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2015年01月分

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* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


死んだ子が悪い。

  田中宏輔



こんなタイトルで書こうと思うんだけど、って、ぼくが言ったら、
恋人が、ぼくの目を見つめながら、ぼそっと、
反感買うね。
先駆形は、だいたい、いつも
タイトルを先に決めてから書き出すんだけど、
あとで変えることもある。
マタイによる福音書・第二十七章。
死んだ妹が、ぼくのことを思い出すと、
砂場の砂が、つぎつぎと、ぼくの手足を吐き出していく。
(胴体はない)
ずっと。
(胴体はない)
思い出されるたびに、ぼくは引き戻される。
もとの姿に戻る。
(胴体はない)
ほら、見てごらん。
人であったときの記憶が
ぼくの手と足を、ジャングルジムに登らせていく。
(胴体はない)
それも、また、一つの物語ではなかったか。
やがて、日が暮れて、
帰ろうと言っても帰らない。
ぼくと、ぼくの
手と足の数が増えていく。
(胴体はない)
校庭の隅にある鉄棒の、その下陰の、蟻と、蟻の、蟻の群れ。
それも、また、ひとすじの、生きてかよう道なのか。
(胴体はない)
電話が入った。
歌人で、親友の林 和清からだ。
ぼくの一番大切な友だちだ。
いつも、ぼくの詩を面白いと言って、励ましてくれる。
きっと悪意よ、そうに違いないわ。
新年のあいさつだという。
ことしもよろしく、と言うので
よろしくするのよ、と言った。
あとで、
留守録に一分間の沈黙。
いない時間をみはからって、かけてあげる。
うん。
あっ、
でも、
もちろん、ぼくだって、普通の電話をすることもある。
面白いことを思いついたら、まっさきに教えてあげる。
牛は牛づら、馬は馬づらってのはどう?
何だ、それ?
これ?
ラルースの『世界ことわざ名言辞典』ってので、読んだのよ。
「牛は牛づれ、馬は馬づれ」っての。
でね、
それで、アタシ、思いついたのよ。
ダメ?
ダメかしら?
そうよ。
牛は牛の顔してるし、馬は馬の顔してるわ。
あたりまえのことよ。
でもね、
あたりまえのことが面白いのよ。
アタシには。
う〜ん。
いつのまにか、ぼくから、アタシになってるワ。
ワ!
(胴体はない)
 「オレ、アツスケのことが心配や。
  アツスケだますの、簡単やもんな。
  ほんま、アツスケって、数字に弱いしな。
  数字見たら、すぐに信じよるもんな。
  何パーセントが、これこれです。
  ちゅうたら、
  母集団の数も知らんのに
  すぐに信じよるもんな。
  高校じゃ、数学教えとるくせに。」
 「それに、こないなとこで
  中途半端な二段落としにする、っちゅうのは
  まだ、形を信じとる、っちゅうわけやな。
  しょうもない。
  ろくでもあらへんやっちゃ。
  それに、こないに、ぎょうさん、
  ぱっぱり、つめ込み過ぎっちゅうんちゃうん?」
ぱっぱり、そうかしら。
 「ぱっぱり、そうなのじゃあ!」
現状認識できてましぇ〜ん。
潮溜まりに、ひたぬくもる、ヨカナーンの首。
(胴体はない)
棒をのんだヒキガエルが死んでいる。
(胴体はない)
醒めたまま死ね!
(胴体はない)
醒めたまま死ね!










注記:この詩のタイトルは、むかし見たニュース番組で、自分の子どもがイジメにあって
自殺したとき、その自殺した子どもの父親が葬儀のときに(だったと思います)口にした
言葉です。20年くらいむかしの古い事件ですので、詳細は忘れましたが、自分の子ども
がイジメで自殺したというのに、「死んだ子が悪い。」という言葉を、その自殺した子ども
の父親が言ったということに、ぼくはショックを受けました。2つの意味でです。1つは、
あまりに無念すぎて、自分の気持ちと自分の言葉が乖離したのではないかという意味です。
もう1つの意味は、父親にそういった言葉を口にさせたのが、日本の社会的・風土的な理由
からではなかったのだろうかという疑問があったという意味でです。いじめられるほうに
原因がありとする、当時の社会的な雰囲気です。いまは、当時とちがって、少しかわって
きたと思いますが、それでもまだいまだに、いじめられるほうにも原因があるのだとする
社会的風潮が残っているように感じられます。この注記は、2015年1月4日の昼に書き
ました。20年前なら、このタイトルの言葉が社会的にインパクトもあって、広く知られて
いたでしょうけれども、20年もたっていますから、ご存じないない方もいられるでしょう
から、書くことにしました。20年前に、同人誌に発表したときは、このような注記なしで
発表しました。詩集にも収録しました。前述のような理由からです。

注記2:「先駆形」というのは、拙詩集『みんな、きみのことが好きだった。』の前半に
収めた、実験詩のことです。多量のメモを見ているうちに、それらが自動的に結びつくま
で作品にしなかったもので、言い換えると、メモ同士が自動的に結びつくのを、意識領域
の自我ではなくて、なかば無意識領域の自我にまかせてつくった、ある意味で、自動記述
的な詩作行為によってつくられた一群の詩作品のことです。


名もない、

  少年B

離島の沈む夢を見た。
最後の島民だった老婆が
本土の病院で息をひきとった、
その夜のことだった。

ぼくは名もない外科医だった。

老婆を手術したように
ぼくはその島の縫合を試みた。
本土との結合を切望していたのだ。
老婆の腹を裂く瞬間、
フェリーは島を離岸して、
ぼくは血の海に溺れたのだった。

ぼくは名もない調理師だった。

老婆の遺骨は、
一部は海にまき、
一部はすり鉢で粉々にし、
小麦粉と数滴の海水を混ぜて、
団子になるまでこねて丸めこねて丸め
ぼくはそいつを食ってやった。

ぼくは名もない死神だった。

老婆は島に生まれ
島に育ち
そして本土で死んだ。
病室から海を見ながら
帰りたい、かえりたい、カエリタイ
と合掌して唱えていた。
ぼくは早く死ねばいいのにと思った。
その日は、
メスの切れ味が良すぎたのだ。

ぼくは名もない病人だった。

老婆を食らった日の夜、
吐き気を催して吐いた。
吐瀉物は老婆の顔をしていた。
ばらばらの小さな塊を
ぼくは縫合しようと思った。
胃液の海に浮いていた小さな島、
ぼくは本土か日本か地球か宇宙か。

ぼくは名もない離島だった。


喪失についての二つの詩

  前田ふむふむ

氾濫         
     1

雨が落ちる 十二月の空の
音のなかに形がある
形は 
またあしたと 透明なひかりのなかで
自らいのちを絶ったきみの寂しい眼が 
左の肩に
野球大会と 勇んで 碧い空に飛びだして
溶けそうなアスファルトの道路のうえで
ふたたび帰らない時間をつくった
きみの笑顔が
右の肩に 鋭く刺さり
いつまでも わたしだけが生きていると
消せない 冷たい傷として
激しく降りそそいだ

けれど
茫々として ときに明確に
わたしは あの驟雨のなかに
痛みに耐えて
蹲るような恰好をした
薄ら笑いを浮かべる
冷徹な鬼をみる
それが わたしであるということに
気づかないふりをしているのだ

ずぶ濡れになりながら
泣いているわたしと 鬼が 楕円をつくり
グルグルとまわり 対話をくりかえし
そのなかを 
わたしという形が歩いている

    
形のあるときには 音はない
わたしの胸の底辺に 
絶えることなく 
降り注ぐ雨は
累代の静脈の彼方から
未来にむかって注がれている
しかし 不安定に 震えながら 明るい方角にのみ傾いた
背伸びは
日常という闇に晒されている
わたしの若い裸体を あるいは思考を
少しずつ老いさせて
手鏡でみる わたしの顔の 新しい皴は
言いわけの数だけ
増えていく
気づいて 両手で その皴を
伸ばして
急ぎ 消そうと試みるが 消えるわけがない
それも 言いわけなのだ

音のない雨は 降り止んだことはない
   
  

   
いまにも 明けようと稜線が 赤々と
顔色を上げているのだろうか 
わたしが胸を打つ
本に載っている
「朝焼け」という題名の絵画は
夕暮れにしか見えない
誤る眼が刺されるように痛む 難破船のように
わたしの新しい放射状に延びていく路地は
間違いだらけで溢れているのだろうか
止まった心臓の音が 
聞えるような夜 
指先に 触れてくるひかりが
ぼんやりと 音のない居間に止まっている
緩んだ水道の蛇口が 血液を垂らして 
世界を刻んでいる
わたしの臆病な 思索のときが また始まるのだ
   
