#目次

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2009年11月分

月間優良作品 (投稿日時順)

次点佳作 (投稿日時順)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


(無題)

  debaser

おっさんがええ感じで酒飲んで酔っ払ってたんで、あれおまえのおとんちゃうんて言うたらおっさんがそんなわけないがなと否定したんで、ええ年してなんでもかんでも否定するんはあかんておっさんのケツを思いきり蹴飛ばしたらおっさん破裂した。おとん破裂してもうたわておかんに告げると、おかんが怖い目であんなもん発泡酒の飲みすぎやでて言うから、おかんかておとんにそんなん言われたらせつなくなるやろ。そやけど、おっさんかて知らん子らにおとん言われて、えっ知らんのかいな。ほんならあのおっさん誰やってんてさっきおっさんが破裂したあたりをじっと眺めてたら、じわりじわりとおっさんみたいのが戻ってきてやがて元通りさっきのおっさんになった。あれ、わし、どうなってたんやておっさんが言うんで、おっさんいっかい破裂したんやでって教えてあげた。おっさんちょっとすっとんきょうな顔して、ほんだらわしまるきり生まれ変わったんかてうれしがってるから、残念ながらおっさんはおっさんのままみたいやで。でもいっかい破裂したんは事実やから、おれこっちの目で見たもんて言うたら、おっさんこっちの目をじろっと覗き込んで、にいちゃんの目におれちろっと映ってるけど、ほんまやな、おっさんいっこも変わっとらんな、こんなん破裂損やん。でも破裂するなんてなかなか経験でけへんことやから自信持ったほうがええよ。そやけど、なんか気のせいか知らんけど体のふしぶしがさっきから痛いねん。そんなん破裂したら誰でもそうやでめったに破裂なんかせえへんもん。でも痛いんはほんまやから病院行って薬貰ってこよかなてよわっちいこと言うから、おっさんそんなん恥かくだけや病院行ってわしいましがた破裂しましてんて先生に言うたら違う病院薦められるのがオチやで。そやけど破裂しそうに痛いねん。違うておっさん破裂したから痛いねん。もうあかん我慢できひんてこんなんいややあておっさん言い終わる前におっさんもういっかい破裂した。あっおっさんもういっかい破裂したでておかんに言うたら、ええ年のおっさんがなんかいもなんかいもほんまに。そやけど、おっさんかて好きで破裂したわけやなさそうやで、おかんかて破裂した上にそんな言い方されたら傷つくやろ。そんなん誰かって傷つくに決まってるわ、だけどわたしは破裂なんかせえへんてえらい鼻息荒いんで、おれかて吹き飛ばされそうやわ。そやけど、おっさん戻ってくるんちゃうかな。なんやあんたも同じこと考えてたんかておばはんがおれのこっちの目を覗き込むんで、なんかおもろいもんでも映ってるんかて訊いたら、おばはんが三匹映ってるわ。なんで三匹も映ってるねん気持ちわるいなほんまに、そやけどおばはん誰やねんておれのこっちの目を覗き込んでるおばはんに問うたら、あんたが知ってるおばはんと知らんおばはんの境界にすんでるおばはんやんわたしは。それどんなおばはんやねん言うたら、おばはん同じ言葉を繰り返した。もうそれ知ってるから、知らんこと教えてくれよ。知らんことなんか教えれるかいな、知らんこと知りたかったら違うおばはんに教えてもらい。あっ四匹に増えた。はよおっさん戻ってけえへんかなておっさんが破裂したあたりをじっと覗き込んでるねん。あんなおっさん見たことないしうまいことやればおっさんと二人で金儲け出来るんちゃうやろか、なんやあんたやらしいことばかり考えてから。なんやおばはんおれの心の中読めるんか。そんなんせんでもあんたが思てることなんてまるわかりやん。金儲けの話はおっさんの了解が必要やし、いまんとこおっさんが破裂を自由自在に操られるかどうかわからんし、仮に操られたとしても、おっさんあんだけ痛い痛い言うてたからそのうち死んでまうで。あっ一匹減った。隣の家はようさん燃える。おれ飼い犬ちゃうし。なにを今さら言うてんねん。そんなん知ってるわけないやん。あんた寝ぼけてんのか。おばはんはおれのこっちの目を覗き込んで映っている。おっさん戻るに戻られへんなこりゃ。どこにおるんかしらんけど、こんなん破裂損や言うてるに決まってるわ。おれのこっちの目に映っているおばはんが三匹。人間のすさまじい叫び声が聞こえたような気がすんねんけど、そんなん当たり前やん。考える時間がもったいないわ。言われんでもあんたの考えてることくらいまるわかりやわ。おれのこっちの目に映っているもの。おばはんたちがおれを引っ張る。体がいやがってるやん。あんたのこっちの目に。巨大鼠がゆっくりと走っている。おれはそれを追いかけるやつになりたい。


HOUSES OF THE HOLY。

  田中宏輔




OVER THE HILLS AND FAR AWAY。





「なんていうの、名前?」

「なんで言わなあかんねん。」

「べつに、ほんとの名前でなくってもいいんだけど。」

「エイジ。」

「ふううん。」

「ほんまの名前や。」

「そうなんや。

 エイジかあ、

 えいちゃんて呼ぼうかな。」

「あかん。

 そう呼んでええのは

 おれが高校のときに付き合うとった彼女だけや。」

「はいはい、わかりました。

 めんどくさいなあ。」

「なんやて?」

「べつに。」

鳩が鳩を襲う。

鳩と鳩の喧嘩ってすごいんですよ。

相手が死ぬまで、くちばしの先で、つっつき合うんですよ。

血まみれの鳩が、血まみれの鳩をつっつきまわして

相手が動けなくなっても

その相手の鳩の顔をつっつきまわしてるのを

見たことがあるんですよ。

それって

ぼくが住んでた祇園の家の近所にあった

八坂神社の境内でですけどね。

鳩が鳩を襲う。

猿がべつの種類の猿を狩っている映像を

ニュース番組で見たこともあります。

自分たちより小型の猿たちを

おおぜいの猿たちが狩るんですよ。

追い込んで

追いつめて

おびえた小さな猿たちを

それとは種類の違う何頭もの大きな猿たちが

その手足をもぎとって

引きちぎって

つぎつぎと食べてるんですよ。

血まみれの猿たちは

もう

おおはしゃぎ

血まみれの手を振り上げては

ほうほっ!

ほうほっ!

って叫びながら

足で地面を踏み鳴らすんですよ。

血走った目をギラギラと輝かせながら

目をせいいっぱいみひらきながら。

「こないだ言ってた

 よっくんって

 いくつぐらいの人なん?」

「50前や。」

「ゲイバーのマスターやったっけ?」

「ふつうのスナックや。」

「映画館で出会ったんやったね。」

「そや。

 新世界の国際地下シネマっちゅうとこや。

 たなやん、

 行ったことあるんか?」

「ないよ。」

「そうか。」

「付き合いは長かったの?」

「半年くらいかな。」

うううん。

ぼくには

それが長いのか、短いのか、ようわからんわ、笑。

「よっくんとの最後って

 どうやったん?」

「よっくんか?

 おれが

 よっくんの部屋で

 よっくんの仕事が終わるの待っとったんやけど

 ひとりで缶ビール飲んでたんや。

 何本飲んだか忘れたけど

 片付けるの忘れてたんや。

 そしたら

 それを怒りよってな。

 それで

 おれの写真ぜんぶアルバムから引き剥がして

 部屋出たんや。

 それが最後や。

 よっくん

 バイバイって言うてな。

 電車に乗ったんや。

 電車のなかでも

 おれといっしょに写ってる

 よっくんに

 バイバイ言うてな。

 写真

 ぜんぶ、やぶって捨てたった。

 でも

 おれ、

 電車のなかで泣いてた。」

「ふううん。

 なんやようわからんけど

 エイジくんと付き合うのは

 むずかしそうやな。」

「そうや。

 おれ、

 気まぐれやからな。」

「自分で言うんや。」

「おれ、

 よう、子どもみたいやって言われるねん。」

たしかに

でも

そんなこと

ニコニコして言うことじゃないと思った。

子どものときに

子どものようにふるまえなかったってことやね。

だから

いま

子どものようにあつかってほしいってことやったんやね。

きみは。

いまならわかる。

あのとき

きみが

子どものように見られたかったってこと。

いまならわかる。

あのとき

きみが

子どものようにあつかわれたかったってこと。

でも

ぼくには、わからなかった。

あのとき

ぼくには、わからんかったんや。

「おれ、

 家族のことが

 大好きなんや。」

ねえちゃん、

かあちゃん、

とうちゃん。

ねえちゃん、

かあちゃん、

とうちゃん。

ねえちゃん、

かあちゃん、

とうちゃん。

「ふううん。

 お父さんって

 エイジくんと似てるの?」

「似てるみたいや

 とうちゃんの友だちが

 とうちゃんと

 おれが似てる言う言うて

 よろこんどった。

 いっしょにおれと酒飲むのもうれしいみたいや。」

鳩が鳩を襲う。

関東大震災の火のなかで

丘が燃えている。

木歩をかついで

エイジくんが火のなかを歩き去る。

凍れ!



ひと叫び。

火は凍りつき、

幾条もの火の氷柱が

地面に突き刺さり、

その氷柱の上を

小型の猿が飛んでいる。

小型の猿たちが飛んでいる。

氷の枝はポキポキ折れて

火の色に染まった氷柱のあいだを

小型の猿たちが落ちていく。

つぎつぎに落ちてくる。

大きい猿たちが、落ちた猿たちの手足を引きちぎる。

血まみれの手足が

燃え盛る火の氷柱のあいだで

ほおり投げられる。

ばらばらの手足が

弧を描いて

火の色の氷柱のあいだを飛んでいる。

大きい猿の手から手へと

血まみれの手足が

投げられては受け取られ

受け取られては投げ返される。

鴉も鳩を襲う。

ポオの大鴉は、ご存知ですか?

嵐の日だったかな。

たんに風の強い日の夜だったかな。

真夜中、夜に

青年のいる屋敷の

部屋の窓のところに

大鴉がきて

青年にささやくんですよ。

もはや、ない。

けっして、ない。

って。

青年が、その大鴉に

おまえはなにものか?

とか

なんのためにきたのか?

とか

いっぱい

いろんなことをたずねるんですけど

大鴉はつねに

ひとこと

もはや、ない。

けっして、ない。

って言うんですよ。

ポオって言えば

クロネコ

あっ、

こんなふうにカタカナで書くと

まるで宅急便みたい、笑。

燃え盛る火の氷柱のあいだを

木歩をかついで

丘をおりて行くエイジくん。

関東大震災の日。

丘は燃え上がり

空は火の色に染まり

地面は割れて

それは

地上のあらゆる喜びを悲しみに変える地獄だった。

それは

地上のあらゆる楽しみを苦しみに変える地獄だった。

そこらじゅう

いたるところで

獣たちは叫び

ひとびとは神の名を呼び

祈り、

踊り、

叫び、

助けを求めて

祈り、

踊り、

叫び、

助けを求めて

祈っていた、

踊っていた、

叫んでいた。

雪の日。

真夜中、夜に

エイジくんと

ふたりで雪合戦。

真夜中、夜に

ふたりっきりで

ぼくのアパートの下で

雪をまるめて。

預言者ダニエルが火のなかで微笑んでいる。

雪つぶて。

四つの獣の首がまわる。

火のなかで

車輪にくっついた獣の四つの首が回転している。

ぼくはバカバカしいなって思いながら

エイジくんに付き合って

アパートの下で、雪つぶてをつくっている。

預言者ダニエルは

ぼくの目を見据えながら

火のなかを歩いてくる。

ぼくのほうに近づいてくる。

猿が猿を食べる。

鳩が鳩を襲う。

「言うたやろ。

 おれ、

 気まぐれなんや。

 もう二度ときいひんで。」

「たなやん。

 おれ、

 忘れてたわ。

 おれの手袋。」

「たなやん。

 おれ、

 忘れてたわ。

 おれの帽子。」

「たなやん。

 おれ、

 忘れてたわ。

 おれのマフラー。」

たなやん。

おれの、

おれの、

おれの、

「なんや、それ。

 玄関のところに置いてたんや。

 毎日、なんか忘れていくんやな。」

預言者ダニエルは

火のなかを

ぼくのところにまで

まっすぐに歩いてくる。

凍れ!

火の丘よ!

凍らば

凍れ!

火の丘よ!

