PR
芸術としての詩を発表する場、文学極道です。
初めての方は投稿前に必ず 投稿規程と掲示板の使い方 をお読みください。
作品の投稿は発起人のみ、一般の方は返信による感想・批評での参加となります。
《作品・合評レベル向上のために》
作品の投稿、批評活動を行う場です。作品本題に関する内容を含まない返信は禁止します。発見した場合削除の対象となりますので、予めご了解ください。
∧ ∨ 20 : 美しいミサイル いとう '07/01/05 17:01:38 [Mail] [URL]
輪の裏で
小人の群れを掴み
握り潰す
手の端から
零れる体液を頬に塗ると
始まりと終わりの境界を見ることのない
私たちが
夕日を捕らえ
夜に
引きずり込んでいく
えりくすま、えりくすま、
妊婦は
怯え
その下腹部を潰し
美しいミサイルが
私たちを突き抜けていく
視界の端を
何かとても嫌なものが通り過ぎる
小人はそれを認めず
お互いの手と、手を、
潰れるまで握り合う
えりくすま、えりくすま、
貫かれた私たちの欠片が小人となって
とてもきれい、と囁き合い
夜空で砕かれるすべての私たちを見上げながら
輪の裏で
弔いのための祈りを紡ぐ
えりくすま、
どうかこれ以上
強くなりませんように
弱いまま
生きていられますように
えりくすま、えりくすま、
美しいミサイルの
破片もまた美しい
※
ニュースでは
どこかの、国と呼ばれるものの空
美しいミサイルが
美しく到達し
また別の私たちを貶める
るーまてっく、るーまてっく、
月はなく
空は暗く
夜は黒く
私たちが打ち上げる美しいミサイルは
ブラウン管の向こうにあり
標的は
耳鳴りのする方向に
始まりと終わりの境界の見えない
輪の裏で小人が焼かれ
火葬場は
骨を孕み
るーまてっく、るーまてっく、
たなびく煙が
美しいミサイルを
美しく覆い隠す
目線を落とすと
小人が群れ
踏み潰しながら
祈る
あれは
いつか私たちが打ち上げた
美しいミサイル
睦みあう瞳と、瞳、のように
手の潰れた
小人を焼き尽くす
るーまてっく、るーまてっく、
私たちが打ち上げる美しいミサイルが
ブラウン管の向こうに到達し
また別の私たちの
小人が生まれる
※
潰す者は幸いなり
潰す者は幸いなり
輪の裏で
貫かれた私たちの欠片が
下腹部に到達して
涙なく泣く日々が続いていました。その姿は
笑っているように見えたのかもしれませんが、
私以外の物は皆、私を見ることはないため、
その姿を見るのは私自身だけだったのだと思
います。空から何か、灰のようなものが降り
始めると、その度に私は全身を何か無数の針
のようなものに貫かれる感覚に襲われます。
そしてその直後、その無数の穴という穴から
まるで心太のように私は押し出され、地面に
落ちる前に発火し、消えていくのです。無数
の激しい痛みによって私は輪郭のみ残され、
発火し、消えていった私以外の私も、そのよ
うに、潰されていくのです。
めれっせん、めれっせん、
美しいミサイルが
私たちの輪郭を作り
妊婦は怯え
その下腹部を潰す
輪の裏では
誰もが落下しているので
落下していることに
誰も気づかない
潰す者は幸いなり
潰す者は幸いなり
めれっせん、めれっせん、
あれは
いつか私たちが打ち上げた
あの美しいミサイル
ただ、在りますように
...全文を表示
>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20070105_206_20p
平川綾真智 :
拝読させていただきました。
こんにちは。
現実世界の存在する事象をほんの少しずらして書き綴ることで、読み手の輪郭が鋭利ではない心境を突く、
そんな作品だと感じました。
...全文を表示 ('07/01/31 12:01:44)草野大悟る :
管覧
言葉遊びの世界 ('07/02/03 23:45:12)茉莉 :
ひとことでいうのなら、弱いまま、長所を認め、短所やずるさを時に逃し時に話あい、弱さをわかちあって、そのままあるがままで、みんなが在れますように、という祈りの詩であると思いました。
一連目。
...全文を表示 ('07/02/09 17:04:40)POGE :
なんてのかね、薄っぺらいですね。
そういう意味ではきわめて現代的でうまい作品なんじゃないでしょうか。 ('09/02/09 12:23:42)常悟郎 :
一言
美しい流れを持っている文には 最初の数行を詠んだだけでわかりますね
それだけで凛とした美しさを感じましたが …ごめんなさい最後まで読んでないうちに目に止まって……再読してみます ('09/10/17 03:18:14)常悟郎 :
連投で申し訳ないです
その異常な程に心地よく響きわたる
「えりくすま〜 るぅまてっく〜 めれっせん〜 」が非常に気になって夜も眠れません 造語でしょうか?なにか隠れた意味(専門用語)があるのなら 是非教えて頂きたいのですが… ('09/10/18 08:40:50)田中宏輔 :
呪文のような祈祷
祈祷のような呪文の行わけ部分と
...全文を表示 ('10/01/10 08:02:09)
∧ ∨ 30 : ツワ蕗ん剥い 平川綾真智 '07/09/01 23:25:44 *1
はなびえをかかえる林野の葉葉が合間へと霞む空を散らせる
烏の蹴止まりへ、軋み鳴る先 舐め上げられた雲は広い
今日にもたれる藁葺きの下 天井の磔へと雨後は巻き付き
埋んだ屑火が肌を近くする
背に折り、摘み取る匂いを、水場で
満たし、張られた、汲み置きの皿、
薄皮を剥く
指先を汚す
(こら出たばっかで幾こでも食えっがサ歩け
よぃはら旨ぇどウんめぃどヒッ驚がっぞい)
烏は枝葉の擦れに浅い
引き戸が開く
ツワ蕗を足す
黒さを増した指先へ、と
薄皮が途切れる
まる爪を立てる
墨の中に、くべ火は寄って新木の粗い、切口が割れる
烏は烏で眠気が濃い 私は私で黒ずみを濃く、
蕗を剥き終える
指先を剥き出す
すぐに家守がなくなる隅へと祖父が撫でるいぶした香りは
伸びて逆立つ温さを塗りつけ しなり、弾み、肉から消し剥き、
薄皮を落とす
汚れを無くす
(伸びちゃィ苦げどがはよハら切んやいヨぉ
アりゃ小んけば甘もかで此りイゃ良かどガ)
みきをすい込む露は落ち着きふくんだ輪郭は歪むまま照る
指に、黒さが溜まり続ける 烏が鳴き声を、枯らし終えて
親と、人差し、中、小指、もう剥き終えた、薬指、は
無くした皮膚の体表に、赤みを一束、張り動かせる
家守が引き戸を閉めていく
乳濁していく泡が吹き出す
剥き終えた蕗は緑に鋭い 剥き下ろす指は朱黒く鈍い
皮は捨てる、水場が、陰る、
剥き終わり、ほぐし、
晒す、神経、を放し、ていく
皮が、水場を汚し、て、いく
>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20070901_340_30p
稲村つぐ :
薄皮、指。方言が聞こえてくる回想。
タイミングも、線の強弱も、絶妙で、モチーフの重さが、読み手の中で変化していく。
申し訳ないけれど、推敲の手助けは、私には難しいですね。良い作品です。
ただ、名優である烏に比べて、家守のちょろっとした存在感は、それはそれで良い配役ですが、いま一つ中途半端で作品に馴染めていないような気がします。
...全文を表示 ('07/09/02 10:57:19)はらだまさる :
こんにちは。
前作の『可触信号機』はいちじょうさんもおっしゃってましたが、最初の三行で萎えました。そんな綾真智ちゃんに下手と謂われてちょっと驚いていますが笑。
これもまずタイトルからして内容が期待出来ない現代詩臭(死臭?)と田舎独特の良さを殺すような閉鎖的な感じがぷん、と匂ってきて読みたくなくなりますが、がんばって読んでみました。で、やっぱり詩人になりたい人が描くような、まるで詩人にだけ読んでもらいたいような「わたしのセンスどうですか?」「わたしの技術どうですか?」という声が聴こえてきそうな、どうしようもなく狭い世界で目一杯背伸びしてみたような痛々しさを感じます。断絶したものを必死で繋ぎとめようとするような、その切なさが滲んでいるようで、ちょっと読むのが辛くなるなぁ。その切なるものは、一応ちゃんと伝わっているんですが。
...全文を表示 ('07/09/11 17:21:38 *4)つーか :
つーかさーあんた人にえらそに批評しといてこのブザマな死にっぷりなに?詩もそーだけどさー、ちゃんと向き合えてねーよな。もーここ飽きてきたんじゃね。そんくらい詩もあんたもブサイクだよね。 ('07/09/19 19:25:57)後藤 脇片 :
こんにちは。宜しくお願い致します。正直、よくわかりません。筆者とおなじ経験をしたわけでなし、筆者の人柄を知っているわけでなし、方言も知らないんです。それは僕の勉強不足なのだろうけど、この書き物における「中核」や「ゆずれないもの」ってなんなのか解説をお願い致します。 ('07/09/25 18:52:27 *1)ニャンコ先生 :
初めまして。
このネット詩の批評サイトの中核に位置されている方の詩を拝読致しましたが、正直、読みにくいです。他人の言葉を読むのは長けているのに、ご自身の言葉を詠むことは馴れてない人ですね、
とすぐに解りました。
...全文を表示 ('07/10/12 10:03:38)YUI :
こんにちは。平川さんの詩は実は何回も読まさせていただいています。
難解な詩ですが、私は好きです。
平川さんが「読みやすい」「わかりやすい」詩を書いてしまったら、正直もったいないと思うのです。
平川さんには、こういう前衛的で、難しい詩を書いていてもらいたい。
作曲家のバッハだってラヴェルだって、その作品がすばらしいと認められたのは生きているときではなく、後世になってからです。
...全文を表示 ('08/02/19 19:43:41)sora :
投稿版のほうでは書き込ませていただきましたが、こちらでははじめてです。はじめまして。
わたしもニャンコ先生の意見に賛同しますね。
確かに、YUIさんのおっしゃるようにその時代に認められず、後に認められる作品も多いのは確かです。
しかし、まず第一に文学極道というサイトの趣旨は、読者側の求める、もしくは共感できる詩を書こうというもののはずです。ところが、この詩はまずそこに重点がおかれているとは思えない。
...全文を表示 ('08/02/21 00:17:52)Kasumoerer :
>>>作曲家のバッハだってラヴェルだって、その作品がすばらしいと認められたのは生きているときではなく、後世になってからです。>>>
少々は間違っている。
バッハはすでにアシを抱えた体制でブランド化しており、多数の写譜ボーイすらいたので、生前に認められていなかったわけではない。
ラヴェルはローマ大賞を3度落選したことで、なんと知名度が逆に上がり、トスカニーニにすら「お前の解釈はぼろいなぁ」となんて口まできけた。
...全文を表示 ('08/04/20 23:41:43)POGE :
タイトルにやられました。 ('09/02/09 12:19:47)常悟郎 :
今晩は
深い奥深い萌えのような 作品です
確かに推敲的にも難解ですが…皆さんは情景が浮かんでこないのかしら
...全文を表示 ('09/10/17 03:43:39)常悟郎 :
今晩は 連投ですが
九州訛りだったんですかね(笑) なんかその様な気は致したのですが…(よかと)……がきれいに入っていたならすぐにわかりましたね…
此方では(つわ蕗)とはあまり言わないですからね…
...全文を表示 ('09/10/23 20:27:25)田中宏輔 :
標準語とでも言うのでしょうか、文章的な語彙と
方言ですか? カッコのなかのお言葉のギャップがおもしろかったです。
...全文を表示 ('10/01/10 07:56:52 *1)
∧ ∨ 47 : 七月のノート ダーザイン '09/10/19 20:32:31
ノート2002.7.29
工事車両の下によもぎ色の猫が一匹入りこんだ
知っているかい?
