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45 : シルビア (改訂版)  コントラ '09/01/10 18:55:40



シルビアは恋人の兄のマルコスに「デブだ」とからかわれても、黙って
顔をそむけるだけだった。雨上がりの日曜日。表通りのアスファルトか
ら湿った風が這い上がり、リビングの古びたテーブルクロスの上では、
錠剤の袋がかすかに音をたてている。門の向こうに車がとまり、礼服を
着たシルビアの家族が午前のミサから帰ってくる。彼らは部屋に入って
着替えを済ませると、すぐにまた車に乗ってでかけてゆく。シルビアの
家族は、小さな二人の弟もふくめ、みんな太っている。国境を越えて輸
送される黄色やオレンジ色の炭酸水は、この国の神話のプログラムを見
えないところで書き換えている。

パウンドケーキのような熱帯林の中央基線が交わるあたりには、巨大な
ショッピングコンプレックスが午後の陽を浴びて白く光っている。シル
ビアによれば、ここのフードコートで売られているピザやフライドチキ
ンは、母がつくったものとは違う味がする。しゅわしゅわと口のなかで
溶け、まるで宇宙食を食べているような感じなのだ。シャーベットのよ
うな冷気が充填されたフロアを出ると、シルビアの家族は地平線が見え
るハイウェイに車を入れる。後部座席では、シルビアが朝からの物憂げ
な表情で窓ガラスに額をあてている。いつからか、彼女の視界には光る
綿のようなものがちらつくようになり、体のだるさはいつまでたっても
直らない。

シルビアの父がいつも赤信号で急ブレーキを踏む、環状道路の交差点。
車の列が停止すると、安物のキャップをかぶった物売りたちが寄ってき
て、小さな押し花やボトル詰めの炭酸水を売り歩く。汗ばむ褐色の腕に
握られた炭酸水がきらきらと熱を放射するのを見まもるシルビア。排気
ガスで黒く汚れた壁と、炎天下に立ちつくす売り子たちの姿が無声映画
のカットのように映り、アクセルを踏み込むと視界から消える。ドライ
バーの目線をはばむ鋼鉄の防音壁の外に広がる原生林のむこうには、板
きれやダンボールで風をしのぐバラックの群がゆるやかな丘の中腹まで
続いている。

あれは小さなころ、縫いぐるみを抱いて祖母の家に遊びにいったときの
ことだ。眠たい目をこすりながら飛行機がこの街に着陸してゆくとき、
砂粒のようなの電灯の群が、この丘のうえまで這い上がっているのを見
て、シルビアはベッドカバーに落ちた宝石のように、それらを手にとる
ことができるような気がしていた。いま、そこから数百メートルも離れ
ていない、なめらかに舗装されたハイウェイを、日本製のセダンは滑っ
てゆく。道が緩やかにカーブしていくと、フライドチキンの広告塔が回
転しているのが視界の隅にはいり、そのむこうには広く青ざめた空が緑
の地平線をすりきりの地点で飲みこんでいる。

>> permanent URI: http://bungoku.jp/pbbs/20090110_507_45p

  • コントラ :
    過去の文極投稿作の焼き直しですが、シークエンスを重視して手をいれ自分としては印象が変わったので投稿してみました。一作くらいならこういうのも許されるかと、いや、許してください、お願いします。  ('09/01/10 19:02:03)

  • ダーザイン :
    第3連から
    >ドラム缶で燃える丸焼きのチキンが黒い煙を空にたなびかせている、
    >環状道路の交差点。
    インパクトのある異化作用をもたらしていた上記が除かれ
    >シルビアの父がいつも赤信号で急ブレーキを踏む、環状道路の交差点。
    上記に換えられていますが、どうも、もったいないような気がします。
    あの異化作用は作品に立体感を醸していたので。ボードリヤールの「アメリカ」のようなメッキ塗りの世界(以前、この作品の初稿を読んだときに、熱帯雨林に囲まれた南米の町にもパンアメリカンが、というようなコメントのやり取りがあったと思いますが)に生肉がむき出しになったような。
    何故差し替えたのか、御意見を伺いたいです。

    それにしても、コントラさんの作品は、何度読み返しても斬新です。
    コーラやマクドナルドで神話が塗り替えられた世界でも、最終連で、メッキの外部のメッキを、メッキの彼方のメッキを、彼方への憧憬を開示してみせる。とても美しいエンディングです。

