文学極道 blog

文学極道の発起人・スタッフによるブログ

2014年・年間選考雑感(浅井康弘)

2015-05-06 (水) 23:55 by 文学極道スタッフ

○新人賞 島中充

自慰、ペニス、死体、島中の作品に頻出するモチーフをあげればこのようなものだろうか。
そしてそのいずれも、存在の目的がずらされていることだろう。
自慰は
>手淫を教えられた猿は、狂ったように手淫に耽り、死んでいく
というように、明治期における「オナニー有害論」を下敷きにしながらも、それが有害/無害という軸で展開してゆくわけでもなく、また本来持っている「性欲の解消装置」としての役割をもはたしていない。

>少年は皮の被った性器を剥いた。そして、一匹の蛍を捕まえ、濡れた亀頭に点した。 「蛍」

>性に目覚める頃 解剖皿で蛙の腹を開き/手淫を覚える年齢になった
>お前が殺したのかと/そうだ 僕が殺したのだ  「沼」

また、ペニスにおいても、

>少年の性器はまだ未熟であった。 「蛍」
>私の性器はこの蓑虫のように萎えているよ。 「みのむし」

というように、自慰と並べられながらも、ファロセントリズムへとは到底向かわない。

最終的な目的が「挿入」へと向かわない、「みられるペニス」像に、詩をたしなむわたしたちがもっとも接近するのは、吉岡実だろう。

そこでは 少年が四つんばいになって/サフランを摘んでいる(略)
割れた少年の尻が夕暮れの岬で/突き出されるとき/われわれは 一茎のサフランの花の香液のしたたりを認める/波が来る 白い三角波/次に斬首された/美しい猿の首が飾られるであろう(略)
ぬれた少年の肩が支えるものは/乳母の太股であるのか/猿のかくされた陰茎であるのか(略)
サフランの花の淡い紫/招く者があるとしたら/少年は岩棚をかけおりて/数ある仮死のなかから溺死の姿を藉りる
吉岡実「サフラン摘み」

だがしかし、モチーフにおいて重なり合うことがあるとしても、島中の作品は、吉岡のようにイメージの豊饒さを伴わず、ただただ、寒く、暗い。

これをどのようにいうべきか。視姦されるに足るペニスを有しない「私」の物語であることによって、言語のファンタスマゴリーに依存する「詩」という機能を剥ぎ取ることで、作品をある種のぎこちない現実へといざなうこと、とでも?
そのような言説は必要ないだろう。

島中の作品において、イメージの豊饒さを伴わないのは、おそらくファロスとしてのペニスを有さないからではなく、外傷性の記憶を根源に有しているからではないだろうか。
作品において頻出する過去への言及。

>少年に手淫を教えたのは中学の体育教師だった
>僕たちの過ちは 中学三年生の時だった
>一九五一年、(略)その下から肉の付着している骨があらわれた。少年は姉を殺し、床下に葬っていた。

そこで語られるのは、一種の「過ち」、とりかえしのつかなさであり、その内実が「私」のなかで「解決」されていないために、いくつもの物語に変奏され「私」をおびやかしているのではないか。

>外傷性記憶は通常の成人型の記憶のように言語によって一次元的な線形の物語にコード化されない。もしされればその人が生きつつある人生物語の一部分に化してしまえるだろうに (ハーマン「心的外傷と回復」)

そして島中の作品は、その「過ち」として過去の記憶を、同じような単語や、同じような設定のなかで繰り返し語っているだけなのではないか?

「過去の過ち」を繰り返し語っている?たしかに。
だが、そこには過ちを犯してしまったという「悔恨」と、表裏一体の感情が抜け落ちてしまっている。
過ちを繰り返し語る、という行為は、悔恨を反復することで癒されるのではなく、
過ちを犯してなるものか、という「黙殺」されてしまった過去の「私」の悲鳴にも似た感情を見つけ出す行為でもあるはずではないのか。

「過ちを犯した/過ちを犯してなるものか」。この「私」が何度も遡及する過去のどこかで、拮抗していた過去の私の心の状態に、作品がたどりつけていないために島中の作品は、イメージの豊饒さを伴わないままであるのではないか。

「作品」を書くことに対して自己をみつめようとする姿勢の誠実さと、しかし、深く掘り下げることの能わない弱さ。
これが島中の特徴ではないだろうか。

○抒情詩賞 はなび  

はなび氏が初投稿されたときからの作品が持つ美しい抒情と、昨年度の作品に表出されている不安感、その両者のアンバランスさは、断絶がもたらすものなのか、それともマージナルなものなのだろうか。

>砂時計がさらさらさらさら流れているゆるやかな曲面を呈する硝子の容器の中に立ち
「水色のお弁当箱」
というように、外界から隔離された空間に「自分」を設定し、その周囲の変化を直接事故が感受できないけれども、しかし感覚的な違和感がとめどなく押し寄せてくる〈あの感じ〉をはなびはこのように表現する。