    2

真夜中 黒い空気の匂いに浸りながら 
自転車のペダルを踏む足が軟らかい
薄っすらと 鎖骨が汗をかく
セブンイレブンの 真昼のようなひかりのなかで
コピー機を操る
一枚一枚 わたしのよそゆきの顔が 出来上がっている
背中に 店員の侮蔑した視線を感じながら
少しでも 多くコピーをとろう
そうすれば 当分 わたしは よそゆきの顔を もっているから
原紙の身体を見せないで 歩ける
少しでも明るい方へ
手足をカクとさせたあと
弓のように 空にむかって
背伸びをした

けれど いつまでも
窓のそとは晴れあがっているのに
窓のなかの雨が止まない

もしかすると
わたしは コピーという 
原紙と何も変わらない 
乱発されて
剥き出しになった 原紙という名の身体であるのかもしれない

セブンイレブンを出て 
呼気が 白く昇っていくが
自転車のライトが照らす道は
わたしという原紙のコピーで溢れている
そのなかを
いつまでも四十肩で激痛を感じながら
ふら付かないように 
堅い
ハンドルを握っている


喪失

   1

夜になったのに
やり残したことを 頭のなかで
プラモデルを組み立てるように考えている
たぶん わたしは死にきれなかったのかもしれない
父が 祖父が 親族が
部屋の暗がりから
物悲しそうにあらわれて
それぞれが 木製のこん棒を持つと
わたしを こなごなに 叩き潰した
おかげで 未明になって やっと 血も肉も骨も
捨てることができた

目覚まし時計が鳴り
眩いひかりが突き刺すように 顔を覆って
わたしは 無理やり起こされる
文句をいうように 陽が射してくる窓を睨み付けても 
何かを言い返してくるわけでもない
無言で 生まれているのだ
あらゆるものが 
聞こえない絶叫とともに
あかるさは 
祝福されているからだろう

でも いつまでも 立ち止まってはいられない

朝 鶏が鳴くと 一日がはじまる合図というが
あれは 死ぬための合図なのだ
朝の洗面 朝の食事から 
自分の葬儀の支度のように
段取り良く 一日をやり過ごさなければならない
夜までが勝負なのだが
わたしは 一度として
まともに出来たことがない

  2

わたしは 片足を 失くした靴を履いて
ちんばで
街頭を リクルートスーツで歩く
いつも決まった時刻の電車のなかで 
既製品の玩具の設計図を
生涯眺めている上司のとなりに座り
一言も口を開かずに
二十年を過ごした
わたしとちんばの靴と リクルートスーツは 限りなく 
造化の骨のような 無機質なことばだけになった

「もしもし 失くした片足の靴はどこにありましたか 」

スマートフォンで検索する ことばのなかから
コピーのように両足に靴を履いた 
既製品のリクルートスーツを着た
息をしていない
わたしが 溢れ出る

短くなった陽が落ちかけている

ふと
わたしは 両足に靴を履くことを考えていたけれど
思い切って 片足の不便な靴を 
脱いでみた
とても新鮮な空気が 肺胞をみたしていく
少しはずかしいが とても身軽だ

きょうは
こん棒をもった先祖はあらわれるだろうか 
たぶん ぐっすり眠れるかもしれない
冷たい風に当たりながら
忘れていた
死にきった夜を歩いている


人の行い

  hahen

“悲しい”を仮名に開く。
<〈かな〉しい>
仮名に開いても〈かな〉しい、
〈仮名〉しいにはならないで、
退行したら、
浮かばなくなった
決定されない「仮名」のまま
少しずつこの星は傾いていく。
自転軸を示す、一本の鋼の心棒が
こちらに突き立つまで。

いくつもの人を、
殺してきた。
わたしたちは、とても小さく、
この地上から飛び出すことは
できない。
<地上>
の、
上には、記述がある。
摂取できない存在の
面影が映写されて、
今日も、わたしたちは
あなたたちを殺す。
どうして〈ちじょう〉は
踏みしめられた
“大地”を、
示さなくてはいけないの。
<地下>は? どうして?
示されなかった“全て”を
〔全てを/総てを/凡てを〕すべて
〈うしな〉ったら、きっとわたしたちも
殺されるね。

あなたたちの温かみを、
その生ぐささを
染み込ませていくことで
血流に溺れる
佇立しているそこ、が
〈ちじょう〉だよ
“大地”を捨てて、

喪われた
その声を記しておきたかった
声は、“声”でなくなる
そのことを
わたしたちは創造と
呼んで、いなかった?
“声”は
殺されているよ、いつも。
決して、決して
飛び出せない。
わたしたちに声を手にする
資格はありますか。
〈請〉を。違うよ、
〈声〉を。

テクストは、いつも数を定めて、つくられていてほしい。

『散/「」−文』は、そう、〈できるだけ〉静かに。錯綜してはいけない。錯覚はいつも、間違いの先から渡ってくる。錯角を注視されないように、入り組んで交わったその点を見せる時は、色鉛筆で印象を描く。そうだった。出来るだけ静かに。いできたる静けさを、直截、綴ってはいけない。そうだった。星空から雨が降っている。傘は差さなくていいみたい。今夜降ってくるのは文字だって、天気予報で言っていた。

 ぼくたちは立っている。退屈がうずくまれば、あやすように歩き回った。足音は、現在までに過ぎたる人生よりもたくさんの砂粒に、飲まれ、その柔らかな踏みごたえに満たされたら、退屈は、ぼくたちの中から吹き消されていく。
 気付いているだろうか。
 ぼくたちが喪った、退屈を始めとした情感はすべて、“大地”に吸収されていくこと。何もかも循環していること。ほら、きみ、誰だか知らないが、きみの退屈や憐れみがぼくの身体を流れる。ぼくたちはしょっちゅう、他人の有機的な信号に感電しているんだ。
 〈き〉が、ついて、いるだろうか。
 そこいらに落ちている〈始め〉は拾わない方がいいと思う。「始」まれば、ぼくたちは掬われて連れて行かれる。そうして産声を、生きるために、摘出される。けれど“すくわれ”ない。あなたたちも「始」まらなければよかったのだけれど。でも、ぼくたちは、“あなた”に今感電して、“あなた”は〈ぼくたち〉へと――うばわれて、そう、奪取されて、ここにそれぞれ、立っている。
 それはもうすぐ終わるかもしれないけれど、現在、確かなことだった。
 星が流れて、文字が、追いかけていく。いつになっても天の窓は開かれているものだった。不定期につい、と走る火球は<地上>を知らない。だからこそ、そのいとおしい財産を分かち合うことができている。傘は、やはり不要だった。そのかわり双眼鏡は持ってくるべきだったかもしれない。降り注ぎ燃え尽きる文字群は、〔宛名〕の〈な〉い“葬送”曲、仮名で呼ばれることに、とても不満だろうから。
 この〈ちじょう〉は寝返りを打つようにしてたまに傾く。そういう時、流「字」群の織り成りは波打ち、火球は隕石と〈名〉って、ただ立ち尽くすぼくたちを、目がけて、墜落してくる。いくつもの文脈がぼくたちを蝕んでいくのだった。食い破られ、引きちぎられたぼくたちは、今になってようやく血を流した。夥しい人影が集結してその中を、泳ぐように遷移しながら、社会を営む。
 おはよう。おはよう。はじめまして。
 この血の海で、〈ぼく/たち〉は、その界面で、佇−立する。

 あなたは、ぼくだ。ぼくたちは、あなたたちだ。
 それはこの血液が循環している限り、そう、あるだろう。
 地上でもっとも、縁の遠い、相関図の原初だ。

『散文』は終わる。

書き忘れてしまった一語があった。
航行制御プログラムに従い、
航空機は“地上”へと落ちるだろう。
それは星でも、文字でもない。ましてやテクストでもないし、
銀河鉄道みたいな、抒情あふれるメタファでもない。
たった一つ、落下したり、堕落したり、欠落だらけの
ぼくたちの中で、たった一つ、
飛び出していけるはずの〈声〉をぼくたち、自身が、
取り落としたんだ。

