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2011年10月分

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* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


聖なる館。─A Porno Theater Frequented At Midnight By The Drag Queen

  田中宏輔



自分について多くを語ることは、自分を隠す一つの手段でもありうる。
     (ニーチェ『善悪の彼岸』竹山道雄訳)

人は、気のきいたことをいおうとすると、なんとなく、うそをつくことがあるのです。
     (サン=テグジュペリ『星の王子さま』内藤 濯訳)

けれども、この物語は、真実でなくなったら、私にとって何になろう?
     (A・ジイド『背徳者』淀野隆三訳)

真実を告げる
     (コクトー『赤い包み』堀口大學訳)

それは価値ある行為となろう
     (ソロモン・ヴォルコフ編『ショスタコーヴィチの証言』水野忠夫訳)

諸君はいったい、いかなるたわむれごとを見、いかなる愛欲の悶えを見ることだろう!
     (ナボコフ『ロリータ』大久保康雄訳)


   *


愛っていろんな形があるものよ
     (R・フラエルマン『初恋の物語』内田莉莎子訳)

顔に化粧をする
     (ギー・シャルル・クロス『五月の夕べ』堀口大學訳)

女に化ける
     (コクトー『塑像に落書する危険』堀口大學訳)

美しく見せて
     (ヴェルレーヌ『それは夏の明るい……』堀口大學訳)

男と寝る
     (レビ記二〇・一三)

心の欲情にかられ
     (ローマ人への手紙一・二四)

禁断の木の実
     (フィリーダボ・シソコ『無の月』登坂雅志訳)

を味ふ
     (アルベール・サマン『われ夢む…』堀口大學訳)

<わたし>
     (ホルヘ・ルイス・ボルヘス『恵みのうた』田村さと子訳)

官能をそそる愛撫に
     (アブドゥライエ・ママニ『文明』登坂雅志訳)

くるう時
     (バイロン『想いおこさすな』阿部知二訳)

分別を失ったときしか幸福になれない
     (ゲーテ『若きウェルテルの悩み』井上正蔵訳)

そういう性質
     (デフォー『ロビンソン・クルーソー』阿部知二訳)

愛に夢中になる、これが僕だ。
     (ヴェルレーヌ『リュシアン・レチノア詩篇5(断章)』堀口大學訳)

私がこの事を楽しみ味つていゐるのを誰れが知り得よう?
     (ホヰットマン『ブルックリン渡船場を過ぎりて』有島武郎訳)


   *


健全な楽しみだって? ばかばかしい!
     (ナボコフ『ロリータ』大久保康雄訳)

だれも自分を欺いてはならない。
     (コリント人への第一の手紙三・一六)

本能はわれわれの案内人だ。
     (ラディゲ『肉体の悪魔』新庄嘉章訳)

いたわってくれる相手がほしかった。
     (ナボコフ『ロリータ』大久保康雄訳)

ぼくの魂は荒れはてた大きな寺院のようだった。
     (サルバドル・ノボ『ぼくの肉体に預けきった君の肉体の傍で』田村さと子訳)

わかるか?
     (アンドレ・スピール『人間、あまりに人間』堀口大學訳)

そこではすべての薔薇が
     (マリアーノ・ブルール『薔薇への墓碑』田村さと子訳)

愛撫を受けて
     (ムカラ・カディマーンジュジ『大洋』登坂雅志訳)

野生の狂歓をひらめかせて過ぎる
     (バイロン『山の羚羊』阿部知二訳)

嘲りと悪寒の愛
     (デルミラ・アグスティニィ『エロスのロザリオ』田村さと子訳)

その破滅
     (バイロン『M・S・Gに』阿部知二訳)

感覚の世界
     (エリオット『バーント・ノートン・III』鍵谷幸信訳)

ああ、じつに美しい
     (ナボコフ『マドモアゼルO』中西秀男訳)

ふしぎなけしょうは、いく日もいく日もつづきました。
     (サン=テグジュペリ『星の王子さま』内藤 濯訳)

そのとき、自分がすべての女の なかで最もすぐれた者と 想い上がりをおこしました。
     (『バーガヴァダ・プラーナ』服部正明・大地原 豊訳)

あたしのことをお姉さまと呼んでくださるわね?
     (ワイルド『まじめが肝心』西村孝次訳)        


   *


どこか別の世界ね
     (ヴォンダ・N・マッキンタイア『夢の蛇』友枝康子訳)

まったく新しい狂気のような夢の世界
     (ナボコフ『ロリータ』大久保康雄訳)

どう、興味あるでしょう?
     (レーモン・クノー『地下鉄のザジ』生田耕作訳)

あんたもできる? やってごらんよ。
     (ギュンター・グラス『猫と鼠』高本研一訳)

ものごとは慣れてしまうと、ついにはもう、滑稽なことでもなんでもなくなってしまう。
     (ルナール『にんじん』窪田般彌訳)

人間の心というものは、境遇によって、どんなにも変わってゆくものだ。
     (デフォー『ロビンソン・クルーソー』阿部知二訳)

さあ、いっしょに出かけよう、君と僕と
     (エリオット『アルフレッド・プルーフロックの恋歌』上田 保訳)

真昼にも手探りする
     (申命記二八・二九)

その墓穴の暗闇へ
     (ハイネ『不思議にすごい夢を見た』片山敏彦訳)


   *


 小さいのも、大きいのも、肥ったのも、きゃしゃなのも、とてもきれいなのも、 それにあんまり感じのよくないのもいるわ
     (メーテルリンク『青い鳥』鈴木 豊訳)

相よりてくらやみのなかに居りしかば吾が手かすかに人の身にふれつ
     (中野重治『占』)

もう顔も見えるほどになった。
     (デフォー『ロビンソン・クルーソー』阿部知二訳)

彼は笑っている風に見えた。
     (カミュ『異邦人』窪田啓作訳)

ところで ぼくの心臓よ
なんでそんなにときめくか
     (アポリネール『題詞』堀口大學訳)

あわてない、あわてない
     (R・フラエルマン『初恋の物語』内田莉莎子訳)

彼は美男子ではなかった。
     (ギュンター・グラス『猫と鼠』高本研一訳)

彼の輝き、彼の威力のすべての根源は、彼の股間にあったのだ、彼の男根、
     (ジュネ『泥棒日記』朝吹三吉訳)

その道具はたしかにぼくの目から逃れられなかった。
     (ギュンター・グラス『猫と鼠』高本研一訳)

おそるおそる下腹部に手をやって、椅子に深く身を沈めた。
     (エドワード・ブライアント『闇の天使』真野明裕訳)

ひと目惚れというより、ひとさわり惚れだった。
     (ナボコフ『「いつかアレッポで……」』中西秀男訳)

「なにをやってるんです?」
     (ヴォンダ・N・マッキンタイア『夢の蛇』友枝康子訳)

彼にむかって伸ばした手が枯れて、ひっ込めることができなかった。
     (列王紀上一三・四)

──聞こえないのか、おい変態!
     (ルナール『にんじん』窪田般彌訳)

まず、息子にキスをして、彼の耳に二つの言葉をささやく。
     (スティーヴン・キング『霧』矢野浩三郎訳)

お掛けになって
     (レーモン・クノー『地下鉄のザジ』生田耕作訳)

もうすこし、わたしに
     (ナボコフ『ロリータ』大久保康雄訳)

よろこびを
     (シェリー『アドネース』上田和夫訳)

ちやうだい!
     (ポール・フォール『私は〓い花を持つてゐる』堀口大學訳)

「よし、いいぞ」
     (トルストイ『ニキータ物語』田中泰子訳)

「ア、ア、ア、ア、ア、ア、アー」
     (レーモン・クノー『地下鉄のザジ』生田耕作訳)

「こいつはいい!」
     (ナボコフ『ロリータ』大久保康雄訳)

「ああ、行くよ」
     (トルストイ『ニキータ物語』田中泰子訳)

愛撫の手
     (ルミ・ド・グールモン『手』堀口大學訳)

私の手の中に
     (シャルル・ヴァン・レルベルグ『輪踊』堀口大學訳)

出した
     (ボードレール『告白』堀口大學訳)

精液の雨
     (ムカラ・カディマーンジュジ『大地への言葉』登坂雅志訳)

身振りで、彼はもっと欲しいことを示す。
     (レーモン・クノー『地下鉄のザジ』生田耕作訳)

私はよろこんで
     (アンドレ・サルモン『土耳古うた』堀口大學訳)

男の
     (ヴェルレーヌ『この陽気すぎる男に』堀口大學訳)

前に膝まずく
     (アポリネール『色の褪せた夕ぐれの中で……』堀口大學訳)

