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2014年12月分

月間優良作品 (投稿日時順)

次点佳作 (投稿日時順)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


ぶつぶつ。

  田中宏輔



わたしはサイくんのおしり
おしりにできたぶつぶつのおできです。

でもサイくんは、どんなにかゆくっても
てでかくことはできません。
(だって、てがとってもみじかいんだもーん)
あしでかくこともできません。
(だって、あしもとってもみじかいんだもーん)

だからサイくんは
テーブルのでっぱりでおしりをかこうとします。
かこうとしてそのテーブルのでっぱりに
とてつもなくおおきなそのおしりをくっつけて
ぐりぐりぐりぐりとこすりつけます。

わたしはサイくんのおしり
おしりにできたぶつぶつのおできです。

でもサイくんは、どんなにかゆくっても
おしりをかくことはできません。
(だって、へこんだところにいるんですものー、わたし)
それでもサイくんはおしりをふりふりふりふり
テーブルのでっぱりにぐりぐりぐりぐりしまーす。

あっ、ダンナさんがかえってきました。
サイくんのおしりがテーブルからはなれました。
じひびきたててはしりよるサイくん。
ほへほへほへーとへたりこむダンナさん。

かいて、かいてといいつけるサイくん。
ふにふにふにーとかかされるダンナさん。

わたしはサイくんのおしり
おしりにできたぶつぶつのおできです。

わたしはこんなサイくんがだいすきでーす。
わたしはこんなダンナさんがだいすきでーす。

ほほほほほほほ、ほっ。


花は甚だしい

  明日花ちゃん

  



ざくざくはたけ。
育てられるごみくずはしょせんごみくずしかならないわたし
がになって飛び立ってキットカットされる。花なって
甚だしい、びらびらしない
モザイク、じんせい、は、粉になって、
豚のミンチに混ぜこむ。今日はハンバーグだよ、
と×××。ハンバーグをハジメテ作った人は、おとうとだよ、
と××××になれなかった×××××××××××××××××
が、ままごとをし、ママズラを付けて、とんずらしてた。

めがしらに朝露が溜まる理由は
布団に潜る空白のとき
塗りきれるのかが分からないだけ
一歩を踏み出せば
世界はいくらか変わんじゃないの、という常設された未来が
果てしなく遠い宇宙空間に孤立する
先には誰も帰んないと望んで
酔っぱらった雲が嘔吐している
貯金は霜降りの贅肉へ
冬の調べは濁った母のものへ
はるばると七夕から来た彦星が
クリスマスプレゼントをサンタの代わりに渡すと言って
私に新しいマフラーをくれた

家族全員が冬繕い
冷蔵庫には書きかけの詩が飛散する
仕方なく互いを批評し集合
花盆地にはネコの出汁で
顔を洗おうとする人間が
慰められた煮干しだの、マグロの刺身だのを
落といている
落とちている

今日何食べた、魚だよ、おっきいの、
魚は、花食べて膨らんで、弾けた、毒入りだから、あの人はね

さよならいわなかったの、っていわせなかったあなた
ハネダのクリスマスツリーを挟んで
私を剪定する、剥けて赤みを帯びた
サバの匂いのする眼前に、公然とキスする
殺そうと考えた自転車置き場で
私の肉を差し出せば
事態は変化したのか
どうして誰も教えてくれなかったの

馬鹿には誰にも教えないと、父は言った。




猥褻罪猥褻罪猥褻罪猥褻罪ざらざらとした
つきまとう=虫殺せ
織り姫は浮ついたサンタに恋
はるばると七夕から来た彦星が
クリスマスプレゼントを代わりに貰うと言って
私から殺虫剤奪う
あかぎれた指撫でて欲しいと
撫で下ろす頃に、死ぬのだと。

幸せな項目にスタンプを押し、ラリー続ける、頑張り過ぎて
事態がぶっ飛んでいるのかどうかさえ、分かんない
破壊して消えた場所に転がっている
あなたの
街と
現実に
何も触れられれない
私の現実が
冬を一層際立たせる
ずっと待ってあなたが望まなかった未来
とあなたが望んでいた未来。こびりつくこの
カラダはDAKARA
生まれる前、

キット,kあ

あなたのお母さんでした。

椎茸が食べれない火星人も、

切り刻んだ星しいたけを眺めている星野くんだって、

織り姫にフラれた彦星もいい匂いがする、

花がゴミから生まれたことを、ずっと前から

知っている詩人でした。だのに

星の元に生まれたあなた、見放され、

謙虚に花を咲かせていた。






きれいきれいで、卑屈で、あなた金星から来たんだって、
すぐに分かったよ。だから
品種改良されない
あなたの未来に
これから出掛けようと、思いました
あなたを判別出来ない私は
荷物を少なめにしようと、思いました
歩きやすい服装にしよ、
電話は持ってく、スローターハウス5も。
あと、風呂敷と、手紙。火星人が書いた地図と、
切符がいるよね。


たびさき、粉々になった言葉を
一つずつ焼いて
あなたに似た人に配ると思います。
配れなかったあなたが
叶えられなかった夢を
小さく掘って
火を灯そうと
燃えるマッチをみつめて
煙がかかる
頭に浮かべる
言葉がからくて
一粒でも充分な、ざくざくした、
誰が食べんだろう
誰が食べんだろう
捨てられた弁当がある、


