56 : 潮騒(改稿) みつとみ '10/03/16 00:49:18 *9
傷のある胸のなかにも響く、潮騒があった。閉じた目を開くと、淡い光につつまれた海があった。数年前に、女と漂流した海辺に、わたしは立ち尽くしていた。
(わたしは、油と原材料の臭いのする工場の、薄暗い現場にいた。大きなグリース製造釜を回す騒音。塗装された空きドラムに、レバーを開き、グリースを充填する。ドラム缶に金属バンドを取り付け、ボルトをラチェットレンチでしめる。フォークリフトが警戒音とともに、構内をひんぱんに出入りしていた。油と泥で汚れた作業着は、洗っても落ちない色があった)
(数年働き、契約途中で工場を解雇された。仕方なく内陸工業団地から海辺へのアパートに、戻ってきていた。軍用ジャケットのポケットに手をいれて、佇む。きょうは晴天だが、潮風が冷たい。日があるうちは、海沿いの道や浜辺を歩いていた。潮騒に耳を傾ける。ぼんやりと、あの日の波間に漂う女の首筋が、思い浮かんでいた)
(ハローワークの近くの通りで、小さな雑貨店にはいった。ガラス戸に、閉店セール半額のビラが貼り付けてある。狭い店内の、棚に並ぶアジアの天然石、アクセサリー、香を見て回る。若い女性店員に、ヘタマイトの黒いブレスレットを見せて、買い求めた。ヘタマイトは、いくらか重い感触がある)
わたしは、広い海辺に立っていた。ジャケットの襟についている毛先が、風で頬にあたる。わたしの頭上を鳥が鳴いては、旋回している。仰ぐと、限りのない透明な青がしみるので、目を細めた。
手をかざす。手首のヘタマイトが黒い光を反射している。砂浜を歩き、寄せてくる波の前に立つ。わたしは一歩まえに進む。足元にはまだ波は来ない。
わたしは左足を、もう一歩前に進める。スウェードの茶色の靴先が、水で濡れて黒ずむ。ゆっくり、右足を進める。足元がすこしふらつくが、左足をもう一歩。砂地がわたしの重みで窪んでいく。
大きな音とともに、白い波が盛り上がり、打ち寄せた。身をひこうとして、バランスを失う。砂地に、片膝をつきそうになる。ジーンズに波しぶきがかかる。白い泡が光る、その先に、女の足先が、一瞬見えた。浜辺のあらゆる音が消えていた。
女の顔を確かめたくて、視線をあげた。瞳と唇を知りたかった。
波で光が反射した。女の姿はもう見えなかった。あれはなんであったか、取り残されたわたしは、海を前に立ち尽くしている。広すぎる青い空に、ひとつだけの小さな陽は、わたしにはまぶしすぎて。
*くどくなるので、修正はこれでお仕舞い。あとは活字用に微調整しますが、こちらではアップしないので。今年秋発行の日本詩人クラブのアンソロジーに載せるつもり。
>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20100316_617_56p
蛾兆ボルカ :
愉しく拝読しました。
濃密さを感じます。
海に引き込まれていくときのような、絶望の愉しみでした。
(伊豆で溺れかけたときを思い出しました。)
一方で、ところどころで、詰めが甘い印象もうけました。>日中を
とか>雑貨店
とか。
あるいは意図した表現かもしれませんが。
文末の時勢についても、読んでいて、わずかなとまどいが残りました。
でだしとラストは過去進行形ですが、同じ時間でしょうか。
その他、現在形、過去形、完了形が使われてるようですが、すこしづつ違和感があり、キマッていないように思います。
もちろん労働、失業、ハローワーク、海の順であることは、意味からわかるのですが、冒頭の「女」が海の女の回想であるなら、ラストが冒頭より前の時間にも思えました。
ギッチリ決め込むと、よりキモチ良い流れになると思います。 ('10/03/16 12:52:38)黒木みーあ :
>日中を海辺を歩いていた。
ここ少し、もたつきますね。
でも、一回読んだ感想としては良いですね。
ちょっとまた、時間ができ次第、わたしの出来る限りのコメントを、しますね。 ('10/03/16 12:55:40)みつとみ :
ボルカさま
