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2011年07月分

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* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


THE SANDWITCHES’S GARDEN。

  田中宏輔




MELBA TOAST & TURTLE SOUP。
  カリカリ・トーストと海亀のスープの物語。



二年くらい前、ある詩人に、萩原朔太郎は好きですか、と尋ねられた。嫌な質問だった。というのも、
この手の質問では、たいていの場合、好きか、嫌いか、といった二者択一的な返答が期待されており、
それが、詩人の好悪の念と同じものであるか、ないかで、その後の会話がスムーズなものになったり、
ならなかったりするからである。しかも、彼は用心深く警戒し、先に自分の好き嫌いは言わないので
ある。好きではないですけど、別に嫌いでもありません。ぼくの返事を聞くと、詩人は顔をしかめた。


しきりに電話が鳴っていた。
                        (コルターサル『石蹴り遊び』28、土岐恒二訳)
まだうとうととしながらも
                 (プルースト『失われた時を求めて』囚われの女、鈴木道彦訳)
わたしは受話器をとりあげた。
                (ボルヘス『伝奇集』第I部・八岐の園・八岐の園、篠田一士訳)

自分の気持ちを正直に口にしただけなのに、詩人は不機嫌そうな顔をして黙ってしまった。唐突にさ
れた質問だったので、つい、正直に答えてしまったのだ。そこで、気まずい雰囲気を振り払うため、
ぼくの方から、でも、亀の詩は好きですよ、と言った。すると、彼は、人を疑うような目つきをして、
そんな詩がありましたか、と訊いてきた。ぼくは、ほら、あのひっくり返った姿で、四肢を突き出し、
ずぶずぶと水底に沈んでゆく、あの亀の詩ですよ、と言った。詩人はさらに眉根を寄せて首を傾げた。


ん?  
                  (タニス・リー『死の王』巻の一・第三部・六、室住信子訳)
電話の声は  
          (ロラン・バルト『恋愛のディスクール・断章』フェイディング、三好郁朗訳)
聞き覚えのある声だった。  
                         (ヘッセ『デーミアン』第七章、吉田正巳訳)

あとで調べてみると、朔太郎の「亀」という詩には、「この光る、/寂しき自然のいたみにたへ、/
ひとの心霊にまさぐりしづむ、/亀は蒼天のふかみにしづむ。」とあるだけで、逆さまになってずぶ
ずぶと水底に沈んでいく亀のヴィジョンは、ぼくが勝手に拵えたイマージュであることがわかった。
そういえば、大映の「ガメラ」シリーズで、バイラスという、イカの化け物のような怪獣に腹をえぐ
られたガメラが、仰向けになって空中を落下していくシーンがあった。その映画の影響かもしれない。


もしもし?  
                       (プイグ『赤い唇』第二部・第十回、野谷文昭訳)
空耳だったのかしら、  
                 (サリンジャー『フラニーとゾーイー』ゾーイー、野崎 孝訳)
ぼくはあたりを見まわした。   
                         (ヘッセ『デーミアン』第七章、吉田正巳訳)

ひと月ほど前のことだ。俳句を勉強するために、小学館の昭和文学全集35のページを繰っていると、
石川桂郎の「裏がへる亀思ふべし鳴けるなり」という句に目がとまった。裏返しになった亀が、悲鳴
を上げながら、突き出した四肢をばたばたさせてもがいている姿に、強烈な印象を受けた。そして、
海にまで辿り着くことができなかった海亀の子が、ひっくり返った姿のまま、干からびて死んでいく
という、より「陽の埋葬」的なイメージを連想した。熱砂の上で目を見開きながら死んでいくのだ。


壁に   
                     (トーマス・マン『トニオ・クレーゲル』高橋義孝訳)
絵が一枚かけてあった。  
                         (ヘッセ『デーミアン』第七章、吉田正巳訳)
死んだ父の肖像だった。   
                                   (原 民喜『夢の器』)

ここひと月ばかり、様々な俳人たちの句に目を通していったが、読むうちに、俳句の面白さに魅せら
れ、勉強という感じがしなくなっていった。とりわけ、村上鬼城、西東三鬼、三橋鷹女、渡辺白泉な
どの作品に大いに刺激された。鬼城の「何も彼も聞知つてゐる海鼠かな」という句ひとつにしても、
それを知ることで、ぼくの感性はかなり変化したはずである。穏やかな海の底にいる、一匹の海鼠が、
海の上を吹き荒れる嵐に耳を澄ましているというのだ。この静と動のコントラストは、実に凄まじい。


亡霊は生き返らない。  
                                   (イザヤ書二六・一四)
パパは死んじゃったんだ。ぼくのお父さんは死んでしまったんだ。
                   (ジョイス『ユリシーズ』10・さまよえる岩、高松雄一訳)
どこか別の世界にいるのだった。
                     (ル・クレジオ『リュラビー』豊崎光一・佐藤領時訳)

河出書房新社の現代俳句集成・第四巻で、鬼城を読んでいると、「亀鳴くと嘘をつきたる俳人よ」と
「だまされて泥亀きゝに泊りけり」の二句を偶然、目にした。次の日に、新潮社の日本詩人全集30を
めくっていると、これまた富田木歩の「亀なくとたばかりならぬ月夜かな」という、亀が鳴かないこ
とを前提として詠まれたものを見かけた。桂郎の句では、亀は鳴くものとして扱われていたが、別に、
亀が鳴くことには疑問を持たなかった。これまで、亀の鳴き声など耳にしたことはなかったけれど。


絵の
                       (ウィーダ『フランダースの犬』3、村岡花子訳)
唇が動く。
                          (サルトル『嘔吐』白井浩司訳、句点加筆)
父はわたしにたずねた。
                  (ズヴェーヴォ『ゼーノの苦悶』4、父の死、清水三郎治訳)

このように、亀が鳴くことを否定する句をつづけて目にすると、逆に、亀が鳴くことを前提とした句
が、数多く詠まれているのではないか、と思われてきた。そこで、歳時記にあたって調べることにし
た。角川の図説・俳句大歳時記・春の巻を見ると、「亀鳴く」が季語として掲げられていた。そこに
は、亀が鳴くものとして詠まれた句が、十あまりも載っていたが、前掲の木歩のものとともに、亀が
鳴かないものとして詠まれた、「亀鳴くと華人信じてうたがはず」という、青木麦斗の句もあった。


またかい。
                              (堀 辰雄『ルウベンスの偽画』)
同じ文句の繰り返しだ。
                          (セリーヌ『なしくずしの死』滝田文彦訳)
そこにはオウムがいるのかしら。
                (ヘッセ『クリングゾル最後の夏』カレーノの一日、登張正実訳)

講談社の作句歳時記を見ると、「カメには声帯、鳴管、声嚢もないので、鳴くわけはなく、俗説に基
づくものであるとされているが、かすかにピーピーと声を出すことはあるらしい」とあり、前掲の角
川の歳時記にも、「いじめるとシューシューという声を出すという」とあるが、「しかし、これらが
鳴き声といえるほどのものかどうかは疑わしい」ともあって、亀が鳴くとは断定していない。また、
教養文庫の写真・俳句歳時記には、「実際に鳴くわけではないが、春の季題として空想する」とある。


しかし、
        (ドストエーフスキー『カラマーゾフの兄弟』第一巻・第三篇・第三、米川正夫訳)
あのハンカチは一体どこでなくしたのかしら、
                  (シェイクスピア『オセロウ』第三幕・第四場、菅 泰男訳)
色は海の青色で
                           (梶井基次郎『城のある町にて』昼と夜)

動物の生態を歳時記で知ろうとするのは、間違ったことかもしれない。そう思って、平凡社の動物大
百科12を見ると、「一部のゾウガメの求愛と後尾にはゾウもねたむかと思われるほどのほえ声がとも
なうことがある」とあった。亀は鳴くのだ。しかし、前掲の句に詠まれたものは、大方のものが、沼
や池などに棲息する水生の亀であって、ゾウガメのような大型のリクガメではなかったはずである。
知りたいのは、昔から日本にいる、イシガメやクサガメといった亀が、鳴くかどうか、なのである。


これがまた
              (カミロ・ホセ・セラ『パスクアル・ドゥアルテの家族』有本紀明訳)
地雷を埋めた浜辺だった。
                    (ガデンヌ『スヘヴェニンゲンの浜辺』23、菅野昭正訳)
どこの浜辺もすべて地雷が埋めてある。
               (ガデンヌ『スヘヴェニンゲンの浜辺』7、菅野昭正訳、句点加筆)

文献に頼るのはやめ、京都市動物園に電話をかけて、直接、訊くことにした。以下は、飼育係長の小
島一介氏の話である。亀は鳴かない。たしかに、リクガメは、交尾のときや、痛みを受けたときに、
呼吸にともなって音を出したり、カゼをひいて、鼻水のたまった鼻から音を出したりすることはある。
しかし、それはみな、偶然に出る音である。おそらく、春の日にあたるため、水から上がってきた亀
たちが、人の気配に驚いて、トポトポトポと、水に飛び込む音を、「亀鳴く」としたのだろう、と。


そういえば、
                   (メーテルリンク『青い鳥』第四幕・第八景、鈴木 豊訳)
芥川龍之介が
                         (室生犀星『杏っ子』第二章・誕生・迎えに)
海の方へ散歩しに行った。
                       (ル・クレジオ『モンド』豊崎光一・佐藤領時訳)

トポトポトポが、亀の鳴く声とは、ぼくには思いもよらない、ユニークな見方だった。その光景は、
カゼをひいた亀が、ピュルピュルと鼻を鳴らす姿とともに、ほんとに可愛らしかった。電話を切って、
図書館に行くと、教育社の古今和歌歳時記の背表紙が目に入った。「実は呼吸器官である」とあった。
小学館の日本語大辞典・第三巻を繙くと、「これは鳴くのではなく、水をふくんで呼吸する音である
という」。で、また、何気なく歳時記を見ていると、ふと、「蚯蚓鳴く」という季語に目がとまった。


どうしてこんなにたくさん?
                  (ブルガーコフ『巨匠とマルガリータ』第I部、水野忠夫訳)
ほら、さわってごらん。
                  (ヒメネス『プラテーロとぼく』9・いちじく、長南 実訳)
何時かはみんな吹きとばされてしまふのだ。
                          (ポール・フォール『見かけ』堀口大學訳)


*



LAUGHING CHICKENS IN THE TAXI CAB。



学校の帰りに、駅のホームで電車が来るのを待っていると、女子学生が二人、しゃべりながら階段を
下りてきた。ぼくが腰かけてたベンチに、一つ空けて並んで坐った。「こんど、太宰治が立命に講演
しに来るねんて」「そやねんてなあ。あたし、むかしの人やと思てたわ」「どんな感じやろ」「写真
どおりやろか」。ぼくは、太宰のことを訊こうとしたが、思い直してやめた。声をかけるのもためら
われるぐらい、二人とも美人だったのだ。間もなく電車が来た。ぼくは、違う入り口から乗り込んだ。


彼女はどこに埋められたの?
                      (ナボコフ『ロリータ』第二部・32、大久保康雄訳)
ぼくのハンカチの中だ。
                  (エーリッヒ=ケストナー『飛ぶ教室』第四章、山口四郎訳)
迷わないように
                       (ホセ・ドノソ『夜のみだらな鳥』8、鼓 直訳)

去年の夏休みは、アキちゃんと、賀茂川の河川敷で、毎日のように日光浴してた。ぼくたち、二人と
も、短髪ヒゲの、どこから見ても立派なゲイなのだけど、アキちゃんは、さらにオイル塗りまくりの
フンドシ姿で、川原の視線を一身に集めてた。ぼくだって、カバのように太ったデブで、トランクス
一つだったから、かなり目立ってたと思うけど、アキちゃんには、完全に負けてた。自転車に乗った
子供たちが、アキちゃんのプルルンと丸出しになったお尻を指差して、笑いながら通り過ぎて行った。


妹と
                      (ロビン・ヘムリー『ホイップに乗る』小川高義訳)
いっしょに
                              (ノサック『弟』1、中野孝次訳)
古い歌を
                    (ナディン・ゴーディマ『釈放』ヤンソン柳沢由実子訳)

タクちゃんの部屋に遊びに行くと、テーブルの上に道具をひろげて、お習字の練習をしていた。つい
最近、はじめたらしい。タクちゃんは、ぼくのことをうっちゃっておいて、熱心に字を書きつづけた。
ぼくはベッドの端に腰かけて、「飛」という字を、メモ用紙にボールペンで書いてみた。一番苦手な
字だった。そう言って、ぼくが、ふたたび書いて見せると、書道の本を手渡された。見ると、ぼくの
書き順が間違っていたことがわかった。正しい書き順で書くと、見違えるほどに、きれいに書けた。


織り
          (スティーヴンソン『ジーキル博士とハイド氏』手紙の出来事、田中西二郎訳)
込んで
                        (モーパッサン『女の一生』十三、宮原 信訳)
おいたのだ。
                       (ポオ『盗まれた手紙』富士川義之訳、句点加筆)

