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田中智章

選出作品 (投稿日時順 / 全29作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


こごえ

  Toat

いくつ
いくつもの
いくつものあかり
いつものあかり。


夕方に なり、
東京の 切り離された空に
みえかくれ 鴉の尾羽
機械室のはためき

道々には
話し声の亡霊
そのささやかな後姿
夕方になり
斑の手が
それぞれの巣へ向かって靴音高くて

外出着を着
薄荷の香りの手
鉄扉の把手を一回り
部屋に茜    の
残党を捕え  つつ
夕方の
走馬灯の世界い に
消えゆく それは
鴉も翼綴じる
ぱけっとの残光





そして僕は廃墟にむかった

毎朝通学の途中で
気になってなってしかたがなかった
うちの近所の廃墟のアパート

あたりは
もう静脈血の夜
閉じ込めて来た茜は もう溶けてしまったろうか
一体何色の絞汁る
何度上のトーンの呼気を
幽霊を

廃墟には明りが灯っている
いくつもいくつもいくつも
        いくつもいくつもいくつもいくつも
廃墟のアパート             (いくつ
廃墟は            (いくつものあかり
アパート              (いくつもの
廃墟が             (いつものあかり。
 ゆっくり
ほこりをふき出し
   せきをした
            。
ここでは
    話し声は来こえなかったはずなのに、


ある葬列

  Toat

ケンタウロス座のくらがりから
一房二房垂れつづく映像は垂柳
風のながれに解け絡まり点滅し
その楽音はきわめてつめたく。


目を閉じながら雨音だけ聴いている。
目を開けると世界がとおのく
丸まる景色、そうやって距離を遊び
幽体離脱しようにもおもったよりおおきなからだ
唯唯耳のみ風に運ばせ
遠く近くに編む映像

葬列は、

喪服は雨に濡れて蒼々と
「死者が誰なのか」
尋ねても誰も答えない。
掌の雫のとおい円み。
朝靄か雨霧か
そんなことはどうでもいい。
皆、顔は思い出せないくらい白くて、
実際、多分二度と思い出さない。
(でもふえたりへったりで
 これが全員かわからない
 ゼンインとはいったいなにかも)
葬列は次々と家を通り抜け
木々を薙ぎ払うこともせず
こんこんと粛粛と歩を進めた。[The funeral procession walked along ceaselessly in solemn silence.]
その跡はうっすらとなり星座になった。
誰も名を尋ね合わない。

  。
風が通り抜け或る者は
十字架を握り或る者は
数珠を握った。
僕は何も持っていなかったので、
自分の小指を握り、
握った。
時間が凍えて遅くなった。
目を閉じて世界を試し、
目を開けて世界を夢みる。
人の一生が
数時間か数日前に終わったのだ。
そして幾つかの朝と真夜中を経て
葬列が出来あがった。
シルクの匂いと
鼓動の音色のする葬列。
それは朝の光とともに
消えてしまうかも知れない。
消えてしまってもいい。


目を閉じると
誰かの映像が見えた。
目を開けると
風の虹色の歌がみえる。


狩り

  Toat

窓を一息に開け狩場に、入った。人々の囃し立てる声がする。獣の振りをする。息をちりちり刻み、素早く振り撒く。頭は、プリズムの攪拌。そして理性を手放××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××歓声で我に返×。喰い殺した一匹×愛し××恍惚に吐息し躰を開いていく。××××! エナメルの大腿骨をごそり取り、透る筋を両端に張り、弓を作る。磁器の小骨に灰土色の犬歯を括り、矢を作る。その、あまりに流麗な弓矢で。僕は獣を次々殺していった。狩場には骨と、皮が山をつくった。汗を拭い熱が涼しい風に吹かれた。僕は骨を組み上げその上に皮を被せ、家を作った。家の中は開放的で清潔だったが、獣の骨はひやり光っていた。余った骨と皮でベッドを作り、暖炉も服も、作った。肉は保存食用に加工した。そうやって。そうやっ、て、。僕はしばらくのあいだ、暮らした。しばらく。暮らすうちに、言葉を忘れ、両足で歩くこと、すら、忘れた。落と、した。体表は次第々々厚い毛で埋められたが、僕はまだ純潔なの、だ。家や家具は極小のテトラポットになり崩れ降り、気付いたときには狩場には元の獣たちが、(……みんな)、いて、僕を見てい、た。彼らの白い赤毛は、風に乾き甘く震えた。狩場、は。狩場は夕方の風にゆれうごく人々の歓声。狩場は僕はまだ純潔で理性があっ新しく男が窓から入ってくる


