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2013年01月分

月間優良作品 (投稿日時順)

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* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


海馬

  

 










 空からぶらさがる朝。眠りの残る背のかたさを気にしつつ、やや大きめの欠伸をすると、海面から降り注ぐ陽の光の眩しさに、おもわず、海藻に絡めた長い尾に力が入ってしまうのを、海馬は少々疎ましく感じながら、ふくらむお腹を見る。
 




  海馬のお腹がふくれているのは、妻との交尾によってできた、多くの卵を入れているためであり、孵るまで海馬が守り続けている。妻はその間に海底へと向かい、険しい岩石や泥地に付着するベントス、付近を漂うネクトンを補食し続ける。
 




   妻は普段、ベントスやプランクトンを求め、穴に潜むものや、隙間に隠れたままでいるものをも補食するため、海馬は心配になるが、背鰭や胸鰭を震わせ静観している。この頃の妻は特に激しく交尾を迫るため、海馬にとり辛い時期となる。
 




  妻との交尾や、重くなるお腹に落ち着かなくなると、岩礁近くの大きな藻場へと、海馬は小刻みに体を震わせ、生暖かい海をのんびり出掛けることにしている。藻場では互いのお腹を見せあう者達で溢れ、褒めたり貶したり賑やかに過ごす。





 藻場での一時を楽しんだ海馬は、月の光が射しこむ帰り道をゆらゆらと進む途中、お腹に熱が帯びるのを感じ始めると、その蠢く熱にうながされるように家路を急ぎつつ、生まれてくる子らを妻とともに祝福する姿を、ひとり、静かに想う。




 



 
 



  ・海馬‐タツノオトシゴ(seahorse)
  
  ・ベントス‐水底の岩 砂 泥に棲むもの 底性生物の一種
  
  ・ネクトン‐岩や砂の表面から離れて暮らすもの
  
  ・プランクトン‐浮遊生物 水中を漂って生活する 小型甲殻類 魚類の幼生など


幕切れ、予感

  安部孝作

横になる太陽は、    都市の襞に刺さる蝋燭へ、
際限なく転がり続けた、  葦を掲げた手の彼方に、
なにも焼かず、 なにも踏みつぶさず、
痛む大きなリンゴの腹へと、  終わりない夕景の
訪れが描いた道化の歪んだ顔が、 銀に輝く水牛の
群れに彩られた  掌を見て笑う

ペンギンの群れが   石油で汚れた海にうじゃうじゃ
羽ばたけないがために   隕石に潰されたために
泳ぎ出すイルカがきっともう   いない
だからと言って、        セイウチは笑えない
赤い氷山は愈々大海に流れ出した海面の上で跳ねていく、
釣りあげられるように、真っ新な手に
救われるかのように、       そして見下ろした

  大陸を見渡して地図を引き裂けばいい
  躊躇う指先から引きちぎれていく、
  痛まずに血ばかり出る

星はたなびく木々に絡め取られた、
その鉤爪に連れられて  油断ならない影が飛び交う、
嘴でつつかれて 眼の玉をひん抜かれても 翼を
折り畳んだまま 刃物を隠している
もう遅い、余りに遅い 街灯の守護が声に出さないで
言った    ここをどこだと思っている

夜は訪れなかった、    だから雲が一つもなくなって、
朝が訪れることもなかった、けれど誰も悲しまなかった、
誰も眠らなかった、  
雨が降らないことについて、   誰もが無関心だった、
誰も目覚めることもなかった、   枯れていくことに、   
                   躊躇いなかった
だからといって、    決 して明るい正午でなかった

  罪過は過ぎては行かない
  対するものは消してはならない、消し去る指先は、
  皮膚の厚さで、握手をすればすぐわかる。

振れる指先が啓示の証  呼び出すよ、今呼び出されるよ
大地の精は応じてくれる  けれどもなにもしてくれない    
私は私でするしかないとはいえ大地の精は何もかも言って
くれた、
  途中で投げられたクロスワードパズルの答えが、ない
わけではないから  見つけることを理解していてほしい、
と、病室の壁に書かれていた

