文学極道 blog

文学極道の発起人・スタッフによるブログ

7月分月間選評

2011-08-20 (土) 23:10 by 文学極道スタッフ

2011年7月分月間選評

   (文)前田ふむふむ

◆7月は投稿数が多かったので、何よりだと思いますが、上質な詩があったかどうか、はなはだ疑問です。良い作品だと思うものを見つけるのに苦労しました。
全体として、荒唐無稽な物語もの、作り物感濃厚な詩が目立ちました。(前田)

◆ 皆様お疲れ様です。

今月は作品数が84編ですので、比較的多い月でしたね。投稿数が増えることは喜ばしいことです。懐かしい名前が復帰したり、新しい方がチャレンジしてきたり、賑やかになってきました。ケムリさんの復活が、掲示板の風通しを良くした面があったと思います。文学極道の掲示板は、駅のプラットホームのように、出発したり、到着したり、途中下車したり、舞い戻ったり、そんな投稿者でごったがえす、カオスであってほしいと思います。重たい荷物を背負った苦労人、手ぶらの遊び人、道に迷った旅人、今月もいろいろな書き手が通り過ぎていきました。それぞれに意匠を凝らした作品を残してくれましたが、その意匠がかえって邪魔になり、作品の可能性を限定的にしているような印象を受けました。その中にあって、最も意匠に富んだ田中宏輔さんの詩が、最もしなやかに言葉と戯れて自由であるのは、とても不思議なことです。引用が多用されているにも関わらず、作者・田中宏輔の言葉がまざまざと聞こえてくる、おそらく、田中さんにとっての引用は、意匠ではなく生理として染みついた、反応なのかもしれません。(りす)

【優良作品】

84.5316 : THE SANDWITCHES’S GARDEN。  田中宏輔 ('11/07/01 00:16:10 *9)
URI: bungoku.jp/ebbs/20110701_155_5316p

これだけ、精密に積み上げて、百科事典か博物館のような詩を書かれると、"一夜漬け的な詩にはない、迫力があります。
例えば、「亀」だけであれだけ書くことができるだけでも凄いことです。
でも、こういう詩ではなく、個人的には、田中さんには、短めの抒情的な散文詩を読んでみたいですね。

82.5324 : 陽の埋葬  田中宏輔 ('11/07/04 00:13:46 *2)
URI: bungoku.jp/ebbs/20110704_255_5324p

索引を詩にしたものですけれども。
こういう詩を読むと入沢康夫の「わが出雲わが鎮魂」の
膨大な自註を思い出す。
変な言い方だけれど、田中さんの詩には、言葉のオリジナルというものに対する、「敵意」みたいなものが感じられる。あるいはメッセージとか。
言葉は、過去の模倣品以外の何物でもないというメッセージでしょうか。
こういう実験は、それなりの意義があるのでしょう。
欲を言えば、入沢康夫のように、自註にしてほしかった。
自註にすれば、言葉に田中さんのオリジナリティーを書かなければならないからです。

50.5366 : 足フェチ  進谷 ('11/07/16 04:01:01)
URI: bungoku.jp/ebbs/20110716_714_5366p

平成の若者のあり方を、小気味よく、ユーモアとセンチメンタルな思いを込めて書かれていると思います。
原理的なユダヤ人との対比は、日本人としての僕が、よく書けていると思います。
詩にリズムという音楽的要素が加わると、言葉が生き生きとしてくるのも良い。

49.5368 : 非常に退屈な詩  Q ('11/07/16 11:49:30)
URI: bungoku.jp/ebbs/20110716_730_5368p

題名とは違い、退屈せず読めます。
詩的アレゴリーの一種でしょうか。
哲学的世界観が多くふくまれているような詩です。
読み方によって、ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」の大審問官とキリストの場面を想起させるところもあり、絶滅収容所の生死感を表しているとも取れる、多様性がこの詩にはあり、詩として、典型的な「開かれたテクスト」である。

48.5331 : 世界の終わりに  Q ('11/07/04 21:16:50 *3)
URI: bungoku.jp/ebbs/20110704_301_5331p

世界がひかりに還元されていくさまが、丁寧に書かれています。
多くの哲学者がのべているように、実体としての世界が終った時に、はじめて存在として、世界がはじまるという哲学的思考をかいているのだろうか、とても、美しい描写です。