夜中の一時過ぎに電話が鳴った。ノブユキからだった。一週間ほど前に帰国したという。親知らずを
抜くのに、アメリカでは千ドルかかると言われ、八百ドルで日本に帰れるのにバカらしいやと思って、
日本に帰って抜くことにしたのだという。保険に入ってなかったからだろう。それにしても、驚いた。
ぼくの方も、二日後に親知らずを抜くことになってたから。ぼくの場合は、虫歯じゃなくて、いずれ
隣の歯を悪くするだろうからってのが理由だったけれど。ノブユキの声を聞くのは、二年ぶりだった。


だが、それはもう
                           (サルトル『壁』伊吹武彦訳、読点加筆)
ここには
                       (マリー・ノエル『哀れな女のうた』田口啓子訳)
ないのだ。
                   (T・S・エリオット「寺院の殺人」第一部、福田恆存訳)

本って、やっぱり出合いなんだよね。先に、「ライ麦畑でつかまえて」を読まなくってよかったと思
う。サリンジャーの中で、一番つまらなかった。たぶん二度と読まないだろう。まあ、文学作品の主
人公というと、たいてい自意識過剰なものだけど、「ライ麦」の主人公に鼻持ちならにものを感じた
のは、その自意識の過剰さもさることながら、自分だけが無垢な魂の持ち主だという、とんでもない
錯覚を、主人公がしてたからだ。かつてのぼくも、そうだった。だからこそ、いっそう不愉快なのだ。


ずっと以前のことだ。
                     (ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』上、河島英昭訳)
ある晩、
                  (ズヴェーヴォ『ゼーノの苦悶』4・父の死、清水三郎治訳)
海がそれを運び去った。
                            (『ギルガメシュ叙事詩』矢島文夫訳)

エイジくんは、ぼくの横にうつぶせになって、背中に字を書いて欲しいと言った。Tシャツの上から
だ。直に触れられるより気持ちがいいらしい。書くたびに、エイジくんは、何て書かれたか、あてて
いった。ぼくが易しい字ばかり書くものだから、途中から、エイジくんが言う字を、ぼくが書くこと
になった。「薔薇」という字が書けなかった。一年ほど前のことだ。西脇順三郎の「旅人かへらず」
にある、「ばらといふ字はどうしても/覚えられない書くたびに/字引をひく」を読んで思い出した。


そうなんだ。
                 (シェイクスピア『ハムレット』第一幕・第四場、大山俊一訳)
ああ、海が見たい。
                        (リルケ『マルテの手記』第一部、大山定一訳)
バスに乗ろうかな。
                     (セリーヌ『なしくずしの死』滝田文彦訳、句点加筆)

lead apes in hell:女が一生独身で暮らすという句がある。猿を引き回すことが老嬢の来世での仕事
であるという古い言い伝えに由来し、エリザベス朝時代の劇作家がしばしば用いた、と英米故事伝説
辞典にある。イメージ・シンボル事典によると、老嬢は地獄で猿を引く、という諺が知れ渡っていた
らしい。シェイクスピアの『空騒ぎ』第二幕・第一場に、「地獄へ猿をひいて行かなくてはならない
のだ」(福田恆存訳)とある。「陽の埋葬」で、ぼくは、それを逆にした。猿が、ぼくを引くのだ。


そうすれば、
                          (ジュネ『ブレストの乱暴者』澁澤龍彦訳)
ぼくのハンカチが
                 (ギュンター・グラス『ブリキの太鼓』第III部、高木研一訳)
出て来るかと思って。
                (シュペルヴィエル『ロートレアモンに』堀口大學訳、句点加筆)

タカヒロがポインセチアを買ってきてくれた。昨年のクリスマスの晩のことだ。別れてから、八年に
なる。タカヒロが大学一年のときに、ふた月ほど付き合っただけだが、ここ一年くらい、電話で話す
ようになった。いま付き合ってる相手が、京都だというのだ。卒業すると、タカヒロは東京の会社に
就職した。ぼくのところに寄ったのは、ついでだった。コーヒーを淹れたあと、養分になると思って、
その豆の滓を鉢の中に捨てた。二日もすると、白い黴が生えた。何度捨てても、同じ白い黴が生えた。


このバスでいいのだろうか?
                   (ナボコフ『キング、クィーンそしてジャック』出淵 博訳)
あゝ、いゝとも。
                    (モリエール『人間嫌い』第一幕・第一場、内藤 濯訳)
お前も来るかい?
                              (ジュネ『泥棒日記』朝吹三吉訳)

毎日のように葵書房という本屋に行く。すぐ近所なので、日に三回行くこともめずらしくない。この
間、ジミーと行った。彼はオーストラリアから来た留学生で、大学院で日本文学を専攻している。二
階の文芸書コーナーで、彼が新潮日本文学辞典を開いて見せた。コノ人、田中サンノ先生デショウ?
そう言って、彼は指先をページの右上にすべらせた。そこには見出し語の最初の五文字が、平仮名で
書いてあった。田中サンノ先生だから、おおおかまナノデスカ? それを聞いて、ぼくは絶句した。


ハンカチを
                         (モーパッサン『テリエ館』2、青柳瑞穂訳)
浮べて、
                       (ラディゲ『肉体の悪魔』新庄嘉章訳、読点加筆)
海はまた別の物語を語る。
                   (J・シンガー『男女両性具有』I・第七章、藤瀬恭子訳)

温泉の番組で、レポーターが、卵が腐ったような臭いがするって言ってた。彼女は、卵が腐った臭い
を嗅いだことがあるのだろうか。この間も、ニュース番組で、アナウンサーが、あるものが雨後の筍
のように生えてきましたって言ってたけど、彼が実際に雨後の筍を観察したことがあって言ったとは
思えない。卵が腐ったような臭いも同じで、現実に嗅いだことがあって言ったとは思えない。ゆで卵
の殻を剥くと、すごく臭いことがある。卵が腐ったような臭いと聞くと、ぼくは、これを思い出す。


海はもう
                       (トーマス・マン『ヴェニスに死す』高橋義孝訳)
ハンカチを
                    (サングィネーティ『イタリア綺想曲』99、河島英昭訳)
少しずつほどきはじめていた。
                (トランボ『ジョニーは戦場へ行った』第一章・3、信太英男訳)


*



STRAWBERRY HANDKERCHIEFS FOREVER。



『英米故事伝説辞典』で、「handkerchief」の項目を読んでいると、こんな話が載っていた。「ハン
カチの形はいろいろあったが、四角になったのは、気まぐれ者の Marie Antoinette 王妃がハンカチ
は「四角のがよい」といったので、 Louis XVI が1785年「朕が王国の全土を通じハンカチの長さは
その幅と同一たるべきものとす」という珍しい法令を布告した」というのである。「四角」といえば、
前川佐美雄の「なにゆゑに室は四角でならぬかときちがひのやうに室を見まはす」が思い起こされた。


置き忘れられた
               (ボルヘス『伝奇集』第I部・八岐の園・円環の廃墟、篠田一士訳)
写真をとりあげると、
                    (ヴァン・ダイン『カナリヤ殺人事件』16、井上 勇訳)
海だった。
                        (パヴェーゼ『月とかがり火』3、米川良夫訳)

この項目には、もうひとつ、面白い話が載っていた。ハンカチが、フランスの宮廷内で流行したのは、
Napoleon I の妃 Josephine (1763-1814)が「前歯が欠けていたので、微笑するときなど、これを
隠すためにハンカチを用いた」からである、というのだ。ノブユキは、笑うとき、女の子がよくする
ように、手で口元を隠して笑った。歯茎がぐにっと見えるからだった。たしかに、見事な歯茎だった。
with handkerchief in one hand sword in the other:片手にハンカチ、片手に剣という成句がある。


一度も、その海を見たことがなかったけれど、
                      (ユルスナール『夢の貨幣』若林 真訳、読点加筆)
長いあいだ、眺めていた。
            (ズヴェーヴォ『ゼーノの苦悶』6・妻と恋人、清水三郎治訳、読点加筆)
なぜ、海の眺めは、かくも無限に、また、かくも永遠にこころよいのか。
                   (ボードレール『赤裸の心』三〇、阿部良雄訳、読点加筆)

不幸に際して悲しみを表わす一方、それに付け込んで儲けを企む、といった意味である。ハンカチが(1)
悲しみの象徴として用いられている例に、芥川龍之介の「手巾」がある。ある婦人が、自分の息子が
死んだことを告げに、主人公宅を訪れたときのことだ。件の話に触れる婦人の様子に悲しげなところ
が少しもないことを不審に思っていた主人公が、偶々、婦人が膝の上で手巾を両手で裂かんばかりに
して握っているのを目にして、その婦人が実は全身で泣いていたということに気づくという話である。


忘れていたことを想い出そうとして、
                  (シェイクスピア『マクベス』第一幕・第三場、福田恆存訳)
ほどけかかった
                       (トーマス・マン『ヴェニスに死す』高橋義孝訳)
ハンカチの隅をつまみ上げてみた。
                      (ディクスン・カー『絞首台の謎』10、井上一夫訳)

ハンカチが悲しみの象徴となることは、涙をふくときに使われることから容易に連想される。「突然
わたしは、自分の目に涙が溢れ出るのではないかと恐れた。わたしは人前を取り繕うために叫んだ。
/「目にレモンのしぶきがはねたんです」/わたしはハンカチで目をふいた。」「あのときハンカチ
のかげで感じたあの憂鬱さをわたしはけっして忘れることができない。それはわたしの涙をかくした
ばかりでなく、一瞬の狂気をもかくしたのだ。」「わたしはハンカチを顔から放して、涙ぐんだ目を


あの海が思い出される。
                (プーシキン『エヴゲーニイ・オネーギン』第一章、金子幸彦訳)
すさみはてた心は
                      (レールモントフ『悪魔』第一篇・九、北垣信行訳)
あらゆることを、つぎつぎと忘れ去るのに、
                      (ナボコフ『ロリータ』第二部・18、大久保康雄訳)

他人の面前でさらけ出した。わたしはむりにつくり笑いをしてみんなを笑わせようと努力した。」こ(2)
の滑稽かつ悲惨な場面は、ズヴェーヴォの「ゼーノの苦悶」の中で、もっとも印象的な箇所だった。
コントなどで、男の子が女の子を呼びとめて、その娘が落としてもいないハンカチを(つまり、男の
子自身の持ち物を)手渡そうとする場面を目にすることがあるが、その起源は、「愛の印として、男
性が女性に贈ったり」、「女性が男性にさりげなく落として拾わせたりした」という、一六世紀頃の(3)(1)


ハンカチをプレゼントしたの
                   (トルーマン・カポーティ『誕生日の子供たち』楢崎 寛訳)
おぼえてるかい?
                       (コクトー『怖るべき子供たち』一、東郷青児訳)
そう言って
               (シェイクスピア『リチャード三世』第四幕・第四場、福田恆存訳)

風習にまで遡る。この風習は、drop (throw) the handkerchief to:意中を仄めかす、気のあること(1)
を示す、という成句の中に引き継がれている。しかし、また、ハンカチを「恋人への贈り物にするの(4)
は、離別のもとになるとして避けられる」ともあり、「むやみに贈与してはいけない」ものともいう。(5)(1)
シェイクスピアの「オセロウ」の初演は一六〇四年である。その頃には、ハンカチは一般に普及して
いた。「愛の印」であったハンカチが、オセロウをして嫉妬に狂わせ、彼の最愛の妻デズデモウナを


指を離すと、
             (アイザック・アシモフ『銀河帝国の興亡1』第II部・7、厚木 淳訳)
ハンカチは床に落ちた。
            (ソルジェニーツィン『煉獄のなかで』下巻・82、木村 浩・松永緑彌訳)
彼女はハンカチを拾いあげようとはしなかった。
                       (ボリス・ヴィアン『日々の泡』52、曾根元吉訳)

死なしめたのである。それは、苺の刺繍が施された一枚のハンカチだった。苺にハンカチ、といえば、(6)
シュトルムの『みずうみ』にある「森にて」の場面が思い出される。苺は聖母マリアのエンブレムで(7)
あり、ハンカチを聖骸布(キリストの遺骸を包んだ亜麻布)、或はヴェロニカの聖顔布に見立てると、
ハンカチに包まれた苺の構図は、キリストに抱かれた聖母マリアの図像、すなわち、「逆ピエタ」と
なる。「包む」は、「みごもる」という語にも通じ、イヴを「みごもった」アダムの姿を髣髴させる。


どうしてあのときハンカチを床から拾わなかったのだろう?
            (ソルジェニーツィン『煉獄のなかで』下巻・84、木村 浩・松永緑彌訳)
まだ百年はたっていなかったが、
                  (ボルヘス『伝奇集』第II部・工匠集・刀の形、篠田一士訳)
まだそこにあるだろうか?
                    (ガデンヌ『スヘヴェニンゲンの浜辺』1、菅野昭正訳)

tie a knot in a handkerchief:(何かを忘れないために)ハンカチに結び目をつくる、という成句(8)
がある。かつての呪術的な風習の名残であろうか。『フランス故事ことわざ辞典』を繙くと、Nouer
l'aiguillette.:飾り紐を結ぶ、といった成句もあった。解説に、「ある特定の文句をとなえながら、
飾り紐に三つの結び目をつくる。この詛いの作法は憎い相手の縁談をぶちこわすために、嫉妬になや
む男や捨てられた女が行なった」とある。「人の結婚をさまたげるために詛いをかけた」というのだ。


