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2014年10月分

月間優良作品 (投稿日時順)

次点佳作 (投稿日時順)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


坂道と少年

  田中宏輔



夏陽がじっくりと焦がす
白い坂道の曲がり角
大樹の木陰、繁り合う枝葉
セミの声
見上げる少年と虫捕り網

身体を揺らしながら
爪先立って手を伸ばす少年
ぼくは坂を下り
空の虫籠に
短い命を入れてやった

片手で押さえた麦藁帽子
ぼくを見上げる夏の顔
昆虫と引き換えに
ぼくが受け取った笑顔は
最上の贈り物だった

足早に坂をかけ上る少年
脇に挟んだ虫捕り網
揺れる虫籠
白い坂道
夏の日

いまはまだ大きく揺れる虫籠も
いつの日か、きっと
その紐が切れるぐらいに
重くなるだろう
そのとき少年は振り返って

坂道を下りてくる
腕は太くなり
胸は厚くなって
少年は、少年を越えた日に
坂道を下りてくる

そのとき彼は
大樹の陰に見るだろう
幼かった日の自分を
輝きに満ちた日を
懐かしいときを

世界がまだ自分より
ずっとずっと大きかった
あの頃を
あの日々を
あの夏の日を

夏と
少年と
白い坂道
ぼくのなかでは
何もかもが輝いていた


じゃりン子チエのテツ最強詩人説

  ヌンチャク

リスペクトする詩人は誰や言うたら
有無を言わさずテツをすすめる
パッと見はどちらか言うと
『ウチは日本一不幸な少女やねん』が口癖の
チエちゃんのほうがポエマーぽく見えるかしらんけど
なんやかや言うてもチエちゃんは
家族思いのやさしい子やから
一分間の深イイ話は書けても
詩は書けん
良くてポエムや
『明日は明日の太陽がピカピカやねん!』
こんな感じ
僕は喧嘩と博打に明け暮れる
テツの詩が読みたい
こないだ帰りの電車の中で
JAの帽子かぶった酔っ払いのジジイと
ガイジのニイチャンが喧嘩しとった
ブタブタブタブタブタッ!!
ニイチャンはなんやわからん奇声を発して
激怒したJAが怒鳴り付けた
おまえ日本人ちゃうやろ!
日本語喋れ!!
ここは日本やぞ!
日本の法律で裁いたるど!
刑務所ぶち込んだるど!!
どっちの意見が正しくてどっちから喧嘩売ったんか
事情は知らん
せやけどテツならそこで迷わず
やかましいんじゃボケェ言うとったはずや
言えるかおまえそんなん
誰かて面倒なことには巻き込まれたない
家族持ちならなおさらや
子供に恥じない生き方しよう思て
結局それをうまいこと言い訳にして
いろんなことを見て見ぬふりしながらすまし顔で
波風立てず日々を送っとる
その程度のちんまい男が
ほっこりしたポエム書いて誉められて
何が詩じゃ
何が文学じゃケッタクソ悪い
ちんまい男のちんまいポエム
略してちんポじゃこんなものは
『オゴれる者久しからず
行く川の流れはたえずして
ええカッコしてる奴は皆地獄行き』
ちんちんぶらぶらソーセージ
その背中誰に見せんねん
『今夜、きみ、
快速急行に乗って
流星を正面から
顔に刺青できるか、きみは!』
て吉増に言われても
そんなん出来るのタイソンだけや
ネットポエマーにそんな覚悟も度胸もあるわけないやろ
威勢がいいのは文字の上だけ
生活に首根っこひっつかまれて
キャンタマ縮みあがっとるわ
せやけどテツなら
テツなら血走った目で歯ァ剥き出して
真っ先に拳骨でカタつけとる
おバァにシバかれても
ヨシ江に逃げられても
今日もチエちゃんにホルモン焼かせて
カルメラどついてミツルを脅す
言いたいことを言い
やりたいようにやる
シッピンクッピン『ポリコが来たらはいビスコ!』
なにがじぇーえーや
おどれが日本語喋らんかい
『人生は一日一日が完結編なんじゃ』
詩と拳はよう似とる
僕はテツの詩になりたい


地図に載っていない三つの詩

  前田ふむふむ

眠り

一日中 仕事をして疲れ切ってから
急ぐように
職場に出かけても
そこで 私に出来ることは
只 泥になって眠ることだろう
(すでに そこには仕事は  無いのだから)

家で 手狭な風呂に入り
家族と仲良く晩御飯を食べて
居間でひとり静かに音楽を聴いてから
夜に家に帰ってきても
そこで 私に出来ることは
只 泥になって眠ることだろう
(すでに そこには夜の団欒も安らぎも
無いのだから) 

眠りの中において
遥かオビ川の河口の
ツンドラ地帯の銀色の世界で
魚になって 自由に氷の下を泳いでいる
あるいは 灼熱のサハラ砂漠を彷徨いながらも
偶然 小さなオアシスを見つけた
年老いた駱駝は
驟雨を享ける乾田のように
渇き切った喉をうるおす

そんな 夢の微かな記憶が
白骨となろうとする痩せた鹿を
魂の閉塞から
連れ出してくれるだろうか
(情報に満ち溢れている
       単調な日常の連鎖
ずいぶんと長い間
 わたしはベッドから出ていない)


     
遥か昔
ジョン万次郎がアメリカの地を踏んだとき
彼は全く眠らなかっただろう
新大陸の全てを見るまでは
        




愛の名前

そこは
頑丈な煉瓦で覆われた大きな建物の
浴室なのだろうか
女たちは 嬉しそうに
着ている服をすべて脱ぎ 整列させられ 
冷たいシャワーで汚れ物のように 洗われる
そして 車いすに乗った
数名の黒衣の男の医師に
身体中を舐めるように いたぶられると
あらゆるところから血が流れる
そのように 触診されてから
合格という焼印を肩甲骨の上に押されると
家畜のように
小さな汽船に乗せられた
女たちは
焼印のときの 耳が裂けるような悲鳴以外は
誰も泣くものはいなかった
女たちの船での仕事は 
毎日三度の御粥を啜ることと
シャワーを浴びて清潔にすること
乗船を拒否し 男に鞭で打たれて
気絶した女を介抱すること
女たちを監視ために
汽船に寝起きする男を シャワー室に
誘惑して
こん棒で叩いて 足をつぶし
車いすに乗せること
そして 理由なく 待つことだった
その船は 白い靄に覆われていて
いつもそのなかを漂っている

わたしは 
こうして胸が昂ぶっているときに 
度々 脳裏に浮かぶのだが
そんな女たちを乗せる船をどこかで見たことが
あったが 思い出せない

この冬 雪が降りださんばかりの寒さのなかで
わたしは 気を許した女の 横に寝て 
足を絡ますと
頬が昂揚する女の眼のなかを
剃刀のような鋭さで 
その光景が
出ては 消え また 姿をあらわしてくる
気づかれまいと 
女はつよくからだを寄せたような気がした
わたしは 許すためだったのか
憎むためだったのか 
その剃刀をのみこんで
女のきゃしゃな肩を抱いた

未明の睡魔が襲う 朦朧とした意識のなかで
わたしは 冷静にも 女と はじめて秘密を共有したと思った
女は 確かに頷いたのだ





線路

年に2回の定期的検査で 
胸部のCTスキャンを取るために
大学病院にいった
もう5年目になった
帰りはいつも決まって
柵がないホームのベンチに腰を下ろす
陽が眩しくて後ろをみると
錆びた茶色の線路がある
線路の枕木は腐りかけ 雑草が点々と生えている
一羽のカラスが グアーと鳴いて
線路をナイフのように横切っている
この線路は使われなくなって
どれくらいが経つのだろうか
ホームに降りて
わたしは線路に耳を当ててみた
しばらく じっとしていると
電車の走る音が聞こえる
若い父といっしょに 幼いわたしを乗せた通勤電車が
かすかに遠くで走っている
やがて 糸のように段々と遠ざかっていく

