#目次

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2009年03月分

月間優良作品 (投稿日時順)

次点佳作 (投稿日時順)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


種グマのヘンドリック

  ミドリ


妹が妊娠したんだ

リビングで毛づくろいをしていたヘンドリックが
突然そう言ったので
ぼくはビックリして振り返った

おまえ妹が居たのか?
いちゃ悪いのかよ
悪かないけど
そんな話一度も訊いたことがないぞ
昔モデルとかしてたんだけどな

ヘンドリックは少し自慢気に言った

会いたいか?
会いたいっておまえの妹だろ?

素直に会いたいって言えばいいんだよ
おまえ今モデルってとこに食付いたろ?
大体 顔を見ればわかるよ
目がエロいもんな

妊娠って一人じゃできないよな?
まぁ 普通はな
相手の男は?結婚してるのか?

      ∞

夏至を過ぎた
6月の末頃の話だ
喫茶店で待ち合わせたぼくらは
エアコンの壊れた喫茶店で
アメリカンを注文し終えると
スポーツ新聞をひらいた

今年はジャイアンツが独走だな
舌打ちしながら
ヘンドリックは呟くように言った

ぼくは時間が気になり
しきりに腕時計に目をやったが
彼女が姿を現すはずもなく
それもそのはずだ
ぼくらは約束の時間の2時間も前に
この喫茶店に着いたのだから

ヘンドリックは新聞の風俗欄を
小マメにチェックしていた
時々彼が そんな店に出入りしていることは
知っていたが
なんだってこんな時にまで!
ぼくは激しく憤りをおぼえ
ガン!っと席を立った

鼻くそをほじりながらヘンドリックは
間抜けな顔をしてぼくを見上げると

どうした?しっこか?
などと言うので
ぼくは言った

ああ しっこだ!
ついでにクソもしてくる!

ちゃんと拭いてこいよ
時々湯船に実が浮いてることがあるからな
世話焼かせんなよ
などとふてぶてしく言った

       ∞

約束の時間の
午前11時になると
背の高い男が現れた

店内をしばらく見渡すと
こちらをギュッと見つめて
躊躇なく向かってきた
怒気を含んだ顔に
殺気がみなぎっているのがわかった

ぼくらは身構えた

ヘンドリックってのはそのクマ公かァ あんッ?
失礼じゃないですか 自己紹介もなしに
ぼくはふたりの間に割って入った

男は少し冷静になり
悪かったな 坊や
そこどきな
そう言ってぼくの肩をガツンっと押した

そして男はヘンドリックの胸倉をガッと掴むと
こう言った

おまえかァ?
俺の嫁に手を出して
孕ました変態っていうのは アンっ?

まさかとは思うが
ヘンドリックは
時々そういうことを
やりかねない男だった


アノレキシア

  ゆえづ

浜辺には灰色の流木が転がっている
ひょろりといびつな形をした
いやそれは私だった
私はじっと横たわったまま
誰かが抱き起こしてくれるだろうと
ただ待っていた夢の中

窓の外では野良猫がえずいている
ゴミ袋を突くカラスを見て
その声に目覚めるとまた金縛り
差し込む夕陽が病室を焼く
壁から不意にずり落ちる掛け鏡
ふと気配を感じ横目で確認すると
窓際にひとがたをした流木が立っている
24インチのジーンズを履いたそれには
よく見ると足がなかった
「だって死んでいると温かい」
ベッド下に捨てられたふくらはぎを拾って
手足をかくりかくりと鳴らしながら
流木は冷蔵庫の方へ向かった
針が同じ時刻をなぞるばかりの
電池の切れたアナログ時計のように
かくりかくりと奇妙なリズムを刻み
冷蔵庫のミルク瓶を手に流木はやって来る
そして乱暴にパジャマの胸元を掴み上げると
拒絶する喉へミルクを流し込んだ
そこで私は再び眠りに落ちる

ずきずきと収縮する病室は腫れたようなオレンジ色
テーブルにはホイップまみれのバスタオルが
また床にはごっそり抜け落ちた頭髪と見覚えのない錠剤
それから私のものらしき顔がばらまかれ
時間も何もが剥がれ飛んでゆくのを
やはり私は横たわったまま見ていた
目覚めても鼓動は遠いさざ波を奏でている

面会にやってきた父親は
私に冷ややかな一瞥をくれると
ソファーに万札をひらりと落とし
そそくさと病院を後にした
一枚きりの万札をベッドの中で握りしめ
何もなかったかのように死ねたらいい
できれば私は私に戻りたい
昼は学校でフツーに笑い
夜になれば脂臭い街へ踊りにゆく
ありふれたフツーの女の子に


RJ45、鈴木、

  一条



わたしは新聞紙で人数分の兜をこしらえてみんなの頭にかぶせた、なんかスイ
カ割りでも始めちゃう気っすかと言って鈴木は兜の位置を今っぽく整えた、お
父さんも興味がなかったりあったりなんかしてとRJ45に言われてわたしは、今
っぽく赤面したが、RJ45にはわたしの思うところの今っぽさが伝わらなかった
ようだ



スペースシャトルが打ち上げられる時間になるとみんなが空を見上げていた、
ななじななふん、だけども、うちゅうがどこにあるのかだれもしらない、



あたいは鈴木のことがすごく好きだよ、汚物にまみれても鈴木を見てると胸が
クソになるくらいときめいて鈴木がなしじゃ到底やっていけないって本気で思
えてくるんだ、そんで鈴木に会えない日は「鈴木がなし」ってパソコンで入力
して画面に浮かび上がる鈴木をずっと見ているんだ、そうやってるとまるで鈴
木がそこにいるみたいで鈴木に話しかけたくなって、




娘が連れてきた男はとんでもなかった、妻は台所でキッチンをして義兄はいっ
ぱしの男を夢見てあれやこれやをいじっている、はじめまして、鈴木と申しま
す、外資系の証券会社でトレーダーやってまーす、ブルーンバーグの端末すげ
え並べちゃってますよデスクに、



あたいはそれで大きな小窓を作った、先っちょがとんがってて何よりも鋭いの、
その小窓から外を眺めると祖父でも祖母でもない人たちのオバケが声をそろえ
てソーファーソーファーってなかよく歌っている、なるほど歌声には生きてる
も死んでるも関係ない、それにしたってソーファーソーファーと繰り返すだけ
の歌をああやってずっと歌っているのはオバケだからやれるんだ、なんてタイ
トルの歌なのかしら、あたいだって近頃はうまく暮らしてるんだから、あんな
歌を歌うくらいいちころよ、ソーファーソーファー、ほらね



  音楽作って金稼いでモデルと結婚しよう
  そんでパリに越してヘロイン打ってスターとファックしよう
                           Time to Pretend