白鱗

  島中 充

 中国山地のなだらかな山の中に、その滝はあった。落差が七十メートルを
越える、白蛇の滝。白く水の落ちるさまが名前の由来である。秋には紅葉
の渓谷を、春には桜並木の堤に抱かれて、その美しさは錦と称えられ、錦
川と呼ばれた。真夏に、時折白い蛇が体をくねらせながら、その川を渡った。
白いチョークで怪しい美しさが川面に描かれ、人々を驚かせた。白い蛇は青
大将の白子で、おぞましいほど白く、細い舌と目は、血が透いて、真っ赤で
ある。
少年の家は山のふもと、錦川の堤にあった。川に沿って坂道をのぼって行
くと、鎮守の森があり、社の庭園に大きな池が造られていた。池のなかに
数匹の錦鯉が飼われ、その中に白鷺のように真っ白で、鱗がキラキラひか
り、目の赤い、白鱗がいた。少年は六十センチあるその巨鯉をいとおしく
思っていた。
 少年には血の繋がる者の中に複数の発狂する者がいた。もうすぐ自分も狂
うかも知れない。すらりとした長身の姉もその一人だった。狂って、ぼさぼ
さの長い髪、薄汚れた服に包まれている悲しい姉。村の子供たちは、お前の
姉さんがまた素っ裸で、川で泳いでいたぞ、と少年をからかった。狂っても、
まだ見事な泳法を見せ、深い川をひゅるひゅると、白い蛇のように渡った。
水にぬれると長い髪は黒々と輝き、恥毛はしっとり濡れ、白い肌は陽に照ら
されていっそう白く、引き締まった小さな乳房だった。子供たちは橋の上か
ら、おーいと呼びかけ、大人たちはその美しい裸体を欄干からじっと眺めて
いた。
 姉の姿を少年は白鱗に見ていたのかもしれない。夜明け前、いつもムカデ、
イモリ、ときには蛇を殺し、輪切りにして、池にやってきて、巨鯉にあたえ
ていた。鯉は差し出す少年の手の平に乗って、パクパク餌を食べるほどなつ
いていた。
 敗戦の年、この村にも飢えがやってきて、社の池から鯉が盗まれるように
なった。村人の食用になる前に、白鱗だけは助けてやらなければ、逃がして
やらなければ、と少年は思った。
まだ暗い内に起き出し、少年はヤカンに油を入れて、火にかけ、水滴を落
とすとジュウと音のするまで熱した。そしてその熱油を注意深く、一升瓶
に注ぎ込んだ。ガラス瓶は、油を注ぎ込んだ深さに見事にピリッと音を立
て、ひび割れた。底の抜けた一升瓶は丸い鋭利な切り口になった。鯉を傷
つけないために、切り口にゆっくりゆっくり、ヤスリをかける。ガラスを
こする甲高い音、少しでも力が入るとガラスはピリッと新しい切っ先を作
って壊れ、少年の指先をシュッと傷つけた。流れる血をシャツになすり付
けながら、注意深く一回一回ヤスリをかけた。
底を抜いた瓶を抱いて少年は朝焼けの中、池に走った。一升瓶の注ぎ口か
ら糸と釣り針を通し、イモリを餌にして、瓶をゆっくり水に浸した。いつ
もの朝のように、何の疑いもなく、ぱくりと白鱗はイモリを飲み込んだ。
いっきにぐいと糸を引っ張ると、鯉は頭から、半身をすっぽり一升瓶の中
に、はまり込んだ。まったく身動きできない。あばれることもなく、音を
立てることもなく、社の人に気付かれる心配などひとつもなかった。そし
て、汗臭い血の付いたシャツを脱ぎ、鯉を瓶ごと大切にくるんで、一目散
に滝壺まで走った。針を外してやり、抱きかかえて、鯉を水の中に離すと、
大きく体をくねらせたかと思うと、目にもとまらぬ速さで、白鱗は水の落ち
る深みに消えていった。
 それから三年、少年もまた姉の発狂した年齢になった。すでに去年の夏、
姉は失踪していた。村人も少年もそれを不思議に思わなかった。捜索も行わ
れなかった。それがこの血筋の宿命のような気がするのだ。姉は鉄格子のあ
る大阪の気違い病院にいるとか、外人相手のパンパンをしているとか、村人
はうわさし、子供たちは、川を下って、あのヒトは白蛇に変身したのだと言
った。
 滝壺に白鱗を求めて、少年は毎日のようにやって来た。小高い岩の上から
滝壺を見つめた。深くえぐられた水底の穴倉にでもいるのか、まったく白鱗
は姿を現すことはない。毎日毎日、水面を見つめていると、見えるはずのな
いものを、いるはずのないものを、薄く霧のかかる水面に見るようになって
くる。すこしずつ狂ってきたのかもしれない。薄汚く、はだけた胸で村人か
ら乳房をのぞかれ、野良犬のように村の中を歩きまわった姉。姉のようにな
る事ことを、少年はひどく怖がった。自分も少しずつ姉のようになってきた
のでは、と恐れていた。あるはずのない光景が少年の眼の前に現れるのだ。
数匹の真っ白な蛇が体をくねらせながら縺れ合うようにゆっくり滝壺を泳ぎ
回っていた。深い底から真っ白な一メートルを超える大きな鯉が浮かび上が
って来ては、水面に鰭をゆっくり左右に振りながら、悠々と泳ぎ、白い蛇た
ちと互いに体を触れながら、もつれあい、戯れていた。そして白い鯉は仰向
けになると胸鰭を広げて、少年を手招きするようにさえ動かした。深く水の
なかにもぐったかと思うと、突如空中へ高く飛び跳ねた。その姿は、まさに
乳房のある姉の姿だった。下半身は鱗がひかり尾鰭のある白い裸体。見える
はずのないものに羽交い絞めにされ、少年は心を決めた。
 苔の生えている、水しぶきのかかる岩と岩の隙間を、木々を掴みながら、
草を掴みながら、すべりやすい岩場を四つん這いになって、蛇のように身を
くねらせながら登って行った。水で重くなったシャツを脱ぎ、草履を脱ぎ、
ズボンを脱ぎ、頂上の岩の上に立ったときは、擦り傷だらけの半裸であった。
少年は白蛇の滝の頂上から滝壺を覗き込んだ。真っ白な巨大な鯉が黒い滝壺
を悠々と円を描きながら、泳いでいる。これは幻ではないと思った。少年は
身をのりだし、そして、そのまま滝壺に向かって落下して行った。からだが
岩にぶつかるたびに白い飛沫に血がにじみ、頭蓋や背骨を折りながら、少年
は彼方に落ちていった。

 堤の少年の家は誰も住まない廃家になった。父は戦争で、母は八月六日終
戦の年、広島の軍需工場にいた。一九五一年、岩国市を襲ったルース台風で
土石流のため家屋は倒壊し、流木や土石を取り除くと、その下から肉の付着
している骨があらわれた。少年は姉を殺し、床下に葬っていた。


幻想的な日常についての二つの詩

  前田ふむふむ

夜の季節の断章       


遠くから祭りの太鼓を打つ音が
聞こえてくる
かまくらの灯りが断片的に 沈んでいく空のなかで
浮遊している

その十二月の空が 
透明なガラスの水槽のなかにある
ひきしおのような冬の芽が
胎動している水面に
ふるえながら 耳をそばだてると
泡をたてずに
水面は 両耳をつくり
凍える声で
わたしと呼吸をしている
遠く
夕暮れの橋をわたった雁だろうか
風を切るような声が
水面を覆ってきこえてくる

