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芸術としての詩を発表する場、文学極道です。
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∧ ∨ 56 : 潮騒(改稿) みつとみ '10/03/16 00:49:18 *9
傷のある胸のなかにも響く、潮騒があった。閉じた目を開くと、淡い光につつまれた海があった。数年前に、女と漂流した海辺に、わたしは立ち尽くしていた。
(わたしは、油と原材料の臭いのする工場の、薄暗い現場にいた。大きなグリース製造釜を回す騒音。塗装された空きドラムに、レバーを開き、グリースを充填する。ドラム缶に金属バンドを取り付け、ボルトをラチェットレンチでしめる。フォークリフトが警戒音とともに、構内をひんぱんに出入りしていた。油と泥で汚れた作業着は、洗っても落ちない色があった)
(数年働き、契約途中で工場を解雇された。仕方なく内陸工業団地から海辺へのアパートに、戻ってきていた。軍用ジャケットのポケットに手をいれて、佇む。きょうは晴天だが、潮風が冷たい。日があるうちは、海沿いの道や浜辺を歩いていた。潮騒に耳を傾ける。ぼんやりと、あの日の波間に漂う女の首筋が、思い浮かんでいた)
(ハローワークの近くの通りで、小さな雑貨店にはいった。ガラス戸に、閉店セール半額のビラが貼り付けてある。狭い店内の、棚に並ぶアジアの天然石、アクセサリー、香を見て回る。若い女性店員に、ヘタマイトの黒いブレスレットを見せて、買い求めた。ヘタマイトは、いくらか重い感触がある)
わたしは、広い海辺に立っていた。ジャケットの襟についている毛先が、風で頬にあたる。わたしの頭上を鳥が鳴いては、旋回している。仰ぐと、限りのない透明な青がしみるので、目を細めた。
手をかざす。手首のヘタマイトが黒い光を反射している。砂浜を歩き、寄せてくる波の前に立つ。わたしは一歩まえに進む。足元にはまだ波は来ない。
わたしは左足を、もう一歩前に進める。スウェードの茶色の靴先が、水で濡れて黒ずむ。ゆっくり、右足を進める。足元がすこしふらつくが、左足をもう一歩。砂地がわたしの重みで窪んでいく。
大きな音とともに、白い波が盛り上がり、打ち寄せた。身をひこうとして、バランスを失う。砂地に、片膝をつきそうになる。ジーンズに波しぶきがかかる。白い泡が光る、その先に、女の足先が、一瞬見えた。浜辺のあらゆる音が消えていた。
女の顔を確かめたくて、視線をあげた。瞳と唇を知りたかった。
波で光が反射した。女の姿はもう見えなかった。あれはなんであったか、取り残されたわたしは、海を前に立ち尽くしている。広すぎる青い空に、ひとつだけの小さな陽は、わたしにはまぶしすぎて。
*くどくなるので、修正はこれでお仕舞い。あとは活字用に微調整しますが、こちらではアップしないので。今年秋発行の日本詩人クラブのアンソロジーに載せるつもり。
>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20100316_617_56p
蛾兆ボルカ :
愉しく拝読しました。
濃密さを感じます。
海に引き込まれていくときのような、絶望の愉しみでした。
(伊豆で溺れかけたときを思い出しました。)
...全文を表示 ('10/03/16 12:52:38)黒木みーあ :
>日中を海辺を歩いていた。
ここ少し、もたつきますね。
でも、一回読んだ感想としては良いですね。
...全文を表示 ('10/03/16 12:55:40)みつとみ :
ボルカさま
コメントありがとうございます。文末の時勢(→時制)というか、過去形とか現在進行形とか、それはわざと散らすようにしています。たぶん、創作教室や、小説の文体スタイル本から、自分で選びとった方法です。この作品はまだ手をいれるべきものですが、まあ、ひさしぶりに数年前のスタイルとテーマに戻してみたという感じです。ありがとう。 ('10/03/16 20:17:51 *1)みつとみ :
黒木さま
律儀にコメントどうも。そうですね、もうすこし言い回しや、風光や細部等の描写などを考える余地はありますね。ありがとう。 ('10/03/16 20:19:06)黒木みーあ :
こんばんは。改めまして、よろしくにはよろしくを。黒木です。
とても丁寧な描写ですね。伝えようとする意志を感じます。なんて、社交辞令みたいですよね。でもほんとうです。
難しいのは、「親切」と同じで、やりすぎてしまうと、かえって逆効果になりはしないか、ということですよね。
...全文を表示 ('10/03/16 22:42:21 *1)みつとみ :
黒木さま
おー、詳細な読みのレスありがとう。うれしいです。あとで、ご返事書きますね。なぜなら夕ご飯だから。一食、ごちそうしてあげたい気分ですよ。では、また。 ('10/03/17 18:02:42)みつとみ :
黒木さま
描写もどこまでして、どこまではしないかというのは、永遠の課題のような気がします。ドラムやレンチの件は、ちょっと名称に寄りかかっていますよね。もうすこし考えてみましょう。「大きな音がした。」はいわば起承転結の「転」にあたるかもしれませんね。効果的なものがあるかどうか考えてみます。あとはおおよそ評価いただき、光栄です。とてもよく読んでくださり、感謝です。ちゃんと読めていますよ。作品の質をあげるのに役立ちます。ありがとう。 ('10/03/17 19:32:00)TUN :
こんにちは
みつとみさん
映像が浮かびあがりますね。
...全文を表示 ('10/03/19 18:19:38)みつとみ :
TUNさま
数分かもしれないし、十数分かもしれないし。それでよいかもしれないし。
水晶のペンダントは、次の続編・続続篇で必要になるアイテムです。
ヘタマイトのブレスはご指摘にあるよう考えてみたいですね。
...全文を表示 ('10/03/19 21:45:46)ダーザイン :
これこそ光冨さんですね。久々に本領発揮しておられるのを見て嬉しいです。私自身貴殿の筆致から多くを学ばせて頂いたので、貴殿がぬるい感じだとさびしいので。
で、本当に書きましたか、バードシリーズ派遣労働者リストラ編。素晴らしいです、是非とも書き続けてください。光冨さんの抱いている神話、幻影の女を求める存在論的な話ばかりではなくて、今後の展開、派遣切りはとても現代性のある現実なので、そういうことも織り交ぜてほしいと思います。
さて、描写が薄いです。黒木みーあさんが引用してダメ出しした部分、全部戻してください。あれらの工場労働の描写があった方がリアル感が格段に増します。私はああいう労働の工程は知らないが、ちゃんと伝わる文章であるし、作品に重みを与えるインパクトのある描写なので、削るなど考えられないです。元に戻してください。描写を描写を、徹底的に描写を。それが、私の師匠である光冨さんです。 ('10/04/03 20:20:59)みつとみ :
ダーザインさま
工場内の描写の部分は、いる(あってよい)・いらない・不親切との3通りの考えが実際にあります。いちおう、わたしのパソコンのハードディスク内の原稿では描写を戻したうえで、加筆・修正しておきました。もうすこし、見直しておきます。描写に関しては、いる・いらない・直接的なことは避ける、という3通りの考えも詩に関して一般として実際にあるようですね。まあ、描写性の一連の作品を書いてしまった作者としては、徹底させないと周囲の何割かは納得しないということでしょうか。ありがとう。 ('10/04/03 22:59:20)ピクルス :
みつとみさん、こんばんは。> 傷のある胸のなかにも響く、潮騒があった。
...全文を表示 ('10/04/04 22:46:28)みつとみ :
ピクルスさま
各種ご指摘ありがとうございます。検討しておきます。丸カッコは、工場内の描写を戻した時点で、取り除いています。まだ時系列の絡みで、検討中で、修正したものはわたしのパソコン内にだけあって、こちらにはアップしていませんが。(現在→数年前→現在→数日前→現在、という運びがわかりにくいかなとか)。謎を残しておくというのは、よいアイデアですね。 ('10/04/05 20:41:13 *1)シロ :
筆致がとても好みでした。
女の存在が不思議にあやふやに描かれており、それを考えさせられます。
中盤以降、文体のカラーが変わります。
全体的な詩のバランスが、私的には少し物足りなさを感じました。
...全文を表示 ('16/04/11 18:17:48)光冨 :
シロ様
ご感想ありがとうございます。どこかしら淡泊で物足りなくもあるかもしれませんね。 ('16/04/11 20:33:31)
∧ ∨ 40 : 青い花 ダーザイン '08/04/14 00:14:07 [URL]
口の中に微かに鉄の味がある
コートの袖口が擦り切れている
錆びたドラム缶からはいだして
月下の廃工場を後にする
奏者を失って久しい機械が
ほの青く光る一群の風琴になっていた
鳥が飛び立ってから
ずいぶんと時がたったのだ
片道4車線の巨大な環状線は凍てついて
光るアスファルトに信号灯が明滅している
世界の中心である無人大交差点で
狂人であるわたしは叫ぶ
すると巨大な沈黙が頭上に降りてくる
遠い地響きと共に雨がとおる
遺棄された高層ビル群が
ひとつまたひとつとストップモーションで崩壊し
ガラスの雨が虹色の月光輪の中で光る
都市はひそかに形而上学派の円形図形を
模擬構成しており
からっぽの曼荼羅の中心に立てば
高架は身をよじってのびあがり
星々の彼方へと続いているのだ
冷たい夜風に乗って
空の道をひとり頂へとたどれば
夕べの群雲はすでに色を失い
街灯の明るみの中に 再び
ピンクのワンピースの少女が現れる
彼女はただ微笑んで眺めている
ただ微笑んで眺めている
世の終わりの果てにはなにがあるのか
ワンピースのすそをそっと風がなでて行く
藁色の髪毛がやわらかくそよぎ
わたしは彼女を抱きたいという強い衝動にかられる
断線した電線が歩道を打ち
わたしたちの足元を世界から浮き立たせた
丘の下にひろがる廃都は
ふいごをあてた燠火のようにほの暗く明るんで
灰の灰
塵の塵
少女の口がかすかに開き
Aのかたちに開く
基準音A:440Hzで
またひとつビルが倒壊する
どのような秩序のための調律なのだ
一瞬少女はふりかえり
わたしの目をまじまじと見つめた
彼女の髪にさしのべた手は空をつかみ
ちりりと音を立ててホログラムは消える
水路にこだまする声
声
残像は消える
消える
幾層もの気圏を立ち上り
幾層もの気圏を結晶させて
ふりかえる窓辺にはひとつの灯火もなく
廃都はどんどん小さくなっていくのだった
まだ空が青かったころ
風使いたちのグライダーが
積雲に彫刻していった識域下のメッセージ
巨大な少女の横顔をして
白々と結晶していたのだが
空の巨人たちはきりきりと舞い落ちて
音もなく
音の痕跡もなく
送電線をつたわって
うねりのびる高架の上をどこまでも漂えば
金色の波が打ち寄せるところ
夜明けの岸辺にオリオンが映っている
どこか遠いところさ
思いおよばぬ遠いところさ
えいえんに
開くことのない青い花が咲いている
そんなうわさを
まだ信じていたのだった
そっと水たまりをふんだ
青ざめた月がゆれた
>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20080414_420_40p
ひふみ :
一連目だけかな、一般的な個人の好みに大きく左右されないだろうところで、それなりに評価できるのは。
作者評を絡めずに書くとそれくらいしか書くがことない。 ('08/04/14 05:55:35)ダーザイン :
>ひふみさん
なんだって? 二連め以降は何も書いていない、何も書かれていないも同然の酷さだってか? (追記)ちょっとひふみさんに頼みがあるのだが、文学極道amazonで「ユリア100式」という漫画を買って、笑ったり性的興奮を覚えたり楽しめる代物かどうかご報告願えないだろうか。気になっているのだが、俺はまだ手が出せないでいる。貴殿の批評眼を買って。 ('08/04/14 20:15:53 *1)Kasumoerer :
ユリア100式を評価する者は<残念ながら>知人にいるのだが、あれで楽しめるのはエロゲに魂を吸われ尽くされた漫画業界の人だけ。 ('08/04/20 23:33:45)コントラ :
最初のつかみや世界の描写はいいと思うんですが、少女との解后がいまひとつサイドストーリーで終わっている気がする。ただ、書かれてる世界自体は悪くないし、世界が電話線のなかのミクロのビニール繊維の内部に還元されていくような、朝も昼もなく永遠に夜であるようなワイヤードの世界の住人としての詩の書き手、というダーザイン氏のビジョンは完成に向かいつつあるとうことで、僕は肯定的に評価したい。ただ、発起人の作品として、ヒューマンドラマが今ひとつかけていない、という課題は残ると思う。 ('08/04/23 13:36:25)ポチ :
ダーザイン氏の作品の多くには女性が出てるが―果たしてはそれは本当に女性なのかという問いを含んだ上で―ただこの詩でいえる事は唯一、ワンピースの女性のみが「発話」するという位置にある。これは、一体どういう事なのだろうか―発話されるものは、基準音Aで440は(たしかラの音だったかな。)。彼女は、つかめないが、痕跡としての発話のみが残り、声=彼女、という一件不可思議な構図の中で、彼女の声は、こだまし消え去っていく―僕が聞きたいのは、消え去った声がどこに消えていくかということだ、痕跡は残るはずだ、果たして本当に消えたのだろうか―声は、内在化される―もうそこには外側と内側の区別が曖昧になる、発話=彼女=もう一人の誰か(君か(笑))が残り、現実は否定的な言葉で「廃都」と名づけられ―なぜ「廃」なのだろうか何によって破棄または捨てられたのだろうか―視点は見下ろしの視点から、見上げるという―空は常に上に―視点に移動し、そこにはもう「音の痕跡も音もない」ないのはすでに、そこでは、音がこの作品の語り部の中で内在化され同時に、発話=聴く事、として、完結されてしまっているからだ。(ただ、声は同時に、誰かに「聴かれる」という可能性を秘めていることを、発話することは=他者に出会うこと/自己が聴く事の恐ろしい二重性を持っていてそこには、いつも開かれていく可能性が残っている)