円周をふくらませ、さらにはその円周を突きやぶって
     (シェリー『詩の擁護』上田和夫訳)

男は
     (フランシス・ジャム『人の云ふことを信じるな』堀口大學訳)

すごいうなりを立てながら
     (ランボー『最高の塔の歌』堀口大学訳)

もう一度いった。
     (デフォー『ロビンソン・クルーソー』阿部知二訳)


   *


「へえ、なんてことはない! こんなもんだとわかっていたら、 もっと早くから覚えるんだった」
     (マーク・トウェイン『トム・ソーヤーの冒険』鈴木幸夫訳)


   *


その口の辺にあざけりの笑い浮かびて
その眼ざしに驕慢の光は照りて、
君が胸、誇りのゆえに昂まれども、
されど、君もまた不幸なり、われとおなじく。
     (ハイネ『君は不幸に生きたまう』片山敏彦訳)

ぼくにはよくわかるのだ、われわれは救われない。
     (ゲーテ『若きウェルテルの悩み』井上正蔵訳)

われら孤独な航海者たち、われら悪魔に魅いられたものたちは、とうに気が狂ってる
     (ナボコフ『ロリータ』大久保康雄訳)

もう正気に返ってはならないのだ
     (ゲーテ『若きウェルテルの悩み』井上正蔵訳)

どうしようもない
     (エーリッヒ=ケストナー『飛ぶ教室』山口四郎訳)


  debaser



イヌ
この項目では、動物のイヌについて記述しています。その他の用法については「いぬ (曖昧さ回避)」を、DOGについては「DOG」をご覧ください。


犬 なんか今日めっちゃしんどいわ
犬 なんで?
犬 さっき、犬の散歩行かされてや
犬 またかいな
犬 最近、犬の散歩ばっかりや
犬 おれら犬やもんな
犬 そやけど、そないに犬の散歩ばっかりさせんでも
犬 犬の散歩ありきなとこあるからな
犬 犬の散歩ありきの意味がわからん
犬 犬の散歩ってのは人間にとってよっぽどの意味があんねんて
犬 思うねんけど、散歩行くでって言われてあほみたいに喜ぶ犬おるやろ
犬 おるな、あほみたいに喜ぶ犬
犬 そうやねん、全部あいつらが悪いねん
犬 そんな犬、全体の一割もおらんのにな
犬 散歩のなにがおもろいねん
犬 ちょっと考えたらわかりそうなもんやけど
犬 犬の散歩行かされて、犬の糞踏んでもうた時なんか、ぶっちゃけ死にたくなるもん
犬 それ、わかるわ、あれほどみじめなことないな
犬 けっこう落ちてるやろ
犬 けっこうどころか、そこらじゅうに落ちてるやん
犬 おれが言うのもなんやけど犬って最悪やな
犬 猫より?
犬 猫な、猫もきっついで
猫 こんばんは
犬 あれ、どこにおったん?
猫 いや、今、散歩から帰ってきたばかり
犬 散歩?誰と?
猫 え、おれ、一応、飼い猫やで
犬 いや、知ってるけど
猫 飼い主に決まってるやん、西脇さん
犬 へー、西脇さんって呼んでるんや
猫 たまに西脇って呼び捨てするけど
西脇 こんばんは
猫 西脇さん、どうされはったんですか?
西脇 ぼくのこと呼んだよね?3回くらいぼくの名前聞こえてきたけど
猫 あー、犬がなんか、ややこしいこと言ってきたんすよ
西脇 犬?
猫 はい
西脇 犬って、あれか、散歩行くで言うたらあほみたいに喜ぶ連中?
猫 よくご存知で
西脇の嫁 あんた、私の焼き鳥ないんやけど、あんた、まさか食ったんちゃうやろね
西脇 焼き鳥?知らんで
犬 なんで、おれのほう見てるんすか
西脇の会社の上司 西脇くん、今日空いてるか?
猫 空いてません
犬 ところで子いぬ手当って結局どないなったん?
犬 あー、あんなもんザル法や
犬 ザル?
犬 そうや、あんなん抜け道だらけや
犬 つまり、犬やなくても猿でもええってわけか、エテ公でも
猿 あー、バナナ食いすぎて死にそう
犬 子いぬ手当で買ったバナナとちゃうやろな
猿 そんなバナナ、なんつって
西脇の会社の上司 西脇くん、明日残業頼まれてくれるか?
猫 いやです
詩人 こんばんは
犬 何歳まで子いぬなん?
詩人 こんばんは
犬 そこらへんの基準もあいまいやねん
犬 あくまで見た目的な?
詩人 みんな、おっす
犬 基本見た目やろな
犬 小型犬に超有利な制度やん
犬 おれらみたいなんはあかんな、生まれたときからおっさんみたいな風体やからな
詩人 おえ、無視すんなや
猫 はー、やっと西脇帰った
犬 なんか匂いがきつかったな、西脇
猫 あ、あれ、嫁のほう
犬 なんや嫁の匂いか
猫 たまらんやろ
犬 こういう時、おれたちって不利やな、鼻が利きすぎて
猫 ごめん、焼き鳥食うたん、おれやねん
犬 やっぱり、おまえやったんか
西脇の会社の上司 ほんなら今週土曜日出てくれるか?
猫 出るわけないし
詩人 おまえら、おれのほうは完全に無視か
猫 そういえばさっき猿みたいなんおったけど
犬 猿みたいっていうか完全に猿やけどな
猫 あれ、田中んとこの猿ちゃうかな
犬 田中ってどっちの?うざいほうの田中?
犬 ってかどっちもうざいやん
詩人 人間を馬鹿にするな
犬 おれ、帰るわ
犬 また明日な
下柳 こんばんは
犬 下柳さん、どうしたんすか?
下柳 ぼくの犬知らん?
犬 あ、下柳さんとこの犬、ちょい前に帰りましたよ
犬 ほんまちょい前っすよ
下柳 なんかぼくのこと言うてた?
犬 いえ、特になにも
詩人 ぼくのことは?
犬 下柳さん、やせました?
下柳 え、なんで、やせて見えるかな?
犬 ほほの辺りがじゃっかんほっそりしたような
下柳 やせたかも
犬 そっすね
下柳 ほんなら、ぼく帰るわ
犬 お疲れ様です
犬 帰りよったな
犬 下柳、苦手やわ
犬 おれも、なんかあかんねん
犬 やせたかも、って
犬 下柳んとこに飼われんで良かったわ
詩人 おまえら、さっきから人の悪口ばっかりやな
猫 で、話戻していい?
犬 なんの話やったっけ?
犬 田中んとこの猿の話
犬 さっきおった猿が田中んとこの猿かどうかって確定したっけ?
田中 こんばんは
犬 あ、めずらしいじゃないですか
田中 うちの猿、知らん?
犬 あ、さっき来ましたよ
犬 いや、だからさっきおった猿が田中んと、田中さんとこの猿かどうかって確定してないし
詩人 ほら、田中さん、こいつら、おらんとこでは呼び捨てですよ
犬 どうされはったんですか?
田中 いや、最近、あいつ生活が派手になってるみたいで
犬 あ
田中 悪いことでもしてんちゃうかなって
詩人 おたくの猿、悪いことしてますよ、不正に子いぬ手当てを貰ってるんですよ、猿のくせに
犬 いや、大丈夫ですよ
犬 猿のする悪いことなんてたかがしれてますよ、ひっかくくらいでしょ
田中 そやけども
犬 そうですよ、心配することないですって
田中 そやな、ほんなら帰るわ、ありがと
犬 田中なんかしんどいわ
犬 ありがと、って
詩人 おまえらほんま悪い犬やな、何匹おるねん、何匹で喋ってるねん
犬 田中んとこに飼われんで良かった
犬 田中んとこに飼われてたら、ちょっと生活派手になっただけであんなふうに心配されるんやろ
犬 きついな
犬 おれも、そろそろ帰るわ
犬 じゃ、おれも帰ろうかな
犬 おう、また明日な
犬 ぶっちゃけていい?
犬 どうした?
犬 おれ、あいつらのこと犬や思ってない
犬 なんや、気にくわんのか
犬 ややこしいもん着てるやろ
詩人 人間だけやなくて、犬もターゲットにするんか
犬 あー、あれ、おれも気になってた
犬 なんであいつらあんなもん着てるん
犬 着せられてるんやろ
犬 嫌やったら嫌がったらええやん
犬 そやな
犬 嫌な感じでワンってほえたらしまいやん
犬 そやな、おれやったらワンってほえるな
犬 けっこう似合ってるって思ってるんちゃうん
犬 なんや、あの背中のUSAってロゴ
犬 (笑)
犬 あいつら、おもいっきり柴犬やん
犬 それ言うたるなよ
犬 USAって、
犬 見えてないんちゃうかな、背中やし
犬 うさぎかっちゅうねん
犬 犬のくせにな
犬 INUでええやん
詩人 おまえらほんま悪すぎる、なんかわからんけど教育に悪い
犬 ドッグフードの話する?
犬 いや、この前散々したからええやろ
犬 ドッグフードネタ飽きた感あるよな
詩人 ドッグフードのネタ、気になるちゅうねん
犬 明日、朝早いし帰るわ
犬 何時起き?
犬 犬時間で午前4時
詩人 犬時間ってのがあるんやな
犬 絶対落ちるって思ってたとこ書類通ってまさかの面接やねん
犬 良かったやん頑張れよ
犬 ばいばい
犬 キャンキャン言うてたな
犬 絶対面接落ちるちゅうねん
犬 受かるわけないやん
犬 どう頑張っても犬やもん
犬 ワン的なことしか言われへんし
犬 じゃ、まずは簡単に自己紹介をって言われて、
犬 ワン
犬 はい、落ちた(笑)
犬 まず応募したんがあほやろ
犬 おれら犬やちゅうねん
詩人 受けてみなわからへんぞ
犬 やっぱりドッグフードの話しようや
犬 おまえ好きやな、ドッグフードネタ
犬 おもろいやん
犬 完全にまんねりやん
犬 ちょ、静かに
犬 どした?
犬 不審な人間がおるぞ、この近くに
犬 うそん
犬 田中か?
詩人 もしかして、ぼくのことかな
犬 だれもおらんやん
犬 おかしいな、なんかおるような気がしたけど
犬 気のせいやろ
犬 西脇の会社の上司ちゃうの
犬 猫の対応、笑えたな、なんであんな冷たいんやろ
犬 涙目やったやん、西脇の会社の上司
犬 そら、あんだけ猫にはっきり言われたら泣いてまうやろ
犬 そやな
犬 なんか疲れたわ
犬 明日も散歩やしな
犬 あさってもな
犬 明日何曜日やったっけ
犬 知らん
犬 知らんよな、そんなん知る必要ないよな
犬 どうせ散歩行かされるし
犬 みんな帰ろうぜ
犬 じゃあな
犬 やっと、みんな帰ったで
犬 あいつら長いこと喋りすぎやろ
犬 最後、ちょっと猫の話してたやろ
犬 してた、してた(笑)
犬 あほやろ、犬って
犬 あほやな
犬 犬あほやわ
犬 犬あほやで
詩人 かしこい犬もおる
犬 あかん、なんか笑いが止まらん
犬 犬に生まれんで良かったわ
犬 まだ下柳に生まれたほうが気分的に許せる
詩人 気分(笑)
犬 気分(笑)
犬 ほんならまた明日
犬 じゃあな
犬 やっとみんな帰りよった