円筒形の器は
水けさを増して
鏡のように映り
顔 なつかしい顔が
あらわれては 
滑らかな肌にうかぶ夜に消えていく
眠りにおちそうなわたしは 
水にゆれながら
点々と水底に埋めている
顔を追う
やがて
水面まで
水底が切り立ってくると
父の骨を夢中になってむさぼり食う
わたしの顔だけが映っている
  (ほんとうの朝焼けは 
まだ地平線のむこうだろう
       いや そんなものは最初から
                 来るのだろうか)

一枚の夜霧のなかを
水滴が轟音をたてて 走りすぎると
ゆっくりと
風見鶏が回っている
庭のざわめきが
液状の眠りを さらに深めている
時間は
左から右へといくえの流れをつくり
仄暗い影のなかから
蝋の炎をもった
なつかしい父があらわれて
庭一面 水で充たした水槽に
ひとつひとつ灯りを点していく

おきあがる夜の誕生のひかり
暗闇はからだを
すこしずつ 折りたたみ
葬列をつくり 昏々と眠る

蒸せるような夏を前に
父がせわしなく逝った
そのときから
母は句点のような日々をかさね
なつかしい海鳴りを見ている
母の手を取る
わたしの呼吸は しずかさのなかから
死者の炎に
みずからの
源泉をもとめて

やがて
しじまが鶏の声にみちびかれて
金色を包む仄白いベールをはおると
ゆらぐ水底のなかから
今日も
帰っていく
父を見送っている
もうひとりの 新しいわたしが
うまれている



冬のおわりに

      1

喪服を着た父が せまい部屋の隅にいる
悲しいほど
とても暗い場所に
わたしは 気の毒に思い 
傍により 声を掛けると
父は顔をあげた 
顔をみると
夢中でものを貪る わたしだった

かなり寝たので 夢だったのか ひどく汗ばんでいる
心臓の鼓動は 全身を掛けめぐっていて
ふと 耳をふとんにあてると 
今度は 父が階段を上ってくる足音がした
胸が 訳もなく とても痛い
でも ドアは 開くはずがない 
父は もう二十年前に死んだのだ
もう あなたの時代ではない
父さん はやく帰ろう とこころのなかで叫んだ
階段をあがる音が止まった
ドアは開かなかった

あたまを動かしたら ズキンと痛んだ
38・5℃の体温計が畳の上に無造作にころがり
渇いた熱がわたしの喉の奥を締めつける 
加湿器の蒸気が乾燥した部屋をうるおしている
下着を替えて 冷却シートを貼りかえて すこし落ちつく
体温計を拾い わきの下にあてる
熱は 朝より 下がっていた
そとから母の明るい声がする
おもては 雪が降っているらしい

医者の処方した薬を飲む
母が 階段をあがってきて 
氷枕をつくり わたしの汗を拭く 38・1℃
身体が怠いので
少し寝たら 天井が落ちてくる夢を見た
その天井を眺めていると
自然の木のなかにいるようで
家にいることを 一瞬忘れる
窓からは
少しずつ雪の明るさが降ってきて
庭のわずかな風のざわめきに促されてか
年代物の柱時計の音が わたしの鼓動と共鳴している
なぜか嬉しくなり 今 生きていると思う

階下の居間では 慌ただしく 何かが落ちて割れた
一週間前に買った 高価だった
カットグラスではないかと とても気になる
寝返りをすると
三日前から腕がひどく痛い
庭にある
ぼさぼさに覆い茂っていた樹木を剪定したのだ
虎刈りのように
すっきりとしたツバキやサツキは
親しみぶかいものに変わった

壁ぎわを見ると
学生の時に読んだ本が
書棚で整列して じっと わたしを見ている
その知性が醸しだす
冷たい空気は 草のにおいがした
処方薬のせいか
草むらは いつの間にか 暗くなり 見えなくなる

    2

オートバイが家のなかを通りぬけていく
晴れていた 
昼になって少し暖かくなったので
自転車で買い出しにでた
この街は
昔は 田中紳士服店 七本木生花店 青木ナショナル電気店
飯塚書店 渡辺雑貨商店 五十番ラーメン店などの
個人商店がたくさんあった
速度を落とすと 人ごみの中から
「今日は特別安くしとくよ」
やにわに越中屋鮮魚店の生きのいい客寄せの声が
通り過ぎていく  
そして丁字路がある

とても熱気のある商店街であったが
いまは やたらにシャッターばかりが目立っている
昔との違いは
歯科医院 内科医院 鍼灸院 整骨院
ドラッグストア コンビニ スーパーマーケット
介護施設 等ばかりが目立つことだ
きっと街全体が高齢化したので
それに合わせた街になったのだろう
それからもう一つ
カラスが いつも閑散とした通りや
電柱に異常なほどたくさん群れていて 
襲ってくるのではないかと
いつも怖くなる
わたしは速度を早める
そしてあの丁字路がある

わたしは度々 そこで悲しそうに蹲っている
紫色の服を着た少女に出会う
今日も一人ぼっちで 寂しそうだ
でも いまだに声をかけたことがない
スーパーで正月用の松飾やお供え餅を買った
帰り際 丁字路 そういえば 
ここには小学生のとき クラスで一番可愛い子が住んでいて わたしはとても
好きだった 毎日 その子と話すのが楽しみで 学校に行っていたといっても
良い でも後で その子が 新聞にも載った犯罪者の親の子だと分かり あっ
という間にクラスで噂になったのだ それからは 陰口をたたく子もいて わ
たしは気にしなかったが その子といつものように気軽に話せなくなった し
ばらくして その子は引っ越していった その引越しの日に わたしは耐えら
れなくなり 会いにいったけど とても辛そうにみえて その子に声をかける
ことが出来なかった
それ以来 わたしは 今でもいざという時には ごまかして生きているような
気がする
  
いまは月極駐車場になっている
その駐車場のなかで寒つばきが咲いていたので
ひと通りはあったが わたしは 構わず 一番かわいい一本を摘んだ
家の小さな花瓶に生けよう
いつもいる少女が 見えなくなっている
帰ったら正月の支度でいそがしい

オートバイが通り過ぎていく
遠のいたり近づいたり
そしていつまでも
エンジン音が聞こえている

      3

寝返りをうつと
寒さが 布団の隙間からはいってくるので 
身体を丸めて眠ったようだ
眼を覚ましたら
部屋のなかはすっかり暗くなっている
窓は 街灯の灯りが点っている
その灯りで
花瓶が畳みに影を落としている
挿してある紫色の寒つばきの花は 枯れていて 
異臭を放っている
階下で物音がする
母のぶつぶつといった独り言がきこえる
たぶん
介護が必要な母が 簡易トイレで用を足しているのかもしれない
雪はいつの間にか
雨に変わっている


