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発起人バトル

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36 : いつか遊園地へ(せかいの終わりに)  ケムリ '07/11/03 22:47:47 *1

廃墟になった遊園地(笑)の、メリーゴーランド(笑)の上で
ゴースト(笑)たちが手をつなげた日
水の出ない噴水(笑)の回りに子ども達がいつしか集まって
砂浜に置き忘れた回路が回り始める

星をつなぐひとたち(笑)のために。

ステンドグラスを通りぬけたひかりを浴びて
レストランの真ん中ではっかの煙草(笑)を吸った
テーブルの落書きを見ているうちに
あなたはきっと綺麗になる 何もかも忘れて

切実な夜(笑)のために。

回らなくなった観覧車(笑)が
影を伸ばすためだけに、両足で立ちつづけた
恋しい気持ち(笑)が忘れられないぼくらは
深夜の遊園地(笑)に行きたくて せかいの終わり(笑)を描く

描かれたゴースト(笑)たちに。

世界が終わったら(笑)、ぼくは猫を連れて
廃墟になった遊園地(笑)に向かうだろう
そこでぼくらは、旧い夢(笑)たちと
星空のしたでテーブルを囲んで、一つずつ星くずに名前をつける(笑)

描けないゴースト(笑)たちに。

ゆびさきを遊ばせて(笑)、小さく触れ合おう(笑)
錆びたコーヒーカップ(笑)の上で
自転をやめた星(笑)の上で、繋がってしまった大陸(笑)に
ゴースト(笑)たちの喧騒の中で、もう一度

子ども達は静かに歌い始める。そして、あなたは綺麗になる。

透明な羽ばたき(笑)が、耳をくすぐって
作り物の花(笑)が、夜風の中で泳いでいく
骨になったぼくたちの、風通しのよいろっこつを
ほこり混じりの風が通り抜けていく

世界の終わり(笑)に、猫を連れて。

あなたは綺麗になる、せかいの終わりに
ゴースト(笑)のざわめきの中で
造花の群れ(笑)の中で乾いていくぼくたち(笑)の
一つずつ星屑に名前をつける(笑)

いつか、遊園地へ

>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20071103_364_36p

  • 稲村つぐ :

    >描けないゴーストたちに。

    >ゆびさきを遊ばせて、小さく触れ合おう
    >錆びたコーヒーカップの上で
    >自転をやめた星の上で、繋がってしまった大陸に
    >ゴーストたちの喧騒の中で、もう一度

    ここをもう少し厚くするなりして、強く落とし込まないと、昇華への壁をいま一つ破っていけない。
    よりクリティカルな打撃を受けることで、切実からファンタジーを生み出すときの輝きも、増してくると思いますし、相関図を掴みやすくする、という利点もあるでしょう。  ('07/11/06 23:46:16)

  • :
    なんでタイトルの「せかいの終わりに」には(笑)をつけなかったんですか?

    せかいの終わりに(笑)

    ね?  ('07/11/12 07:57:21)

  • ケムリ :
    >あさん
    いやー、その通りなんだけど、ぶっちゃけ忘れた(笑)
    あと、せかいの終わり(笑)のどっちがより効率的に作品をぶち壊すかも判断に悩んだ。まぁ、それを避けるために「世界」を「せかい」にしたり小細工してるんだけれど、ほとんど無意味ですねこれ。もちろん、一個や二個そういうものが入りこんでも、作品内部でそれが昇華されてれば問題なかったりするんですが、(笑)が題名につくってことはこの作品は非常に「負けてる」わけですね。

    >稲村さん
    ノーストレスで読めて、消えていく消費される作品を書いてみたい、と思ってた時期がありました。そういうわけで、表面上は整っているがなんか薄っぺらい、そんな作品だと思ってます。ただ、俺の場合この読みやすさとポップさは否定的だけでなく、肯定的にも利用したいな、と思うフシもあり、なんか色々悩んでたりします。そこを厚くする、作品世界を広げていく、っていうのは手段としてはよくわかるんですが、この流れを崩さずにやるってのが難しくて、結局この四行短文を並べる手法は放棄したわけだったり。

