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2019年02月分

月間優良作品 (投稿日時順)

次点佳作 (投稿日時順)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


陽の埋葬

  田中宏輔


I

少年は待っていた。
雨が降っている。

少年は待っていた。
雨が降っている。

少年は待っていた。
男は来なかった。

少年は待っていた。
雨が降っている。

少年は待っていた。
男は来なかった。

少年は待っていた。
男は来なかった。


II

あの日も雨が降っていた。

男は少年を誘った。
少年はまだ高校生だった。

あの日も雨が降っていた。

男は少年を抱いた。
少年ははじめてだった。

あの日も雨が降っていた。

買ったばかりのCD、
ホテルに忘れて。

あの日も雨が降っていた。

また、逢ってくれる?
少年は男にきいた。

あの日も雨が降っていた。

また、逢ってくれる?
男は振り返った。

あの日も雨が降っていた。

また、逢ってくれる?
男は頷いてみせた。


III

少年は待っていた。
雨が降っていた。

少年は待っていた。
雨が降っていた。

少年は待っていた。
雨が降っていた。

少年は待っていた。
男は来なかった。

少年は待っていた。
男は来なかった。

少年は待っていた。
男は来なかった。

いつまで待っても
男は来なかった。

いつまで待っても
男は来なかった。

雨と雨粒、
睫毛に触れて、

少年のように
雨が降っていた。

少年のように
雨が待っていた。


ついてくるからついていく

  玄こう



赤子の初泣きとは、はじめて
苦をおもいしったときのようだ
それはまるで昨日のことのようで
苦肉とは、そうして生き初めることを
からだが二度(ふたたび)教えてくれる
ひとたび ふたたび みたび よたび / と
ついてくるから
ついていくのだ

ヒリヒリと痛む肉体が
客車の心のなかを谺する
右半身がこわばり
つり革を固く掴み
わたしはマスクする顔の
暗い影の窓の外には
背中合わせに居合わせた
一人の女の顔の
視線がゆったりと
揺れ動いていた
散開した
その視界は
一度(ひとたび)
消え失せる
homeの列車は
二度(ふたたび)
動きだす

嗚呼、産まれた赤子の
あの泣くときのこと
それはわたしの病苦と
同じ世に産まされた
肉の阿鼻ではないのか

完全に受身状態である
今の私にはそれが一番
ふさわしいのだと
あのとき聴いた肉の呻きが
響動き(どよめき)
肉の心を幾度も谺していく
三度(みたび)、四度(よたび)と、揺らいだ
窓に影る見えない視線がいくつも、揺らいだ






              ‥ …


陽の埋葬

  田中宏輔



 チチ、チェ、ケッ、あんた、詩人だろ、二週間ばかり前じゃねえかなあ、あんた、ドクターとしゃべってたろ、あとで、オイラ、あのドクターにオイラのチンポしゃぶらせてやったんだぜ、チチ、チェ、ケッ、それ、知ってるよ、オイラも、ドクターにもらったからな、さわるなって、オイラ、手でさわられるのってヤなんだよ、Dだろ、D、右のほうのDをあんたが飲んで、左のほうのDをオイラが飲むと、あんたがつくる世界に、オイラが入るんだよな、チチ、チェ、ケッ、ヤだよ、オイラがコッチで、あんたがソッチ飲むんだよ、そしたら、オイラがつくる世界に、あんたがくることになる、さわるなって言ってんだろ、そんなにオイラのチンポがほしいんなら、直接しゃぶれよ、さわんなって、オイラが自分で出すよ、ほら、ビンビンだぜ、うまそうだろ、チチ、チェ、ケッ、ほら、口から出すなよ、ずっとしゃぶりつづけろよ、口だけだぜ、手でさわんなよ、そうだよ、強く吸ってくれ、舌ももっと動かしてくれよ、えっ、何、年か、オイラ、まだ十七だよ、ほら、しゃぶりつづけろって、あんた、上手だよ、え、何、初体験はって、チチ、チェ、ケッ、メンドクセーな、犬だよ、犬、あん、おっ、あの光、見ろよ、あんた、見たかい、あの光、見に行こうぜ、あれは、オイラが仕掛けた凍結地雷の光なんだぜ、あんた、見たことないかい、行こうぜ、ほら、ほら、お、これだ、これだ、こんなヤツがひっかっかった、見ろよ、こいつも犬だってよ、こんなカッコでトイレの横で凍結しちまってよ、チチ、チェ、ケッ、丸裸で、首に、こいつは犬です、小便をかけてやってください、だってよ、こんなカッコで固まってやがんの、チチ、チェ、ケッ、お、薬が効いてきたな、ほら、これがオイラの部屋さ、何もねーだろ、オイラ、こう見えても、いっぱしの配管工なんだぜ、こういった、からっぽの部屋に、パイプをぎゅうぎゅうつめて、パイプだらけの部屋にするのがオイラの夢なんだ、あんた、そこに四つんばいになんな、そうだよ、入れてやるよ、あんたみたいなおっさんを後ろから犯すのがいいのさ、ほら、この部屋みたいに、あんたのケツに、あんたのからっぽに、オイラのパイプを突き刺さしてやるぜ、オイラのでっけーパイプを突き刺してやるぜ、あんたのからっぽを、オイラのパイプをぎっしりつめ込んでやるぜ、ほら、ほら、グリグリグイグイ、ズリズリズンズン、ほら、痛いかい、もっとツバつけてやるからな、それでも痛いだろうけどよ、オイラのチンポ、でけーからな、痛かったら、痛いって言えよ、泣いたっていいんだぜ、泣けよ、ほら、痛いだろ、泣けよ、泣き叫べよ、この部屋にパイプがぎゅうぎゅう、パイプがぎゅうぎゅう、あんたのケツにも、オイラのチンポが、グリグリグイグイ、ズリズリズンズン、あんた、緑の顔の男とは双子なんだってな、だけど、あんたは、あの男の緑の顔からほじくりだされた、にきびの塊だって話じゃないか、ジョーダンだよ、あんたがホムンクルスじゃないってことは、このケツのしまり具合でわかるさ、でもよ、そのビクビクしたところなんか、ホムンクルスそっくりだぜ、え、ああ、あんた、クソちびったのかい、チチ、チェ、ケッ、オイラ、クソまみれのケツ、好きだぜ、ほら、液体セッケンだぜ、しみるだろうけどよ、いったあとに、すぐに洗い落とせるからな、オイラのザーメンも、あんたのクソも、ほら、もっとクソちびりな、クソまみれのケツ、犯すの、おもしれーぜ、ほら、ブッスンブッスン鳴いてるぜ、あんたのケツが、チチ、チェ、ケッ、オイラが突いてるときに入った空気の音だよ、あんた、恥ずかしいだろ、恥ずかしいんだろ、え、ほら、もうじき、あんたのクソまみれのケツに出しちゃうぜ、ほら、ほら、ほら、うっ、うっ、いいだろ、よかったろ、あん、あ、薬が切れてきたかな、公園の風景と、オイラの頭のなかの部屋が、かわりばんこに入れ替わる、お、お、お、元にもどったな、さわんなって、オイラ、手でさわられるのがヤだって言ったろ、それに、もういっちゃったんだよ、頭んなかでさ、あんたのクソまみれのケツのなかに出しちゃってるんだよ、まあ、もうイッパツ出してもいいかな、おいおい、さわんなって言ってるだろ、オイラが自分で出すからよ、ほら、しゃぶりな!