海の上に
                           (アンリ・ミショー『氷山』小海永二訳)
コーヒーを
                    (ヴァン・ダイン『カナリヤ殺人事件』18、井上 勇訳)
注いだ。
                   (ロジャー・ゼラズニイ『砂のなかの扉』6、黒丸 尚訳)

処刑の際などに、流れ出た血をハンカチに染み込ませて、記念のために取っておくという風習がある。
ルイ16世が処刑されたあと、断頭台の柳行李が首斬り人の馬車によって運ばれていたときのことであ
る。それが、偶然、馬車の上から転げ落ちると、たちまち人々が群がって、自分たちの下着やハンカ
チなどを擦りつけていったという。そのため、そこらじゅう、何もかもが血まみれになったという。(9)
シェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』第二幕・第二場、第三幕・第二場に、このような風習が


合い言葉は?
                    (シュニッツラー『夢小説』IV、池内 紀・武村知子訳)
波だ。
      (ピーター・ディッキンソン『エヴァが目ざめるとき』第二部、唐沢則幸訳、句点加筆)
涙?
            (マルグリット・デュラス『モデラート・カンタービレ』8、田中倫郎訳)

あったことを示唆するセリフが出てくる。貴族の血をハンカチに浸して、記念にとっておいたらしい。
『ヘンリー六世』の第三部・第一幕・第四場には、一四六〇年十二月三〇日のウェイクフィールドの
戦いの際に、ヨーク公が敵方のマーガレット王妃に、自分の息子のラトランドの血に浸されたハンカ
チを突きつけられ、それで涙をふくように迫られる場面がある。血に染まったその布切れの経緯につ
いては、『リチャード三世』の第一幕・第三場や第四幕・第四場のセリフの中でも触れられている。


涙が頬を伝った。
                       (サルトル『一指導者の幼年時代』中村真一郎訳)
去って行った者は、美しい思い出になる。
         (トム・レオポルド『君がそこにいるように』水曜日、岸本佐知子訳、読点加筆)
電話をかけようか、やめようか?
            (ソルジェニーツィン『煉獄のなかで』上巻・1、木村 浩・松永緑彌訳)

シェイクスピアの『冬の夜語り』第五幕・第二場に、ハンカチが、形見の一つとして挙げられている。
形見の品というものが、呪術的な事物になり得ることは言うまでもない。それに持ち主の血がついて
いたりすると、なおいっそうのこと、呪術性が増すであろう。竹下節子の『ヨーロッパの死者の書』
第四章に、キリスト教初期殉教者たちの「殉教で流した血に浸した布」が聖遺物となって、「人々の
病の治癒などに効験」があるとされたり、「信仰の中心に据えられるようになった」という件がある。


留守番電話の声は
              (ダイアン・アッカーマン『「感覚」の博物誌』第四章、岩崎 徹訳)
祈りの言葉を繰り返した。
                (グエン・クワン・テュウ『チュア村の二人の老女』加藤 栄訳)
よく記憶しているのだ。
                 (ターハル・ベン=ジェルーン『砂の子ども』17、菊地有子訳)

この起源は、ハンカチではなく、血でもって、さらに遡ることができよう。フレイザーの『金枝篇』
第二十一章・四に、霊魂が宿るという血に対する畏怖の念から、血のついたものがタブー視されたり、
神聖視されたりしたとある。出エジプト記にある過越の祭りなど、聖書の様々な記述が思い出される。
東條英機が、逮捕直前にピストル自殺を図ったときにも、CIC(防諜部隊)の逮捕隊とともに部屋
に駆け込んだ外人記者のなかに、ハンカチをその血糊に浸して土産として持ち帰った者がいたという。(10)


次に生まれ変わるときには
                  (トム・レオポルド『誰かが歌っている』18、岸本佐知子訳)
波となって
                      (フォークナー『サンクチュアリ』25、加島祥造訳)
生まれでるのだよ。
                   (ホーフマンスタール『詩についての対話』富士川英郎訳)

(1)学習研究社『カラー・アンカー英語大事典』(2)第五章、清水三郎治訳(3)平凡社『大百科事典』(4)
角川書店『スコットフォーズマン英和辞典』(5)三省堂『カレッジクラウン英和辞典』、以上、ここまで、
辞書の類は、handkerchief、或はハンカチーフの項を参照(6)第三幕・第三場、菅 泰男訳(7)大修館書店
『イメージ・シンボル事典』(8)研究社『新英和大辞典』knotの項(9)ルノートル/カストロ『物語フラ
ンス革命二・血に渇く神々』二、山本有幸編訳(10)ロバート・ビュートー『東條英機(下)』木下秀夫訳。



*



TWIN TALES。



『ジイドの日記』を読んでいて、ぼくがもっとも驚かされたのは、友人であるフランシス・ジャムに
ついて、ジイドがかなり批判的に述べていることだった。ジャムがいかに不親切で思い上がった人間
か、ジイドは幾度にも渡って書き記している。詩人としての才能は認めていたが、公平な批評能力も
なく、他人に対する思いやりにも欠けていると考えていた。もしも、田中冬二が、『ジイドの日記』
を読んでいたら、ぼくたちが「フランシス・ジャム氏に」という詩を目にすることはなかっただろう。


何か落としたぞ、ほら、きみのだ。
                       (ナボコフ『ベンドシニスター』1、加藤光也訳)
たしかに、
                            (ラディゲ『肉体の悪魔』新庄嘉章訳)
僕のものだった。
                            (ラディゲ『肉体の悪魔』新庄嘉章訳)

蜂の巣つきの蜂蜜を食べた。北山通りにある輸入雑貨屋で買ってきたものだ。四角いプラスチックの
箱の中にぴったりおさまって入っていた蜂の巣は、五センチくらいの高さの四角柱で、上から覗くと、
数多くある小さな六角形の、どの穴ぼこの中にも、黄金色に輝く透明な蜂蜜がたっぷりつまっていた。
ペティーナイフで切る蜂の巣はとてもやわらかかった。巣をつぶして食べるようにと書いてあったが、
ウェハースの形に切り取って食べた。食べかすを噛んでいると、ガムを噛んでいるような感じがした。


小波(さざなみ)の渦が
                       (ナボコフ『ベンドシニスター』1、加藤光也訳)
ハンカチを巻いて
                       (コクトー『怖るべき子供たち』1、東郷青児訳)
すうっと消える。
                        (リルケ『マルテの手記』第一部、大山定一訳)

三年くらい前のことだ。テネシー・ウィリアムズの『欲望という名の電車』を読んで、びっくりした。
第五場に、スタンリーが山羊座で、ブランチが乙女座であると書いてあったのだ。当時、付き合って
いたノブユキが乙女座で、ぼくが山羊座だった。ノブユキの姓が、ぼくと同じ「田中」であるという
ことを知ったときよりも、びっくりさせられた。そういえば、『大工よ、屋根の梁を高く上げよ』を
読むと、ぼくが好きなサッフォーを、サリンジャーも好きなことがわかる。彼もまた山羊座だった。


花のように
                                (ヘッセ『詩人』高橋健二訳)
ハンカチは
                       (サルトル『一指導者の幼年時代』中村真一郎訳)
ほどけてゆく。
                          (サド『美徳の不運』前口上、渋澤龍彦訳)

高校二年の夏だ。以前から憧れてた先輩の安藤さんに、俺んちに泊りに来いよって言われた。試合を
見てるときなんか、だれにもわからないように、お尻をさわられたりしてたから、先輩も、ぜったい
に、ぼくのことが好きだと思ってた。寝る前に、先輩がトイレに立ったとき、ベッドの横にごろんと
なって、腕を伸ばした。すると、指の先に触れるものがあった。SM雑誌だった。グラビアだけ見て、
元の場所に置いて先輩を待った。先輩が戻ってきたとき、ぼくは目をつむって眠ったふりをしていた。


ひかりと波のしぶきのために、
                           (カミュ『異邦人』第一部、窪田啓作訳)
目をさました。
                 (モーリヤック『蝮のからみあい』第一部・一0、鈴木建郎訳)
眼がさめた時には、なんの記憶もなかった。
                            (モーパッサン『山小屋』杉 捷夫訳)


*



ぼくが住んでるワンルーム・マンションの隣に、「カフェ・ジーニョ」という名前の喫茶店がある。
喫茶店なんて言うと、マスターは怒って、うちはバールですよって言うんだけど、どう見ても、喫茶
店って感じだから、つい、喫茶店って言ってしまう。で、そこでバイトしてる高校生のミッちゃんに
訊いてみた。こんど知り合った男の子が、俺の欲しいのは身体じゃないんだって言うんだけど、どう
思うって。すると、こんな答えが返ってきた。メンドクサイのが好きなのねって。ぼくもそう思った。


ぼくは
                       (サルトル『一指導者の幼年時代』中村真一郎訳)
花びらが
                           (カミュ『異邦人』第一部、窪田啓作訳)
海に落ちてゆくのを見つめていた。
                       (ナボコフ『ベンドシニスター』4、加藤光也訳)

この前、タクちゃんちで食事をしてると、突然、彼が、「corpus」って、死体って意味があるんだけど、
キリストって意味もあるのよって言った。ぼくが、へえって言うと、クリスチャンの彼は、ぼくの目
の前に祈祷書を突き出して、ここに、真の御体をほめたたえよ、ってあるでしょ。これをラテン語で、
「ave verum Corpus」って言うのよ。ave はほめたたえる、verum は真に、Corpus はキリストって意
味ね。じゃ、仏といっしょだよねって、ぼくが言った。マホメットのことは、二人とも知らなかった。


ページをめくると、
                      (ジイド『贋金つかい』第一部・十二、川口 篤訳)
海だったのだ。
                        (モーパッサン『女の一生』十三、宮原 信訳)
ふと本から眼を上げた。
                            (カフカ『審判』第一章、原田義人訳)

北大路橋を渡っていると、ぼくの肩の上に、鳩が糞を落とした。びっくりした。買ったばかりのジャ
ケットなのに、と思って見上げると、いつものように何十羽もの鳩たちが電線の上にとまっていた。
西岸の河川敷で、ひとりの老婆が、コンビニなどで手渡される白いビニール袋の中から、パンくずを
取り出して撒きはじめた。すると、頭の上の鳩の群れがいっせいに飛び立ち、撒かれた餌のところに
舞い降りていった。通勤の途中だったので、着替えに戻るわけにもいかず、そのまま駅に向かった。


テーブルの上に
                             (サルトル『部屋』二、白井浩司訳)
ハンカチが
                       (ジイド『贋金つかい』第三部・九、川口 篤訳)
たたまれて置かれてあった。
                    (リルケ『オーギュスト・ロダン』第一部、生野幸吉訳)

ブチブチ、ブチブチ、踏んづけてる、これ、何の音って訊くと、ショウヘイがカエルだよって教えて
くれた。大粒の雨が激しくフロントガラスに打ちつけている。ぼくが電話をかけたときには、十一時
を過ぎていた。恋人にふられたんだって言うと、彼は車を出して、ぼくのいたところまで迎えに来て
くれた。彼は黙ったまま、琵琶湖まで車を走らせた。真夜中のドライブ。ブチブチとつぶれるカエル
の音に耳を澄ましながら、昔付き合ってた恋人の横顔を眺めていると、ふと、映画のようだと思った。


さわってごらん、ずぶぬれだ──
                            (カフカ『審判』第六章、原田義人訳)
波に運ばれて
                       (ジイド『贋金つかい』第一部・二、川口 篤訳)
ふたたび生まれ変ったのだ。
                        (ジイド『地の糧』第一の書・二、岡部正孝訳)


*



SAY IT WITH FLOWERS。



何年か前に、詩を放棄したいと思ったことがある。「運命によって芸術の牢に投げこまれたものは、
もはやそこからのがれることはできない。」(川村二郎訳)と、『ウェルギリウスの死』の第II部に
ブロッホが書きつけている。恋人にふられそうになると、自分の方から先にその恋人をふってしまう
という、何とも浅ましい性格のぼくである。詩がぼくを放棄する前に、ぼくの方から詩を放棄しよう
かなと思ったのである。おまえなんか、はなっから見放されてんじゃないのって言われそうだけど。


一匹の猿が
                        (リルケ『マルテの手記』第一部、大山定一訳)
花に見惚れている。
                   (ゴーリキイ『レオニード・アンドレーエフ』湯浅芳子訳)
夢を見ているのだ。
                             (リルケ『愛と死の歌』石丸静雄訳)