いってしまうのか
言い残したことが
たくさんあるんだ
カンカンカンカンカン
処方してもらったばかりの薬瓶が 粉々に割れた

風が吹いてきて 線路をなぜている
ひとは さびしいと感じるものがあれば
さびしさに耐えられる
線路の横に添い寝する

秋空のひかりをうけて線路はそこにある
たくさんの思い出を詰めて 
取り外すことも忘れられている線路が 
ただあるだけの線路
忘却されたものの死屍が敷いてある

何やら騒がしい
電車を乗り過ごしたのだろうか
いや
ひとつの靴音が大きくなってきた
駅員が こちらの方に向かって
危ないと
大きな声で怒鳴っている
わたしは その声を聞きながして
青い空を睨み付けた


アルビン・エイリーが死んじゃった。

  田中宏輔



ねえ Maurice 憶えているかい
ぼくらが いっしょに行った 二条城
あの夏の日 修学旅行に来ていた 中学生たちを
黒人の きみのこと ジロジロ 見てったね
何だか ぼくも 恥ずかしかったよ
あ その中学生たちの したことがだよ
ねえ Maurice きみは憶えているかい
あの小石の 砂利の 乾いた砂の 踏みざわりを
雲 ひとつなかった あの日の 青い空を
あの日は きみと過ごした 最後の日だったね
とはいっても きみといたのは わずか三日
たった それだけの あいだだったけれど
でも ほんと 楽しかったよ
きみのこと 夢中に なっちゃったよ
ぼくは I love you っていったね
けれど きみは love じゃなくって
like だって いった
いまなら ぼくも それは わかるさ
だけど あの日は わからなかった
五年前の あの日には わからなかった
あの日 あの夏 あの晩 ぼくらは
アルビン・エイリーの公演を 見に行ったね
ぼくは 「無言歌」がいい っていった
きみは 「プレシピス」がいい っていった
ああ あのアルビン・エイリーが死んじゃった
あの日 あの夏 あの晩 楽屋で
いっしょに会った アルビン・エイリーが
サンフランシスコの 劇場で 踊ってるきみに
声をかけてきた あのアルビン・エイリーが
あれは きみがいた 劇団と違って
黒人だけの 舞踏団だったね
いや なかに 日本人が 何人かいたね
でも きみが 一番 カッコよかったよ
楽屋にいる だれよりも きみは カッコよかった
そして きみは あの日の 翌朝
東京にたっちゃった

ぼくは いま きみの文字を 見つめてる
走り書きされた 文字を 見つめてる

カッコよく ビッ って破られた メモ用紙

               
6-29-84
Atsusuke
I want to thank you for all of your
help and a very good time. Please keep
in touch with me. Love always.
            Maurice Felder

けれど あの日以来 
ぼくは 何度も 手紙を書いたのに
きみは ただの一度も 返事をくれなかった
ぼくは きみに貫かれて 貫かれたまま
どうすることも できなくって
受身に なって しまって
いつも だれかに 抱かれてなければ
貫かれてなければ ならなかった

ああ アルビン・エイリーが死んじゃった

五年前は まだ エイズなんて言葉
ゲイ・バーでも ポピュラーじゃなかった
スキン・キャンサーの新種が はやってるって
だれかがいってたけど ビニガー・セックス
ってので ふせげるって 話だった
そんな いい加減な 時代だった

ああ アルビン・エイリーが死んじゃった

きみは サンフランシスコに 帰っちゃった

ああ アルビン・エイリーが死んじゃった

きみは サンフランシスコに 帰っちゃった

ああ アルビン・エイリーが死んじゃった

いまなら ぼくは きみのメモを 捨てられる

いまなら ぼくは きみのメモを 捨てられる

さよなら Maurice  さよなら Maurice




    



        付記 
        
        この作品は、アルビン・エイリーがなくなった
        1989年の終わりに書いたものです。
        大学4年か、大学院生の1年のときに
        であった黒人の旅行者との実話をもとに
        書きました。
        大学の研究室には、「風邪で熱が出ているので
        休みます。」と言い、家には、「泊まりこみの
        実験で、三日間、研究室にとまることになった。」
        と嘘をつき、ゲイ・バーで知り合った Maurice と
        三日間、いっしょにいました。
        ECCの先生で、ゲイのカナダ人の友だちの家が
        広かったので、そこに二人とも泊まらせてもらって
        めちゃくちゃ楽しかった。
        その三日のうち、一日、ホームパーティーがあって
        イタリア人の白人女性が焦げたパイ生地を指差して
        まるであなたの肌みたいって Maurice に言って
        笑ったのだけれど、黒人の肌が黒いってことを
        ジョークにしてもいいんだって知らなかったから
        ぼくは彼女の言葉をドキドキして聞いてた。
        でも、言われた Maurice も笑ってたので
        ちょっと遅れて、ぼくも笑った。
        アルビン・エイリーの踊りを見に
        岡崎のシルクホールに行ったとき
        席が後ろだったのだけれど
        新撰組ってドラマに出てた俳優のひとが
        ぼくたちを見て、前のほうの席のチケットを
        くださって、ぼくたちは前のほうに移って
        舞踏を観てた。
        その俳優のひと、あとで知ったんだけど
        ゲイで有名なひとだった。
        ぼくたち、すぐにゲイのカップルって
        見破られたんだろうね。
        違うかなあ。
        まあ、Maurice、黒人だし
        めっちゃカッコよかったし
        ひときわ目立ったんだろうね。
 


「プロポーズ」

  明日花ちゃん

始めに言葉がありました
言葉は神とともにありました

私が女学生になり、初めて教わる、聖書の一部は
いつの間にか離れない、神なんてどんなものでも構わないのに
言葉は辛抱強く、またある種ストーカーの様につきまとう。

なんか…あなたみたいだね、
私達は結婚する。

今日はモンシロチョウが二匹、戯れている様子が見えた
モンシロチョウって雄が雌を追っかけるらしいんだけれど
雄が雄を追いかけちゃう場合もあるんだって。
黄色い声と白い声が交互に波打つから
あれは雄と雄だったかもしれない
とっても素直だったし、新鮮な景色を
追い詰める姑息さがまぶしかった

あなたの次にあなたを
その次にあなた、その次に人参のかけら、その次は玉葱。
玉葱は昔から好きだよ。玉葱の絵も描いたよ。幼稚園で描いたの。
今では絵の具もボロボロに使いすぎてしまって
あの頃の方がスモックも汚さなかったし、油の処理も上手だった
ちゃんと教えてくれた絵の先生は、キャンバスの戦士。
おばあちゃんは筆洗い名人。ピカピカの毛並みを自慢げに見せた。
先生の口癖は「キャンバスの縁まで塗ること」。
額縁で見えなくなっちゃうのに、塗る理由って何なの?
先生のプロ意識が見えたしゅんかん。
世界で知っている宇宙人の一人だった。
今何人、キャンバスの縁を塗っている画家がいるだろう。
有名な画家の縁はどうなっているだろう。
縁画集ってないかしら。と、
本屋にダイビングする。
海、海!言葉の海!
波打ち際で、バタバタ!お魚がお尻を振っている。
そうかあ!私は魚釣りに来たんだ!
取っては戻す。取っては開き、戻す。
最初の、一口!
いい魚が旨いとは限らないということか。なるほど。
じっくり待つか、餌を良くするか…よし引け!
お、こ、これは…!
な、ながぐつ?
長靴かよ
なんで長靴なんだよ、えまじで?
ラッキーなうラッキーなう。
じゃあ、ポケモンパン一個と交換で。
条件?結婚??あーもー分かった!分かったから!
するから!すればいいんでしょう、って
なに満たされた顔してんのぶっ殺すぞ