偶然を登る枯れ葉

  鷹枕可

引き裂いてやれ
   揚帆と幌を 
引っかき回せ 
   肉屋の鉤を棘の翼を 
  死の泉と愛の蜂巣に芽ばえた
    アスピリン錠の充ちるつかの間を
   告白せよ 
 公園掃除夫たちに
   宣言せよ 
     洞察眼は潜水服のなかの乾いた舌ですらなく 
       体操器械の繁栄は 
   撓やかな野苺の毒を踏み分けていく
           遮断機を耐えていると
       そして
 分け隔てなく 
溺れる薔薇の触角のように 
   確実であり 
             また 
  不均整であるにせよ 
     孰れも葡萄槽に泛ぶ 
 ドーリア柱の逞しい咽喉ほどには
      退屈な一束としての避雷針はひとつとしてないのだ 


翡翠のペンダントをつけて

  深尾貞一郎

I昼
幼児が鏡の中に、
神からいただいた完璧を見いだし、小躍りして喜ぶ

田園のなか、緑の水辺に棲む
トゲウオのような{相互的ダンス}
そこには人間が生まれながらにもっている[触角]があって
これをさしのばし現実をつくりだしていく
マロニエの木の根っこのようなドロドロとした無意識を

フライパンで炒める


II夜
背もたれのついた古びた椅子
革張りの丸い座面に手を触れる
狭い部屋に突っ立ったままに想う
わたしのたましいは幾つも点在する
なめし革の光りを放つ整った鱗
ずっとそのままだ

陰影がわたしと踊った夜の草原
あれから待っている
それは感覚もなく肉を喰らう
体内を這いずる丸い目と巻きつく青黒いもの

シンメトリーの蛇たちは、わたしの首に絡まった人格
生きるとはわたしのものでしかないのなら
肉体は、ずっと星空も見ていないのに
この身体の容のなかで世界を創りはじめる 


るる

  ゼンメツ

ウイルスでダメんなっちゃうまえに、わたしでわたしを何とかしてやんなきゃとおもって。枕元にこぼしたルルは猫のなまえじゃない。水はきらい。おおきなまるい尻尾がしんしつを埋めつくしていて、息をするだけでキュウクツで。リンパ腺がきらい。ミルクリゾットがたべたい。まぶたが閉じられない。なんて、閉じたままのくちから。もう終わりかもとかトートツにおもう。さいごのさいごには、どっかの惑星のしらない海にしずみたくて。毛布をけりとばして、引きよせて、沖へさらわれていく。しらない海は、しらない物質でみたされていて。しらないとこまでつづいている。わたしはしずかな耳鳴りに、いつまでもしずめられて。まわりおちる。キッチンの、排水こうをみつめながら、そういえば、ミルクもチーズもなかったから、もうぜんぶ白だしでどうにかしようかとおもってて。アイスクリームを三十分くらい持ちあるけそうな保冷剤を、ひたいにひっつけたまま、ヒラヒラと、反転しつづけるわたし。ばらばらのルル。ばらばらにされた黄身。ルルがこっちをうかがいながら、わたし以外のなにかを求めてないている。天井がいつまでもさがってくる。届くことはないけれど。猫がすき。押しつぶされるのはきらい。


