あべこべにくっついてる
本のカバー、そのままにして読んでた、ズボラなぼく。
ぼくの手には蹼(みずかき)があった。
でも、読んだら、ちゃんと、なおしとくよ。
だから、テレフォン・セックスはやめてね。
だって、めんどくさいんだもん。
うつくしい音楽をありがとう。
ヤだったら、途中で降りたっていいんだろ。
なんだったら、頭でも殴ってやろうか。
こないだもらったゴムの木から
羽虫が一匹、飛び下りた。
ブチュって、本に挾んでやった。
開いて見つめる、その眼差しに
葉むらの影が、虎斑(とらふ)に落ちて揺れている。
ねえ、まだ?
ぼくんちのカメはかしこいよ。
そいで、そいつが教えてくれたんだけど。
一をほどくと、二になる。
二を結ぶと、〇になるって。
だから、一と〇は同じなんだね。
(二って、=(イコール)と、うりふたつ、そっくりだもんね)
ねっ、ねっ、催眠術の掛け合いっこしない?
こないだ、テレビでやってたよ。
ぼくも、さわろかな。
そうだ、いつか、言ってたよね。
ふたつにひとつ。ふたつはひとつ。
みんな大人になるって。
中国の人口って14億なんだってね。
世界中に散らばった人たちも入れると
三人に一人が中国人ってことになる。
でも、よかった。
きみとぼくとで、二人だもんね。
ねえ、おぼえてる? 言葉じゃないだろ! って、
好きだったら、抱けよ! って、
ぼくに背中を見せて、
きみが、ぼくに言った言葉。
付き合いはじめの頃だったよね。
ひと眼差しごとに、キッスしてたのは。
ぼくのこと、天使みたいだって言ってたよね。
昔は、やさしかったのにぃ。
ぼくが帰るとき、
いつも停留所ひとつ抜かして送ってくれた。
バスがくるまでベンチに腰掛けて。
ぼくの手を握る、きみの手のぬくもりを
いまでも、ぼくは、思い出すことができる。
付き合いはじめの頃だったけど。
ぼくたち、よく、近くの神社に行ったよね。
そいで、星が雲に隠れるよりはやく
ぼくたちは星から隠れたよね。
葉っぱという葉っぱ、
人差し指でつついてく。
手あたりしだい。
見境なし。
楽しい。
って、
あっ、いまイッタ?
違う?
じゃ、何て言ったの?
雨?
ほんとだ。
さっきまで、晴れてたのに。
そこにあった空が嘘ついてた。
兎に角、兎も角、
と
志賀直哉はよく書きつけた。
降れば土砂降り。
雨と降る雨。
最新情報
2014年02月分
月間優良作品 (投稿日時順)
- 泣いたっていいだろ。 - 田中宏輔
- かきくけ、かきくけ。 - 田中宏輔
- I温泉郷 - zero
- 友を送る四つの詩 - 前田ふむふむ
- HAYABUSA - ハァモニィベル
- 雪 - はかいし
- 時間 - zero
- street#tube - 村田
- 冬の朗読 - 前田ふむふむ
- albus - 紅月
- Have a nice trip - 破片
次点佳作 (投稿日時順)
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
泣いたっていいだろ。
かきくけ、かきくけ。
ちっともさびしくないって
きみは言うけれど
きみの表情が、きみを裏切っている。
壁にそむいた窓があるように
きみの気持ちにそむいた
きみの言葉がある。
きみの目には、いつも
きみの鼻の先が見えてるはずだけど
見えてる感じなんか、しないだろ。
そんな難しそうな顔をしちゃいけない。
まるで床一面いっぱいに敷き詰められた踏み絵みたいに。
突然、道に穴ぼこができて
人や車や犬が、すっと消えていくように
きみの顔にも穴ぼこができて
目や鼻や唇が
つぎつぎと消えていけばいいのに。
もしも、アブラハムの息子が、イサクひとりじゃなくて
百も、千もいたら、しかも、まったく同じ姿のイサクがいっぱいいたら、
ゼンゼンためらわずに犠牲にしてたかもしれない。
ノブユキは、生のままシメジを食べる。
ぼくが、台所でスキヤキの準備してたら
パクッ、だって。
アハッ。
かわいいよね。
すておじいちゃん。
拾ってきてはいけません。
捨ててきなさい。
ママは残酷なのだ。
バスに乗って
ぼくは、よくウロウロしてた。
もちろん、バスの中じゃなくて、繁華街ね。
キッズのころだけど。
そういえば、河原町に
茂吉ジジイってあだ名のコジキがいた。
林(はや)っちゃんがつけたあだ名だけど
ほんとに、斎藤茂吉にそっくりだった。
あっ、いま、コジキって言ったらダメなのかしら。
オコジキって丁寧語にしてもダメかしら。
貧しい男と貧しい女が恋をするように
醜い男と醜い女が恋をする。
ぼくはうれしい。
バスの中では、
どの人の座席の後ろにも
ユダが隠れてる。
ここにもひとり、そこにもひとり。
そうして、ユダに気をとられている間に
とうとう祈りの声は散じてしまった。
それは、むかし、ぼくが捨てた祈りの声だった。
蟻は、一度でも通った道のことは忘れない。
一瞬で生まれたものなのに、
どうして、すぐに死なないのだろう。
おひさ/ひさひさ/おひさ/ひさ。
で、はじまる、わたくしたちのけんたい。
ひとりでにみんなになる。
ああん、そんなにゆらさないでよ。
お水がこぼれちゃうよ。
と
カッパの子どもが
(子どものカッパでしょ?)
頭をささえて、ぼくを睨み返す。
ゆれもどしかしら。
もらった仔犬を死なせてしまった。
ぼくが、おもちゃにしたからだ。
きのう転生したばかりだったけれど、
でも、また、すぐに何かに生まれ変わるだろう。
さあ、ビデオに撮るから
そこに跪いて、ぼくにあやまれ。
そしたら、ぼくの気がすむかもしれない。
たぶん、一日に十回か、二十回、ビデオを見れば
ぼくの気がすむはずだ。
それでもだめなら、一日中見てやる。
そしたら、きみに、ぼくの悲劇をあげよう。
ぼくは、膝んところを痛めたことがない。
いつも股のところを痛める。
おしりが大きくて、太腿が太いから
股がすれて、ボロボロになってしまう。
これが、ぼくがズボンを買い替える理由だ。
やせてはいない。
標準体型でもない。
嘘つきでもなかったけれど、
母乳でもなかった。
母乳がなかったからではない。
友だちに言われて、3月に京大病院の精神科に行った。
精神に異常はないと言われた。
性格に問題があると言われた。
しぇんしぇい、精神と性格とじゃ、
そんなにちごとりまへんやんか。
どうでっか。そうでっか。さいですか。
二枚の嫌な手紙と一枚のうれしい葉書。
光は、百葉箱の中を訪れることができない。
留守番電話のぼくの声が、ぼくを不快にさせる。
そんなにいじめないでください。
サウナの階段に
入れ歯が落ちてたんだって。
それ、ほんとう?
ほんとうだよ。
百の入れ歯が並んでた
なんて言えば、嘘だけどね。
嘘だってついちゃうけどね。
だって、いくら嘘ついたって
ぼくの鼻、のびないんだも〜ん。
そのかわり、
オチンチンが大きくなるの。
こわいわ。
こわくなんかないわ。
こわいのはママよ。
小ごとを言うのに便利だからって
あたしの耳の中にすみだしたのよ。
家具や電化製品なんか、どんどん運び込んでくるのよ。
香典返しに、
たわしとロウソクをもらう方がこわいわ。
ヒヒと笑う
団地の子。
手術したい。
ヒヒと笑う
団地の子。
手術したい。
手術してあげたい。
いやんっ、ぼくって、ノイローゼかしら。
ぼくぼくぼく。
たくさんのぼく。
玄関を出ると
目の前の道を、きのうのぼくが
とぼとぼと歩いているのを見たが
それもまた、読むうちに忘れられていく言葉なのか。
百ひきの亀が、砂浜で日向ぼっこしてた。
おいらが、おおいと叫ぶと
百ひきの亀がいっせいに振り返った。
おいらは
百の亀の頭をつぎつぎと、つぎつぎと
ふんっ、ふんっ、ふんっと、踏んづけていった。
I温泉郷
I温泉郷へ車で向かった。I温泉郷はF県北部に位置する伝統のある温泉郷である。I温泉郷へ向かう途中のトンネルを抜けてしばらく過ぎると、先ほど通過したのと同じ名前の蕎麦屋があった。おかしなこともあるものだと思いさらに道路を進んでいくと、いつの間にかもときた国道へと戻ってしまった。そこで私は気づいた。トンネルの出口を抜けるとトンネルの入り口から反対車線へ戻ってしまうのだと。トンネルの出口はそのまま逆方向に入り口に戻ってしまうのだ。だが、I温泉郷に行くにはそのトンネルを抜けるしか道はない。
I温泉郷へ車で向かった。I温泉郷はF県北部に位置する伝統のある温泉郷である。I温泉郷へ向かう途中のトンネルを抜けてしばらく過ぎると、交差点があり道路標識の板が見えた。右方に向かうと「未来」、左方へ向かうと「過去」、直進すると「現在」とのことだった。私は迷った。過去へ向かうと若返るのか、それとも一層歳をとるのか。現在へ向かうと時間の流れが停止してしまうのか、それとも現在は常々更新されていくのか。未来へ向かうと一気に数年分を跳ばしてしまうのか、それとも穏当に現在から連続する未来が続いていくのか。とりあえず「現在」に向かって直進した。すると山道を登っていく道になり、右折や左折を繰り返し山を下る段になると信号が赤になった。横断歩道を渡っていく男がいて、どこかで見たことがあると思ったら私自身だった。途端に私は横断歩道を渡っていて、左を見ると私が車に乗って停止していた。私はそのまま町内会の集まりに向かった。いつも通りの年寄りたちのメンバーで、酒を酌み交わしながら新しいゴミ捨て場について意見交換をした。私はそのままI温泉郷にある自宅に帰り、妻と共にテレビを見て、その後入浴し就寝した。
I温泉郷へ車で向かった。I温泉郷はF県北部に位置する伝統のある温泉郷である。I温泉郷へ向かう途中のトンネルを抜けてしばらく過ぎると、古びた小さな観光案内所があり、中には中年のおばさんがいた。初めてくる場所なのでどこに行ったらよいのか聞こうと思って、私は案内所の駐車場に停車し、案内所の扉を開けた。中に入ってみると、それは案内所どころではなく、I温泉郷のすべてだったのだ。内側は広大になっており、おばさんは沢山の入浴場を地図を使って紹介してくれた。私はI温泉郷マップを手に携えて、とりあえず価格の穏当なところを5か所くらい梯子した。タイル張りで狭いところ、檜風呂で広いところ、下に砂利が敷いてあったり、露天風呂だったり、案内所の中にはたくさんの温泉があり、沢山の入浴客でにぎわっていた。案内所のおばさんは毎回私と一緒に風呂に入り、温泉ごとに体つきと顔が若返っていった。私が案内所を去るころには、高校生くらいの若くて美しい姿で見送ってくれた。