祭りにて(ひかり)

  Toat

大通りをちらかす街灯が
踏み沈められた雪の道に
青白い絨毯をうすく敷いて
茶色い靴に包まれたぼくのあしは
どうやらわずかに浮いている様だ
光の花粉がふれあう音は
雪原に凪ぐレースのカーテンを被せて
遠くの針葉樹の群生が
底黒い澱にひたひたし
星をあるいは堰き止めている
ずっとむこうでは
祭りが行われているが
音が鳴っていたとしても
ぼくは静寂を聴くことにどうしても心奪われていて
気づかないだろう
きょうは新月なので
大通りはしずかに思索を失して
沼にしずんだまままばたきせず
時間がわからなくなる
時計の金具のつめたさが
うでをささやきで掻きわけると
キシツク腕を溶解する血液が
心臓のたたく肋骨をさわさら撫で
目の前にあらわれた手首には
線を交わした文字盤が
ほそい指針の影をふるわせていた
ぼくは祭りの露店が並ぶ区画へ
歩いていったが
靴音を落とした


会場となる通りの両脇には
露店や露天商が並んでいて
街の人々は今夜は寒さを努めて無視して
祭りを楽しむ
ぼくは酒を売っている露店に立ち寄る
棚に並んでいる
いろの息づく酒瓶の
クレヨンのようなひかりの列が
網膜にながれる絵をかいて
あかるい虚像を白くした
店主に云って
山羊のミルクで出来た温かいお酒をもらう
コップを両手で挟むと
ひとくち飲み下す
そうやって熱を感じながら
ひろい通りを歩いた
さまざまないろのひかりが咲いては散り
劇場のようだ
立ち止まり
ぐるりとまわりを見る
人々の口もとは
笑っていた
彼らは
みな盲だった


かざみどり

  田崎

おおくが欠けている
垂直のきりたった湖面の繭に
かざみどりがある。
レンズは青根蔓を束ね
夕方が視域をころげまわる。
深さははい色となって(あおいろを揺りおこし)、
湿地帯の風が注いでいる
その湖に
パレットの絵具がくわれて
いろんな色の煙に
水底はつつまれた。
かもしれない、
と言うのは、
湖面の向こうがわの
風見鶏が
やねが、
家、が
曇る野はらにあるのか
湿った窪地にあるのか
そもそもそっちの世界が
ふくらんだ湖面奥
揺られているからで



湖の厚さは
どんどん増大していく。
巨大な線香花火が湖底で燃えているように
けむりは湖底と湖面を引き離す。
かざみどりの像はいつまでも幼くて、
ぼくはとしを取っていくので
なにもみえないことはないかもしれないけど
たまに
湖水が清んだり
わずかにだけあふれたり
たまに
湖のむこう側に見える。


平原

  田崎

ぼくのくちびるがきれる、くさのひとつびとつがそれぞれのふるえ
をもち、同時に波状の真円をくるったようにかさねていく湖のみず
うみのようなそれは


平原ではない
ゆうがたになりあさになりよるになり、よるになりあさになりつい
に真昼になり、だれもがふみしめてさりゆくしめった触覚も、みず
がくさのひとつびとつに付着することで遍在をおびただしいものに
して表面張力をうしない、重力にとめどなくひきのばされるままに
じめんをたぷりしめらせていく遠いなき声もそれは


平原ではない
くさというせいめいはおおくのこえを透過して同時に沈溺させてい
く、みどりとあおと透明のまじるたいらなスクリーンの映像を、そ
のはだに無数に移植させながらそのかずは虚数にまでいたって、と
きにたいようを歓待しかぜになぎはらわれあめに受精するをくりか
えし、ほのかなくさのかおりを旅人よりとおくまでひびきとどけな
がらぼうばくと存在するその場所は


平原ではない
からまりあういろとりどりの羽は垂直にむきをかえておどりながら、
おおきな展望台へかぜがこうしんしていくきょだいなおとを、実体
をもつかどうかというちがいで、あるいはそのあいだにあまりにお
おきな断絶があるという理由で、あるいは相互に蜜をあたえあうと
いう関係性のゆえに、あるいはその中心によこたわる時間のふかい
へだたりのために、そのために、ただしずかにみつめていることし
かできなかったそこは