100人のダリが曲がっている。

  田中宏輔



近くの公園で
ジョン・ダンの詩集を読んでいると
小さい虫がページのうえに

無造作に手ではらったら
簡単につぶれて
ページにしみがついてしまって

すぐに部屋に戻って
消しゴムで消そうとしたら
インクがかすれて
文字がかすれて
泣きそうになっちゃった。
買いなおそうかなあ。
岩波文庫・本体価格553円。
やっぱ、もったいないなあ。
めっちゃ腹が立つ。
虫に。
いや
自分自身に。
いや
虫と自分自身に。
おぼえておかなきゃいけないね。
虫が簡単につぶれちゃうってこと。
それに
なにするにしても
もっと慎重にしなきゃねって。
ふうって息吹きかけて
吹き飛ばしちゃえばよかったね。
きのう買ったビールでも飲もうかな。

これからつづきを
まだ、ぜんぶ読んでないしね。

ああ、しあわせ。
ジョン・ダンの詩集って
めっちゃ陽気で
えげつないのがあって
いくつもね。
ブサイクな女がなぜいいのか、とかね。
公園でも
吹き出しちゃったよ。
あまりにえげつなくってね。
フホッ。

石頭、
いつも同じひと。
どろどろになる夢を見た。


ばらの花

  sample

言葉と子どもが走り抜ける橋の下で
焚いた火は明るく
配達され続ける魚を燃やして
皿の上に描かれた
細密な骨の水路は
若い母の背中にあった
痣のような海の記憶を圧し流して
排泄して
こぼれ落ちた情緒は骨を溶かし
なにもない皿へと
空腹だった子どものまま
きれいな手が伸びる

意味も解らず嘔吐した
溶けかけた宝石を拭ってくれた
考えるだけで泣いていた
眠り続けていたい
天井を蹴破ってみたい
一生のお願い
を、たくさん抱えている
朝はいつも怪物が訪問する
冷たい空気を吸い込むと
肺に魚の骨が突き刺さる
咳と痛みを創造する
幼児の悲しい魔法

なわとびをしていた
もう、どれほど飛んでいるのだろうか
握った手のひらに汗をかき
ロープが滑って抜け落ちていった
コンクリートの地面に
プラスチックの部分が叩きつけられて
響きのない、乾いた音が鳴った
片方の手から足下に垂れさがる
ロープの曲線を何度も目で往復させながら
今日はこれでおしまい
ロープを手繰りよせて結んだ
もう解けないくらい
きつく結んだ

窓から遠くの緑をながめる
もっと目が良くなりたいから
燃え続ける星を見上げる
剥落する光、口、あけたまま点眼する
目をつむると
清潔で真っ白な布が瞼に裏打ちされて
黄色い染みが小さく浮かぶ
それは波紋のように広がってゆき
耳のうしろへ、背筋のくぼみへ
やがて一枚の画用紙の上
尾ひれを生やした子どもになって
水色からいちばん遠い色ばかり
すり減らしていた

嘘だと知っていたから
一瞬、笑いかけた
あなたは、
橋の下から拾ってきたのよ。
そんなはずはないけれど
息継ぎを忘れるほど泣いた
お風呂にしようね。
息を大きく吸い込んで
浴槽に頭を沈めた
髪の毛の間に気泡が留まるのを感じた
目をひらいた、なにも見えないな
手のひらをひらいてみる、閉じてみる
苦しい、浴槽から顔をだす
排水口にお湯が逃げてゆく
流れる音は徐々に高くなり、細くなり
消えてゆく

並んだ隣の布団から
母の寝息が聞こえる、規則的な
息を吸う、止まる、息を吐く
繰り返す、母のそれに合わせて
呼吸をしてみる
けれど、それだとなぜか
息が苦しいような気がして
いつもどおり、呼吸する
息を吸う、息を吐く、ただそれだけなのに
同じではいけないんだ
真っ暗な天井を見つめる
かすかに、耳鳴りがする

橋の上から川をながめている
流れのない安らかな水面
遠い町の、名前の知らない川
両岸から木々の枝葉がせりだして
濃い影をつくっている
呼吸をする、その音だけが聞こえる
とても静かな時間
子どもが僕のうしろを駈け抜けていった
二羽のすずめが水面に触れて
そのまま林の奥へ消えていった
つぎに向かう駅の名前
それを確認するように
小さく声にだしてみる


思慕の詩

  島中 充

  ***
1、水溜り
うたを 水切りするひとに            
私は 陸橋を通って 
傘を返しに行く

さびしく 
おぼれた驟雨
私は 平泳ぎで泳いでいる
花柄の傘 
こころは折りたたんだまま
水を切って 返す

雨もあがり 
急ぎ足にあゆむ
傍らの池の水があふれ 
アスファルトに鮒がはねる
みずごころとは 
水たまりで生きる
寂しいこころを
手のひらから 水に戻され 
あなたは 鮒になって 泳ぐ

詩のあふれるあなたに
私は 陸橋を通って 
会いに行く
幾万のひとたちに磨り減り 
階段にうすい水溜りができる
爪先立ったこころで 
私は 水溜りに 転ぶ

   ***
  2、菊
薬を与えられ
曝し首にひとつひとつ丁寧に並べられて
菊は咲く
結ぶ露にさえ重すぎて
添え木に縛られ 立ったまま咲いている

花の高さにあなたは背伸びをして
「真夜中にも美しく咲いているのね」
どうしてその言葉が私には悲しいのか
「苦い甘さなんだ」
わざと食用菊の話ばかりで 
私は答えた

花は花の用を失うまで花に作られ
言葉は言葉の意味を失うまで比喩にうたわれ
棺を埋める花々のなかで目覚め
詩を愛する日々に
辛いものばかりでうなだれる

そうして 私はあなたに捧げる 花をだいて
まるで墓所に行く淋しさだ
口にすれば嘘になる思慕をうつむけたまま
血のような言葉を しかたなく かくまっているのだ
比喩なんかいらないと

