役にも立たない小物を買って帰る生活に満足している。ライトグリーンの水性ペンとか、小さく折りたたむことが出来る切れ味の悪いつめきりとか。そういうわけで、海を見たことがない女の子の机は、いつもそういったものでごちゃごちゃしている。 海を見たことがない女の子は、無言電話がそんなに嫌いじゃない。ねえ、あなたコーヒーと紅茶、どっちが好き?とか、オールド・ファッション・ドーナツにチョコをつけるのは許せる人なの?とか、ひっきりなしに話しかけてみたりする。そういうわけで、ぼくには一日に四回、彼女の家に無言電話をする習慣がある。最近はやっと、オスのパグを一匹手に入れて街を出る算段まで話が進んだところだ。彼女はそういう架空の可能性を真冬のりすみたいにあっちこっちに埋めて、そのまま忘れてしまう。男たちは、その小さな可能性を、小さな懐炉みたいに大事に抱えて、海への道を歩いている。 海を見たことがない女の子には、身寄りは一人もいない。彼女はいつも二ヶ月遅れで家賃を払い、しょちゅう電話料金を払い忘れる。そういうわけで、ぼくは電話が通じなくなると彼女にアパートに出向いて、中身がぎゅうぎゅうに詰まった郵便受けから電話料金の請求書を引っ張り出して払い込みに行く。彼女のアパートの前の桜並木を、ポケットに請求書を突っ込んで歩く時、ぼくはちょっとだけ幸せなきもちになる。多分、春になって冬篭りの巣穴から、子ども達を連れて出て行く母熊はこんな気持ちなんだろうな、とか思ったりもする。 海を見たことがない女の子が住むモスグリーンの外壁のアパート。その前には、道路を覆い隠すような桜並木があって、この季節にはちょっとした眺めになる。そこを歩いていくとペットショップとコーヒー豆屋が並んでいて、ぼくはいつもそこでマンデリンを買い、なんだか難しい名前の猫と遊ぶ。ぼくは眠れない夜、シルバーの毛色の大きな猫の名前を思い出そうとして、布団に入ることにしている。メイン・クーン。このとても綺麗な猫のことを彼女に教えてあげよう、そう思うのは中々幸せな夜のやり過ごし方だ。 もちろん、彼女のことが好きなのは、ぼくがいつまでも海に向かって歩いているからだと思うんだけれど。それを言えば、ぼくたちはいつだって海を目指すしかない街に生まれついた。海への道は、いつも途方もないくらい良く晴れて、男たちは真昼の酒場でビールを何杯か煽って歩き出す。一息で飲み干されたグラスと硬い口ひげには真新しい泡だけが残って。その時、彼女はいつもオレンジ・ジュースとミルクを良く混ぜて、一息で飲み干そうとするんだけれど、いつもちょっとだけグラスに残って悲しい顔をする。だから、ぼくたちはもう振り返らない。 海を見たことがない女の子のために、ぼくたちに出来ることはなにもないっていうことを、認めたところから男たちはいつも歩き出す。彼女は、今夜も電話を待ち続けて、そしてベッドに入って浅く眠るだろう、そう考えるだけで歩ける道のりもあるっていうことを、ぼくたちは許されることが出来るのだろうか。海を見たことのない女の子の眠りはいつも、とても浅い。その柔らかな淀みのなかに、幾つかの可能性が消えていく。パグ犬の甘噛みとか、メイン・クーンのふさふさした銀色の尻尾とか。 海を見たことがない女の子のために出来ることは何もない。 だから、男たちは歩き出す。
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悪魔の子どもが生まれたって、言わないで欲しいんだ。カシミールで毛皮を売っている彼の、その柔らかい頬に浮かんだ笑顔みたいな、そ ...
庭の隅で、年若いお母さんが しゃがみこんで、おもちゃのシャベルで 一心に穴を掘っている ときどき、自分は何をしているのだろう、 ...