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zero

選出作品 (投稿日時順 / 全75作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


空間の定義

  zero

 花々もなく、人生を折り曲げるほどの歓喜の思い出もなく、ただ学生として生きることが自然な網でもって捕えていく雑草のような物資だけのある部屋から、私は引っ越そうとしていた。引っ越すことの目的や理由、理想的な引っ越し、引っ越しの学的構造化、そんなものは、私の意識の裏側や、他人の意識や、誰の意識も届かない晴れた野原、その辺に転がっていて、私にはただ現実の沈殿物のような引っ越ししか頭になかった。父母が手伝いに来てくれた。家具や段ボール箱を、エレベーター経由で一階に下ろし、そこからトラックまで運んでトラックに積む。掃除も終わり、部屋は一個の、虚ろで清潔であたかも膨張していきそうな空間と化した。荷物を積んで実家へと進むトラックの中で、私は何かをあの空間に置き忘れてきた気がしていた。その忘れ物が、私の過去の身体の流れなのか、私の部屋にまつわる記憶の真意なのか、それとも空間そのもの、その味わいと苦しみなのか、私にはわからなかった。

 彼女は駅のターミナルから市営バスに乗った。彼女はバスが少しだけ嫌いだった。アスファルトと乗車口に死のような段差がある。乗った時に椅子がみんな軍隊のようにそっぽを向いている。監獄よりも狭い椅子という空間に冷凍血液のように固まらせられる。揺れを意識しまいと彼女を洗脳する運転手の清潔な罪。だが今日の彼女はむしろバスを好いていた。新しい街の複雑な構造、建物の造作や看板の文字・彩色、枝を払われた街路樹の生々しさ、それらが彼女を、一篇の長編小説のように楽しませた。バスが主人公で、流れていく建物や交差点は、小説内の露光され造形化された出来事のように思われた。印象的な店は新しい登場人物で、バスと恋愛したりするのである。そして彼女は美術館に着いた。地方の美術館の常設展を彼女は愛していた。彼女は一つの絵の前で立ち止まる。その絵には、それぞれの大きさをもった三つの灰色の長方形が無造作に置かれていた。彼女は軽いめまいに襲われた。そこにはあらゆる空間が、つまり、彼女を突き抜けて通路へと屈折していく空間、彼女が過去に深く望んだのだけれどそのまま死んでしまった空間、画家が憎んでいるのだけれど画家の体内に抉り込まれた空間、長方形がほかの絵たちと謀議するための空間が、融合し離別し鋭さを増していた。


彫刻家

  zero

この地球を彫り上げる彫刻家と
話をする機会があった

「初めまして。僕は日の光のように形を持たないのですが、日の光のように、物の形を影として作り上げます。ですが僕が作り上げるのは影です。影は光を追い越せません。その点あなたの彫り上げた地球はあなたが生まれる以前からありました。地球はあなたを追い越してしまっているのですね。」
「初めまして。私は非常に記憶力の強い空間です。物質というものはいわば空間の死骸でして、すべてを透過する生きた空間が死ぬととたんにそこが物質となってすべての透過を妨げるようになるのです。私は完全に生きた空間でしたが、あらかじめできあがっていた地球と同じように部分的に死んでいきました。そして、地球と同じ物質になったというわけです。その際に死んだ部分の生命のエネルギーで、あらかじめあった地球を、すべてを透過する生きた空間として生き返らせました。だから、今は私が部分的に死んでできた地球のみが物質として存在するのです。」
「なるほど、僕は日の光として、反射することによって物質を作り上げますが、あなたは死ぬことによって物質を作り上げるのですね。ですが反射は物質の運動を追い越せません。それに対して、あなたは物質の運動に先立って運動していますね。」
「私が彫刻家と呼ばれる所以はそこにあります。例えばボールが転がるとき、ボールがもとあった空間は生き返り、ボールが到達する空間は死にます。そのとき私は、ボールが到達する空間からその血液を抜いて、ボールがもとあった空間へとその血液を移動させるのです。私の統御するこの血液の運動こそが、物質の運動に先立っていて、地球上の物質のあらゆる運動・変化を彫刻するのです。」
「なるほど、僕が日の光として生きた空間を透過するとき、常に僕を翻弄する流体があると思っていたら、それが空間の血液だったのですね。今日はお話できて楽しかったです。またお会いできるといいですね。」
「そうですね。」

僕は新しい理解の温流を浴びながら
理由のない義務感に駆られて
椅子から立ち上がった
老彫刻家は煙草の灰を灰皿に落とした
灰が熱を失っていく速度で
表情を無防備な状態に戻し
二度とこちらを見なかった
僕は家具が豊かに配置された部屋を出て
玄関のステップを降りた
頭上には日の光が降り注ぎ
足元には地球があった


宛てられる

  zero

本の続きが読みたいと思ったので
部屋を出て外へ向かう
ポストの裏側に続きは書いてあった
また続きが読みたくなったので
デパートへ行く
エレベーターの壁に続きは書いてあった
(僕だってこんな風に書かれているのだ)

部屋で人を待っていた
その人がやってきたので
慌てて窓から逃げる
今度は林で人を待っていた
その人がやってきたので
見つからないように
林の奥へと入っていく
(僕だってこんな風に待たれているのだ)

食べたいものがいくつもあって
何を食べるか迷ってしまったので
食べたくないものを食べることにする
食べられるものと食べられないものでは
食べられないものの方が好きだ
食べられないものを食べたいのだが
僕には食べる資格がなくて
(僕には消滅する資格もない)

フランスに行きたいと思ったので
フランスがやって来た
ルーヴル美術館は
うまい具合に動いてくれて
僕は部屋の椅子に座ったまま
すべての作品を見ることができた
(僕だってこんな風に動いているのだ)


儀式

  zero

手首の上をながれてゆく触覚を足の裏に溜める。肌からにじみでる殺意が皮脂に溶け込んでしまうのは、私の内なる単子が水を吸った海綿だからだ。水色の球面を幾度となくめぐり、針をうしなった摩擦力。角の取れた立方体。私は右手を挙げて、「冬に哭く者」を呼びとめる。もはや目線はつま先を追わずに、はぐれてゆく雲の投影だけが私のいらだちを終わらせる。もはや哭かないそれは、乳房に蒼い火をともして私に盃を手渡す。水平面からあふれ出る泪が、大地へと、私へとこぼれ落ち、蒸気となって眼のなかへ吸い込まれる。遠いなぎさで虹色の泡が砕ける。私は泪の盃を飲み干す。それは、動物のおさえつけられた欲動からにじみ出た濁酒。植物の凍結への覚悟が結んだ清酒。冬空にうがたれた坑道の秘奥にてそれが涙腺へと受け止めた酒醪だ。私の胃のなかで逆巻くその液体は、それぞれのはじけとぶ音素へと姿を変え、孤独で塗りかためられた私の肉壁を透過する。数限りない段差を弧状にのりこえて、すべての凍えるものへと快楽を運んでゆく。外なる木々に目撃されたときのように、私は均衡を失する。世界中の土壌のおもてに、熱素が殻をやぶり、融けだす。

手首の上をながれてゆく触覚にはもはや場所をあたえない。殺意は見知らぬ湿った森のなかで殺されてしまった。紫の線分を二往復して、葉の裏の虫たちを呼び寄せる私には、いくつもの小さな文字が届けられる。私は左手を挙げて、「鍵を産む者」を呼びとめる。私の兄弟は頭からくずれてゆく、今日もまた極地へと旅立ったのだ。螺旋をえがきながら降下するそれをめがけて、私はからの盃を投げつける。盃は空気のにごった流れに侵食されながらしずかに形をうしない、ひとかけらの雪になる。最後の雪に。雪のすべってゆく軌跡を追うようにして、それは私の前へと着地して、七つの瞳の色をなめらかに推移させながら、私に鍵束を差し出す。それは、まだ夢見られたことのない断崖からころがり落ちた砂岩の、偶然の意思によって生成された鉄製のこずえ。人が人を恋う瞬間に、暗い溶液の中に凝固した枝分かれした磁性体。数多くの気まぐれを素材にして、それの城邑にて生み出された符合だ。一つ目の扉を開けると星がめぐった。二つ目で生き物が目覚めた。三つ目で木々が芽吹いた。四つ目で人が死んだ。五つ目の扉の前に来て、私は銃で撃たれたかのようにためらった。そして五つ目の扉を開けると、二人目の私が現れて、私を殺していった。


無題

  zero

海はどこに隠れた? こんなにも空は涼しく、こんなにも山は遠慮しているのに。/それが教授と愛人との踏みならされた日々の果実のような疑問だった。/僕は居てはいけない人間なんです。あらゆる部屋、階段、交差点、肉体、それが僕を許してくれないのです。それは羞恥と言ってもいい。あるいは、執着、焦慮。/学生は低いソファーに居心地悪そうに座りながら、ふと天井のさらに上部の構造の、その隙間に圧倒されて転倒。/教授の研究室の本棚は金属製で、木製であることと決闘したかった夜に運び込まれた。本棚に次から次へと並べられる数学の本たちの体温に、蛍光灯の光はそっと思いを寄せた。/私、私の感情を見失ってしまったの。愛と憎しみだけではなくて、名前のない感情をいくつも貴方に抱いているわ。/愛人は少し汚れた窓のそばにそっと立って、そして船は? 貿易は? 風は?/教授は試験の採点に様々な定理との確執を詰め込んだ。答案用紙の罫線の上を滑る血の粒子たちの嗚咽、衝突。/私はねえ、生まれたときから革命を繰り返してきたのだよ。歩くという革命、しゃべるという革命、その他。え? それは滅亡だって? 君はなかなか優秀だ。/教授は短く刈り込んだ清潔な髪形をしていて、学生はそれと競うようにだらしなく長髪を鍛え続けた。/そして、やはり、海は? 海流は? 海溝は? 疑問のとばりは濃く三人を彩った。/僕が思うには、人生なんて一個のリンゴの実よりも柔らかい。人生なんて星明かりの残滓のような淡いものなんです。だがやけに鉄分を含んでいる。僕の中では砂利と化す鉄分です。/学生は愛人が自分にも好意を寄せていることを知っていた。だが学生から愛人へと向かう小道にはいくつもの放置自動車やがれきや廃墟や丘が据え付けられていた。学生には愛される資格もなければ適格もなかった。

三人は海へと向かった。海と言ってもむしろ講堂だった。むしろ市街地だった。むしろ衛星だった。むしろ山林だった。それらの存在が織りなす液体の集積、それが海だった。/潮風の匂いの中には、いくつもの輝き続ける死が整列しているようで、私は子供の頃の記憶に誘拐されてしまうわ。/コンクリートの崖の上で、微細な波が寄せては返すのを、教授はその力学に思いをはせながら、愛人はその光彩に思いをはせながら、学生はその下の深淵に思いをはせながら、/海に向かって修辞を投げてみようじゃないか。海が滝や湯気や川や氷や宇宙に変換される、その変換の速度を記述しようじゃないか。/僕は海に苛立つんです。まず大きさに嫉妬する。冷たさが怖くて腹が立つ。そして、何でいつまでも存在し続けるんだ。海よ、死ね!/遠くの空のふもとに固着されたかのような小さな船たちの抒情が、学生の眼鏡には降り積もっていた。/美佐ちゃん、昨日と今日と、一年前と、すべてが何でこんなに膨らんでいるんだろう。君と会ってから、私は一つの公理に追い抜かれた気がしている。/先生でも振り向くことがあるんですね。私はいつも先生の背中ばかり見ていた気がしていますよ。その背中にいくつもの地図を刺繍しました。悲しみとか絶望とかありとあらゆるものを。/先生と美佐さんは一つの行動だったと僕は思っています。いつも動き続けていて、僕みたいな静止してしまっている人間からすると、台風のようにかっこよかった。/三人とも海底に身を沈めたかった。教授はその意志の発狂ゆえに、愛人はその言葉の失踪ゆえに、学生はその存在の浅さゆえに。


一二三

  zero

何を残していくべきか、何を食べなければならないのか、どのような回転数が一番ふさわしいのか、そんな問いたちを浜辺の光の中へそっと解き放つ。浜辺はやがて郊外となり市街地となり事務所となる。そこからさらに遠く、海を隔てた大陸の平民たちの暮らしが目に浮かぶ。自転車、コンクリート、木材、自動車、信号、砂埃、時計、机、星のない空、観葉植物、人のいた形跡。人々はすべて痕跡であり、痕跡同士が呼びかけあい、痕跡のためにいくつもの工業製品が作られ商業が発達する。彼もまた一つの複雑な痕跡として、痕跡として完成するために、今日もまたサービス業の痕跡に身をうずめようとする。ああ、人々の外観はなんて美しいんだ! すべてがわずかに流動する固定性の中で統制されている。統制され、その動きや反応まですべてにおいて制度によって彫り込まれた人々は何もかもが美しい。あいさつの仕方、話すときの所作・態度、すべてにおいて二人称や三人称との闘いの痕が刻まれている! 事務補助職への応募。これもまたあなたであり彼らである官庁との闘いだ。履歴書を筋書き通りに書き、そこに自分の差異を巧妙に取り入れる。「私」の偏差は死滅するために膨張し、彼はそれを殺さない程度に傷害する。彼と社会は彼を傷害するにあたって共犯関係を築いている。知能犯であり愉快犯であり確信犯であり、なにより完全犯罪だ。彼の共犯となる社会は絶対に居場所がわからない。浜辺の波と展望台は結局一人称の砦ではなく、それは居場所のつかめない三人称がいつのまにか造形した作品群に他ならない。彼はその固有性の沃土をなるたけ普遍性のやせた土地へと分け与えた。そのため固有性の作物の一部は死んだが、普遍性と固有性が交配して、彼そのものにも二人称と三人称が植え込まれた。そもそも交わらないはずの「私」と「あなた」と「彼ら」が、言語や振る舞いを通じて共通の回路素子で交信しあうようになる。さて、明日は面接だが、もはや一枚岩となった一・二・三人称が和解の地点を見いだせるのは明白だろう…


  zero

お前はついに来なかった
その足音をどこかに葬り去ったままで
俺が自分の嘘を屠殺するこの広場まで
稲は刈られ 柿は熟し
だがお前は来なかった
来なかったという銀河を巻き
来なかったという未来を提げ
これらの嘘はすべて
風のように気まぐれな
二人の間のゆがんだ距離を経て
お前に手向けられたものなのに
大気に水が混じり
空の火が淡くなり
俺の嘘はあらゆる方角を経て
嘘の方角はきしんだ欲望へと集まり
欲望の集まりはお前の口の中へ
俺が傾きお前が支え
その下を無数に流れて行った嘘を
それでもお前は見殺しにするのか
俺のすべての嘘はお前のすべての死児
お前の死児への祈りも俺のついた嘘だ
お前はついに来なかった
俺はお前の死児である嘘たちを焼く
焚火を焼くようにのどかに
怒りに身を狂わせながら


無題

  zero

僕には心がないのです、この充実ですか、これは何か砂糖菓子のような余分なものでしかないのです、ただ甘いだけでそこで閉じてしまいます、あなたはそんなに死にたいのですか、死にたいと言いたくて、死にたいと口にするたびに生きたくなるようでもあり、何かの滝でしょうか、なだれ落ちていく、その後の空白しかあなたを生かすことができない、空と草、洞窟と海、このような類義でも対義でもない斜な関係ばかりですね、首を吊るよりも山で凍死した方がいい、そんな二者択一よりももっとたくさんの選択肢があるではないですか、大体僕がこんなことを書いているのも無数の死を指し示すために過ぎません、言葉の機械性、経験の二重性、世界の孤立、あらゆるところに既にひびが入っていて、ひびどころではない死が、語ることも経験することも存在することもできないものとして、例えば国家試験や近所の結婚、火事騒ぎ、そんなものそれ自体として梳き込まれているのです、僕の心は重なれば重なるほど薄くなっていきます、生きるとは心を重ねて薄くしてしまいには消し去ってしまうことです、あなたは頭の中で他人の声が聞こえるのですか、すごく冷静な声で「親父を殺してしまえ」とあなたに告げて、あなたはその声がとても嫌なのですか、それがあなたの現実というひとつの直角ならば、僕はその直角をまるめていくつもの紐をつくるでしょう、御覧なさい、僕の優しさがこんなに雨に濡れています、光っています、重く冷たく、雨と雨でないものとの隙間に入り込もうとして、アクセル、ブレーキ、速度計、たくさんの都市があなたを取り囲んでいます、僕はそのたくさんの都市を、さらにたくさんの風音で包んでいきましょう、人格というのはひとつの季節に過ぎません、ひとつの人格が移ろえば、景色も温度も変わります、違った花が咲きます、人格の抜け殻からいくつもの国家が立ち昇りました、国家とは夢の物質です、暴力とは菫の媚態です、人々は政治を何度も書き直して、推敲して、権力という書物に溢れるばかりの署名をしたのです、政治は技術の一塊であり、人々から政治から国家から政治から人々へと技術の桂冠が潮を更新しながら、あなたは国家の内燃機関へ手紙を出したのですか、旧交を温めるため、内燃機関の顔面へと文字の没落していくもろもろの要因を噴射したのですか、国家を生きるために自然を生きる必要があると僕は思います、国家の規範と自然の規範の両方に指を捧げながら、今日もマクドナルドは憂鬱なのでしょう、制服を纏った店員の抑え気味な化粧の下でよく動く筋肉の果てから、フライドポテトを揚げるネットの手さばき、大きな看板、簡素なテーブルと椅子、僕とあなたは列に並んで苛立ちを会話でごまかしながら、しばらくしてカウンターに置かれたカードを見ながら注文、飲み物をもってテーブルへ移動し、食べ物がしばらくしてやってくる、何かが突き刺さっていましたね突き通していましたね、僕とあなたとマクドナルドと国家と、その何かにはまた何かがくるまっていて、その何かの上にさらに何かが経過したでしょう、0.932467年以上前のことです、僕は昔、体中に力を入れて歯を食いしばることがとても気持ちよかったのです、祖父母の過干渉のストレスがあったのでしょう、何か排泄するかのような気持ちよさでした、それからいくつの雲が僕の頭上を通り過ぎたでしょう、何匹の蜘蛛が僕の家の庭で鳥に食われたでしょう、年齢は罪です、年を重ねるのは恥ずかしいことです、大きな陥落がテレビで流される度に僕はそこに自らの慙愧を重ね合わせました、少女との恋がありました、何度も目が合いました、目が合うたびに体中が狂おしく甘くなったのです、でも僕は恋を禁止していました、だが禁止していたのは相手の少女であり社会であり政治でありそれらの共謀と延々と過去を無の箱へと落としていく作業、その箱を僕は今部屋の隅の棚の上に置いているのです、オルゴールが時間を切り裂きその快楽に逆に切り裂かれるそういう箱です、箱を彩る輪郭に刷り込まれているのは、僕の欲情が垂らす一滴の汗、箱が懐かしいのは箱との距離を勘違いしているから、告白します、僕のすべての断定は勘違いでした、僕のすべての理解は13度くらい傾いていたのです、あなたは自分が生きていることを確かめたくて腕を切ったのですか、血が出て来てやっと自分が生きていることを実感できたのですか、僕も過去の自分が生きていることを確かめたくて、しばしば想像を膨らませるのです、東京都板橋区の狭い路地を自転車でこいでいるときの自分、その水銀のような統覚と雨のような身体、記憶と想像の二つの長所にあいさつを重ねながら、過去に僕が生きていたことを確かめることで、現在の自分が居てもいいような気がするのです、過去がなかったら今の自分は不当です、悪です、過去があるから現在は正義なのです、さて未来を想像してみましょうか、未来に挨拶して握手して会話していつの間にか未来と入れ替わりましょうか、ところが未来は出入り禁止です、僕の城下町には入れません、なぜかというと希望という厄介な病気に罹っているからです、希望によって皮膚がただれた泣きそうな少年が僕の未来です、少年と僕とは戒護者立会いの下でガラス越しに接見するのです、未来という少年は永遠に服役しなければなりません、生きている実感、それは多様な仕草で人々の口のあたりに貼りつきますね、孤独ですか、それは何を指しているのですか、例えば世界で初めて生まれたエネルギーは孤独だったでしょうか、孤独とは挫折あるいは挫折未遂、孤独な人間の周りにはあまりにも美しい情念が広がっています、孤独な人間は空間を飾り過ぎるのです、だから虚しくなる、挫折する、人間は美しい関係未遂を繰り広げることで、その論理的背後である孤独に再び修飾されるのです、部隊が編成されます、兵士が行進します、戦争の演習が幾度もなされます、あなたが復讐心に駆られて相手に反撃する、それは戦争と同じではないですか、口喧嘩と撃ち合い、どちらも同じ回路の上を走っていく超越同士の衝突でしょう、僕は昔よく喧嘩をしました、素手の喧嘩です、一度警察に通報されて、取り押さえられて、尋問されて、釈放されて、警察官の体を支えている大地には権力の肥料がまかれていました、警察官の制服には国家の押し付けがましい苦悩が焼き印されていました、行政の意思決定における上司と部下との確執が僕に烙印を押すべきか流れに流れていったのです、あなたは何もかもが嫌なのですか、あなたの中には複数のあなたがいて、それらのせめぎあいが絶えざるストレスを生んでいるのですか、そしてそれを発散するために、酒を飲んでは暴れ、そしてそれを後悔するのですか、僕には嫌悪する資格がありません、嫌うことによって築かれた小さな丘の上で自足していると、いつの間にかその丘が奈落だという現実と幻想の折衷物に背筋をまさぐられてしまうのです、僕は好んで分裂しますが、分裂した木の枝や小宇宙や活字がそれぞれに愛し合い絡みあってしまうのです、僕はこの分裂してもなお生き伸び続ける自己愛が怖い、そしていつもの自分のキャンバスからはみ出る快楽と苦痛は、もはや自分が描かれる場所がないという香りのようなものにはじき出され、暴れることによって不在になることの手触りはどんどん増殖してしまいました、あなたは入院するのですか、病院による監視の粒によってあなたは穴だらけになるでしょう、近所の噂話の壁によってあなたは水平の重みを感じるでしょう、病人を隔離する制度がその目的の純粋さを失い社会の感情と政府の権力によって泥まみれになる現場においてなおもあなたは自分の存在を叫び続けることができますか、