もはや、ない。

けっして、ない。

凍れ!

火の丘よ!

凍れ!

火の丘よ!








THE SONG REMAINS THE SAME。                         
                      




これはよかったことになるのかな、

それとも、よくなかったことになるのかな。

どだろ。

ぼくが

はじめて男の子にキッスされたのは。

中学校の一年生か二年生のときのことだった。

小学校時代からの友だちだった米倉と、

キャンプに行ったときのことだった。

さいしょは、べつべつの寝袋に入っていたのだけれど、

彼の寝袋はかなり大きめのものだったから、

大人用の寝袋だったのかな、

「いっしょに二人で寝えへんか?」

って言われて、

彼の言うとおりにしたときのことだった。

一度だけのキッス。



韓国では、ゲイのことを、二般と呼ぶらしい。

一般じゃないからってことなのだろうけれど、

なんか笑けるね。

日本じゃ言わないもんね。

もう、明らかに差別じゃん。

そういえば、

ぼくが子どものころには、

「オカマ」のほかにも、

「男女(おとこおんな)」とかっていう言い方もあった。

ぼくも言われたし、

そのときには傷ついたけどね。

まあ、

これなんかも、いまなら笑けるけども。



「それ、どこで買ってきたの?」

「高島屋。」

「えっ、高島屋にフンドシなんておいてあるの?」

エイジくんが笑った。

「たなやん、雪合戦しようや。」

「はあ? バッカじゃないの?」

「おれがバカやっちゅうことは、おれがいちばんよう知っとるわ。」

こんどは、ぼくのほうが笑った。

「なにがおもろいねん? ええから、雪合戦しようや。」

それからふたりは、部屋を出て、

真夜中に、雪つぶての応酬。

「おれが住んどるとこは教えたらへん。

 こられたら、こまるんや。

 たなやん、くるやろ?」

「行かないよ。」

「くるから、教えたらへんねん。」

「バッカじゃないの? 行かないって。」

「木歩っていう俳人に似てるね。」

ぼくは木歩の写っている写真を見せた。

句集についていたごく小さな写真だったけれど。

「たなやんの目から見たら、似てるっちゅうことやな。」

まあ、彼は貧しい俳人で、

きみみたいに、どでかい建設会社の社長のどら息子やないけどね。

「姉ちゃんがひとりいる。」

「似てたら、こわいけど。」

「似てへんわ。」

「やっぱり唇、分厚いの?」

「分厚ないわ。」

「ふううん。」

「そやけど、たなやん、

 おれのこの分厚い唇がセクシーや思てるんやろ?」

「はあ?」

「たなやんの目、おれの唇ばっかり見てるで。」

「そんなことないわ、あいかわらずナルシストやな。」

「ナルシストちゃうわ。」

「ぜったい、ナルシストだって。」

「おれの小学校のときのあだ名、クチビルおばけやったんや。」

「クチビルおバカじゃないの?」

にらみつけられた。

つかみ合いのケンカになった。

間違って、顔をけってしまった。

まあ、足があたったってくらいやったけど。

ふたりとも柔道していたので、技の掛け合いみたいになってね。

でも、本気でとっくみ合ってたから、

あんまり痛くなかったと思う。

案外、手を抜いたほうが痛いものだからね。

エイジくんが笑っていた。

けられて笑うって変なヤツだとそのときには思ったけれど、

いまだったら、わかるかな、その気持ち。

そのときのエイジくんの気持ち。

彼とも、キッスは一度だけやった。

しかも、サランラップを唇と唇のあいだにはさんでしたのだけれど。

なんちゅうキスやろか。

一年以上ものあいだ、

あれだけ毎日のように会ってたのにね。



どうして、

光は思い出すのだろう。

どうして、

光は忘れないのだろう。

光は、すべてを憶えている。

光は、なにひとつ忘れない。

なぜなら、光はけっして直進しないからである。



もしも、もしも、もしも……。

いったい、ぼくたちは、

どれくらいの数のもしもからできているのだろうか。

いまさら、どうしようもないことだけれど、

もしも、あのとき、ああしてなければ、

もしも、あのとき、こうしていたらって、

そんなことばかり考えてしまう。

ただ一度だけのキス。

ただ一度だけのキッス。

考えても仕方のないことばかり考えてしまう。



ぼくは言葉を書いた。

あなたは情景を思い浮かべた。

あなたに情景を思い浮かばせたのは、ぼくが書いた言葉だったのだろうか。

それとも、あなたのこころだったのだろうか。








DANCING DAYS。





休みの日だったので、

けさ、二度寝していたのだけれど、

ふと気がつくと、

死んだ父の部屋に、ぼくがいて、

目の見えない死んだ父が、

壁伝いに部屋から出て行こうとしているところだった。

死んだ父は、

壁に手をそわせながら、

ゆっくりと階段を上って屋上に出た。

祇園に住んでいたときのビルに近い建物だったけれど、

目にした外の風景は違ったものだった。

しかも、実景ではなく、

まるでポスターにある写真でも眺めたような感じの景色だった。

屋上が浅いプールになっていて、

そこに二頭のアザラシがいて、

目の見えない死んだ父が、

扉の内側から、生きた魚たちを投げ与えていた。

ぐいぐいと身をはねそらせながらも、

生きた魚たちは、

死んだ父の手のなかに現われては放り投げられ、

現われては放り投げられていった。

二頭のアザラシたちは、

くんずほぐれつ、もんどりうちながら、

つぎつぎと餌にパクついていった。

もうこの家はないのだから、

目の見えない父も死んでいるのだからって、

コンクリートのうえで血まみれになって騒いでいるアザラシたちを、

夢のなかから出してやらなきゃかわいそうだと思って、

ぼくは、自分が眠っている部屋の明かりをつけて、

目を完全に覚まそうとしたのだけれど、

死んだ父が、ぼくの肩をおさえて目覚めさそうとしなかった。

手元にあったリモコンもなくなっていた。

もう一度、起き上がろうとしたら、

また死んだ父が、ぼくの肩をおさえた。

そこで 声を張り上げたら、

ようやく目が覚めた。

リモコンも手元にあって、

部屋の明かりをつけた。

ひさびさに死んだ父の姿を見た。

しかし、なにか奇妙だった。

どこかおかしかった。

そうだ、しゅうし無音だったのだ。

死んだ父が階段を上るときにも、

二頭のアザラシたちがコンクリートのうえで餌を奪い合って暴れていたときにも、

いっさい音がしなかったのだ。

そういえば、

これまで、ぼくの見てきた夢には音がしていたのだろうか。

すぐには思い出せなかった。

もしかすると、

ずっとなかったのかもしれない。

内心の声はあったと思う。

映像らしきものを見て、

それについて思いをめぐらしたり

考えたりはしていたのだから。

ただし、それをつぶやくというのか、

声に出していたのかどうかというと、記憶にはない。

ただ、けさのように、

自分の叫び声で目が覚めるということは、

しばしばあったのだけれど。



なにが怖いって、

家族でそろって食べる食事の時間が、いちばん怖かった。

一日のうち、いちばん怖くて、いやな時間だった。

ほんのちょっとした粗相でも見逃されなかったのだ。

高校に入ると、柔道部に入った。

クラブが終わって、家に帰ると、

すでに、家族はみな、食事を済ませていた。

ぼくは、ひとりで晩ご飯を食べた。

そうして、中学校時代には怖くていやだった食事の時間が、

もう怖いこともなく、いやでもない時間になったのであった。


生育暦

  村田麻衣子



「なにも着ていないの? ひとつ
あまらせているから、きみにあげる。」
待ちに待った、台風の日です。
家に上げたら、育つのにどのくらいかかるの
か、あと数秒で折れてしまいそうなきみが傘
で部屋を汚しに来る。わたしが傘を脱がせる
と、ふるえてないていた、
頬に触れると、
塩分の味がする。からだはちいさくて水の味
を知らないであろう。手を上げて、届かない
あめ粒をくちびるに、あててあげた。
わるい天気に感染して、病んでいるばさばさ
のくさばなが、きみを見ていっきに
わらいだすから
日が落ちても、きみはまだ玄関にかくれてい
る。人工の光はきしきしするからそんなとこ
ろにいないでよ、と笑いかけた。暗いあいだ
は、しょくぶつも見てない。きみは「うん」
と言って部屋に、入ってきた。



あめにぬれただけじゃないの、たがいにちが
う冷蔵庫のなかで結露した。わたしたち
ひとつとりだしたグレープフルーツのはんぶ
んずつをフォークで、すくってたべる、晴れ
た日には、きみに生育暦を教わった、糖分で
育ったわたしは、陽光に焦がれるたびに去勢
される肌の色を気にして、「黒いのよ」と言っ
た。きみが白いのは、ははに似ているのだと
言った。短く切った前髪は、ははが千切った
のだとくりかえした。わたしは、髪が伸びる
のもわすれて、顔を隠してあげたくなった。
きょうも天気は、生育暦に隠蔽され、わたし
は部屋で眠る夢を見た。



きみは柑橘の薄皮を、爪できれいに剥いて、
分け合った種の最後のひと粒をたべない。
退化していくさまざまな機能を食べずに
腹の奥で響かせ ハミング
積まれない音と昔を、重ねて歌った
花の種を埋めた。みどりも、いずれあかる
いいろに隠される。
その影が消失したら、目の色が薄くなる。
午後がながくなって

温室では、朝を保って、息を吸い込んだ。
育つこと それなりの濃度を血液のなかに流
して、  夏は待つ春よりも真昼が長いのだ、
わたしたち早熟で、結露が腹からこぼれて薄
くなっていった




わたしには影があるが きみと同じ濃度に
したくて影ふみをしている。「ぼく」と言っ
て、こぼれだしても何の味もしない。きみが
拡声器で、しゃべるとわたしのははに似てい
る。似ているというのは、大袈裟だった。お
んなのこのはなしかたは、大袈裟だから と
ころどころを弱毒してしまう。
腐った果肉を剥いで皮をフオークで貫通した
。 火照る爪が粒と粒のあいだ 浸透して空
、いつまも口の中に拡がる
窓を開けたり閉じたりして、きみが来るのを
待っているあいだ




ぼくたちはあたためられるだけあたためられ
て暑いにもかかわらず巻かれたマフラアのよ
うなものを、ぐるぐるほどき
ながら眠ってしまう
きみが着るはずのないレースの下着を、わた
しが脱がせて。ちいさな靴も靴下も
とてもちぐはぐで
わたしのものじゃない
ただ、この部屋に脱ぎすてられている。







        「ねえ、眠れない」
        だれかいるの、

        (これが、きみがいる
        ただひとつのしるしな
        ので わたしたちは、
        はしゃぐ
        みんな台風に、飛ばさ
        れてしまったのだと、
        聞いてしんだふりをす
        る。すると聞
        こえた。きみのははは
        かわいそうに災害で、
        しんだのだ。きみの声
        の低音域が、眠りに落
        ちる前の瞬間をとらえ
        ていて心地がいい。)


クリティカル

  葛西佑也

く、うるしい? ふーあー。く、うるしい?

ふーあー。メール見たかい? ちゃんと返事してくれなくっちゃ困る、ふーあー。おじさんがベトナム土産をくれたんだよ。アオザイ姿のお人形、三体。アオザイって、長い着物って意味。歩きにくそう? でも、スリットがあるからそうでもないらしい。ほら、人形にもちゃんと、ふーあー。人形だってこんなに楽そうにしているのに。ぼくらって馬鹿みたい。く、うるしい? ちゃんと返事くれなくっちゃ。」



セックスが一通り終って、減速的なキスをする。遠慮がちに浸入させた舌にきみが応える。「ぼく、きみのすべてが欲しいんだ」

「全部あなたのもの、なっちゃったら、わたしってものがなくなっちゃうじゃないの」

触れたシーツはまだ湿っていて、あんなに激しかったのにと思いながら、最後にもう一度だけきみの水分を奪いはじめる。ふたりとも何もまとっていないということで、ぼくはぼくをまとい、きみはきみをまとっている。(コンドーム一枚で世界を変えることのできる夜もあるかもしれないね?)



ベトナムって遠いの? 東南アジアだよね?