ホラティウスだったよね。「詩が書けないときは、そのこと自体を書け」って言ってたのは。でも、
それって、とてつもなくむずかしいことだと思わない? もしかしたら、詩を書くことより、ずっと
むずかしいことかもしれないよ。だって、ただ書けない書けないって書いてくわけにもいかないだろ。
なんで書けないのかってことを書かないと、文学にならないし。まっ、文学でなくても、面白ければ
いいんだけどね。もちろん、面白いものかどうかってことは、読み手が判断することなんだけどね。


なにがそうさせるのだろう?
             (ウィリアム・カーロス・ウィリアムズ『春とすべて』19、河野一郎訳)
その獣は
                     (ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』上、河島英昭訳)
痩せた、慄(ふる)える手を差し伸べた。
                 (ロート『ラデツキー行進曲』第三部・第十八章、柏原兵三訳)

問題は形式ではない。統覚力である。ばらばらに散らばった情報を組織化し、秩序立てて、一篇の詩
に仕上げていく力が問題なのである。作品を構成しようとする意志の力と、その意志にしたがって構
築していく技術の力が、詩の緊密度を決定する。稚拙さや破綻が、芸術的効果を有することがあるが、
それもまた、すぐれた統覚力によってもたらされたものである。その場合には、逆説的だが、統覚力
が大いに発揮されてもなお払拭できなかった稚拙さや破綻が核となり、作品が結晶化するのである。


なんだって花をむしるんだい?
                              (ガルシン『赤い花』小沼文彦訳)
知らない。
                   (マリー・ノエル『お前の場所を探しに行け』田口啓子訳)
知っちゃいないさ。
                        (コルターサル『石蹴り遊び』41、土岐恒二訳)

ぼくを好きな子は、みんな猫が好きだ。猫を好きな気持ちと同じ気持ちで、ぼくのことも好きになる
のかもしれない。といっても、ぼくが猫に似てるわけじゃないだろうけど。愛することって、どんな
ことか、ぼくには、よくわからない。でも、よくわからないからこそ、考えられる。そんな気がする。
Tacoma にいるノブユキから手紙が届いた。引っ越し先の部屋の様子が書かれてあった。どの窓からも
空が見えるという。べつに不思議なことでもなんでもないのだけれど、ぼくのこころを穏やかにする。


そういえば、
                   (メーテルリンク『青い鳥』第四幕・第八景、鈴木 豊訳)
いったいどこへ行ってしまったのか?
                          (ベールイ『銀の鳩』第I部、小平 武訳)
哀れな小さなハンカチよ、
                      (ギー・シャルル・クロス『あの初恋』堀口大學訳)

小学生のころは、画家になることが夢だった。というのも、四年生のときに、動物園で描いた絵が、
市が主催する小学生対象の絵画コンクールで、金賞を受賞したからだ。朝礼の時間に名前を呼ばれて
壇上にのぼり、晴れがましく賞状を受け取ったときの、あの感激が忘れられなかったためだろう。他
の生徒たちから浴びた羨望の眼差しも、すこぶる気持ちよかった。ぼくの絵は、檻の中の水溜まりに
映った豹の姿を描いたものだった。鉄格子越しの水鏡に映った豹の貌は、ほんとにさびしそうだった。


ハンカチをほどくと、
                       (ル・クレジオ『モンド』豊崎光一・佐藤領時訳)
そのたびに
                          (パヴェーゼ『ヌーディズム』河島英昭訳)
生まれかわる。
                  (ギュンター・グラス『ブリキの太鼓』第II部、高本研一訳)

べつに歯が悪かったわけじゃないけど、右奥歯のブリッジの具合がよくなかったので、近所の歯科医
院に行って診てもらった。ブリッジと歯の間に隙間ができて、そこに歯垢が溜まって虫歯になってい
たという。四十代半ばぐらいの温厚そうな歯科医は、麻酔を一本打つと、ドリルで歯をガリガリと削
りはじめた。すると、突然、イイイッと、激痛が走った。すぐに麻酔を何本か打ってもらったけど、
痛みは収まらなかった。あまり効かない体質らしい。一時間半の間、拷問されてたような感じだった。


ほどいてもらいたいかね?
     (クローデル『クリストファー・コロンブスの書物』第二部・三、鈴木力衛・山本 功訳)
また苦しむためにかい?
                         (ゴーリキイ『どん底』第四幕、中村白葉訳)
もちろん。
         (トーマス・マン『ブッデンブローク家の人びと』第一部・第八章、望月市恵訳)

渋澤龍彦の本は、パパが好きでたくさん集めてた。『血と薔薇』なんて本も、書斎の本棚に何冊か並
んでた。パパは、実行の伴わない、いわゆる思想ホモだった。『薔薇族』や『さぶ』といったゲイ雑
誌を毎月かかさず買ってた。ママは、それをパパの些細な趣味と見なして、何とも思っていなかった
みたいだ。まさか、ぼくが盗み読みしてるなんて考えもしなかっただろうけど。渋澤の文のなかで、
とくに、ぼくが好きなのは、「象はさびしいところで交尾する。」という、アリストテレスの言葉だ。


と、誰かの足音が聞えてきた。
                      (ホーフマンスタール『アンドレアス』大山定一訳)
半開きになっていた扉のほうへ振りかえった。
                       (アンリ・バルビュス『地獄』V、田辺貞之助訳)
父はそこにはいなかった。
                     (ウィリアム・ブレイク『迷った男の子』土居光知訳)

ノブユキとは、河原町にある丸善で出会った。一九九一年の夏、八月十日の土曜日、夕方五時ごろの
ことだった。これまで見てきたものの中で、いちばん美しいと思うものは、なあに? ゼラズニイの
『ドリームマスター』1の中にあるセリフだ。好きになった子には、かならず訊くことにしている。
わからない、というのが、ノブユキの返事だった。どれが、いちばんか、決められないからだという。
猫に話しかけながら、ノブユキは電話をする。多数決すると、いつも、二対一で、ぼくの負けだった。


そのさきは、またしても海だ。
                          (ソレルス『公園』岩崎 力訳、読点加筆)
かぎりなく、もつれたりほどけたりしている
                   (ボルヘス『伝奇集』第II部・工匠集・結末、篠田一士訳)
海だった。
                  (ナボコフ『キング、クィーンそしてジャック』出淵 博訳)

占星術に詳しい友だちに、ぼくのホロスコープを作ってもらいました。ちなみに、実際のぼくの誕生
日は十日です。第一詩集の奥付の十二日は、戸籍上のものです。父が、届け出た日付を書いたのです。
夜の十時に生まれました。で、ホロスコープですが、山羊座に、太陽・水星・木星・土星の惑星群が
あり、三つの水の星座、蟹座・蠍座・魚座に、それぞれ、火星・海王星・金星があって、グランド・
トリンを形成している、とのことです。性格が冷たいのは、天秤座に月があるせいだと言われました。



*



HE HAS JUST BEEN UNDER THE DAISIES。



きみは海を見たことがある?
                        (パヴェーゼ『丘の上の悪魔』10、河島英昭訳)
ぼくは
                    (サルトル『アルトナの幽閉者』第一幕、水戸多喜雄訳)
バスで行くことに決めた。
                           (カミュ『異邦人』第一部、窪田啓作訳)

『イメージ・シンボル事典』で調べると、雛菊は春に咲く最初の花なので、天の庭を埋める花として
絵に描かれる、とある。『カラー・アンカー英語大事典』によると、雛菊が地面近くに咲くことから、
under the daisies が「葬られて」「死んで」という意味になったという。春のはじめに見た雛菊は、
踏んでおかないと、その人が愛する人の上に雛菊が生える、つまり、死ぬ、という言い伝えがある。
こころやさしい瀬沼さんのことだから、野に咲いた雛菊を踏みつけることなどできなかったのだろう。


ふと
                      (ホーフマンスタール『アンドレアス』大山定一訳)
目の前に
                  (ル・クレジオ『海を見たことがなかった少年』豊崎光一訳)
極上の麻の白いハンカチが現われた。
                       (ホセ・ドノソ『夜のみだらな鳥』11、鼓 直訳)

亡くなる一週間くらい前でしょうか。瀬沼さんから電話がありました。いつもより長い時間しゃべり
ました。おもに、詩についてですが、たくさん話をしました。そのときに氏の新しい詩集の話もしま
した。ぼくは言いました。「まるで小説のような印象を持ちました。すぐれた小説のような。」と。
彼は、ぼくの言葉を素直に受けとめてくれました。ぼくの真意はちゃんと伝わったようです。さっき、
久し振りに電話をかけてこられました。天国の庭からです。新しい電話番号を教えてもらいました。


バスを待つ行列の
                                   (原 民喜『夏の花』)
あいだを
                              (ワイルド『サロメ』西村孝次訳)
白いハンカチが、ひらひらしながら遠ざかって行くのを眺めた。
                         (モーパッサン『テリエ館』2、青柳瑞穂訳)


陽の埋葬

  田中宏輔



 あの……おれ、夢見るんですよね、海の。ときどき夢のなかに海がでてきて、おれはサーフィンや
ってるんです。でっかい波にのってると、そのままヒューッて空に飛んでっちゃったり……あと……
パイプ・ラインのなかをすべってると、ずっとずっと中のほうまで入ってゆくと、アーッすごいなー
って気持ちよくなって……それで、ずっとずっとほら穴みたいにつづいてて……それが突然、マンホ
ールになっちゃうってゆー、そーゆう夢、見ます。
 あのー、きっと、夢のなかで、海がよんでるじゃないかなーって、おれ……思うんですけど。
                           (シャネルズ『ラッツ&スター』八曜社)

pipe line、manhole、夢のなかで、海が呼んでるって?


海が呼ぶ
                           (パウル・ツェラン『静物』川村二郎訳)

海が呼ぶ
                           (パウル・ツェラン「静物」川村二郎訳)

海が俺を呼ぶ
                  (ヴァレリー『夕暮の豪奢、破棄された詩…』鈴木信太郎訳)

永遠に海は呼ぶのだ──
                        (ゴットフリート・ベン『唄』II、生野幸吉訳)

ああ、ふと、何かを思い出せそうな気がして、
読みはじめたばかりの本を閉じた。


Dust soon collects on books.
本には、すぐ埃が溜まる。
                           (研究社『NEW COLLEGE 新英和中辞典』)

埃を吹き払って、ページを捲った。


命をし幸(さわ)くよけむと石(いは)走る垂水の水をむすびて飲みつ
                       (『万葉集』巻第七・雑歌・摂津にして作れる歌)

「石の水をお飲み」って、これのことかな。
                              (鉤括弧内=森本ハル『石の水』)

石の水、
                               (森本ハル『石の水』読点加筆)

この岩の古い肋骨(あばらぼね)
                         (ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳)

I found her under a gooseberry bush.
赤ちゃんは、グーズベリーの木の下で見つけたのよ。
                           (研究社『NEW COLLEGE 新英和中辞典』)

さあ、
                   (シェイクスピア『十二夜』第四幕・第一場、小津次郎訳)

おいで。
                         (ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳)

ハンカチをお空け、
                        (シュトルム『みずうみ』森にて、高橋義孝訳)

さわってごらん。
                 (ジャン・ジュネ『花のノートルダム』幌口大學訳、句点加筆)

そこで、わたしは生まれたのだ。
                         (オウィデイウス『悲しみの歌』中村善也訳)

──誰でも胞衣(えな)をかぶって生まれてくるんでしょうね?
                            (芥川龍之介『夢』罫線及びルビ加筆)

それが僕というものを拵えている。
                       (ヴァレリー『テスト氏航海日誌抄』小林秀雄訳)

のがれることはできないのだ。
                   (ガルシン『ナジェジュダ・ニコラーエヴナ』小沼文彦訳)

ああ、苦しい、苦しい。
                         (ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳)

石の水、
                               (森本ハル『石の水』読点加筆)

この岩の古い肋骨(あばらぼね)、
                    (ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳、読点加筆)

欠けたものは数えることができない。
                                    (伝道の書一・一五)

聖書のページを繰っている。
                   (ガルシン『ナジェジュダ・ニコラーエヴナ』小沼文彦訳)

そのときだ、コーヒーの匂いが、階段をのぼってくるのは。
                 (サン=ジョン・ペルス『讃』XVI、多田智満子訳、読点加筆)

小さい蟻が運んでいるのだった。
                                   (川端康成『十七歳』)

彼らは墓を見いだすとき、非常に喜び楽しむのだ。
                                     (ヨブ記三・二二)

箒(ほうき)はどこだね?
                         (ゴーリキー『どん底』第一幕、中村白葉訳)

──それ、骨だよ。


骨?
                 (レーモン・クノー『文体練習』12・ためらい、朝比奈弘治訳)

──それ、きみの妹の骨だよ。


これが、ぼくの妹の骨?


これが、ぼくの妹の骨?


これが、ぼくの妹の骨?