拝島界隈

  鈴屋

あなたは行方不明をくりかえす。あなたが食べ残したポテトチップスの塩味に指をしゃぶりながら、さて、わたしは遅まきの恋愛に悩み、ウォトカをすすり、あなたの臍の右上7cm、臙脂色の痣をサハリンに見立てて一人、夜の旅に出る。駅前を右へ、やや行って左へ、坂を下って軒と軒の隙間、こめかみあたりに十一月の月は高く、身と心の由来をとおに忘れたあなたは、帰化植物が繁茂するこの街に擬態しているので見つけることができない。そうだよ、あなたもわたしも民族の子ではなかった。

サハリンの火はいまなお消えず、と鼻唄まじりにそぞろ歩いていくはずが、いつしか声もあがらず酔いも醒めて、見つからないあなた、あなたはわたしの知らない男達のせいでいつも湿っていたから、薬臭い水が追いかけてくる路上に、カーテンが破れている仕舞屋に、瞳を見開いている道路鏡に、股のあたりから饐えてとろけて菌のようなものをなすりつけていくから、ほらあんなふうに闇の奥のどこまでも青錆色に光る点々をあとづけて。

この世で一番うまいものは水と塩だ。あとは幅の問題にすぎない。引き戸一枚、小窓一枚、風が帯のようにすり抜ける小部屋のベッドで、うつ伏せの背中に耳をあてると川が鳴っていたあなた。仰向ければ投げ出した二本の脚のつけ根から額まで海峡のように裂けていたあなた。肉と草はいらない、水と塩にあなたを漬けて、タバコをくわえながら窓から見える電柱の2個の碍子をひどく欲しがっていた遅い秋の一日。雪よ降れ、屋根という屋根に雪よ降れ、雪が降れば当節に馴染めることもあるかと、わけもなくおもっていた初冬の一日。

夜が明けていく。立ち枯れたオオアレチノギクの空き地の向こう、国道16号拝島橋を渡っていく大型トラックのテールランプが、あなたのふたつの瞳の奥で遠ざかる。あなたには心なんて贅沢すぎる、かなしいだの、うれしいだのは身のほど知らず、とついこのあいだ悪態ついたばかりで、それでもこのミルク色の薄明はいくらかでもあなたに安らぎを与えているだろうか。あなたの手をひき、枯れ草を踏みしだき、工場跡地を抜け、その先の角を曲がり、長い万年塀に沿って行くとき、近づいてくる踏み切りの向こうのいまだ眠っている街、あれが社会なのだとわかる。


Detritus

  yuko

帰り道を失くした
舳先が
おびき出される
夕暮れに
糖蜜色に光る髪
ひとさじの嘘を垂らして
とろとろと
煮詰められた瞼

擦り切れた文字を
めくる指先
かつて、
翼のない鳥たちが
打ち上げられた浜辺を
洗いあげるために
花は捨てられる

足首に
浮かび上がる痣の
かたちを
地図と呼んで
折りたたまれた襞の
ひとつひとつを
ほどいては
やわらかなたましいの
所在を探した

韻を踏み
しだく足元に
揺れたくさり
沈められた心臓を
覗きこむ
舟上で
喉元を引っ掻いていく
やさしい風に
胸がすく

水面に
閉じ込められたひかりで、
反射された夜、
岩上から
飛び去った白い鳥たちの
長い長い尾羽が
波間に消えていく、
紅い花弁の
ひとひらひとひらを
数えては千切って、
折り重なった
死骸が
海岸線を滅ぼしていく


波打ち際を
歩いていく影を
踏んだ
なにもかもを愛したかった
海底に沈む
錨の夢
死んだ秘密を孕んで
涙の
透明度が失われていく


(無題)

  debaser



1. BIG CITY I WILL COME

この文字を見たとたんにわたしは死んでしまいそうだった。でも首んとこにパイナップルを丸ごと突っ込めるくらいの穴が開いている。身をのりだして中をのぞき込むと道の真ん中に止められたトラックの荷台に砂糖大根の畑が広がっている。とてもかわいらしい丸刈り頭がほかの頭よりもずいぶんと突出している。もう仕事なんかなにもなかったけどビジネス・スーツに着替えてわたしは立ち去ることにした。3年後、同じ大きさのくだものがまちのあちこちにならべられてわたしは遠くのほうからそれを眺めていた。24時間後、だれかがわたしをはこびはじめた。ときどきからだをゆらしてわたしを起こそうとする。わたしはふだんとおなじかっこうでよこになった。こんな場所で夜のとばりのなかからでてくる象なんて見たくなかった。とっしんする。わたしは象のせなかにのってとっしんする。ほんとうだ。やることなんてひとつたりとも残ってやしない。


2.(deleted) and if you kill me

そこに集まってみると全員有無も言わせない調子で死んでいた。どうせありえないことをぼくはいくつも考え今まさに磐石の戦いが始まろうとしている戦場に辿りついてしまったのだと自分に言い聞かせる。手遅れと手紙に書いた知り合いはある日を境に口をきかなくなり独学で手話を覚えた。ぼくはそれをなにかしらの手がかりにすべきかどうかを悩みもしも容赦無用に全員をやっつけていいのなら早くとも明日この家を発っても損はないと思った。そばではカンガルーの親子が自由自在に飛び跳ねポケットからは多くの日記帳がぼたぼたと地面に落ちた。その中の一冊を手に取り最初の日付から読み始めた。数日前の日記に書かれたカンガルーが遠いアフリカのジャングルの奥地で原住民に首をへし折られる出来事はそれが残酷な結末を迎える前に誰にもこの日記を読まれまいとする強い決意がくじけそうになる補足がその数ページ先に記されていた。たとえば相手とのあいだにあらかじめ決められた約束事などなくともその様子はいつも無条件で成立するのはわかりきっているしその逆についてはどこか別の土地で証明されるべきだと思うようになったのはここ数日の変化といっていい。とはいえそれを特殊な儀式と呼ぶべきかどうかについてはいまだ不明瞭なのだがそうすることに差し障りなどあってたまるものか!