    家から車で田舎の方に30分ほどのところに馬追丘陵という丘があって、夜、その丘を越える道の上から眼下に伸びる道を見ると、一本の光の道筋が下り、そしてまた延び上がり、スターウエイトゥーヘブンだな、これは。という感慨を、あそこを夜通るたびに抱いていたのですが、人口が札幌に集中し、過疎化が進んでいるのでしょう、このところ、光の道筋がずいぶんと地味になってしまい、淋しく思っています。  ('09/01/18 05:23:50 *1)

  • コントラ :
    ダーザインさん。まずは前ヴァージョンとの対比の上でのコメント、感謝します。
    従来のものだと、2連から3連への移行がよくないんですよ。
    これはかなり確信しています。
    ある程度の物語的な輪郭を掴んでもらわないと、読み手の中にイメージを着床させるのも難しいだろうと。少し前に読み返してそう思い、書き換えました。新ヴァージョンでは「シルビアとその家族の一日」という脚本をすこしクリアにすることができたような気がしています。

    しかし北海道はもう10年以上行ってないので、どんなところか忘れましたが、
    北米大陸みたいなとこなんでしょう。たぶん。

    では、ありがとうございました。

    コメントありがとうございました。  ('09/01/18 12:40:34)

  • 黒沢 :
    コントラさん

    疵がなく、とても美しい散文ですね。コントラさんの中でも、随一の良作ではないでしょうか。真向からのダメ出しは、ぼくには出来ないです。

    あえて二点、論点のみ残しておきます。

    糜爛しかけた文明のゆくえを、惜しむような眼差しが印象的です。が、ガルシア・マルケス、バルカス・リョサ、他にも好きな南米文学の書き手はいますが、彼らなら、決してこうは書かないし、このような視点は、持ち得ないのではないかと、そんな気がします。彼らであれば、このような糜爛を、さらにうわ塗りしていくような性急さ、貪欲さのようなもの、いってみれば「ガサツな手つき」で、彼らなりの価値を組み上げていくのでしょうね。そうした進化/更新を中断したまま、この作品の書き手の眼差し、立ち止まるような、いつくしむような視線の優しさは、ああ、日本人のそれだなあ(或いは、老いた先進国のそれだ)と、少しだけ、物足りなく思ったのも事実です。

    それと、言葉の問題ですね。南米文学を、原書で読むほどの教養がぼくにはないので、以下のコメントはひどく恥ずかしくすらあるのですが、この詩の日本語は申し分なく美しいし、精確なのだけど、寄る辺のない感じが、やはりしてしまいます。「バウンドケーキ」、「日本車のセダン」、そして「シルビア」。歴史、地霊、そのようなものの地下水脈から、いのちを汲みあげることのできない言葉の佇まいに、ふっとうろたえてしまう、という奇妙な読後感がありました。この詩が、非常に優れた散文であるがゆえに、それを感じたのでしょう。これは、作者であるコントラさん個人の責任でないのは勿論ですが。雑談的にいうと、今の日本語では、ある程度の長文でもって、構造の力でねじ伏せてしまう、そういう書き方でしか、本当の強度が得られないのではないか、という疑念が、個人的に最近、つよくなってきていますので。

    それと付け足しですが、推敲後のこれのほうが、ぼくはよいと思いました。  ('09/02/13 00:46:45 *3)

  • Contra :
    黒沢さんにとてもこみいったレスを書いたのですが、ネットの接続が切れて全部消えてしまいました。
    これをいますぐに書き直す気力がないので、また4−5日中にレスします。
    では、すみません。  ('09/02/18 00:11:03)

  • コントラ :
    黒澤さん、返信遅れてすみません。

    この作品にはおそらく僕自身の脱出願望みたいなものが投影されていて、そのぶん
    すごくパーソナルなものにとどまっているんだと思います。南米文学は、
    「100年の孤独」を読破した以外はつまみ食いのみですが、もちろん南米育ちの
    作家の自らの土地や歴史への対峙の仕方と比べれば、深みを欠いた作品になっているかもしれません。

    この作品ではどちらといえば、パン第三世界的な視点に重きを置いています。
    たとえば、カルカッタでもラゴスでもサンパウロでも、国際資本の展開とか
    都市の急速な膨張とかいった現象は水平的に同時継起していて、
    それはスライスチーズのセロファンのように奥行きのない薄っぺららい現実だとも言えます。