鈴木ってありふれた名前だしわたしは鈴木をRJ45と呼んでみようかなと思って
いるんだ、わたしがRJ45と呼ぶからといっておまえは今までどおり鈴木で通せ
ばいいし、RJ45が気に入ったなら気兼ねなくRJ45と呼んだっていい




あたいはボストンバックにありったけの下着を詰め込んだ、だれだってロード
ムービーみたいな旅をしたい



でもね鈴木あたいも近頃詩を書いてるんだよ鈴木が書いてたみたいに鈴木のま
ねをして詩を書いてるんだ、なんで詩を書きたくなったのかわかんないけど鈴
木の詩を読んで単純に泣けてきたんだよあたいも鈴木みたいな詩を書いてあた
いの詩が誰かをあたいみたいに泣かせることができたらいいなって鈴木に話し
かけたんだでもね鈴木あたい唐突だけど、



テレビは小春日和だかの特集で芸能人が秋葉原で起きた事件を神妙な顔で読み
上げている、妻は押し黙って義兄となにかはじめるようだ、まあ、それくらい
わたしたちの目の前に現れたこの鈴木って男ときたら



なながつななにちにたなばたつめがあたいが詰め忘れた一枚の下着のほつれを
機織りで補修している、あたいは出来上がるのをそばで待って、知らないうち
に眠ってしまった、機織りの音が鳴り止むと、あたいは目を覚まし、下着がす
っかり元通りになっていた




あたいは鈴木とつまるところで恋人っぽく抱き合った、鈴木はがらにもなく照
れてあたいは幸せだった、あしたはあたいが生まれた日だよって言うと、鈴木
は恥ずかしそうに笑った、なんでそこで恥ずかしがるのよとあたいは鈴木を問
い詰めた



  なんにも経験していない青春時代を思う
  ばかばかしくて楽しかった そんでとても素敵で若かった
                             Salad Days



その時間になると、みんなで空を見上げた、あたいはそわそわして鈴木もそわ
そわした、ねえねえそれって降りてくるのそれとも。妻は義兄のそばを離れな
かったけれど、わたしに言わせればそんなことはどうでもいい。みんながわた
しのこしらえた兜をまだかぶってくれているのだ、


トントン、トントン、トントトン、




あたいは元通りになった下着もボストンバックに詰め込んで家を出た、鈴木は
あいにく待ち合わせ場所には来なかったけど、あたいはいつも理由もなく幸せ
だった、だけど、死ぬかもよってだれかに言われたら死にたくなくなくない?


馬の死

  木下

窓を開けっ放しにすると馬が入ってくるぞ
と、生前祖父はよく言っていた
私にはその意味がわからず、
祖父もまた同様だった

ただ一点だけ見つめることを強要された
猿の人形と目が合い
大きな掌でコンマを打った
ビンタを受けた私は一滴の、
冬の海だったかも知れない
子供たちの賛美歌が
聞こえたと思い振り返ると
パズルでできた祖父が居る
あの日、完成した祖父は
ピンセットの先で最後のなぞなぞに答えられず
いとも簡単に崩れてしまった
部屋中に散らばる祖父、
時間を受け入れられず精子のように中空を泳ぐ
私の瞳に触れる精子
くしゃみ

テーブルクロスに落ちた染みから
或いはトンネルの向こうから
深い闇が馬の頭を持って吹きだしてくる
一頭、また一頭
私の体に増える黒い穴
午後の片側が真っ黒に染められて
もう片側は隠れていた子供たちで埋まった
一人の子がホームシックにかかると
ドミノ倒しになって子供たちは皆裏返ってしまった
その上を黒馬たちが駈けてゆく、
世界と握手した時から
その時から海は戦慄いて
あなたの大切なものまで
全部、裏返してしまいそう

チェス盤の上で巨大な手が黒のナイトを配置する
黒のナイトは動物的に悲鳴を上げた

あの日ーー
必要とされて
今はもう、居ない、
あの日何度も死なせてしまった
私の影が、私の為に、どこまでも走ってくれたあの日の私たちが
手の中で、冷たくなってゆく、うっすら見開いた
穴の外から見た、ループ、
腰を振る
歯車が廻る
決、して暴かれることない、塊それは、
柔らかな心臓のように、万力の中、で潰される
心臓のように
これから馬は、また私に殺され、る
日が来て、新しい私を、貴方のように
何度も、
何度も、
生かしてゆく

雨脚が途絶え、空に一瞬の光が走った時、
雷では無かった
黒馬は白のナイトに囲まれていて
いとも簡単に白く、塗りつぶされてしまった
足もとに溜まった白い感触
雨の洗礼でテーブルは水浸しに
馬はこの世に
生まれてしまう
風景はいっそう女性的に迫ってくるのに
配置された私は一匹の
動物の剥製だった


平原II

  田崎



それはたとえばたいりょうの膿をたたえたみちひ
きだった、へいめんをいくたびかひるがえしなが
らすみわたるひとしずくがある、つらなりはたじ
ゅうにすがたをかさねながらはじらう振動をあめ
のおとのとおくにおいておいて、てでふれればい
っしゅんでりょうかいする

だから、いったいのひかりがまだだれにもふまれ
ずにいるそのうえで、かぜは可逆てきにことばへ
移そうするからふりしきるそれらをいつまでもか
ぞえおえることができないでいて、同時性とはあ
いはんするものの輪郭線をかさねることでぬりつ
ぶしていくから、うれしいもののよりぜんたいの
輪郭線をおおきくえがこうとするくさはそのせい
ちょうをとめた、だからまたわずかなむしがすっ
とあせたいろで消失するさいしみでるたねがくみ
こまれていく

だれがそしてなにがいたそしているのだろう、き
つねのようないきものがかおをつねにへんかさせ
ながらぶれていくそのパルスのようなノイズを、
いつのまにかじょうげにぶんりしたやわらかなじ
めんの流動のくりかえしが転調をふくませた通奏
低音へとかえていくから、いつかかわることをわ
すれるくらいの等比的なげんそくで単位音へひき
のばされるそれをけいそくできないじかんののち
にあるしゅんかんにおいて遷移させようとする

うみのおとがきこえるからわたしはどこにもいら
れない、くうかんの圧縮と伸張がふうけいをおり
まげるのでわずかなみずさえひかってみえる、ゆ
れるくさはわたしのせなかよりずっとうしろに焦
点をあてててをふっているようにみえる、たいよ
うはみあたらないのにあかるさはわずかずつへん
かしてあかるくなったりくらくなったりするもの
のここはずっとまひるにみえる、いくつかのくさ
がわたしのふくのきれはしであるようにみえる、
わたしがどこにいるかはもんだいではない

ここでよみあげられるかずはすべてじゅんばんを
みうしなうから、きりがでてくればふちゃくした
かずがかぜにしたがい配置をかえてなんらかのも
ようがえがかれつづける、それをかずいがいのも
のでけいそくしなければならないから、あらゆる
ものがべつのものとしてあるここで、こきゅうで
はないこきゅうをして、みえるものとみえないも
のと、くさにうつるとりどりのひかりをみていた