I温泉郷へ車で向かった。I温泉郷はF県北部に位置する伝統のある温泉郷である。I温泉郷へ向かう途中のトンネルを抜けてしばらく過ぎると、急に人々の集団に道を阻まれた。私は危険なので停車し、様子をうかがった。押しかけてきた人々は、人種も性別も身なりもてんでバラバラであり、この人たちを結びつけているものはいったいなんなのだろうと思った。白人の老人が何かを叫んでいる。中国人の若者がガムをかんでこちらをにらんでいる。黒人の太った女性がどっしりと構えている。私は日本人らしい老婆を見出し、話しかけてみた。「ここに来る途中にあった進入禁止の標識を見なかったのかい。柵があって入れなくなっていたはずだがねえ。」老婆はそう言った。ところが標識も柵もなかったのだ。「ここに入った以上二度と戻れないよ。この村にはたくさん秘密があるんだ。」私は人々に連行されて、村の長の前に突き出された。「この村の存在をどうやって知ったんだ」長は私に問い詰めた。確かに、I温泉郷は実は私が秘密文書からその存在を推知した場所だった。現在の地図には載っていないし、政府によってごく自然に存在が抹消された場所だった。ここでは人間の品種改良が行われているらしいということを私は知った。「お前は何か特殊な能力をもっているか? でなければこの場で殺す。」長は私にそう告げた。幸い私は知能指数が200だったので、一命を取り留めた。そして、毎晩のように色んな女性と交わっている。
友を送る四つの詩
新生
わずかにからだがゆれている
冷気さえ眠る夜に
自分がふれた蛍光灯のスイッチの紐が
ゆれているのを見て
からだがむしょうにふるえてくる
ずいぶんと経たが
もうなおらない気がする
テレビでは
蜃気楼に映るような
痩せた牛が足を引きずりながら
道路を横切っている
廃屋の庭にはセイタカアワダチソウが
群生している
それは
うまれたばかりの空だ
その汚れない青さには
きっと
これから名前がつけられるのだろう
あれは何時だったか
みずのにおいを消し去った
なにもない瓦礫の野で
ひとりの男がなにかを探している
その寂しいすがたに
わたしは 明治四十三年
若かった民俗学者が
少年のような眼を
輝かせて
さがし紡いだ
若い女の幽霊に栞をはさんだ
曲がった家族アルバム
透明なランドセル
光りを無くしたモネの偽絵画
卓上時計のなかに咲いたみずの花
そして
残ったみんなで大きな柵をつくり
動けなくなった人を
木箱のなかにならべてから
純白の布で 身体を覆った
純白の布の
いさぎよい色は
きっと
このときのためにあるのだろう
おぼえている
昔 父の葬儀のとき
抱えた白い骨壺はとても冷たかった
あの純白は
これから歩いていくものだけが
もてるのだ
アオサギが泣き
わたしの足が西にかたむくころ
低い稜線が
すこしずつ
海に没している
葬送
夕日からきこえる声
噛み砕けば
冷たい雪が
ひとつひとつ積もるだろう
棺の
かわいた脈動に
耳をあてれば
その意志を
残された友の祈りが
束ねている
あなたの
やわらかい眼光が
砂のように
西方の地平に沈んでいる
腕でみがき
足で踏み固めた
その汗に
あなたの父母は
よわい
姿勢をかたむける
刻まれた傷跡は
むきだしの
教訓なのか
あかるいときのなかで
昇華される
そのひかりの粒が
芽になり
若い
大地に塗されていく
美しい
ひとりが
充たされた棺に手を添える
かつて
心臓が高鳴り
のぼりつめた肩に
引き潮の花を捧げよう
饒舌な
しずかさが
その亡骸を
みずのような太陽の
帆先へ
さしだしている
紡がれた大地の
紡がれた土の
紡がれた草の
その草の名前を
その草の出自を
輝かせながら
追悼のうた
ことばのない土を
ことばのない空を
断崖が しずかに線を引く
その聳え立つもの
佇むわたしの踝は
夕凪を握りしめている
その夏の 無効をうきあげる
屈折を
ひかりの遍歴を
灰色の意識でみたす
対話を
きみたちの
もう見えない眼は 言葉の屍を
洪水のように流して
そうして
あらわした柵を
限りなき内部へ
沈めようとして
ならば
答えよう
杭をうたれた雨を
掬って
冷酷な底辺に
暗くおびを敷き
その否定された内部の
血潮を
高く
敬意をこめて
さらに高く
きみたちの
旗として掲げよう
慰霊のうた
(ぼそぼそと誰かが呟いている)
(
(
HAYABUSA
晩冬の、めずらしく快晴となった空に、恐ろしく強い風が吹いている。
右には、頂の近い小さな山々がずっと横に連なって長く、左を見れば、向こう岸の近い細い川がどこまでも流れ、右手側にある山の下裾と、左手側にある川の土手裾に、農家ではないごく普通の住宅が、木々や空き地、むき出しの線路やバス停、野草と花たちを立ち跨ぐ看板などと混じって、密度ほどよく、どこまでも、どこまでも現れては消え、その連続が向かい合っている丁度その真中を貫いて、こんな田舎の街外れには、とても相応わない、贅沢な、かなり新しい作られたばかりの、車幅4台分二車線の舗装道路が、まっすぐに一本通っている。
この快適な道路には、他にまったく車はなく、私の運転する1台の軽自動車だけが、いま悠然と走っている。好きな速度で、滑るように走りながら、何気なく、ふっと、左手の大きな家のブロック塀から、蜜柑の木が、 <安心しろ、やがて何も変わらない> と告げるように、樹ち繁る濃緑の葉影に沢山の黄色い玉を点灯させているのが見えた。それを過ぎてすぐの辺りで、道はゆるやかに大きく右に膨らんでカーブし、ハンドルを戻し切らぬうちに、今度は、さしかかった陸橋を登りはじめる。道が、跳ね上げるように高々と地面を上へカーブさせると、いきなり、広がった空の右手に、風と直角に翼を広げ、静止飛行する隼が一匹、私と、軽自動車の窓ごしに同じ高さで並ぶ。
さして大きくはない猛禽の勇者は、風が強すぎるせいだろう、まるで初心者が自転車を練習するときのあの真似できない頼りない揺れ方で、どうにか風に乗るのがやっとだという体で、とても今、話しかける余裕はなさそうだ。だが、力一杯ひろげた小さな翼は、風の強さに、めげることもなく、揺れる我が身に、恥じることもなく、いま、全力で、胸を張り、全霊で、風に向い、カラダひとつで、強風に煽られ、寒そうに揺れながら、だが、当然のように宿命を飛んでいる、彼の、姿。
ガラス越しのわたしは、「寒くないのか、鳥は・・」 と、ふいに心配が沸く。
「誕生日には革ジャンをプレゼントしよう、サプライズで・・」
すぐに、
道路は大きく下り始める。
見通しの利かない道が加速する。
小さな隼を背に、
1台の白い軽自動車が、悠々と宿命を走り続ける。
ぐんぐんと、
滑るように落ちながらも
目的地を夢見て
対向車線をハミ出した大型トラックの酔ったクラクションを聞きながらも
誰かを乗せた救急車のサイレンに道を譲って
脇でICが搭載されたボールで遊んでいる子どもたちを微笑みながら
無理矢理連れだされ散歩させられている老犬を憐れみながら
冷たい光と強い風の中を
1台の白い軽自動車が、悠々と、当然のように宿命を走り続ける。
小さな隼を背に。
雪
・2/4 12:27
つかみかけの砂糖をばらまいて、歌う鳥たちに捧ぐ、辺りに散らばった雪化粧、ならぬ砂糖化粧と呼ぶべきものが、起こる、クリステヴァ、読んだことはないけど、きっと君は知っているはずだ、フィリップ・ソレルスが傾倒したマオイズムには間違いがあったこと、そんな現代思想の文脈に合わせないで語りたい、でも出てくるのは美しい記号ばかり、バタイユのバター、ここで一旦席を立つ、父の電話を取るため、父は家の鍵がかかっているかどうかを聞いてくる、それを実際確かめるため玄関へ向かい、戻ってくる、ぼくは狂ってない、入院したけれどもちゃんと戻ってきた、そして美しい記号をまた探しに出かけたい、でもどこへも立たない、国家の成立のために捧げられたものたちの声を、ぼくは高行健の文脈から読み取る、でもすべて読んだわけではない、もういっそのことすべて忘れ去ってしまいたい、でも忘れられない、だから図書館に行く、そこでベケットをちょっと読み返す、これも全部読んだわけじゃない、ああなんてぼくは中途半端なんだ、けっきょくどれもこれも中途半端だ、どこにも完全はない、その点について責め立てられる心配はない、また美しい記号を探しに出かける、『ある男の聖書』をほんの少しだけ手にとってめくってみる、それで聖書が読みたくなってくる、どうせここに書かれているのは自分の話だけだ、そう思うことにする、そしてやめる、もうやめだ、宝なんてものはなかったんだ、そんなの最初からわかってたことだ、シャンデラの鐘が鳴り出すとき、ぼくは目が覚める、ああこれは夢か、それとも死か、これが死というものなのか、だとすればぼくの体はどこへ行った、精神はどこへ行った、ぼくの心の中では未だに本を探し続ける私がいる、と彼は言った、やがて天地が創造された、ぼくは歩けるようになった、何も読んでないけど、今なら歩ける、ここで一旦手を休めた、体力が280回復した、最大HPは300だ、これでもう十分だ、まだ先へ進める、書ける、書けるぞ俺は、そういやポケモンにもシャンデラってのがいたな、全然やったことないからわからないけど、どこかに置き忘れてしまったポケットモンスター金のソフト、あれは今どこにあるのだろう、ところでつかみかけの砂糖はどこ行った、もうどこにも行かない、やあ、君は何人の殺しをしたことがあるか、数えてみてごらん、きっとすぐにわかる。何が? 知らん。関係ないけどミトコンドリアの内膜にはクリステという構造がある。
・帰り道
彼女のこぼした
ため息のぬるさが
全速力/一生懸命/ する時刻
水はとても明るかった
ミトコンドリアの内膜のなかでクリステヴァが吠える
軽かった/カルカッタの石は
転がる、転がる
(水は変態する、氷へと、雪へと、さらに明るくなる、光の反射がまぶしい、雪道から窓へ抜ける光の/)
私は今図書館にいる
記号/彼女を探すため
私の名前はあい/赤
ために
ハウメニー/
(二つの色彩が、
分極する、)
さようなら、私の本よ
サイダーハウス・ルール
幸福な無名時代
(おはよう、私の小説
アウトサイダーよ
マルケス、丸消す
あとはもう知らん)
合わせて、合わせ/て、
浴室/これは読んだことがある
これを読んだ翌日、小説を/小説を/小説を/
ある男の聖書のとなりにある黄泥街
インドラの網
そしてぼくは歩みをやめる
PCに向かい
ジョージ・レイコフの『詩と認知』を予約/する
///書こうとしたけどできなかったんだ、なぜなら書いたときにはもう小説ではなくなってしまっていたから、そしてぼくは発狂した、光の中で何をすることもできずに、閉ざされた闇の彼方へ向かおうとした、
(クリトリスにバターを)
襞/ライプニッツ
私の私の隣の家の鍵がかかっているかどうかを聞いてくる、やあ、やあ、君は知っているはずだ。新雪にどうもありがとう。残雪読んだことあるかい? 糞まみれな小説さ!
