文学極道 blog

文学極道の発起人・スタッフによるブログ

2009年3月選考雑感

2009-05-02 (土) 16:12 by a-hirakawa

今月も勉強になりました。
ありがとうございました。

今月は、

3417 : マザー  宮下倉庫 ('09/03/23 21:39:07 *1)

3423 : 「一条さんがやってくるわよ」  一条 ('09/03/30 01:12:03 *2) 

3427 : 給水塔  黒沢 ('09/03/31 00:14:15 *5) 

3377 : RJ45、鈴木、  一条 ('09/03/06 18:10:07 *1)
 
3373 : 種グマのヘンドリック  ミドリ ('09/03/06 00:03:51)

3428 : 海想癖  苺蝶 梓 ('09/03/31 03:46:10 *1)

3384 : 平原II  田崎 ('09/03/12 00:17:39)

3396 : 東京オールナイトの夜  がれき ('09/03/16 21:14:06)

3390 : 「市ヶ谷物語」  吉井 ('09/03/14 01:49:48)

3395 : 駅  鈴屋 ('09/03/16 19:44:22)

3376 : アノレキシア  ゆえづ ('09/03/06 09:19:09)

3381 : 馬の死  木下 ('09/03/09 23:46:54)

以上、12作品が月間優良作品に選出されました。

3417 : マザー  宮下倉庫 ('09/03/23 21:39:07 *1)
これまでの作者の作品とはまた少し異なり、スタイリッシュでありながら実存的で、浮遊した言語様式とは対極にある手触りのある体感的情感が印象的だ、という意見がありました。きっちりと進化してきている、素晴らしい、敬意を。内面を捨てて表層を追うこと徹する作品が多い中で内面も組み込むことに成功した、今もっとも先端にある作品なのではないか、という意見もありました。

3427 : 給水塔  黒沢 ('09/03/31 00:14:15 *5) 
隙間が開き過ぎだが、力作である熱量は確かに押し込まれてくる、という意見がありました。この給水塔はもう少しまとまったのではないか、という疑問が熱量の奥からにじんで来もする、あまり上手過ぎるということがない文章それぞれが、振れ幅を大きくしていて、そこが魅力に感じられる、という意見もありました。

3377 : RJ45、鈴木、  一条 ('09/03/06 18:10:07 *1)
毎回、変えてくる手が一条様式を高めていて、読後の一文が轢いていく力の大きさが昇華を確かにしている、という意見がありました。
 
3373 : 種グマのヘンドリック  ミドリ ('09/03/06 00:03:51)
書き様によってはどうしようもない下品な話になるのだろうけれども、飄々とふざけている筆致の見事さを思わさせられた、という意見がありました。切り取り方が上手い、意識のずらし方がアッケラカンと凄絶だ、という意見もありました。

3428 : 海想癖  苺蝶 梓 ('09/03/31 03:46:10 *1)
突いてくる言葉の一つひとつが過剰でないのに吸い上げられている点が面白い、タイトルのハードルの低さも良い、身体性を重ねているところと関係性を織り込んでいることで巧い具合に客観的になっているように感じる、素晴らしい、という意見がありました。もう一歩を思わせながら伸びていく足跡の確かさは今月一番だったのではないか、という意見もありました。

3396 : 東京オールナイトの夜  がれき ('09/03/16 21:14:06)
技巧のむっつりスケベさが実に立っている、という意見がありました。作者の作品は、選考の際にかなり意見が割れています。圧倒的に推すか全く推さないか、中間がありません。それは良いことだと思います。ガンガン書かれて欲しいです。

3390 : 「市ヶ谷物語」  吉井 ('09/03/14 01:49:48)
この作者は下ネタの挟み方が芸術的で誰にも真似できない知性と下衆な本能の狭間をキッシュに描く不思議さがあります。最後も上手いですし、黄色が想起させてくることの刺激を存分にはみ出してきています。もう少し遊びがあっても良いのではないか、という意見もありました。

3395 : 駅  鈴屋 ('09/03/16 19:44:22)
進化と呼ぶべきか大いなる過渡期と呼ぶべきか躊躇われる作品だが、悪くない、という意見がありました。作者の作品としては決して良い位置にあるとは言えないが、これだけ面白いところのあるものを、完璧な物に完璧でないところがある、というのもおかしな話なのかもしれない、という意見もありました。監督ばんざいを最高傑作とする人もいれば、しない人もいます。その中間にある中間の中間の中間感覚を思わせたのも事実です。もっと感情を壊させても良いのでは、この作品はこの作品で良質なのだけれども、という意見もありました。

