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ぱぱぱ・ららら

選出作品 (投稿日時順 / 全24作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


宛先人不明

  ぱぱぱ・ららら

青い車が
僕のおばあちゃんに
どーん、と
ぶつかってくれたお陰で
僕のおばあちゃんは
死ぬことができました
たしか
八十四歳だったと
思います
 
僕は
二十四歳にして
初めて
葬式に出場することができました
 
昔、まだ僕が
七歳か十一歳の頃
僕は
サッカー選手として
日本代表の試合に出るのが
夢でした
 
そして、
現実では
葬式に出た訳です
 
僕は今、
満員電車に乗っています
東京の。
本当にパンパンです
 
僕は
アウシュビッツに向かう
ユダヤ人のたくさん乗った
列車だって
こんなにパンパンでは
無かったんじゃないかな
とか、考えたりします
 
あなた様は
どう思われますか?
 
まあ、僕が言いたかったのは
僕のおばあちゃんが
どーん、てなって
フラッ、と逝ってしまった
ということだけです
 
うまくあなた様に
伝わってなかったら
僕としては
光栄です


海、そしてまた海

  ぱぱぱ・ららら

1、海

 僕らが出会ったのは小汚いバーで、僕らはまだ法律上お酒を飲めるようになったばかりだった。
 僕はその頃毎日のように酒を飲みに行っていた。そして彼女にあった。僕が彼女に話し掛けたとき、僕はベロンベロンに酔っ払っていた。彼女は友達二人と飲みにきていた。僕は彼女に話し掛ける。他の二人の女の子は無視。僕は彼女に話し続ける。彼女は笑う。他の二人の女の子は嫌悪感を表明。
 僕らはそれから週末にデートに行くようになった。もちろん彼女とであって、他の二人の女の子とじゃない。映画、動物園、遊園地、その外色々。僕らはそれなりに楽しんだし、幸せだったかと聞かれれば、そうだね、と答えるだろう。
 それでも時間は流れていく。とても些細なことで僕らは別れた。
別れた後で僕らは一度だけ海に行った。何でだったんだろう、理由は忘れてしまった。海へ向かう車の中で彼女は言った。イタリア旅行って映画観たことある? 彼女は映画が好きだった。僕は無いね、と答えた。それ以外にどんな会話をしたのか、僕は覚えていない。何も話さなかった気もする。
 海に着いた僕らはただ海を眺めていた。
 
2、海

 彼女が死んだと聞いた時、僕はあまり悲しくはならなかった。僕らが別れてからもう随分経っていたし、その間僕らが会ったのは海に行った時の一度だけだった。僕は彼女の葬式にも、お墓にも行かなかった。時間は流れていく、それにあわせるように僕らも流れていかなければならない。ずっと同じ所には居られない。それでも眠れない夜には彼女のことを思い出すのだけれど。
 彼女と海に行った後で、僕は彼女の言っていた、イタリア旅行という映画を観た。イギリス人夫婦がイタリアに旅行に行く話だ。夫婦は倦怠期で、夫も妻を、妻も夫を、愛していないように見える。愛は冷めてしまっている。
 ある日、夫婦は地元の人間に遺跡を観に連れて行かれる。遺跡ではちょうど一つの骸骨が発掘されるところだった。夫婦はそれを見ている。骸骨の姿が見えてくる。骸骨は一組の男と女だった。二つの骸骨は寄り添いあったまま死んでいったのだ。きっと夫婦だったのだろう。二人は時間の、人間の、神の偉大さを知り、愛を取り戻す。そんな映画だった。
 僕は眠れない夜に彼女と行った海へ行ってみた。一人で。僕らの前には遺跡も骸骨も現れてはくれなかった。僕は一人海を眺めている。なんだか眠たくなってきて、僕は目を閉じる。目を閉じると、隣には彼女が座っている。彼女は黙って海を眺めている。あの時と同じように。それから僕は深い眠りに落ちた。目を覚ました時、隣には誰もいないのだろう。それでも目を開かなくてはならない。きっと僕が目覚める頃には、ちょうど太陽が海の中から出てくるだろう。


憂欝な週末の夜

  ぱぱぱ・ららら

一、
 
「さあ、皆さんお待ちかねの憂欝な週末の夜がやってきました」
 そう言われてやって来た、憂欝な週末の夜。
 僕は憂欝な週末の夜の為に、原油高のせいで高級食材へと昇格した野菜達を使ってクーリムシチューを作った。
 そしてクーリムシチューを僕と憂欝な週末の夜は、テーブルで向かいあわせになって食べた。他には誰も居なかった。
「確かに、なかなか美味しいクーリムシチューでしたな」
 と食後に憂欝な週末の夜は小学校の校長先生のように言った。ちなみに僕の通っていた小学校の校長先生は、性的な犯罪を犯した、と卒業後に風の噂で聞いた。
「しかし、憂欝な週末の夜にクーリムシチューというのは、どうも違うように思えるんですが……」
 と小学校の校長先生は続けた。
 僕は何も言わなかった。黙っていた。そうかもしれない、とも思ったし、むしろ憂欝な週末の夜だからこそクーリムシチューなんだ、とも思った。
 
二、
 
 クーリムシチューを食べた後、僕らは二つ三つの当たり障りの無い話をした。近況とか、そういった種類の話。僕はいくつかの当たり障りの無い嘘をついた。帰り際、憂欝な週末の夜は嘘つき、と僕に言った。クーリムシチューのお礼にしては、少しだけ冷た過ぎた。
 憂欝な週末の夜が帰った後、僕は文字通り一人になった。ワンルームの狭い部屋、青いカーテン、青いベット、青い目覚まし時計、黒いアコースティックギター、そして僕。
 僕は青いベットに行き、ベットの下に隠しておいた古びた木箱を手に取り、中から拳銃を取り出し、自分の右のこめかみにあてる。それから、引き金を引いた。
 
三、
 
 ここは日本だ。僕の様な普通の生活を送っているような人間には、拳銃なんて手に入れる事は出来なかった。僕の右のこめかみに存在する、僕の拳銃には殺傷力なんて無かった。それでも僕は引き金を引き続けたが、窓から見えるはずの本物の月は、どこにも見当たらない。
 
四、
 
 僕は余っていたクーリムシチューを温め、もう一皿食べてから眠りに就いた。


コントラスト・サンダーマン

  ぱぱぱ・ららら

平日の夕方、たかひこはテレビを観ている。隣には女が座っている。
外からは止まることの無い工事音が聞こえてくる。
ガガガガガガガガガッ。
 
『コントラスト・サンダーマン』
そんなタイトルの特撮もの。
昼間は家でのんびり、音楽を聞いたり映画を観たりしているひき籠もりがちな青年だが、夜は別人。コントラスト・サンダーマンに変身し、悪の怪人を倒していく。
そんな物語だ。
ちなみに武器はサンダー&サンダーロッド。昼間のうちに洗濯物と一緒に干しておいて、太陽光を貯めておき、夜、怪人に向かってサンダーを放つ。
太陽光。エコだ。
 
「今週も大活躍だね、たかひこ君」
と、隣の女が言う。
「そうかな、普通だろ」
と、たかひこは答える。
テレビの中のたかひこは怪人と戦っている。
 
『コントラスト・サンダーマン』が終わり、テレビはニュースを流し始める。
いくつかの事件、事故、それからスポーツ。
いつもと変わらず、進んでいくニュース。
 
「ここでたった今入ったニュースです」
と、女性アナウンサーがいかにも焦っていますといった感じで、冷静に言った。
「あと、三時間前後で世界が終わります」
 
「ねえ、どうしよう?」
と、テレビを観ていた隣の女はたかひこに聞いた。
「どうもしないよ、別に」
と、たかひこは答えた。
「世界が終わるのよ。どうにかしてよ、たかひこ君」
と、隣の女は言った。
「関係ないよ、そんなの。終わりたきゃ終わればいいさ」
と、たかひこは言った。
 