    何か他人を効率的に殴る手段を見つけたら、とりあえず自分も殴ってみるのがフェアな態度だと思ったり思わなかったり。  ('07/11/13 00:03:03)

  • 松本K :
    (笑)多すぎ。もっと(笑)の破壊力を存分に発揮できるところでピンポイント爆撃したらよかのじゃないかち思います。(笑)で破壊もできていない。  ('07/11/13 11:53:27)

  • ケムリ :
    (笑)、付けすぎるとそれ自体が解体されて意味を失いますね。確かに書いててそれは非常に思いました。題名に一発つけた方が効果的かもしれない。  ('07/11/19 05:11:12)

  • :
    一連目の回路が不細工ですね

    3連目のあなたはきっと綺麗になるが陳腐で吐き気がする

    つまらないです。
    下手くそな文章を気づかれないために(笑)などの特殊効果を入れて意味を持たせようとしてるね、なんだかなぁ、ケムリさんらしいですよね、逃げ道を常に保険かける腰抜けビジョンが、あ、あとお前の返信みましたが、ある意味好きになりましたよ、徹底して講評してる、消えれば責任取った的なキモい部分が少なくなって強くなったよね、なんか嬉しくなったなぁ、まぁガキ臭いはガキ臭いんだけどさ、すごく尊敬できる部分があって、それを貫けるんだなぁってな、この詩の中の(笑)は全部いらないと思います。  ('07/11/25 19:01:38)

  • :
    一連目、回、回、回不細工です、周り、じゃなく回りはわざとですか?どちらにしろ不細工ですが、11連目よいろっこつ、視覚的にダルいです。  ('07/11/25 19:15:27)

  • ケムリ :
    おう、確かにこれはヘタです。
    あと、(笑)はあれなんですよ、他人をこの方法で罵倒したならば、俺は俺の作品をこの方法で読まなければならない、そういう義務感です。他人に与えた痛みは、読みは、自分にも与えなければならないってことで。(笑)は詩的効果ではなく、真逆。この作品のヘタっぷりを明らかにするためのものです。スイーツ(笑)みたいな「消尽する読み」を試してます。詩的語彙がどこまで生き残るか。ちょいとログ辿って、経緯読んでください。的外れです。一度、「悪しき見本」として出した後に、書き加えられたものです。俺は他人の作品を裁く立場に立つ以上、自分の作品を痛めつけることを躊躇しない、という表出でもあります。特権的立場に置いて、他人だけを裁く人間なんて大嫌いだ。俺は他人に与える痛みを自分でも受容するってことです。

    それともう一つ。回路は「周る」ものではなく「回る」もんです。通常の範囲として、ですね。日本語をご存じない、第三国の人間ならやむを得ないミスとは思いますが。「周る」にする意味は感じられない。三連目についてはその通り、ポップの範疇に回収される「陳腐さ」を狙ってます。ただ、その狙い自体がつまらないことははっきりしていて、正直「悪い見本」として出してるわけです。もっと言えば、この作品はフォーラムの単純なポイント狙いの悪しき見本なんです。20ポイント近く入ったわけですがね、こういうのは認めないよ、って意味で。まったくもって、ゴミです。整えられたゴミ、その通り。

    それと、俺は正直意図的に、文学極道の狂信者を演じてます。そういう役回りは、恐らく必要なんでしょう。教義のために教祖を殺す気はアリアリです、もし俺の意に添わなければ、俺はダーザイン氏でも真正面からぶったたくでしょう。狂信者ってのはそういうもんです。自意識過剰なクソガキと違い、俺には目的意識と方法論がある。それだけです。だから、「気に入らなければ失せろ」って位置に立ち続ける限り、「俺が文学極道の意思だ」というところに立つ限り、俺が論議で負けることは有り得ないし、邪魔な人間は容赦なく排除する。本当に、それだけなんですよ。場を守ることを一義とするだけでいいんですよ、俺は。そのための手間と努力は惜しまないし、屁みたいな罵倒をする人間や、あるいは根拠も無く自分を高みに置くような人間は、どんどん攻撃する。罵倒ってのはね、誠実でなきゃいけないんですよ。少なくとも、何か一つの拠り所に関して。誰でも言えるものは罵倒じゃない、文学極道の文脈ではね。そういう人間は、必要ない。おまえは不要な人間だよ、死んでいい。それだけなんだとね。  ('07/11/27 03:20:09 *7)

