それだけが見える
ということが、あるのか
かつて、私であった人の
私へ曳かれる眼差しと
交わる、畸形の花
びらに似た、包装紙
いちぶ尖ったアルミ缶
ゴミやゴミが裏返り、
「眠るように」という
直喩のうちに、「眠る」私へ
伸ばされる
かれの身体が裏返り、
まぼろしを
告ぐるはやさしい同型射。
畸形の花々のうちに
ふつうの、雑草のにおいを覚え
私はここで息絶えていい
かつて、それだけが見える
という、「それ」を、
呼ぶためにあった名前よ
いまここで、お前が
意味するまぼろしを見せてくれ
最新情報
完備 (VIP KID)
選出作品 (投稿日時順 / 全35作)
- [佳] names (2017-06)
- [佳] coarser (2017-07)
- [佳] 2017/7/25 - VIP KID (2017-07)
- [優] 2017/07/27/A - VIP KID (2017-07)
- [佳] units (2017-08)
- [佳] candy (2017-08)
- [佳] mirage (2017-09)
- [佳] distance (2017-10)
- [佳] link (2017-10)
- [佳] alcohol (2017-12)
- [佳] angle (2018-02)
- [優] contorted - 本当の詩人 (2018-07)
- [佳] 位相 - イスラム国 (2018-08)
- [佳] plastic (2018-09)
- [優] ill-defined (2018-10)
- [優] unconfessed (2018-11)
- [優] footprints (2018-11)
- [佳] dotakyan (2018-12)
- [優] or (2018-12)
- [優] echo (2019-01)
- [優] rivers (2019-01)
- [佳] white (2019-02)
- [優] locally (2019-02)
- [優] memories (2019-03)
- [佳] screen (2019-03)
- [優] imaginary (2019-04)
- [優] label (2019-11)
- [佳] dick (2019-12)
- [優] bye-bye (2020-02)
- [優] SHIT POEM (2020-02)
- [佳] reflux (2020-05)
- [優] anger (2020-06)
- [佳] livings: 1, 2, 3 (2020-06)
- [優] ordinary (2020-07)
- [佳] 死ね (2020-08)
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
names
coarser
かれからの手紙のなか
砂埃のむこうを
夥しい自動車が過ぎて行った
何番目に僕がいたでしょうか
と、かれが問う
直前の
ぐちゃぐちゃと潰された誤字を
読むことはできなかったが
わたしたち、と言えば
規定される範囲が
まだ、あるなら
わたしたちの心象風景は
細部を失っていく
かれもわたしも、きみを、きみと呼ぶ
きみは、ローソンが
固有名詞だと言い張った
この町の大体はローソンの窓に映る
とも、言った
かれからの手紙のなか
砂埃のむこうを過ぎて行く
夥しい自動車、それらが
本当に自動車か
わたしはときどき、判別できない
2017/7/25
昨晩、死のうと
思ったが
シャワーを浴びた後
寝てしまった。
今日は、カラオケに行った。
友達がいたことに
改めて驚きつつ
へらへら笑っていることが
われながら、滑稽だと思った。
ある人は椎名林檎、あるいは
東京事変を歌った。
私はいまだに
椎名林檎と東京事変を
区別できない。
恋人は、高校生のころ
東京事変か椎名林檎か
いずれかの
コピーバンドの
ボーカルを務めていた。
以前、ふたりで
当時のDVDを見た。
動画のなかの自分に合わせ
私の隣で
小声で歌う恋人の横顔が
印象に残っている。
私は、『God knows...』と
『ぴゅあぴゅあはーと』
『白金ディスコ』を、歌った。
他にも歌った
はずだが
多めに飲んだ
抗不安薬のせいもあり
意識が判然としていなかったので
あまり、覚えていない。
友達からいろいろ
励まされたはずだが
今更なにを頑張ればいいんや
などと、笑いながら答えた。
ただ
恋人のことを問われると
それだけは、苦しく
とにかく幸せになってほしい
と、思いながら
何も言わず笑っていた、気がする。
2017/07/27/A
恋人や、数少ない友人から
調子はどうかと
毎朝、連絡がある。
そして
大学に来いと言われる。
調子は悪くないが
もう
なにかをどうにかする気はない。
昨日は気持ちの良い日だったから
やや遠くの
ドン・キホーテまで
自転車を漕ぎ
500円のmp3プレイヤーを買った。
友人には
「いまどきそんなの使う人いないよ」
と、言われてしまったが
私はいまだ
スマートフォンで音楽を聴くこと
に、馴れない。
A先生から
暑中見舞いが来た。
「そろそろ死のうと
思っています」
と、書くことを
妄想するが
死ぬ気はないのでやめる。
返事を書く気は、起きない。
友人から、大学に来いと
またLINEが来たので
スマートフォンの電源を切る。
寝転び
昨日買ったばかりの
mp3プレイヤーで
アニメソングを聴く。
今日はまだ
昼飯を食べていないため
腹が減って仕方なく
音楽に
まったく集中できないが
そもそも集中するべきなにか
など、とうにないのだった。
units
大きな星空は三つ
小さな星空は 無限個あった
きみたちのうちのひとりが
それは 可算無限?