工事音が止み、静かになった。
隣の女は声を出さずに泣いている。
ベランダの洗濯物が風に吹かれて揺れている。
たかひこの服。
女の下着。
それからサンダー&サンダーロッド。
 
太陽が少しずつ沈み、空は少しずつ暗くなっていく。
カラスは家に帰る時間だ。
「心配しなくていいよ、もうすぐ夜が来る」
たかひこは隣の女の髪を撫でながら言った。


こことよそ

  ぱぱぱ・ららら

ねぇ、わたしのこと好き?
好きだよ。
本当に?
本当さ。
じゃあどれくらい?
どれくらい?
そう、どれくらい?
難しいな。
もう、ちゃんと答えてよ。
愛してるよ。
 
ねぇ、人が殴られてるところって見たことある?
喧嘩とかのこと?
そうじゃなくて、なんて言うか喧嘩とかボクシングとかじゃなくて、もっと一方的に殴られてるような……。
リンチとかってこと?
そう。
うーん、たぶん無いかな。少なくとも今は思い出せないな。
 
ねぇ、わたし昨日の夜見ちゃったの。
リンチを?
うん、仕事の帰りにおじさんというかおじいさんのような男の人が殴られてたの。一人からじゃないわ。もっと多く。四人か五人くらい、いや、もしかしたらもっと居たかも。恐くてあんまり見てなかったの。ねぇ、殴る方の男たちはずいぶん若かったの。
学生?
たぶんそう。きっと殴られてる男の人と父親と子供ぐらいに離れてるような、ねぇ、言ってること分かる? 殴ってる方は自分の父親と同じぐらいの年の人を殴ってるのよ。ずっとよ、ずっと。
うん、分かるよ。
 
それでどうしたの?
えっ?
きみはそれをずっと見てたのかい?
そうね、ずっと見てたわ。もちろん、警察に電話しようと思ったわ。でも、できないの。恐かったとかじゃないの。いや、もちろん恐かったんだけど。でも、恐くて電話できなかったんじゃないの。電話しようとしたけど番号が出てこないのよ。三つよ。たった三つの数字が出てこないの。わたし、思い出そうとしたわ。でも、その間中ずっと男の人は殴られ続けてるの。それを見てたら、頭からなにも出てこないのよ。たった三つの数字が。だからってわたし一人で止めに入る勇気なんて無かったの。無いのよ。ねぇ、わかる。
わかるよ。うん。……それで男の人はどうなったの?
わたし、結局警察の番号思い出せなくて、それで、恐かったし、だから……。
逃げたの?
……そうよ、ねぇ、わたしのこと嫌いにならないでね。
ならないよ。
 
今朝のニュースでやってたの。一人のホームレスが暴行されて亡くなったって。犯人は捕まってないの。でも、きっと高校生だろうって。
そう。
ねぇ、わたし以外にも目撃者が居たらしいの。で、その人が警察に電話したらしいんだけど、でも男の人は助からなかったわ。
わかるよ。きっときみがちゃんと警察に電話してたって、その人は助から無かったよ。
ええ、きっとそうね。でも、わたし……、わたしはなにもしなかったの。なにもよ。きっとなにかできたのよ。叫び声をあげるだけでよかったかもしれない。
そんなに気にすることないよ。本当に。
 
ねぇ?
なに?
愛してるわ。


気狂い

  ぱぱぱ・ららら

蛍光灯の電気が切れそうだ
でも
取り替える気力はない
 
夢を観た
二人の娼婦と仲良く遊んでいる
一人は上に
一人は下にいる
二人とも
とても綺麗だ
僕らは楽しそうにやっている
 
映画の中で
十六歳の女の子が死んだ

と友人から聞かされる
自殺だそうだ
永遠が見たい
吐き気がする
僕は冬の海に飛び込む
 
子供の頃
ただ漠然と
大人になれば
素晴らしい人間になれると思っていた
救済され
喜びの祝福を受け入れた
美しい僕
 
点滅する蛍光灯を眺めながら
哀しげな女に
裏切られて
殺されたい
と僕は願っていた
 


月の見えない夜に羊は消える

  ぱぱぱ・ららら

雲が満月でも何でもない月を
隠している隙に
世界中の羊は一匹残らず消える
 
ポール・オースターの小説に出てきそうな
私立探偵エディは
謎の男から依頼を受けて
ひつじを探すことになる
 
やーい、ひつじやーい。
と、言いながらエディは
深夜の渋谷のスクランブル交差点を探しまわる
 
ひつじ飼いのエディは仕事を無くし
自らのアイデンティティーを
探し求め旅に出る
 
アフリカにある名前の無い国に
たどり着いたエディは
自らの名前を落としてなくしてしまう
 
ひつじについての詩ばかり書いていた詩人のエディは
創作意欲を失い
言葉を忘れ
自分のことをひつじだと思い込むようになる
 
エディはひつじの消えた
牧場に入り
メー、メー、メー。
と鳴いている。
 
前世がひつ
じだった風俗嬢のエディはとても長い黒髪がとても
素敵でとても人気があったの
だけれど
 
 
エディのはたらいていたお店はほうりつか何
かにいはんしてい
て営業てい止になってしまいエディはふ
つうのOLへと戻ることになってしまう
 
むかしむかし、ひつじなんていうなまえの羊なんていなくて、ひつじかいなんかもいなくて、エディなんてなまえのにんげんもいなくて、それがよかったのかどうかはわからないけど羊は羊だった。
あるよる、羊のもとにエディとよばれるにんげんがやってきて、羊のことをひつじとよび、それがわるかったのかどうかはわからないけど、ひつじかいはひつじをかうようになった。


詩人

  ぱぱぱ・ららら

「僕は詩人だ!」
深い崖の下で叫び泣いた
僕は
確かに僕だったと思う
 
波がきて
波が去る
その繰り返しが時間なら
僕であったはずの
僕は
退屈さの中で
死んでしまった
 
石ころだっていつか死ぬ
その頃には
ヨークシャテリアだって
哲学的問題を解き始める
 
「僕は詩人だ!」
って沈んでしまった太陽の光の
ように泣いたって
明日は仕事さ
 
むかし、詩人だった君は
白い月の下
イタリア製の高級スーツに身を包む
 
Xー700を冬の海に持って行き
世界を切り取る僕は
やっぱり詩人なのかな?
周りは
愛無き愛の物語
 
「助けてよ」
と言ったのは誰?
海を潜り、水難救助した僕に
待っていたのは部屋
に一つの死体
 
『鏡の街』
 
第一編・詩は死を呼ぶ
 
僕は探偵だ
だから依頼を受けて
事件を解決した
報酬を貰い家に買えると
死体が転がっていた
僕の彼女だ
死体は言った
これは報復なのよ
誰かを救えば
誰かが死ぬの
生命には限度があるの
人が増えれば
木々は死ぬ
僕は尋ねる
何で君が殺されなきゃいけなかったの?
犯人に聞けばわかるわ
 
第二編・センチメンタルに走る僕は非詩人
 
 豚丼を食べている僕は、間接的に豚を殺している訳で、彼女が殺されたからって、犯人を責めることは出来ない気がして、僕は時計を左回りにまわす。
 すると、海が見えてくる。寒い、どうやら冬のようだ。太陽は山の裏に沈んでしまい、橙色の光が山の裏から少しだけ、紫色した空を照している。波が来る。そして去る。波の音、久しぶりに自然の音を聞いた気がする。僕の隣には彼女がいる。彼女の隣には僕がいる。僕の隣には彼女がいる。それだけ。
 
第三編・わたしは貝になりたい?
 