32.5379 : 昼下がり  鈴屋 ('11/07/19 20:20:09 *1)
URI: bungoku.jp/ebbs/20110719_846_5379p

昼下がりの、語り手の夢想というところでしょうか。

一連目の書き出しの、
>何かがあるわけではないが
>指でなぞれば、雲がたなびく、セスナ機も飛ぶ 
>眼をしばたけば、歓楽の館がならぶ、列車も通る
>夏椿の花は好きだ、枇杷をしゃぶる子供は嫌いだ

この、自由さ、唐突感が、後を読みたくなる衝動を起こさせる。

語り手の心のなすがままに、エリクチュールは進行して、 テクストは、後半の二連に至ると、何か、潔さや、さわやかさを 感じられるように思う。良い詩だと思う。

【次点佳作】

6.5345 : 反復練習  泉ムジ ('11/07/08 22:31:20)
URI: bungoku.jp/ebbs/20110708_471_5345p

九九を学ぶことは、人生の反復練習のようであるが、
父、母を通じて,九九の数字の積み重ねでは、人生は埋められないというようなことを、
あんに問いかけていると思う。比喩が上手であるが、
>いくら集めたって
>再び父はうまれない

>埋めても埋めても
>穴は増えるばかり
後半、
九九の反復練習と、皮膚を掻いて、寝てる間に血を出してしまうことの
詩における整合性はいったい何なのか、よくわからないで、
読み手が、置いてきぼりをされてしまいます。

13.5403 : 青  進谷 ('11/07/28 10:47:20)
URI: bungoku.jp/ebbs/20110728_150_5403p

冒頭、
>空と海の間から生まれてきた青はまるで何かを探しているかのように人々の目を覗きこんでいた、が不自然に説明的である。
>空と海の間から生まれてきた(青)
で切ってしまって良いのではないだろうか。
投稿作品がどちらかというと、脂っこい作品が多いので、こういう
青の透明感のある詩は、好感をもてる。
が、
>「ドキュメンタリーは真実か。ニュース映像は真実か?」
>「違う」
>「では真実とは何だろう?」
この辺の書き方は、とても安易で、底が浅く陳腐である。

>青、ブルー、男と女は海へ逃走する
>海に何があるの? 
>永遠
この「永遠」という語彙も、もっと言葉を選ばないと、語彙が抽象的で、紋切型の広告用語のような言葉は避けたいところだ。

>煙草が切れた
 >から
 >ここで終わりにする 
このテクストの終わり方が、投げやりで雑である。

9.5392 : ギロチン  yuko ('11/07/23 15:11:27 *4)  
URI: bungoku.jp/ebbs/20110723_972_5392p

言葉が安定と意味を掬ぼうとすると、逃げるように新しい言葉が綴られてテクストが常に、安定と意味を掬ぼうとしない。
そこにあるのは、言葉の固定観念の排除であり、言葉に非有限性の意味を 与えようとしている。
Yukoさんの詩に対する姿勢の一貫性にはいつも感心します。
丁寧に言葉を積み上げている様子が伺えます。
また、テクストの語彙には一つ一つではなく、語彙の積み重ねの多様性の中に、 エロスを感じ取れます。
題名の「ギロチン」も唐突な気もするが、乾燥的な「暴力的」というよりもどちらかというと怪しいエロスを感じるので、良いかもしれません。

18.5396 : コルトナの朝(印象違い)  case ('11/07/26 20:40:05)
URI: bungoku.jp/ebbs/20110726_095_5396p

異国情緒の豊かなイメージを作り出している詩であると思います。
「煙草」「氷」「白いテラス」「グラス」多用される、これらの語彙に、なにか”トレンディードラマ風”の生活感のない気だるいイメージを出そうとして、作りこまれていると思わざるをえない。
よくみかけるパターンの詩で、もっと独自性のあるものが書けないのだろうか。

78.5320 : 夢の見える部屋  リンネ ('11/07/01 20:23:12 *9)
URI: bungoku.jp/ebbs/20110701_169_5320p