...全文を表示 ('08/04/24 01:57:25)コントラ :
あと、この手の作品で触れたいのは、ここで描かれている「廃墟」という光景の歴史的な起源で、美術批評家のサワラギノイなんかが指摘しているように、潜在的には公的言説において抑圧されている第二次大戦の破壊や殺戮の記憶があり、それに触れることができない、トラウマ、もしくは一時的な忘却が、無根の閉じられた世界、これはジェームソン的な意味でのポストモダンに近いけれども、村上隆を引いて言えば、日本特有のスーパーフラットな現実を構成している、という点でしょうか。僕はヘーゲルだとかハイデガーだとか大物哲学者をひくより、むしろ、この作品と、「日本」という具体的な局面において、その歴史的ルーツに回帰していくことこそが、すなわち、弁証法的に現実を超越していくことだと思うのです。
これは誰もやりたがりませんが、明治維新までとりあえず戻って水脈をたどり直してみる、という意味です。
...全文を表示 ('08/04/24 14:44:30)ダーザイン :
これの初稿は2004年の3月で新作ではありません。ただ、シリアルエクスペリメントレイン後であったので、既に俺の脳内的には橘総研の素粒子コンピューターで現実というもののパラダイムは大転回していました。
廃墟はなんでしょうかね、精神状態もあろうが、レインに出てくる廃都のイメージが頭にあったし、この年ちょうどやっていたアニメに(タイトル忘れた)廃都で少女が音叉を鳴らすシーンがあり、「お、これいただき!」とか思った記憶がある。また、佐々木昭一郎の「四季ユートピアノ」のピアノ調律師になる少女の映像詩は高校生時代の俺に食えない芸術家まがいの者になる運命を与えたような出会いであったと思うし。
コントラさんが聞きたいことについて話せば、廃都は俺の原風景でもある。北海道は元産炭地であったので、あちこちに巨大な廃都があった。俺は中学生時代から、奔別や万字といった廃村に異常な執着を持って通いつめていた。札幌にあるような巨大な映画館、学校、住宅、全てコンクリートの塊と化し、無人の廃都は周囲の森林に侵食されてカンボジアの寺院のように緑と溶け合い、私は何か形而上的なメッセージを受け取っていたのだと思う。そして当事はまだ冷戦下だった。いつ原爆戦争が起こっても不思議でない状態で、ベルリンの壁がなくなることなど誰もまともにイメージできなかったと思う。アメリカとソ連による冷戦は永遠に続くと思っていた。ゴルバチョフが登場したときの驚きとその顛末は今も鮮明に覚えている。それは帝国主義犯罪者国家ソ連などの崩壊であったが、同時に、共産主義という理想の一時的な失効でもあった。この美しい理想のために、どれだけの人間が死んでいったことか。シベリヤのラーゲリやポルポト、カチンの森、クロンシュタット、プラハ、文化大革命、浅間山荘、、特にテレビでリアルタイムで見て興奮させられた全共闘の類が浅間山荘や東アジア反日武闘戦線 狼 などの気持ち悪い顛末に至ったことにはなんともいえないアンビバレントな気分としてずっと消化されないできた。後年、笠井潔の「テロルの現象学」を読んでも気持ちの整理は付かなかった。歴史性ということを言うのなら、俺の歴史は全てここに帰る。ベルリンの壁や浅間山荘に。20世紀という時代に。
...全文を表示 ('08/04/25 00:08:59 *4)ダーザイン :
追記。ハイデガー風に言えば、存在の痕跡は常にある。それがピンクのワンピースの少女であり、岩倉玲音であり、イマーゴだ。 ('08/04/25 00:17:59 *1)ポチ :
>>ダーザインへ
好きなのを好きなだけ載せていいよ。俺はそういうのにはこだわらないから、そっちで好きに決めてくれればいい。身体性については、常々よく考えているけれども、やっぱり、俺は土人だから、どうもダーザインがいうようなことは受け入れられない―単にそういう領域に関する知識がかけているせいもあるだろうけれども、俺はやっぱりそれらにはあまり期待を信じていないんだよ。結局、こんなネット上の論争をいくらやっていても、最終的には、「よし、コブシで殴り合おう」なんていう言ってしまう人間だし、そうありたいと思っている。(たぶんこれすらも、物理フォーマットされたうんぬんで語られてしまうだろうが)。
たぶん、俺はすごく否定的な形でしか物事を語れない人間だから、それは実際のところ自分の身体の欠落の問題へと直結しているわけで、(あぁ、身体と身体性を混合している可能性があるな)身体に閉じ込められた精神でもなんでもいいが、それがいやおうなしに、痛みや苦痛を訴えるという現実を俺は否定することができない。その確信からしか俺は何かを書くことや、語ることができない。
...全文を表示 ('08/04/25 00:39:15)ポチ :
話はぶっ飛ぶが、結局、誰もがそうだろうけど、欠落、からしか語りだせないし、詩を書くこともできない。ダーザインの詩は、あまりにも、俺からしたら、その欠落が整理されすぎている気がする。とても、フラットするぎるんだよ。まるで、そうだテレビ画面だ、アニメの世界だ、平面的な印象を受けてしまう。単に、俺とは好みやセンスが違うだけなのだろうけど、いや、それがダーの欠落そのものなのかもしれないが、どうしてこういうものばかりを書くのか(俺も同じ事を突っ込まれるのだが)という疑問ばかり。 ('08/04/25 00:43:36)コントラ :
俺は、基本的にネットはあんまり重きを置いていない、という点で、ポチ氏と同じかもしれない、というより、好きじゃないんですよ。銀行の振込みやら、友達とのチャットから、この前行った小旅行の写真まで、すべてラップトップのちっこいモニターに集中化することになった結果、どちらかというと生の身体感覚みたいのに「欠落」感を持っている僕としては、この小さな液晶画面から日常の物理性をうまく脱中心化していきたいという気持ちが強いです。
それはさておき、ダーザイン氏のいう「歴史」というのはある意味、メディアを通して作られている部分が多いような。それを批判する気は毛頭ないし、ある意味メディアにつかりきった僕らの感覚を、それ自体として作品につなげていく、という路線はありだと思う。
注釈をいえば、僕が言っている歴史というのは、もっと個人の生に根ざしたもので、個人的回想の手の届く範疇を、いかに、「土地」や「時間」に根ざしたものとして語らしめるか、という問題意識です。だから、万字の旧炭鉱地帯の光景からインスピレーションを受けるのはもちろん大事でも、そこで根を張って生きた人々や家族と、いわば外側からその「光景」を発見していくプロセスにはかなりのずれが横たわっているわけで。むしろ、大事なのは、書き手なり作品の作り手は、その光景に自分の中に既にあった「何」かを投影しているとうことで、その「何」かを納得した上で書いていくことだと思うのです。それがまあ、ポチさんのいうところの「欠落」の意味かもしれないですし。
...全文を表示 ('08/04/25 01:43:29)ポチ :
欠落からではないオルタナティブも全部やられちゃってるんじゃない。例えば、極道で、皆して、構造がどうとか、技巧がだとか、そんなの新しくも何もないじゃないか、と俺はいつも思ったりしてしまうし、例えば、一条さんの作品だとかも俺はやっぱり面白さを感じないんだよ。それなら、もっと才能ある過去の人が何倍もの面白さで書いてしまっているでしょうよ、と。
というよりも、構造や技巧なんていうものの評価の空疎、空虚さに俺は耐えられないだけ。構造や技巧なんてもうすでに個人には根ざしていないし、多くの批評家は環境が作品を生産するとまでいってしまっているじゃない。特殊な空間の中にも、需要や供給、消費の循環はあって、もうそこには、作家という個人が自己反省してかくよりも、その環境において「最適化」されたものが消費されていく、つまりは、「環境」が自己反省している、という恐ろしい転換があるだけ。だからもう、作者は何も考えずに、何を書いても、環境によって生産されてしまう。
...全文を表示 ('08/04/25 14:08:30)コントラ :
>もっと才能ある過去の人が何倍もの面白さで書いてしまっているでしょうよ
それは哲学的には難しい問題だけれども、そういう発想しかできないのは、貴方に才能がないということじゃないかな。才能がないということをネガティヴにとらないで欲しいのだけど、要は、あなたにとっての適所じゃないってことですよ。
本当に「才能がある」人は、たぶんそんなことは考えないでしょう。あと、アートとか詩とかで、世間に認められるかどうかは、実際の作品を前にしての審査員の好みだとか、どれだけ自分を売り込めるか、という案外つまらないものが作用しているわけで、結局、ポチさんのこのレスには、「認められたい」というコンプレックスが見え隠れしている気がする。
...全文を表示 ('08/04/25 15:45:46)コントラ :
あーでもあえてフォローしておけば、日本の知識人が言うことなんかに
惑わされないほうがいいですよ。彼らは欧米から輸入してる商社みたいなものだし、商品の解説書いてるだけですから。 ('08/04/25 16:02:22)ポチ :
認められたいよりかは、全部潰したい、に近いかな。自分が承認されることよりも、あまりにも醜いものに対する個人的な戦い―なんてマヌケナフレーズだろう―に近いんだろうと思うよ。
まぁ、日本の知識人の中にも、面白い人はいるし、翻訳家や紹介家なんてのは昔から言われ続けてきたことだから、拾えるものがあれば拾えばいい。そうであることを批判するのではなく、自分の種にすればいいだけだと私は思っていますよ。また、貴方が言われるように、世界は可能性に充ちているけど、僕たちは、常に、選択するときは、何かを捨てている―別の可能性を破棄している―ということなので、それを肯定的に、否定的に、つまりは倫理的な問題としてどうするかということは近年よく話題になることでもありますね。
コントラさんに才能があるかどうかという難しい問いに私が勝手に返答するなら、未だ貴方の作品は、コントラという固有名で語れるほどの強度を感じないことです。貴方は、私以上に恐らく「ポーズ」を取る方なので―貴方の作品を読むたびにいつも貴方のポーズの裏側にあるとてもセンチメンタル/ネガティブなものを感じます―。私は苦しそうな苦笑いしたかのようなポーズを取る人をある程度の尊敬の念を持って見ていますが、ポーズを取る事をやめた後に、そういう方が書かれるものにとても興味がありますし、恐らく私が好むものはそういう作品になると勝手に思っております。私もポーズをとっておりまして、期待をしていなようですが、多大な期待を他者の方々には向けております―ただ一向に、私の傲慢さを満たしてくれるような出来事には出会えないのですが―。
...全文を表示 ('08/04/25 17:04:48 *1)コントラ :
ぜんぜん俺のコメントの真意を理解してないな。ニーチェ読んだのか?ニーチェ。とりあえず、>これが僕の「単独性」または「固有のもの」と名指しできるほどのものは果た>してどれだけ残るんだという。
とかぐだぐた言ってるから、ばっさり切ってあげたんですよ。それは結局あなたの「弱さ」なんだって。
...全文を表示 ('08/04/25 17:30:36)ポチ :
おっと、書き直したところでレスがきたので、実際のところ、私はまじで傲慢だから、というよりかは、仏教的なものの影響下に自分がいること、いや、元々そういうのに近い思考や精神性を持っていた自分がさらに、仏教に触れることで、より強固になってしまったきらいがあるのにはとても自覚的なんですけど、私はとても信じていますよ。単独性や固有のものをね。挑発的に貴方に投げかける形で書いたんですけど、なんていうかネクラの文型のはずなのに、どこかスポコン魂的な部分が自分にはあって、自分も青白いはずだけど、他人が青白いとお前はマジで青白いのか!どうなんだこら!、と、突っかかっていってしまうという感じなんですよね。まぁ、なんていうか、自分の自己否定に耐えられなくなったものが外部に漏れていく事が私の攻撃性であり、それが作品を書くことの根底にあったりと、他人には迷惑きわまりない存在なんですが、まぁ業の深さ、という一言で最近は片付けることにしております。
...全文を表示 ('08/04/25 17:37:58)コントラ :
いやでも欧米コンプレックスを語ること自体がもう常套になってしまっているから、それはやめるよ。でもそれは古い新しいの問題ではなくて、いつも違うアプローチをとるなかで、指摘せざるを得ない問題として出てくると思いますけどね。ただ、聞く側に食傷を起こすのも無意味だから、あくでコミュニケーションの問題として別の方法を探すようにはしている。
というか、そのまえにいま僕らが語っている「日本語」という言語自体が深い傷を負ってしまっている、ということに思い至る。つまり正常に語れないことが多すぎる。その意味で、もう日本語で語ること自体に限界を感じてしまっているというのはあるかな。 ('08/04/25 17:38:21)コントラ :
ポチさん、ご馳走様でした。 ('08/04/25 17:58:30)ポチ :
コントラさんってよく分からないんだよね。たしか、貴方はアメリカで(院生?)やってるんでしたっけ。何のに、アカデミックな臭さが無い。意図的に貴方が隠されているだけかもしれないし、貴方の人間性(この言葉がいまだ機能しているなら)が素直にただただ現れているだけかもしれないのですが、日本語の「深い傷」や「正常」と言われるものはどういったものであるか、という問いが私には起こります。恐らく、今現在、貴方はそれを考えておられて、うまく言葉にできないのかもしれませんが、とりあえず、貴方が「不満」であることは感じられます。ただ、「傷」というわけですから、その傷は、何によってつけられたのか、または、自らつけたのか、そもそもそれは「傷」なのかという問いがまた残ります。また「正常」か否かを分け隔てる基準を何にするかというとても恐ろしい問題も感じます。