3376 : アノレキシア  ゆえづ ('09/03/06 09:19:09)
今ひとつ、作文として足りないのだけれども、巧稚を超えて伝わるものがある素材のこなし方だ、という意見がありました。言葉が作者なので、引きずり込まれもするけれども、最後は少し直情が過ぎ、それは寄り添いたくなる直情の書き方ではなく、言葉選びの粗を極端に出してしまっている筆致に思える、という意見もありました。優劣は別にして、作者は確かに詩を書いているので選考委員内での評価は非常に高いです。

3381 : 馬の死  木下 ('09/03/09 23:46:54)
粗いが見まごうことなき詩だ、という意見がありました。引っかかるものは確かだが、今はまだそんなに形になっていないかもしれない、という意見もありました。作者の奥からの魅力を感じさせる作品なので、何作品か続けて読んでいきたい、これからも作者の作品を読み続けたい、という意見が賑わいました。これからも是非、よろしくお願いいたします。

さて、次点佳作作品について触れていこうと思います。

3398 : 帰還  ぱぱぱ・ららら ('09/03/18 17:27:09)
目新しい言葉は帰還兵以外ないけれどもエッジの効いた良作だ、という意見がありました。優良へと推す声もありました。
 「帰還」

 還ってきた
 帰還兵の
の「還」を最初に重なり合わせていることで三連目が心もとなくなってしまったのではないか、受け取りやすい巧さがある作品だけに勿体ないのではないか、という意見もありました。

3406 : ケセランパサラン  はなび ('09/03/20 00:06:15 *1)
エロさが陰美な方向ではなく傾き通していて、軽さとリズムと勢いと読みやすさとの狭間が上手い、巧くないところがまたよい、という意見がありました。

3383 : (無題)  CGあゆみ ('09/03/11 18:18:11)
原石的な良さがある、できれば優良にしたい、という意見もありました。それぞれの言葉は特に印象的ではないけれども、魅せ方によっては良作になる可能性はなきにしもあらずな作品だ、この書き方というのはポエムポエムしていて、それはそれのよさがあるけれども、まとめすぎている部分や、この文章、綴りを見て欲しい、という部分があからさまな点などが、どうしても削いでしまうように思えた、という意見もありました。思いつきやすい比喩なので構成の妙など、または破壊的なものを吸い込んだら柔らかく良質な作品を書く方向へ作者は変貌するのかもしれない、という意見もありました。

3405 : 朝の風景  ミドリ ('09/03/19 21:33:19)
抜いた肩の力がよい方向に働いた印象を受けた、という意見がありました。今までのスカシッ屁具合や寸止めに感じられていたところから、登場する者の背後を窺わさせる断片に移行していて、その部分の切り抜き方が調度よくなってきた作品に思える、という意見もありました。

3418 : un murmure ささやき  はなび ('09/03/24 23:06:21)
こんなどうでも良い詩がどうしてきちんと読めてしまうのか、これは凄いことなのではないのか、という意見がありました。作者にしては素直すぎるが、その分、最終連の素朴さが純に届いている、という意見もありました。落選でも良い、という意見もありました。

3413 : アポロ計画、以後  こんぶ ('09/03/21 19:39:52)
は、ダサくてダサい男子のダサいままのポエム臭が非常にダサくて素敵だと思え、バカだ、と思わせる素晴らしさが人間的で良いと感じました。伝えられていて、その伝えていることはとてもくだらないことなのですが、そのくだらなさがくだらない書き方と伴って、非常にダサいよい味を出していると感じました。

3402 : 胸のあつさも  草野大悟 ('09/03/19 00:00:16)
最初二連があることで、近作の一つしか読み方がない作品とは少し異なり良い位置に行けているように思える作品だ、そして最終連が、とても良質だ、という意見がありました。最初の二連が、草野さんの近作の視点と少し異なっても良い、多様性がある点描と、最終連の単一でありながら暴とする穏やかな柔和の感触であり、近作とは違った味わいがあって、作品の純なる良さを醸し出している、という意見もありました。

3388 : なまえ  寒月 ('09/03/14 00:03:03)
悪くはないけれども中途半端な印象を受ける、それは、最後の方がおろそかになりすぎているからだと思う、
 さみしいはいつか
 かならず電話するといってひとりで帰り
 愛はおばさんと一緒に仕事をしている