コメントありがとうございます。文末の時勢(→時制)というか、過去形とか現在進行形とか、それはわざと散らすようにしています。たぶん、創作教室や、小説の文体スタイル本から、自分で選びとった方法です。この作品はまだ手をいれるべきものですが、まあ、ひさしぶりに数年前のスタイルとテーマに戻してみたという感じです。ありがとう。 ('10/03/16 20:17:51 *1)みつとみ :
黒木さま
律儀にコメントどうも。そうですね、もうすこし言い回しや、風光や細部等の描写などを考える余地はありますね。ありがとう。 ('10/03/16 20:19:06)黒木みーあ :
こんばんは。改めまして、よろしくにはよろしくを。黒木です。
とても丁寧な描写ですね。伝えようとする意志を感じます。なんて、社交辞令みたいですよね。でもほんとうです。
難しいのは、「親切」と同じで、やりすぎてしまうと、かえって逆効果になりはしないか、ということですよね。
これ、とっても個人差があるので、ほんとに、かるーく聞いてほしいのですが、>わたしは、油と原材料の臭いのする工場の、薄暗い現場にいた。グリースを製造するための、大きな釜を回す騒音。塗装された空きドラムに、レバーを開き、グリースを充填する。ドラム缶に金属バンドを取り付け、ボルトをラチェットレンチでしめる。フォークリフトが警戒音とともに、構内をひんぱんに出入りしていた。油と泥で汚れた作業着は、洗っても落ちない色があった。
この部分、大切なところは、>油と泥で汚れた作業着は、洗っても落ちない色があった。
この最後のところですね。洗っても落ちない色、というのはとても印象に残るし、どんな色だろう?と、イマジネーションも働きます。
それに、そこに何か別の意図を想像することも、できる気がします。
しかし、です、>グリースを製造するための、大きな釜を回す騒音。塗装された空きドラムに、レバーを開き、グリースを充填する。ドラム缶に金属バンドを取り付け、ボルトをラチェットレンチでしめる。フォークリフトが警戒音とともに、構内をひんぱんに出入りしていた。
ここのところ、ちなみにわたしはどれも想像できるので、わたしは、ね、全然、いいのですけれど、例えばこれを全く想像できない人がいるとします。そういう人に伝えるにはどうすればいいのでしょう。グリースを製造する過程の細かい部分や、工具等はさておき、>大きな釜を回す騒音
>フォークリフトが警戒音
ここらへんなら、どのような音か、もう少し伝えられると、思いませんか?>塗装された空きドラムに、レバーを開き、グリースを充填する。ドラム缶に金属バンドを取り付け、ボルトをラチェットレンチでしめる。
問題なのはここですね。これは親切なんですけれど、不親切です。
細かさ、の難しいところですよね。
ですが、今言ったことは、ほとんど気にすることはない、ものだとも、思います。
実際この作品の場合、中小企業で汗水流して働いてる、的な雰囲気が伝わればOKだと思いますし、というか十分、伝わっていますから、ね。
ちょっとした、いやがらせです。ただ褒めても、つまらないですからね。>軍用ジャケットのポケットに手をいれて、
ちなみに、この描写はとても良いなと、思いました。なぜかって、この描写、さりげないじゃ、ないですか、スマートな流れですね、けれどしっかり、読み手のイメージに働きかけてきます。ただのジャケットではなく、軍用ジャケット、なわけです。作中内のわたしの、さみしい背中が浮かぶようです。>大きな音がした。波がわたしの膝もとまできていた。身をひこうとして、バランスを失う。白い泡が光る、その先に女の透明な手が、一瞬見えたような気がした。さしのべるその手は透明で、わたしの茶色の靴先が見えていた。そのとき確かに、浜辺のあらゆる音が消えていた。
変化、という点で、この作品に見られるのはここ、でしょうかー、ね。
とても自然な展開で、良いと、思うのですが、ちょっと、作品全体を見渡して思うのは、もう少しインパクトみたいなものが、あるといいかなと、思ったりもします。
短い作品なので、そこまで強くは思わないですが、うんでもやっぱり、なにかほしいなぁって。
いやーな言い方をするとですよ、この作品、海パワーがかなり炸裂していると、思いませんか?