...全文を表示 ('08/04/25 17:59:44)コントラ :
ポチさん、>その傷は、何によってつけられたのか、または、自らつけたのか、そもそもそれは「傷」なのかという問いがまた残ります。また「正常」か否かを分け隔てる基準を何にするかというとても恐ろしい問題も感じます。
ちょっと長くなるので、またべつの日にレスいれます。またはこの場が
...全文を表示 ('08/04/25 18:08:04)コントラ :
それは言語自体についた傷なのか、もっと広い文化や歴史や、もしくは制度の問題なのか、というのは微妙で、実は自分でもよくわかりません。ただ一ついえるのは、自分たちが何者なのか、という自己規定をしようとするとき、その傷は立ち現れると思っています。具体的には、ナショナリズムである、右翼であるという揶揄を受けることなしに、国家や歴史の問題に触れることができない不自由さがあり、その意味で、ある特定の語彙は不要に歴史的な負債を負っている、傷ついている、と考えます。
正常か非正常か、というとき、僕が参照しているのは、日本とまったく地理的な対極にありつつ、日本と同様に、アメリカ合衆国から不当な搾取や不利益をこうむってきた中米、南米の国々です。マルクス主義理論で言えば、キューバやニカラグア、チリなどの左翼政権や革命運動は、どちらかというと、アメリカ合衆国の血も涙もないグローバルな経済侵食や文化破壊(米国のバナナ会社の社長が大統領になったり、やくざのアメリカ人が突然革命を宣言して公用語を英語にしようとしたりとか)に対して防波堤の役割を果たす、ローカルなレベルでの、理論的なツールと考えられてきた面があります。その意味でこれらの国のとくに庶民層にとってスペイン語のcompan(y)ero (同志、同胞) やnacion (国家、民族) solidaridad (団結) resistencia (抵抗)というのは、比較的ポジティヴな意味を持つことが多いといえます。
...全文を表示 ('08/04/26 13:36:26)コントラ :
ああ、ネットが時間食いすぎてる。いちおう、5月半ば以降まで書き込み控えます、宣言をしておきます。
ちなみに、この「傷」がどうつけれたかについても、いちおう自分の中で結論にちかいところまで来ていますが、いずれなんらかの場で書きたいと思います。 ('08/04/26 13:40:14)ポチ :
五月以降またレスがくることを期待して、レスをします。
中米、南米に見られる公用語としてのスペイン語に関しては、まさにそれは、植民地という歴史を背負ったものであり、彼らは、自らを語るときにも、植民地の影響下によって悪く言えば強制された言語で語るわけですよね。これらは同時に、「非西洋」を志向すると同時に、「西洋」を志向しているという二重の乖離に落とされる。宗教学的なフィールドで言えば、よく原理主義者―実際にはこの言葉が意図的に西洋によって「名づけられた」言葉でその正当性を批判する言説もあったりします―達は、コーランに忠実であるかのようにみえますが、非常に西洋の思想を知らぬ間に取り込んでいたりするのです。
革命理論などは、まさに西洋産のもので、貴方も中南米を専門とされるなら、カーゴカルトの恐ろしい乖離またはツギハギ具合をご存知でしょう。西洋的なものを乗り越えようとする時、彼らが非西洋を志向する時、彼らは同時に、西洋的なものの中に取り込まれ、同時に、西洋を志向してしまう。
...全文を表示 ('08/04/26 16:01:26)コントラ :
ちょっとだけ快速特急で補足させてください
中南米のばあい、スペイン語が強制された言語という認識よりは、中南米の文化自体がすでに「西洋」の一部であると見るほうがむしろ実態にちかいと僕は思ってます。征服の歴史はありますが、あまりにブレンドのプロセスが長いがために、アジアやアフリカのコロニアリズムを看るときとはべつの理論的な考え方が要ると考えます。
だから革命という考え自体も、わりと自然に根を張っていると思います。
...全文を表示 ('08/04/27 04:41:10)コントラ :
遅くなりましたが、ポチさんのコメントに対していちおう返信を入れておきます。
歴史は編纂されてきたか、ということについて。
もちろん、と答えます。歴史が実体として、「過去」という言葉が思い起こすような感覚で、誰にも共通のものとしてそこにあるという立場か、歴史はいつも現在という曖昧な時制のなかで構成、再構成される、という立場なら、間違いなく後者をとりますよ。でもそれは2者択一だからだとも言えます。要は、この後者の立場はもう常套になってしまっていて、そう発言したところでとくに目新しさはない気がするし、この発言が、この21世紀の日本という歴史的文脈でどういう意味を持つのかを、まず注視する必要がある気がするのですよ。端的にいえば、歴史は編纂される、という前に、まず自分達が「編纂」していく覚悟があるのか、その方が大事じゃないかなと、僕は思います。つまり編纂「される」という言い方は、どうも、ただの責任転嫁というか、他人任せ的な、戦後、冷戦期以降の一時的な平和の悪弊が見事に顔を出している「日本的ありかた」の表出である気がします。ちょっと馬鹿馬鹿しく響くけれども、真剣な話、僕らが一人一人が歴史を編纂していくことができるのだし、しなきゃいけないとまで言わないけれど、その過程はもっと本来、こういう思想系の場に集うひとびとがやっていく仕事だと、僕は思いますね。それが放棄されてしまっている。
...全文を表示 ('08/06/04 05:38:52)ポチ :
ひさしぶりにみたらレスがあったので、私は今現在ネットからの活動から身を引いて、詩誌への作品投稿のために作品を書き溜めていたり、また、読書と仕事に多くの時間をついやしているので、頻繁なやり取りができるときもあれば、突然、途絶えたりするかもしれませんが、例えば、個人で編纂する―僕は非常にこの言葉がどういう意味を持ち、何を開いていくのかよくわかりません―という言葉は私には響かないのですね。古事記は、国家権力によって編纂されてきたものだし、編纂と権力の問題は常に呪いの様に結びついているのですが、また、思想系の人々は仕事を決して放棄しているわけではないし、多くの日本のアカデミックな領域ないで批判的に読み直していく作業はされていますよ。
ところが、ネット上ではプチナショナリムとかナショナリズムと結合した「歴史」や編纂、編集というのは、人為的な意図が常に介入するものですから、イデオロギーや先だって意図があったうえで形付けられていったりもします。
...全文を表示 ('08/06/05 23:51:47)コントラ :
歴史学において、構成主義的立場をとるのはいいとしても、それら構成、再構成があたかもオートマティックになされる、というような発想ではダメだ、と言っているわけです。それにはもちろん権力がからむだろうけれど、それを相対化する努力は先鋭的な意識をもった個人個人によってなされることが可能でしょうし、なされるべきでしょう。いまは奈良時代ではありません。
たとえば、大江健三郎だとか吉本隆明とかがやっているのは、どうしょもなくワンパターンな「権力」の批判であり、それはたんに「歴史を編纂すること」自体の放棄にほかならない、という気がする。まあ、僕はそれほど日本の学者達によってどんな研究がなされているかはそれほどよく知っているわけではありませんが、日本の学術界で数年過ごした僕としては、あの世界の閉鎖性がよくわかるし、あの世界で認められてきた人物で、ほんとに面白い研究なんてなされるわけがない、という漠然とした諦めがあります。(一部の社会学や思想系の仕事には、おどろくべき知的レベルの高さを感じさせますが、まあ、ある一線は超えていません)
...全文を表示 ('08/06/06 23:13:20)ポチ :
啓蒙主義者はもう登場しなくていいんじゃないでしょうか。アドルノが見たような世界を私はもう一度見たいとは思わない。啓蒙は、学者を志すものの倫理として必要でしょうけど、個人個人を感化する以前に、私たちの生活は非常に厳しいわけですね。私も今、バイトを二つ掛け持ちしていますが、社会保障もないし、小麦や石油の高騰で大変です。多くの人は、そういう生活の中で、先鋭的な個人になることなどは無いし、自分の生活で手一杯です。奈良時代よりも悲惨でしょう現代は(笑)。
...全文を表示 ('08/06/07 00:04:55)コントラ :
真の啓蒙主義者など、日本の歴史に登場したことがあったでしょうか?アドルノにしても、僕らは書物を通して出会うにすぎません。それは、大いなる錯覚でしょう。とりあえず、本など、読むのをやめてみてはいががでしょうか?この国の文化生活に欠けてきたし、いまも欠けているのは、ユートピア的なビジョンであって、それが、すでに古くなったものだ、という考えは、大きな誤謬だと思いますね。
僕としては、率直に自分の意見を表明する、という原初的な衝動に従っているだけで、それに他人が感化されるかどうかは、あまり関心はありません。ただ小林よしのりのように、わざわざゴーマンかましてよかですか?とは断りをいれないだけの話です。ある意味、日本人は世界でいちばん傲慢なんじゃないか、と思うことがよくありますね。傲慢の反対は、「謙虚」ですが、日本人のそれは、謙虚というより旧弊な社会的な権威や秩序への「遠慮」や「気遣い」であって、ひとたびそのベールが剥がれると、キリストとか仏陀とか、超自然的な何かへの「謙虚」さが欠けていることに起因する、素っ裸のエゴイズムがが露呈してしまうという気がして、眼を覆いたくなります。これは僕自身にしてもそうで、僕の身体自体が、そんな文化の一部であることを思えば、そういう意味では傲慢ですが、ポチさんが言っている意味での傲慢ではない気がします。ポチさんがいう文脈では、むしろ「傲慢」になることこそが必要で、そうして、自分のビジョンを既存の障害と全力で衝突させたのちに姿をあらわす、より奥にある「傲慢さ」と対峙するための、有力なツールとして、手にとっていかねばならないものだと考えています。
...全文を表示 ('08/06/07 03:19:07 *3)コントラ :
レスを消してしまわれたようですが、残念です。またそのうちお話しましょう。 ('08/06/10 04:03:10)田中宏輔 :
J・G・バラード的な、からっとした文体で
サイバー・パンク的な描写を読ませていただいたように思いました。
...全文を表示 ('10/01/13 19:20:42)ダーザイン :
読み返す気力は無いが、ここのコントラさんとポチのやり取りは凄いな。これぞ文学極道だ。ポチのいかいかの人が消えたのは実に惜しい。>田中さん
バラード読んでいるんですか、嬉しいっすよ。大好きな作家です。近作はダメだが、80年の無限会社まではほとんど全部大傑作ばかりだった。彼は詩人として読んでも凄いと思いませんか? 「残虐行為展覧会」や「バーミリオンサンズ」は現代詩の最高峰なんじゃないだろうか。バーミリオンサンズと太刀打ちできる美文を書く人はジュリアン・グラックただ一人しかいないと思う(望月遊馬さんがジュリアン・グラック級のもの凄い美しい詩を書いたことがあるが)。私の筆力では到底届かない人たちだが、理想は高く抱き続け、いつか彼らと肩を並べられるような文章を書けたらいいなと思います。
# ところで話は変わりますが、リラックス方、効果があったともこと。
...全文を表示 ('10/01/14 18:38:25)田中宏輔 :
バラードは、とても好きな作家です。
『ヴァーミリオン・サンズ』は、もっとも好きな短篇集です。
...全文を表示 ('10/01/14 23:01:55 *2)シロ :
狂人・・・というのは、ちょっと引きましたが、都会的退廃感みたいなものをがっつり受け取ることができました。
都会に住んでいればこんな詩も書けただろうに。・・と。
才能が有ればの話ですが。
やっぱり詩集を出す方々の作品は違いますね。 ('16/04/11 18:24:25)
∧ ∨ 9 : わたしの終わりのわたしの いとう '05/12/15 00:06:58 [Mail] [URL]
それでも朝は来るので
わたしはまた生まれてしまう
約束されていないことなので
途方に暮れている
わたしは手を持たないので
仕方なく
眺めている
ふりをしてみる
鳥の不思議な動きを少し
まねてみたりする
小さな声が
ときおり通り過ぎる
けれども掴めないので
それはないに等しい
空を見上げると
いつも曇っていて
声は
すり抜けながら
どこか見えない場所へ
消えていくようだ
夕暮れが近づくと
硬質な空気が流れ込んでくる
わたしは少し警戒するが
すぐに気づいてしまう
約束されていない
その
意味のないことに
うつむいて
目を閉じると
途方に暮れながら
夜がやってくる
生きているよと
口ずさんでみるが
呪いしか
生まれない
それもまた
意味のないこと
泣こうと思うが
泣き方を知らない
夜なので
もう誰もいない
>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20051215_081_9p
いとう :
投稿してみましたが、あまり自信ありません。
ばしばし罵倒していただければ。 ('05/12/15 00:08:45)理来 :
初めまして、返信します。
特に問題はないですが、、、、。
最後の連の夜は、前連の夜よりもさらに深くした方がいいと思いました。
深夜とか。
あとは、どうして語り手は手を持っていないのか、指摘ではないのですが、疑問に思いました。 ('05/12/16 20:33:42)いとう :
どもども。ありがとうございます。
時間軸としては離れていないつもりなので、
(泣こうとした理由が前連にあるので)
深くするのはちょっとアレなんですが、
...全文を表示 ('05/12/17 00:49:01)理来 :
手の部分は指摘ではないと言いましたね。
そのわけはですね、この「何故手がないのか?」という疑問部分に好ましい印象を感じたからです。
何故手がないのか、何故?何故?