月、泉、風、音、声、あなたにしたこと
単語が並んでいるだけでそれがどれほど悪いことだったか、
浮かぶ景色が同じで     感じても、遅い、
              感じるのが遅い、
物がぐにゃりとぶら下がる、悲しむためのものすべて、
あなたにあって、私にないもの  それで全てが伝われば、

  なにも理解しようとせず
  耳ばかり大きくして、
  反響させていた、あなたの滴る音を。

けれども川の流れの傍では    橋の袂に掻き抱かれた
砂金を採る男と      彩り鮮やかなペンキの精霊が       
何もかもせせらぎのように脳天気で     反射された
光は船に従って動き      青赤黄色に染まったコン
クリートの    石の前で硬直し、上で踊りを披露して、
柔らかな葉の上で崩れた   

私はなぐりつけたかった     私の痛んだ胸を 
磨かれない石英の顔を見つめ   まったく言葉は
生まれない    吐き出した、血の混じった声は、
           あなたの痛みに
どうにか思いを馳せながら、     赤黒い鑢で 
磨き上げてくれる人を探しているからかもしれない

  殴っても、殴っても
  はみ出るのは中指の骨か
  せいぜい歯に挟まれた舌だろう

助からない手を握り締める 積み木を倒す霧吹き
の形をした崖の松の枝      横にまかれて、
               散り散りとなり、
伸び続けて虹に交差する濡れ髪の光が流れ
紙一枚にさえぎられる 
淀みは指先でねじを回して    油、乾ききった、
思想の中から 二回転、三回転、軋み続けるだけで

終われない、なにもかも  それでも終わり続ける生
終わり続ける時空    消し去るべきでない
                終わり続ける言葉
覚えていてもいられない       展開する沈黙
引き留めるべきでない    その糸は張られたまま、
いつまでも、 
    そして終わり続けるわたし、一人だけの喝采


覚書

  Lisaco

深夜、愛情から一番遠い場所で犬の瞳をのぞく
眼球は真冬の夜空にとけそうに蒼く澄んで

眠れないままいつしか眠り
パーティが台無しになる夢を見る
恋人の手が背中に当てられたところで目覚める

毎晩、駐車場で待っていた子猫がいなくなった日を誰も知らない
そんな世界で
わたし、たちは
黒く降る雪を白く隠喩する

(きっと明日の朝も)

食卓ではミルクがつがれ
仔牛たちの瞳からこぼれたひかりをのみこむ
埋葬される無数の春から
凍土の上で眠る冬までを、

金色に実る穂が続く道に
家があると信じていた
今よりも10センチ背が低かった

雨の日には雨音が
少しだけ世界の輪郭をやわらかくして
うそとほんとうの狭間に
泥濘ができていた

愛情から一番遠い場所で
届かない祈りを祈る

朝には小鳥のさえずりが
少しだけ一日を明るくして

(やさしい乾きとちいさな日陰を)


エチュード 1

  右肩

これは、鼓膜が震えている。

連なるということ。
地上を充たすものが
連なって震えを拡げる。

何だ、この幸福は。

エリアの片隅で
大きな動きの余波を
耳に
受けること。

目の前が暗くなるほど、幸せ。

それ。

ガラス窓で
しわくちゃに乾いた葉っぱの
死骸が、
枝を離れようとしている。

それ、を聞いている。

枝。
または一本の棒といい
あれも
死んでいる。


水かがみ

  Touko Kamiya

土曜の夜には
湖の
底の底まで降りていって
あなたの
骨を抱きます
知っていますか、
その窪みに
耳をあてると
さらさらと砂の
こぼれるような音のすること、


両手を
皿のようにして
掬いあげたかったのは
湖面に
吸いこまれていった雪片
すこしずつ
失われていった海底都市に
眠ったままの
あなた
化石のようにまるくなって


眸をささえる
表面張力に
はじかれて
消えてしまったわたしの
視線が、肌を
呼んでいるけれど
湖面は
しずかすぎて耳を
澄ますことしかできないのでした


覚えていますか、
あなたが
肺呼吸をはじめた日のこと、
呼気は
泡となって
水面に
ひたひたとまぎれた、
わたしの
足の裏がつめたいのは
きっと
欠けた月のせいで
どうしてかんたんに
からだは浮かんでしまうのだろう