  • 匿名 :
    第一義は、詩を読んでもらえるものにするで、場を守るじゃなかったんじゃね?てかほんとにあのケムリ氏かと疑いたくなる。おもいばっか、つっぱしって相手のこと「愛してんだ!」とかいってるだけのガキとかわらんね。いい作品つくるとか、持ってくるとかした方がいいんじゃね?  ('07/11/28 21:44:05)

  • ケムリ :
    場を守ること、方法の問題と目的を明確にしていくこと。それは全て同義だと俺は考えているよ。いい作品を作って、持ってきて、場を維持できるならそれもいいし、場が成熟して落ち着きを取り戻したらそういう方向にシフトしようかとも思っている。相田みたいのが消えればね。俺だって、好き好んで一番嫌われる役目をやってるわけじゃない。むしろ、俺がゴチャラゴチャラ言わなくても、ほっといても場が適切に維持される状況になるなら、俺の仕事は四分の一くらいになるわけで。もっと、作品一つ一つに入念に評を入れられるから、確かに望むことなんだけれど。現実的に、厳しいだろ。俺は厳しいと思っている。参加する人間が場の狙いと目標を理解し、ある程度適切に「使って」くれればいいんだけどね。内心では賛同できない面も多いが、ここはそういうルールだ、と。そういう評価を受けるために「利用する」でいいと思っている。ただ、今のところそういうことが出来ない方が多いから、俺は当分この独裁を続けるよ。

    〜した方がいいんじゃないか、〜しろ。言うのは簡単だ。人を呼び寄せるのは、投稿者を探すのは、ダーザインさんが既にやってたがね。俺は、場の整備と意思を明確にすることを選んだ。それだけだよ。投稿者としては、そういう役目でよかったと思うけれどね。実際、そういう人がいて、人気を博してくれれば俺も嬉しい。あんた、やらないか?相田みたいなのが全滅した時のために考えておくよ。当分は、強硬路線を崩す気はないけれど。俺だって疲れるんだ。そういう風に維持できるようになったら、すごくいいね。ただ、自由投稿掲示板スタイルっていうのは、投稿された作品を一度『選別」するのと違い、猛烈に手間を要する。常に、投稿者以上の勢いで場を管理する人間が言葉を発信し続けないと、よくある「死滅した掲示板」になる。あっという間。これはホント。実際、クソポエムが濁流のように流れて行く掲示板と、文学極道の違いは口うるさい発起人と献身的な管理者がいるかいないか、だけなんだよ。それに、何度と無く文学極道が酷いことになったのは、見て来ただろ。見たことがないならログ辿ってみな。一ヶ月単位で、誰かが批評を精力的にやってないとガラリと場の雰囲気は変わるから。だから、俺はこんな疲れる姿勢でいなくて済むようになるのを待ってるよ。ケムリはうぜえがうるせえから従ったフリしとくか、投稿者諸氏に求める姿勢はこれだけだ。ぶっちゃけちまえばね。まぁ、俺はズンドコ嫌われて行くだろ(笑)、普通にうざいだろうと思うしな。だから、仕事量で信頼を得たいと思っている節もある。でも、信用するかしないかは、皆自由だ。  ('07/11/29 17:07:00 *10)

  • 凪葉 :
    こんにちは。
    わたしが言うのはおかしいかもしれないけれど、
    正直、匿名さんと似たような気持ちをもちました。
    (笑)なんかつけることないだろ。それは本当にいいことなのだろうかって。

    で、話はかわり、最近の掲示板の様子を見てて思うのが、ケムリさん同じこと言いすぎじゃないのって。
    だってすごく単純な話なのになって。
    もちろんケムリさんが言っているここの方針を相手が無視して行動してるからだろうけど、
    同じ相手に同じこと繰り返すのは無意味じゃないかなと思います。気に入らないなら出ていけ、嫌ならアク禁って言っているんだから、それでいいんじゃないのかな。皆さん子供じゃないんだし、それ言っても直続くならアク禁、
    それじゃ駄目なんですかやっぱり?
    こんなんじゃケムリさん、疲れちゃいますよ。
    疲れてると思いますが。

