年間各賞・総評2(織田和彦)2009文学極道
「年間各賞・総評1」の冒頭で、発起人各人の声を引用しました。2009年が文学極道にとってどういう年(運営サイドの認識)であったか?その一端に触れて頂てくことができたのではないでしょうか。さらにその総括に関わる部分の発言についても引用しておきます。
※注記:引用は、発表を意識して書かれたものでないことをお断りしておきます。
「詩を書こうという意図によって書かれた作品に対しては俺は全然興味ありません。それは結局技量で見せるだけの作品になるから。そこから何かが見えるもの、そういうものだけが残る場に、文学極道はなって欲しいと思います。その意味では、月間にしろ年間にしろ(年間は特に)、厳しい基準での選考であるべきだと考えます 。 」(いとう氏)
「叙情、実存、思いあたる作者は既に受賞歴のある初期からの常連であったため、削りました。おなじ賞をくりかえし授与しても作者にも場にも進展がないという判断です。多謝。今年はかなり小粒の印象なので、該当無しという決断も必要になってくるかもしれません。もちろん、ほかに強く推すべき作者がいるなら、それ がいいと考えています。」(石畑氏)
この辺りを読んで頂くと、色んなものを包含つつ、そこに伝わる非常に厳しい雰囲気がわかると思います。
それから月間選評などで大変なご助力を頂いた阿部氏からは、外部目線に立った地点から、文学極道に対する数多くの疑問や疑義、叱責などを頂いております。それがこうした選考の過程などで、きちんと反映されただろうか?そこにある努力の不足は、常に補っていかなければなりません。特に阿部氏が、田中宏輔氏、岩尾 忍氏の2名を強く推されていたのが印象に残っております。
さて、本賞受賞者の話題に戻ります。
【最優秀抒情詩賞】 受賞者
■りす氏
「りすさんは投稿作品数は多くありませんが、他に該当する書き手は見当たらないと私は思います。」(ピクルス氏の評)
2005年創造大賞・次点入選、2006年、2007年創造大賞を連続受賞。2008年最優秀叙情詩賞受賞に続き、2009年も最優秀抒情詩賞を連続受賞。こうして見てくると、そろそろ彼にも次のステージを用意しなければなりません。”生まれも育ちも”文学極道のりす氏ですが、これは文学極道というメディアの ステップアップと、全くパラレルな軌跡を辿った現象であることが読み取れます。
「自分はまだモノマネの域を出ない」
これはかつて彼自身が自分を作品を評して発言していた内容です。同時に、ライティングの際に、予め主題が目の前にあるわけではない。という発言も見られます。
冒頭のいとう氏の評言に注目しましょう。ここです。
「詩を書こうという意図によって書かれた作品に対しては俺は全然興味ありません。それは結局技量で見せるだけの作品になるから」
いとう氏が「見せかけ」のものとして“嫌う”作品の“質”と、りす氏自身が自らを語る言葉がここで重なってきます。
つまり、「モノマネ」を脱し、自ら求める世界を掴んだとき。彼の書く技術は初めて、真に生かされるのです。
とは言え、その卓越した表現世界は他にないものであることはすでに証明済みです。受賞おめでとうございます。
【最優秀抒情詩賞】 次点
■ゆえづ氏
「目線の親しみ易さと胸が苦しくなるような抒情を買いました。」(ピクルス氏の評)
彼女ももっと評価されて良い人だと思います。子供にも大人にもきっと一つや二つはあるだろう、チクっと胸に突き刺さるその“棘”の痛みや、その甘酸っぱい感情を、さりげないタッチで、常に上質なものに仕上げてくるその力量は、他に見当たらない才能だといえるでしょう。プロットの折込み方もよく考えられています 。おしむらくは主題の掘り下げや、意表を突く独創性。ここら辺りが今一歩欲しいところかもしれません。