 その日会う 女の人に 花を買う
 名前と誕生をそえて
 赤い薔薇を渡し
 見つけてください
 あなたを見つけたように ぼくを

 初めて 声に出し なまえを
 言う
この三連に地下鉄や掃除、赤い薔薇をだすよりも、女性に電話を掛けたりと、何か仕掛けて欲しい、作者のやり方は間違ってはいない、その上でもう一歩丁寧に仕上げて欲しい、と感じる、という意見がありました。もう一歩先にいけたのではないか、名詞、形容詞の擬人化は詩の手法としてはかなりありふれたものだ、そこを真っ向から描く作者に何かもう一歩の期待を抱いてしまったのかもしれない、抱いても良いような作品内の好感触はあった、という意見もありました。

3424 : 前夜  泉ムジ ('09/03/30 06:01:41)
悪くない、巧い、けれども「喝采」などで既に見せた側面を緩やかに見せてしまっているのでイマイチ感が漂ってしまっているのではないか、という意見がありました。カップリング作品としてはかなり良い出来になるかもしれない、スタイルは良いので、もっと期待してしまった、内実が少し低めているかもしれない、という意見もありました。作品にも鮮度がある場合がある、この作品は少し出す時期を間違えたのではないか、この作品は本当に前夜に感じてしまった、という意見もありました。作者への期待値が高いため、厳しい意見が出たのかもしれません。あまり気にせずガンガン投稿されて欲しいです。

3420 : 火曜日の水死体  フリーター ('09/03/28 02:19:45)
悪くない、改行していないと少し読み手がだれるかな、という思いはあったけれども、最後の普通に終わってくれないところも含めて、これまでの作者の中では一番良い、という意見がありました。単純なつくりなので、強めの単語が強いまま働いているんだと思う、という意見もありました。

3412 : 秋  右肩 ('09/03/21 19:36:41)
右肩さんは力作をいつも投稿されていますね。右肩さんは自己と詩への合致の中でも、既視感とトリックを重視しすぎて、ひょっとしたら、もったいない場所へと傾きすぎなのではないか、預けすぎなのではないか、と突いているような気がします。悪くない作品だ、合評部分も非常に勉強になった、しかし皆、この作品の場合は、これ、という意思を持っていて、それが故に合評が盛り上がったような気がする、つまり、過去にあったものをそのまま足さずに引かずにやっているような作品にも思えた、皆もそう思っているように感じた、という意見もありました。

3387 : せつな  右肩 ('09/03/13 01:31:03)
悪くない、最後にやっと、どういう情景なのかもわかる詩、そこまで引き連れていくだけのものがある、という意見がありました。個人的には、右肩さんの長ったらしい作為があり過ぎる作品よりも、詩的にみたてていて、やはり仕掛けがあって作為に気づかされるこっちの作品の方がよほど良いような気がしました。

3392 : 夜の深浅  凪葉 ('09/03/14 23:39:01)
悪くはないと思うけれども、作者はもっと先に行っても良いのではないか、一連からどんどんトーンダウンしているのはいただけなかった、四連目をもう少し効かすために書いておいた方がよい断片があるのではないか、六連は無難過ぎないか、悪くないけれども、もっと進める印象だ、という意見がありました。

3374 : 09/03/05 23:34  294 ('09/03/06 00:52:34)
一気に読める、舞城王太郎的というか楽しめたけれども、最後の希望があってまとまりすぎているところは、あまりに作為的なものを感じる、最後何かもう一発欲しかった、意味なんてなくてよいと思うから、という意見がありました。

惜しくも選からは漏れましたが、その他、以下に挙げる作品が注目されていました。

3368 : 黄色い自転車  カスタネットUSA ('09/03/03 01:34:17)
こういうラブポエムbno
純度をもっと高めても良かったかもしれない、句読点や改行が効果的に思えない、それよりも良い内実があったので、そこをもっとはっきりと浮き立たせるように書いても良いように思えた、よいう意見がありました。

3403 : スクラップ・ベイビー  ゆえづ ('09/03/19 01:18:50) 
 あたしたちは産廃なんだって
は印象的だったが、その前に、
 発狂した姉ちゃんは言った
を持ってくるのは強い言葉で打ち消し合っているようにも感じられる、テンションで作者の言葉を見せていくことには興味深いものがあるが、
 あたしはスクラップ・ベイビー
は少し括りに弱いかな、と感じてしまう、という意見がありました。女の子の言語化されていない内心を文章にできているところが非常に面白かったが、理詰めというか、きちんとしすぎているような気がする、少女らしい破綻があると一皮も二皮も剥けるのではないか、という意見もありました。