 僕の隣には犯人がいる。
 僕は僕のじゃないみたいな、僕の口を機能させる。
 
あなたが殺したの?
そうだよ
どうしてですか?
ねぇ君って、哲学って信じる
信じるます
好きな哲学者は?
ニーチェ、ドゥルーズとか
それじゃダメだ、そもそも君は哲学についてどれくらい理解しているんだ? 哲学を哲学して、それでも君は哲学を信じるって言ってるのかい? 詩はどうだい?
詩も好きですよ。というか、僕はあなたに彼女を殺されるまで詩人のつもりでした。
でも君は詩人じゃない。
その通りです。僕は詩人じゃない。僕が書いてたのは詩なんかじゃなかった。もっと別の落書きとか、そういうものです。
わたしは詩が嫌いだ。詩は卑怯だ。いつも大事な局面では現れやしない。なぜアウシュビッツには詩人がいないのか、なぜネイティブアメリカンには詩人がいないのか、なぜアイヌには詩人がいないのか、君は答えられるかい? 答えられないなら、詩なんて書くべきじゃない。そうだろ?
そうかもしれません。ところで、あなたはゴダールの映画を観たことがありますか? 彼の映画にその事について言及しているものがあります。あなたは観たことがありますか?
さあ、どうかな忘れてしまった。本当に。言い訳じゃなく、わたしは記憶というものを持っていないんだ。
最近、チェ・ゲバラのアメリカ映画がやってるのは知ってるでしょう。二本あるそうです。二年前ぐらいかな、オリバー・ストーンがフィデル・カストロにインタビューしてドキュメン映画があります。でもそれはアメリカでは上映禁止になったそうです。これについてもっと考えてみるべきじゃないですか?
ちょっと待ちたまえよ、君は何が言いたいんだい?
僕が何を言ってるか分かったとしたら、それは僕の表現が下手だったという事だ。これはグリーンスパンの言葉です。彼は詩人でも哲学者でもない。経済学者です。でもこの言葉って詩だと思いませんか?
ちょっと待て。もはや詩なんてものは存在しない。現代詩ってやつを読んだことがあるだろう? あんなのがもう何十年も続いてるんだ。もう詩なんて存在しないだろ。わたしだって昔は詩を信じてたさ。だがヒッピーがただの金持ちの大学生の集まりだったのと同じことさ。ねぇ君は家畜の動物たちについてどう思う? ただ食べられる為にだけ、生まれ、生かされ、殺される。君が今持ってる缶コーヒーを作る為に一体どれだけのアフリカ人が搾取されてるかのか? これが世界なら、君が詩人だと言うのなら、これが詩の作り出した世界なのかい?
あなたは詩を深く考えすぎですよ。詩なんて無力なもので、詩で何かが変わるわけでも無いし、詩を誰かに伝えようなんて気もない、誰も。ねぇ、最近あまりにも批評家が増えていると思いません? しかも、すごく偉そうなんだ。たとえどんなにひどい詩だって、どんなに素晴らしい批評よりは讃えられるべきだと思わないです? ねぇ、詩っていつからただの文学的技術論になったの? 詩だけがただ唯一の、人に創れるものじゃ無かったのですか? 詩が世界を救える、詩が貧困をなくす、詩が人生の闇に光を照らす、そう考えちゃうのは、やっぱり僕が詩人じゃないからですか?


帰還

  ぱぱぱ・ららら

なにかの果てから
還ってきた
帰還兵の少年は言った。
 
見つけたよ、
見つけたよ、
と。
 
上ずった興奮した声で、
ぎこちない
笑顔で言った。
 
見つけたよ、
見つけたよ、
と。


言葉

  ぱぱぱ・ららら

偉そうな言葉は
僕の中には存在しない
と言いたい
 
再発見とでも言うべきか
それとも
幸せとでも言うべきか
 
僕は生まれる
言葉によって
それから
言葉によって死ぬ
 
 告白すると、僕は言葉を書き終える度に、もう二度と言葉なんて書きたくないと思う。インクが乾いたとたん、胸がむかつく、とベケットは言っていたそうだ。僕も同じ様に思う。それでも彼は書き続けた。ただ言葉を。マーフィーも、モロイも、マウロンも、それから名前の無いものも、語り続けた。シオランは、世界は絶望のきわみだ、と言い続け、そして、それでも生き続けた。書き続けながら。言葉を。
 
君はなんのために書くのか?
言葉を
ここで今更ながら
断っておくが
これは詩じゃない
言葉だ
それは太陽でも
愛でも
絶望でも
なんでもない
 
 僕はなんのために書くのか。これは僕自信に対する問いだ。別に内側を知りたい訳じゃない。僕は輪郭が知りたいんだ。ここでレズニコフやカーヴァーの言葉を引用してもいいのだし、それが僕のやり方かも知れないけれど、辞めておく。これは僕の言葉を捜す言葉だから。でも僕は僕の言葉よりも彼らの言葉の方が大事だ。僕の言葉なんて嫌いだ。
 
何も書くべきものは無いように思う
初めから。
それでも
僕は書いている。
なぜ?
またベケットに登場してもらうとすると、
彼の『名づけえぬもの』では、
無の中で
ただ無目的に喋りまくり、
さあ、続けよう。で本は終わる。
これは絶望か?
これは無か?
 
 僕が書くのは剥き出しの言葉だ。なにも引き合いに出してはいないし、隠してもいない。僕が海と書くとき、それは海で、僕が愛と書くとき、それは愛であって欲しい。
 
君が書くのは
詩か?
 
僕が書くのは
言葉だ
 
それは
そこら辺に落ちてる石にすぎない
 
石は絶望か?
石は無か?
 
 シオランは長い間、不眠症に悩まされ続けた。彼は言う。もし私が朝から働かなくてはいけない状況で生活していたのなら、きっと自殺していただろう、と。僕は不眠症で、朝から仕事が待っている。僕は死すべき人間なのだろう。野獣だし。なんて言うつもりはない。でも書いた。消すつもりはない。
 
もう書くべき言葉が思い付かない
振りをして
終わろう
いつだって
終わらなければならないのなら
僕だけがそこから
逃れるなんてことは出来ない
逆もまたそうだ
 
さあ、終わりにしよう
 
僕は言葉だ


存在証明(は今日も出来ず)