    ***
   3、耳
その人は初め 水のこころについてはなした
澄んだ水の中からうまれる
詩について
素早く動く魚影を追って
澄んだ水の中にだけ住む言葉を
手掴みにして詩をすくう 

その人は今日 死者の位置について語った
生まれる前の事を話しましょう
死の病に侵されて 最後の教室になります
生まれる前と死んでから 
その隙間にある詩への思慕と徒労
棒をふるように逝くでしょう

その人は今日 赤いシフォンをまとっていた
「真赤なドレスを君に 作ってあげたい君に」
昔の歌が高い空から聞こえる
赤い花の並木をおりていくと 赤い花の並木
私は耳の形にうずくまって 泣いた


実り

  zero

悪は一つの矛盾した実り
弱くふるえている果肉を守るために
幾重にも重なった硬い果皮

善であることは実ることを拒絶すること
果肉が傷ついても
それに耐え続ける強さがあるということ

悪は弱いから傷つくのに耐えられず
自らの内部の構造を充実させていくために
内部が沢山の光によって攪乱されるのを避けるために
初めから傷つかないように果皮で守り
どんな迫害をも笑い飛ばし蹴り飛ばす

本質的に強い悪
内側に弱い果肉を持たない果皮だけの悪は
本当の悪ではない
それはただ衝突の機能を持つだけの
潤いも内部もない害でしかない

悪として繊細に実っていくか
善として実らず傷つき続けるか
害として空疎であり続けるか

私は悪としてどこまでも内側の構造を熟させながら
善や害とも共に響きあい
社会から降ってくる無数の刃を果皮に摂り込み
果皮と果肉とをどこまでも流動的に交換し続けている
やがて実りが矛盾でなくなる日まで
内側の弱さと外側の強さがもはや同義になる日まで


PCが銀髪を拒否した

  陽向

PCが銀髪を拒否した
僕らのHTML+CSSは言語で出来ている
一昨日君のHTMLが僕のHTMLに感染し
一部一部が自分でも分からない単語で
埋め尽くされている

太字にしても届かない声
サイズより内容
HTMLが抑々君のHTMLに必要とされていない
僕のcategoryは君で一杯なのに
君のcategoryに僕はいない
CSS―言語 足りないわけじゃない
ただ思いが伝わらないんだ―HTMLを HTMLを

PCが銀髪を拒否した
いつの間にか僕は最初の行と最後の行の
bodyから生まれ変わり
ただ漠然とサイズを意識してばかりいた


青い声が聴こえる日

  前田ふむふむ



某月某日 午後1時

ふふふ と白い歯を見せて 
端正な顔立ちである
介護ケアマネージャのHさんが笑う 
深い座椅子に凭れるように座りながら
つられるように 母は顔をほころばせる
ふだん
わたしと母だけに ひかりがあたっている狭い空間が
朝 雨戸をあけた時のように
部屋の隅々まで 呼吸をはじめる
その明るさのなかで
母は 身体を乗り出して
今まで生きた足跡を 語りはじめる
もう暗記ができるほど 聞いた話だが
その話を聞くたびに 母の人生が日に日に 厚みを帯びてくる

(あの日 母さんが死んで 海辺で泣いたの
(悲しくて いつまでも浜辺を走っていたの
(海の向う岸は 一面見渡すかぎり 真っ赤に燃えていたわ
(まるで絵画のようにきれいで
(あのなかで従兄弟のさっちゃんも 邦夫おじさんも死んだわ
(とっても 怖かったの 覚えているわ
(きっと あの日から こころを裂くように
(無理にひらいて 受け容れたんだわ
(真っ赤な火を点けた人たちを
(でも 幼なじみの彼は そのとき 手を握ってくれていたわ
(とても 強く

母の話に 大きくうなずいて
笑顔を絶やさぬ
Hさんのお世話になって 三年がたつが
その間
母は子供に戻ったように 無邪気になり
ときに 少女のような優しさをみせる 

某月某日 午後四時

母は眠くなり 介護ベッドで横になる
少し眠り 寝ぼけながら
ひとりごとのように 呟く

(学校に遅れるからって 父さん バス停まで
(手を握って 引っ張るから わたし手がとても痛かった
(でも 父さん 嬉しそうだったわ

少し寝言を聞きながら
わたしは めくれ上がった掛布団を整えて
母の体温を計る 36.8℃ 

陽が短くなっただろうか もう外はうす暗くなっている

某月某日  午前0時

弧を描いて放物線が
地面に 小さなみずたまりをつくる
見上げると
家の傍の 街灯が消えかけていて
不規則に点滅している
そとは だいぶ寒くなってきた

母は二十分前 暖房付きのトイレに入って出てこない
用をたすのに時間がかかるのだ
二時間ごとの間隔で
トイレに行く
そのための歩行が 
母の運動機能を維持するために
大切なので トイレの独占という
この理不尽を容認している
ときどき 中から苦しそうな声を 
発していることがあるが
その声を聞くと
あの齢になり 生きることが 
自分との戦いのようで
いかに大変なことかがわかる
わたしは 尿意に耐えられないときは
さすがに浴室では 憚るので
たびたび 庭の隅で用を足す

いつものように用を足していると
となりの少年が不思議そうに見ていたが
傍に来ると
わたしの横で いっしょに用を足した
わたしと少年は 大きく放物線を描いた
そのときから わたしが そこで用をたすときは
決まって 少年と一緒だった
短かったが 笑いながらの少年との時間は
不思議と介護に疲れた わたしを癒してくれた

ある日 となりの奥さんに
息子さん 大きくなりましたね
というと 何を言ってるの
うちは 娘二人ですよと 怪訝そうにいった
そのときから少年は来なくなった

すっかり夜が更けて 
夜の十二時三十分を過ぎても
母はトイレから出てこない
心配になり 覗くと
もうすぐだからと 
まるで子供のように涙目でいう
わたしは いつものように庭の隅で
隠れるように用を足す

月は煌々として
身体をこおりのように冷やしている


象の かわいそう(或いは「未来記」)

  Migikata

 冬の 河は
 銀の墨ひと筆 で書き記されている

 書き記されるものである

 ここから見えない 場所 を起点として
 人間の物語 が 吹いてくる
 立ち枯れた 芒 がそのたび
 音を放ち 重ねて放ち
 冬至の日の 太陽が徐ろに
 傾く そういう匂い
 が
 する
  
 確かに匂いがする
 
 十数頭の象が かわいそう を背に乗せ
 酷寒の夕焼空に 浮かぶ のは
  この先のこと。
 赤黒い雲を 踏み 鳴らし
 暗い鼻を ぶらぶら 揺するのは
  この先のこと。