Das Gefu¨hl eines Daseins(私は存在するという感じ)
(そう、ここがただひとつの栗捨て場だ
ぼくは栗の皮をむきむき捨てていく)
私は雪の中を帰ってゆく
他の誰にも知られることのない雪の中を
(藍と、赤とが
ここで戻ってくる、
どちらも生まれ変わったばかりの双子のようで、
ぼくは安心を隠せない)
私のおびただしい記憶の中を/私は通っていく
(あめゆじゆとてちてけんじや あめゆじゆとてちてけんじや)
私はバスに乗る
多くの人々の中で
私は揺れる
時間
大学を出たあと、私は郷里に帰り塾講師として働いていた。郷里は自然の風景が多分に残っている田舎町であり、私の家もまた自然に取り囲まれていた。朝、鳥たちの声と影を庭に認めながら、朝陽を浴びた庭木の輝きに緩やかに身を整える。雪が融け、凍った大気と光も徐々に融解していく中、間歇的に訪れる春に身をほどく。家の軒先と野原や果樹園にまばらながら花々が咲き始め、やがて花の嵐となる。そんな風に自然の時間は流れていき、私はその流れに身を委ねていた。一方で、午後からの塾での個人指導の流れもある。タイムカードを押して、生徒にあいさつして、勉強する内容を指示、答え合わせ、間違った部分を解説、そして次の生徒へ。労働は私の表面も内面も規律し、労働の時間の流れにも私は身を委ねていた。
そんな春のある日、本棚を整理していたら、学生時代に購入したカントの『純粋理性批判』ドイツ語原典を再び見出した。途端に、私の中に甘く苦しい感傷が流入してくるのがわかった。私は本来大学院に残って哲学の研究者になるのが夢だった。それは経済的な理由などにより諦めたのだけれど、その夢の挫折の傷口が急に開いてしまったのだ。私の中に流入したのは、何よりも私固有の時間だった。自然の時間や労働の時間によって覆い隠されていた私固有の時間が、夢の挫折という形でくっきりと、そのとき悠々たる流れを眼前に現したのだ。自然の時間の流れは、雄大で全方位的で極めて優しい。私はその流れに自分の卑小さを解消させていた。労働の時間の流れは、社会的で肯定的で極めてリズムが良い。私はその流れによって自分が承認されるのを快く思っていた。だが、自然と労働の流れに身を委ねているうち、私は自分固有の時間の流れを見失ってしまっていたのだ。それは沢山の屈折と傷と闇とねじれに彩られているもので、だからこそあえて見ないようにしていたのかもしれない。
私はいくつもの時間を生きている。他者との交わりの時間、自然に抱かれる時間、社会の仕組みに従う時間、余暇にふける時間。私はそれと同時に、私固有の何よりも強靭で鋭い時間を最も深く生きている。だがそれは、最も隠蔽されやすく、最も自明な時間でもある。自然の時間も労働の時間も、その発祥の基礎には私固有の時間がある。私は『純粋理性批判』を棚に戻すと、こみあげる涙を辛うじてこらえた。私固有の時間が、今これから白日の下に再び始まる。自然や労働の時間を織り直すように。
street#tube
皿を洗っていてわかるのは、それがとても汚れているのか さほど汚れていないのか
バクテリアの繁殖を、次々と 目に見えないメモガミエナイママそれは誰かの遺書みたい
腕がなくなって初めて 脈をとった とれなかったからだじゅうに血がついてだくだくながれていた玄関で。
塾に行く男の子が通る 同じ柄のコートを着ていて
損なったぶん色彩が 記憶をからめとる あの場所あの匂いに、行くのかもしれない
買い物に行ったら魚が 腸をうばわれてるところだったから帰ってきた
窒息の程度を記された教科書の裏側には、恐怖があるわ あったからそうね、喝采のうらがわには
神経がじょうずにじょうずに捻転されて 翻ったらきみのはなしていることみんなわからなくなるよ
ぼくのはなしているすべてが、
張り巡らされているわきみの平衡かんかくから
ななめ10°この机はかたむいているけれど、この角度をたもっていれば
どこにでもいけるしちっとも似ていないきみは
損なったぶん さしひいて やっぱりすきだから
校庭の外から か細い声だけをあつめた合唱を楽しそうに感じたんけれど内がわからやけにひかる 光を
辿ったり わたしに似ている人を
見つけた抽象絵画の理想しか持たないから風船持たされて
目から外れたアイライン、剥がれかけたペティキュアは欲望を映しださない
化粧をしすぎることなんて怖がらなくていいよ
あなたかわたしか わからないまま殺されてしまうから主語が使われないままの
骨が埋め尽くされるこの国には
陽気にくらそうとする気がないから視力検査のプロポーションがじょうずになって
よく見えなくなる頃にむかう よく見えていた季節に見ていた景色を記憶する
悲しい顔をする義務かのようにおしえられたけれど権利だからこそとてもかなしいかおがきれい
かなしいふりして塗りたくるキャンバス あいしているふりなんて
できないただ
目はなにかをみたことがない
きみを見てみたかった
かんじないように午後にやっと麻痺してくる「あの、さむくないから傘かしてあげますね。」
細胞はテレビをかんつうしてしかかんじないせまいせまいせまいせかいだし
排卵してシャワー浴びてセックスをする流れがきらいだった 洗いたての排水溝を触られるみたいに つまんない
塩素はきれいになる必要が過去をもたらす 幸福な過去をもたらす
それは写真ではわからないから、吐ききれないCO2を感じながらセックスした
耳がなくなって 絵画の渦が空にある青と違う色に変色して
わかるんでしょう
わからなくなる しゅんかん
わかるんでしょう
錆ついていて切れなくなったナイフをデリケートに扱うあなた
そうね、指先から透明な血が流れている
生きていく術が、凶器以下で見つかったのね
そういうあなたと バクテリアを交換する。それは毒であるのかわたしを殺すのか
そのどちらでもない
あなたを殺して逃げるためのしゅだんだから わたしは皿を洗い続けている
バクテリアは見えないけれど
権利だからそんなにきれいにならないでいいんだ
海辺の家であるから、汚れていなかった流れ着いたライフカード
って なんかあやしい。笑
残高が増え続けている負債を割り続けていく分母と
今日まで費やされた希望が 201429と記された日記が、流れ着いた
片腕で、あらかた右だったし
あらかた洗い終わってスポンジの汚れがきときとにしてしまう
ジーンズのポケット付近に汚れやすいが着心地がいい
たぶんそれ
高架下を眺めて聴こえる今日最後の悲鳴、それは美しいアナウンス
やけに姿勢がいい人と悪い人が、
同じ方向を向いて倒れこむ寸前。
冬の朗読
いつも決まってそうなのだが
足の
下の方から冷気が流れてくる
わたしは ありったけの厚着で防寒をしているような気がする
でも
なぜ 耐えているのだろう
なぜ 暖房で温めようとしないのだろう
視界には
よわい光の蛍光灯だけが眼に入ってくる
漆黒の夜にいるようだ
少し身体が振動しているらしい
その揺れは
わたしを癒したが
いつまでもその感覚に浸っていると
段々と不安になってくる
その揺れに耐えられなくなり
止まってほしいと思うと
その揺れは徐々に小さくなり
やがて止まった
お客さま この昇りT駅行の電車は 車両故障を起こしたので 目的地にいく
ことができません この駅で降りてください たどたどしい車内放送があり
わたしは 無理やり電車を降ろされる ホームはちょうど中央の所に 灯りが
ひとつ点いているだけだ あれ 降りたのは わたしだけじゃないか しかし
こんな田舎でどうしたものか 誰もいない寂しい場所だ とても寒いし 何
だろう この薬臭いにおいは しばらくすると 電車が来た でも 下りの電
車だ 駅員が詩を朗読している もう随分と待っているが T駅行は来ない
来るのは 決まって下りの電車ばかりだ そして 駅員は決まって詩を朗読す
る 紙のような駅員に尋ねた T駅行はどうして来ないのですか 駅員は悲し
そうな顔をしていた 落ち着いてください あなたが言う 今度のT駅行の電
車に乗るのが辛ければ このまま この駅にしばらく居ましょう わたしは急
いでいるんだ T駅行に乗らなければ 仲間も待っているし 父さんも待って
いる すると霧が濃くなってきて 胸がとても苦しくなる 消しゴムのような