“惑星”は、<方 向/く>。ぼくたちへ。そう自らの内側へ。
〔〈ぼく〉たち〕は殺されるだろう。〔“あなた”たち〕に。
あなたたちは殺されるだろう。ぼくたちに。
ぼくたちは“ぼくたち”をもう一度、
殺して、
新しい、生命の息吹が、まだ幻影である内に、
かなしみを飛び越えて
行かなければいけない。「ぼく」は、それを創造、と、呼んでいなかったか?
創造、なにもかもが喪われた。
追い求めるもの、冀うもの、あらゆるものを
ぼくは<そう−ぞう>しないといけない。
鋼の心棒が、その先端が〈ぼくたち〉を貫く。
声を上げてはいけない。それは創造されなければいけない。


の死、そして、「しき」だけがなく

  Ceremony

しきだけが、なき、
繰り返されるたびに、
ひかれては、
たされるようにしては、
削られていく、
おられたものだけが、
たたまれて、
わたしは、
ひらいたままの、
あたらしい「しき」で、
生活を、
呼び戻しては、

色、として、
失われては、
花言葉を添えるように、
また、式、として、
ひかれては、
たされて、
やっぱり、
最後は、
声と、声で、
割れて、
貴方に、
もう、「かける」こと、
の、できないものばかりが、
識、に、残る、

心は、
枯山水の、
ように、
一輪の、
花を添えることを、
ためらっては、
涅槃に、おける、
わたしや、あなたが、
すごした、死期だけが、
何度目かの、
何十回かいもの、
四季をめぐり、

強い、
言葉を抑えて、
私は、つなげる、
意味を、
つなげるように、
失われた、
体と、
記憶を、

ひとつの、
「しき」だけを、
生き残らせようとは思わない、
ましてや、

色即是空
識即是空、

存在しない、
から、
こうやって、
繰り返すのが、
まるで、お経のようで、

(意味を、まるで、
 魂を転がすように、
 追い散らして)


しきだけが、失われた、瞳が、開かれずに、口だけが、垂れ、白くなっていくばかりの、
意識は、すでに、体を失い、生活は、遠く、貴方の、肌から離れ、幾百、と、浴びせられる、
生きているものの、声は、すでに、川を、わたり、死に、濡れた、衣服の、水滴が、乾いていく、
私が、見ようとしている、瞳は、生きているもの、目で、

生活の、
優しい、式は、
失われて、
「色」は、
貴方の、魂から、
ひかれては、
私たちの、
声に、割られて、
かけられる
もう、何度も、
この、
公式は、繰り返されている、
そしてまた、
四季はめぐり、
私たちは、識を、
憂う、


メンマ・シンドローム

  リンネ

わたしは三日三晩ひたすら同じラーメンをすすっている。ずずっと。吸い込むたび、手のひらの月丘と呼ばれる部分から、あるものが生えてくる。あの赤ん坊のものだった足。足が生えてくる。しかしいったいこれを足と呼んで良いのか。この足はわたしのものなのだろうか。足の生えた手は、だが、手と呼んでもよいものだろうか。あるいはこれは足の形をしたあの赤ん坊の記憶なのだろうか。わたしは誰にすがってこのことを問えば良いのか。割り箸に染み込むスープを見つめて酒臭いため息をつくが、あたりに人影はなく、あるのは一杯のラーメンのみである。手に生えた小さな足がばたばたと楽しそうに動いている。その足がどんぶりを蹴り上げてしまった。ちくしょう。床一面にスープが広がっていく。ひっくり返ったどんぶりの隙間からメンマが顔を出している。

わたしの赤ん坊には生まれつき腕がなかった。指だけが脇の側面から生え揃っていてそれらの指の並びは人工的で美しかった。等間隔に控えめに並ぶ指。風を受けてさらさらと気持ちよさそうにそよぐ指。いや、抵抗するように硬直しているようなそんな素振りで耐え忍んでいるようにもみえる指。ちょうどこの床にひっついたメンマのように。赤ん坊に足があったかどうか。よく覚えていない。赤ん坊には足があったのだろうか。いやしかし、知ったことか。もういい。バスが来ている。

熱々のスープの中に指をつっこむとラーメンにも背骨が生えているのがわかる。ラーメンには四肢がないのだろうか。ラーメンにはやはり命もないのだろうか。命のないラーメンは癌になるのだろうか。「わざとらしい問いかけだ!」バスの運転手は突然の通行人を避けてハンドルを右に切りそう叫んだ。ハンドルは巨大な鳴門であった。通行人の四肢はどこかにふっとんで、みなラーメン屋の店長になってしまった。いらっしゃいませ、いらっしゃいませと不自然に笑みを浮かべ、人々の往来する交差点の中央などで根を生やしている。迷惑極まりない。口からスープまで吐き出して。これはわたしの妄想か?

バスの中で乗客たちは手を合わせてぶつぶつと祈り始めた。その手にはメンマ。殺菌された、清潔なメンマ。

いつのまにわたしはバスを降り、渋谷のどこかの交差点で、月を見上げている。しかしわたしの目玉は裏返ってわたしの内部のラーメンを覗いている。すると、ふたたびメンマのような輪郭がわたしの頭部をすいすいと泳いでいるのが見える。ばかのような話だ。あの赤ん坊の顔をしたその奇妙なメンマには四肢があったように記憶している。わたしの記憶はいつも曖昧である。わたしの手足はいつも曖昧である。手のような足のようなそんな曖昧な四肢が、わたしの記憶のメンマのくちびる、その魚そっくりのくちびるのなかに、ぱくぱく、と吸われていく。わたしはメンマが大嫌いだ。メンマは私の憎悪でできている。だから食い尽くしてやる。

人々は木々の下でしばし酒を酌み交わしながら前世に食べたラーメンをすすりあう。或るものは自分だけのメンマを咥えて歌い。或るものは鳴門のハンドルを握る。わたしはといえば夜空に流れては消えていく無数のラーメンの切れ端に気を取られ、足元に生えたあの赤ん坊をいま踏み殺してしまった。ちくしょう。それでも降り注ぐラーメンがわたしたちの存在を祝福していく。めまぐるしく風景が移り変わり、ラーメンがあるのか、世界がラーメンなのか、わからなくなってくる。わたしはラーメンをすすり続ける。なんて不味いんだ。なんて味気ないんだ。

ああ。店のカウンターに残されたのは極上のラーメンとわたしだけだ。灼熱のスープのなかで楽しそうに笑っているのは踏み潰したはずの赤ん坊である。ふと、手元が濡れているのに気がつく。手のひらに生えた足から腐乱したスープがしみ出してきているのだ。手遅れではあるまい。わたしは急いで両手の足をもぎとって、目前のスープに投げ込む。煮えたぎるスープに映し出されたわたしの顔は、もはやあの赤ん坊の顔そっくりになっていて、わたしはもう赤ん坊のことが誰だかわからなくなるほど赤ん坊となっている。

「人間は死なない。それは人間が麺類だからなのだ」わたしはそうひとりごちて鳴門のハンドルを今度は左に切ると、壁のように巨大なメンマが一行の行く手に立ちはだかった。「食い尽くしてやる!」とわたしは腹の底から絶叫したが、その声は乗客たちが麺を吸う音によってかき消された。


逃げる

  阿ト理恵


所沢航空公園で昼寝していた犬と目が合ったからにゃんと挨拶してミドリの窓口から森へムンクの森へ備えないから憂いもある改造屋からにげます

逃げるげるげるげるげる荷げるげるげるげるげる 逃げるげるげるげるげる逃げましょう


新青梅街道で女の子と歩きながらキスしてアオの窓口から海へフォロンの海へかき撫でられない養えない血の不良債権取り立て屋からにげます


逃げるげるげるげるげる荷げるげるげるげるげる逃げるげるげるげるげる逃げましょう


お茶の水の夜の酒場でアルカリ性凍結梅酒を飲んで元素になってアカの窓口から火のなかへゴッホの炎のなかへへなちょこボディなトラバントぼこぼこにしながら春の波動からにげます


逃げるげるげるげるげる荷げるげるげるげるげる逃げるげるげるげるげる逃げましょう


池袋のラブホテルの裏口に汚れたビニル手袋がいくつもいくつも干してあったので汚れなかった手は森からおかえり海からおかえり炎からおかえりおかえりおかえりおかえりおかえりえなさいませからキの窓口から気の樹のなかへにんげんもどうぶつもしょくぶつも影は同じ黒なのですから
すべからく
すべからく
心音心寝心根真寝芯根信根真音、しん、ね
心拍数、ね、きにしなくっていいの
ぼくはあなたのやきかたしってます
メープルシロップかけたほうがおいしいね