>とにかくまったくしゅるいを異にしていることに鈍感になるということがゆるされる日常のなかで ひとりとは言わず なんにんものおとこのこのやおんなのこ あかんぼうたちが爆発して今日もあちこちに転がっているのだとすれば  「水色のお弁当箱」

>飛行機がおちて 恋人たちが死んで たくさんの供花が今日もあちこちに転がっているのだとすれば  「水色のお弁当箱」

瞬時に気づくのは「だとすれば」という仮定をわざわざつけなくても、現に「なんにんものおとこのこのやおんなのこ あかんぼうたちが爆発して今日もあちこちに転がっている」し、あまりにその数が多すぎて、もはやなんのために「爆発」があるのかすらわからなくなってきている、ということである。
「たくさんの供花が今日もあちこちに転がっている」ことは、「外界と接している」2015年の日本において普通である。
わたしたちはそのような風景を見慣れているのであり、その風景にたいして「だとすれば」という仮定をつけるひとがいるならば、それは一種の「あがき」としてである。
わたしたちは、自分が住んでいる世界は「あかんぼうたちが爆発して今日もあちこちに転が」ることがない平和な世界であるかもしれない、というような。
そう考えるまでに、わたしたちは自らの世界を「擁護」したくなってしまう気持ちにさせられている。
なぜなら、ただでさえ毎日
>ことばの通じないしつこい宿屋の勧誘やら物売りやらにつきまとわれ歩き疲れてそのうえ空腹で爆発しそうな怒り 「水色のお弁当箱」

を押し付けられてしまっているのだから。「だとしたら」という仮定ではなく、事実として。

だからこそ、わたしたちは擁護しなくてはならない。
「あかんぼうたちが爆発して今日もあちこちに転が」ることがない平和な世界であるかもしれないということを。
あまりに平和と現実は乖離しすぎていて、「平和なんかない」という事実から目を背けてウソを突き通すことができるまでに、「空腹で爆発しそうな怒り」を押し付けられてしまっているのだから。

「硝子の容器の中に立」つ、ということは恐ろしい。外界/内界と設定することで、現実の世界を一時的に無効化し、「だとしたら」という仮定を挿入することで、リアルで惨めな世界のなかに「ウソ」を生じさせる。それが結果として、世界が惨めである時に、それを見ないことで自発的に「世界の惨めさ」を強化してしまうことにしかならない。
ここでは、作品のなかに抒情を導きいれる工夫をやめはしない姿勢はあるのだが、それは以前からのはなび氏の獲得してきた抒情を問い直す程度に相対化されず、断絶しているようにもおもえる。

だが、はなび氏の抒情はこのような「単純」なものに変容してしまったのだろうか。

>モールをあるいていると
>いつまでもモールが続いていて
>でられない  「モール」

この作品では、「消費」がその振る舞いをみせる舞台=「モール」が織りなす空間と
その空間に身を滑り込ませることの意味をもう一度私たちに問いかける作品になっている

この習作的な作品は、
>クリスマスセールに行ったまま/くびにぶらさがった/名札がきゅうに/さかさになって  「モール」
というように、やはり「不安」が前面に押し出されているのだが、
そこでは、「広告が啓示する消費」という舞台=モールと、その舞台に身をとおじる私、その二者のせめぎあいという図式でない。
(かぎりなくファスト化してゆく郊外のモールにおいては、たしかに「消費」をあおるため、私たちの不安解消のために単純にマーケティング設計されている。(痩せなければ愛されない、買い替えなければ時代遅れになる、だからその不安を解消するために買いなさい)そのことはたしかに不気味で「不安」であるのだが)
ここでは、逆に「消費」にさらされる不安を前提としながら、「消費」を自己の中にとりこむことで、「不気味だ」と「消費」を二元論化し批判してしまう心性を抑え、「不安ですが、それが何か?」という位置を先どりしようとする

>映画館ではおそろしいくらい古い映画が上映されていて
>女たちはしろく 男たちはくろかった
>しずかに湿って響くのを/官能的と感じて  「モール」

ここでは、
現実の世界を一時的に無効化することなく、世界が惨めであることと並列できるなにかを書こうとする場所が確保できるのかもしれない、とおもわせる何かがある。

>それは/ある種の/結界かもしれない   「モール」

と、「結界」という名指せることのない場所ではあるのだが、抒情がそぎ落とされてしまうような「不安さ」のただなかにあって、「官能」を感受させるなにかを名指すことができることがあるのならば、それはやはり、以前のはなび氏の持っていた抒情に近接しているのではないか、と期待させるものではないだろうか。

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