猫はエンジンオイルのこげた匂いなんかが好きなんだ
ときどき思うんだ
トラックの下にもぐりこんだまま
どこか遠いところに行っちゃう猫もいるんじゃないかと
見知らぬ街での新しい生活は
親元をはなれて都会で暮らし始めた少女のように
りんとした心持で迎えられるのかもしれない
空を見上げると太陽にうっすらと羊雲がかかる
すると周囲の青空に
いくすじも いくすじもの光の帯ができる
この光の道標は
私をどこへ呼び招いているのだろうか
ノート2002.7.15
驟雨が通り過ぎると
公園の樹木の枝葉の陰から
2羽のすずめが降りてきた
チチとさえずり
道路端に頭をたれた草の穂をついばむ
アスファルトのゆがみには
水たまり
空をよぎる電線が映っている
私の足もとの
鉄柵ごしの排水口をのぞきこむと
流れ込む雨水
降りそそぐ空の色
いくつもの
いくつもの
光の輪がひろがり
果てしなく膨張しつづける宇宙のように
遠く輝いていた
# 過去作 詩集「えいえんなんてなかった」より
>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20091019_532_47p
常悟郎 :
今晩は
読ませて頂きました
特に後半の詩などは 詩情に溢れていますね
...全文を表示 ('09/10/20 02:52:19)凪葉 :
この作品、詩集の中でも結構好きな方ですね。>工事車両の下によもぎ色の猫が一匹入りこんだ
>知っているかい?
>猫はエンジンオイルのこげた匂いなんかが好きなんだ
...全文を表示 ('09/10/21 20:22:47)ダーザイン :
>常悟郎さん
そうですね、驟雨が通り過ぎるは同語反復ですね。無自覚でした。
こういう短い詩では小さな粗が命取りになるほど目につくことがある。
気をつけます、ありがとう。>凪葉さん
...全文を表示 ('09/10/25 19:52:38)田中宏輔 :
叙景が、まっすぐに、こころに入ってきました。
それは、ダーザインさんの目が的確に対象をごらんになって
...全文を表示 ('10/01/10 07:44:37)
∧ ∨ 15 : 水の都 ダーザイン '06/09/29 10:13:42 [URL]
雨を連れてきた少女が
優しいソプラノで歌い
美しい夢を見た男たちは
花嫁の所在を探し求めて女たちを殴りつけ
少女は如雨露でうす桃色の野花に水をやり
男たちは銃砲店を襲撃し
花園には霧が立ち込めて湿性をおび
男たちはテロリストとなって失踪し
打ち付ける雨は激しさを増し
如雨露から流れ出る清い水も激しさを増し
青い馬がいたという風聞が巷に立ち
少女の桜色のワンピースはびしょ濡れで
大理石の舗石を激しく雨が打ち
男たちはスターリングラードの将兵たちの
くたびれた外套のように
雨に打たれて黙々と行軍し
雲間から光の帯が幾筋も射すと
路上には明色の海の気配が立ち現れて
青い馬は冠水した街路を駈け
水路と舗道の境界は消え
祝祭の気配を感じ取った住民たちは
真紅の旗を振りかざし
幾つもの顔が
パレードの執り行われる水路に沿った
アパートの窓に張り付いて
男たちは懲りることもなく
死の恐怖で鞭打つのだ
死の恐怖で鞭打つのだと女たちを殴りつけ
少女は冠水した街を
青い馬の背に乗ってゆっくりと進み
男たちは山荘に立てこもって総括し
花婿たるべく自己変革が足りないのだと
総括の果てに同志を次々と撲殺し
少女はアベマリアを歌い
男たちは駆けつけた警官隊を銃撃し
少女は銀のソプラノでアベマリアを歌い
警官隊はクレーン車に吊るした大きな鉄球で
山荘を打ち壊し
少女は天使の光輪を戴冠して
粛々と水の都を進み
子供たちが冠水した街路を泳ぎだす頃には
山荘にも海が迫り
地下深く埋められた男たちの葬列は
粛々と進み
水没したサンマルコ広場では
カフェラテを飲む花嫁たちが
夢敗れた男たちを見送ると
波の漂いのままに身を任せ
家々の赤い屋根へと
花びらのように散っていくのだ
やわらかい青空と
家々の舗石を浸す水が照らしあい
光の水路はすべての消え行く者たちを
えいえんの相の下に照らしだし
ゴンドラに立つ桜色のワンピースの少女は
両手を広げ
光の羽を広げ
優しい声の弔いの歌が
水の都に響きわたる
ネオベネチア
海の呼び声が聞こえる街
>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20060929_173_15p
軽谷佑子 :
おはようございます、ダーザインさん。
ラジオで朗読を聴いたときはもっと長かったような気がしましたが、
きっとつかわれていることばのボリュームのせいなんでしょうね、
うまい作品だと思います。
...全文を表示 ('06/09/30 03:28:58)ダーザイン :
>軽谷さん
桜色とかピンクのワンピースの少女は、しつこいくらいに詩にも小説にも出てくる、漏れの作品の核心キャラクターです。何故かと言われても、強迫神経症のようなものだとしか答えようがないが、桜色は漏れの中では希望の色であり、いのちの色であり、悲しく美しい理想の色です。
春に咲く実に愛らしい花、桜草は、別名、雪割り草とも言います。
雪を割って芽吹く、いのち。
...全文を表示 ('06/09/30 21:56:56)相田 九龍 :
男たちが美しい夢を見たからテロリストになった。
勿論壊されるのは少女やその他の美しいもので。
勿論警官が出る。終わる。男で始まり、男で終わる。あ、それが歴史か、と気付かされる。
美しい夢で蜂起した男どもは美しい夢のような弔いによって天に行く。
そのサンドイッチで汚いものは忘れられて行く。誰もがハンバーガーの中のピクルスに気付かない。いや、気付いても忘れてゆく。
...全文を表示 ('06/10/04 21:30:30 *1)平川綾真智 :
拝読させていただきました。
初読の時はこれまでの作品のイメージがあって、それがもつれて上手く読めませんでした。
けれども、それらを無くしたら
現実と思想と希望と絶望が
...全文を表示 ('06/10/08 13:42:32)ダーザイン :
相田 九龍さん、こんにちは。初めまして、だよね。
ベネチアのパンフレットに連合赤軍をか。笑い。
ブラックジョークだろうが、ほとんどシュルレアリスムの技法で、
識域下で進行した作品だが、明瞭な意図は二つあった。
それはわざわざ言うほどのものではないが、ネオベネチアがキッチュなコピーに見えたら俺的には成功だと思う。
...全文を表示 ('06/10/15 21:42:18)ダーザイン :
平川さん、ありがとう。>一連目を行とか文字数とか無視して書いた方がもっとニ連が浮き立つ気がします。
20字制限はかなり苦痛でした。今、読み返してみると、のっけからいただけないし。
...全文を表示 ('06/10/15 21:57:09)ケムリ :
ダーザインさんの作品としては、構成がいただけないように思います。
パーツの一つ一つが、個人的な思いいれのあるものであるのは十分解るのですが、それが読み手には恐らく、ダーザインさんほどの明晰さで結実しない。ガチャガチャしているように思えてしまうんです。ワンピースの少女という要素も、ただそこにある記号、としかぼくは受け取れなかった。勿論、機能はわかります。ダーザインさんのコメントも読みましたし。しかし、それは一つの思考の順路記号としてしか機能していないに思えます。
強烈な要素がもつれあい過ぎて、詩のトータルの形が解らない。一つの世界性にまで高まっていない。「ネオベネチア」という単語は、これだけの要素を収斂させる特異点には届かなかったのではないでしょうか。そんな風に思います。
最後の2連、これはお見事、という他無い程上手に決めているんですが、その前の要素が余りにも大きすぎる。この程度で一つの詩作品になる程度のものじゃないんじゃないか、抑えこめていないんじゃないか、そんな気がします。 ('06/10/20 00:21:58)評 :
わたしにはケムリさんの言うガチャガチャしてる具合がよく感じました。
また、ダーザインさんの言う描写のなさがよく感じました。大体、他の作品では、それがうるさすぎて効果を失っているように思える。
おそらくわたしの感想は面白いほど、皆さんと逆で、だから、たいていは、文学極道で評価されている作品は非常につまらなく感じています。
さて、で、この作品に戻れば、第一連までは面白いです。わたしの読み方では、まったくダーザインさんが描こうとした思考、というか思想的背景は考慮されていないでしょう。ただ、文章とその結ぶイメージとリズム、それだけで言っていますが、はっきり言って、作品としてみるときには、それ以外のバックボーンなどどうでもいいことです。
...全文を表示 ('06/12/08 19:43:31)常悟郎 :
今晩は
この詩からは真理への救済が見えてこないですね… 何故だろう…わかりますか…真実味がないアイロニー(体験)を作者なりに消化しきれていないのでは…
単なるテクスチャとしてなら意図もわかりますが ('09/10/30 00:27:40)田中宏輔 :
4行目から激変しましたが
途中から、イタリアの政治について思い出しました。
...全文を表示 ('10/01/10 07:38:17)
∧ ∨ 44 : THE COLD WAR コントラ '08/08/01 12:21:37 *8
冷戦の冬。草の生えたサイクリングロード。僕は顔を焼かれ、黒い制服に身をかためる。午後の。淡い光を映す、窓。冬枯れの木立に囲まれた路地の、埋め立てられた池がある公園で、野球をした。水溜りにグローブが落ち、長靴の足に囲まれる。ブロック塀に押しつけられる。頭を打った。全身。金属。殴られる。しびれている。僕は遠くにいきたい。遠くへ。とても遠くへ。駄菓子屋に寝そべる少年たちが、夕焼けに染まる空を見上げているあの場所へ。1945年。ブロック塀が続く。苔が生えた路地の。貨物線路の照り返しのように透き通った空。青い。雲が浮いている。
記憶を白紙化された造成地の海。とカマボコ屋根の施設。はげ頭の肌色が指揮棒をふり、ぶん殴る。殴る。頭蓋を殴る。響く。殴られた。立ち尽くす。高潮する。肌。目が水ににじむ。笑っている。反響する。ドーム屋根。体育座り。ただ冷えきった膝のほくろを数えていた。非常口の緑。色の出口の。走って逃げる。記憶が身体のモーションを追いかける。1945年。海。人の海。人々の海。そうして僕は顔を焼かれ、目が見えなくなる。体育館の奥の、横棒で切断する、包帯の巻かれた身体。そこには資料がいくつも整理されている。指でたどる。紛糾する。ぽっかり。浮かん。だ青に白。この国にはもう誰もいない。豚や鶏のように屠殺され、ばらまかれた身体。ただ孤独にある。一人でありたい。みなそう願っている。だから散っていったし、散らされた。力の充隘した拳。振り下ろされる。跳ね上がる。街。空の一筋の光。美しさ。静かな。
男は連れ込んだ。そして遮光カーテンの裏で切断した。臨海地帯を走る各駅停車線の、黒ずんだ庇の向こうの空。海の色に染まっている。ステンレス。I-podを交換する。アパチュアを変えたらコントラストは上がるの?何も知らない彼女は水分を含んだ目で彼の横顔をのぞきこむ。電車は踏み切りを超越(transcend)し、プラットフォームを外角化(externalization)する。スタジアムでは直球150キロの投手が、観客のライトに照らされたグリーンの芝生で仁王立ちになったまま焦げる。そして鋼だけが残る。形はとどめている。僕は塗りたい。さびているのはいやだ。これを。コレを。Koreを、赤や黄色のマグナペイントで塗りたくりたい。着色料で温存したい。そしてつややかな表面をいつも網膜の水分に浮かべて眺めたい。濃度を目いっぱい上げたい。そして囲まれた円のなかで、連れ込んで。自慰する。切断する。目を輝かせる。グラビアページを引き裂く。男。告白。草の生えたサイクリングロードにイル。ココ二イマス。