  ぱぱぱ・ららら

 僕はここにいる。君はそこにいるのかい? あれ、僕はここにいるって言ったっけ? 君はどこにいるって言ったっけ? 忘れてしまったよ。最初から何も知らなかったっけ? 僕の肌は今日も白くて、やっぱり病人みたいで、世界は僕とはなんの関係もなく、いつも通りにまわっている。僕はその遠心力に吹き飛ばされ、どこか誰もいないところにたどり着く。君もいなけりゃ、君もいない。僕はいるのかな? イルカのように生きていたあの子は、イルカに食べられて、僕がムーミンの絵本を読んで聞かせたあの子は、ムーミン谷へと歩いて行ってしまった。僕はここにいると言う。でも僕はここにいない。君は君を喪い、僕は僕に別れを告げて、イルカもムーミンもいない孤独な谷へと旅に出る。それから、いや、それから、じゃない。それから、はもういない。じゃあ誰がいる? 何がある? 何も無い。難問だ。僕らはいない。天使のような歌声で歌ってる子を見つけたら、それは本当に天使で、僕は雲の上にいるのだと言うことが出来ることにしよう。猿が去るように君は去り、猿よりも猿らしく成功する。ボス猿はかく語り、僕は彼の古文になる。もしくは彼が僕の。モスクワは今日も寒いですよ、とメールしてきたカフカは断食芸人と知り合い、彼に夕食を御馳走する。雄鴨のように美しくなりたいな。誰か聞いてるかい? 僕は、雄鴨のように美しくなりたいんだ。君は雄鴨の美しさを知ってるかい? まあ、当たり前だけれど、雌鴨も美しいんだけどね。脚がしびれてきた。最近、よくしびれるんだ。なにか病気だろうか? 君に脚はあるかい? 君にお金はあるかい? 僕は無いよ。ところで、ああ、ごめん。ところで、も死んだんだった。いつだって素晴らしいものからいなくなるんだ。じゃあ、もうすべてに消えてもらおうか? 君はもう消えたかい? 僕はもう消えたのかな? 消失。焼けるように熱い、道端に落ちてる石ころは、僕らのボンジュール。オレンジジュースを飲み干して、砂漠をもっと増やそうぜ。缶詰だけで生き延びろ。最後の言葉はそれにしよう。僕はもう最後の言葉しか話さない。君だってそうだろ? 善人はいないなら、僕もいないなんて、僕には言えないから、さよならも言わずに、僕は去っていく。じゃあ、皆さん。缶詰だけで生き延びて下さい。


現代詩

  ぱぱぱ・ららら

僕がみどりの草原をヤギと一緒に
歩きまわるということはない
 
あの黄色い花は何?
僕は知らないな
 
コンビニの前に落ちてる
小石だって歌うんだぜ
 
動物園にいる猿たちが
僕のリンゴを食べることは無い
 
羊飼いはどこに行ったの?
最初からいなかったっけ?
 
高層ビルに囲まれた木と
森の奥で太陽の香りを放つ木との
違いなんて無いのさ
 
美しい詩の言葉は
遠く遠くで
桜の花びらのように
散ってしまった
 
それは1941年の7月7日のことだった
 
きっと今日と同じように
空は青く
太陽の柔らかな光が彼らを包み
それから風が吹いていたのだろう
 
その日、詩は燃えてしまった
 
僕らに残ったのは灰だけか?
 
冷房のきいた図書館の
大きな窓から外を見ると
たくさんの名も知らない
木々たちが風に乗って踊っていた


偽物の猿の目は黒い(前編)

  ぱぱぱ・ららら

0、
 これから僕が話すのは、偽物の猿についてだ。それはアルコール中毒のトランペット奏者についてでも無ければ、昨今問題となっている黄色人種に対する大虐殺の話でも無い。
 でも正直に言って僕が偽物の猿について語れることは、あまりにも少ない。まず根本的な問題として、僕は本物の猿について絶望的なまでに何も知らない。動物園で猿を見たことはある。でも、動物園の猿を本物と言うことができるのだろうか。誤解してはもらいたくないのだが、これから僕が話すのは動物園の猿についてではない。僕は本物の偽物の猿について話す。偽物の猿について話すことによって、いつか僕らは本物の猿について、何かしら知ることができる日が来るかもしれない。
 
1、
 僕の彼女は売れない舞台役者だった。僕も冴えないフリーターだったから、僕らは互いに金を持たざる者として仲良くなっていった。ある夜、稽古帰りの彼女は言った。「良い役を貰ったの、主役よ」。僕はそれを聞いて素直に喜んだ。これまでに何度か彼女の所属する劇団の公演を観たけれど、彼女はいつだって小さな役しか与えられていなかった。居なくてもいいような、彼女じゃなくてもいいような、そんな役ばかり。一度なんて大根の役をやらされていた。料理をする主演女優。買い物袋に入れられた彼女。主演女優は包丁とまな板を取り出し、彼女を切り刻んだ。トントントン、と包丁がまな板にあたる音がしていた。彼女は悲鳴ひとつあげなかった。舞台上は彼女の血で染まり、最前列の観客には血しぶきが飛び、観客達は悲鳴をあげた。僕は最後まで観てられず劇場を出た。公演が終わるまで、向かいの道路のガードレールに寄りかかり、煙草を吸っていた。僕以外に劇場から出てくる観客はいなかった。
 公演後、「これはあまりに酷いじゃないか」、と僕は演出家に訴えた。演出家は僕よりずいぶん歳上に見え、髭も伸び放題だった。「しょうがないでしょ、彼女下手糞なんだから」、と演出家は言った。「死んじまえ!」、と僕は悪態をついて彼の元を去った。
 
2、
 彼女の主演する舞台のチラシを見た。『サラジーヌ』という題名だった。一番先頭に彼女の名前が書いてあり、演出家は僕が死んじまえと罵った男だった。チラシの裏には、『迫真の演技。体当たりのベットシーン。』と黄色い文字で書いてあった。
 僕はその公演を最前列で観た。チラシの通り、彼女と主演男優によるベットシーンがあった。熱いキスの後、男の舌は彼女の胸を舐め、左手は彼女の股へと伸びていった。彼女は演劇用のよく響く声で喘ぎ、腰を激しく動かした。僕の席からは彼女の表情がはっきりと見えた。彼女は本気で感じているように思えた。僕は最後までその劇を観たけど、ベットシーン以外なにも覚えていない。
 公演後、僕は彼女に言った。「何が『迫真の演技。体当たりのベットシーン。』だよ。そんなにリアルなベットシーンがしたいなら、本当にヤっちまっえばいいじゃないか」。僕はそう言ってチラシを破り捨てた。「だいたい何でお前みたいな下手な人間が主役なんだよ。お前なんか野菜の役で十分だろ」。僕はいくらか酔っぱらっていた。「どうせこの役もあの髭野郎に抱かれて貰ったんだろ」、と僕は言った。彼女は左手で僕の頬を叩いた。「最低ね」、と彼女は言った。「最低ってなんのこと?」と僕は心の中で呟いた。
 
 その時には分からなかったが、今考えてみればこの瞬間に偽物の猿は生まれたのだと思う。僕が彼女に叩かれた瞬間に。僕の頬と彼女の左手を両親として。偽物の猿は生まれた瞬間に死んだ。詩や映画と同じように。だから僕が実際に見たのは、もう死んでいる偽物の猿だったのだろう。でももちろんその時には気づいていなくて、僕は死んでいる偽物の猿を生きている偽物の猿として扱っていた。
 
 
(前編 終わり)