  zero



冷たい水のような闇をかき分けて
叫びだす一歩手前の植物たちを
いつまでも一歩手前でとどめるために
踏みしめて歩く
冷たい水のような闇の水圧は高く
わずかに届く水溜りの薄明かりさえも
何も映さないために表面を枯れさせる
この闇がすべてへとつながる結節点で
夢は氷のように凝集している



家の裏手の狭い道路を走っていると
太陽は右上に容赦なく照っていた
国道へ向かう果樹園の間の道でも
太陽は追いかけてきた
追いかける太陽をさらに追いかける者へと
花束の痕跡をくれてやり
二度と追いかけるなと自分の体で太陽を遮る
光の始原は隠れていろ
私は背中で逆に太陽を追い続ける



幾年の風雨が溶け込んだ民家の壁にも
人を手なずけてしまった自動車の窓にも
太陽は砂のように流れ落ちる
吊し上げられた太陽は
構成されることも処刑されることもなく
ただその夥しい光で無数の分子たちに呼びかけている
分子はさらに原子に呼びかけ
原子は太陽に呼びかけ
円環が円環のままに



シュレッダーにかけられた美しい哲学も
空港で踏みつけられた時計の神経も
郵便に紛れ込んだ一粒の生命体も
残らずお湯の湖に浸していく
足から尻、腹から肩へと
気圧と水圧の嶺の接する所へと
宴は際限なく皮膚に飲まれていき
夜は切れ切れに口から指し示され
ふと、誰かが沈黙するのが聞える



朝の闇が凍った意識のようだ
くしゃみをする
季節の変わり目の寒さに対応しきれずにだと
だが朝の物音が血液を模倣しているようだ
それに朝の家具ははっきりと目覚めすぎていて
朝の月は空から飛び出しそうだ
そんな朝にくしゃみをする
そんな朝をくしゃみする
私も凍るためには必要な手続き



冬は日記帳の中に書き込まれた一筋の金属
あなたの髪が放つ表情から消し去られた温度を厳しくゆるします
冬は改札口に突き刺さった一羽の小鳥
あなたの指先がこれから描こうとする愛に正しく謝ります
冬は未踏の森の奥に開かれた匂いたちの店
あなたの目が話している素朴な矛盾に小さく頷きます



まず幸福をゆるし
次は殺人をゆるした
そして笑顔をゆるし
さらには権力をゆるした
それはすべて、すべてを緩すため
幸福の発熱に理性を与えくつろがせ
殺人の甚大な余波に文脈を与えくつろがせ
笑顔の与えすぎな余剰を削ってくつろがせ
権力の硬直した監視から身を隠しくつろがせた



花が咲き乱れていた
僕の体の中に
僕は内側から花の美しさに冒されていった
例えば晴れた正午の切っ先に
花が蠢く、光をまき散らす
花はとても美しいので僕はとても苦しかった
やがて花は醜く枯れていき
僕はようやく花の苦しみから放たれる
そして花は実となり苦しみはもう殻の外に放たれない



僕は君と出会って世界が全てわかった気持ちになった
君は無限の海で移ろいゆき汲みつくせない存在だった
だがそれはつまりは「僕」の殻が「僕と君」の殻に変態しただけ
僕と君、二人の対のエゴイズム
僕はその先へ行くために君をまた一人の別の人間として
殻の外側に降り注ぐ雨として捉えなければ



太陽が俺をさえぎり続けた
光と形と熱すべてが俺をさえぎった
なぜおれは復讐してはならないのか
俺を陥れた人々社会
すべてに死を与えることは月も許さない
そこで俺は復讐を諦め太陽の内側に入った
太陽の使者として人々に光を与えた
そしてある時気づく
この権力こそが実は復讐だったのだと



僕は詩を読みます
まだ聴いたことのない音を聴き、まだ見たことのない光を見るために詩を読みます
時には波に乗るようにして、時には地面を掘るようにして詩を読みます
何物でもなく、何物でもあるような未明の形体と融合するために詩を読みます
ある時は机上である時は駅の喧騒の中で詩を読みます



雨滴がどこまでも落ちていき疲れ果てて地上へと身を横たえる
地上の水たまりに映った金木犀は憂鬱を酸素に光合成して曇った空へと進出する
病が椿の木の毛根をめぐり相手を死なすか自分が死ぬか禅問答を続けている
そして雨は霧のようにわずかな音を立てて大気を満腹にし
消化液として風景を溶かす



たった一つの沈殿した「さようなら」を
たくさんの華々しい「ありがとう」で包んで
そうして僕らはいつも無口な天秤のように
血の重さと肉の重さを釣り合わせている
喪失はいつも形のわからないもので
「ありがとう」でどう包んでよいのかわからなくて
本当は天秤も振り切れているのかもしれない



いつも細胞の中で飛び跳ねている歌たちが
遠くからかすかにほのかに聞こえてきた朝
僕は夏の体を食べつくして秋の体を着込む
夏と秋を決めるのは僕ではなく
例えば一匹の羽のちぎれた蛾である
死んでいく者たちが存在を遺していくということ
季節はいつもそのようにして今日も僕の歌を書き換える



言葉というものは積木細工です
単語が一つ一つの積み木で
名づけは僕らの知らないうちに傲慢に冷淡になされています
僕は積木の組み合わせに飽きて
自分で積み木を作ろうと
こんな夕方を「ひろり」と名付けてみました
ひろりは無垢で文脈や同意によって鍛えられてなくて
でも壊すには可愛すぎて



廃屋の屋根をひょいと跳び越えて
バイクの通り過ぎる慌ただしい音が
僕の鼓膜をひょいと跳び越してきた
それは音楽の一つの素子
みるみるうちに増殖し
僕の目の前に交響曲の幻想を描き去っていった
さらにひょいと来るのは永遠に続く虫の声
幾つもの音階に分かれて
協奏曲の綱を絞り出した



労働者よ、君の呼吸からは
いくつの宇宙の成り損ないが
筋肉と汗と書類の星座を作り損なったのだろう
労働者よ、君は疎外されていないしかといって自由でもない
労働することは人間を生み出すこと
身体を生み出すこと
精神を生み出すこと
それらは尊くも卑しくもなく
関係を捕食すること



氷の朝の背後に隠された宝石を
君のヴァイオリンと共に叩き壊せ
その背後では水鳥の内臓が人間の憂鬱を検査している
そんな昼間には大きくなり過ぎた銃口が
君を飲み込もうとするから
すべてを画像の中に宣伝し
労働が労働を無数に呼び込むときに
君は一人の商人であり銃と剣を売っている



物語と歴史のはざまにいくつもの声が重ねられた
歴史は時間と物質でできた朝陽の海だ
黒くて強くていつも広々と開拓している
物語は幻想と連続でできた山中の川だ
町と町、人と人との隙間をいつでも狙っている
美しい物語が醜い歴史と結婚するのは
醜い物語が美しい歴史と結婚するのと同じことだ



僕は詩を書きます
友人と語り合った帰りの車窓からいつまでも眺めていた夕陽を見た後に詩を書きます
他人から書けと言われてそれがいつの間にか血肉にまで滲み入ったとき詩を書きます
人を愛しているとき恥ずかしいから気持ちを分析分解して詩を書きます
挫折の度に苦しく激情に襲われ詩を書きます



この身の一大事とばかりの一行目
やはり書き始めるんじゃなかったと後悔する二行目
それでも連結と展開に才を見せびらかそうとする三行目
やっぱり「才走った私」なんてどこにもいなかったと失望する四行目
それでも無様な責任だけは感じて書き抜こうとする五行目
やっと終われると安堵する六行目



蝉がどんどん死んでいるな、何かの比喩のように



人が人を愛するように
僕は例えば一通の被害届を愛したのです
人が人へと恋文を送るように
僕は例えば官公庁へ履歴書を提出したのです
人が人を愛撫するように
僕は例えば法律相談所の机を撫でたのです
人が人を憎むように
僕は例えば整然とした都市計画を憎んだのです
人が人を愛するように…



現実から幻想へと逃れても
幻想まで悲惨であるとき
花々はとても冷酷で
鳥たちは知らない歌を歌っていた
憎しみや復讐が存在理由である、と
そんな悲しい言葉を所有することに慣れたとき
花々の美しさに対抗できるようになった
復讐の動機を遺失して初めて
人々が僕の中に根付き花を咲かせた



ここはどこでもない場所だから
方角もなければ外部もない
僕らは役目を終えて散った花びらのように自由さ
だから国家に歯向かう必要もなければ
国家に従属する必要もない
革命も運動もインテリ気取りも大統領になることも
すべて可能だけれど何の意味も持たない
とりあえず政治も文学も捨てよう



緑色のタヌキが人里を笑いながら通り過ぎて行った
それは救世主が救世主であることをやめた日だった
赤色のペンギンが足元の氷を割って聖句を囁いた
それは現代の十字軍が使命を忘れた日だった
紫色の少女が中心街で大きなラッパを吹いた
それは強い画家たちが一斉に絵筆が目障りに思えた日だった



生きるというただそれだけのことがとても悲しくて
涙が出るほど悲しくて
僕はつと立ち上がると外へと駆け出していったのです
外は小雨で地面は濡れ
僕は蓄えた悲しみを持て余したまま遠くの森を眺めていました
この風景を信じる
そしてこの悲しみを信じるということ
それでも救われない気がして



僕はこの霧の外側にいる
ストラヴィンスキーの覚醒に追いつくために
いくつの星座を解体せねばならないのか
僕はこの体の外側にいる
ストラヴィンスキーの発情を葬るために
いくつの晴れた空を割らねばならないのか
僕はこの詩の外側にいる
ストラヴィンスキーよ、僕に孤独を与えた張本人よ



I'm not a poet because I have ever written many poems.(私は詩人ではない、なぜならこれまでたくさんの詩を書いてきたからだ。)



夜があまりにも静かだったので
僕の脳髄もあまりにもとろけ落ちてしまいそうだったので
ドヴォルザークを聴きました
ドヴォルザークは僕の聴覚なんて局所に集中しているのではなく
宇宙の静寂を別の角度から切り取って来るような響きでした
こんなにも宇宙は何もないのに均衡や軋轢で満ちている



僕は僕たちではなく私たちになっていった
僕も私に姿を変えていった
僕たちが抱いていた自発的で尊い唯一のものを失って
私たちに組み込まれている受動的で機能的で普遍的なものを獲得した
僕の抱えていた孤独や愛もいつの間にかこぼれ落ちて
問いかけ続けていく自己や他者が私を次々と組成してく



僕たちは幾つもの季節を投げ打ってきた
意欲の深い季節や喪失に怯える季節、実り豊かな季節や交通の煩雑な季節
そこから返ってきたとりどりの物質たちに現在を捧げて
僕たちとは誰でありどんな表面であるのか
毛布にくるまれた音楽がいつも僕たちのような気がして
そして僕は僕たちでなくなった



船に乗りましょうとあなたは言った
それより今何時ですか?
私は昔からこういう性格なのですとあなたは言った
それよりここどこですか?
芍薬の花がとてもきれいですねとあなたは言った
それよりあなた誰ですか?
私の気持ちを分かって下さいとあなたは言った
それよりご飯はいつですか?



ドヴォルザークが血液と交差した日没前
僕はカーテンの隙間に意識の隙間を際限なく送り続けて
それが僅かな光となる度に失望しては体温を高め
音楽は名前を失くして純粋な「彼」に還る
僕は体の各部位の角度を少しずつ歪めていき
水位などという平準化に植物を生やし
再びドヴォルザークと呼ぶ



少年は、CDの最後の曲が鳴り止んだ後の時間が苦手だった
少年はいつもヘッドフォンで音楽を聴いていたが、最後の曲が終わってしばらくするとCDが停止する、そのときのズン、という音が苦手だった
曲が終わってもわずかなノイズは鳴り続けるが、CDの停止と共に真の静寂が来る、それが怖かった



動物が学問のように見えるなんて
僕は頭が狂ってしまったのかと思いましたが
部屋に戻って政治学の教科書を読み始めるとどうも鳥のように飛び立ちそうでしたし
慌てて行政学の教科書を開くと今にも吠え始めそうでした
そこで急に閃いたのです
学問も動物も詩の中では全く置き換え可能だということ



僕がいつもの散歩に出かけると
電線の上に鳥が停まっていました
ところがどうもその鳥は政治学のように見えるのです
鳥と学問の一体どこが似ているのかさっぱりわかりませんが
しばらく歩いていると犬の散歩をしている人が向かってきました
ところがどうもその犬は行政学のように見えるのです



満開の大きな桜の木の下で
試験が行われました
例えば僕が子猫を買ってもよいのかどうか
桜の花々は沢山光を振りまき
僕はそれをじっと見つめていました
試験は限りなく遂行され
その度に僕は合格したり不合格したりしました
桜の花は一つ一つが問いでした
僕のまなざしはそれぞれが答えでした



夢の中に置き忘れられた風景
その中で僕は置き忘れられました
その中では今も風が吹き木々が揺れ
人が悲しんでいるでしょう
どこにでもある宇宙の外れ
その崖の下へ僕は投身しました
崖はいくらでも増え続け
その度に僕は投身しなければならず
そして再び夢の中で僕は自分の死体を撫でています



僕は何でもかんでも都市に見えてしまうのです
田んぼに植えられた稲の苗
あれなんか都市のビル群みたいじゃないですか
水道完備の
山に登ると
鬱蒼と茂った林が都市みたいですね
鳥や虫が郵便の役割を果たし
僕の体も一つの都市です
こんなに精巧な都市はありません
会話は都市同士の話し合い



僕は果樹園から沢山の言葉をもぎ取ってきました
これらの言葉を選別して
梱包して
チラシなども一緒に入れて
宅配業者に送ってもらったのです
送り先はことごとく人の住んでない廃屋にしました
人がいなくても置いてくるように
そして言葉が廃屋の中で熟して腐敗していく
誰にも読まれずに、



僕の街には名前のない店があります
その店の売り物を眺めるのは楽しい
例えば僕がこれまでに忘却した大切な記憶が売られています
例えば僕の恋人への愛情が彫刻になって売られています
例えば僕の名前が名前の食物連鎖でどの位置にあるかの図が売られています
そして勿論僕の名前も売られています



今日、僕の人差し指が描いたひもを結ぶ円軌道は孤独でした
今日、僕の体をどこまでも包んでいた地球の大気は孤独でした
今日、僕の足跡はいくつもいくつも孤独のままでした
今日、あなたから届いた長い手紙は孤独でした
今日、あなたが僕に示したすべての好意は孤独でした



音楽も断ち
ネットも断ち
ひたすら大気を眺め
大気の中を歩いていく
この木も小屋も春の花々も鳥たちも
すべては大気の装飾物
ひたすら大気の動きと色と広がりに滲みこんでいく
私は装飾物になるには若干重すぎ硬すぎるので
深呼吸をし体の力を抜き
ほんの一瞬だけ装飾物として風景に溶け込む



振り返ってみると
僕の人生はきわめて行政的でした
出生届から始まり
幼稚園への入園申し込み
小学校中学校高校の入学・卒業の手続き
20歳で婚姻届
25歳で離婚届
そして来月には死亡届となるでしょう
どうせ癪だから
人生満喫してます届でも出してみましょうか
行政が喜びますから



僕は近くの山に登りながら
不意に気づいてしまいました
この木も草も土も全てが工場で生産された構造だということに
しかもその工場もまた一つの構造なのです
匂いも潤いもなく
ただ解釈を迫る構造に全てが還元されていき
そう言えば僕はその工場で構造のバイトをした事もあったよなあ、と