頭からつま先まで、全部つり上げちゃいたくて
心とか身体を湿ったままにしたくなくて
ずっと本当は一緒にいるつもりで
できないから
誰かといるって、誰でもいいから
確認したい欲求とか
私が私であるように本当はずっと祈っててさ。
生きてんのに、歩き出す細胞は理不尽だよ、あれ、祈ってる。
ばっかじゃない
いつからこんなばかだったのかな
前からか、
秋ってムカつくね。

初めて手にした言葉を考えても
初めてを知らない
初めての恋も
初めての部活も
初めての砂場も
ずっと前から夢見ていた
だから大事にしなくてはならないのか
初めて過去を思い出す日常
眺めていた憧れが膨らむ、ふたたび

さりげなく想って、痛みを憶えても
辛くないからね
もう、行こう。

行かなくちゃ。


遠雷

  前田ふむふむ

     

   1

野いちごを食べながら
ほそいけものみちをわけいった
かなり歩いたあと
蔦が一面絡まり 頑丈にできている
鉄の門があらわれた
それは みちの終わりを告げていて
なかには
白い壁に覆われたふたつの塔をもつ建物が
わたしを 見下すように聳えていた
とり憑かれたように 門をくぐろうとして
小さな胸の皮膜が
苦しく突き上げられてくる
こんなとき
わたしは からだの芯を走る 
押し寄せる波を 泡のひとつひとつまで
説明できるような気がした

建物のなかは
大きな吹き抜けのホールがあり
崩れた屋根の裂け目から
西日のひかりを享けいれている

   2

池袋から 武蔵野の深い地層にむかって 
西武池袋線が糸のように流れる
みずのような物腰で
赤茶色のローム層を踏み分けて
電車は清瀬駅に滑りこむ
駅からつよく歩幅を広げて
みどりいろを濃厚に塗られたあたり
太陽が うつむき
かなとこ状多毛積乱雲に浮かぶ
白い壁の病院に
わたしは 
休日のときを横たえる

屋上に
ふとんのシーツ バスタオル ハンドタオルなどが
数十本 物干しされて 風にゆれている

「小児特殊病棟100号室」
看護師がせわしなく動くなかで
子供の眼は
世界の果てをみていた
わたしは子供を直視することが出来ず
眼をそむけた
その後 経過はいかがでしょうか        
ありがとうございます と
永遠に着地しない言葉が飛び交う

廊下の靴音が 乾いている
湧き上がるしずかさは
一房 二房 三房とわたしの手をもぎながら
清瀬の森の欠落を 埋めている
重たい足で
病院の門を跨いで
娑婆の空気を吸う と
空は 冬になっている

雑木林の奥から 溢れる血液が降りてきて
切り裂かれた傷口が 閉じられない
冬のきつい寝床を抱いた川面を
わたしは 両肩の内側におさめて歩く
淡いひかりに微分された流れは
遅れながら ついてくる
流れが ようやく わたしに追いつくときの瞼に
打ちだされる 漠寂とした河口にむかって広がる
みずの平野を 濡れた風でわけて
その香りをあげる 草のなかに
わたしは 声をあげて 身をまかそう

冬から飛び出した白い壁の眩しさが 眼に焼きつく
洗濯物の匂いが浸み付く病院は
名前のない窓を開いて 
虚無が旋回する雑木林に透過した
何人ものきみを導いて
きみは 
白い病院が浮ぶ青い空より
ふたたび戻ることはなかった

空さえも見えない わずかに灯る祈りのとき
灰色の遺骨を迎える家族は 絶えて無く
わずかに流れる近傍の川を
きみが眺めていた まどろむ視線の残影が
うろこ雲のむこうに沈んでいく

忘れられた声を胸にまとめる その寂しさに
わたしの乾いた眼が 冷たく濡れる
絶え間なく湧き上がる病院の煙突のけむりは
空の四方に突き刺さり 痛みを受け取る
夥しい雨のおちる場所は
こうしてできるのだろう

季節だけが 翼をひろげて 病院の白い壁を
ひたしていく夕暮れに
わたしは 川面を両肩の内側におさめて歩く
せめて 優しさを演じて 両肩のなかだけで
号哭を見つめていたい

凍える一吹きの風に鳥は 声を失うが
あすには 華やいだ活気のある街の
豊かな肉体に浸るのだ

川面が 両肩を乗り越えてゆく錯覚を
いくども 病院の白い壁が 試みているが
わたしは 川面のみずのかなしみを
今日だけは 小さな眼差しで包みこもう

白い病院が おもむろに夜の暗闇に沈み
うすいひかりを携えて
無垢なきみたちの廃墟の足跡が
透明な螺旋をなして
空に駆けあがる
轟音をあげる沈黙の垣間を
川は 遅れながら 病院の凍える門に流れてゆく
黒く染まった冬を 永遠に抱いて

わたしは 川面を両肩の内側におさめて歩く
足が萎え 涙が消えるまで

    3

壁に耳をあてると
ここで聞いた 
胸がつぶれそうな辛い会話は
ひそひそ話になり
いくえにも混ざり 
黄ばんだ壁の汚れにすいこまれていった

わたしは かぼそい背中を壁にあてて
痛みをおびる冷たさのなかに 溶けてゆけば
矢をいぬく視線が からだを通り抜けて
会話の断片が その後から
針のように刺していった

階段の手摺で
おもわず指を切る
その切り口から
翳むように 一輪草が
夜の浅瀬に咲いていた

気が付けば
夜の匂いが消え失せていて
わたしは 門のまえで 佇んだまま
青い空を眺めて
小さな篭に入った野いちごを 
ひとつ またひとつと食べている
大きな絵画の前にいるように
わたしは あの日から
ずっと 鎖で閉じられた
錆びた門を潜ることがない

つむじ風が足元から生まれて
空にむかって伸びていった
どこから来たのか
子犬が うわんうわん と
いつまでも
門に向かって吠えつづけている
はるか遠雷がきこえる


籠のない日

  村田麻衣子

あの瞬間だけ
存在していたあなたは
監視カメラを覗いている
そのフレームにあなたが浮かびあがる
僕が
記憶の先端
そのぬるぬるとした
かたちになり
そのいつまでも10cm程度
それは小さなあなたの
腕をじたばたとそ
させて大腿は
均されていつまでも滑らか
めりこんだまま
わるい とても悪い
思考がこんがらがったままです
遠くから聴こえる救急車が連れ去った
その日付時間
消滅する
迷子の神様
といなくなって
いたことしか
憶えていない
指をさす
翳が飛行機雲の上昇が終わるあたり
12階の部屋の裏側 とてもきれいなものが
消滅し
空に
堕ちていった
そのように あの時は
歴史を
もたず
去った

もうすでに存在しない
産み終えた母もすでに、母の母を失い
母のことを思いだすのは
母が病んだとき
その日は、餌が得られないのは
しかたなかろう
刈にいかなければならず
わたしといると
二つの異なる映画のヒロイン
ヒーロー
僕であるかのように
喉がからからになったり
くたくたになるまで
働いたりした

使ったことなどないのだろう
いびつな 母の杖を
砕いて
籠をつくった
母はいきており
はつらつと
訪れた


杖は枝の
芽吹く前からそうなるまでの
瞬間を成り立たせて
いる
死んだ眼の少女の映像が時間を経て
やっと、
想像が
更新され大量生産され
違う電極をもつ
産物になる。