一人を考え独りとなる為に

  鷹枕可

死の花の秘匿ミモザを降り行く騎鎗兵たちの鬱金色の留具


沈鬱と明徹の紡績製の夜から滴る幾重もの睫毛の羽根が
机の上に透明な図形の鳥を灯す
海洋船の標に
航海予定表の釘に
地に磔けられた血まみれの日没に

階段を下っていく
人間という名の終着駅が
終端の果の終端へ喚きながら潰されてゆく
凡ゆる
体液、血液、骨格、神経、
臓器、脂肪、漿液、器官
その結実を孕む死の花
死とは人間の現象的想像限界であって

一擲
麻袋の中の幾多の手首を
湖畔まで捨てに行く男
錆びた樹に壁掛け時計を吊下げる男
柔軟剤を吐く男
鬱蒼たる
異邦の樹海に縊れた男

私は
椅子より去った私の坐る椅子を見た
それはコンクリートの顔を傾け
総ての放射線写真に
現像実験室の
蝶の死体を結像する捩れた長方形の鏡だった

死の理由は合理 生存の理由は不合理であるから
苦く鹹湖を振返り
慄きやまぬ
窓越しに
裂けた幼年期を
砕けた薔薇を
縦断し
死を死して死ぬべき死に 訣別し
血の庭を柵に垣に隔てて


晩年のキリコ、ツァラ、ヘヒ、藤袴100年後形而上も旧りぬ


Underground Broadcast

  アルフ・O

 
 
 
過渡期だって言い訳すれば逃げ切れると思ってた
勿論それは単なる延命措置
舌足らずは罪を重ねて涙腺回路を誘爆することすら許さない

(知ってる?
 あたしの婚姻色は貴女にしか視えないの、
(不死身になってよ、

残留物不純物をバスタブに掻き集めてその中で耳を塞ぐ
何周目のループなのか
思念は大理石で乱反射して浴室は愈々ジャンクの海となる

「嘘つき。泡になんて変わってないじゃない、
 救われたがりのくせに。
「んー、だからこれは……
 ハマるとヤバい自傷行為、みたいな?

回収される 回収される
賭けてなお挑む暁は此処からが本番 見逃さないで
後には粘性を持て余した情報の欠片が無秩序な統合を始める

(つまりは上位互換。
「ねぇ、もしかして関係ないなんて思ってる?
 すり潰すよ。ナメた真似するなら、
「解ってんでしょ、計画なんて計画通り進みっこないんだって、

それでも闘う、と、抑制する鈍らな牙に
これからやることは全て裏目などという呪い
掌を開けないまま這いつくばって
どうでもいいからさ、貴女の金の翼を頂戴よ。

「首だけで夢でも見てればいい、
(怒り、苛立ち、自尊心。)
「大口叩いた割に消える時は一瞬だったね。カッコ悪。
「軽さ?価値の軽さで言えば
 その隠したメモに勝てるものなんてないわ。異論ある?

立ち向かいなさい、と、背に幾度も鞭を打たれ
“伝令”の名を持つ彼女の分身に全ての願いを預ける
愛の 愛の 愛のため、
意味がほどかれなくても、それはそれで、

機械の少年の声、加工して展延してなおも摂取し続けて、
(どちら様、庭の骸を踏み荒らすのは、

「彼等の瞼を下ろすのだって数えるのを諦めるくらい。
(破れたワークブーツ、何十年も形見として、
(この身体が調和するはずだった時計の針から
 縫いこぼれた色を拾って息を継ぐ。そんな自罰。
「揺られるのは惑星、真夜中の。中心に捧ぐ、
(Hello

 
 


未来の痛みをめしあがれ

  泥棒



固定されたツイートには
固定するほどでもないことがあるように
夜空には星が
と、
ここまで書いて
ミカちゃん!
って、
名前を呼ばれた。
オプションの準備は
自分でやらなければならない。
カバンに
チャイナドレスとローターを入れ
車の後部座席に乗り
移動。







/  







店長はいつも
村上春樹の小説を読んでいる
読み終わると
待機所の本棚に捨てるように
雑に置く
私は読んだことがない
同じ頃に入店した
ほんわか系のまなみちゃんは
たまに読んでいるみたいで
店長に感想を伝えている
なんだか死にたくなりましたね
とか言っているのを
何度か聞いた。

真夏の夜
まなみちゃんと一度だけ食事へ行った
池袋の居酒屋
左手で
エビとアボカドのサラダを食べながら
右手で
スマフォを見ている
ミカちゃんツイッターやってる?
んんん、やってないよ
そっかそっか
まなみちゃんの両手首は
傷だらけ

真冬の昼
部屋へ入ると
常連の村上さんがロープを持っていた
私は固定され
両手が動かせない
私の両手は固定するほどでもないくらい
そもそもたいしてせめることも
できない
完全拘束
いいのいいの
村上さんはそう言って笑う
知ってるでしょ、俺、Sだから
そっかそっか
村上さん、村上春樹って知ってる?
知ってるよ、読んだことないけどね
今度持ってきましょうか
いや、いらない、てか、読むんだ、小説とか
んんん、私も読んだことはないだけどね
せっせと縛る村上さん
手際よく縛られる私
村上さん、村上春樹と同じ名字ですね
ま、偽名だけどね
ですよね
ミカちゃんは本当の名前なんていうの?
言えませんよ
だよね
この仕事、本名でやると壊れますからね
そっかそっか
そうですそうです
こころまで拘束できるかな
んんん、どうでしょうね
ミカちゃん、好きな人いるの?
死にました
あ、ごめんごめん
平気平気
ほんとごめんごめんごめん
いつかみんな死にますよ
ま、そうだね、リカちゃん、手首、痛くない?
大丈夫です