3416 : 想い砂  破片 ('09/03/23 14:07:10)
後半は悪くなかったけれども、前半と中盤、意識的なのかそうでないのか、全く使いこなせていない言葉が咀嚼できていないままに浮いて存在している、その部分では作品が止まってしまっている、という意見がありました。もう少し素直な破片さんの作品を読みたい、という意見もありました。

3370 : 猫  びんじょうかもめ ('09/03/04 01:00:26)
跳躍し続ける暗喩は面白いのかもしれませんが結実していない、僅かな線で結ばれているようなはみ出しているような、書きたいことを書きすぎているような気がする、という意見がありました。

3366 : 親友へ  丸山雅史 ('09/03/02 00:56:05 *3)
最終連もう少し欲しい、一連の彼女を出すとか、全く格好良くないよさというか人間味というか、妄想なら格好良い存在に背丈を合わせたりしがちだが、妄想と解りながらダサい背丈に合わせていっている視点、目線のあり方の面白さが、ある、ように感じる、という意見がありました。

3380 : マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン  丸山雅史 ('09/03/09 00:17:47)
途中までとても良いとは言えない所がとても良い、最終連は最高必須に感じる、という意見がありました。

3393 : 早春の歌  はるらん ('09/03/14 23:55:46 *3)
作者の物語にはどうしてこうも体臭がないのだろうか、この方向性でいき続けるのであればリアリティに澄ますということは必須課題のように感じる、という意見がありました。

3386 : record_090225_0030-32@jisitsu.  藻朱 ('09/03/13 01:13:10)
こういうのもありだとは思う、わけわからない作品なわけだからわけわからないということはわけがわからない評価としてわけがわからないままにわけがわからないわけのわからなさをわけもわからずにわけをわからなせていくことに優れさせていくことがいつか、わけわかるのかもしれない、という意見がありました。

3415 : 「市ヶ谷物語」  吉井 ('09/03/23 00:29:43 *2)

3365 : ゼンマイ美女と黄金狐  Anonymous ('09/03/02 00:39:52)

以上です。

・年間選考雑感しばしお待ちください。

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バラード、他

2009-04-27 (月) 23:03 by ダーザイン

http://www.jiji.com/jc/a?g=afp_cul&k=20090420021981a
J・G・バラードが亡くなりました。

バラードは現代最大の作家だけれども、近作は駄作ばかりです。1980年の『無限会社』が最後の傑作じゃないかな。
その後にも、ボードリヤールと呼応し会うように書いた『21世紀のコロンブス』(ボードリヤールの『アメリカ』とハモッテいる)などで、現代性の探求は続けていましたが、本領を発揮していた60年代、70年代の作品には遠く及ばない劣化作品ばかりです。

なにか一作といわれても選べないなあ。
短編「終着の浜辺」「エニウエーク島へ飛ぶ我が夢」「時の声」「死亡した宇宙飛行士」
長編『結晶世界』『燃える世界』『沈んだ世界』『クラッシュ』『コンクリートの島』『残虐行為展覧会』、短編集『ヴァーミリオンサンズ』、、
ごく初期の単なるSF以外は60年代から1980の無限会社までは、全部読むべきだと思われ。
その20年間の間で、彼の作風は大きく変わります。だから、近作以外は、いろんな物を読んでもらいたい。
結晶世界などの初期破滅3部作はシュルラリスムの奥義を極めた美しいデカダン小説。
アンチロマンの極北であろう「終着の浜辺」、
『クラッシュ』『コンクリートの島』『死亡した宇宙飛行士』『残虐行為展覧会』などは、今でも現代文学の最前衛です。
バラードのあとに、彼を超える人間は一人もなし。

完璧に繊細な美文の連鎖『ヴァーミリオンサンズ』、
前衛現代詩の極北でもあろう『残虐行為展覧会』、
この両作品を読み比べてみて欲しい。
驚愕するような異才ぶりです。

メディア文学極道の創造大賞や殿堂入り者などは、J・G・バラードの本の横に並べられても恥ずかしくない文人たちが選ばれてきたと思う。
バラードの傑作短編とまーろっくさんの「カンチャンリルダの夜」が同じ雑誌に載っていても、カンチャンリルダの夜が引けを取ることはまったくない。
それだけ高いレベルを念頭に、毎年、各賞を選考しています。