花の記憶にも
ぶちあたって
それは過去にとどまっていないから
母は乳房が大きく、
安くくさい看護師の帽子をかぶって
誰かとまじわっていた
後ろ向きでよく見えなくて
誰かの事をいやだと思った
大きい乳房
その質感がわからないのはいやだと
後ろの大腿から
見える膣の ひだが 
あまりに美しく
そこにあたかも存在していた
かのように僕は
滑稽に
ふざけたりした
あなたの意中にあるように
振る舞った
僕の
すべて
赤子は
奥歯で噛む
身体の奥底から欲しているもの
その杖が突き刺さって
地面につけた足の
こそばゆさ
母の立位をたすける
母は湿度そのものであり
あとは美しい建築にあこがれて
そこから離れようとしなかった
やさしさを
僕にほうばらせる
ひとつひとつの存在へと
変化していく
その強さわたし自身に
たわむれる
わたしの悪い癖を知っていた
触ってはいけないところが
あまりに多く雛鳥のように
逃げだしたくもなる
私自身が
そうであったからかもしれない
見てはいけないもの
食べてはいけないものに
晒されて
溢れている素粒子の顔を描き出し
走り出した
違う電極を、与えられて
わなわなと戸惑っている
わたしば
溢れ出ている公園の蛇口を
とめた
得体のしれない衝動を
戦場から日常に
もちさることはできない
その日常に晒されるだけ晒されて
皮膚の未熟性が
ゆういつのつながりとなり
母に触れては
あたたかだった
記憶にぶちあたる
そして光量をあらわすメーターは
振りきれたところで
静止している
だからわたしはあなたの顔によく似ている
あのこにも
よく似ているという
あのこは 母の杖で籠をつくる
あらがったじゅうりょくが
僕のところに
かえって きたかのように
あなたそのものが
突き刺さってとれない

やわらかく砕ける骨が見えるのだという
まだ母は杖など使ったことが
ないというのに
つながった違う存在が
あやうく ふるえている
ここまで あるけたと
地図を見せる
ここまでならいけるわと
軋む
その音は、
聴こえるのだという


シャルロットの庭*

  fiorina

2001年9月11日の午前、私はパリ発の飛行機でロンドン、ヒース
ロー空港に向かっていた。(隣の席にアラブ系の女性が子ども連れで乗
っていた。)


私がそのことを初めて知ったのは、翌12日、ロンドンの宿を出る時で
、最初はテレビに映っている光景か何を意味するのかまるで理解できな
かった。受付にいた日本女性が説明してくれて、ようやく事件の一部を
知った。


その足で市内に出かけ、午後にはかねてから行きたかったキューガーデ
ンを訪れた。日本のテレビでしばしば紹介されていた庭園は、広大さは
想像以上だったが、期待したほどの感銘は受けなかった。もっとも、私
がまだ見ていない場所が、かなり残されていたに違いない。夕刻になっ
て、痛い足を引きずり、ほとんど迷子になりながら辿り着いたのが、「
シャルロットの庭」と言う夏期だけその門を開く小さな一角だった。既
に閉園近い庭に観光客らしい人影はなく、かなたに太陽を包んで重い雲
がかかっていた。入り口付近から幻想的な美しさで引き入れるような庭
のたたずまいに、足の疲れを忘れて踏み入った。


木のベンチに銀髪の老婦人が斜めに腰掛けて新聞を開いていた。古い手
紙でも読むに相応しい庭に、それはひどく不似合いな光景だった。新聞
の記事が何であるかは容易に想像が付いた。


庭は美しかった。
さっきまで見てきた場所もそれなりに美しいと言えるのだが、似て非な
る何かが領していた。あまりにも美しい場所というのは、死の気配がす
る。私はその庭を愛した人々の魂や、まだ其処かしこに見開かれたまま
の瞳、死者のささやきを木立の陰や自分の背後に感じた。花々の彩りは
むしろ沈んでいたが、夕暮れを押しとどめる華やかさがあった。


私と老婦人の他にもう一人いた。その庭を任されているらしい園丁だっ
た。彼もまた庭に相応しい美しい金髪の若者だった。けれども、異常に
痩せて蒼白な皮膚の色は、当時話題の不治の病を思わせた。彼は掘り返
した紫の花株を手に持って、新しい場所を物色していた。そう言う単調
な作業が、どのような歓びに溢れたものかを私もいくらか知っている逡
巡を、庭に溶けいるような静かさでくり返していた。おそらく庭は彼の
心の色でもあるのだった。


彼は新聞の記事を知っていただろうか。知っていたとしても、この庭の
中には、その記事の殺伐さは入ってきようがないのだと私は感じた。た
とえ、この場所までもが破壊されるような事態が起こったとしても、こ
の庭に息づいているものを誰も破壊することは出来ない。彼が配置し、
育て、染め上げた心の色を、今というこの瞬間を、誰も破壊することは
出来ないのだと。もし、私の想像通り、彼が不治の病に冒されていると
したら、その憂愁の中に最後の時まで、限りない憧憬として、心として
あることを、シャルロットの庭はやさしく見まもるにちがいなかった。


誕生

  zero

           ――K.F.へ

理由も目的もなく、理由や目的を作るためにあなたは生まれた。あなたはこれから生きるという不思議なめまいの中に巻き込まれていくが、全ては既に古く、同時にまったく新しい。あなたの顔も手も足も、いつでも何かを更新していくから、あなたの後ろには古さが、あなたの前には新しさが、海と空のように広がっていく。あなたはあなた自身によってあなたの中にあなたを登録する。

世界にこれだけ無数の空席があるというのに、あなたはどの席にも座らない。あなたに席は要らない、ただ驚きがすべての席を埋める。世界にこれだけの空き部屋があるというのに、あなたはどの部屋にも住まない。あなたに部屋は要らない、ただ恐怖がすべての部屋を埋める。あなたによる存在の更新に、世界の神経は驚き恐怖し、世界の隅々まで身構える命令を送ってしまった。そしてすぐさま世界は優しくなった、あなたの小さな姿を認めたから。

小さなあなたが手を開いては閉じる。そこに儚く消え去る真っ赤な炎が見える。小さなあなたが泣き声をあげる。そこにずっと続いていく言葉の連鎖の波が見える。小さなあなたが顔を動かす。そこにいつかは表情となり花となるわずかにほころびた蕾が見える。未来は幾筋もあなたから流れ出している。沢山に枝分かれした未来のどの枝を伸ばしていくのか、それは偶然でも必然でもなく、お父さんとお母さんとあなたと世界とが一つの壜の中に混じり合って決めていくのだ。

あなたの誕生は僕たちの感動の束で出来上がっている。あなたの誕生の前にはお父さんとお母さんが出会うなど沢山の出来事があり、あなたの誕生は歴史の一つの事件であり突端である。だがその誕生は僕たちの感動、僕たちの喜び、僕たちの奇跡である。あなたは僕たちの全ての感動で組織されながら、これから少しずつあなた自身の感動であなたを組み替えていくのだ。生きることは美しいめまいであるが、めまいのたびごとにあなたはあなた自身を新しく作り変えるのだ。


ちょっとちがうとだいぶちがう

  阿ト理恵



おやすみの日の午後は元気が天気に左右され、カスタネット休んで休んで、ととのえかたやらとらえかたにも、にごり「ゆ」だくだく。ずいぶん近いとちょっと誓うはいきているしいしきしてるしさるものはおあずけされてねこにこんばんはひとしくなればひとこいしくおもいつめくさとりだして問題はいかにしてやまいだれなく暮らしてゆこうかと。あまりにも夏めいて、いろばかがいろばなきかせいろきらい、せんすをあおぐ。あをあをとあらしのあとにあおぐそらへ水彩を部屋から放ち、ぐれてやるからくれてやるって、きみのはじめてがわたしでいいにきまってる。純粋な鈍器でなぐったとしてもアルマンのざらついたアルシャ紙には群青なんかつかわない、とわとわとちかわない、青にむれたくないから、でもでもでくつがえるわたしのいらないいろミスリードつけた青をきりはなしたいろなどみつからなくってもそこはこそっとひっくりかえしてみる。


秋櫻のころ

  草野大悟

花びらが螺旋をえがきながら
どこまでも昇ってゆくのは
風がすこしばかり
あかね色にふきはじめる
こんな季節だ。

まわりの空が
息苦しくなるほど
蒼く変わってゆく。
果てにあるものが闇であることは
周知の事実だよ。

さっきまでいた場所を見おろしたとき
きみは 
初めて
白になった父と母に気づくだろう。

初めて?
いいや、そうではあるまい。
生まれ変わる前から
そんなことは分かっていた
はずだ。

闇に潜むものの正体を
もう
きみは
じゅうぶん知っているね。
苦しみ、という言葉さえ
必要ないほど。

言葉が
言葉を脱ぎ捨てるとき
きみは
虹のうえに立ち
名もない光たちの母になるのだ。

今日
ぼくは
それを教えてもらった。

誰から? 