/







車から降りる
ホテルのエレベーターの中で
スマフォを見る
つぶやきたいことが
私にはない
まなみちゃんは
本名で生きている
それは
本能と言い換えてもいいのかもしれない
まなみちゃんのツイートには
きれいな詩が
固定されていた


locally

  完備

そうだね
こんなに寒いほとりでも
梅の花は咲いて

ぼくは乱視だから
去年の、おととしの、
花や花びらがダブる

へんなの
寂しいのは
となりに在るてのひら

あいたいのは
きみから見て
時計まわりの小枝


冬の午後、町内

  ゼッケン

近所でドローンを飛ばしている男を見た
おれは話しかける
上手ですね
男は
おれを警戒したようだった
おれよりは年下だろうが、じゅうぶん
中年だ
色の褪せた冴えないカーキ色のジャンパー
男の操縦する小さなドローンは住宅街のせまい路地の上を行ったり来たりしている
あの、
おれは言った
何をしているんですか?
男はため息をついた
観念したように言う、じつは
ポテチを
ポテトチップス?
それをあの家の屋根の上に撒いています
撒いているんですか? ポテトチップスを
かけらです、袋の底にたまっているでしょ、あれをとっておいて集めて
言われてみれば、ドローンには茶こしのような網がぶらさがっている
あの網からポテチのかけらを人の家の屋根の上に撒く

カラス

餌付けされたカラスが屋根の上に集まるようになる
度を過ぎたイタズラだろう
あんたね、おれは語気を強めた
機先を制して男は言った
わたしの実家なんです
家を追い出されたいい年した息子が老いた両親の住む家に嫌がらせをしているのね
ちがいますよ、両親はどちらも他界してます、でも、
何かが住んでいます
何かがって。兄弟? 
わたしに兄弟はいません、ひとではないんです
もういいや、と思った
おれは男が実家と呼んでいる家の玄関に近づき、インターホンを押す
男はカラス! おーい、カラス、やって来い! カラスを呼び始めた
おれはインターホンのカメラを意識しながら言う、すみません、町内のものですが
一瞬、頭上の光が影に遮られ、おれは首をすくめる、ばさり、と首筋に風がふきつける
おれはたてつづけにインターホンの丸いボタンを押した、背後に渦巻く黒い羽の圧力を感じていた、はやく
はやく開けて! 
解錠される音がして、玄関の扉が内側から開かれた
玄関の扉の枠で切り取られた四角の面は幼い頃の男と
まだ若い両親の三人で撮られた写真だった
男はただいまと叫んで写真の中に飛び込む
写真の両親は平面になった男を平面な微笑みで迎えた
時間は流れないことの証明だ
玄関が静かに閉まる

きっと復讐だったのだろう

冬の陽は低いまま、
空にはポテチのかけらを撒くドローンは飛んでいない


田中のバカヤロー

  鈴木歯車

愛のように気まぐれなさびしさを振り払おうとしたが、考えるのをやめて、また酒を注ぎに行く。病的な愛を、美を、俺はもう否定しない。

洗濯機の脱水機能がここんとこ中途半端だから
「しっかりやってくれよ」とつぶやいた。干し終わって我に返る。
そうだ。こいつには初めから、意思なんて無かったじゃないか、と。

毎日毎日が俺を弱くする。誰もが俺に微小な殺意を持っているみたいだ。
何のことは無い。腹が痛くなるほど聞いた学校のチャイムが、今は目覚ましにすり替わっただけのことだった。
俺が田中の裸を知る前、「深夜に泣きたくなったら聞いてみてくれ。きっと死にたくなるから」と教えてくれたロックバンド、なんて言ったか。名前まで忘れてしまった。
そこらへんを支配しているのは「俺のせい」という、ただ苦いだけのサプリだ。

突拍子もないことばっかりやって、ウケを狙っていた小学5年の俺。でも田中、お前だけはついに心から笑うことは無かったな。なんであのとき不満の一言ももらさなかったんだ。優しすぎるのも、後から苦しむ神経毒なのに。

そんな彼と、何をとち狂ったか、ペッティングをした。夏が終わりかけて、サイレンがうるさかった。

気持ちはよかったが、夜中に無性に死にたくなって、タオルで首を絞めたが、泣きながら目が覚めた。結局そんなものじゃ気絶がいいとこだったな、と。そしてある恐ろしい予感がよぎった。口の軽い田中がばらすかもしれないのだった。

明くる日を境に、毎朝8:30の学校のチャイムはすべてを巻き戻す号令に聞こえ始めた。通ってた学校がクソ田舎にあったから、寝転んだって何もないくらい通学路はきれいだった。それが憎くて憎くてたまらなかった。いっそ気でも狂えたら楽だったろうな。絶対に。何かが乗り移ったように、俺は田中をいじめ始めた。

3年後の中2のときに、田中は首を吊って死んだ。あの日、口に含んだ陰茎を思い出した後、よくやったと思った。お別れ会の後、俺たちは田中の机でポーカーをした。正義ぶった女子が血相変えて「やめてよ!」と怒鳴りこんできたが、俺たちは冷笑した。そういやあいつ殴られてたな。俺は止めなかったけど。恨むなよ田中。俺だって加虐者と被害者のスレスレで死にかかってたんだ。