安定した筆力で書かれているので、好感が持てます。
まるで、入れ子のように、あるいは、分裂している自己であり同時に他者である
様な存在が書かれていて、それが詩的メタファーになっている。
でも、最後の部分が、やや説明的であるのは、やっつけ仕事で、書いたのでしょうか。
もう少し、工夫のある表現方法を考え出したら、良いのではないだろうか。

81.5327 : 散文詩_110620.txt  藻朱 ('11/07/04 02:16:59)  
URI: bungoku.jp/ebbs/20110704_267_5327p

ふつうに読んで、「僕」と「妹」の感情は、常人の感情ではないだろう。
その際どさを狙った詩であろう。
小説でいえば、「蛇とピアス」のような感覚の、危うい怖さを詩にしたかったのだろうか。

23.5360 : 空間の定義  zero ('11/07/15 08:25:07)
URI: bungoku.jp/ebbs/20110715_665_5360p

冒頭から、どうでもいい、つまらない比喩をいれて、読み手を退屈させる。
決して上手ではないが丁寧に書いている。
「空間の定義」とあるので、読み進むと、
一連目は
>、私にはわからなかった。
で終わるので、わからないなら、定義できないだろうと
思ってしまいます。
一連目と二連目の対比に、なんの整合性か、あるいは意味があるのか、わからないし、
二連目の美術館の空間の写実が、抽象的で、具体的でなく、想像しにくい。

谷川俊太郎の詩集「定義」の「灰についての私見」を読むと、この詩が、どれだけ、
見劣りがするのだろうと思ってしまう。
全く、言葉から立体性が感じられない。

3.5367 : ぽっぷこおん  リンネ ('11/07/16 09:34:04 *69)
URI: bungoku.jp/ebbs/20110716_722_5367p

夢の世界のような散文詩。
「映画館」「中学校」「果樹園」の関連性に、いっさい説明がないところが良い。
幻想的な世界が描けている。
ただ、夢のようなテクストの内容が、性的なもの、暴力的なものの抑圧のようなものが垣間見える以外、誰でも思いつくような平凡な夢の世界で、ややインパクトに欠けていると思います。

5.5399 : ぬくもり  ブラッキー ('11/07/27 21:08:51)
URI: bungoku.jp/ebbs/20110727_130_5399p

Yukoさんと作風が近い。
夜が上手に表現されている。良い詩だと思います。
言葉のひとつひとつが繊細で、ひかりを帯びているようでもあります。
また、触覚的な表現で作者の心境を現しているのでしょうが、こういう詩は、もうずいぶんと、読まされてきたなあと思ったりもします。
はっ、とさせる新しさはないです。

66.5334 : kisonのためのルポルタージュ  M.C ('11/07/05 07:38:05 *1)
URI: bungoku.jp/ebbs/20110705_332_5334p

入沢康夫の「牛の首のある三十の情景」や「木の船のための素描」に。
あるいは、岩成達也の「鳥の骨組みに関する覚書」に書き方が、似ているので、作者は、描写の書法で、その影響をうけているのだと思われるが、テクストが、まるで,降霊の術をしているようで、不気味である。
良く、丁寧に書かれているから、余計にそう思うのだろうか。
「きみ、あなた、おまえ、それ」で表現される多様体の「存在」がユニークです。でも、このフレーズも、影響を受けているのか、入沢康夫は「牛の首のある三十の情景」で語り手をいちいち「わたしたちは、わたしは」という独自の方法で書いています。

40.5369 : 負け犬、噛まないのか?  泉ムジ ('11/07/18 00:24:33)
URI: bungoku.jp/ebbs/20110718_773_5369p

文語的な言い回しも含めて、ユーモラスで、軽快に一気に読める、良い詩であると思う。
詩の世界の不条理も、良くできています。
「拙者」とか、語り手が言い出したら、面白かった。
日和聡子さんの詩集「びるま」を思い出しました。

20.5351 : ロビン村  ゼッケン ('11/07/12 19:15:08)
URI: bungoku.jp/ebbs/20110712_548_5351p

「くいなッセ」というリフレインは、面白いと思う。
これがあるために、詩の躍動感や詩の抒情を保っている。
良くわからない飛べない小さな鳥の群れ、絶滅種の恐鳥が出てきて、このテクストも荒唐無稽な感を免れない。
単なる物語であるが、もっと、身近なものから、詩を書けないものだろうか。

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