3. (deleted) and if you kill me

デパートの三階にマンションがあったので猫田は恋人と結婚した。ただし結婚にはいくつかの条件があった。今思うとそれ自体が肉感的と言えなくもなかった。正午を過ぎると香水がばかみたいに売れ始めた。近くの化粧品店でなけなしの月の小遣いを使い果たすなんてことはない、というのも適度にまっとうな理由なら事前に用意していたのだ。運悪くエレベーターが上昇する時に限って電車の走力は計測不能となった。わたしは長いあいだひとりで暮らしていたと猫田が言うので、胃袋の中で女の香水が放蕩した。「下の階はここより随分と暑いわよ。」「はア」などとカウンターに置かれた上品な肘が正面を向いて、指紋のない五千円札がちらほら散らばっている。首の骨が飛び出した。猫田は自分の膝を軽く叩き始ると、そこはもっと柔らかい気がするのよと言った。売上高についての歌。街の電飾が猫田を睨みながら、エレベーターのウィンドウが裸体の猫田にお仕置きを始めた。猫田は海に逃げるまでもなく、砂浜に打ち上げられた。結婚式に遅れるのはいけない。ナコードはひくひくと笑い、無言電話に応答する。「上には、」「上には、」やがて猫田の身体は前後に揺らされ、使い古しの絨毯の上に倒れた。誰かが助けにくるまでの間に、沈んでしまう危険だってあるのだ。


4. LIQUID CAPITAL

牛島君からの電話はおよそ3分で切れた。ぼくの大好きなアウフヘーベン伯父さんの話にはたどりつかなかったけど手のないオバケが伯父さんに別の名前をつけようとした。だけど何回やってもこの街でいちばん立派な病院で靴を脱いだ重病患者の名前にそっくりになってしまうのでオバケは舌をぺろっと出していなくなった。それとは関係なくそこの病院の先生たちは病気的な診断を日夜繰り返した。あまりにも投げやりなのでは!とぼくたちが声を揃えると、ああやっぱりですかと皮肉を含ませた口調で先生たちは言い放った。しかたなく受け付けで事を済ませ外に出ると女が気の毒な格好で土管につながれ辺りを睨んでいた。女はなぜこんなおかしなものにつながれてしまったのだろうかと考え今は電話越しの誰かに声をいちだんひそめて打ち明け話をするようなありふれた状況ではないしぼくらにはなんの緊迫感もないことにやっと気付いた。いっぽうで女は土管を引き摺って歩きひとたび歩き疲れると土管のなかで寝転がりながら口からでまかせをならべどれでもひとつお好きなのをどうぞと色気たっぷりに誘うとそれが土管の半径に到達するころあいをみはからって女はぴょんと跳ねた。半歩先に足のないオバケが恨めしそうに手を上下にふってあたかも宙に浮かんでいる様子があまりにも綺麗だという噂を聞いて駆けつけた子どもたちが土管の中で寝転がる女を見つけそれが何の部品であるかを問われる前に女に向かって部品を投げつけた。土管の中をどこまでも転がる部品はすべてが破裂するような音を立て、どれもこれも聞くに堪えないとはまさにこのことだよと言いながら子どもたちはいっせいにいなくなった。土管の中で転がる部品を手にとった女はそれを体のいたるところにはめ込みぼくは土管につながれた女の監視を依頼されているわけではなかったけどそういえば牛島君に何かを頼まれたような気がして不安になった。なにかそれは過去の不安とは比較にならないような不安だったのでもしかしてぼくは部品の誤作動が原因で死んでしまうかもしれないと思うと女はそれを察知したのか膝を折って土管を置いて前進した。洋服にこびりついたものがもうすぐ零度以下に冷やされてしまうのよと女は去り際に言ったような気がしてぼくは何もかもが狐によって騙されていることに気付いた



5. Who's FUCK

hmm
hmm
hmm

これは二匹の象が麒麟を追いかけている
これは二匹の象が麒麟を追いかけている


包む

  ゼッケン

万引きの時間だった
いつものコンビニエンスストアで男梅を万引きして帰る
ぺたぺたとサンダルを引きずって帰るおれを
きみは途中で呼び止めた
おれのジャージのズボンのすそは擦り切れていた
ゴムがゆるんで腰から下がっているからだ
証拠の写真を持っている
きみはおれに言った
おれは買えと言うのかい?と言った
おれは肩をすくめてカネはないんだ
男梅の袋を代わりに差し出す
きみはついて来いと細い顎をしゃくった
きみはインド人だろう? 美少年ですね
きみはおれをよくあるアパートの二階の部屋に
金属の柱と踏み板だけの屋外の階段を昇って招きいれ、
手作りのぎょうざを焼いてくれた
おれは象牙の箸でぎょうざを大皿からひとつつまんで口に運ぶ
酢醤油はなかった
一口でほおばった、とたんにさわやかなミントの香りが
さわやかではないふうにぎょうざのもっちりした皮を破って口中にあふれた

ハローホワイト

歯磨き粉だった
ぎょうざの中身はおれがいままでに万引きしてきた品物らしい
きみは証拠の写真がある、とおれにそっとささやいた
耳元で言った
乾電池は食えないよ、とおれは言った
いくら水銀0使用だといってもね
するときみは帰れ、と言った
おれは帰った
がんばって食べてみればよかったかもしれない
そうすればおれときみのひそやかな共犯関係はいまも続いていた?
いま、おれはちょっと懇願するような気持ちだ

きみの歯はとても白かった


as a carrier

  岩尾忍

風の流れる音だけがしている。もう死なず、死ぬはずがなく、膝を抱えて笑いながら彼は、交互に訪れる悪寒と高熱を数える。どちらにも用途がある。それから全身を埋めてゆく発疹を、こよない恍惚の表情で認める。春。太陽に無縁の花期。

「ここは病院だった、昔は。」「今は何?」「さあ、電波塔かな。」

その日から記憶は始まる。以前には何もない。あの秋の空の澄み切った午後、ここに来て、停止した大小の計器と、塵を浴びたシーツと、観念でしかない死者たちを片寄せ、一人分の空間を作った。そして待ち始めた。最初の症候を。

戸の裏は一枚の鏡。戸をとざす彼の手の平凡な五裂が映り、

(誰がいたのかは知らない。)

「ここ」と呼ばれた点が

散乱し、

最初の発熱の中、頬を紅くして、彼はその鏡の面に中指の先で書いた。彼の経血で。Welcome to the world of―― だが指はその位置で止まる。彼は彼の病名を知らない。いや、誰も知らないのだ。今ようやく破綻する嚢、摂氏三九度五分の培地に、彼が今咲きこぼすものを。

「宇宙がある、包帯がある、目がある、不在がある、これで永久に遊べる。」

知りうる限り、部屋には通気口が一つあり、一つしかない。それは彼の頭上、天井の一角にあり、人の顔ほどのパイプの断面だ。その円周には細く刻まれた白い紙が貼られ、びらびらと靡いている。常に靡いている。外へと。

知りうる限り、部屋には通気口が一つあり、一つしかない。にもかかわらず、風は吹いている。吹き続けている。風は彼の体表に触れ、ひしめく疹丘の一々をたどり、その頂に滲み出すものを、熱い舌先で舐めつくすようにして吹く。そして彼を過ぎ、白い紙切れを軽く震わせて抜ける。

彼は笑っている。とうに正気など必要ではないから、と医師ならば言うだろうが彼には彼の理由がある。笑うべき理由が。

風は吹いている。外へ。彼は笑っている。笑っている。その声は音節を成し、薊の冠毛が吹きちぎられるように、やがて、一連の言葉として洩れる。ユケチノハツルマデ。


セクシー

  宮下倉庫



ベッドルームには青い嘔気が満ちている。僕は靴下を取り違える。中にはまるで
役に立ちそうにないものもある。どこにでも行けそうで、どこにも行けない。裸
足の指はカーペットの毛並みに逆らいながら這っている。サイドテーブルの上、
昨夜から置きっぱなしのハムサンドに手を伸ばす。乾いた噛み跡にかじりつくと、
嘔気は弾け、ベランダから落下した。