にしても、なんでお前、もっと早く死ななかったんだろうな。

俺があいつの裸を知る前、「深夜に泣きたくなったら聞いてみてくれ。きっと死にたくなるから」と教えてくれたロックバンド、なんて言ったか。名前まで忘れてしまった。SNSも公式HPも無いから、解散してるのかどうかさえ分かんない、細々と観客3人のライブやってた、あきらめの悪すぎるバカヤローたち、まるでお前みたいだったな。あんなの聞いてちゃ誰だって死んでしまうよ。それにしても思い出せねえな。

なあ田中。

あれ何だったんだよ

教えてくれバカヤロー。


white

  完備

梅田に雪は降らない
カスミはむしろ夜を眩くさせ
棄てても棄てても
私の地平へ
横書きで積もる言葉

この座席を いいえ
あの座席
だったかもしれないが
私は知っていた
わたしたちもきっと
知っていたと思う

どこまでも醒めていく風土と
改行の呼吸
白い野犬に囲まれて
灯台は濡れるから

あっちは四国
あっちはホトケノザ
あっちは何だろう ほとんど
てのひらの美しい影が
真夜中の海を
どこまでも巻き戻してしまう


樽のなかの夢

  帆場 蔵人

ほら、樽のなかでお眠りなさい
煩わしいすべてをわすれて

檸檬かしら、いえ、林檎でもいいわ
樽のなかを香気で満たしてあげます

息を潜めて、あ、とも、うん、とも
言わないで猟犬を連れた
猟師たちが立ち去るまで

いいえ、いつまでいても構わない

やがて涙で樽が満たされたら
言葉も忘れて悲しみも忘れて
丸く円くまるく果実のひとつになって
檸檬でも林檎でもない不思議な果実に
なれることでしょう

綺麗に磨いてあげましょう

あなたの痕跡は果実の皮に
残された遊ぶ斑の模様だけ

丸く円くまるくまろい果実

出荷され輪切りにされても
もう誰もあなたに気づきはしない

ほら、樽のなかでお眠りなさい


返済

  

 カリカリとなにか食べ物を食べて、息を潜ませているのは何故か。家には猫以外だれもいないに関わらず。無意識に手を伸ばしたコーヒーカップは空だった。ごくり、と何か飲料を飲み、そのあたたかさに安心していた筈だった。こんなに気が立っているのには理由があるが、よくある話に回収されそうなので書きたくない。冬、冬、冬。幻臭なのか、血のような匂いがして、それからエチルの鼻を刺すような感覚がやってきた。罰が与えられたのだ。しかし何に対しての罰なのかは検討がつかなかった。それほどに罪が多過ぎたからだ。どれだけ免罪符を買おうと、対処不能なほどに。しかし、罪の蓄積がわたしを喜ばせるのは、それは罪を重ねるほど、大人になったような気がしたからだが、考えてみれば子供っぽい発想だった。今、部屋があたたかいのが救いだった。太陽は頂点にある。わたしは太陽が好きだった。目に悪いとわかっていても眺めていた。好きな季語は「日向ぼこ」だ。ちょっとほうけている感覚─センスが好きだった。ある日。身長が175センチあったのに、測ってみるとなぜか173センチしかない。わたしは現在35歳である。なのにもう老化現象がはじまっていた。なぜかわからないけれど、わたしに昔から母親がいなかったのと等しく謎だ。わたしには38歳の妻がいて、たいへんにヒステリックだったけれど、なぜか最近はとてもやさしい。というか普段がしずか過ぎる。全く口をきかないのだった。いつかわたしが飲み会で禁煙中だったのにも関わらず、もらい煙草をしてしまった。それも何本ももらってしまった。帰宅すると匂いでばれて、妻に殴られた。するとわたしの顔が変形してしまった。罰だな、と考えたのになぜか痛みはまったくなかった。痛みは度をこすと痛くなくなるのかも知れない。口の中を砕かれた歯の破片で切って、吐血は妻の顔に噴射された。それ以来だ、彼女が変わってしまったのは。それ以来だ。わたしは変形した顔のまま日々生活を営んでいる。鏡が、我が家の洗面所にしかないのが救いか、人間は鏡がなければ、じぶんの顔が見られないというのは、幸福なことですね。おっと、こうしてノート・パソコンを叩いていると、手の甲に悪魔の顔がひょっこり浮かんだ。わかっています。罪の返済でしょう。なぐられたとき歯は二本抜けて、そのままテーブルのかたすみに、ハンカチをひろげて置いてあった筈だったのに、なくなっていた。今度は小指が消える。パソコンを打っているとき一番わかるのだが、一瞬なぜか小指がふっ、と消える。薬の服薬のし過ぎによる幻視かとも考えたが、今度はタトゥーのように手の甲に悪魔の顔が現れるようになった。次第にうまく歩けなくなった。緊張して力を入れればまっすぐ歩けるのだが、そうでなければ、右足がよれて、どんどん、右の方向に寄っていってしまう。まるで酩酊しているかのように。どれだけ多くの方に「足、どうかしてるの?びっこひいちゃって」と言われたことか。電話が鳴っている。出るべきか、出ないべきか迷う。こんなとき、妻が家にいてくれたら、いいや、妻は今・・・・・・。冬、冬、冬。「最後に何か書き残しておくことはないか?」と云われて、久しぶりに長文を書いた。猫以外誰も家にいないというのは嘘だ。わたしの35年間の罪は清算できないそうである。パソコンの画面がグワングワンと揺れている。彼がさっき、わたしに何を飲ませたのかわからない。我がワイフ。わたしのインスピレーションの泉。正義の比喩。申し訳ない。それできみは生きているのか?はたして言葉を読めるのか?冬、冬、冬。言葉、言葉。言葉。