「最高ですか?僕らは希望を持っている。世界はもっとよくなるし、僕は最高度の喜びを。もっともっと音量をあげて」セットアップする。合唱する。骨をくっつける。食べる。骨はそこらじゅうにある。骨ということ。僕は骨のことを忘れた旧友たちを憎んだ。いまとりだす。隠している。カバンに持っている。とりだす。とりだせ。骨を撃つ。骨で撃ちまくる。骨で乱射する。銀行をスーパーを、印鑑を忘れた郵便局の、保険のセールスレディを、電気店に買い物に来たゲーム好きの痩せたロン毛のパーマの、静かな、携帯のiサインだけが点滅する造成地に住んでいる少年を。撃て。刺せ。刺せ。刺身。刺身になれ。女の体も。男の体も。体も。も。刺身でぐちゃぐちゃに刺せ。刺身。身を刺身に刺され刺しこめ。それから、ぜんぶ郵送しろ。郵送シロ。白い箱に入って帰ってきた骨。骨。遺族。崩れる。崩れ落ちる、打ち下ろされる、水平線のすりきりに焦点を合わせた8月の海。定規で引かれた破線を切る。白い箱は南の埠頭から還流してきたのだとラベルが。黒く焦げている、1945年。光り輝く真空管が6畳の部屋を囲んでいた。雑誌、新聞、カットアップ。スキミングされ、透明なフラスコで蒸留されていく身体。たち。見る。僕は見ているし、見・つづけていた。
喉の夏。外に出たい。いくつもの蝿がたかる腕がベランダに縛り付けられる。
叫んでいる。遮光カーテンの午後は後ろ手に鈍器を隠している。
そうして首都まで旗をたてて行進する。規則正しいリズムで
しがみついていたい。離れたくない。涙をぬぐう。
遅くならないうちにあなたを空から落としたのよ。
母は言う。
大丈夫、あなたならきっとどうするかわかるはず。
(この高校ならまったく問題ありません。このまま行けば受かります)
(お味噌汁、お塩いれすぎちゃったから飲まなくていいわよ)
お母さんがいなくても、母さんがいなくても、いなくても….
手の平を太陽に透かしてみれば、
真っ赤に流れる。流れ。熟れていく。熟れて。
6畳のつややかな畳。たた。み。
ステロイド剤が塗る。死ぬる。だから合成洗剤でこすっても
こんなにつやつやしている。畳、日本の畳。
また目が見えなくなる。そしていくつもの身体が街で汚物を噴射する、
ぶちまける。ことを告白する衝動が街を熱線で押し曲げる。透過された骨。
参考資料。インスティテューション (institution=(英)、施設、設備、強制化、矯正化、kyosei)。金属。歯、切り取られた胃。広島に建てろ。建てて建てて建てまくれ。ヒロシマ、HIROSHIMAの。夏。カマボコ型の建物を建てろ。観察し観察する。R・E・R・F。身体、影響、国際関系。骨の髄まで熱線でインプリントする。そして提出する。分析する。納得させる。電気のこぎりを発動させる。そうして体は標本になる。レントゲン放射線研究所。わたしたちは、平和を、二度と戦争のない世界を、じんるいがみんな仲良く暮らしてい, Jinruiガナカヨククラ・・・Please record your message after the beep・・・居間でご飯茶碗がぶつかる音がする。箸でごはん粒をくっつける。腕。半袖の腕。まくった腕が風鈴と、割烹を着た母と、扇風機がしずかな風を送っていた8月の昼と。カキ氷屋の前で子供を負ぶっていた、ランニングシャツの男の姿と、振り返った老婆の顔にきざまれたしわの。ひとつひとつ。スクリーニングしろ、スキャンしてカット・アップして分析しろ。僕は熱線で雷木のようにいく筋もの分岐となって空に。割れる。ゆっくりと温度をあげる。静謐する。公園の。埋め立てられた池の、熱くなったコンクリートには小さな腕が佇んでいる。
_________________________
2009.12.15 タイトル変更+若干の修正、加筆。
>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20080801_474_44p
R :
カタカナが、効果としてこのぶつ切りの文や時折の命令文の、延長線上にある「おまけ」のように見えてしまう。このようなカタカナはよくある「技術」で、したがってもう技術としてはなかなか機能しない。それはここで選択されている文体・形式がただのポーズであるかのように思わせてしまうのではないか。 ('08/08/02 10:21:40)コントラ :
はじめましてRさん。
細部から突っ込んでこられますね。全体の印象をざっと、言ってくれてからの指摘だとお答えしやすいのですが。なにぶんそれほど散文作品を書いた経験がありませんので、技術的にはつたないと思いますし、ここの投稿者さんの影響は存分に受けております。
ポーズかどうかは難しい問題ですね。あくまで作者の視点から、という限定つきで申しますと、敢えて奇をてらうことはしていないつもりです。汚い表現や、決して滑らかとは言えない言葉遣いも多々ありますが、「散文」に限定されず、文章を書くということの個人的、集合的な意味や可能性に対する、私なりの探求として、いま現在このような「形態」に待避する、いわば途上にあると言えるかもしれません。
...全文を表示 ('08/08/03 01:26:05)稲村つぐ :
>着色料で温存したい。そしてつややかな表面をいつも記憶の水分に浮かべて眺めたい。
挙げたらたくさんあるので割愛しますが、ところどころのイメージの増幅がものすごい。
通して読み難かったのですが、その部分的な増幅が、何とか読みを繋いでくれます。
...全文を表示 ('08/08/03 06:46:34 *3)コントラ :
稲村さん、おはようございます。
いつもこうしてコメントをいただき、レスを返すということを、ひとつのダイアローグとして捉えたとき、どのように話したら建設的な方向にいくかな、と考えるのですが。
義務ということで言えば、ちょっと大きな物言いに聞こえるとは思いますが、僕は自分の「身体」を使って、「社会」や「歴史」的な主題を描いていきたいと、または描くことはできなくても、少なくともその方向にアンテナを向けていきたい、とこのところ考えています。これはずいぶん前に見失われたコネクションだとは思うのですが。その意味では、あくまで個人的な探求で、たとえば面と向かって誰かに問題提起したり歴史の再読をうながしたりすることが、詩人としての「義務」だとか。そうは思ってはいません。それぞれ個人が信じる方向にいけばいいだけですから。
...全文を表示 ('08/08/03 07:55:24 *1)コントラ :
個人的な話で申し訳ないですが、僕は小学校のころから、身の回りの景色に、なんか言いようのない不気味さを感じてきました。これは第一義的に、人が死ぬ、ということに関わっていて。つまり、人類学的な意味での「文化」に関わる、象徴的な意味や儀礼的解釈をすべて引っぺがしたところに生じてくる、まっさらの、ヒト科・生物としての「死」。長くなるので、はぶきますが、この不安は、もちろん僕個人のものだけれでも、同時に日本人としての集合的記憶にどこかでつながっている。そう思っています。
しかしこう弁明したうえで、なお、この作品がつたないものであるということは受け入れるつもりです。
ありがとうございました。 ('08/08/03 08:04:10 *1)稲村つぐ :
誤解を与えてしまったでしょうか、すみません。
私が実験的、といったのは、採用されたガジェットのことで、スタイルのことではありません。
実験的なピリオドとは「義務が時代性として試用されている」というような意味でした。
ご自身を作品に体現されていくご姿勢に期待を大きくします。
...全文を表示 ('08/08/03 10:49:08)りす :
こんにちは、コントラさん。
とてもよく考え抜かれているのに、無謀なまでの自由を感じます。>印鑑を忘れた郵便局の、保険のセールスレディを、
こんなの普通、だれも思いつかないでしょう。でも成功している。名文家のコントラさんが隠し持っていた「踏み外し願望」のようなものを、思い切って露出させた作品だと思います。コントラさんの持ち味である、静謐さと激しさ。かつての作品のそれは、限りない迂回の果てに妖しく浮かび上がる類のものであったと僕は思うのですが、この作品では、その迂回によって形成された空き地を、とことん言葉(文字)で埋めてやろうではないか、という野心を感じます。(その執拗さが、稲村さんをして、義務、と言わせる所以かもしれません)その空き地とは、一般的に私たちが詩にしようとは思わない領域であり、空き地にしておいた方が「詩的」であるような領域です。そこをコントラさんは侵犯する。僕のようなお上品な書き手にとっては、かなり目障りな存在です。目障りだけど、なぜか読みながら嬉しい気持ちになります。
...全文を表示 ('08/08/03 12:30:01 *2)コントラ :
稲村つぐさん
義務という一見ひとつの意味にしかとりようのない言葉の使い方に、詩人、稲村つぐのセンスを発見したりするわけですが。いまひとつ、僕にはよくわからないです。要は時事問題をとりあげるということの「センセーショナル」な感覚が勝ちすぎていて、それが詩的な表現を押さえつけてしまっている、くらいの意味で理解してますが。よろしいでしょうか。ありがとうございます。 ('08/08/04 01:49:23)コントラ :
りすさん。コメントありがとうございます。だいたい作者が考えていることを言い当てているコメントでした。構成に難あり、納得です。最初の連に発火点がいる。なんか読者をぐいと掴むもの、個人と世界のクロスロードをしっかり視覚化する。まさにそれが、この作品を改稿していく方向性だな、と思いますね。実は最近ちょっと動物的なんですよ。「書く動物」みたいな感じ。だから「メタフィジカルなことよくわかんない」し、中枢的な感覚が先行している。だから理性的に、「ここはこうしたほうが」とかいまさら手を入れるのは、なんか億劫でしかたない。しかしそこは核弾頭で人類が滅亡したあとの荒野に凛然と輝く金字塔「文学極道」の発起人としてやらねばならない作業なのでしょう。ところで、りすさん、僕らってもう仲間ですよね?。2005年にりすさんの幼稚園児の作品にコメントして以来3年の付き合いですから。どうもありがとう。 ('08/08/04 01:51:24)コントラ :
今日の夜行バスでちょっくら10日ほど出かけるので、これ以降いただくコメントにはレスが遅くなります。ご了承ください。 ('08/08/04 01:56:08 *1)はらだまさる :
コントラさん
この作品の感想をかくにあたり、コントラさんの過去作をざっとですが読んできました。このサイトであっても、なかなか文学として通用するものには出会えないんですが、コントラさんの作品はまさに、文学然としたものばかりでした。良い意味でも、悪い意味でも。というのも、少し学術的過ぎるきらいがあり、娯楽として楽しみ難い(もちろん楽しめますけど楽しむにも難易度が高い)という点で、広く読まれうるものではないかもなぁと。インテリ好みの文章ですよね。それはそれで必要な文学ですが。