    そんな単純な問題じゃないのかなぁ。  ('07/12/04 15:14:59)

  • ケムリ :
    いや、シンプルに。
    アク禁とか、したくないんですよ。気に入らないなら出てけ「でも詩を投稿してもいいよ、ちょっと配慮してくれれば」みたいなね。だから、ギャースカやってるわけで。「な、ウザイだろ?そろそろ察してくれよ」みたいなね。ただ、放置しておくとグッチャになるのも結構過去ログを見たらわかると思うので、バランスの加減がまだわかってない。どこまでやかましくして、どこまで黙ればいいのかわからない。批評を濁流のようにつけて押し流す方法に、そろそろ切り替えたいとは思ってますけれど。

    言ってくださってることに関しては実にその通りで、一通り終わったのでそろそろ静かにしていこうかと思ってるんですが。(あきらめる人は諦めただろうし)
    とりあえず、疲れてます(笑)なんというか、こんなゴリゴリのやり方も長くは持たないし、もうじき落ち着くかと。いや、投稿していただいている方に心配してもらって申し訳ない。ありがとうございます。  ('07/12/04 20:37:35 *2)

  • 凪葉 :
    いえ、少しでも批評する力があればガンガンコメントするんですが、やっぱり、なかなか、ね。

    ここ好きなんで、やっぱりなくならいでほしいですし、
    力になれなくて申し訳ないなって。
    発起人の方ばかり疲れるってのは、やっぱりみてて気分の良いものではないですしね。

    ケムリさんのレスはすごく勉強になります。他の方へのレスも含め。
    いつも楽しんでるんです。
    お体一番で頑張って下さいな。
    なんだか変なスレになってしまいましたね

    では、また。  ('07/12/04 22:47:26)

  • ひふみ :
    んーと、つまり、戯画?普通に読むと自身への戒めというより風刺の色合いのが強いよね。とか挨拶を省きつつ。仲良くするために書くわけじゃないしね。

    テーマ自体は嫌いじゃないな。ありだと思う。(笑)を上手く詩にしちゃう方法なら何通りか思いつくけれど、それとは狙いが違うわけだ。
    なんだろうね、消尽とはうまくいったもんだけれど、それとはちょっと違うよね、結局の所は詩をどう読むかのひとつの手順だ。
    私も読み手として色々と考える方だから、この手はありだと思う。でも、現時点ではあまり評価できないな、手法の提示というより提案と試験の段階だもの。

    ちなみに私自身はこの手を自分の詩にも他人の詩にも使う気はないけれど、興味はあるので、ちょっと考察してみよう。
    ・耳障りの良い表現の末尾に(笑)をつけて読んでなお印象が崩れ(覆ら)なければそれは強度のある表現だ。
    強引だけれど、仮説を立ててみた。これって(笑)が適切かは分からんね。(爆)とか使いようによって寒くなるのならなんでもいい気がする。
    まぁ、(笑)で話を進めよう。
    詩でありがちな、悲しい、寂しい、苦しい、といったのが表現の軸になっている詩にとって対極の表現に、まぁなるから、一応は天敵となりえる。つまり、そういった詩を突き放して読むには便利かもしれない。楽しい、面白い、が表現の軸となるとちょいと疑問符つくな。
    私だったら、個人的にすっごく嫌いな奴を話者ないし作者さんに当てはめて読むだけなんだけれど、それよりは具体的な手順を踏めていいかもしれない。ただ、それで実際にちゃんと評価の物差しになるかというと疑問符だね。つまり、好きな作者さんの表現は(笑)をつけてもやっぱり好きだったり、思い入れのある表現は(笑)をつけても印象が覆らない可能性がじゅうぶんに考えられると思うのだ。

    まぁ、実際に使われてるのは、私の知る限りこの詩だけだし、仮説の考察だから、あんま突き詰めようもないし、問題点なんかケムリさんも幾つか思いついてるだろうと思う。
    確かなのは、確立するにはまだ試験が必要ということ。それも客観性を重視したのね。
    誰かに詩を出してもらって、その段階で何人かに読んでもらう、次にケムリさんが(笑)を片っ端からつけて、その段階でまた読んでもらう。それで印象が変わった、(笑)をつけただけで駄目になった、と思うところをあげてもらい照らし合わせる。それくらいはしなきゃ駄目かもね。
    といっても、突き詰めていって「自戒や義務感から書いて出しただけ」ってんならそんなことをする必要もないだろうけれどね。  ('07/12/25 08:33:52)