sweet erotica

  白犬

password key 「世から炙れたありふれた言葉達」

りぼん で 結ばれた

言葉達が 私を笑わせ まさぐる時

冷えた肉の 懊悩 の 焼き 爛れた 匂い が 香ばしく脳に沁みつく時

あたしは思い出している 幾千、幾万 の トルソ (の修作達の あの青褪めた表情)

海のような彼らの色彩を 花のように纏めて 単純な言葉を印す

「you」


悪意を束ねた花束で 擽る

りぼんで束ねられた貴方の手足は巧く動くことが出来無いから

僅かな痙攣があるだけ、冷えた空気の中で その肉から 熱だけが 白い粉のように 漏れ始めてる

「you」

いつか縛り上げられた真実が きうきうと 声を漏らし始めた時

あたしの口は弧を描いている ねぇ そんなに 涙 垂らして 「気持ちい、の?」

「me」

「me」

「メ?」

目って 何をいつも吸収しているのかな そんなに吸収して パンクしちゃわないのかな ねぇ、君から漏れてる それ 何?

それは何処から来たの? ちゃんと記憶辿れる? 遺伝子レベルの悪戯のこと、 私の手は速さを増している イジワル な 微笑みを浮かべて だって わたしは運命とやらが大嫌いで あたしの魂はもうこんなにも藍色になってしまった

「責任取ってね」

貴方の感情の瘤を いつの間にか鴉の羽根に変わった元花束で 執拗に嬲ると 貴方はべそをかいている 零れ落ちる汗 あたしは現実とかゆーのを煙草の煙でふぅっと払う

だってリアリティはいつだって宇宙の波長の波間に打ち上げられた嘘だから 最後まできちんと虐めてあげよう

いつしかいつかあたしがされた最上の歓びを写し取るようになぞっている あたしは今だけ機械仕掛けのバレリーナだ チュチュの上に狼の顔 細長く生臭い舌で 貴方の顔をべろんと舐める 貴方の顔が歪むのが好き


「you」

「me」




君がちゃんと孕むように 記憶を少し壊して上げる あたしたちの目玉はいつだって現実の外側へは行けないから 記憶を壊すことは現実を少し殺すことだ あたしはもう狂っているかもしれないけれど そんなことはたぶんどうでも良い 貴方の付け根のりぼんをきゅ、ときつく縛り直す

痛いならもっとちゃんと泣いて。ね、まだだよ

シュプレリヒコールが鳴り止まない窓に乾いた笑みを投げかけて 夜は静かに冷えて 君の体は熱い ずっとずっと 嘘 だ から 彼らの嘘を壊してあげよう sweetな黄金の蜜を降らせてあげよう 君 ら の 絶望は シンプル過ぎる よ だから

「も…と、ぜつぼ、して…?」

熱源 から 有り触れた 殻 を 取り除いて もっと もっと 君の 君の 君だけの 有り触れてない 声 聴かせて

(縛り上げられた現実がひゅうひゅう喉を鳴らして解放をせがむ頃 あたしは深く突き入れて笑っている これは貴方達の狂気だと私は言うだろう ねぇ 君の 私の 愛しい嘘)

あたしに 聴かせて 世界がどんな風に組み上がっているのか あたしの手の中で組み立てられたジオラマの中を 奔る 電車 の 中 から 君 が覗く 虹 で 君の目が 潰れる ように もう 明日が 来ないように そうして それから そしたら

(昔昔 あたしがされたこと 存在論の基本的ループ なら 君に酷くしてあげる あたしの心臓の羅針盤が好色な涙を垂らして あたしの虹色の理性は真面目な涎を垂らしている 君につける傷が いつか 君を導く護符に変わるよう)

「ほんとう」

がね もう一度 あたしたちを殺しに来てくれるように

(記憶を白銀に変えて 貴方達が散っていく時 私は不定形の笑みを浮かべて 宇宙を歩いている頃だろうか ねぇ、覚えてる?)








password lock 「訪れる死と共に あたしはもう1度自由になるだろう」





燃えるように熱い




もう 限界かな

解き放つりぼんに 君が震えるのを あたしは笑いながら見てる

白目を剥く君

疲れたね 少し休もうね 窓の外に 白い朝の光 password key 「世から炙れたありふれた言葉達」 あたしたちは透明のばらばらになりながら さよならを何度も響かせている から いつか君が迷ったなら あたしの肉を目印にして 甘いミルクを覚えていて 迷わず殺して良いよ。







藍色の海を漂う透明な花束 ひとひらの白い羽根


  kale

朝をひく

糸をたどって光を束ねる、浸された、どこまでも水平な意識のなかを、沓おとがハッカ色を響かせていきます。もえるように冷光が、撫ぜるとしずむその場所に、陽だまりはかくされた。しらない色としらない色をまぜれば、そこにある。かつてうみだった土地の、記憶がけがれをあつめて、青くなる。指できょりをはかっていた。はっかのようなしずまりに、ひかりが撚れて、文字がうまれた。はっかしていく鳥たちが、においを便りに尾をひいて、弛緩する、時間のじかんを、水平に、いつまでも朝をひき、枝をたよりに、のぼっていきます。