ホーチミンって街があるでしょう。覚えてるよね、一緒に見にいったじゃん。ミス・サイゴンってミュージカル。そう、あの時、飽きちゃって隣で寝ていたのきみでしょう? 感動的なお話だったのに。あんなに大きな口あけてさ、ふーあー。く、うるしい?/ミュージカルは何言ってるのか、聞き取り難いから、キライ!/なら、先に断ってくれたらよかったのに。ふーあー、ぼくも歌っているみたいな喋り方するから、嫌われちゃったかしらん?」



きみが吸い出したマイルドセブンの副流煙はすべてをさらっていった。ぼくも、まきこまれて、ふくりゅうえ、/きみの中はもうあたたかくはない、あたたかくは。美しいものだけで取り繕われたこの世界は、そこに住まう人々でも感じ取れるくらいに躍動的な伸縮を繰り返しいる。伸縮リズムは不規則で、忘れていたはずの名前を刻んでいる/ん、にまきこまれてぼくは、もう、きみとは永遠の別れなのだと思っている。



「昨日抱いた女の名前だって覚えてないくせに!」 

深夜のラジオが不意につぶやいた。きみと出会う前は、毎晩ひとりラジオを聞いていたのかも知れなかった。

「セーフセックス、セーフセックス、コンドームはしっかり着けよう。コンドームはしっかり着けよう。コンドーム、コンドーム、今度産む?む?」

ラジオは独り言をやめなかった。ぼくをうんざりさせるのがラジオの目的だったから。それは、今思うと、きみが吸っているマイルドセブンの副流煙と同じようなものなのだろう。



ふーあー、アオザイを着てみないかい? きっときみなら似合うと思うんだけど。民族衣装をまとってみたら、きっと世界が変るよ。まだ、く、うるしい? ぼくはぼくを脱ぎ捨てるから、きみもきみを脱ぎ捨ててしまうといいよ。アオザイはスリット入りだから、動きやすいし。ふーあー。アオザイは男性用もあるらしいから、ちょうどよかったよね。もちろん、コンドームはまとったまんま。それは、当然。/ラジオがうるさかったからね。なんも変ったりしない?/にしても、よかった。実は、ぼくも、く、うるしかったんだ、ずっと。これでなんか、すっきりしたよ。ところで、ふーあー。ぼくは現状把握が苦手なんだけど/世界の伸縮なんて無意味さ/、ふーあー、ふーあーゆー?」


あなたの街の夜

  鈴屋

あなたをさがしに、地平をさ迷い
散らばるあなたを区分けする
 
眸は暮れ、唇は雲に刷かれ
空を噛むあなたの歯形が街になった、つきない嘘が窓をならべた
そ知らぬふりをしているので、外灯の灯が坂を駆けのぼる 

高架電車の窓明かりがリボンのように結ばれ、ほどける
夕闇に浮かぶ噴水、一瞬、静止する水の粒の煌き
かつてあなたは化石の子宮を博物館にあずけた

垂直に裂けているあなた、その滲む血と微笑を私に与えることなく 
とおく立ち去りながら、ささやく

 「冷たいタクシーにお乗りなさい
  知らない街の冷たいバーで、知らないわたしにするように、冷たいウォトカをなめなさい」

地平線のふたつの乳房を十三夜の月が照らす 
横たわる裸体の、額から爪先までのはてしない距離
林立する白蝋の街、芒ヶ原、道のはたの霜枯れの菊花

足許から延べられていく、あなた
あなたの土と砂

夜空の高み、電飾の娼婦が神をいだく
街角が影を曲げていく、靴音が耳の回廊をめぐる
壁という壁でひとりの女の舞踏が乱れる
ついに私はあなたの液体を知らない

たどりつけない星空の凍るベッドで
あなたがあまりに死に近く眠るので、街は浸水する
人や家具や犬、鼠や虫や木、るいるいと浮かび、安らぎ、憩う

明けやらぬ街に満ちていく霧の寝息


FUTAGO

  debaser



この前な おっさんとおっさんがけんかしててん

そないめずらしいことでもないわな

そやねんけど そのおっさんとおっさん 同じ顔してんねん

ほー ふたごのおっさんやな

ほら テレビで もなかな やったっけ ふたごの姉妹

あー もなかなな

あの子ら リアクションとか 自然にかぶるやん

わざとちゃうんかいうくらいかぶりよるな

ふたごのけんかも 同じ理屈になるねんな

そうなんや

パンチのタイミングもキックのタイミングも完全にかぶってまうのな

あー

ぜんぶ相打ちや

ほんまかいな あの子ら そんなふうに見えへんけどな

いや もなかなやなくて

なんや もなかなちゃうんかいな

最初に言うたやん おれ おっさんとおっさんのけんか見たって

え ほんだら もなかなは どっから出てきたん

だから おっさんとおっさんが同じ顔で ふたごちゃうかって

ふたごやろ 間違いなく

それはわからんねんけど たまたま 同じ顔のおっさんがけんかしてた可能性もあるし

同じ顔のおっさんが そないにけんかせえへんやろ

そないにけんかするかどうかは知らんけど けんかしててん

うそつけー

なんでうそつかなあかんねん

おまえ うそばっかりつくもん うそつきやもん

おまえかって この前 うそついてたやん

どれやねん

同じ顔の犬が二匹並んで 歩いとったって

あるやん

ないやん

普通やん 普通の出来事やん

同じ顔の犬って

あほいえ 同じ顔の犬の真実味と同じ顔のおっさんの真実味を 比べてみろ

はあ

同じ顔の犬のがほんまやんけ 同じ顔のおっさんって おまえ それただのふたごやん

だから ふたごちゃうんけってずっと言うとんねん

ふたごやろ 間違いなく

でな ふたごのけんかな パンチとかキックとか ことごとくかぶるねん

ほー すべからく相打ちか

すべからく相打ちなるわけよ

決着ついたんか にいちゃんが勝ったんか おとうとか

そもそも どっちが にいちゃんかわからんけど

にいちゃんぽいのがにいちゃんやん

にいちゃんぽさってなんやねん

おまえ すえっこやろ

いきなりなに言い出すねん

すえっこやろ

すえっこやけど

ほらみ おまえ にいちゃんぽさ 皆無やもん

だから にいちゃんぽさってなんやねん

それは すえっこには 教えられへん



「ふたご」 

ふたごってなんだろう
考えたらわかるかな
ふたりってことかな
あたまがふたつあるってことかな
あたまがふたつあったら
そのぶんかしこいんかな
そのぶんがあたまひとつぶんなら
もったいないはなしだとおもう
ぼくがふたごならよぶんなあたまをひとつすてたい
だけどどっちをすてたらいいのか
あたまがふたつもあるのに
わからないんだって


子供の病院

  ヒダ・リテ


「自分のことが突然信じられなくなるっていうのは、疲れた大人には、よく見られる症状ですよ。」と言って子供の医者は僕に薬代わりのあめ玉をくれる。「少し安静にして青い空を眺めていれば、すぐに良くなりますよ。」丸椅子に腰掛けた小さな足をぷらんぷらんさせながら、子供の医者はうれしそうに僕を見る。

 子供の看護婦さんたちは床に落書きしたわっかをけんけんぱしたり、塗り絵を塗ったりして遊んでいる。だぶだぶの白衣を着た子供の医者のカルテには怪獣の絵が描いてあったり、なんだかよく分からない謎の暗号が描かれてあったりする。廊下にはおなかを出して昼寝してる子供の院長先生もいる。

「次の方どうぞ。」
 診察室を出て行く僕と入れ違いでやってくる次の大人もまた僕のように疲れた顔をしている。
「どうしましたか?」
「最近、悲しいときに涙が出ないんです。」
「それはいけませんね、早速手術です。」
 そう言って子供の医者と看護婦は水色のサインペンで患者の目の下にいくつもの涙を描いていく。

 たくさんご飯を食べて、最低三日間は犬と遊んでください。一生懸命、泥団子を握りなさい。公園の滑り台を修理してください。力尽きるまで昆虫を追いかけてみましょう。ずる休みして動物園に行きなさい。新しい恐竜の絵を描いて過ごしてください。家族に内緒で秘密基地を作りなさい。ロボットを発明してください。

 子供の医者がくれるアドバイスはいつもそんな感じだったけれど、漠然とした悩みを抱えてやってくる大人たちの心はいつも子供の病院で癒される。それはきっとこの世には子供たちにしか癒すことのできないものがあるからなのだろう。


水玉の丘

  はなび


なになになあに
わたくしたちが
なくしたものは
みずたまのおか

なになになあに
わたくしたちが
あいしたことは
たいようのした

たいようのした
たいようのした
おなかのなかに
てをいれあって

ぎゅっとつかんで
ひっぱるように
おだんごになって
ころがってゆく

みずたまのおか
そしてちかづく
たいようのしたの
なになになあに


トトメス3世

  右肩

 トトメス3世は、かつて僕の飼っていた猫の名前です。非常に癇の強い猫で、いつも神経質そうに前足で首の裏を掻いていました。特に雨の前の日にそれは激しく、餌皿を持った僕の手をいらだたしく爪で引っ掻いてまでそんな行為に没頭するのでした。これがあんまり激しかった年、七夕の日に豪雨が襲い、天竜川の鉄橋が倒壊したほどです。雨に興奮する猫だったのです。
 それは彼が目を閉じるごとに、どうにも不吉な夢が襲って来るからなのです。つまり飴色の鼠の大群が押し寄せて、彼の眠りの海の中へずぶずぶと押し入ってくるのです。とてもおいしいので、トトメス3世はやってくる鼠を手当たり次第に食べるのですが、食べても食べても雨粒のように押し寄せて来るのです。しまいには尋常でない満腹感でくたくたになり、吐く息にまで鼠の血が混じるほどですが、それでも鼠の来襲は止みません。眠りの海の領域は、トトメス3世の意識の7割を上回るのですが、広大な海も徐々に徐々に丸くふくれあがった鼠の死骸で埋まっていくように思われます。それは彼が目を覚ますまで延々と続きます。来る日も来る日もこんな夢が繰り返されるのですから、夢の海は次第次第に狭められてゆきます。このままでは彼の心地よい眠りは飴色の鼠にまったく奪われてしまうに決まっています。
 こんな状況に置かれた猫ですから、彼には死を待つことのほかには頭の後ろを掻くより仕方がなかったのです。いや、他にどんな選択肢があったというのでしょう。彼が亡くなって30年近く経ちますが、食事の最中に時々箸を止めて、僕はあの気の毒な猫のファラオのことを思い出すのです。


農園

  小ゼッケン

生後6ヶ月になる娘を捜しに来たおれを
じいさんは農園に案内した
畑にはいちめんの赤子の手が
アイダホの青い空の下
乾いた土から見渡す限りに生えていた

人差し指をてのひらに当てると反射で握り返してくるでの
そうすりゃ、おまえさんでもどれが我が子か分かるじゃろ
我が子と思えばそのまま引き上げればええ

見た目ではさっぱり分からず
おれはさっそくしゃがみこんで一番手前から試そうとする

しかし、いったん握ると赤子はおまえさんの手を離さんでの
ちがうと思ったらこう、くいっとひねるんじゃよ

おれはぎょっとして人差し指を引っ込める
ひねられた手はどうなるんですか?