読者は考えてしまいます。
そして、この不思議な部分がこの詩を見事に映えさせています。
...全文を表示 ('05/12/17 22:12:52)コントラ :
こんにちは
いとうさんの詩はまだ2篇しか読んでいないのですが、やはり遊離感覚みたいなものがありますね。世界や肉体の実体性を拒否していく、どちらかというとコンセプチュアルで、そこになにか大きな喪失感の跡が見えそうで見えない、つまり(必然性に迫られてというより)作者は確信犯的に自らそういう立場にたとうとしているように見える。この遊離感覚は、時間感覚の喪失も含んでいて、時間がないということは絶望もありえないし、希望もない。
狙った詩なら標的は撃ち落していると思います。ただ、そこで使われてるのは小型のピストルかな、高射砲やなんかでこんなテーマを大胆に狙ってほしい、そう思います。 ('05/12/22 17:15:05)みつとみ :
夜に、読む。
タイトル:「わたしの終わりのわたしの」
「わたしの」が「終わりの」の前後、2つ付けられている。この狙いは何か。たとえば頭のなかで、あるいはつぶやくヒトリゴトのよう。同じ言葉、事柄ばかりを繰り返しているよう。堂々巡りのようなもの。「私」は公的な感じがするのに対し「わたし」は内省的あるいはナイーブな感じがする。同じ事柄でも、平仮名は当然、やわらかい感じ。
「終わり」は死のようなもの。たぶん、タイトルから察するに、「わたし」が2回繰り返されるので、「終わり」も繰り返される可能性がある。決定的な死というよりは、小さな毎日繰り返される死のようなもの。
...全文を表示 ('06/01/22 21:56:38 *1)もんたろう :
はじめまして。
はじめてここへきて、はじめて投稿します。
始まりから最後まで、何だか寂しい感じのする詩でした。
私はこんな詩が好きです。 ('06/03/28 17:01:51)葵 :
この詩は血のにおいがします。
わたしたちは、みんな、
何度もうみおとされて
夜をむかえるまえに泣けと
いわれているような日々をおくっているというか
...全文を表示 ('06/04/13 16:46:36)シロ :
最近、順番関係なくランダムに読ませていただいております。
適当ですみません。
何がこの作品でよかったかと言いますと、説得力のある表し方をされているな・・と。
読者に何かを渡そうとする魂のようなものが伝わってきます。
ただ、終連は悩みに悩んだという痕跡があるのが少し私的には残念でした。
...全文を表示 ('16/04/11 06:25:31)
∧ ∨ 53 : 穴 蛾兆ボルカ '10/01/09 20:19:33 [Mail]
庭の隅で、年若いお母さんが
しゃがみこんで、おもちゃのシャベルで
一心に穴を掘っている
ときどき、自分は何をしているのだろう、と、首をかしげながら
背中に張り付いた子どもが、
暖かい背中越しに
それを見ている
「お母さん、なにしてるの?」と、子どもが訊くと
「穴を掘ってるのよ」と、お母さんは答える
そうして30年が過ぎたのでした
― かつては、そこは穴でした
と、役人は私に言ったのでした
あなたの前の、そのあたりは、かつては一つの穴だったのです。
わかりますか?すでに、穴であることはやめてしまいましたが、
かつては穴だったのです。それは巨大な会議室の真ん中にある
日出現したような穴でしたし、学校の廊下の中央にあいたよう
な穴でもありました。もはや全ては忘れられ、久しく訪ねる人
も無かったのですが、こうしてあなたに見つめられて、穴は静
かに眠るのだと思います。こうしてあなたに触られて、穴はは
じめて眠るのだと思います。
「埋められたのは私でしょうか?それとも、あなたでしょうか?」と、
まだ年若い、むしろ少女のような私のお母さんに
子供の私が遠く叫ぶ
不意に私は、
《私の判断は間違っていたのだろうか》
と、誰かにすがり付いて訊きたい
しかしそこに既に穴はなく、
平らな野原が続いているだけでした
私は一人、野原に立っているのでした
庭の隅で
緑の柄を手のひらばかりの小さな赤い本体につけた、
子供のおもちゃのシャベルで
穴を掘っている私の妻が
待つ家へと帰るために、
私は振り向いて歩き始める
帰ったら、
「埋めるの?それとも掘り出すの?」
と、訊いてみようと思いながら
__________________
「Poem ROSETTA」所収 (初出「詩学」)
>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20100109_559_53p
常悟郎 :
今晩は
蛾兆さん
...全文を表示 ('10/01/10 03:34:23)田中宏輔 :
最初、ロシアの政治犯に対する虐待を思い起こしました。
しかし、すぐに、そのイメージは去り、寓話といいますか
...全文を表示 ('10/01/10 07:00:23)蛾兆ボルカ :
>常悟郎さん
どうもありがとうございます。
今後、月いちぐらいで自信作を出してきますので、煮るなり焼くなり、ぜひよろしくお願いします(v^-゚)
...全文を表示 ('10/01/16 14:04:23)蛾兆ボルカ :
>田中さん
どうもありがとうございます。
他者との生活は、つねに、ホラーの映画や小説の要素を含んでいるような気がします。
この詩に限らず、「登場人物が去ったあとでも、ある物語りを忘れたくない」、という思いは、ホラーとどっかで繋がるのかもしれません。
...全文を表示 ('10/01/16 14:15:30)田中宏輔 :
ホフマンだったでしょうか。
次作掲載、楽しみにしております。 ('10/01/16 14:18:19)シロ :
考えることが苦手なタイプなので、とりあえず読んでいて楽しいものが私は好きです。
穴という現象をうまく詩情あふれる詩文で覆って見せていると感じました。
読者を拒絶する詩文ではなく、あくまでも間口を広げ、親切な作品だと思います。 ('16/04/09 15:44:02)
∧ ∨ 57 : 永劫回帰 1994 夏 ダーザイン '11/07/04 20:27:17
「永劫回帰 1994 夏」(佳子シリーズ) 武田聡人
1994年6月、僕は早めの夏期休暇を取り、道北の誰も居ない海触崖の上にテントを張って終日ぼんやりと海を見ていた。カモメが一羽、空にピンで留められている。空より暗い海の青は波打ち際で弾け、草原の明るい青は、幾筋もの光の焔を、風に梳かれて明滅させていた。青のグラデーションのほかには何もなくて、崖の上に立つ僕の赤いシャツの裾が風を孕み、はたはたと鳴る。麦藁帽子はとっくに飛ばされてしまっていた。海と空が交じり合うところ、丘陵と海岸草原が地球の丸みで微かに湾曲して北へと伸び広がっている。もし僕が、明色のパラグライダーを持っていたら、断崖のふちに大きく記された「existence!」の踏み切り台から空へと飛び立ち、風に身を任せたことだろう。カモメの飛翔は、やはり空にピンで留められており、
「永遠ってのはこういうことか」と思わせるほど見事に空っぽな風光の中へ。
★
廃園直前の遊園地にある観覧車の中で/佳子にフェラチオをしてもらったことがある。/ほとんど客のいない広大な園地に立つ係員たちは/何か不条理な罰を受けてでもいるかのように突っ立って/まばらに立つ人々の影が/やけに長かった。/空はとても高く/海の青は空よりも深く/やはり/かもめの飛影が/空にピンで留められて/星々の世界に落ちていくことを許されないでいた(そこの食堂で食べたウニ丼は/海辺の町であるにもかかわらず腐りかけていた)。最後の観客たちのために/一所懸命に演技を披露するアザラシの類は/犬のように/やさしくて/悲しい/目をしていた/そんな気がした。//
炎上する/観覧車の映像が/時々フラッシュバックする。/約束の地図にはただ/「なにもない」ということだけが記されていて/その銀の紙をちぎって風に任せれば/やがて/冬が来る。/おーい、氷河期が来るぜ/
園地をあとにして/海岸沿いの道を岬へと進む/橋を渡るたびに/河口を覗き込むと/産卵を終えた鮭の死骸が浮かんでいる。/サーファーたちは/河口の先の/荒れた波の中で/もがいている/氷河が来る前に/氷河が来る前に//
海辺の崖に/赤いものを見つける/
そばによってみると/肉厚多層の葉の上に/鮮やかな/真紅の花が付いていた/
群落/いまだにその花の名前はわからない//
★
丘の上に登って向こう側の浜辺を見下ろすと、波打ち際に打ち上げられた白い流木の上をカモメが輪舞している。カモメは暫し静止し、スライドし、風を孕んで時の進行を形作る。キュアー、キュアーと、なにごとかの救済を求めて。その様子に不穏な気配を感じ、そこに居た五日間、僕は丘の向こうの浜には近づかなかった。
その夜はなかなか寝付けず、何度も懐中電灯で腕時計を照らした。寝返りを打つ度に鉛色の潮騒がにじみ寄る。チタンの装甲をまとった時計には気圧計が付いており、変動の予兆を示していた。頭上を音もなく銀河鉄道が通過する。高架下の安宿である、私のテントはびりびりと震える。酒ビンを抱えて外に出る。僅かに消え残っていた熾きに火を灯して焚き火にあたる。見上げれば、銀河が煌々と渦巻いて、赤方偏移しながら再びビックバンのチャンスを窺っている。白鳥座の巨大な十字架が、海面に伸びた私の影を磔にしていた。
午前2時、女が一人やってくる。ずぶ濡れで、裸足で、濡れた髪が纏わりついて顔は良く見えない。桜色のワンピースが膝上で深く破れ、スリットになっている。星々と海の呼び声の中に白くしなやかな脚が浮かび上がる。焚き火にあたることを勧め、タオルと温めたウィスキーを渡す。
「あなた、ここにテントを張って5日目ね、こんな地の果てみたいなところで何を待っているの?」と女は尋ねた。それには答えず
「あんたこそいったい」と言いかけて言葉を失った。女の身体は天の川の宝飾細工だ。白い肌に銀河が渦巻いている。彼女の瞳はオッズアイ。エメラルドとガーネット。瞳を覗き込むと「預言」が記されている。
砂浜の向こうにテトラポッドに囲まれた護岸壁があり、廃村となった漁港の痕跡が、海のさなかに一本の道を残している。打ち捨てられた浚渫用の重機が錆びたバケットに星の光を集めている。「預言」は、護岸壁の荒れたコンクリートに記された血文字の「永劫回帰」
(第2百武彗星最接近の晩、私は日高山脈を縦走していた。月よりも大きく青白い彗星の中心核から宙を貫く巨大な彗星尾、青い炎の柱が立ち上り、宇宙の熱死説に殉教した者を光の矢が刺し貫いて/その/冷/光は/世/界を/分/割し/再‐接続し/「serial experiments lain」(連続する/接続実験)日高山脈中部、ペテガリ岳へ至る雪庇がせりだした瘠せ尾根は鋭く谷底の闇に落ち込み、内宇宙を探索する宇宙飛行士は青のグラデーションを移動していく。大脳縦裂の底から側脳室へ、クラビウスからティコへ(注1)。ピッケルにセントエルモの火が灯る)。
濡れた前髪を手で分けながら(金色の、藁色の、その感触を、僕は知っていた)、僕の目を見て彼女は言った。
「えいえんってあるとおもう?」
?
「えいえんってどんなものだと思う?」
?
「じゃあ、あなた、ここで何を待っているの?」
え?
