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2018年12月分

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* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


陽の埋葬

  田中宏輔



 蜜蜂は、わたしの手の甲を突き刺した。わたしは指先で、その蜜蜂をつまみ上げた。毒針ごと蜜蜂の内臓が、手の甲のうえで、のたくりまわっている。やがて、煙をあげて、その毒針と内臓が、わたしの手の甲から、わたしのなかに侵入していった。黒人の青年がその様子をまじまじと見つめていた。「それですか?」「そうだ。おまえの連れてきた娘は、覚悟ができているのか?」白人の娘がうなずいた。まだ二十歳くらいだろう。「エクトプラズムの侵入には苦痛が伴う。そのうえ、ほとんど全身を変化させるとすると、そうとうの苦痛じゃ。あまりの苦痛に死ぬかもしれん。それでもよいのじゃな。」「ええ、覚悟はできています。」女はそう言うと、黒人青年の手を強く握った。「では、さっそく施術にとりかかろう。」わたしは二人を施術室に案内した。「夏じゃった。わしは祖父の手に引かれて、屋敷の裏にある畑にまで行ったのじゃ。祖父が、隅に置かれた蜂の巣を指差した。すると、どうじゃろう。まるで蜜が沸騰しているかのように、黄金色の蜂蜜が吹きこぼれておったのじゃ。」老術師は左手の甲を顔のまえに差し上げた。「蜜蜂というものはな。同じ花の蜜しか集めてこんのじゃ。一度味わった花の蜜だけを、その短い一生のあいだに集めるのじゃ。祖父は、わしと同じくらいの齢の童子をさらってきたのじゃな。蜂の巣のそばの樹の根元に幼児が横たわっておったのじゃ。わしの畑の蜜蜂たちは、生きている人間から蜜を集めておったのじゃ。エクトプラズムという蜜を。わしの畑の蜜蜂たちは、人間の命という花から、魂にもひとしいエクトプラズムという蜜を集めておったのじゃ。」老術師の左手の甲を蜜蜂が刺した。老術師は痛みに顔をゆがめた。「苦痛が、わしを神と合一させるのじゃ。」老術師の左手の甲に、蜜蜂の姿がずぶずぶと沈んでいった。「詩人ならば、苦痛こそ神であると言ったであろうな。」老術師が奥の部屋の扉を開けると、蜜蜂たちのぶんぶんとうなる羽音がひときわ大きくなった。「あやつの信奉しておるあの切腹大臣の三島由紀夫は、日本の魂を売りおったのじゃ、おぬしら外国人にな。」老術師はその皺だらけの醜い顔をさらにゆがめて皮肉な笑みを浮かべた。「そして、おぬしら外国人によって名誉を汚されるというわけじゃ。」黒人青年は握っていた手に力を入れた。白人女性も同じくらいの強さでその手を握り返した。「もはやアメリカは、日本の属国ではないのだ。たとえ先の大戦で、アメリカが日本に負けたといっても、それは半世紀以上もまえのこと。とっくに、アメリカは、日本から独立しているべきだったのだ。」老術師は声を出して笑った。「いやいや、そんなことは、どうでもよい。わしはあの三島由紀夫と、あの詩人の一族が名誉を失うところが見たいのじゃ。ただ、それだけじゃ。」老術師が、蜜蜂の巣のほうに、その細い腕を上げると、蜜蜂たちが螺旋を描きながら巣のなかから舞い出てきた。白人女性が叫び声を上げようとした瞬間に、無数の蜜蜂たちが、吸い込まれるようにして、その口のなかにつぎつぎと舞い降りていった。女性の身体は激痛に痙攣麻痺して、後ろに倒れかけたが、黒人青年の太い腕が彼女の身体を支えた。白人女性の白い皮膚のしたを、蜜蜂たちがうごめいている。うねうねと蜜蜂たちがうごめいている。白人女性の血管のなかを、蜜蜂たちが這いすすむ。するすると蜜蜂たちが這いすすむ。蜜蜂たちは、女性の命の花から、魂を齧りとってエクトプラズムの蜜として集めていた。「あすには、変性が完了しておるじゃろう。」黒人青年は疑問に思っていたことを尋ねた。「あなたがわれわれに手を貸したことがわかってはまずいのではないか。」老術師が遠くを見るような目つきで言った。「死は恥よりもよいものなのじゃ。」黒人青年にはその言葉の意味するところのものがわからなかった。