枯れる。わしに気遣いは無用じゃよ
ほうっておいても生えてくるでの

おれは立ち上がってズボンの膝を払って土を落とす
できません、と言った
このまま帰れば妻はおれをなじるだろう
元には戻れないとも思う
しかし、赤子の手をひねることはおれにはできない

わざわざ探しに来ておいて自分勝手は変わらん
おまえさんひとりだけが勇気ある父親だとでも?
じいさんが指差した方向では若い男が一心に赤子の手をひねっている
急がんとおまえさんの子もひねられる

おれは若い男に向かって駆け出す
やめなさーい!きみは鬼となったのか!
は? 
若い男はちょっと視線を上げておれを見る
じぶんの子供を救わない親が鬼ではないとでも?
だからといって!
だからといって?
若い男はみるみる水気を失い茶色に萎れてゆく手の隣、
新たなピンクのてのひらに指先を近づける
おれは男を突き飛ばそうと突進するが寸前で男は立ち上がりステップバックする
おれは勢い余って地面に倒れこんだがすぐに立ち上がった
しゅ! 土煙を割って男の腕が蛇のようにくねり、手刀の尖端がおれの喉仏を一突きする
おれは自分で自分の首を締めるような格好でクエエエっと叫ぶ
おっさん、ひとりだけの夢見てるんじゃないよ

屈辱で立ち上がれそうにない

若い男は人差し指の先をぷにぷにのてのひらに押し当てた
一瞬待ってからてのひらは閉じた
男は間髪いれずに土の中から自分の子供を引き上げると帰っていった
間際に男はおれの方を振り返ると
赤ん坊を抱いていない方の腕をおれに伸ばすと、親指をまっすぐ上に立てた
指していたのはアイダホの青い空だった
あんたもがんばりなよ
歯は雲の白さだった

ほれほれ、次々ひねらねば

自分の子供を捜しに父親たちが農園にやってくる
しゅ〜、しゅしゅしゅ! おれは父親たちの喉仏に手刀を順に叩き込んでいく


夏に濁る

  DNA


溢れるほどの地中海との交接など捨てた 
あまりに 上手に自然発火する女 (忘れてはいない 
熱烈な傍観者が月の陰を揺さぶる 
左奥のタイヤは始終パンクし 擦り切れすぎ
て 抵抗への文句が浮かぶこともない 

制服に身をつつんだおまえ 
野火の隣で 乱舞し すずやかな真昼に 
身構えたときにはもう 空は捩じ切れ 

「青い森すら恨めしい」 

切っ先の変化に気付くこともなく まっさら
な受動性が 食を絶つことで全て 贖われる
と思っていた  石橋は叩くまでもなく崩れ落
ちていったといえばよいのか 

鈍い音とともに未生の田畠が燃やされ 
使い古された身体 については何も知らない 
テレビから漏れてくる早朝の 白い光がただ
ケタルいということは知っている そこ から
疾走するおまえの 見事に転倒する姿を 
裸眼に貼付けておきたい

(太陽を目指すことも 太陽に歯向かうことも同程度に
腐食していたから 白い 画布をひたすら 
×印で埋めていった一昨日 
削られた 頬骨から
誤って 零れ落ち渇いた 
肉と水晶が寒い 
さきに出発した船舶は 砂地で滞 留し 
隣で眠る男の 
くるぶしが薄暗い 

「夜にだけだらしなく咲く花の罪科を問う」 

ほつれた海流は脈を打って 風下の祭囃子をひとつずつ 
否定していき 膿んだ黒い血を垂らしながら 
潔白の証明にと 早朝のテレビは倒れ 
あたらしい産道へと 母たちが帰っていく 

「濁った泥水のなかでしかわたしの刻印は呑まれ/ない。

    (未明に
     腐乱した
     一匹のフナの眩い 
     腹のなかで わたしは今日
     目覚めたのだ)   


防波堤(連作)

  いかいか

01

霧の、静かな日、
ゆれるものは、
すでになく、

02

息の低い日、
断末魔への、
愛情が、人知れず遠のく、
揺れることへの、
ためらいが、
魂を早産する、

03

空を飛んで、立法する、
そしてやさしい数学
のはじまり

04

憂鬱の有袋類、
やわらかくなった、
危機、

05

雨の危篤、
古い物語の、

遮った、
ばかりの、
手から、

06

唇の天気、
サンダルを
足に上げる、
机から、
転ばない
椅子

07

怪談前夜、
言葉の喪した、
世界、


木陰

  田中智章



、歩いた後に並木道に移り、私はすんなり葉
に包まれた両腕を掻き分けると血管がある。
足元で視線は蹲ると、浸透して赤く土を染め
た頃に複雑な模様を垣間見る。なだらかな人
差し指を引き攣るときあらわれた翳りが、足
音を二重にして漸く時間に引っ掛かると、降
り止まぬ砂音が滅して明るくなる奥が遠くて
近付く。「私であっても」と微笑み顔が打ち
付けられる声をあげても、すぐに乾いてしま
う暑さに別れを結ぶ昼の収まりは水溜まりの
姿に、ゆるく反映してその風景で解かれる人
形の糸屑を見送る。


脳裡

  破片

声は
その音を、
探して
広がる
空白の中
ひとりぼっちなの
という呟き

そこには
流れている
血が、
空調を保ち
海のない
ところを
船の
帰れない
渡航だけが
こだましていて
きっと、
また作り出せる
その手は
何処から生まれたか
知らない

船頭は
船首には
いない
見送るとき、
いつも拍子抜け

波に
右往左往しながら
舵は動かない

足元から
揺れている
けれど
すぐに凪いだ
誰も知らない
燃えている
船の
血化粧を
飲み込んでいくのだ

小瓶一つ
帰ってこない
船は
もう、青白い
ここに
叫ばれて
破砕し、
溶けていく

帰ってきている
のを知らず、
船を作る
根元の
見えない手に
遮られて、
「ひとりなの」
声は、
広がらない


マッチ

  丸山雅史

 夜の道端で 外灯に照らされた
 ほんの少し吸いかけられた『CASTER』を拾った
 人差し指と中指でそれを挟んで
 激しく揺らして弄んだり
 埃やゴミを払って口に咥えたりしていたが
 生憎火が無かったので
 コートの左ポケットに突っ込んで
 そのまま歩き続けることにした


 ひっそりとした高級住宅街の外れの片隅で
 炎を探している
 体は闇に溶け
 人の顔の判別もままならないぐらいの暗さだ
 犬達さえも眠り込んでいる夜の淵で
 ただ炎を探すことに神経を使っている
 光じゃ駄目なんだ
 炎を探している


 一文無しの状態では
 コンビニでライターを買うことも
 バーでマッチを貰うこともできなかった
 自分がこれ程強く炎を欲していることが
 自分にとって初めての体験だったことに自分でもとても驚いていた
 大都会の中を歩き回り
 光はこんなに溢れ返っているのに
 どうして炎は見つからないのかと思った
 そして突然脳裏に「マッチ売りの少女」が
 思い浮かんだ
 なぁ 少女よ 炎があれば
 何だってできたじゃないか
 森に入って動物達を捕まえて
 売れ残ったマッチで暖かい炎を焚いて
 美味しい肉を腹一杯食えたじゃねぇか
 なんで幻想なんかみて死んじまうんだよ
 泣けてきたよ それが作り話だとしても
 お前にいい思いをさせたかったよ
 その代わりマッチを1本くれよ
 
 過ぎゆく人々の携帯電話のメインディスプレイが光り
 コートの右ポケットの一升瓶の酒を
 一気に飲み干して
 朦朧と意識が薄れた


 気が付くと建物と建物の間のゴミ捨て場で 大の字で寝ているのを
 目の前のファミレスの店員らしき
 美しい女性に揺すり起こされた
 
 「こんな所で眠っていると
  風邪ひきますよ?」

 と声を掛けられた
 
 こんなに人に優しくされたのは
 果たしていつ頃振りだろう…
 
 「…いやぁ、リストラされた中年オヤジが
  こんな綺麗な人に優しくされるなんて
  世も末ですねぇ…」

 と
 ポロリと本音を零すと
 
 「お寒いでしょう? どうぞ中へ
  お入り下さい」

 と女性店員にふらつく体を支えてもらいながら
 店内に誘導してもらった
 
 
 24時間営業のレストランの中に入ると窓側の席を勧められ
 女性店員は水を持って来て
 
 「ご注文は如何致しますか?」

 と
 訊いてきた
 
 「…いやぁ、実は、お金は一文も持って
  いないんですよ…ははは…、
  どうすればいいんだろうこういう時…」
 
 「店長に内緒で暖かい御料理を
  お持ち致しますよ、
  私が黙っていればいい話ですし、それに…」
 
 と言い掛けるとそれを遮って
 
 「…じゃあ、“マッチ”を“1本”、下さい。
  それなら店長さんにバレないで済む
  でしょう…。願いします、マッチを1本、
  下さい…」
 
 女性店員からマッチを1本貰うと
 コートの左ポケットから『CASTER』を
 取り出して 煙を深く ゆっくりと肺に染み込ませた
 窓ガラスから見える大都会の夜景が
 ほんの少し自分に対して親和的で 霧がかかったように霞んで見えた


  がれき


斜めに傾いだ枯れ木の下でよく逢引をした…

だがその幹の中心から
黄色い樹液が這いのぼるのを見ると
十秒の間
悦びを数える私たちの元に
砂だらけの鮒をよせた
意匠でなくむしろ赤さを欲しがったが
見わたせば池はまばらに凪いで
襲われないか
つまりそれは備えといえた

話すこともした
倉庫の窓に
木目にも似た粘土がつく日は
昼間は図鑑に読みふけった
私たちは一般に足音をかさね声をつづけて
捕獲の文字を
きつい夢のガラスにおき
茶色く焦げる噴水の曲りでも再会した

あたりには堀を隔てて幼稚園があり
倉庫が見えた
私たちはずいぶん確かな抱擁をたのしんで
水槽の鮒を握りしめ
鮒をまく進行のことを愛慕した
分厚い意匠を
替えたくおもい
枯れ木の下で舌をあわせた

斜めに傾いだ枯れ木の下でおびただしい数で冬鳥が鳴いている
おとうとよ…


これは夢、yume

  はるらん


湖畔のベンチに寄り添うふたりの
頬をを若葉の風がやさしく撫でていった
いつも綱渡りのような、あなたと私だけれど
ときおりこんな風が吹いてくれるなら
明日もきっと、おはようが言えるだろう

春の甲子園で地元の高校はPLに勝って
ベスト8まで進み空はまだ青空のままだった
私はあなたとおそろいの金色の時計と
じいちゃんの新しい髭剃りをトライアルで買った

娘の新しい筆箱を探しにゆめタウンまでゆこう
右手には手芸屋さんがあり、左手にはファミレス
「おまえ、たまには運転しろよ、俺がいなくなったら、どうするん?」
私は笑いながら、そんなことはまだ何十年も先のことと思っていた

彼は小学生の時に左目を失明している
同級生にバットで殴られたのだ
それでも普通に大学を卒業し就職し結婚もした
ひとりで何でも出来ると思っていた

けれど父をアパートへ引き取ってから
実家は廃墟同然になり家を建て替えるお金も無い
彼はせめて土地を荒らしてはならないと
周辺の草を刈りジューンベリー、ナツメ、ユキヤナギ、
いつかここをフラワーロードにするんだと
休みの度に苗木を一本一本植えていった

彼がとても疲れていることを知っていた
車で2時間半もかかる実家に行って欲しくなかった
けれど、「俺にはもう、時間が無いんだ」と、
口癖のように言う彼を止めることは出来なかった
娘とあなたと3人でお花見をしたその1週間後に
あなたは実家の山の高い杉の木から落ちた

なぜ、あの日に限って電話しなかったのだろう?
あの日私は娘と夕方まで鍵盤ハーモニカで
無邪気に遊んでいたんだ
お風呂を沸かそうね、
そうしたらパパがいつものように帰って来るよ、

そのとき私の携帯が鳴った、パパからの着信
けれど、それは違う男の人の声だった
後ろにはざわめく人の声、
「いますぐ来てください!ご主人が大変なんです」

娘は私が何も言わないのに、もう泣き出していた
「最初に言っておきます、目のことはあきらめてください、もう光も感じません」
うそだ、
天井がグルグル回った

娘を抱きしめて泣いた
何年も会っていない親戚の人が病院まで送ってくれると言った
ATMはもう閉まっていてお金は下ろせなかった
着替えは3日分、いつ帰れるかわからないけれど
「当分の間、休ませてください」、パート先の店長に頭を下げた

車に乗ってだいぶ経ってから気づいた
サンダル履きでカバンの中には充電器だけ
携帯はテーブルの上に置いたままだった
空に星が出ているのかどうかは、わからない


  はなび

わたしはちがうことばかりかんがえてるあなたがじぶんのことばかりはなしているあいだじゅうずっとわたしはあなたのことばなんてきいてないあなたのことをじっとみてるじっとみてるあなたみたいなうそつきはわたしのなかでしんだほうがましわたしはちがうことをかんがえてるあなたがじぶんのことしかはなさないからずっとあめがふっていてあめがちがうことをかんがえてるあなたのあめがふりつづいてるわたしはずっとちがうことばかりかんがえている


THE THINGS WE DO FOR LOVE。

  田中宏輔




文化の日で

休日やというのに

大学では授業があったみたいで

文化の日の前の日に集まりたいって連絡すると

つぎの日に授業がありますので

というので

じゃあ、授業が終わってから集まろうよ

とメールで連絡して

あらちゃんと、湊くんと3人での

言語実験工房のひさびさの会合。

3時半に

ぼくの部屋に。

ということで、まず3時40分くらいに、あらちゃんだけ到着。

手には

ビールや、お菓子や、パンを持って。

「湊くんは?」

「ああ、

 4時くらいになるって言うてはりました。」

「そっ、

 あっ、

 ぼく、なんも買ってないんよ。

「お多福」に行こうよ。」

「お多福」というのは、前まで「大国屋」という名前だったスーパーね。

名前だけ変えたの。

改装で1週間近く工事してたんだけど

見た目

ほとんど同じだし

働いてるひとたちもいっしょ。

ぼくに好意を持っている、みたいな女のひともいるし

メガネ女史と、ひそかに呼んでるんだけど

リスカの男の子

たぶん学生だと思うんだけど

二十歳くらいかな

短髪

あごひげ

がっちりの、かわいい青年



あらちゃんと買い物に出たんだけど

大国屋に



お多福に入る前に

その前を通り過ぎて

タバコの自販機のところまで行くと

湊くんが横断歩道を渡ってこちらにきたところだった。

鉢合わせっちゅうやつやね。



タバコを買って

3人でお多福へ。

「お疲れさま〜。

 休日でも大学って、授業してるんや。」

「ええ、

 年に、かならず15時間してくれって。

 このあいだの台風で

 一日つぶれたでしょう?