まだ
生まれていないあなたに
ありふれた名前をあげたい、
こぼれていく砂を
拾い集めて
なにもかもをゆるしてあげる、
夢だけを
みる、季節の
流れていくはやさで


いつだって、
ことばだけが死んでいる
あなたの
湖はくちぶえをふいて
ほら
また、
週末には帰ってくるよ、
しずかなひかりに
洗われて、
蛹化するわたしの骨
遠ざかるまぼろしの水、


朝、寝起きでトイレに入ろうと

  リンネ

朝、寝起きでトイレに入ろうとしたときである。父親が便座に座ったかたちのまま動かなくなっているのを見つけてしまった。両手をそれぞれのひざについて、ややうつむいたまま息もせずに石像になっていた。触ってみるとからだはやはり石のように硬直していて、目玉は真珠のように濁って白い。顔はなぜか満面の笑みに波打ったまま止まっているが、しかしそのせいで逆に気味が悪くなってしまっている。石になるなら石になるで、もうすこしそれらしい顔というものがありそうだが、きっとそんな事を気にする前に瞬間でこの状態に陥ってしまったのだろう。ともかく、このままでは用を足せないし、父親のほうも仕事を欠勤せざるをえないし、うまいこと行く方法はないものかなあ、などとしばらくぼんやりと考えていると、今度は母親がトイレの扉をたたいて、早く済ませて頂戴としきりに後ろで訴えている。母の扉をたたく音がするたび、父がわずかに揺れてそれが便器のセラミックとぶつかり合ってかちゃかちゃと変な音をたてる。もうしょうがないので、こうなったらと、父の股のわずかに開いたところを狙って小便を注ぐことに決めた。



気付いたら動かなくなっていた。最近は夜中に何度も小便をしたくなるのだが、今日も同じように暗い廊下を手探りでたどって、この便器の上に座った。ふっとため息をつく。立ちながらだと飛ばし散らかしてしまって、あとで始末するのが面倒だから、小便だけのときもはじめから座って用をたすことに決めている。息子にもそうするように言っているが、トイレの床がたまに黄ばんでいるのを見つけるので、あいつはたぶんこのルールを守っていない。ともかく、人が石になるだなんてありえない、という人がいたらどうかわたしを見てほしい。まるで体が動かない。しかし動かないくせにこうやって物事を考えることができるのだから、人間とはやはり不思議だ。朝になって息子がトイレに入ってきた。驚いた様子でこちらをじろじろ眺めてくる。しばらく考えるように首を傾げたあと、真面目な顔をして股間を広げた。ほれ見ろ、言わんこっちゃない。立ちながらするから、トイレの床や、便座のふち、しまいにはわたしの太ももと股間にまで、一面に飛び散っている。



トイレを開けてみると、そこには見たこともないような風景が広がっていました。はじめ、わたしはそれが息子と旦那だとは全く気付きませんでした。というよりどうしてあれが人間に見えるでしょう! それは石像でした、けれど人間のかたちをした石像ではありませんでした。もはや生き物としての姿かたちは全くとっておらず、まるでなにか現代美術館にでも置いてあるような変に芸術的なかたちをしていたのです。芸術なんてなんにも知らないわたしですから、それがほんとうに芸術的なものなのかはこれから批評家のかたがたに見てもらえばいいとして、ともかくなんだかよく分からないかたちをしていたといっておきます。それはもしかしたらトーテムポールに似ていたかもしれません。しかしそれはアーチ状に広がってもいました。いや、メビウスの輪のようにねじれて、終わりがまたはじめの所に戻っていくようでもありました。ともかくです、わたしはあんなおかしなもののことを考えるのは金輪際もうけっこうです。家も売り払うことになりました。こうしているうちにも、口まわりの小じわは増えていくばかりですし、これから独り身でどう生活をたてていけばいいかということに、もっぱら頭がいっぱいです。



