文学極道 blog

文学極道の発起人・スタッフによるブログ

2008年年間選考雑感

2009-07-30 (木) 17:17 by a-hirakawa

 2008年ありがとうございました。

 文学極道は毎分毎秒更新されていきます。更新していくのは発起人・スタッフを含めた、全員です。わずかだったり甚大だったり様々な温度で詩に興味を持つ全員。皆が更新していくことの出来る、書き変えていくことの出来る、伸びしろが大きい莫大な可能性と閉鎖的危惧からの虚無的立ちすくみを抱えた場所。それが文学極道です。一年というと塗り替えきるのには充分な単位です。初期の頃と比べ、伸びてきている部分もあれば疎かになってきている部分もあります。皆で作っていきましょう。側面からの覚醒に触れる前線は、どんな時でも参加する個人個人の中核から始まります。

<文学極道創造大賞> ―― 新しい文学を創造した者、最もイマジネーションを炸裂させた者に
■受賞 黒沢

 黒沢さんは抒情と実存の両義を反映の領域へとたどり着かせた稀な方です。「ホオズキ笛」の印象と質感は時間の網の目で空間を掬いあげ、内在する純潔をひそやかに侵食する意識に立たせてあります。「迷宮体」の糸の先に結実する「星の氾濫」は巧妙な凝集するせり出しがセロトニンを流し込み、消失する危うさを豊穣に探り当てていきます。「新宿三丁目で思うこと」では人間を人間として厳密に確定できない厳密さを投射させ、むき出す体温が濃い表情を穿かせています。実存の肉厚さへ透かせる抒情性は、年間最優秀作品賞「プラタナス」で、どの境界も打ち崩し達し今なお拍動を背し続けています。黒沢さんの作品には人間を透視する線が引かれています。その線は欠けています。興味深い欠如です。完璧なものは入る隙がなく圧倒と同時に突き放しますが、黒沢さんの作品が読み手を引き寄せ光沢の在りかを伝え続けるのはこのためです。作品世界にある作者の静かなたたずまいや筆致のリズムは、コントラ氏に、この人はほんとに力あるな、と言わしめるほどでありながら燐光を決して贅に張ることはない背筋を覗かせています。
 人間の等身を踏襲する構成は、これからの伸長へも期待を握らせます。

■次点 いかいか

 負の感情から出された膿が伝承世界を反射させた時に示唆の迫真は誇示を超えます。いかいかさんは否定を突き詰めて重ねる否定の弾かれる自己に、実在の肯定の側面を見出し掌を当て続けています。その掌を自己の閉鎖的な世界ではなく伝承や歴史の中で描き出すため清澄な外界を侵食させる内界は育ち続け威力を持ちます。その威力は一過性に収まりません。年間最優秀作品賞次点に推挙された「星遊び」は圧巻としか言いようがありません。落選狙いや否定の感情が放出する位置を敢えてズラすために、作品の質は安定しませんが、だからこその放射が冴える皮肉も持ちあわせてます。投稿された欠損した部位を見つめる真面目さに過ぎる視点は生きることと質量を同じくします。傾く孤立は体温を伝えたくなります。天才とはこういうことなのかもしれません。

 選考の際、創造大賞には、泉ムジりす吉井鈴屋、各氏の名前が候補として挙げられました。

<文学極道最優秀抒情詩賞> ―― 最も美しい抒情詩を書いた者に
■受賞 泉ムジ

 積み重ねることは新たなる世界の創造とは、また異質な箇所に座ります。再構築された世界での再構築していく世界を再構築していく世界を創り出す泉ムジさんの作品は、詩という芸術をエンターテイメントに転換しました。現代詩のサザンオールスターズとも言うべき影響の良質を個人に濾過し発する在り方は、幅広く読み手の情感を、掴みます。ノらせます。プラスねじ、での使い分けがまた、遊び紙に作品を包み込み、解放の達成へと軽やかに読み手を釣り上げていきます。作品の質はそれぞれ一定以上のレベルにあるけれど、もっと深く書けるようになると思う、そのときの個性を見たい、という意見もありました。薄利の現代性を付けるライトは初心者にも掴みやすい筆で止まない、けれども後半の投稿作品はもう一歩進める、作品の完成度に幅がある、という意見もありました。