遡及

  zero

僕は、僕たちは、みんなは、間違えてしまったのだ!
僕は、僕たちは、みんなは、失敗してしまったのだ!
僕は、僕たちは、みんなは、小鳥たちの声にさいなまれている。

そりゃー自信はありましたよ、根拠ですか? そんなもんなかったね。鏡があれば光を跳ね返しますよね。それと同じですよ。俺たちがいればどんなことでもやっていける。そりゃー不可能なことくらいあるとは思っていましたよ。宇宙にだって限界があるし、大体俺の体だってせいぜい身長180cmくらいだし!笑 それを超えることはできないよね。そんなのわかってたよ。俺の母ちゃんが俺の母ちゃんだってことと同じくらいわかってたね。まあでもわかるってことがくせもんでね、色んなわかり方があるじゃないですか、なんかあれっすよ、木の葉っぱがいつの間にか池の上に落ちてて、池がその表面で何か薄いものが接触したことを、寝ぼけ眼で感じる、くらいのわかり方でしたね。要するにわかることに他人が挟まってこなかったんですね。他人に視線を投射して、それが跳ね返ってきて、他人から声が届いて、その内容を混ぜ込んで、そういうのがなかった。なんか自分が自分の井戸みたいな感じで!笑 いやでも、間違えるってのは、なんか正解がほかにあるみたいな言い方じゃないですか。それちがうと思うんすよね。正解なんてどこにもないんじゃないんですか? あったら教えてくださいよ。だから本当はすべてが正解で、だから俺たちは、派手に間違えたと同時に、根本的に正しかったんですよ。間違えた! とか騒いでるとき、本当は間違えたなんて思っちゃいない。間違えた! って言葉は常に正しいし。でもあれなんすよ、自分を社会的な意味で殺すのって大事じゃないですか、社会とかいうわけのわからん法則体と比べて、そん中で間違えた! って叫ぶの重要じゃないですか。まず、自分にもう立ち直れないくらいの烙印押せますよね。これは自分をかたわにするくらいの衝撃ですよ。それに、社会に復讐できるじゃないですか。だって、社会の中で間違えたってことは、自分が社会と大きく食い違ったってことですよ。それは絶対社会の中へと跳ね返っていく。だから、俺は間違えた! って叫ぶ必要があるんすよね。それは、俺に非があるみたいだけど、自分が悪いってのを装って、同時に社会に対する異議申し立てをしてることになりませんかね? 俺と社会は違うんだよ、しかもそれは俺が社会を知らなかったわけじゃなくて、社会を内側に摂取したうえで、それでも違う、仕組みが違う、成り立ちが違う、そういう切実な叫びを発することなんですよ。いわば、相手に従順であることによる抵抗、相手を立てることによる復讐、それをやってるわけですね!笑

僕は、僕たちは、みんなは、不本意にも正しかった。


シベリウス 交響曲第六番第四楽章

  zero

 階段が、坂が、川が、ゆっくりと幅を狭めて、水から炎へ、その蔓の雨から暴風に向かって、感覚を遠く、近く、また遠くへと、ねじれた船舶の直線をたわませて、神殿は太陽を覆した、階段が、また階段へと、大理石の二〇歩分を削った後の山猫、山猫が哄笑する、高く、低く、レンガのように、残る静けさのひびの川岸に宿る球体としての追悼

(上端と下端とが繊毛で縁どられて 中央部に歯のようなものが乱立する 短さの力さえ分からない反戦の夜は終わった 傷だらけの朝焼けの空の窪みから次の窪みまで 杉と岩と鳥と家とそれらの分母から染み込んでくるやかましい産褥 お前たちの机と机の意志と机の意志の引用に俺は手を結んで耐えている)

 弱くて縮れている、そして憂国の被害を楽しんでいる、さらに北へと移住し、落魄し、高騰する、欅の大腿部をなぞって、そのざらつきと健やかな痛みと反復を、鹿々の睥睨と比較し、平行に、垂直に、よこたわる、都市の第一層の一階の屋根まで立ち上り挫折し、今度は昇天し殲滅される、都市の塔が展開され組み立てられ再び空となった、旅人よ、旅人よ、大旅人よ

(尖端部で気流が拡散するのを小箱にまとめ込む 小箱を彩る未来の神々の毛髪の匂いに焚きつけられた四角と五角との苛め合い 始まった瞬間に始まりが終わりまた新たな始まりが始まった 脂肪が開闢し骨格が無化しそこから斜めに伸びた途中の五億光年が切り立つように話し合っている)

 大地が、大地とその下層にある無数の遺伝子たちが、遺伝子とその上層にある唯一の松の木が、いくつも巨大な十字を切り、二個の清潔な宗教を食した、空にまで行かないその途中の風のすみかに、鳥とその羽の捜索が、雲とその塵の改革が、製鉄工場で射出されたまま鋳造に至る憂鬱を凌いでいる、巨大なバクテリアからその無意識の高熱を噂にすると、鋭く固まった山猫の足音が叛乱し、撞着する

(ここから二歩進んで御覧なさい 右足でも左足でも頭でもかまわない その二歩に至る運動から落とされていく影の移ろいから変えられていく地面の温度から費やされていくお前の覚醒 青春の圧接された変電器具の配線の赤と青の色の隙間に束ねられた神殿の釘 死ぬのかな 死ぬのかな どこまでも伝染していけ戒厳令)

 踊る、脚を曲げ、手を曲げ、体を斜めに、体を回転させ、呼吸の流れを妖しい天気の名のもとに、腕の筋肉の開発と再開発から滴ってきた脳の休息、睡眠、悪夢、搾取、一つ一つの茎を折っていく仕草に絡み取られた後にしがみついた哀悼、再び躓き始めた冬の一時間

(融合する暇もないまま代わりに化合した 乗車券に記名されたことと母の日に離婚されたことと衰弱の果てに皆勤賞をもらったことと 横にされたカラーボックスに足をかけ すぐ近くにある山頂にさらに一足 そこから四個目の恒星に志願したが手続きは破棄された 小哲学を切り刻み刻まれた後に残った牛の香りにいつまでも漂っている)


ふたつの終焉

  zero



美しいものは汚されるためにあるのです。隠されたものは暴かれるためにあるのです。邂逅のように、再会のように、死別のように、僕はどのような重力とともにでもこの映像の糧の中を泳がなければならなかった。歴史の埃によって彩られてあるために一層美しい、伝来の白磁が善人によって路上で割られた。それぞれの破片はとたんに険しく人を傷つけるものとなり、それまでの滑らかな形体を失い、雑踏と喧騒とあらゆる無関心によって研ぎ澄まされてすべての声を吸収した。少年であるということは、大地から生え出たままの内側であるということだ。美しくふさがった光の体に歴史の血液を引き込んで、本質的に何物も裂けたり欠けたりしないということだ。裏庭ではユズリハの勝気なたたずまいと冗長な葉が風景の局部にささやかな表現を燈していた。街路では友人と会う約束をしたのだが遅れそうになって速足で歩く主婦が子供への愛情と夫への愛情を混ぜ込んでしまった。大使館では外交官が他国の外交官に向かって国家の意思をその舌と声帯の湿り気の中に腐敗させていった。そのようないくつもの、いくつもの絡まり、つまり社会システムは僕の何もかもを見通していたが、僕にとって社会とは常に背後であった。気配を感じる場所、悪寒を感じる場所、ふと手を添えられる場所であって僕の宇宙を超えていた。その背後に忍び寄ってきて悪口雑言の限りをつくす壊れたブリキのおもちゃがあり、僕が振り向いてもすぐさま背後に回られるので僕は堂々巡りをしながら社会からやって来た奇妙な来訪者の悪口雑言をすべて却下したつもりでいた。しかしブリキのおもちゃはいつの間にか牛になりその黒い眼に満々たる憎しみを湛え、さらにはいつしか虎となりその体重で僕は大きく突き飛ばされた。僕の背後ではこのように社会がむくむくと黒い煙を吐いており、やっと僕は社会を振り返ることができた! だがその瞬間、舞台は劇場、振り向いた視界には満員の人たちがてんでに僕のことを嘲笑している、大笑いしている、嘲笑は釘となり僕の全身に打ち込まれ、嘲笑は鋏となり僕と人々との親愛の鎖を断ち切った。そうして愛は、包み込む無垢な仮想された愛は、僕の心の重量とともに死んだ。少年は少年である条件と権利と義務と背後を失った。もはや僕は美しくも秘められてもいなかった、すべてが貫通され吟味され貶められ、品評の対象となり、愛の盾などという盲目の装置は消え、貫通してくるものから防御するため自身の皮膚を新たな悪意の盾としなければならなかった。美しいものは汚していこう、隠されたものは暴いていこう……!



天界も地界も同じようなものだった。どこまでも収束しようとしていく漸近線からの接触を無限に拒絶するということ。水のかけらも光の房も風のとげも何もかも触れることができない、天上と地下の二つの絶対領域。僕はそこに住んでいたと同時に、そこへ無限に近づいても行った。完全な鉱石と完全な図形と完全な引力が、この人間の薄っぺらい生活空間の上下両方に螺旋を描いて、論理と倫理と権力のあでやかな立体を鋳造した。あらゆる細部、あらゆる差異、あらゆる表情を凌駕する形で、一つの単純な宝玉はその表面と裏面とを天上と地下で分かち合っていた。学問、文学、研究、芸術、道徳、そういったものは、細かな根付きと犀利な構造でもって生活から生え出たものであったが、僕はその優しい連結を観念的に断ち切って、それらを天上と地下の二つの絶対領域に熱と共に閉じ込めた。空虚だが態度と方向だけは豊かだったそのような日々を経て、僕はついに自ら生計を立てなければならなくなった。生計を立てるために、身体のあらゆる部位から鎖を放ち、身近なところからはるか遠くまで、透明なところから濁ったところまで、巻きつき絡みとり、逆に巻き付かれ絡み取られるのを敢行していった。それは、数限りない他者との対決と和睦とすれちがいであり、正確無比な社会との愛に満ちた抱擁であった。人間の生活空間は、僕がそれと対話するに従い、相対的な巨大さを増し、巨大な相対性を増し、僕の天上と地下とも感覚しあい相対化していった。天上にあった硬質な真理やとげだらけの善、吹きすさぶ美はそれぞれの根を暴かれ、生活の土壌に咲く花々となった。地下にあった膨大な憎しみや消えない傷、さびしい特権意識はそれぞれの頭蓋が透視され、生活の洗濯紐にぶら下がる柔らかい物資となった。絶対的なものはもはやどこにもなく、相対的なものを絶対視したという錯誤の苦い現実性だけが砂のように残った。夢や真理や憎しみや外傷よ、すべてにさようなら! 僕はこの際限なく広がる人間の生活のシステムの中をどこまでも分け入っていく食欲で十分希望に満ちている。


  zero

私は実家の南にある野菜畑で産まれた。私は幾重にも重なった肉の皮の中で、羊水に浸されながら、地下にへその緒を差し込んで、水分や養分を吸い上げて少しずつ成長した。その肉塊が十分熟したとき、肉の皮は一枚、また一枚と剥がれ落ちていき、遂には羊水が外へと流れ出し、私は産声を上げた。そのとき、畑には冷たい雨が降りしきっていたが、傘をさした父母がやって来て、私を取り上げ、顔のしわが固まってしまうくらい喜びで満面の笑みを浮かべた。父と母は交互に私を抱き、私の額に接吻し、かつて私を覆っていた肉の皮を拾って、堆肥を作るためのコンポストに投げ捨てた。

母は料理が得意だった。母の土料理には驚くほどヴァリエーションがあった。黒土がベースの料理が多かったが、母は栄養のバランスにこだわっていたし、一日にたくさんの種類の土を食べるのが望ましいと常々思っていた。赤玉土や鹿沼土によって軽みを出したり、逆に荒木田土によって重みを出したり。もちろん、堆肥や腐葉土は子供の成長のためには欠かせない食材だった。母は、土を溶かしたスープに野菜を煮込んだり、粘土をつなぎにして土団子を揚げたり、土を炒めてご飯にかけたり、様々な料理法を用いた。土は主食であり、野菜や穀物は薬味でしかなかった。

私は土を耕すのを生業としている。その土に、キャベツやニラ、白菜などの葉物、大根・人参などの根菜類など、多様な野菜を植えて市場に売り、そのお金で生活している。畑は私の身体の延長である。むしろ、私が畑の身体の延長なのである。畑にいたる道の土の上に立つと、すぐさま私は自らの感覚が広い平面に散らばっていくのを感じる。私は木々の根の張り方を感じるし、水の浸み込み具合を感じるし、光の強さ・色を感じる。畑に入って、鋤や鍬で土を耕すと、自分の体をまさぐっているかのようにくすぐったく感じる。私は畑のどこが肥えていてどこが痩せているか、それを、身体の各部位の具合のように知ることができる。土に肥料をまくと、何か温泉にでも浸かったかのような快さを感じる。そして、私は畑にどのような間隔で、どのような方角へ作物を植えていったらいいかどうかを、脳の論理法則でもって直に導くことができる。

私は生と死との区別がよく分からない。私はそもそも土から産まれているわけであるし、土を摂取して生きているわけであるし、この体が朽ちてもただ土に還るだけである。土はずっと生き続けると同時に死に続けている。だから、私もまた生きると同時に死ぬということを日々行っているのだ。生の充実、これは人間にしかない、とか、理性による自然の支配、これも人間にしかない、とか言われるかもしれないが、春を迎えて一斉に雑草を芽吹かせる畑の歓喜はまさに生の充実であるし、畑の構成や構造はまさに理性であり、それに人間はいつでも土によって支配されているのであってその逆ではない。

そんな私も、短い期間であったが、土と離れて暮らしたことがあった。冷害の年で、作物の実りがあまり良くなかったから出稼ぎに行ったのである。都会での建設現場の仕事は、私を著しく疎外した。食事もまた私を困らせた。土のない生活は、私にとっては身体を失った生活であり、それゆえすぐさま不調になって家に帰ってきた。私は帰宅一番、畑に行って、一番肥えているところの土を口いっぱい頬張り、腹が満たされるまで土を食べ続けた。私は飢餓状態だったのだ。

今日も土の粒子たちはきらめき、ひるがえり、無数の心地よい音楽を奏でている。そして、粒子たちのまなざしの集まる土の各層には絵画的な美が生まれるし、畑における各部位での土の組成や土の固まり具合、湿り具合は、何か彫刻的な美を生み出していると私は感じる。


I温泉郷

  zero

I温泉郷へ車で向かった。I温泉郷はF県北部に位置する伝統のある温泉郷である。I温泉郷へ向かう途中のトンネルを抜けてしばらく過ぎると、先ほど通過したのと同じ名前の蕎麦屋があった。おかしなこともあるものだと思いさらに道路を進んでいくと、いつの間にかもときた国道へと戻ってしまった。そこで私は気づいた。トンネルの出口を抜けるとトンネルの入り口から反対車線へ戻ってしまうのだと。トンネルの出口はそのまま逆方向に入り口に戻ってしまうのだ。だが、I温泉郷に行くにはそのトンネルを抜けるしか道はない。

I温泉郷へ車で向かった。I温泉郷はF県北部に位置する伝統のある温泉郷である。I温泉郷へ向かう途中のトンネルを抜けてしばらく過ぎると、交差点があり道路標識の板が見えた。右方に向かうと「未来」、左方へ向かうと「過去」、直進すると「現在」とのことだった。私は迷った。過去へ向かうと若返るのか、それとも一層歳をとるのか。現在へ向かうと時間の流れが停止してしまうのか、それとも現在は常々更新されていくのか。未来へ向かうと一気に数年分を跳ばしてしまうのか、それとも穏当に現在から連続する未来が続いていくのか。とりあえず「現在」に向かって直進した。すると山道を登っていく道になり、右折や左折を繰り返し山を下る段になると信号が赤になった。横断歩道を渡っていく男がいて、どこかで見たことがあると思ったら私自身だった。途端に私は横断歩道を渡っていて、左を見ると私が車に乗って停止していた。私はそのまま町内会の集まりに向かった。いつも通りの年寄りたちのメンバーで、酒を酌み交わしながら新しいゴミ捨て場について意見交換をした。私はそのままI温泉郷にある自宅に帰り、妻と共にテレビを見て、その後入浴し就寝した。

I温泉郷へ車で向かった。I温泉郷はF県北部に位置する伝統のある温泉郷である。I温泉郷へ向かう途中のトンネルを抜けてしばらく過ぎると、古びた小さな観光案内所があり、中には中年のおばさんがいた。初めてくる場所なのでどこに行ったらよいのか聞こうと思って、私は案内所の駐車場に停車し、案内所の扉を開けた。中に入ってみると、それは案内所どころではなく、I温泉郷のすべてだったのだ。内側は広大になっており、おばさんは沢山の入浴場を地図を使って紹介してくれた。私はI温泉郷マップを手に携えて、とりあえず価格の穏当なところを5か所くらい梯子した。タイル張りで狭いところ、檜風呂で広いところ、下に砂利が敷いてあったり、露天風呂だったり、案内所の中にはたくさんの温泉があり、沢山の入浴客でにぎわっていた。案内所のおばさんは毎回私と一緒に風呂に入り、温泉ごとに体つきと顔が若返っていった。私が案内所を去るころには、高校生くらいの若くて美しい姿で見送ってくれた。

I温泉郷へ車で向かった。I温泉郷はF県北部に位置する伝統のある温泉郷である。I温泉郷へ向かう途中のトンネルを抜けてしばらく過ぎると、急に人々の集団に道を阻まれた。私は危険なので停車し、様子をうかがった。押しかけてきた人々は、人種も性別も身なりもてんでバラバラであり、この人たちを結びつけているものはいったいなんなのだろうと思った。白人の老人が何かを叫んでいる。中国人の若者がガムをかんでこちらをにらんでいる。黒人の太った女性がどっしりと構えている。私は日本人らしい老婆を見出し、話しかけてみた。「ここに来る途中にあった進入禁止の標識を見なかったのかい。柵があって入れなくなっていたはずだがねえ。」老婆はそう言った。ところが標識も柵もなかったのだ。「ここに入った以上二度と戻れないよ。この村にはたくさん秘密があるんだ。」私は人々に連行されて、村の長の前に突き出された。「この村の存在をどうやって知ったんだ」長は私に問い詰めた。確かに、I温泉郷は実は私が秘密文書からその存在を推知した場所だった。現在の地図には載っていないし、政府によってごく自然に存在が抹消された場所だった。ここでは人間の品種改良が行われているらしいということを私は知った。「お前は何か特殊な能力をもっているか? でなければこの場で殺す。」長は私にそう告げた。幸い私は知能指数が200だったので、一命を取り留めた。そして、毎晩のように色んな女性と交わっている。