海、潮騒、というと、それだけでもう心がどこか遠くに言ってしまうような、さみしさが生まれてくるのです。わたしの場合。
あ、ちなみに今、わたしは欲を出してものを言っています
なので、これはもう、わがままに近いものなのです。
わたしと、女、社会性、が、海という果てのないものに含まれてしまうような、そんな感覚を抱いて、良いなって、思ったんです。でも良いな、だけだとちょっと、どうかな、ということであーだこーだ言っているわけなのです。
インパクト、というのは、その、海パワーを凌駕するもののことですね。それこそ、予想外なものでもいいと思うし、読み手の頭の中で描かれているであろう景色を、ばばっと一転させるでも、いいと思うし、いろいろ、あると、思うんです。良いか、悪いかは、わかりませんけどね。>海を前に立ち尽くしている。広すぎる青い空に、ひとつだけの小さな陽は、わたしにはまぶしすぎた。
ここは、すごく、ぐぐっときますね。
まぶしすぎる、という表現も、流れの上で自然と納得できるので、良いですね。
(ところで、わたしは期待とか、そういう類のものはとっても苦手なので、レスとかも、ほんとうに、かるーく聞いてくださいね。読解力には自信がないことに自信があるような、ネガティブな人間なのです。
こいつぜんぜん読めてないな!とか、思われる方の人間なのです。ただ、精一杯しか、できないのです。>失礼に当たらなければ、今後ともよろしくです。
わたしなんかでよければ、もちろん、構いませんよ。もう少し見ていればわかるかとは思いますが、基本、読めない人間なので、そこらへんは、ゆるしてくださいね。) ('10/03/16 22:42:21 *1)みつとみ :
黒木さま
おー、詳細な読みのレスありがとう。うれしいです。あとで、ご返事書きますね。なぜなら夕ご飯だから。一食、ごちそうしてあげたい気分ですよ。では、また。 ('10/03/17 18:02:42)みつとみ :
黒木さま
描写もどこまでして、どこまではしないかというのは、永遠の課題のような気がします。ドラムやレンチの件は、ちょっと名称に寄りかかっていますよね。もうすこし考えてみましょう。「大きな音がした。」はいわば起承転結の「転」にあたるかもしれませんね。効果的なものがあるかどうか考えてみます。あとはおおよそ評価いただき、光栄です。とてもよく読んでくださり、感謝です。ちゃんと読めていますよ。作品の質をあげるのに役立ちます。ありがとう。 ('10/03/17 19:32:00)TUN :
こんにちは
みつとみさん
映像が浮かびあがりますね。
描写的には空想と現実が妙な懐かしさを伴いながら殺那的に訴えてくる(優)だと思われますが‥ 考えみてください
これを映像にするとほんの数分のカットで終わってしまう
オチ先が読めるような展開も目新しさはない‥然し抒情はある‥何故か物足りない‥‥
像に浮かんだ女を追想の彼女としたなら‥その象徴的なヒマラヤ水晶のペンダントはどこに消え去ったのでしょう
最終連に、自分用の黒のヘタマイトのブレスと交錯するように、もう少し強烈に強調されてもよいのでは…と思いましたが 。
然し みつとみ作品を覆う鳥や太陽や空の幕漠は、 何故か過去を引きずりながら前向きになれない儚さを感じてしまうのは… ボクだけでしょうか
雑感ながら失礼しました 。 ('10/03/19 18:19:38)みつとみ :
TUNさま
数分かもしれないし、十数分かもしれないし。それでよいかもしれないし。
水晶のペンダントは、次の続編・続続篇で必要になるアイテムです。
ヘタマイトのブレスはご指摘にあるよう考えてみたいですね。
過去の傷を引きずりつつ、さまようという一連の男の話です。
なぜか文極では光冨という作者においては、この作品の類しか納得しない場のようなので、そのようにしてみました。
窮屈であり、退屈でもありますが。「退屈」というのは、わたし自身も、作品も。
もうすこし遊びをいれたいですね。
コメントありがとうございました。 ('10/03/19 21:45:46)ダーザイン :
これこそ光冨さんですね。久々に本領発揮しておられるのを見て嬉しいです。私自身貴殿の筆致から多くを学ばせて頂いたので、貴殿がぬるい感じだとさびしいので。
で、本当に書きましたか、バードシリーズ派遣労働者リストラ編。素晴らしいです、是非とも書き続けてください。光冨さんの抱いている神話、幻影の女を求める存在論的な話ばかりではなくて、今後の展開、派遣切りはとても現代性のある現実なので、そういうことも織り交ぜてほしいと思います。