おそらくこれは人類史上初めて、人間の身体そのものが芸術になった稀有な現象である、そういうふうに言えるのではないでしょうか。逆にいえば、芸術とはそもそも人間そのものに他ならなかった、というとくにエキセントリックでもなんでもない、いたってまともな一つの命題に、われわれはとうとう行きついたのだと言えます。父と息子、この特徴的な組み合わせに、ひとまず精神分析的な態度をとることをあえてわたしは否定いたしません、しかしなによりも今この瞬間われわれが必要とするのは、なぜこのような現象が起きたのか、という意味解釈論的態度などでは決してなく、むしろこの類まれな作品をいかに味わうか、味わうべきか、という実践的で倫理的な問題に対する、まことに真摯な姿勢であるといえましょう。この珍事がトイレという特殊な空間で、いや、じつにささやかな日常の空間で展開されたということに、じつのところ、わたしは感慨を隠しえません。デュシャンが便器を選んだのは必然でした! ゆえにわたしはここで提案いたします。このオブジェを便所空間とともに広く世界中に公開すること! かの住宅を、そのまま美術館として成立させること!


狂た人参、等(反現代死地方の方言で)

  お化け

狂た人参は人間を操作して自分を売り場に運ばせた。ジャガイモも人参と同じ病状を示、自分を売り場に運ばせた。玉葱も同じよに狂てたが、特に狂てたのは、トレーの上に乗てた肉だた。自分との極親密な結びつきを切断して、市場が決めた大きさで分割させるよに、人間を操作しちゃた。

売り場に出た狂た食材は共謀して人間を操作しちゃて、茶色い固形物や隠し味の某など買わせ、人間に狂たカレー作らせた。

狂たカレーを拒絶した人が、時計の針を予定の時刻を指すよにテープで完全に固定しちゃた。心身二元論者だた時計の心は、透明な時計の針となて、幽体離脱のよに、固定からは逃げれたけど、明確に定められた時計のとしての動きは続けなくゃならなかた。

透明な針に正確に刻まれちゃてた時間はキャベツに似てた。そのキャベツは、電波を使い、無脊椎かつ非外骨格系の比喩で書かれたプロトコルで対話対象の時間と随時交信した。キャベツの方は随時狂てた。狂たキャベツのよな時間はまるで、見えない時計の針で自らを刻、一定の短い間隔で無限に自傷を繰り返すよだた。

狂たキャベツの千切りのよな時間は、機械的な正確さで次々と刻まれ、昨日の晩の狂たトンカツと一緒に皿の上に乗せられちゃた。狂たトンカツは、キャベツの千切りのよな時間を全部残すよに人間を操作した。意味もなく刻まれて捨てられるだけだと悟た時間は狂いそだた。

発狂しそだた時間は、某時某分間以内には住所地がテープで予定時刻に固定された時計の針先に変更される精神病院に入た。患者は幽体離脱の幽体離脱を止める注射打たれ待てた。予定の時刻と自分が重なたとき「自分は狂てない」と確信できると言われてた。

今にも狂いそな食べ残されちゃたキャベツの千切りのよな時間は、精神病院の昼食時に漂うカレーの匂いを嗅ぎながら、自分が正常に戻ることを待ち望んでた。

面会室で待てた私には、時計の針先から出た正常な声のよなのが聴こえちゃた。小声だたから、テーブルの上で寝てた時計に耳つけたけど、声は聴こえなくなてた。時計を持て、カレンダーの今日の日付、まともそな位置に近づけても同じだた。

少、美味しそなカレンダーだたし、昼、狂たカレーを食べるのを拒絶してお腹が減ちゃてたから、暦、舐めてみよかな、黒ぽい平日は苦味ありそで、赤い日曜日は熱そで、やぱり冷たそな土曜日かなて、だけど、音、が聴こえ振り向くと、狂た服着て狂た化粧した母親のよな人が入てきた。


two prose.