駅員が わたしの耳元で呟く あなたのいうT駅行は 絶対に来ません それ
は とても良いことで 安心しましたが あなたが下りという電車も しばら
くは来ないでしょう あなたの様子をみてよく分ります 実は 下りに見えた
のは 上りのT駅行だったのです とても寂しそうな電車だったでしょう い
や 楽しそうに見えたのかもしれない 行かせてやりなさい でも あなたの
いる場所は ここでなければなりません 鉛筆のような駅員は そう呟いた
気が付かなかったが ぼんやりとした暗がりで 老いた母が 静かにわたしの
横に座っていた わたしはその軟らかいベンチに用意されていた苦い薬を飲ん
だ 鳥が羽ばたく音がする すっかり冷たくなりかけた身体が 温かく鼓動を
打ち始めた とても静かに
明け方だっただろうか 全速力で一本の電車が通り過ぎた わたしは 高鳴る
気持ちを抑えきれずに 書き終えた詩を朗読した そして次の日も 詩を朗読
した 電車が来ない日もあったが睡眠薬が効きすぎて 一日中眠っていたから
だ でも 起きているときは 一日も欠かさず わたしは詩を朗読した T駅
行の電車のために わたしは 何度も詩を朗読した T駅行の電車が レール
の音を立てながら 今日も走ってきた とても厳粛な空気の匂いがしている
朝のひかりが眼を射ぬいて 午前七時を指していた 老いた母が忙しなく 朝
の食事の支度をしている わたしは その日 暗くなるまで T駅行の電車の
ために 何度も 何度も詩を朗読した
いつも決まってそうなのだが
足の
下の方から冷気が流れてくる
そのたびに
わたしは人目を憚らずに 泣いた
通行人は怪訝そうな眼で
かかわるまいと
わたしを見ていた
albus
先天の、
/腕を牽く。勾配をくだる白日。
現像されたばかりの陰翳、育つ造花。
水禍。渦を巻くあかるい幽霊たちの麓にて、
孵らずにはいられないあまたの埋火、
枝が延びる。翅が延びる。痙攣する玉繭から
漏れる石灰。凪いだ深淵の骨をひとつずつ抜
く。去勢された哺乳類のたてる波紋に、水脈
を游ぐ幼虫がいっせいに散っていく。痙攣す
るシナプスのさざめき。先天の喧騒からはぐ
れ凍えていく私秘のやわらかな首を絞めてく
ださい。誰もなにも言わなくなったあとで、
おびやかすための韻律は獣の形状を化石させ
ていく。途絶えた水際の森閑から重力はおと
ずれ、戯れあいながら圏層の弥終へと先走る
植物たちの皮膚を、隠匿の疼きから引き剥が
していく、引き剥がしていく、枝、翅、の、
あらゆる寓意は含有されていくというのに。
白線を踏む獣たちの水禍、
回転する複眼のモザイク、
いざなわれた皮膚は裏返されて、
勾配をくだる四肢の欠損のそばには、
陰翳と紛うほど永い白日が群生する、
(のを、ただ、
発芽。演奏。さつりくの、腕を牽く。
回転する。交合する。指の痙攣。
あらゆる、おめでとう、の、りんかく、から、
モザイクの、寓意を、欠く、繭が、
(おびやかされて、)
先天の翅、
枝分かれする水脈は、
紡がれていくたびにはぐれ、
寄り添うわざわいは、
森閑という森のなかに灯りながら、
あかく開花したさいわいを指折り数える、
去勢された哺乳類が呑みこんだ寓意、
幽霊。脚韻が、枝分かれする、
孵さずにはいられないあまたの埋火、
/腕を牽く。勾配をくだる骨の欠損。
抜け殻のような躰の渦中で、
赤紙が燃えている、萌えている、
育つ造花。ひとりでに演奏されていく深淵の、
私秘から、漏れる、あらゆる線、
が、牽かれ、
平行する、
(のを。ただ。
Have a nice trip
そこにトリップがある。
目の前を通過していくバスの額には、知らない銀河系の名まえが記されている。路面を噛んで離さない車輪の溝に、いつの日か、人間の手で取りあつかえない鉱石の欠片が擦り込まれ、ぼくたちの瞬きの狭間へ、鋭く青い炎の閃きを残していくだろう。
そこにトリップがある。
ぼくは、つまり、一種の病気なんだと。誰にも伝わらない金属質の言葉を静かに訴え続ける。あなたは介抱してくれる。ダウンに落ちた、静かな高ぶりを、旅立たせてくれると、残るのはぼくだけで、少し雑に触れるあなたの指先はいつも、太く強靭な鋼線に区切られた青空を指したあと、消えてなくなっていく。あなたは解放してくれる。心に囚われていく、心が。ぼくを作り出す電気信号を導いて、いつも、正しい方向に。ただ、生活を忘れようとするぼくをいつまでも黙って見守り続けてくれていた。帰ってきたときは必ず、ぼくはあなたに惹かれている、あなたを忘れるまで。あなたのあったかい言葉の一つ一つが、いかなる言語にも翻訳できなくなって、あなたに恋しつづけたまま、言葉が声になり、そしてスケールもメロディもない音に成り下がるころ、青空の色合いは三回変わっているだろう。また再びあなたを覚える。
そこには青い炎と、旅路がある。
火は、水面の上の、
刻まれた模様が
すぐに均される
脆い道筋の轍を辿る、
だから青いんだよ、
外へ出ようとする
多くの乗客は
身じろぎもしないまま
ギリシャ文字の
四番目までを手に取り
全て
夢の中のことであれば
と、
祈る
一度も光ることのない
祈りの手つきの、
せんせい、
目盛りの中の、目盛りを、
あと、その中の
もっと小さな目盛りを
数えていたら、
暖かくなってきました
雪が、空中でとけていく
もう寒い日は
来ないのですね
あふれだす陽射しを受けて
せんせい、
前髪がそっと流れる
またいつか、
全ての整数が、1の倍数であると
誰も教えてくれなかった
永遠に連なる、数の車両には、
あなただけが乗り込んでいる
ぼくたちの大地から、
南十字星へと到達して、もっと長く、
永く
触れることができない、それは、凪いだ青空との距離に似ている。
空は見えている。指は届かない。ただ滑らかな表面を切り刻む鋼線にも。
そこにはぼくたちが通っている。ぼくたちはぼくたちに触れることさえできない。
無限には至らない距離を、ぼくたちは無限と呼んでいる。
人が死ぬことのできる電圧を通しておきながら、人はみな穏やかに暮らしている。
そこにトリップがある。
小さな渦潮が巻き続けて、いくつもの銀河になるこの海を、忘れることはできない。砂浜には眩しい石灰質の足跡が、保存され、打ち寄せる波が、それをずっと浚うことなく、ゆるやかにうねる。波間に浮かぶ何番目かもわからないギリシャ文字と、時おり弾ける新たな文字が、少しずつ海を揮発させていくだろう。産み出される銀河はどこまでも青く海の色をしていて、青く、炎の色をしていて、ゆっくりと、自ら蒸発し、絶えていく。すべての物質と、生命を燃やす海が干上がっていくから、箱舟はいらない。あたたかい手も言葉も。数を記すための指が残るはずもない。声に火が点く、青い海水が、車輪のついた鉄の箱を飲み込む。
解析され尽くした音階で、喋り声はぶ厚くたるんだ。縦、横、斜めに交錯する人々の赤らんだ表情がとても生々しくて、羨ましいと思う。静かに繋がれている手を引き千切る、奔流の中で、握り込まれて白くなった指の節々が、じんわりと感覚を放していく。
海からの風で、あなたは不機嫌になる。潮の香りは青いのに、悲しそうな顔をする。かなしい、と発音するための脈拍で、あなたの身体が透過していく。決して凍りつくことなく、そのあととけ出すこともなく揺らぎ続ける海面の中を、ぼくたちはずっと漂っていたいだけだったのに。冬の海の中を。冷たくも、あたたかくもなく、ただ炎が燃えることのできるだけの温度を宿して。
音階と、色彩と、
その二つに
ぼくたちは還元され、
いるはずのあなたが
いない
見えている、
いない
並置された宇宙や、
その中の銀河を
そして恒星と、
星座、新しい
文字の連なりと、
口笛を吹く
音に火が点り、
トリップという
言葉を囲う
いくつもの注釈を
数えて、
数に変換されたすべての、
硬くあたたかい文字を、
紙のように軽やかに
破り捨てていく
冷たい晴れの日に、
せんせい、
霜はどうして
寒い土の下が
好きなんですか
あったかい処に
生まれてみたいと
どうして
思わないのですか
季節が廻らなくても、
海は、熱いです、ね
爪先の届かない
深い処では、
また、かなしみに
青く暮れていく
ぼくたちが、生まれ、
生まれていることを