平原ではない
手がみみずばれしていた、そうやっていつのまにかからだはきりひ
らかれほどかれる、そうやっていつのまにかからだはきりひらかれ
ほどかれてしまった、ひろくひろくひろくひろくひろくひろくひろ
くひろく、誕生月まで希釈されていく、ぼくのまぼろしとぼうだい
なくさのスクリーンとがよるに、それぞれのいろを濡らし滲ませ、
ひとつびとつがそれぞれの語りをよぞらにはなしとどけようとする
その中層の、その中層にたたずみながら、くさを纏い身をたおして
いくゆらぎに似たその土地は、


平原ではない
いつまでも


遊ぶ、夜

  田崎

主観の青がりが、無慈悲に生まれて
花を擦りぬける、温みは円い
片一方の足が、線香みたいで
不恰好だ
何もしらないので、わからず
分からないので、悔いない
切れかけた、街灯が
弛んだり、ふざけたり
たのしい
体温は、もう
どうでも好いので
はやく、心臓のおとで
はやく、安心したい
風が鳴っている、夜にふさわしく
きれいな、おと
まだ、すこしもじゅんびできない
風が鳴っている、夜ににつかわしく
きれい、なおと
宿題が蒸発した、そのそらが
みごとな紫に光り
あてどもないのに、わたしはそまり
私でなくなった
そうすることを仕組んだのは、私ではなく
わたしの通ったあしあとでも、私のほころびでもなかった
ただ、夜は紫で
わたしは夜を遊んでいた
そうやってどうしようもなく
夜がふける


ナタリー

  田崎


二度めの呼吸はいつも。繋がれたくさりをい
じわるく撫でて、繊維しつが秋になって。零
度の窓がはためいて、波紋は青い水空の臓物
になっていく。ナタリー。を紙に書いて、お
おごえでこごえで、呼ぶ。海が彼女を忘れる
のは早い。くるってしまわないのは、わたし
たち、こ供だからですこどものわたしたち、
演そうする。

暗くくらく
少年も
(わたしも)少年も/
      /十二分に厚ぎをして
       乱立をちいさくながめている
       ひとたちに混じって
       顔をかくしてきみは
       罅われをかぞえて
      /失くされ
ボールを青い林になげると/
なかから誰か
かえしてくれた

ナタリー、そうやって、青い壁が空ではがれ
ていくでしょうしらないうちにしずかにゆら
れて、きづいたら逃げられているわたしたち。
そうそこに、リンパ腺があって、チョコレー
トいろにみえるのは、人こうの遷移点だ。わ
たしも一緒くたになってゆれているから。け
しきがとけている。わたしも一緒にゆれてい
るから、

しろい貯水池の
ものかげに
裂れない窓がある/
      /そして上映はおわる
       人々が引き揚げていくなかで
       空気をかむように口を開閉し
       さむさを思い出してきた
       君は
      /立ち上りいくけむりをみる
隙まから/
みずが滲み出してくる
ふれるたび何も欠けて

ナタリー。笑わないで。いくつもの遷移体が
あそんでいる空で、からだの震えがふえてき
ます。花も偶にはおいしい、ぼくも彼もわた
しも、つめたい水が沁みてきてる。夜空なん
かじゃないここで、ひとびとのさざめきが聴
こえますかれらは、初めからここに居ない。
わたしたちはせいいっぱいこどもになり、わ
たしたちの演奏に、耳をかたむけます。


少年

  田崎

傾けられた夏に
泣いた少年も遠い林、
たくさんの雀はきえ、
陽炎はひっそり凪いで、
十三ヶ月の
生長の後、
高柳は
空にとけ
飛ばない羽根を漉して、
早生の少年は
風に肩鳴らされるまま
投げる眼差しを
いつもの遠景の
一際高い樹にくゆらせる
なぜでもない。
林は啼き何も知らず
ただ朽ちた樹の、
褥を荒々しく均し、
細かく刻んだ音を
(無人の宅地に撒いていて)
、木、よ
、林は
、どこですか
少年きえて、
林充ちる、
年を重ねる証に
灰を落とす
少年、
君は
林の外で、
林の中心で、
一際
高い樹に見下ろされて
幾つまで
過ごしたのでしたか
少年
いつもなつです
遠い林は啼き
とおいあなたの
足跡を
腐します


