#目次

最新情報


2015年02月分

月間優良作品 (投稿日時順)

次点佳作 (投稿日時順)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


ふるさと

  ヌンチャク

さっくんと男同士
風呂に入る
タイルに貼った
にほんちずを見ながら
話をする

さっくんがうまれたのはここ
なら
だいぶつの絵が描いてある
パパがうまれたのはここ
ながの
ぶどうの絵が描いてある

  今でも生家は長野にあるが
  私の帰る家はない

  生きていくのに邪魔になったら
  いつでも親は捨てて行け

さっくんのふるさとはここ
なら
だいぶつの絵が描いてある
パパのふるさとは
このちずの
どこにもない


勝手なB級記述

  阿ト理恵



ひびよひび、われ、わりきれず、なにくわぬかたちの方へ


なにかしら兆しある移り変わり吠えなくなったパラドックスよ


ゆくあてはあるのかないか、せ(い)かいも混ぜすぎて黒になってしまって


透明な存在は名前呼ばれることで場所を得る。とてつもなく


正しいはまちがってボーダーレスへ属さぬことの自由はどこか


ブレーキは成層圏を越えてゆき正確に届かずシャープなる


ナトリウムになるばかりではないのさそこにはいないはここにもいない


規則正しい普通を処分してはいい気になる世のなかは勝ってに


発達する仲違い乾舌にわらびもちでも補充してろ


あらぬほうをみてる間に台無しねじれた原色語が飛び交い


裏切られた睡眠は短くなるばかり只ではすまな異口を


始末してやるのさハハハハ明るい未来の値段は高いのだ


わるいゆめなら夜とじてしまっちゃえ瞬膜の記憶だけのこして


かいたいのならことばに殺されるなほどけた宙へかえしてやろう


こめかみに指ピストルを押しあてるネジ式のサイレントサイレン


てつがくの今日をてつがずにする月、それからはじまる革命とか


  zero


霧が鳴いている
遠くへ存在を送るためでなく
内側にどこまでも響かせるように
霧が水の衝動を鳴いている
霧の中に沈む街並み
の中に沈み込む人々
霧が覆い隠すのは風景ではない
人々の明るいまなざしだ
人々はまなざしを濃くすることで
身体にまとわりついた他者の痕跡をそぎ落とす
霧は人々を新しい生命として浮き立たせる
近くに限られることで
遠くをはっきり失うことで
人々は自らの血そのものとなり
脈打ち、めぐり、証明する
霧が鳴いている
人々の肥大した耳は
霧が光と陰との相克できしむ音を聞き
その僅かに内側へと反響する
静止への欲望を共有する


臨海線

  島中 充

私は仕事の都合で毎夜、深夜に、実家から眠っている小学三年生の娘を連
れ、堺から岸和田の自宅に臨海線を通って車で帰る。羽衣に差し掛かると右手
にステンレスパイプが林立し、高い煙突から炎あげ、水銀灯に照らされプラチ
ナに輝く夜景、コンビナートが眼前に浮かび上がってくる。堺泉北臨海工業地帯
は空に浮かぶ要塞のように見えた。隣接して浜寺公園があり、コンビナートと公
園の間を臨海線は走っている。臨海線には信号が少なく、昼間はコンビナートへ
行く大型車両で混み合うが、真夜中になると急激に通行量が減り、暴走族が現れ
た。
その日も私の車両の前を二人乗りのオートバイはエンジンを吹かせながら蛇行
しゆっくり進んでいた。私はブレーキを踏み、追い越さないように注意しながら
進んだ。嫌な奴に出会ったものだ。不意にオートバイは向きをかえた。こちらの
方へ逆走してきた。私の車のすぐ前まで迫って、止まった。私も仕方なく車を
急停車した。私のおびえた顔を見たかったのか、後ろに乗っている茶髪が握って
いる棒を、背伸びをしながら高く振り上げて見せた。私はサイドポケットを開き、
奴らから見えないように、いざと言う時のために隠してある手かぎを左手にきつ
く握った。奴らは何もなかったようにまた向きをかえ蛇行しながら、ブゥー、ブ
ゥー、と吹かして、その先にあるS字カーブの方へ進んでいった。振り返ると後
部座席で眠っているはずの娘はおびえ、大きく目を見開いていた。一部始終を見
ていたに違いない。

二十五年前、一九七八年、私は真夜中、水銀灯に照らされる浜寺公園にいた。工
場長に頼まれて、同僚の龍男に危険なことをしないようにと言いに来ていた。公
園に着くと彼は黒い革ジャンの女を連れ、背中をこちらに向けていた。私は近寄
り女の背中を後ろから軽く叩いた。びっくりして、赤いルージュの口から「ああ
ーううー」と彼女は声を発した。私の勤める縫製工場はたくさんの聾唖者を雇っ
ていた。「彼女たちは何も聞こえないから一生懸命働く、気にする物はないから、
よく働くよ。」と工場長は笑いながら言った。私はその冗談に不快なものを感じて
いた。龍男のほうに振り向くと、言われる事がすでに分かっていたのか、何も言
わない前から「もうたくさんだ。」と手を振りながら説教を拒んで答えた。彼の口
癖だ。そしてカワサキ五〇〇の黒いボディーをペタペタ叩きながら、「こいつでな
ら死んでも本望さ。あのS字カーブはセコンドで八十まで引っ張るのさ、それが
限界よ」臨海のカーブをレーサーのようにドリフト走行する、「緊張は美だ、これ
しかない。」と言いながら女の細い腰を引き寄せた。所詮遊びの危険な行為、愚か
だとわかっていても、私はカマイタチような嫉妬を彼に感じていた。
 一九七八年当時、現在のように暴走行為をさせないための路面に凸凹は作られ
ていなかった。浜寺水路を渡る片側四車線のできたばかりの広い平らな路面は、
S字カーブが逆バンクになっていて、外側車線から内側車線が下り坂になってい
て、アウトからインにつんのめってカーブが始まり、インからアウトに公園の松
林に突っ込むように終わっていた。
 その日の競争相手はカペラロータリーだった。街道レーサーの走り屋だ。ロー
タリーエンジンの回転をあげればまたたくまに時速二百を超える車だ。側道から
追いかける白バイのように龍男はスタートしカペラを追った。恋人も二五〇cc
でその後を追った。龍男はイエローのカペラの車体のおしりに付き、S字カーブ
の外側車線入って行った。サードからセカンドにシフトダウンし、アクセルを踏
み込んで加速し、体を左に傾けた。恐れるな、怖がったらやばいぞ。マシーンを
傾け、左足だけを開いてバランスを取った。膝頭が地面すれすれに、マシーンの
ステップはアスファルトにこすれ暗闇に火花が飛んでいた。みごとなコーナリン
グだった。キュキューッとタイヤをきしませながらカペラはコーナーを回り、最
後の立ち上がりいっきに加速しオートバイを引き離しにかかった。「あのカーブは
よう、セコンドで八十まで引っ張るのさ、それが限界よ。」分かっているはずなの
に追いつこうとして龍男はサードにほりこもうとクラッチを踏んだ。その瞬間オ
ートバイはスピンして横転し、ねずみ花火のように火花を散らしながらくるくる
回った。龍男を巻き込みながら松林のガードレールに激突した。頭から突っ込み、
首は捻じれていた。遅れて後について走っていた彼女はオートバイを投げ出した
まま彼に駆け寄った。彼に覆いかぶさるようにしがみつき、言葉にならない声で
恋人の名前を、声の限り呼んだ。
「ああーううー、ああーううー」

私の車はS字カーブにさしかかった。オートマのドライブからセコンドに私はシ
フトダウンし、外側車線から内側車線へブツブツという凸凹の揺れを感じながら、
アクセルを踏み込み加速させていった。娘を乗せたまま、オートバイの後を追っ
ていた。私の中に小さなしこりができていて、ひき殺してやりたいという殺意が
フツフツと湧き上がってくるのを感じていた。


所属についての二つの詩

  前田ふむふむ

所属

上司が口を開く
ここがあなたの席です
自由に使ってください でも
その机のなかや 本棚の上にはとても大切な書類が入っているから
触らないようにしてください
しかし 書類に触れようにも 
机の引き出しには 鍵が掛かっていて開かなかった
机の上には 半分以上が 上司の封をした書類で
山積みされている 前も良く見えないほどだ
両肘を机の上に置くのがやっとだった
それを見て 上司は
少し不便かもしれないけど しんぼうしてください 
と しずかに言った

わたしは 一か月前から この職場に異動してきたのだ
わたしの仕事は 上司がいう雑用的なことを淡々とこなすことだ
何も用がないときは その机に座り待機しているのだ
でも そんなとき 大好きな小説を読むことは許されない
わたしの書類である たった半ページが一日分の業務日誌と 
もう ほとんど合理的ではない時代遅れの 業務のマニュアル本があるだけだ
わたしは それを ぼんやりと眺めて過ごすのだ

わたしは 長い間 慣れたやりがいのある事務職を務めていたが 長い病に会い
長期欠勤を余儀なくされた
その結果
この会社で一番きつい肉体労働の職場に回された
もともと 頑強ではないわたしは 一年で頸椎と肩を壊して
先月 大した用のないこの職場に 配属されたのだ
昼食の時 食事をしながら思うのだが 
あのきつい肉体労働のときも 自由に使える自分の席はあった
いまは
この会社で パートを除けば 自分の机を自由に使えないのは
わたしだけだと分かってくると
食事が喉に痞えて 眼がしらがあつくなる

ある日 上司が いまわたしの机が書類でいっぱいなので
あなたの席を貸してくれないですかと ものしずかに言った
わたしは この職場でみんなが共有している 着替え室の
畳の上にある小さなテーブルに移された
今は二月なので 
効きの悪い暖房器をつけた
わたしは 午前中で終わってしまう簡単な仕事を片づけた後
テーブルのうえで 
誰も見てくれない業務日誌を 振り返りながら見てみる
もう一週間もこうしている

陽が暮れるのが とても早い
チャイムがなると終業の時間なのだ
わたしは 家族という自分の居場所に帰らなければならない
そして いつものように 
忙しく仕事をしたと 明るく振る舞うのだ
わたしは あまりの寒さなので
コートの襟を立て 首あたりを覆い 
普段飾りになっているボタンで止めた





 

十一月の手紙

ひかりの葬列のような夕暮れ
グラチャニツァ修道院のベンチに凭れている
白いスカーフの女の胸が艶めかしく見えた
たくしあげている
黒い布で捲れた白い腿は 痩せた大地から 
砂埃とともに はえていた
細い足首は 銃弾の跡があり
青い静脈管を浮かばせて
汚れた簡易なゴム靴で覆っている