■受賞 りす

 鮮度の進行は本人の中で、常に先を予想させます。潤いが自らを引き上げていく地点は直ぐに終わりへ向き、乾燥への恐怖が僅かながらに顔を垂れ伸び下げていきます。その時に立ち止まるのは最上の湿度を保つ手段です。進み続けることは勇気がいる内面を乱す他者には触れない圧迫です。進み続ける作者の作品は、端的な綴りに越境の凝集を纏わせはじめます。他者との関係性の終わりを匂わせる作品群は確実なる読者の魅了とも合わさって、緩やかな解放と自閉への肯定を立てました。選考の際、以前には見られなかった乾燥感が面白かった、新しい文学の創造という観点からは弱いけれど、類い稀な能力の行く先には目を見張るものがあった、という意見がありました。イマジネーションの炸裂という観点では、抜群、という意見もありました。例年と比べ、無難に思えた、という意見もありました。

■次点 マキヤマ
 
 硬質と高湿な連想は沈黙の豪奢を導き出します。削ぐ中に置かれた言葉は世代を前に匂わせますが、隙間から連れて行かれる箇所は血流の感情です。反射させる醜悪の些末を魅せる自覚です。底辺に敷かれる搾る誇りを発します。一定の質を保ち続けてはいるけれども、小さく固まり過ぎている、弱い、という意見もありました。

■次点 如月

 詩はどこから来るのでしょうか。どこへと向かうのでしょうか。現代詩とは一体、どのようなものなのでしょうか。極限も先端も境界も意識せず、とにかく書くことにやみくもだった作者は、多種多様な方向に手をのばして、やがて、開きなおる僅かな強度を身につけます。何を活かすためなのか意識せず使用する技巧と慎重に選ぶ中に混じっている書けば書くほど遠ざかる場所にある綴り、それらは無意識へと読み手を漬け込み詩が詩から始まる前の根源を明らかにしていきます。仮説の検証と予期せぬ新発見からの唐突な大飛躍を実証していく作品の変化には感受性の裸身を掴まずに、居られません。特に「カナブン」は凝ることのない名作だと言えるでしょう。選考の際、まだまだ伸びて欲しい、年間各賞に集約されて評価することで圧迫してしまうだけなのではないか、という意見もありました。作者はとても正統派な作風であり、作者自身の美意識に依存するところがあるので作品を重ねても(読み手視点から)鮮度がなくなりうる、一度視点が違うところに向かないとそう遠くないうちに停滞しそうな予感がある、放っておくと旬を逃すかもしれない、評価するなら今かもしれない、という意見もありました。やみくもの中で狙い打つ合間から伸びていくということは、狙い打つ度合が高くなることにほかなりません。最初の頃の作者の綴りを大切に、その上で技巧なども交え、没個性の作品に落ち着かないよう願っています。これからも作者自身を大切にされて欲しいです。

 選考の際、抒情詩賞には、凪葉はらだまさる右肩良久紅魚桃弾丘 光平DNA5or6、各氏の名前が候補として挙げられました。

<文学極道実存大賞> ―― 人間・人生が良く描けていた者に
■受賞 鈴屋

 鈴屋さんは生と死の過程でしかない現在の生命意識を、自身と異性という他者、そして住まう場所の三つの関係性から凝集させた眼力で提示していきます。眼によって晒されるものは私たちが住まう事象を構築する膨大な残骸であり、その一瞬の必要に生み出されては死に行き始末もされない何処へも向かうことのない消えることのない情報こそが、輪郭を明確にし、取り囲まれた自身と異性の性を生殖を冷徹に抽出していきます。終わりを芽吹かせる始まりを生み出す行為へと向かうことは、人間の本能をえぐり出し、自身も終わりに近づく死への色濃さを生に塗りつけます。自身とは一体何者なのか、生と死の狭間とは何なのか。意識と混合していく肥やされる死骸は答えを出さないまま設問を多義的に手渡し、存在を掌に握らせます。「花冷え」は特に軽妙に深めている傑作です。「恋歌連祷 6(仮)」や「あなたの行方(1〜5のうち1・2・3)」「あなたのゆくえ(1〜5のうち4・5)」などの評価も高く、前近代的でありながら一過性ではない読み手の中でも育つ作品を書くことの出来る佇まいは尊敬の念を抱かずにはいられない、という意見も出されました。

■受賞 殿岡秀秋

 幼少期の記憶は経験と現在を歩く風景の中に乱立させ、その身を隠すことは、ありません。決して、と言っていいほど、それは絶対なる悲哀です。晒されている世界の断面は内界と外界をつなぐ意識にくるまれ、初めて意味を持ち始めます。その人間の成長過程の中で培われてきた疑いのない価値観は、やがて世界を肯定し、それが故に疑いを持つのです。それは根拠や証明を不要とします。小さくも目を覆いたくなるような悲劇は、いつでも日常の中にあり、一人一人にささやいている、そこを歩き続ける、意思ではない時間の観念に輪郭が浮かび上がる。殿岡さんの作品はいつでも日常風景を子供の感情の雄叫びに変えます。「声の洪水」「悲しみの小石」は特に見事です。一番魂が合ってると感じた作者だ、という意見、“一作”ではなく、“作者”に賞捧げたい、という意見、最先鋭を目指していく作品がある中で殿岡さんの存在は実に異色で安心感すらありさえした、という意見もありました。