  • ひふみ :
    あぁ、私は頭が悪いなぁ。整理します。

    「消尽する読み」「文節の終わりに(笑)をつける」
    つまり、あらゆる読み方の中のひとつの実践。
    ひとつの方法で他人の詩を読む場合、自分の詩にも同じ方法で読むことをしなければならない。これが義務感かららしいけれど、場の意義という観点からみて公にする必要があるのかは疑問。その読みを中心にして構築された詩なら意義はあると思う。ひとつの読み方を基準にして詩を書くとこうなる、という発展性の示唆になる。

    他人のだろうと自分のだろうと作品に対して思いつく限りの視点で読むのは当たり前にやるべきこと。でなけりゃ何を基準に推敲するんだ、詩を精査するんだ、って話になる。
    ひとつの読み方を「こんな風にやってます」といちいち実際に形にして公表する必要があるんかね。その読み方が一にして全、その読み方だけで全てを網羅できるというものでない限り、きりがないよ。
    きりがないことをしようってんなら、少なくとも(笑)だけでなく、いままで実践してきた読み方も同様に形にしなければ片手落ちってもんだ。
    場に対する(笑)という読み方の提示ではなく、個人的に必要なことだから、ってんなら(笑)だけじゃだめだ。全部やんなきゃだめだ。  ('07/12/28 07:32:06)

  • ケムリ :
    ひふみさん
    (笑)は俺の提案じゃなくて、まぁ最近2ちゃんで流行ってたのでちょっと持ってきたわけですが。実は、これ自体「アイロニー」や「脱構築」で語れてしまう批評の作法の一つなわけです。形自体は違えど、50年以上前から形式化されている読みだし、考え方の本質としちゃ物凄く古いものかと。

    ポストモダン批評ってのは、早い話「いちゃもん」と「いちゃもんのいちゃもん」だと俺は思ってるんですが、「テクストに対して色んなイチャモンをつけてみて様子みてみようや」ってやってるうちに、手段自体が目的化されてなし崩し、ってのが批評の現在だと思うんですね。そんで、そういう「作法」から使えそうなものを片っ端から持ってきて、見世物やってるのが俺なわけです。俺は、「批評」ってのがなんだかよくわからないんですよ、だから他人の創作手法やあるいは批評手法に該当する概念を知識から持ち出して、交通整理する。名前をつけて技術に還元する。これがここ暫く、俺がやっている「批評」なんですが、批評と呼びえるかは微妙なところですね。哲学やらカルチュラル・スタディーやら文学理論やら政治理論やらポスコロやら、あらゆる分野から知識を持ち出して来てますが、結局「俺はモノサシ一杯持ってるけど、こういうのどうだい?」ってのが俺の正体です。

    >その読み方が一にして全、その読み方だけで全てを網羅できるというものでない限り、きりがないよ。
    それは、同意するけど同調しない。例えば、色んな読み方があるわけです。それこそ「マルクス主義的読み」や「ポストモダン的読み」…、色んな作法がある。懐かしの疎外論や二元論的読み、あるいは作者=天才のロマン主義的読み、最早何がなんだかわからない無限に脱構築されていく現代的読み、色々あるわけです。それらをもうこの際「何が正しい」とか放棄して、並列にガチャガチャ並べて片っ端から使ってみる。そういうことをしてるわけですね。きりがないのは確かですが、読み方の「作法」を覚えることは有益であるという立場に立つので。まぁ、おべんきょが好きなんです、俺はね。