「市ヶ谷物語」

  吉井


(一)

どこまでも黄色い石畳を歩いていた。腫れた上唇した少女に会うために袈裟を
新調した僧侶と何度も何度もすれ違った。

(二)

黄色い建物。東京エデタースクールの二階から見える外堀にはシュプレヒコー
ルとレディースの爆音が流れ夕暮れの七時半がリピートしている。

(三)

もげたブーツが薄い液体に浸っていた。マンホールの天井で冬眠している成虫
になりかけた蝶の燐粉がくるぶしに溜まって発光している。

(四)

マドラス柄のマフラーをしていた。いつも市ヶ谷の駅のホームの点字ブロック
の上に立って僕の視線をうなじで吸収して耳元を少しだけ肌蹴ていた。

(五)

ぼくは飛び乗った。きみは押されて人並みに埋もれきみと僕は同じぐらいの背
丈だったからほとんど唇が触れあうほどに見つめあった。

(六)

僕が放った黄色い矢はきっと何かを射抜いたに違いなかった。大雪の榛名山ま
で馬肉を取りに行ったきみの唾液はとても苦かったから。

(七)

寒い国から来たスパイのように英語でアクメを感じるきみがいる。G海綿体から
ポルチオにかけて僕のスノーボードを滑らせようと思う。

(八)

よゆうあるあそびがしたいの。まどべでかみをすくうきみのけんこうをそこねた
はだのしるえっとをみたよくじつぼくはせんろをはしった。


  鈴屋

 郊外へ向かう電車に乗っている。街が河のように流れていく。どこへいくのかは考えていない。仕事は休んだ。朝、始業前に会社に電話を入れると、林崎久仁子が出た。「風邪だと思う、熱がひかない」と理由を告げてから同僚への連絡事項をたのんだ。「お大事にいぃ〜」と語尾を流しながら切られた。
 川を渡る。車輌の床を鉄橋の柱の影がジグザグによぎる。川面で無数の光の粒が踊っているのが見える。やがて人家がまばらになり畑や森が目立ってくる。風邪などひいていないが、座席に深く座り襟を立て、風邪ひきの気分にひたってみる。 
 
 田園地帯が続いている。停車するたびに靴がぱらぱらと舗石の上に降りていく。もう昼を回った頃か?昼食後の林崎は工場の裏手の日溜りでメンソールタバコを喫っていることだろう。林崎か、人の視線を無視する女だ。丘陵の連なりが見えてくる。狐の嫁入りだ、日差しの中に雨が混じる。野山の緑がゴムびきのようにぬらぬら光っている。遠くの尾根にぽつんと立っている送電塔がけぶっている。いったいこの電車はどこまで行くのだろう、かまいはしないが・・・。
 
 *

 プラットホームに降り立ち自販機で桃のネクターを買って飲む。雨はやんでいる。缶に口をつけたまま空を仰ぐ。日はどの辺にあるのか、雲の隙間の明るみがあちこちで蠢いている。私が乗ってきたエンジ色の電車がプンッと警笛をならし、私を残して出発してしまった。テールランプが左にカーブして見えなくなった。ひとつ隔てたホームに停まっていたカラシ色の電車が動き出し、アーチの橋を渡り草ぼうぼうの丘のむこうへのめりこむように消えていった。頭上では高架線が斜めに交差している。そこを突然明るいクリーム色の特急列車が流れる帯のように通過して、すぐトンネルに吸い込まれる。隣のトンネルから同じクリーム色の特急列車が飛び出してきて反対方向へ通過していく。プラットホームや駅舎は四角い筒型の跨線橋や通路で連絡され、斜めだったり水平だったり捩れていたり、いったいどこをどう行けばいいのか複雑に絡み合っている。エンジ色とカラシ色とクリーム色の電車が激しく行ったり来たりしている。
 
 ホームのふちまで歩を進めて下を窺うと、線路の向こうは眩暈がしそうな深い峡谷だ。白い糸くずのような谷川が見える。山の中腹から山肌に沿って二本の太い管が谷川の四角い箱型の施設まで下っている。水力発電所だ。眼下で一羽、茶褐色の鳥が翼を張ったままゆっくり旋回している。足許を冷たい風がすくう。ようやく私は踵を返す。
 峡谷の反対側は二つ向こうのプラットホームからいきなり険しい断崖が聳えている。その崖の上、暗い雲におおわれた空を背景に一軒屋が建っている。そのひとつの窓に私が住んでいるのが見えた。
 
 *

 はじめ私はここに一人で住んでいるのだとばかり思っていた。襖を足先で開けて、缶ビールを両手に林崎久仁子が入ってきたとき「ああ、そう、そうだったんだ、私たちはここで暮らしていたんだ」と納得し、それはすぐ普通になった。
 私たちは缶ビールを片手に窓際に座り、ゆっくりと変化していく雲や向かいの山岳や眼下の駅を眺めた。もう夕方と呼ぶべき時刻なのか、雲のふちが黄ばんでいた。身を乗り出して真下の崖を覗くとざわざわと蠢くものがある。蔦が生長しているのだった。あちこちで赤っぽい芽が上へ上へと虚空をまさぐり揺れている。それに連れて夥しい数の葉が星を半分に割ったような形ににらにらと開き、壁面を隙間なく埋めていく。じきにこの窓にもとどくだろう。「気持ちわるい」と私がいうと、久仁子は「なにも」と答えた。私は久仁子の肩を引き寄せ押し倒した。ビールが畳にこぼれた。仰向けの久仁子は窓の外の薄闇を横目で眺めていた。 
 私たちは畳の上でじかにセックスした。考えてみれば私たちはこの家でセックスばかりしてきたのだった。セックスしているとき久仁子は真っ暗な空洞だった。その空洞の中にいて私は、これからもこの崖の上の粗末な一軒屋で林崎久仁子とともに暮らし、そして生涯を終えるのだろう、と思った。悪くはなかった。
 


東京オールナイトの夜

  がれき


即物的に青い
フィリピンのおんなどもを晒しものにしたい

交叉点のモヤに襲われ
はっきりしないネオンの闇を思い迷ったのだが
上野公園の
不忍池ノ上空ダケが暗いのに気付いた
取材ですか、
いいえ、ナニです、
22:00からも閉店されない
裏にあたる艶っぽいガラス張りの向こうを見よ
アルバイターの呼吸法!
口をあけたポリエチレンのごみ箱をほっとして覗き
ふらふら、して
東京の夜の湿度はたかいのだろうとビルの表示を見上げた
長距離道路では
トラック運転手が臭いだろうと思った