    しかし現実に旅して街のなかを歩いていくとき脳裏に刻まれていくのは
    こんなハイブリッドな面白さで、あんがい博物館にきちんと整頓されている
    歴史や「文化」の問題とは接点がなかったりします。

    南米という文脈で言えば、古典的な意味でのアメリカナイゼーションよりも
    進化した新自由主義によるより容赦なき弱肉強食的な経済の吸い上げという
    ものも最近感じます。なんだったか、購買者物価指標というんでしたっけ?
    要は物価水準を現地住民の収入との関係でチャート化したものを見ると、
    メキシコは世界一位らしいです。つまり、庶民の収入は昔のままなのに
    物価が軒並みあがってしまって、表面的な風景のアメリカ化に比例して
    庶民の豊かさの実感はどんどん下がっていると。

    だんだん何の話か分からなくなりましたが、丁寧なレス、感謝いたします。  ('09/03/01 11:56:24)

  • がれき :
    この詩はすごくいいね。もっとたくさんレスがついていいと思う。かんぺきだと思った。  ('09/04/04 19:30:31)

  • コントラ :
    がれきさん、ありがとうございます。

    本人としては、何十回となく読み返して「かんぺき」に近づくべき推敲はしているのですが、しかし、先日賞をとられた黒澤氏の「プラタナス」や、ほかにもある文極の秀作群のなかでは、この作品は霞んでしまうと思っております。

    ともあれ、精進したいと思います。コメントありがとうございました。  ('09/04/07 09:55:42)

  • 凪葉 :
    はじめに言っておきますが、役に立つコメントではないと思います。

    >この作品ではどちらといえば、パン第三世界的な視点に重きを置いています。
    >たとえば、カルカッタでもラゴスでもサンパウロでも、国際資本の展開とか
    >都市の急速な膨張とかいった現象は水平的に同時継起していて、
    >それはスライスチーズのセロファンのように奥行きのない薄っぺららい現実だとも言えます。

    しょっぱなから、恐縮なんですが、言われていることを全く認識していなくてもいいですか?って、思わず聞いてしまいたくなります。
    もしそれらを理解してから読め、っていうのであれば、わたしにはコントラさんの作品は一生読めないことになる可能性がありますが。

    みなさんが褒めているところに、本当に申し訳ないのですが、どうもコントラさんお作品の魅力に、いまいち気づくことができないのですね。
    文章は綺麗だし、終わり方もすっと引くようでいて、さりげなく後に残るとこなんか、良いなって思ったのですが、
    わたしからすると、全体的に、なんというか、読むのがだるくて仕方がないんですね。(ごめんなさい)
    80パーセントわたしの気力の問題だと思うのですが。
    正直魅力を感じたのは三連と、最終連だけでした。

    終りに期待をしながらこの物語を読むことができるか、どうか、なのでしょうか。
    このアプローチの仕方の作品は、どうしたって、そういうものが付きまとうのかな。なんかそんな風に思いました。
    もしくは、この物語を楽しむ時間的余裕と、心のゆとり、でしょうか。
    そんなこと言ったらもうなんでもかんでもそうですが、
    うまく言葉にできないのが歯がゆいのですが、
    シルビアに魅力を感じません。
    もうすこし、読んでいて気の引けるものがあったらなと思いました。
    全体をとおしてみると、当たり障りのない、とても丁寧できれいな描写で、それはそれで素晴らしいのかもしれませんが、
    わたしみたいに、忍耐力のない人間も多数いると思うので、そちらの方にもさりげなーくアプローチかけてもらえると、嬉しいです。
    という、個人的感想です。
    スルーしても構いませんので。  ('09/09/07 22:11:57)

  • コントラ :
    せっかく凪葉さんにご感想をいただいたので、このさい書いてしまおうとおもうのですが、
    私は、すでに詩を書いたり、表現それ自体が目的である種類の文章を書く気力は
    かなりまえに失せてしまっています。端的にいえば、自分がこれまで書いてきた
    作品に、もうあまり興味はないし、これから何かを書こうという気力もありません。

    で、なぜ文学極道にまだいるかといえば、作品を批評することそれ自体が自分の感性にとって
    プラスになるからで、自分は作り手書き手よりも、書かれたもの、作られたものを知的、
    感性的に組み立てられた広がりに位置づけなおす、もしくはあらたな生命を与えるとか傲慢なことはいいませんが、それらの行為のなかに、厳密に価値判断する(できる)主体として、自分がどこかに存在するおぼろげな気配を確認していければいいかなと、そんなことだけ、考えています。