「あなたにもじきに解るようになるわ」
桜色の光芒をまとった彼女は立ちあがって焚き火の明るみの中から歩みでて、海岸草原をわけていく小さな人影になる。彼女は艶やかな夜花が咲きほころぶ草原に膝を抱えて座り、星を見上げる。果されることのなかった約束が宙空に色とりどりの星座を灯す。彼女の周りには一面に野花が敷き詰められているが、ナデシコの他、花の名前は解らない。星が、流れる。白く美しい横顔に淋しい笑みが浮かぶ。すると彼女は星々の世界に融け入る。桜色のワンピースは銀河に灯る星座になり、人の望みが断たれるたびに、星が瞬いては流れ落ち、誰もいない海辺に打ち上げられる、ロシア語の記された空きびん、木製の聖母子像。使用済みコンドームを飲み込んで絶命した魚の赤い腹。ベルリンの壁は絶えず崩壊し続け、そして、彼女の瞳から涙がこぼれ落ちると、一斉に星が流れる。赤方偏移しながら桜色の星座が遠ざかるにつれ、海面と銀河に映じる彼女の残像はゆっくりと消えていく。まばらになった星灯りに照らされた波打ち際に、光年の沈黙が残る。
原子炉の炉心を妖しく照らすチェレンコフ光の青の中で、彼女はセーラー服を初めて着たころの少女の姿に変容している。私は彼女を抱いて、さくさくと夜花を踏みしめ、海辺の草原をゆっくりと、果ての果てに在るだろう、放射性廃棄物最終処理場へと向かった。膝上でスカートが風にそよぐ。彼女は小鳥のように瘠せている。彼女の髪がさらさらと私の腕をなで、まだあどけなさが残る、宙を映す大きな瞳。赦すことも、赦されることもできない冬の予感が、その瞳に影を射そうとしていた。夏服からこぼれる細くしなやかな手足は力なく垂れ下がり、宇宙が熱死していく速度で、私が抱える彼女の温もりは徐々に消えていく。再び星が流れる。すると彼女の体から薔薇石英の結晶がこぼれ落ち、私たちの踏み跡には赤い鉱物の焔が灯った。宗谷丘陵は風に吹かれて樹木が育たず、丈低い草原がうねり、有刺鉄線の破れ目から立ち入り禁止空間に入ると、生まれることのできなかった子供たちの笑い声がこだまして、存在しない子供たちの遊戯の輪は爆心地に焼き付いた影のように静止している。ノアの方舟は巨大なコンクリートの棺の中で崩壊し、座礁した草原には野晒しのドラム缶がストーンサークルを成し、遺棄された処理場には子供たちに着せることのできなかった色とりどりの産着が果ての果てへの道標に結わえられてはたはたと翻り、風が通るとドラム缶の風琴は司祭のいない教会のオルガンを奏で、放射線検知器の針は振り切れる。私は彼女を祭壇に祀るだろう。銀河は、宇宙の熱死の方へと遠のいていくのだが、「預言」は、実行されなければならなかった。
*
テントをたたみ、帰り支度を整えた後、丘の上へ登ってみると、カモメの姿はすでに無く、広大な海岸草原には優しい桜色のエゾカワラナデシコが咲き乱れていた。あのオフェーリアの身元が解ったのかどうか、その後のことは知らないが、僕はひそかに彼女を「カワラナデシコ」と命名した。
*
1994年6月5日午前十時頃、初山別町界隈の浜に身長152センチ、一部白骨化した女性の遺体が漂着した。発見者は釣り人。後日、新聞によると、ただそれだけの事実が、翌朝丘の向こうの浜辺で起こったわけだが、その晩のことは、後に狂死することとなる佳子を除いて誰にも話したことはない。
思えば、永遠を廻る僕の旅には最初から業罰の刻印が押されていたのだ。今も、目を閉じると、人の形をした炎が見える。えいえんなんて、なかった。
(注1)月面のクレーター
2010年7月『ポエム・ロゼッタ』掲載作品
>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20110704_633_57p
シロ :
このような作品を読むと、自分の作品がいかに素人がわかる。
特に後半は圧巻。
なぜ、誰もレスをしなかったのだろうか、私は不思議だ。 ('16/04/09 15:34:52)
∧ ∨ 37 : 海を見たことがない女の子のために ケムリ '07/12/31 13:25:23
海を見たことがない女の子は、大抵のところウィンドウ・ショッピングを愛しているし、そうやってよく晴れた四月の午後をやり過ごしたあと、雑貨屋で大した役にも立たない小物を買って帰る生活に満足している。ライトグリーンの水性ペンとか、小さく折りたたむことが出来る切れ味の悪いつめきりとか。そういうわけで、海を見たことがない女の子の机は、いつもそういったものでごちゃごちゃしている。
海を見たことがない女の子は、無言電話がそんなに嫌いじゃない。ねえ、あなたコーヒーと紅茶、どっちが好き?とか、オールド・ファッション・ドーナツにチョコをつけるのは許せる人なの?とか、ひっきりなしに話しかけてみたりする。そういうわけで、ぼくには一日に四回、彼女の家に無言電話をする習慣がある。最近はやっと、オスのパグを一匹手に入れて街を出る算段まで話が進んだところだ。彼女はそういう架空の可能性を真冬のりすみたいにあっちこっちに埋めて、そのまま忘れてしまう。男たちは、その小さな可能性を、小さな懐炉みたいに大事に抱えて、海への道を歩いている。
海を見たことがない女の子には、身寄りは一人もいない。彼女はいつも二ヶ月遅れで家賃を払い、しょちゅう電話料金を払い忘れる。そういうわけで、ぼくは電話が通じなくなると彼女にアパートに出向いて、中身がぎゅうぎゅうに詰まった郵便受けから電話料金の請求書を引っ張り出して払い込みに行く。彼女のアパートの前の桜並木を、ポケットに請求書を突っ込んで歩く時、ぼくはちょっとだけ幸せなきもちになる。多分、春になって冬篭りの巣穴から、子ども達を連れて出て行く母熊はこんな気持ちなんだろうな、とか思ったりもする。
海を見たことがない女の子が住むモスグリーンの外壁のアパート。その前には、道路を覆い隠すような桜並木があって、この季節にはちょっとした眺めになる。そこを歩いていくとペットショップとコーヒー豆屋が並んでいて、ぼくはいつもそこでマンデリンを買い、なんだか難しい名前の猫と遊ぶ。ぼくは眠れない夜、シルバーの毛色の大きな猫の名前を思い出そうとして、布団に入ることにしている。メイン・クーン。このとても綺麗な猫のことを彼女に教えてあげよう、そう思うのは中々幸せな夜のやり過ごし方だ。
もちろん、彼女のことが好きなのは、ぼくがいつまでも海に向かって歩いているからだと思うんだけれど。それを言えば、ぼくたちはいつだって海を目指すしかない街に生まれついた。海への道は、いつも途方もないくらい良く晴れて、男たちは真昼の酒場でビールを何杯か煽って歩き出す。一息で飲み干されたグラスと硬い口ひげには真新しい泡だけが残って。その時、彼女はいつもオレンジ・ジュースとミルクを良く混ぜて、一息で飲み干そうとするんだけれど、いつもちょっとだけグラスに残って悲しい顔をする。だから、ぼくたちはもう振り返らない。
海を見たことがない女の子のために、ぼくたちに出来ることはなにもないっていうことを、認めたところから男たちはいつも歩き出す。彼女は、今夜も電話を待ち続けて、そしてベッドに入って浅く眠るだろう、そう考えるだけで歩ける道のりもあるっていうことを、ぼくたちは許されることが出来るのだろうか。海を見たことのない女の子の眠りはいつも、とても浅い。その柔らかな淀みのなかに、幾つかの可能性が消えていく。パグ犬の甘噛みとか、メイン・クーンのふさふさした銀色の尻尾とか。
海を見たことがない女の子のために出来ることは何もない。
だから、男たちは歩き出す。
>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20071231_388_37p
稲村つぐ :
まず、負荷なく読めていく文章には脱帽。小道具の一つ一つ、それらを詰めていく作業、そして人物の歩かせ方も上手し、十分、楽しめるものです。
ただ、肝心のバッグについての縫製がやわいようです。
「男が海に向かう」ということを、海を見たことがない女の子に、「何かしてあげたい」という動機や、「何も出来ない」という答えに結びつけるには、
5、6連の描写があっても、まだまだ薄いと思います。
...全文を表示 ('08/01/01 15:27:21 *1)ケムリ :
作品の真ん中に空白を置いて(それは、機能しないメタファという意味で)それを描写で「囲い込む」手法に凝っていた時期がありました。
この作品の場合、「海を見たことがない女の子」は完全に空白であって、海―女の子、の間にある意味性、なににすりかえられているのか―なにをすりかえられているのか、つまり「何のことを語っているのか」っていうものを徹底的に空白にしてある。構造的には(いや、中村さんが「空白」として書いたかはわかりませんが)まさに、「rebirth」と同じような気がします。そこを騙し切ってやろうといきまいたわけですが、どうも上手くなかった。
なにがしてあげたい、という動機、何も出来ないということ、それらを象徴する「海」。こういう小綺麗で無意味なものを置いて、その穴を囲いこむように書く。要するに、「何かしてあげたい」という動機や「何も出来ない」ということも実は、内容なんて何もないんです。この作品。書いている本人も何のメタファだかなんて考えていないし、リリカルな語感以上のものではないものを「さもなんか大事なもののように」見せよう、というのが主題です。5連目は、「説明されたような気になるが、実は全然説明されてない」っていう詐欺師レトリックを上手く機能させたかったんですが、ぼくは相変わらず女の子を口説くのが上手くならない。一言で言うと、モテるための詩作なんですが、中々難しいですね。あなた、良く喋るけど中身が空っぽじゃないって言われたような気分です。時々、自分はホントに身詰まりの悪い、夏場のカキみたいな人間だと思うことがある。いや、空っぽなのはいいんですけどね、それがバレちゃどうしようもない。あ、詩の話です。
...全文を表示 ('08/01/01 20:50:28 *6)ひふみ :
私はホント基本的なことしか書かんので、不要だったらすまん、とか先に謝っておきます。
詩と明示ないし暗示されていない場でみかけたら「散文」とは思っても、「(散文)詩」とは、私は思わなかったろう。というのがひとつ。これ説明いります?長くなるし、トライしてエラーしてるとこでもあるから及び腰。それと被るところで、冗長であり、文構造、連単位のリフレインである。連ひとつで一編になりえる。結びの二行と結ぶことができる。並列。最終連以外は並び替えても(読み手としては)何の問題もない。もとい、最終連すらその位置はベストだから、という観点からではなく、一般的な詩の流れとしてはこのような表現は最後が多いからそれに倣った。という印象である。
例えば、特徴的な文体というのは書き手の手癖であり、文学との交渉や言葉による伝達を行う内についた訛りのようなものであるが、この詩の文体を感覚的に評せば甘く、(もしあるとすれば)中庸という軸から少し軟化させた文体である。
...全文を表示 ('08/01/05 09:59:52)ケムリ :
>結びの二行と結ぶことができる。並列。最終連以外は並び替えても(読み手としては)何の問題もない。もとい、最終連すらその位置はベストだから、という観点からではなく、一般的な詩の流れとしてはこのような表現は最後が多いからそれに倣った。という印象である。
実は、連ごとにカットアップしてるんです、この作品。最初はもう少し終始する物語の流れがあったんですけれど、そこから中心になる部分を引っこ抜いて、さらに残ったのをシャッフルしてこの形にしてある。というわけで、見事に読まれきっていてどうしたもんかという感じなんですが。というのも、これは元々短編小説にするために書き始めたストーリーで、そのままストーリーという状態で出すには「詩」の括りは苦しかったし、かといってプロット状のものを作品として提示するのも憚られたので「書き込み」以外の形でなんとか詩として成立させられないか、という苦肉の策だったわけなんですが。
...全文を表示 ('08/01/07 16:44:21)ひふみ :
このレスポンスひとつにどれだけ時間かけたか知ったらきっと驚くんだぜ?
まぁ、そんなのはどうでもいいや。本題。手元の辞書の「詩」の一節「選び抜かれた言葉で表現されたもの」と同様の印象、特徴といったものがあれば「詩」とするってのが「現代詩」だと思ってる。古めの日本文学を主に学んだ人間からすると詩としては甚だ不自然なものも詩になるのが現代詩。ちなみに、ただの分析情報提供ですと断っとくね。間違いを指摘しようとか、心情吐露とか、義侠心とか、そんなのはない。
んで、一般というか世間というか、まぁ、そんな感じなところに溢れてる「詩」は「それなりに選んだ言葉で表現されてるけど特に目を見張るとろこのないもの」が多数派だと私は推測してる。これはそこらの人に「詩を書いて〜」てやってみれば分かるんじゃないかな。辞書的な詩の定義に当てはまるけれど、他人に向けての表現としては精度が低いものが沢山出てくると思うよ。
...全文を表示 ('08/01/11 08:25:05)ケムリ :
>そういった柔軟さが足りないんだ、この作品は。能書きのために根本の部分を上手く使おう。どうせ汚れるなら汚れを利用しなって。
もし、俺がここで作品を書く動機がカネや名誉なら、俺は躊躇い無くそれを駆使するだろうし、作者(=俺)の神格化に物凄い労力を払うと思う。もっと言えば、自分の作品の価値を明らかに貶める『意図の開陳』みたいなことも、絶対にしないでしょうね。例えば、この作品にだって巧く作者信仰に結びつくようなレスを付与して、自己批評の形で価値の向上を図ることだって出来ただろうし、多くの作者がその生い立ちや性格、ある種の構築された神話の一形態、創作物と作者の完全な癒着を起こしているように、それが多分クレバーなやり方なんだろうと思うんですよ。それは、ホントに。
というのも、俺は文章でメシを食いたい人だし、もしなんかで俺の文章が売れたら、俺が「文学極道のケムリ」であることは死ぬ気で隠すと思うんですよね。やっぱ、作者ってのは信仰させて、客を騙し切ってナンボですから。大体、上記のようなレスをつけて、通常の(批評、ではない)賞賛を受けようなんて土台不可能だろうと思います。まぁ、言い方は悪いけど、自分で自分の作品に泥ぶっかけてるわけですよ。まぁ、『評価を受ける』って一点で言えば、物凄く愚かだと思う。大体、日本人の作品評価基準なんて所謂「シロウト」(作者の死を知らないって意味で)の中では完全に固着化してるわけだから、上手に「汚れ」を使いこなすのが巧い作家だと思うんですよね、それは俺も。
...全文を表示 ('08/01/15 06:42:10 *7)ダーザイン :
この作品は、ただ一言、圧倒な傑作だと。文句付ける所など何一つないし、解説する必要など全くないし、詩情においても読者が想起するケムリさんのリアルのようなものにおいても、自分の作文法をエクソダスしていく道筋においても、ケムリさんが自己解説したってその解説を超えて迫る強度があるので、正直ケムリさんがレスレスで言っていることの方が解りません。手管だ手管だといきまいても、その手管を作品が超えて行っちゃっているんだから。
ここには一日平均1万10000を超えるアクセスがあって、そこで創造大賞に選ばれた人間が、一私基準に過ぎないといっても無理。選ばれし者には選ばれし者の恍惚と不安(笑い)、歴史の存在論的行運、弁証法上の理由があります。
小説が売れたときにダッシュして隠すのは別段結構です。実際、手帳プロパーの人の俺への嫌悪感は凄いそうなので。で、手帳プロパーの人は小説メディアの選者だったりする場合があるし。
...全文を表示 ('08/01/16 00:28:19 *2)ひふみ :
んーむ、「文学極道」と「文学極道の」を尊重すると書けることに縛りが多い。
流れの調整という点でレスポンスを見直した方がいいかもしれない。意図の開陳が速くて他の人がレスポンスしづらくなってる可能性がある。かくいう私がそうだった。それは「文学極道のケムリ」にとって本意ではないよね、と思うんだ。 ('08/01/18 09:40:40)コントラ :
なかなか良い作品だと思う。後日。 ('08/01/23 02:59:05)園里 :
どうも、こんにちは。
思ったんですが、この場所は通常掲示板に比べて流れが遅いので、本来だったら過去ログに埋もれていっただろう作品でも、掘り起こせますね。やれるとなると掘り起こしてしまいます。
前置きはさておいて、頑張ってみます。どうしても流れを追ってから発言する形になりますが、受ける印象としては、やはり一貫して、いままで発言した方と似たような印象を受けるところがあります。
...全文を表示 ('08/03/19 20:25:53 *1)ひふみ :
うん、何度読んでも筋が通ってる。園理さんのレスポンスの話ね。コントラさんのも、こっちのも、筋が通ってる。ま、自己解釈ができるなら筋も通せるわな。
んじゃ、役者不足ですがやりますか。
この詩に限らず、こういった詩、ないし、文作品という枠で話します。
軽く仮定義すると、「何も言っていないのを何か言っているように思わせる」作品。ある種の読解力が備わっている読み手が相手だと無力な奴ね。私みたいな奴からすると、どうして書いたのか、くらいしか話にならない奴。
...全文を表示 ('08/03/24 17:07:52)園里 :
とりあえず、拾ってもらったことに感謝します。
途中だいぶはしょってから一つ訂正すると、論理性って実はあんまりないと思います、私。
筋もあんまり通っていない。実は。
指摘されたとおり「文体」に限らず、基本的定義が曖昧なんですよね。また、それをそろえることも、環境的に不可能に近いのでは。
...全文を表示 ('08/03/26 18:07:56)ひふみ :
自己省察に入られても困る(笑)。
園理さんの提示を取り入れて主な問題点をあげると、
「意味と意図とで食い違い、ないし過不足が生じている可能性がある」
辺りで良いと思うのだよね。その原因や解決策を幾通りか挙げられるとしてね。
...全文を表示 ('08/03/29 10:13:02)胎 :
文体も中身も村上春樹っぽい
だからこんな女の子、現実にはいないです
世界はもっともっと、汚い女子でいっぱい
男子が作り上げた女子ってこんななのかーと思いました
良い子チャンな作品なので、眠って、起きたら忘れてしまいそうです ('08/09/30 06:53:24)POGE :
ロマンティックあげるよ。
うまいです。 ('09/02/09 12:16:47)常悟郎 :
こんにちは
拝見いたしました
...全文を表示 ('09/10/31 18:03:46)田中宏輔 :
女の子といっても、いちおう自立している女性でしょうか。
「可能性」をめぐる描写に、とりわけ惹かれましたが
...全文を表示 ('10/01/10 07:20:28)キメラ :
久々覗いたが、過去ログ行っちゃってるが、2603 : 光 KiMERAは俺じゃないぞ。
盲目もたいがいにしれな。 ('11/10/24 09:23:55)明日花ちゃん :
おお、初めて覗いた。
書き込んでもいいのかな?