■次点 吉井

 言語の可能性が海より深いのは言うまでもありません。海底に人類がたどり着いても言語の底にたどり着くことはないのです。その可能性の深さから自由度を上げすぎてしまい、詩という芸術は破壊の加熱を倦怠する陰鬱へと向かわせることが多々あります。吉井という作者は歴史を凝縮した上での拡張と拡散を言語に備え、結晶させつつcoolにfoolをやっちゃってます。具体音と自然音への呼応する建物を傾ける根の伸長と、笑みとの弾けるサワーを見せちゃって、獲っちゃっちゃっているんです。徹底的なバカ衝動を挟むあり方は、エロスではなく、ど助平の歴史的首位確立を具象します。傑作「さてと」に鮮烈を知った、秀作「たんぽぽ」に抒情を握った、怪作「八十八夜語り ー晩夏ー」に共存の実景を見た、などなど、さまざまな意見がありました。量産したら壊れてしまいそうな創造のあり方なので気になる、言語派に傾倒してしまいがちな点を打破して欲しい、という意見もありました。

■次点 Canopus (角田寿星)

 ヒーローを信じることが出来たから歩んで行けた時代というものは誰にでもあります。成長するにつれ、自分がヒーローにならなければならない時が来たり、ヒーローにはなれないと思いしらされたり、信じるだけの時代は終わりを迎えます。作者は等身大のヒーローの哀切を常に突き詰めていきます。それは、まだ信じている子どものままの今と、これからへの不安から真ん中の感情を小さな咀嚼させて読み手を掴み放しません。作者のスタイルは様々なジャンルで蔓延しているものですが、すきであるからこそやり続けることに凝集する魅了は確かな独自です。日本の特撮ヒーローは欠けています。正義を完全によしとしていません。何が善で何が悪か、そんなことより腹が減る、今日の生活どうしよう、な作者の世界はこれからも拡がりを見せていきそうです。
 2008年、Canopus (角田寿星)さんの投稿作品は一歩先へと進み、哀切な符号の現実に画面の饒舌が駆られる方位を探り当てました。「ムルチ(『帰ってきたウルトラマン』より)」、「狙われた街/狙われない街(メトロン星人)」の立脚と歩幅の懐疑は妙を絶します。「もいっぺん、童謡からやりなおせたら」は、人間の感情を初めて揺さぶる衝動を持った傑作といえるでしょう。

 選考の際、実存大賞には、黒沢いかいか午睡機械右肩良久、各氏の名前が候補として挙げられました。

<文学極道新人賞>
■受賞 DNA

 流れで旧弊の欺瞞が粉砕されるのはいつでも自分を突き詰める快楽です。嗜好的娯楽行為に過ぎない自己完結が他者へと開かれるときにこの快楽は創造となり得ます。作者の綴りひとつひとつは新しいものではありません。見せ方、読ませ方も今となっては全く新しくはありません。けれども錯綜する欠如と爽快に跳ねる即時的な方法論は、依り代にする言葉へとドーパミンを直結させます。それは表層的な偽善を取り払い真摯な厳格な位置の根源を見据えて、方向を曝すことにほかならないと言えます。成立された本質とも言えるでしょう。真っ向から立ち向かい、装飾のみになってしまいがちな部位を打破し続ける作者には拍手を惜しみなく送りたいです。「彼岸マデ」は隠れた名作であり、作者の構成の妙に触れやすいうねりが指してきます。やりたいことがきちんと分かっている作者だ、という将来への視点を含めた意見もありました。

 選考の際、新人賞には、鈴屋殿岡秀秋右肩良久ぱぱぱ・ららら鯨 勇魚。マキヤマ、各氏の名前が候補として挙げられました。

<文学極道エンターテイメント賞>
■受賞  該当なし

 選考の際、エンターテイメント賞には、菊西夕座香瀬ゼッケン吉井、各氏の名前が候補として挙げられました。また、菊西夕座氏のレス部分にエンターテイメント賞を与えてはどうか、という意見もありました。