コンソメパンチの犬

  atsuchan69

だって夢に出てきたのだから仕方ないじゃない
まさか個人の夢にまでイチャモンをつける奴もいないだろう
で、そいつがさぁ。人間みたく二本足で走って
夜の街をぶらつくオイラの方へと身体を揺すりながら向かってきた
コワイなんてもんじゃない、現実にこんなもんが存在するんだ
ああ、夢の中だけど。
でもまあ夢の中では確かにリアルな設定になっている
そいつは突然襲ってきて噛みついたりはしなかったな
実際、2メートルを超えるトンデモなく巨大な縫いぐるみの犬なんだが
やっぱり夢の中では【本物の】生きたコンソメパンチの犬だった
オイラの眼の前には元気なナマ足のお姉ちゃんがさぁ
ハミケツのショートパンツ穿いて今そこに立っている、っちゅうのに
そいつのせいで声も掛けられないじゃねえかよ
しょうがねえな、今夜は諦めて温かオウチに帰ろうか

 かえりたい かえりたい あったかなんとか かえりたい

――っていうのもさ、
夢に出てきたフレーズなんだから許してくれよん、クレパス、色えんぺつ
それよりも紅い首輪のコンソメパンチの犬だ
なんでオイラに纏わりついて駅からの家路を一緒に歩いているんだよ?
Pコートの左ポケットを弄るとランチパックが一個入っているのに気付いた
オイラの好みはツナマヨネーズだ
おまえにやるよ、これやるから付いてくんなよ。コンソメパンチの犬よ
なぁ聞いてんのかよ え? イラナイってか
 
 ふと夜空を見上げると、
 シャーロット・オリンピアの厚底パンプスが何百足もの大編隊で飛んでいた
 色は不明だ サイズもわからない しかし自由奔放かつ洗練された独特なデザインが
 白々しい冬の闇に掻き消されるよーなことは‥‥ない、たぶん

それでとうとうコンソメパンチの犬が家までついて来やがッタ、
どうか夢に出てきたフレーズなのだから許してくれ キャント・バイ・ミー・ナントカ 
地球をあげるよ 世界をぜんぶあげる だからやらせてくれ お姉ちゃん、
玄関先にはニコール・キッドマンがいて今夜は鶏肉のガンボだと言った
おまえ、ちょと寄っていくか? よかったらメシ食べてゆけよ
オイラみたいな開拓民の家の食事っていえば、やっぱりブラウン色の田舎臭いガンボなんだな
ローラ・インガルスんちの夕食みたいだろ って知らないのかよ、大草原の小さな家
醤油かけるか? ガンボには醤油だろ 宇宙人なんだから。捕まった宇宙人といえば、たいがい醤油顔だしな。嘘だけど
おまえ犬だから知らないだろ、妻の実家キッドマン家は昔むかしはキッコ・ド・マン家と呼ばれていたんだ
それがある時を境に、キッコマン家とキッドマン家に分かれた‥‥
おいおい、アホな話なんか聞いてないで早く食えよ、早く食って 早く帰れ もっともっと醤油かけるか? 
ああ、それはテキサス・キャビア。ブラックアイドピーズとコーンのサラダみたいな‥‥
そいつはスタッフドポテト、ニコールの得意料理 なんか夢のくせに細部まで拘っているだろ
メシ食ったらオイラの部屋へ来い、見せたいモノがある
これだよ、がまかつ「インテッサG-IV」 リールはシマノ「ステラSW」。オイラ、レバーブレーキは苦手なんだ
 
 こんそめ こんそめ コンソメなんとか〜

結局、コンソメパンチの犬はオイラの家に泊まっていった
すこし早い朝、リビングへ行くとソファでやつが逆さに新聞を読みながらコーヒーを飲んでいる
「おはよう、コンソメパンチの犬」
するとやつは新聞に隠れた犬の顔を少しのぞかせて、こう言った。
「おはよう、と言ったからには‥‥これは夢じゃない。でも、これは夢じゃないと信じている君の夢の中の夢なのかもしれないよ」
たしかに。コンソメパンチの犬やらキッドマンの肖像権問題も含めてこれが夢の中の夢というのなら万事うまくゆく
妻はオーブンで温めなおしたオニオンパイと同じ皿にグリッツとベーコンエッグを盛った
よかったら、ここにオバマとか呼んで楽しい朝メシパーティとかをやらかそうか?
「いいね、それ。メイビー、グッドなアイディアかもしれないね」と犬が頷く
で、さっそくコンソメパンチの犬はホワイトハウスに電話する、やったァ、OKみたい!
「ついでにさぁ、キムとマフムードも‥‥あっ、そうそう。ビクトル・ボウトも呼ぼうか」
「じゃあ、普天間からオスプレイも呼ぶべきだ!」
床板を突き破ってジェットモグラに乗ったバージルが登場、木彫りの顔が妙に硬直したまま眉と口だけを動かして叫んだ
その時。眩しい閃光が激しい風と爆発音をかなり後に残して部屋中を強く照らした
するとたちまち、妻の顔に粥状のグリッツが付着し、運ぼうとしていた料理が宙に浮かんだ
そして壁が崩れるとかん高く怖ろしい鳴き声とともに隣村の身籠った原子炉から何かが生まれ、
新しい命と引き換えに周囲何十キロもの形あるカタチとすべての生けし生けるものとを消失させた
チェッ、産みやがった。これで2匹目だ オイラがそう言うと、顔中煤だらけの妻は「今度のは誰の子?」
あきれた風にそう言って、皿を放り投げると放射能の灰を被ったボサボサの髪を掻き毟った
「まあ、これは夢じゃないと信じている君の夢の中の夢の出来事だし」
コンソメパンチの犬は首のとれたバージルの人形を抱いて、笑いながらそう言った


  zero

夢の中で男と二人連れで歩いていた。河原に降りていくと一面のススキで、その間の小道をさらに河沿いまで下っていった。辺りはもう夕方に近く、光の濃度が高まっていた。「見なさい。」男は言った。「あなたの河原には石が一つもない。」言われてみるとその河原には砂しかなかった。「これはあなたが人を信じないからです。人を信じることに長く耐えていくことで、河は一つずつ長い流れに乗せて石を運んでいくのです。」確かに私は夢の中で人を信じることのできない若くて荒んだ人間だった。「人を信じることで、あなたのまわりにはいくつも重い石が置かれていく。もちろん裏切られることもあるでしょう。ですが、一度人と信じ合ったとき、そこではあなたが、自分の孤独を投げ捨て、傷つくことも恐れずに投げ捨て、閉じた心の重みを人生に分け与えた証明が、重い石として残るのです。」確かに私の河には重みをもったものが何一つもないようだ。私は心を閉ざすことで、傷つくまいとすることで、何一つ人生に重みをもたらすことができなかった。そして、河の石とは信じた相手の存在の重みでもあるだろう。私は自らの孤独の重みを投げ捨て、相手の存在の重みを受け取る、そういう信じ合いを積み重ねることがなかったため、私の河にはその証明としての石が一つもないのだった。「石に取り囲まれた、とりどりの重さで彩られた河が出来上がるとき、あなたは今よりもずっと重い涙を流すでしょう。そして今よりもずっと河の流れは急になり、いくつにも分かれていくでしょう。」私は思った。そうはいっても私が人を信じられないのは一つの堰があるようなもので、河の流れを途中でせき止めているものがあるせいだ。そもそもこの河は誰の河だったのだろう。私にはそもそも河を流すことすらできていないはずだ。ではいったい、この河は誰の河なのだろう。男は私の心を察するように言った。「あなたの河はちゃんと流れている。あなたの堰なんて本当はとっくに乗り越えてしまっているのです。あなたはそれに気づいていない。だから夢の中でしかこの河を見ることができないんです。」