掌を上に翳すと
わたしの指の透き間から
薄化粧をした若い国旗に見つめられて バザールが眼を覚ましている
質素な衣装に覆われた人のなかを 牛が一頭 通る
その痩せた肌の窪みは
喧噪に染まった収奪された地のなかにひろがり
針のようなしずかさを伴って わたしの空隙を埋めている

聖地プリシュティナのなまり色の空に
吊るされた透明な鐘は
血の相続のために鳴り響き
ムスリムの河の水面に溶けている
もうすぐ雪が訪れて
大地の枯れた草に泣きはらした街は 鐘の音を
しわの数ほど叩いた鐘楼の番人ごと 凍らせるだろうか

眼を瞑り もう一度、掌を翳すと
中央の広場が 犠牲の祭りで賑わっている
笑顔で溢れる
編物のような自由という言葉にかき消されて
あの白いスカーフの女は 
冬になれば
傷口を露出した足で
二度と姿を見せることはないだろう


親愛なるあなたへ
十一月は凍えるみずうみのようです あなたは 自由という活字の洪水によっ
て 固められた海辺で 打ち寄せる波と 波打ち際を吹き渡る風に よそいき
の服装を着て 今日も屈託のない笑顔で 戯れているのですか あなたが話し
てくれた高揚とした朝の 高く広がる鳥の声は 砂漠のように霞んでいます 
振り返れば せせらぎは見えなくとも 胸の平原を風力計の針を走らせるよう
に わたしはわたしらしく みずの声を聴いたことがあったのだろうか 便箋
に見苦しく訂正してある 傷ついた線は 言葉を伝えられなかったわたしです
 夕立のなかを往く傘を持たない わたしの冷たい両手です 吹雪のなかで 
泣き叫ぶ手負った雁のように 震えるうすい胸は 春の水滴に浮んでいて 枯
れないみずうみを求めているのです


いつまでも 同じ色の遠い空が
しずかにわたしを見ていた
某月某日 正午
砂煙をあげて 豊かな日本語を刻んだ小型ジープで
五つ目の浅い川を渡った
背中のほうに逃げてゆく 緑と茶色で雑然と区分された灌木の平原
後方から前へと滑らせながら追うと
息絶えたふたりの幼児と 剃刀のような自由を抱えて
狂気する浅黒い顔の女の 凍る眼差しが 
わたしを 突き刺した
女は 泥水を浴びているのか
服が白い肌に食い込んでいる
わたしは 気がつかなかったが
驟雨が車体を叩きつけている
道は 体裁をこわして
霞みをもった おぼろげな混乱のなかから
新しくつくられていくのだろうか
先にある なつかしい国境は いのちを失い
絵具のように流れている自由は
女が辿った靄に煙っている
眼のまえには
白い多角形のテントや箱の群で溢れ
どこにも属することのできない
人々が蟻のように 大地にへばり付き
空の向こうまで続いている


追伸
まもなく、帰ります
言い方を変えれば わたしは 帰る場所があるのでしょう
あなたの空をみるために戻ります あなたが熱望した 瑞々しい渓谷は
荒れたローム層の水底に沈んでいました
きっと 帰ったわたしは
もう あなたと同じ あつい息を 交錯することができない
手をしているでしょう
そして あなたの庭に しずかにみずをやる わたしではないでしょう
 
そちらでは あなたの欲した あの澄んだ空は 
今日も 一面 青々としていましたか


月と炎

  草野大悟

ゆきをふみしめ
しずけさが
のぼってくる

あおくひかる
あしあとをのこして
あのときが
あるいてくる

天につづくみちのかなたに
ひとり
果てのみずうみに
ひとり
まんまるな月が
うかんでいる

ながいながいときを
みつめあってきた

しーん、というおとのする
こんなよるだった

ひとり と ひとりが
とけあい
炎となって
銀河のかなたへとかけのぼっていったのは


反重力どんぶり

  増田

反重力どんぶりを食べるのは命がけだ。 左手でふたを押さえながら右手で箸を構える。そしてタイミ ングをを見計らってふたを外すと、卵でふんわりとじた熱々のカツが重力に逆らって、顔面に向かってくる。そこを絶妙の箸さばきで口に入れていくのが反重力どんぶりの醍醐味なのだが、多くの者は箸で捉えきれず顔面を大やけどする。たまらず椅子から転げ落ちると、どんぶりの中身は天井へと向かっていく。そのため「ぐらび亭」の天井はいつもカツと米粒がへばりついていた。

反重力どんぶりは美味であるが、その味を堪能できる者はほとんどいなかった。そこで反重力どんぶり攻略の対策を練る者も現れ始めた。傘を差しながら食べれば、どんぶりの中身はすべて傘の内側に収まり、悠然と食することができるのではないか。マイどんぶりを持参して、反重力どんぶりのふたを開けると同時に、マイどんぶりを覆いかぶせれば、悠然と食すことができるのではないか。

確かにこれらの対策は理に適っていたが、ぐらび亭は傘とマイどんぶりの持ち込みを禁じていた。では敢えて天井にへばりつかせ、それを食べる方法はどうだろう。しかしぐらび亭に抜かりはなく、すでに天井には殺鼠剤が塗りつけられていた。もはや客に残された手段は、箸一膳と己の口のみだった。

反重力どんぶりの理屈はごく単純なものだ。どんぶりに反重力化システムが内蔵されており、どんぶり内の物質を反重力化することで、ふたを外した際に中身が飛び出すという仕組みになっていた。

ぐらび亭に妙齢の女性が現れた。入ってきた途端、誰もが目を奪われた。それは女性客自体が珍しいこともあったが、何よりその女性が美しかったからだ。彼女はカウンター席に座ると澄んだ声で反重力どんぶりをひとつ注文した。ほどなく食欲をそそる匂いともに反重力どんぶりが運ばれてきた。

誰もが彼女に注目していた。一体どんな方法で食べようというのか。しかし彼女はそのまま、本当にそのままふたを取ったのだ。その瞬間、熱々の中身が彼女の顔をめがけ飛び出した。中身は彼女の顔にぶち当たり、そのまま張り付いていた。彼女の顔面はカツと米粒で覆われ、体ががくがくと痙攣してい た。

誰かが声をあげた。「あの女性は知らなかったんだ!」別の誰かが叫んだ。「 救急車を呼べ!」しかし彼女は手を上げて彼らを制した。そしておもむろに箸を持つと、自らの 顔面にこびりついた中身を次々と口に運んでいった。

食べ終わる頃、彼女の顔面は赤く焼けたただれ、入店時の美しい面影は残っていなかった。彼女は箸を置くと、これまた涼やかな声で「ごちそうさま」と言った。しばしの静寂の後、ぽつぽつと店内から拍手が起こり始めた。ぐらび亭の店主も厨房から姿を現すと拍手をしながらこう言った。

「いやあ、お見事です、感動しました」だが次の瞬間、彼女は先ほどとは打って変わった表情でこう叫んだ。「何がお見事ですか!何が感動ですか!」 誰もが呆気にとられていた。

「ここまでしなければ食べられないのですよ」 そう言って彼女は自分の顔を指さした。かつての美しい肌は焼けただれ醜い水泡ができている。誰もが顔を背けた。「愚かなことに私の彼も反重力どんぶりに挑戦し、視力を失いました。医学生だった彼は医者になる夢を絶たれました。そして一週間後、自ら命を絶ったのです」

「それはすまなかった、しかし」「今さら責めるつもりはありません。ただ、ひとつお願いがあります」「なんですか」「宇宙盛り用の反重力どんぶりを貸していただけますか」「あれはイベント用で」「貸していただけますよね「しかし」「無理でしたら、裁判沙汰になりますね」「なっ、脅す気か」「いえいえ、これは一種の司法取引ですよ、さあどうします」「分かった、厨房に来てくれ」

人がすっぽり入れるほどのどんぶりがそこにあった。「では今からここに私が入りますので、ふたを閉めてください」「危険だ。そんなことしたらあんたの体が反重力化されて」「どこまでも舞い上がっていくでしょうね」「空気は限りなく薄くなり、気温はマイナス数十度に達する、そしてその先は 大気 圏。人間が耐えられるはずもない。死ぬ気かあんた」「彼は今、天上の星々となって私を見守っている のです。ですから私も彼のもとに」「 ダメだ。人殺しになっちまう」「彼は反重力どんぶりに殺されたんですよ」「くっ、分かった分かったよ」

根負けした店主はふたを閉めた。中ではすでに反重力化が始まっている。「そろそろか」意を決して店主がふたを開ける。その刹那、ものすごい勢いで彼女が飛び出し、店の天井を突き破ると、大空へと舞い上がっていった。

彼女は白い闇の中にいた。店主の言ったとおり、 空気は限りなく薄く気温は極寒だった。 彼女の魂はもう消え入る寸前だった。肉体もすでに限界に達していた。ふと静寂が訪れる。彼女は宇宙空間に浮かんでいた。青き惑星地球が眼下に見える。私はついに星になったのかしら。「いいや」隣に彼がいた。「よくここまで来たね、怖かったろ」彼の言葉がやさしく染みわたる。「ぜんぜん、あなたが待っててくれるって信じてたから」 彼はこくりとうなずいて彼女の手を取る。「さあ行こう」「どこへ?」「反重力どんぶりの無い世界へ」 彼女はしっかり彼の手を握ると、彼とともに宇宙空間を亜光速で駆け抜けていった。


初出:はてな匿名ダイアリーhttp://anond.hatelabo.jp/20150210172125


成人

  zero

全ての色彩から、全ての音響から、全ての芳香から見放され、僕はこの空の沙漠で下界に着地するすべを知らなかった。僕は太陽として余分すぎる存在であり、意味もなく光を放ちとても醜いので、いっそのこと夜が積み重なる下に砕かれていたい。僕はどんな距離も、どんな風景も経ることなくこの空の沙漠で飢えているので、途中で拾ってくるはずだった愛の小石や連帯の花弁を一つも携えていない。

僕は成人になることで誰からも手を差し伸べられなくなった。成人になったときの喪失感、それは少年の喪失ではなく、たくさんの手の喪失だ。現に僕はまだ少年だし、これからも少年の鉄筋で貫かれていくだろう。これからは僕が手を差し伸べる、水の手、風の手、あらゆる手を他人に差し伸べる、だが少年の僕にはまだ手が一本も生えていなかったのだ。いや、生えている手はどれも不気味でどろどろしており、それをいかにかぐわしく他人との握手のかたわれとするか、僕は森林の一葉一葉から辞書を編み出さないといけない。