<文学極道最優秀レッサー賞>
■受賞 ミドリ 宮下倉庫

 合評に助けられたことって、ありませんか。自分自身の姿勢に澄ませていても誰にも読んでもらえないかもしれない寂しさが鈍らせる時に、凄烈な意見の投射に背筋を正し沸点を握る。誰にでも、ある経験です。もう書ききったはずの作品でも、より良い結晶を抱かさせられ、伸長の引き出しに愕然とする温かさです。育まれた夢想が現実へ帰り、全容に昇華される瞬間です。温かな掌を自作へとかざすレスは双方向性のある文学極道では特別な意味を持っていることは間違いありません。踏み込み浸す閃きの客観。ミドリさんは透けている博学をセクハラからエンターテイメントまで多岐で覆いつつ作品としての意識を問いかけ続け、ベクトルの賛否を突き詰めます。宮下倉庫さんは実直に真芯を捉え続け、その上での技術を提示します。自己閉塞への装置としての機能しか果たさない危惧すらある評や安易な時間消費の現実逃避へ傾きがちな作品の表層を初めから拒否する評の並ぶ中、二人が2008年のレッサー賞に選ばれたことは必然と言えるでしょう。必然と言える、の、ですが、

・菊西夕座事件
 このレッサー賞の結果には数多くの否定的な意見が寄せられました。その意見のほぼすべては要約すると同じ内容で、つまり「菊西夕座氏がレッサー賞を受賞していないのは、おかしい。何故だ」といったものでした。選考の際、レッサー賞の候補には、ミドリさん、宮下倉庫さんの他に菊西夕座右肩良久、各氏の名前が挙げられました。菊西夕座さんのレスは、真芯を捕らえた上でのエンターテイメントだった2007年と違い、最初からエンターテイメントへとずらし込んでいる、むしろレス部位にエンターテイメント賞を与えた方がしっくりくるのではないか、という意見もあり、議論に議論を重ねた結果2008年レッサー賞の受賞には届かないという結論に至りました。しかし、年間各賞発表後、メールや発起人のブログへのコメントなどで毎日のように「レッサー賞に菊西夕座が入っていないのはおかしい」という意見をいただくこととなりました。特筆しておきます。

<選考委員特別賞>
■石畑由紀子 選 受賞  ともの
「とものさん自身、この短期間で詩のテイストが激変しており、その前半と後半のどちらを評価するかは選考委員によって違っているとはおもいますが、今後長きにわたり書き続けていきたいものが彼女のなかで固まった感があり、おそらく必要な変化だったとみています。
 ここを経ての今年への期待も込めて、拾わせてください。」

■蛍 選 受賞  鯨 勇魚。
「たった1作の、しかも優良ではなくて佳作ですが。
 私には年間最優秀作品に挙げたいほど印象的で、好きな作品でした。

 やわらかな抒情で語られている、しんと冴えた冷たさがとても印象的でした。
 なかでも3連目の『@依存』は秀逸だと思います。
 これほどまでに優しく染みてくる淋しさが胸をうち、美しいイメージとももに、
 いつまでも心に残って忘れることのできない、そんな作品です。」

■ダーザイン 選 受賞  ぱぱぱ・ららら
 その他、鯨 勇魚。ためいき(特に「幻想領域」) 、各氏を候補として挙げていらっしゃいました。

■Aya-Maidz. 選 受賞  ゆえづ
 その他、PULL.氏を候補として挙げていらっしゃいました。

■平川綾真智 選 受賞  香瀬
 香瀬さんは血としての詩は書けないのだと思います。構成や所謂「表現方法」に魅せられた形骸化の装飾部位から詩を書き始めた印象です。2008年、それを逆手に取ったようなエンターテイメント的作品群は異彩として群を抜いていました。詩人ではない芸術家として、自分と戦い破壊と創造を繰り返すなんて、そんな泥臭さに一ミリたりともいない、計算のみの世界。それは作者を押し殺した形骸を極め、極めるが故に作者を見せるという逆説を生み出します。詩への再構成を別の立ち位置から、一種荒れ果てた地平を勢いと構成のみで、造り上げる世界は情感が体温の位置にない、独特の視点になっています。「[ピーナッツ]」の、生活の場所で読み手を繋げるあり方は、形骸化だとか中身がないだとか嘆かれている詩作品の新たな方向性を示している冷静な豊穣に富んでいます。どんな方向性で書いても体温が出ない様相は誰にも真似できない諧調です。これからどうなるのか見届けたい作者だ、と思わさせられました。
 その他、木戸さんの男子臭ただようダサさが気になりました。

■望月遊馬 選 受賞  5or6
 その他、ぱぱぱ・らららPULL.soft_machineさん

■前田ふむふむ 選 受賞  疋田
 *疋田さんの「眠り(a)」は<文学極道年間最優秀作品賞>の候補に挙げられていたことを付記しておきます。

■稲村つぐ 選 受賞  右肩良久
「右肩良久さんの登場は、有難かったです。多角的に、とても勉強をさせて頂きましたし、『「姥捨山日記」抄』など突然に、びっくりするような作品を生んでくれます。」