雪の交信

  田崎

真昼のひかりのねつによって
融解熱をあたえられたぶぶんは
しとやかにほろほろ溶けていたので
わたしのからだが転がるにつれて
悦ばしいくらい暖かいわたしのコートは
雪を起毛にとらえていき
わたしがまわりながらとおったあとは
フラクタルの曲線をもつくものように
説明のつかないうつくしさで
これからこの一帯はかげりゆくけれど
うつわとなってひかりのけつらくをためる
この窪みのかたちがうっすらと
じっとこらしているとわずかにわかるていどの
やみばかりのなかでこそひかえめな陰影を
それとわかるひとがいなくとも
かたちづくっておいてほしいとおもう
いまはまだ猶予がある
やけにくすんだこの雪原だけれど
ちからをぬくようにねころんでいると
みみのうちがわはるかかなた
そらがあたらしくつくられている作業場のおとが
きこえるようなきがして
雪の下かおもたい雲のなかにいる
はかない交信設備と通信士を夢想する


ワールド・ライト

  田崎

重力の演奏が、あた  乾燥し、聖文字の様
りには散乱している、 に去勢された植物が、
カーテンが何かを隠  森のあちこちで絵を
し、塗り潰された色  描いているから、足
の部屋、大きく息を  を振って距離を取り、
吸い、自分勝手に、  引かれる髪にはむら
色をつけていく、そ  が生まれ、歩いた道
の時の右手の静脈だ  の残り香に、こども
けが、ただ赤い、温  が群がっている、夜
みを絶ち切られる、  が降りてきている、

雨降りの街で、鈴を付けたヒトに連れられる、
ジャンク・フードがそこいらで、再生されて
行き、あまもり、振動、頚動脈の触感、携え、
地下で心を失くし、エンドレスの、雨音、吹
き出してくる、波の泡と、どこかへ消える階
段、服のきれはしは、見事に踏みにじられ、
小児科の前で白服のヒトが演説をたれている、
鈴の音は、水てき浮く肌を打ち、遠きを近く
にして、踏み鳴らすおとさえ彩色に、豊かか
ら、獣がうまれおちて、子を生そうとする、

重力の演奏が、あた  乾燥し、聖文字の様
りには散乱している、 に去勢された植物が、
折り紙の手で、カー  タイルの脹脛に亀裂
テンを掻き分ける、  を入れ、その線記号
手から情報誌がぽろ  をこどもらに話して
ぽろおちて、それが  聞かせる夜、こども
蛾になる、部屋は水  らも植物も、何をも
浸しで、蛾が耳のな  怖がらないから、自
かに入り、なにもか  由時間の猶予を与り、
もが、綺麗だった、  つい、遊び惚ける、

雨降りの街で、鈴を付けたヒトに連れられる、
そのヒトが歩いた跡、打ち身めいた腫れが浮
かび、街は挨拶をしないヒトであふれた、急
患、と叫びゆくヒトは罪過を振り撒き、季節
の隙間に入っていく、卵黄をつぶして子供た
ちが遊ぶと、夕方になり、むしろ静まった空
は、軽業師のようだった、切れてゆく切れて
ゆく、から、繋がり、ぼくらが一斉に逮捕さ
れゆく夕闇に、街に除光液が降り頻り、身体
の冷えていく僕を、路地の奥で見つめる獣、


平原III

  田崎

ひとつふたつみっつよっついつつむっつななつやっつここのつとお
ひとつふたつみっつよっついつつむっつななつやっつここのつとお、
くさのおのおのはじぶんをかぞえつづけるかぜにゆられるたびまた
いちからかぞえなおして、重力のいろは蛍光とりょうににているか
らひろびろとふりつもることであぶらのしきさいをその体表のうえ
にゆらしているそこは


平原ではない
ひとつともることでふたつともりふたつともることでよっつともり、
そうやって加速的にほしぞらのようになる表面はまぶしくなればま
たいっせいにきえて、はじめにともるくさをしることができないの
でくりかえすその現象をぼうぜんとかぞえつづけるそのかずに比例
してわたしからなみがうちひろがりまたうちよせてくるそこは


平原ではない
わたしからわたしになりそのわたしがわたしになることはねのあま
いにおいにとうすいすることにもにていて、あしはもうとうぜんの
ようにつちにうまっているからわたしはわたしがわたしであること
とわたしがこのばしょであることとの区別に論をくむことができな
いいっぽうでわたしはくさと相似だから、べつのわたしがずっとわ
たしをみていたそこは


平原ではない
そうちょうはずっととおくまでわけへだてなくきりになり、飽和し
たくうきは内包しきれないげんごをくさのもとへと結露させるから、
密集することで乱反射をすくなくしたきりのつくる垂直のすいまく
の、その無限にりんりつするはんとうめいのスクリーンのむれが退
化のこんせきのようにひとつとしてなにかをうつすことのないまま
きりにぬれていたそこは