たとえば
いわゆる
これが
終わっちまったたましいを洗ったら縮んだので、なあんだ毛糸だったのね、羊だったのね
たましいわ
たのしいわ


地下鉄の階段を駆け降りて
にげるの
こげるの


地球のなかまで
おいかけてくれるのかしら
あなた
わたし
ぼく
きみ
真摯服きてきてね
音のからだは早いのよ




初出1997・8ユリイカ投稿欄(飯島耕一氏選)


でくのぼーの祈り

  お化け

でくのぼーは、自分の悩み事を誰かに打ち明けない。でくのぼーの頭の後ろ、ちょうど、彼のメタ観察者がいる場所で、憂鬱が集まって、雲ゆきは黒っぽくて怪しくなっているところだった。目の裏でトラウマがピカッと光ったのを見た後、彼は、猿がヒステリックな激しい鳴き声を発しているような幻聴を聞いた。雷は、彼の頭から右手へ、彼の頭から左手へ、同時に落ちて、信じる心のコンクリート部分には、ひび割れた痛みが残った。それでも彼は、トンネルをつくるために死んでしまった人みたいに、そのときも、祈っていた。無口な彼の想いの内容は誰もわからなかったけれど、たくさんの涙を染み込ませた山のように重かった。彼は両手を組み合わせて、その間にあるはずの、丘の上の雷に撃たれた一本の木を見上げるかのように、見てしまってはいけないものかのように、祈り、震えている。ボソボソ「うう・・しています…うう・・しています」という声、彼が知っている神の言葉はそれだけだった。「ねぇ神さま…」新品である神はどこにもないのに、リサイクル屋には無数の神がいる「でくのぼー、でくのぼー」祈りたい。そして、でくのぼーは、幻聴で聴いた彼の猿の腕の毛の根元で身悶えているものも一緒に振り切ろうとするかのようにして、頭を左右に振った。今日も、祈る彼に神様が教えてくれるのは「■しています」というところ以外、全部黒塗りの、報告書だけだった。それでも彼はそれだけを信じている。雨の日も風の日も、うう「・・しています」それだけを信じて、トラウマに撃たれて心が引き裂れそうな日には、神様がくれた黒い四角に閉じこもって、祈っている。夜の中ではなく、昼がいつなるかはわからない、窓のない真っ暗な、神様がくれた、普遍的な影の牢屋、でくのぼーは、寝転がって、両手を組み合わせてお腹の上に置いて、星や月のことを思い出そうとしていた。暗すぎて、彼が見ようとしているものや、彼が生きているのか、もう死んでいるのか、彼が存在しているのか、存在していないのか、例えばもし彼の顔が神様みたいであったとしても、何も見えない。時間感覚がないその祈りの中で、彼の右手にとって左手はもう死んだ動物となり、左手にとっては右手が死んでいる。手探り、手づかみ、祈らざるを得ないそれぞれの手が、生きるために相手を殺して、食べようとしている。やがて、自分自身に食い殺される。君は、何も祈っていなかった。君は、何もしなかった。君は、誰にも見られていなかった。君は、生きていなかった。そもそも全部、何もかも、最初から存在していなかったものだったんだ「でくのぼー」と彼の神様は教えてくれた。でくのぼーは、瞼を閉じていた。光の残像が見えた。それは、かつて自分は生きいて、そこからやってきた証なのだと思った。「・・しています・・しています」でくのぼーは、また、彼の神の言葉を呻きながら、震え出した。身体中に雷が駆け巡り、猿の狂った叫び声が聞こえる。神様がくれた黒い四角に亀裂が走り、その隙間から光が差し込んでくる。静かになると部屋のひび割れは見えなくなり、また真っ暗になった、と思ったら、突然「猿が逃げ出したぞー」と大きな声がした。でくのぼーは、隣の部屋の■から猿が逃げ出したと思った。暗闇の中に、縦になった一本の光の筋が現れた。そのラインはだんだん太くなっていき光の長方形、扉が開けられて、猿が入ってきた。猿は、でくのぼーの組み合わせた手を解いて、彼の手を掴んで、引っ張った。そうすると、あっという間に黒い四角はバラバラになった。明るくなって、でくのぼーと猿は、ずっと手を離しちゃいけないって、丘の上を目指してそこへ逃げるように、走った。たどり着いた場所には、雷に撃たれた木があり、息を切らした二人の、涙は止まらない。その周りを取り囲んで、砕けてしまった心の破片が散らばって生き返ったときみたいに、たくさん、タンポポが咲いていた。


投石

  島中 充

月明かりの夜、還暦祝いに男は少し飲んでいた。終電車のドアにも
たれ、何気なく大和川の白い川面を見ていた。河原に足を上げ、大
きく右手を振りかぶっている黒い人影が見えた。

四十年前、天王寺 鳳間で毎夜のように、走る電車への投石があっ
た。石は弓状の軌跡を描き、明るく光の零れる車両へ向かって、闇
を裂き、ガラスを割り、鋭くとがった破片が夢うつつの人間の肉を
裂いた。けが人は病院に運ばれ、犯人はいっこう捕まらなかった。

エースを夢見る若者がいた。しかし三番手の投手にしか成れなかっ
た。彼の父は闇金に追い込まれていた。息子に高校で野球を続けさ
すためにもお金は必要であった。エースの友は彼のことを野球にく
っ付いているタニシだと笑った。たとえそれが軽い冗談であっても、
ひそかににぎりこぶしを握って、その言葉に彼は耐えた。エースは
セレクトで大学へ進学し、若者は縫製工としてミシンにくっ付いて
いるタニシである、と自分でも思うようになった。借金を返すため
に働き続けた。吐き出しようのない怒りをかくしていた。

みじめと呼ばれている野良犬がいた。 見るからに皮膚病のような
毛の色をしていたから、みじめなやつだと思われ、みんなからそう
呼ばれた。 誰にでもよくなついた。尾を振り寄って来て、餌をも
らったりした。若者はそのこびへつらう様子が我慢できなかった。
手招きでみじめを呼んだ。うれしそうに尾をふり、あたまを幾分下
げて、喜びに満ちた目で犬はやって来た。ひそかにきつく握ったに
ぎりこぶしで、力の限り犬の横面をなぐった。脳しんとうを起こし
たのだろうか、ふらつきながらキャンキャン鳴いて、狂ったように
揺れながら、みじめは逃げていった。若者は犬が可愛そうだ、とは
思わなかった。むしろ自分がニンゲン世界でみじめという名の犬だ
と思っていた。その野良犬に名前を付けたのも本当は若者自身であ
った。

夜中、自転車に乗り、出かけるようになった、犬がいればそれが繋
がれた飼い犬であろうがなかろうが、ポケットに忍ばせた石を犬に
向かって投げた。犬が吠え叫ぶ住宅街を自転車で駆け抜ける日が続
いた。そして、こうこうと光の満ちる幸せな家の窓に向かって、石
を投げるようにエスカレートしていった 石を握りしめ 若者の心
は真っ赤だった。ついに電車への投石も始めた。テレビや新聞が騒
ぎ始めたので、やばいと思い、捕まる前に若者はぴたりとその行為
をやめた。

男は自分の人生がこれで良かったのかどうか判らなかった。人にも
厳しく、家族にも厳しく、自分にも厳しかった。人をこき使った。
家族をこき使った。自分をこき使った。法律すれすれで生きた。そ
して金を握りしめた。友もなく、家族からも嫌われた。みんなから
嫌われていた。

車窓から見たあの影はいったい誰だったのだろうと男は思った。そ
いつがだれであるか男はよく知っていた。若き日の自分である。あ
たれ、あたれ、ニンゲンにあたれと念じた日から 四十年の歳月が
過ぎ、自分の投げた石はしわを刻んだおのれの顔面にゴツンと当た
った。
血のような涙が流れた。
お前はどのように生きてきたか、と石は問うた。
おまえはどのようにさびしく野垂れ死にするのか、と続いた。