いやらしいカメラマンですか、
歴史的ではなく大口男が必ず存在すると考えた
湾が遠い
首都の隅田川も遠い
荒川がもっと遠くで浅草を流れていた
いいえ、
サンドイッチ、マンです、
大口男がきっと存在するに違いないと考えた
次々と
なまあたたかいフラッシュ
出口に大口男?
地下の下水路に耳を側だてざらざら擦り付けていたが
かなりして、てつの板だけ
見付けると引き剥がした
タクシィー!と、どこかの長男が決め付けた

湿り、か汚れ
卵色の泡がちいさく締まった
東京オールナイトの夜
オール、
フィリピン!、

とび出た頬骨を狙ってサンドイッチ、マンのように歩き始め
大口男はどこですか、

のっぽな駅員に向け歩み寄ったのだ


マザー

  宮下倉庫



まばらに
するとよくみえる
僕たちは引越をした
線と線の重なりを逃れ
点描で溢れる
モザイクの町に


階段や坂道を
登ってばかりいた
たとえではなく
公団の五階で育ち
学校はいつも丘の上にあった
西向きの部屋に
角度のない陽が射し
よこたわる母は薄目をひらく
鉄錆色に染まる
手のひら
まばらだった記憶も、今は
新しい住宅地のように整備され
密集し
貧しく充足している


たどっていく
古い軒先や踏切
重層のマンションが混在する町
下りた遮断機に
指折って
数えられるものを数え
白い私鉄がひとつか
ふたつ程度ゆきすぎ
そのたびに
また一から数えなおし
数えていたものを忘れる


若い母親が
線路沿いの道に
ひさしのある
ベビーカーを押していく
赤ん坊は寝いっているのだろう
僕は娘と手をつないで
名づける、という行為の
傲慢さについて
答えられないでいる

「肝臓が、ね
 もうだめなんだって
 でも落ちこんでないから」

それでも
人の名を呼ぶ
まだ、顔を向けるだけの
淡いほねぐみ
人を呼ぶ声、僕たちの午後
僕たちの授受




 途切れたものは
 思い出せないから
 僕の記憶を
 浚ってほしい
 でなければ
 また一から指折って
 数えなおして
 その程度に貧しく
 充足できる
 その程度に
 貧しく充足するために
 くり返したどって
 ゆきすぎるをみおくれば
 遮断機は上がる



  ( ゆるくほどける線と
    線と、マザー
    人を呼ぶ声
    薄ぐらい部屋に、目を覚ました )




モザイクの
町からのびる線路が
肝臓、を
つらぬくなら
僕はくだりのそれに
飛び乗って
まばらに
したらよくみえて
ベビーカーは残照の坂道に
さしかかって

 


「一条さんがやってくるわよ」

  一条



女は水しぶきに消える、まだ見失っていない、ぼくたちは手をはなさずに唇をゆ
るめていた、カモメに似ている鳥が三列になって風を切る、海の上の鳥影はシロ
くもクロくもない、水揚げを終えた漁船が波止場をはなれ、海面に浮かぶおこぼ
れに群がっている、ぼくたちは堤防に並び、真上後方からの陽に射される、鳥は
警戒しながらきれいな目つきで海を見ている、岸壁のコケを食べる宇宙人のよう
なクラゲが、女性器の割れ目を縦に開いて、体を回転させながら身悶えていた、
鳥は突然立ち上がり、風切羽を直角に構え、飛び立った、枯れ枝を手にした子供
が、割れ目を先端で突付きながら、何度も頭を震っている、女は海に飛び込み、
海の底で三列になる、カモメに似ている鳥が空中で痙攣をしながら、ぼくは真上
後方に移動している宇宙人のようなクラゲの女性器に息を吹きかけて知り尽くし
た目つきで海を見ているシロくもクロくもない水揚げされた漁船のおこぼれを子
供に分け与え岸壁からはなれながらしつこく突付いている、女は飛び、ぼくと堤
防に並んで、金色の光線に射抜かれた鳥が赤い空にあまねく浮かんでいる海の底
から無存在の鳴き声が聴こえる、




ぼくは、四辻で口裂け女に出会った、女は裂けた口を痛がる様子もなかった、今
日は、どんな日なのかわからなかった、夕方になると買い物に出掛けて、親に渡
された今日の献立が記されたメモ用紙を使って女に向けて手紙を書いた、手紙を
書き終えて女に手渡すと、女は何も言わずにいなくなった、そっちに向かうとき
っと何かがあるんだろう、きっと何かいいことがあるんだろうと思った、ヒトは
時にそういう事件に運悪く巻き込まれてしまうんだよ、ぼくは、おおむねそうい
うことを女の手紙に書いたに違いない、気が向くと決まってぼくは相手を選ばず
にそういう話をしたがるのだ
   


「女は翌日決して水着に着替えなかったというがスノーフォールのクッキーカッターで左手をくりぬいてぼくはレジに並んだ三つ子の二人目に空いている禁煙席に通して欲しいんだと言った、女は、いつまでも喜ばれるサービスには限界があるのよという顔で、だけれどぼくはそういう類の話には正直うんざりなんだ、だって物事の終わりにはまるできりがないし、


給水塔

  黒沢



/(一)


手を繋ぎ、互いの心臓をにぎり締めて、あの給水塔へ歩いていく。止まったままの鈍色の空。私たちの街に、行き先が明示された全体はなく、正しいスケールも、形すらない。遥か、中央にあたる円柱の塔には、赤い花が見え、空に埋もれてそれは腐っている。それはとっくに、
 腐って、
   いるのを
     知っているけれど/
後味の悪い、思い出に似てくるうす光りの道を、私とあなたはくるしく急いだ。迷宮めいた建造物の連なり。時おり他人の声が聞こえ、雨に打たれた街灯の柱から、水のしずくが這い下りる。猫が現れ、私やあなたに関心すら示さず、初めの四つ角へ姿を隠す。私は、足もとすら覚束ない曲がりくねった路地で、あなたの耳たぶをきれいだと思う。石畳にころがる、なふたりん、らんぷ、なまごみの類いを、よそ事みたいだと私は言いあて、次の四つ角が近づく前に、胸の何処かがひしゃげる気がする。唐突に姿を見せる黒い街路樹。そこから、落ちかかる脆い葉むら。私たちの街に風なんてなく、遠のいては近づく痛みのような、影が逆さに揺れるばかり。

通りのあちこちで、音を立てる排水のすじ。ちょろちょろ、それは石畳に沿っていて、あなたの歪んだ靴だけを写す。広場を迂回する、左右の逼った坂道に会うときは、あなたの心臓がわずかに萎み、悩ましい息の匂いが届いてくる。私は、あなたの心臓を、
     にぎり締め
   あなたは、
 私の心臓を/
ひき締める。歩くたびに、後ろにずれる建造物の切れ目から、またあの給水塔が見え、赤い花さえ、ちらちら覗く。あなたは不意に眉をひそめ、たちの悪い悪戯のように、私の名前を疚しく繰り返す。私は、そういうあなたの不確かな心が、まるで引き潮のように、私の命を縮めるだろうと思う。