平原ではない
おいていかれる、わたしはねむることでわすれるしわすれられたわ
たしはわすれつづけるしかない、いっこにこさんこよんこごころっ
こななこはっこきゅうこじゅっこいっこにこさんこよんこごころっ
こななこはっこきゅうこじゅっこ、くさはすこしだけ生長した、わ
たしのたいえきをあげるからもっとくさでありつづけてください、
わたしのねもともにすこしずつのびていく


境界

  田崎


 見はるかす奥まりに、灰色の吹きだまりが、零れ散る身で曲線を
引き入れ、こちら側の、青みの溶けた硫酸の雲まで、滴り落ちない
からこそ生糸の、弧を招き入れる、その街の対角線に沿い、雪のよ
うに猫が降り頻り、そうして二つに分離された街の境界を、一匹の
猫が、精確に歩いていく、その足取りを、静止して、遠く眺める私
は、雪原に向こうへ、点々と形成されゆく瞬間々々を、猫がかたち
づくる時間の連なりとして、やはり、静止しながら、じっと見てい
た、


 足跡よ、猫の汗に湿り、その体躯の重さ分、雪原の体積を空白に
して、あの猫の手足が、次々と新しい複製を作る、あなた方は、境
界となって、一つのものを、二つにして、あなた方の一列を、作っ
ていった猫の姿を、どんな思いで見ているのですか、


 上を見ると、雲から次々産み落とされる猫は、中空で、爪を立て
るように身を屈め、蝦のように反り返る、雪原に到達するのを待た
ずに、溶けてしまうから、あの猫達の空は、残像で埋め尽くされて
いて、雪原には境界が、ずっと真直ぐ引かれ続け、


雪道の四景

  田崎



*


小さい橋が覆われている雪に
街灯を胞子として映して
この道も失くなる向こうで交差する道路では
人の気配を感じない
自動車の車体が
音もない距離から
私の映像をなぞっている


*


川のような道から
中空を掻き毟る粉の雪が
いくつも青の糸を咲かせて
上げていく視線に粘る暗闇が
回折をグラデーションさせ
あの車庫の上部は消えている


*


通りに光は円を描いて
震えて影は場所を移動する
電飾は冷え
無いはずの音を
やはり無音として響かせる
電飾は冷える


*


トンネルのように照らされたこの通りより
脇へ入る小道の方が
漏れる光は清冽で
(どの道も渡り切れないだろうから)
踏み込む雪を
鳴らす音を
いくつも憶えておく


祖父

  田崎

私は と言うことに決意はない
ただ、雨垂れの音を数えている
増える楽員の鼾の影に
落ちている胎動
(挨拶が殖えていく森の
 緑の溜め池)

血色のいいりすがいる
潤んだ目がとんぼのように膨張し
白い腹には水銀袋が詰まっていた
「私のための
 特異なりすのための
 不安、という言葉」

辺りに埋まった小石が
孵化して
小さな生命
を持った
持ったから
祖父は泣いたのだと思う
私たちの足許に蟻が

私は 私は という言葉を
私たちが口にするたび
蟻は住み処を追われていった子どものように祖父は
泣いたという私たちの足許に 彼の不安に


  田崎

私は摩周湖で幽霊を見た

青い光輪に切られる
蜜の溜る枝の下
多重な声の挨拶が響いた
幽霊の記憶は肌の白
幹の青黒さを激しく汚す

幽霊は私にとって
小海老の腹のように
欲を抱かせるもので
埋葬の音を
聞き取るほどには
私は子どもではなくて
指で一杯の青を咀嚼して踊る


(私は(作り話が巧いのだから)
見えるものを信じてはいけない
((たとえば)幽霊が(私の)愛する)人でも
そんなことは(私の)視覚が間違っている(から)
((けっして)そのまま)信じてはいけない))
私の((作り)話や)言葉は)
私を(さえ)騙すのだ)(から))

幽霊を少しずつ湖から逃がしていく


海岸帯

  田崎

振られ、凝っていく海に、
服の切れはしが散り、
「家なし」の、私たちは
体がやけに海に似て
組成式は樹となり
色んな元素を孕んで
空には光子が走り回り
気圧はスペクトラムをつくる――一層砂浜は拡がる。
分解して、蒸発したり
生成して現れたりする外縁は、
行き場のないこの入江を
連続して定義しつづけ
壊れているのを
組上げることで
相殺しようとする。
水は清く
微細に振動している。流体はなにも
含まずただ温みを撫でるだけ、鴎も海猫も
いない、鴎も海猫もずっといない、鳴き声の存在が消去された途端、
鴎も海猫も、
時間には関係なくいなかった。
そうやって色んなものが足りないけど私は、
この海岸に組み込まれることを許されていた。