 河も河原もまだ十分には暗くない
  かわいそう はアカガネ色
  かわいそう は鏡面仕上げ
  かわいそう は無味・無臭

 零下二百七十度の夕焼が焼く
 ところの
 象たちの苦いシルエットが
 この先
 明瞭な意味を形成するなら
 それもよいそれに身を任せるべきであるが

 そうはならない


真昼の死

  田能村

滝が
コップにほとばしらない
真昼

不意に君は
真鍮のベットの上で
目覚める

すでに
家は
巨大な岩石の群れに包囲され
部屋には無数の樹々が
乱立している

「真昼の風に吹かれ
 樹上に羽ばたく鷺の衝撃に立つ
 君が一瓶の揺れる血であるならば、」

君は眠ったまま
岩を食べ
樹々に
花を咲かしていたのだ


ねごとねこごと・あ・ら・Modeチョコレート

  阿ト理恵

かわいい子にはたびをはかせてつまりとりつくしまへとりつかれてる

かけるは月とわたしだけ猫にこんばんは森へはもう戻れない

ミミにキレた理由をきくひともいないからいくつものきそ(く)をやぶる

耳やまいイタってへいきとどのつまりこまくにこあくますみこみ、ちゅう

とんかちでとんちんかんをたたきだしエッヂのきいためがねでみてる

なんとなくブランコを漕ぐこんばんは速く走れる靴飛ばしてる

ノスタルジアへの切符は枯草色、少女と猫にだけ売られる

型破りシアン時です。てがかりはアトリエのねごときゅるきゅる

ねこがねこむとねこがごねるねごとねこごとあなたをねとる

ミセスのちミス続きます武器となるほほえみ引きこもりはじめそう

うるうるっとたてたクチビルとんでもないとびこみえいぎょううけつけちゅう

あますことなく陽気な容器にはい!ってわたしたち足し算ひかないで

そこらへんの野草に告ぐ猫質を解放したらこころへんをやる

ふみんにはひだまりにおうオフトニンさようならきのうときょうとうと

時間外手足はありませんコテンパンとミルクはいかがでしょうか

続編があればいいのにあの夏のチョコボールだけ投げ飛ばしてる

泣いててもかわいいが無敵なうちにぜんぶくださいきみのはじめて

さんせいの雨にぬれたポケットティッシュひとつぶんの羽根だとしても

ブランコから飛ばす靴は弧を描き別にいいけどできたら虹を

透明な地図つくる風は小さくふるきみの手のかたちしながら

かぼちゃよりまほうのすいか馬車となりうまくまいますきみをうばいに

はじまりの風をつかまえられたなら飛ばそうパラソルチョコレート

できることだけして花でいることにいけないわけなんかわけなんか

気配消す秋のじんちでじーんとなしてねとじーんとしとねしとね

この星のいちぶぶんでいいんだよね微熱を微風がさらうならば

めくるめくつなぎ目の芽よその先にそっぽむく猫のしっぽはシグナル

ぼくらがここにいることのわけとかはみんなちがってみんなかっこいい

う〜らららぼくとうででもくみながらぽけっとティッシュとばしませんか

どれどれみつけてまたたいてまた(が)ないひをたたんでまだ愛してる

とりつくろうためにふくろにおしこむそのよこしまよ、わたしがすくう


詩人四態

  山人

春になったら握り飯をもって山に行こう
ほつほつと出狂う山菜たちの
メロディーを聴きに
ポケットの中には手帳と鉛筆をねじ込んで
いただきに立てば、ほら
風が眠りから覚めて
息吹を開始する
虫たちもよろこんでいる
だから僕は鉛筆を舐めて
もくもくと詩を書くんだ
蝶々が飛び始めると
詩ができあがる
ほら、できたよ
詩ができた
だまって樹皮を舐めるカタツムリに
僕はそうっと詩を見せる
ほら、ぬめりのある皮膚が
よろこんでいる
僕の詩をよろこんでいるよ




寂れた地下室の中で、男たちは裸になり、互いの性器を見せ合っている
その大きさを競うわけでもなく、ただ柔らかな手やごつごつした手で互いの性器に触れたり撫でたりしているのだ
だが、同性愛ではなく、あくまでも無機質に観察しながら触れている
性器の触手観察会が終わると、次に脳を見せ合う儀式が始まる
エナメル質の頭蓋を取り外し、粗脳だよ、とか、少し弾力は薄れているね、とかの話し合いの場がもたれる
血液検査もよく行われるようだ
骨粗鬆症の話も出てくる
それらの観察会が終わると、つぎは思考の競争が行われる




詩人が街を歩いている
シャツはチェックで
手にはソロバンを持ち
麻のマフラーを首に捲き
ひょろ長いキセルを咥えているのだ
頭全体が薄い樹のウロで出来ていて
所々に苔を生やしている
目玉は無く
その部分から
靄がふわふわ漂い
ゴミ虫がするすると蠢いている
頭頂には宿木が実り
四十雀がジャージャー鳴いている
詩人の頭の中には
一本の線が針金のように曲がり
その先に枯葉がついている
枯葉の真ん中に
虫食いの痕が残っている
脳など無く
一枚の古い皿が置かれ
そこにちろりと蝋燭が灯され
皿の端には
魚の骨が置かれている
ちなみにキセルを咥える口は無い


男が詩を書いている
満遍なくちりばめられた言葉の群落、それは豊かな水辺をささやきあう野鳥の群れのようでみずみずしい
大きな言葉の背中に小さな野鳥がのる
遠くから隊列をなした、水鳥が水しぶきを上げながら着水する
水のように言葉は自由さを得ている
空は押し黙り、やがて来る悪天に身じろぐことなく、湖面は言葉を続ける
詩は拡張する、重さ、軽さを自由にあやつり、時の流れまで操作してしまう
男はうたう、そして発狂する、その発狂体が粒子となって湖面を浚い、詩は離陸した