昇進

  zero

昇進の日に丸いものを食べてはいけない。あるいは、昇進の日には誰にも挨拶してはいけない。私が通勤していると、電車の中で誰かが「昇進」と呟いた。するとその呟きはたちまちに感染していき、通勤電車の中の誰もがお経を唱えるかのようにぶつぶつ「昇進」と呟き続け、そこには不思議な音の海が出来上がった。もちろん、人々はそれぞれ本を読んだりスマホをいじったり、やっていることはいつもと変わらなかった。ただ、口元だけが昇進に支配されてしまっていた。結局昇進とは私の身に起こる出来事なので、私もあえて「昇進」と呟いた。すると人々は急に黙り一斉にこちらを向いて、石化したかのように動かなかった。やがて電車は終点に止まったが、私一人だけ降りて、残りの人々は石化したまま電車を降りようとしなかった。
私は会社に着くと、まず服を脱がなければいけなかった。なぜなら、着ている服には以前の地位がどっぷり浸み込んでいるので、昇進の邪魔になるからだ。私はまず自分の裸を昇進させないといけない。昇進は皮膚の上から私の内臓や血液、脳髄や骨格に浸透していくものなのだ。私は社長室の中に通された。社長はけたたましく笑っていた。社長秘書は社長の笑いを丁寧に記録していた。社長の笑いが終わると、社長は私に背を向けた。すると私は社員たちによって地下書庫に連行された。私は過去の文書の紙を縫って新しいスーツを作る作業にその日一日を費やした。日も暮れ、出来上がったスーツを着て地下から上がると、私には辞令が交付された。辞令交付は、非常に整った容姿をした美しいタヌキのまなざしだった。タヌキが私を十分間じっとまなざし続けると、私の文書のスーツはみるみる新しい絹のスーツに変わっていった。私は新しい席に誘導されると、新しい仕事の説明を受けた。私は昇進し、それとともに、社員たちの配属も全くでたらめに組み直された。つまるところ、私は社長になったのだった。


ツララ

  山人


ローカル線のまだ暗い無人駅
駅舎から少し離れた作業小屋
中ではストーブが赤々と燃えている
長靴についた雪はとけてゆく

庇には
外灯に照らされたツララが生っている
ほの明るいオレンジ色を
透明な胎内に蓄えている
視線を動かすと
オレンジ色の命は輝き
動いた


早朝の外はまだ暗い
早朝仕事のあとの
一服時の作業小屋

中では若い監督さんが無心にスマホを見ている
これからの人
これまでの人
が入り混じった
作業小屋の温度と
おもいが攪拌され
外に出され
凍る

ツララは
濡れひかる妖しさと
輝き切る頑なさを保ち
粉雪の舞う中
凛々とオレンジ色を輝かせていた


季節の底辺についての二つの詩

  前田ふむふむ

秋―― 流れる底辺の

      1

ふかく ふかく 靄のようなひかりの
記憶のなかに 身体を浸していると
さらさらと透明なみずが 
胸の底辺を流れていて
きっと わたしは その暗い川を抱いているから
震えながらも 
手にペンを持てているのかもしれない
しずかな囁きにより 
わたしを包んでいる 
近くで傍観する書架の群れは
日々 わたしの痩せた欲望で 
面積を広げている

病床のうちに
枯葉のような生涯を駆けぬけた古い詩人の墓標が
三段目の棚に眠っている
若い燃焼のときが 産声をあげた詩集に眼をやれば
詩行の欠片が 
わたしの痛みのなかで躍動する
それは 壊れた人形を抱えたわたしを
仄暗いベッドから 引き摺りだしてくれた
脈打つ無辜のかなしみの声である
だから 
わたしの皮膚のしたにある 
消えそうな細い線を繋ぐたびに
薄いカーテンのむこうがわに 希望のあかりがみえて
わたしは それを掴もうと 
陽炎のように消えそうだった意志に 
身を委ねてきたのだ

いまも 三段目の墓標には 赤い血の跡が付いている
鋭敏な指先で触れれば 
胸の水面が丸い弧を描こうとする
一番奥に佇む言葉のみずうみは

いつでも 
折れそうなときに
わたしに諦めた橋を渡らせて
死にかけた胸に火を灯して
図形だらけの都会の雑踏のなかの
生きようとする喬木の模様に
わたしを
誘ってくれる

書架の隙間から
月がでている
窓枠の線の内側と外側では 
絶えずみずが循環する右脳の森が 
わたしのなかで脈を打っている


      2

ボールペンの先が 掌に刺さった
痛いと思わず声をあげた
わたしには 痛みを感じる理性が残っている
この意識の地平という
水底の断崖には 願望とやがて忘れ去られるかなしみが
渦を巻いているのだろうか
わたしは ふたたび戻らぬ病棟を
何度も振り返ると 
手を振り 
虚空に眼を泳がす少女が 
夜ごと こころの眼窩に宿るが 
少女の手は わたしの胸に繋がることはない
その砂のような味に わたしは 声をあげて呼ぶこともできない
喉の奥に 固い痛みが 棘のように 走るが
こうして 眠ろうとしている時間に
いつも
書架がしずかさを饒舌に語りはじめる
きょうは
三段目の墓標は 背表紙が いつも違う顔をして 
煌びやかに 飾り立てている

嬉しいことも そして かなしいことも




幻惑―― 逆光の冬の   
    

風が一度もやまない場所を知っている
子供のときのように
ぶきように草笛をつくった 
それから 青い空にむけて 吹いてみても 聞こえない
突風が 
やめることなく わたしを叩いている
おもわず 高圧線の鉄塔のふところに 
身体をいれて 逆光線を顔に浴びれば 
わたしの身体から 黒いぶよぶよになった影が離れていく
でも 不思議だ この鉄塔のなかは
父の遺影 幼いころの家族写真 母が赤子のわたしを抱いている写真
父と二人で撮った大学の入学式の写真などが
一面 埋め尽くされている

広々とした河川敷なのに
不似合いな 風鈴の音がする
その方向をむくと
長くつづく土手の上の道端で
黒い帽子を被り
グレーの分厚いセーターを着た男が 立っている
右肩を落として 少し傾いている
右手には 傷を負っているのか 血が流れている
血はズボンにたれている
男は その傷を手当てするでもなく
眼は虚空を見ているように ぼんやりとしている
男の傍を通り過ぎるものは 何人かいたが
その異様な風体に 誰も気づかない

別れを惜しむ 寂しさのように
草を踏む音が聞こえた
何者かが近づいているのか

今まで気がつかなかったが
いつからか
男が かなしいほど
鋭い眼を見開いて わたしをじっとみているのだ
怖くなり 反射的に
思わず眼を瞑り 視線を避けた
でも そのままでいるのは もっと恐ろしく
手に力瘤をいれて
思い切って
眼を見開き 男を睨み付けた

土手の上には 誰もいなかった
若いマラソンランナーが 男の居たうえを走り去っていく

ときどき 見る幻覚なのだろうか

わたしは 風に飛ばされそうな 黒い帽子を被り直してから
買ったばかりの グレーのセーターを着た肩を狭めた
凍るようにとても寒いのだ
気がつかなかったが どこかでぶつけたのか 
右手から血が流れている
あわてて ハンカチで止血をした
指をなめると 苦い味がした
胸のなかに 糸のように絡まりつづけた
数滴の苦さかもしれない
さっきから わたしの身体が空洞をつくり
うなりをあげて
風を通している
顔が引きつってくる そして 視界がぼやけてくる
冷たい雨が降っているわけではない
風が容赦なく わたしの顔を 叩いているからか
わたしは 風に折れた草のように
鉄塔から 
勇気を出して 最初の一歩を出した
そして 思い出したように
土手の方にむかって歩き出した
傾いている右肩を
懸命に直しながら