いいや。書いてしまおう。
私はラーメン好きだけれど
...全文を表示 ('14/01/31 13:47:49)文学非道 :
とにかくこちらが赤面したくなるほどひどい雑文です。
一億円かけてもいい。
この雑文の書き手は生来、作家などには金輪際なれないし、
この雑文をほめたダーザインも永久に小説書きなどにはなれない。
きみたちには才能が決定的に欠けている。
...全文を表示 ('14/06/18 07:42:53)lalita :
これじゃ、一人の若者も鼓舞できしんし、一人の女の琴線にも触れれんよ。 ('15/04/02 15:31:29)たま :
いい作品だと思います。
難しくなく軽やかで読みやすい。
ひねってなくストレート。
対象者は若い女の子雑誌。
大人向けではなく若い女性向け。
...全文を表示 ('16/01/03 02:50:49)
∧ ∨ 60 : 幼虫 みつとみ '15/12/27 22:22:32
胸のなかの
炎の蛾がゆらいでいる
息をする胸骨と皮ふとを焦がして
あおざめた顔がふくれ
歪めた顔を凍らせて
あなたは途切れのない暗やみの つらなりに
ひとを 責めつづける
あなたは別のひととなり
むかうひとの胸を激しく叩いている
一本一本 あなたの胸骨をはじけさせ
皮ふをやぶりそこから出てくる
黒い幼虫をもてあそぶ
目のない幼虫は
土を喰いつくそうと
くすぶる地下をはいあがってくる
(ああ この黒い幼虫は
あなたの空洞のなかで同じ時をすごしてきたのだ)
(わたしのひとよ
(わたしの土を喰らうとよい
(それであなたが新たにそだっていくのであれば
灼けた土を 喰いつくしてしまったとき
あなたは一個のひととなる
輪かくさえ見えない
うすぼんやりとした空間のなかで
あなたは子どものように目をさます
(さあ、暁のはじまりだ
(満ちていく月と太陽と 風とにさらされて
(はだかの地上に ふたり翅をひろげ 緑の種を蒔いていくのだ
>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20151227_649_60p
泥棒 :
ある意味
これは
夜の子と同じような印象。
しかし
読後は
...全文を表示 ('15/12/29 16:24:56)みつとみ :
泥棒様
ご感想ありがとうございます。
左右の意味ですが、横書きになっているので、そうなりますね。
実際には縦書きで上下となります。
...全文を表示 ('15/12/29 17:24:27)
∧ ∨ 16 : 彼方の先へ 平川綾真智 '06/09/29 20:09:39 [Mail] [URL]
猫が上げた鳴き声は 月の欠けた光に跳ねて
この今日をまた
揺らし続けた
開けた窓から網戸が濾過し
濃い夜が部屋に満ちて来る。
布団にはみ出る 外へと泳いでいく視線
それは声をぶら下げた、欠いた光にただ滑り
私は顔を枕に埋めて はみ出、泳いだ線を折る。
埋めた枕が突いてくる 寝汗のだしだし染み入る臭気
何も起こらずいた今日へと 、二本
吸い込み尽した煙草の残り香、それは汗の嫌悪と混じり
枕の中に 紛れ込む
明日の姿が脳裏へと
。 ポつり
覆い被さった 。
満ちいく濃さに 吸い尽くした今日、
灯した一本に 、 全て焼き焦げ
吐き上げる二本に 、 捻れた煙
揺れる記憶が奥へと去り行き 、 網戸は益々濾していく。
姿を増して来る明日 。 私は爪を鉤曲がり立て
夜へ焦げ付く煙の奥底 、 去り行く日を掻き 滑らせ 、 喘ぐ。
曲がる爪に灰と散り
濃さへと舞い行く 、 溶け入る全て
布団の上から被さるポつりが
紛れずその身をぶら下げる。
今夜は、
朝の来ない夜で良い
臭気が鈍く 、 鼻を突く。
紛れる嫌悪は喘ぎに殴られ
枕を投げ捨て、起き上がる私
くわえた三本目に、吸い込むものはもう 何も無く
灰を抱える闇の中 灯した火が照らす輪郭
確かに満ちいく明日の姿は 爪の鉤に、寄せられて来る。
私へ全てぶら下がる 染み出る寝汗の嫌悪感 網戸の向うに響く、声
欠けた月の光の先に 鳴き上げる猫が跳ねていく
。
彼方の先へ 吐き上げた煙に
三本目はやがて 、 灰を落とし
押し捻りながら拾った枕 突くものが纏う汗に滑って
脳裏を焦がす 目覚める寂しさ
抱き揺れ 、 私は
濃くなる夜と 。 添い寝 する、
>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20060929_174_16p
平川綾真智 :
結構前に書いたものです。
よろしくお願い致します。 ('06/09/29 23:13:33)相田 九龍 :
独立した印象を受ける。僕には関係がない、と。単独では芸術と呼ぶのは難しいと感じる。
しかし秀逸さを感じる。秀逸っていうのは誰にでも書けるようなものではないと思ったから感じたのだと思う。まず、僕にはこの詩は書けない。
いくつかの別の詩(夜について描かれた詩、或いは時間軸で繋がる詩)と繋がると価値が出てくると思う。
なぜか
...全文を表示 ('06/10/04 21:51:18)平川綾真智 :
相田 九龍 さん、
ありがとうございます。
独立した印象を受けるとの言葉が印象的でした。
単独では芸術と呼ぶのは難しいと感じる視点があまり無かったので、繋がる詩との作用は、
...全文を表示 ('06/10/05 21:38:09)Toat :
こんばんは。
読み込めてないですが、気になったところを少し。
視点がブレないのはいいとして、移動もしない。(例えば、苺森さんの「うたかた/通勤風景に」は移動している)移動しないのに、これだけ描写を連ねると、詩を書くために描写を"作っている"みたいな印象を受けました。描写が嘘っぽく見えて、引き込む力が弱いと感じます。少なくとも、僕は。
それと、連末の音数が気になりました。1連目、七七。2連目、七五。4連目、七五。読んでいて強過ぎるというか。効果的というより、あざとい、あるいは(少し)古い、と感じて、悪い意味で浮いていると思いました。
描写は独創的で、練りこんでいるのだろうな、と感じさせるものでした。 ('06/10/08 02:43:54 *1)平川綾真智 :
Toatさんありがとうございます。
うーん。
描写は練り込むというよりもそのまま書いていたので
嘘っぽいとの視点が新しく作品を見直せました。
...全文を表示 ('06/10/08 10:33:09)コントラ :
お待たせしました。
いい意味で、とらえどころのない作品という気がしました。苦しみだとか、喜びだとか、なんらかの意志だとか、そういうものをダイレクトに持ち込むのではなくて、すべて感覚器官が感じ取るようなレベルに還元されていて、読み手としては、ただ、そんな「感じ」を追体験すると、いったところでしょうか?
湿度の高い夏の夜は、往々にしてこんな感じだったのかな、と思います。その当時はいろいろ考えていても、何年か、何十年か過ぎて、残っていくのは、この作品に描かれている「感じ」なのかもな、と思います。
...全文を表示 ('06/11/08 11:52:10)平川綾真智 :
コントラさん、ありがとうございます。
五感がもしも感じていただけたら嬉しいです。
私は自閉性をこの作品で指摘されたことがあったんですが、とらえどころがない、というのもそういうことかな、と感じました。
多くの視点を身につけながら、好きな作品で五感を刺激していけたらと思っています。
...全文を表示 ('06/11/10 20:38:39)アルフ・O :
こっちも賑わって欲しいと淡い願いを抱きつつレス。何でこれにかってーとこれが一番書きやすかったから。
官能の、と云うと語弊があるかもしれないけど、ひとつの書き方として今後の参考にしようと思った。登場人物は結局一人だけなんだけど、散らばった単語の効果か、プラスアルファ0.5人分の、いや0.4〜0.6人?そんな気配が感じられた。
新鮮味のないコメントで恐縮ですが。
スタッフももう此処は見てないのだろうか。気づいてくれるといいけど。 ('15/11/21 22:16:31 *1)
∧ ∨ 49 : 佳子シリーズより二編 ダーザイン '09/11/18 20:06:39
「えいえん 佳子1997 冬」増補改訂版 武田聡人
「もしもし、もしもし、神様ですか?」
祖父から譲り受けたアンティークの電話機で、佳子は今夜も何者かと会話している。その電話機は飾り物でコードは何処にも挿していない。まあ、神様の声を聞くのに電話線を介さねばならない理由というのも思い浮かばないが、明らかに佳子は崩壊しつつあった。佳子には私の背中にぽっかりと開いた虚無が見えるそうで、毎日神様にその穴を埋めてくれるようにとお願いしてくれているのだった。
始めは些細なことだった。対人緊張の度が増し、雑踏の中に出るのを怖がり部屋から出ることが出来なくなった。外に出ると、佳子の足元に伸びる自身の影は血のように赤いのだと。部屋にこもっていても誰かが佳子を責める声が聞こえることがあるようだった。佳子は誰もいない荒涼とした海辺に立つ電波望遠鏡のパラボラのように、大宇宙の無限と対峙し、私たちを守ろうとしていたのだと思う。海触崖の上にどこまでも連なる藁色の丘また丘。見上げれば、転がり落ちてしまいそうな深く青い空。海岸線に沿い、丘陵の上には白い風力発電機の塔がどこまでも見渡す限り太古の遺跡群のように立ち並んでいる。足元の草叢には地を這い咲き乱れる小浜菊の群落。風に飛ばされた佳子の麦藁帽子を追って丘陵の鋭い切れ目から断崖の下を見下ろすと、めまいを覚える下方で群青の海が岩礁に打ち付け、白い飛沫になって砕け散っている。風の強い岬だ。逆光の中で佳子の髪が黄金に光り、乱れる。ワンピースの裾がひるがえり、細くて白い足の下にはやはり暗く赤い影が伸びている。しっかり掴まえていなければ、烈風の中の桜吹雪のように、佳子は散り散りに海と空の方へ飛ばされてしまう。捨てられた空き瓶の口が風琴になって茫々と鳴る。だが私は、ほんとうは彼女がいるところまで行くことはできなかった。私の影は鉛色だ。たった一人、岬の突端に立つ佳子。空の青みの向こうから、銀河が割れ落ちてこようとしていた。佳子の瞳は、宇宙塵を/受ける/器だ
そして、いよいよ耐えられなくなると、毎日日没時に窓辺から恐怖に慄いた目で夕日を眺め、
「つれてかないで、向こう側へ連れてかれちゃう、淋しいよ、淋しいよ」と泣き喚いた。
佳子によると、夕日の沈むところには大きな海の背中が黒々とうねっているのだという。大海嘯や山脈の褶曲のような巨大なうねり、そして失った麦藁帽子を追えば、星灯りのない空は真っ暗で、丈低い草に足を濡らしながら海岸丘陵を下って海辺に立てば、波打ち際には薔薇石英の砂浜がほの暗く光っている。海面には雨が降り注ぎ、絶えることなく降り注ぎ、空と海の境界は鉛色にけむり、薔薇石英の浜辺には骨のように白い流木が打ちあげられている。その側に、さらに白い人影があるのだと。そして、
「あんたはぜんぜん私を見ていてくれない」と私を責め、終いには、車のキーや靴を隠すなどして私の出社を妨げるようになった。
全ては私のせいだった。ピラミッドを逆さに立てようと試みたかのような僕らの生活、はたしてそれが生活と呼びうるようなものであっただろうか。
或る時私は探偵だった。最初から存在したことのない何者かを追跡するのが専門だった。また或る時私は夜警だった。この世の果ての原爆射爆場跡地の鉛色の塹壕の中で、決して届くことのない何者かからの合図を待つのが勤めだった。全ては虚無が、私の中の虚無が原因なのだ。
神様との電話が始まった頃のとある晩、職場に病院から電話が来た。佳子を保護しているので直ぐ来てくれとのことだった。病院で会った佳子からは全ての表情と言うものが消えていた。何を問い掛けても反応がなかった。電車の中で、
「うるさいわねえ、黙っていられないの!」と叫んだ後、昏倒したのだという話だ。入院することになった佳子を置いてアパートに戻ると、居間の床一面に土が撒かれていた。いやはや今度はアパートまるごと使ってガーデニングかい? 片付ける気力も湧かず、ソファーにごろりと横になる。サイドテーブルを見ると、空になったナデシコの種子の袋が幾つも幾つも几帳面に折り畳まれて、星型の図形を作っていた。
最後の入院から帰ってきたその年の冬、佳子は麻痺したようにぼんやりと窓の外を見ていることが多かった。相変わらず神様との電話は続いていたが、もう夕日を恐れることはなくなっていた。
その日、朝早く目覚めた私は久々に佳子を外に連れ出すことに成功した。テレマークスキーを履いた私たちは、近くの河川敷の疎林をゆっくりゆっくり散歩した。遥かな空の青みから幾筋もの光の帯となって射し込んで来る木漏れ日がとても美しかった。佳子は透けるようにやわらかいソプラノで武満徹のペンタゴナルガーデンの一節を口ずさんだ。青みの向こうから大きな雪の結晶が無数に舞い落ちて、私たちの静かな空間を満たし、一瞬、時が止まったように、無音で降りくる雪が大変な密度のままに静止した。暫しぽかんと口を開けて空を見上げていた私たちは、静止した時間の中で、手を取り合ってお互いの瞳を覗き込んだ。小柄な佳子の瞳には、私と、私の上の空の青が映っている。
久々に身体を動かして上気した顔で息を弾ませながら佳子は言った。
「ねえ、えいえんって、こういうものなのかなあ。」
そうかもしれないね。
「ねえ、えいえんって何? どんなえいえん?」
さあ、どんなものだろう、きっとお日様の光のように暖かくて優しいものなのじゃないかな。
「そうかなあ、そうだといいね。」
誰もいない林の中に、雪球を投げて子供のように戯れる佳子の声が木霊した。