太陽の沈んで行く公園で、彼女は話続けている

  ぱぱぱ・ららら

 夕焼け空。夕日は高層ビルで隠れている(いた)。僕らは公園のベンチに座っている(いた)。真っ黒なカラス。ホームレスの象徴たる鳩。遠くから聞こえてくる(きた)サックスの音。彼女は話を始める(めた)。
 公園のベンチに座っていると、なんだかユスターシュの白黒映画に出演しているような気分になる(なった)。彼は神経衰弱を演じていた。そして本当に自殺してしまった。ブローティガンも死んだ。カートも死んだ。サックスの音色につられて、ホームレスの食べていたピーナッツが踊りだす(した)。ワルツを、もしくはタンゴを。「白いワンピースと黒い長髪の結婚」、と踊り疲れたピーナッツは言った。「なんだい、それは?」、とタカーロフは聞いた。『ホームレスに死は訪れない。ホームレスに生はないのだから』、と言ったタカーロフ。『芸術と宗教は似ている。どちらも絶望の子供たちだから』、と言ったタカーロフ。「二人の子供は茶色い革靴さ」、と答えるピーナッツ。「本当にそうか? 茶色じゃなくて黄色じゃないのか?」、とタカーロフ。「黄色は死んだ。茶色に殺されたんだよ」、とピーナッツ。「だが……」、とタカーロフが反論しようとしたところで、ピーナッツはホームレスの口の中に入れられ、黄色い入れ歯で噛まれていく(いった)。
 サックスは鳴り続け、太陽はまだ沈み続けている(いた)。タカーロフは家に帰り、彼女はまだ話を続けている(いた)。僕はピーナッツみたいに食べられるのを待っていたが、大きすぎたせいか、まだベンチに座っている(いた)。
 六月に死んだ女の子が、七月に死ぬことなない(なかった)。僕は本当は六月に死んだ女の子について、書きたいのだけれど、結局僕には書けないのだろう(書けなかった)。
 サンフランシスコの片隅で、動物園から脱走したキリンとペンギンが殴りあいをしている。中国女とフランス女が観客だ。中国女は娼婦で、小さな部屋に住んでいる。エアコンはない。一回6980円で抱かれている。フランス女は表参道の道路に設置された喫煙所でタバコを吸っている。背は高く、細い体に洒落た服。でもフランス女はフランス女ではなく、ベラルーシ女だ。チェルノブイリで父を亡くした女の子。祈りはどこにも届かない。
 太陽は沈み、空には月が出てくる(きた)。彼女はまだ話を続けている(いた)。僕はその隣で話を聞いている(いた)。退屈な話だ。たいした内容ではない。ホームレスは芝生の上で、缶ビールを飲んでいる(いた)。サックスは鳴り止み、月は僕らの知らない形へと変わっていく(いった)。それでもまだ彼女は話続けている(いた)。僕もずっと隣にいる(いたかった)。


ダンス

  ぱぱぱ・ららら

わたしはダンサーなの

でも僕はきみが踊ってるのを見たことがないな

見つけたよ
なにを?
世界さ
 
世界は最初からあったでしょ?
 
違うよ
再発見したのさ
僕の世界を
 
そこには何があるの?
芸術さ
芸術?
そう、愛だよ
 
ねぇ、ダンスを踊ってくれないか
僕の世界のために

僕は調子外れなギターを弾いて
それから
詩を書くから
 
 
っていうかさ
僕は詩を書きたいんだ
きみのダンスのために


リミット・オブ・コントロール

  ぱぱぱ・ららら

1、ウィリアムとジムへ
 
 先週、わたしたちは風邪をひいてトイレから一歩も出られなかった。わたしたちとは、わたしの心とわたしの体とわたしのこと。わたしの心は美術館に行っていた。そこには誰も見たことがない絵ばかりが飾ってある。なぜならその絵たちは芸術性の欠片もなければ、技術的にも見るべきところはなく、人気すらもなかった。わたしの心はその絵たちの中のひとつの前にずっと立っていた。『中性子』という題の絵だった。それは指揮者のいないオーケストラであり、ジャワのガムランであり、それはどこにも動かすことが出来ず、なににも変換不可能なものだった。わたしの心とは違い。
 わたしの体とわたしがどこに行ったのか語るのは難しい。わたしたちはそれについて語るつもりがないのだから。
 
2、語ることはなく、書かれることもないものへ
 
 美しくもなく、優しくもなく、儚くもない女の子が死んだとき、わたしたちは泣かなかった。わたしたちには泣くべき理由がなかった。涙の代わりに言葉が流れた。それはここでは書けない言葉。
 
3、変換
 
 わたしたちはわたしたちを変換させる。わたしたちはわたしたちの顔を整形し、体を長く細くする。わたしたちはわたしたちの論理を明瞭化し、思考を形式化する。わたしたちはわたしたちの性格を穏やかにし、生活を統一する。わたしたちはわたしたちのことをロボットと呼ぶことになる。
 
4、想像
 
 わたしたちが書くのはここまでだ。ここから先はわたしたちにとって、機械となったわたしたちにとって良くないことが起こるからだ。途中まではうまく行っていた。みんながわたしたちに憧れ、みんながわたしたちのようにロボットへと変換していった。世界全体ががロボットへと変換していった。なのに、ある種のものはロボットへの変換を拒絶した。彼らのことを話すつもりはない。彼らはわたしたちとは違うし、わたしたちは彼らとは違う。わたしたちは彼らを憎む。それ以上のことを言うつもりはない。


2010年2月2日

  ぱぱぱ・ららら

雪の朝
世界は白くて
寒い
なぜだか
涙が止まらなくて
ああ、
僕が言いたいことなんて
こんなものだったんだ
 
本当は
何か難しいことを
言いたかったんだけれど
 
まあ
いいや
 
僕は
雪じゃなくて
君が降ってくれば
いいな、
って思ってるんだ


偽物の猿の目は青い(東京の憂鬱編)

  ぱぱぱ・ららら

 ボードレールは人間のことを偽物の猿と言った。だけど僕が出会った偽物の猿は人間ではなかった。いつか僕の言いたいことのなにかがあなたに伝わればいいと思ってる。例えば音楽のように。例えば愛のように。僕は嘘をつく。僕らは、と書いた方が正しいのだろうか。例えばボードレールは人間のことを偽物の猿だとは言っていない。それでも、しばしば真実が嘘になりうるように、嘘も真実になりうるかもしれない。いつの日か。
 僕は空が青いことを知ったのは二十歳のことだ。それまで僕は空を見上げたことがないわけじゃない。僕は外に出る。ビルの隙間から青空が見える。ああ、そういえば空って青かったんだな、と僕は思う。偽物の猿の目はそんな青さをしている。
 偽物の猿は僕を見て、トゥルルル、と言う。こうやって書くと電話音みたいだけど、電話音とは全く違うトゥルルルだ。もっと暖かくて、もっと優しくて、もっと不規則なトゥルルルだ。チリで地震が起こる。情報はすぐに僕の元にやってくる。でもそれはただの情報に過ぎない。ただの数字だ。彼らがどんな人を愛し、誰を嫌いになり、何を考えて生活していたのか、僕にはわからない。
 偽物の猿はポケットから煙草を出し、テーブルにおいてあったライターを勝手に使い、火をつける。下北沢の雑貨屋で買った僕のお気に入りのライターだ。偽物の猿は煙草を吸い、吐く。煙が部屋を舞い、それから最初からなにもなかったかのように消える。でも匂いは残る。短い間だけれど。
 一本吸うかい? と偽物の猿は僕にたずねる。いや、いらない。と僕は答える。やめたんだ、煙草。それは残念だな。と偽物の猿は言う。僕はトゥルルル、と呟いてみた。偽物の猿のようにはうまくトゥルルルと言えない。それでも僕はトゥルルルと言い続けた。他に言うべき言葉は何もないような気がしたから。トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル。