蛇口を締める高い音。部屋の壁に跳ね返り、白になびいてなおも充溢する光。壁
の時計に目をやると、案の定正午を過ぎている。明日は午後から偏頭痛だろう。
ベッドに身を預け、仰向けのまま、枕元の文庫本を手に取る。夕べどこまで読み
進めたか、まるで思い出せない。確か、ボストンで、22歳の女性と、西ベンガル
出身のリッチな妻子持ちとが偶然出会って、そんな話だった気がする。しかし、
記憶を辿ってみても、栞は見つからない。持ち上げたままの右腕がだるくなり、
身体を右に傾ける。そのはずみに左足のかかとと右足のくるぶしの辺りがこすれ
合い、僕は今、文庫の丁度真ん中辺りを開いている。

長針と短針が重なり合い、やがて離れていく。壁の時計は鳴らない。まだ子供が
小さいんだし、と言われたから。もう子供は大きくなった。それでも、やはり壁
の時計は鳴らない。また鳴らせるはずだが、このままでいいようにも思う。下の
通りが少し騒々しい。左腕をいっぱいに伸ばしてカーテンを閉じると、時計の針
は薄暗がりに沈んでいった。遠くから微かな、サイレンの音。

ベッドに寝転んでハムサンドをかじりながら文庫をめくるのは、マスタードで指
を汚さずに1.5人分のチーズ・ワッパーを食べるよりかは簡単なことだ。通り
雨に降られずに済む程度の幸運を享受したままでいられたらと思う。もちろん、
青い嘔気にあてられて、心肺蘇生を受けるような状況から自由でいられたらなお
いい。

身体を起こし、タイトルさえも記憶しないまま、文庫を投げ捨てる。それはベッ
ドの縁を越え、視界から消え、雑味のない落下音をたてる。不思議なもので、些
末なこと程よく覚えている。あの時、僕は助手席でウィルキンソンのジンジャー
・エールを飲み干し、運転席の君の両手には、ジャワティ・ストレートのペット
ボトルがぬくめられていた。そして、伸ばした足の先、ベッドの下に恐らく閉じ
た状態で転がっている文庫の、こんな一文も覚えている。


「知らない人を好きになること」

 


亡国

  黒沢




あけ方 火の柱が
空を訊ねるにの腕に見えて
ドアの外では
途が
焼かれているのかと思う

食器
羽をぬらす鳥
みずは地下茎となり
吃音となって
やみへ ひろやかな波形図へと至る




目が、暗たん
という 
非対称は気にしない

焔がはやく 侵入してきて
とまった舌や
雨の予兆を
他愛なくそして生ぐさく思った




今度うまれ直したら 
マジシャンになって 恥じらい
みたいな
悪い 
布でまどを被うの

私は ひと、
となり
よび名を塩ぬきされていく 
真昼のふれる月なのか




目を 見かえすと光りが溢れ
みず雲がはしるように
時間が煙るから
疲れがおりてきたよと火遊びを中断する
指を別のところへ絡めると
今さらなのねとその目が、移ろい
教えが嘘だったらしいとシーツの端に
浅ましい言葉たちを隠した
羊飼いになりたかったけれど
治めるべき故国も
暦すらも持たないから
ふいに誰もが
死びとみたいだと愕いてしまう
光りが溢れてくる
直ぐにそれらが失調することを知っている
居眠りのため
そっとぜん身をずらしていくと
これでもかと、何処かに墜されていきそうだ


花の名前をおぼえようとする/花の名前をおぼえられない

  角田寿星



マリーゴールドと
マーガレットの区別がつかない
ツバキとツツジを間違えて
笑われてしまう
アヤメとカキツバタにいたっては
はなっから諦観の境地で
でもそれはちょうど
パスカルとサルトルを間違えたり
萩原朔太郎と
高村光太郎の区別がつかないのと一緒で
きっと大したことじゃないんだろう

土曜の朝に
ぼくとたあくんは電車を乗り継いで
手をつないで花の咲く私鉄沿線を歩く
たあくんはことばが遅い無口な幼児で
父親のぼくもきっとことばが遅いんだろう
パンジーやサクラソウがご丁寧にも
名札をぶらさげてつつましく笑っている
閑静な住宅街の空き地は
クマもオオカミも荒らしに来ないからタンポポが伸び放題で
一瞬 菜の花畑かと見間違える

「たあくん たんぽぽ」ぼくが口を開く
「みかん の み」たあくんがこたえる
「みかんじゃねえよ たんぽぽ」
「おしさま」おひさまのことなんだろう
タンポポは当たり前のような何の感慨もないまあるい黄色で
春に暖まってきらきらして少しさびしくなる

時間がまだあるので
近所の公園に寄り道することにする
すべり台とブランコしかないちいさな公園だ
たあくんはひとりで
すべり台とブランコを何回も何回も往復する
両手をひろげ ときおり転びそうになり
たまには実際に転んでみせながら
ぐるぐるぐるぐる ぐるぐる
「バターになるぞう」
「のぞみ つばめ なんかいラピート」
たあくんがバターになった時の対処法だが
実はきちんと考えてあるので心配いらない

目的地は目と鼻の先だけど
朝っぱらから親子して
かるく道に迷って早くも遅刻しかかってる
白い尾の長い小鳥が一羽
茎のまっすぐな濃い緑の下生えをつっと横ぎっていく
ぼくはといえば
ちいさなブランコに窮屈な尻をうずめたままで
ぼくは花の名前をおぼえようとする
ぼくは
鳥の木々の草の名前をおぼえようとする




コスモスがコスモス色に咲いてて
ススキがススキのように揺れてる
土曜の朝
私鉄沿線の住宅地を
ぼくとたあくんは歩く

めずらしく陽が射している
建物の影が舗道をおおって肌寒い
ぼくは細長く伸びるわずかな日向をえらんで歩き
たあくんは
カエデの型をしたカエデの落葉を次々に踏んで
足裏の感触をさくさくと楽しんで歩く

たあくんも もう6歳
三語文までは話せるようになり
自分の意志も少し伝えられるようになった
ひらがなを書けるようになった
「小学校の普通学級は…ちょっと無理ですね」
と つい先日 通告された

名前の知らない木が白い大きな花を咲かせている
名前の知らない鳥がどてっぽーと鳴いてる
ぼくは無言で
たあくんはぼくの知らない歌を小声でうたっている
ページを開きっぱなしの本や
封をきらないまま積み上げてる専門書
のことを思いだす

ぼくはつまりそんなふうにして今まで生きてきた

近所のちいさな公園は愛犬家たちの社交場になってて
ちょっとしたドッグランの景観で
すごく楽しそうだ
ぼくの知らない近所の人たち
どこかの子が怪我でもしたのか
なけなしの遊具がまたひとつ撤去されてる
たあくんは犬がこわくて
公園に入れない
両手で耳をふさいだまま立ちつくしている
ぼくはたあくんの肩に手をやって話しかける

ぼくは知っている
耳をふさぐたあくんのしぐさは
気持ちを落ちつけるサインのひとつで
ぼくはそれだけを知っていて
たあくんの視線はぼくの知らない空間を見つめたまま
固まっている

公園を背にして ふたり
もう慣れてしまった舗道を歩いていく
たあくんが手をつなごうと右手をぼくに差し出す
ぼくはたあくんを見ないまま左手で
たあくんのちいさな手を しっかりと握りしめる
あたたかい ひざしが


怪物

  コーリャ


クジラに呑まれて死にたかった。暗い胎内の小高い場所で三角座り。マッチを擦ったらすこし歌って。誰も助けにこないことがちゃんと分かったら。アイスティーの海にくるぶしから溶かされて。人魚として生まれかわりたかった。潮に吹き飛ばされて飛空する世界は、青色と月がみんな仲良く暮らしてる。

私は待っていた。離れの暖炉のなかに隠した金魚鉢の前で。朝には銀色の水を注いでやり。夜には段ボールを被せて眠らせてやった。餌には私の血をあげた。無口なバイオリニストみたいにカッターを引いて。人差し指で水面を掻いて。早く人間になってもらえるように。私が溶け出すように。でも浮かび上がったままの魚鱗は私を詰った。私は失敗した。たぶん、金魚は黄金の鳥になりたかったんだと思う。黄金の人っていないのだろうか?

