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現行ログ検索結果 (投稿者)
22 : [返信] 山田太郎 ('16/07/23 09:31:54 *1)
こんにちわ いつもお世話になっております。
「熊本地震3ヶ月目・連続震度7と1900回」関心をもって読ませていただきました。
最後の、「私は今回、自分が被災して初めて阪神大震災や新潟中越沖地震のこと、
東日本大震災の時に胸を痛めながらも何もわかっていなかったことを知りました。
自分を恥ずかしいと思いました。今、いろんなことに感謝する日々です。」
という発言がいちばんうれしかったし、ありがたいとおもいました。
さすがだなともおもいました。
わたしはおそらく唯一だろうと思いますが、阪神淡路大震災直後の大阪から神戸まで
を徒歩で歩いた男です。
途中、カメラを抱えた外国報道クルーやプロ写真家とも出会いましたが、神戸に近づくほどに
たったひとりになりました。
テレビでは神戸の惨状をばかり伝えていましたが、ほんとうの地獄はそんなところになかったのです。
決してテレビでは伝えられない、顔をそむけるしかない地獄はむしろ甲子園口から神戸へと至る
国道上に延々と続いていたのです。それをいまここで語ることもはばかれるほどに。
さて、神戸淡路大震災ほどの地獄ではないにしても、熊本での大震災を経験された作者が
いま、この詩をどのようにみているのか。わたしとしては、
これから熟み来る苦が全て
楽しく 、 私は仕方ない
という前向きな気持ちでやっていかれればいいなと思いました。58 : [返信] 山田太郎 ('16/07/24 08:21:14 *1)
どうしょうもないのひとこと。
すこし歳をとっておもいきり赤面するとおもう。
もしそうならないなら、いまもそうだが、
自己欺瞞のかたまりみたいな金儲け主義の
そろばんおやじになっているだろう。
文学に縁のない人間が文学極道の代表って、
あまりにも無残なギャグではなかろうか。62 : [返信] 山田太郎 ('16/07/20 05:36:28 *2)
こんにちわ いつもお世話になっております。
いつのまにか
知らない
なにかしら
くわしいことも
よくわからない
覚えのない
あるのか ないのか
うっすらとした
の糸か
いったい
のだろう
ぼんやりとしたわたくしを
なのか
前半はこういうことばがつづいて、時間も空間も意識も
あいまいな淡彩画のような世界を感じさせます。
これはなんなんでしょうね。彼岸と此岸のはざまのような
場所なんでしょうか。
恍惚の 微笑みをうかべる
青白い 時が たちどまって
わたくしに 手をさしのべていた
ここはすこし不気味というか、怖い感じがしますね。
恍惚の微笑みがかえって怖い。なんか死神? みたいな。
青蛙の腹に 爆薬で繰り返し遊ぶ 子どものわたくしたち
子どもの頃やった悪いいたずらを思い出しました。
わたしらの場合は爆薬じゃなく、バッタをとってきて蛙を釣り、
すぐに鉛筆削りで蛙の腹を縦に裂いて、バッタを取り出す。
それから針と糸で蛙の腹を縫合して池に放ってやると、
手術後とは思えないほど元気に泳いでいく。
ピンピンしているバッタでまた他の蛙を釣るという、とても
残酷なことをやってました。けっこう、はしゃいでいた。
無知な子どもってのは怖い。
誠を信じて銃殺される 白シャツの青年たち
ここんところですね、立ち止まるのは。
どういうことが起きたのだろう? 考えます。
でもよくあることです。実直な青年ほど騙される。
後半からラストにかけては焦点がしぼられたみたいに
くっきりとして、命のたいせつさが表明される。63 : [返信] 山田太郎 ('16/07/20 07:58:28 *2)
こんにちわ いつもお世話になっております。
この詩についてはあまりいうことはないですね。
もてる男はつらいですね、というしかないのですが、
もてないわたしからみると作者がうらやましい。
ちぎった耳のような暦の頁
通り過ぎる風の縁
水面(みなも)に和紙がすべり落ち
こういった修辞のやわらかさが目にとまりました。4 : [返信] 山田太郎 ('16/07/22 13:53:19)
ひとつひとつの言葉が大仰すぎる。
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