と 尋ね
三つの大きな星空が
分からない と 答えた
また別のきみは
星空を数えるための単位 を つくり
わたしに 耳打ちしたから
わたしのなかにまた
小さな星空が生まれた
きみたちは
あらゆる方法でわたしに
小さな星空を埋め込んでいく
だからわたしは
星空でいっぱいなのだ
きみたちは三つの大きな星空
の 境界 を
同値関係で貼り合わせ
ひとつの《かたち》にした。
きみたちは それを
名付けようとはしなかった
いつも
「あれ」
と 呼んだ
「あれ」
三つの大きな星空では
《波》が 絶えない
から 小さな星空へ届けることが
きみたちの仕事だった
届けられた《波》は
音楽や
絵画になる
そのあわいできみたちはみたされ
漂う くらげのようだった
きみたちはどこから来て
どこへ行くのだろう
きみたちのうちのひとりが
消えてしまうとき
結ばれた 三つの大きな星空は
一瞬
《かたち》で なくなり
《波》が
《波》の まま 漏れ
残されたきみたちのあいだを
ゆっくりと伝播していく
mirage
文芸同人誌の表紙を描いてほしい、と学科の後輩に頼まれたのは3年の冬休みだった。私も後輩も帰省しなかったからいつでも会えた。詳しい話をしようということで、私の家で後輩と鍋を囲んだ。
私は詩も小説もほとんど読まない。絵やデザインが特別得意なわけでもない。ただときどき、衝動的になにかを作ることがある。絵であったり、彫刻であったりするそれらを、私は後輩にだけ見せていた。後輩も公開前の自作詩を、こっそり見せてくれた。そんな関係が始まったのは1年ほど前だったが、今その話はしない。私は自分の作ったものになんの固執もなかったけれど、後輩は私の作品に心底惚れているようで、なんだか申し訳ない気持ちになりながらも、ほしいと言われればどんな作品でも後輩に渡した。
原稿に目を通す。後輩の作品だけ読む。いつも、うすい光のなかでなにかを諦めている彼女の姿がある。たとえばこんな調子だった。
タイトルだけ知っている
夥しい本たちを
わたしは
手に取ることすらないだろう
それらがあまりにとおい
蜃気楼であることを
わたしが
受け入れるための
あまりにあかるい午後だった
意味は分かるがそれ以上はほとんど分からない。その場で私はデザインの原案をいくつもスケッチしていく。後輩は気に入ったものをいくつか選んでくれるから、また後日、よりアイデアを固めたものを後輩に見せることになるだろう。私たちには腐るほど時間があった。
その日はいっしょに寝た。後輩と同じ布団で寝るようになったのがいつか、正確には思い出せないけれど、彼女は気付けば私の布団に入ってくるようになっていた。私は別に気にしなかった。私が寝たと思うと、彼女はときどき泣いた。
その日も彼女はいつものように私の背中にぴったりと寄り添っていたが、私が眠りかけたとき、唐突に彼女は私の胸に触れ、揉みはじめたのである。それから私も体を彼女の方に向け、深いキスをした。私も彼女の胸を揉んだ。彼女が、乳首を弄られただけで声を出してしまうほどの女の子であることを知った。
彼女は執拗にキスをした。私はキスをすると疲れる。私はへとへとになり、たまらず彼女のパンツのなかに手を入れようとした。実際に入れ、驚くほど濡れているのを確認はしたが、彼女はそれ以上を許してくれなかった。彼女は執拗にキスをした。彼女はキスをし続けた。それからまた、彼女は私の胸を揉んだ。私はなにがなんだかわからなくなり、自分の手で果てた。それからのことはよく覚えてない。私は早起きして二人分の朝食を作った。たった今、後輩が起きたところだ。
distance
かれは先月免許を取った
死んだらごめんね、と
冗談めかした笑顔でわたしを助手席に乗せ
2000年代のJ-POPを流しながら
海沿いを走らせていく
かれは10代のころ小説を書いていた
詩も読んでいたらしい
自殺するくらいなら詩でも書いたら、と
16歳も年上のわたしに
勧めてくれたのもかれ
かれは小説を悪く言う
詩のことは、もっと悪く罵る
やりたいことがあるんです
そう言って彼は大学に入り直した
友達はできた?