ポエム

  ぱぱぱ・ららら

 僕はきみを愛してる。僕が言いたいことなんて本当はこれだけだ。つまり僕が語ることは全部嘘だ。いや、もしかしたら僕はきみを愛してるということを複雑で分かりにくく語るだけなのかもしれない。ティムは言った。わたしたちは愛のために戦争にいくのだ。僕は言おう。僕はきみのために明日も仕事にいくのだ。部屋には僕しかいない。テーブルには焼酎の入ったグラスと納豆と日の消えたお香。Art-Schoolのロリータ キルーズ ミーがループして流れ続けている。もしくは未知瑠のWORLD'S END VILLAGEが。僕は美しく生きたいと誓ったんだ。誰に? きみに。僕の左上腕には女神のタトゥーがある。右手でピストルを掲げ、左手には煙草を持っている。今の世界を象徴していると思わないかい? コートジボワールの子供たちはどうなったのだろう? ホワイトデーの広告を見るたびにそんなことを考えています。ここでまた一本線香に火をつけさせてもらいます。それから焼酎を一杯飲む。焼酎はコーラで割ってある。この前キャバクラで会った女の子がコーラで焼酎を割っていた。だから僕は焼酎をコーラで割る。おぉ、これこそ人生。きみの大きな瞳は整形だろ? 知ってるんだ。クソが。僕は知ってるんだ。きみが整形してようと、してなかったかろうと、僕はきみを愛してる。お香とお酒は合わない。気持ち悪くなってくる。お香と木下さんの歌声も合わない。耳が溶けてくる。僕は溶けた耳をさわる。肌色の液体が僕の左手にまとわりつく。つまみが足りない。僕は八歳の頃から死にたがっていた。僕はその頃マンションの七階に住んでいた。ベッドに眠る僕。寝付けない僕。ベッドは壁についている。壁には窓がある。僕は窓から飛び降りようと思う。下は駐車場だ。車が並んでいる。みんなこれを手に入れるために、あくせく時間や家族を犠牲にして働いているのだ。僕は信じている。僕を。僕はまだ生きている。僕はもう八歳ではない。僕はもう七階には住んでいない。僕はもう自ら死ぬことはない。美しく生きたいと、木下さんは言った。僕は美しく生きたいと言った。たとえ世界の果ての村でただ一人になっても。僕は女の子を抱いている。それから射精する。僕はシャワーを浴びる。僕がシャワーを浴びている間に、女の子は別の男を受け入れる。その男は僕より背が高く、ガタイも良い。顔もイケメンでチンコもでかい。僕は部屋に戻り、その男を見る。それが彼らのやり方だ。彼らとは政府のことであり、社会のことであり、マネーのことだ。相手が女の子の場合はこうだ。きみは太りすぎている。きみの胸は小さい。きみの肌は汚ない。きみの目は小さい。などなど。でもそんなの嘘っぱちだ。だからこれ以上目を大きくしようするのは止めてくれ。きみは美しい。僕はきみが好きだ。僕は一口焼酎を飲む。少しこぼす。今は今のことで、僕は今を生きている。もう死ぬことはない。左手首は傷だらけだ。その傷ひとつひとつが僕の詩だ。ポエムだ。愛だ。僕は生きている。きみは生きている。ここにポエムがある。他に何が必要だというのだろうか。カモン、カモン、カモメやい。聞いているのかい? お香のケムリは消え、ここにいるのは誰だい? お前は詩人なのかい? お前は詩を愛してるのかい? お前は詩をなんだと思ってるんだ? 俺は詩を愛だと思ってる。愛によって人々は戦争に行くように僕は愛によって詩を書く。僕はそれをポエムと呼ぼう。焼酎がなくなった。もう一杯注ごう。ちょっと待ってて下さい。コーラが無くなったので、グレープソーダで割った。僕はブドウが好きだ。あと、トマト。僕は詩を書く人を信じる。僕はポエムを書く人を信じる。たとえどんなにひどいポエムでも。僕はトマトが好きだ。これはもう言ったか。みなさま、僕はブドウとトマトと詩とポエムが好きです。車も一軒家も冷凍庫も入らないです。ああ、人生。ああ、生活。そんなのはそんなのが欲しい奴のとこへ行ってしまえ。僕が欲しいのは愛だけだけです。今、この瞬間に。魚の骨をしゃぶりながら、僕はきみのことを考えている。それだけだ。後はうまくやって来れ。僕は芸術も師も人生もマネーも生活も捨てて、きみを迎えにいくよ。納豆が余っていることに気づいた。焼酎と納豆はあわないけれど、僕は納豆を食べることにする。僕はこのポエムを書き終えたら納豆を食べるだろう。それから歯を磨き、顔を洗い、ベッドに入るだろう。音楽は鳴り続けている。残りのスペースは少ない。あと443バイトだ。僕は携帯電話でこの文章を書いている。電話。僕は伝えたいのだ。何かを。言い残したことは一杯ある。次こそは、とは言わない。今のこの瞬間に。次はない、かもしれない。僕にはわからない。これが今の僕のすべてた。誰かがこのポエムを読んでくれると嬉しい。嘘じゃなく。これはポエムだ。誰がなんと言おうと、僕がなんと言おうと、これはポエムだ。僕の言いたいことは、きみを愛してる、それだけだ。あとは全て、どんな一文字だって嘘っぱちである。


ぱぱぱ・ららら

  進谷

ぱぱぱ・らららと呼ばれる男がいた。今もいるのかも知れない。彼は詩を書いていた。生きるべきか死ぬべきか、そんなことどうでもいいのだろう。と彼は言った。
ぱぱぱ・らららはE・シオランという人の本を読み漁った。十七歳の頃だった。絶望のきわみで。僕はこの時に生まれたんだ。と彼は言った。

愛が恐いの?
と十七歳の女の子は尋ねる。
恐い。
と二十四歳のぱぱぱ・らららは答えることが出来ない。
これ以上、僕に近づかないでくれ。
とぱぱぱ・らららは言う。
カラッポなのを隠したいのだ。彼は。

では、ぱぱぱ・らららのことを彼と呼ぶ僕は一体誰なんだ?
僕は誰だ?
僕はなんだ?
僕は僕を隠す。
僕は進谷ではない。
僕はぱぱぱ・らららではない。
僕は二十四歳ではない。
僕は僕ではない。

もっと早く、強く、隠せ。
と僕の虚無的で悲観的な心が言う。
心?
僕は心を信じているのか?

生きるべきか、死ぬべきか。
生きるべきか、死ぬべきか。

寒い。
眠い。
冬の夜だ。
誰かと映画の話でもして、カラッポを共有したいのだ。

ぱぱぱ・らららは詩が何か分かった、と叫んだ。
「詩とは共有するものだ。いや詩だけじゃない。すべては共有することで、初めて存在することが出来るんだ。愛も絶望も虚無も主義も社会も人々すらもすべてはフィクションなんだ。真実ではない。でも、もし僕が全くのほら話をしても、それを君が信じたなら、それは真実になるんだ。良いことも悪いことも。認識の問題さ。たとえ、ここに十全な愛なんて無くても、フィクションの世界の中で愛を作り出し、それを共有することが出来れば、僕たちは愛を手に入れることができるんだ。言うまでもないことだけれど。僕はその為に詩を書くんだ」

そう言った後、彼は僕の元から姿を消した。精神病院に入ったとか、キューバに亡命したとか、風の噂ではそんなことを聞いた。
でも僕はどちらの噂も信じちゃいない。彼はたとえどんなに貧しかろうと、孤独だろうと、なにより自由を求めていたから。

「セックスする前にこれ使えば生でやっても平気なのよ」
と言った女の子は十四歳だった。
「考えられますか?」
とカート・ヴォネガットなら言っただろうか。
素晴らしき自由。

認識についての話をもうひとつ。ゴダールの『アワーミュジック』という映画に出てくる女の子。彼女は映画館でひとりでテロを起こす。動かないで、鞄にはピストルが入ってるのよ。と彼女は叫ぶ。でも鞄にピストルは入っていない。鞄に入っているのは本だけだ。彼女は取り出そうとする。想像上のピストルを。その瞬間、彼女は撃たれる。本物のピストルで。

ねぇ、想像してみなよ。
と三十歳のジョン・レノンは歌う。
彼も本物のピストルで撃たれる。

僕は塗り替える。もっと早く、もっと物語らないと。追い付かれてしまう。

ねぇ、君はまだ詩を書いてるのかい?