■コントラ 選 受賞  凪葉
 *コントラさんによる選評は8月中に公開予定です。しばらくお待ちください。

■その他
 また、選考の際、裏っかえし軽谷佑子小川 葉まーろっく草野大悟fiorinasora寒月んなこたーないケンジロウ、ひふみ、各氏の名前が候補として挙げられました。付記しておきます。

 2008年は新たな中核の心音に満ちていました。これまでとは異なる方向性を提示してくださった常連投稿者の確固たる音と勢いよく駆け上がる新人投稿者の輪郭を持たせない音。どれもこれもが魅力を裏書していきました。躍進の波動は静脈を動脈に変えます。
 一方、全体の傾向として詩を深めていっていない方が多すぎるのではないか、読者を意識して無さ過ぎるのではないか、という意見も狭間に出されていました。いとうさんとAya-Maidz.さんが興味深い発言をされていたので、以下に書き出しておきます。

 (いとう)
 詩を書こうとして書いている人や、自分が何を書きたいのかわからないまま書いている人が多かった印象を受けました。詩を書くという行為は手段であって目的ではないし、詩を書く際に、自分は何を書きたいのか、その掘り下げを徹底的に行わなければ、ピントのずれたものやありきたりのものになると、個人的には思っています。

 (Aya-Maidz.)
 選考メンバーの中でおそらく私が一番ライトな志向なんだろうけど、そういうところを意識して作品を読んでると、文学極道ないし現在(飽きずに)詩を読んでる/書いてる人っていう枠の中で作品を読まれることに満足してる作品が多いなぁ、と感じます。
 言葉の使い方などが粋な作品は増えた気がしますけど、その分難読化してて、且つ読後感が難解さに見合わない作品も増えてる気がします。「これは!!」と思う作品は難解になっても読み手を離さない興味や好奇の持たせ方が上手いんだけど、全体としてはそういうところは軽んじられてるのかなぁ、と。
 これからも既存顧客だけを相手にしていくのならどんどん尖っていけばいいんだろうけど、詩の現状考えるならば空回りしてでも世界観を薄めないギリギリのところでキリギリの表現に気概を見せてくれる人が出てきて欲しいと、個人的には思っています。

 上記は本質で曲がらない印象でこれからの追及です。これから自作を含めての果敢を思わずにはいられません。
 また、以下のような意見も出されました。

 (石畑由紀子)
 年間を通して一作のみの投稿だったものの好印象、というかたが何人かいらして、
 (個人的には小川 葉さんや鯨 勇魚。さんなど)
 推挙するためにももうすこし数を読みたかったな、とおもいました。
 もちろん、単発でも充分な爪跡を残すかたもいるので、それまでと言えばそうなのですが。
 また来てほしいです。

 (稲村つぐ)
 毎年ごとに、受賞暦を無視したリフレッシュな見方で年間選考をしていきたいと考えています。
 当サイトの掲示板は、詩誌の新人作品投稿欄のように“新人賞をもらったら、その人がいなくなる”のではなく、良い作品と刺激的なレスが常に活発に行き交う、“生きた投稿掲示板”であってほしいと願っています。

■殿堂入り 一条

 最後に、殿堂入りである一条さん。2009年から殿堂入りの者でも投稿しさえすれば年間のどの賞の候補にもなり得る資格を持つ、ということになりました。重圧の中にあるかもしれません。賞を狙うという、とても曖昧な自我にはいないのかもしれません。ただ、湧かしてくれたら、と思いは止みません。

 これからの文学極道はもっと広義に解釈されていって欲しいなと思っています。されていくだろうとも思っています。皆で土壌を作っていきましょう。更新していきましょう。これからも、よろしくお願いいたします。

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6月分月間優良作品・次点佳作発表

2009-07-23 (木) 16:56 by 文学極道スタッフ

6月分月間優良作品・次点佳作発表になりました。

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「狼13号」発送しました

2009-07-22 (水) 23:59 by 文学極道スタッフ

12日のTOKYOポエケットにご来場いただいたにもかかわらずお売りすることができなかった 「狼13号」 について、文学極道からの送付をご希望だった方々へは、21日に発送いたしました。
準備作業に時間がかかり、発送が遅れてしまいましたことをお詫びいたします。