花託

  伝えるために、と
 繰り返された
「この枝を
 練習のための練習を
( あなたのそれと
滲ませて
  おおきな花に託された
  七つの輪っかは
   交換しよう」
  まだ仮染めの
うぐいす色を花間に渡して





大空洞

遠心性の鳥たちがこの星を駆け巡る加速度で枝の内部の散乱を裏返し翡翠は影を鎖環に湛えて横断する記憶に自由を同期して捩じれながら継ぎ継ぎに角度の総和を喪う安息に0ばかりを足していく子らのさ青のさなかを行き交うように





群舞

かつて

その痕跡に誘われて

無が咲いていた

その痕跡に誘われて

虚が咲いていた

その痕跡に誘われて

渦が咲いていた

その痕跡に誘われて

石が咲いていた

その痕跡に誘われて

水が咲いていた

その痕跡に誘われて

木が咲いていた

その痕跡に誘われて

鳥が咲いていた

その痕跡に誘われて

光が咲いていた

その痕跡に誘われて

夜が咲いていた

その痕跡に誘われて





原野

火に夜を継ぎ足していた
昨日の今頃に
花弁は鱗に姿を変えていくのだろう
明日の今頃に
蝶は羽片に姿を変えていくのだろう
今日の今頃に
夜に火を継ぎ足していた
この両肩に薄く降り積もるのだろう





ペトリコール

洪水に流された罪を罰と呼ぶのなら
洪水に流された罰を何と呼べばいいんだ





カシューナッツ

「ギムレットを飲むには10年早い」
そう云う先輩には技術がない。
材料がない、と聴こえてきたのは水の言い訳。
今朝から雪が降っていて、いくらか身体に混じってしまった。
「純血を取り戻せ」
と、観客のいないライブ配信と食べ残されたカシューナッツの独白と。
アブサン。毒のない薄荷の靄を集めてグラスに注げば、出来上がり。
融ける氷の弛緩をステアに欠き回し、
グラスの底へ沈められたカイワレを敷き詰めていくモヒートは、
「ジェンガやろうぜ」
微かに青臭い。
白い背を丸皿に、無花の飾りは整列しながら、雪の呼吸を静かに、しずかに。
腹違いの片割れはうずくまり、
下向きに更された、カイワレは青臭さを自覚している。
カシューナッツは上向きに、晒された魂のかたちを自覚している。







光の重さを
教えてくれる
虚無から生まれた
この朝も罰だ


スペイン

  深尾貞一郎

「インディアンは無知でも未開人でもなく、
 法律を持った国家である、
 キリストは偶像崇拝者すべてを
 殺せとはいっていない、
 キリストの教えを広めるために
 暴力を用いてはならない、
 食人や犠牲の習慣は
 それが行われている文化の中では
 必ずしも悪ではない、
 インディアンには正当防衛の権利がある」
 
 ドミニコ会の修道士 
 バルトメ・デ・ラス・カス
『インディアンのために弁護する』
(1553年頃のラテン語訳)から抜粋

{夕の食卓に、銀製の蓋骨をならべる倫理}
消費の極致は富を享受することでなく、
富を破壊することにあると、
スペインの紳士に云わせてみたい
街に吊るされたイベリコ豚たち、
われわれが完全に
機械的な存在にすぎないことを悟るために
神はわれわれを無慈悲に盲目にし、
スペイン王国の饗宴をよみがえらせる
小麦の種を荒地にまく、
いのちを費やす日々そのものをまく
われわれの単純さへの信仰、
われわれは豚の亡霊に足をつかまれ、
労働の末に得た富をしぼりとられやすい
朝の樹木のようなこころになりたいのなら、
すべての広告は見ないほうがよい


  黒髪

電車に揺られ目指す
歪んだ現実は人との交わりを壊すものだ
工場地帯の有害物質に汚染されても
頭がおかしくなるくらいの被害にとどまった

流れの悪い血
自らの選択は結果が悪くとも決して人の所為にはできない
沢山の粒子がどんな振る舞いをするかわからない
おぼろげな空
空が意味を持たない土地もある

光が弱く
犬も弱々し気
始めよう
人気のない町
犬が吠える
僕も彼に賛同する
弱い僕

町は空に敵対していた
だから僕は町に敵対していた
涙を流すことが精一杯の抵抗
捻り潰されるだろう
僕は
川沿いを歩いていくと
気が暗くなった

身体の中に取り入れることは
愛の行為に違いない
強くなければ愛することはできないだろう
だんだんと暗くなっていく
境目がなくなる
危険を遊ぶ気もあったけど
紀行は暗闇を見出して終わった


さよならフォルマッジョ

  帆場 蔵人


戸棚のなかには古く硬くなりはじめた
フランスパンに安いチリ産のワイン
書きかけの手紙はすでに発酵し始め
こいつはなんになる? 味噌でも醤油でも
ない、カース・マルツ? 冴えないな

フォルマッジョ・マルチョのほうが
好みだけどな、あの手紙の宛名は
誰だっけ、お袋でもないし、友だちでもない

蛆のわいた腐ったチーズ
サルデーニャ人の羊飼いに
贈れば喜ばれるそうだが
そんな知り合いもいやしない

でもチーズは好きだな、蛆がわいてなけりゃ
もっといい、最高だ、みんな好きだろ?