『ブルーノート物語』

  

   ー序章ー

蟻塚を鉢に植え替えて
大き目のシューズを履いて散歩した
秋が秋を忘れるように
リクエストした曲が鳴っている
古材を組み合わせたゆかの上に立って
僕は草臥れたレコードジャケットの背にふれる
玉蟲色に恥かむ紅が揺れ
床につまずき転びそうになったママがいた

ふたりは
迷い猫を引き入れ
頭をなでた


21:19 2013/08/24

  はかいし

簡単だけど、これせこいだろ? なんて言っている場合じゃないんだ出版社さんが父さんするとかじゃなくて本当にまずいんがこれはそうどんな本を読んで何を得るのかってことは人それぞれなんだでもその人それぞれだからこそいいものができあがるだ日本人は職人型だろうでもそうじゃない西洋は反復系なんだ複雑なんだとにかくこれが日本語として読めなくたっていいんだ勢いだけあればいいんだサリンジャーがなんで受けたのか考えて欲しい要するに純粋だったからなんだピュアーだからなんだとかそういう問題じゃねえんだピュアーって言葉だってどんどん疑い尽くせるんだそうおれはこれで書くのは最後だとにかく●は勘弁してくれあれは本当にまずいんだあれを読んでは断じていけない俺がどこまで疑ったかなんて関係ないつまりあれをやるともう何もできなくなってしまうってことだから頼む偶然だろうけど俺はカナダで哲学の授業を受けて先生が頭を指さしてくるくる回してそれで気づいたんだけど頭がしびれてもう何もできなくなってしまうとかもうそういうことじゃなくてこれを読んで散々ダメ人間っぷりを発揮しているだなんて言うかもしれないけどそういうことじゃなくてとにかくこれだけ言ったらわかってくれるかなあと思うんだけどでもやっぱりわかってくれなくてとにかくこれだけのものは必ず芥川賞を取らなくちゃいけなくてなぜかっていうとぼくは疑うってことがどこから生まれたのかを発見したからででも疑うってうたをガウンでしょうそうでしょうそもそもすべてを疑うっていうのはそういうことじゃないんだそもそもすべてなんだからすもべもてもなくなるんだねえそうでしょうねえと問いかけても誰も跳ね返ってこないとかそうじゃなくて本当にこれやばいよ頼むノーベル賞カモンそう古典文献学者さんのうっかりでこれが済ませられるってことはないはずなんだとにかくこれを提出してルーク先生を殺してしまうかもしれない彼があんまりに頭を働かせすぎてそれでお腹を壊して頭をねじ込んでしまうかもしれないでもどこにどこだろうとにかくまずいんだこれは止めなくちゃいけないんだねえ日本人目覚めてくれよ新しき人よ目覚めよとかそういう話じゃないんだ別に新しい新人なんていっぱいあるはずだけどただこれだけはまずいってことを言っておかなくちゃいけないんだ禅とか哲学とかそういうことじゃなくてもうとにかく●主義だけは本当にいや主義じゃなくて●は一行足りとも読んじゃいけない●主義でわからなければ●からとって新しいで●からとって知恵でいいからもう頼むから●主義はやめてもしこの本のせいで●がバカ売れになってそれでもし第三次世界大戦が起こってしまったらどうするんだとかそういうことはいいからお前たち●が何を告げようとしているのかを理解した気になったらぜんぜん違うから頼む別にファイヤアーベントの影響とかそういうの関係ないんだだってあれ村上陽一郎の訳だしあの人原発賛成派らしいしでもそれでもぼくはあることに気づいてしまったんだそしてそのあることが●だったんだっていうか●じゃなかったんだっていうかまあとにかくなんでもいいけどなんでもよくない、別に俺がノーベル賞取らなくちゃいけなくてというわけではないけど業績的にはまあノーベル賞に間違いないだろう何しろなんで書くのかってことについて考えてるわけだからそれで結論はさまあ単純に金のためなんだでもそこで気を落とさないでくれだって書けなくなったら死んでしまうんだというよりは人間は生きている異常言葉を使うのが当たり前でそしてそれだからしゃべるわけででも喋れなくなったら死んじまうだろうそうそれがまずいんだぼくがきちんと考えられているかはわからないでもそもそもきちんとっていうのが付くこと自体やっぱりまずいんだこれはそして別に俺じゃなくっても他の作家が繰り返すことなんだそう何かしら進歩のための方法論みたいなのを立てようとすればいつだってぶつかる壁なんだ物語なんか捨てちまえ何もかも捨てちまえでも捨てたら何も残らない何も残らないってことは何かが残るってことではないんだ頼む本当にわかってくれそう実はこれは本当は断じて隠しきれないことなんだ別に永井均が間違っているとか中島がまずいとかそういうことではなくて本当にただこれだけはなんとかしないとなっていう問題でとにかく死ぬのはまずいんだ死なないで欲しいんだ書いてくれそう書くんだ何か言いたいことがあったら溜め込んじゃだめだそう書くんだ進歩なんかかなぐり捨ててでもそれはなぜなら進歩なんてことを本気で考え詰めてしまったら死んでしまうからだあの三島の異様な真面目さとかもうちょっとよーく考えて欲しいんだもちろんそのことについて考えて欲しいってことなんだけどおいこれだけ言ってもわからないかお前ら文体がどうとかそういうことじゃないんだ文体なんて概念にすぎないんだからしかもどっかのおっさんが勝手に批評のために作ったそれにすぎないんだどんなに死にたくなったとしても死んじゃダメだって言ったら伝わるだろうかネット上で知識人気取りが●を読めなんてことをつぶやいているのは一番危険だというかそもそもニヒリズムというのは文体の問題なんだというのがぼくの考えだけどそれもまたバラバラになっていくねえ古典文献学者さんとにかくアメリカの人でもいいけどカナダの人でもいいけど俺んとこに来てくれよそしたら話をしてあげるよ拙い英語だけどぼくはあることを知っているんじゃないというより知っていると知っていないとの違いじゃないそしてこれはもう一回しか出来ないことだとわかっているんだねえ君たち自分の真面目さそのものを疑ったことはあるかな真面目さは何でできているでしょうかって考えたことあるかなそう、そこなんだってことを言いたいんだけどもうその辺に科学とか宗教とかそういうテーマの固まりになりそうなものがいっぱい転がっているせいでそっちの方に目が行ってしまうんだよねそれでさ別に俺が書かなくたっていいんだよねでも俺が書かなくても確実に俺以外の誰かが書いてしまうことができる話なんだよねこれなんか素晴らしい才能を待っているとかあんたがた言うかもしれないけどとりあえず哲学書ってのは素人が手を出しちゃいけないってことをちゃんとわかって欲しいなそれを読んで厨二的な妄想にふけるのはあるかもしれないけどでも正直日本では●主義に対する注意がすごく薄れているよねそれは別に俺と同じ方法を取ればあっさり片付いてしまう話なんだけどでももし俺と同じ方法で書く奴がいたらさそれでわかっちゃうじゃんみんな生きるために方法ばっか探してるじゃん快楽を得るための方法それで例えば昔の人が書いた難しい話ってのはさもうネット上から消しちゃうべきなんじゃないかと思うんだあんまりやりすぎると危険だからそうきちんと哲学を勉強している人は●が危険なものだって知っているけど一般の人にはわからないからさだからネットで●を読めなんて言うやつぁ死んじまえばいいんだハイデガーを読めなんて言うやつぁお前らは言語の変遷というものを考えたことがあるのかあんなもん読んだってさっぱり理解できねえよいいかお前らと違って俺たちは認識の方法が全然違うんだよだってすぐにネットから情報引っ張ってこれるじゃないかああそう別に認識という言葉を使わなくたってできるんだもっと他の言葉に置き換えたっていいんだそれでもやっぱり●が野放しになってるのはまずいよねその辺に「●の言葉!」なんて本が老いてあるじゃない置いてあるけどさまあそれは●の安全な部分だけ取り出して使う分にはいいけどでもそれには限度があるってことを関節的にじゃない間接的に●は教えようとしているわけでとりあえずネットのみなさんあと文学をやっているネットのみなさん進歩なんてものはガセなんでやめましょうぼくが言ったやり方といってもぼくはやり方を説明するために何通りかの方法を使いましたがうんでも方法という言葉は疑えるからもう一回やり直そうと考える人はいないかもしれないとりあえずルーク先生本当にありがとうでも俺こんなの書いていいのかなひょっとするとルーク先生あなたには二度と会えないかもしれないぼくがこんなものを書いたせいでそしてまたルーク先生あなたもまた虚無の闇の中に落ちてしまうかもしれないぼくが悟ってしまったせいでそう簡単に言えばまあ繰り返しっていうのを認識するっていう方法論には限界があるっていうことなんだけどでもそれだけじゃなくてだって俺はこれを書く中でそもそも限界にぶち当たっているわけでとりあえず文学者さんぼくの考えの奇跡にじゃない軌跡に注目するべきだそして哲学書を読むべきではない専門家の指導なしにでもひょっとすると読んじゃった人がいるかもしれないそれである段階で「俺は神になれる」ってことに気づいてしまった人がいるかもしれないでもそれってやばいんだよね俺が言いたいのはそういうこといいかい言語は移り変わるんだ今日本では神という言葉を使っているけどネ申にわかれてどんどん離れていくかもしれない最終的に日本人が何かとてつもない言語を生み出して概念を生み出して世界の知を追い求める人々をこちらに呼び込むことになるかもしれないそうぼくが言った発展の方法というものをあらためて認識すればねでもダメだちゃんと言えない発展にあるパターンっていうものがあるでしょうそれを認識するそしてそれを取り出すそしてどうすれば次にいけるか考えて自分の国のところに当てはめてみるっていうパターンは延々と繰り返していくとまずいことになるんだどこかで行き詰まってしまうんだそこで書くことが終わってしまうんだでもなんで書くかって言ったらやっぱり自分の中に言葉を貯めときたくないからでしょうそう●もカフカも別に危険ではないんだ扱いさえ選べばただ何の考えもなしに読むのは本当に困る今ネット上にそういう人がいるんだ多分そのせいですごく右翼化するんだあれそもそも翼ってどこにあったっけ右だっけ左だっけていうかぼくが言いたいのはさ書くってことは宗教だってことなんだマジでメタメタフィクションとか言っている場合じゃないんだ俺は別に古今東西の詩を集めることもできるけどそういうことじゃないそしてこれは別に詩が危険だとか言いたいわけじゃないとりあえず田村隆一が言いたかったことをすごくよく考えた末ぼやっとしてるなっと思ったらいつの間にか見つかってしまったんだ要するに相対化ってのを押し進めていくとつまり客観視点つまりクールつまり真面目つまりクールそれをずっと続けていくと本郷にじゃない本当にクールになって完全に冷え切って死んでしまうってことなんだ何しろ書くことについて疑うってことはずっと書き続けるってことだから印刷機を使えばいいって言うかもしれないけどやっぱりそれも無理ね実験的なものがぼくたちに示してくれるのはさそう例えばレイモン・クノーとかもう名前からして苦悩の固まりっぽいけど俺はとりあえず最大までやってみるからその先へ進めってことなんだよ大事なことに気づかせてくれるんだよあのフライの批評理論だって同じことだ物語のパターンがあるだからそれを繰り返せどうしてかって言ったら本当は人間は物語なしには生きられないからなんだお前たちどうしてそのことに気づかないボルヘスにしても誰にしてもその時代を必死で生きてきたんだ目が見えなくなりながらも彼らが口にすることから何かを学ばなくちゃいけないでも学びすぎちゃうんだぼくたちはそうそしてすぐに限界がくるんだ本当はこれどこまで書き続けてもいいんだよね何故なら書くことについて疑うとはそういうことだからでも限界に近づいたときにそこから何かを学ばなくちゃいけないんだそしてぼくが得た結論は書くこと、これは人々を生かすためなんだってことそれは人々を喜ばせるってことただそれなんだでもそれだけじゃないねえネットのみんなもしすぐれた小説家というものを考えるなら例えばガルシア・マルケスの円環構造を考えなくちゃいけないあの円環構造はそれだけでじつは円環には限界があるってことを意味しているんだ今ぼくは物語を書いてはいない今ぼくは論理を書こうとしているそしてそこに限界があるということを教えようとしているでもそれだけじゃないぼくは全世界のみんなにこれを教え広めなくちゃいけないなぜって俺が言おうとしているのはある種の宗教だからね