その晩、仕事を終えて部屋に帰ると、佳子の姿は灯油のポリタンクと共に消えていた。けたたましいサイレンの音がドップラー効果を実演しながらアパートの前を通り過ぎていく。救急車のサイレンの音を追って河川敷へ走ると、人垣の向こうの雪野原の中に、人の形をした炎が灯っていた。
その後、僕も何度か神様に電話をかけた。
「神様、神様、これもあなたが望まれたことなのですか?」
神が答えるわけがない。
ただ、どこか遠いところで、鉛色の海がどよめく音が、聞こえていた。
佳子の淋しい白い影が、暗い波打ち際に佇んでいるような気がして、
私は、こらえることが、できなかった。
「鳥の唄 2000 冬」増補改訂版 武田聡人
屋上駐車場のフェンスを警備員の目を盗んで乗り越えた。着地地点に塵埃が舞い立ち、足下を見ると黒光りする無数の微小な砂礫がある。これらの塵埃はどうやってこのような高所まで運ばれてくるのだろう。ボイラーの煤煙だろか、或いは夜毎、人知れず宇宙塵が降り積もっているのだろうか。物置の陰に回り、べたりと座り込んで下を見下ろす。時節はずれに激しく降り積もった昨夜の雪が日中の暖気で溶け出し、川のようになった道を車が水跡を引いて通り過ぎていく。
灰色の谷間の中に鮮やかな桜色の帽子がひとつ、流れに逆らうように北上していくのが目に止まった。彼女の触手、白い杖が、人波を二つに分けて巡航していく。一丁先の交差点で彼女は足を滑らせて尻餅をついた。周囲の人々に助け起こされ杖を握らされると、頭を垂れて礼をした彼女は再び北へと歩き始める。小さな桜色の帽子の人影はすぐに人ごみの中にまぎれて見えなくなった。
どこから来てどこへ行くのだ、君は。
ふと思い立ち、巨大な飛び込み台の縁に立ち両手を広げてはたはたと飛ぶ鳥の真似をしてみる。風がコートの裾を旗のようにひるがえす。何を馬鹿な真似をしているのだと思うと、久々に乾いた笑いが唇に浮かんだ。失業者ではあるが、死ぬには良き日だなどと思ってここまで上がって来たわけではない。下で見上げた空の青が、今日は妙に優しげな色をしていたので、あの空の下で一服しようとここまで来たのだ。
開けた所まで来て良く見ると、空の青みの前にうっすらと白いガスの層があるのがわかる。昼過ぎだというのに、丈低く登るこの時季の陽光は弱く、ガス越しでは直視しても目を痛めることは無い。太陽の周りには虹色の光の輪が出来ていた。いくつもの小さな雲の切片がちぎれては流れていった。
このあたり市心一帯にはほぼ同じような高さのビルが林立しており、それらのビルの屋上には一様に巨大な広告塔が設置されている。街路を行く者には、それら頭上の宣伝文が目にとまることなどまず無いのだが、まさか酔狂な屋上の散歩者のためにのみ設置されたわけではあるまい。それにしても奇妙な眺めではある。どちらを向いても見渡す限り電飾に縁取られた巨大な商標が折り重なるようにして連なっている様は、何か形而上的な感興をもたらす。鳥たちにのみ解読されうる識域下のメッセイジ?
或いは単にカラスの巣か。
そこだけ一段低い北隣のビルを見下ろすと、屋上にペンキの剥げかけた緑色のベンチがあり、初老の男がぼんやりと座り込んでやはり空を見ている。彼はこちらには気付いていない。くたびれた背広の肩に小鳥が一羽舞い降りる。
プーティーウイッツ、小鳥が鳴く。
呆けたように放心の態の彼は、気付いているのかいないのか、一向に気にする風がない。私は再びビルの縁に座り込み、足を宙空にぶらぶらさせながら彼らの様子を見守った。背中を丸めたその男の横顔は、呟いているのか唄っているのか、或いはたぶん呟くように歌っていたのだ。どんな歌が唄われていたのか私には聞き取ることが出来なかったが、あまねく引かれ者の小唄には、遥かな空の青みの向こう側の何者かに捧げられた旋律、えいえんが宿っていたはずだ。都市の喧騒の中に一瞬訪れた静寂の中に、私は確かにバッハを聞いたような気がした。
その時だ、彼の肩の上の小鳥が飛び立ったのは。周囲の喧騒を越えてひときわ高く通る透き通った声で唄いながら、鳥はどこまでも高く、高く飛翔する。時折風に吹かれて流されながら、何処までも、何処までも。もはや判別し難い天上の染みのようになったそれが、青空の彼方に消えていくのを見送りながら思った。
だいじょうぶなのかおまえ。
何処から来て何処へ行くのだ、おまえはと。
小鳥を見送り視線を戻すと、ビルの縁、巨大な飛び込み台の上に両手を広げて立つ彼の姿があった。目が合った瞬間彼はかすかに微笑み、そして飛んだ。あまり美しい飛翔ではなかった。重力には逆らえない。しかし彼にとってはスワンダイブで。
水溜りに映じる青空の中に、赤い/花/
私は/私たちは/墜落し/落下し/下放され/放擲され(投身軌道は地軸に対して垂直ではない)/高層ビルから/或いは列車に/投身し(地下鉄構内に到着する投擲列車の鋭い金属音が地下駅構内に反響する)/粉砕し/轢断された断片は/連続する接続実験に連なることを許されず//私は/私たちは/シューマン係数(注1)と/共鳴/しない/
送電線がうなる音が聞こえる/断線した電線が鞭のようにしなり/血が滴っている。ビルの陰にはいつも血溜りがある/電線を伝わって/血しずくが流れていく。白い杖の少女が戻ってくる/ぬるりとした死の肌触りが彼女の顔をなでる/彼女は上を見上げる/見えない目で/見えない目で/俺と目が合う/視線が絡む/見えない視線が//
小柄なやせた少女/艶やかな黒髪/白い肌/エメラルドの瞳(地球の固有振動(注2)とシンクロするソプラノを秘め)
私は小鳥だと彼女に告げる/見えない目配せで告げる/彼女は瞬時に理解する/理解する/彼女は//
雪原の果て/存在しない女の形をした巨大な塔が/音もなく炎上している//
鳥の飛影は高々と舞い/私たちの姿もビル群も小さな点になり/成層圏の遥か彼方/青黒い空の向こうに銀河が煌めいている。絶対零度の波打ち際に(私たちは、厳冬の石狩湾に寄せる波が凍りついて、波の花、氷の泡が塊りになって、転がっていくのを見たことがある)/打ち寄せる/吹き溜まる/光年の彼方/核融合の青白い光芒。密集する蛍烏賊の群れは光の速度で遠ざかっているのだが/白鳥座の巨大な十字架に/青銀の/赤銀の/小さな星がそっと寄り添って(アルビレオ)(注3)
ビルの陰は赤い/ビルの陰にはいつも血溜りがある/影の中に彼女は消える/消える
(注1)&(注2)「シューマン係数」・「地球の固有振動」
1952年、ドイツの物理学者ヴィンフリート・オットー・シューマンによって発見された。シューマン供振あるいはシューマン共鳴は、地球の地表と電離層の間で極極超長波が反射してその波長が地球の一週分の距離の整数分の一に一致したものを言う。その周波数は7.83Hz(一次)、14.1Hz(二次)、20.3Hz(三次)・・・と多数存在する。常に共振し続けているので常時観測できる。
後に、ミュンヘン大学のコーニングは、人間の脳はとシューマン供振との間に強い関係があることを発見した。脳波のうちα派は7.83Hz(一次)と14.1Hz(二次)との間にあり、β1波は14.1Hz(二次)と20.3Hz(三次)との間にあり、さらにβ2波は20.3Hz(三次)と32.4Hz(五次)との間にある。これらは大変に強い相関関係にあることが明らかであり、人間の脳(或いは他の生物の脳)が古代生物誕生以来シューマン共振から強い影響を受けてきたことを意味する。
(フリー百科事典ウイキペディアより引用)
(注3)「アルビレオ」
夜空に灯る巨大な十字架、白鳥座の星のひとつ。肉眼では一つの星に見えるが実は二重星であり、望遠鏡で見るとメタリックブルーとメタリックレッドの美しい二つの星が寄り添っている様子が見える。だがそれは地球から見ての話であり、実際は光年の彼方で互いに孤独に輝いているのだが。
シューマン係数と脳波の相関関係に関する事実は主にガイア論などのニューエイジ生物学者やきもいカルトの注目を集め、心理学者カール・グスタフ・ユングが提唱した集合的無意識という仮定や、生の哲学者ベルクソンの創造的進化や、神学者テイヤール・ド・シャルダンの妄想まがいの仮定の類までをも物理学・大脳生理学の側面から支援する事実であるとして物議をかもした。
20世紀大世紀末の神話「serial experiments lain」にもシューマン係数は登場し、橘総研の主任技術者・英利政美は次世代プロトコルにシューマン共鳴ファクターを組み込みワイヤード上でのメタファライズ能力を飛躍的に拡大し、もはやデバイスさえ無しで人類を、世界を接合することを試みた。ワイヤード(インターネット空間)はリアルワールドの上位階層であり、ワイヤードが成熟すると人間の脳のニューロンと地球の脳波は共鳴し、人類同士のみならず、地球の意識まで覚醒するという極論まである。地球自身が、予めニユーラルネットワークを秘めているというのである。
# 佳子シリーズは、小説「光の王」と同じく、力のある限り書き続けるであろうライフワークです。
>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20091118_546_49p
田中宏輔 :
最初の詩は、神の声を電話で聞くというモチーフが、ほかの現実的な描写との対比で
ひじょうに効果的だと思いました。
...全文を表示 ('10/01/10 06:52:49 *1)ダーザイン :
田中宏輔さん、>「複数の声の融合」
とりわけ意図して頑張った事柄なので、読み取っていただいて嬉しいです。
劇的な筆致の転換がうまくはまるかどうか前半だけの下原稿に手を入れ始めた時は心配だったのですが、今は満足しています。鳥の唄を手直しすることはないと思います。
「えいえん 佳子1997冬」は、丸山さんに言われたとおり小説にするべきかもしれません。いつか、いつかと、時間が無いのと気力の萎えで取り掛かれないことばかりですが。
...全文を表示 ('10/02/03 21:47:57)凪 :
>「えいえん 佳子1997 冬」
いいですね。
最後、いつも泣きそうになります。
二人の散歩している姿が、はっきりと浮かびます。
...全文を表示 ('10/02/10 22:59:03)石川順一 :
この作品、一般投稿欄で同年4月にも投稿されて居て読み始めはぷっと吹き出して仕舞いましたが、読み進めるとそんな性質ものでは無いと思うようになりました。今は何とも書けませんが、何か指標たりうべき作品として今後読み進めて行く中で何か具体的にコメント出来る日が来る事を願って止みません。 ('10/03/09 00:27:23)ダーザイン :
超遅レス失礼します。>凪さん
スラッシュについては他の作品でも田中さんに言われており、問題あるのかもしれませんが、両作とも、どうしても/でなければ気が済みませんでした。>石川順一さん
凄惨な事柄であっても、神経症的な振る舞いというのは傍目には滑稽であったり、目障りであったりするので、石川さんの初読の印象は特に変ではないでしょう。
...全文を表示 ('11/07/04 20:19:02)
∧ ∨ 55 : はちみつぶた 蛾兆ボルカ '10/03/07 22:26:20 [Mail]
+++
【ようちえんは春休みで、お父さんはずる休みである】
夕日の射す桜の公園を
手をつないで歩きながら
<今夜は何が食べたいですか?>
と、僕は四歳の息子に質問する
<はちみつぶたがたべたいです>
と、息子は答える。
< 豚肉を煮て蜂蜜を、トリーリ、
トリーリって入れた、アレです >
なるほどね、
と、私が言うと、息子は続ける
< 前菜は、花豆のサラダがいいです
花の模様がついた、クレージービーンと水菜を
リンゴ酢と岩塩で和えたやつです
ご飯は炊き立てのものを
冷ましてください
デザートは
摘みたてのブルーベリーを乗せた
ホットケーキがいいと思います
全部食べたあと、
ロウソクが残っていたら
絵本を読んで下さい >
「それが私の幸福です」
って意味の事を
カタコトで
なるほどね。
と、私は言う
突然、友達を見つけて、
息子は駆け出していき、
私は私の孤独の中に残される
桜の降りそそぐ公園で
噴水の周りを
両手を突き上げて
子供たちが駆け回っている
桜の花をつかもうとして
そして私は見たのだった
はちみつでできた
透明のぶたを
子供たちが
歓声を上げながら
追いかけていくのを
______________
初出;Poem ROSETTA
>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20100307_606_55p
石川順一 :
こんなこましゃくれた四歳児って居るのかと思いました。と思ったら「と言う意味の事をカタコトで」とあり少し拍子抜けしました。そして最後の連で食べられる筈だったはちみつ豚が逃走して居る。ここで軽くきょとんとして仕舞って、失語症を誘発する詩では無いかと思いました。まあ私の読みの無さを失語症のせいにしてはいけませんが、ぜひ自作の解説をやって頂きたく思いました。 ('10/03/09 00:14:34)(TUN)常悟郎 :
今晩は
蛾兆さん
「はちみつぶた」 良質なポエですね ‥ このタイトルはけっして不思議でもギャグでもなくて、ちゃんと料理でもあるのでしょう
わたしは以前TVで見た中東の少年一家が、細々と営む養蜂で(イエメンかどこか忘れましたが‥)こんな花の少ない乾いた砂山にも蜂の巣があるのか‥‥と感動した事があります‥
...全文を表示 ('10/03/09 03:58:38 *2)蛾兆ボルカ :
ご感想ありがとうございます。>石川さん