ああ、苦しい、苦しい。
                         (ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳)

石の水、
                               (森本ハル『石の水』読点加筆)

この岩の古い肋骨(あばらぼね)、
                         (ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳)

Imsen,auf! es auszuklauben.
蟻ども、さあ、掘り出すのだ。
                         (ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳)

Imsen,auf! es auszuklauben.
蟻ども、さあ、掘り出すのだ。
                         (ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳)



  *



 一相であるべき合金の内部に、組成の不均一があることを偏析(segregation)といい、鋳塊の中で
重い合金元素が底に沈降するような場合を、重力偏析(gravity segregation)という。この固溶体合
金のように、凝固過程で最初に晶出した中心部と、あとで晶出した周辺部との間に濃度の不均一をお
こすと、凝固完了後には、一つの結晶粒、または樹枝状晶の中で、中心と周辺の間に不均一がおこる。
これを粒内偏析といい、かくして得られた組織を、有心組織(cored structure)という。
                     (三島良績『金属材料論』日本工業新聞社、読点加筆)

有心組織(cored structure)、有心組織(cored structure)。


水甕は泉の傍らで破れ、車は井戸の傍らで砕ける。
                                     (伝道の書一二・六)

ollula tam fertur ad aquam,quod fracta refertur.
甕はそれが割れて持ち歸らるるまでは水の處へ運ばる。
                            (『ギリシア・ラテン語引用語辭典』)

そしてこの甕は。
                         (ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳)

この柄杓は。


墓の中へでもはいるか。
                 (シェイクスピア『ハムレット』第二幕・第二場、大山俊一訳)

墓の中にでも、
                         (ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳)

おお、甕よ、あまたの甕よ!
                  (ネリー・ザックス『捨てられた物たちの合唱』生野幸吉訳)

火葬(やきはぶ)り損ねし樹下の古雛(ふるびな)、


歌う骨、
                   (グリム童話『歌う骨』表題から、高橋健二訳、読点加筆)

蟻、
                         (ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳)

ここにあるのはなんだろう?
            (シェイクスピア『ロミオとジュリエット』第五幕・第三場、大山敏子訳)

数えてみよう。
                       (ユーゴー『死刑囚最後の日』八、豊島与志雄訳)

石女(うまずめ)の生涯を送らねばならぬのだが、
                 (シェイクスピア『夏の夜の夢』第一幕・第一場、福田恆存訳)

わたしは自分の骨をことごとく数えることができる。
                                     (詩篇二二・一七)

ひとり密かに、


腰をかがめて生まれたのだ。
                         (ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳)

──かえでさん。かえでさん。かえでさん。
                   (倉田百三『出家とその弟子』第四幕・第一場、罫線加筆)

誰だ。
                         (ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳)

岩の割目(われめ)から呼んでいるのは誰だ。
                         (ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳)

ほら、
                   (シェイクスピア『リア王』第五幕・第三場、大山俊一訳)

洞になった木の幹からは蜂蜜が滴る。
                         (ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳)

齢(よわい)を重ねた洞は蜜窩(みつぶさ)となるのだ。


雨なき雨の降る教典の上を、精霊の如きものが歩いている。


骨牌(カルタ)を捲るように梵字を引っ繰り返す婆羅門たち。


けわしい岩の裂目(さけめ)の中に姿が消える。
                         (ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳)

あれはどこにいるか。
                         (ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳)

蛭にふたりの娘があって、
「与えよ、与えよ」という。
                                     (箴言三〇・一五)

あれはどこにいるか。
                         (ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳)

da.
與へよ。
                             (『ギリシア・ラテン引用語辭典』)

Produce the bodies,
二人の遺骸をここへ移せ、
                   (シェイクスピア『リア王』第五幕・第三場、大山俊一訳)

Der Vorhang ist hoch.
幕は上がっている。
                              (相良守峯編『独和辞典』博友社)

omne simile appetit sibi simile.
あらゆる類似のものは自分に類似のものを捜す。
                             (『ギリシア・ラテン引用語辭典』)

optimi consiliarii mortui.
最上の助言者は死人なり。
                             (『ギリシア・ラテン引用語辭典』)

火葬(やきはぶ)り損ねし樹下の古雛(ふるびな)、


歌う骨、
                   (グリム童話『歌う骨』表題から、高橋健二訳、読点加筆)

蟻、
                         (ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳)

蟻ならば、書物のなかの書物に精通していよう。


Geh!
行け。
                              (相良守峯編『独和辞典』博友社)

Vade ad formicam.
蟻のところへ行け。
          (『ギリシア・ラテン引用語辭典』ローマ教会公認ラテン語訳聖書、箴言六・六)

Vade ad formicam.
蟻のところへ行け。
          (『ギリシア・ラテン引用語辭典』ローマ教会公認ラテン語訳聖書、箴言六・六)



  *



アリ地獄、アリ地獄、おれの聞きたいことをいってくれ!
              (マーク・トウェイン『トム・ソーヤーの冒険』第八章、鈴木幸夫訳)

おれのハンカチは、どこへ行ったのだ?


アリ地獄、アリ地獄、おれの聞きたいことをいってくれ!
              (マーク・トウェイン『トム・ソーヤーの冒険』第八章、鈴木幸夫訳)

おれの失くしたハンカチは、いったい、どこへ行ったのだ?


──はっきりわかる/その目じるしは?
            (シェイクスピア『ハムレット』第四幕・第五場、大山俊一訳、罫線加筆)

刺繍(ぬいとり)されたアルファベットのTの文字。


──Tの文字?


おれの名前のイニシャルだ。


──そこで、お前は、磔木(はりぎ)にかけられたというわけだ。


──さあ、降りなさい。
                (ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳、罫線及び読点加筆)

──降りてゆきなさい。
                    (ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳、罫線加筆)

──残りの道は、ただ下りてゆくだけだ。
              (サラ・ティーズデイル『長い丘』福田陸太郎訳、罫線及び読点加筆)

──残りの道は、ただ下りてゆくだけだ。
              (サラ・ティーズデイル『長い丘』福田陸太郎訳、罫線及び読点加筆)

──もう、お前を逃がしはせぬ。
                (ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳、罫線及び読点加筆)

──もう、お前を逃がしはせぬ。
                (ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳、罫線及び読点加筆)



*:Tristan < Celt.Drystan < L.tristis tristis=sad (三省堂『カレッジ・クラウン英和辞典』)
*:「そちは悲しみにつつまれてこの世に生まれてきたのだから、そちのなはトリスタン(悲しみの子)
 とよばれるがよい。」 (ペディエ編『トリスタンとイズー物語』1、佐藤輝夫訳)



  *



すると、蟻地獄は


きたないよれよれのハンカチの端をつまんでひっぱりだし、ひろげて見せた。
                   (ジョイス『ユリシーズ』1、テーレマコス、高松雄一訳)

たしかに、ぼくのハンカチだった。


と、思った


瞬間


ぼくの身体は


そのハンカチの真ん中にできた窪みのなかに引きずり込まれてしまった。


そして、蟻地獄に噛み砕かれると、


魂がすぐに吐き出された。


身体の方は


いつまでも咀嚼されていた。



  *



──どこの道からきたのかえ。
                         (ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳)

雨の道からやってきた。


雨なき雨の降る道を。


──おまえの父も、そうじゃった。


さもありなん。


わたしと父は一つである。
                              (ヨハネによる福音書一〇・三〇)

見よ、わたしは戸の外に立って、たたいている。
                                 (ヨハネの黙示録三・二〇)

私は戸の外に立って、たたいている。
                                 (ヨハネの黙示録三・二〇)

eo ad patrem.
私は父のところへ行く。
                             (『ギリシア・ラテン引用語辭典』)

eo ad patrem.
私は父のところへ行く。
                             (『ギリシア・ラテン引用語辭典』)


世界の終わりに

  Q

「なぁ、あの女の子は死んだのか?」
「あぁ、天国でおっちんじまったよ」
「天国でもばかすか死んでいきやがるな」
「地獄ではもっと死んでいるって話だぜ」
「お前の羽はあいかわらず黄色いしみったれてやがる」
「あたりまえじゃねーか、俺は元々日本人でよ」
「そうか、お前は日本人だったのか」
「とりあえず、このままいくとだな。俺らもそろそろ
 死期が近いんじゃないか」
「うんなわけでもねーだろう」
「地獄と天国で、ちゃぶ台かえしたみたいに
 いっせいに、ドンパチやろうぜって話になって
 いまだやりあってるが、おれらみたいに、
 元人間は戦争では使い物にならねーからと
 赤紙はこねーよ」
「早く戦争にいきてぇよな」
「この永遠という恵は、俺ら元人間からすりゃ
 不自由きわまりないからな」
「もういっかい、あれだけ俺を罵った嫁が、
 俺が死んだ時にわんわん泣きながら
 侘びをいれたのを味わいたいしな」
「もう無理だろうよ。せいぜい、俺達は、天国・地獄で死んだ奴らの
 数を数えて、統計的なデーターにして整理していくしかない」
「神様も、ついにはこの膨大な死者の死をその精神に受け入れられない
 ときたらしく、データーにしろっていうわけだ」
「グラフだと、「今月は少なかったね。良かったね」ですむもんな」
「しかしまぁ、これだけつみあがった死者の死者をどこにもってけっていうんだ」

―ひかる、ひかる、

「貴方の頭から光る、私の足からも、この暴かれた内蔵からも、ひかる、ひかる、世界はいつのまにか、この小さな光に、埋め尽くされて、老いていくだろうね」
「そして、老いた世界も―ひかる、ひかる」
「あの女の子光っているよ。」
「生きてたころはかわいかったらしいよ。ただ、事故で死んだものだから、死者になってからは、ずっと内臓が特に、胃がたれっぱなしで、それをよくぶらぶらさせながら、歩いてたもんだよ。あ、ほら、彼女の胃からも―ひかる、ひかる」
「糞を垂れ流して死んでいるあの男もあの男の糞もひかっているね。―ひかる、ひかる」
「すべてがひかっていくね。僕らの話している言葉ももう光っているよ。」
「それは僕らの言葉がもうすでに死んでいるからだよ。」
「ほら、あっちで歌っている女からもひかりが溢れている。」
「あの歌は悲しい歌だね」
「そうだね。また、僕の言葉が光った。」
「この光はいつ消えてなくなるだろうね。」
「もう消えることは無いよ。」
「ただ、光が残るだけだよ。この世界が滅んだら、世界が光る。そして、光だけが残って、世界が消えてなくなるだけ。」
「すべてがひかりに還元されたら」
「争いも言葉もすべてなくなるね」
「あの女の子も、あの男の人も」
「そしてこうやって会話している僕らも」
「ひかるだけ。」
「きみのからだも光り始めてるよ」
「きみのからだも同じように」
「光だけが残る。」
「一体それを誰が観測するんだろう。」
「もう誰も観測しない。」
「観測されないひかり」
「でも、ひかりだけがのこる」

―ひかる、ひかる

木々の間から漏れる光。ビルの間から漏れる光。それがいつのまにか空を覆いつくして、そして空ももう光になった。あらゆる天国も地獄も、空想も想像も夢も、何もかもが光なって、誰にも観測されないまま、そして空間も光になった。そして光も光になって。今朝、目が覚めて、瞼をこする時、少しだけ光が溢れた。


足フェチ

  進谷

足を見ていた。女子高生の。電車の中で。パンツは見てない。足を見ていた。顔はいまいち。パンツはどうでもいい。だから、足を見ていた。まず顔がある。ダメなら足を。電車の中で。カモシカ? 逃げる。追う。女の子が逃げる。男の子が追う。僕は見る。女子高生の足を。ネズミの仮面を被った人が逃げる。ネコの仮面を被った人が追う。アウシュビッツ? たくさんの足が転がっている。そこには僕の足も君の足もない。ユダヤ人は書く。なぜ? 僕は見る。女子高生の足を。流れていく。アウシュビッツが、広島が、長崎が、福島が? 9・11? 3・11? 7・16? あの子は今日も朝までクラブかな? ユダヤ人は詩を書く。僕は女子高生を見る。足を。転がっている足を。朝帰りのファーストフード風の女の子を僕は抱く。最近、電車がよく止まる。ハゲ散らかしたおじさんは一人で文句を誰に言うでもなく言う。僕は足を見る。昨日抱いた女の子と、今日抱いた女の子の違いがわからない。僕はファーストフードを食べる。ユダヤ人はそれでも書く。僕は名前を間違える。でも気にしない。流れて、忘れられて、それでも書くユダヤ人。日本人は? 希望も、絶望もなく、それでも女子高生の足を見る僕。君は居た。確かに居た。だからこそ、悲しい? 眠れない夜。君が居た夏を思い出したり、思い出さなかったり。女子高生の足。ユダヤ人の足。僕の足取りは重く、どこにもたどり着けそうになく、センチメンタルになったふりをする。女子高生の足。フランス映画の中の少女の足。OLのパンスト。やぶれた夢を針と糸で縫っている。答えはない。問いならあるかな? 僕の見ている女子高生の足は止まった電車の中で尋ねる。ここはどこ?