  

 



【塵】

いつか隕石学者がやって来て、新種発見だと騒ぎ、ひとつの呼び名を与えるのかもしれない。ほうぼうに散らばるおれのかけらに。土星だった頃は周りを高速で回転する環の存在など気にもしなかった。闇から吹き狂う風と引力とのバランスを取りながら、軌道に沿って廻りつづけていさえすればよかったのだ。今では飛来した巨大な隕石によって粉々に砕かれ、空間中をさまよいながら、どこへ向かっているのかもわからないままに、表面温度は徐々に失われはじめている。このまま急激にどこかで廻りつづける惑星へと引き寄せられ、環を構成していたおびただしい塵と化した場合、天文学者はおれを何と名付けるだろう。発見するだろうか。







【目】

目を見ていた。伏し目がちな女の目を。おれを見上げる時の目が何より魅力的だった。水晶体に埋め込まれた漆黒のダイヤ。一つの完全な円を描いてたたずむ、潤みがちな瞳孔が麗しく輝いていた。おれは女を心から欲した。逢うたびに抱きしめ、そして見つめた。女も見つめていた。しかしある日、女は突然倒れこみ、抱き起こし呼び掛けようとも、すでに心臓の鼓動は聞こえず、一切反応を返さなくなっていた。瞬時の出来事だった。あまりにもあっけない幕切れに、女の亡骸のそばでおれはただ茫然とするしかなかった。開ききったままの女の目には真っ青な冬晴れの空が広がり、その中でおれは一本の木のように立ちすくんだままだった。


車窓の詩

  安部孝作


車窓はいまだ固まらず
七三キロにえぐられる
ぐにゃりぐにゃりと 鐘がなり 
平たく 延び縮みした思いが
頭をぶちつけ 眼より飛ぶ
まどろみからはみ出す黒枝の
茂みの青い光をかきむしる

車窓は細かく毛羽立って
黄色い鉄路のひまつは
綿毛となって風塵と舞い
過ぎゆく景色に垂らされて
朱色の長手が放していく
黙読の、カラリとした声
カラリ カラカラ、懶惰な響き 

強引に 運ばれる絵筆が、こすれ、
繊維の粉末が薄く積もった
透き通る耳が砕け落ち
燦爛とした――
電車の揺れに合わせ
翻る、陽光がつり革を潜り
空いた座席に影を踏む

隣で幼子が視線を流し
純白のゴムが伸びきって切れ
頭の環が気だるげに揺れた
烏のたかる家屋の瓦が
てかてか融けかけ、
蛹が黒々と腫れ上がると
ソーラー発電は頂点を迎える

車窓は私のせいで皹だらけで
小さな色彩環の瞳を浮かべ
赤、視界は占められ、
そこに青、落とされて広がり
一番星が鈴の音立てて消え
次の一番星も殻砕き
泡沫立てて消えさった、

そうして一番星はみな消える
もう現れるものはない
待つ人を裏切る流星は
稜線の架橋を横切って
ぐしゃり一挙に崩落させる
つま先から踏み出した 月影の足元で
地につく私の 膝のはるか彼方で


アニマル パスウエイ

  大ちゃん

5大陸90ヶ国を2年にわたり
ノーブラで旅をしました
グループ痴漢や
強姦未遂や
集団強盗などの
様々な困難を乗り越えながら

明らか乳首の立っている私
Tシャツもブラも同じ事
ノーブラのほうが自然なんです
それに暑苦しいのがとても嫌で
適度に涼しいのが大好きなの
ブラジャーをつけた日本人女性の
優雅な印象なんてクソ喰らえだわ
私は筋肉ガテン系
完璧な肉食女子なの
昨日の晩も行きずりの中国人とSEXした

学生時代はレズビアンでした
年下のパートナーが教えてくれた百合の喜び
本当に燃えていた
ヤバイとは全然思わなかった
別れた時は極度の鬱になった
心にいつもにわか雨が降っていたわね
何か嫌な感じの雨がね
精神に変調をきたして
微妙な部分および頭が
かゆくてしかたなかった
そこで対症療法として
ヒサロで肌を焼きまくったの
かゆみがしっかり止まった後で
おっぱいまで真っ黒になった私は
このノーブラ旅行に出たってわけ:

最初に旅したインドでは
列車の中で痴漢に遭遇した
次から次に100人に痴漢された
身体も心も分裂しそうだった
胸がみみず腫れになる「拷問列車」
私はとっても恐ろしかった
それに虚しかった
インドの話には更に続きがあるの
痴漢集団から避難できずに
為すがままになっていると
わたし我慢できずにウンコをもらした
車内に悪臭が立ち込めたのよ
むせ返る暑さの中で
乗車率500%のその電車の
私のそばだけ空きが出来ていたわ
結構良い教訓だった
それからは電車に乗るときは必ず
ウンコの香水をふり掛けているの
セクシュアル・ハラスメント防止には
ある意味効果覿面だった
地獄のような幸運な経験だったわね

身体がたいして大きくない私は
アフリカではモテなかったな
あそこで何よりも評価されるのは
ズバリ体の厚みなの
暗闇で強姦されそうになったけど
「なんだ、ジャップ、薄すぎるよお前!」
なんて相手にしてもらえなかった
勝手に襲っといてからのダメだし・・
わたしムカつきが止まらなかったの

中東では強盗団に無理やり入団させられた
主にVIP狙いのストーカーとして働きました
中東の人々の性格は一直線だから
ストーキングも命がけだった
猛烈にわたしから逃げようとしたけど
オリンピック選手並みの運動神経で
24時間密着でクレーマー攻撃をした
最後にはわたしに全財産を渡して
アメリカに逃げて行ったわ
その後強盗団の連中の裏切りに会い
お金を全部むしり取られたっけ
良い思い出だわ

色んなステップを踏んで
今日のわたしが生きている
日本に帰ってきてからも
もちろんノーブラ
女一匹
行く道を行く
これからどんなことが待ち受けているのか
とってもワクワクしているの





============

参考文献 「ブラを捨て、旅に出よう。」       歩(あゆむ)ゆりこ著


愛の歌

  箱舟

何者かが肩ごしに身を翻す
輝く瞳の揺籃期は
見るものすべてに意味があり
その意味を理解した
魚が蛇が、虻が、羽のある種族が――
花開き、萎れ、再び開花してゆく
極彩色に変化してゆく過程
巣箱をすり抜ける冷まじき風と
朽ちた落葉で出来た私達
反り返り宙をトンボ帰り
命長らえる瞬間に
素肌のあなたとわたし
あなたの白い胸に散る雀斑(そばかす)の数さえ
宇宙の星と繋がる
あなたは固有の匂いを纏い
赤い喉そのままの色彩で言葉は定着する
ここには隠された意味はない

あさまだき
闇の匂いが薄れ
夜の衣が剥がされてゆく
透明な青から しののめ あけぼの 明るい空へ
わたしたちはその場所に横たわり
はたして わたしは そこにいた
あなたが そこに いたからには
薄荷とメンソールの匂いが薄れ捲れてゆく
あなた自身も捲れ 
陽が差しこんでくる
朝が塗り替えた空に
小鳥は赤いワインのように落下する 
地上から高みへ
あなたの記憶が燃え上がらせるのだ
はたして わたしは そこにいる
あなたが そこに いたからには

春の歌を唄え 冬の歌を おお 大地よ 
愛の歌を唄おう 世界は美しい
そこにわたしはいる あなたの側にいる

春 雲は胸のあたり 半身を出し淡い色彩を歩く
夏 夜と朝の間で いまだ二人は砂に埋もれて
秋 海の底冷え 絡まる橙と青の静脈の毛糸 ほころびてゆくとき
冬 狼の横顔 馬の尻 あなたの歩く影 に雪が降る

愛の歌を唄え 世界は美しい おお 大地よ 海よ
そこにわたしはいる あなたの側にいる

足を水に浸し またあの場所にいる 海辺
浮かび上がる 光のなかへ 外へ あなたへ
あふれ 広がるものを前に 胸を張るものを前にして
注ぎたそう千粒の涙を 
こぼれるもの
幾億粒の砂より掘り出そう 言葉を 
あふれ こぼれるもの