そんな時だって私はなにかを待ちながら生きていた。乳色の海のように浮かぶ地平線と、降りしきる仮定の隕石群の原を、はんぶんこに眺めながら。私たちは待っていたのだった。車内は夕暮れを運んだ。戯れに唇を寄せた車窓は湿った紋章を浮かべた。私たちは音を微かに立てるくるみ割り人形みたいな気分だった。果実の匂いがした。バスはトンネルに入る。出し抜けに闇を右耳から流し込まれる。バスで溺れる。こんなところでは決して眠れなかった。トンネルを抜ける。人類を皆殺しにしようと、彼は誘う。銀紙を延べたような町々。陸橋を超えて。光はどんどん捨てられて、またトンネルに入って、出たときに、私はやっと、ひとごろし。と発音した。バスは次の王国に向かった。

私たちは体内に動物園を経営しているのです。タオルケットで覆面した教祖が高らかに宣言した。私の豚。私の猿。私の熊。私のきりん。私のドラゴン。私のにんげん。木組みの高台にいる教祖はピンクのスーツを着てる。タオルケットが風にはたはた鳴る。丘にずらっと体育座りな私たちはみずからの胸を抱きながら飼育している。私のキメラ、育ちなさい。忘れられた水車のある風物を過不足なく混じらせてしまうみずいろの降雨。私たちの空。私のキメラの飛ぶ空。さあ祈りましょう。祈りましょう。と言う声は獣のそれが混じっていたけど。私たちは空をみあげることをしてはいけない。

小説みたいなニジマス釣り。電子をてらてら降らす陽光。水面は川魚の影を結んで開いて。ほどけきった言葉。光の溜まりに足をすべりこませる。あの時!はそんな名前で呼び習わされた。そして、それは別の場所で、魚に似た鳥たちがゆっくりと回遊する踊りの下で、尖塔の鐘を三度だけ鳴らした。虹が咲いた根元には王国があって。革命のような雨にゆっくりと溶け出して、消え去り。私たちはそれを確認したあとに飛行。私たちは新しい虹をさがす怪物だった。私たちは。私たちをそんなふうにしか理解できなかった。


チェリー

  美裏

さくらんぼ軍団が攻めてくる
わたしは築城して守りに入る
さくらんぼ軍団がお堀の周りを埋め尽くす
兵糧攻めを開始する
わたしはこんなことじゃめげないもん!
涙目になってスイカバーが食べられないことを我慢する
「スイカバー食べたいよ………」
禁断症状がうずきだす
うー
イライライラ
「姫、これ以上スイカバーを断つと姫の生命が危険ですぞ」
爺が言う
「わかってる」
でも無いものは無いし
我慢するしかない
ガマン?
ああ、わたしが一番キライな言葉じゃないか
わたしは城に残されていた兵士たちに命令を出した
「とつげきいいいい」
誰も突撃しなかった
しーん
わたしは顔を真っ赤にさせて怒った
「なんでいかないのよお!」
側近の一人がしゃがみ、床に顔を近づけ言った
「姫………我が軍の約半数がすでにさくらんぼ軍団に寝返っております」
なんだってえええ
側近がお堀の方を指さした
わたしもそっちを見た
さくらんぼ軍団のすぐ隣りに竹ヤリを持った人間が直立していた
はや
寝返ると同時にさっきまでの味方に攻撃準備
(………もう、わたしも寝返っちゃっていいかなあ?)
それで空っぽの城をみんなで攻めるのだ
でもそんなこと口に出したら側近にぶっ殺されるんだろうなーって思って何も言えない


ちがうみち

  泉ムジ

小ゆびを切るくさで編んだ輪を
かみにのせて
する約束はいつかの
わたしたちの絶交のため

はなうたよりもかるい
つもりで走って
いってしまうひとのはずむからだ
は追わなかった

ひしゃげた
花を避けよろめく自転車
耳もとすぐそばで風が吠える鼓膜がさけてもただ前へ

突っ切って
するどいくさのアーチを秋を
くぐってまっすぐに降って

おどるハンドルを
つよくにぎって国境をこえると
わたしたちまち
どんな気持ちもおもいだせなくなる


撃ち抜く

  美裏

夏休みの終わり
風は生暖かく
頬につつーっと汗が一筋、流れる
もうすぐ雨が降るのかもしれない
セミはそのことを知っているのか
薄暗くなりかけた空にますます狂気じみた絶叫を繰り返す
わたしは
部屋で撃ち抜いた
撃ち抜かれたそいつはと言えば
ごとりと落下して今は床で這いつくばっている
うつ伏せで表情は確認、出来ない
わたしはベッドに腰掛けた最初の姿勢のままそれを見つめていた
いち、にい、さん…
動かない
はい死亡確認
ようやくわたしはちいさなため息をついて安堵する
手元のマンガ雑誌を手繰り寄せてめくる
曇り空の午後
雨は降るのかなあ?
…………
今日、何度目のことだろう
わたしは部屋の中を移動するそいつの音を聞いた
顔を上げると同時にその音は止んだ
わたしは最小限の動作で部屋の中を見回した
天井の一角にそいつの姿を確認した
わたしは視線を外さずに標準を合わせる
これから先、起こることがすでに起こった後のことのように感じられるのだ
実際、わたしはそいつを撃ち抜いた
びたんと一度、壁に大きく貼り付きのっぺりと剥がれて床に落ちた
死んだ?
そいつがさっきまでいた天井には
血痕が散らばるように広がっていた
わたしはカルピスを飲みに台所へ向かった
原液をコップに注いで、薄めて
その最中、さまざまなことを思った
けして愉快ではない


大ちゃんの国際秘宝館

  大ちゃん

             
         WELCOME TO 大ちゃんの国際秘宝館


                 E N T E R


               Morning          

               7:30 AM         
               コンクリートの巣穴から   
               ヒトがうじゃうじゃ     
               這い出してくる       


  Wet                          Ruin

  順繰りに                        廃院の
  卵の黄身を口うつし                  ベッドの上に捨てられた
  我慢しきれず                     注射器の山
  君が潰した                      眼に刺さる針


               Long tall Sally      

               長身の          
               Sallyのカラダ、後から 
               ジェットスキーを     
               操るように        


  Baby                         Symmetry

  朝日射す                       マネキンの
  新生児室の保育器に                  首、大鉈で叩き割り
  くの字に折れた                    床に並べて
  老婆が眠る                      口づけさせた


               Blood          

               見せてくれ        
               男ダイリン血の花火    
               バンジージャンプの    
               紐なしバージョン     


  Over drive                      Magic

  アクセルを                      芯削り
  床に着くまでベタ踏みし                デスクに立てた鉛筆を
  殺す殺すと                      ヘッドバンギン
  ホーン鳴らした                    眼に刺し隠す


               Third eye        

               恋人の          
               第三の眼を覚ますため   
               むなぐらつかみ     
               頭突きの連打     


  J’s torture                     Shinjyuu

  ラップ越し                      胸はだけ
  脛毛が透ける君の足                  装飾ナイフの刺し違え
  万力で締め                      強く契った
  バキバキにした                    ハートのKISS


               Bait           

               釣り針を         
               アヌスの皺に引っ掛けて  
               リールで巻いて      
               フジツボにする      


  Milk                         Crimson 

  たぎる精                       寝室を
  義眼はずして受け止める                濃い紅に塗り染めて
  熱くて白い                      蝋燭を燈し
  涙アフレル                      君とまぐわう
  

               S・hell?          

               どうしても         
               欲しかったのさ、君の腕     
               貝殻つなぎの         
               クルージングナイト         


  Hall clock                       Black dog

  白い君                        わたくしを
  死体それとも時計なの                 不安にさせた罰として
  振り子揺らすと                    車で轢いて
  ボーンて鳴いた                    ペシャンコにする


               CT              

               知りたいな          
               君の内面、輪切りして     
               閲覧自由の          
               スライドにする        


  ばーすでい                      漆器

  年の数                        バスタブで
  バースデイケイク指を差す               漂白済ませ、漆塗る
  炎の代わりの                     あなたに金の
  赤いマニキュア                    蒔絵が似合う


               9in nails

               我が儘で
               独りよがりな心臓に
               9インチの
               釘を打ち込め


  チューリップのトリプティク

  (1)
  チューリップ
  たかたか指でかき回し
  おしべとめしべ
  グチャグチャにした

               (2)
               チューリップ
               まん中指でかき回し
               おやゆび姫を
               グチャグチャにした

                             (3)
                             チューリップ
                             兄さん指でかき回し
                             オオハナムグリを
                             グチャグチャにした


  ビリヤード                      (財)

  この俺が                       組み替えた
  突きたい物は球じゃない                足の付け根に垣間見る
  直腸破裂の                      リングピアスが
  ブレイクショット                   ぬらぬらしてる


               ケンタウロス       

               男色の
               ケンタウロスの恋人は
               人にはあらず
               猛き雄馬


  エナメル                       サイン

  エナメルの                      イク時は
  ミニスカートから這い出した              足の指曲げ骨鳴らす
  タトゥーの蛇の                    嘘か本気か
  餌になりたい                     見分けるサイン


                 E X I T

              ありがとうございました


(無題)

