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53 :   蛾兆ボルカ '10/01/09 20:19:33  [Mail]

庭の隅で、年若いお母さんが
しゃがみこんで、おもちゃのシャベルで
一心に穴を掘っている
ときどき、自分は何をしているのだろう、と、首をかしげながら
背中に張り付いた子どもが、
暖かい背中越しに
それを見ている

「お母さん、なにしてるの?」と、子どもが訊くと
「穴を掘ってるのよ」と、お母さんは答える

そうして30年が過ぎたのでした

― かつては、そこは穴でした
と、役人は私に言ったのでした

  あなたの前の、そのあたりは、かつては一つの穴だったのです。
  わかりますか?すでに、穴であることはやめてしまいましたが、
  かつては穴だったのです。それは巨大な会議室の真ん中にある
  日出現したような穴でしたし、学校の廊下の中央にあいたよう
  な穴でもありました。もはや全ては忘れられ、久しく訪ねる人
  も無かったのですが、こうしてあなたに見つめられて、穴は静
  かに眠るのだと思います。こうしてあなたに触られて、穴はは
  じめて眠るのだと思います。

「埋められたのは私でしょうか?それとも、あなたでしょうか?」と、
まだ年若い、むしろ少女のような私のお母さんに
子供の私が遠く叫ぶ

不意に私は、
《私の判断は間違っていたのだろうか》
と、誰かにすがり付いて訊きたい

しかしそこに既に穴はなく、
平らな野原が続いているだけでした
私は一人、野原に立っているのでした

庭の隅で
緑の柄を手のひらばかりの小さな赤い本体につけた、
子供のおもちゃのシャベルで
穴を掘っている私の妻が
待つ家へと帰るために、
私は振り向いて歩き始める

帰ったら、
「埋めるの?それとも掘り出すの?」
と、訊いてみようと思いながら


__________________

「Poem ROSETTA」所収 (初出「詩学」)

>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20100109_559_53p

  • 常悟郎 :

    今晩は
    蛾兆さん


    「穴 」 以前載せられた作品を少し手直しされたようですね
    ボクは‥この若い母親がノーブラの胸を揺らしながら掘る様を思い浮かべて、 先の自作品であの卒業時に校庭などによく埋める(時のカプセル)を思い起こし、 残念で仕方ありません 。

    穴のなかには一体「何が」あるのでしょう
    永遠の秘密ですよね 。
    またこのような楽しめる作品描いてくださいね

    いろいろとご苦労とは存じますが、 頑張ってください 。

    雑文で失礼いたしました 。  ('10/01/10 03:34:23)

  • 田中宏輔 :

    最初、ロシアの政治犯に対する虐待を思い起こしました。

    しかし、すぐに、そのイメージは去り、寓話といいますか

    童話といいますか、そういう雰囲気を感じました。

    それでも、最初の不吉なイメージが残響のように存在するのですが

    ゴシック・ロマン

    名前を忘れました。

    『砂男』を書いた作家を思い出しました。  ('10/01/10 07:00:23)

  • 蛾兆ボルカ :
    >常悟郎さん

    どうもありがとうございます。
    今後、月いちぐらいで自信作を出してきますので、煮るなり焼くなり、ぜひよろしくお願いします(v^-゚)

    ちなみにこないだお見せしたバージョンからの修正は、

    おもちゃのプラスチックのシャベル

    おもちゃのシャベル

    のみです。  ('10/01/16 14:04:23)

  • 蛾兆ボルカ :
    >田中さん
    どうもありがとうございます。
    他者との生活は、つねに、ホラーの映画や小説の要素を含んでいるような気がします。

    この詩に限らず、「登場人物が去ったあとでも、ある物語りを忘れたくない」、という思いは、ホラーとどっかで繋がるのかもしれません。

    砂男は未読ですが、僕は嵐が丘なんか好きだな(^0^)  ('10/01/16 14:15:30)

  • 田中宏輔 :

    ホフマンだったでしょうか。

    次作掲載、楽しみにしております。  ('10/01/16 14:18:19)

  • シロ :
    考えることが苦手なタイプなので、とりあえず読んでいて楽しいものが私は好きです。
    穴という現象をうまく詩情あふれる詩文で覆って見せていると感じました。
    読者を拒絶する詩文ではなく、あくまでも間口を広げ、親切な作品だと思います。  ('16/04/09 15:44:02)

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