僕は手も足も持たないただの太陽で、転がることしか知らない。とりあえず人間の町を転がってみると、大量の水で冷却されるし鑿で削られるし、人間の町から追い出されては少しずつただの物体になっていった。僕がまともな人間の形でもって荒野を歩けるようになった頃、もはや僕はあらゆる人間から毛嫌いされ、あらゆる町から締め出されていた。僕は太陽から人間になった。こんなにも夥しく傷ついてようやく。だというのに、人間になった僕にはもはや人間としての居場所はないのだ。再び太陽に戻れない僕はこっそり月になった。夜、ひそかに人間の町を照らしながら、人間に思いを注ぎ続ける月になった。

月になった僕は、自らの反射する光を操って光の人間となり、夜の孤独な少年や老人たちと少しずつ会話を交わした。この夜という莫大な海に墜落する光の人間として、僕は少しずつ色彩と音響と芳香を自らの手から生み出すようになった。成人になるということ、それは太陽が月に変わり、月が再び人間になろうとする、その叶わない夢の試み一つ一つであり、いつか人間の町に人間として住むという夢の祭壇に、自らの体ごと血まみれの生贄として捧げるということだ。


(無題)

  池田

ある朝僕はじんじんする頭があまりにもじんじんするものだから、夢の中に置いてきた一握りのタオルを口に押し込みやんわり起きてきた。その時すぐには気付かなかったのだが、実はひざが腰になっていた。

ひざが腰にと言うと、大体3人に1人はこう言う。

「要するにそれって足が短くなったってこと?」

断じて違う。

ひざが腰になるということはそんなシンプルな問題ではない。 例えば人間は起き上がる時に腰に力を入れるものだが、僕の場合はひざに力を入れねばそもそも起き上がることすらできない。

分からないだろう。 こんな説明で分かるわけがないのだ。

ひざと腰が入れ替わったのだろうと勘違いする人も4人に1人はいる。 だがこれも違う。

要するにひざが腰になったのだ。 つまり、ひざは失われたのだ。 そして従来腰だったものも腰なのだ。 故に腰を2つ持ったという表現が最も感覚的には近い。

これは人々が考える以上にゆゆしき事態なのだ。

例えば、従来のひざの機能を取り戻すためには腰であるひざを使ってひざの機能を再現せねばならない。 これを僕は2年間特訓してようやく身に付けた。 つまり立ち上がることができるようになったのだ。

その間、妻の美智子には多大な迷惑をかけてしまったと思っている。 美智子の腰がひざになってしまえばいいと何度も思った。 そのたびに僕は自分の内に潜む悪魔を呪い、竹やぶに転がり込んだ。 竹やぶには見たこともないオットセイがおり、それが幻覚によるものだと気付いては家に戻り美智子に謝り続けた。

多い時で大さじ2杯分の塩を鼻から吸い込み、車椅子の背にもたれかかったままあの世について何時間も思索にふけったり、うがい薬を肛門から注入し、何度もうがいをした。

そんな姿を美智子に見せるのは初めてのことだったし、僕の中の雑木林に火を付けるきっかけにもなった。 山は火事になり、それから嵐が訪れ全てを洗い流し、7本足の奇妙な鳥が静寂を運ぶ。

気付けばひざが腰になってから4年の歳月が経っており、僕はセックスも出来るようになっていた。 セックスの際に使うのはひざの方の腰である。 その方が力を入れやすいことが分かったからだ。 セックスの相手はいつも飼い犬のモロだったことを除けば僕は概ね生活に満足していた。

ある朝、目が覚めると僕のひざから2本の足が生えていた。 腰からは足が生えるものなので、僕にはそれがとても自然なことのように思え、さほど気にも止めなかった。 だが、美智子は違った。

ある日美智子は、

「そんなひざ食べてしまえばいいんだわ。」

と言い、ナイフで僕のひざとひざから生えた足を両方とも切り取ろうとした。 もちろんそれは僕にとってかけがえのない腰であり足であり、そんなことをされてはたまらないから必死で抵抗した。

美智子なんかムカデになってしまえばいいんだ、と思った。

ニューヨークの全てが洪水で失われた時、僕の友人の松原がNHKスペシャルに出演することに決まった。

松原はその放送でニューヨークの洪水に触れ、その後に僕のひざについて見解を述べた。

その日から僕は一躍有名になり、文字通りひざ一本で食っていけるようになった。

時代が時代である。

Youtubeなどでも僕のひざの映像がたびたび流れることになり、しかし、映像だけ見ても僕のひざが腰であることは誰にも分からないので、インチキだのパンくずだのいろいろと言われた。

その内僕はひざが腰であることを証明する必要に迫られた。 妻は相変わらず僕のひざを切り取ろうと毎日ナイフでせまってくる。

そうだ!僕は思いついた。

平野部では雪が降っている。 何が怖いって何も怖くない。


水槽の埋立地

  かとり

弓なりの夜、
もう少しで底に達する

シャツが
膨らみながら拗れて
海岸へ帰ろうとしている


冬の詩人

  丘 光平

(1)

冬の手前で じっと耐えている枯れ木のそばで
彼はおもいだしています、まだじぶんには
しずかな夜が赦されていると そしておそれています
見通しのきかない道のように
彼をみつめるあなたの声を 朝をむかえる前に
 忘れてしまうのではないかとー


 そのように 過ぎさってゆく日々のなかで
彼が踏みゆく詩のどの行にも
死が横たわっています、そして彼は気づいています
まだそこには本当の死は姿をみせず 機会を見計らいながら
息をひそめて待ちかまえていると

 しかし彼は知りません、棲みなれた彼の世界で
満ち溢れているようにみえているものが あるいはまた
失われていくたびに苦しんでいるものが 彼を生み
そして育まれ 痛ましい生の抱擁をよろこび
 深くかなしんできた彼みずからが 死そのものであることを


 永遠に 死がおとずれないまま
ほどこされたいのちの谷間で 愛の落穂をひろいあつめ
飢えも渇きもしのげずにいます、そしてときおり
じぶんとおなじようなものを 彼みずからが産み落とし
焼けつくようなその存在に救いをみいだし
 やがて その姿をみうしなうー


 そしていま 彼はどこにもみあたりません、
その声を聞いたのは 本当にあなたであったのかどうか
冬の手前で じっと耐えつづけている枯れ木のそばで ただ
死が横たわっています、永遠におとずれないわが子を
待ちわびている母のように



(2)

いま つめたい胸にかえってきたこの声は 
わたしの声であるのか あなたの声であるのかー


 よみがえるほほえみの記憶は
生きものであることをゆるしながら
わたしから人間を奪ってゆきます、ひとときは
純粋なひとときは
積みかさねることはできないのだから 若い恋人たちが
ふかく傷つけあい 果てしのない愛の海へ
 おのれを捧げてしまうように

 そして夜は そのいちばん優しいすがたで 
星たちを呼びもどそうとして 雨は
秋のおわりをその胸におさえることができずに
いま つめたい胸にかえってきたこのくるしみは
あなたであるのか わたしであるのか

 求めにおうじることのできないもののために
美は 無言で抱きあげ そしてただ理由もなく
泣いているものたちのあの涙は 彼らのものではないとー

 
 遠くから
足音が近づいてきます そして
わたしらのひとときが遠ざかってゆきます 
書きとめることのできなかった歴史のように
だれにも知られることもなく あなたがあなたであり
わたしがわたしであることが もう
それほど意味をなさない世界の足音が 近づいてきます


 だれにも教わることなく かなしみはわたしをおぼえ
だれにも教わることなく 手はあなたをみつめています
まるで 生き別れた母のすがたを思い起こそうとして
 雪のように燃えてしまった孤児のように



(3)

こどもがないています、
ひとときだけおとずれる 冬のあたたかなひかりのなかで
しずかにこごえる手のように こどもがないています、そして
彼はまだいちども じぶんのなき声のほかに
声を聞いたことがありませんー


 門のまえで 立ちならぶひとびとにまぎれて
じぶんの名が呼ばれるのをずっと待っています、
荒れ野に立つ一本の枯れ木のように

そして ひとりずつ名を呼ばれたものたちが 
うな垂れながら門をくぐり よごれたあしをひきずりながら 
ほの暗いみちをすすんでゆきます、ときおり
うしろをふりかえる そのひかりの失われたひとみの底で
わたしがないています
あなたがないています


 そのように 生まれでた世界で 
ちいさな家のように立ちならぶひとびとにまぎれて 
じぶんたちがいったいなにものなのか
明かされるその日をずっと待っています、 

そして その日がおとずれないことにいらだち あるいはまた
胸をなでおろして まずしげにひろいあつめてきた
ふぞろいの石をつみあげ 
 くずれてゆくたびにまたつみあげながら


 そして くちた果実のようにきずつき 
そのやせおとろえたすがたを しずかにみつめるこどもの
ひかりの失われたひとみの底でないています、そして
まだいちども じぶんのなき声のほかに
声をきいたことがありません



(4)

絶望ではなく
絶望という名の古くちいさな家で あたたかな毛布のように
つめたいからだをつつみこむ苦悩を手放さないために
おびえながら眼を光らせています、そして

なにも映らないその眼は まだ閉じたことがありません、なぜなら 
ひとみをもたないその眼は
 けして開かれたことはないのだからー


 空へむけて むすうの手がくるしげにゆれています、そして
地には むすうのいのりがしずかによこたわっています、

限りあるものの 限りないものへの思慕と反乱 そのいずれの海も
満ちるときはおとずれません そして潮水のように
渇きの欠けるときはおとずれません


 なにもしらなかったものが 育まれ おしえられ
身につけたよろこびの種子も やがて はがれてゆき 
ふるえる手のなかで かなしみの果実となるように

なにももたなかったものが 与えられ ゆるされ
時をそめたよろこびの声も やがて ざわめき
 こごえるいのりのなかで 産み落とすただひとつの夜


 旅ではなく
旅という名の暗くほそい道で 消え入りそうな灯し火のように
ゆらめくいのちをたてまつる孤独を見失わないために
さけびながら耳を澄ませています、そして 

なにも残さないその耳は まだ潰れたことがありません、なぜなら
こころをもたないその耳は
 けして生まれたことはないのだからー



(5)