非常に退屈な詩

  Q

 林を満たすようにして、木々が緑をわけあっている。ユリエは、一人物思いにふけようとして、林へと飛び込んできたが、すでに、彼女の物想いが広がるほどの空間はなかった。木々の間の空間は、林の生活で埋め尽くされている。そこには、排せつ、食事、睡眠、という彼女があたりまえのようにしてきたことが詰め込まれていて、彼女が生まれる以前からそれらは林を占領して来たのだ。
 そこに、彼女が突然、侵略者のようにやってきた。林は静かに、扉を固く締め、彼女の出方を伺っている。彼女が、物想いをいくら膨らまそうが、それは彼女の中からでることができない。彼女はそれをしらない。彼女の思いは無理やり彼女の中へ押し戻される。
 そして、僕らはいつの間にか、林を僕らの生活で取り囲んだ。彼女の家は、林からすぐ近くにあり、農家だ。この土地特有の気候で、土はすぐに疲弊して砂になってしまう。疲弊した砂で作られた疲れ切った野菜を食べる疲れ切った人々が建てた家もまた貧しさで疲れ切っている。僕らはユリエを取り囲んだ。そして、彼女を林へ追いやった。彼女は林からも追いやらるだろう。
 ユリエを失った僕らの中に、一つの共同体が生まれた。ユリエがいない共同体。僕らは、ばらばらにユリエを追いやって、ようやく一つになれたのだ。しかし、ユリエはこの共同体には勿論参加することができない。彼女は創設者であると同時に、永遠に、排除されつづけなければならない。
 ユリエは孤立した―だから彼女はまた別の共同体になった。たった一人の共同体に、なることで、彼女は彼女らになり、彼女らは彼女になった。
 
「ユリエ、昨日、お前の家から嫌なにおいがしていたがあれはなんだ」
「あれは、お父さんが焼かれたの」
「おい、ユリちゃんよ、お前の家から昨日嫌なにおいがしてたがあれはなんだ」
「あれはお母さんが妹をやいたの」
「おい、ゆううりいいいええええ、おまえのとこ、昨日、なんかやいたのか」
「あれは、お父さんがおかあさんをやいたの」
「おい、ゆりえ、おまえのとこ、こげたいやなにおいがするが・・・」
「あれは、いもうとがおかあさんをやいたの」

 彼女の共同体にすむ、彼女らが一人一人逃げ出して行く。それを追う僕ら。そして、僕がようやく登場することができる。僕は、彼女を捕まえた。彼女は林の中で、物想いにふけっている。ふけっている彼女の後姿は、黒く手入れされた長い髪が、少しだけ風をふくんで、ここちよさそうに僕を誘っていた。

「ゆりえ、お前を燃やしにきたよ」
「あらそう、わたしも、貴方を燃やそうと思っていたのよ」

「俺もだ」と、僕は気付かなかったが僕と同じように、僕らも彼女を燃やそうと潜んでいたのだ。

「まるこげにしようぜ」
「ゆりえをまるこげにしようぜ」

彼女はおびえてもいなかったし、彼女と同じように彼女らもおびえてもいなかった。林は、僕らと彼女と僕と彼女らを軽蔑した眼差しで見ているかのように、葉一つも風にそよがさない。
 


昼下がり

  鈴屋

何かがあるわけではないが
指でなぞれば、雲がたなびく、セスナ機も飛ぶ 
眼をしばたけば、歓楽の館がならぶ、列車も通る
夏椿の花は好きだ、枇杷をしゃぶる子供は嫌いだ

生きていたくないあなた、死んでもいたくないあなた
あなたを追って跨線橋をわたり、駅構内の食堂に入る
店内はおびただしい日本国国民で満席、汗が噴きだしてくる
テーブルには父母がいて、弟夫婦も従兄弟も叔母もわたしの娘もいて 
今しも生ビールで乾杯するところだ
誰も私に気付かないので気持ちだけは涼しい
昔も今もこれからも、いつでも彼らは私に気付かない
食堂にはベッドがしつらえてあって、横たわるようあなたをうながす
私はスパゲッティーをフォークに巻きつけ
あなたと私の唇をトマトソースで汚す
もう片方の手をシーツの下に這わせ
あなたの性器のありどころ、暗がりのなつかしい湿り気をさぐる
たっぷりとした太ももが逃げていく
海底を這う蛸のようにすり抜けていく
あなたはひじょうに小さくなって街路を歩いていたりする
ひじょうに大きくなって床に横たわっていたりする
国民の頭と頭の隙間で学生時代の友人が手招きしている
なんだ死んだんじゃないのか、とおもう
垣間見える父母や叔母や従兄弟も、なんだ死んだんじゃないのか、とおもう
ビールがぬるいとあなたはいう、生きてこれたのねとあなたはいう
おたがいさまだと私がいう

食堂の窓の外は天気雨
老人がテューバを吹いている
私の娘がバトンガールの練習をしている、槿の花が咲いている
通過列車が窓をかき消し、三秒後には遥かな地平を巡っていく
列車に乗っているあなたが見える、あなたをさがしている私も見える
どこへでも行けばいい
あなたにも私にもさよならだ

何かがあるわけではないが
風だけは吹いている昼下がりだ
行進曲はやめてもらいたい


夢の見える部屋

  リンネ

 (立方体の個室に、インタビューをするものとされるものがいる)


「子供のころよく見た夢の話です。人をばかにするような引きつった笑い声が、空のほうから聞こえてきます。さっと上を見上げると、なんと笑っているのは太陽のようなのです。」

――で、すぐにガラス砂を播かれたような刺激を眼球に受け、視線をそらした、と?

「ええ、夢の中であれ、太陽は眩しい。ですが、それでもなんとなく太陽に口があって、それが豪快に歪んでいるのが分かりました。サングラスなどがあればもっとよく見ることができたのでしょうが、まだ幼い私の夢にそんな大人びた品は登場するはずもないのです。わたしがまじまじと見れないのを知ったからでしょうか、太陽は小刻みに震えながらいつまでも笑い続けていました。」

――さて、見渡す限りの平らかな砂漠の一点で、あなたは、こちらを覗き込むようにして浮かんでいる一つの太陽と向き合っていた。不思議なことに、そんな灼熱の光景にもかかわらず、あなたは何の暑さも感じていなかった。

「夢の中のわたしは、なぜだかそのことに気づいていませんが、それとは別に、何か気まずい空気を感じているようでした。ビルや木々の凹凸のない空間。まったく、どこを歩いてもあのおかしな太陽に見下ろされてしまうのです。一度砂を掘って身を隠そうかと考え、試しに足元の砂を素手で掻こうとしたのですが、穴を作ってもすぐに元通りの平らな砂地に戻ってしまう。どうやら掘った傍から砂がくつくつと湧き出しているようなのです。」

――ところで、生物の口の形は、その持ち主の食性を反映しているはずです。はたして人間のように笑うことのできる口を持つその太陽は、普段どのようなものを口にしているのでしょうか。少なくとも何か形ある物を咀嚼していることは間違いないはずです。納得できないのは、絶えず自らエネルギーを生成する体をもつものが、どうして何かを摂取する必要があるのかということ。

「もしかして太陽にとって食とは娯楽にすぎないのではないでしょうか。夢の中で気づいたのですが、考えてみれば、声を上げて笑っているというのも不思議なもので、どうして呼吸の必要のない存在が肺をもっているのでしょう。そもそも、どうしてあの声は宇宙空間を伝わってわたしの鼓膜に到達しえたのでしょうか。もちろん、夢の登場人物に合理性を追及することほど馬鹿げたことはないのですが、夢の中にいるわたしは、そこが夢の世界だなどとは思っていないのだから、これは仕方がないともいえます。」

――そうなれば疑問は太陽に対してではなく、あなた自身に対しても生まれます。そうです、どうしてまだ小学生にもならない子供が今のような推理を始めることができたのでしょう。それはもしかしたら、今あなたが語っている夢の話は、笑う太陽の夢を幼いころに見た、それを語る夢についてのものであるから、ということではないでしょうか。

「どうでしょう。そういえば、まだ幼いわたしが、あの夢を見て何を感じたか、そういったことが今となってはまるで思い出すことができません。夢の内容は覚えているのに、その夢を見た自分についてよく思い出せないのです。もしかしたら、現存するわたしにとって、かつてわたしが見た風景のほうが、それを見たわたし自身のことなどよりも、何か重要な意味を持っているのかもしれません。」

――さて、夢の終わりです。いままでの荒涼とした光景がしだいに様子を変えていく。平らな砂漠の内側から木々やビル群、道路や信号機などが現れ始め、一片の雲もなかった空には腫れぼったい積乱雲が浮かぶ。いつのまにかあなたは都会の雑踏を歩いていて、蟻の行列のように流れる人々の列に引き込まれてしまう。

「単なる比喩ではなく、本物の蟻のように、黒い光沢をもった人間たちが、町の隙間という隙間から這い出てきました。それがしだいに町中を、まるで舞台を終わらせる暗幕のように埋め尽くして、そうしてある時点から今度は反対に、引き潮のようにあらゆるものをさらいながら、瞬く間に一点へ収縮していきました。つまり、あの笑う太陽の口の中へなのですが、その最後の光景は、夢から覚めたわたしたちの願望による、いささか安易にすぎる想像なのかもしれません。」

――そう、夢というのはきっと、本当に見た風景と、見たいと思った風景とが、自分でもそれと気づかないくらい絶妙に混ざり合った、裂け目のない液体のようなものなのでしょう。

「ちょうどここに注がれた、このカフェオレのように?」


 (二人は笑いながらティーカップを覗き込む)


 (ここに、インタビューをするものとされるものがいる。テーブルに置かれた白いティーカップの中で、いつのまに乳白色の渦を巻き始めたのは、むろん、われわれのよく知るありきたりなミルクなどではない。つまり、そこに回転している白い液体は、かれらが見たというあの太陽の夢の姿なのである。非常にゆっくりとした調子ではあるが、二人はその小さなティーカップの周りで、中途半端にヘリウムの入った風船のように、上昇するとも下降するともせずに漂い始めていた。いつのまにか個室は夢で満たされている。思えば笑う太陽とは、少しも不思議な存在ではないのだ。二人がなぜだかそう了解できたとき、すでに破裂した風船が二つ、カフェオレの中で夢を見るように窒息していた。)


 (二人はティーカップの中からこちらを覗いている)


散文詩_110620.txt

  藻朱

ややもすれば返り血を浴びていた。返り血といったって、別段ぶっそうな話じゃなくて、たった今僕の目の前で弟が鼻血を出したのだ。鼻血にしてはなかなか見事なもので、僕の後ろの真っ白な壁が真っ赤に染まった。危うく僕も染まるところだったけれど、近くにあった妹のプーさんのぬいぐるみを盾にしたのでそうならずに済んだ。結果、盾になったプーさんはもうウォルトディズニーには出演できないほどに殺伐としてしまった。まだ幼い妹は別段それを悲しむふうでもなく、むしろ鮮血に染まったプーさんが気に入ったみたいでプーさんを、ペロペロ、ぺろぺろとなめてはほほえみ、なめてはほほえみを繰り返した。気味が悪く思った母親がプーさんを妹から取り上げると、妹は火がついたように泣き出した。
妹が初めて愛らしく思えた瞬間だった。


kisonのためのルポルタージュ

  M.C





黄泉の国、死の国から揺り起こされる、きみ、あなた、おまえ、それ。私の混
乱が、どれほど重く、後ろ暗いのか、私じしんにも想像がつかない。

きみ、あなた、おまえ、それと、私が呼びかけ、呼びかけては愛惜し、けれど
も求めた口や、言葉では確かめることが出来ず、私の絶望は、私が到達する前
に後退してしまう、壊れやすいものたちのために、今も先ばしって声を上げる
ばかり。



私のルポルタージュに於いては、そのような記述が、同義語反復で何度となく
繰り返される。

七日前…、きみ、あなた、おまえ、それを、私はこの世界に呼び戻すことにし
た。私にとっての有りえない韻律、灼けた思念が辿ることの出来る、きみ、あ
なた、おまえ、それ。呼び名がわからないが、逃げ水にも似たいわば痕跡に就
いて、願いのための祭壇に取りつき、私がおこなう所与の行為とは、つぎの通
りだ。




直視を許さないもの。間接光により、その存在を顕わにしないもの。

(私の祭壇には工夫され、凝りに凝った傷ましい装飾がほどこされており、そ
れは光を透過するしろい布きれや、動きまわる蝋燭の光、開くことの出来ない
箱、その箱のなかに隠された箱などで構成される。)

きみ、あなた、おまえ、それ、に就いて考え、ルポルタージュに於いて繰り返
し発話し、理想のなか指、手首のくびれなどを思い浮かべると、恐ろしい、判
読不能な精神の深みから、きみ、あなた、おまえ、それが呼び返してくる。



事実に沿った記述にかえそう。六日前…、祭壇のなかほどに現れたきみの手首
を、私はきつく握り返す。この世に立ち戻ったのは、まだ僅かにそれだけの断
片、名残に過ぎない。きみのなか指はぴくぴく動く。まるできみじしんが、き
みの仕草や考えといったものを、確かめたいのかと思わせるほどに。

(私の呼び戻しを、まるでこの世に返すかのように。)

それでも、息ぐるしさに負けずきみに呼びかけると、予知夢にも似た反応とと
もに、とても美しい、見覚えのある二の腕が現れてくる。動きまわる蝋燭の光
と、しろい布からの間接光に照らされ、ぽたぽた水が、辺りから漏れ落ちてき
て、私のルポルタージュの幾つかの言葉を濡らしている。痛みに満ちた箱、そ
の箱に隠された箱のなかの火影を。