 土曜日にもやりましたよ。」

前の日に、あらちゃんから

「さいきんでは、休日でも授業があるんですよ。」

って聞いてたから

ほんと、びっくり。

学生もたいへんじゃない?

先生もたいへんだけどさ。



逆かな?

先生もたいへんじゃない?

学生もたいへんだけどさ。

いっしょかな、笑。

「ぼくは昼ごはん食べたから

 ふたりは、まず、お弁当でも買って、腹ごしらえでもしたら?」

ってことで

ふたりは弁当も買って。

それぞれ

飲みたいものや

食べたいお菓子を選んでレジへ。

ぼくは、ヱビスの黒ビール2本とお茶と

お菓子はなんだったっけ?

忘れた。

湊くんは、違うメーカーのビールと、お菓子。

あらちゃんは、ノンアルコールのビール持ってきてたから

なにも買わず。

さあ、きょうは、決めることが2つ。

そして、ひさびさの3人そろっての会合で

ぼくも少々、興奮ぎみ。

ブハー。

湊くんが

ヴィトゲンシュタインの『論理哲学論考』を持ってきていて

岩波文庫のね。

「あっ、ぼくも持ってるよ。」

と言って、部屋の岩波文庫のある棚を指差した。



しばらくのあいだ、『論理哲学論考』について話をした。

ぼくが

「ヴィトゲンシュタインって

 文学作品って、なに読んでたんだろ?」

と聞くと

「それはわかりません。」

湊くんが

坐ってるところから見える

部屋の本棚に置かれたSF文庫の表紙を見てから

「SFとか読んでましたかね?」

「当時はまだ、SFはなかったんじゃない?

 あ

 でも、ウエルズは読んでたかもしれないね。

 あれは、当時、みんなに読まれてたって書いてあったから。」

ほんとのことは、わかんないけどね〜。

湊くんが

台所の換気扇のところでタバコを吸っているあらちゃんに向かって



ぼくの部屋では禁煙なの。

本にタバコのヤニがついちゃうのがヤだから。

まっ

と言っても

部屋と台所はつづいてるんだけどね〜。

カーテンで仕切ってるだけで。

そのカーテンも半分開けてるし、笑。

換気扇だけが頼りね。

「荒木さん、日記も読んでるんですよね?」

あらちゃんが、タバコをフーと吐き出してから

「読んでますよ〜。」

「ヴィトゲンシュタインが、なに読んでたか書いてありましたか?」

「なに読んでたの?」

と、ぼくも追い討ち。

「さあ、わかりませんね〜。

 それは書いてありませんでしたね。

 まだぜんぶ読んでないんで

 もしかしたら、あとで出てくるかもしれませんけど。」

と、ぼくと湊くんの、ぼくたちふたりに向かって。

ぼくが

「なにも読まなかったのかもね。」

と言うと

「『論理哲学論考』でも、ラッセルとホワイトヘッドについてしか言及してませんからね。」

と湊くん。

このあと

さいきん、『論語』や荘子の本を読みはじめた湊くんの話を聞きながら

3人で

西洋と東洋の思想や哲学の話をしていた。

湊くんが

「ヴィトゲンシュタインの『論理哲学論考』にも神が出てきますね。」

って



ほとんどすべての西洋の人間には、

あの「神概念」がどうしても抜けないらしくって

って言うから

ぼくが

「当時は仕方がないんじゃないの?」

と言うと

「いまもですよ。」

と湊くん、



つづけて

「ぼくたち、日本の詩人にとっては

 アッシュベリーの詩って、難解でもなんでもないじゃないですか?」

「そだよね〜。」

あらちゃんは、アッシュベリーはまだ読んでなかったのか

ここでは聞いてるだけ〜、笑。

「そだね〜。」

と、もう一度。

「でも、アメリカ人にとっては難解なんですよ。」

話の流れから言えば、当然、こうだわな。

「神概念が抜け落ちてるから?」

「そうです。

 だから

 日本の現代詩からすれば

 ふつうによくある抒情詩ですけど

 アメリカ人から見たら

 難解なんですよ。」

「神概念の欠如ねえ。

 もちろん、キリスト教の神概念だろうけど。

 それで

 日本人のぼくらには、よくわかって

 アメリカ人には、よくわからないんや。」

ふ〜ん。

なるほど〜

と、腑に落ちかのように

うなずいた。

ほんとは、それほど腑に落ちなかったのだけれど。

クリスチャンじゃないぼくだって

聖書には、ずいぶん影響されてるからね。

「いまでも、アメリカ人って、神概念に拘束されてるの?」

「そうですよ。」

「へえ〜。」

そうなのかな〜

学生時代に読んだ本では

ドイツでは教会離れが急速に進んでるって書いてあったんだけどなあ

って思った。



これって

さっき考えたことと矛盾するか、

でも、まあ、現実に

アメリカ人やオーストラリア人といった外国人と頻繁に会っている

湊くんの話だから、そうなんだろうね。

まあ、ぼくはキリスト教系の大学の付属高校に勤めてて

ネイティヴの先生も多いし

聖書の時間も授業にあって

また毎朝、チャペルで礼拝もあるし

特別に宗教の時間がもたれることもある学校なので

聖書が職員室のそこらじゅうの机の上にあるのがふつうの光景で

とくべつ、アメリカ人の先生たちがクリスチャンかどうか

また、クリスチャンでなくっても

聖書的な神概念に精神が拘束されているのかどうかなんて

とくに考えたこともなかったけれど

湊くんの話を聞いて、そうかもしれないなあ、と思った。

湊くんが

『論理哲学論考』を開いて見せてくれた。

これですけど

と言って

「われわれは事実の像をつくる。」

ってところを

指差して示してくれた。

イメージと像について話をしているときだった。

ヴィトゲンシュタインは

ドイツ語と英語で

イメージについて書いているけれど

ドイツ語では

イメージのニュアンスと、

じっさいに見えるものという意味の

両方の意味に使える単語 Bild を採用しているけれど

英語ではそれを picture と訳しているので



しかも

ヴィトゲンシュタイン自身が英訳にかかわっていたので

ヴィトゲンシュタインにおけるイメージは

picture だったわけで

って話のフリがあって



ぼくが

湊くんが見せてくれた言葉を見て

「事実は、われわれの像である。

 事実は、われわれの像をつくる。

 って、どう?」

と言うと

「ヴィトゲンシュタインも同じようなことを書いてますね。

 これ、書き換えが多いですから。」

と湊くん。

「そうやったかな。

 読んだの、ずいぶん前やから、わすれた〜。

 そいえば、パウンドも、詩論で

 イメージこそ大事で、って書いてたけど

 ヴィトちゃんも、イメージかあ。」



なんで

大学やめて

田舎で看護仕なんかしてたんだろうね。

またケンブリッジに戻りますけどね。

ラッセルが推薦してねえ。

とかとか

ヴィトゲンシュタインの話がしばらくつづいて

3人で盛り上がった。

ぼくが坐っていた右横に

ダンボール箱があって

それはこのあいだ、プロバイダーを替えたんだけど

モデムとかが入っていたヤツね

いまは古いほうのモデムなんかを入れて返送用の箱待ちぃ〜



その上に

いまお風呂場で読んでる『源氏物語』の「薄雲」のところがあって

これって

ホッチキスで読む分だけを、とめてあるやつなんだけど

それを渡して

ぼくがオレンジ色の蛍光ペンで印をつけたところを指差した。

「夢の渡りの浮橋か」(うち渡しつつ物をこそ思へ)

って、ところね。

「いいでしょ?

 このフレーズ。」

「これ、だれの訳ですか?」

「与謝野晶子。」

「これ、もと歌がありますね。」

「あるんじゃない?

 ぼくも似た表現、見た記憶があるもん。

 物をこそ思へ

 って、なんだか、ウィリアム・カーロス・ウィリアムズの言葉みたい。

 事物こそ、なんとか、かんとか〜だったっけ?

 具体的なものこそ、なんとか、かんとか〜だったっけ?

 パウンドも書いてたかな〜。」

「いや、よくありますよ。」

俳句や短歌にも詳しい湊くんだった。

「いま、うちのそばに

 夢の浮橋のあとがありますよ。」

「えっ?

 あっ、

 引っ越したんだっけ。

 いま、どこらへんに住んでるの?」

「東福寺のそばですよ。」

「橋があるの?」

「いえ、なにもありませんよ。

 なにもありません。

 よくある史跡ですよ。

 あったということだけがわかっている

 場所を示す立て札があるだけです。

 これが『源氏物語』で有名な浮橋で、

 とかという説明が書かれた立て札があるだけです。」

そいえば

アポリネールの

「ミラボー橋」も

詩はあんなに有名なのに

シャンソンにもあるらしいのだけれど

橋自体は

ちっぽけなものだって

どこかに書かれてるの読んだことがあるなあ。

夢の浮橋かあ。

夢に

なにを渡すのだろう。

夢から

なにを渡されるのだろう。



それとも

夢自体が

渡すものそのもの

橋なのかな。

夢の浮橋。

どこが、どこに通じてるんだろう。

どこと、どこがつながってるんだろう。

なにが、なにを渡すのだろう。

なにから、なにが渡されるのだろう。

なにを、なにに渡すのだろう。

物をこそ思え。

今回の言語実験工房で話し合わなければならないことは2つあって

1つは

関根くんをメンバーに迎えるかどうか。

もう1つは

今年の言語実験工房賞は、だれに?

さいしょのことは、関根くん自体が消極的なので

じゃあ、これからも言語実験工房は3人でやりつづけましょうということで

これは30秒くらいで決定。

言語実験工房賞も

まえに、湊くんと日知庵で飲んでたときに

話していた詩人の詩集に

とのことで、あらちゃんも同じ意見だったので

数十秒で話し終わった。

ひゃはは。

1分くらいで

会合の目的は果たして

ぼくたちは

お酒と、お菓子を、手に手にして

まだまだ

右に

左に

縦に

横に

縦、縦、前、横、横、後ろ、前、右、左、斜めに

話しつづけていたのであった。

前から、みんなで見ようねって話をしていた

ぼくがいま夢中に好きな

キングオブコメディのDVDを見ることになった。

ぼくの好きなコントをいくつか見たあとで

ドッキリっていうか

ドキュメントなのかなあ

盗み撮りで

2人が楽屋で

中華料理屋から出前をとって

ご飯を食べてるシーンがあって

コンビの相方のひとりが

もうひとりのほうの食べ物をねらって、とってばかりいるという

食い意地の汚さをメインに人間模様が浮かび上がるシロモノだったんだけど

ぼくが

「中学のとき、お弁当のおかず

 とってくヤツっていなかった?

 いたでしょう?」

と言うと

「いたいた。」

と、あらちゃん。

湊くんが

「ぼくは中学のとき、給食でしたから

 なかったですよ。」

「名古屋だったら

 うぃろうが出てきたりして。

 あ、

 湊くんってさあ、

 大阪だったよね。」

「そうですよ。

 ですから

 タコ焼き出てきたのかって

 よく言われます。

 出てきませんでしたけど。

 いまだったら出てくるかもしれませんけどねえ。」

「京都だったら

 おたべだよねえ。

 出てきてほしいなあ。

 おいしいもんね。」

ふたりも、好き好き、と。

「いろんな種類

 出てますよね。

 ぼくは、抹茶味が好きぃ。」

と、あらちゃん。

「カラフルなものがいっぱい出てるものね。」

黒胡麻かな。

真っ黒なものもあった。

ピンクや

黄色もあった。

なに味か、わかんないけど。



あらちゃんの好きなグリーンのもね。

それは、抹茶味か。

そいえば

一語が入ってるのもあったかなあ。



イチゴね、笑。

すると

湊くんが

「清水寺をのぼっていく道があるじゃないですか?