で、この作品。りすさんとのやり取りで言葉を労すまでもなく、ほとんど完了してしまってる感があるのですが、まず、一読して冷たくてカタイな、と。しかもかなりカタイ。こんなにカタイ文章を読んだのは久しぶりです。こんなにカッチカチの文章を描けと言われても今の俺は描けない(描きたくない)けれど、カタカナと句読点の使い方が生み出すグルーヴというか、その独特のリズムが文章の硬さを緩和させていて、その点では非常に学ぶところが多かったです。カッチカチの真っ黒けで学問臭いのに、色気も然程感じられないのに、最後まで読ませられる。普段ならざっと読んで読み飛ばしてしまうような高圧感があるのに、美しいナイフや日本刀を鑑賞するような楽しみを味わうことが出来たことは記しておきます。
...全文を表示 ('08/09/17 17:02:29 *1)発起人のコントラ :
はらださん。コメントありがとうございます。
広く読まれるべきということは難しい問題をはらんでいますよね。
と、フォーラムでのはらださんとのやりとりでも考えていたのですが。
...全文を表示 ('08/09/18 13:57:58)コントラ(発起人バトル活性化委員) :
で続きなのですが、読まれるというのは、ただ字面を追うだけじゃなく、中身を汲み取るということになるので、もっと複雑だと思うんですよ。自分の詩が読まれたいならとにかくあちこちにばら撒けばいいのだろうけど、ちゃんと読んでくれる「力」のある読者は、やはり限られている、と僕は思います。まあ、文句を言うつもりはないのです。はらださんのおっしゃるポイントは掴んでいるつもりです。
インテリ主義はしかたないですね。とあっさり認めてしまったほうがいいでしょう。所詮インテリならインテリで、もういいっす、と。下手に非インテリ的なものに肩入れしてみても、どうせそれはポーズに過ぎないですから。性格的な問題もありますしね。
...全文を表示 ('08/09/19 12:08:27)はらだまさる :
コントラさん
返信ありがとうございます。ちなみに誤解があるといけないので断っておきますが、『あの』ってコメントは僕ではないので。>下手に非インテリ的なものに肩入れしてみても、どうせそれはポーズに過ぎないですから。性格的な問題もありますしね。
...全文を表示 ('08/09/19 14:02:39)黒沢 :
コントラさん
生真面目で、べた足で何者かに詰め寄っていく、周到な(?)書き手の意識。叙述として申し分なく強く、しっかり肉感も運ばれてくる。
私にとってコントラさんの詩が興味深いのは、書かれた言葉と現実との、もしかしたら不毛かも知れない格闘のさまですね。
...全文を表示 ('08/09/19 22:55:13 *7)コントラ (発起人の) :
なんというか、黒澤さんもはらだまさるさんも、すごく気の効く「優男」タイプなのじゃないかな、と勝手に想像してしまうのですが。もちろん良い意味で、です。それで、この作品は、自分で言うのもナンデスガ、納得の行っていない作品なので、蹴落としていただいて結構です。
僕は時々考えるんですが、何のために書くのかということ。僕の場合、それは「自分のため」です。自分のためにやったことの「おこぼれ」で、もしかしたら誰かが楽しんだり感じ取ってくれるかもしれない。まあ、生きることの意味なんかも、その程度です。サービス精神で、「読まれたい」がために中身のないものを書くとか、スタイルの影響以外の、本質に触る部分でまったく意図にないものを書いたりするなら、そもそも「書いている」ことの意味がわからなくなる。書くことは疲れるし消耗する作業です。もし他人を楽しませたいなら、もっと別のコミュニケーションの方法があるはずだし、それを作品でやる必要はない、というの
...全文を表示 ('08/09/20 13:18:10)マラルメ :
この詩何度か読んで居るのですが、読む度に印象が違うので、何時ももっと後でレスをしようと思って居ました。その時の気分で滑稽だったり、真面目に思えたり、緩いかと思えばスピード感がある様な、変な感じも受けて居たので。最後のひとかたまり、参考資料だと思ったら、まだ詩がだらだら続いて居る、りすさんの言う無謀なまでの自由ですか、ふざけて居るのか真面目なのかが分からない。どうでもいい事ですが、其処の所が気になりました。 ('08/11/01 07:31:06)マラルメ :
あ、それとこの詩、稲川方人さんの詩でちらと読んだものに雰囲気が似て居るなとふと思った事があります。題名は忘れましたし、内容の類似では無いですが。 ('08/11/01 08:08:26)コントラ :
マラルメさん、どうもありがとうございます。
基本的に文極は2−3日に一回はのぞいてはいるのですが、
レスをいれたりなど、なかなか出来ない状態です。
12月の半ばまではこの状態なので、今後レスをいただくかもしれない方を含めて返信はそれ以降ということにさせてください。すみませんが、よろしくお願いします。 ('08/11/01 19:05:13)コントラ :
返事が遅くなりましたが。遅くなった割には中身のない返事で申し訳ないのですが。おそらく僕はあまりまじめではありません。やはり自分は詩書きには向いていないので、これからは別の形で極道に貢献しようかと。またコラム書きますし。許してください。 ('08/12/24 13:39:32)田中宏輔 :
句点で区切られた短い言葉の、音を、イメージを、楽しみました。
つぎつぎと連鎖的に情景が形成されては、毀されて
...全文を表示 ('10/01/10 07:08:37)
∧ ∨ 50 : 日曜日の午後 (revised 2009.12) コントラ '09/12/18 07:14:39 [URL]
「日曜日の午後」
終わらない日曜日の午後。夢のなかで僕は、草の生えたサイクリング
ロードを母に手をひかれて歩いている。用水路のかわいた側壁には、
雨水の流れた跡がいくつも残っていて、ときどきそれは、人のかたち
をしているようにも見える。午後2時。市役所のまえの広場では、人
類の平和を願うメモリアルが冬の太陽を浴びている。全国の子供たち
から贈られた、色とりどりの折り紙と、寄せ書きで埋まる色紙。子供
たちは歩いてゆく。チューリップの花壇のある道を、手をつないで。
真っ青な空を飛行船が横切る。ドーム屋根の下には涼しい風が吹いて
いて、日が差す天井には赤や黄色の紙風船がゆれている。
メモリアルには、次のような言葉が刻まれている。
『かつてこの土地では/足の長い男たちが投下した/爆弾によって/
多くの命が奪われた/森林や田園は消失し/風景はまっさらな空白に
還元された/それでも/わたしたちは/この空白を愛している/わた
したちは/自由であり/平和な未来を/願うのである』
「空白」
最近の新聞によれば、この街で命を絶とうとする子供たちは、冷えた
冬の夕暮れに造成地の段丘を歩き、葉を落とした木立が空にとどかず
に終わる空白の意味を、どこまでも追いかけようとした。死ぬことは、
本当に空白なのだろうか。たとえば、熱帯雨林の奥に埋もれたた仏教
寺院の、石柱や回廊のレリーフにきざまれた人や樹木の模様の密度が、
人々の生のありかたに端正な形式を与えてきたということ。それはあ
まりにもあいまいな昔のことで、彼らの想像力の一部は、閲覧が制限
されているために、いくつもの数列のむこうに徐々に姿をあらわして
くるクリアな対称を、見出すことができない。言いかえれば、小さな
紙片に「憎む」と書かれたことの意味は、その紙片が朽ちてゆくテー
ブルの上で存在しつづける時間よりもむしろ、投げかけられた一瞬の
微かなインパルスによって、彼らの歩く道の上に、どこまでも影を落
としつづける。
「施設」
いまでも意識のなかに残る、焦点が合うことのない、いくつかの地形
図。たとえば、僕は、子供のころから、クリーム色の建物がこわかっ
た。その建物はサイクリングロードから見える丘に建っていて、そば
を通るとき、僕はいつも母親のスカートの陰に隠れていた。それらは
「施設」であり、等高線のそばにバツ印で記入されている、枯れた
木立に囲まれた場所。建物のなかでは、矯正器具をあてがわれた身体
が真新しいシーツのうえに並べられている。こうして日曜日の午後が
何年もつづいたあと、これらの身体は紙粘土のように水分を失い、や
がて用水路のコンクリートにわずかな痕跡をのこしながら、息たえて
ゆくのだろうか。僕は、廊下のつきあたりの、淡いひかりがこぼれて
いるガラス戸をあけて、建物の裏の、草が生えた空き地に出た。赤や
黄色の花が咲く、チューリップの花壇には、今日も新しい盛土がつく
られていて、そこには子供たちの名前が書きこまれている。
「集合的記憶」
たとえば、瓦屋根の家々に囲まれた田園で人々が、1932年に植えたア
カシヤの木の、根もとに飾られたいくつもの短冊や遺影が象徴するも
の。この土地に初めてやってきた僕らの祖父母は、地平線から吹く風
が運んでくる柑橘類の匂いを、いくつもの樹木を植えて土壌に含ませ
ようとした。ある日、足の長い男たちがたくさんやってきて、この土
地に家を建て始めた。何年かすると、彼らはオレンジの樹木に囲まれ
た中庭で、椅子に座り、評議会を始めた。僕らの祖父母が、侵略者な
のか、英雄なのか。それは足の長い男たちによって、木の板に貼られ
た白黒写真とカラー写真の対比のもとに人々に告知され、説明はなさ
れなかった。日が昇ると、僕らの祖父母はリヤカーに荷物を積んでこ
の土地をあとにした。地平線に続く人々の列が、砂を這う蟻のように
小さくなり、見えなくなっても、あたりに吹く風には、まだ柑橘類の
匂いが残っていた。
「日曜日の午後」
日曜日の午後。洗濯ロープに白いシャツがゆれる路地を、走ってとお
りぬけた。風景が、ガラス瓶の底のように青みがかっているのは、僕
の身体が施設化される以前の記憶だからなのかもしれない。サ
イクリングロードは静まりかえっている。かつて施設をつくりあげた
何百という労働者たちと、足場の悪い土地に仮設された、アリの巣の
ような作業所の群は、それが完成すると同時にすがたを消し、いまは
コンクリートの遺構が、街のあちこちでかわいた日差しを浴びている。
乾いた広場に立つメモリアルはどんな意味においても、中心(Symbolic
Center) を表現しない。かわりにそれは、この街の地勢図を、自らの
内部にとりこんでいる。それは、偏在する施設の中央に建ち、放射状
に延びる通りのすべての方面に、絶えまない監視を行き渡らせている。
ーーーーーーーーーーー
*この作品はもともと、2006年に文学極道に投稿したものです。当時のスレッドにてコメントいただいた
ミドリさん、平川さん、黒沢さん、ほかすべての方々にあらためて感謝します。
*旧ヴァージョンは文学極道 No.2に収録
* 2009.12 大幅加筆、修正
>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20091218_551_50p
破片 :
はじめまして。
語彙がすげえ。表現がすげえ。
まず、第一印象はこれだったと思う。俺は、文章の見た目の価値ってものをひどく信仰するので、この文章はもしかしたらその信仰の対象として偶像足りえるかもしれない。まあ、素直に言えばお手本にしたいなってことですか。その代わり俺には物凄く難解。文章読むのが好きでもないのに、ちょっとチャレンジしすぎたかもしれないと思った。
ちょっとした誤字などがわずかに散見されますがまあ、そこは別にあら捜しするわけでもないので放置しておくとして、感想だけじゃなく、批評をしたいと思います。
...全文を表示 ('09/12/22 03:41:17)常悟郎 :