いいや、あんまり
どこに行くつもりなの?
さあ
エーッ、ちょっと怖いんだけど
はははは
もー
ねえわたしを
どこに連れていくの、
鴎かな
鴎だと思いますよ
海沿いを走っている
けど、ここは
目的地じゃないから
先日『ヒカルの碁』を読んだんです
良かったですよ
ぼくもあんな風に青春を生きたかったなあ
好きなこと見つけて
切磋琢磨して……
小説は好きじゃなかったの?
どうだったんでしょうね
当時の感情はもう思い出せなくて……
かれは10代のころ小説を書いていた
詩も読んでいたらしい
小説の世界から足を洗って
詩も読まなくなって、やっと
J-POPの歌詞を良いと
思えるようになったんです
ずっと生きやすくなりましたよ
わたしは
わたしは、39歳になった
わたしは、
何をしているのだろう
何を、したいのだろう
……これいつの曲?
多分、ちょうど10年前ですね、2007年
10年前の自分はもう見えない
かの女もわたしのことは見えていないだろう
それでもかの女よりなお若いかれと
結局どこに行くの?と、笑い合いながら
わたしは
新しい詩を
想像しはじめていた
link
バス停に
つっ立っているあなたの
足元で咲く花々
蝶々を数える患者や
のらねこを撫でる女児から
ほどけたリボン
が、ふと
空に流れて
青年がニスを塗るように
憧れをなぞるぼくらは
遠いの?
遠いよ
遠くても
遠いから
会おうよ
待ち合わせは
夢のなかで見る夢
alcohol
アルコールをわざわざalcoholって発音しておどけるきみの横顔がすきなの。
酔ってたから? 酔ってなくてもわたしはきみに
ついていったとおもう。
きみがすき。だけどわたし
物語なんて要らない。
ちいさな物語もおおきな物語も要らないのに
きみはぜんぶ物語にしてしまうから、わたし
きみがつくったというだけのそれらを
ずっと抱えなくちゃいけなくなった。
もう部屋がいっぱい。
てゆーかここ、わたしの部屋だっけ? きみのだっけ? わかんないけど
物語なんて要らないのに
物語のなかで流れる川に映るわたしの顔はかわいくなかったから
死にたいなって言ったらきみはもっと死にたそうだった。
死にたくなるたびにストロングゼロ飲みながらalcoholっておどけるきみの横顔がすきなの。
だけどわたしときみは死ねないまま
わたしときみはきっとずっと《わたしたち》にはなれなくて、だから、
さみしくないの。
わたしではない女の子が空を飛んでいるのをわたしは
空よりも高いところから眺めてる。
たぶんいま目があったよ
信じて!
きみは汚い電柱と犬の糞とそのへんのババアを見てる。また物語にしてしまうんでしょ
物語のどこにもきみはいないのに、さ。
angle
チューリップと呼べば
チューリップになるが
花と呼べば
花になった
一輪、
わたしは
花がいい
風が部屋を抜けて
たましいが見えた
りゆうとかいうやつ
知らんけど
そんなかたちだったか
空間のあざ
道理で、
いちまいが
ゆるやかに角度を大にし
水を換えろ、と
母親のような声。
また抜ける風が
埃や
生活臭
おもいでとかいうやつの
半分を浚っても
ふつうに暮らしたいよ。
ふつうってなあに、とか
思うこともなく
contorted
m**** m*** z**** m******* k***
k***** o** z**** k******* k***
音楽
は
ひるがえる望遠鏡
とおく
まぼろしのような
場所で笑う女
確かめたくなるんだ
それは
生きていること
じゃなくて
ほとんど
すべてを見間違い
聞き違う日々に
夥しいその
空目
空耳
濃淡がなす影のかたち
じゃあ明日
河原町でご飯たべよう
半球でくる?