忘れるまで
燃え続けている
そこで、
少しずつ削られ
金属でできた珊瑚礁が
崩れていった
立ち上がる気泡の中に
超新星の熱と、輝きを
虹彩の、向こう側へ、と
せんせい、
あなたは、
日向が嫌いだった
ぼくの手の中に
深海の中央に
世界中を繋ぐ電導線に
目の前の雪解けにある
青い炎を
永遠に
見守り続ける恋人
トリップはまた、
ひどいダウナーみたいだ
青くて、そして冷たくも
あったかくもないけど
なんとなく、熱いよ
あらゆる音階が沈黙して
色彩は残らず青に
収束していく
言葉だったものが
悲鳴を上げて
分解していく
果てしない数の森に住む
せんせい、
あなたを残して、
どうして
右へ進むことしか
できないんだろう
消毒
内在する盗掘の地へ
朝光が射したその影に
切り取られた 四角い
枕が静かに佇んでいる
不在の枕に
喘ぐ声すら危うく吸い込まれ
その湿った落下寸前の思い出を
柘榴と私は名づけた
きらきらと銀鱗を反射させて
流れる川は魚である
魚の腸には 豚の死骸 人の死骸
あらゆるものの死骸が納められていて
だから海は濁るのだ
夕焼けをみてキスをするすべての
恋人を呪う事が出来ないように
感傷的な夕陽が 海を消毒する
だから 腸に飲み込まれる前に
私たちも クレゾールだ
点眼する
世界を明るくしなくてはなるまい
左側に少しこびりついた痕があり
そこには小さな蟻の巣がある
と思えば
右側の目尻、その少しくぼんだところには
蟻食が舌を出しやすいように穴があいている
ぽろぽろと染むように涙を流す
それは クレゾールだ
夕陽が眩しい から
と語り尽くされた時間を羨んで
柘榴の一粒一粒を 消毒
してしまえば良かったのに
そんな事を思っていると海風が
切りすぎた前髪をそよがせた
その隙にもぺろぺろ
舌は右から左へと繰り出されている
ところで
海の見える街角には犬がいる
いや
どの街角にも決まって犬はいるのだ
そうしてそこにいるその犬は
決まって盲目なのである
皮膚病が凝り固まって
誰かの顔にみえる赤剥けを
朽ちはじめた木々が蔭せば
四角くきちんと折り畳まれた陽の布を
口に咥えて
高層窓硝子の点滅を丁寧に拭き始める
だから 夜には気をつけた方がいい
彼らの尾をけして踏んではならない
きゃんと鳴く 噛みつく力もないくせに
そして
誰もいなくなるから
みんな幽霊になってしまうから
海鳴りが広小路を通過する
夜をくぐり抜ける電車にのって
行く先は確かに知っていたのだが
忘れてしまった
他に乗客もない
きっと懐かしい場所へと連れて行ってくれると
信じているのだ 電車そのものが
私の鞄はいつもごちゃごちゃで
中に何が入っているのか見当がつかない
だから切符は枕の旅に出ているのだろう
はるか彼方を 優雅に墜落しながら
私をおいていってしまうのだろう
鳶がくるりと旋回するような
明晰な目線がもしあったのなら
クレゾールなど
噴出しなくても よかったのに
ああ そうか、それを
探しに出た旅なのかも知れない
私もその後を追わなければならないのだろうか
自問する
答えは出ない
鳴る音、寝る音 波の押し寄せるままに
いびきの音がどうしても許せなかったのは
それが玄関にまで響くからだ
玄関のその向こうにあるやすらぎが
きっと汚れてしまうから
淫靡な陶酔の余韻が呼び鈴を鳴らす
顔を伏せ私は眠ったふりをする
隣人のその奥さんも隣人であるが
密やかな潤んだ粘膜質の吐息が
ケムリとなって立ち上ったらどうだろう
あるいは 雫となって背筋をしめらせる
鼻を塞がなくてはならないかもしれない
もしくは
鼻腔を押し広げる工夫をしなければ
消えない 消したい
枕を
変えれば良いという話もあるには あるのだが
犬はしがみついたままだし
私は私によってもはや
盗掘された後だから
いやむしろ盗掘したのは 君なのかも知れないが
眦に蟻食を飼い続ける訳にはいかなかった
あのちろちろとした舌
まるで蛇ではないか蛇ではないか
きっと蛇なのだ
腔から漏れ出る炎のようなもの
なんだか分からない熱いものを
回収する舌が伸びる
それはとても ふけつな行為で
私は
、
だから君は台所のテーブルの上に
いたみはじめた一輪の薔薇を飾って
白い便せんを一枚添えたんだね
とても清潔な
四角い白い 便せん
ポストに向かう
手紙を出す為だ
小川添いのガードレールには
花が手向けられていた
角を曲がればそこに
盲目の犬がいて
裂けた口に柘榴を咥えて
笑っている
かもしれない
私は見た。光を
ねえ、聞こえる? 聞いてるよ。何だい? なんでもない。ただなんとなく、気になってさ。何が? 聞いてるのかってこと。聞いてなかったらどうするの? 死ぬの? 死にやしないさ。でも気になるんだ。気にしてくれるのはうれしい。でもね、ただなんとなく死んでいくのかって思うとつらくってさ。つらいって、何が? ただなんとなく、死んでいくのが。同じことを何度も言わせるなよ。誰もがただなんとなく死んでいくだろう? この世界じゃあそういうことは日常茶飯事だ。嘘つけ。そんなはずはない。それはお前の思い込みにすぎない。誰もが必ず何かしらに生きがいを見出だしてそれに打ち込む。そうだろう? ねえ、聞こえる? 聞いてるのか? 聞くとはどういうことか? 教えてやろう。耳の穴の中に、言葉たちを引き連れて入っていけばいいのさ。何を? 言葉たち。ねえ、それだからもう一度言うよ、どうして聞こえるんだい? 君が聞いているのは何だい? 音楽かい? 声かい? ねえ、聞いてるの?
明日も冷めやらぬうちに
帰りなさいとあなたは言った
言ったところが傷になって
残った。残った、はっけよい
いいか? 耳の穴の中は、とても複雑な構造をしている。そこに波だけ連れていってもいけない。音を連れていくんでもいけない。言葉だ。言葉を連れていかなければならない。おっと、もう帰りの時間だ。明日の朝から夕にかけての日の光のことを君は忘れてはいけない。そうしなければ、ただ……なんとなく死んでいってしまうだろう。君を忘れない。最後まで。最期のときに君は何と言ったろう?
昨日のことが忘れられない
明日になってしまったら
ぼくはますます死にたくなるよ
傷だらけのポエマーになって
君は見たんだ、その姿を。傷だらけのポエマーの姿を。でもそのことを告げてはならない。ただこう言いなさい。私は見た。光を。こう言いなさい。それですべて終わる。終らせなければならぬ。ただなんとなく死んでいったものたちのために語り終えねばならぬ。そうだろう? なあ、そうだろう?
こうして言葉だけが残った。はっけよい
lighter
書いたって何にもならない。言葉が降ってくる。雪みたいに。ページが埋まっていく。溶けたら何にも残らないのに。空がそこにあった。色を変えていく。何色だった?何も残らないのに。忘れてしまった。確かにそこにあったのに。地球が回り続けるせいで。何もかもが軌道のなかに。冷たい熱となって。消えていくのか。
ピンクとジャンクが婚姻して、シャンパンとパンクは頭から液体が。次々と倒れていくだらしない体。ようやく玄関を開きながら飲み過ぎたワインを吐き出し、そのまま卒倒する君の。右の頬が赤いキリストの血に浸る。今日も水が透明だということに感謝しよう。真白い肌で、ヴァージンロードを歩むマリアの、鳴り止まない頭痛に祈りを捧げよう。パンとワインの、口から産まれた子どもたち。毛布と錠剤にくるまれて、愛は何色だったか?お前たちが産まれる前に。お前たちが産まれた後に。あの時何色の光に包まれていたか?駅前のドラッグストアで、煙草屋の跡地に、優しさはわかりやすく棚に並んでいるから、他人が並んだだけの僕たちは、並べ間違えてしあわせと口にした。
30歳まで生きるな。冗談みたいに笑う。笑うしかないみたいに笑う。お腹が筋肉痛になって、喉が潰れるくらいに、体を捩らせながら笑う。意味がわからなかった。わかるのが怖かった。笑い続けながら黙っていた。終わるのが怖かった。わかんねえー!わかんねえーわ!もう浩輔なんか隣で笑いながら怒っていた。叫んでいた。血が噴き出すみたいに。嗚咽した。何にもできなくなって背中を抱きかかえた。バカだった。聖書にだってこう書いてある。この本は燃えるゴミだ、海を越えて汝の土に埋めよ。ああ、今日って、何曜日だったっけ?