(四つ角に会うたび、
私たちは噴水に驚く。背の低い水の湧出が、私の胸の暗がりを言いあて、あなたの肩の水位を上げていく。目のなかで、零化をつづける揚力とベクトル。他人のざわめきが、私とあなたを親しく脅かし、繋いだ互いの手に、尖った雨が堕ちてくる。)



辺りに、打ち棄てられた猫の死体。けれども、その尻尾がしなやかに跳ねるのを、私たちは忘れないだろう。坂道を上りつめ、新たな四つ角をじらしながら曲がると、円柱の塔と、赤い花がなおも現れる。あなたが、手にする私の心臓は、生きているのだろうか。あなたが私の腕に巻きつき、そっと誰にも判らないように、秘めたピンクの腸を見せる。街の回廊を、聞きなれた睦言が濡らし、私の身体はだんだん溶けていく。

 途中で、
   止めていいのよ
     とあなたは言い/
私はそこで初めて、また出発点に戻されたことに気づく。あなたの心臓が腐り、私はあなたの、取り返しのつかない二の腕を探している。壊れた顔を拾い集め、欠けていく心を抱いて集め、あなたがいた石畳の空白に、無駄だと判って並べたてる。遥かに見上げると、動かない給水塔に光りが射していて、うず巻く鈍色の雲のしたで、赤い花が震えている。



/(二)


 震えが、
   止まらないわ
     とあなたは言い/
その震えは、給水塔に見える赤い花のそれと、呪わしく対応している。ほどなく、修復を終えるあなた。ちょろちょろ水が石畳を這い、その靴さきを濡らしはじめる。他人の声がいつの間にか回帰して、私とあなたを遠まきに包囲する。あるいは、粒だつ異物のように、辺りから区別していく。

私たちの街には、正しいスケールも、形すらない。寝覚めの悪い建造物が林立し、いくら歩いても近付くことが出来ない。初めの四つ角を、顔のよごれた猫が通るとき、たまらず、私は自分に問いかける。何をもってあれを、いったい何の中央だと言うのか。歩き出すあなたは、
     私の心臓へ
   二の腕を
 さし込んでくる/
次第に、ぬくい、悔いのような圧迫が、動く私の暗がりを満たし、狂おしくなった私は、路地と坂道と、街路樹のある通りで、意味の判らない嗚咽を繰り返す。石畳にころがる、なふたりん、らんぷ、なまごみの類い。あなたは私の耳たぶを拡げ、肉のもり上がりを痛いほどに圧しあけて、聞き飽きた秘めごとを、引き潮みたいに私に流し込む。たまらず、自分に問いかける私は、次の、四つ角が近づく前に、胸の何処かがひしゃげるのだろう。

(脈絡もなく、
他人の声やざわめきが聞こえ、真新しい噴水が中空をひるがえるたび、路地の何処かから、あなたが呼ぶ声がする。手を、繋いでいたはずなのにと私は混乱し、慌ててあなたの心臓を求めるが、あなたはここにいる。)



ふぞろいな建造物の切れ目から、垣間見えるあの円柱の塔と、赤い花。回遊するのは風でなく影で、私とあなたは、どれだけの時間、ここを歩いたのかさっぱり判らない。降りつづく雨の揺れに、しぶきを返す四つ角を越えるとき、私は、疚しい自分じしんの声を聞いた。

     給水塔を、
   ばくは、
 せよ。爆破とは/
つまり中央をなくすことで、広場を迂回するこの坂道の途中でも、あなたの不在を確かめられないことだ。唐突に現れた子供の公園に、四角いベンチがあり、砂のかたまりが板に浮いている。水のしずくが垂れ落ちる遊具には、何かの文字が書かれているが、私には読むことが出来ない。私たちを見下ろす円柱の塔は、鈍色の空のなかで怖ろしく停止していて、未知の、想像もつかない水量を蓄えて、限界ぎりぎりで待ち構えている。
 /給水塔を、
    ばくは、
せよ。あなたの心臓を手放し、あなたの腕や心などから離れて、街の中央にたどり着くためには、赤い花に触れることが必要だ。/給水塔を、ばくは、せよ。たしかに私たちは再会した。迷宮じみた雲のした、この街の路地や坂道や、街路樹のある通りの何処かで。ふたたび猫の死体を越えていくと、左右の回廊が、後味の悪い、思い出のように連続し、水が溢れている。震えが、止まらないわとあなたは言い、その震えは、給水塔に見える赤い花のそれと、呪わしく対応している。



/(三)


心臓の圧迫がなくなると、雨ざらしの道の外れで、崩れるように屈み込んでしまう。膝を濡らし、粒だつ回廊の砂を惨めだと感じながら、水に写った自分の顔を、目のはしで見ている。だらしなく石畳にころがる、
 腐った
   あなたの
     髪、壊れた/
あなたの二の腕、声、心など。私はひとつずつ拾い集め、斜めの視座から辺りを見上げる。唐突に息を吹きかえす、葉の黒い街路樹。複雑に分岐する路地と、頂点のない坂道。建造物の向こうでは、うず巻く空の雲が止まったままで、この街の全体を生ぬるく見下ろしている。私は、ひとりだと思う。欠けたあなたの顔、弛んだあなたの息、匂い、糸きり歯などを、光る石畳に並べたてながら、軽く、虚しくなった心臓を感じる。たまらず私は、歩きはじめ、この腕にあなたを抱いたまま、行き先も判らず声をあげている。

(修復には、
まだ時間があるし、私には、犯すべき禁忌が残されているはずだ。)



/……。


海想癖

  苺蝶 梓


黄色のひかりがぶれる部屋で、
わたしは
左足で眠るかさぶたからゆくらゆくら
透明?
に、なりつつ
もう、なくなった筈の
 /もしくは、見えないだけかもしれない
水掻きに脈を聞く。
心臓はどこかで忘れてきているから、
わたしは嘘つきになる。





びちびちびちびちびちびち

部屋のそこかしこで
水槽に入り忘れた様々が
跳躍をしている

お気に入り/かもしれなかった漫画から
感動的なシーンばかりが
ばらばらと落ちていくのは
なんだか、
酷く愉快なことに思えた


わたしは
口をぱくぱくとさせながら
 しかし、
  わたしにえらは無い。


**


>酸素だけで生きてたら、早死にするらしいよ。

つまり、
わたしが歩けなくなることや
肺を吐き出す必要性は
大いにあるということ

、ですね?