時間

  zero

大学を出たあと、私は郷里に帰り塾講師として働いていた。郷里は自然の風景が多分に残っている田舎町であり、私の家もまた自然に取り囲まれていた。朝、鳥たちの声と影を庭に認めながら、朝陽を浴びた庭木の輝きに緩やかに身を整える。雪が融け、凍った大気と光も徐々に融解していく中、間歇的に訪れる春に身をほどく。家の軒先と野原や果樹園にまばらながら花々が咲き始め、やがて花の嵐となる。そんな風に自然の時間は流れていき、私はその流れに身を委ねていた。一方で、午後からの塾での個人指導の流れもある。タイムカードを押して、生徒にあいさつして、勉強する内容を指示、答え合わせ、間違った部分を解説、そして次の生徒へ。労働は私の表面も内面も規律し、労働の時間の流れにも私は身を委ねていた。

そんな春のある日、本棚を整理していたら、学生時代に購入したカントの『純粋理性批判』ドイツ語原典を再び見出した。途端に、私の中に甘く苦しい感傷が流入してくるのがわかった。私は本来大学院に残って哲学の研究者になるのが夢だった。それは経済的な理由などにより諦めたのだけれど、その夢の挫折の傷口が急に開いてしまったのだ。私の中に流入したのは、何よりも私固有の時間だった。自然の時間や労働の時間によって覆い隠されていた私固有の時間が、夢の挫折という形でくっきりと、そのとき悠々たる流れを眼前に現したのだ。自然の時間の流れは、雄大で全方位的で極めて優しい。私はその流れに自分の卑小さを解消させていた。労働の時間の流れは、社会的で肯定的で極めてリズムが良い。私はその流れによって自分が承認されるのを快く思っていた。だが、自然と労働の流れに身を委ねているうち、私は自分固有の時間の流れを見失ってしまっていたのだ。それは沢山の屈折と傷と闇とねじれに彩られているもので、だからこそあえて見ないようにしていたのかもしれない。

私はいくつもの時間を生きている。他者との交わりの時間、自然に抱かれる時間、社会の仕組みに従う時間、余暇にふける時間。私はそれと同時に、私固有の何よりも強靭で鋭い時間を最も深く生きている。だがそれは、最も隠蔽されやすく、最も自明な時間でもある。自然の時間も労働の時間も、その発祥の基礎には私固有の時間がある。私は『純粋理性批判』を棚に戻すと、こみあげる涙を辛うじてこらえた。私固有の時間が、今これから白日の下に再び始まる。自然や労働の時間を織り直すように。


無色の欲望

  zero

始まりと終わりはどこまでも流れ落ちていくので
現在の幅に射し込む水の光だけで流れていく渓流
岩は感情のように水の流れを変え
木の葉は矜持のように水の面を彩る
僕はその川の方向のような
一個の論理になりたい
一個の機械的な連鎖を生み出す機関になりたい

建築はどこまでも増えて土地の限界を試し続ける
人々は関係から関係へと包括と還元を繰り返す
都市は修辞のように人の心をあいまいにし
社会は定型のように人の手足の歌を規律する
僕はその社会の照明のような
一個の概念になりたい
一個の明晰な理解を生み出す関数になりたい

この世でたった一人であるがゆえの孤独
歴史の中の特異点であるがゆえの寂寥
誰とも最終的には分かりえない絶望
僕はその唯一性に反逆を企てて
一個の無色の欲望になりたい
誰とでも分かち合え分かり合える
この世にも歴史にも何回も登場する
何の個性もない生きる欲望になりたい


古い人

  zero

古い人よ
あなたの残してきた足跡が
時間の湖に一つずつ落ちる音がして
僕はそこに誰にも使われなかった時計の針を見る
新しい村に深く棲み付きながら
あなたの姿は目に見える姿とは別の姿だ
あなたの声はこだまを失って久しい
声には代わりに美しい義務ばかりが返された
権利を自分の手になじむように削って用いていた
古い人よ
どんな微風にでも新しくとがった権利が乗って来て
あなたのまなざしはそれを消化するには繊細すぎる
人との多色の交わりが幾筋もつながっていく中で
あなたの生の表現はその筆触を落ち着かせ
それと同時に柔らかい繊細さを増して行った
僕は新しくも古くもなく
ただあなたを訪れるごとに一つずつ感情が生まれていった
絶対的に古い人よ
相対的な景色に打たれ相対的な人に打たれ
相対的なすべてに真心でもって驚いてきた絶対的に古い人よ
僕はあなたへと至るきざはしを解体しようと思う
あなたに対する債務は徐々に返還していく
もうどんな一個人も絶対的に古くなどならないように
無数の原理と無数の伝統と無数の宗教が
すべて巡り巡って空間に位置を持たないように
すべて反応し合って絶対的な新しさを生まないように
ふたたび古い人よ
あなたの古さは古いままいつまでも生まれ変わっていく


  zero

初めて現代詩を読んだのは、柏駅のビルにある書店で現代詩手帖を立ち読みしたときだった。当時私は19歳で、漠然と沢山の出会いを受け身で待っている孤独な少年だった。だが現代詩は私のそのような欠落を埋めるものではなかった。それは落雷のように、発火のように、刺突のように、私の空洞の底を突き破ってどこか遠くへと去っていった。私は突き破られた傷の痛みを現代詩との出会いの証拠としてその後大事に保存するようになった。
――草の種の表皮が破れて小さな芽が出てきた。真っ赤な芽が辺りに散在する宇宙に一斉に見つめられ、弱々しくその真っ赤な色を恥じた。だが芽を組成する幾何学はすべての宇宙を証明する可能性だけを持っていた。

現代詩を書くとき、それに先立つ静寂が熟していく。詩を書くということは、粘土をこねるようなもの。充満した液体が閾を超えて溢れ出していくようなもの。そこには語りえない技術が詩の源泉に介入していて、技術は否定に否定を重ねて、最終的に肯定にまでは至らない緩やかな証明を与えることで詩行が生まれる。決して治癒に至らない火傷、裂傷、骨折が、その熱ゆえに身近な道具を鎔かし尽くし、抽象的な合金を作り上げる。もっとも光り輝く憎しみが、その矛盾ゆえに生活の細々した豊かさに休息を求める。
――草はすべての方位に向かって頑なに分枝していった。いや、方位は意味を持たなかった。枝を生やすごとに周りの空間は全く別のものになり、新しい空間に突き刺す試みが必要だった。草には花の概念がなかった。

やがて、私の中の詩人は一度苛烈に死んだ。私の持っていた詩人観に私自身がそぐわなくなってしまったのである。詩人とは純粋な否定の機械でなければならなかった。伝統の重苦しさを否定し、社会の押し付けてくる責任を否定し、他者との連帯を否定し、言語を憎まなければならなかった。だが私はもはや否定の絶対性に縋ることができないほど、すべてを愛しすべてに与える人間になっていた。否定の原理が愛の原理にとってかわるとき、その原理から演繹される私の詩人観も、張り巡らされた緊張する神経が緩まるように重力を確かに感じるようになった。否定が死に孤独が死に傷が死に憎しみが死んだとき、私はその夥しい死骸の上に新しく生まれ変わっていた。さようなら、はじめまして。
――草はようやく花を咲かせた。これまで咲いていたと思っていたのは色違いの葉っぱに過ぎなかった。本物の花が、星々が蜜を吸いに来る花が、アジア・アフリカ・アメリカ・ヨーロッパ、あらゆる地域の草原を埋め尽くした。

詩は世界だった。詩は物語だった。詩は無数の人物の相克の舞台だった。詩は明確に概念を述べるものだった。詩は小説だったし、詩は評論だったし、詩は戯曲だった。立体から平面、平面から線、線から点へと分析される人生のあらゆる細部に、瞬間から出来事、出来事から物語、物語から歴史へと総合される人生のあらゆる運行が宿っている。謎を謎のまま証明し隠すことで詩は成立し、喪失の痕、獲得の痕、流れの痕の上に正確に立つことで詩は育っていく。詩は痕跡を歌うものなので、常に何かを失っていると同時にその何かの痕を必ず得ている。ひさしぶり、ひさしぶり、ひさしぶり、ひさしぶり。
――草は実を生らせた。実はそのまま熟し、草の枝に生ったまま発芽するだろう。今度の芽は緑色だ。大地と風と日光と雨とをどこまでも流れていく変化する緑色だ。草を取り巻く人生群はせわしなく生活する。草もまた内部において生活する。生活の散らばったところに宇宙の中心はささやかに宿っているのである。


  zero

伸ばした手、求める手が落ちていく
信濃川の流れを
国道4号線を
池に沈んだ石は頭痛で回転していて
パラシュートは風の汚れを無視する
落ちるのはほんのわずか
朝焼けがいつの間にか白色に変わるように
同輩たちの贈り物は落ちていく
落ちる先にあるものと落ちる先にないものは減算されている



夢の中で僕はあなたに恋をしていました
あなたの面影は逆光で良く見えず
ただ部屋の中の椅子に座りひっそり佇んでいるあなたを
僕は甘やかな気持で眺めていたのです
部屋は開かれて幾つもの光が交差し
夢から覚めると
途端にあなたの性別が分からなくなりました
僕は性のない人に恋をしたのです



冬が好きだった
空気の冷たさは人々の冷ややかさ
葉のない木々は孤独の渇き
底の見えない夜は絶望の深さ
冬はそうあることで冷やかさ孤独絶望全てを許してくれると思った
こんなにも嫌われがちな気取った感慨を許してくれると
冬は何よりも優しかった
だが僕は今そんな冬を温める仕事をしている



ドアを開けると
その先にはまたドアがあって
その鍵を開けるのに一苦労し
そのドアをやっと開けてもその先にはまたドアがあることは
余りにもわかり切っていることだから
開けたドアをいったん閉めて
しばらく元の部屋にとどまってみる
時計の音を聴き
布団に身を投げ
軽く本でも読んでみる



人間ではなかった
人間に近くもなかったし
人間に似てもいなかった
だが人間のように呼吸し
人間のように恋をし
人間のように死んでいった
そいつを何と名づけるかは各人の自由だし
そいつも今となっては気体と液体のはざまにいるだけだが
試みにそいつを
「私」と名づけよう



何かをドロドロに溶かしていく
その何かは僕の体であったか
あなたの幸せであったか
彼の失敗であったか
今となっては判らない
輪郭は余りにも鬱陶しいから
言葉は余りにもやかましいから
形や言葉を逐一ドロドロに変換していき
そのドロドロをおいしく吸いながら
今日も僕は生き長らえるのだ



早朝、薄明が家や木に移ろいを与える頃
ガラスのような空から太陽が歌い出した
建築に重さと堅さを与え
木から秘密と悔恨を奪う
その歌声は水晶のような挨拶
僕はその挨拶に応えるために後ろを向いた
無防備な背中の広がりに歌を泳がせて
大きく息を吸って太陽に小さくごめんなさいと



捨てられ続ける現在を
拾い集めたら過去になっていた
この過去は未来にしたい
この過去は未来にしたくない
いつも現在はとげだらけで触りづらいから
過去になってからおもむろに未来へ差し出す
もう一度やって来い
偶然が夢の卵を割り
現在へ幸福を突き刺すように
もう一度あの密かな幸福を



存在するということは
いつも決まって挨拶だから
時間が渦を巻くところに
僕も決まって挨拶を返す
今日も歴史が生まれましたなあ
いえいえ単なる磁場ですよ
そうして僕は踵を返し
存在しないということは
いつも決まって慈しみだから
少しずつ存在しない身体へと化けていき
低い恍惚のさ中へ



政治はタケノコのようにぐんぐん伸びては掘り起こされ
経済はキノコのようにひっそりと蔓延っては摘み取られ
法律はシダの様に日陰でこそこそ葉を広げては切り落とされ
社会という植物が一掃されたところに個人という鉱物が鏤められました
いくら頑張っても政治・経済・法律が作れない
鉱物だから



一つのアイラブユーから次のアイラブユーへと
簡単に交換できない
同じアイラブユーでも互いに相容れないアイラブユー同士
いつまで経っても水と油が胃の中で消化できず漂っている
忘れるという美しい嘘を何度も繰り返し
新しいという悲しい嘘を何度も繰り返し
アイラブユーは異形のものになる



疲れるということは
何かを思い出すということだ
一日中歩き通してふと体の奥に眠っていた郷愁を思い出す
一日中働き通してふとご飯のおいしさを思い出す
一日中待ち通してふと青春の闇を思い出す
そうして僕は今日も
一日中生き通してふと
未来に投げ出されたまま取り戻せない物たちを思い出す



土から生まれ
土の共同体に生き
土に収斂していった
両親の土壌から生まれ
土を耕し植物を育て
植物を食べたり売ったりして生活した
火もまた土から立ち昇り
水もまた土へと還っていった
土へと収斂しないもの
例えば都市は
僕を沢山の鏡に映した
例えば空は
僕に知らない歌を教えてくれた



僕は宇宙の中心で
宇宙を満たす多彩な感情を逐一丁寧に断っていた
孤独は柔らかく僕は僕の胎内で眠っていた
中心性に飽きて辺境や複数の場所に同時存在したくて
多彩な感情に応答し自ら感情を振りまいた
そうして沢山傷つけ合ったがその傷は美しい模様で
模様を更新するため感情の中を生き続ける



柿の木に若芽が芽吹いて緑の霞のようだ
春の鳥の声に包まれながら
やがて葉は緑の濃さを増し大きさを増し
夏の日差しに陰を作る
そして小さな緑の実が風に揺すられ
やがて葉は落ち橙の実は大きく熟し
カラスたちが舞い
そんな巡りの大きな速度に接して
僕は柿と束になり歩いてきた道を振り返る



宇宙が僕を置き去りにして過ぎ去っていく
幼年時代も少年時代も青春も高速で僕をすり抜けていく
人々も社会も自然も言葉も僕を過ぎ去っていく
そして最後に僕が残ったかと思えば
僕もまた過ぎ去っていって
残ったこの穴のようなもの無のようなもの
疑問符と感嘆符が冷たい風を一身に浴びている



言葉が沢山散らばっている野原で
僕はその言葉達の背後にある哲学を編もうとした
多種多様な関係の枠組みを総動員して僕は一個の一貫した哲学を読み取ったつもりでいた
だがもう一度その野原を眺めるとその哲学もまた同じように散らばっていき
僕はまたその背後にある思想を編みそれはまた散らばり



人生というテクストを波打たせるものとして
今日も音楽は僕の体で屈折を繰り返す
人生というテクストを裁断するものとして
今日も路傍の花達は僕から世界の中心を奪っていく
人生というテクストを修繕するものとして
今日も人々は僕に沢山の声を置いていく
だが人生はそもそもテクストであったか



気付いたら本に取り囲まれいていた
自ら進んで本の牢の中に閉じ込められた僕だ
本はとても甘い果肉を持っているが
そこに微量の毒を込めることを忘れない
僕は本から逃げられず
狂ったようにその果肉を啜っては毒に冒されていく
本の装丁・活字達
本は拒絶し僕は拒絶を超えることで負けていった



故郷に在るということは
郷愁を呼吸し郷愁を湯水のように浴びることである
それぞれの道に隠された記憶を神秘に触れるように辿り返し
それぞれの人の過去と自分の過去を縫い合わせることである
あの山に登れば
神はどんな木陰にもどんな山陰にも存在する
僕は神に挨拶して山頂で神めく太陽を射る



この声は誰にも届かないと
この手は誰にも触れないと
極力理解することで自分を守ろうとした
だが声は増幅して多数の人々へと届き
手にはいつの間にか無数の糸が絡まり
僕はそれを十分感じていたが
それでもこの声は、この手は、誰にも届かないと
自分の内側に消せない烙印を押し僕は怒っていた



自然は緩やかに回転する衛星を内に秘めている
少しずつ木々は芽吹き花を咲かせ実を生らせ
その回転に歯車のように噛みあって
僕らは木々の実りを最も美しくするために
蕾の数や実の数をそろえ
害虫や病毒から木を守った
実りの季節
自然の回転から歯車をそっと外し
何も移ろわない喜びを沈める



遠からず
過去の意味がやって来る
現在の子孫がやって来る
そんな未来が来ないように
時間の流れを体で塞いでいるのだが
この体こそが時間そのものらしい
何か未来を紛らすものはないか
美しい修辞はどうだ
冷たい母音はどうだ
だが言葉こそが時間そのもので
僕は時間を円周軌道に閉じ込めた



人々よ
口を閉じ目を閉じ耳を閉じ
何も感じるな
そして何も発するな
そうすれば
お前たちの存在を際限のない疲労が包んでいくだろう
疲労の果てに向かって身を投げろ
意識を捨てろ
再び目を開けたとき
壁は相も変わらず垂直で
太陽は相も変わらず眩しい
そのとき訪れる微笑に身を委ねるのだ



「人生」なんて言葉はとっくに死語だから
大局的思考はもう時代遅れだから
そんなことを言いたくなる人生の一局面に
瞬間やその持続で人間の時計の針の音だけを聴く
時計のように正確で慈悲に満ちた通告に
僕は瞬間の応答を返し
寂れていく村の中で
僕は楽しく自分を刻み音を奏でていった



明けない夜は続いて
已まない雨は続いた
僕は光を灯す方法と
傘をさす方法を
非常に巧みに修得したが
その工夫には段々疲労するばかりだった
思い切って闇にも雨にも濡れてみた
体が底まで冷え入るまで濡れてみた
長い時間の経過後
再び僕は
開けない夜とやまない雨へ別の工夫を考え始めた



あなたはあのとき純粋に怒っていた
表情にすら出さずましてや声にすら出さず
理解されようとか理解されまいとかそんなことも考えず
ただ純粋に怒っていた
その黙された怒りについて僕は考えるのです
何の痕跡も何の発展も残さない怒りを僕だけが知っている
この秘密を誰かに明かしてよいものか



そんなに汚れた動機なんていらない
そう思って動機を片っ端から捨てていったら
動機は全て消えてしまった
そんなに美しい結果なんていらない
そう思って結果を片っ端から捨てていったら
結果は全て消えてしまった
動機と結果の間に残されたもの
汚れても美しくもないただ純粋な行為のみ愛する



詩人が死んだと電話で告げられた
誰がかけてきたのか分からないけれど
詩人が死んだとメールで告げられた
誰が送ってきたのか分からないけれど
詩人が死んだと自分に告げられた
自分が誰だか分からないけれど
葬式も要らなければ挽歌も献花も要らない
ただ詩人は死んだ
そしてもう生き返った



天体の動きから外れてしまった人間の動きだけれど
再び体を澄まして天体の回転や移動に釣り合うだけの平衡を取戻す
遠いところで灼熱の物質たちは激しく流動し凍てついた物質たちは宇宙線を反射する
その距離を静かに抱きしめて
その距離から再び更新されるものを
細胞の中心に確かに置いていく