解説せよとは、何を寝ぼけたことをおっしゃるのか。
解説も何も、作者の意図は、あなたが読んだとおりですよ。
...全文を表示 ('10/03/13 23:12:37)蛾兆ボルカ :
>常悟郎さん
今晩は。どうもありがとうございます。
冒頭空白は、最初の一行を、普通の言葉ではなく、ささやかな意味内容ではあるにも係わらず、宣言として置くためのデモンストレーションです。
...全文を表示 ('10/03/13 23:29:05)坂口香野 :
なんか泣けてきた。なんてきれいなんだ! 透明で光っていてちょっと可笑しい。春先の空気をそのまま食べているような感じがしました。
ずる休みのお父さんと哲学的な息子さんに深い敬意を表します。
ありがとうございました。 ('10/03/14 00:30:17 *1)コントラ :
僕がいま住んでいる国だと、蜂蜜って、わりとディズニー系なんかのかわいい半透明の容器に入ってたりするんですが、はちみつぶたでまず考えたのはこれですかね。それと。喚愉と隠喩の問題。要は、前半は、はちみつと豚の連想があくまで、メトニミーとして、後半では、メタファーとして対照的に配置されている、という構成にかんするご託はどうでもいいとして、 ('10/03/14 13:54:20)コントラ :
これは、僕がそう読みたいだけで、ボルカさんとすれ違っていたらそこは勘弁なのですが、
前半は、あくまで父親の内心にデフォルメされて翻訳された声であると。別のいいかたをすれば。
子供が何かを必死で訴えていても、父親の耳には届かない。大人の心は、高速演算機のように
非論理に耳を傾けず、現実的な解釈しかできないのだと。
...全文を表示 ('10/03/14 14:05:07)蛾兆ボルカ :
>坂口さん
ありがとうございます。
僕もこの作品、気に入ってますので、とても嬉しいです。
子供って、かなり哲学者だと思います。
...全文を表示 ('10/03/15 11:28:03)蛾兆ボルカ :
>コントラさん
どうもありがとうございます。
おっしゃるとおり、前半のセリフは、翻訳を意図しました。
<>内は直訳で、「」内は意訳です。
...全文を表示 ('10/03/15 11:48:17)
∧ ∨ 54 : 個人的発見 蛾兆ボルカ '10/01/30 00:42:09 [Mail]
女の子の靴下とパンティの間には
様々な正の相関関係が認められる。
この法則を、
「チバの第一法則と名づける。」
と言って、チバ君は、ニヤニヤ笑った。
構内の片隅、昼下がりのユニオンカフェで。
例えば、
「キャラクターもののポイントが入っている靴下を
はいている子は、キャラ系のパンティを穿いている
確率が高い。」
のであります、とチバ君は言って、ニヤニヤしながら
アイスコーヒーに口をつける。
ふむふむ。それは君、例えば、
「履いている靴下の長さの二乗は、
そのとき着けているパンティの
サイド丈の長さに比例する。」
といったことだね。
と言って、僕も、ニヤニヤ笑う。
日に焼けた長い脚を ピンクのスニーカーに
突っ込んだ白人の娘が、自転車で通り過ぎる。
靴下の丈は短くて、踝を隠せない。
「ヒモかな?」と僕が言うと、
ヒモだね、とチバ君が言って、
また、ひとしきりニヤニヤ笑う。
けだるい徹夜明け。昼下がりのカフェで。
話しながら、自然僕らの視線は、
女の子たちの足元を追っていた。
あの日チバ君は、
惨めに失敗して撤退する僕に、
慰めの言葉を贈らなかった。
彼のプレゼントはただ一つ、
「第一法則」
そんなわけで、
僕らの横を一組の脚が通り過ぎようとした時、
僕らはつい、
「Ooh!」
と歓声をあげてしまったのさ。
サンダルに突っ込まれた
綺麗な素足。
靴下は、なし!
膝から上を包む
ありふれたスカート
地味なTシャツの上には
当惑した君の顔があった。
そんな風にして僕は
君を
発見した。
1995年、夏の日の個人的発見。
_______________
初出;Ps & Qs (発売中)http://www.yuracom.com/ps/ps.html
>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20100130_584_54p
常悟郎 :
こんにちは
久しぶりに蛾兆節拝読しました
どうやら蛾兆さんは女性に対して可憐さを追い求める‥ロリコン派のようだ
...全文を表示 ('10/01/30 15:11:19 *2)蛾兆ボルカ :
コメントありがとう、常悟郎さん。
僕は、純情可憐な女性と、蓮っ葉・アバズレの両端に萌えますね。
両方の要素をもってると、ベスト。
...全文を表示 ('10/01/30 17:18:59)常悟郎 :
例えば 往年の五月みどり〜阿川佐和子〜ふるッ〜(〇>_<)
僕は漫画家の倉田まりこ?タイプがいい (^皿^)!
ぽちゃ熟 ('10/01/30 17:35:46)蛾兆ボルカ :
五月みどりねぇ。
僕はそういう系では、「愛妻物語」での音羽信子とかが、好きです。
「天国の駅」での小百合とか、「砂の女」でのムーミンとか。
でもそうじゃなくて、僕の好みは、歌手のビョークとかなんですよ!
...全文を表示 ('10/01/31 00:41:10)常悟郎 :
ロシア的美少女だなぁ(笑)
でも美人はやっぱり怖いよ
小百合さんや雅子妃的知的美人ってなかなかいないし‥然し‥近寄れない反面けっこう隠れたエロさがあったりしてね (^m^)
...全文を表示 ('10/01/31 05:15:20)蛾兆ボルカ :
運命やチャンスと、好みのタイプは往々にして違うものですよ。
僕の好みは、美人かどうかとは無関係。
でも、美人だからって差別しない(笑)。
...全文を表示 ('10/01/31 11:48:21)常悟郎 :
例えば老夫婦で手を取り合って山登りをする姿
こんな人生だろうね
幸せなんて
羨ましいや (´ω`)
...全文を表示 ('10/01/31 15:20:48)田中宏輔 :
固有名詞が効果的ですね。
アシモフのロボット三原則を思い出しました。
...全文を表示 ('10/01/31 17:45:33)蛾兆ボルカ :
ポエム三原則
1ポエムは人間を傷つけてはならない。
2ポエムは1に反さないかぎりにおいて、人間の命令に服さなければならない。
...全文を表示 ('10/01/31 18:48:20)蛾兆ボルカ :
>常悟朗さん
「俺はこんなに気軽に幸福でありえないし、俺にはこんなものは詩ではないと思われる」
という感想は、この詩に対してありえる感想だと思います。
もっと強い否定もありえると思います。
...全文を表示 ('10/01/31 20:57:18)田中宏輔 :
第一原則に穴があると思うけれど
というのは、自分がはっとさせられることって
...全文を表示 ('10/01/31 23:50:59)常悟郎 :
田中さん‥
俺的(抒情第一原則)
♪‥ジェフのギター聴きながら ピンクレディ飲んで酔っぱらったスージーは知らず知らずにパンツを脱いでゆく
...全文を表示 ('10/02/01 00:54:53 *1)蛾兆ボルカ :
アシモフによれば、ロボット三原則とは以下なのであります。
*****************************
第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
...全文を表示 ('10/02/01 01:01:28)蛾兆ボルカ :
*ちなみに、チバ君の法則は第3法則まであります。三つの法則は、女の子についての観察事実に基づいて我々の間でアクセプトされており、今のところ反証されていませんが、内容は極秘です。
私もずいぶん試みてはみたのですが、第二法則と第三法則は、詩にはできませんでした。ひどすぎて(笑。 ('10/02/01 01:20:17)蛾兆ボルカ :
すみません。
アシモフの「ロボット工学三原則」に引きずられて、田中さんのコメントを僕が誤読したわけなのです。
あの三原則は抒情に適用したらアカンだろー。みたいな思いがありましたが、田中さんはそんなことはコメントしていませんでしたね。
チバの第一法則は、たしかに僕にとっての抒情の原則のひとつになっているような気が、自分でしています。
...全文を表示 ('10/02/01 01:49:03)ダーザイン :
雑な文章だが正直な内容は良いですね。
女は足ですよ足。
最近の若い子はふくらはぎを隠すハイソックスをはいているが、愚かなことです。
女性の身体部位で最も美しく劣情をそそる法的に見せても良い部分を隠すなど馬鹿げている。
美女のふくらはぎ著しく萌! 劣情をそそる美しい足との運命的な出会い著しく萌え!
...全文を表示 ('10/02/03 22:02:12)蛾兆ボルカ :
>ダーザインさん
コメントどうもありがとうございます。
文章が雑ですか。精進します。
#足はやはり、大事なポイントですよね(笑)。 ('10/02/04 22:53:27)常悟郎 :
蛾兆さん
携帯なので‥
織田(ミドリ)さんに一蹴されちゃいましたが(笑)
...全文を表示 ('10/02/06 16:46:47)蛾兆ボルカ :
ヤバいよ(笑)
ここでそれを語り合うのは明らかに不適切です。
ここはこの作品について語り合うスペース。私の私的スペースではありませんから間違えないで下さい。
必要なら、フォーラムで議論しましょう。
...全文を表示 ('10/02/07 15:46:03)
∧ ∨ 31 : 旅の終わりに ダーザイン '07/09/26 23:00:30 [URL]
夜が更けていきますね
送電線を伝わって
ふらりふらりと麦畑を行けば
ほら
電線が囁いている
星屑をまとった天使たちが
口笛を吹きながら散歩しているんだ
軍用ブルドーザーに破壊されたガザ市街
廃墟の剥き出しの鉄骨と塵埃の向こうに
銀の海が音もなく打ち寄せる星野原
誰もいない星明りの廃園で
狙撃手の眼を盗みながら
ハッカ煙草を一本くゆらせている間にも
夜は
明日の方へと転がっていった
この夜が明けたなら多分
この夜が明けたならきっと
ゆるゆると優しい光の降る金色の草原で
僕らは笑っているのだろうか
季節は巡り
夜風がめっきり冷たくなりました
白鳥座のバス停は
巨大な十字架のように直立し
旅の季節も終わりのようです
かつて小さな街灯の明るみの中で
「かんたんなことよ
スイッチを切るだけ
私はコンピュータだから
寂しくないよ」と
語った少女がおりました
地球から遠く離れて
星空に取り残された 僕の恋人
セロファンの幻灯をそっと灯すと
ピンクのワンピースの少女が現れるのです
東の果ての遠い国から打ち上げられた
小惑星探査衛星のコンピュータのお話
そんなふうに 終える旅もあっていい
灰色の巨大な分離壁へ至る荒れ野に
傾いた満月の影が射す
ダイナマイトを腹にくくりつけた少年が
麻の上着をぼろぼろにしながら
鉄条網を潜り抜け
ほの暗い水晶の森の
微かな明るみの中を進む
ひとつの青い影となって
兵士の立つ関門所の横を
青い猫がこっそりとすり抜ける
彼の恋人は
アメリカが支給したアパッチヘリのミサイルで
真っ赤な石榴のようにはじけたのだ
少年よ
君は生きて
彼女がここにいたことを
憶えていてあげなければいけない
雲の割れ間から
幾筋もの冷たい光が野辺に射す
桜草の花束が
草原のうねりの向こうに
松明のように灯っている
パレスチナの分離壁の中でも
両手をかざす子供達の
炎上する影は長くのびて
ピンクのワンピースの少女の姿が
縄跳びの輪をくぐる子らの中に
見えたような気がして
地平に開いた赤い月のトンネルは
もう会うことのできない
恋人の胸に灯る柘榴石のブローチ
この夜が
明けることがあるのなら
夜よ
更けていけよ
>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20070926_349_31p
稲村つぐ :
>小惑星探査衛星のコンピュータのお話
この挿し込みは良かったと思います。
導入の星空の描写が決まっているから、自然に溶け込んできます。
...全文を表示 ('07/09/30 11:35:18 *1)5or6 :
感想というか、報告を、
先日に妻が地元の図書館に行きましてね、そこでダーザイン氏の「えいえんなんてなかった」の詩集を発見しまして、それでその本を借りてきてくれました。名前のところのHN(ダーザイン)には笑ってしまいましたけど、いや、単純にネットでの自分にこだわりをもっているんだな、と思いましたけど、はい、ビックリしました。こんな田舎の街の図書館に寄贈されてこうして手元にあるとは、ネットから現実に実感となって詩が届くのもいいな、と感じながら初期のこの作品を読みました。
時と共に推敲していくスタイルは自分も共感します。数多くの作品を想像しながら時代と共に変化していく作家の方もいますが、一つの作品に何十年もかけて終わることのない永遠の完成を目指すスタイルの方だなと思いました。こうしてみるとタイトルの意味も深いものがありますね、内容は初期の頃よりも厚みが出て強固な感じがありつつも奥底に流れる思いを止めない、自分はこの推敲した方がいいと思います。
...全文を表示 ('07/10/28 08:45:37)田中宏輔 :
未来のガザ市の風景のように見えました。
最初の連で、ブラッドベリの『電気は歌えよ』を想起しましたが
...全文を表示 ('10/01/13 19:34:22)
- ealis 3.0.10 + BUNGAKU GOKUDOU -