うん
マルイに寄るとおもう
かつて愛していた女の
電話ごしの声が
本当に彼女のそれか
判らなかった
聞き違えた
と
しても
恋している女の喉は判るし
何度でも聴くよsayonara
sayonara 必ず
自慰して行く
ごめん
すこし遅れた
そうして
また見間違う後ろ姿が
振り返っても
いま
目の前で笑顔の
かつて
愛していた女が
本当に彼女か
どうしても判らない
「さりげないまばたき」
べつにいい
なんで謝るの?
べつにいい
判らなくなるまで生きた
だけだ
位相
雨は左から右へ降る
対称変換、
空間を焼き切るガラス
そのふたつが
「つながっていない」ことの意味
むこうの位相は粗い
局所的にはわたしたちの世界
けれど分離できない二点に立つ
ヒト、と、ヒト
烏と蝙蝠が暮れに混じる
地震?――強風?
わたしたちの視力は弱いが
うごきでそれと判る
「はじめまして
雨が右から左へ降る
世界から来ました」
plastic
砂浜に立つポスト眠い目を眠らせ
濡れないようA4の封筒を持つ
きみが足を取られ拾う流木
留学先の異常なルームメイトは洗剤を食べていた
奇妙な明るさや 遠近感のない音声 は 副作用だが
いくら掘っても粉々に砕けた
「プラスチックと貝殻」ばかりで
面白いなにものも埋まっていないここはかなしい
――ポストを掘り起こすことだ
――それが唯一の可能性
――その色を云われるまで気づかなかったろう
すこし振り回してからは引き摺って歩く
どうしても線にならず
きみの作る窪みもほとんど地形の一部
ill-defined
虹彩へ降りしきる抽象的な雪が十分に積もるまで
待つつもりだ それからふたりで
と 発語した瞬間に失われる名前と名前
画面ですぐ融ける雪から涙を
区別すること ふたりの指の表面で
こごえる電子の行方を見つめ
見つめて 伸びゆく神経はいびつな線路となり
ふたりはふたりぶんの切符を買う
切符という響きを理由のすべてとして
駅の名前 窓枠を透ける腕
荒れた手ですくう雪 切れた指でつむ花
ふたりの近眼へ降りしきるあらゆるまぼろしを
詳細に描きとめる画用紙 それすらもまぼろし
名前の隙間に涙まじる語りも過つ指輪
外し方は永遠に忘れたままとしても
冬だねと 発話した瞬間に来年の雪が見えるから
ふたりはラブソングを歌おうと何度も
何度でも まぼろしの喉にふれる
unconfessed
名前の代わりに発話するねえに振りかえる
きみの長い髪は粗い日差しに透けて
その方角へ背景を忘れたこと 気付くずっとまえから
何度も書き損ねるさようならは空目した名前
ぼくがきみの恋人になれたか分からないまま手をつないでも
きみはぼくをきみと呼び
踏み切りのむこう平凡な交差点に海を探している
夕立の代わりに降るあられがきみの頬で跳ね
折り畳み傘はゆるやかにひらいた
ひかりの粗さを測るてにをはをまぼろしにかざして もう
帰ろうと逆向きの車窓を選ぶ
大阪湾しか知らない細い目は途切れ途切れに幼く
ほとんどすべての景色を忘れた
夕暮れの形式に残るのは固有名詞だから
揺れるね ねむりに落ちる直前の
絡まるほど長い髪の渦まき
おやすみなさいを言い損ねてささやくありがとうも空耳
形式に意味を探すきみは夢のなかでも
ぼくをきみと呼ぶのか まぼろしの遮断機をくぐる
footprints
あなたのくれた比喩でない不等式を
証明できないままカルバリの丘に立てる
これがおれの銀河だ
走馬灯のような生活はマイスリーがさらっていく
おれはいまから
おれの足跡がいくつあるのか、真剣に数えたい
dotakyan
夏がきて初めて、あそこに桜が咲いていたことを認識できる。
いつもそうだ。気が付けば夏、その次は冬だ。わたしに季節の変わり目はない。
あらかじめ宣言された夢のなかで、あたたかい炭酸水を飲む。