優しさは誰にも見えなくていい
むしろ外見は恐ろしくて気味の悪い方がいい
優しさは誰に与えるものでもない
ただ内側を満たして眼を明るくしてくれるだけのもの
優しさはとても遠いもの
あなたに届かなくても遠い未来にあなたを不意に襲えばいい
僕は無色の振る舞いに判別できない優しさを込める


  zero

あなたの体の中を
馬のように駈けている命が
僕を見つけて立ち止まったのか
それとも
僕の中で安らいでいる
鳥のような命が
あなたを見つけて飛び立ったのか
あなたのまなざしと僕のまなざしは
すぐに絡まろうとするので
僕もあなたも必死に目をそらす
重く残る電気を走らせながら
街路を歩いていても
あなたの体は僕の体の前で
不器用に固まってしまう
僕は何かをかみつぶすように
あなたを無視してすれ違う
あなたの命と僕の命は
同じ暗号を解いてしまった
同じ秘密をのぞいてしまった
だから僕もあなたも
共に居てはいけない
共通の血を通わせてしまったから
これ以上互いを受け入れてはいけない
命同士が勝手に密約を交わした
僕はそれを拒否する
あなたもそれを拒否する
それでも僕の中から飛び立った鳥は
いつかあなたの中を駆け巡る馬の背に
優しく羽を休めるかもしれない
その日まで互いの命は
目的のない争いを続けるだろう


コンプレックス

  zero



前へ逆らってくるものに濁った静寂を飲ませよう。人間は平等な墓石の上で草になるのを待っているから。広がって他を照らそうとするものをそれ以上の絶対的な光で鎮めよう。あらゆる広がりは人間の狂った尊厳が自滅した痕跡に過ぎないから。人間は結合しましたね、磁石のように。結合した人間は関係を吐き出し雲を作り、その雲を社会と呼びます。雨と雷が泣き声になって降ってくるのはそれが歴史だから。磁石の磁場をどこまでも微妙に感じてわずかな振動を与え、雨と雷の悲劇を楽しみつつその虚構性に存在の真実を認め、ただ振り返ることもなく社会をケーキのように切り分けてゆっくり食べること。それだけでいい。自分の頭を光らせる必要はないし、自分の頭を風呂敷のように広げる必要もない。光と広がりは既に社会が精妙に構築してあらゆる人の体をぬぐっています。ひとまず息を緩やかにして社会の指使いを体の奥にまで通して行こう。



いくつもの整った服を重ね着して、いくつもの高価な装飾品を身につけて、皮膚がどこまでも進化していく映像を描き直していく。そんな映像は懐疑を許さないという意味で猥褻だから。映像を駆動する順応のオイルは空虚だから。肩書、業績、成功、そこに至るまでの演奏には正しい不協和音が足りな過ぎるんだ。リズムの逸脱が検閲されているし、そもそもホールを抜け出して雑踏の中で演奏するという芽をきれいに摘んでしまっている。皮膚はもう厚くならなくていいから内臓を豊かにしようよ。グロテスクで醜いけれど生命そのものである内臓に繊細な翅をいくつも与えるんだ。内臓は瞑想の中でわずかに飛翔する。皮膚を覆うのは雨と風と日差しを避けるだけのシャツで十分だ。内臓は思考の瑞々しさによって血を受け、知識の華やかな乱舞によって構造化され、どんどん醜くなっていく。とても醜くてとても豊かな内臓が、とても薄い皮膚を限りなく美しく保つんだ。


燃焼

  zero

私の絶望は何かの病巣のようであって、その病巣はたえず再生産しながら増え続けている。確かに若い頃、万策に窮して絶望の源の方まで落ちていったことはたびたびあった。だが私は結局絶望を燃やし切ることができなかった。絶望の核に至る前に引き返してしまい、絶望をその根っこから完全燃焼させることができなかったのだ。だから私は真に絶望したことがなかったと言っていい。絶望はただ迎え入れられ、私は絶望と共に激しく燃えても決して燃え尽きることがなかった。

今でも季節が盛り上がるような時期に、誰かの落とし物のような絶望に見舞われることがしばしばある。今まで生きてきて何一ついいことがなかった。俺は結局誰からも真に愛されることがなかった。俺は全く無力で救いようがなく汚れている。こんな想念が大気を着色するかのように私の風景を狭める。つまりは、絶望の病巣がまだ活発に生きている証拠なのであって、若い頃に絶望と共に燃え尽きることのできなかった私が燃え残った絶望の飛び火をたびたび浴びるという具合なのだ。

だが絶望は果たして忌むべき病巣なのだろうか。絶望しているとき、人は何事も待たずに済む。人は余りにもたくさんの美しいものを待ちすぎている。それに、絶望しているとき、人は何事も探さずに済む。人は余りにもたくさんの尊いものを探し過ぎている。絶望は、人が常々負っている「待つ」「探す」という負担を免れる心の状態であって、だからこそ絶望はひめやかな快楽を伴うのではないか。

そもそも絶望は私の内部に巣食う病巣であったろうか。それは社会と共に社会の側に存在するものではなかったか。確かに絶望は孤独に発生し、無条件・無根拠に人を襲うものだ。だが、その孤独や無条件・無根拠という状況は個人と社会の隙間に漂っているものではないだろうか。絶望は純粋に個人的でもなければ純粋に社会的でもない。個人と社会との呼応の関係に乗っていくものであろう。

会社帰り、駅のホームで、群衆に紛れながら、疲れた私は何かの火花のように絶望に燃やされることがある。絶望を燃やし切ることは果たして可能なのだろうか。二度と絶望が訪れないようにすることは、果たして。私は絶望と共に燃えてみる。社会も火種にくべて精一杯燃えてみる。何の負荷もない状態でただただ燃え続けていき、このまま灰になってしまったら、私の青春は本当に終わってしまうのではないか。病巣としての絶望は青春を、若さを、私の中に保ち続けてくれたのではないだろうか。


  zero

あるいは、私は人里から山を一つ越えたところにある渓流の脇を何も考えずに歩いていた。落葉樹が思い思いに枝を伸ばし、太陽は私の上に斑点を作っていた。渓流が川底の段差に応じて流れ落ちる音のほかには、静寂が辺りを包んでいた。静寂ではなく沈黙だったのかもしれない。川の水は硬そうな表面を見せながら小さな波を立ててどんどん流れていき、川の容積はその小さな部分でも人を何人も収容できた。歩きながら不意に私は渓流の沈黙が言わんとしていることに気付いた。この渓流は私の傷である、と。人との交わりから離れたところにひっそりとしかし大きな容積で存在し続け、どこまでも流れることをやめず、私が完全に乾いてしまうことを防いでいる。この渓流は私の傷である、と。

あるいは、私は実家の庭を疲弊した体でうろついていた。古くからの農家なので、竹林や沢山の庭木があり、またぽつぽつと咲いている花もあり、私の疲労を少しずつ置き捨てていくのにちょうどよかった。そんなとき、地面の色と似ていたため初めはそれとわからなかったが、一匹の蛇が目の前の地面にじっとしていた。私は尻尾の方を軽く踏んでみたが、特に動く様子はなかった。だが、私との睨めっこに飽きたのか、するすると木陰に入っていってしまった。そのとき不意に私は思ったのだ。この蛇は私の傷である、と。どこまでも私と同化しようとしながらも、結局は異物として消化を拒み、より深いところへどんどんもぐりこんでいき正体がつかめない。この蛇は私の傷である、と。

あるいは、私は田園地帯の小屋の外に座り満月を眺めていた。月は低めの空に懸り、その光によって逆に天空の闇を広く生み出している根拠のように見えた。月は平板な顔をしながら実は優れた創造力を持ち合わせていて、この天空の闇は見えないながらも限りなく多彩な構造で満ちているかのように思えた。そして、今この私の感慨もまた、月が創りだしているのかもしれない。その月の創りだしたひらめきにより、私は気づいた。この月は私の傷である、と。光を放つことで明確に存在を主張し、周囲に広く闇を創りだしていく。もちろんこの闇は反転して光となりうる豊かな構造によって成立している。あらゆる創造の根拠となる限りない痛み。この月は私の傷である、と。


  zero

稲の規則正しいひしめきの中で
全ての尊いものを押しつぶしていきなさい
そうして全ての卑しいものに隠された
厳しく高貴な天秤でもって
稲は実り稲穂は垂れ
かつて無垢であったという人間の大罪を
赦してくれるから
稲は遠い日の人間たちの共同体を記憶し
明日の社会や明日の国家へと既に根を張り
動かずただ刈り取られるのを
物質として生まれ変わるのを
待っているから
稲はひしめく前に他の稲と名を呼びあい
大きな稲の集団を形成する小さな意志を持ち寄った
稲が等しく低い位置に並ぶのは
稲がとっくに孤独も連帯も捨てているから
ただあずかり知らぬ目的のため
尊厳も平等も捨てて意志を全体で還流させているから
雨と風と戯れ
自らの角度も高度も揺らがせながら
終わっていく日にはきっと
ひとつのひしめく国家を作り
実りは人間たちに
人間たちよりも熟した物質的完成を
気づかれることなく示すだろう


  zero

夢の中で男と二人連れで歩いていた。河原に降りていくと一面のススキで、その間の小道をさらに河沿いまで下っていった。辺りはもう夕方に近く、光の濃度が高まっていた。「見なさい。」男は言った。「あなたの河原には石が一つもない。」言われてみるとその河原には砂しかなかった。「これはあなたが人を信じないからです。人を信じることに長く耐えていくことで、河は一つずつ長い流れに乗せて石を運んでいくのです。」確かに私は夢の中で人を信じることのできない若くて荒んだ人間だった。「人を信じることで、あなたのまわりにはいくつも重い石が置かれていく。もちろん裏切られることもあるでしょう。ですが、一度人と信じ合ったとき、そこではあなたが、自分の孤独を投げ捨て、傷つくことも恐れずに投げ捨て、閉じた心の重みを人生に分け与えた証明が、重い石として残るのです。」確かに私の河には重みをもったものが何一つもないようだ。私は心を閉ざすことで、傷つくまいとすることで、何一つ人生に重みをもたらすことができなかった。そして、河の石とは信じた相手の存在の重みでもあるだろう。私は自らの孤独の重みを投げ捨て、相手の存在の重みを受け取る、そういう信じ合いを積み重ねることがなかったため、私の河にはその証明としての石が一つもないのだった。「石に取り囲まれた、とりどりの重さで彩られた河が出来上がるとき、あなたは今よりもずっと重い涙を流すでしょう。そして今よりもずっと河の流れは急になり、いくつにも分かれていくでしょう。」私は思った。そうはいっても私が人を信じられないのは一つの堰があるようなもので、河の流れを途中でせき止めているものがあるせいだ。そもそもこの河は誰の河だったのだろう。私にはそもそも河を流すことすらできていないはずだ。ではいったい、この河は誰の河なのだろう。男は私の心を察するように言った。「あなたの河はちゃんと流れている。あなたの堰なんて本当はとっくに乗り越えてしまっているのです。あなたはそれに気づいていない。だから夢の中でしかこの河を見ることができないんです。」


誕生

  zero

           ――K.F.へ

理由も目的もなく、理由や目的を作るためにあなたは生まれた。あなたはこれから生きるという不思議なめまいの中に巻き込まれていくが、全ては既に古く、同時にまったく新しい。あなたの顔も手も足も、いつでも何かを更新していくから、あなたの後ろには古さが、あなたの前には新しさが、海と空のように広がっていく。あなたはあなた自身によってあなたの中にあなたを登録する。

世界にこれだけ無数の空席があるというのに、あなたはどの席にも座らない。あなたに席は要らない、ただ驚きがすべての席を埋める。世界にこれだけの空き部屋があるというのに、あなたはどの部屋にも住まない。あなたに部屋は要らない、ただ恐怖がすべての部屋を埋める。あなたによる存在の更新に、世界の神経は驚き恐怖し、世界の隅々まで身構える命令を送ってしまった。そしてすぐさま世界は優しくなった、あなたの小さな姿を認めたから。

小さなあなたが手を開いては閉じる。そこに儚く消え去る真っ赤な炎が見える。小さなあなたが泣き声をあげる。そこにずっと続いていく言葉の連鎖の波が見える。小さなあなたが顔を動かす。そこにいつかは表情となり花となるわずかにほころびた蕾が見える。未来は幾筋もあなたから流れ出している。沢山に枝分かれした未来のどの枝を伸ばしていくのか、それは偶然でも必然でもなく、お父さんとお母さんとあなたと世界とが一つの壜の中に混じり合って決めていくのだ。

あなたの誕生は僕たちの感動の束で出来上がっている。あなたの誕生の前にはお父さんとお母さんが出会うなど沢山の出来事があり、あなたの誕生は歴史の一つの事件であり突端である。だがその誕生は僕たちの感動、僕たちの喜び、僕たちの奇跡である。あなたは僕たちの全ての感動で組織されながら、これから少しずつあなた自身の感動であなたを組み替えていくのだ。生きることは美しいめまいであるが、めまいのたびごとにあなたはあなた自身を新しく作り変えるのだ。


音楽

  zero

人間であることを返却する前に
再び人間となることを予約しておく
すばやい林檎の色に待ち伏せされては
夜道を歩く闇の物思いにかすかに混じっていく
滲んでくる朝と縫い合わされるために
人間であることを浮動させるために
音楽は淋しく走り続け
この渦と地球との和音を引き締め
この岩と人間とのリズムを澄み渡らせる

見慣れた部屋もいつでも滝つぼになりうるし
住み慣れた土地もいつでも異国になりうる
そのような空間の変換にいつでも抵抗できるのは
積み重なる音楽のひねられた掟のみだ
広がりや色がなくても大きく鮮やかであり
都市が衰退し人口が減ってもますます生い茂るのは
死人の生活と希望を当たり前のものにする
時と間を無効にする音楽の静かな停滞のみだ

日が落ちるとき作曲される海がある
事件が起きたとき演奏される法がある
人を愛するとき編曲される自己がある
国が独立するときに録音される軍隊がある
それでも音楽は頑なで誰にも心を開かない
万象が心を閉ざす音が音楽を構成する
地図には載っているけれど行ってみるとそこには存在しない
膨大な哲学が編まれているけれど誰一人理解できていない
全てを根源から洩らしてしまうので却って聴こえない
それが音楽である


  zero

分析された青空に立つ波としての分割された雲の層
植物たちのひしめき合いから放たれてくる芳醇な気体
俺たち岩だらけの登山道を隊列を作って歩き
すべての壁は初めから存在しなかった
標高と共に植物の命は小さく凝集され
標高と共に土はあらわに全角度から俺たちを照射する
俺の肉の中にあったすべての知識は息と共に吐き出され
俺の骨は途端に広がり過剰な風景を記録し続ける
山は際限なく人と植物と岩石を分解し
山の盛り上がりは風と日光でここまで膨れ上がった
展望が開けた場所で俺は何度も遥か下方へ身投げをし
その幻想の涼しい余白に腕を泳がせる
俺は文化を脱ぎ捨て裸で裏返った
じかの陽射しとじかの山肌から異常な意味を受け取った
ああ世界において万象は互いに奪い合っている
俺は山をそっくり盗み取ったが俺もまた山にすべてを盗まれた
実存などどこにも存在しないし壁もまた存在しない
山はおのれの不自由でもって俺の不自由をあがなった
俺の肌を滑り落ちる感情と形容詞
ここには主語だけがあり述語など何一つない
莫大な数の交信が暗黙裡に行われ
それは土と岩と苔と草と木を媒体とした
生きることに必要なことをすべて失って
生きないことに必要なことをすべて受け取って
俺は山を降りた先の街並みに新しく迷子になった


証明する人

  zero

一度止まってしまったはずのあなたの時間が
僕や多くの人の中で発光し続けている
美しい言葉を遺すということは
あなたがいつまでもあなたを証明し続けるということだ
そして僕とあなたの間に未だ飛び交う問いの群れが
次々と答えられては新たに生まれるのを証明し
結局あなたの存在は無限の謎であることを証明する
ああ 僕はあなたの歳を超えてしまった
あなたが最も鋭利で最も混濁していた歳を
あなたが地に敷くほどにわかっていたこと
あなたが自己への厳しさからあきらめていたこと
あなたの胸に広がる柔らかく秘められた終の棲家を
遺された言葉と遺されなかった言葉から抽出することは可能か
あなたの生きた年限を追い越してしまった瞬間から
僕はあなたという頼れる伴走者を失ってしまった
僕は孤独に走り始めて別の伴走者を慌てて探したが
結局あなたは僕の孤独を一番明確に証明した
誰かと伴に走るなどという甘い夢が消えたところで
僕は改めて原点から僕を作り直した
僕はもうだれにも頼らなくてもこの世界という迷路を踏破できる
あなたはそんな未来までもあらかじめこっそり証明していたのではないか
僕の行く先で僕が発見することすべてを
あなたはもうとっくに証明してしまっているに違いない
証明する人よ
あなたはすべてのことを問いかけ
僕がそれに対する答えを見つけるごとに
同時にその答えをも未来に向かって証明している
孤独に走り続ける僕がこの先世界を開発し続ける
僕が自分の生を終えるとき
あなたは真っ先にやってきて
僕の人生の全てを証明することだろう


実り

  zero

悪は一つの矛盾した実り
弱くふるえている果肉を守るために
幾重にも重なった硬い果皮

善であることは実ることを拒絶すること
果肉が傷ついても
それに耐え続ける強さがあるということ

悪は弱いから傷つくのに耐えられず
自らの内部の構造を充実させていくために
内部が沢山の光によって攪乱されるのを避けるために
初めから傷つかないように果皮で守り
どんな迫害をも笑い飛ばし蹴り飛ばす

本質的に強い悪
内側に弱い果肉を持たない果皮だけの悪は
本当の悪ではない
それはただ衝突の機能を持つだけの
潤いも内部もない害でしかない

悪として繊細に実っていくか
善として実らず傷つき続けるか
害として空疎であり続けるか

私は悪としてどこまでも内側の構造を熟させながら
善や害とも共に響きあい
社会から降ってくる無数の刃を果皮に摂り込み
果皮と果肉とをどこまでも流動的に交換し続けている
やがて実りが矛盾でなくなる日まで
内側の弱さと外側の強さがもはや同義になる日まで


昇進

  zero

昇進の日に丸いものを食べてはいけない。あるいは、昇進の日には誰にも挨拶してはいけない。私が通勤していると、電車の中で誰かが「昇進」と呟いた。するとその呟きはたちまちに感染していき、通勤電車の中の誰もがお経を唱えるかのようにぶつぶつ「昇進」と呟き続け、そこには不思議な音の海が出来上がった。もちろん、人々はそれぞれ本を読んだりスマホをいじったり、やっていることはいつもと変わらなかった。ただ、口元だけが昇進に支配されてしまっていた。結局昇進とは私の身に起こる出来事なので、私もあえて「昇進」と呟いた。すると人々は急に黙り一斉にこちらを向いて、石化したかのように動かなかった。やがて電車は終点に止まったが、私一人だけ降りて、残りの人々は石化したまま電車を降りようとしなかった。
私は会社に着くと、まず服を脱がなければいけなかった。なぜなら、着ている服には以前の地位がどっぷり浸み込んでいるので、昇進の邪魔になるからだ。私はまず自分の裸を昇進させないといけない。昇進は皮膚の上から私の内臓や血液、脳髄や骨格に浸透していくものなのだ。私は社長室の中に通された。社長はけたたましく笑っていた。社長秘書は社長の笑いを丁寧に記録していた。社長の笑いが終わると、社長は私に背を向けた。すると私は社員たちによって地下書庫に連行された。私は過去の文書の紙を縫って新しいスーツを作る作業にその日一日を費やした。日も暮れ、出来上がったスーツを着て地下から上がると、私には辞令が交付された。辞令交付は、非常に整った容姿をした美しいタヌキのまなざしだった。タヌキが私を十分間じっとまなざし続けると、私の文書のスーツはみるみる新しい絹のスーツに変わっていった。私は新しい席に誘導されると、新しい仕事の説明を受けた。私は昇進し、それとともに、社員たちの配属も全くでたらめに組み直された。つまるところ、私は社長になったのだった。