もう かなしむ必要はないのだから
そしてもう こごえることもなく
 降りやまない雪のように ざわめくこともなくー


 あなたはおしみなく あなたを与えつづけ
時も ことばもいらない世界になり
うまれながらの痛みで 耐えきれないでいる冬のために

あなたはその痛みそのものになり 冬のいたるところで
 あなたを刻み そして物語るものたちが生まれてしまう


 けして ふれてはならない美があるのではなく
あまりに幼いために わたしの前で
美は そのありのままのすがたをあらわせないでいるのだと
あなたの血で口をすすぎ あなたの肉をくらいながら


  ー過去が わたしをおいかけてくる そして
   未来が わたしをまちうけている

 わたしを とりもどさねばならない そして
 わたしを さがしあてねばならない
 わたしを刻みつけてきたものを 物語ってきたものを
 このかなしみの祭壇にささげよ このなぐさめの悲歌をたたえよ

 すきまなく張り巡らされた声のなかで 
  たえまなく燃えひろがる夜は その孤独を止血できないでいますー


ひかり輝く星のひかりは 
夜空のために そして、からみあう死の谷間で 美は身をひらき
おしみなくちり 雪のように ざわめくこともなく
 降りやまない血で口をけがしながら



(6)

 たとえば あなたが
降りやまないつめたい雨のおとをききながら 微熱のように
ながいあいだ ふりむくことのなかった幼年のときをおもい

ゆっくりとひらかれたひとみのなかで ひととき
星々はひかり輝き そして 冬空のおおいなる沈黙のように 
 奥まったあなたの夜へ ながれおちてゆきますー


   けして こらえているのではなく
   ただ 待ちうけているのではなく
   薔薇は 
   そのすべてを
   冬へ投げだしているのです


 みごもった若いむすめは ゆうぐれのようにふれてしまう、
そのしずかなおそろしさとともに 子からさずかる生のよろこびと
初めての重さを そして 花のようにひらきはじめた 
その母なるすがたのしたで おともなくうずくちいさな刺の波紋のように
わたしは母なきこころを抱えているのだと

そして ひとさじの熱いスープが いや増した飢えをみたせないまま
まずしげな夕餉の食卓で しずかに冷めてゆくのを
 ただ じっとみつめています


  薔薇は
  そのすべてを
  投げだしているのです

  くりかえす過失のために 
  くりかえし産声をあげ
  霧がかる告発の薔薇が 
  火のようにもえあがり 
  そして水のように 
  わたしたちの時を 空を
  おしながしてゆくのをー


   ならば おまえは
   いちどたりとも おまえじしんに出会ったことがあるのか
   この世界に おまえがすがたをあらわすまえから そして
   この世界に おまえのすがたがきえうせてゆくとしても


 朝
とりたちが鳴き声をあげるまえに 羽をひろげようとして
もはや空をとべないことをおもい あるいはまた 群れをなして 
さかなたちが潮にもまれながら 大洋をわたってゆくように
もはや海はすみかではないことをおもい


 耳をすませるといい、わたしを身ごもるものたちの
降りやまない痛みの声を そしてしずかにみつめるといい
わたしをかき抱くものたちの泣いているすがたを

そして そのざわめく口をとじるといい まどろむ眼をとじるといい
そして そのふるえるこころをとじるといいー



(7)

もう 足の踏み場がみあたらないほど
 冬がしきつめられた世界のかたすみでー


 なにげない呼吸のひとつ ひとつ
その致命的な重さにたえきれないことを そして
もう二度と 鳴くことのない鴉のように
冬は わたしの周囲をめぐりつづけてきたのか それとも
わたしは あなたをしばりつづけてきたのか

なんども帰りついたはずの場所へ 
もどることができないいらだちにも似て 
力が失われてゆくたびに 求めてやまない別の力のために
 癒えることのないこころが 横たわっています


 なげかけることばを 身につける間もゆるされないほど
世界は急激にそのすがたをあらわにして 
剥がれおちたゆうぐれで もう足の踏み場がみあたらないまま
夜をむかえねばならないのだと そして

あのひかり輝く星のひとつ ひとつ
みずからの重さにたえきれないように 存在は 
そのあまりに幼い存在は
 けしてじぶんから 働きかけることはできないのですー


 邪悪であるために 近寄りがたくなるのではなく
むしろ親しげな毒にも似て いつでも寄りそえるようにと
いともなく差し出してきた無数のわたしを そして
もう二度と 泣くことのないこどものように

わたしは あなたに生ませつづけてきたのか それとも
 あなたみずから 母となのりつづけてきたのか


 だれもしらない時間をえらび そして
だれも逢わない場所をえらび ただ
ひとつであろうとするものにむけて 泉のように
おしみなくすてられた血と肉を
おしみなくうばい なにごともなかったかのように

なんども差し出されたはずの孤独では 
満たされることのない夜にも似て 
失われてゆくたびに 求めてやまない別の悲しみのために
 癒えることのないこころが 横たわっていますー



(8)

どれほど口をすすいでも 語ることのできない夜のこどもよ
おまえはまるで 止血できない薔薇のようにー 


 ことばは
 ことばになる手前で 息絶えてしまう
 おまえは
 おまえになる手前で
  息を吹き返してしまう


 生きながらえるたびに 残酷であることもわからないまま
愛することも
愛されることもない世界の果てまで
あてどなく さがしもとめてきたのです、けして 
さぐりあてることのできない金塊をゆめみて 
 ただ 泥にまみれながら うしなってゆくひとにも似て


   あれは 
   焼けおちてゆく冬の空
   焼けおちてゆく鳥たちの羽ばたき
   止血できない薔薇のように

   朝の
   つめたいひかりのなかで
   ひとりしずかに 夜をみつめるものたちの
   かなしみが またすこし
   おおきくなってゆきます そのように

   この世界には ひとみがありません
   この世界には 耳がありません そして
   このこどもには こころがありませんー



(9)

 そして、この地もまた
故郷ではないのです なぜなら
先住のものたちが他にいるからなのではなく
最初からわたしは どこにもいなかったのですからー


 与えられたすみかで ただ しずかに暮らすものたちでさえ
かならず 出てゆかねばならないように
家をすてた 幾千の修行者たちの足音も いまは途絶えて

 山は死に 
 海は死に そして
 ゆくあてもなく
 徘徊のざわめきと
 いのりのかたちで横たわる 
 しずかなうめきと

 ひとみを持たずに生まれてきた空のために
 陽はほろび 
 夜は絶ち そのたびに
  ことばにならない声をあげてー


聞こえるのではないのです 聞かれているのです、
たとえばそれは みずからもしらず 
伝えることもできないこどもの深いおもいに
ただ その痛めた胸をひらき
 あたたかなまなざしでよりそう母にも似て


  ーそれほどまでに なぜあなたは苦しむのですか
   いっそのこと わたしを投げすて そして
   血のけがれからも 身のいたみからもはなれて
   永遠の 清らかさと安らぎに住まわれるといい


    われは われであり
    われは われでなく
    そなたは そなたであり
    そなたは そなたでなく
    われは そなたであり
    そなたは われであり そして
    われはなく
    そなたはなく


   ゆくあてのない
  徘徊のざわめきよ
  いのりのかたちで横たわる 
  しずかなうめきよ

  ひとみを持たずに生まれてきたわれのために
  そなたはほろび 
  そなたは絶ち そのたびに
   ことばにならない声をあげてー


 いちどきりの冬の空で
ただひとり 離れ落ちたひなどりをさがしもとめて
おやどりが鳴いています そして

手をあわせる前に 
すべてのかなしみがわたしに手をあわせています
声が聞こえる前に
すべてのかなしみがわたしに叫んでいます そして
一歩 歩みを進める前に
 すべてのかなしみがわたしに指し示すみちのりをー


ソファ脳

  池田

仕事から帰宅した私は、居間のソファの上に見慣れないものがこんもりと置いてあることに気付いた。

脳であった。

私はこれまでの人生においてそのようなものを目にした経験は一切なかったので、それが人間の脳であることをどうやって知ったのか未だに思い出せないし、今でも例えば鹿の脳を見せられたとして、果たしてそれが人間の脳であるか鹿の脳であるかを瞬時に判定できるかと言われれば、当然分かってたまるかなどと思うのだが、あの時、居間のソファに置いてあった脳は確実に人間の脳であったと、当時も今も確信できるのが不思議である。

脳といえば人体を構成する臓物の中では最も高度に発達した部位であるはずだ。私のような半端者に自らの貴重な臓物をプレゼントしてくるような奇特な輩がいるわけがない。これはきっとこの脳の持ち主(脳主)ではなく、他の誰かによる私への贈り物なのだろうと私は一瞬で考えをめぐらせた。

脳のような奇怪な物質でも、贈り物であればなんとなく可愛らしく見えてくるものだから不思議である。と、急に私は嬉しくなって小躍りした。普段贈り物などあまり手にする機会もなければ、ましてやそれが貴重な人間の部位なのであるから嬉しくなるのは当然であろう。

しかし同時に私はこれは贈り物ではないのかもしれないという考えも抑えられなくなっていた。

まず私はこういった贈り物を受け取るような立場の人間ではないし、何よりも奇怪なことにこの贈り物は差出人が不明なのである。通常、贈り物というのは送り状や包み紙などと共に渡されるものであり、それ故に差出人が判明するのだが、この脳はとえいば剥き出しの状態、つまりあるがままの破廉恥な姿でスポンと私の家のソファに投げ出されているわけであり、これが贈り物であろうはずはないのだ。

さらに、脳を摘出されているということはこの脳主は既に死亡している可能性もある。いや、間違いなく死んでいるはずだ。なぜならば脳というのはいわば人体の中枢であり、コマンダーである。コマンダーがいない部隊は早々に死滅する運命にあるはずなのはどんな戦争においても真実である。

もし仮に第3者が私にこの贈り物をしたとすれば、その第3者はこの脳主を何らかの方法で死亡させ、脳を摘出し、私の家のソファにそっと置いたのだとも考えられる。その場合、その第3者は殺人罪に問われるのでありこれはおおごとである。なんと私はいつのまにやらこんなおおごとに巻き込まれているかもしれないのだ。ワラッチャウネ。いや、待てよ、そもそもこの脳主を死亡させたのはその第3者とは限らない。自然死かもしれないし、贈り主とは別の第4者かもしれないのだ。多人数で死亡させたのであれば第226者などが存在する可能性だってある。私は愚かなことに脳主の死因を考えながら眠ってしまった。

明くる朝、目覚めた私はこの脳主の死因を考えることをスッパリとやめてしまう。手がかりが乏しすぎるので考えてもしょうがないのである。手を切りたいのである。

であるならば、私はこの贈り物を素直に受け取って使うべきなのかもしれない。さて、それでは脳とは何に使うものなのか。それを考え始めた途端、自然に笑いが込み上げてきて、喉の奥の方から驚くほど大きな音がした。「パックルポーン!!!」