今週中に届かない場合、または内容に間違いなどがあった場合には、お手数ですが下記の通販用アドレスまでご連絡ください。
store@bungoku.jp

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東京ポエケット by 一条

2009-07-20 (月) 01:42 by 文学極道スタッフ

- 投稿者:天才的大詩人 一条さん(四季ユートピアノへの投稿です)
- 投稿日:2009年07月15日(水)19時07分05秒

キャー、一条さーんサインしてー、だっこしてー、抱いてー、ごめんなさいぼく妻子持ちなんで
サインくらいなら、じゃ、わたしのまんこにサインしてー、まんこにサインはきつくないっすか?
そんなことないですよほれー、おー、完全にパイパンじゃないっすか、ほれーマジックペン、
おー用意がいいですねーじゃ一条っと書きますね、きゃー感じちゃーう、あちゃあ「条」のとこが
ぐちゃぐちゃで●になってちょうどまんこが●で隠されてリアルエロ本みたいな感じになったけど
いいかな、きゃーやらしー、

という夢から覚めて、行くか行くまいか迷ってたポエケットに行くことを決意しました。
とはいえ昨日までは行かない方向に傾いていたので妻と子どもたちになんて言おうかなって
考えながらまさかそんな夢を見てがぜん行く気になったとも言えず居間に行くと、
子どもたちはケーブルテレビでやってる「風雲!たけし城」をいつものように大騒ぎしながら
観ていました。しばらくぼくもぼけーと眺め、たけしの横にそのまんま東が座っていたので、
この人がもしかしたら日本の総理大臣になるかもしれないよと言うと、子どもたちは
不思議そうな顔をして、じゃあたけしはどうなっちゃうのよ、と言いました。そんなこんなで妻に
事情を伝え、両国に行く承諾をえました。途中新宿の紀伊国屋に寄って子どもたちに
絵本を買ってあげました。きゃーカロリーヌの新しいのが二冊も出てるーと言われ、
それも含め絵本を六冊買いました。両国から新宿までは電車に乗って、
運よく家族全員が座ることが出来ました、両国久しぶりやなーと思いながら外の景色を見てたら、
だんだん眠気が襲い、

あのー一条さんですよねー、はあ、やっぱり一条さんだー、ふー最初に断っておくけど
いくらあなたのまんこが完全にパイパンだとしてもまんこにサインというのは勘弁して欲しいんだ、
そんなーわたしのパイパンは他のパイパンとは比べ物にならないわよーほれー、おー、
でしょーほれー、ちなみにどうやったらそんなに完全なパイパンになるのかそのわけを訊いてもいいかな、
わたし実はパイパン星から来たパイパン星人なんですパイパン星では
生まれたばかりの赤ちゃんをみんなパイパンにするんです
地球でいうところの割礼みたいなものよーほれー、ちょっと待ってくれないか
生まれたばかりの赤ちゃんは確かみんなパイパンのはずだろ、
ところがパイパン星人の赤ちゃんは生まれたときからおむつからマン毛がはみ出すくらい
ふっさふっさなのよーほれー、あー、はやくまんこにほれー、
こんな完全なパイパンを見せ付けられたらサインしないわけにいかないねきゅるるるる、
きゃー、ちょっとこつをつかんだのか条のとこが今度はあまりつぶれなかったな
何事もやれば上達するものだな、きゃー一条さんって努力家なのねーほれー

お父さん、お父さん起きてってば、、目覚めると子どもたちがぼくの体をぐりぐり揺らしていました。
すっかり眠り込んでいたようです。妻が、お父さんはお仕事で疲れているのよ、と言いました。
お父さんうなされてたよーと子どもたちが心配そうに言い、妻は、お父さんは夢の中でも
仕事のことばっかり考えてるのよ家族を養うってのは大変なことなの、と子どもたちに
言い聞かせました。子どもたちは納得したようにそっかーと言ってくれ、でもお父さん、
ほれーほれーって何度も寝言を言ってたけど、お父さんの仕事は穴かなんかを掘るお仕事?
と訊いてきました。ぼくは少し考え、
そうだねーお父さんの仕事というよりも穴かなんかを掘るのがお父さんの人生そのものなんだよ、
と言いました。

両国に着いて駅を出ると、お相撲さんが一人で相撲を取っていたので、
子どもたちがあー本物の一人相撲だーと大喜びしました。
お父さんは今でもよく一人相撲を取ってしまうけど本物を見るのはお父さんも初めてだと言うと、
子どもたちは、へえーすごくめずらしいことなんだねと改めて喜びました。
もうちょっと見ておきたーいと子どもたちがせがむのでしばらくそこで一人相撲を見ていました。
時計を見ると1時30分を少し過ぎていたので、はやく会場に行ってキャー言われたいちゅうねんって
内心思いましたが黙っておきました。やがて一人相撲が終わると、
お父さんあのお相撲さんにサイン貰ってーと子どもたちが言い出したので、
しかたなくお相撲さんに近付き、すいませんサイン頂けないですかと言うと、
お相撲さんはふっと真剣な顔になり巨体をゆっさゆっさ揺らしながら逃げるようにいなくなりました。
子どもたちが残念そうになんであのお相撲さんサインしてくれなかったのかなあと言い、
ぼくはしばらく考え、サインにまつわるいやな思い出でもあるんだよ、たぶんね、と答えました。