赤い川

  田崎


赤い川を覗こうと
熱し切った手足は捨てた
また生えてくる別の手足を
訝しみながら
川を覗き
鳥の羽のように手は空をまさぐった
私は
手を憎み
固くなった足を
後ろに向けて
解し
折り曲げながら
互いに挨拶をするような
柔らかな曲線で放棄した

旋回する鳥は
羽をどろっと零し
油の色彩を
油性の時間に掻き混ぜられながら
演舞する仕草を残像として
抽出し結晶させ
階段状に降らし届ける
だから
私の手足はすぐに腐る
それは錯覚かもしれないが
腐爛しているのかと
押さえ切れずに
手足を
手足ではなくしてしまう

赤い川に
手足を何本も落とす
(枝のない
 直立した木を見るように
 鳥たちはそれらを見ている)
流量の少ない川は真っ赤で
手足であったものから
漏れるものがなくても
生きている私の鮮血を
川に
覗き込んでも
私の顔は見えないが
大分昔から
川が流れていることを
知っていた


グロウズの祝祭

  田崎


グロウズの祝祭は偽者である。蝶々が途々に緑雨を付着
させる。旅の財布は藪裏の跳梁と合奏していて、毛羽だ
ち、ハロウを描いていく。
雪唄のような雷光が、むしろ黒土地の数メートル上で出
現し、白い光を世界のうちのこの一角に補給したあと、
非常に穏かに消滅するのが望める。広場までの道を森は
遮り、入り組んで行く私の体に、何かを媒介しようと干
渉している、その植生は飛去した。
広場の輪郭が顕かになってくると、うすい労働者と祭司
とが、各々の罪状を独りで反芻する上空を、涙目の蛾が、
幾匹も幾匹も揺蕩っていた。
冤罪のため、根拠は順々に回想されると思っていたが、
産道から生まれ落ちる間、復位は常に成し遂げられ、マ
ントルに乗っている内に、述懐と悔恨の仮想訓練をして
いた。
丘陵表面は広大な斑をかぶり、孕んでいるようなその上
を、葬送が跡を付けていく。そのような暴行が、あちこ
ちで行われると、かつての前髪の残滓を見遣る眼差しが、
徐々に黄ばんでいく。


平原II

  田崎



それはたとえばたいりょうの膿をたたえたみちひ
きだった、へいめんをいくたびかひるがえしなが
らすみわたるひとしずくがある、つらなりはたじ
ゅうにすがたをかさねながらはじらう振動をあめ
のおとのとおくにおいておいて、てでふれればい
っしゅんでりょうかいする

だから、いったいのひかりがまだだれにもふまれ
ずにいるそのうえで、かぜは可逆てきにことばへ
移そうするからふりしきるそれらをいつまでもか
ぞえおえることができないでいて、同時性とはあ
いはんするものの輪郭線をかさねることでぬりつ
ぶしていくから、うれしいもののよりぜんたいの
輪郭線をおおきくえがこうとするくさはそのせい
ちょうをとめた、だからまたわずかなむしがすっ
とあせたいろで消失するさいしみでるたねがくみ
こまれていく

だれがそしてなにがいたそしているのだろう、き
つねのようないきものがかおをつねにへんかさせ
ながらぶれていくそのパルスのようなノイズを、
いつのまにかじょうげにぶんりしたやわらかなじ
めんの流動のくりかえしが転調をふくませた通奏
低音へとかえていくから、いつかかわることをわ
すれるくらいの等比的なげんそくで単位音へひき
のばされるそれをけいそくできないじかんののち
にあるしゅんかんにおいて遷移させようとする

うみのおとがきこえるからわたしはどこにもいら
れない、くうかんの圧縮と伸張がふうけいをおり
まげるのでわずかなみずさえひかってみえる、ゆ
れるくさはわたしのせなかよりずっとうしろに焦
点をあてててをふっているようにみえる、たいよ
うはみあたらないのにあかるさはわずかずつへん
かしてあかるくなったりくらくなったりするもの
のここはずっとまひるにみえる、いくつかのくさ
がわたしのふくのきれはしであるようにみえる、
わたしがどこにいるかはもんだいではない