***


母は動くのが嫌いだと言い
今は、髪の毛を振り乱しながら
めかぶになりきっている
 /まだ言葉を交わせた日に、彼女は決して
   めかぶになりたい訳ではなかったのだが
    今の彼女は立派にめかぶをしているというのだから
     わたしは少し、驚いている。


妹は
この際だから自由になりたい、と言い
何かの映画の影響で
可愛らしい熱帯魚に変貌した後
どこか遠い/わたしの知らない場所で
通りすがりのうみねこに
いともあっさりと
啄ばまれたのだという
 /きっとそんなものだろう、
   彼女はけばけばしかったし。


****


かさぶたが甘酸っぱく
くゆらせる。虚ろに、するような
錯覚にも似た


わたしはきっと溺れるだろう、それはつまり最初からえらなどある筈も無く、水掻きですら想像にのみ生きているものへと変えてしまう、透/け/る、母はやはり動かない、妹が抱く願望をわたしは否定する、かさぶたは眠らない、本当は眠りなどしない、その下で薄く張った膜が震えている、千切れる音、さりげなく香る、一週間目の絆創膏、わたしの小指は地を踏めない、呼吸が見つからない。


しかし、ここが海でないことを
わたしは
最初から知っている。


09/03/05 23:34

  294

ドアを開けるとびちびちと翅虫が飛び交ってるような音が聞こえたからなんじゃらほいと思って音を探るとキッチンの蛇口を少し閉め忘れていて水がシンクに叩きつけられていたってことはつまり出社してから帰宅までの約十三時間ものあいだ水を出しっぱなだったってわけだうわーサイテー今月の水道料金どうなるんよマジ凡ミスっていうか最近プチ不運ばっか続くんよこないだの休みもひさびさのキュージツだからってもんで洗濯干した瞬間にソッコー驟雨に襲われてあーもう畜生ってテンパりながら取りこんだものの数十分後にカラッと晴れやがって畜生じゃあまた干しましょうかってしたら驟雨再びってことでレイニーブルーってのはこういうことを言うんだろうかと思った次の日に米を炊いたらね久々に自分で米炊くかなってことで米炊いて炊飯ジャーがピー言うから蓋を開けたらそこには初めて見た雪の日みたく美しく炊きあがったはずの白米の丘に陰毛が一本混じってたんですよマジ真夏の砂浜から死体の手だけがちょこんと突き出してるよな感じでもーなんだよこれ畜生って思いながら全部食べましたけどねってこんなバカみたいな日々の不運に負けずに今日も残業おつかれさまってことで発泡酒片手にネットサーフィンで気でも紛らわそうかねって思ってインターネットエクスプローラー立ち上げたらヤフーのニュースで今年一月の自殺者は全国で2645人だって記事読んでなんだか暗闇の中で自分よりはるかにでかい柔道家に襟掴まれてぐっと向こう側に引っ張られそうな気分になったりするけどとりあえず深呼吸して目を閉じてまた開いて自分の大好きな人たちや歌や場所や風景なんかを考えたりしてそういつもそう暗い気分や嫌な気持ちになったときは好きな人やもののことばかり考えることにしているんだ死ぬなんて怖いよヤだよ拒否りたいよたしかに誰も自分の抱える苦しみからは逃げられない逃げられない逃げられないってのはわかってるんだけど踏みとどまることがいかにしんどいことかもわかってるんだけど人生における諸問題に対して明確かつ有効な一撃をいつまでたっても見いだせていないのがとても悔しいわけなんだけどとりあえず今は自分のあたまとこころの計器の針をすべてゼロへ戻してステレオからマイフェイバリットな歌を流して昨日買ってきた五袋で二四五円のチキンラーメンを作ろうちゃんと栄養もとらなきゃいけないからもやしも入れよう長葱も一本まるごと刻んで入れようそれからあいつに電話してくだらない話でもしようそうだ人はいつだって食ったり寝たり話したり感じたりすることしかできないしこれからもそうなんだからせめてこの世における一挙一動にもなんらかの意味があるおもしろみがある発見がある明日につながる何かがあるんだってことだけを改めて深呼吸の後で再確認して神様に救われることは諦めてもうまいめしとうまい酒を求めることにはきちんと意義を見出して宝くじが当たって借金がチャラになるなんて夢物語は破棄してもあのコとの何気ない会話の中で閃く鮮やかな感覚だけは吐き捨てないようにして今日を終えよう眠りにつこうそしてまた明日をむかえよう


(無題)

  CGあゆみ

わたしが夜になると
あの人は雨になって
わたしのあすふぁるとを濡らす
つけっぱなしのテレビでは
とっくに落ち目のアイドルが自殺
未遂を告白してる


「やまない雨なら
  めぐみの雨にすればいい」


あの人はわたしの耳をかみながら
テレビもしくはわたしにそうささやいた
いたみもよろこびになりうるだろうか

わたしは仕事の悩みをあの人に聞いてもらおうと思ってたけどそんなこともうどうでもよくなった

あの人の舌が
わたしの背中のうぶげをゆっくりなぞる


「明けない夜っておもしろくない?
   ずっと
夜に遊んでられるんだぜ」


わたしのみずたまりで
汚れるのも気にしない無邪気なこどもみたいに
あの人ははしゃいでる

いつのまにかテレビは
一面のホワイトノイズ
あれはきっとわたしの頭の中
わたしの中のあの人の指がすごくはやくうごく

あの人はわたしと同い年で
家族がいない
家庭に縛られつづけるわたしの不自由と
つながりをはじめから断たれてしまっていた彼の自由は
ひょっとしたら不安という名のもとで
同じものなのかもしれない


「昼より夜の方が
おもしろいにきまってる
        
退屈よりも
     混乱してるほうが
ずっといい」


あの人がわたしのそこに潜り込んできて
深い泥に眠る
わたしの花を見つけて摘んでいく

どうせ朝なんてすぐに来てしまう
それぞれの人間が抱える煩雑な諸問題なぞ気にもとめずに


「どうしてほしいか言ってみろよ」


わたしはあの人にしがみつく
あなたの心臓が欲しい

カンタービレからフェローチェへ
雨はどんどん激しくなって
わたしはわたしじゃなくなることに
裏切りに似た切なく甘いよろこびを
ついに見つけてしまう


めあ
めふ
れふれ
もっと


せつな

  右肩

 ややあって
 春の雨が
 畑地を走り
 部屋のガラスに
 点点と
 滴が
 あたりはじめ
 茶箪笥の上の
 信楽の
 一輪挿から
 椿
 の花が
 匂い、
 その
 落ちる
 音を聞いた。
 目を上げると
 花瓶の脇で
 まだわずか
 揺動を
 残す花
 の意識
 の中で
 風に波立つ
 大きな水のように
 震える
 山河
 目の奧へ
 ようやく
 ぼやけた乳房
 と乳房
 移りゆく
 赤い言葉も
 なくなにもなく
 軒先に
 蝶つがう
 昼の
 濡れた
 ふるさとよ