書いたって何にもならない。言葉が降ってくる。雪みたいに。頭のなかで。ひとつひとつが、落ちて溶ける瞬間の発光。小さな。言葉を燃やすための体。白いページ。君の頬。柔らかな。空がそこにあった。いつもそこにあった。いつもあったせいで忘れた。駅前の煙草屋はずいぶん昔になくなった。なんだか煙草が吸いたかった。君の指を思い出した。
Littledancer
夢みる君 おかれた朝 にポン と捨てられたパンは いくところなくて 本当は 食べて ほしい乾燥肌に 同じしるしを感じた やがて 気まま わたしたち 背中から 骨が生えてた もう辛いから お互い 風通して ぬけていこう。するんとした ひろうはし つぅんとした びーだま おはじき しーる ふわふわたまご 上手な 手で 返す き み。の横 縁取られたゆびさきにみどりの 画用紙 はりつけて はやく ひとり になりたい と書かかれたメモの小ささに 自信とか やってはいけないこと ばかり申し訳なく 見えたり 隠れたり するフライパンの 汚れ なんて どんどん 無くなってしまえば。いい みると そう 君だって ずっと ずっと こうしてたかった こうして正しく すべきなの に ちゃんと 説明 できない。好き。ちゃんとした気持ちが 怒られた。 こんとこ くらい 汚れてもいいの。 巻きスカート たたもう きめた きゅうくつな やくそくは 宙返りして ウエディングドレスになる うん 同じしるし ばっちい。 あとから いつも しずむ ふね みえる あれには のらない。のらない。 だって わたしたち 恋してたじゃない ずっと はちみつ甘かったじゃない ずっと あそこに 腰を おろして パン 落ちても。 きょう み、た 君は綺麗だった。 つるつる みがかれた はたちに見える。 ぬけてくこきゅう ひろうはし あつあつの こいしを ぜんぶ 拾うことが できた顔は 教えるゆびより ひんやりしていた。 それなら きっと しんぱいは しなくていいよな花だよね
握手
名前を尋ねられたので
わたしは火葬場の薪と答えた
山の落ち窪んだ場所にある
コンクリートの壁のなかの
あの鉄扉
白手袋
手袋は二足歩行して
乾燥した骨を拾っている
くすんだ骨を嘗めたのは
いつかわたしが燃やす炎だ
尋ねたものはまばたきをして
蒼ざめながら握手を求めた
しらじらとした手のひらを
わたしは強く握りしめて
あかい痛みだけを残してやる
子鳩のコトバ
灰色の空があたり一面に放つ匂いに気付けば
空の只中からすでに幾つかの微小な氷が落ちてきて
地面に着地して消えた、を繰り返しはじめている
水からの状態変化が成す氷→雪へは、緩やかに、汲々として
実写から乖離した、世界の傘の下
傘を打つ音だけが知る、その形状を、傘を外して見上げれば
蠢き急降下する、埃、あるいは、塵
瞼に載った僅かに湿る光の粒に世界は覆われてしまい
途方もなく佇むわたしは飛ばせた子鳩を思う
大きさも不揃いな、空気の層の中から毒素を吸い込んだ
白い羽のよう、と形容されるものの正体は
わたしたちが棄てたものたちで、
羽であるなら、子鳩であろうよ、コバトであろうよ
空の中心点に立ったポールを目印に飛んだはずの塵が
羽化して、降る、フル、ふる、
たくさんの不揃いのコバトが嘴に加えた葉の色も
今日は緑を失い、収束の末期に滅されていく
目印を失った、羽も濡れた、その身を、傘で隠し持ち
二層構造の傘はコバトの留場
音はすべて吸引されて、どこか知らない場所へ遺棄される
天空から傘の丸い円はみつかるだろうか
隣のわたしが、目を瞑り、空を見上げ、ただ流れに沿って
歩いてゆくように見える姿を、描写するコトバよ
巡廻しながら肩から肩へと渡るうちに、
わたしの匂いを掠め取り、空へ放つ、子鳩の
囀りが聞こえたような気がして足元を見ると
小さな影が横切ってゆくのが見えた
no title
雪が降っていた。
白に沈んでいく丘。色素のうすい幽霊たちがなだらかな稜線に沿ってならんでいる。風に揺れている。彼らの、赤い、瞳、たちだけが点り、まるで春の花のように綻んでいた。声がしていた。呼んでいた。
誰も聴きとれなかった。
やまない白は白の深淵へと手を伸ばし、白と白の差異の境に立ち尽くす。とても充足していた。色素のうすい幽霊たちの皮膚にはとうに感覚はなく、それは凍えによるものなのか、先天的な遺伝によるものなのか、判断もつかないくらい遠くからの遮断だった。肌をすり合わせる。熱のない熱がうまれる。そのたびに、幽霊たちの躰は少しずつ欠損していった。充足していった。その反芻は、彼らの躰がついに壊れ、彼らの、恒久的に燃えつづける赤い瞳たちが、やわらかな雪のうえにこぼれおちるまで続く。
そうして、永い時間が経った。
一瞬だった。そのあいだ雪は降り続けた。摩耗した幽霊たちの亡骸、を、覆いかくすほどたかく積もった、白、く、丘は山のように隆起していた。たくさんの、幽霊の、赤い、瞳が、このなかに沈んでいるのだ。と、おもった。燃えているのだ。ずっと、遠い、冬のはじまりから。声がしていた。やがて雪がやんだら、埋もれた幽霊の瞳たちはいっせいに芽吹き、赤い花を綻ばせるのだろうか。春の。遠く、いちめんに、赤い花が点っている山の、稜線の、雪解け、を、想像する、私もまた、例外ではなく、ひとしく、摩耗していた。欠損だった。そのように呼ばれた。白い、差異の、境に立ち尽くして、白は、白のなかに、白を、やどし、呼んでいた。声がしていた。音はなかった。誰にも聴こえないくらい大きな声で。聴こえなかった。誰も答えなかった。何度も。ただ、見ていた。答えず。雪が降っていた。降っている。いまだに。
現象の冬
か細い手つきで摘み取られた
ピアノの音みたいな雪が
無様に弾けて
着地すると、そこから
ひたひたと
硬い水が鉱物に染み込み
反対に、
ぼくから、あなたが
染み出していく
溶媒となる雪や、ぼくが、
晴れ渡りそうな明け方に
焼かれていなくなる
あなたは
凍りついていく一切の
旋律を蹴散らしていく
スエード生地のブーツ
濡れて黒くなり、爪先には
いつだって凛とした音階を
くっつけて
ぼくは見ている、
あなたが楽しそうに歩くのを
ぼくはずっと見ている
つもり
歩いているのはぼくで
歩いているのはあなたで
ぼくの少し張った肩幅が
あなたの滑らかな肩の線から
ずれてはみだす
その度に誰かが死ぬので
泣いてばかり
死んでいった人たちは
今何を思っているか、なんて
何も思っていないだろう
やたらと乾いているだけの
冬にも、たまには雪が降るけど
一日か二日で消えてなくなる
そんな感じ
あなたも、そんな感じ
知ってくれればいいんだ
だから、積った雪は融ける、
音も感傷もなく
ぼくの中にあなたがいるだなんて
そんな風に言うつもりはない
その言い方が何を表すか
ぼくにはまだわかっていないし
しかも事実ではないように思う
幻象という語彙
多分ここでぼくはけつまずく
あなた、幻象(?)
そんなわけがない
あなたの匂い
あなたの声、そしてなで肩
全部感じ取れる
それらは一つの楽曲として
抑揚や強弱、
出張り、引っ込む、
弾んで落下するあらゆるものを
指し示している
路面は凍り、さらに黒く
冬は厚く
冷たい空気を地上に押し込み
あなたはぼくから
染み出していく、今
今
きょうとあしたの境目で
もうすぐあした、が
きょう、になるこの座標点で
長い髪を下ろし
もこもこと可愛らしい
防寒のファッション
顔の半分がマフラーで隠れて
とても不細工だよって、
本気でひっぱたきにくるから
言わない
雪で織られた
服を身に着けて寒くないかと
ぼくはいつも心配だった
でも触れてみると
やっぱり毛や綿で出来てて、
体温の、あったかい
いっこ、涙が流れる
ぼくはピアノが弾けない
あなたは中空で
鍵盤を叩きながら
また、泣く
陽射しが屋根と屋根の間から
漏れ出てくる
地平線からあなたが射抜かれる
ぼくは幻象じゃないから
あったかく、受け止める
人が死ぬ
半分も見えていない
太陽の裏側で
昼と夜とが混ざり合って
何も見えなくなるその
スケール、狭間、
黒く艶々したピアノに
ぼくは縋りついて
温かさがどんなものか知る
奏でる端から凍りつき
脆く、重く、
墜落して、水びたしになり
用いられる
幻象
という語彙、そして
幾度となくつまずくぼくが
あなたとなって
鍵盤を叩く、あなたは
鍵盤を叩く
あなたは泣く
ぼくは雪が融けるだけだと
言って聞かせる
あなたは泣く
冷たい雪の服を着て
陽射しはあまりにも繊細すぎて
横風に揺れる
あなたは泣く、泣きやまない
あなたはぼくから染み出す
影が二つできる、わけがなく
ピアノの艶やかな表面に映る
あなたの赤いマフラー
今もどこかで誰かが死ぬ
一秒ごとに人間が死んでいく
冬の、雪融け
さよなら
樹木は葉を落とし、
氷みたいな重たい雪も
その内ぜんぶ篩い落とすから
あなたは凍りついていくだけの
ピアノの楽曲を蹴散らす
幻象じゃない、
冬の夜が明ける、誰も幻象じゃない
岸壁のまま母