遠くで 市役所の 迷い人の放送が  
スピーカーから流れている


亀の背に乗って帰る。

  田中宏輔



千人の仙人、殴り合う。
それが、最初のヴィジョン。
笑っちゃうだろ。
もちろん、「僧侶」のパロディさ。
有名な詩人たちが殴り合うのも面白い。
だれが、だれを殴るのか、興味があるし、
殴り方だって、みんな違うはず。
サッフォーなら、平手打ち、
コクトーだったら、へろへろパンチに違いない。
でも、ヘッセのゲンコツはキツイだろうな。
たとえ、イッパツでも。
パウンドだったら、
だれかれかまわず、殴るかもしれない。
(ロレンスは、殴られっぱなしだったりして。)
沈黙の猿が、私を運ぶ。
わたくしを山上に運んで行く。
オスカル・マツェラートは、21歳まで94センチだった。
ぼくのチンポコは、35歳になっても3センチだ。
(勃起したら、5センチにはなる。)
カタサだったら、だれにも負けないけどね。
でも、それが、何の役に立つと言うんだろう。
毀れよ、と言えば、毀れる波頭。
ガムをくれるように簡単に言える。
そんな、きみが、うらやましい。
ハコベ、メヒシバ、オオアレチノギク。
いつか、小説を書こうとして
高野川で採取した植物たち。
花なしの緑いろ。
オオイヌノフグリもあったっけ。
手にとると、すっかり、砂になる
蟹の子ら。
あの夏の日のセミの声も、蜘蛛の巣に捕らえられた。
(風の日に、ちぎれ飛ぶ、ちぎれた蜘蛛の巣に)
その日、ぼくのレモン・ティーに、何が起こったのか。
もちろん、何も起こらなかった。
起こるはずもない。
それが習慣というものだ。
あなたは、こぶしを振り上げたことがあるか?
ぼくは、一度だって、こぶしを振り上げたことがない。
こぶしを振り上げたことのない人間に、
殴り合う権利などない。
海と、海の絵は、同じものだ。
祝福せよ!
こころから祝福せよ!
真ん中に砂を置いて、
ハンカチを踏むと、海になる。
地雷を踏んだ戦車がうずくまる。
動かなくなった
キャタピラの傍らに、
 ――はぐれた波がひとつ。
そして、わたくしは? わたくしは
、、干からびて死んでいく
ウミガメの子が見た
、夢だっ


映画館

  織田和彦




トカゲはフリードリンクの
オレンジジュースにストローを突っ込んだ

駅から遠く
海に近い
このファミレスでトカゲはオニオングラタンスープをすすりながら
同時にオレンジジュースのストローに手をのばした

女が
さっきから
お天気のこととか
乗り物の揺れ具合いだとか
くだらないことばかりを話している

4年前だ
トカゲは女と結婚した後
インド大使館近くのマンションで生活をはじめ
小市民的な生活を築き上げてきたわけだが
ここにきて
仕事上のトラブルを抱え
女に言えないまま休日を過ごすことになったわけだ


そうだ
観たい映画あったの
アメリカ映画か?
ハリウッド映画だよ
ハリウッドはアメリカだろ
そうなの?
そうだろ?
とにかく評判のラブコメディーなの
タイトルは?
"パワハラ上司とうまくやる25の方法"っていうの
どう?
内容はラブコメディーなのか?
そうだよ
お前ラブコメディーの意味知ってるのかよ!
あなた時々あたしを馬鹿にするでしょう?
・・・
じゃ決まりね

トカゲは映画のスクリーンを眺めながらポップコーンに手を突っ込み
オレンジジュースをすすり上げた
女の顔を横目で見ると
肩をゆすり
ケタケタと大きな声をあげて笑うその目尻のシワが
ずいぶん増えたな思う

面白いか?

トカゲが女にそう訊くと
聞こえたのか聞こえないのか女はトカゲに一瞥をくれると
またケタケタと笑った

よく笑うやつだ
トカゲは心の中で不可思議な安堵感をおぼえた
そしてポップコーンに手を突っ込み
オレンジジュースを氷ごと思い切りすすり上げ
トカゲもケタケタと笑った

女の顔をまたこっそりと横目で見ると
目尻のシワに
一雫の涙がこぼれ落ちていた


初空のゆめ

  はかいし

グリーン、ブルー、レッド、イエローが空を飛び、ブラックになって着陸する瞬間、飛行機雲は空を突き破り、粛清(パージ)されて戻ってきたレッドが、クールなブラックに変わる、代わる代わる空を見上げ、今はまだオードブル止まりでしたか、ええそうですねと言って空を飛び、軌跡を描いて戻ってきた、ゆず色とみかん色とが混ざり合って夢色に染まった紅葉の、並木道をゆくそのまた軌跡を追いかけて、そんな色つきの夢を、見ていた僕は酔っ払い、夢に酔っ払い、朝日も見逃して、冴え冴えしい朝焼けを、昼に見る。


ギギギギギギギギギギギギギギギギギ

  泥棒

射で精した夜は
街のいたる所でギギギが
ゆれている。
そんなことを
名前も知らないギが
言っていた気がするよ。
あ、
正確には
ゆれている気がするって
言っていた気がするよ。
ギギ、
思いだした
フェラのチオを途中でやめた夜は
私のクリのトリスの下が
叙情的ギギギ、ギ、ギギ、
100回以上はギが繰り返されて
1000回くらい死んだ。
ギ、
この街のギギギギギギギギギは
風の吹かない夜も
どうやら
ゆれているらしい。
ギギギはギギがギーって
ギギギギギギギギギギギギだね、
ギギギだね、
笑い合うギギギギギとギ
でもね、
本当はね、
ギギギギギギギギギなんて
死ねばいい。
ギギィーってなって
何も残さず死ねばいい。
ギ、
優しくなりたい。
優しさってまるでギギギギギだね、
死ねばいいなんて
言いたくないよ
本当はね、
ギギギギギギ、今夜はギギギギギギをギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギ、ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギ
ギギギギギギギギギギギギ。ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギキキキ
ギギギギギギはキキキだと
ギギギギギだから法律違反です。
ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギ。ギギギギギギ「ギギギ」ギギギギギギギギギギギギだ、必ずギギギする。ギギ
夕方から夜にかけてたくさん死ぬ
ギギギギギとギギ。
ギギギ、ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギキキキギギギギギギギギギギギギギギギギギギキキキギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギの中にキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキギギギキギギギ。
水没した電卓で坪単価を計算しながらギギギギギギ。家を建てる。
ギギギ、キキキギギギギ。
ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギ、キギ。
(ギギギ+ギギ)×ギキ÷ギギ=ギギギギギギギ。
ギギギギギギ×ギギ=キキキギギ。
キキキに激突するキギギギギギギ。
ギとギギギギがキキキするから
ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギ。ギギギギギギギギギキキキギギギギギギキキキギギギキキキギギギ
ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギッ、
キキキキキキキキキキキがいる。
ほら、
ギギギ心理学でいうところのギギギギギギキキキギタイプだね、
意味のあるギギギと
意味のないギギギがギギギギギギギギギしているからね、
わかりにくいギギギギギギギギギギギギギギギギギギだ、確かに。
ギギキキキギギギキキキキキキギギ
ギギギギギギギギギ、
ギギギ療法で
ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギキキキ、
ギギギギキキキギギギキキキキキキキキキ。ほら、つまらないだろ、ギギギギギギギギギキキキキキキギギギキキキの羅列はつまらないだろ。
超つまらないだろ。
そして、読みにくいだろ。
しかも気持ち悪いし、でもね、
何かが崩壊する前には
必ずギギギギギギギギギギギギって
音がするんだよ。
普通だよ、普通、ギギ。
特別なんかじゃないよ、ギギギ。
気持ち悪いのが普通ギギギギギギ。
ギギギなんかよりギギギギギギギギギギギギギギギギギギなんかより
ギギギギギギギギギギギギギギギ
ギなんかより衝動がほしいでしょ?
あげないよ、ギギギ。
ギの半分は何かわかるかい?
ググってもギギってもわからない。
ギギの上に家が建ってギギギギギ。
どんぶり勘定で家が建ってギギギギギギギギギギギギッ。
徳川ギギギ、
知ってはいけないギギギギギギ、
カテーテルの先にキキキッ、
貫通する季節。
終わらない全身のキキキッ、
比と喩の間にギギギギギギギギ。
赤いギギギギやねん。
深読み禁止やねん。
関西のギギギギギギギギがほざく、
この世には
つまらないギギギも
読みにくいギギギギギギも
必要なギギギギギギギギギギなんだよ。ギギギが言っていたから
確かなこと。
ナンのセンスに亀裂、ギギギギっ、
同じギの中にも
やたら個性的なギがいるだろ?
わからない?
ギギ、
わからないよね、
ごめん。本当にギギギギギごめん。
今日はいないからね、
やたら個性的なギもギギギもギギギギギギもキキもいない。
あっちで頭から血を流しているのが二番目に個性的なギギギだけどさ、
わからないよね、
ギ、
ギギギ、
ギギギギギギ。
今日は面白いギギギもいない日だ。
昨日はいたんだけどね。
面白いギギギ。
ちなみにキレイなギギギギギは
存在しない。
これもギギギギギギギギが
言っていたこと。
ギギ、
ところでさ、
何人わかっているのかな、
正確には
フェラのチオの途中で
10000万個の
ギギギが
意味もなく
ぬれて
ゆれていたってこと。