話は変わるが、2chで何かのあおりを食らってアクセス制限をこうむり、文学極道トピックでの質問に答えられなくなっています。
Dさんが聞いている「一条さんが詩集を出しているかどうか」ですが、出しておりません。現況、ネットでしか一条さんの作品は読めません。
月刊未詳24にも、鈴木名義で作品があります。
一条さんは至急詩集を出すべきだと思われ。

また、名無しさんが聞いている、狼13号文学極道特集は増刷しないのかという件ですが、近々、小部数ですが増刷される予定です。
その際は告知します。

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3月分優良作品・次点佳作発表

2009-04-21 (火) 21:13 by 文学極道スタッフ

2009年3月分優良作品・次点佳作発表になりました。

年間選評についてはもう少々お待ちください。

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ピクルスさん発起人に就任

2009-04-20 (月) 21:54 by ダーザイン

月刊未詳24のピクルスさんが文学極道の発起人に就任してくださいました。
また、平川綾真智さんに文学極道代表代行に就任していただきました。

ピクルスさん、平川さん、発起人の皆様、投稿者の皆様、これからもよろしくお願いいたします。

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ダーザイン年間選評1

2009-04-02 (木) 20:41 by ダーザイン

1.黒沢さんについて

「今なら分る、私が視ていたのは闇ではなく輝きだ。」by 黒沢「馬頭星雲」

「男がひとり、振り返って虚無を見た」 by ベンダース『ベルリン天使の歌』

 女の水死体の美しさについてバロックの絢爛たる装飾を施して思いをめぐらし、街灯の下の自身の影は、遠い星間物質に照らされているのだよと、
永遠の相を、失われた牧歌を(最初からありもしない牧歌を)、無の光り輝く面でしか歌えない、卵細胞の完全なシンメトリーを失った存在者。帰郷する場所は予め無く、どこにいても仮の住まいで、寄る辺なき流れにオフェーリアは漂い、星間物質を縁取る明るみ(それは息吹か? 煌びやかな死の装具か?)が、照射しつつ、遠ざかっていく。

 ふと、後ろを振り向いて、虚無を見てしまった者の眼差しで。
 かつて、経済大国であった、この破綻都市の一隅で、今更遅いがネオリベ施政に抗して、大陸から来る偏西風がダイオキシン交じりの黄砂を降らせる空に星明りはなく、偽物の空の向こうに暗黒星雲を幻視しようと試みつつ、失業者のように公園に転がって、打ちつける雨に打たれ(そのような心象を抱きながら会社の取引先の連中と宵越しの酒を飲み)、旦那の替わりに不安と直面している「心の弱い妻」を怒鳴りつけ、鏡を見ると、やはり、暗黒星雲が、黒々と渦巻いているのだ。死の恐怖で鞭打たねばならない虚無が。

「星々が退潮する。」by 黒沢「馬頭星雲」

 星々は、赤方偏移しながら遠ざかっていく。宇宙の熱死の方へと。

 人間力で創造大賞を勝ち取った感のある黒沢さんですが、文章の流麗さ、ということでは、幾らでも精進できると思います。
 タンジェリン・ドリームなどのアンビエントミュージックを想起させる美しさを醸しだしていることすらもあるのだから、尚、そう思う。
 これからも、大きな期待を抱かせて頂ける詩人です。

2.ぱぱぱ・らららさんいついて

 軽妙? ポップ? そして、切れ味。特に感銘を受けたのは、「海、そしてまた海」「宛先人不明」だが、他の作品も皆良かった。
「海、そしてまた海」についてだが、何故海について一筆描写しないのかなと思った。海そのものではなくて、海辺の諸事を描くことによって海を浮かび上がらせる手法で。明らかに、かなり書ける人だと思うのだが、敢えて書かないかったのだろう。存在の耐え難い軽さ、じゃなくて、リアルの耐えられないこともない軽さで、ぱぱぱ・らららさんの筆は、空虚を現前させる。そしてリアルを現前させる。氏はどこかでベケットを引き合いに出していたが、そういう辛気臭くて得るもののない文章ではない。無いと語られている言葉の背後に、哀しみや温もりが垣間見え、或いは、大文字の背後に息づく人が見え、読後感が良い。リアルなんてこんなものだ、というニヒリズムだけではない、体温を感じた。