証明する人

  zero

一度止まってしまったはずのあなたの時間が
僕や多くの人の中で発光し続けている
美しい言葉を遺すということは
あなたがいつまでもあなたを証明し続けるということだ
そして僕とあなたの間に未だ飛び交う問いの群れが
次々と答えられては新たに生まれるのを証明し
結局あなたの存在は無限の謎であることを証明する
ああ 僕はあなたの歳を超えてしまった
あなたが最も鋭利で最も混濁していた歳を
あなたが地に敷くほどにわかっていたこと
あなたが自己への厳しさからあきらめていたこと
あなたの胸に広がる柔らかく秘められた終の棲家を
遺された言葉と遺されなかった言葉から抽出することは可能か
あなたの生きた年限を追い越してしまった瞬間から
僕はあなたという頼れる伴走者を失ってしまった
僕は孤独に走り始めて別の伴走者を慌てて探したが
結局あなたは僕の孤独を一番明確に証明した
誰かと伴に走るなどという甘い夢が消えたところで
僕は改めて原点から僕を作り直した
僕はもうだれにも頼らなくてもこの世界という迷路を踏破できる
あなたはそんな未来までもあらかじめこっそり証明していたのではないか
僕の行く先で僕が発見することすべてを
あなたはもうとっくに証明してしまっているに違いない
証明する人よ
あなたはすべてのことを問いかけ
僕がそれに対する答えを見つけるごとに
同時にその答えをも未来に向かって証明している
孤独に走り続ける僕がこの先世界を開発し続ける
僕が自分の生を終えるとき
あなたは真っ先にやってきて
僕の人生の全てを証明することだろう


しゃべるオレンジとウサギの女

  織田和彦





ここに死体を置いていこうと
カンガルーは言った
ウサギの女は死体に毛布を被せ
手を合わせた
何してる
グズグズするな!
カンガルーは中指でレイバンのサングラスを押し上げ
ポケットから煙草を取り出し
忙しなく
ウサギの女を叱責した

サングラスの奥で
目撃者が誰もいないことを確かめると
カンガルーはジープ・チェロキーにウサギの女を押し込み
電気にでも触れたかのように
車を出発させた

  ∞    ∞

てめぇ
気が変になっちったのかよ!
カンガルーの兄はカンガルーの弟を怒鳴った

ダチョウとクマを同時に殺っちまったんて!

カンガルーの兄は小刻みに
少し震えているように見えた
ウサギの女はハイヒールを脱ぎ
ソファーの上に素足を投げ出した

   ∞        ∞

ぼくはカンガルーから用意された
白い漆喰い仕上げの
まだらに剥げた壁の
開きドアの
一番下の丁番が
完全にへしゃげて壊れしまっている
ビス類の散乱した小さな
とても
とても小さな部屋と
簡易式ベットをあてがわれ
しゃべるオレンジという名の男と一緒に押し込まれた

しかししゃべるオレンジとは名ばかりで
彼はとても無口だった
しゃべるオレンジは
スプリングの壊れた
簡易式ベットの脇にある
サイドテーブルで
どこで手に入れてきたか知れない
ラム酒にオレンジを絞り込んで入れていた

彼のポケットに
アーミーナイフがチラリと見えた
ぼくはこの隣人に一抹の不安を感じ
その焦りを紛らわせるために声を掛けた

そのカクテルはなんていうんだい?
できるだけ
陽気で
そしてフレンドリーな調子で

しゃべるオレンジはぼくの方をギトリと睨むばかりで
ラム酒をちびりちびりと舐め始めた
やがてしゃべるオレンジはアルコールが回ってきたのか
ベットにその巨体を横たえると
地鳴りのようなイビキをかき始めた

    ∞   ∞

ぼくはしゃべるオレンジのポケットに手を突っ込み
アーミーナイフを盗むと
部屋をでた
あの調子でイビキをかかれたんじゃ
とても寝つけやしない

ラフ・テフの
巨大な施設は
おそらく著名な建築家の手になるものらしく
様々な
実験的なとも言える空間の配置がされているようだった
しばしば
自分がどこに居るかを見失い
出口に近づいたかと思えば
元の場所に戻った

ぼくはその夜
麻衣子とヘンドリックを探すことを諦め
しゃべるオレンジの
大イビキのきこえる部屋に戻った

暗闇の中に
誰かがいるのが見えた
白くてモコモコとしたものが動く・・

赤い目をした女が
月明かりの中
窓辺の下でぼくの方をじっと見ているのがわかった

  ∞    ∞

君は誰だい?
ウサギの女よ
ここじゃみんなにそう呼ばれてるわ

しゃべるオレンジがもんどりを打つような
寝返りをする

しゃべるオレンジの仲間か?
馬鹿ね
カンガルーのこれか?
ぼくは小指を立てた
馬鹿ね

女と見れば誰かの愛人
馬鹿ね
あたしはウサギの女
あなたは確か・・
クマの人とここへ来たのね
ヘンドリックのことかい?
ヘンドリックはどこさ?
麻衣子は!?

いっぺんに質問しないでちょうだい
せっかちな人ね
ウサギの女はまるで遊郭の花魁のように
スプリングのハジけたベットの上で
艶っぽく足を組み替えた

あたし
クマの人とここへ来た人
初めて見たの
だからあなたに興味が沸くの
だけど言っておくわ
クマの人はカンガルーの弟が拳銃で撃ったわ
あなたの知り合いかどうかはわからないけど
ダチョウと一緒のところを
ラフ・テフの砂漠で撃ち殺したの

あれはラフ・テフで行われた最初の殺人よ

あたしってばさ
全部見ちゃったのよ
そういうと
ウサギの女はさめざめと泣き出した
ウサギの女の目は
みるみるうちに異様なまで赤みを帯び
ぼくはしゃべるオレンジの大きな後頭部を
ただじっと見つめている他なかった


黒いタイツ

  

   1
すだれ越しに見えたあなたの顔が
乳白色に沈んだ水際でさ迷い
差し伸べるわたしの片手を地上へと断ち切り
交わす視線交わす言葉もなく
わたしの体表から逸れて行く

こわばった冷光の気配が軋みだし
あなたの皹割れたつま先にあたるから
わたしは庭先に沈んで風化しかけた未熟な夏蜜柑を搾って
オレンジの蜂蜜湯を添えて
あなたの元を去ろうと思う

   2

2足の黒いタイツが
幾重にも固く結ばれ
わたしの手が届かぬ先に
影のようにぶら下っていて
走っても走っても追いつけない

藪柑子の実が
辺り一面に散らばっていて
子音をのばしきった幽かな母音が聞こえている
ぃ〜ぃ〜〜
わたしは素足だったなぜ素足なのか分からなかった

   3

2日まえ、笹塚の医者が言っていた
時代遅れの男になりたいという歌があったよね
いつも思うんだが、馬鹿なこと言うね。
男はいつでも時代遅れなんだよ、まったく。
女は…と続けようと思うのだが何ひとつ浮かんでこない