 あの細い狭い坂道

 あそこ通ると

 試食で

 お腹がいっぱいになります。」

「ししょく」って

すぐには、わからない、ぼくだった。

音になじみがなかったので。



「いろんな食べ物が試食できますよ。

 甘いものに飽きたら

 漬物の試食すれば味が変わりますからね。

 デート・コースには、うってつけですよ。」

このへんで、ようやく

「ししょく」の意味がわかったぼくだった。

このあいだ、文学極道に投稿した詩の

わかんないところを

湊くんに教えてもらった。

詩をプリントアウトしたものに

あらかじめ、赤いペンで

わからないところに矢印をしておいたのね。

チェックしてもらっているあいだ

DVD見てたぼくだけど。

ごめんちゃい。



つぎの点を、書き込んでもらった。

rejection slip

詩人

ジョン・ベリマン

レオポルド・ブルーム

rejection slip

ってのは

編集者が、作者に雑誌掲載できない原稿だっていう返事を書いたものね。

「スリップって、小さい紙ってことだっけ?」

「そうですよ」

詩人っていうのは

このあいだ文学極道に投稿した作品で

rejection slip

ってのを受け取っても

それを机の見えるところに貼って

執筆しつづけて

編集者に作品を送りつづけた作者のことだけど

ぼく

忘れてたからね〜。



それが

だれかってのも忘れてたんだけど

それは

ジョン・ベリマンだとのことでした。

湊くんが笑いながら

「だから、あとで

 ジョン・ベリマンの話になったんじゃないですか。」

ぼくも、自分で自分のこと笑っちゃった。

「そだったね。

 忘れてた〜。」

ぼくって

あの長篇詩『ブラッドストリート夫人賛歌』

何度も引用してるのにね。

ギャフンだわ。

レオポルド・ブルーム

ってのは

ジョイスの『ユリシーズ』の主人公の名前ね。

これも忘れてたのね。

「文学極道でさ、

 いま、ぼく、投稿してるじゃない?

 そこに粘着質のひとがいるんだけど。」

そう言うと

湊くんが

「見ましたよ。

 相手にしたら、いけませんよ。」

「うん。

 わかってるよ。

 相手にしてないよ。
 
 でも、なんだか、そのひとのことを考えてたら

 ぼくまで

 粘着質っぽく思えてきちゃってさあ。

 ぼくって、粘着質かなあ?」



台所に立って換気扇の下で、タバコを吹かしてた

あらちゃんに近づきながら、そうきいた。

ぼくも、タバコが吸いたくなったのだった。

「あつすけさん、

 粘着質と違いますよ。

 あつすけさんは

 スキゾでしょ。」

「スキゾって、なに?」



ぼくが言うと

湊くんが

「スキゾは分裂症型ってことですよ。」

って、



「粘着質のひとって

 見て

 すぐわかりますよ。」

って。

すると

あらちゃんも

「見たら

 わかります。」

とのこと。

「へえ〜

 そなの?」

「あつすけさんは、粘着質と違いますよ。」



湊くんまで

そう言ってくれたので、安心した。

ぼくは

いままで、ずっと

自分のことを、粘着質で

執念深い性質だと思ってきたから。

「実母がさ。

 精神病じゃない?

 精神分裂のほうの。

 いま統合失調症って言うみたいだけど。

 だから、遺伝してるのかな?」

ふたりの顔を見ながら

そう言ったら

湊くんが

「分裂症型と

 分裂病とは違いますからね。」

「えっ?

 あっ

 そうなんや。

 ああ

 そうやったね。

 症と病じゃ、違うもんね。

 よかった〜。」

と言いながら

ぼくの頭のなかでは

狂っている母親の姿が思い浮かんでいた。

話をしていると

突然

鳥になって、鳥の鳴く声で鳴き出したり

突然

狂ったように

いや、

狂ってるんだけど

狂ったように

ケタケタと

大声で笑い出したり

突然

物になったかのように無反応になったりする母親のことが

ぼくの頭のなかをよぎった。

ふたりは

そんな映像を頭に思い浮かべることもなかったと思う。

おそらくね。

っていうか

思い浮かべたら

おかしいね。

湊くんが

「ふたりとも

 そこに立ってたら

 ぼく、さびしいじゃないですか。

 ぼくも、そっち行こうかな?」

「いやいや

 そっち戻る、そっち戻る。」

ぼくは、あわてて

吸っていたタバコをもみ消して

パソコンの前の

自分の坐っていた場所に腰を下ろした。

「このつぎのやつ。

 だじゃれのVTRなんだけど

 ぼくって

 よく

 だじゃれ使うじゃない?

 齢いくと

 そうなるって言うけど

 さいきん、めっちゃ使ってるような気がするわ〜。」

リモコンで、スピーカーの音量をあげた。

キングオブコメディの今野くんが

「ダジャレンジャー」

って役で

まあ

マトリックスのエージェントのような服装で

サングラスは

はずしてね

出てくるVTRなんだけど

あらちゃんもタバコを吸い終わって

はじめに腰を下ろしてたところ

テーブルをはさんで

ぼくとは対面の場所に坐った。

湊くんは

パソコンの画面の正面

3人の位置は

ぼく

湊くん

あらちゃんの順に





西

うん?

そうだね。

3人の背中は

それぞれ

東向き

南向き

西向きだった。

湊くんが笑いながら

「やっぱり

 メリルは貸してもらえませんか?」

ぼくも笑いながら

「ごめんね〜。」

早朝の豆腐売りの

ファ〜フウ、ファ〜フウ

って音が

映像となって通り過ぎていったかのような錯覚がした。

音が

動く画像になって

目の前を通り過ぎてくような感じかな。

「ごめんね〜。」



もう一度

笑い顔をして

念を押しておく。

「やっぱ、ぼく

 けちなんだわ〜。」

すると

湊くんが

あらちゃんから返してもらった詩集を手にしながら

「ぼくは

 多少、傷んでても平気なんですけどね。」

すると

あらちゃんが、

遠慮がちに

自分のリュックからもう1冊

湊くんから借りていた本を返しながら

「これ、ごめんなさい。

 帯がちょっと破れました。」

あらちゃん

笑ってないし

でも

湊くんは

「大丈夫ですよ。

 ぜんぜん平気ですよ。

 そりゃ、さすがに

 めちゃくちゃ汚されてたら

 ううううん

 って思いますけど。」

笑いながら。

ぼくは、笑わなかった。

考え込んじゃった。

「ぼく、やっぱり

 けちなんやろか?」

「あつすけさんは

 とくべつ敏感なだけでしょ。」



湊くん

笑いながら。

ぼくは

笑えなかった。

神経質なんやろなあ。

おんなじ本を5冊も買って

付き合ってた恋人に

これ以上、おんなじ本を買うたら

別れるで

とまで言われたもんなあ。

『シティー5からの脱出』やったかな。

J・バリトン・ベイリーの。

あの表紙が、かわいいんやもん。

ちょっとでも

ええ状態のもんが欲しかっただけやのに。

ぼく

笑ってないし。

ぜんぜん

笑ってないし。

笑ったけど。

「北見工大の専任講師に応募してみたら

 って話がきましたけど、応募しませんでした。」

「へえ、

 ぼくやったら応募するわ〜。」

「あつすけさん、

 ぜったいあきませんよ。

 京都から出たことないから

 想像つかないんとちゃいます?」

「そうですよ。

 どんなところか

 ぜんぜんわかってないでしょう?」

「えっ?

 どこなの?」

「北海道の東のほうで、網走のすぐ西ですよ。」

「網走?

 だけど

 たしか、北川透って

 九州の田舎の大学じゃなかった?」

「そんなの比べものになりませんよ。

 冬なんて

 ふつうの寒さじゃないんですよ。

 ストーブ、ガンガンにつけてても寒いんですからね。」

「そっか。

 それって

 雪まみれってこと?

 部屋のなかまで〜?」

「セントラルヒーティングしたうえで

 ストーブ、ガンガンにつけてても

 寒いんですよ。

 ウェブで見たんですけれど

 特別な暖房がいるから

 地元の電器屋にご相談を

 なんて書いてありました。」

「それに

 こっちに戻ってくるのに

 5万円はかかるでしょう。」

「えっ?

 でも、専任だったら

 年収500万円とか、600万円はあるんじゃない?

 だったら

 100万円くらい

 旅費に使ったっていいんじゃない?」

「ありますかねえ。」

「あるよ、ぜったい。」

と、よく知らないくせに、ぼく。

「ありますよ。」

と、あらちゃんも。

あらちゃんが言うから、あると思った。

確信した。

「ううううん。」

湊くんが笑いながら。

「それに、学会とかあるやろうし。

 大学がいろいろお金出してくれるんじゃない?」

と、ぼく。

「いや〜、あつすけさん。

 最近、出ませんよ。」

とまた、あらちゃん。

「公立だから?

 ふうん。

 ぜんたいに不景気なのね〜」

「それに

 工大でしょう。

 専門が…」

「えっ?

 だって

 あのひと

 あの

 ほら

 言語実験工房に作品送ってきてくれたひと

 京都で会ったじゃない。

 あのひとって

 医学部じゃん。

 教えてるの。

 医学部出身じゃないけど。」

「高野さんですか?」

「そうそう。

 高野さん。」

「そういえば

 そうですねえ。

 あ

 2週間前に会いましたよ。

 同志社であった the Japan Writers Conference で。」

「それって、学会?」

「ええ。

 学会みたいなものですね。

 イベントって言ったほうが適切でしょうけれど。」

「ふうん。

 元気にしてはった?」

「元気でしたよ。」

元気なのか。

そだ。

キングオブコメディの「ダジャレンジャー」で

今野くんが

電器屋さんの店頭で

「デンキですか〜!」

って叫んでた。

アントニオ猪木のマネしながらね。

「でも

 北見工大って有名なんじゃない?

 北見工大付属って

 甲子園に出てない?」

「出てましたかね?」

「出てるかもしれませんねえ。」

ぼくら3人とも

野球には詳しくなかったのだった。

でも

「ぼくの耳が

 知ってるような気がする。

 音の記憶があるもん。

 北見工大付属って。」

どこかと間違ってる可能性はあるけどね〜、笑。

「でも、専任になったら

 書類がたいへんですよ。」

「そうなんや。」

「はんぱじゃないですよ。」

「そういえば

 日本って、アメリカとかと比べて

 会社で書かされる書類の数がぜんぜん違うって

 なんかで読んだ記憶があるなあ。」

「このあいだなんて

 研究室の安全確認の書類を書いてました。」

「えっ?

 そんなの事務員がすればいいんじゃないの?」

「研究室の配線とかのことで

 それは、ぼくたちがやらなきゃならないんです。」

「そうなんや。

 まあ、そうなるのかもしれないね。」

「授業計画書とかも書かなきゃなんないでしょ。」

「あっ、そうだよね。

 國文學の編集長やった牧野さんから

 授業計画書を見せてもらったことがある。

 いま

 大学で教えてはるのね。」

「とにかく書く書類が増えるってことですね。」

「日本人って

 不安なんだろうね。

 書類がないと。」

じゃあ。

一日じゅう

書類書いとけばいいじゃん

っとか思った。

一日じゅう

書いて

書いて

書きまくるのね。



たしかに安心するのかもしれない。

ぼくが詩を書くように

書いて

書いて

書きまくるのね。

いや

違うかな。

ぼくは

書いても

書いても

いくら書きまくっても

いつまでたっても

安心できない。

なんでなんやろ?

わからん。

フィリピン人のコメディアン greenpinoy の チューブで

One Year of Friendship!