ここでよみあげられるかずはすべてじゅんばんを
みうしなうから、きりがでてくればふちゃくした
かずがかぜにしたがい配置をかえてなんらかのも
ようがえがかれつづける、それをかずいがいのも
のでけいそくしなければならないから、あらゆる
ものがべつのものとしてあるここで、こきゅうで
はないこきゅうをして、みえるものとみえないも
のと、くさにうつるとりどりのひかりをみていた


粘土

  田崎



水面に映る赤褐色の肉体に 覗きこむものの顔がふやけ、千切れ、ぼやけ
  (節度ある顔が汚れた声を発している)
草原で 撫でるように刈られ
息を吐き終えた架空の草
それがはらりはらりと水にも汚れる
  (幽かな手招き)
遠く 粘土が音をたてて、一歩一歩歩いている
  (私の手だって 汚れていない訳ではないのだが)
粘土は誰もの母親のようでもあり 死んでいるのか生きているのか
どちらとも言えない人のようでもあった
草原の刈り取りは 私が幼かろうと行われて然るべきだが
水が振り切れるように開花する頃に
音よりも光よりもはやく起こってしまってもいい
いいとは言え 今は私にはなにも言えず
粘土が幾人か 私の知らない国のことばで
悦ぼうとも 叫ぼうとも
万が一 恥じようとも
どこかで見た、厳かな振りをして 知らない国のことばを
  (間違いなく、知らない――)
草はことばとなり
水に合わせて息をし 時を待たず息たえて
汚れた架空のイメージを 私の許可も求めずさらに汚し
  (元から汚れていないのが想像できないくらいで
   却って美しいと思えなくもなかったが)
幼い私はそこで止まると
止まり切らずに捻じ曲がっていた


  田中智章



初冬のつめたい空気の
魚群の鱗のかがやく外で
仰ぐ山に 冠雪している
化粧に引きよせられ
風に申し付けられたように窓を開ければ
二階からは眼窩のように深く
よわよわしい木立のもとめる
大地のぬくもりの身代りが喪われている
(木の孫らは行方不明である と聞いた)
   その名残の川はいつからか涸れていた
   (埋め立てられたのだ)
   その後に私は生まれた
   (つまり 川はまだ埋まっている)
   (川の墓地)
その後に
そう「その後に」私は生まれた
孫らが行方不明であるのか
あるいはその逆か
今となってはただのひとつぶの
土さえ運ぶことのない
寂々とした川の上に積もる
砂のように乾いた雪を
自動車の排気を纏う蛇として
歓喜のこえをあげる
風が運ぶ


木陰

  田中智章



、歩いた後に並木道に移り、私はすんなり葉
に包まれた両腕を掻き分けると血管がある。
足元で視線は蹲ると、浸透して赤く土を染め
た頃に複雑な模様を垣間見る。なだらかな人
差し指を引き攣るときあらわれた翳りが、足
音を二重にして漸く時間に引っ掛かると、降
り止まぬ砂音が滅して明るくなる奥が遠くて
近付く。「私であっても」と微笑み顔が打ち
付けられる声をあげても、すぐに乾いてしま
う暑さに別れを結ぶ昼の収まりは水溜まりの
姿に、ゆるく反映してその風景で解かれる人
形の糸屑を見送る。


秋の日

  田中智章



(異様な音)
触れることで繋がり、(すなわち離れ、)
空白になる背後、
ほと息を吐く。離れる。つづき。
軒先から身を離す水から
空までの道のりと。
振動の上に振動が置かれ、
しかし互いに距離は保ったままで、
落下する方が判らないまま静止している。
鍵を開けると羽ばたいて行ってしまった、
雲の縁のような暗さがたなびき、
人のかたちになって陽を浴びる、
雪のごとき融解。走り抜ける痛みで霧散する、
理のこわさをばらばらにして、
雲と混ざりゆっくり流れていった、
(私が流した)
 
 


(あさ水を弾く)

  田中智章



あさ水を弾く
風が汚されたのどをあらう
聴覚のゆめは畸形の吐いき
明日から野放しの天使が



生まれたばかり生まれたままで蟻が燃えて、逃げた骨片の表面で水が啼いている。話し声
が気になってカードを投げつけようとして水銀の川を。絵は二十二枚、それを十一枚とみ
なし一枚を除くべきか加えるべきか悩むうちに炭酸の海に無数の花が転生した。息が喉か
ら拡がる。丘には放し飼いの爪あとが夜ごと走っている。