ゴキブリと呼ぶな

  島中 充

ごきぶりはニスを塗ったようにつややかにひかり、別名あぶら虫と呼ばれ、
火をつければよく燃える。

部屋の隅で黄ばんだレースのカーテンの襞に、ひっそりと産むものがあった。
真夜中、昏い教科書を閉じて、少年はそれをじっと見つめていた。一匹のゴ
キブリが、濡れたオブラートのような粘液を排泄しながら、卵を産み付けて
いるのである。うっすらと横に筋が入り、アズキを押しつぶしたような形の
卵。母虫がうみ終えて、ヨタヨタとカーテンからタンスの下へもぐって行く
のを見届けてから、少年はまだ粘り気のある卵を鉛筆で小皿の上にはがし
取った。蛍光灯のスタンドに照らして尖った鉛筆でつつきながら、ひっくり
返し観察した。その行為の中になにか忌み嫌うものを少年は感じていた。母
親に見つからないようにする手淫のような、やましい気がするのだ。
以前ラジオで聞いた話を、少年は思い出した。酒に酔った男が這い出てきた
ゴキブリにマッチで火をつけた。ゴキブリは羽を広げ、めらめらと燃えなが
ら舞い上がり、天井裏に逃げ込み、火事になったというのだ。この卵に数十
の赤子がいようと、ゴキブリだ、やましい証拠は消し去らなければならない。
マッチを引き出しから取り出し、燃やしにかかった。火を近づけると、卵は
小さな青い炎を上げポンと弾けて破裂した。部屋の中に髪の毛の焼けるよう
な匂いが漂った。

その夜、浅い眠りの中で少年はかさかさという音に目覚めた。まだ薄暗い中、
目を凝らすと一匹のゴキブリが、ごみ入れの中のノートを、ちぎって丸めた
紙を食べているのだ。それは前夜、手淫の精液を拭い取ったノートの切れ端
であった。食っているのはあのゴキブリに違いない。

その時、はじめて少年は自分がクラスで、ゴキブリと呼ばれ、なぜいじめら
れるのかを理解したような気がした。少年は平たく押しつぶされて扁平な体
になり、はいつくばって流しや引き出しの隙間で残飯や糞をくらい、自分は
生きていくしかない。それでいいのだと納得しようとして、いつかみんなを
焼き殺してやると思った。


くろひげききいっぱつ

  ヌンチャク

みゅう(※)、さくたろう(※)、
いいこに してますか。
パパは いま、
おしごとちゅうです。
あさからの あめが、
ゆき(※)に かわって、
はやし(※)も、
みち(※)も、
まっしろです。
ゆきや こんこ、(※)
きつねも こんこん、
ふっても ふっても、
ふりふり ポテト。
おうちの ほうは、
どうですか。
おにわに ゆきが、
つもったら、
ゆきだるまを つくれますね。
ぼく オラフ、(※)
ぎゃーっと だきしめて!
きょうは、
せいじんのひ(※)です。
おとなに なった、
おいわいを するひです。
おさけを のむひ(※)では ないですが、
いつか みゅうと さくたろうも、
おとなに なったら、
パパと いっしょに のみましょう。
やきとりやで せせりでも かじりながら、
こどもの ころの おもいでばなしや、
しょうらいの ゆめ に ついて、
(あるいは し に ついて)
おおいに、
かたりあいましょう。
いつも、
パパが おうちに かえったら、
ママと みゅうと さくたろうが さんにんで、
いちどに しゃべって くるものだから、
じ ゅ ん ば ん !(※)
パパは こまってしまうのですが、
おとなに なっても、
パパと たくさん おはなし してください。
みゅうは さいきん、
さくたろうの めんどうを よくみて、
すごく しっかりした、
おねえちゃんに なりましたね。
もっと たくさん、
あまえても いいですよ。
さくたろうは やんちゃで、
みんなに しょうらいを、
しんぱいされて いるけれど、
パパは なんにも、
しんぱいなんか していません。
みゅうも さくたろうも、
ぜったいに だいじょうぶ。
なにが、
と きかれると、
なんのことだか わかりませんが、
パパの いうことは、
あたります。
しんじる、
という ことばの いみを、
パパは しっているからです。
きもちは ねつです。
ことばは ひかりです。
パパは そのふたつを もっているから、
いつでも みゅうと さくたろうを、
あたためることが できるし、
てらすことも できます。
パパが おうちに かえったら、
きょうも くろひげききいっぱつ(※)で、
あそびましょう。
パパは もうすこし、
ファイトいっぱつ、(※)
おしごと がんばります。
ぴょん、って とばないように。
ゆきが つよく なってきました。
でんしゃも とまるかも しれません。
アレンデールが き き な の よ。(※)
ことしも せいじんしきは あれんでーる。
どうか あんな おとなだけには ならんでーる。
あざわらう ヤンキイは いやだ いやだ!(※)
いつか まとまって やすみがとれたら、
おんせんりょこうへ いきましょう。
きょうの ひの かたまりに あう、(※)
おいしい かにを たべましょう。





※ 詩の女神ミューズから名付けました。(大嘘)

※ 萩原朔太郎から名付けました。(大嘘)

※ さおりじゃない。

※ ますみじゃない。

※ やすえじゃない。

※ 『雪/文部省唱歌』の替え歌。

※ 『アナと雪の女王』に出てくる雪だるま。

※ さっくんはおっぱい星人。

※ 週に二日は休肝日をつくりましょう。

※ 『となりのトトロ』より引用。

※ 『黒ひげ危機一発/タカラトミー』
  パーティーでやると盛り上がるよね!
  文極史上初(?)のステマポエム。

※ 『リポビタンD/大正製薬』
  美味しいよね!
  文極史上初(?)のステマポエム。

※ 『アナと雪の女王』劇中歌より引用。

※ 『秋の一日/中原中也』より引用。

※ 『今日の日の魂に合う
   布切屑をでも探して来よう。』
  引用のために『秋の一日』を読みかえしてみて、
  今さらながら気付いたんですけど、
  僕は今まで20年以上も、
  なぜだか『魂』を『塊』と誤読していたのでした。


月と炎

  草野大悟

しずけさが
あるいてくる

やまゆきをふみしめ
うすあおい
ふたつのあしあとをのこして

天空につづくみちのかなたに
まんまるな月
ダム湖のなかにも
まんまるな月

ふたりが みつめあい
こころと からだが もえあがり
炎となって とけてゆく

とけあった ふたりは
はじめて ふるさとにくるまれ
いつまでも
いつまでも
ひとつになって
ふーっ、と おおきな息をはく


無言電話

  ヌンチャク

ふた月ほど前からだろうか/毎晩眠りにつこうとすると/無言電話がかかってくるようになったのは

非通知でかかってくるそれを/無視するか着信拒否をすればそれで済む/ありがちな悪戯だったが/何故だか私は毎晩律儀に/無言電話を取り続けた

部屋の灯りを落としまぶたを閉じると/携帯がビリビリ震える/私は青白く光るディスプレイをぼんやり見つめ/無言のまま通話する/小さな携帯を耳に押しあて/暗闇の向こうに耳を澄ます/言葉どころか/息づかいすら聞こえないのに/確かに気配だけは感じるのだ

何故無言なのか/私は不思議だった/私への嫌がらせのつもりであれば/憎悪にしろ嘲笑にしろ/何か言いたい事があるのではないのか/言葉にならない声に/私は無性に興味を引かれ/しまいに無言電話を心待ちにするようになっていた

いつも知らないうちに眠ってしまう/そうして決まって夢を見た/私は小さな魚になっていて/青い海の中を一匹で泳いでいた/親もいない子もいない恋人も友人もいない/静まり返った海の中を/ゆらゆらとあてもなくさ迷っていると/突然辺りが闇に覆われ/雷鳴と共に嵐がやって来る/激流に飲まれながら/助けを求める為なのか/それとも危険を知らせる為なのか/とにかく私は大声を上げようとするのだが/どれだけ喉を開いても/まったく声が出ないのだ/そしてまた/仮に大声が出せたとしても/それを聞く者は誰もいないという事実に/私は嵐よりも酷く打ちのめされる