会場に着いて、妻と子どもたちは江戸博物館に直接行って、
ぼくはポエケットが行われている会議室に小走りで行きました。
ぼくは裸眼ではなにも見えないくせに裸眼で生活しているので文学極道のブースを見つけるのに
かなり時間がかかってしまいました。ようやっとみつけ、あのーこれ一冊くださいって
店番をしてるたぶんこの人がダーザインさんだろうなって思った男の人に言うと、
お名前は?と訊かれました。その人がダーザインさんだったわけですが、さて。さてて。さててて、
と吉井さんばりに口ごもりながら、お名前は?と訊かれはたして「一条です」なんて
どの口で言えばいいのか、さてさて考えながら「あーほにょー一条とかそういう」のように言うと、
ダーザインさんが、一条さんてあの一条さん?みたいな感じだったので、
「は、は、はい」としどろもどろになりました。でも、そこからは男一条、
持ち前のガッツでがんがん喋りまくり大盛り上がりとなりました。
それでは、ダーザインさんとぼくのその時の会話の一部始終を再現してみると

ダー「まさか一条さんがきてくれるとは」
一「はい、わざわざ殿堂から出てきましたよ、ははは」
ダー「なんか、もっとがたいがいいのかと思ってたけど」
一「あー、体は細いですけど、ちんぽはいかにも一条って感じですよ、ははは」
ダー「天才的大詩人の一条さんがきてくれるとは」
一「そうですね、今日はうんこは食いませんよ、ははは」
ダー「まだ、バタバタしてて」
一「ところで、あそこのマイクってなんのためにあるんですが」
ダー「朗読でもやるんじゃないかな」
一「ふーん、殿堂入り者がいるとこで詩の朗読をするとはなかなかたいした勇気ですね」
ダー「ま、どうせ文学極道なら佳作入選もしないような詩だとは思うけど」
一「いわゆる糞みたいなポエムってやつですね」
ダー「今日、一条さんは飲み会は?」
一「すいません、殿堂の門限が17時なんで、それまでに帰らないと罰として子豚にさせられちゃうんで」
ダー「なんか一条さんには重いものを背負わせちゃったみたいで申し訳ないなあ」
一「海にはいつも人があふれている。カモン、カモンと鴎は空を」
ダー「おー、それは」

と、ぼくは2005年最優秀作品賞をとった「鴎(かもめ)」を朗読しながら会場を後にしました。
ダーザインさん、あの時は、さよならも言わずに自分の詩を朗読しながら帰るという
おろかなことをしてしまい、申し訳なかったです。会議室を出て、博物館に行くエレベータの
前あたりで「白が消えた」。それからぼくは博物館で江戸を満喫し、
駅前の両国屋で少し早い夕食を食ったのですが、注文をとりにきた中国人の店員の人に、
おすしは全部さびぬきでお願いしますとしつこく言ったにも関わらず、
わさびががんがんに盛り込まれたおすしが出てきたので、
家族全員泣きながらそのおすしを食って家に帰りました。
ダーザインさんが下に書いてるのを読むと、会場には宮下さんや泉さんやたなか(つじ)さんなどが
着ていたと知って、みなさんと詩論を語り合いたかったなあーと思いました。
うんこはもう食わないといいましたが、もしかしたら打ち上げに出ていれば
なぜだか上機嫌になってだれかのうんこを食ってたかもしれません。
宮下さんが秘儀を伝授したとのことですが、もしかしてうんこを食ったんでしょうか?
詩の才能では宮下さんに完全に負けているので、せめて秘儀くらいは勝っておきたいです。

さて。さてて。さててて。冗談はさておき、ぼくが思ってるよりも「文学極道」ってのは、
おおきなものになっているようですね。詩を投稿するという誰でも出来るような、本当にささやかな、
貢献ともいえないようなことしかぼくは出来ていませんが、
そのおっきな「文学極道」に関わっている一人であることを、すこし誇りに思います。
美男子ゆうなさんにちょっとしか挨拶が出来ませんでしたが、ほんとみなさんのおかげで、
自分もいい気持ちで文学極道の本を手に出来て、それは本当に幸せなことです。
本当にありがとうございます。みなさん、お疲れ様でした!