最後に、ぱぱぱ・らららの今の生活についてもう少しだけ。断っておくが僕は彼が今なにをしているのか、全く知らない。生きてるのかどうかすら。つまり、これから僕が書くぱぱぱ・らららの生活については、全くの作り話、ほら話である。

彼は今、茨城県にある小さな町で暮らしている。空の色が綺麗な町だ。青い時は青く、赤い時は赤く、黒い時は黒い空の下、彼は風呂無し、トイレ共同の古いアパートに住んでいる。週に三日だけ日雇いの肉体労働の仕事をしている。それで十分生きていける。最低でも人生の半分は自分のものにしておきたい。と彼はよく言っていた。休みの日は自炊をして、掃除をして、洗濯をして、それから詩を書いている。たまに鹿島アントラーズの試合を観に行き、頻繁に女の子を抱いた。古いアパートで。簡単なことだよ。君はパーフェクトな女の子だ、って言ってあげたらいい。そう思わせるように行動してあげたらいい。そうしたら受け入れてくれる。と彼は言っていた。彼はセックスの後に女の子に詩を見せる。よく分からない、と女の子は言う。でも彼はそれで良かった。彼は詩を女の子にしか見せない。彼の詩は彼と女の子の為に書いたものだから。明け方、二人はまだ暗い街を歩く。無駄に広く、車も人もいない道を二人は黙って歩く。そこではまるで永遠のようにゆっくり時間が流れている。二人はどこへも向かっていない。ただ歩いているだけだ。空は黒から紫へ、紫から青へと、少しずつ変わっていく。一日が始まろうとしている。代わり映えしない日。その中で、彼はきっと新しい詩を書くのだろう。


足フェチ

  進谷

足を見ていた。女子高生の。電車の中で。パンツは見てない。足を見ていた。顔はいまいち。パンツはどうでもいい。だから、足を見ていた。まず顔がある。ダメなら足を。電車の中で。カモシカ? 逃げる。追う。女の子が逃げる。男の子が追う。僕は見る。女子高生の足を。ネズミの仮面を被った人が逃げる。ネコの仮面を被った人が追う。アウシュビッツ? たくさんの足が転がっている。そこには僕の足も君の足もない。ユダヤ人は書く。なぜ? 僕は見る。女子高生の足を。流れていく。アウシュビッツが、広島が、長崎が、福島が? 9・11? 3・11? 7・16? あの子は今日も朝までクラブかな? ユダヤ人は詩を書く。僕は女子高生を見る。足を。転がっている足を。朝帰りのファーストフード風の女の子を僕は抱く。最近、電車がよく止まる。ハゲ散らかしたおじさんは一人で文句を誰に言うでもなく言う。僕は足を見る。昨日抱いた女の子と、今日抱いた女の子の違いがわからない。僕はファーストフードを食べる。ユダヤ人はそれでも書く。僕は名前を間違える。でも気にしない。流れて、忘れられて、それでも書くユダヤ人。日本人は? 希望も、絶望もなく、それでも女子高生の足を見る僕。君は居た。確かに居た。だからこそ、悲しい? 眠れない夜。君が居た夏を思い出したり、思い出さなかったり。女子高生の足。ユダヤ人の足。僕の足取りは重く、どこにもたどり着けそうになく、センチメンタルになったふりをする。女子高生の足。フランス映画の中の少女の足。OLのパンスト。やぶれた夢を針と糸で縫っている。答えはない。問いならあるかな? 僕の見ている女子高生の足は止まった電車の中で尋ねる。ここはどこ?


  進谷

 空と海の間から生まれてきた青はまるで何かを探しているかのように人々の目を覗きこんでいた

 ああ 
   僕は
  ここにいるのだろうか?

 フィルムには青が映っていた
 キャンパスには青が描かれていた
 本物の青 
 それは空か?
 それは海か?

 青いフィルム
 架空と真実の間にいる青は尋ねた

「ドキュメンタリーは真実か。ニュース映像は真実か?」
「違う」
「では真実とは何だろう?」

 空が青いわ
 と少女は言った
 海が青いわ
 と娼婦は言った 

 また朝が来るねと
 また夜が来たねと
 女の子は
 言った

 僕がこうやって世界を切り刻んでいる間
 少女は
 腰を振り続けている
 
「悲しいなんて、意外と子供っぽいのね」
 と娼婦は言った
「悲しいんじゃない」
 と僕は言った
「じゃあ何?」
 と青は尋ねた
「感じたいのよ」
 と少女は答えた

 青、ブルー、男と女は海へ逃走する
 海に何があるの? 
 永遠

 切り取られた血管みたいな女の子は言った

  手をつないで

 どこに行くの? 

 洗濯をしないと着る服がない
 なんだかジャンクフードが食べたくなってきた
 洗濯が終わったらチーズバーガーでも食べようか
 外では花火が鳴り響いている
 
 青は消え
 僕は煙草を吸う
 明日を見失い
 昨日は無くしてしまった
 
 いま
 僕はいまと書いた

 僕は一行
 文章を書き
 それから
 また
 あたらしい
 一行を書いた

 シンプルで
 ナチュラルな
 言葉を
 僕はつないでいく
 ことにした

 青は語る

 手をつなごう
 僕は青じゃない

 煙草が切れた
 から
 ここで終わりにする 

 


JAPAN?

  進谷

1、あこがれ

『わたしは日本に行くことに決めたわ
 お金を貯めるの
 そしていっぱい送るわ
 わたしも良い生活をするの
 テレビも買って 車も買って
 ここに大きなお家を買うの
 みんなで幸せになるのよ
 素敵な日々を暮らすのよ      』

2、労働
 
 マルクスおじさんと毛沢東おじさんが本の中で喋っている隙に、また電車が停まる。機械は人間の労働を減らすこともなく、機械が人間に近づくことはなく、人間が機械に近づいている。

 間違いかな? 
 
 むかしむかし、人間は機械を造ることにした。人間の代わりに労働をさせるために。奴隷が担っていた労働を機械にやってもらうために。そして、労働から解放された奴隷たちは、勉学に励み、友達と遊んで、詩を書き、絵を書き、楽器を弾き、まるでイルカみたいに愛を確かめあう。

 間違いかな?

 美しい女の子だった。その店で一番の、その街で一番の、その国で一番の、その世界で一番の。

 間違いかな? 

 ここに来る前はファミレスで働いていたの。その前は百円ショップ。一番最初に、この国に来た時は病院で働いていたのよ。きっと次は風俗店ね。と日本語みたいな言語。そんなことない。大丈夫だよ。と嘘。そうね、きっとうまくいくわよね。と嘘が重なりあう。
 
3、逃走

 嘘は酒を飲んだ。嘘は卑怯だ。嘘と卑怯は海へ逃げたが、辿り着いたのは海ではなかった。
 
4、物語

 青と黒の箱
 マッキントッシュが鳴く
 キーボードを叩く 
 詩や小説でもなく
 ショートショートでもなく

 街中でも
 喫茶店でも
 ベットの中でも
 キーボードを叩く 

 間違いかな?