さて、描写が薄いです。黒木みーあさんが引用してダメ出しした部分、全部戻してください。あれらの工場労働の描写があった方がリアル感が格段に増します。私はああいう労働の工程は知らないが、ちゃんと伝わる文章であるし、作品に重みを与えるインパクトのある描写なので、削るなど考えられないです。元に戻してください。描写を描写を、徹底的に描写を。それが、私の師匠である光冨さんです。 ('10/04/03 20:20:59)みつとみ :
ダーザインさま
工場内の描写の部分は、いる(あってよい)・いらない・不親切との3通りの考えが実際にあります。いちおう、わたしのパソコンのハードディスク内の原稿では描写を戻したうえで、加筆・修正しておきました。もうすこし、見直しておきます。描写に関しては、いる・いらない・直接的なことは避ける、という3通りの考えも詩に関して一般として実際にあるようですね。まあ、描写性の一連の作品を書いてしまった作者としては、徹底させないと周囲の何割かは納得しないということでしょうか。ありがとう。 ('10/04/03 22:59:20)ピクルス :
みつとみさん、こんばんは。> 傷のある胸のなかにも響く、潮騒があった。
とりあえずツカミはオッケーですね、何処が玄関なのか裏口なのかも判らない家には、そもそも入れませんので。オーバチュアとして(弱くても)活きた詩情が立ち上がり、作品に対する期待値を読み手が高めていくその最初の助走力となる、これ、意外とぞんざいに考えている書き手が多いようなんですが、その辺りやはり巧いな(というか普通にこれっくらいはやってほしいもんですけど)と。
それでですね、過去形や過去完了形である連、()とか(())でくくって判り易くしてらっしゃいますが、特に一連および二連が、ややもすれば「説明」に傾き過ぎてやしませんかね?また、時制その他で意図的なところもあるとは思いつつ、文末が>た。
で締められているのがこうも続くと、作品が凡庸な読書感想文化してしまいかねない印象を受けますし、リズムの流れも悪くなるように感じるのですよ、逆に言えば妙な情緒性は排したい思惑が透けて見えたりもするわけですが。
工場の描写に関しては、私は、あっても無くてもそんなに変わらないんじゃないか、と。これは作品のボリュームから考えての話になりますけども。
ま、工場の描写を削った現況であっても、作中の男が「かつて工場で働いていたが失職しハローワークに通う、そんなに体力があるわけではない、少しばかり硬派なロマンティスト」程度以上の事は充分に伝わります、がしかし、それは本作品の本懐ではないように感じますので。
六連の動きは佳いっすね、ちょっと連れていかれちゃう。
描写が巧いかそうでないか、ではなく、描写に詩情が灯るかどうか、のところですかね個人的には。話者の所作に、荒んだ、しかし下品ではない美がある、これですね。平易な言葉を選択しつつ推敲を丁寧に重ねたその痕跡もちゃんと消している、これも、です。
ただ、最終連、ちょっと物足りなさはあるのでは。
余韻も、もう少し欲しかった、たとえトゥ・ビー・コンティーニュドになるとしても、また読みたい・楽しみに待つ、その為に(幾つかの伏線が忍ばせてあるのとは別に)なんらかの素朴な謎がたとえ小さくても読後に残るような仕掛けがあれば、もっともっと魅力的な作品になったであろうと思います。
生意気にいろいろグダグダ書いて、すいません。
ま、その、読んで素直に良かったな、と、もったいないな、と思いましたので。はい。
ありがとうございました。
ピクルス拝 ('10/04/04 22:46:28)みつとみ :
ピクルスさま
各種ご指摘ありがとうございます。検討しておきます。丸カッコは、工場内の描写を戻した時点で、取り除いています。まだ時系列の絡みで、検討中で、修正したものはわたしのパソコン内にだけあって、こちらにはアップしていませんが。(現在→数年前→現在→数日前→現在、という運びがわかりにくいかなとか)。謎を残しておくというのは、よいアイデアですね。 ('10/04/05 20:41:13 *1)シロ :
筆致がとても好みでした。
女の存在が不思議にあやふやに描かれており、それを考えさせられます。
中盤以降、文体のカラーが変わります。
全体的な詩のバランスが、私的には少し物足りなさを感じました。
あくまでも印象にすぎません。 ('16/04/11 18:17:48)光冨 :
シロ様
ご感想ありがとうございます。どこかしら淡泊で物足りなくもあるかもしれませんね。 ('16/04/11 20:33:31)
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