3.泉ムジさんいついて

 21世紀新鋭詩文学グランドチャンピオン決定戦にあるにゃん太郎の詩「でたらめ」がとても好きなのですが、ここにはないので、選考対象外です。
文学極道にある詩ですが、「autumn」の、何度も読み返したくなる、精緻な筆、美しいイメージの連鎖。人の、日の、移ろい。夏の終わりの気だるさ、あのスローモーションのように濃密な季節が実に上手く描かれていて、みごとであった。ひとつの季節の中に、友人だか、過去の彼だかの記憶が時間軸を作って挿入され、作品に歴史性をもたらしている。

「路上に仰向けで少しずつ
死んでいくふりをする私は
半ば狂って
いるだろうか/友人よ」

傾斜していく季節の中で、廃滅の予兆、或いは憧憬と、
以下のような優しい時間、健全で暖かい思い、相反する物のタペストリーの織り込み具合が実に見事である。

「コップに秋桜を灯し
見惚れ/きっと明日も美しい
子供が生まれたという
友人の葉書へ
今度私にも抱かせてくれと
向日葵の種子を添えた返事を書く」

また、無題シリーズや「神様」の可愛い暴力。変なことが書いてあっても、自虐的でもネガティブでもまったくない。
 そう、実にスタイリッシュでキュートなんだ、なにを書いてもこの人は。ありきたりじゃない癒し系とでもいうのかな。
 今、もっとも鮮度のある書き手のひとりだと思う。どんどん新作を書いてもらいたいです。

4.いかいか さんについて

「星遊び」ですが、文学極道発起から4年、数々の大作を読んできましたが、これも、それら大作のひとつに加わるべき作品だと思いました。生の強度。これは常々、口をすっぱくして私が言っている事柄のひとつですが、この作品はとても実存論的な詩です。
 以前、どこかで、いかいか氏が、
「たぶん、俺はすごく否定的な形でしか物事を語れない人間だから、それは実際のところ自分の身体の欠落の問題へと直結しているわけで、(あぁ、身体と身体性を混合している可能性があるな)身体に閉じ込められた精神でもなんでもいいが、それがいやおうなしに、痛みや苦痛を訴えるという現実を俺は否定することができない。その確信からしか俺は何かを書くことや、語ることができない」と語っていましたが、私詩を嫌い、世界性という言葉を旗に掲げる私であっても、キーを打つ指の発端は同じであり、痛みだ。そこから、リスカ詩人などの痛いポエマーではなくて、世界性を持った言語を獲得する挑戦が詩行であり、文学である。己自身に根ざさない世界などナンセンスであり、世界に根ざさない己も無い。
 いかいか氏のこの作品は、散りばめられた帰郷の幻影と対峙する一人の男を、前半はシンボリックに謎めいて、後半は畳み掛けるようなスピードで記された、断続的、そして連続的継起の、血を滴らせながらも、漢らしい、投げっぱなしジャーマンスープレックスの連発である。これは、ジョイディビジョンのイアン・カーチスが、実存哲学ハードボイルドに開眼して湿っぽくなくなったような潔さであり、大変、感銘を受けた。
 わざと落選するような作品を投稿して、場を撹乱する意図を見せることもあるいかいか氏だが、この作品は凄い。鉈のように重くて鋭い。登山道のろくに無い日高山脈に分け入る登山家が藪をこいだり、寝床を確保したり、熊に備えるでかい鉈。山登りには二種類の人間がいて、一方は山岳会や観光業者に連れて行ってもらう行列登山。もう一方は厳冬期にも単独行をする人間だ。魂と命を削って登山をしているのは無論後者の方で(代一連の呪い)、はるか彼方へ、はるか彼方へ、我発見せり! と叫びうる凄絶な美を味わう特権的な瞬間のために、長い年月身体を酷使し、雪崩に飲まれ、或いは滑落して落命、膝や腰をぼろぼろにして、後に食っていくこともままならない人生となる極道者が、全ての沢すじを詰めようと、未だに登攀記録の無い巨大な岸壁の沢に取り付いてきたんだ。いかいかよ、ザイルはつけているのか? 僅か数株のブッシュに命を預けて(「星へ上がらない、まじないを、」)、登山家の鉈は己の生を叩き切る。繰り返し切断し、接続し、切断することによって生の連続性を確認する実に精神衛生上かんばしくない己に対する暴力的な振る舞いである。スタイリッシュな文体の奥底に過度の自虐がないか、ザイルと共に点検する必要があるかもしれない。大変な強度のある文体なのだが、通常こういう強度は精神衛生保安上良くないからね。
 文学極道は保健所ではないが、今年は是非、創造大賞を狙って、王道を歩んでもらいたい。

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