その音に驚いた妻が寝室から駆けつけてきてソファを見て「ぎゃっ」と驚き、私に枕を投げつけ、台所にある包丁で自分の喉を切ったかと思えば、そこら中を駆け回り己の血液をあちらこちらに飛び散らせ、私が「落ち着いてよ、もう」などと言えば包丁を持った手を私目がけて突き出してくるので、大声を出して恫喝すれば今度は近所を駆けずり回ってそこらじゅうの人をリビングに招き、通報などというものをされ、私はあえなく御用となって、刑務所に入所した初日にいきなり大男達に体中の穴という穴全てにペニスを入れられて、俗に地獄の苦しみといわれるものを味わった挙句、あっという間に10数年の歳月が経ち、釈放となり公園のベンチに座っているところを浮浪児達に拾われぐちゃぐちゃになった枝豆と日本酒を片手に今日も地獄音頭をひけらかすのであった。


暁のエクスタシー

  atsuchan69

細身の女は、
恐ろしく小さな核ミサイルを抱いて
なぜだか不思議と人通りの少ない
一匹の異様に痩せた野良猫の、
か細い瞳で睨んだ薄汚い裏通りに
幾年月も在り続けたベンチさえ置かれていない露天のバス停に佇み、
小雨の降りしきる一日を
当て所ないジプシーのように立ち尽くして
血管の浮き出た白く透明なかぼそい首に、
「私は、捨てられた人形です」
 と、
赤いマジックインキで書かれたベニヤの板切れを下げていた。

通りすがり、そして女なら誰でも良く
昼日中からE、F、G、の次がしたくなった私は拳大のペニスを硬直させ‥‥
目敏く、真っ赤なラム革のミニスカートを穿いた細身の彼女を発見するや、
行き過ぎたレクサスをわざわざバックさせて
おもむろにバス停の真横に車をぴったり停めた。

速やかに電動スイッチを押して助手席側の窓を開け、

それでも幾分、はにかんで
赤らんだ、拳大のペニスみたいな顔を覗かせて
――乗らない? 送るけど‥‥
そう云った。

「この子‥‥名前は『永遠』です。いつも温めていないと、いけないから」

そこで私は、車から降りて助手席側へ回るとおもむろにドアを開いた
「君は、捨てられた人形だろ? だからボクが拾ってあげるよ。さあ、乗って‥‥」
「あのォ、この子は、半分、日本製だよ」
得体のしれない彼女の話など、ただただGの次がしたいだけの私には上の空だ

そうして、ホテルのウォーターベッドにミサイルを挟んで二人は仰向けに並んだ、

「この子を、立派に♂発射させてあげたいの」
アチラ訛りのある細身の女は、
白く滑らかなミサイルの胴体を摩りながら言った
「ああ。それはヒジョーに難しい相談だぜ」
「お願い、そのためなら、私。なん度でも貴男を喜ばせることできるヨ」
「‥‥」

夕暮れにラブ・ホテルを出ると、鬱陶しい雨はもう止んでいた。
レクサスは高速道に入り、やがてナビの案内で海へと向かった

「子供のころ‥‥砂浜で、夏の夜に花火大会をしたのを思い出すナ」
「私は、黄昏のビーチで『北の家族』とバーベキューをしたこと、が、ある」

濃い潮風が、夜の渚に佇む二人の髪を揺らしている
傍らに、茶褐色のハングル文字で
恥しげもなく『偉大なる永遠』と記された
醜い大人の玩具のような核ミサイルを砂浜に転がして
二人は、幾度も口づけを重ねた

「核実験と、マスターベーションってよく似てるよな」

「男の人のことは、知らないけど。でも、そういうものなのかしら」
「しないと、さ。もう、本当にダメっていうか‥‥」
「ガマンできないんでしょ」
「うん。できない」

「もうじき、迎えがくるわ」
「迎えって誰が。君をかい?」
「いいえ。私じゃなく、この子を‥‥眩しい朝が、この子を迎えに来るの」
「でも君は、こいつを、早く発射させてあげたいんだろ」
「ええ。ゼッタイ、そうだと思います」
「じゃあ、早くしないと。スイッチはどこに?」
「スイッチは、、ここ」――彼女は、服の上から両の乳房を触った。
「あーん。どうやって?」
「まず右の乳頭を3秒長押して、次に左のを5秒間押すとカウントが始まるだよ」
「発射までの時間は?」
「約15秒」

「わかった。じゃあ、始めよう」

「発射台のかわりに‥‥」
転がった円筒を彼女は抱き起すと、
「噴射時の衝撃からミサイルの体を支えるための垂直な穴を掘る、出来るかしら」
いくぶん強い口調でそう言った。
「それなりに‥‥随分と、手間がかかるんだナ」
長袖シャツの両腕を捲って、しぶしぶと私は従った

用意が整うと、彼女は、ブラウスを脱いでブラジャーを外した
ちょうどその時。灯台の明かりが届いて、痩せた彼女の胸を赤裸々に照らした

「ちがう、ある。そっちは左。あなたからの右じゃなくて」

「あ。そうか」
「じゃあ、押してみてほしい‥‥15秒だと、一体どのくらい逃げれる‥‥ですか?」
「男子100メートルで世界記録は10秒を0.2秒切るくらいだろ」
「とにかく起動したら、すぐに走る。よろしいか? あなた、はじめる、どうぞ、ゴー!」
素晴らしく長い脚の彼女に促されて従うと、
「起動・しました」
小さなミサイルは、日本語で音声報告をした

「逃げよう!」

「発射まで・あと15秒です‥‥」
私は立ち上がり、次の瞬間。――裸の胸のままの彼女の手を引いていた
「ブラジャーを忘れちゃったわ」
「そんな。取りに行く暇なんかないぞ、走れ!」

「発射まで・あと・10秒・です‥‥」

「ええと、もしミサイルが飛ばなかった場合は‥‥」
走りながら、とつぜん緊急な疑問が生じ、私は叫ぶように彼女に訊いた
「いますぐ、ここで爆発するだけ」
「ちッ、マジかよ!」

「9・8・7‥‥」

「もう、だいぶ走ったんじゃないかな」
ふり向くと、そこで私は彼女の手を放した。

「3・2・1‥‥0」

真っ暗な砂浜には、波の音しか聞こえない

「あれ? 飛ばねえぞ‥‥」
と言う、私を、見事に裏切るかのように、
忽ち、ミサイルはシューンンンンンという高熱ガスの噴射音と、
凄まじい化学反応が生んだ色鮮やかなオレンジの光と白煙とともに
星々の煌めく夜空へと
火炎の軌跡を残して 消えた

「終わったわ。これですべて」

「で、あれはどこまで飛んで行くの?」
「‥‥」
彼女は僕の質問に答えなかったが、
ややあって、デミタスカップに収まる程度の溜息を吐いた後、
「行きたいところは、もちろん今から美しい『永遠』のはじまるところよ」
そう言って、外されたブラウスのボタンを不安げに弄りはじめる
「ふーん。じゃあ、とにかく街まで帰ろう」
「いいえ。まずブラジャーを取りに行かないと‥‥」

細身の女は、果てのない海のどこかを見つめると、
ふたたび愛のない捨てられた人形の顔をした

「あ、ミサイルの飛行距離って?」
ふたたび海辺へと向かう彼女を足早に追いかけて私は訊いた
「たいして飛ばないと思う。だから、はやくブラジャーをつけないと」
「え?」

とつぜん、薄闇の空が真昼のように明るくなった
何かが生まれたことを告げる雷にも似た声が、そのすぐ後に全天に轟くと
世界中の「捨てられた人形」たちが、
たった今、輝かしい胸に蒼褪めた色のブラジャーをつけて
両腕を通したブラウスを堂々と大きく開き、

「主よ、来りませ」

と、それぞれの言葉でしっかり呟くと
私と、肉眼で見えているこの古びた不確かな場所とを道連れに、
やがて始まろうとする深刻で悲惨な朝を迎えることなく
すべてを、一瞬で消滅させた。


見つめることについての二つの詩

  前田ふむふむ

視線

雨が上がって 朝陽が長方形の車窓から射している
いつものように七時三十分頃 
一番線ホームの昇りの電車に乗り 乗車口の脇に凭れて そとの景色を見ている
車内は満員である
突然 身体が前のめりになり 
急ブレーキをかけた車両は エンジンを切り 止まった
車内の蛍光灯も いつのまにか 消えていて
薄暗くなっている
ぼんやりとしていたが わたしは 異変に はっきりと眼を覚ました
事故だろうか しばらくたっても車掌の連絡放送はない
車内では 乗客は なにも口を発せず 異様にしずかである
気がつかなかったが 下りの電車も止まっている
すれ違うことはあるが 止まってすぐ隣に電車がいるのはめずらしい
しかも あまりに近いので 下りの電車のひとたちが はっきり見えている
乗客は スマートフォンを見ていたり 新聞を見ていたり
つり革を両手で握り 外を漠然と見ている
ふと そのなかで 黒髪の端正な顔立ちの女性がこちらを見ている
いや わたしを見ているのだ
よく見ると 憎しみに充ちたような眼
目線を 全く逸らさずに わたしを見ている
その凍るような眼は 少し含み笑いが混ざり合っているように 見える
わたしは初め 不思議で その女性を見ていたが
少しずつ怖くなり 度々 耐えられずに 目線を逸らして見たが 
とても気になり その女性をみてみると
相変わらず わたしを凝視している
どこかであったひとだろうか 全く覚えがない
いままでに 故意に 女性にひどい思いをさせたことがない
それは 自信がある
もしかすると わたしが気づかずに 知らなところで 
とても 辛い思いをさせたひとなのだろうか
いや きっと わたしに似ている男と勘違いしているのかもしれない
十分にあり得ることだ そうに決まっている
でも あの目つきはどうしたことだろう 尋常な形相ではない
しかし あんなに美しいひとに何をしたのだろうか 相当ひどいことをしたのだろう
電車は いつ動くのだ 最悪なのは 下りの電車も全く動く様子がないことだ
もう三十分もこうしている
しかし こんな憎しみの眼で わたしを見ているのだから
誤解を解くために その女性に会うべきではないだろうか
とても そうしたい気分だ
でも 電車が動けば、反対の方向に行くのだから 二度と会えない気がする
ふいに 女性がなにか口を動かしている 
何を言っているのだろう
わたしに言いたいことがあるのだろうか 
相談になるかもしれないから 会って話を聞いてみようか
よくみると 同じ言葉を繰り返しているようだ
となりの乗客は何も感じていないのだから 
たぶん 声を出さずに口ぱくをしているのだろうか
しかし 奇怪な偶然だ
そうだ こういう機会は極めて稀なことなのだから
会って きちんと問題を解決させるべきだ 
そんな思いが強くなる
たしかに 会うことで誤解が解けて 逆に親しくなれるかもしれない