無言電話を聞き続けているうちに/私はある事に気が付いた/私が相手の声を聞きたいと欲しているように/相手もまた/私の声を聞きたがっているのではないかと/つまり何か言いたい事があって電話をかけてきているのではなく/私から何かを聞き出す為に/私の言葉を待っているのではないかと/私は何を話すべきなのだろう/生まれてきた朝の空の色/小さな頃の兄弟喧嘩/初めて触れた女の子の髪の匂い/人を傷付けてしまった夜/言いたい事はたくさんあった/けれどもそれを言い表す言葉はどこにもなく/私はいつまでも無言のままで/今夜も一人着信を待つ

貝殻のように携帯を握り締めると/かすかに/波の音が聞こえた


すぱいはリズムのドラムを叩く

  リンネ

K、魚類のような細長い顔して
遠くから望遠鏡ごしに覗く

都会のリズミカルな生活

ここは徒歩10分
プロフェッショナルな目つき

隣人のY子、ぶるぶるとグラ
マラスにしゃべる
Kのとなりの隙間に挿入されている
Y子、のグラマラス
ふたつの瘤がY子のクオリティ
頭と尻の、転倒したバディ

ここはワンルームの密室
響き渡る沈黙のドラムと洗濯機
疲弊した、食卓の
語り出す、すばらしいリズム
硬直したパン・ティを縫い
縫いまくり、生活の兆候へ
痛ましいことこの上ない
nylonstockingのような人生


「わたしヒタスラに食べ続けてた。三日三晩どこ
ろの話ではないの。そうやって麺状の何か得体の知れない
物質を、二本の棒切れによってひとつびとつ口元に運
びつづけるわたしのことを、道行く人々の視線はさも
おもしろそうにいためつけてくる。ひとつびとつの視
線によって、わたしのこの継ぎ接ぎだらけのみすぼら
しい容姿が、するどい針に縫われるようにして周囲の」


うるさいんじゃぼけ、とKは薄ら笑い
けぱけぱけぱけぱあ
どこか別のところから
浮かんでくる笑い声
すぱい、が潜んでいる
すぱい、を探せ
すぱい、にY子のグラマラスを
差し込むのだ
見つかり次第な
頼んだぞ、不細工な素人
娘たちよ
サウンドチェックはおれ
がする
領収書はおれが切る
すぱい、はリズムのド
ラム、を叩くらしいからな


「景色にねっとりと張り付いていくようだたわ。ラーメン
と呼ばれるあの清潔で文化的な汁物も、こう毎晩毎晩
ひたすらに食べ続けていればいつのまに怪物じみて見
えてくるのもおかしくはないのよ。これがまったく見ず知
らずの怪物ではないとはいえ、不眠不休、ただ食と排
泄を繰り返す人生を送っていれば、ひとつのラーメン」


うるさいん
じゃ、と
うるさいんじゃ、と
うるさいんじゃ、と切実
まないたに包丁をスタンバイ
食文化の悲しみに
ひとしばらくの落涙を
いざ、参らん
と、おもう
いざいざいざいざいざ
ツブ貝でも食ってから
たんすの布団を運びだせ
Y子の阿呆
すぱい、は羽毛布団の中にあり!
あったかいからなあすこは!
と、おもう


「だってわたしを殺すには十分。しかし考えようによ
ってはあまりに当然の事。必死になって食をこなすこ
とに没頭すれば、特急列車に乗るがごとくに死へと直
行できるというもの
。こんなふうに目前の麺を口に
運んだら最後、のべつどこまでも伸びていく一本の麺」


うるさいんじゃうるさいんじゃ、
ってパニックかなこれ
脳くその花園からよりぞろやってくる
アレルギー性のすぱい
見つかってしまった
不治の病のすぱい
東京じゅうから、Y子への賛歌
ハレルヤ、をコピー
世界の平和をすばらし
いリズムのドラムにペースト


「によって、わたしは人生のあるべき方向へ導かれてい
くというよりも、釣り上げられた魚のようにいっぺんに
死の世界へ誘われていくの。そうなればまったくもっ
て耐え難いことなんだけどね、とはいえこれでなかなか難し
いのよ。舌を滑るこの小麦の糸束によってよ、わたしたちは同
時に生かされてすらもいる。そんな罠にわたしたちはは
じめから足首を捉えられてしまっているの。それでい
てその罠はけっしてわたしたちのマトモな視線には見えて
こないから。その足かせはあまねくひとびとを結びつけ」


すぱいがいるぞ!


「て、人一人が動けばみながその一歩に引きずられなく
てはならない有様。これをして人は平等などとよくわ
からない戯言を、いっとう真面目な眼差しでのべつまく
なしに喚き立てるのだから世話ない。へその緒というあ
の愛情で出来たグロテスクな紐を断ち切ることで
、わたしたちはこの世界に晴れて入場できたというのに」


いいか、おれは、はく白状する、ハクジョウスル、ごめんなさいみんなおれが悪いんです、ほんとうにこれはおれのせいなんで勘弁してくださいほんと、おっどろいたのよおれも、まさかね、まさかね、とおもったのよ、もうね、気づいたら遅かったの、とりかえし、つかなかったの、うんじゃった、産んじゃった、まるでだめねおれって、いやになっちゃう、もういちどチャンスをちょうだい、もういちどだけ、いいでしょう、それくらいおねがいよ、あなただってあるでしょう、こうなっちゃうことくらい、ねえ、ほら、さあ、カゾクじゃない、あなたとおれは、ね、そうでしょう、カゾクなんだからこれぐらいねえ、いいわよねえ、そうおもわない、どうしても、そうおもわない、そうなのね、そう、それならいいわよ、わかったわよ、じゃあやっぱり謝るよ、でもねえ、そうじゃないんじゃない、それはおかしいんじゃない、こうやってさあ、ひとがはくじょうする、すべてを認めます、ってまじな態度とろうとしているのに、どうして歩み寄れないわけ、ねえ、おかしいわよね、むしろどうかしてるのはあなたのほうというかのうせいすら浮上してきた感じよね、ねえ、ほんと、ホント今そんな感じになってるとおもうの、ほら、おもうでしょ、おもうわよね、そう、やっぱりおもうわよね、悪いのは、やっぱりおれじゃないじゃない、やっぱりあなたなのよ、やっぱりそういうことなのよ、やっぱりそう、みつけた、やっぱりそうなのよ、わかっちゃった、おまえが、おまえがあれだな、おまえが、

うるさいんじゃうるさいんじゃ、
ってパニックかなこれ
脳くその花園からよりぞろやってくる
アレルギー性のすぱい
見つかってしまった
不治の病のすぱい
東京じゅうから、Y子への賛歌
ハレルヤ、をコピー
世界の平和をすばらし
いリズムのドラムにペースト

けぱけぱけぱけぱけぱあ


処刑

  zero

処刑はなされなければならない。結論だけが先にやって来て、権力の発動はすぐさまそれに続いた。だが、誰がどのような理由で処刑されなければならないのか、それは国家権力の組織的事務処理の途中で失われてしまった。そうして今日も「処刑」とだけ書かれたビラが街中に撒かれ、軍隊は常駐し、人々は家の中にこもって処刑がなされるのを待っていた。許可なく家を出た者はすぐさま射殺されたし、誰が処刑されるのか、処刑の理由は何かを官憲に問い詰めたものもすぐさま射殺された。
とにかく、処刑はなされなければならない。対象と理由を詮索することはもはや固く禁じられ、ただ軍隊は処刑の準備を淡々と進めていった。宛名のない逮捕状、理由のない勾留状、囚人の名が載っていない死刑執行状、書類の作成はどんどん進められたが、論理的に処刑をすることは不可能だった。だが、処刑に異議を唱える者は次々と射殺され、ただ異様な緊張感が街をずっと覆い続けた。
ところが、あるとき、当局の最高権力者は気づいてしまった。もはや処刑は完了してしまった、と。つまり、今回の処刑の対象者は、処刑に疑義を申し立てるすべてのものであり、処刑の理由は、処刑という国家権力の命令に公然と刃向ったということ、そういうことなのだ、と。実際、今回の処刑に関して射殺された者たちは皆この要件を満たしていた。
そこで最高権力者は最高会議で処刑が完了した旨発言した。すぐさま街を原状に復するように命じた。すると、ただちにほかの会議のメンバーは最高権力者を取り押さえ、有無を言わさず射殺した。処刑はまだ終わらないし、これからも終わらないだろう。処刑は誰も対象としないし、いかなる理由も持たない。街にはこれからも悲鳴が響き続ける。処刑はなされなければならない。

文学極道

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