こんにちは
拝読いたしました
「日曜日の午後 」
...全文を表示 ('09/12/22 18:15:47 *1)コントラ :
破片さん、常悟郎さん。レス有難うございます。いま旅行中なので、1月13日以降、ネット環境が整い次第返信させていただこうと思います。取り急ぎ御礼まで。
よいお年を。 ('09/12/24 13:42:33)田中宏輔 :
ミシェル・ジュリの緊迫した文体を思い起こしました。
緊密な文体で、イマージュは奔放であるが、的確に明示されていると思いました。
...全文を表示 ('10/01/10 06:40:23)
∧ ∨ 48 : 冬の旅人 ダーザイン '09/10/25 19:56:41
その道は
街灯の小さな明るみの中に
白く浮かび上がっていた
様々な思いが通り過ぎていった
その白い舞台の上を
今日は
消え残る足跡がひとつ
闇の中に後ずさる
風が
粉雪と共に運び去る
藁色の影たち
公園にこだました
子供たちの笑い声
明色のセーターと
毛玉にまといつく雪つぶて
遊戯の輪の中で
つながれたであろう手のぬくもり
とある凍れ夜
うさぎは死んだのです
祈るようにさしのべられた
少年のてのひらの中で
かたく目をつむり
ちいさくふるえて
その日私は・・・
母親は胸の内で呟きます
勤めを終え くたびれた心で
今日もしんしん降りつむ雪を
車の上から払い落とし
ほっと一息つくと
フロントガラスの内側に
深い海の底のように広がる静寂
放心と痛みを結露させる曇りガラス
そのようにして
消えていった風景
約束の花束は
宙空で凍てつき
微塵となって消えていった
吹き過ぎて行く雪片 そしてまた雪片
空の割れ間から
神さまたちは退場し
さえざえと
冷たい光が語り始める
いまだ かつて すでに
あらかじめと
空しい言葉を
それでもやはり
暗い夜道をしばし歩き
一瞬振り返ると
あの明るみが
立ちづさんでいるのです
孤独な姿で
闇の中に
一歩 歩みでて
明るみの中から歩みでて
少年の肩を照らす星の光
140億光年の星座の下
厳冬の季節をめぐる
冬の旅人
# 詩集「えいえんなんてなかった」より。記憶が定かではないが、15年以上前に描いた作品
>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20091025_537_48p
常悟郎 :
今晩は
読ませて頂きました
15年以前ですか…やはり初々しい若さを感じますね
...全文を表示 ('09/10/26 02:22:23)ダーザイン :
この程度のプロットの連続性が読めませんかね。普通に、読めない人だなとしか感じません。エンディングが臭いということにも同意しません。
文章的には粗いところが多々あるということには同意します。 ('09/11/18 20:05:37)凪葉 :
常悟郎さんのは、先入観がまじってしまったコメントなんだろうと思う。
別にこの作品から、初々しさは感じられない。
感じるのは、描写の拙さ、でしょうか。
...全文を表示 ('09/11/19 20:29:37 *1)コントラ :
まあ、文章に粗いところはあるけれど、悪くはないかな。
即興批評は苦手なのですが、まず、ここ>ほっと一息つくと
>フロントガラスの内側に
...全文を表示 ('09/12/16 11:22:04)蛾兆ボルカ :
これは美しいです。
寒い夜の感じが、すごく良く出ていると思う。
星が降るような夜、という言い方がありますけど、この詩では、満点の星空から
言葉が、、<いまだ>、、 <かつて>、、 <すでに>、、<あらかじめ>
...全文を表示 ('10/01/09 20:38:29)田中宏輔 :
こんなに優しい、こころのこもった詩を書かれるのですね。
ぼくに投げかけられる、はげしい罵倒のお言葉とのすごいギャップに仰天しました。
...全文を表示 ('10/01/10 06:18:11)
∧ ∨ 26 : 明かり 稲村つぐ '07/07/15 16:39:22 *1
卵白に手持ちの砂糖を適量加え、泡立てること数分
それくらいの仕草で
つややかに真っ白なメレンゲは現れる
頭上の時計を見る
ルームランプが明る過ぎて
私はすぐに目を落とし
一秒ごとに侵されていくボールの白を
じっと見つめた
お向いの子は熱心で
今日もピアニカの練習に余念がない
単純なメロディ、ときどき止まり、そして戻る
メロディ
途絶えては
何度も帰ってくる、メロディ
家々の天井を透けて
生ぬるいスモッグの真っただ中へ
ささやかにも旗は、掲げられる
あらゆる種類の排気は
望まれて流れ
旗の下で渦を巻く、真っ白な私たちを
常に見つめ返している
ここに招かれたこと、ここで休まること
そしてその隙間を交錯しながら
潰れていく感情のこと
路傍の電柱も、高原の夏草も
不断の呼吸を
あるいは吹き抜ける風を裂いて
とある朝
オレンジ色に輝く、その小さな旗を掲げるだろう
地平の先にはいつも
同じ分量だけの記憶がある
私はもう一度メレンゲを立て直し
生地に混ぜ込むための準備を始めた
この生地を焼く
そう望まれて、胸元を
照り返すキッチンに寄せる
>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20070715_276_26p
田崎 :
こんばんは。講評おつかれさまです。
ギリギリのところで、踏み出し過ぎないように自制されている感があって、感触としては、これまでの稲村さんの作風や、稲村さんが受けてきた指摘より上の段階に行ってるような感じがします。(これで新作ではなかったら全くの的外れでしょうけれど。笑)
「踏み出し過ぎない」という意味で"無難"なものとも言えると思うんですが、つまりどうも"引き算"で作ったような印象を持ってしまったりもしました。ちょっとしたアクセントのようなものでいいから何か添加して欲しいというか。その中で、>地平の先にはいつも
...全文を表示 ('07/07/15 18:18:02 *1)稲村つぐ :
田崎さん、お疲れ様です。
新作でした。コメント頂けてうれしいです。
ご指摘の、異質な部分。これを増やす向きには、今の私の性質では難しいですね。
おっしゃるとおり、増やすより、引いて馴染ませる、そういった方法をまた採ってしまいそうです。
...全文を表示 ('07/07/15 23:41:13)ケムリ :
うん、とても上手で、退屈です。
ある程度書けるのは当たり前、という土俵に立ったとき、実に攻撃力に乏しい作品だと思う。ただ評価されるのではなく、ずば抜けるためにはここから何があるのか、っていう場所だと思うんですよ。表現の錬度、文体の流麗さ、独自性、作品の構造、それらはあって当たり前、その上で何をもたらすか、っていうのが二つ目のスタートラインだと思うんですが。そうしてみたとき、巧いけどそれだけだなぁ、とぼくは思ってしまう。
「良く書ける書き手」からの脱却。もちろん、みんなここで苦しんでるんですけれど、まさにそこかなぁ、と。ほどほどに挿入されるイメージと描写、手馴れた文体、表現、そのいずれも読み手を引きずり込むものではない。例えば、書きなれた人なら「上手だなぁ」と思うだろうと思うんです。でも、経済学部で好きな作家は赤川次郎っていうヤマモト君が読んだら、「これはなんなの?」って聞くんじゃないかなって気がする。もちろん、驚くほど自分を棚に上げた批評ですが。 ('07/07/18 08:45:45)稲村つぐ :
ケムリさん、批評ありがとうございます。>二つ目のスタートラインだと
...全文を表示 ('07/07/18 20:28:30 *1)はらだまさる :
ぼくはこの作品にとても好感が持てます。
作者の何気ない日常がベースになってい(るように感じられ)て、それを詩に昇華させる視線と想像力、その感性の豊かさが伝わってきて、読後はあっさりしているんだけど、程よい抑制が読者に対する優しさとなってこの作品の良さを演出しているんじゃないでしょうか。
「メレンゲ」や「オレンジの蛍光灯」「ピアニカ」といった浮遊感のある素材に「スモッグ」や「排気」を絡めることで、その日常を異界へスムーズに変容させることに成功していると思います。最後の着地も鮮やかで、読者としても安心出来てとても心地よかったです。
...全文を表示 ('07/08/09 11:05:04)はらだまさる :
「一厘」は時間の単位ぢゃないですけど、ナノ秒とかミリ秒ってのも何か違う感じがするんで。 ('07/08/09 15:16:57)稲村つぐ :
はらださん、コメントありがとうござます。
蛍光灯、メレンゲの死に方、この二点のご指摘、大変勉強になりました。自身では、気づかなかったですね。
蛍光灯に纏わるイメージは、拒絶に向かわせてしまってすみませんでした。改稿することがあれば、直すかもしれません。
メレンゲの死に方については、間隔的にはおっしゃる通りの区切りが適切かもしれませんが、読ませ方としては一秒くらいでオーソドックスだと考えます。
...全文を表示 ('07/08/09 23:19:36)後藤 脇片 :
>つややかに真っ白なメレンゲは現れる
「真っ白な」は要らないと思います。
「卵白」で次の連に「ボールの白」とあります。
「真っ白な私たちを」にかかってくるのかもしれませんが、過剰かなと。
最終連の「そう望まれて」もわからないし。
...全文を表示 ('07/09/05 10:44:40)稲村つぐ :
後藤さん、こんばんは!>他人に対する明るさや、優しさや、面白味というものに興味がないんでしょうか。
それらに興味を抱かずにはこの作品は一行も書けませんでした。とてもビクビクして、他人の目を気にして書いたような覚えがあります。
...全文を表示 ('07/09/05 20:03:28)後藤 脇片 :
稲村つぐさん、そのコメントを頭に入れてから拝読すれば、仰ることが解るように感じました。結局、詩とは読む人の想像力次第なのかもしれません。生意気なコメントをして失礼しました。 ('07/09/06 15:34:07)稲村つぐ :
一箇所、書き直し。「オレンジの蛍光灯が明る過ぎて」を「ルームランプが明る過ぎて」に。 ('07/11/10 14:21:39)コントラ (発起人) :
一読した感想を言えば、メレンゲをかき回している人物像の主体がよく見えないという難点はあると思います。具体的にメレンゲをかき回しているのが、男性なのか女性なのか、厨房のバイト君なのか。そこをあえてぼかして日常の不確定性というか流体性のようなものを焦点化するという点は、買ってもいいかな。
はらだまさるさんのコメントの前半に僕も同意するのだけど、>「メレンゲ」や「オレンジの蛍光灯」「ピアニカ」といった浮遊感のある素材に>「スモッグ」や「排気」を絡めることで、その日常を異界へスムーズに変容させることに成功
...全文を表示 ('08/08/11 12:31:47)稲村つぐ :
買って頂いた部分は、本当に良く見て頂いて、の上ですね。
申し訳ない気持ちです。
「手際」以上のところを、作品で放てるようになりたい。みなさんからのコメントを受けて一番痛感したところでした。
次こそは、殴り甲斐のある作品を持ってきます。またよろしくお願い致します。 ('08/08/11 18:41:40)
∧ ∨ 29 : 桜舞う 平川綾真智 '07/07/27 23:59:50
―切り裂かれる烏の血が
空一面に固まり夕焼けとなる
解るだろう? そうだ、世界の終わりが訪れたのだ
ああ しかしこの赤銅の風景
なんと滑らかに 今日を導いて来たのだろう!