  Kriya





憧れを追い駆ける時の虚しさ
その中でしか見つけられない理由(わけ)を求めていること
いつからか
僕の片手には孔が開いていた

その寒さの中で屈まっている君よ
なんて空疎で大きな足跡だろう
君はあの大きな木の幹に凭(もた)れ
どう足掻こうとも竦んでしまう脚を優しく叱るのだ

それは微かな震えだった
孔の中から聴こえる陰たちの叫喚
もうすでにここから果てしなく遠くへと離れているのに
その音はいつまでも 鳴り止む気配がない

しかし戸惑い足を止めてはいけない
小鳥たちの囀りに耳を傾け
その音を陰たちの叫喚に分解させれば
君は確かな幻を感じるだろう



漆黒な孔にはいつの日かの俤(おもかげ)が揺れている
君はそれを静かに見つめているけれど
ほんとうは恐くて目を逸らせられないんだ
君だけではないとは言えない君だけの俤

今は孔の無い方の片手を見つめてごらんとは言わない
もし見つめたとしても陰たちの囁きに怯えるだけだから
心の煩いが溶けて無くなるまで
片手に開いた小さな孔の様子を味わっておくのだ

味わっていると思想を俤に見抜かれ
動悸が若干激しくなった君は
凭れていた大きな木の幹を触り
混沌としている胸の内を撫で下ろした

大きな木の根に君は坐ると小声で呟いた
いつもみたいに生きています
君はそっと片手の小さな孔を撫でると
心の奥から大きな溜息を吐き救われたような表情を湛えて眠った



目が覚めると空に夕焼けが滲んでいた
君は服についている蟻を払い除けて立ち上がり
孔の開いた日から着々と前に進んでいる自分を確かに感じながら
大きな木から離れ草原を歩き家へ帰る

家に着いてからも片手の小さな孔の事を考える
まるで窓のようだと思った
こちらからは漆黒の孔として見えるが
その奥からは陰たちが君を見ているのだ

君は布団に身体を横たえた
その時に胸のあたりで何かが引き千切れる音がした
君は驚き 胸に手をあてる
すると片手の孔から何かの破片が出てきた

破片が出ると孔は塞がれていた
とても硬い石のような破片だった
君はそれを手の平に乗せると
迷いもなく口の中に入れ飲み込んだ


推敲日和

  ヨルノテガム




               一日目


  朝、窓をあけると小鳥が歌を
  虫も合わさり
  やおら家々も窓をあけ動き出す音。
  足跡をつけたら直ぐさま飛び立つのか
  多くの鳥がすれ違い
  とおくの嘆きや近くのニュースを
  全部ひっくるめて話し重ねていく
  賑やかなその信号が窓から吹き込んでくるようだ
  姿を見せず、生き物たちは
  朝の薄い影にどこかでひそんでいる