、、、お父さん、お父さん起きてってば。目覚めると子どもたちがぼくの体をぐりぐり揺らしていました。
たけし城がはじまっちゃうよーというのでぼくは居間にいきました。子どもたちと一緒に見ながら
たけしの横にそのまんま東が座っていたので、この人がもしかしたら日本の総理大臣になるかもしれないよと言うと、
子どもたちは不思議そうな顔をして、じゃあたけしはどうなっちゃうのよ、と言いました。ぼくはしばらく考え
そのまんま東が総理大臣になっても、たけしはそのまんまたけしさ、と言いました。
子供たちは納得がいかないふうにふーんと言いました。そんなこんなでたけし城も終わり、妻が、で今日はどうするの?
と訊いてきたので、特にたいした予定もないし、散歩でもしよっかというと、子どもたちはやったーと大喜びしました。

※ご本人より許可を得て転載

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東京ポエケット 1

2009-07-14 (火) 23:30 by ダーザイン

明日早番だというのに寝れねえ!

そんなわけでポエケットレポート第一弾。
ポエケットの会場自体の熱気は、札幌のコミケの10分の一にも満たない規模だが、来ている連中は濃かったです。
中には少数変なのもいたが、
(ゲストの朗読は、文学極道では次点佳作にも入選できない糞みたいな代物だった)
詩人はキモイという先入観を持っている人は、あれを見たら全面的に見解を変えると思う。
ダサい奴などほとんどいなかった。

とりわけ月刊未詳24と文学極道に絡んでいる人はみんなかっこよかった。
女は美人ばっかりな。
ゆうなが日記で美人しか詩人になれないのかという感想を記していたが、
ピクルスさんのハーレム月刊未詳24の美人度はすごかった。
益荒男の世界・文学極道も、カッコイイ男ばっかりな。

とりわけ、ゆうなの人がものすごい美青年のお洒落さんで
(オーラを身にまとっているような、女も驚く美しさby苺森)、
女性陣、大いに萌えていました。

ポエケットの会場には、開始して間もなくバタバタしているときに、天才的大詩人・一条さんがきたが、背の高い男で、年齢よりずっと若く見えた。
何か尋常でない人間の暗黒アバンギャルド風のオーラを身にまとっているかとか想像していたのだが、
見た目普通の人だった。
パニックのようにバタバタしている状況だったので、一条さんとろくに話もできなかったのが残念です。もうちょっと遅く来てくれたら、大勢の極道者に会えたのに。

漏れは狼13号を持ってくるのを忘れたり、上京前夜に2時間しか寝ないで自分の未公開詩や改訂詩を入れた小冊子を予約者用に焼いていてだるかったし、土曜は29キロの大荷物を持ったまま秋葉原をうろうろして疲れており(メイド服の客引きがいるのな)、笑い
文学極道ブースはゆうな、てぶくろ、もとか、俺が交代で番をしていた。ゆうな、てぶくろ、もとか、ありがとう。
てぶくろはポエケットの写真と、ポエケ後の宴会の動画を取ってくれました。編集には時間がかかるでしょうが、そのうち何某かの形で公開できると思います。
それから、宴会には気鋭のジャーナリスト・安藤健二氏来場! 本当に来てくれるとは! 嬉しかったです。

宴会には物凄いメンツがいましたよ。
実存大賞受賞者まーろっく氏(お話できて楽しかったです。実に良い味を出している人でした)、創造大賞受賞者・宮下倉庫氏(宴会会場で宮下氏が秘儀伝授してくれている様子をてぶくろが動画に取ってくれました)、天才・泉ムジ氏、天才・たなか(辻)氏、現代詩のマドンナ・吉田群青(サイン貰った、萌)

そして、情熱の塊・ピクルスさん、ろくに話ができなかったが、また何か機会があったら酌をしつつお話したいです。ピクルスさんとゆうなともとかと遠いので今回は来られなかったが平川さんのおかげで文学極道もこのたびの企画も動いています。みっちり酌をしなければならない人たちです。

今回一番に思ったことは、ふたつあります。
まず、月刊未詳24の物凄いエネルギーです。
あそこの人たちは、現代詩のコンフュージョンの中で、最も新鮮でエネルギーがある人たちだなと思いました。

それから、腐っても鯛っつーか、あやしいわーるどはやはり凄い!!
ゆうなの美青年ぶりだけじゃなくて、もとかも、てぶくろも、安藤健二も、皆、圧倒的な存在感を放っていました。人間力な。

続きは後日

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