ってタイトルのものがあって

それって

greenpinoy が

1年のあいだに

友だちたちといっしょに撮った写真を

スライドショーっぽく

画像をコマ送りしながら

スティーヴィー・ワンダーが参加して歌ってる

RENTの主題歌を流してるんだけど

そのRENTの歌って

1年という期間を

およそ、525600分と計算して

そこに、525000の瞬間の出来事があって

っていうふうに歌ってて

そこに

日没があり

そこに

愛があり

そこに

人生がある

とかとか言ってるのだけれど

ぼく

ふと思っちゃった。

1日のうちに

1年があるんじゃないのって。

1日のうちに1年があって

1時間のうちに10年があって

1分のうちに、生きているときのすべての時間があるんじゃないのって。

すると

やっぱり

ノーナ・リーヴスの西寺豪太ちゃんがブログに書いてたように

一瞬のなかに永遠があるんだよね。

豪太ちゃんは

「一瞬のなかにしか永遠なんてものはないのさ。」

だったかな。

いや

もっと短く

「一瞬のなかに永遠はある。」

だったかな。

そんなこと書いてたけど

ぼくも、そんな気がする。

気がした〜。

豪太ちゃんの言葉を見たときにね。

その言葉、見たの

ずいぶん前のことだけど。



そのときにも思ったの。

一瞬のなかにこそ、永遠というものがあり

なおかつ

永遠というものも、一瞬のものであるということを。

ひとまばたき。

「目を閉じて、目を開ける」

ただひとまばたきの

時間のあいだに

永遠があるのだということを。

アハッ。

じつは

さっきね。

「一瞬のなかにこそ、永遠はある。」って、書いたとき

キーを打ち間違えて

「一蹴のなかにこそ、永遠はある。」

ってしてたんだけど

一蹴

おもしろいから

そのままにしてやろうか

な〜んて

思っちゃった〜。

「ヴィトゲンシュタインって

 この『論理哲学論考』では

 よく「対象」っていう言葉を使ってますね。」

「ぼくなら「対象」と「観察者」をはっきり分けたりできないけど。」

「ヴィトゲンシュタインは、はっきりさせようとしています。」

「はっきり分けようとすると

 矛盾がでてくるんじゃない?

 分けられないでしょ?

 じっさい。」

「後期のヴィトゲンシュタインは、それを反省してますけどね。」

「言語ゲームですね。」

と、あらちゃん。

「とにかく

 『論考』では、はっきり分けて考えるようにしていますね。」

アリストテレスの二項対立みたいに

なんでも分けて考えるのね。

西洋人って。

いや、考えること is equal to 分けること

なのかな。

「ぼくなんか

 いつも

 なにか考えるときは

 考えてるものと

 その考えてる自分というものとは不可分だってこと

 考えちゃうんだよね〜。

 それに

 ときどき

 その考えてるものが

 自分のことを考えてる

 な〜んてことも考えちゃうしね〜。」

はっきり分けられないと

いつまでも

ぐずぐず食い下がるぼくであった。

「あなたの友だちの息は、とっても臭いです。」

Useful Japanese

って、英語のタイトルだった

greenpinoy のチューブを見た。

「わたしのおじさんは、ホモだと思います。」

これも面白かったなあ。

「あなたは中国人ですか?

 日本人ですか?

 それとも、韓国人ですか?

 どっち?」

ってのもあって。

「日本では

 2つのうちの1つを選ぶときにしか

 「どっち」って使わないよね?」

と言うと、

「英語では

 3つ以上のものから1つのものを選ぶときも

 2つのときからと同じで

 which ですよ。」

と湊くん。



このチューブを見たあとで

これ感動したんだよ

と言っておいて

トップの静止画像だけ

ちらっと

見せておいて

先に

この「日本語の勉強」ね、

Useful Japanese のチューブを見てもらって

あとから見た

「これ感動したんだよ

 『RENT』の主題歌ね。

 スティーヴィー・ワンダーが歌に参加してるけど

 スティーヴィー・ワンダーの詩なのかな?」



「ぼく、この単純な詩にめっちゃ感動したんだけど。」

って言って



「これ、

 似てる詩をゲーリー・スナイダーが書いてたよ。」

と言って

『ビート読本』を出して

スナイダーのところを捜したら

なかった。

そしたら

頭が

ピリピリと

頭の横のところが

ピリピリと

痛かった。

また記憶がまちがっていたのかって思って



本のどこかで引用してたはず

と思って捜しつづけたら

見つかった!

なにが?

ナナオササキの詩が。

ナナオササキの詩だったのだ。

「そんなこと、ぼくもありますよ。」

と湊くん。

フォローが絶妙、笑。



おとつい

日知庵に行ったあと

大黒に行ったら

マスターが

ぼくの耳のうしろから息を吹きかけるから

「やめてよ。

 感じやすいんだから。

 ぼく

 耳がいちばん感じるんだから。」

「あつすけさんって

 全身性感帯みたい。

 乳首も感じるの?」

そう言って、手をのばそうとするから

すかさず、ぼくは、両手で自分の胸をおさえた、笑。

「やめて!

 感じちゃうから。」

「感じれば、いいじゃない。」

「だめなの。

 いま、飲んでるでしょ。」

「まあね。

 あいかわらず、わがままね。」

「はっ?

 なに、それ?」

「まあ、まあ。

 いいわ。

 飲みなさい。」

なんか

憮然としちゃった。

かさぶたができるぐらい

ギュー

って

乳首をつままれた

いや

ひねられただな

記憶がよみがえっちゃって

一気に

ジョッキの生ビールをあおっちゃった。

「ぼくの乳首って小さいけど。」

と自分の胸を何度も手のひらでなでるマスター。

「あつすけさんの乳首って大きそうね。」

「おかわりぃ〜。」

「は〜い。

 あっちゃん

 ビール入りま〜す。」

バイトの男の子が伝票にチェック。

西寺豪太に似たガッチリデブのブスカワの子。

このあいだ

ノーナ・リーヴスの最新アルバム『GO』を大黒に持ってきて

かけてもらったときに



湊くんときたときね。

「きみってさあ。

 ブスカワじゃん?

 このボーカルの子に似てるよ。

 ぼくの目にはソックリ。」

湊くんが

カウンターの上でライナー・ノーツを拡げて見せてた

ぼくの手のひらの上の

西寺豪太の写真の顔をのぞき込んでから

顔を上げて、目の前に立ってたバイトの子の顔を見た。

「似てますね。」

「似てますか?」

と、そのバイトの子ものぞき込む。

「似てないことはないと思いますけど

 そんに似てますかね。」

「ブスカワなとこも

 いっしょじゃん。」

と、ぼく。

「ええっ?

 そんなん言われても。

 ブスカワですか?

 ぼく。」

「ハンサムじゃないね。

 男前でもないし。

 もちろん、カッコよくもないし。

 でも、いいじゃん。

 ブサイクでカワイイんだから。

 ぼくなんか

 愛嬌なくって

 ぜんぜん

 ひとに好かれないもん。

 ぼくも、ブサイクでカワイイ

 ブスカワに生まれたかったな。

 ブスカワだと

 ぜったい

 人生ちがってた〜。」

ここで、おとついに時間を戻す。

ぼくがひとりで飲みにきてたときにね。

「ぼくも、あんなジジイになりたい。」

映画のなかに出てきたチョー・ブサイクな白人のジジイを指差した。

「あれ、あのジジイね。」

「ぼくは、かわいいと思うけど」

「ぼくは、マスターとちがって

 年上はダメなの。」

「あの俳優さん、かわいいと思うけど。」

「ジジイじゃん。

 ぼくもジジイだけど。

 でも、あんなにブサイクなジジイになったら

 もう恋をしなくても、すむじゃん。

 期待しなくても、すむじゃん。

 はやく、あんな汚いジジイになりたいっ!」

「それって、きのうも話してたんだけど

 きのう

 お店が暇だったから

 みんなで、ラウンド1 に行ったのよ。

 そこで、そんな話が出たわ。

 むかしモテタひとって

 よくそんなこと言うわねって。」

「ふううん。」

「あつすけさん、

 年上とはないの?」

「あるよ。

 2、3人だけだけど。

 それに

 年上って言っても

 1つか2つくらい上だっただけだけどね。

 とにかく

 ぼくは

 ぼくより齢が上で

 ぼくよりバカなひとって

 大っ嫌いなの。

 ぼくより長く生きてて

 ぼくよりバカって

 考えられへんわ。」

「ぼくは、だらしない年上も好きだし

 しっかりした年下も好きよ。」

「じゃあ、ぼく、ぴったしじゃん。

 ぼく、だらしないよ。

 頼りないし

 貧乏だし

 部屋も汚いしぃ。」

横に立ってたマスターの分厚い胸に

頭をくっつけて甘える

ぼくぅ。

「部屋が汚いのは、いや〜ね。」

「えいちゃんも、よくそう言ってた。」

頭をマスターの胸から離した。

「片付けられないのね。」

「片付けるよ。

 ひとがくるときだけだけど。」

ほんと

そうなんだよね。

今回の言語実験工房の集まりでも

ぼくの部屋

掃除しはじめたのって

約束の時間の1時間くらい前からだもんね。

そいでもって

約束の時間ギリギリまで掃除してたもんね。

ぼくは

シャツの上に浮き出たマスターの乳首の形を見つめた。

ぼくの乳首

大きくないし。

「あっちゃん、

 アプリって知ってる?」

「知らない。」

「マイミクになったら

 教えてあげる。」

「ならない。」

「ほれほれ、この漢字読める?」

箇所

って漢字を、携帯で読ませようとするマスターに

「読めない。」

「あらあら、

 あっちゃん、

 詩を書いてるのに漢字が読めないのね。」

「漢字はパソコンが書くから

 ぼくが知らなくってもいいの。」

「まあ。

 あっちゃん、

 もっと漢字、知らなきゃ

 詩を書けないでしょ?」

「べつに。」

ぼくは

シャツの上に浮き出たマスターの乳首の形を見つめた。

ぼくの乳首

大きくないし。

ぜったい大きくないし。


十一月、波打際

  はかいし

由比ヶ浜は沈んでいくときいつも産声をあげて泣いていた。はじまり、の詩句が似合う、弾けた鞠なんだ、追いかけるように後ずさる。泡。僕らはどこまでも形骸と化した空気を追いかけて、空に跳躍、する。

イカロスは翼があったから空を飛べたけど、鞠には翼はないから、僕たちの心臓の向こうに落ちて、ざぶんと飛沫を上げるんだろうね。穏やかな破水。空を仰ぐ間に押し寄せてきた。波。波。と注がれたかなしみに落ちる。

本当は留まっていたかったんだろう。鳴動。は薄れて、日暮れまで届かないうちに、距離は失われ、気がつけば心臓を通り過ぎていた。重なることはない。影たちに、あなたは、濡らされて。はじ、は恥、まり、は魔力だったんだ、空が遠くから、海も遠くから、見ていたんだろうな、

ざぶり、ざぶり、

跳躍は、深く沈むことを、どこかで望んでいたんだ、はじまりが、どこまでも続いて、はじまりで終わる、波打際が、残酷なやさしさで削っていった。わたし。は泡になって、はじけたまりで、はじのまりょくを、もう一度、見せつけられて、冬の海は、煩いほど胎動する、


星空の下で

  ミドリ




ローソンの袋から
ひょっこりと顔を出した
りすが
夜空を見上げながら
しんみりとした調子でぼくに話しかける

こうしてさ
息をころしながらさ
今も俺は
夢を見てるんだよ
おまえも
同じだろ?

おい
あんまり袋の中で
ガサゴソ動くと
ポッキーが折れるだろ
ぼくがそう言うと

りすはこっちをジッと見つめて
おまえ
ポッキーと俺と
一体どっちが大事なんだよ!

彼の顔が
みるみると赤く
硬直してくるのがわかった

ポッキーだね(´ー`;)y−゛

そう言うとりすは
肩を震わし
メソメソと泣き出した
男のくせに女々しいやつだな

違うよ!
ポッキーの箱の角っこがさ
ずーっと背中に当って痛いんだよ(><。)/

アホか!
さっきからおまえ
柿ピーつまみ食いしてんの
ちゃんと知ってるんだぞ
コソコソしやがって
まったく

ケータイが鳴った
りすはポケットからそいつを取り出すと
電話に出た

何だ嫁ハンか?