あなたの二の腕が、それ以外の部位の欠落のまま、不器用に、或る意味で浅ま
しいほど、ぎこちなく、撫でてくる私の髪の毛。間接光が交差する目前の虚空
に、まもなく蝋燭による大きな虹が生まれ、それはあなたの抱くという営為を、
下支えしている。



四日前…、おまえの胸までを生成して、失敗した。薄弱な乳房は、私の記述に
そぐわない。私はかき消す。遥かな思い出と、果実とでなる有限の乳首を。私
はそこに、溺れたいとは思わないし、何よりあまりに若すぎる。消去されたお
まえの器官は、黄泉の国、死の国へと溶解して、退嬰し、幽かなわらい声を漏
らす。

十分にそれを聞いて、精神の高鳴りにまかせ、或いは私の不安、うる覚え、後
悔などを二重写しにして、新たなおまえの肩、腋、胸、あばら骨までを、同義
語反復さながらに呼び戻した。



(そいつの脚が、現れた。その形状の生々しさといったらない。祭壇の間接光
が上から下から、斜めから照らし出し、すけた内腿、秘めた部分も顕わに揺れ
ている。私は、いつしか手を休め、蝋燭じしんのてかてか輝く炎、それが絶え
ず動かしている影、震えによる干渉、祭壇のなかほどで、脆い腹部を波打たせ
ているそいつの像に、なす術もなく翻弄されていく。)

(皮膚の肌理の、狂おしさといえば、どういえばいいのだろう。私の繰りごと
は、甘くなり、そいつの足首、そいつの血、そいつの指の、こまやかな足爪の
火照りに驚きを禁じえないが、その驚きは、私のものだろうか。)



トルソー、と記述してみて、ぞっとする。私が呼び戻そうとしているのは、死
体に似た、人形なのではなく、写し身に似た、死体なのかもしれない。頭部を
除いて、完璧なまでに回帰したそれは、祭壇のなかほどで風を受けている。ふ
らふら、影がざわめく。

私は、二日前…のことを、思い出すことが出来ない。それはもはや自立してい
て、首のない全身で、私の頭をそっと抱いてくれて、二の腕の手つきは、かつ
てと同じくらい険しく、不確かで、その胸は豊かに息づき、腰高の長すぎる脚
は、この世の貧困を写し取るようだ。私は何度も、首をなま首をと、呼びかけ
を続け、それを断念したか記憶がさだかでない。

私の不幸は、きみ、あなた、おまえ、それ、による絶望を、その絶望のままに、
愛惜していることだろうか。



昨日…、きみ、あなた、おまえ、それは、私の祭壇を夥しく、まるで暴風雨の
ようにもの凄く飾って、屹立した。現れたその首は小さく、形状のバランスや、
表情、眼差しの調和が取れていて、とても美しかった。



(きみ、あなた、おまえ、それは、言葉のあてようもなく浅ましかったが、そ
の顔に現れた表情の曇りを、どのように理解すればいいのかわからない。かけ
がえのない、不可逆のペルソナ。伏せ字のものたちを。)

私のルポルタージュは、もうどうにも燃え尽きそうだ。暴風雨が、目前で息を
吹きこぼす他者を、かけがえのない機関を揺らし、私をも震わせている。尽き
かけた或る記述には、きみ、あなた、おまえ、それとの、初めの会話が記され
てるが、私に確かめることが出来るだろうか。

否、それに対応する言葉を、本当に、見つけることなど出来るのだろうか。



黄泉の国、死の国から揺り起こされる、きみ、あなた、おまえ、それ。この世
界に、深く、驚いているきみの眼差し。この世界を、断固、拒絶して止まない
あなたの暗い眉。調べを、聞き取ろうとするおまえの耳たぶ。見え隠れしてか
たく光る歯。猶もこの世界に就いて、緊張をやめない、それの首、それの弓な
りの頤、それの混乱の全体。

今日…、私は触れる。きみ、あなた、おまえ、それに。

きみ、あなた、おまえ、それの表てに、私を求めるのか、嫌悪するのか、考え
込むのかわからない反応が現れ、それは引き潮のように輪郭を後退させて、私
のルポルタージュを、蝋燭でいっぱいにする。炎の気配で、息も出来ないほど
に絶え絶えにする。



私の祭壇では、むすうの蝋燭が騒ぎ、風と雷鳴とに打たれ、総毛だち、或るも
のは欠落し、或るものは凍えている。またぽたぽたと、ルポルタージュに於け
る幾つかの言葉が、濡らされ続ける。私はこうした驚きが、もう何度目になる
のか、数えることすら恐ろしくなっている。

(きみ、あなた、おまえ、それは、あの、光を透過するしろい布きれの、有り
もしない装飾の向こうにいる。)




否、そこにはいない。箱のなかの箱が顕わになり、箱のなかの箱、そのなかの
同義語反復が、私の祭壇をどんどん、太らせていく。美しい、謎。とても手に
負えない、そういった痛みに、対応する箱のなかの言葉。きみ、あなた、おま
え、それが、生まれながらに持つという。


反復練習

  泉ムジ

  当然だ
  ノートは可燃ごみ

九々を問う
どこかの母親の声が聞こえる
あなたは
胸の内でいちいち答えながら
ベランダで煙草を吸う
あなたの父親が吸っていたものより
ずっと軽く
においも薄い銘柄の

  いくら集めたって
  再び父はうまれない

七の段は
二度くりかえされる
子供が間違えたのか
そうすることが通例であるのか
あなたは七の段では躓かない
そして
あなたの母親も
九々を問うたりはしない

  埋めても埋めても
  穴は増えるばかり

九の段まで終えると
子供は眠る前に歯を磨くよう促される
吸いがらを携帯灰皿に片付け
しばらくの間
あなたは二の腕を掻く
掻きむしる
その季節にはまだ遠いが
蚊に食われたような痒みだ

  もし祈る気なら
  最もぶざまな姿で

あなたは
眠りの最中でさえ
間欠的に掻いてしまうため
爪は皮膚を裂き
生乾きのかさぶたが出来ては剥がれ
めざめたとき
点々、点々と
シーツは血で汚れている

  まずは顔を洗え
  話はそれからだ


ロビン村

  ゼッケン

遭難信号を発信した直後に海に投げ出されたおれが目覚めたのは
入り江の奥の白い砂浜だった
海図では周辺に人の住む島はなかった
捜索隊は明日にはおれを見つけるだろうが、おれは
すでに空腹であり、海水で下がった深部体温を取り戻すにはすぐになにか
を食べなければならなかった
陽光から逃げ場のない砂浜は岩場を廻って森の暗がりへと変わり、
いつまでも目が慣れない純白の反射光から逃れたおれは
叛乱を鎮めて凱旋してきた将軍のように疲労と高揚を覚えた
すぐにちからを取り戻してみせる
森に水があるのは分かっている、それと肉だ
ちからを取り戻すには肉がいい
果物が実っていればなお喜ばしいと思いながら森をすすむ

くいなッセ

翼の退化した飛べない小さな鳥たちがおれの足元に集まってきた

くいなッセ

人間を知らない
天然記念物に指定されているものに似ているが、おれに詳しくは分からない
おれはまたたく間に囲まれる
頭部に赤い羽根飾りがあり、嘴は細く長い、胴体はずん胴で茶色の縞がある
おれはひとつの仮説を立てる
この鳥がほんとうはなんだとしても
この鳥をおれが食べても世間は非難しないだろう
人間についての極限状態とは
人間が自然の一部として環境化される
すなわち自然が対象化から解除される
ひとりの遭難者が鳥を食べることが許されるなら
ふたりの遭難者はどうだろう、さんにんなら?
遭難者が100億人ならどうだろう
100億人の遭難者を食わす鳥たちはこの島にいない
共食いするのか
焚き火にかざした木の枝の先では肉が焼けている
脂がぽとりと落ちるたびに火がぱちりとはじける
夜になっていた
舞い上がった火の粉は粒状の闇に転換される
空間は150億年分の時間とともにあった
おれは焼けた肉をほそく千切って鳥たちにも分け与える
鳥たちはうまそうについばんでいた
拾ってきた小枝を火にくべるものが鳥たちのなかに出始めた
おまえたち、これが火と肉だよ、と、おれは思う、おれが去った後も
火と肉は続くか
この島から飛べない鳥たちは姿を消すだろう

くいなッセ

おれはふくらはぎに刺されたような痛みを覚えて跳ね上がった
おれを包囲した鳥たちの丸い目玉がおれを欲している
火のついた小枝を嘴ではさんでおれに向かって突き出す
おれは焚き火から手頃な太さの枝を抜いて大きく振り上げた
おまえたち、いくさのしたくはととのったのか?
すでにちからを取り戻したおれは、ならば一晩中、
文明の先達として残酷に鳥たちを殺戮するだけだ
鳥たちはちょこまかと走って隊列を組むと道をつくるように左右に分かれた
火で縁取られた鳥たちの道を通って
森の奥から姿を現したものを
おれは
ゆっくりと

見上げた
恐鳥という種類だろう、おれに詳しくは分からなかったが
おれの頭上で嘴が開き、紫色の筋肉の槍は発射された、おれは
す、
と言って死んだ。恐鳥の舌端は
おれの顔面をほぼすべて
ぽっかりと口を開けた穴に変えた
恐鳥が人間の顔を食う、そのことを悟ったときのおれは
すみませんと言いたかったのか
すげえと言いたかったのか
言えなくてその両方をおれは言うことができたと思う


空間の定義

  zero

 花々もなく、人生を折り曲げるほどの歓喜の思い出もなく、ただ学生として生きることが自然な網でもって捕えていく雑草のような物資だけのある部屋から、私は引っ越そうとしていた。引っ越すことの目的や理由、理想的な引っ越し、引っ越しの学的構造化、そんなものは、私の意識の裏側や、他人の意識や、誰の意識も届かない晴れた野原、その辺に転がっていて、私にはただ現実の沈殿物のような引っ越ししか頭になかった。父母が手伝いに来てくれた。家具や段ボール箱を、エレベーター経由で一階に下ろし、そこからトラックまで運んでトラックに積む。掃除も終わり、部屋は一個の、虚ろで清潔であたかも膨張していきそうな空間と化した。荷物を積んで実家へと進むトラックの中で、私は何かをあの空間に置き忘れてきた気がしていた。その忘れ物が、私の過去の身体の流れなのか、私の部屋にまつわる記憶の真意なのか、それとも空間そのもの、その味わいと苦しみなのか、私にはわからなかった。

 彼女は駅のターミナルから市営バスに乗った。彼女はバスが少しだけ嫌いだった。アスファルトと乗車口に死のような段差がある。乗った時に椅子がみんな軍隊のようにそっぽを向いている。監獄よりも狭い椅子という空間に冷凍血液のように固まらせられる。揺れを意識しまいと彼女を洗脳する運転手の清潔な罪。だが今日の彼女はむしろバスを好いていた。新しい街の複雑な構造、建物の造作や看板の文字・彩色、枝を払われた街路樹の生々しさ、それらが彼女を、一篇の長編小説のように楽しませた。バスが主人公で、流れていく建物や交差点は、小説内の露光され造形化された出来事のように思われた。印象的な店は新しい登場人物で、バスと恋愛したりするのである。そして彼女は美術館に着いた。地方の美術館の常設展を彼女は愛していた。彼女は一つの絵の前で立ち止まる。その絵には、それぞれの大きさをもった三つの灰色の長方形が無造作に置かれていた。彼女は軽いめまいに襲われた。そこにはあらゆる空間が、つまり、彼女を突き抜けて通路へと屈折していく空間、彼女が過去に深く望んだのだけれどそのまま死んでしまった空間、画家が憎んでいるのだけれど画家の体内に抉り込まれた空間、長方形がほかの絵たちと謀議するための空間が、融合し離別し鋭さを増していた。


ぽっぷこおん

  リンネ

 おお、ポップコーンのカップの中で空振りする右手。食べつくしてしまった。食べた記憶もないのに。バターとキャラメルでぬめぬめと光って、指先が、母乳にべたついた乳首に見える。吸いつくわたしは、そういえばどこにいるのだ。埃でざらついた暗がり。埋もれた地下室の湿ったかび臭さ。前方に設置されている横長の大型スクリーン。つまり、どこかの老朽化した映画館の中らしい。上映は始まっていないが、ポップコーンの陽気なコマーシャルが劇場を淡く照らしながら、繰り返し、動いている。前のほうの暗がりには、男女のすらっとしたいもむしが一組だけ座っていて、睦まじく身を擦り合いながらお互いの存在を確かめ合っている。たまにうっすらと気持ちのよい香りが漂ってくるのはどうやらその女の香水のせいで、それが劇場をだんだんと酔わせている。
 ふいにさまざまな匂いが動き出すのに気付いた時には、すでに座席のほとんどが観客で満たされている。古びた座席シートの匂い、定番の香水が何種か、制汗スプレー、消臭しきれない体臭、洗剤で清潔になった老人の、匂い、そしてポップコーンのバター。もうまもなく映画が始まる、そんな雰囲気に満ちて観客たちは無口だった。真っ暗な天井に色とりどりの電光が輝いている。首をのばし、スクリーンを見つめる観客はみんな蝸牛だ。棒状に突き出した不安定な目。その怪しい尖がった目玉から、夜のヴェールに包まれて消えていく、弱い星屑の光が浮かんでいた。