ぐるぐるーと車両のエンジンが回り始めた
消えていた蛍光灯が点いた 車掌の運転復旧のアナウンスがながれる
電車が少しずつ動き出す 
やがて 女性ともっとも近い距離にくると 眼の前で止まっているように
女性の眼は わたしの眼を矢のように鋭く射抜くと 下りの車両とともに 
後方に見えなくなる

車窓のそとは 暗記するほど見慣れた景色がつづき わたしは 朝の陽ざしを
眩しそうにして 全身に浴びると
女性の事しか考えない時間 女性と二人だけの世界という
いままでの車両故障の出来事が 夢物語であったように
これから行く 職場の仕事の段取りを考えている

電車が次の駅に止まると
わたしを 押し倒すように いっせいに多数の乗客が降りると
車両のなかは がらがらになり
そのあとに 子供をブランケットで巻き だっこ紐で抱えた
若い女性が
ひとりだけ乗り込み 相変わらず 
乗車口の脇で 凭れているわたしの 前方の
シルバーシートに座った
徐に その女性は手に持っていた雑誌を開いて 読み始めると
表紙の 女の顔がこちらを見ている


純粋点

     1

今度 眠って それから 眼を覚ましたら
お空で一番ひかる お星さまになるの
パパとママは となりにひかる
ふたつのお星さまよ
ママの横にひかるのが お姉ちゃん

かなちゃんは 一番ひかる お星さまと
眼を大きく開けて にらめっこしています
手を振り ありったけの笑顔をおくります
あるときは
頬を風船のように膨らませて
べつのときには
右目を指で押さえ ちいさな舌をだして
アカンベーをしたり
空の未来と にらめっこしています
  

    
    2

(バラード)      
あの西の空を埋めつくす枯野に 
鶴の声がきこえる 砂漠を描くあなたは
役目を終えた旅人のように 晴れ晴れとして穏やかです
しずまりいくあなたのその瞳をたたえる 夜のみずうみは
いま 爽やかな風のなかを舞い降りていくのです

まばたく あなたは 星座たちの青い純粋点 
その起点をこえて さらさらとあふれる血液の はるか彼方へ
手をつないでこえていく 少年の裸足たち
笑顔がこぼれている 少女の裸足たち
青いいのちが あざやかに無垢の花を咲かせます

やがて めざめる歌が 子供たちから生まれて
星座をひとつひとつ 草花の涙のなかに染めつくすとき
もえる闇の凍りつくよどみのなかで
羽をもがれている無辜の翼に 
あなたが 鎮魂の天の川をかければ
墜落した凛々しい窓が 厳かに浮びあがっていくのです

夜の鼓動に あなたの身篭った赤い鳥が
充たされた透明な空の時間のまんなかに生まれて
三日月の欠けた 雪の湿地をなめらかに瞬いていきます 

孤独でおおわれた岩の海原 
夜空がことばをつくりはじめる境界線
もえだす赤い鳥 
その 波打つ羽根で散りばめた ひかり そして ひかり
あしたにむかって 
いっせいに泳ぎだす銀河のひかりたち

子供たちがいっせいに歓声をあげる 

美しくかたどるあしたを
子供たちは 
雄々しくながめていきます

    3

パパ ママ
お姉ちゃんが 輝いている
プラネタリュームのようなお空で
パパとママとお姉ちゃんに抱かれながら
かなちゃんは 
正しく刻まない 心臓のちいさな鼓動を
精一杯おおきくして
いつまでも いつまでも たのしそうに 
一番ひかる お星さまを みていました
    
    


第2回・京都詩人会・ワークショップ 共同作品

  田中宏輔

第2回・京都詩人会・ワークショップ 共同作品


参加者:内野里美・大谷良太・田中宏輔・森 悠紀


時間:2015年1月11日14時〜20時
場所:四条烏丸上がる東側にある喫茶『ベローチェ』の2階


詩作方法の概要とその結果

(1) 1人につき 名詞5個 動詞5個 提出
(2) 計 名詞20個 動詞20個から、それぞれ、5個以上を用いて詩をつくる。これ以外の言葉を用いてもよい。同じ言葉を何度用いてもよい。動詞は時制を変えてもよいし、語尾を変えてもよいし、複合動詞にしてもよい。
(3) まず、各自、うえの規則のもとで詩をつくる。つぎに、(2)のなかから自分が選んで使用した名詞と動詞を順番に抜き書きして、その順番を書いた紙を他のメンバーに渡す。全員、他のメンバーの作品を読まないで、その渡された紙に書かれた順番にしたがって、他のメンバーが使用した名詞と動詞を用いて作品をつくる。
(4) 参加者が4人であったので、さいしょの自作1作+他のメンバーの使用した言葉の順番でつくった詩作品3作の計4作が、1人の詩人によって作成された詩となった。よって、今回のワークショップで制作された詩作品は、ぜんぶで16作品となった。


I 各人が提出した 名詞5個 動詞5個

内野里美 名詞5個:蜜柑 酒粕 日めくりカレンダー(暦) 手技 坐禅
     動詞5個:効かす こぼれる 淹れる 慈しむ つまびく
大谷良太 名詞5個:煙草 川 魚 金銭 トレイ
     動詞5個:置く 投げる 捨てる 配置する 擦(こす)る
田中宏輔 名詞5個:証明 疑問 労働 居酒屋 人間
     動詞5個:動かない 戻る ずれる 考える つむる
森 悠紀  名詞5個:トーチカ 群れ 奥 水道 筋
     動詞5個:し損なう うろつく 組みつく 眇める 押し戻す


II 各人が使用した 名詞と動詞の順番
 

内野里美:奥 つまびく 群れ こぼれる トレイ うろつく 金銭 擦る 人間 動かない 疑問 ずれる 川 証明 置く
大谷良太:人間 手技 慈(いつく)しむ 擦(こす)る 筋 つまびく 金銭 動かない 奥 組みつく
田中宏輔:居酒屋 奥 配置する トーチカ 群れ 坐禅 し損なう 魚 こぼれる 疑問 押し戻す 動かない 金銭 人間 考える
森 悠紀 :人間 証明 し損なう 煙草 投げる 捨てる 蜜柑 手技 筋 眇める 労働 動かない 人間 うろつく 暦 配置 押し戻す ずれる こぼれる 慈しむ 居酒屋 トレイ 置く 人間


作品


内野里美 オリジナル作品

奥から
つまびかれた群れたちがこぼれ
トレイにうろつくと
金銭を擦る人間の
ばらす当て所なさに
動かない疑問がずれて
川の証明を
置く


内野里美順 大谷良太作品

奥をつまびいて群れがこぼれ、
トレイのまわりをうろつく
金銭を擦る人間
動かないまま疑問がずれ、
川は証明を置く


内野里美順 田中宏輔作品

直線状の猿たちが脳奥でつまびかれる。
群れからこぼれ落ちた点状の猿たちをトレイに拾い集める。
うろつきまわる点状の猿たち。
金銭を擦りつづける人間の猿たち。
動きまくる円のなかで、人間は動かない半径となる。
点状の猿たちから疑問が呈される。
ずれゆく川の存在は、その証明の在り処をどこに置くのか、と。


内野里美順 森 悠紀作品

奥から
つまびかれるリュートが
人の群れの上にこぼれている
トレイを持ったままうろつき
繰り返される金銭のやり取りに
擦れた指先をした
ウェイトレスのパッセージが
夢見るように重なるのを
ざわめく人間たちの隙間にちらと見る
動かない月がある
中空に引っかかったような疑問が
ずれてゆく川の流れの
永いスパンで氷解するように
ひとしきり掻き回したグラスが
剃刀の証明として
ひとつの机の上に置かれる


大谷良太 オリジナル作品

人間の手技で
慈しみ擦る
筋をつまびく…
金銭で動かないなら
奥に組みつく


大谷良太順 内野里美作品

人間の手を抜いた手技を慈しむべく
擦る鉄筋コンクリートにつまびかれる金銭の倍音に
奉る絵馬から落ちた子どもの
喉奥に組みつく


大谷良太順 田中宏輔作品

人間は手技を慈しむ。
刻む、彫る、擦る、組む。
筋彫りの刺青。
中国人青年の腰を抱く。
ラブホでつまびかれるBGMの琴の音。
正月だ。
金銭のことはどうでもよい。
背中から抱きしめたまま動かない。
奥にあたる。
組みついた二つの背中。
人間は手技を慈しむ。


大谷良太順 森 悠紀作品


よく人間の手技を慈しむ
ラクダは今宵一本のマッチを擦り
しみじみと月を見ている
ふむ、と読み筋に目を凝らし
たわむれにつまびく口琴は
金銭の埒外にあり
静けさそのものの如くラクダは動かない
やおら冷蔵庫を開け
煙と共にしゃがみ込み
それから急に思いついたように
奥の仕事に向かうため ありものの
食材に果敢に組みつくのである


田中宏輔 オリジナル作品

居酒屋の奥に配置されたトーチカの群れ。
坐禅をし損なった魚たちがこぼれる疑問を押し戻す。
動かない金銭は人間を考える。


田中宏輔順 内野里美作品

立ち寄った居酒屋の奥に配置する小粒の
トーチカの群れなす坐禅にし損ないの魚たちの
こぼれる鱗が肴
疑問がたまらず押し戻す動かなかった金銭に
人間から離れて考えるのは


田中宏輔順 大谷良太作品

居酒屋は奥に配置したトーチカ
群れて坐禅し損なう、魚はこぼれた
疑問を押し戻し、動かない金銭、
人間は考える


田中宏輔順 森 悠紀作品

居酒屋の奥で
つらいぬいぐるみのようになったぼくが
いつの間にか配置されたトーチカの群れから
降り注ぐ鉛弾に撃たれている
それで坐禅をし損ねるぼくの
魂はしかしすでに身体を離れているようで
ぬいぐるみのように丸まるぼくも見えるし
厨房で俎上の魚から笑みがこぼれるのも見える
ここでぼくとは誰か
という疑問がぼくを身体に押し戻す
トレイの上でいつまでも動かない金銭のように横たわる
つらいぬいぐるみのようになったぼくが
人間の笑み方について考えている
丸まってゆきながら考えている