なまえ

  寒月

地下街へ下る階段の途中で
さみしい という言葉が泣いていた
なまえは と聞くと寂しいという
では だれのさみしいですかと聞くと
名前と電話番号を教えてくれた
さみしいは地下鉄に乗り
しずかに家へ帰った

掃除のおばさんが困っていた
愛がひとりぼっちで眠っている
はいて捨てるわけにもいかなくてね と
だれの愛ですか
分からないという
では 最初に見つけた人のもの
おばさんはにっこり笑って
いいわよと答えた

さみしいはいつか
かならず電話するといってひとりで帰り
愛はおばさんと一緒に仕事をしている

その日会う 女の人に 花を買う
名前と誕生をそえて
赤い薔薇を渡し
見つけてください
あなたを見つけたように ぼくを

初めて 声に出し なまえを
言う


夜の深浅

  凪葉

 
 
真夜中、ふいに目が覚めた。
寝汗をかいていたのか、閉め忘れた窓から忍び寄る生暖かい風に肌寒さを感じた。
体を起こし、窓辺に射し込んでいた月のひかりに触れる。
満ちた月のひかりは、窓辺に敷かれた布団を仄明るく包んでいた。
窓を大きく開けて、風を確かめる。
木々たちは驚くほど静かに、まるで、子守唄のようなささやきでゆれている。
伸ばしていた腕に絡みつく風に、含まれる春の匂いと、無臭の、夜の匂い。
 
 
布団の横に置いたままの読みかけの本を手に取った。
旅先で買った木製の薄い栞を、そっと抜き取りページを開くと、乾いた、本の香りが微かに感覚を刺激した。
開かれたページを照らす月明かりが、言葉のひとつひとつをも包みこんで
心の中でくりかえされていく言葉の、ゆるやかな流れが広がりを手にしていく。

  
  消してしまえばよかったのか
  なにもかも最初から
  存在したことなどなかったかのように
  跡形もなく
 
 
一遍の詩の、何気ない言葉が、知らず知らずの内に零れはじめていた。
気づけば、意識が夜の空を抜けて、それでも高く、高く抜けて
わたしは、どこか遠くの、行ったことも、見たこともない程の果てを歩いていた。
言葉はいつしか海になり、波になり、寄せては返して、胸をゆさぶる。

 
  果ての果てには何があるのだろう
 
 
三度、心の中で呟いた。
詩の終りが、夜の終わりではなく、空白だけが残される。
覚醒した意識の中をすり抜けていく風は、変わらず春の匂いを含んで
唄われ続ける、木々の子守唄で満たされていく夜。
閉じられた本の隙間から抜ける空気の音が、音の無い部屋の中に小さく響いて
窓の外、高く満ちる月を見上げた。
 

置き去りにされた思いと、残された空白。
その中で確かに、わたしの知らない、果ての音が静かに
ただ静かに震えていて
月を見ているはずの瞳は、光の輪郭を透かして、どこか遠くの
わたしも、誰も、行ったことのない果ての果てを見つめているような
そんな、気がしていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
※段分け部、
作者:武田聡人
「日々の泡」より一部引用。
  
 


帰還

  ぱぱぱ・ららら

なにかの果てから
還ってきた
帰還兵の少年は言った。
 
見つけたよ、
見つけたよ、
と。
 
上ずった興奮した声で、
ぎこちない
笑顔で言った。
 
見つけたよ、
見つけたよ、
と。


胸のあつさも

  草野大悟

手のぬくもりも
胸の厚さも
すっかり覚えてしまった

わたしの中には
いつも兄ちゃんの声がある
兄ちゃんの呼吸がある



むかしむかし
あるところに ひとりの少年が
おりました。
少年は空が大好きで
いつも だまって 見つめておりました。
少年がいくら
お話ししても
空は一言も口をきいては
くれませんでした。

ある日 少年が
いつものように
窓にもたれながら
星の輝く空を見つめていた
その時
戸を叩く音が聞こえます
トン トン・・・トン トン・・・

少年は
そっと 戸に近づいてゆきました
そして、そっと戸を開いてみましたが
だれもみえません。
少年は 不思議そうな顔をして
もう一度あたりを見まわしました。
しかし、やはり だれも
みえませんでした。


ねえ、みなさん
だれだったと思いますか?
少年をたずねて来たのは?

みずいろのドレスを着た空の精ならば・・・・
お昼の空は
みずいろでしょう
輝くみずいろでしょう

空の精は
少年に
みずいろのドレスを
プレゼントしたんですって。

少年は
オレンジのドレスを着た
空の精も 好きだったんです。

もちろん
キラキラ輝く星を
アクセサリーにした黒いドレスを着た
空の精も。

それでも
少年は
やはり
プレゼントにもらった
みずいろのドレスを着た
空の精が いちば〜ん
好きだったということです。

おしまい。

セザンヌの風景
アイロンですこしは
しわ のびたよ。


朝の風景

  ミドリ


犬はポケットにキャンディーをねじ込んだ

勤め先に向かう途中
彼はいつもここでコーヒーを一本買う

車道を行きかう車もまだまばらで
陽光もまだ淡色の光しか放っていない 朝の6時台
タバコに火をつけると犬は目を細めた
オフィスに入るにはまだ早すぎる

その時 犬の肩をポンポンっと叩くものがあった
彼が振り返ると
色白の猫が立っていて

この間はどうも

そう言ってロングの髪の猫は お辞儀をした
少し距離を保って
犬は記憶を探した
タバコの火が ゆっくりと膨らむ
そんな彼を見かねて
クスリと笑いながら 猫は

ほら この間の合コンで・・

そういえば
左耳のピアスに見覚えがあった

サチコちゃん?
ほら 一人だけお酒が苦手な子がいたでしょ
あたし 憶えてる?

犬はポケットからキャンディーを取り出し
今度は口の中にねじ込んだ

あぁ これから仕事かい?
えぇ 偶然ね
少し早いからさ 折角だしお茶でもどお?
あー 朝マック?(><)
このへんマクドがないから そこのファミレスでどう?
いいわよ

外資系に勤めてるんだっけ?
うん
景気はどうさ
食品関係だから あんまり影響ないかも

犬は買ったばかりの缶コーヒーを
スーツの上着のポケットに
ギュッとねじ込んだ


ケセランパサラン

  はなび

わたくしたちはおそらく
からすみをたべ 
また かすみをたべ

耳をあかくし
唇をあおくし

三角形の
モビールのごとき
鋭角のきらめきと

愚鈍にからまる
にぶいひかりの
アイダとを

ごろごろ転がり巨大に成長した
塵のようなものでありましょう

座布団の金糸 漆の椀

アコーディオンの吐息は
白や黒のため

繻子のオモテに天鵞絨のウラ

からだに苔を繁茂させた老若男女
羹に懲りて膾を吹くのだが…

アッ!