 わたしは、ロビーであたらしいポップコーンを買っている。思い出せないどうやってここまで戻ってきたのだっけ。ともかく店員に千円札を。こうしてるあいだに映画が始まってしまっては困る、なんとしても早く戻らなくてはと思ったが、どういうことか、店員は千円札を握ってそのまま動かない、つまりマネキンになっている。――それに、おお。こいつは、中学のときのあの男ではないか。くちびるの端にあるケツの穴そっくりのほくろがまさに不吉ないじめのイメエジ。机の上の変形したメガネ。エロ、インポ、ママ大好き、という工夫のない落書きが浮かぶ。何度も消して、何度も書かれた。あいつは笑っている。するとあいつの顔にぽっかりと穴が開くのだ。それは排水溝だった。わたしは何度も吸い込まれた。わたしはそこで幾度となく溺れた――
 千円札を抜き取ろうとするが、マネキン男の指にしっかりとくっついていて離れない。ぐっと力をこめてひっぱると、男が千円札ごとふわりと持ちあがってしまったわっと手を離すと、吸い上げられるように上昇してそのまま勢いを増して天井でぐしゃりと潰れた。変形したマネキンが天井にはりついて電気光線を放っている。そのまま、さっとインクになって天井へ染み込んだ。
 
 わたしは逃げた。友達のいない廊下を。ゆがんだ眼鏡のせいで、教室も人間も、どうしようもなくねじ曲がって見えるんだ。わたしは教室にいた。一人だった。中学校の三階には、大量の昆虫標本が保存してある教室があって、積み重ねられたプラスチックケースがぶ厚い埃に覆われて眠っていた。わたしは一人だった。夕日が窓からこちらに、薄い光を落として、プラスチックの標本箱に反射していた。教室の向こうから、何かすべり寄ってくる。足元に散乱した蝿の死骸やポップコーンが踏みつけられて、沸騰石のようにきゅうきゅうと鳴りながら床にへばりつく。映画館にいた男女のいもむしだ。だが今度は、いもむしではなく、人間の格好をしている。二人は、素っ裸である。全身が青白い。皮膚から、じっとりとした光を放って。いもむしのぶ厚い体皮が裏返って足くびにつながっている。

 男と女が協力してわたしに覆いかぶさった。密着した二人の汗腺からしとしとと、溢れ出したのは豆電球だった。わたしの顔に立ち昇った光が、眼球の中へ逆流していく。どんどんと。そして皮膚の深くまで、光を失った男は星空になった。女の、豆電球がみっしりと繁茂した顔が伸びて、わたしに覆いかぶさっている。わずかな隙間から、前方に浮かぶスクリーン。無数の流星が、真黒に煤けた天井から落ちて、発光した。発光し、スクリーンが浮かぶ。映し出されているのはわたしだった。スクリーンサイズの。それはこちらのわたしを探している。ひどく困った顔で。そして見つかることのないわたし。わたしの名前を呼び始めるスクリーン上のわたし。視界は暗い。暗い。劇場のあちこちに、光が打ち上がり、跳躍し、消えた。消えると、映写機が壊れ、ぶつぶつと破裂音が続いた。停止と開始を繰り返すわたしがちかちかと点滅して、窮屈なこの男女の天幕から、隠れるのをやめて出て行こうか行くまいか、出ていくならばどのような顔をしていくべきだろうか、などということを考えたり、もう何も、考えなかったりしたそれからちょっと、いき、ぐるしくなったのでおおきく、いき、をすってせなかをこうすうっとそらせながらちぢこまってしまっていたりょううでをうまくひろげてあしもながくぴんとのばしつつおやゆびをきゅっとてまえにひいてそれでもういちどおおきく、いき、をすいこむとこんどはきゅうにからだがいたいほど、ぼうちょう、してしてしてしてしてして


負け犬、噛まないのか?

  泉ムジ

  所詮 つくりごと
  だから許せ

大門氏、三たび来りて
口笛を吹く
熟読中である「現代詩手帖」伏せ置き
何事ですかと問えば
キミぃ、朗報ですよとのたまう
歪な毛穴に誇張
された頬の紅潮に察知する
つまりこたびも合コンですね
大門氏、応えていわく
天与無き者は求めよ、戦え、そして奪うのだ!
箴言に力籠り握り潰す「現代詩手帖」
突き上げる情動
の斜めな発露により
ゴウコンコーンと宙に弧を描く

  無人の部屋
  の隅に
  ねじくれ へし折れて
  その紙束は「現代詩手帖」なんかより
  よほど相応しい題
  /例えば?
  /「悲しみのオブジェクト」とか?
  を与えられることも無く
  消費されるための
  エンタアテイメントでは無い
  極北に
  眠る 孤児の
  なきがらを
  幾つも内包していた

五対五が
五対三となり
余りニ、帰りて
−きゃつらの面は、あれは、栄養失調の狐じゃないですか
−しかし右端の女性はなかなかでした
−いやいやキミぃ、ああいった温和しそうな女性こそ、一皮剥けば毒婦だ
−果たしてそうでしょうか
−そうだ、化けておるのだよ、雌狐さ
口口に
ワンワン吠え
大門氏、蒲団を占拠
暴君の高鼾
に辟易し「現代詩手帖」を拾うと
数ページ抜け落ちて

  ファック
  ユウ と思う


ギロチン

  yuko

ここはとても静かで
足先をつたが這う
ふいに
吹く風に
あなたの
くるぶしが露わになり
血管が脈打つ
その
とき、


にならない文字が
空間を壊して
耳元に咲く花に
口吻を差し入れた虫たち
風にこぼれていくスカート
せわしない羽音と
振動が重なり合って、
速まっていく
予感、

ひかりを、
反射する水面は
氷壁に覆われていく
ざくざくと
歩いては
爆弾を埋めた
足に
絡まりあうつたのような


からだじゅうを
流れていく冷たい
血液
が泡立って
わたしは
地平線よりも低い
眠りにつく


などしないのだ
よ、きみ
に弾け飛ばされた眼球が
ぐるりとあたりを見回し
て、
いる(切れた血管と
はだかの真昼
)壊れて、
倍音の夢をみる
夜明け


もげた両足を
結わえ
きっと誰も悪くないのだと
死ぬ
ごとにわたしの
水位が下がり
あなたには
もう瞼すらなくて
なにもかもが明るい、
夜を、
待ち望んでいる

ここはとても静かで
足先をつたが這う
あなたの
スカートをまくりあげた、
爆風
を、掴んで
飛んでいく虫たちは
きっと
春の身振りで
氷壁を溶かす
艶やかな髪先を落としていく


コルトナの朝(印象違い)

  case

コルトナの朝


吐きだした煙の、うごきをおいかける、視線がかたちづくっているものは、てのひらを合わせたようにねむる男の子、すこし剥げかけたマニキュアのぴんくが、八月のひざしを先取りしてひかっている、ゆびの股のところが、すこし汗ばんでいるようで、しめった産毛が、ときおり、吹いてくる風にかわかされてうごくのに、にているわ。

コルトナの朝がライターからはじまる
金属のおとが、水のなかでとける氷をおもはせる
あぶらの染みた、芯が、こげていく
さっきより小さくなった氷がグラスのふちにあたる
グラスは汗ばんでいるようです
目をつむりながら煙草に火をつけて
そのまま大きくいきを、そらをあおいで、すいこむと
のばした左手のゆびわの紅玉をグラスにあて
金属のおとをさせます
かたほうの手が
手紙を書きはじめようとしているけれど書きおえるころにはきっと灰が舞っている
ことだとおもふ

ベリーバードが庭の木の実をついばみはじめる時期のひざしをおぼえていることだとおもふのは、テラスにだした白いテーブルのうえにいつも置いていた水差しの汗を、あなたがどうしようもなくのぞきこんでばかりいたことを、わたしがおもひだしているからで、あなたの鼻のあたまの汗も、どうしようもなく世界をはんしゃさせていたのに、もう気づいているかしら。

煙草のせんたんが、つよく燃えている
ベリーバードのくちばしが、赤い実をくわえている
とけきった氷のような、とうめいなはねを
きれいに折りたたんでついばんでいます
−−赤い実が、そのたびごとに、はじめていて
一羽、また一羽と、ベリーバードが庭におりたつけど
ひざしは鳥たちをとうかして、さしこむ
なにひとつはんしゃしないで、はれつした赤い実がすけた胃袋におさまる
そうしておさまっているので
夏のこの庭には、おびただしい数の赤い実だったものが、うかんでいるようにみえる
おぼえていますか

コルトナの朝にゆうびんはいたつの彼は来ない、もうずいぶん大きくなったけれど、相変わらず鼻のあたまに汗をたくさんのせていてくれると、わたしはうれしいし、あなたが「とおりぬけできません」の看板をむししてこの庭に来てくれたときのことを、いまでもおもいだす、夏の日ざしみたいに、いつのまにかわたしの庭に、ふわふわとただよっているようでした。

灰皿が、ゆうじんのつくれない
はりねずみみたいになっちゃったので
すこしの水分もにがさないようにしている
ゆびわをはずす
書きかけのこの手紙を、わたしのゆびの代わりにとおして、みえない鳥のむれに投げつけましたら
きっとこの庭を燃やします


ぬくもり

  ブラッキー

霧の深い夜に、

鍵盤をたたく指先の
影が分散し
ずれていく
水面に
よわい輪郭をくぐらせた
平衡が、
ほどかれていく

冷ややかな炎が
鎌首をもたげ
水がいっせいに引く
夜半
その舌がちろちろと
流れ出し
堆積する化石たち、

窓辺に
垂直に降りる
羽ばたきの影を追う
尋ねかえされた首筋
落陽したそばから
剥がれおちていく
わたしたちの
いくつかの顔
が、
問いかけでした
分岐する
寒色の腕に沈めて

となりあったまま
抜け落ちた髪だけを
指先に絡め
夕暮れに、
馴染ませていくふたり
玩具の城を壊す
指先から消えて、

炎が
燃えている

冷たい、
あなたの横顔に
影を、
塗りつけていく
手のひらを頬骨に這わせ
融解
する、
爪先がひび割れて
表情が
剥がされていく

かつて、
ひかりある朝が、冷たい夜が、わたしたちを
呼んで、両腕を結んだ、少しずつ地軸がずれ
た、約束された季節が、座標が、遠ざかっ、
て、いく、のを、わたしたちは、唇を噛んだ
まま、追い、追えない、霧、が、戻して、は
、くれない、わたしたちの、朝が、夜が、少
しずつ見えなくなる、失われた方位、白く、
長い、指、あなたの、ひかりがついえ、そこ
から乖離していく意識、温度、霧の、

霧の深い夜に

崩壊した和音、
あなたとの
影が
次第にかすんでいく
霧に隠された仮面、
せかいを
舐めつくした舌が
ぱっくりと、
裂けて
流れ出す
対岸で
篝火が燃えている


  進谷

 空と海の間から生まれてきた青はまるで何かを探しているかのように人々の目を覗きこんでいた

 ああ 
   僕は
  ここにいるのだろうか?

 フィルムには青が映っていた
 キャンパスには青が描かれていた
 本物の青 
 それは空か?
 それは海か?

 青いフィルム
 架空と真実の間にいる青は尋ねた

「ドキュメンタリーは真実か。ニュース映像は真実か?」
「違う」
「では真実とは何だろう?」

 空が青いわ
 と少女は言った
 海が青いわ
 と娼婦は言った 

 また朝が来るねと
 また夜が来たねと
 女の子は
 言った

 僕がこうやって世界を切り刻んでいる間
 少女は
 腰を振り続けている
 
「悲しいなんて、意外と子供っぽいのね」
 と娼婦は言った
「悲しいんじゃない」
 と僕は言った
「じゃあ何?」
 と青は尋ねた
「感じたいのよ」
 と少女は答えた

 青、ブルー、男と女は海へ逃走する
 海に何があるの? 
 永遠

 切り取られた血管みたいな女の子は言った

  手をつないで

 どこに行くの? 

 洗濯をしないと着る服がない
 なんだかジャンクフードが食べたくなってきた
 洗濯が終わったらチーズバーガーでも食べようか
 外では花火が鳴り響いている
 
 青は消え
 僕は煙草を吸う
 明日を見失い
 昨日は無くしてしまった
 
 いま
 僕はいまと書いた

 僕は一行
 文章を書き
 それから
 また
 あたらしい
 一行を書いた

 シンプルで
 ナチュラルな
 言葉を
 僕はつないでいく
 ことにした

 青は語る

 手をつなごう
 僕は青じゃない

 煙草が切れた
 から
 ここで終わりにする 

 

文学極道

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