敷かれた線通りに遂に
訪れたのだ 終末が
劇場を出てからも未だに 劇中、男優の叫んだ台詞が
耳の中で響き続ける。
青信号の音楽は 叫びを掻き消すことなく途絶えて
横断歩道の向こう側 無邪気に手をひかれ歩く幼児の
ハシャギ声も遥か遠い。
私は歩道に沿う街路樹を見て いつも通りの今日という日を
その風景の中、噛み締める
。
一枚一枚、陽を透かし眩い 無骨な茶を押す花弁の淡紅
支える背景と白じむ空へ 雲は輪郭を無くして溶け入る
烏が枝の茶に分け入り止まると
子供はハシャギをカン高くした
世界が終わる日の風景は
今日と同じであるに違いない。
何の伏線もあるもんか
誰かが叫ぶことなどなしに
突然終末は訪れる
滑らかに赤銅に染まりなどせず 解る間も無く訪れるんだ
いつも通りに沿う今日を
噛み締める風景のその中で
信号を渡るとすれ違い様
―バイバイ。 カン高い声が聞こえた
振り返り見れば、母に手を引かれ
はしゃぎは信号の音楽に混ざる。
街路樹が風に擦れ、散り行き音を増やす花弁
耳から消えた劇の叫びに
私は今来る終末を思う。
眼前桜舞うこの瞬間 不安は切り裂かれずに固まり
飛び立って行く烏の羽音が
音を溢し、
耳の中に響いていく
>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20070727_297_29p
平川綾真智 :
受賞者の皆様、申し訳ございません。
よろしくお願い致します。
お手数をおかけします。 ('07/07/28 00:02:01 *1)ミドリ :
こんばんは、綾真智さん。
メチャ根暗な演劇を観て、劇場を出てくる「私」。観劇を終え、劇場を後にして街へ出るが、芝居で描かれていた世界観を、そのまま引きずっている彼女の帰り道。そんな作品でしょうか。
演劇にしろ、映画にしろ、テレビにしろ、小説にしろ、基本的にはワンウェイなんで、面白くない。という話を、先日、友人と飲んでた時にしていたんだけれど。例えばテレビなんかを観ていると、タレントに突っ込んでいる自分がいたりすると。笑 「その話題、ちょっと引っ張りすぎなんじゃねーか。」とか。「そろそろそこでオチにいけよ。」とか。笑
...全文を表示 ('07/07/28 22:29:52 *8)草野大悟 :
平川
近いうちに
飲みに行こうぜ
この詩はつまらん ('07/08/05 02:41:23)ドハゲ :
なんだ書き直してもおんなじだなwwwくそまじめなごつごつばばー面が目に浮かぶじょー。赤銅とか終末とかこの世が終わるとか勝手にやってろ。なんか文学ごっこって感じだな。うんこちんちんw ('07/08/05 09:46:50)nagi :
平川さんこんにちは。
コメントするのは初めてですね。
まず感じたのが、これを読んで何かを感じるのは、とても難しい気がしました。
まず表現がネチネチし過ぎているせいで、わたしには読んでいてとても気持ちが悪かったです。
句読点の使い方も微妙だなぁと、生きていない気がします。
...全文を表示 ('08/07/12 19:03:19)平川綾真智 :
nagiさん
返信の方は少し考えていることがあるのでお待ちください。 ('08/07/14 09:17:33)くろさわ :
nagiさん、いいすぎです(笑)。気持ち悪い感じは、しませんし、むしろ不用意に繊細なので、ハラハラする、っていう感が、あるくらいだと、個人的には思います。
気持ち悪いっていわれるのは、言葉の「異化」の効果を、多用しすぎているのかな、ということかもしれません。書かれている含意が、非常に微細な内面的/情緒であり、事件である気がするので、それとつり合いが悪い、ということは、いえるのかもしれません。これは、若書きの作品でしょうか?
あんまりひどいいわれ方なので、コメントしたくなりました。さらに、「異化がされていない言葉など、信じるに足りん」、ということは、そういう読み手がいるということも、蛇足ながら、付け加えておきます。 ('08/07/16 20:21:45 *2)凪葉 :
確かに、言い過ぎたかもしれません。
ちょっと反省しています。
平川さん、ごめんなさいいいすぎました。 ('08/07/17 08:16:24)平川綾真智 :
凪葉さんの意見もあり、くろさわさんの意見もあり、なんだと思います。
取りあえず謝ることは何もないと思いますよ。
合評からどんどん離れていってますね。 ('08/07/17 12:27:51)コントラ :
この作品、派手さはないけれど、都市的なコンテクストで一瞬を切り取る
技巧は、十分評価されていいと思います。描写と心情の混ぜ方もほどよくできている。だから>世界が終わる日の風景は
>今日と同じであるに違いない。
...全文を表示 ('08/07/30 14:00:18)
∧ ∨ 38 : 夏を塗れ Version 3 コントラ '08/01/23 02:50:26 *3
クレーンの星空にのぼる窓にちりばめられた
いくつかの人影に、僕はいつも奥へ奥へと手を引かれていく
人々の隙間に傷を負った無数のショルダーバッグが
日々を通り抜けて、朝日に焼かれ
サウンドマシンの低い音に目を開ける
臨海地帯を走る電車の曇りガラスから滲みだす
8 月の鉄塊が、空を黒くドリップする
日々のありかたが、僕の飲み干すことのできない
光に満ちた食卓で、歯を立てる
日々を滞留させる場としての
テーブルを、突きつけている。
そのようにして、生きてきた
そうして、いくつもの時間を、僕は散財した。
ありかたは、立ち上っていく。連接を掲げながら、
上へ、上へと。そして天井に吊られたランプのコードが
僕らの見えない風景をさえぎるとき、僕は
風景について、たった一つの言葉を、ある女性に捧げていた。
それはたぶん妹であり、母であり、僕をとりまく
いくつもの女性の白く乾いた彫像。僕は手を触れる。
顔の輪郭をなぞる。
たたみに突っ伏す、僕の顔。ジグザクに伐採されている
僕の身体。畳はいつもいくつかのやり方で僕を追い詰める。
そうして僕は6畳間の隅の黒い影となる。僕は二つの光る目と
なって日々をみつめている。
母は、母は母は。
母の存在は。母は扉を開ける。母は蓋を閉める。母は、退却する。深く遠い、炊事場の奥へと。ナイロン製のゴミ袋に詰まった母。朝8時。いくつもの母がゴミ袋に詰められゴミ指定場に積み上げられる。清掃車の後部で母たちは粉砕される。血は滲んでいるか。血は滲んでいるか。僕は目撃しない。僕は路地を走って、8時15分、校門をくぐって商店街に逃げ延びる。僕は本を閉じる。そうして濃い汗の臭いのなかで目を覚ます。お昼の弁当には目玉焼きがサクランボと一緒に僕の目を見ている。僕の目を見ている、僕の目。
それらは商店街の路上に書き込まれたまだら模様の、陽だまりに濃い影を落とすいくつもの身体。轟音を立てて飛ぶ戦闘機が、殺戮し、跳ね上げ、光を頭上に旋回させた。啓示され、更新される、街。顔は黒く焦げている。ジェットコースターに乗って、図書館の書庫に冷暗され、保存される。僕たちの会話がシャボン玉のように、風景に唾をつける。走る。駄菓子屋の裏の、人々が井戸端にあつまる、樋をつたって昇天する。風より早く走る、そんなイメージ。いつも手がふるえていた。いくつかのディヴァイスをそれはつかんでいた。操作していた。雨が降る窓の向こうに、父と母が待っている。サッポロ一番の揚げ麺をくゆらせながら。ガラス窓の午後、僕は家路を、いくつもの雨水を跳ね上げながら。バウンドする。リズムは出口を見出さない。出口への通路は見つけられないまま。1945年。
電車のドアのチューブが音を立てて閉塞すると、8月の暑い空気が手を触れる。彫像は黒く焼かれているが、静かに眠っているようにも見える。造成地のトンネルを抜け、僕らは丘の上の校舎に衝突する。衝突を毎日くりかえす。手をつなぐ恋人たちは、陽だまりの影を静かに打ち下ろしていく。たどりなおす。ノートに書き込む。1945年。臨海地帯の夏は魚の影がいつも風におだやかなウラニウムをつけ加えている。加速する。そうして忘れた記憶は雨になる。信号機の赤や黄色だけがまぶしく、人の歩かない歩道を歩く。ショッピングセンター。なぜ焦げたのか、なぜ、塗りなおしたのか。答えの出ない答案はいつも赤や黄色で塗りたくられる。塗ることによって表現する。僕らの会話はいつもセキュリティーでロックされている。僕は見たい。熱を帯びて、さかさまに乱反射したい。そうしていくつもの分散された影を、僕は今も手のなかにもっている。8月。
8月。三日月。汗をかく身体。振り下ろしていく、窓を閉める。僕はいつも、低い屋根の間で路頭に迷う。太陽が街を焼き付けていくことを、夢想する、エネルギーがくりかえしゆらゆらと鉄塊を温める。日本の夏。
>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20080123_399_38p
コントラ :
投稿掲示板のをすこし手直しして、発起人バトル第一作とさせていただきます。罵倒、酷評よろしくお願いします。 ('08/01/23 02:54:23)ひふみ :
構築姿勢は隔絶。作品にあるのは濃度。習作としてなら良作。
罵倒も酷評も「だと思う」に過ぎない。どう分別するかはご自由に、だね。
さて、私には余地がない。仮想する読み手として類似するのは「何かに追われるように生きている人」あたりが適切だろうか。
心理の間隙を突きもせず、人の甘さを利用もしない。ただただ描写という手法で形作られた世界。筆の力強さだけしかみるものがない。突きつけることも、騙すこともしない。色んなゲージュツがやってきた自己(世界)表現の踏襲。圧倒には事足りない練度の習作。
...全文を表示 ('08/01/25 19:33:59)コントラ :
ひふみさん、こんにちは。>耳を塞ぐ手を無意味にするだけの強度もない。
それを、「作品」に期待するのは、はじめから無理な注文だと思いますね。
耳をふさいでいる人間に対しては、僕は放っておくだけです。(笑)
...全文を表示 ('08/01/27 13:19:43)園里 :
なるほど、面白いですね。
正直、最初はひふみさんのおっしゃることがうまく頭の中に入ってこなくて(なにしろ私の発言も曖昧だったから、なんの「余地」だったかという、そこから考える羽目に……)結構考えていたんだけれど、どうも一理あるんじゃないかと思います。というか、本当に発言の内容が分かっているのかが不安になってきたので、ちょっと確認を。