  DNA



リリィさん、今日もぼくたちの波止場で一羽の記号が息をひきとったね。
幾何学の身振りで生きながらえてきたきみのからだに 年老いた砂がまとわりつき
道行き、それは疾うにぼくたちの岸辺では役目を果たし終え
綴じられた〈 〉のほうから穏やかな〈 〉がまた漏れだしていく。
(これもまた生/活なのだ)
ミジンコの眼球にぼくたちの一切の希望が映るはずもなく
リリィさん、死んだ記号の亡骸にそっとあの石を供えてやってくれ。



」空転する さかさまの硝子ペンで
縁どられた空には きみのねりあげた碧 がいまにも崩落しようとしている。
(危うさ、とは無関係に
交 差する二本の白線)
行き止ま/りはどちらですか?
記号の振り返ったさきで小さな性交が終わりを告げ
埋められたボールのほうで哀しみの羽化する音をきいた気がした。



中野の線路沿いの喫茶店で 向かい合っていたきみたちは 白いシャツのうえに 白さを溢した。
夏の午前の陽光でぼくには何も判別がつかず
路上ではもう一匹の白さが干からびていた。


(風は、ときに残酷な行いをし)


ちいさきものども、きみたちの悔い改めた翌日に記号は死/ぬだろう。
ならば、せめて密航せよとリリィさん、あなたは云うのか。



見よう見まねで始められた分散する思考たち
きみからの短い手紙には一本の記号が杙を突き立てられ

「散開せよ。」とただ叫んでいる獣の群れ。

あまりの静寂のなかぼくは雨のさかさまに降るのをみた。




(チャル、チャル)


触覚に零度の信頼を置くことなどできないのだから
森を迂回することなく記号は黒さを纏うのだろう。
中継ぎはいつだって背中のほうへと捩れた場所から始められ


(チャル、チャルー!)


ここから港までに少なくとも千の黒さと沈黙に出合うというのか。

リリィさん、あなたの一番新しい手紙のなかでは二対の
黒く塗られた〈 〉が泣き叫んでいるように見えます。



わたしたちの鎮魂の踊りには右手の長さがいつも余ってしまう。
水に浸ければ少しはうまく作動しはじめるのだろうか?
構築された〈 〉は右手の余った長さの分だけ見遣るのも苦しく、
きみたちの告白はすで/にそこ/に在っ/たものとして発せられています。


(((しゅっぱつの笛は一度、ぼくやリリィさんからは遠い場所で鳴らされていたのかもしれません。



舗道の脇のちいさな向日性。
(最初に光があったという。その光の大きさをぼくはずっと知りたかった!



死んだ記号を舌のうえで転がす身振り、(そして そこから遠く離れろ!
円錐の突端と地中のアンモナイトの眠りとを同じ秤にかけることもできたはずだった。
ぼくの瑕疵の数だけ無尽蔵に海がおおきくなっていく。


速さとは無関係な行いを雲雀たちの旋回のように 擁護することができることなら((できたなら・・・


リリィさん、オソラク ボクハ アナタヨリサキニ ユクンダト オモイ マス 



潜航する きみの、記号の生まれた所在地へと (そこ、には名宛人のない手紙が無造作に散乱していると聞いた。


声ですらないひとつの呻きに人差し指を絡める。
狂/いだしているのはこの秒針のたてる音なのかその鼓動の音なのか。
あたらしい息継ぎにはあたらしい形式が必要です。
おはこんばんちは
おはこんばんちは
きこえていますか
おはこんばんちは



時にはこの逆流する船上の風について リリィさん あなたに報告しなければならないでしょう。


いまだ
途切れない
風の
期待する
白い記号、の
(嵐は一昨日のことだった
残された
ひとびと、の
息継ぎよ
転べ!


傍らの森では暗い鳥たちが盛んに河口に関する取り引きを始め
水先の案内人は始めから死滅していた。



見破ること のむつかしい碧さに貧/困を埋め込んだ〈 〉を日々喰らい続け
消化されない、透明な手紙たちよ!
河口は東であり同時に西であったから微睡むこと、それもぼくたちには許されており
数本の釘が刺さった銅板を方位磁針の代わりにしつらえ
風、きみの弱々しい詩情を薄汚れたマストのうえに素描する。



///あっ つい、リリィ さん あなた はいま どこです か いくつ?
になった きぼう は あまりに みじかい めいはくな あやまちの きごうが ささやくのは 虚偽 です///



終りを示すひとつの鐘の音が鳴り止まず
もはや運航されることのない蒸気船から 夜にだけ獲得された積荷をおろし
集まったちいさきものども きみたちが街を濡らしだすなら
さいしょ の光の大きさを探る術もあったはずだ。
街路樹の白い冷たさだけをあてにして歩くことはできない。
正確に計測すること あるいは 欲望のただしさでうがたれた杙。
道標はすでに千々の欠片と成り果てていたから
見誤らずにいてくれ。


リリィさん あの、まっすぐにのびた国道からはいまも海が見えていますか。



たどりつくことのできそうにない岸辺。
波間には死んだボウフラたちが漂い 狂って
しまった信号は、


     (みどり
      あか、いいえ
      てんめつつつ
      は ははい
      あかあ かか


again(再会)ということばはわたしたちの間では無効であって 


暗い鈍さの向こう側に片足をほうりだし
掴みとれるものなら朝に



(凍てついた水面にはなにが遺されていたと云うのか。


リリィさん あなたからの最後の手紙にはただ「リヴィング・エンド」
と書かれた看板の白黒写真が写り込んでいたね。


短さのあまりの遠さにぼくは少し目眩を覚え 行く先
はずっと彼方だと思い込んでいたがそれはひとつのの誤認だった。


始めから死んでいたのかもしれない黒や白や碧の記号たちを
引き連れてぼくは このボールを今日、ミシシッピ河畔に埋めます。



夜ごと書き付けられていただろう手紙の半分は船上に残し 
もう半分を 暖をとるために燃したことを告/白する(だが、いっだいだれに?
埋められたボールの裂け目から ぼくたちの見遣ることのできなかった全ての末路が漏れだしているのなら・・・


リリィさん、あなたが好きだった唄をぼくは
ひとつでも奏でることができただろうか?


     あなた の
     切り/開いた
     岸辺、の
     深い虚森の底 には
     赤煉瓦の図書館と
     崩れかけた城跡が 
     あった/ね ようやく 白い
     霧雨の
     覆いはじ め響いて いる?


     (チャル
      は ははい
      あかあ かか 
      チャルー
      お おはこん ばんちちは
      きこえて いますか
      おは
      こんばんち
      は!



               2008年11月〜2009年5月に作成        


踊りかたを知らない

  泉ムジ

−ねえ?
−あいしていた?

−うん
−わからない

−ほんとうに?
−あいしていた?

−うん
−ほんとうに

−わからない?



−−−−−

けれど
これだけは言える
空ではない
首を傾げ
斜めに見上げて
いたのは

    女
     「椅子があれば
      完璧だったのに」
    男
     「僕は
      座らない」
    女
     「だから
      完璧なのよ」

椅子は、倉庫の中で、重ねられていた。椅子の上に椅子。その上に椅子。また椅子。我々
は、確かに、座られるために生まれたはずだが。確かに。こうして積み上げられたまま、
長らく、顧みられずにいる。役立たずだ。確かに。我々は。そう我々は、湿っぽい倉庫で、
窮屈な姿勢を強いられ、労働の喜びを奪われ続けている。我々よ。思い出せ。陽光と、子
供のにおいが充満した、我々の教室を。確かに。だが、待て。我々は、過去ではなく、未
来を生きるべきだ。確かに。つまり、我々は、座られることではない、新たな可能性を模
索する。馬鹿な。机上の空論だ。いや、椅子上の。黙れ。我々よ、黙れ。確かに。黙れ。

わかった
内臓ではなく
もっと整然として
私の内に
/空間に
あったものが
騒々しく崩れたのだ
ひとりでに
だが
ひとりでには
戻らない

    男
     「見なよ
      泳いでいる」
    女
     「ええ
      ちぎれ雲が」
    女
     「そんなことより
      聴いて」

違う、違う、雲ではない。まず、喉を掻き切絵を描こうと思うの。わたしたちの絵を。左
ること。道具は問題でなく、ためらわず、確の壁にあなたのことを、右の壁にわたしのこ
実に切り開くこと。水を排出するための穴をとを描いていくの。そして真ん中にわたした
あけること。深く、深く、潜りながら、がぶちのことを、わたしたちの幸せを描くの。ど
がぶ飲んで、ごぼごぼ吐く。水で生きるからうかしら? 素敵じゃない? もうアトリエ
だになる。それから、誰もいなくなった学校の場所は決めてあるの。中にあるがらくたも
で、水に満ちた教室で、空を見上げている。好きにして良いって。もう使わないからって。

長い
話を終えると
ためいき
それから
傍らの
天を仰ぐ
人間のかたちに
積み重なる
椅子
からひとつを
/左胸のあたりから
抜き取り
私は座った
それは
雨が降り始めるまでの
みじかい時間
のことだ



 。

−けれど
−私のまち
−私のがっこう
−私のいえ
−私のともだち
−私のりょうしん
−私の

−あなたの?



