文学極道 blog

文学極道の発起人・スタッフによるブログ

6月分選評雑感・優良作品

2011-07-22 (金) 22:13 by 文学極道スタッフ

6月分選評雑感・優良作品

      (文)織田 和彦

毎日、暑いですね。皆様、体温管理にはお気を付けください。

未曾有の大震災、放射能汚染、終わりなき政治的迷走を目の当たりにする中、私たちは、被災した/しない、にかかわらず、人間と自然、集団と個、国家と個人、といった問題を、考える、のではなく、感じてしまう、ことを避けられない状況に直面しています。
投稿作品の言葉の中にも、そのようなぼんやりとした疑念や不安が影を落としているようです。しかし、それを詩として提出する方法は人それぞれであり、表現された言葉の行先もさまざまですが、根底にはいまだに治癒しきらない湿った傷跡が見えるような気がします。その中で、ゼッケンさんと摩留地伊豆さんの、諧謔によって現在をブレークスルーしようとする姿勢が、とても知的な振る舞いに思えました。
                                             byりす

◆陽の埋葬 - 田中宏輔

「死んだものたちの魂が集まって/ひとつの声となる/わたしは神を吐き出した」
(文中引用)

この作品を読んでまっ先にジャン・ジュネを想起したのですけれど、かつて、ケイト・ミュレットが「性の政治学」において、ジュネの文学を、彼の性的指向性を踏まえたうえでラディカル・フェミニズムと接続させて語っています。
翻ってこの作品が、既存の文化の体系や社会構造と、個の軋轢を、たとえばゲイの視点から何かを語りかけているのか?というと案外そうでもなく、そのフレームは、振り向けようのない個人の暗澹たる情念を吐露し、「胡桃ぐらいの大きさの白い球根」「写真のような天使」といったシンボルに比喩的な何か託し、そこで書き終えられています。
「もっとはやく死んでくれればよかったのに。」これは作中亡くなった父親に向けられる話者の言葉ですけれども、父親が比喩的に秩序を体現するものであるとするならば、この言葉は話者にとってとても不幸です。
その「不幸」を埋めるためのささやかな行動やイマジネーションも「幸福」にたどり着かぬまま終わってしまう。作品の主題はどこにあるのか?それは、あなたにとって「幸せ」とは何か?この疑問形の問いかけの中にあるような気がしました。

◆木曜日 - ゼッケン

昔話の単なる後日談と思いきや、展開はさらに、

「鬼なんて、ホントは、いたのかい?」

などと桃太郎の話そのものをばっちりと否定していくところがノリになっています。多分、宝物も、実際問題ショボかったんじゃないのかい?などと。悪もんの鬼を、さっぱりと退治してくるという、気持ちのスカッとする良い話をシラケた目で見つめるゼッケンさんは、やっぱり根性までが歪んでしまっている。
早めに病院へ行くように。

◆怪人ジャガイモ男、正午の血闘(Mr.チャボ、少年よ大志を抱け) - 角田寿星

「こんな世の中 守る価値あるんですか」

上のフレーズはチャボ邸でのミーティングの様子をあらわすものですけれど、世の中というのは自明の前提の上に存在するのだ!という子供っぽい幻想を語るところから始められています。聞きしに及ぶところによると、作者は、脚本家・金城 哲夫氏をリスペクトしているそうですから、思想的な系譜も似てきます。
チャボ邸でのミーティングは、与太おやじの愚痴へ傾きかけた日暮れころ、胃袋を満たす方向へ向かい。人間であるよりも、我々は動物なのだということを確認する場面で落ち着きます。そこはやっぱり、プライオリティ的にも、認識論的にも存在論的にも大事なことです。

「価値があるから守るのではなくて、守るから価値が生まれるのだ」
という卑俗な結論を導くために、胃袋的な問題を持ち出す辺りがとてもチャーミングな作品になっています。

◆憎悪 - Q

「病」という言葉が頻出しますけれども、私たちが一般的に思い浮かべるような意味合いではなく、ポジティブな意味合いで使われています。たとえば今回の東北の地震で、世の中の多くの人たちが思ったように、禍を禍としてとらえるのではなく。新しい一歩として、色んなことをもう一度足元から考え直してみよう。行動してみようといったことです。
「病」を「契機」という言葉に置き換えても良いかもしれません。
家族や地域の絆。先人の経験。エネルギーや文明のあり方といったように、それは強い波及性を持っているわけです。

「小鳥は空へ落ちる、
 魚は海へ落ちる、
 動物は森へ落ちる、」
(文中引用)

ここでも「小鳥は空へ舞い」「魚は海へ潜る」「動物は森へ帰る」などが、本来は”正しい”日本語であるわけですけれども、「落ちる」という動詞がもたらす一般的な意味合いを逆説的に使い。自明性からの自由という行間が、主題として籠められています。

◆ほとりのくに - 泉ムジ

独特のイメージが靄のように広がっていく作品です。夢と現実の狭間で一連の動作が起こっているような不思議な感覚があります。かといって読後。なんだかよくわからないといった印象はなく。主題がはっきりと主張され、作品の輪郭も明確です。
「最高権力者」「眠り」「秩序」「強姦」「倫理」「カラス」キーワードとなりそうな単語をざっと拾い上げていくと、何かしらイメージの中で、社会と精神世界を行ったり来たりさせるような仕掛けがあるような気がします。
特にトリックスター的な役割をになっている「カラス」の性格付けに、この作品の持つ味わいが凝縮されています。

◆まんどらごら - ゼッケン

「マンドラゴラは根っこが人のかたちをしていて
引き抜くと悲鳴をあげる」

のっけからイタい感じで始まります。正確にいうとマンドラゴラは、スペインで今流行っているツバサのついた乗り物なのですけれども(大人はあまり乗りません)、作者は野菜に対する強迫神経症の持ち主であり、大根を蹴飛ばすと悲鳴をあげると本気で思っているアダルトチルドレンです。なので、親が子供を見守るような視線が読者に要求される、やや、小難しいテキストになっています。

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