「炭酸水をあたためると抜けませんか」
「炭酸水をあたためるのではなくて、とても強い炭酸水と熱湯を混ぜるんです」
目の前で二杯目を作ってくれる太った女性に欲情していた。
台所からの異臭で目を覚ます。隣で寝ている母親を起こしたが、
彼女はおしろいのようだと言ってすぐ寝た。
私は美しいアンモニアのようだと思った。それからトイレで自慰をした。
ワンルームのベランダから夜空を見上げている。寒くてくしゃみしても、
「谷川俊太郎みたい」って誰にも言えないし、言ってもらえないのに。
or
荒れ地、眠れないまま
ゆるむ瞳孔へ
駄々洩れるイメージ
まばゆく
五分の一、
残ったいろはす
スイメンの振動は絶えず、
本棚、ボロボロの
擬微分作用素
それは抒情、あるいは
信仰告白、
重曹を溶かした足湯
これは祈り
あるいは、
コンドーム
半拍遅れたドラム、
全身の毛を剃り
ただし腋毛は抜く、
その話はもう
伊藤比呂美が尽くした
から、繰り返すな
固有名詞、ばかりの
うたをうたい、
網膜へ駄々洩れるのは
横浜の空
あるいは、大阪の雲、
ミニスカートは度し難く
思い出すのは
おそらく十年前、
ほとんどクリスマスの
夜、顔も
思い出せないひとが歌う
スノースマイル、
覚えていたいことは
なにもない
思い出したいことも
もう、ない、
駅前のイルミネーション
その駅の名、
雪ではなく雨が降ったこと
眼鏡の裏に咲く花、
それ以前に
生きなくちゃいけないから、
とか
きみが持つ構文
泡立つひなた短く、
くちずさむうたの表象
あるいはきみと
作られた寂しさ、もう
いい、
もう、これ以上
繰り返さなくても、
echo
異国はあまりに近い。ありそうな夢ばかり映
すわたしの芽。生長する様子を、8ミリで撮
影して。
不要な再会を繰り返し、おそろしく隔たった
語りはほとんど眩いひかりだ。ふとひるみ、
舞台に立つようなこころで語りかえすわたし
と、あなたのあいだに澱む位相。
すべてが粗い。わたしとあなたはわたしたち
として会話する、あるいは、語りそして語ら
れ、
――笑いながらする話かよ、
中絶。
胎児の芽に映る子宮内膜。咳込みながら吸う
タバコ。わたしたちは正しいタバコの吸い方
を教え合う。より正確には教え、教えられる。
――腹式呼吸で肺に入れろよ、
喉で吸うから咳く。
となりに座れば膝がふれてしまう。トシノセ。
が、男の名前のように響いてゆく。
rivers
ラブソングは歌わないで。ラブソングは、う、
歌わないでよ。どもりがちなきみの、決して
どもらないうたのなかにすむあなたへ、わた
し、恋してるのに。きみは覚えているために、
たくさんの小石にたくさんの名前をかく。河
原で、ぼくは忘れるためにたくさんの小石を
蹴る。川のなかへ、たくさんの名前が沈んで
いくのにぼくは、すべて覚えている。
――あなた。きみはなにもかも忘れていきま
す。どもらないうたのなかで、わたしの
顔をひそませながら踏む韻はいとおしい
吃音です。ラブソングなんて聴かないで、
そんなものをきみのこころにいれないで
ください。わたし、のどのふるえをドキ
ドキしながら待っていました。わたしは
きみにどもりながらでもふつうに、愛し
てもら、いたいだけなのです。
「あなたはどもらないのでしょうか、
「物語のそとなら。
きみ。うたのなかのあなたへぼくは恋をした
から、ラブソングになって。物語、言葉と言
葉の距離、あるいは距離のいれられない位相、
永遠に知らないでしょう。ぼくたちの記憶の
川底で、ぼくだけが覚えているたくさんの名
前ひとつひとつを、できるだけていねいにか
きだしていくけど、きみの目に映るのはきっ
と、川面のきらめきだけだから。
white
梅田に雪は降らない
カスミはむしろ夜を眩くさせ
棄てても棄てても
私の地平へ
横書きで積もる言葉
この座席を いいえ