The Cooper's Hill Cheese-Rolling and Wake、チーズを
転がし奪い合う、祭りだ
祭りには生け贄がいるんだ、この手紙に
書かれていたなにがしかの想いを捧げたら
生け贄にはならないか、血も所望?
安いチリ産ワインで許してくれよ

アルコールとは手を切って真っ当な
人生を歩みたかった、おまえが好きな
もの、たくさん教えてくれよ、また会おう
あの映画、朝日会館のアジア映画祭で観た
映画のタイトル、わすれたから、教えてくれ

真夜中のティータイム
向かいあうあなた
眠っているちいさな吐息
暖かな茶の薫りに満たされた
胸から吐息とともに言葉が
だれに向かうというわけもなく
あふれてあなたが拾いあげて
それを胸にしまっていく
また静けさが降りてきた

戸棚のなかはすっかり、がらんとして
余所余所しくハッカの香りがする
白いもの、ぼくはぷちり、と潰した
ゆび先を舐めてフォルマッジョとつぶやく
外国人の友人はいないから、さよならだ


水門の休日

  Javelin

浮遊している座布団の上に立っている
長い長い
己が棹を鯉のぼりに見せかけようとしている
水門の釣り人たち
正面に回り込めば
身が引き締まるような旧い見事な水茎
細い道が出来上がって
シシャモの泳ぐ川へと繋がらない
其処で行なえば罪に問われる
夕陽が金幕に悠々と寝そべっている
その眩い夢うつつをカヌーで引き裂いて
なんという
贅沢な聖域
その水面に映りこむ
輪郭の緊張が綻んでゆく
日曜日の夕景となって
休日はあと一日もある
土曜日の
水精か
帰りの狭い道路には
先ほど轢きそうになった
草叢から飛び出してきた
北キツネが
黄金色に寝そべって
こちらをじっと見つめている


天文潮IV

  鈴木 海飛

天文潮 IV



ゆたのたんとん

うさぎがはねる

しらなみおどる

まるで、蝶の羽ばたき

次々ぶつかってるようで

上手にそよいでいるのです


さぱさぱ、

海の角がとれ潮が凪ぐ

水平線が丸みを帯びて回転し始める

そうして朝が白鳥の翼を広げるころに

産まれたばかりの砂粒をつれて

ゆるりとやさしくひいてゆくでしょう



ゆたのたんとん

いりあひのはまべ

あしあとに聞こえる笑いごえ

汐が満ちるにつれ、夕陽のヴェールを脱ぎ捨て

やがて裸身をさらす夜の海は月の肌

ぬめりきらめいている


しんしん、

ふくろうは静寂の羽音

風切り羽がしめる嵐の前兆

膨らむ胸震わす、寄せる荒波の吹雪

もはや大洋は傷口のように広がり

幾星霜を重ねた岸壁は瘡蓋です

散らばる星糞、貝殻とともに

轟々、くだけ波は踊り明かす



ゆたのたんとん

夜にぱちぱち瞬く宇宙の螺旋

両手でたぐりよせては足元から海にほどけてゆく

朝へむかう、満天の貝殻の銀河


あれがあれであれがあれだ

  青島空

嫌い



さっきの僕は言っただろう

けど

正直なところよく分からない

肩に食い込むリュックの重み

あれがあれであれがあれだ
あれがあれであれがあれだ

好きでも嫌いでもなく

いや

どうでもいいってわけでもないんだけど

あれがあれであれがあれだ
あれがあれであれがあれだ

僕が何と主張しても変わらないよ

雑踏の音は意志を持たないから心地いい

のに

また邪魔が入る

だから結論なんて付けたくない

なんで

僕が

その

答えを出さなきゃいけない


どうしようもない夜に書いた二篇の詩のようなもの

  山人

僕はかつて、荷台の無い一輪車を押し、整った畦道を走っていた
ところどころ草が生えていたけれど
そこは僕たちが走るにふさわしい硬く尖った土で出来ていて
坊ちゃん刈りした僕の前髪が開拓の風に吹かれてなびいていたに違いなかった
友達もスレンダーに施された一輪車を押しながら
たがいに何か大声で言い合いながら田の畦道を走っていたのだった

畦道は今はない
廃田には、弱い日差しが竦んで
何もかもだらしなくたたずんでいて
そこら辺の雑木は言葉を失い歪んだまま生きていた

隆起した丘を山というならば
そこには、今、いたるところが内臓で覆われ
脳漿が表面を埋めている
私はそこにある、うっすらと道のようなところを
歪んだフレームの一輪車を押しながら歩いている
ずっとずっとずっと
内臓の群れは陽炎を立ち上げながら頂きまで続いているのだろうか
その隙間を縫い
帰化植物がすべてを気にせず日を浴びていた


           



世界中が空っぽのような夜
なんだかすごく懐かしい音が聞きたくなって
こうして聴いている

街の喧騒やクラクションの音とか
女の吐息や鼓動
それらが渦となって塵とともに枯れたビル街に舞い上がって
それらが得体のしれない猛禽となって
世界に再び舞い上がる

誰か止めてほしい
この限りなく狂おしい走りざまを
疾走する死を


もう、次の日がやってきたのだ
去っていく時間はあらゆるものを駆逐して
一篇の詩を書くことも拒否してしまうだろう

文学極道

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