わたしたちの子供が手を繋ぎ輪になって回る
風のなかの洗濯物のように
どの顔も膨らみ弾ける笑みで


遡及

  zero

僕は、僕たちは、みんなは、間違えてしまったのだ!
僕は、僕たちは、みんなは、失敗してしまったのだ!
僕は、僕たちは、みんなは、小鳥たちの声にさいなまれている。

そりゃー自信はありましたよ、根拠ですか? そんなもんなかったね。鏡があれば光を跳ね返しますよね。それと同じですよ。俺たちがいればどんなことでもやっていける。そりゃー不可能なことくらいあるとは思っていましたよ。宇宙にだって限界があるし、大体俺の体だってせいぜい身長180cmくらいだし!笑 それを超えることはできないよね。そんなのわかってたよ。俺の母ちゃんが俺の母ちゃんだってことと同じくらいわかってたね。まあでもわかるってことがくせもんでね、色んなわかり方があるじゃないですか、なんかあれっすよ、木の葉っぱがいつの間にか池の上に落ちてて、池がその表面で何か薄いものが接触したことを、寝ぼけ眼で感じる、くらいのわかり方でしたね。要するにわかることに他人が挟まってこなかったんですね。他人に視線を投射して、それが跳ね返ってきて、他人から声が届いて、その内容を混ぜ込んで、そういうのがなかった。なんか自分が自分の井戸みたいな感じで!笑 いやでも、間違えるってのは、なんか正解がほかにあるみたいな言い方じゃないですか。それちがうと思うんすよね。正解なんてどこにもないんじゃないんですか? あったら教えてくださいよ。だから本当はすべてが正解で、だから俺たちは、派手に間違えたと同時に、根本的に正しかったんですよ。間違えた! とか騒いでるとき、本当は間違えたなんて思っちゃいない。間違えた! って言葉は常に正しいし。でもあれなんすよ、自分を社会的な意味で殺すのって大事じゃないですか、社会とかいうわけのわからん法則体と比べて、そん中で間違えた! って叫ぶの重要じゃないですか。まず、自分にもう立ち直れないくらいの烙印押せますよね。これは自分をかたわにするくらいの衝撃ですよ。それに、社会に復讐できるじゃないですか。だって、社会の中で間違えたってことは、自分が社会と大きく食い違ったってことですよ。それは絶対社会の中へと跳ね返っていく。だから、俺は間違えた! って叫ぶ必要があるんすよね。それは、俺に非があるみたいだけど、自分が悪いってのを装って、同時に社会に対する異議申し立てをしてることになりませんかね? 俺と社会は違うんだよ、しかもそれは俺が社会を知らなかったわけじゃなくて、社会を内側に摂取したうえで、それでも違う、仕組みが違う、成り立ちが違う、そういう切実な叫びを発することなんですよ。いわば、相手に従順であることによる抵抗、相手を立てることによる復讐、それをやってるわけですね!笑

僕は、僕たちは、みんなは、不本意にも正しかった。


まどろみの空

  謝染はかなし

 
 閉じた空が小さく笑った
 どこで見たんだろうね
 鈍重なそれは黄ばんだ蝋で
 遠い面影は短く語った

 深くまで行っても剥がれたまま
 あるいは全て流れながら
 ふと躓きのなかに停止して
 あと僅かな髄液を吸って壊死している

 いつ抱かれるのか
 そんな淡い焦燥に駆られて
 丸めたはずの包装紙は褪せて

 井戸の底にじっと身を任せるほか
 空を許してやることが出来ないから
 まどろんだ幻をそっと風に蒔いた
 


親戚のひと

  山人

親戚の家に行く時は蒸気機関車に乗り、二つ目の駅で下車した。ひたすら砂利道を歩き、途中で山道に分け入った。薄暗い山道を息を切らして登っていくと、大きな杉林のある地獄坂と呼ばれる場所があり、そこを登りきると親戚の藁葺き屋根の家が見えてくるのだった。
 親戚の家には老犬だが、大型犬がいつも吼えていた。私はその犬が苦手で、外で祖母が来るまで待っていたのだった。玄関で何度か飛びつかれて泣いてしまったが、祖母は笑っていた気がする。今から思うと私が来たので犬は喜んでいたのだろう。
 祖母はガラガラ声でいつもクンクンと鼻を鳴らしている人だった。昔から肉体労働はしない人で、ひたすら家の中のあらゆるところを雑巾掛けして過ごしていた。だから古い囲炉裏付きの家だったけれど、そこらじゅうは磨かれていてピカピカだった。
 親戚の家には離れの小屋があった。そこには曾祖母がいた。離れの小屋に一人で住んでいて秘密基地みたいな小屋だった。曾祖母はとても小さくて、目が凹んでいて魔法使いのような人だったし、あまり話をした覚えもない。
曾祖母の小屋の横にヤギが飼われていて、葛の葉を持っていくととても喜んでぺりぺり食べていた。
ヤギの乳を飲め、と祖母が乳を搾ってくれて、良くそれを飲ませてもらった。少し青臭い乳だったけれどとてもコクがあって好きだった、でも、良くおならが出た。