あの座席
だったかもしれないが
私は知っていた
わたしたちもきっと
知っていたと思う
どこまでも醒めていく風土と
改行の呼吸
白い野犬に囲まれて
灯台は濡れるから
あっちは四国
あっちはホトケノザ
あっちは何だろう ほとんど
てのひらの美しい影が
真夜中の海を
どこまでも巻き戻してしまう
memories
大さじ、小さじ
とか、いう
概念、
知ったのは
二十六も
終わりにさしか
かった、頃、
私は、乱視が酷く
若年性の
白内障が
急に進行、云々、
で、
眼鏡も新調した
リップクリーム
と、目薬
筆箱に入れる癖、
学生時代から
治らず、
たぶん
二回くらい、
スティック糊と
キスした
いつでも、
いまでも、
持ち歩いて
いるよ、筆箱、
バインダーと
裏紙、
日に日に
空がしらんでいく
ような
気がしながら
スーツケース
いっぱいに
数学書と
ノート詰め込み、
ネットで
知り合った、他人
の、家を、
転々と
していた、頃、
他人の床に
落ちている、よく
分からない薬
の、余りを、よく
分からないまま、
飲んだりして
いた、頃、
半年前より
いくらか
しろっぽくなった
ひと、が、
笑っていて
早く手術しなよ
お金、出すからさ、
とか、
言われても
もうすこし、この
半年前より
いくらか、
しろっぽい
友達、を、
覚えて
おきたかった
screen
きみがひらいてくれる
窓の
数センチうしろ
網戸に
あいている穴の縁
さわると
ぱら、ぱら、くずれて
はるはすべてを
平面化してしまう
まだ葉がない
大きな木のまわりに
名残るふゆへ
まじるみじかい繊維、
夕日に照らされた窓が
いちばん
まぶしい場所をさがした
かくれて。にかいめの
はる
ぼくたち、すこしずつ
快復してしまうね
imaginary
あねのぬれたてがまぼろしに現れ
繋がっているのか血よ
シをさがして顕微鏡に光り
軟骨あまがむわたしはあねのないいもうと
て首の代わりに
ひとえの瞼へ浅いきずをつくる
ふたえになれないかさぶたはせめてものしるしだから
マイスリーの見せる幻覚だとしても
わたしの名は
いもうとの名
胎児の眼底に降りつづけるマリンスノーが
痛いほどのまどろみにいつまでも映写されていく
label
植物園のまなうら
ぼくが知らない沼の
位相 その淵で
粗くなるかれはふぶき
さくらの木の固さ
ついに訪れない
ゆたかな老後に鳴る笛
あるいは野
祈りを祈ること 叫んで
その場所を賛歌にする
遠くかれを
間違えないためだけの
眼鏡を外すけれど
ぼくの近眼はモネと
同じ世界を見ない
dick
殴られたひとから
電話がある
はんぶんくらい
ききとれないところで
年の瀬だけ
煙草を吸う右手と
体重をのせた左腕が
おとこに掠る
殴られたひとは
殴られたままでいる
なにもないよ
自覚厨だし
レモンサワーの
レモンがきつすぎる
bye-bye
どれほど暖房を強めても
指は軋んで文学極道を荒らすのに
エステル記は開かれたまま
マイスリーはシート単位で飛ぶ
その点々は恋に落ちてる
ほとんどすべてが病状である
事実が おれとおまえにとって
違う重さになる その差をうめるため
そそがれるものの面に 梅の木
ステージのすぐうしろ
うすい布に映る影さえ
昔の恋人 に
恋人がいることを知るとき
すこし壊れる
おれのなかにある時計
この五年間はまるでデタラメだった
今年は早いね 最後の
梅の花 ひとつだけもらって
やさしくロープを絡めていく
SHIT POEM
目薬さえ
うまく
差せなかった日
馬鹿にしてわらう
きみの
すっぴんにかかる日差しが
まぶしくて
泣いたみたいに
おぼえてることも
おぼえてない
こと、も、
まぜこぜにして
まわれよまわれ
観覧車
の、いちばん、
高いとこにいるよ。
わたしたち。
いま!
わかってる?