MOVE

  進谷

  1、

 ひさしぶりに街まで出てみると、なんだかすれちがう女の子たち、みんなが可愛くみえた。日の出ている間から夜の香りがする子も、自分が女の子だということをまだ知らないちょっと太った子も、おでこで小川がながれ目の下でくまを飼っている子も、みんな可愛かった。奇跡だ。こんなことが起こるなんて。だれのおかげだか分からないけど、ありがとう。
 僕はその中でも、青山通りをあるいている女子高生に目をつけて、そして後をつけた。くろい髪に、黒いギターケースをしょって、しろい制服に、しろい足。白い足。探偵になった僕は、彼女を尾行した。対象者は人混みとは反対方向に、細い道、狭い道へと、歩いて行った。渋谷の急な坂道は、場末の酒場に変わり、商店街の大通りに変わり、北関東の田畑が広がる道へと変化していった。探偵はマルボロを呼吸に加えながら、尾行を続けた。対象者が角を曲がり視界から消えるたびに、早足になって距離を縮め、直線では歩速を戻し、一定の距離を保った。対象者はどこまでも一定の速度で歩き、一度も振り返ることなく、歩いて行った。まずい、この場面はたしか村上春樹さんの小説の中で観たことがある。この後、追っている方が酷い目に遭うんだ。でも白い足に取り付かれていた探偵の足取りは止まることなく、黒い時計を右へ、左へと進めていった。あらゆる人生の大抵の場合と同じように、探偵は全てが過ぎ去った後で、全てが思い出に変わってしまった後で、自分の歩いていた道が間違いだったという事に気が付いた。
 荒野が広がる砂利道を右に曲がると、そこは行き止まりだった。女子高生は消え、代わりに白猫が目の前で熟睡していた。正面の石壁にはA4サイズくらいの白い紙が張付けてあった。『愛とは一つの衝動である』とワープロ字で書かれてあり、『衝動である』という部分がマジックの斜線で消されていて、その横に『欲望にすぎない』と書きかえられていた。あぁ、騙されてたんだ。後方から足音がして、探偵が振り返ると、そこには一人の男がたっていた。彼が本物の探偵だった。偽物は追っているのではなく、追われていたのだった。本物は真っ黒なスーツを着て、真っ黒なサングラスをかけていた。ちなみに偽物の方は『YOUTH MEET CAT』と書かれたTシャツを着ていた。

 誰だ?
 誰でもない。
 なんで僕を追うんだ?
 仕事だよ。ロベール・デスノスのところから来たのさ。
 探偵ごっこはもう終わりだ。
 
 本物はスーツの中からピストルを取り出した。銃はピンク色だった。

 娘がイタズラしてね。
 塗っちゃったんだ。まだ六歳だからさ。
 仕事道具はしっかり管理しとかないとダメですよ。
 
 本物はピンクのやつの先を標的に向けて警官になった。偽物はピンチだった。これが絶体絶命ってやつか。絶体絶命。偽物は学生服を着ていた頃のことを思い出した。黒板に白い文字。絶体絶命と国語の先生は書いた。カマキリみたいに細くやせていて、丸眼鏡をかけていた。彼は絶体絶命について熱くかたっていた。偽物は斜め前の方の席にすわっている女の子の横顔をずっとみていた。彼女は春風みたいに自転車にのっていた。彼女の足はあんまり白くなかった。たしか、陸上部だった。偽物は彼女とつきあうことになった。そして、三日で振られてしまった。三日でふられてしまった。そうか、これが走馬灯というやつか。カマキリは今でもぜったいぜつめいについてあつくかたっているんだろうか。



   2、

 囚人になった偽物は警官に手錠代わりに、手を握られ、パトカーで連行される。

 どこへ行くの?
 海

 穏やかな海。波とカモメの音楽。そこに水着の女神たちがやってきて、その中の一人と仲良くなる。抱きしめあう。いや、もしかしたら、ヌーディスト・ビーチに行くのかもしれない。
 車道には車道以外なにも無い。それは記憶の道だった。あなたが今まで歩いて来た道は数知れないだろう。あなたはこれまでの旅の中で、とても多くの道を歩いて来た。その中でも、あなたが一番戻りたいと思う場所。それは制服を着て、女の子と自転車を押しながら歩いた無駄に長い坂道かもしれない。それはあなたが仕事帰りに傘も差さずに歩いた雨の夜道かもしれない。それは男同士、お酒を飲みながら肩を抱き合い語り合った酒場かもしれない。それはあなたが女の子を初めて抱きしめたベットの中かもしれない。パトカーが進んだ道はそんな場所に似ていた。
 朝食にカツ丼が並んだ冬を右に曲がると、少年が一人、車道の端で片手を挙げ、親指を立てていた。サボテンの隣に並んでいるような憧憬が彼には漂っていた。
 
 乗せてやりなよ
 なぜ?
 きっと、きみの娘とお似合いだぜ
 
 ピンク。

 冗談ですよ

 警官はパトカーを停め、少年を保護する。
 
 名前はなんて言うの?
 無い
 無い?
 うん、無いんだ
 どこまで行くの?
 アイデス(iDEATH)って知ってる?
 知らない
 とても静かなところなんだ そこは全部、西瓜糖っていうのでできてるんだ、家とか橋とかさ
 そこへ向かうの?
 いや、違うよ これからそのアイデスに似たものを作るんだ、みんなで
 みんな? 
 僕と僕の友達と、みんなでね
 女の子は居る?
 居るよ、少しね
 面白そうだ
 うん、砂遊びに似ているんだよ

 空はどこまでも続き、雲はどこまでも自由だった。知らない音が車内には流れている。悪くはなかった。大抵のことは、そう悪くはないのだろう。きっと。

 この辺で良いよ
 まだ遠いの?
 うん
 でも、しょうがないよ
 どんなに遠くたって進むしかないんだ 



   3、 

 着いたぜ 行きな
 逃げますよ
 逃げ場なんて無い
 ここにあるのは海だけだ

 警官はラッキー・ストライクを吸い始め、囚人にも一本分ける。囚人はライターを借り、火をつけた。一口、煙を吸い込み、吐く。それからライターを返し、車から出た。
 海は囚人の想像した海ではなかった。風は強く、波は高く、砂利が口の中を侵入して来て、海は全てを拒んでる。砂浜には海から拒絶された流木がカラスたちのベンチになっていた。ベンチに座ったカラスたちは少年少女合唱団のように鳴いていて、渚には一人の女性が立っている。白いワンピースを着て、黒の日傘を差していた。
 囚人はラッキー・ストライクをなびかせながら、彼女の元へと歩く。

 久しぶりね

 彼女は足音に気付き、振り向いて、微笑む。

 わたし結婚したの
 知ってる
 子供も居るのよ
 知ってた?
 知らなかった
 娘 もう六歳なの
 うん
 ねぇ
 ぼくらなんで三日で別れたんだろ
 やっぱり映画のせいかな?
 映画?
 タイタニック
 いっしょに観に行ったろ
 ひどいえいがだったね?
 覚えてない
 そっか
 じゃあ なにかおぼえてる?
 たいくつだったわ ずっと
 だって
 なにも話してくれなかったじゃない
 そうだっけ?
 たまに口がうごいたとおもったら
 なにか飲む?
 なにかのむ? っていうだけ
 そういえば そうだったかも
 ねぇ そろそろいかないと
 そっか
 そうよ
 じゃあ
 
 囚人はラッキー・ストライクを、一口吸い込み、彼女が去るのを待った。
 
 ねぇ いく  あなた
 え ?
  とこ さる の
 こう  と 
 そ 
 
 すべてが陽炎みたいにゆるやかに消えていった。僕は僕に戻り、街は街へと戻っていった。人波をさけたしろい猫が、くろいゴミ箱のとなりで夢を観ていた。
「これから、どこに行こうか?」
 目を覚ました猫はなにも答えず、ビルとビルの間をするすると走っていき、追いかけようにも、彼女が通った道をすすんでいくには、僕のからだは大きくなりすぎていて、ラッキー・ストライクの煙だけが、右手のさきから上空へと、いつまでも消えることなく、風のなかで踊りつづけている。

文学極道

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