どんよりとした曇り空の下、遥かな海の沖合いから陸地へと、黒々とした波が絶え間なく打ち寄せて来る。陸地のウォーターフロントでは、東西にどこまでも続く岸壁が、打ち寄せる黒い波を堰き止めている。岸壁に係留されている船は少なく、ここからは西方向にも東方向にも、遠くに数隻の貨物船が接岸しているのが見えるだけだ。対照的に、陸地には岸壁に並行して沢山の倉庫が立ち並び、コンテナや資材があちこちに積まれている。コンクリート舗装された岸壁のエプロンには、夥しい数の父子連れが釣具を持って来ていて、ある父親は簡易な折りたたみチェアに座り、ある男の子は岸壁の端の車止めに座って海の方へ足を垂らし、ある女の子は母指を曲げたような形の、先っぽの丸い繋船柱に跨って、海へ向けて繰り返し釣竿を振り、釣り糸を垂らしている。彼らが使用する餌はたいていエビかゴカイだ。狙いはタイやギザミやメバル、チヌやカサゴやウマヅラハギ、そしてコチやサヨリなど、親子で釣りを楽しむには手頃な小・中型の魚である。刺されると大人でも泣くと言われるオコゼや、強力な毒を持つフグなどは必ずしも歓迎されないが、しかしそれら要注意の魚も、子供に自然のちょっとした恐さを教える材料としての意義はある。あいにく天気は快晴とはいなかったが、またラッシュと言えるくらい多い人出ではあるが、もう一時間もすれば満潮を迎える岸壁には、釣りを楽しむ父親と子供達の、のどかで微笑ましい光景が広がっている。しかし、何も知らない子供達はともかく、岸壁にやって来た父親達の真の狙いは、海のもっと沖の方にある。どういうことか? 遥かな沖合いに目をやり、しばらく眺めていると、やがて水平線近くの海のあちこちに、ポツリ、ポツリと小さな膨隆が出現し始める。それらは時間が経つに連れて増えてゆき、やがて水平線近くの海は、西から東までそれら小さな膨隆でいっぱいになった。のみならずそれらはみな、この岸壁に向かって近付いて来ているようだ。初めは小さく見えていた海の膨隆は、こちらに近付くに連れて一つ一つが相当に大きく、スピードも速いことが分かってくる。寄せ来る波を後ろから押しのけて、それぞれが小さな丘のような海の盛り上がりが、大挙して岸壁の近くまで迫るのにそう時間はかからなかった。遂にその先陣が岸壁に襲い掛かると思われたその時、海の盛り上がりは次々にザッバアーッ!ザッバアーッ!ザッバアーッ!と大きな水飛沫を上げて破裂し、その中から巨大な裸体のまま母が立ち現われた。全身から流れ落ちる海水をブルブルッと振り払い、エプロンに足を掛けて上陸して来た彼女らの数は東西に渡り数百体。体長はおしなべて100メートル強。女性らしからぬ電子音混じりの重低音で、「ちち」「ちち、ちち」「ちち、ちち、ちち吸わせえ〜」「ちち、ちち、ちち吸わせ〜」と口々に呟いている。巨大なまま母達の体重を受け止め、彼女らの音声が含む超低周波振動に曝されて、打ち震え、のたうつ岸壁。しかしながら岸壁は崩壊することなく、よくその長大な構造を持ちこたえている。「ちち、ちち、ちち吸わせえ〜〜」「ちち、ちち、ちちゅ吸わせえ〜〜」まま母達はドズン!ドズン!と腹に響く足音を立てて岸壁のエプロンをのし歩いている。かと思うと中腰になり、パニック状態の父子達に向けて大口を開けると、「ゴォホオオオオオーーーーッ」と吸気し始める。父親達は釣竿を放り投げて逃げる間もなく、いや、子供を置き去りにして逃げるわけにもいかないのであろう、まま母達の吸気と同時に次々に宙に浮かび、彼女らの口腔内に吸われてゆく。「ちち、ちち、ちちゅ吸わせえ〜〜」「ちち、ちち、ちちゅう吸わせぇ〜〜」「ゴォホオオオオオーーーーッ」もとより父親達の狙いは自身の胸の両側、つまりちち毛の処理など一切していないが、慎ましいことこの上ない左右の乳頭を、まま母達のイソギンチャクめいた唇で吸ってもらうことにあったのだが、いかんせん相手が想定を遥かに超えて巨大過ぎた。まさか彼女らのほんの一息、と言うかひと吸気で、自らのちちどころか全身丸ごと吸引されてしまうとは、父親達には想像だにできない事態だったのである。「ちち、ちち、ちちゅう吸わせえ〜〜」「ちち、ちち、ちちゅう吸わせえちちゅう〜〜」「ゴォホオオオオオーーーーッ」父子入り乱れる中で子供達を残し、父親だけを選択的に吸い込むことが、まま母と父と子の、どのような生物物理学的&家族機能論的&ハイパーエディプス説的機序で可能となっているのかは不明だが、まま母達はたちまちの内にすべての父親を吸い込んでしまった。ところで、まま母達の口腔内に入った父親は、その後は胃袋に続く食道ではなく、肺胞に続く喉頭から声門、そして気管というルートを辿ったらしい。やがて岸壁のあちこちから、まま母達の気道の異変を知らせる音声が聴こえ始めた。「エグッ」「ハグッ」「アガッ」「ホガッ」初めはやや強くむせる程度だったが、次第にそれはより深刻なものに変わっていった。「ハグアッ、ガフウッ」「ゴァフッ、ガゴーッ」「アガゴッ、ガゴゴゴグゥアーッ」そして終いには「グアゴガガガゴガゴガガガガガゴオォーーーーッンぺペッぺッんナラぁーーッ!!!!」と、大地を揺るがし海洋をひっくり返しかねない大音響と共に、彼女らに吸い込まれていた父親達が、口からバラバラバラバラ吐き出されたのである。今や岸壁の至る所に、瀕死の父親達が横たわっている。意識不明状態の彼らの全身は、まま母達の痰と唾液と鼻水にまみれてベットベトだ。すると、これまたDNAのどこらへんに書き込まれた遺伝情報によるのかは不明だが、事の一部始終を目撃していた子供達が、一斉に自分の父親の元に駆け寄ると、衣服に手を掛けて胸を肌けるやいなや、その乳頭をちゅぱちゅぱ吸い始めたのだ。これは一体どういうことか。赤ん坊の吸啜反射とはだいぶ異なるようだが、ともかく、子供達が可愛らしい音を立ててちちのちちをちゅぱちゅぱしている間に、父親達は一人また一人と意識を回復していったのである。一方、気道内異物を超ど派手に吐き出したまま母達は、これはまたどうしたことであろう、その巨大な図体に似合わぬ脆弱性を見せ、なんと、誤飲性ショックによりあっさりと絶命していったのである。ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッドドドドドドドドッズズズーーーーンンン!!!! 沢山の倉庫とコンテナ群、そして父子連れが乗って来たワゴン車や乗用車を下敷きにして、まま母達が倒れ込む音響が、岸壁の全域にこだましていった。彼女らの頭部は、倉庫より更に内陸側の空き地にまで達しているようだ。そしてまま母達の身体は、あたかも引き潮時の砂浜に打ち上げられた巨大クラゲのように、空き地のセイタカアワダチソウを揺らしている潮風に晒されて、速やかに干涸らびていったのである。その頃には、岸壁の父親達はすっかり体力を回復し、全身に付着していた痰や唾液や鼻水もパリパリに乾いて、再び海に向かって釣竿を振り始めていた。子供達はと言えば、子供が何事にも飽きっぽいことは洋の東西を問わず共通である。せっかく魚のよく釣れるこの岸壁に来ているのに、また、干涸らびたまま母達の残骸や、破壊された倉庫やコンテナ群は、彼らにとって絶好の遊び場となるだろうに、もはや父親のスマホでゲームをして遊ぶことしか、興味が無くなっていたのである。父親がどや顔でウマヅラハギを釣り上げても、それには見向きもせず、子供達はスマホゲームに夢中になっている。どんよりと曇った空の下、そこら中からゲームの効果音が聴こえて来る岸壁に、黒々とした波が打ち寄せている。
放心
ギタアを持って、
ふかふかと歌う。
森の中で
死んだ子の、
眼の中に落ちた世界。
君は本当は欠けているものの代表であろう。
タバコの先に見える夜景の横浜。
浴衣一枚に、
下着もつけていない
素肌の麻衣子。
一篇のメルヘンのような思い出は、
何もかもが、
もの悲しい。
鳴くように満ちる、
麻衣子の体を抱き。
擦り切れたぼくの体は、
渦巻く銀河のごとくに、
暗黒の星となる。
夜食に買ってきたコロッケを齧る。
君もいるかい?
首を振って、
いらないと言う麻衣子。
彼女はテレビのニュースを見ている。
テレビには、
一度だってほんとうの世界が映し出されたためしがないなどと、
悪態をつきながら。
麻衣子とふたり、
ホテルで抱き合って、
眠った夜に、
骨を食い破って入り込むほどの、
“ほんとう”があっただろうか?
JRの改札口で、
ぼくはヘンドリックと一緒に、
麻衣子を見送った
ヘンドリックは鼻くそをほじくりながら
麻衣子に手を振った、
そのヘンドリックの大きなお腹は、
怠惰と、
全体の調和を表しているようで、
可笑しなことだが、
ぼくにしてみれば、
もっとも文明の原理に即した、
人間なるものの象徴なのだ。
ギタアを持って、
ふかふかと歌う。
文明の中で、
生まれた子の、
眼の中に落ちた世界。
君は本当は満ちゆくものの代表であろう。
「・」
生き物たちの欲望の箇条書きがあるとして、その「・」は、星の数ほどある。だとしても、あなただけには特別に、数え切れない星の先にある「・」が用意されている。いま何処かであなたの星が生まれて光る「・」が299792458m/sの速さで地球へ向かっている。だとしても「私のことをもっと考えて」と昨日言われた。ごめんね足りなければ、光を放たない惑星の数も含めたっていい。だとしても、見えない惑星の端っこで、綺麗な星と星の間で、色んな人のことを思いやりたい人たちもいるんだ。きっと思いやりが足りない分だけ惑星の数がある。とてもたくさんだ。金星人がいるかもしれないから、生き物たちの欲望の「・」の数は、それよりもっとたくさんかもしれない。あらゆるワガママも含めれば、見えないすべての「・」も含めていい。すべては星の数を超えている闇なのだと思う。あなたはいま何を考えているのか。前にはちゃんとわかっていたことが、わからなくなってしまったよ。仕事が終わった帰り道、単純なことをしよう。小ちゃな虫を見るみたいに空を見上げよう。僕は彼女とあまり話さなくなった。満月の夜がきて、見えるのは雲ひとつない星空、「何か話して」って彼女に言われた。「ウサギの影に隠れているのは運命さん」「で? だからどうしたの?」険悪な雰囲気だった。
男女の後ろで運命がこっそり「・」の実情を調べている。偶然選ばれた「彼」と偶然選ばれた「彼女」のすべての欲望を数えあげるている。運命が男女の欲望の数を知って空を見上げれば、「彼」の星は全部、彼の色に光った。「彼女」の星も全部、彼女の色に光った。点火した星と星の間に線が結ばれる。彼の色をした星は彼の色の線で、彼女の色をした星は彼女の色の線で、「・」と「・」が全て結ばれた。彼の色をした図形と彼女の色を図形が星空に浮かんでいる。彼の人格と彼女の人格が浮かんでいる。人格の俯瞰図、個性の形。一つの人格には様々な図形の角があった。彼女は彼の角を責めた。彼も彼女の角を責めた。欲望の図形には運動もある。彼の角から線が伸びる。何処かの星で線が止まる。その先端から、一斉に、放射的に、彼の全ての欲望の「・」へと線が伸びる。人格が新たな欲望で変化していくときの花火。新しい欲望が生まれた。彼女の人格が欲望を失うこともある。星は、彼女の色を失って、結ばれていた彼女色の線が一斉に消える。これもまた夜空で散る、儚い、何か。彼女が何かを言い終わった後なのかもしれない。イルミネーションが消えた。
(光が生まれて、消えて、生まれて、最後は、日が昇って夜が消えるときみたいに、全部消える、運命だ。運命はウサギさんに言う。「個性の形が散りながら動くのが美しいだけ。美しい人格はどこにも無い」「ねぇ、よくわからないんだけどね、どうにかしてよ」ウサギは運命に話しかけた。星空に浮かぶ彼女の図形と彼の図形の一部が交わった。男女が、同じところ同じ時間に隣り合わせで空を見上げて、いま星空を見ていた。彼女の図形の角から線が伸びる。彼の図形の角からも線が伸びる。その線は、同じ一つの星まで伸びて交わって、二人の色をした新しい図形の角が誕生した。恋人たちの後ろでそっと運命が見上げている。振り返ると何かの気のせいみたいにふっと気配だけ残して、夜の影の中に消えた)