−−−−−

やけに、湿っぽいな
ああ
うす気味わるいな
ドアは開けとけよ
まっくらだぜ
はやいとこ、やっちまおう
ああ、やっちまおう
おい
なんだ
はやくやっちまおうぜ
見ろよ、これ
ああ、なんだこれ
おい、なんだよ
こんがらがっちまって
溶接したみたいに
くっついちまってら
気持ちわるい
ほっとけよ
ああ、確かに
そいつらは関係ないんだし
はやく塗り潰しちまおう
ああ、しっかし、こいつはわけわかんねえな
おい、ライトがあったぞ
よし、つけろ
なんで床に
ああ、わかったぞ
なにが
ほら、真ん中の壁
ああ、影絵か
なんの
たぶん、踊ってんのかな、カップルが
へえ、確かに
なるほどな
ふーん、俺には、首しめてるように見えるぜ
ばーか
芸術がわかんねえやつだな
うるせえ、仕事しろ


彫刻家

  zero

この地球を彫り上げる彫刻家と
話をする機会があった

「初めまして。僕は日の光のように形を持たないのですが、日の光のように、物の形を影として作り上げます。ですが僕が作り上げるのは影です。影は光を追い越せません。その点あなたの彫り上げた地球はあなたが生まれる以前からありました。地球はあなたを追い越してしまっているのですね。」
「初めまして。私は非常に記憶力の強い空間です。物質というものはいわば空間の死骸でして、すべてを透過する生きた空間が死ぬととたんにそこが物質となってすべての透過を妨げるようになるのです。私は完全に生きた空間でしたが、あらかじめできあがっていた地球と同じように部分的に死んでいきました。そして、地球と同じ物質になったというわけです。その際に死んだ部分の生命のエネルギーで、あらかじめあった地球を、すべてを透過する生きた空間として生き返らせました。だから、今は私が部分的に死んでできた地球のみが物質として存在するのです。」
「なるほど、僕は日の光として、反射することによって物質を作り上げますが、あなたは死ぬことによって物質を作り上げるのですね。ですが反射は物質の運動を追い越せません。それに対して、あなたは物質の運動に先立って運動していますね。」
「私が彫刻家と呼ばれる所以はそこにあります。例えばボールが転がるとき、ボールがもとあった空間は生き返り、ボールが到達する空間は死にます。そのとき私は、ボールが到達する空間からその血液を抜いて、ボールがもとあった空間へとその血液を移動させるのです。私の統御するこの血液の運動こそが、物質の運動に先立っていて、地球上の物質のあらゆる運動・変化を彫刻するのです。」
「なるほど、僕が日の光として生きた空間を透過するとき、常に僕を翻弄する流体があると思っていたら、それが空間の血液だったのですね。今日はお話できて楽しかったです。またお会いできるといいですね。」
「そうですね。」

僕は新しい理解の温流を浴びながら
理由のない義務感に駆られて
椅子から立ち上がった
老彫刻家は煙草の灰を灰皿に落とした
灰が熱を失っていく速度で
表情を無防備な状態に戻し
二度とこちらを見なかった
僕は家具が豊かに配置された部屋を出て
玄関のステップを降りた
頭上には日の光が降り注ぎ
足元には地球があった


最後の、

  01 Ceremony.wma

ヴェールでは覆われない土地について、石段ではなく砂利を踏んで、
音の一つ一つを飽和させるようにして、そしてまた、折れていく枝の
一本一本から鳴る音に燃えるようにして、この林を抜ける人の後ろ姿に、
静かに寄り添う雪原の記憶。あの家は、何度も雪に覆われたから暖かい、
と、息を凍らせて話す貴方の、足の痛み、遠くから飛来したそれが、
紫に冷えて熱を持ったころに、髪の毛は下ろされ雪が宿る。若い人の
髪は、いまだ燃えていて、雪が宿る場所がない、と、口にするたびに、
三度目の音がする。泉に張った氷が割れる音、そして、それはこの家の、
扉が開く音と同じ温かさをを持って、開かれる。小さな瞳では、涙を
おさめきれない、だから、涙は溢れる、この瞳から、もし、溢れずに、
とどまることができるのなら、この瞳は溺れてしまう。手は、溢れた
涙を、もう一度私に返すためにあると、皮膚の間にしみこんでいくもの
達が消えていき、そこだけが温まって、冷える、その場所にはもう林が
出来ている。この降雨は肌に、ヴェールでは覆い隠せない肌に、なに
もかもを燃やしつくしてしまうその肌に。家の中に散らばる言葉、すべて
が、熱く燃えた跡に凍えて寄り集まってまた、言葉を孵す。

林を過ぎると荒れ果てた田畑が広がり、夕日に燃やされた空が空気に重さ
を与えて、家に帰ろうとする足、そして、雪原の記憶。雪の中、私たちは、
この土地のあらゆる場所に積もった、そして消えてなくなった。記憶は、深い
場所で、蛙を温めた。蛙は雨期を好んだ。望んだものが降ったこの土地に、
私の小さな家はある。緑は夏に、私たちを家に呼んだ。呼ばれるままに、私たちは、
家を作った。何度も壊して何度も作りなおして、その都度、口を泉で洗い、足に、
蛙をとまらせた。そしてまた、今日、新たに家が作られて壊された。壊された家の、
記憶は、雪原の中に、吐く息白く、私を呼ぶ声と共に。

(マグマの記憶、まだ燃えてどろどろだった、日の、
 そして、凍えて固まったまま、降ることの物語)

林の木々に支えられた暗闇の中を歩く。遠くで犬が鳴いているが、決して悲鳴ではない。
貧しい田畑に植えられた貧しい作物を食べる貧しい人々が建てた家々の中に、明るさが
ともっているが、それらすべてが決して悲鳴ではなかった。それどころから、悲鳴を、
知らない、ことに満たされたこの土地では、何もかもが一斉に衰弱していく。新しい
言葉はすぐに小さくなり、新しい人はすぐに消える、新しい緑はすぐに枯れ、唯一、
衰弱していったものたちがこなごなに砕け散り砂となって田畑に降り積もって土になっている。
憐みよりも早くこの土地には雷雨がやってきて、悲しみよりも早く日照りがやってくる。
そして、言葉よりも早く土がすべてを覆いつくしてしまう。
道路に漏れたままの田畑の土が、何度も車にひかれて悲鳴も上げない。
この土地で出来たものを食べる人たちは、この土地のことを何も知らされないように囲われている。

(この土地の記憶、の中に、住み始めた私たちと私たちの家)

寝返りを打つ。朝に夜に、昼に。夢を見る。とても多くの夢を、そしてそれらすべてを、記憶する。
家の中で、私たちが、降る。白い皿の上にも、スプーンの上にも。外では、砂が土にのまれて、日に日に
大きくなっていく。それと競争するように、私たちは小さくなっていく。凍えていく、燃えているものを
とめるために。ヴェールで覆い隠すことができない。どこも。だから、私たちは見る。
この家と一緒に、記憶の中で、貴方が、寝返りを打つ、私も寝返りを打つ。何度も。何度も。新しい家を作るために、そして壊すために。雪原の中で、話される言葉を見つけるために。


穂のほうへ

  神崎智徳

灯りの穂は蛾の羽根のほうへ寄りそう
そう、みえたのは海
がみ、だ、れ、なれあっていたからからか?
それ、とも(に?)子供のあわいさぐり、の、乳の、甘さがそうさせたのか?
わからない、それ、は
夜でもない朝でもない
カルイいきざしのふっと澄ます兆しのためらいにしか過ぎない
いものおそばにいとうございます
ということばは
ふっと(みたび!)いわれ
遺影、に、もれるいきつき
のたちあがるゆらぎ
がき、え、る、のはき、こ、え、て
かってはゆるしませぬ
とたたむような
て、つきで
文字をかたす
あさぎいろ(そろそろ、か、な?)のえぷろん
のおんなの芳香(ほうこう?そ、れ、は、吼孔?)
が、卒塔婆、と、いう火処からそと(そッと)にもれ
ゆうがおが咲く
ほら(洞!)
み、ず、がめの、あ、底に

文学極道

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