 親戚の家には祖母の他に叔父と叔母がいた。性格も顔もあまり似ていない兄妹だったが、昔は戦争などのため、よくあることだと後から聞いた。
 叔父は軽自動車で格好つけて車を運転し、時々頭が痛くなるほどアイスを買ってきてくれた。一度に十個以上買ってきた。最初は美味しいけれどだんだん厭になってきて。でも叔父は、全部食えや、と無理やり食わせた。叔父のもてなしを断ることはできず我慢して食べた。
 叔母は未だ若かった。嫁に行きそびれていたのは少しお転婆っぽかったんだろうか、よく解らない。でもやっぱり活発で、バイクに乗っていたし、風を切っていた。叔母がバイクで花見に連れて行ってくれると言うので、バイクに乗せてもらった。祖母は心配して、右に曲がる時は左に体を傾けれ、とアドバイスしてくれたものだった。石だらけの土埃の上がる道を下っていくと、小さな発電所があり、桜並木があった。

 親戚の家は山の中の一軒家だった。
隣の部落の村祭りがあると、叔母は私を連れて懐中電灯を灯し山道を歩いていった。どこをどう通っていったのか、さっぱり解らなかったけれど、田圃の真ん中に小さな小さな鎮守様があり、太鼓を叩くやぐらがあって、明るい提灯がたくさんぶら下がっているお祭り広場にいた。知らない人の中で私だけが明るいところにぽつんと立っていた。叔母はニコニコしてどこかのお兄さんと仲良く話していた。


 月日がめくられると、昔のあの藁葺き屋根は壊され、叔父は小さな家を下の部落の端っこに建てた。叔母は遠いところに嫁に行き、クンクン鼻を鳴らす祖母と、ぶつぶついつも小言を言う叔父の二人だけとなった。
 いい年になった叔父もお嫁さんを貰った。コブ付だったけれどなんだか結構嬉しそうで、お嫁さんを車に乗せたりしてドライブしていた。
お嫁さんには大きい男の子が居たが、直ぐ居なくなった。
何年かして、叔父とお嫁さんの間に初めての女の子が出来てとても幸せそうだった。でも、お嫁さんはとても活発な人で、家の中でじっとしているのは嫌いだったから、いつも二人は喧嘩していたようだった。
 十年ほど経ち、また家の中は祖母と叔父だけになってしまったようだった。
それでも、叔父はいつもいつも小言を言い、文句を言い、何かを呪い、起きている時は怒っていた。
 ある日、叔父は田圃の作業中に畦で亡くなったそうだ。叔父はきっと、田圃で作業しながらも厭な事を考え、怒っていたんだろう。世の不条理を恨み、そして神様は一本の管に鋏を入れてしまったんだろう。叔父はカメムシのようにカラカラと死んでいったんだ、そう思った。
 祖母も大分生きたようだが、施設で死んだそうだ。

 猟期の最終日、私は親戚の家の手前辺りからカンジキをつけて歩いていた。親戚の家の位置には雪が覆い、真っ白に均された雪原となっている。親戚の家のうしろに大きな杉が何本かあり、小さな尾根になっている。この尾根のうしろを通り、叔母と山道を歩いて村祭りに行ったのだ。
 大きな杉の木から、初春の陽射しにくたびれた雪の塊が落ち、雪面には私の影が長くなり、セッケイカワゲラがおびただしく雪上を徘徊していた。

文学極道

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