森 悠紀 オリジナル作品

毎日、コンビニの棚を見つめて
人間を証明し損なう
君は煙草を投げ捨て
ふたたび蜜柑のつぶつぶのような
日々の長さをしがんでいる
鶏を捌く手技は
しぼられた首筋を
ひとつひとつ見眇めてゆく労働で
前線に沈む
地図のように動かない人間と
うろつく暦の配置を
押し戻すように測定する
どこかで視線がずれて
手袋からあぶくがこぼれている
それを慈しむように
居酒屋のトレイに置いて
人間は
雨の外に出て行く


森 悠紀順 内野里美作品

こわい人間の証明をし損なう時
煙草の煙と投げ捨てる蜜柑の
その手技から筋トレまで
目を眇めた労働者の手の内で動かない

こわい人間のうろつく辺りで
暦売りが配置されては押し戻されて
旧暦がずれていく
わずかにこぼれた慈しみに
居酒屋の主人はトレイに置いた
  縮んだこわい人間を


森 悠紀順 大谷良太作品

人間は証明し損ない、
煙草を投げ捨てるしかない。
蜜柑と手技、筋を眇め
労働は動かないで
人間をうろつく。暦を配置し、
押し戻し、ずれる。
こぼれ慈しみ、居酒屋にて
やはりトレイを置くは人間…


森 悠紀順 田中宏輔作品

人間だけが証明し損なうことができる。
外で男が煙草を投げ捨てた風景に遭遇する。
目の前で恋人が蜜柑を上手く剝く手技を披露する。
蜜柑の筋までもがきれいに剥がされていく。
画面では目を眇めた労働者たちが建物に立てこもって動かない。
これもまた人間の風景だ。
うろつきまわる暦の上で、日付は配置された場所を押し戻そうとする。
どこにか。
わからない。
しかし、そうして、どうにかずれようとする。
思わずこぼれた日付を慈しむ。
ふと思い出された
居酒屋のトレイに置かれた人間たちの風景。


作品制作後のディスカッション

「川+証明+置く」、「金銭+擦る」、「居酒屋+配置する+トーチカ」、「坐禅+し損なう+魚」、「うろつく+暦」などの言葉の組合せが重なった。いわゆる、類想、よくある言葉の組合せである。(発言:田中宏輔)

特定の単語が近くに並べられてあるとそうなるものと考えられる。(発言:森 悠紀)

ほかから持ち込まれた言葉がモチーフの中心になると、さいしょに提供された言葉が生き生きとし、詩自体が生き生きとしたものになるように感じられた。(発言:田中宏輔)

生き生きとしたイメージ、発想の斬新さが、人を感動させる。(ことが多い。)イメージ、発想の異質なものは、他から持ち込まれる言葉によって齎(もたら)される。(と言うより、「他から持ち込まれる」=「異質」。)(発言:大谷良太)


乾坤一擲

  アルフ・O

街中を
チェーンソウが走る
なだらかな坂を
転げまわるように走る
オイルの残量を
少しだけ気にしながら
身に纏いつくもの
全て切らんばかりに走る

夕刻
知ってるだけの土地を
網羅し終わると
チェーンソウは
乾坤一擲とばかり
茜空へ向けて
跳びあがった
空を切る音は
半径十キロまで響き渡り
あるアパートの住人が
意思表示として
掌ほどの石を投げつけ
それがまた
見事に命中したものだから
チェーンソウは
オイルをまき散らしながら
弧を描いて
落ちていった

ちょうど誰もいない
疏水沿いの植え込みに
チェーンソウは
深く突き刺さった
どう足掻いても抜けないほど
激しい速さだったので
結局それが彼の
墓標となったのです


□詩

  田中宏輔



FORMENTERA LADY。


I

□□□□、□□(□□)□□□□(□□)□□□□□□□□□□□□□□、□□□□□□□□□□□□、□□□□□□□□□□。□□(□□)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□、□□□□□□□□□□□、□□□□□□□□□□□□□。□□□□□□□□□。「□□□□□、□□□□□□□□□□□□□、□□□□□□□□□□□□□□□□□?」
□□□、□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□、□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□──□□□□□□□□□□□□□□□□□□。□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□、□□□□□□□□□、□□□□□□□□□□□(□□)□□□□□□□□□□□。
□、□□□□□□。□□(□□□□)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□。□□、□□□□□□□(□□□)□□□□□□□□□□□。□□□□□□□□「□□□□、□□□□、□□□□□□□!」□□□□□□□□□□□□□□、□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□(□□□□□□□□□□□□、□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□、□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□)。□□、□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□。□□□□□□□、□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□。
□□□□□□□、□□□□□□□□、□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□、□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□、□□□□□□□□□□。
□□□□、□□□□□(□□)□(□)□(□□)□□□□□□□□□、□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□。□□□□□□□□□(□)□□(□□)□□□□□□□□□□□□□(□□)□□□□□□□□□□□。□□□□□□□□、□(□□□)□□□□□□□□□□□□□。

(ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』第一章・第1節─第6節、高橋康也訳)


II

「□□□□□□□□□□」□□□□□□□□□□□□□□□。□□□□□□、□□□□□□□□□□□□□□□。□□□□□□、□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□、□□□、□□□、□□□□□□□□□□□□□□□。□□□□□□□□□□□□□□、□□□□□□□□。□□□、□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□。□□□□□□□□。□□□□□□□□□□□□。□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□。□□□、□□□□□□□□。□□□□□□□□□□□□□□。
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□。
「□□□□、□□□□□□□□□?」□□□□□□□□□□□□□□□。
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□、□□□□□□□□□□□□□。□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□。
「□□□□、□□□□□」□□□□□□□□□□□□□□□。「□□□□□□□□□□、□□□□□□□□□□□」
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□」□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□。
「□□□□□、□□□□□、□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□。□□□□、□□□□□□□、□□□□□、□□□□□□」
「□□□□□□?」□□□□□□□□□(□)□(□)□□□□。□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□。
「□□□□□□□□□□□□□□□□□?」
□(□)□(□)□□□□□□□□□□□□□□□、□□□、□□□□□□□□、□□□□□□□□□□□□□□、□□□□□□□□□□□□□□、□□□□□□□□□□□□□□□□。□□□□□□□、□□□□□、
「□□□、□□□□□」

(レーモン・クノー『地下鉄のザジ』1、第1行─第24行、生田耕作訳)


III

□□□□□□□□□□□□(□□)□□(□□)□□□、□□□□(□□)□□□□□□□□□□□□□□□□□。□□□□□□□□□□□□□□□、□□□□□□□□□□、□□□□□□□(□□)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□、□□□□□□□□□□□□□□□□□□□。
□□□□□□□□□□□□□□□、□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□、□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□。□□□□□□。□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□、□□□□□□□□□□□□□□□。□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□、□□□□□□□□□□□□□□□□□□。□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□。
□□□□□、□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□(□□)□□□□。□□□□□□□(□□□□)□□□□□□□□、□□□□□□□□□□□□□□□□□□。□□□、□□□□□□□□□□□□□□□(□□□□)□□□□□□。
「□□□□?」□□□□□□□。
「□□□□□□□□□」□□□□(□□)□□□□。「□□□□□□□□□□□□□□□□□□」
□□□□□□□□□□□□□。□□□□□□□□□□□□□□□□□□。□□□□□□□□□□□□□□□□、□□□□□□□□□□□□□□□□、□□□□□□□、□□□□□□□□□□□□□□。□□□□□□□□□□□。
「□□□□□□□□□□□□□」□□□□□□□。「□□□□□□□□□□□□□□□□□□□。□□□□□」

(G・ガルシア・マルケス『大佐に手紙は来ない』冒頭18行、内田吉彦訳)



STILL TOO YOUNG TO REMEMBER。



     □□□□□□

□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□


□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□

(山村暮鳥『風景』


□□□□□□□□□□□□□□□□□□。

(安西冬衛『春』)


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

(草野心平『春殖』)


□□□□
□□□□□□
□□□□□□□
□□□□□□□□□
□□□□□□□□
□□□□
□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□
□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□
□□□□
□□□□□□□□□

(草野心平『秋の夜の会話』)


□□□□

□□ □□□□□□□□□□

(北川冬彦『ラッシュ・アワア』)


□□□□□□□□(□□□□□)
□□□□□□□□□□………

□□□□□□、□□□
□□□□□□□□□□(□□□□□□)

(吉田一穂『母』)


□□□□□
□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□

(高橋新吉『るす』)


□□(□□□□)□、
□□□□□□(□□□)□□□□□□□
□□(□□□)□□□□□。
□□□□□、
□□□□□□、
□(□□)□□□□□ □□□□
□□□□□。

(サッフォー『夕星(ゆうずつ)の歌』呉 茂一訳)


□□□□□□□□
□□□□□□□□□

(ジャン・コクトー『耳』堀口大學訳)


──□□□。」□□□□□□□、
──□□□。」□□□□□□。

──□□□□□□□。」□□□□□□□、
──□□□□□□□。」□□□□□□。

──□□□、□□□。」□□□□□□□、
──□□□、□□□。」□□□□□□。

──□□□□、□□□□。」□□□□□□□、
──□□□□、□□□□。」□□□□□□。

□□□、□□□□□□
──□□□□□□□□。」

□□□□□□□□
──□□□□□□□□□□□。」□。

──□□□□□□□。」□□□□□□□、
──□□□□。」□□□□□□。

□□□□□□□□□□□□□、
□□□□□□□□□□□□。

□□□□□□□□□
──□□□、□□□□□□□□……」□。

□□□□□□□
□□□□□□□□□□、

□□□□□□□□
──□□□□□□□□□……。」□。

(フランシス・ジャム『哀歌 第十四』堀口大學訳)


□□□□□□□□□□□□□□□
   □□□□□□□□□
□□□□□□□□
□□□□□□□□(□□□)□□□□□

□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□

□□□□□□□□□□□□□□(□□)□
   □□□□□□□
□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□


□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□

□□□□□□□□□□□□□□□□□
   □□□□□□□□□
□□(□□□)□□□□□□
□□□□□□□□□

□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□

□□□□□□□□
□□□□□
□□□□、□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□

□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□

(アポリネール『ミラボオ橋』堀口大學訳


名もない朝

  山人



失意を助長させるように
朝は無造作に切りひらかれて
風とともに雪が舞っている
わたしの前で理想は裸に剥かれ
細く小さく哭いている
風の圧力があらゆる隙間に入り込む音
体の底から口までまっすぐ空いた管の中を
冷たい季節風が流れ込み
刃物のように音は鳴っている