どうにもこうにもたまらなくなって

またぞろ唾液で指を湿らせ
やわらかな薄明かりの障子に
コッソリ穴をあけにみえるのです

サテ
わたくしたちの愛する愚かは
ぐらりぐらりと煮立つ鍋の中に
鎮座ましましておりますかいな

しかしホラ
いかにもここは空気が濃厚


  右肩

(硬直した舌を突き出す
 犬の頭。死んでいる。その横に立つ僕。
 夏蜜柑の匂いのする心臓を
 持つ僕。
 尖った敏感な陰核を
 若く健康な陰唇の中に隠し持つ君。着衣の君。
 ふたり。
 と
 たくさんの虫。)

楓の葉の失われた緑の属性が
この詩を読む君に与えられた古い記憶であるからか
午後四時の時報に合わせ、さあと秋霖が走り
僕が濡れる。この世界に何も残さないほど
大理石だけが美しい冬が来るという予感は
絶滅収容所の壁に錆びた釘の先を使って刻まれている。
その時既に定められていた陰惨な未来の線描。
だが、今はまだ何もかも鮮烈に赤い光が降る木の下で
大きな痣のある初老の男へと君がかつて
囁いた恋の終わりの言葉の尾から、ふと僕へ
逆流するそれとわかりにくい微細な官能の刺激、肌の匂い。
枝から飛び立った頬白が憂鬱な重さを
森から町へ左右の翼で支え、その運ぶ先の、
古い商家の、薄闇に落とし込んだ厨房の竈で
筍を煮ていた母よ瑪瑙石のようなわかりにくい思い出よ
小さな指輪が転がり子どもがひとり死に
羽のない哀れな虫が長い後肢をもがかせる
その有様と同様に身を捩らせ
逃れようとする君を強く抱いたまま
密林の湿潤が剥き出しになった君の唇を心強く吸おう
雨が降れば菰を被った川舟が下流に流れ
濡れている落葉を赤くまた赤く
孤立した無意識が浴びる抑圧の刺激
のように形の中に受けて
僕は君に囁くだろう、過去と未来の平らかで広大な
時の平原に紛れ込んだいくたびもの臨終の経緯を。
黒豹として走り抜けた幽界の密林の
その草葉が腹に触るときの
何ものかがわずかに匂うような
刺激を。


アポロ計画、以後

  こんぶ

何かいらっときて
未来を担う子供の為に
というような誰かが言っていたことを思い出した
まさに今、その未来にいるようだが何ひとつ実感なんてありゃしない
生き切れてない気がしていた
どうしたらその実感が得られるのか
考えただけで途方に暮れてから
見習いの天使が天使は元々天使だったと言ってやめてしまった
必要なのはもっと大きな実感だった
それは途轍もない計画だった気がする
途轍もない計画では誰ひとりやっぱり救えそうになかった

なんとなく月を見上げてても
面白くもなんともないので歩き出しては、
もう分からないことは恥ずべきことじゃないと思えるには
遅い気がして、とりあえず考え始めた
もっと大事な事に近付きたかった
人生のおおよそそんなもんだった
でもそんな真面目に考えないどうでもいい時間が多過ぎた

永遠平和のためにという言葉だけが
湿ったまま染み付いている
否定する気はこれっぽっちもない
それは分かる
立てた作戦は全て失敗に終わっている
おおげさだった
わざわざ書こうとすると
全部、おおげさになった
月では殺人事件が一件も確認されていないから
また最初から始めるというような途方もなく
それでいて短絡的な計画だった
僕らは故郷が一つはないとひねくれてしまう動物だから
全員で月移住はいいかもしれないというような
誰にも言えない計画だった
全員で地球という故郷だけを眺めていりゃあ
争わなくてもいいんじゃないかと思うようなあほみたいな計画だった
土台無理な計画だった
そんな計画を思ってセンチメンタルになるだけの俺と
そういう事がロマンチックで面白いなあ
なんて思う俺には誰ひとり現実的に救えないような気がしたが
そのうち忘れることも知っていた
そしてまた何かいらっとする
そのうち忘れることも知っていたから


un murmure ささやき

  はなび


みみもとで
くびすじで
くりかえされる
あまい
くすぐったい
かんびなささやき

ことばは
あたまのなかで
とけてようかいして
きえる

どうでもいいこと
むかしのこと
いろんなかおがうかぶ
うかんできえる

いったいいくつのことばが
あたまのなかで
ひろがってきえたのか
それすら
どうでもよくなってきえる

あめのひには
あめのように
きえる

かなしいひには
なみだみたいに
きえる

うれしいひには
わらいみたいに
きえる


火曜日の水死体

  フリーター

その夜から、朝にかけてのことである、京浜島の壁に打ち着けられた水死体は美しく皮膚がやぶれ、懐中電灯に照らされた顔面からダークな海中へ、ヒラヒラと赤い固まりがはがれていった。

早朝のことである、ビリジアンの絵の具を口に含んだ一瞬に、その味をみていた。歯磨き粉とアクリルガッシュのチューブは似ていない。

前の深夜のことである、ロードバイクから外れたチェーンに転んだ人物は頬と肩と肘とバッグとに強い擦り傷を負った。車の少ない反対車線ではクラクションが鳴らされていた。人物は歩道の縁にぐらつき座り込んだ。

夜更け前その日は雨上がりに人が増えた。サークルKに入るまでの近隣の様子、ショルダーバッグの位置をかえる若い女性、傘を提げている。

こめかみを押さえる頃、57kgの重量の水死体の青年は流れる頬を消毒し、百円ライターを洗面所に落とした。


前夜

  泉ムジ

交差点で立ち止まると
二度と信号が変わらない気がして
アスファルトをすり減らし
ポケットの硬貨を折り曲げ
黒目が裏返ったとき
明かりがともる  。
夜に
引きずり込まれ
潜んでいた声とともに
溢れてくるものたちを
かかとの外れてしまったスニーカーで
踏み潰してもふみつぶしても
なお溢れ
車道にすべり落ちていく体液は
赤いあとをつけて
あなたの家に届けられる  。
やりきれなくて
溢れてきたものを
アスファルトのくぼみに埋めていると
いっそう濃くなった夜が
反転し

わたしは声を潜めていた  。
そして無数のわたしが
そこかしこの暗がりから
どうしようもなくはみだして
片っ端から捕らえられ
すりつぶされ
それでも
どうしようもなくはみだして
悲鳴を上げ続ける  。
はみだすわたしは
手遅れであることを知りながら
あなたの家の前の
赤いあとを
あなたが気づくより早く
消してしまいたいのだ  。
すりつぶされたわたしは
ポケットの中の
折れ曲がった硬貨が
数多の流れ星の一つであることを知っていて
夜は
信号が変わると同時に明けてしまう  。

文学極道

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