横目で見た

今夜は真っ直ぐ帰るよ
今ローソンの袋の中だから・・
おねーちゃんの店?
ちがうよ(><。)。

りすも大変だ
今夜も言い訳の数だけが
このまるい夜空の下で
星屑の数ほど
ぼくらの口元から
こぼれ落ちていくんだ


墓参り

  小ゼッケン

ノックされた扉を開けて
おかえりなさい
と言う

びしょ濡れで部屋に入ってきた彼女を
裸にし、髪を拭き肌をこすった
拭いても拭いても彼女の髪からしたたる水滴の直径は小さくならず
肌は青白いまま額にも肩にも幾筋も水が線を引く
ぼくはタオルを2度交換し、3枚目をフロアに投げ出して諦めた
彼女は守られている
水は、ぼくが彼女に直接触れることを妨げている
とりあえず毛布で彼女の全身をくるみ
背中にクッションを当てて壁際に座らせる
低いテーブルの上に湯気を立てるミルクのカップを置く
言いつけられたとおりに彼女はぼくの出したカップに口をつけることはなかったが
あたたかな湯気に混ざって立ち上るミルクの匂いは
彼女にやわらかな効果を及ぼすだろう
ようやく彼女の身体が深く沈んだのを見た

彼女は部屋に入ってからひとことも発さなかったが
ぼくがそういうことをしている間、じつは彼女の方もぼくから視線を外すことはなかった
ただぼくを見つめるためだけに帰ってきたらしい
ただそれだけのため

生きているとき
それらのことごとをいちいち愛と呼んだのはなぜだったんだろう
さみしかったのか憎かったのか
それらをすべて埋めたかったのか
愛は埋める作業だったのか

死んだという実感はない
ごらんのとおり。足はあるんだが
ぼくは死んでいるからここから出ちゃいけないと言われているんだ
たばこはやめた
火葬場でガン細胞もいっしょに燃えたけど
でも、ここは火が点かない場所だからね
きみがたまに帰ってきてくれるのならぼくはここで待っている
いつでもさ
いつでも
出かけるのはまだいいんだ
もうすこしだけ
ぼくの不在が愛で埋まるまで
もうすこし

またね


岨道

  右肩

 足下から小石が落ちていきました。岩を跳ねながら雑草や松の枝に当たって、途中まではそれとわかったのですが、直ぐに見失われ、激しく打ち寄せる紺碧の波に呑まれて延々と続く怒濤の音に紛れてしまいます。この道を伝って、武田の軍が今川の支城の一つを攻めたことがあったそうですが、その時にも十人近い鎧武者が転落して死んだということです。両手を広げ崖にしがみつくようにして、なるべく下を見ないで済まそうと思うと、つい脆いところへ足を下ろして道のへりを崩します。僕はもうこの先の、平坦な当たり前の地面に立てることはないのかも知れない。そう思うと余計膝に力が入らなくなって、仰向けにのけぞりながら転げ落ちてしまいそうな気持ちになるのです。
「頑張りましょう!」
と前を伝う木島さんが少し掠れた声を張り上げるのですが、こういうときには逆効果です。手の使い方だとか、足の運び方だとか、もっと冷静で具体的なアドバイスが欲しいところです。そう思っていると、「あっ」という短い悲鳴が聞こえ、がらがらと岩の崩れる音とばきばき木の枝の折れる音が続きました。どぶん、という水音も激しい波音の間に聞こえたような気がします。
「今村さん、今村さんが落ちたっ」
と木島さんがわめきました。僕は怖くて自分の後ろについていたはずの今村さんを振り返って見ることができません。もう何の掛け声でも構わない、安心感が欲しくてすがるように木島さんを見ると、大きな顔に汗の粒をいっぱい張り付かせ、僕の後ろへと目を大きく見開かせています。その目と目線を合わせようとして、「木島さん」と声を出し始めた瞬間、下へ引っ張られるように木島さんの体が姿を消してしまいました。


流星

  リリィ

80デニールのタイツに
かすめる風は冷たくて
ガーゼのマスクが鼻を濡らす
少しかゆくて、赤いのはわかっていた

ここでは砂が崩れないから
消えない足跡を追う

しし座流星群を見逃していた
「冬だからまだそこらへんで星が流れるよ」
父の言葉を信じられるほど星を見たことがなかった

富士山のふもと
牛の臭いの道路は
空よりも暗闇だった
月から30cmの星がまたたき
そして流れなかった

帰り際、扇形の街を見る
そこに吹く風を感じられず
頭上で星が燃えているだろうから
いま、そこに帰る

足跡が並ぶ
黒ずむ葉が凍り
私のあとを
雪が降る

しんしんと
しんしんと


Reincarnation

  ひろかわ文緒

孤島のようにぽつんと
うずくまる港は
そろそろ瓦斯灯の蒼白く灯り
汐を冷たくしている
子どものわすれた片方だけのサンダルが
あしたの雨を知らせている

ふと、最終フェリーの汽笛が鳴り響いた
わたしのちいさな心臓をも
揺らして、遠くまで
心臓を揺らして、響く
反響し返ってくるまでのあいだを
高揚して待つ
目をつむり待つ
何がそんなにかなしいのか、と
詩人は云う

冬になれば彼らは
脂肪の代わりにくらやみを含み
夜とひとしくなってゆく
声と水だけを循環させて生きるのだ、と
差しだした林檎を丁寧にことわる

ことわられた林檎を
わたしは食む
そうして、あらわれた未熟な
白い果実は
あしたの雨を、知らない


ミホちゃん、キャラ崩壊中

  DNA

                        
              まったく知らない人間
              まったく好きになれそうにない彼のために
              ここに椅子を用意する
               (「問題はあとひとつだ」福間健二)



なに部やったっけ
テニス部
ああ、てにぶか

大野さん病んでんねんて
なんでなんで
うち、小学校のときちょっと友達やったのに
学校もう来てへんらしいよ
ホムペ見てみ
ああ、あれは病んでんね
最近閉じたらしいわ
ミホちゃん以外の27回生全員死ねって
(え?よりによってミホちゃんなん
なんでなんで
小学校のときめっちゃ明るかったやん
人気者やったで
うち、小学校のときちょっと友達やったのに

なに部やったっけ
テニス部
ああ、てにぶか てにぶか

ボクラハミンナヤンデイル/ヤンデイルカラウタウンダ

なにそれ?

ミホちゃんが歌っとったらしいよ(大声で
え?聴こえへんかった もっぺん歌って いやや 
最近ミホちゃんヘンじゃない? はじけてしまっ
たというか 紅い実が? それは寒いよ! ああ、
ミホちゃん乗り移ってんちゃうん やめろや ああ、
ああ、崩壊中、ミ、ミ、ミホちゃん、キャ、ラ、崩、壊、中・・・

大野さん、ガッコ別に出てこなくてもいいんだよ 「わたしたち待ってます」なんて
死んでもいわないから ミホは舞ってます 毎日毎日舞ってます 手のひら、ひらひ
ら タイヨウにかざして 今日も舞ってます ロンド。

ミホちん、今日は環状線三周しました。新記録です。今宮で降りて天王寺公園ぶらつ
いてたら、まだわかい兄やんが三千円で手で抜いてってぬかすから、わたし思春期で
忙しいんですけどって断った。今日も空はあまりに高くて目眩がします。

あ、ぼくもテニス部だったんですけどね

ボクラハミンナヤンデイル/ヤンデイルカラウタウンダ 
慌ててぼくは黄色い装丁に赤字でタイトルの書かれた
一冊の詩集のことを想いだし、
とりあえず「きみたちは美人だ」とノートに書き付けた

友人のね「手紙」っていうタイトルのブログに
〈言葉は、誠実に並べれば、祈りにも似てくる〉
って書いてあった

誠実に、がミソなんやろ
いや、並べる、がミソやで

「どんなにしんどくても連絡だけはしいや」
「はい、すんませんでした。ありがとうございます」

〈言葉は、誠実に並べれば、祈りにも似てくる〉
って書いてあって
ぼくは電車のなかで泣いた

釜ヶ崎の三角公園で
一ヶ月前
「よってき祭り」
というのやってて
よってったら
「ダンシングよしたかとロックンロールフォーレバーズ」 
っちゅうめっさかっこええバンド
が唄ってた
御座のうえでぼくは
友達と聴き入ってた

ウォーン!
狼は吠え
日雇いのおっちゃんは
あまりにダンサブルで
言葉は、誠実に並べれば、祈りにも似てくる

さよなら、サンカク
またきて、シカク

ウタは、誠実に並べれば、祈りにも似てくる

あ、大野元気?
ミホちんも元気そうでなにより
それだけ
ただ、それだけ

〈♪ジャスティス・アズ・ア・カンヴァセーション

どこやったかなあ、赤土のコート。
ああ、育英高校やわ、イクエ。
あそこで試合待ってる最中、
それも長いねん、待ち時間が。
第一試合が朝あって、
第二試合始まるの昼過ぎやで、
ほんまかなんわ。
んでな、第一試合終わって
日陰でぼおっとしてるやん。
ポカリとか飲みながら。ぼおっと、
あほみたいなつらさらして。
だいたい、高校生くらいの悩みとか
十年たったら、あほみたいな悩みやったなあと思うやろ。

それはな、嘘やで。

「あと十年たったら
なんでも出来そうな気がするって
でも、やっぱりそんなの嘘さ
やっぱり何もできないよ
僕はいつまでも何もできないだろう」
って昔、部室で歌ってた先輩元気かな。

話もとに戻すけどな、その赤土のコート、イクエの。
全然コート整備できてへん。
イレギュラーしまくり。
あっついし、ボールはわけ解らんはねかたするし、
もうイライライライラしっぱなしや。

おーい、聴こえてる?ミホさん。
大野寝るなって、もうちょっとやから、
もうちょっとだけ聴いて。
んでな、その赤土のコートの周りはな
陸上部が使ってんねん。
敷地が狭いからな、
たぶん併用してるんやろな。
野球場は立派やけどなあ。
んでな、その陸上部の走ってる連中のなかに、
めっさ髪さらっさらでな、
風になびかせながらスラーッした足で
ひょいひょいって走ってる
選手がおったのよ。
独りでずーっとコートの周り
走ってんねんけど、
これが、あまりに美しくってな、
おれ自分の試合どうでもようなって
ずーっとその選手を見てた。

いまやあらゆる比喩が陳腐になって
なににも例えられはしないが

二本の足を、誠実に並べれば、祈りにも似てくる

って想いだして
おれは電車のなかで泣いた


on the shore

  ひろかわ文緒

料理のさしすせそ
覚えて
最初に作ったのは
砂の城
でした、寄せる波に
少しずつ
洗われて少しずつ
崩れてゆく
ね、そうです、ね、
間違っている
ものばかり繁栄させるの
とてもしあわせ、

宇宙のぐるぐる
渦巻いているところにさ
光とかさ
全然、在り得ないってとこにさ
いるみたいだなって
恋人は眠る寸前に呟き
私が(何故、)と訊ねるより先に
銃に撃たれ死にました
そして
私も今殺されようとしています
口に汚らしい布
つめこまれて枕を脳に
押しつけられて冷たい球形の
暗やみを受けとめようとしています
ありがとう殺戮
どういたしまして死骸

霧雨の日には喪服を着る
日蝕の日には喪服を着る
誕生の日には喪服を着る

真白いベッドの上に
死骸をふたつ置いて
私の魂は窓を開け風を通す
昨夜に干した黄色のパンツが
ひらひらしている
恋人の魂を水筒に流し込み
会社へ向かう
ラッシュアワーを避けた
安全な電車に乗って
向かう
向かえば着き
着いた回転ドアをくぐり
優しい高層ビルを昇る
小さなオフィス
可愛いオフィス
部長が電話でわたわたしている
後輩の女性(21)が給湯室で無表情でお茶を淹れる
私は恋人の魂の入った水筒を
胸に抱き
立ちつくしている
席には菊が号泣している
しばらく、して
花びらちぎって
ちぎりとおして
退社した

     「ねーねー知ってるー? 料理のさしすせその「せ」ってしょうゆなんだってさ「えーマジー?「でしょでしょーこの間の中間テストに出てさあ「えーじゃあさしすしょそじゃん「はは、超いいにくいし、あ、「そ」はみそなんだけどね「でもそれはなんとなく分かるよねー「うんうんそれはねーナットクって感じ「「ぐぐぐぐぐ「あれケータイ鳴ってない?「あ、佐藤からだ「遅いし佐藤、「もしもーし今どこー?

女子高生、
女子高生、
女子高生の会話を聞いて
初めて料理の
さしすせそ覚えて
だけれど家に帰る迄に全て
無くしてしまいそうだったから、
近くの海辺で
砂の城を作った
乾いた砂を水筒の中身で
濡らしながら固めて
屋根のてっぺんに細い枝
刺す頃には、指先
だけしか輪郭なくて
それでもやっと
作った
作ったそばから
波がさらい
壊れるけれど、
覚えている
さしすせそ
遠くで
紅と白の
煙突から煙、
あれは私たちが燃えて
いるんじゃないけれど、
お祝いみたいで
すごく善い、

 ありがとう
  どういたしまして

文学極道

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