あれが
大阪湾だよ。
大きな道、大きな駅
小さな駅、デタラメな裏道
桜に見紛うほど
さくらいろの梅
枝の隙間でかくれんぼ
きみのセーター、花まみれ
「でも帰るんだろ?」
「終電までには。」
きみの花
吊るしてた紐だけ残ってた
ドライフラワーには
ならなかったけど
その紐もほどいて
越すんだとわらって
デタラメだった
この何年、指折り
かぞえても
目薬はもうこぼさない
くらいしかきみに
誇れるものがない
きみに花を
きみを花に
きみの花言葉は
きっとだれかの、はなうた
reflux
帰省する夢 等しいよね
あくまでも川沿いで
生活 立ちあがる所作 ア あなた
発散に目を細める空 収束を聞き違える耳
手触りで不変性を確認して
あなたはわたしよりどれくらい大きいだろう
スケーリング、
スケーリング、
キラキラ の メロディ の 川面
また溢す子ども 大切な不等式を
ほどくポニーテールが
魔法みたいに絡まる 匂いに呆けた いつか
いつか 瞳でなく
隣り合えたらいいね
たとえば肩と肩 あるいは積分の最果てで
わたしたち に なれたら
anger
読めない川の碑
すぐそばの息遣いが
淀むところで光る
黴か苔か
泡だらけの手で
風も抜けない工事中の旧居に
永遠と漢字で書く
屋上のあかるさに耐えかね
浮かぶ竹箸に
洗剤のにおいが移る
静かな怒号 春に
拾った炊飯器で飯を炊く
冷え切った爪先で逃げた
コンクリートを砕く音から
祈るような食事へ
河川敷のおそろしいみどりと
まぼろしのような怒りに
狂いながら暮らすしかないのか
livings: 1, 2, 3
1.
雨音が血に変わる
ぼくのFaceAppできみに笑ってほしい
ベランダに山椒の木
手紙を書き終えた指で
アゲハチョウの卵を潰していく
すこし濡れながら
おいでよ
美味しい牛丼を作ってあげるよ
2.
永遠に泣いてた のどが渇いた
百均のエプロンに散った油が
シャツにシミる かたち 繊維のくず
意味ないじゃんって笑えるのか
人といればこんなことも
冷めたインスタントコーヒーをチンして
永遠に泣いてた
トイレに何度も行った
内面 に やさしく刺さる爪 血と粘液
作りかけの料理を二日放置したら
腐ってた から棄てた
コバエの群れに吹きかけた殺虫剤をすい込み
気管支が広がる
からだ が 変わるから分かる
永遠に泣いてた 身動き取れないほど金がなかった
ピカピカになるまで台所を掃除した
3.
死体ひとつない河川敷の
初めて
タバコを吸ったのとおなじ
たぶんおんなじ
茂みに倒れる
あの橋と
この川
名前がわかる鳥
くび細く
自転してた
死ぬまぎわの人の
ためにある景色
を
ほとんど永遠まで
引き伸ばして見ている
ordinary
雨もりは茶色い
コップにティッシュ詰めてうけとる
それから
本をビニール袋でつつむ
どうせバレないでしょ
半裸でベランダ
ずぶぬれになってみる
風邪はひかないていどに。なんだ、
無性に
吸いたい、
ぜったい死ねないところ
書きたいことも悔いもないのに
ぜったい溶けないからだ
あと眼鏡
パンツはすこし減ったよ
多分
溝で
絡まっている枯れ葉
髪の毛
アタック詰め替えたあとのやつ
死ね
きらきら! 布団にくるまってOPきいてた。いきてた? にせんじゅうなんねん、へーせー、なんねん? なんでやねん! ガハハじゃねんじゃ、ひとりだった、ひとりだった、まぶしかった、「ひかりちゃん」。南向きの部屋、畳から、カビの臭いが立つ。タニシしかおらん水槽に正しい姿でわたしいた、たぶん、おったとおもう。「窓際に置くなよ」「死ね」「おまえが死ねカス」「ブス」「死ね」って言う? ゆう。言われる? ゆわれる。自分で? 自分で。自分に? 自分に!
途切れる。天下一品の床みたいな髪、撫でて、撫でて、撫でて 指のにおい嗅いで、嗅いでくれよ、「死ねブス」。
「お前が死ねばよかった」「生まれてきたくなかった」「なら死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」の声 声が ベランダのない部屋でランハンシャしながらあいまいになる、南向きのまばゆさに混じる。いちばんたいせつな本が水槽に沈められたとき しゅんかんみずしぶき ひとつぶひとつぶ の 隙間に交差するほこり 逆光とか ひとりでぜんぶやった。「ひかりがやった」。そういうことになった。