九十九の浜を
生きたままプリンターの口からは
ぽろぽろとリングの石灰の滓
夜が仮にも夜ならば
結節をデネブとして波を口にふくむことで
「いいから」と言われた背中をみている



私は生物ではなく namamonoとして
装着した本や 海藻を
値引きしたまま歩いて
歌われれば雨に傷つき
切り開かれた体を
地面に縫いとめた



残骸の静寂は綿菓子をほおばった子の歩幅で、クレーンの鉄塊に骨を抜いた魚の亡骸と小
声で話している。野から海底から、岩が響く音の印字をレコードした婚礼が繰り返し自壊
しているのんびり、星が砂浜を降下していく根が斜めに、大きな空を裏返して夜の表面か
ら膿んだ泡が、波が冷たくて喉をあらった。
 
 


(頭を置き去りにして歩く、)

  田中智章



           頭を置き去りにして歩く、白い煙を道標として吐きながら
    灯りは思い思いに燈り、星のように曖昧な輪郭
      地面には産毛が生えている。泡立って固まった鍾乳石の土地
         光のないことを誇っている。音のないことを望んでいる
     光がないから夜なのだ。白い手の軌跡が美しい
空には無数の目がある。動物だろうと植物だろうと人だろうと
            吐息が宝石だろうと鬼灯だろうと、頭が失われていようと
     息が冷たく頬をさらう、熱はどこにも行かず、滴り落ちるだけ
       まれに鈍器のような音がするのは、おそらく雪の塊が落ちたのだ
          じっと聴き入る、また、夜空から見つめられる
  ふたたび足あとを追うようにして歩き出す。まるで足あとをなぞることが
           目的であるかのように、でもまた降り出せば、足あとは消える
   そのときは、まるで足あとをつくるために歩く
             雪の中に頭を置き去りにして
 
 


万華鏡の風景

  田中智章



遥かの山の上空に
広漠な思念のような霞雲
体が浮いていると錯覚させられる
点在する緑の隙間に風の蛇腹が見える
季節という定位が不似合いだと言う
小さく分離した雲の無言
私は今はむしろ
曇った万華鏡のようなものであって
覗く者などもちろんいないが
ただむらのある反射に身を明け渡しているばかりで
同時にそのすぐ脇で
訳のわからない必要に駆られて言葉を並走させている
しばらくの間 大きな音が訪れないことを期待して
目に見える世界が 常に微細に振動しているのだと気づいた
気づいたように思えた
それは自分が振動しているからだろうと
自身の血液の震えを想像した
ぼんやりとした決して広くもない筒を覗くと
白色灯のように 遠くの雲だけが清冽に眩い
 
 


みずうみの、

  田中智章




洞窟の中は星が咲き乱れる秋だった。
呼吸を止めて止めて止めて、それでも息を飲んだ。
鳥が一羽また一羽と、架かっていく。破裂を含むように、孕むように。
断層の線を睨んで、暗い夜に、昼に、頭骨の中に。
指先で引いた蛍光の輪郭でみずうみは、
息をするように潜ったり沈んだり。
そのリズムは秋の一部で、
ゆっくりと落命したり弾けるように笑ったり、
気配のような影を映す。
映して誂うように笑顔。つめたいな、
水面が、そうして冷たい日時計をつくり、
鳥の羽が、いびつな螺旋を描いて、
陽溜まりが水滴となって、
ぽつぽつと道が浮かびあがるなかを、
潜って、泳いでいく、手足の、
化粧が湖底に零れ落ちていて。
 
 
 


(流れていった言葉は私のものではなくて)

  田中智章



流れていった言葉は私のものではなくて
膿を出すための言葉
森をかたちづくる言葉とか
朱の消えた舌を乾す
砕けた縁石
残った物でつくり上げる
電話のコール音の中を歩く人
月が欠けるからだ
溶けたリボンを渡して
朝になるまで気温は下がるけど
月を誰もいない路地で
壊そう
期待も蔑みもいらない
夜とか朝とか
そのような移り変わりがあるだけ
事故で出会って
黒髪を絵の具にした
Enterを押す前の空白
いや
籠められた影
時間がずれた過去に
土中で雪が孵った
しろい
寄生虫の

目だけで眠っている
蓋を開けるほほえみ
色褪せた虫
生きた

ビニール袋が口に入り込んで
ひとりでに弾ける音
から生まれた死んだ

抱き枕を殴るコオロギたち
除いていく
生きながらにして忘れてやる
一人の夜

文学極道

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