処刑

  zero

処刑はなされなければならない。結論だけが先にやって来て、権力の発動はすぐさまそれに続いた。だが、誰がどのような理由で処刑されなければならないのか、それは国家権力の組織的事務処理の途中で失われてしまった。そうして今日も「処刑」とだけ書かれたビラが街中に撒かれ、軍隊は常駐し、人々は家の中にこもって処刑がなされるのを待っていた。許可なく家を出た者はすぐさま射殺されたし、誰が処刑されるのか、処刑の理由は何かを官憲に問い詰めたものもすぐさま射殺された。
とにかく、処刑はなされなければならない。対象と理由を詮索することはもはや固く禁じられ、ただ軍隊は処刑の準備を淡々と進めていった。宛名のない逮捕状、理由のない勾留状、囚人の名が載っていない死刑執行状、書類の作成はどんどん進められたが、論理的に処刑をすることは不可能だった。だが、処刑に異議を唱える者は次々と射殺され、ただ異様な緊張感が街をずっと覆い続けた。
ところが、あるとき、当局の最高権力者は気づいてしまった。もはや処刑は完了してしまった、と。つまり、今回の処刑の対象者は、処刑に疑義を申し立てるすべてのものであり、処刑の理由は、処刑という国家権力の命令に公然と刃向ったということ、そういうことなのだ、と。実際、今回の処刑に関して射殺された者たちは皆この要件を満たしていた。
そこで最高権力者は最高会議で処刑が完了した旨発言した。すぐさま街を原状に復するように命じた。すると、ただちにほかの会議のメンバーは最高権力者を取り押さえ、有無を言わさず射殺した。処刑はまだ終わらないし、これからも終わらないだろう。処刑は誰も対象としないし、いかなる理由も持たない。街にはこれからも悲鳴が響き続ける。処刑はなされなければならない。


  zero


霧が鳴いている
遠くへ存在を送るためでなく
内側にどこまでも響かせるように
霧が水の衝動を鳴いている
霧の中に沈む街並み
の中に沈み込む人々
霧が覆い隠すのは風景ではない
人々の明るいまなざしだ
人々はまなざしを濃くすることで
身体にまとわりついた他者の痕跡をそぎ落とす
霧は人々を新しい生命として浮き立たせる
近くに限られることで
遠くをはっきり失うことで
人々は自らの血そのものとなり
脈打ち、めぐり、証明する
霧が鳴いている
人々の肥大した耳は
霧が光と陰との相克できしむ音を聞き
その僅かに内側へと反響する
静止への欲望を共有する


成人

  zero

全ての色彩から、全ての音響から、全ての芳香から見放され、僕はこの空の沙漠で下界に着地するすべを知らなかった。僕は太陽として余分すぎる存在であり、意味もなく光を放ちとても醜いので、いっそのこと夜が積み重なる下に砕かれていたい。僕はどんな距離も、どんな風景も経ることなくこの空の沙漠で飢えているので、途中で拾ってくるはずだった愛の小石や連帯の花弁を一つも携えていない。

僕は成人になることで誰からも手を差し伸べられなくなった。成人になったときの喪失感、それは少年の喪失ではなく、たくさんの手の喪失だ。現に僕はまだ少年だし、これからも少年の鉄筋で貫かれていくだろう。これからは僕が手を差し伸べる、水の手、風の手、あらゆる手を他人に差し伸べる、だが少年の僕にはまだ手が一本も生えていなかったのだ。いや、生えている手はどれも不気味でどろどろしており、それをいかにかぐわしく他人との握手のかたわれとするか、僕は森林の一葉一葉から辞書を編み出さないといけない。

僕は手も足も持たないただの太陽で、転がることしか知らない。とりあえず人間の町を転がってみると、大量の水で冷却されるし鑿で削られるし、人間の町から追い出されては少しずつただの物体になっていった。僕がまともな人間の形でもって荒野を歩けるようになった頃、もはや僕はあらゆる人間から毛嫌いされ、あらゆる町から締め出されていた。僕は太陽から人間になった。こんなにも夥しく傷ついてようやく。だというのに、人間になった僕にはもはや人間としての居場所はないのだ。再び太陽に戻れない僕はこっそり月になった。夜、ひそかに人間の町を照らしながら、人間に思いを注ぎ続ける月になった。

月になった僕は、自らの反射する光を操って光の人間となり、夜の孤独な少年や老人たちと少しずつ会話を交わした。この夜という莫大な海に墜落する光の人間として、僕は少しずつ色彩と音響と芳香を自らの手から生み出すようになった。成人になるということ、それは太陽が月に変わり、月が再び人間になろうとする、その叶わない夢の試み一つ一つであり、いつか人間の町に人間として住むという夢の祭壇に、自らの体ごと血まみれの生贄として捧げるということだ。


雨の日

  zero


雨の日に、僕は雨粒の音を数えている。僕が数えられるよりももっと速く雨粒は降ってくるし、遠くの雨粒の音はよく聞こえない。それでも僕は雨粒の音を数えている。自分の感性の平原、その静寂に一番響く雨粒の音を探している。全てがほとんど同じであろう雨粒の音の中で、この世の正と負との境界を厳密に突くような雨粒の音を、たった一つでも聴き分けることができればいい。

雨の日に、僕は家の中で外を想像している。外は禁止されていて、不思議な権威をまとい、何やら神秘的なふりをするものだから、僕はそんな外に疑問を感じるし、そんな外をほっておけない。雨に包まれた外をどこまでも思い出していく。あの道をたどればあの駅に出て、あの裏道を抜ければあの大通りに出る。外が禁止されているのは余りにも不当だし、外は何かすっかり変わってしまったかのように振る舞うから、僕はいつもの外を再現して雨による変装を暴こうとする。

雨の日に、僕はいくつもホットケーキを焼く。何でも自分でやるのに向いているのが雨の日だ。雨は少しずつ自分の自分による自分のための生活を思い出させる。例えばゴミを整理して袋に詰めたり、本棚を整理したり、靴を磨いたり。自分が自分に立ち返り、外の助けを受けなくてもやっていける、そんな僕はホットケーキを焼く。自分の生命を遠回りに支えてくれるお菓子の栄養、僕はそれが自分の生活の要だと思うので、ホットケーキを焼く。

雨の日に、僕は本を読む。雨の日は本を読むのに適さないけれど、本の活字と雨音はどこか似ている気がして、活字と雨音が響きあうのを心地よく感じ取っているのだ。活字はいつでも降って来るもの。活字はいつでも潤っているもの。そして活字は記憶の水溜りの中に消えていくもの。雨は外に降っている。活字は僕の中に降ってくる。僕は活字が僕の中に降って来て、僕の地面にぶつかって音をたてる音楽のリズムを、エンドレスで聴き続ける。活字は大雨になり小雨になり、やがて静かに虹を映し出す。


  zero

夜の街路で、街灯もない道を私はさまよっていた。正義はいつでも鋼鉄でできている。それは鋼鉄の壁かもしれないし、鋼鉄の刃かもしれない。私は自らの著作の記述で異教徒を激怒させ、異教徒に追われていた。だが、この異教徒は詩だ。私が信念を吐き出して安堵してしまったとき、鋼鉄の切れ味で私を追い詰めてくる他者、それは私の中の他者であり、私の中の詩に他ならない。私は街路で躓いて転んでうずくまる。どうやら膝をすりむいたようだ。追っ手はどこにいるのか。私を捕まえて何をしようとするのか。私はひたすら論理的で体系的で整合的で完璧な表現をしたいのだ。だがそんな私を理解不可能な鋼鉄の正義を振りかざして追撃するものがある。それが詩だ。詩が私の命を狙っている。詩に殺されるとき、私の理論の鎧はどうなってしまうのか。数人が走ってくる足音が聞こえる。異教徒の追っ手が私を見つけた。私はもう逃げられず、詩に殺されるほかない。詩なんて知らなければよかった。私の中に異教徒としての詩が侵入することを許したのが私の最大の失敗だ。いや、成功かもしれぬ。私が正常な論理のみで私を完結させようとしたとき、それは私に対する最大の裏切りだったのだ。異教徒としての詩は、結局は私の中の私に対する誠実さだったのだ。ついに異教徒たちは私を取り囲んだ。私はうろたえて恐怖した。異教徒の一人が銃を取り出し発砲する。詩の弾丸が私を撃ち抜く。私の死体を確認したうえで、異教徒の一人は私の服をすべて奪って、生きていたときの私と同じ服装になる。その異教徒は顔かたちも私と同一である。私は異教徒として別の身体を得た。詩という鋼鉄の正義を原理的に信じるテロ組織のリーダーだ。私は人間も自然も社会もすべてを歌に変えることができる。この牧歌性、生きる喜び、青春と懊悩、癒えない傷、そういう正義を守るために私は手段を選ばない。


起きたとき

  zero

起きた時喪失を感じる。夢を遡り昨日を遡り、どんどん過去へと逃げていく私の心の半分。私は朝起きるたび心が半分になる。そして、過去へと遡って行った心は決して帰ってこず、その代わり消え去った思い出を蘇らせる。私の心は半分になっても、新しい朝はなくなった半分をあてがってくれる。焼き立てのパンのように匂い立つ半分を。

起きた時沙漠を感じる。不毛な目覚めは幻想ばかりを呼び込み、刺激に満ちた空虚をどこまでも上塗りする。この沙漠は緑により浸食され水により滲み込まれ、一日とは充実した沙漠の緑化作業である。だが起きた時の沙漠は緑化などという野蛮なおせっかいを望んでいない。人生のエコロジーは沙漠の零点の美を台無しにする。

起きた時哲学を感じる。まだ覚めやらない意識が既に身体と不可分になっており、思考がのろのろ体を動かすときすでに哲学は最も曖昧で不確かな部分を感知している。起きた時のいまだ明晰でない思考によってのみとらえられる認識の萌芽は、萌芽のままそこで死んでいけばいい。起きたときの曖昧で完結しない哲学、消えていく哲学は、真理そのものを火のように照らしてただちに消えるがよい。

起きた時光を感じる。ところで光とはなんだろうか。彼岸と此岸とがきしみ合うときに発される意志のようなもの、それが光だろうか。曜日と曜日とがけだるい交替のあいさつを交わすときに発される親しさのようなもの、それが光だろうか。わたくしだけの世界にわたくし以外の者が訪れるときの足音のようなもの、それが光だろうか。全ての物語を引き連れて、光は指先に灯る。


  zero

全ての生命が鉱物のようにまどろんでいる
太陽は新しく昇ったばかりの新人で
世界の照らし方がわからない
ぎこちない光を浴びながら
水のように低くしたたかに歩道を歩く
私はすべてを根拠付け、そののちすべてに根拠付けられる
鳥の声を余すことなく撃ち落とそう

鳥など存在したことがなかった
ただ甲高い鳴き声だけが存在した
あの羽の生えた飛ぶ生き物は鳥ではない
甲高い声の主、その音源こそが鳥であり
それはあの生き物ではなく
空間の無意味さである

電車は悲しい歌を歌っている
とても感傷的で、過去を振り返るような
かと思うと勇壮な行進曲を歌ったりもする
時間は混沌として何の意味もなく
電車は昼も夜もどんな季節も通過して行く
私をいつもの場所に連れて行くがいい
この混沌の時間を横切って

建物はつめたい
どんな熱を受けようと
無に帰してしまうのが建物だ
建物は意に反して立っている
設計も建築もこんな大きな体もいらなかった
建物は失意そのものだ
いつでもつめたい物思いに沈んでいる


一年

  zero

輝くものと輝かないものが出会って
互いに氷として融け合った一年だった

ほんとうのことはすべて
偉大な虚構から滑り落ちた一年だった

どこまで伸びていくか分からない
指先を丁寧に繕った一年だった

咲くということが裂くということであり
割くということでもあった一年だった

得たもの育んだもののかげでは
死んだもの失ったものが雫となった一年だった

はるか遠くを見渡すために
目の前の小さな虫たちを観察した一年だった

言葉にならないものばかりが
言葉になろうとして真実を失っていった一年だった


理由

  zero

なぜなら真新しい渕に一枚のはがきが落とされたから
なぜなら古い日記帳に挟まれたかつての友人からの手紙が鮮やかだから
なぜなら花は美しいだけでなく春は温かいだけでないから
なぜならどこまでも鋼鉄が広がり踏みしめるすべては冷たく硬いから
なぜならあなたは私との恋が人生で初めての恋だから
なぜなら言葉はどこまでも真実とすれ違い続けるから
なぜなら私の人生は何度も終わり何度も始まったから
なぜならあなたは自分の美しさに自信が持てないから
なぜなら私は自分は美しくなくともあなたを喜ばせることができるから
なぜなら遠い山に季節はいつでも気遣いを忘れないから
なぜなら木の梢に一羽の鳥がとまったまま声を失っているから
なぜなら早朝に目覚めた判事がすべての法律を眠りの奥に投げ捨てたから
なぜならあなたは今朝私に長い手紙を書いたから
なぜなら私も今朝あなたに長い手紙を書いたから


遠い空

  zero

遠い空の明け方の光のもと
純粋なデモが始まった
幾つもの国境と限界を越えた先のデモだけれど
空を渡ってこちらまでシュプレヒコールは届いてきた
純粋なデモの純粋な示威行動と純粋な主張には何も内容がなかった
ただ純粋な行為としてデモは内容を持ってはいけなかった

遠い空はいつまでも遠く
決して近くなることがなかった
遥かな理想や高邁な哲学が
遠い空にはいつまでも秘されていた
飛行機も船も何もかも遠い空には及ばなかった
遠い空は搦め手を待っていて
逆走を求めていた
正確なな正攻法は遠さを近さに変えることができない

僕たちはとりとめのない話をしながら
気持ちは遠い空を揺蕩っていた
親しい友人たちや恋人たちの気持ちが飛んでいく場所
それが遠い空である
僕たちはお互いの眼差しを感じているが
この眼差しは遠い空へと幾筋も伸びていき
いつまでも保存されるのだった

遠い空の夕焼けの光のもと
テロ組織が国家に戦争を仕掛けた
民間人は死に大国が武力介入し多くの血が夕陽のように流れた
遠い空は山を映すように戦争を映した
木々の芽吹きと人間の死とが遠い空で等しく絡まった
無差別で無批判に何もかも映し出してしまう遠い空
その限りない優しさ


難解な朝

  zero

朝は難解である
アスファルトの奇異な色彩
人気のない誇張された静寂
待合室は不自然に明るく人を拒む
僕は始発電車に乗ろうと
駅のホームに立っているが
朝は難解である
時間は動くのをやめたかのよう
全てが終わった後の厳粛さに包まれ
光は目のあらぬところを貫く
これから仕事であり
僕はスケジュールを立てるが
朝は難解である
どこか狭間にはまり込んでしまった世界
新しいがゆえに言語化されていない風景
全てが虚構のようにみずみずしい
僕は朝を反射する
僕は単純な原理である
朝はこだまを返してくる
ずっと難解なままでいさせてくれと
それにあなたもひどく難解だと
そうこだまを返してくる
互いに難解であり続けることで
僕と朝との対話は尽きることがない
朝は本当はひどく単純だ
僕が単純であるのとまったく同じ理由で


  zero


生命の芽吹きは死と同義
草木が芽吹いているのではなく
死が咲き乱れている
春に漂う死の破片は極めて正気で狂気のかけらもない
この緻密に計算された春の死に私の感情も巻き込まれる
新しい職場や新しい仕事や人間関係
全てが更新され死んでいく中
私の影も死で満たされる

この熱病のような陽気の中
私は固くスーツを着込み襟をそばだたせる
この自然の宴会はあまりにも危険で
隠れた殺戮が陰湿に乱舞している
その殺戮の粒子が刺してくるので
防毒マスクをかけた私はひとり温かさに堪えている

春は傾きながらも均衡を目指している
死や殺戮もまた一つの大いなる均衡で充実する
更には夏や秋や冬へと接続していく道筋を得るため
均衡は欠かせない
乱雑で混沌とした力学からぽっかりと浮かび上がってくる均衡を
春は季節の接続のために求めている

私は春の用意した均衡に乗ろうと思わない
そのような延命はもはや私には不要だし
夏に接続する命も要らない
私自身の刹那的な均衡がいくつも連鎖していけばいい
私は春から身を守りながら
小さな均衡を積み重ね星座を作る
私だけの春の星座を


大洪水のあと

  zero

洪水が激しく流れたが
それに先立って激しく流れた風景の束があった
音響が激しく鳴り響いたが
それに先立って激しく鳴り響いた光の板があった
先立つ抽象的な激流によって
地上の生物の本質はすべて抜き取られて
本質無き大地の上を
洪水と音響はただ論証のように滑っただけだ
論証のあとにさらに流れていった私の手指たち
私の指は幾万本となくがれきの墓標となった

何も破壊などされていない
唯一、破壊という現象が破壊された
何も失われてなどいない
唯一、喪失という推移が失われた
静寂と痛みとはまったく同義であり
限りない痛みの原野は限りなく静かである

洪水は生き残った者たちによってその覚醒が同意された
洪水には無根拠な共感が次々と寄せられた
だが洪水はついに真実にはならなかった
激流も音響もすべて虚構だった
あらゆる人間の同意を取り付けても
なお虚構であることに耐えられること
大洪水とは虚構の大水が現実に流れること
そして私はこの大洪水で幾万回と殺され
幾万回と生まれ変わった
すべての地上の生物だった


  zero

人間の体は労働により徐々に疲労していき
ある真夜中に一つの硬い器となる
器は木ずれの音も雷光もなにもかも呼び寄せて
きれいにその中に収めてしまう
疲労というこの硬い器には
幾つもの突起があって
夜風で飛んでくる他者の息吹のようなものをひっかける
革命は沈降した
疲労は勃発した
器の表面に走る静脈には
労働だけでなく生活や恋愛や享楽なども含まれる
疲労は快楽からいちばん生じるため
そして労働は最も禁欲的な快楽であるため
器の中心にある心臓では
過去の刺激が流体となって押し出されている
この疲労の器を生かしている色を捨てた過去
この廃墟の器に倦怠を常に供給して
瞬間ごとの亀裂と崩壊によって生まれ変わらせていく
真夜中に疲労の器と化した人間の弱いまなざしには
世界中の激烈な視線が一斉に返されていく
今日も明日もない時刻の零点において