差し迫る年末の気配に
急かされるように
日没は容赦がない
体内の、そのまた体内の、さらにその奥の
そこに潜り込むように夜を迎える
宇宙のひと粒の日常が黒く塗りつぶされる

記号のような日
背中を押される囚人のように
その扉を開ける


季節の層

  Ceremony

そう、
いくつもの、
母や、
姉が積み重なり、
水のように、
流れては、
父や、
弟も、
もぎ取られ、
押し込められた、
春、

夏には、
芽吹くだろう、
あの、
痩せた土地から、
一つの、
雨を、降らせるためには、
どれだけ多くの、
花を、
草木を、
枯らせなければならないのだろう、
嵐を、飲んだ日に、
祖母は、
火を身ごもった、
そして、
山々は、
秋に、燃やされて、
父は、
灰の中へ、
潜り込んでいく、
冬、になれば、
皆が、
積み重なって、
私は、
歴史を描こうと思う、
ずっと、
重い、長い、
歴史を、

くだらない、
タームの、
時代は終わったのだから、
やさしい、
私の、
詩の言葉で、
新しい、
私の、言葉を、

戦争が始まるよ、
そして、
敗戦の、
言葉で、


たき火

  丘 光平


道に
花が咲いていたのかもしれない
だれかが泣いていたのかもしれない


こどものように遊ぶひかりが
またひとつ かえってゆき
またすこし 熱をだしたわたしらは
ただ とおく空をみあげて

近づきながら 離れながら
つめたい森をただよい


 やがて一本のおおきな樹のそばで
落ち葉のように
眠っていたのかもしれない
いつしか雨は雪になるのかもしれない


合図はなかった
ちいさなうたが聞こえてきた
教わったことがなかったそのうたを
わたしはうたっていた
あなたはうたっていた


キャバクラの女

  尾田和彦(←織田)






12月の暮れに
俺はミナミの立ち飲み屋で小便みたいなビールを飲んでいた
もしそれが確実だというならば
金曜日の夜に
その悲劇が
何もかもを台無しにする筈だ
よいだろうか?
他人も自分と同じような憂鬱な気分に引きずりこみたければ
これだけを憶えておけばよい

開けっ放し便所の壁の落書き
壁紙の剥がれ落ちたリビング
幅木の引きはがされた床板
空き家となって
廃墟と化する住宅地の雑草の中で生まれる野良猫
日本の貧民街で
産声をあげたばかりの赤ん坊が母親に殺される
本当だ

俺は低い声でしゃべり続けた
今年のタイガースの新人がどうだとか
シーバス釣りが趣味の上司の話だとか
事務のあの子は俺のタイプじゃないが嫁にするなら多分良いだろうとか
酒場の時計が4時をさすころ
俺はキャバクラの女を抱いていた

日本橋にあるブレンダというラブホで
干しぶどうのような彼女の乳房を揉んだりしゃぶったり
年増の女の性欲には死の影が常に漂う
まるで井戸の奥深くから
薄くなった水を
滑車でタライに汲み上げるように俺たちは急き立てられるように貪った
おそらく
互いの体の中からは何も出てきやしないし奪えない
最早快楽すらもない

人間の社会から
堂々と正義を奪ったものたちがいる
君と俺とが
同じ時代に居並んで
ベットサイドのテーブルに腰を掛け
気怠く女がブラのホックを留めながら言った
きっと私たちも
もっとずっと前に滅んでもおかしくはなかったのよ
最後の希望を失った人間も
セックスとかするのかしら?


空白の多い詩集

  泥棒

重い扉を開けると
錆びついた鉄筋や鎖が
死にそびれて転がっている
窓は割れ
小さな虫たちが
西日に反射しながら
音もなく消えてゆくから
完全犯罪を終えた猫が
静かに詩を書いています。
鉄に囲まれ
猫が空白の多い詩を書いています。

屋根の上で
確かに死んだ鳥たちに
猫が口笛を吹いています。
殺風景な午後
陽が暮れると
鉛のような雲の下
猫が冬の歌を日常にのせ
口笛を吹いています。

午前中の出来事は
比喩の少ない散文となり
空白の多い
午後の街を破壊します。
何もない、意味もない、
この街には
本当はもう午前も午後もないのに
懐中電灯を買い
焼けた未来を照らし
今日も夕暮れをきれいだと言う
言ってしまう
あなたがいます。
わずかに感じることができる
季節の中で
春の歌が
鉄と同じ冷たさで
夜風に乗る。
いつかみんな
それぞれに死ぬんだね。

あなたは夏に死ねばいい、
空白を上手く使って死ねばいい、
私は秋に死ぬでしょう、
機械より正確に必ず死ぬでしょう、

猫の詩集には空白が多い。
工場は半年前から
テナント募集中


薬屋

  山人

 ふと誰かが呼ぶ声にはっとして玄関に出てみた。
いまどき珍しい、風呂敷で覆われた箱を背負った中年が立っていた。薬売りだという。
昔ながらの熊の謂だとか、小さなガラス瓶に入った救命丸など、まったく利きそうもない薬をずらりと並べた。
そんなもんいらねぇ、と言おうとするのだが、なんとなく巧妙に遮り、薬売りはするすると勝手に会話を続ける。
並べてふっと一息吐き、「いかがですか?」と言う。
意気込んで喋ろうとすると、「心の薬もあるんですよ」
真っ直ぐ物怖じせず一矢射るように言葉を発した。
 行商人だから重い大きな風呂敷に包まれた箱を背負って歩いてきたのだろう、しかし蒸し暑い季節なのに汗ひとつかいていない。胡散臭そうではあるが、一本どこか筋のとおったような頑なさがあり、ロマンスグレイに近くなった毛髪をびしっと横わけにしている。
一流のマジシャンが行う巧妙な話術と沈着な物腰と所作、それらが何の変哲もない一家の玄関先で繰り広がられている。
 「心の薬?そんなものあるわけないでしょう」
なるべく意地悪く吐き捨てるように言うのだが、薬屋は物怖じせず一点を射る様に見、「利きます」、と断定的に言う。
四洸丸のパッケージのような袋に入っていて、五角形である。
外側に草書で 心がよくなる薬 と書かれている。
橙色の少し固めの袋を振ると、からからと一〇粒くらい入っているのだろうか音がする。
 「とてもいい按配になりますよ、必ず変わってきます」
淡々と事務的に医師のように言い放つと、「一〇袋入って税込みで三一五〇円です」
返事も聞かぬうちに、「ハイこれ」と領収書を切ってしまっている。
たしか、買う、とは言っていなかった筈だったが、言ってしまったのだろうか、誰かに指図されたかのようにぼんやりとしながらお金を渡し、薬売りを見送った。
 心が良くなる薬 なんとまぁ、大雑把でアバウトでそのまんまなんだろう、しかし、この大胆なネーミングが人を食っているようで憎めなかった。
一億パーセント利くはずがないと口に出して言う。
一回一袋食後とある。未だ午後五時過ぎたばかりだったが、冷奴を半分胃に収め、水で薬を流し込んだ。
甘く酸味のある薄灰色の薬は胃に収まっていった。
 一〇袋入りのその薬は、三食後の服用だったので、ほぼ三日でなくなった。
やられたな・・・、あり得ないと思っていたのだが、上手いマジシャンのような手口にやられてしまったというわけだ。
舌打ちをしつつ、雑用をこなしていると、ふと聞き覚えのある声が玄関先で響いている。
「その節はどうも。ちょうど薬が切れている頃かと思いまして、伺いました」
文句を早速言おうとすると、「どうですか?毎日自分の心を見つめる事が出来るでしょう?それが大事なのですよ」
・・・とまた、薬屋は領収書を切り始めた。「今度は一〇日分です、二回目だからお安くして、五二五〇円です」
しゃがんだ姿勢でするすると板の間に領収書と共に手を這わせ、右手で薬を同じ場所に並べて置いた。
要らないと意思表示するのを手で遮ると、薬屋は一呼吸置き、射るような視線で薬屋は語り始めた。
 自分の心が今何処にあるか、どういう風になっているのか、風邪をひいているのか、熱があるのか、傷がないのか、体のそこらへんが痛かったりすると薬や医者に行きますが、心がそんな風になっていても、人は無頓着なものです。自分の心が今何か困っているのではないか、その原因はなんなのか、あまり考えてはいませんよね。この薬の成分は申し上げることは出来ませんが、心の中身を見つめてあげる薬なのです。心が一番大事なのです、生かすも殺すも、死ぬも生きるも。どうですか?この薬を飲んで、少しは自分の中の心を白い紙に広げてみたりしませんでしたか? たぶん、あなたはこの三日間と言うもの、自分の心を客観的に観察者として観察し、見つめてきたのではないですか?今度はあと一〇日です。この薬を飲んだ時、或いは飲む時にでも良いのです、心を眺めてみてください。それだけ。それだけで心が良くなってくるのです。そして心というものはすべての根本なのです。人は一つのありがたいことに対し、感謝することから始まるのです。それは可も不可もない平凡な日常のなかでさえ当たり前に体験できるものです。感謝の心は待ち受けていた豊穣の土に種を蒔き、やがて成長し、それがあらたなる豊かな実を実らせ幸福を引き寄せるのです。
あなたが私の為にこうして玄関のあかりをともしてくれたこの光、これは遠い昔はきちがいの発想だった。ありえない発想、つまり、心という無の物からあらゆるものは誕生したのです。あなたの周りにあるすべての事象、いえ、あなた自身の今、それらはすべて無からあなたの心が作り出した作品なのです。そのために、心が良くならなくてはどうしようもないのです。
 一気にまくし立てるように言い放つと、最後にとびきりの笑顔をまき散らかした。
いつのまにか、結局頷いたりするのみで、いいように言い包められてお金を払い、薬屋を見送っていた。
 薬が切れかけた頃、テレビで薬屋の逮捕が伝えられていた、薬事法違反である。
きびきびとした態度、眼光の鋭さ、定規で当てたような七、三の髪は煌々とひかりに照らされて輝いていた。背骨を軽く折りたたみ、一礼すると、何かをやり遂げたような安堵が漂っていた。
 「利く薬がまたひとつ消えたのか」
私は、そうつぶやき、最後のラムネ菓子を口に放り込んだ。


鈍い

  イロキセイゴ

チラシが舞って
躑躅のピンクと連動して居る
忘れ物を必ず取りに帰ってくる父は
全体的に翼の様で、チラシはとってくれなかった
忘れ物を取りに戻ってくる父は
全体的にエアーみたいで
動きが鈍い

文学極道

Copyright © BUNGAKU GOKUDOU. All rights reserved.