まずひふみさんの場合、第一行からの発話者(「クレーンに〜」と語り始める声)と、発話者がいると思われる世界がそういう古典詩歌的?な関係(自己表現=世界という関係)を結んじゃうと、表現としての批評的な個人が確保され得ない、そのあたりがグチャグチャになっちゃうと「読まれるもの」として発話者が語りかけているはずの「他者」(曖昧な設定になりますが……)のほうを向いていない、世界に語りかけてその波紋を自分で見ているだけだよね?という、そういう意味で理解したんですけれど、それでだいたいOKでしょうか?腑に落ちるまで時間がかかったけれど、その線でいけば分かるかな……、という感じです。おそらく、あるタイプの読み手(あるいは書き手)にとっては、この手の表現は既存の文法、社会的関係としての前提を慎重に解体した上で、やっと成り立つ関係になる。その認識の上でさらに「読まれるもの」を志向するひふみさんとしては、逆にそういった基本的約束を保持したうえで読み手に語りかけるものとして、コントラさん作中の語り手に在り方として不満を持った……というふうに考えたんですが……どうなんでしょう。なにか勘違いしているように思えたら、教えてくれるとうれしいです。
...全文を表示 ('08/02/17 17:57:06)コントラ :
こんばんは
発起人の端くれとしては、できるだけ誠意をもってお答えしたいと考えているのですが、2,3回読み返したところでは、ポイントは、「読者をしっかり想定できていない」というあたりでしょうか。この作品が読者を揺るがすことができないのは、たんに筆者の力量不足であり、精進するしかないです。
ただどうしてもぼくは、
...全文を表示 ('08/02/18 11:13:37)ひふみ :
とりあえず気づくの遅れてすみませぬ。>園里さん
>その通りだと私も思うのですが、その「出会い」が「設定としての語り手に感情移入して世界観を体験する」読み手だけに限定していいのか、ということは、問題設定として、きな臭いけれど面白いところだと思います。結局立場の問題になりそうだし、個人としての志向は別にしても、どっちを向いてもそんなのばっかりだから、そこを問題にしてきたんじゃないの?とひふみさんはおっしゃっているように思える。
そういう風にそういう点に繋げれられればオーケーです。オーケーってのも変ですが、そんな難しいことは書いてませんので。
...全文を表示 ('08/02/23 17:30:16)園里 :
確認しました。お二方とも返答ありがとうございます。
話を蒸し返してしまって申し訳ない。
まず、コントラさんへ。
...全文を表示 ('08/02/27 20:09:18)コントラ :
>ようするにこういうことは気になる人が気になる人に話せばいいのであって、書き手を巻き込む必要は基本的にない。
その通りでございます。作者など置いてどんどん行っちゃってください。異議があれば、きちんと口挟みますから。 ('08/03/04 08:54:42)園里 :
うーん、つまり全然気にならない、その辺割り切ってるので、今のところ話にならないという感じでしょうか。絶対気になると思ったんだけれど。
どうも、内容云々というより、出だしでズッコケちゃった印象を受けます。
ひふみさんのロジックからではなくて、コントラさんのコラム欄あたりからのロジックでつなげていって、どっこい、かならずしも気にならない話ではないはず、というところを論証できるのかどうか、という方向で試していたら、違う結果が生まれたかもしれません。でもちょっと思いつきだけですね。いままでの経過はそれで追えても、繋がっていかない。
...全文を表示 ('08/03/05 18:27:57)コントラ :
>とりあえずここでストップさせてください。
どうぞ、ストップしてください。お茶でもいかがですか? ('08/03/16 05:30:07)園里 :
う、ご馳走さま。
軽く一方的だったのはたぶん、そう、酔っ払っていたせいです。
許して。 ('08/03/16 18:54:38)申士 :
傷というより、コントラさんがアメリカもしくは海外で勉強されているなら当たり前の事だと思いますよ。言語、文化、食べ物などあらゆる差異に同調していかなくていけないはずですよ。郷に入れば、郷に従えという形で、しかしながら欧米コンプレックスは、日本人は抱きやすいベネディクトも日本は、恥の文化で、欧米は罪の文化だと言っていますし。事実それはあたってるのではないでしょうか。その日本の傷というよりは不満が溜まってきているのではないでしょうか。
...全文を表示 ('08/04/26 00:29:02)コントラ :
申士さん
ベネディクトを引くのはいいですが、それはとっくに研究「対象」であることをお忘れなくお願いします。つまり、僕らが今日何かを言おうというときに、真顔で引いてくるような代物ではありません。かさねていえば、暗にというか明らかに彼女は、「罪」の文化を上位に位置づけているでしょう。ちゃんと読んでないからわからないけど。「罪」だとか「恥」という二分法で読み解くのは無理があるし、第一それで何が見えてくるかが大事なのだけど、多分何も見えてきませんよ。
申士さんは書こうという気力は人一倍ある方だと思うので、今後は自信作を投稿するようにお願いします。 ('08/04/26 09:47:06)申士 :
コントラさん
私は、あなたのコラムを読んで感動しました。そして、尊敬しています。
だからこそ敢えて期待に添いたいんです。
現時点、それに応じる力量はないと実感もしておりますが。
...全文を表示 ('08/04/26 11:03:02)コントラ :
兄さん、ダメだ、他人なんかやたら尊敬したら。他人の期待に添うために書くのが詩じゃないでしょう? ('08/04/26 13:32:18)
∧ ∨ 33 : 伝書鳩 前田ふむふむ '07/10/31 23:31:54 [Mail]
十二段の階段を昇ると僕の部屋がある。
飛べない伝書鳩が千羽棲みついている部屋がある。
暖かい羽根布団のやさしさよ、僕は癒される。
僕は眠る千羽の伝書鳩に埋もれながら。
僕の部屋の閉じた窓には、小さな穴が開いてある。
外を覗く為に錐で開けた穴がある。
千羽の伝書鳩はいつも穴を覗いている。
穴の向うには疲れ切った僕がいる。
ああ、午後の海は真冬の嵐のようだ。
鋭く尖った岬に小さな古い灯台がある。
岬の灯台には、激しい波飛沫を被った、
細いジグザグ道を行かねば為らない。
その道は、途中、幾つもの寸断された溝があり、
誰も行くことができない。
更には、灯台の窓は、
悉く、内側から、頑丈な板で塞がれて、
釘で打ち付けられていて、中を見ることが出来ない。
でも、僕は行ったことは無いが、
灯台に住む美しい乙女を知っている。
僕は昔、
一度だけ、恐る恐る部屋の小さな穴を覗いたとき、
乙女をみたことがあった。
細い絹を纏っただけの裸体だった。
灯台が月の光で海に浮き上がって映る、穏やかな夜。
僕は、高まる心臓の鼓動を握り締めながら、
部屋の小さな穴を覗いてみた。
すると、灯台から、窓板を勢いよく突き破って、
血だらけになった千羽の伝書鳩が飛び出し、
夜の海をいっせいに駆けていった。
海はすべて、伝書鳩で埋め尽くされた。
*****
十二段の階段を昇ると僕の部屋がある。
僕の部屋から悲鳴に近い泣き声がする。
僕は、今日は手紙を読んでいる。
昔、一度読んで、
長い間忘れていた手紙を、読んでいる。
隔離された結核病棟の女性が、
黄ばんだ古い紙の上で、
空しく絶望の声を上げていた。
>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20071031_357_33p
前田ふむふむ :
わたしの初期の作品です。宜しくです。「海の風景」の頃の作品です。 ('07/11/01 00:00:00)稲村つぐ :
>血だらけになった千羽の伝書鳩が飛び出し、
>夜の海をいっせいに駆けていった。
このあたりの描写など、最終で辿り着く場所を見せてくれてはいるものの、道筋として魅力を感じません。
...全文を表示 ('07/11/06 21:51:33)前田ふむふむ :
稲村さん、
お節介ではないですよ、ありがとうございます。
この詩は、いわゆる幻想的な不思議さを狙って書いたつもりですが、
やはり、外しているようですか。
...全文を表示 ('08/01/03 01:22:15)
∧ ∨ 36 : いつか遊園地へ(せかいの終わりに) ケムリ '07/11/03 22:47:47 *1
廃墟になった遊園地(笑)の、メリーゴーランド(笑)の上で
ゴースト(笑)たちが手をつなげた日
水の出ない噴水(笑)の回りに子ども達がいつしか集まって
砂浜に置き忘れた回路が回り始める
星をつなぐひとたち(笑)のために。
ステンドグラスを通りぬけたひかりを浴びて
レストランの真ん中ではっかの煙草(笑)を吸った
テーブルの落書きを見ているうちに
あなたはきっと綺麗になる 何もかも忘れて
切実な夜(笑)のために。
回らなくなった観覧車(笑)が
影を伸ばすためだけに、両足で立ちつづけた
恋しい気持ち(笑)が忘れられないぼくらは
深夜の遊園地(笑)に行きたくて せかいの終わり(笑)を描く
描かれたゴースト(笑)たちに。
世界が終わったら(笑)、ぼくは猫を連れて
廃墟になった遊園地(笑)に向かうだろう
そこでぼくらは、旧い夢(笑)たちと
星空のしたでテーブルを囲んで、一つずつ星くずに名前をつける(笑)
描けないゴースト(笑)たちに。
ゆびさきを遊ばせて(笑)、小さく触れ合おう(笑)
錆びたコーヒーカップ(笑)の上で
自転をやめた星(笑)の上で、繋がってしまった大陸(笑)に
ゴースト(笑)たちの喧騒の中で、もう一度
子ども達は静かに歌い始める。そして、あなたは綺麗になる。
透明な羽ばたき(笑)が、耳をくすぐって
作り物の花(笑)が、夜風の中で泳いでいく
骨になったぼくたちの、風通しのよいろっこつを
ほこり混じりの風が通り抜けていく
世界の終わり(笑)に、猫を連れて。
あなたは綺麗になる、せかいの終わりに
ゴースト(笑)のざわめきの中で
造花の群れ(笑)の中で乾いていくぼくたち(笑)の
一つずつ星屑に名前をつける(笑)
いつか、遊園地へ
>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20071103_364_36p
稲村つぐ :
>描けないゴーストたちに。
>ゆびさきを遊ばせて、小さく触れ合おう
>錆びたコーヒーカップの上で
...全文を表示 ('07/11/06 23:46:16)あ :
なんでタイトルの「せかいの終わりに」には(笑)をつけなかったんですか?