虹の第八色についての独白
蜂の複眼を比喩として束ねられた意識たちが煙る輪の滞留に触れる千手 鮮やかにwikiる タッチパネルの振る舞いに虹の第八色が凍てついた網膜が反転して子午線を通過するわたしのtweetが捻れてゆくの時計が針が呼吸が歩行が意識の波が匂いが変質する時だから。青ざめた馬が粒子の雲になって海岸に漂うからわたしは一杯吸い込んだ。嘶いた。
複眼の視野の一点が虹に偏執する夜、蛇に変えられた虹の第八色の夢を見た二時間後にわたしは喫茶店に出勤する。ありもしない概念など置き去りにするほど日常時間は河川の緩やかな慣性でわたしの脆弱な感性を洗い流してゆく。いま、絆創膏の貼られたわたしの左手人差し指に取っ手を取られているコーヒーカップ。WEDGWOODの野苺の絵も、既に擦りきれている。
膨らまないコーヒーの粉に斜めの角度で刺さる96.5度の注湯。粉は対流し、800種類の香味成分の一切合切をサーバーに落としてゆく。落ちきる前に挙げられた台形三つ穴ドリッパーの、上で干からびてゆく泡の、光を失うさまはおじいちゃんや、昔の飼い猫の、あの時の眼に似ている。世界は叙情ばかりだと想う。わたしが強調するまでもないほど。
(無意味の意味などわたしのテクストから滅びれば良いという比喩も滅ぼしてくれるほどの純粋な叙情の滞留、すらもわたしは滅びればよくって何が残らなくてもいいのっていう虚無すら無化する、骨が立ち上る行間への、膨大な祈りの連打としての散文の塵ども。震えろ、震えろ、うつくしさも残さないで。)
スマートフォンのタッチパネルをはしる蛇のような散文の羅列を連ねるとき、息切れしそうになるのがいつも怖いから、過剰であることが安らぎだったように想う。
毛布一枚あれば眠れる身体は、背を床に預けたまま夢見ることを許してくれる。どれだけ汚い夢でも、夢は夢だから嬉しかった。(虹の第八色、あれはどんな色だったのかいまだに思い出せない。多分、暖色系だったと想うのだけれど、色見本のカードをめくっても、めくっても、ぴんとこない。)
はじめて飼い猫を亡くした13歳のころは、よくお風呂に浸かりながら、色のない世界を想像しようとして目をつむっていた。遊びというには脅迫的な感覚に突き動かされた試みだったように想う。結局、どんなに色を無くし、空間を無くしても、黒い平面だけは意識に残った。黒を消し去ろうとしても、白がすり替わるように表れた。冷えきった水風呂のなか、唇を紫色にして震えていたあの頃の自分は、沈黙するほかない命題があることを知らなかった。きっと、それだけの、よくある話だ。たちが悪いのは、今もあの頃とそれほど変わらない、沈黙を知らない拙さを残したまま生きていることだろう。
(無色が認識の範疇を超えているならば、わたしの意識に像を結ぶことはありえない。ならば、虹の第八色は、何らかの存在しうる色のひとつであったはずだ。)虹の夢を詳しく思い出せない。
もこもこ
なるべく、
ゆっくりと、
あるいた、
雪道を、
ヒバリや、
スズメ、
ツバメ、
達と、小さな、
足跡を、
互いに競って、
詩的な、
言葉は、
昨日、夢の中に、
全部忘れてきた、
から、
また、一羽、
また、一羽と、
鳥たちが、
集まって、
花の名前を、
寄せる、
知らない鳥の、
くちばしに、
スミレ、
ヒマワリ、
アジサイ、
と、名付けては、
増えていく、
くちばしの、
数だけの、
足跡が、小さく、
小さく、
増えて、
春を知らないのは、
雪だけで、
また、雪も、
春を知らない、
ことを、
鳥たちに告げては、
悲しむ、
知らないことだけが、
降り積もり、
溶けあっては、
滲んで行った、
後を、
生活に切り取る、
相談
父親の定年退職を期に
そろそろこの家も建てなおそか、て主人が言うて
わが家に重機が入った日、
の翌日
解体の業者さんから電話が掛かってきて
ちょっと変なもんあるんで見てもらえませんかって
なんですかって訊いても要領得ないんで
じゃあ今から行きますわって行ってみたら
これなんですよ
この柱なんですけどね
見たことありますかって、
それが真っ黒でゴツゴツしててヒビ割れてて
おまけに古いシメ縄が巻いてあって
なんか触るとぺっとり濡れてる
いや、見たことありませんね……て言うたら
そこにあの、なんか五寸釘ていうのか
長くてデカい釘が何本も刺さってて
それがまたむっちゃ怖い
こんなもんがなんでウチに?
いやあ、それが訊きたくて来てもらったんですよーって
業者はヘラヘラしてるけど
お前それ笑うとこか?
あ、いや、そうですね、すんません……
そんでこれ、この柱なんですけどね
あの、見てもうたら早い思うんですけど
家の柱とか梁とかそういうのんとね、これ、どことも繋がっとらんのですわ
あそこの大黒柱の裏っかわのね、あそこの、見えますか? あの、
そう、あの押入れの奥んところのね、ほんまに僅かなデッドスペース
言うたらあれですね、プチ開かずの間?
そこにね、一階二階ぶちぬきで立っとったんです
これちょっと変でしょ?
だからわざわざ来てもろたいうわけなんですわ
それで、もしあれがその、なんていうかあの、おたくの家にとって、なんか大事なあれで、
あの、もしなんか我々が下手にあれしたらあかんやつやったら、ほら、色々とあれやないですか……
そう言って業者が指さした先には
ピラピラした半紙みたいなのを人の形に切ったのがあって
頭の真ん中に釘が立っている
そして胴体には誰かの名前、感じ的にはたぶん女やけど、
それと住所、京都市北区……の先はプライバシーの侵害になるのでここには書かないが
とにかくえらい達筆で
しかもこれたぶん墨やのうて血で書かれてて
おまえどんだけ怨んどんねんと
でもこれほんまにどうしたらええんやろ?
という話をきのう姉から突然されたのでとりあえずグーグルマップで場所を調べてみたら区画整理か地番変更でもあったのかして残念ながら該当なし、感じ的にはたぶん平野神社と北野天満宮の間くらいやけどうーんちょっとこれ以上は分からんねって言ってでもとりあえずそのへん行ってみようかいう話になって北野白梅町のへんまでは行ったんやけど実際行ってみたら完全に普通の住宅地やしなんかごめんもうええわって姉も突然急にアホらしなったんかして気い済んだっぽいし私もついつい調子乗ってそやそやこの平成の世に呪いやの祟りやのってそんなもんあるかい!柱みたいもん潰せ潰せって笑ったその翌々日、姉夫婦一家の仮住まいしてた近所の木造アパートが全焼してその焼け跡から一家五人の遺体が見つかり警察は身元の確認を急いでいますってニュースでやってたまさにその瞬間、私の携帯に母が掛けてきて一言お姉ちゃんやった……て呟いて切れたのですが、これマジでどうしたらいいんでしょうか?
代謝
風呂に入って
皮脂を落とす
頭皮から鬱積がながれおちた
背中をこすると
さっきまでの僕が
タオルにまとわりつく
ずっとまえに
デザインされた灯りを
口々にさけんだ張り子たち
脂に濡れたものは
仲間にわらわれて
ちぢれて
炎をともしだした
いま
僕は頭を拭き
指をあてて
コンタクトレンズを
つかみ出す
手元でピリ、ピリとやぶると
洗面台の鏡のまえ
顔が映った
屑籠はいつものプラスチック
脱ぎちらした靴下は
汗でしめり
じゃばら状にのびて
箪笥からとり出した
清新な下着を身にまとい
また
気持ちをつくろい直す
種屋
その店はあった。
丘の上にポツリと立ち、遠く工場の白い煙がもくもくたなびいている。
小さな木製の看板に無造作に書かれた、種屋、の文字。周りはトタン板で覆われ、回りには見たこともない草が生えている。
奇妙な芋虫がずるずると這い回っており、そこにはおちょくったようなカラス達がのそのそと動き回り、夥しい数の芋虫を啄ばんでいる。
怠惰を発散させるような午後の陽射しは重い。
そんな陽射しが訪れ始めると、客が動き始める。
客はごく普通の人に見えた。
客が店に入ると、中からひらひらした店主が出てきて、それぞれに応対を始めた。
何の種なんだろう、店に入ると種などどこにも売られていなかった。
ガラスの瓶には臓物がグラム単位で売られており、骨や血液、眼球などが所狭しと置かれている。
別な場所には、干からびた木の葉や枯れ枝、瘡蓋などの比較的乾燥系の品が置かれている。
臓物を購入した人は臍の穴を千枚どうしでさらに広げてねじ込んでいるし、店主に手伝ってもらいながら頭蓋を外し、透明な脳味噌を入れてもらったりしている。
瘡蓋を買った者は、ぺしゃりと皮膚に擦り付けて揚々と引き上げていくのだった。
乾いた風を一つ・・
という客に、店主は向こう側の戸を開け、巨大なビニール袋を掲げて客に渡した。
客はあまりの嬉しさに、顔の皮膚がぱらぱらと土間に落ちていくのだった。
最後は私の番になった。
店の奥にある大きな麻袋が目についた。
アレは何ですか?
と訪ねると、店主はおどけたように首を傾げ、
アレは ちょっとした非売品だよ
そう言った。
どうしても欲しいという人には相談させていただいているが・・・
口を濁した店主であった。
およそ一〇キロほどの重さであろうか、どしりとテーブルに置くと、中から菓子の乾燥剤のような小袋がたくさん詰められていた。
ひらひらした顔の皮をめくり、店主は饒舌に話を始めた。
うちの客は見てのとおり変わった客だが 普通の人でもある むしろうちの店が変わっているのだ だが 最近はあまり売れなくなった 乾いた風・・・などは 以前は飛ぶように売れたが 今は半値でも売れない 次から次へと新しいものが生まれていっては死んでゆく 今は非売品だがこれを売るしか生き残る道はないのかもしれない
そう店主は言った。
見るとその小袋には、ガムテープが張られていて、商品の名前が隠されているのだ。
ただ こいつはね あまり多く使うと本当にやばいことになるかも知れない つまり適量を用いるってこと 折角だからあんたに一袋あげるよ
ここいらで もうこんなものを売って行くしかないのかもしれない
そう言ってガムテープを剥がすと、○○○乾燥剤、と書かれてあった。