    それで、読みの経路を何故イチイチ示すか、それも不必要なほどやるかっていうと、俺は文学極道が「お習字教室」だと思ってるからです。それは、俺にとっても投稿者にとってもそうです。だからこそ、できる限り読みの筋道は明確にして、このような目線からこう読めると提示する、「読み手のサンプル」なわけです。それも、親切なサンプルであるべきだ、っていうね。だからこそ、きりがないことを承知の上で、一つの読みを無数に提示していくというのが俺の批評観です。ついでに、この作品におけるそれのように、その読み自体を破壊するようなやり方も提示してみる。(この作品の場合、つけ過ぎで狙い通りの効果が消尽してますよね)というのも、あらゆる作品を評価できる目線っていうのは存在しないってのが俺の考えで、結局は場当たり的に使えるモノサシを増やしていくしかないってのが根底にあります。

    つーわけで、これからも新しい読みを適用するごとに全て形にしていきたいと思うんですが、こういうアイロニーの読みみたいに何でもサクっとサンプル化出来るわけでもないので、中々難しいところですね。とりあえず、ある種の作品を消し去るのに定型的で非常に便利だったから、とりあえずやってみたわけでして。理論を適用することと、こんな風にわかりやすく形にすることは大分違う気がします。もっとも、「理論」なんて大げさなものでもないんですけどね、大半はみんなが無意識にやってることに名前をつけて整理しただけなので。

    それで、多分これからも(時間と労力が許す限り)「こんな風に読んでこんな評価です」って愚直に説明する物好きでありたいと思うんですね。(笑)の効果の程度に関しては、こんなもんただのお遊び程度かと思ってます。適用出来ない作品は無限にある。でも、そんなお遊びで他人を攻撃するなら、やっぱ「自分の作品もこんなひどいことになるねぇ」ってのは見せとくべきかなぁと思うわけですね。これは、風刺というよりは自戒です。こうね、ヒヒョーとかやってると「自分だけは例外」みたいな感覚がふつふつ湧き上がって来る昨今ですが、俺もその程度だと理解しておくことは大事だと思うんですね。これは、俺のマゾヒズムの問題ですが。

    なんにせよ、本掲示板の方でも非常に良い読みを展開してくださっているようで、感謝します。これからも、是非。  ('07/12/28 12:51:04 *1)

  • ひふみ :
    狂信者にしてはムラがありすぎるよw

    私は文極の目的と目標を私なりに解釈して組み込んだ、いわば文極用に再構築した存在として此処に書き込んでるわけでして、人として必要であっても文極にとって不要であると思うことはぬけぬけと省いたりのうのうとすり替えたりする気を過剰積載です。ですから、挨拶を省いてくださったことに感謝します。

    お互いにやるべきことがありますし、流れ的にもここらでしまいとした方がよい気がするので短めに、再度の返信が必要なさそうなものを。

    >その読み方が一にして全、その読み方だけで全てを網羅できるというものでない限り、きりがないよ。
    ちなみに、これ、「んなもんあったら苦労しねー」といった意味合いの叫びが言外に含まれてます。
    んー、ケムリさんは外から、私は内から、という違いかな。どちらがより不親切かは相手方の判断に任せましょうかw  ('07/12/28 14:07:05)

  • ケムリ :
    >ちなみに、これ、「んなもんあったら苦労しねー」といった意味合いの叫びが言外に含まれてます。

    その通りだと思うんですが。「いつか到達するさ!」と虚勢を張ってないと、「ポストモダン的虚無主義」とか「逃走論かよ」みたいな感じで空しいので、まぁ実際それはないとしても、日々馬鹿馬鹿しいことを繰り返して頑張るのが大事なんじゃないですかね。スギゾ型人間なんて大嫌いなんで。いっぱい色んな読みをみんなでやって、なるべく色んな読みに耐える強靭な詩作品と、どんな作品も消尽させる読みの攻撃力と、その両方を磨いて行くことが大事なんじゃないですかね。もちろん、作品と読みの関連性はこういう敵対関係に限らないんだけど、そういうものあるね、って感じで。文学極道の目標は二個あると思うんですよ、高い平均点を目指す底上げの問題と、それを突破した人には永久に「この辺が足りない」「この辺はこうやったら消滅する」みたいに課題を押し付け続けることと。この辺、ダーザインの考えた枠組みは優秀だと思うんですよね。

    まあ、到達点などないと認めながら到達しようとする、みたいなね。そういうの、マゾっぽくて素敵ですよね。挨拶不要の文学極道、いいじゃないですか。  ('07/12/29 07:55:41 *4)

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