無我夢中で風呂の湯をかけ流していた
しぃ〜ぃ〜〜
黐(モチ)の木の街路樹がどこまでも続いていて
近くの景色はいつまでたっても色づく様子はない
わたしは服を脱いでいなかった…


流木

  山人

昨日から降り続いた雪は根雪となった
近くの川は冷たく骸のように流れている
どこかで枯れた木の枝が
石と石の間で水流にもまれ
とどまっている
流木の体の中までしみこんだ水気が
さらに流木を冷やし
もう、意識もなく
ただ、そこにとどまっているのだろうか

ひとつぶの意志が
たとえば団栗となって地上に落ち、とどまる
意識の隅をつつくように
促されるように何かが疼きはじめると
意識は上部へと押し上げられる
上へ上へと双子葉となって
日ざしを受容する

ふと気づくと風が吹いている
まだ芽吹いたばかりの若葉のからだを
いとしく愛撫する
体中の樹液がおびただしく水気にあふれ
勢いよく音を立てながらめぐってゆく

ねむりのとき
かさり
甲虫の羽音がするのを黙って聞いている
月の光の残片が甲虫に照らされ
抑揚のある刻み音が穿孔する
さまざまな毒や弊害から免れることはできない

立つ、という意義を忘れたことはない
それは使命にも似て
己はいつも上を見て立つことで
確かな命を定義づける

森の匂い
その空気に浮かれ
万遍の笑みを繰り広げた
笑みは他の生き物に和を与えた

天体の自転から繰り出される
様々な無機質な暴力が森を蹂躙した
その圧力に耐え
赤黒くその生きざまを刻む
年輪はただ生きてきたわけではない

ただ、立っている
その認識に老いを感じたころから
それを根城に病のコロニーが集る
病とともに謎解きが開始される
不変、とも言おうか
老いと病は新しい命へのジョイントかも知れない

嵐の前の静けさに酔い
満月は夜を装飾する
暴かれた真実は宇宙に凍り
ただ、その時を待つ

意識は直立し
まだ上昇している
しかし、ゆらりと揺らめいたかと思うと
空気は揺れ川面に炸裂
ぼんやりと木はかつて居た位置をながめ
その天空にはおびただしい星が
拍手するように笑った


紐をほどくように
流木は何かを思考した
根雪となった寒空を
カワガラスがびびっと鳴き
一片の流木を気散らし

流木のすでに壊れかかった体の中に
一粒の団栗がくい込んでいた


わたしたち

  atsuchan69

妖しく燃え立つ大地の
白く輝ける夜更けに
 残忍な、
神々の祝祭が終わると、

廃墟に零れた
紅い 涙の滴りを吸って
 一輪の、
ことばの花が咲いた

その名は、わたしたち
生けるものすべてに刻まれた名前

泥水に濡れたからだを震わせながら、
わたしたちは、ひとり
 そしてまた、ひとり
絶望という名の 酷い夢から身をおこす

凍える唇が、
途切れる息とともに
その名を、
やっと 声にすると、

 色や、
かたちのちがう、
様々なわたしたちが
炎の燻る、東雲の空を見上げる

 幾百、
幾千ものわたしたちが
深いかなしみに覆われた
音のない夜明けに
折り重なったあなたたちを埋めつくす

 わたしたち、

わたしたちはきっと、
燃え尽きた世界の果てまでも
 やさしく、
そして飾りのない
たくさんの言葉の花を咲かせるだろう

 あかい、
涙の滴りから生まれた、

 微かな、

 震える声の


  織田和彦






ひどく気分が折れ曲がっていた
一日中
言葉という言葉が俺の中を通り抜けていくが
残るものは一語もない
体中がふわふわして
生きている感じがしない
とても不快だ
「掴め!」
と頭の中で鋭く刺すような声がするが
何をどう掴めばよいかわからない
とうとう俺も迷子になってしまったのか?
フロイトやユングが無意識と呼んだ
あの深い森の中へ
俺も絡め取られてしまったのか?

何が起きたのか?
病棟で魚たちが手厚い看護を受けている
見れば俺も魚の体をしている
鰓と鱗でパサパサしている
水が欲しくて看護士を呼んだが
口はパクパクし
泡が出るばかり
となりのアンコウに話しかけてみる

「気分はどうだい?」

アンコウはバカにされたと思ったのか
憤慨してこういった

「見ての通りだよ!」

見ての通りか・・
となりで見ていてもあまり状態はよくなさそうだ
しかし人の心配もしていられない
この場合
魚か・・
俺はベットの上が苦しくなり
思い切り背を反らせた
そしてジャンプ
頭が天井に届きそうだった
あるいは思い切りぶつけたのかもしれない

俺はまな板の上にいて
にんにくの臭いを思いきり嗅いだ
どうやらここは中華料理店の厨房らしい
すると隣にある包丁は俺を捌くためのものか?
待て・・
その前に
横っちょにある玉葱がグルグル剥かれるかもしれない
魚と野菜
種族は違うが俺は玉葱に同情を寄せていた
玉葱と魚がまな板の上に乗っかってるなんて
人間にしたら素晴らしい眺めだろう
ましてやここは優秀な料理人が揃った有名な中華料理店だ
よく整理整頓されたこの厨房を見ればわかる

俺は息が上手くできていることに気がついた
病棟にいたときは酷く喉が渇いたが
今は違う
少し首筋の辺りから背中にかけて寒く
厚手のコートが欲しい
できればカシミヤのパリッとしたやつだ
そう思うと同時に俺は体をまな板の上を滑らせるようにして
思いきり捻った
玉葱に肋骨を思いきり打ったような気がする

ここはどこだ?
どこからか声がした
君はいま言語学者のノートの中にいる
つまり君はとうとう言葉になったのだよ
おめでとう

バカ云え
俺はさっきまで魚で
中華料理店の厨房で捌かれそうになってたんだ

そう
君は「魚」という言葉になったのだよ
気分はどうだ?
今日から君の意味は
この辞書が全部保証してくれる
安心しろ
この辞書の持ち主も非常に頼りになる言語学者だ
彼らのような人間によって君たちの生命は
100年先まで守られる
OK?
わかったらそのノートの中で大人しくしてるんだ

俺は隣にある
机の上の言語学者が使用しているらしい
擦り切れた辞書を横目で見た
さっきまな板の上でぶつけた
肋骨がジンジン痛む
俺はそっと手を伸ばし
「玉葱」という字を探した

文学極道

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