せかいの終わりに(笑)
ね? ('07/11/12 07:57:21)ケムリ :
>あさん
いやー、その通りなんだけど、ぶっちゃけ忘れた(笑)
あと、せかいの終わり(笑)のどっちがより効率的に作品をぶち壊すかも判断に悩んだ。まぁ、それを避けるために「世界」を「せかい」にしたり小細工してるんだけれど、ほとんど無意味ですねこれ。もちろん、一個や二個そういうものが入りこんでも、作品内部でそれが昇華されてれば問題なかったりするんですが、(笑)が題名につくってことはこの作品は非常に「負けてる」わけですね。>稲村さん
...全文を表示 ('07/11/13 00:03:03)松本K :
(笑)多すぎ。もっと(笑)の破壊力を存分に発揮できるところでピンポイント爆撃したらよかのじゃないかち思います。(笑)で破壊もできていない。 ('07/11/13 11:53:27)ケムリ :
(笑)、付けすぎるとそれ自体が解体されて意味を失いますね。確かに書いててそれは非常に思いました。題名に一発つけた方が効果的かもしれない。 ('07/11/19 05:11:12)評 :
一連目の回路が不細工ですね
3連目のあなたはきっと綺麗になるが陳腐で吐き気がする
つまらないです。
...全文を表示 ('07/11/25 19:01:38)評 :
一連目、回、回、回不細工です、周り、じゃなく回りはわざとですか?どちらにしろ不細工ですが、11連目よいろっこつ、視覚的にダルいです。 ('07/11/25 19:15:27)ケムリ :
おう、確かにこれはヘタです。
あと、(笑)はあれなんですよ、他人をこの方法で罵倒したならば、俺は俺の作品をこの方法で読まなければならない、そういう義務感です。他人に与えた痛みは、読みは、自分にも与えなければならないってことで。(笑)は詩的効果ではなく、真逆。この作品のヘタっぷりを明らかにするためのものです。スイーツ(笑)みたいな「消尽する読み」を試してます。詩的語彙がどこまで生き残るか。ちょいとログ辿って、経緯読んでください。的外れです。一度、「悪しき見本」として出した後に、書き加えられたものです。俺は他人の作品を裁く立場に立つ以上、自分の作品を痛めつけることを躊躇しない、という表出でもあります。特権的立場に置いて、他人だけを裁く人間なんて大嫌いだ。俺は他人に与える痛みを自分でも受容するってことです。
...全文を表示 ('07/11/27 03:20:09 *7)匿名 :
第一義は、詩を読んでもらえるものにするで、場を守るじゃなかったんじゃね?てかほんとにあのケムリ氏かと疑いたくなる。おもいばっか、つっぱしって相手のこと「愛してんだ!」とかいってるだけのガキとかわらんね。いい作品つくるとか、持ってくるとかした方がいいんじゃね? ('07/11/28 21:44:05)ケムリ :
場を守ること、方法の問題と目的を明確にしていくこと。それは全て同義だと俺は考えているよ。いい作品を作って、持ってきて、場を維持できるならそれもいいし、場が成熟して落ち着きを取り戻したらそういう方向にシフトしようかとも思っている。相田みたいのが消えればね。俺だって、好き好んで一番嫌われる役目をやってるわけじゃない。むしろ、俺がゴチャラゴチャラ言わなくても、ほっといても場が適切に維持される状況になるなら、俺の仕事は四分の一くらいになるわけで。もっと、作品一つ一つに入念に評を入れられるから、確かに望むことなんだけれど。現実的に、厳しいだろ。俺は厳しいと思っている。参加する人間が場の狙いと目標を理解し、ある程度適切に「使って」くれればいいんだけどね。内心では賛同できない面も多いが、ここはそういうルールだ、と。そういう評価を受けるために「利用する」でいいと思っている。ただ、今のところそういうことが出来ない方が多いから、俺は当分この独裁を続けるよ。
...全文を表示 ('07/11/29 17:07:00 *10)凪葉 :
こんにちは。
わたしが言うのはおかしいかもしれないけれど、
正直、匿名さんと似たような気持ちをもちました。
(笑)なんかつけることないだろ。それは本当にいいことなのだろうかって。
...全文を表示 ('07/12/04 15:14:59)ケムリ :
いや、シンプルに。
アク禁とか、したくないんですよ。気に入らないなら出てけ「でも詩を投稿してもいいよ、ちょっと配慮してくれれば」みたいなね。だから、ギャースカやってるわけで。「な、ウザイだろ?そろそろ察してくれよ」みたいなね。ただ、放置しておくとグッチャになるのも結構過去ログを見たらわかると思うので、バランスの加減がまだわかってない。どこまでやかましくして、どこまで黙ればいいのかわからない。批評を濁流のようにつけて押し流す方法に、そろそろ切り替えたいとは思ってますけれど。
言ってくださってることに関しては実にその通りで、一通り終わったのでそろそろ静かにしていこうかと思ってるんですが。(あきらめる人は諦めただろうし)
とりあえず、疲れてます(笑)なんというか、こんなゴリゴリのやり方も長くは持たないし、もうじき落ち着くかと。いや、投稿していただいている方に心配してもらって申し訳ない。ありがとうございます。 ('07/12/04 20:37:35 *2)凪葉 :
いえ、少しでも批評する力があればガンガンコメントするんですが、やっぱり、なかなか、ね。
ここ好きなんで、やっぱりなくならいでほしいですし、
力になれなくて申し訳ないなって。
発起人の方ばかり疲れるってのは、やっぱりみてて気分の良いものではないですしね。
...全文を表示 ('07/12/04 22:47:26)ひふみ :
んーと、つまり、戯画?普通に読むと自身への戒めというより風刺の色合いのが強いよね。とか挨拶を省きつつ。仲良くするために書くわけじゃないしね。
テーマ自体は嫌いじゃないな。ありだと思う。(笑)を上手く詩にしちゃう方法なら何通りか思いつくけれど、それとは狙いが違うわけだ。
なんだろうね、消尽とはうまくいったもんだけれど、それとはちょっと違うよね、結局の所は詩をどう読むかのひとつの手順だ。
私も読み手として色々と考える方だから、この手はありだと思う。でも、現時点ではあまり評価できないな、手法の提示というより提案と試験の段階だもの。
...全文を表示 ('07/12/25 08:33:52)ひふみ :
あぁ、私は頭が悪いなぁ。整理します。
「消尽する読み」「文節の終わりに(笑)をつける」
つまり、あらゆる読み方の中のひとつの実践。
ひとつの方法で他人の詩を読む場合、自分の詩にも同じ方法で読むことをしなければならない。これが義務感かららしいけれど、場の意義という観点からみて公にする必要があるのかは疑問。その読みを中心にして構築された詩なら意義はあると思う。ひとつの読み方を基準にして詩を書くとこうなる、という発展性の示唆になる。
...全文を表示 ('07/12/28 07:32:06)ケムリ :
ひふみさん
(笑)は俺の提案じゃなくて、まぁ最近2ちゃんで流行ってたのでちょっと持ってきたわけですが。実は、これ自体「アイロニー」や「脱構築」で語れてしまう批評の作法の一つなわけです。形自体は違えど、50年以上前から形式化されている読みだし、考え方の本質としちゃ物凄く古いものかと。
ポストモダン批評ってのは、早い話「いちゃもん」と「いちゃもんのいちゃもん」だと俺は思ってるんですが、「テクストに対して色んなイチャモンをつけてみて様子みてみようや」ってやってるうちに、手段自体が目的化されてなし崩し、ってのが批評の現在だと思うんですね。そんで、そういう「作法」から使えそうなものを片っ端から持ってきて、見世物やってるのが俺なわけです。俺は、「批評」ってのがなんだかよくわからないんですよ、だから他人の創作手法やあるいは批評手法に該当する概念を知識から持ち出して、交通整理する。名前をつけて技術に還元する。これがここ暫く、俺がやっている「批評」なんですが、批評と呼びえるかは微妙なところですね。哲学やらカルチュラル・スタディーやら文学理論やら政治理論やらポスコロやら、あらゆる分野から知識を持ち出して来てますが、結局「俺はモノサシ一杯持ってるけど、こういうのどうだい?」ってのが俺の正体です。
...全文を表示 ('07/12/28 12:51:04 *1)ひふみ :
狂信者にしてはムラがありすぎるよw
私は文極の目的と目標を私なりに解釈して組み込んだ、いわば文極用に再構築した存在として此処に書き込んでるわけでして、人として必要であっても文極にとって不要であると思うことはぬけぬけと省いたりのうのうとすり替えたりする気を過剰積載です。ですから、挨拶を省いてくださったことに感謝します。
お互いにやるべきことがありますし、流れ的にもここらでしまいとした方がよい気がするので短めに、再度の返信が必要なさそうなものを。
...全文を表示 ('07/12/28 14:07:05)ケムリ :
>ちなみに、これ、「んなもんあったら苦労しねー」といった意味合いの叫びが言外に含まれてます。
その通りだと思うんですが。「いつか到達するさ!」と虚勢を張ってないと、「ポストモダン的虚無主義」とか「逃走論かよ」みたいな感じで空しいので、まぁ実際それはないとしても、日々馬鹿馬鹿しいことを繰り返して頑張るのが大事なんじゃないですかね。スギゾ型人間なんて大嫌いなんで。いっぱい色んな読みをみんなでやって、なるべく色んな読みに耐える強靭な詩作品と、どんな作品も消尽させる読みの攻撃力と、その両方を磨いて行くことが大事なんじゃないですかね。もちろん、作品と読みの関連性はこういう敵対関係に限らないんだけど、そういうものあるね、って感じで。文学極道の目標は二個あると思うんですよ、高い平均点を目指す底上げの問題と、それを突破した人には永久に「この辺が足りない」「この辺はこうやったら消滅する」みたいに課題を押し付け続けることと。この辺、ダーザインの考えた枠組みは優秀だと思うんですよね。
...全文を表示 ('07/12/29 07:55:41 *4)
- ealis 3.0.10 + BUNGAKU GOKUDOU -