               二日目


  朝、少しだけ窓をあけると
  小鳥の歌が聞こえ 虫も合わさって鳴いて、
  やおら家々も雨戸をあけ動き出す物音がする。
  鳥たちは足跡をつけるまもなく
  直ぐさま飛び立ってしまうのか、忙しそうに戯れ
  通り過ぎたり別のが鳴いたりしてすれ違っていく
  姿は見えないが生き物たちは
  朝の薄い影のどこかにひそんで
  信号を交わしているようだ



               三日目


  朝、少し窓をあけると
  にぎやかな小鳥の歌が聞こえ、合わさるように虫も鳴き
  やおら近くの家々も雨戸をあける物音がする。
  鳥たちは足跡をつけるまもなく飛び立ってしまうのだろうか
  忙しそうに戯れ、通り過ぎては次々とすれ違っていくようだ
  わたしは目を閉じたまま
  姿の見えない生き物たちの交わす信号に耳を傾け
  どこかの薄い影にひそんでいる



 *


               0日目


  朝に窓をあけると
  小鳥が歌を
  虫も歌を
  どこか家々も動き始める音
  足跡をつけ すぐさま飛び立つ
  多くの鳥が違った声を重ねて交ざる
  とおい嘆きや近くのニュースを
  ひっくるめて話す
  窓から部屋へ吹き込んでくる声、音
  姿を見せない生き物は
  静かな朝に確かに咲いている




_


ロープと完璧な列

  織田和彦



真夜中の0時に
セルフのガソリンスタンドで
車の給油口に
ホースを突っ込んでいる人を見ていた

斜め向かいのローソンで
金髪に髪を染めた少年たちがたむろする
真夜中の307号線

ぼくはポケットに手を突っ込んで
マルボロに火を点けた

3日ぶりの煙草に頭がクラクラする
パッケージに見つめる
8ミリグラムの表示

若くて金が無く
行き場所が無かった頃

思いつめてよく夜の街に出た
田んぼの中に
コンビニの明かりしかない
田舎の街だ

犬のように信号のない道路を渡り
壊れかかった心が
胸からこぼれおちてしまわないよう
時々心臓を押さえた

10キロでも20キロでも歩いた
知り尽くした街の
何度も歩いた場所をぐるぐると

今はもう
同じことはできない
20年前に抱えた絶望は
ぼくの体の一部となり
新たな希望を産んだ

途絶えたDNAの一部は
まだ過去に生きている

まるで人生の修理屋さんのように
様々なパーツを抱えながら
こっちを見ている


訪問

  破片


きちんと丈の詰められたジーンズの裾から
生活が侵入してくる
足の向く先すべてに、
ぼくの虚像が立っている
冬至を迎える、その日まで
削り取られるだけの昼を辿っている
ねえ、その丘の上に
夕焼けが落ちてないですか

はじめに心を捏ねまわす
球体の表面を覆う繊毛が
ぼくたちなんだよ
風邪を引けば抜け落ち
痛みと共に血が流れる
目覚まし時計が鳴き喚いて
身体を起こすヒトの朝
窓から見える向かいの家が
恐ろしい速度で焼け崩れていくのを
ぼんやりと見ていられるのが
ぼくたちだ

涸れてしまった夜の鏡面に
支えを求める手は
ずっと虚空を掴んだまま
寝苦しさに開いた眼が
永遠に続くかもしれなかった黒の反射を
引きちぎる一粒の過去を捉えた
夢で見た一切のものを放り出して
明日という日を時の流れで繋ごうとする
最後の一粒を飲み下し
また上に重ねるように
たくさんの錠剤を空いた瓶に詰めるだろう
交錯が終わらないのだから

落としたものを拾い上げるために
つらくても朝、起き出すこと
海も街もそして夕焼けも
ぼくのものではないということ
ぼくたち、という
複数代名詞をつくるのが
ぼくだけだと、いうこと
ここに夕焼けはありませんでした
こま落ちした映像を見ているみたいに
今日が終わった

袖の隙間から手首を伝って
人の命が流れ込んでくる
葉を散らす過程を見せずに木は立ち枯れ
一つの生活が終わろうとしている
ここにはぼくしかいないけれど
うつろう星座の向こう側には
凍えた主格を封じ込めて巡る時代が
すぐそこまでやってきている


24時間ピル

  明日花ちゃん

ゴム付けるくらいなら
他の女で習ってね
あいにく今日は雨模様だから
いつもより身体が錆びつくに
渦に埋れた頭なんか胡桃みたいに割っちゃって
中からムシ出て来て欲しいの。
君、単純に迫って
たまに引き裂いて
その後すぐにイくって言うからはふぅ、
ありがとって思った
雨でジメった梅雨でも
爽やかな方法を生み出して
ダメならとことんダメ
貫く瞬間を染み込ませた臭いが
私の鼻を捻じってキャンディにしる
咲いていた文章はさよう
私は分娩台に乗る
ひぃひぃ。行ってらし
君になった気分で
無効にするための声を聞いていた
何がわかるかって
私は書けないんだろ。


アルバイトの女の子が言っていたよ

「キャンディは堪らなく甘い臭いで吐きそうになるから、
もっと世界がキャンディで溢れたらいいね。
いっぱい泣いて、疲れて、洪水が起きてさ、全部無くなるでしょう。
キャンディは誰かを黙らせる為に存在している訳だから、
死にたい人や吐きそうな人は特に必要かもしれない」ってデブが
風呂に沈んで溶けてしまえ。
死にたいならゴムとれよ

キスする前にガム噛んだガムどうする?
包み紙で丸めて形作ったこと、ある?
おにぎりの中身って怖くない?さわるな。
私の文章書く時間返せ。
返せ。返せ。返せ。、返してくれよ。
時間が無い、リアルに。
隣にいる寝相に触れたくない(慢性ストライキ)
シャワー行った方がいい(腫れているバスローブ)
環境破壊、反対。(男性的抗議)
めんどいから行かないで。(中がいいってトモダチ)



あ、でる。



死にたかったの、君


知らなかったよ


水溜り

  島中 充

うたを 水切りするひとに                 
私は 陸橋を通って 傘を返しに行く

さびしく おぼれた驟雨
私は 平泳ぎで泳いでいる
花柄の傘 
こころは折りたたんだまま
水を切って 返す

雨もあがり 急ぎ足にあゆむ
傍らの池の水があふれ 
アスファルトに鮒がはねる
みずごころとは 
水たまりで生きる 寂しいこころを
手のひらから 水に戻され 
あなたは 鮒になって
泳ぐ

詩の零れるあなたに
私は 陸橋を通って 会いに行く
幾万のひとたちに磨り減り 
階段にうすい水溜りができる
爪先立ったこころで 
水溜りに 転ぶ


火と水

  山人


火が燃えている、火はささやかに舞い、わずかな黒煙を伴い燃えている。
すでに燃え尽きようとしているその男は、小さなともしびに油を注ぐ。
日が燦々と差す部屋の片隅の小さな戸棚を開けると、油の瓶が並んでいる。
乾いた土毛色の喉に、ためらうこともなく、思考もせず、ただただ油を注ぐ。
火の食指が動き、油に引き寄せられ、火は鼓動を強め、赤く血流を促し、血は滾りその命はとめどなく火と共に乱れながら狂乱の宴を開始する。はらわたから油が噴出し、乾いた口は言語で濡れ、ぬらぬらと言語は男を包み込みその濁音と怒声が新たなる炎を引き寄せ舞い狂う。


かつて静かに水は流れ、健やかに時を育んだ。やすらかな闇と風の仄かな舞いが億年の岸壁の側面をなで、星屑はその間隙を埋めるようにかがやきだし、世界を包んだ。
世界はいま閉塞し、広がりをなくし、薄味の日毎を繰り返し、ただ時間とともに発泡している。根拠の裏側すらもなく、炎のように走る光線のような人々だけのために世界は存在し、吐き捨てられた生き物の発話さえも置き去りにされている。
 遠い水のささやき、貝殻の遠方から奏でられる響き、いつか水は意志を持ちあなたの頬をなでるのだろうか。

文学極道

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