歩く

  zero

駅から家までの道を歩きながら
様々な方角へと視線を分け入らせていく
見たこともない花が咲いていたり
知らなかったガソリン貯蔵施設があったり
私の視線は細くしなやかな糸のように
どこまでも犀利に分け入っていくから
その糸の先端に風景を創造するのだ
今まで気づかなかったのではない
今日私が視線を向けることで
そこに新たに花は創造される
今まで見逃していたわけではない
今日私が全容をつかむことで
貯蔵施設は存在を始める
歩くということ
視線があらゆる細部を撫ぜていくということ
視線は私のてのひら
見慣れた風景もそうでない風景も
全ていつでも新しいから
私は視線のてのひらで風景を新しく創造する
私の通ったあとに風景は新しく存在を始め
次に私が通ることでその存在が更新されるのを
どこまでも細かく存在し始めるのを
沸き立つように待ち続けている


静物

  zero

林檎や梨が
その位置を偶然から必然へと動かすとき
その表面へ差す光は
外部に言葉を与え 内部を言葉から離した
再び
林檎や梨が
その位置を必然から偶然へと移すとき
昼の底にある闇が
にぎやかな籠を形成して
色彩は昼の空間に連続し
夜は白々と浅薄に飛び散った
籠が憂えているのを
その憂えが時間の湾曲に沿っているのを
林檎はその見えざる跳躍において怒り
梨はその見えざる分裂において喜んだ
銃声に似た何かが聞こえると
それぞれの個体は一気に溶け出し
昼の壺の中へと 空の溶液の底へと
硬さを静かに統一し
瞬間を痙攣的に編集していった


結晶

  zero

線香をあげるとき
仏壇に飾られたあなたの遺影の中で
あなたは結晶化していた
あなたは若いままでもう歳をとらない
あなたはいかなる光も言葉も感情も透過する
温かく透明な結晶だ

あなたの作品の数だけ
あなたの結晶は作られた
どんな批評も解釈も砕くことのできない
それでいてどんな批評も解釈も虹色に変える
季節の巡りの証のような結晶

あなたの結晶は静かに鳴り響いている
遠くにある存在とも遥かな距離を経て共鳴する
存在することは共鳴することであり
あなたは常に無限の他者と交流している

私の中にもひとつ
あなたの結晶がある
私を映し出し私に問いかけるあなたの結晶
これから歳をとっていくにあたって
様々な側面を見せ様々な問いを発してくれるだろう

私が変化していく過程で
あなたの結晶の全てを明らかにすることはできない
あなたが謎のままであり続ける角度を前にして
あなたの取り返しのつかない不在に
せめて言葉だけでも捧げていいだろうか


額縁

  zero

仕事上のトラブルで疲弊した私は、医者の診断書をもらって長めの休暇をとった。しがらみの藪の中で沢山の蔓を引きちぎって、ようやく手にした明るい広場のような休暇だった。この明るい広場には何から何までそろっていた。普段の私の視界など筒状の非常に狭いもので、社会とかいうつくりものの万華鏡をのぞいて全てが分かった気になっていたが、いざ万華鏡を取り下げてみるとそこにはほんものの全てがあった。万華鏡も筒の外側の模様がよく見えたし、何より全方向に向かって自然も人間も社会も世界もその肢体を自由に伸ばしていた。
とりあえず私は実家の農作業を手伝うべく、薪割りを始めた。薪割り機にガソリンを注ぎ、エンジンをかけて薪を一つ一つ割っていく。しばらく薪を割って休みを取りドラム缶に腰を下ろして裏庭から見える風景を眺めていると、私は過去の思い出に襲われた。半農で国家試験の浪人をやっていたとき、同じように薪割りをし、よくこの裏庭の風景を眺めたのだった。古いボイラー室や灌木の数々、右手に見える杉林、遠くに見える山々。私はそこに自分の原風景があると思った。
私の原風景は、試験や恋愛や学校生活に挫折し、ひたすら愛に飢えた傷ついた青春のまなざしが見た風景だった。この自然ととことん混ざっていく労働の途上、四季の移り変わりとともに見える農場の風景、私の傷ついた青春によって血のにじんだ風景、これこそが私の原風景なのだった。私の原風景はいわば彼岸から眺め返された風景だと言ってもいい。もはや人生が終焉したという絶望のまなざしのもと、人生の向こう側から眺め返された、血のにじんだ自然の移り変わりが私の原風景なのだった。
かつて、私の原風景は、子どもの頃によく遊んだ近所の山の風景だった。そこには子どもの頃の記憶が膨大に詰まっていた。だが、原風景とはそもそも唯一ではないのだ。原風景など、展覧会の絵のように無数にある。自分の感情によって強く色づけられ、自分の体験によって長く引き伸ばされた風景は無数にあり、原風景とはそのうちのどれかに額縁がかかったものだと思っていい。これは真に展示すべきものだと、ひときわ豪華な額縁がかかった展覧会の風景、それが原風景だ。
私の人生の展覧会が、この明るい広場で自由にとり行われている。ひときわ豪華な額縁がかかっているのが傷ついた青春の風景であり、それが現在の私の原風景だ。この額縁は近所の山の風景から取り外され、私の激しい苦悶の手つきによりここに取り付けられたわけだ。だが、これだけ目立つようにしても鑑賞者は私一人のみ。私はこれから語り出して行かなければならない。この額縁にふさわしいだけの言葉で、この原風景にまつわる無限のエピソードを。事実か虚構かは問わない。この額縁の豪華さは無限に言説を生み出す豊饒さの記号である。この明るい広場に人は呼べない。私は再び社会という狭い万華鏡の中で、その間隙に無限のエピソードを押し込んでいく。この額縁の威厳にかけて、私の原風景の無限のエピソードを。


希死

  zero

死にたい、という発語が季節の初めての落葉のように池に浮かんだ。毎日ひげを剃ってはコーヒーを飲んでスーツを着ていつもの道を出勤する、そんな生の周到な殻が静かに割れたかのように。僕は部屋で本やCDが平積みになったテーブルの前に座りながら、小さな蛍光灯の光を斜めに浴びて、己の生が抉られた痕の傷をなぞっていた。この人間の生というものは、心とも命とも魂とも違い、ましてや体とも衝動とも息吹とも違う。どんな比喩からもするするとすり抜けてしまうので、もはや言葉ですらないかのようだ。言葉ではなく体験や流れそのものであり、言葉にすることにより実体が隠蔽されてしまう繊細な基底、それが生である。この滑らかな生はどこまでも届いていくはずだった。太陽の熱と共に伸縮し、夜の闇とともに形を消す自然の一部として、遥かな消失点ですべての存在と共に混じり合うはずだった。この生の殻の内側に何があるのか、僕にはよく分からない。時間や空間の素になるような始原的なものが入っているかのようにも思えるし、空虚であることすら否定する絶対的な空虚が入っているかのようにも思える。ただ今回分かったことは、そんな生の周到な殻が割れたとき、内側からにじみ出てきたものはすぐさま外気と化学変化を起こし、死にたい、という発語に姿を変えるということだ。生の殻の内側にあるものは単純な死ではなく、むしろすべてが始まるときのかすかな音響のようなものが積もっているのかもしれない。死にたい、という発語は、実は、生きたい、を意味しているのではないか。実際、死にたい、という発語には、生きなければ、という意志がすばやく続き、そのあとに、なんでこんな言葉が発されたのか、という驚異が僕を覆い尽くした。死にたい、は漠然と死に向かう人間を生の側に呼び戻す警笛の音であり、死の眠りをまどろんでいる人間を覚醒させる冷水に他ならない。しかしそれは本当だろうか、死にたい、が訪れたときの異様な静けさ、その瞬間に垣間見た何もかもが混然となった真実のようなもの、そして絶望に似た甘い法悦、それらは生とも死とも違う属性を帯びていた。生や死が答えであるのなら問いのようなもの、生や死が方向であるのなら点のようなもの。僕の生の殻はひどく抉られていて、痛みははなはだしく、その抉られて薄くなったところが割れて何かがにじみ出し、それはすぐさま、死にたい、という発語に変わった。僕はバッグに入れて持ち運ぶものが一つ増えた気がした。長旅の際に思いを巡らす中継地点ができた気がした。過去にも未来にも同じだけの傷がたくさんちりばめられた気がした。


  zero

存在するということ
そこに立つということ
それは紛れもなく敵であるということ
私は隅々まで敵を探し出す
現象の狭間に隠れた見えない真理も
みんな敵なのだから
私は何も信じなくていい
どんなに高潔な倫理も
みな敵なのだから
私は何に従わなくともいい

私は恋人に癒しを求め
美しい自然に癒しを求め
芸術作品に癒しを求めた
だがすぐに気付いたことだが
私を癒すものは同時に私の敵でもあったのだ
私はすぐさま注意深く距離をとり
その距離の確かさだけを
その距離の堅さだけを
心のよりどころとした

敵とは戦う必要はない
表層では敵は全て味方であるし
深層においても敵とは決して戦わない
戦った瞬間
敵は敵ではなくなり
戦いのあとには
敵はもはや無意味な存在となる
世界を有意味なものとするため
敵は敵のままであり続けなければならない

全世界が敵であるため
もはやいかなる裏切りもあり得ない
いかなる権謀術数も不要であり
シンプルに対立だけすればいい
世界は金属の冷たさで私を冷やし続け
私はその硬さと冷たさに
人生の手触りを確かに感じ
人生はこのように単純に進んでいけばいい


業務

  zero

会社で働くようになると、仕事の能率を上げる行為や仕事に必要な行為は、仕事そのものでなくとも「業務」扱いされる。例えば、同僚のことをよく知ることも業務だし、同僚と親睦を深めることも業務だ。休暇をしっかり取ることも業務だし、飲み会に参加することも業務だ。社会人の業務は実に幅広い領域をカバーしている。
例えば、この間私は万引きをした。これもまた業務の一環である。万引きをするくらいの勇気は仕事上必要だし、人の目を欺いて素早く行動することも、迅速さが要求される我々の仕事には必要だ。なによりも、正しい法の領域から少し逸脱してみること、これは今後上役になっていくに従い少しずつ身につけなければならないスキルだ。万引きもまた業務なのである。
そして、私は店員に見つかり、事務所に連れて行かれ、詰問されても反省の意を示さなかったため、警察に引き渡された。これもまた業務の一環である。まず、異業種の事務所がどんなふうに作られているか知ることは仕事上参考になるし、簡単に折れない気持ちの強さはどんな仕事にも必要である。さらに、巨大な権力組織である警察の内情を知るなど、同じように組織で動いている私の業務上も参考になる点が多い。
さて、警察に呼ばれてからは、私はひたすら反省の意を示し、店にも丁寧に謝罪し、結局微罪処分で終わった。これもまた業務の一環である。会社で一番必要なのはこのような演技であり、特に謝罪する演技は何よりも必要である。それに、自分が仕事でミスした際にはそれ以降ミスしないよう反省し自己分析する必要があるので、反省の経験も仕事に活かされていく。
その後、当然のように会社から懲戒処分を受けた。減給3か月である。これもまた業務だ、と言いたいところだが、さすがの私もこれはおかしいと思った。万引きは業務の一環であったはずだ。私の能力を高めるための行為であって、会社に貢献する行為のはずである。それがなぜ懲戒処分を受けるのだろう。これはおかしい。だが私はすぐに納得した。これは私に給料の重さを実感させるための教育的配慮であり、給料を会社からもらって働いているという労働関係の基本を実感させるための研修のようなものであり、やはり業務の一環なのである。会社で働いている以上、いかなることも業務なのだ。


無題

  zero

僕は壊れてしまいました、
もはや一滴の乾きかけた涙としてしか存在していません、
光も闇も幻で真っ青な衝撃だけが現実です、
人間の正しさとは何かと問いかけると桜の花が散りました、
人間の貧しさの上に咲き誇っているあの名を奪われた花を血眼になってむしりとると、
度重なる人間の驟雨が晴れ上がる頃には社会という雲海が血を降らせていました、
世界は暴力という元素から構成されており、
複数の暴力が相克しながら時間をかたどっています、
今日一つの純粋な愛が孤児として街角に捨てられていて、
愛はこのように与えるものでも与えられるものでもなくただ遺棄されるもの、
低い位置には重くて濁った行き場のない液体ばかりが流れ落ちてくるので、
どんな低さでも粉飾しなければ生き永らえません、
この街にはとてつもなく大きく入り組んだ笑いが必要です、
ただの痙攣ではなく物質的に彫刻された笑いが除幕され解析されなければ、
あなたを殺せなくてもあなたの名前を殺してよろしいでしょうか、
もはやあなたが誰からも呼ばれず透明に消えていくように、
組織では惰性の万年雪が年々厚みを増していて、
組織である以上決して融けない雪がどんどん増えていきます、
雪に切りつける炎の正しい色を探しに、
雪を掘り起こす労働の正しい関節を探しに、
僕はもうあきらめて新しい雪の一片として群衆の鮮やかさを増すばかりだ、
衝撃とは瞬間の打撃ではなくいやらしい持続の分泌液だ、
とてつもなく長い長編小説を読み終えたかのような衝撃を僕はあなたの暴力から感受したのです、
あなたの暴力は恐ろしく硬い人格の核内から遥かな総合を経て生まれたものだ、
暴力は余りにも激しく自らに愛され過ぎて行き場所を無くした自我の噴出、
かつて僕は花の美しさが分かりませんでした、
確かにどことなくきれいだと思っても何の感銘も受けませんでした、
あの頃の彫りもなく無味無臭のゴムみたいな世界をもう一度たしなみたい、
言葉だけを知っていてもその言葉の実感が伴わない未分化な自己、
感受性のない残酷で放埓な演算機にしか感受できない無機質のひらめきがあったものです、
何かを失うごとにさらに何かを失ってきました、
失うものなど何もないという空き瓶ばかりがきれいに収集され、
肯定的な価値など苛立ちしかもたらさないのですべて失ってしまいたい、
僕はもはや感情の重みを失ってしまった、
感情が疲労の風によって簡単に揺れ動く重心が不安定な労働者です、
労働のストレスが快楽として熟する前に感情を砕く、
僕はもはや以前のような中毒的な労働には吹き飛ばされてしまう、
労働者から労働をとるということは僕の存在の根拠を奪うということです、
僕は悪という麻薬を常用しなければ生きて来れなかった、
存在が力を投げ捨てるとき代わりに存在にみなぎるものが悪だった、
どんな混沌にも混乱にもすっきりした秩序を形成するのが悪なのです、
僕の音符は社会の音楽と何一つ符合しない、
僕と社会との間にはあらゆる種類の事故が発生しました、
僕の悪は事故のたびに保険のように支給されていったのです、
社会への憎しみは限りなく美しく官能に満ちています、
そうして僕はどこにも辿り着くまいとする美学を貫き続けるのです、


  zero

風が大気を弦のように鳴らしている
あるいは木管のように
この大気圏という巨大な楽器を吹き鳴らすのは
人間の息ではなく大風や大嵐である
天上の音楽とはあるいは
宇宙線が宇宙空間を吹き鳴らす音なのかもしれない

風が無垢な衝動を募らせている
衝動以前の衝動を生むもの
それが風であり
衝動が解放されるとき
風はぴたりとやむ
風によって昂ぶった大気圏は
その溜め込んだ衝動をもとに
今にも地上を破壊しようとしている

風に始まりはなく
風に終わりはない
風はどこまでも解釈され
どこまでも翻訳される
大気圏の風は人の内側を流れる気流として
人の精神を少しずつ育み
人もまたたくさんの風を吹かせる
何気ない勇気や慈しみ
その捧げられた手には風が吹いている


神経

  zero

あの街角にひっそりと立って
待ち合わせの標となっている一体の彫像
あれはむき出しになった街の神経だ
その敏感な裸体をさらしながら
人々の眼差しに貫かれ
あまつさえ人々にじかに触れられる
その度に崩れそうになりながらも
形をとどめ続ける街の神経

山は鬱蒼と神経を生い茂らせている
山に生える草木はむき出しの神経で
山はそれを隠すことを意図的にやめた
だから山は陽射しも風雨も敏感に感じすぎて
いつでも苦痛にあえいでいる
山の巨大な重量は草木の夥しい感受力を支えるためにある
山はいつだって崩れ落ちそうだ

私の神経は至る所に存在する
世界に瀰漫するエーテルのように
繊細に社会の波を伝えていく
遍在する神経は広がり過ぎて
もはや根を張ってしまったので決して回収できない
社会的な出来事その問題その毒
批判的感受力で波を受信しては
今にも世界の淵で濁って流れ落ちてしまいそうだ


憎しみ

  zero

憎しみは
分かち合うことを拒む
吊るされた人影
すぐさま照り返され
いくつもの道を選び損ねる
大きな水たまり

憎しみは転がり
転がっていることさえも
空隙の中に遺失する
自らに対峙することなく
すべてに漠然と対峙する
森のようなもの

憎むことは
美しいものと邂逅すること
苦しみと怒りのただ中に宿る
甘美な生命のいろどりがまぶしく
憎んでいる人間は
いつでも心を打たれている


絶望

  zero

世界中の海から集められた
追いきれない広さと迫りきれない深さ
あるいは群れをなす魚の一匹が発した
どこまでも届く一瞬の輝き
そういうものが
個人のはるか遠くまで開け放たれた
借り物の一室に湿り気を届ける
それが絶望だ

絶望は一つの生命を持ち
個人の生命と交信して渦を分かち合う
絶望から贈られる湿った渦の構造は
極めて難解で飛散していて
個人の人格はそれを収集し解明するために
どこまでも低い沙漠へとさかのぼっていく

絶望はとても明るい海の光
そして人をとても暑い沙漠へと連れていく
その明るさがまぶしくて
その暑さに膨大な汗をかき
個人は雨の日の電柱のように
大きく背を伸ばしては
物思いと覚醒を繰り返す
開け放たれたドアから
誰からともしれない手紙が届くのを待ち続ける
その手紙には一言
また会おうね、と書いてある


冬のはじまり

  zero

冬はなりたての死刑執行人
このぎこちない朝に
辺り一面に自らの恐怖をこぼしてしまう
例えばそれはつめたい雨のしみとして路上に
例えばそれは朝日の顫動として線路の途上に
世界が沈黙するとき
世界と接するためには等量の沈黙が必要である
世界が凍っているとき
世界に交わるためには等しい低温が必要である
朝はいつまでも夜のようで
信号が不吉ににじみ出している
人はみな生も死も忘却して
生きても死んでもいない
透明になった人々を
死刑執行人はひたすら打つのだ
そして打つ手はすべて空を切る
冬の死刑はすべて失敗する
失敗することで罪びとに
生殺しの耐え難い快感を与える
罪びとになる資格は
この朝を目撃したという
ただその一点に集約される