    前置きが長くなりました。凪葉さん。この作品は、まったく面白みがないですね。それはわたしにとっても同じことです。こんな投げやりな返信にご不満を感じられるかもしれませんが、これは3年前の作品です。メインの板とちがってタイムラグがありますので、作者がこのように返信しうる、ということ自体も、許容していただければと思います。

    すみませんでした。  ('09/09/08 02:06:09)

  • 凪葉 :
    曖昧なコメントに、お早いレス、ありがとうございます。
    不満なんて、とんでもないです。

    コントラさんは旅をしているのでしたっけ?(違っていたらごめんなさーい。)

    >これから何かを書こうという気力もありません。
    と、これはもちろん本心なのでしょうけれど、それではちょっと、さみしいです。

    そこに至るまでの過程があるのでしょうから、何も言えませんが、次に向かうまでの、過程、の中で、気が変わればいいのに、と思うことにします。
    返信ありがとうございました。
    いつもコメントありがとうございます。  ('09/09/08 07:49:32)

  • 常悟郎 :

    今晩は コントラさん
    お初ですが たまたま目に致しましたので…

    好きに感想言わせて貰えるなら…これは ただの小説の中の一文章ですね
    確かに南米あたりの匂いは伺えてよく書けた描写だとは思いますが 詩的な膨らむイメージはどうしても浮かんで来ない
    この詩を詠んでからあなたのコメントも見させ頂いたのですが シルビアとその父親がなんなのでしょう
    第三者にはその係わりもあなたの思いもいっこうに伝わって来ませんが…
    確かに解読する為には事前に作者の意図する思惑を予め知っておかないと……理解しにくい文芸は沢山あるにしても…優れた作品なら何かしらの訴えるモノは感じ取れる筈ですが……

    勿論あなたの作品をあくまでも詩的に詠んでみた感想です もう一度再読して深く印象が変われば また …… 失礼しました  ('09/10/17 03:10:37)

  • コントラ :
    常悟郎さん、

    感想ありがとうございます。詩や作文全般に関する僕の近況は、上の凪葉さんへの
    レスのとおりです。

    >シルビアとその父親がなんなのでしょう
    >第三者にはその係わりもあなたの思いもいっこうに伝わって来ませんが…

    僕の思いは、ユニバーサルな「人間性」の表現としての、登場人物間のドラマよりもむしろ、それらひっくるめて、第三世界特有の文化や社会が、歴史の断層に深く抉れとられたコンテクスチュアルな断面に、一定のスピード感をで光をあてることにあります。これを書いていて、アルゼンチン出身のガルシア・カンクリー二という人類学者のことを、ちょっと思い出しました。問題意識としては案外近いかもしれません。

    ついでにいうと、日本とラテンアメリカはもっと一般的なレベルで(学者らだけではなく)思想的な提携を深めていくべきだというのが、僕個人の考えです。

    まあ、文章を書くことに関しては、上記のような姿勢ですので、この反論も迫力がないかもしれませんね。いや、きっとそうでしょう。

    ありがとうございました。  ('09/11/02 12:15:42)

  • コントラ :
    それから、もし時間があれば、「マナグア」のほうを読んでいただければうれしいです。
    まあ、どちらもたいしたことはないですが、シルビアより自信作です。
    http://bungoku.jp/ebbs/log.cgi?file=177;uniqid=20090715_635_3649p#20090715_635_3649p  ('09/11/02 12:20:59)

  • 常悟郎 :

    今晩は

    「マナグア 」拝見させていただきました
    たいへん緻密な描写で ちゃんと出来上がった作品の抜粋ですね
    読者の観点から欲を言いますと 空港の描写とカウンターの女性(笑)をもう少し描いて欲しいかなと……
    ありがとうございました。  ('09/11/02 22:49:59)

  • 田中宏輔 :

    短篇小説の連作のひとつのように思いました。

    ぜひ、つづきを読んでみたいと思いました。

    まったく最初の冒頭の描写から引き込まれました。  ('10/01/10 07:13:29)

  • シロ :
    地味ですが結構好きでした。

    以上、発起人(過去に発起人になられた方も含め)バトル作品を、ざっと読ませていただきました。

    最近、就任されられた方々の作品も読ませてください。  ('16/04/12 18:00:18)

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