重さ

  zero

けだるい朝
仕事に行くのもおっくうで
とりあえずコーヒーでも飲んでみる
そういえば
全てのものには重さがあった
部屋のサッシのガラスにも重さがあるし
この蛍光灯にも重さがある
LEDランプの明滅にも
流水のような重さがある
自分を包むすべてのものの重さに
心地よくくるまっている朝があってもいい
やがて自分は出勤し
重さを感じる暇もなく
どんな重いものでも瞬時にはねのけていくだろう
今手にしているマグカップの重さ
これはとても重要で
ここから何かが始まり何かが終わる
そのくらい重要で
コーヒーを飲み終えた後の
マグカップの軽さが恨めしい


とげ

  zero

世界を構成する元素はとげである
この物質的な世界において
物質とは必ずとげでなければならない
細長い円錐は無限に硬く
割れることも裂けることもない
人も木も鳥も花も
このとげの原子の組み合わせで構成される
どんなに美しい朝の海でも
その波はすべてとげでできているし
どんなに穏やかな夜の森でも
その木の葉はすべてとげでできている
私は何気ない部屋に座りながら
何気ない家具に囲まれ
外は何気ない風景が広がり
しかしそれらはすべてとげであり
私も全くとげでできている
こんな些細な真実に気づくとき
私の心もとげのように苛立つ


帰郷

  zero

故郷には深さがある
海の深さとは別の種類の
血の深さと記憶の深さ
一人の人間に一つずつ
最も深い故郷が与えられており
人がほんとうに帰っていく極地がある

果樹園に包まれ
たった一度も裏切らなかった生家よりも
もっと深く血を分けた故郷があり
それは子供の頃よく探索し
木々の香気に浸っている近所の山だ

二年間のデスクワークは
私の増殖を大きく偏らせた
私は壊れた天秤で
物事の価値を間違って比較してしまう
間違いのたびに社会から削り取った疲労は
蓄積してとがって私を駆り立てるので
私は再び山へと帰ってきた

ほころび始めた桜のつぼみ
針葉樹に常緑樹に葉の落ちた裸の樹
眼下に一望される住宅地と市街地
冬と春が生温かいアルコールの中で混じり合って

私は頂上で寝転び風を浴びて
己を縛るものをすべて引きちぎった
山において人間と自然はまったく等しい
人間も自然もともに循環する精神的原理
物質の装いとともに精神を清くあふれさせている
ひとつの世界内細胞
まったく同一の世界の遺伝子を共有しながら


無題

  zero

ある日一つの愚かさが生まれて、
流言蜚語のようにばらばらと伝染していきました、
でも人生は無窮の海よりも美しくて、
人生を形容することが許されているのは「美しい」の一語のみです、
人生は形容の分割力にどこまでも抵抗するので、
分割することなく肯定する「美しい」の一語のみが君臨します、
それでも風のように吹き荒れる愚かな気流は再生産を繰り返し、
切り裂かれた海が風景のあちこちに貼りつきます、
愚かさとは実は愚かさを語る者の硬い疲労でしかなくて、
疲労とは実は嫌悪を感じる者を取り巻く完全なまでの単純さでしかないのです、
氾濫する論理は乾いた惑星をどこまでも潤し、
爆発する倫理は平和な社会を掘削していきます、
真実というものは隙間さえ見つければ隠れようとしますし、
芯の無い皮だけの植物ですからすべての皮は等しく虚偽です、
力強く語られるものも雑踏の中でつぶやかれるものも等しく虚偽なのですから、
歴史とは真実の落とす影をつないでできる星座であります、
僕はいつだかあなたを愛していないと嘘をつきました、
僕はいつだかあなたを愛していると嘘をつきました、
客観的な幸せにはいつでもまぶしい方向ばかりが宿っていますが、
鳥の声を聴く幸せは方向を持たないやさしいかたまりです、
僕は黎明の空に逮捕されました、
罪状など何もなかったけれど黎明の空の薄赤い色彩を理解しすぎたのです、
僕は海沿いの松林に逮捕されました、
権力など死んでいましたが松林の構造があまりにも整然と僕を追い詰めたのです、
ですが社会人など好んで牢獄に囚われる逆立した人間で、
逮捕というきれいな言い訳など要らずいつでも身の回りは鉄格子、
僕の存在の枢軸は空っぽで様々な存在がそこに出たり入ったり混じり合ったりします、
その枢軸にガソリンのような液体が少しずつ溜まり始め、
他の存在の進入を邪魔するようになり枢軸は停滞しました、
僕の枢軸は花火のように夜空に打ち上がっては散華して、
その度に燃料の配合をどんどん誤っていきました、
枢軸が純粋に誤りそのものになったとき、
あらゆる道は死に至り朽ち果てていきました、
もはや草原には至る所に崖が発生し、
崖の側面には夥しい文字が書かれています、
自己の誤りも他者の誤りも社会の誤りもすべて一様に記されて、
責任の落ち着く先は流れていく雲のように不定形です、
それでも人生は美しさを美しさで幾重にも包括し、
降りしきる闇の指し示す地点から星座を作り上げました、
僕は歴史の星座と人生の星座を組み替えて過程の星座を作り上げ、
それは幽閉から解放への過程であり誤りから修正への過程でありました、
僕もまた一つの過程として闇を多彩にデザインしていきました、
色彩を物自体から盗み取って光を現象から寸借して、
僕の本体はただ死んだように停滞していても、
僕の分身は忙しないデザインと造形を誰にも見られずに遂行していきました、
ある日生まれた愚かさは強靭の槍のように聳え立ち、
愚かさなりの過程を経ながら星座に組み込まれていきました、
美しい人生は永遠に美しく単純で、
その過程の去っていく過程に僕の恢復の過程がありました、
何もかもがある日の平凡な午下がりに集約される過程であります、


無題

  zero

僕は生まれ変わりました、
生まれ変わりは一つ一つが音符のようで、
人生は生まれ変わりのメロディーが錯綜している大音響です、
僕は何か遠くの方に不穏なものが墜落する影を目撃しました、
社会が墜落してこの地球に文明が誕生しました、
歴史が墜落してこの地球に時間が誕生しました、
文学が墜落してこの地球に感情が誕生しました、
僕は永遠に苦しむ者、
永遠が瞬間を宿すことを苦しむ者、
森羅万象の苦しみを包蔵した苦しみをさらに苦しむ、
社会というものは人間とは複雑に異なった愛憎の対象となり、
無数の人たちの顔が集合して超越した無名の巨大な顔を持っています、
僕の庭には雪が降り陽射しが乱れました、
そして虫が言葉を運び鳥が意味を伝えました、
僕は庭を広げてはたたんで、
自分の庭がうまく敷ける整った土地を探したのです、
僕の庭は生まれ変わりました、
それまで自然の洗練するがままに広げておいたのですが、
いつのまにか種や苗が植えられ、
未来と終末とが親戚同士のように肩を組んで、
色濃く影を落とし影は種や苗に吸収されました、
僕の庭は風雨の被害を受けそれに耐えるだけの風景ではなくなった、
風雨を糧として花や作物を育てていく架空の庭、
この世ではだれ一人助けてくれない、
この事実は層状に連なる複雑な化合物、
最終的に頼れるのは自分一人、
いつまでも硬直した鉱物性の根拠のようなもの、
迫害、磔刑、火あぶり、魔女狩り、スケープゴート、
人間の永続的に狂っている部分が獣のように欲望してやまないこと、
人生は獣だ、社会は蛇だ、
荒れ狂う衝動と狡猾な計略とそのすぐ裏側に貼りついた愛と、
そこから僕は生まれ変わったのです、
同じような思考のパターンを繰り返しながら、
いつの間にかそのパターンがより繊細かつ優美に変化している、
僕ら進化するミニアチュール、
束ねた花束の数は必ず刻まれてある、
打ち捨てていけ、最も貴重なものから順に、
僕は生まれ変わっていたのです、
僕は生まれ変わることを強いられたのです、
僕は好んで生まれ変わったのです、
内容も理由もいらない、
ただそこに裂け目を超えた跳躍の軌跡だけが残っている、


眠った炎

  zero

炎が眠っている
その熱と光を休めながら
かつて燃えたことを証明する
灰が柔らかな布団になって
炎は夢を見ている
かつて照らし出した
闇の中に浮き立つ人の顔が
ばらばらになって融合した
光を清算する夢を見ている
燃料など必要なかった
ましてや消すための水も要らない
この自立した眠りにより
炎は自らを蓄え続ける
火の粉が一定の海域を超えると
それは不可解な声となり
かつて人はそれを詩と呼んだものだった


温泉

  zero

温泉に入ると
深く広々と湛えられたお湯が
私を首まで飲み込んだ
温泉の広さと深まりを前に
これが私の水位
これが私の容量
これが私の精神
これが私の闇
これが私の歴史
これが私の栄光
これが私の傷
と知らぬ間に対応させていた
温泉には私の全てがあふれかえっていた
そんな温泉からあがるとき
私はお湯をそっくり捨て去って出て来た
私は自分のなにもかもを
温泉のお湯として投げ捨ててきたのだ
これから新しい私が始まる


  zero

今頭から離れなくなっているのは雲の巡りの歌。岩だらけの高山の頂を擦過して暗い鉱物に脈動を贈られ、波の荒い大海の巨大な表情でひずんだ音響により膨張し、ありふれた市街地の上空を闊歩して人々それぞれの生活の雑音を精査している。青空の青い伴奏に沿って雲の彫刻的な歌が映像として記譜される。

今頭から離れなくなっているのは事務所に幾台となく置いてあるパソコンの歌。演算処理の歌が厳しく研ぎ澄まされるとき、叩かれるキーボードの歌は散り散りに頭脳を経めぐり、明滅するLEDの歌は川のように悠々と、絶え間ない通信の歌は重低音を維持する。それらの上方の空の広がりのように、二進法の歌は低く流れる。

今頭から離れなくなっているのは机上に置かれた静物の歌。静寂が静物の表面で変形しては生々しい呻きになる。真空が静物の内面で破裂してはういうしい笑い声になる。室内の白光が静物に注ぎ込んでは群衆のざわめきとなる。この牛の頭骨はいったいいくばくの人間の声を気づかれることなく録音してしまったのか。

今頭から離れなくなっているのは限りなく遠くへ逝ってしまったかつての歌。すべて新しく降ってくる歌は実はかつても一度流れた歌で、それが限りなく大きな輪を循環してくるのである。輪廻転生が古い歌を新しい歌へとつなぎ、歌の死生の度に繰り返される激痛が、脈拍として歴史を通じて太いリズムを維持する。


表裏

  zero

浅い息の淵をたぐって、人混みのほどけた場所へ、同じハッピに同じサンダル、出場の順番を待って、盆踊りの夜は凍える。アルコールの傾斜を滑り、秩序や光が失われる場所へ、根源的な連帯が訪れる瞬間へと、僕らは来たはずだった。笛の音が抽象的に踊り、スピーカーからは祭りの歌声が弧を描いて、湾曲しながらはかない均衡へと至るため、僕らはみな同じ振り付けを同じリズムで。沿道で見守る観客たち、ざわめきと視線がきつく澄んでいて、僕らは通りの平面の上を、終わりをわざと見失いながら。盆踊りは雨のように終わった、僕らは心を融合させて明日を迎えるはずだった、だが僕を襲ったのは根源的な冷たさ、深く野合したが故に訪れる深い寂寥、連帯の混沌は同時に孤独の混沌であり、この世との隔たりに目が眩み足早に立ち去る。何も望んでいなかった、だが確実に大きな喪失があり、僕は単純に孤独な老職員と等しく老いて、同じまなざしで仮構された連帯を刺し、根源的な孤独をともに嘗めた。もっとも孤独を深めるもの、もっともこの世との距離を気付かせるもの、それは過剰に潤った連帯だった。


母校

  zero


母校へと続く道を
十数年ぶりに歩いていると
風景に込められた無量の意味が
過ぎ去った感覚を再び過ぎ去らせて
私の身は引き裂かれ
その間隙を過去の雨だれが舐めていく

緑地公園をさまよう私の流跡
郷愁と郷土愛の合金に似たものが
新幹線の下の道に紡がれていく
夏の陽射しは木の葉に燃え移り
太陽の実が至るところで輝いている
高校生の頃
世界はもっとまばゆく熱かった

母校に辿り着くと
何も変わっていなかった
校舎の見た目というよりも
高校の果たす機能が変わっていない
目に映る高校球児も
大工仕事をしている若い教師も
昔とそっくり同じ顔をしている
何よりも額の部分に同じ含みがある

図書館でもみな夏の装い
本はこの世の冷却材のようで
司書さんに挨拶をし
卒業生として著作を寄贈した
寄贈は母校との師弟関係への一打撃
拒絶から愛へ向かう精神史の証明

私は高校時代に文学を知った
私の著作は高校時代へのはなむけで
夏は毎年鋭利に人生を区切るのだった


三十歳

  zero

朝陽は陰々と降りかかる、その日の人々の通勤に結論を下すため。人々が夢から生まれ、途端にすべやかな仮面とともに成人するのを見届けるため。電車は巨大な獣のように息を荒げて疾駆する、人々を腹の中に収めてはまた吐き出し、同じ線路を毎回異なるまなざしでやさしくにらむ。彼は着古したスーツに身を包んで、粉々になった朝の中枢を手繰るようにホームへとのぼっていく。始まりがすべて何かの終わりだとしても、この一日のはじまりは終わらせたい流血を一つも止血してくれない。

正しいものがどれも間違っていても、正しさが終焉する沃野に今彼は立っていて、そこでは間違いもすべて狂気を治めてしまう。追求する目的という果実めいたものはとっくに食らいつくして、追求の運動という飢えばかりが残った。彼のスーツにはたくさんの色彩が混じって、その黒を一層黒くした。どんな苦難も喜びも吸い取るために、スーツは黒でなければならなかった。彼と朝陽は毎朝新しく出会い、新しく別れる、互いに交わすメッセージはすべて言葉以外に蒸留しなければならない、例えば雲の白のように。

コンピューターの原料となる岩石がまだ自らの夢を知らなくても済んだころから、自然を利用するのは人間の罪滅ぼしだった。風が木の葉を揺らすように、仕事は人間を動かした。風の源泉が不明であるように、仕事の源泉を遡ると結局彼自身に還流した。畢竟人生は一つのパズルに過ぎない、与えられた謎に対して適切な解を返して行って次第に全体へと漸近する、当てはまりの快楽に満ちた命のやり取りだ。パズルに直面した苦悩もまた一つのパズルであり、そのパズルを解くパズルも当然無限にパズルである。

捨てていった影に寄り添うように、膨大な量の光を捨てる。消していった憎しみに寄り添うように、膨大な量の愛を消す。どんな緻密な倫理も彼を追い込むことはできず、彼は倫理に垂直に突き刺さる永遠の直線なのだ。死ぬことは何かを始めることであり、彼は自分が死ぬときに何を始めるか、何が始まるか、それだけをきれいな文字でノートに厳密に記述している。社会は死で構成されており、死んだ権力が死んだ暴力を行使して、ますます彼の垂直な直線は強靭に伸びていくばかりだ。


郷土の愛

  zero

故郷を愛する前に
故郷に愛されている
故郷においてすべては始まり
人はみな故郷の意志を浴びて
目覚め、働き、交流する
人の意志は人から始まるのではなく
あらかじめ故郷から意志されている
人はいつでも受け身になって
故郷の愛を受け取るのみだ
故郷の緑の道を歩くとき
人は自ら歩くのではなく
故郷の無限の愛によって
やさしく突き動かされているのだ
人よ驕ってはいけない
郷土を愛する以前に郷土に愛されている
始まりにある大いなる受動性のもとに
人はすべてを意志しているのだ


銃弾

  zero

銃身の鈍重さを仮装しながら
銃弾のようにすばやく生きるのだ
この秋の穏やかな一日は
最大限の速度で組み替えられていくから
この君の静止した生活も
信じがたい高速で雑踏に埋没していくから
撃ち出す可能性しかない母体を装い
撃ち出された現実性しかない弾丸を生きるのだ
この浜辺の町の風景には
夢の遊び込む一片の亀裂も存在しないから
この復旧されていく時間には
もはや現在の証明しか存在しないから
銃身の優しさで横たわり
銃弾の鋭さで何もかもつんざいていく
責任も罪も悪徳も無効になるこの秋の日
弾丸となりすべてを傷つけていく


小さき者へ

  zero

生まれたばかりの君は聖なる皮膚に包まれていた。今君は聖なる皮膚を脱ぎ捨てて、聖なる脈動となりほとばしり、聖なる瞳となって散っていった。祝祭の鐘は鳴りやまず、君の存在は歴史に深く刻まれた。君はもういない、だが君の祝祭は果てることなく執行され続ける。

慟哭する心臓たち。どこまでも降りていく螺旋に沿って、次第に密度を増していく氷河の底に宿る小さな火。君は既に描かれ拡げられ接続されている。君を幹として枝葉は広がり、根は深く張って水音が鮮やかだ。君は慟哭され、慟哭する、存在を賭けた慟哭の末に果てていく。

誰かが君の名を呼んでいる。君は既にすべての人たちと名を交換し合った。君の名は君をめぐる物語の証拠であり、君に捧げられた親しいまなざしの痕跡である。君の生きた豊穣な時間を指し示すしるしとして、君の名は海に至るまでどこまでも受け継がれていく。

君の流した血は私の血である。君の失った命は私の命である。君が葬られるとき、葬る私も葬られている。初めから決まっていたことなのだが、君は私なのだ。君を喪うとき、私も私を喪う。そうしてすべてが抜き取られた後で、私は脱け殻を生きる、君の名が大きく瞬くその時刻まで。


寺院

  zero

時間が感覚している
巨大なてのひらが極めて薄くなり
眼を開く刻限を探っている
仏は舞い散っては脱皮して
柱を支える土壌に滲み込んでいく
空間が覚醒している
門の内と外は色濃く混じり合って
木立の霊は影を歌い続ける
参道は禍の産道であり
迫りくる重量を濾過してゆく
生と死が対等に煮え立つ境内で
すべてが聖別された痕を光が抉る
色彩が驚嘆している
紅葉が輪廻するその刹那まで
存在の疑いを苦しみ続ける


植樹

  zero

木を植える
まだ草のような
苗木を植える
時計の針をセットするように
一日を新しく始めるように
この一点に集中する
冷気は言葉を生み出していく
終わりのない長い文章を
だが木は記述されるものではなく
みずからが記述となるもの
木は観察されるものではなく
みずからが観察となるもの
青空から青がしたたり落ちる
そのしずくを垂直に貫きながら
木の視界は
空の半球を完全に収めている


駅のホーム

  zero

駅のホームには
ひとつの世界が埋葬されている
それゆえに駅のホームは
世界の墓地であり霊場である
だから今日もそこには
忘れられた眼の光や
捨てられた愛の閃きなど
あらゆる感傷的なものが訪れる
駅のホームでは
幻想がどこまでも濃くなっていき
人の暗い内側では
熱された論理が組み立てられ
人は世界を弔う一つの感傷となる
駅のホームには人が集まり
電車が停車し鳥が羽ばたく
集まってくる日常的なものはすべて
葬られた世界への供花である

文学極道

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