 わたくしが、この物質を発見したいきさつについて、かいつまんでお話しいたします。わたくしは、同志社大学の、いまは理工学部となっておりますが、わたくしが学生のころは、工学部だったのですが、その工学部の工業化学科を卒業したあと、研究者になるために、大学院に進学して、さらに研究をつづけていたのですが、博士課程の途中で、ノイローゼにかかり、自殺未遂をしたあと、博士課程の後期に進学せず、前期修了だけで、工業試験所に就職したのですが、このときの自殺未遂については、雑誌にエッセイとして発表してありますので、詳しく知りたい方は、さきほど配布していただいた資料に掲載されておりますので、後ほどお読みください、すみません、わたくしの話はよく横道にそれる傾向があるようです。工業試験所では、わたくしは、レアメタルを3次元焼着させた電極(スリー・ディメンショナル・アノード)を用いて、高電位で、インク溶液を電気分解していたのですが、あるとき、偶然から、まったく同じ詩が書かれているページを溶解した溶液なのに、異なる本から抽出した異なるインクから、同じ物質が電極の表面に付着していることに気がついたのです。レーザー・ラマン・スペクトル解析やガスクロマトグラフィーによって、その物質の組成をつきとめることは、みなさんご存じのとおり、可能ではありましたが、その構造解析にいたっては、いまだに解明されてはおりません。その解明が、わたくしの一生の仕事になると、いまでも信じ、研究をつづけておりますが、さて、この物質、わたくしが、「詩歌体」と命名した物質ですが、これは、同じ詩や短歌や俳句、あるいは、哲学書やエッセイにおいても、異なる本に書かれてあれば、抽出される量が、インクの種類や量の違いよりも、その文字の書体やページの余白といったもののほうにより大きく依存していることがわかったのですが、このことが、この物質、「詩歌体」の構造解析の難しさをも語っているのですが、通常の物質ではなくて、わたくしたち科学者と異なる歴史と体系をもつ「術師」と呼ばれる公認の呪術の技術者集団によってつくり出されるエクトプラズム系の物質であること、そのことだけは、わかったのですが、高電位の電気分解、しかも、レアメタルの3次元電極でのみ発見されたことは、わたくしの幸運であり、僥倖でありました。いまも務めております工業試験所で、このたび、わたくしは、あるひとりの術師と協力して、この「詩歌体」の構造解析に取り組むこととなりました。術師は、本名を明かさないのが世のつねでありますので、性別くらいは発表してもよろしいでしょうか、彼の協力のもとで、このたび、この財団、「全日本詩歌協会」の助成金により、わたくしの研究がすすめられることは、まことによろこばしい限りであり、かならずや、「詩歌体」の構造を解明できるものと思っております。(ここで、横から紙が渡される。)本名でなければ、術師の名前を明かしてもいいそうです。わたくしに協力してくださる術者のお名前は、みなさんもよくご存じの、あの「詩人」です。リゲル星人と精神融合できる数少ない術師のお一人です。わたくしは、まだ一度しかお目にかかっておりませんが、このあいだ、切腹大臣の三島由紀夫さんが活躍なさった、アメリカ独立戦線のテロリストの逮捕事件で、リゲル星人の通訳をなさっていた方です。それでは、「全日本詩歌協会」のみなさまのますますのご発展と、わたくしの研究の成功をお祈りして、この講演を終えることにします。ご清聴くださいまして、ありがとうございました。しばし、沈黙の時間を共有いたしましょう。(会場の隅にいた、協会の術師たちが結界をほどきはじめる。)

「「葉緑体」が、気孔から取り入れた空気中の二酸化炭素と、地中から根が吸い上げた水とから、日光を使って、酸素とでんぷんをつくり出すように、「詩歌体」は、言葉のなかから非個人的な自我ともいうべき非個人的なロゴス(形成力)と、その言葉を書きつけた作者の個人的自我ともいうべき個人的なロゴス(形成力)を、読み手の個人的な自我と非個人的な自我と合わせて、その言葉が新しい意味概念とロゴスを形成し、獲得すると思っているのですが、どうでしょう?」こう言うと、詩人は、つぎのように答えた。「そうかもしれませんが、「葉緑体」そのものは、作用して働いているあいだ、遷移状態にあるわけですが、作用が終わり、働きを終えると、もとの状態に戻ります。」そして尋ねてきた。「「詩歌体」もそうなのですか?」わたくしは詩人の目を見つめながら言った。「わたくしは、「詩歌体」の作用や働きについても、まだ確信しているわけではないのです。自らが変化することなく他を変化せしめるだけの存在なのか、そうではないのか、まだわかりません。ただ、「詩歌体」というものが、語自体のもつ非個人的なロゴス(形成力)と、語を使う者によって付与される個人的なロゴス(形成力)を結びつけ、新しいロゴスを生成するということだけがわかっています。ところで、」と言って、わたくしは、顔をかしげて、わたくしの机のうえに置かれた1冊の詩集に目を落としている詩人に向かって、話をつづけた。「その点を明らかにすることができるのかどうか、絶対的な確信を抱いているわけではないのですが、あなたが仮の名前の「田中宏輔」名義で出されている、この引用だけでつくられた詩集ですが、これを実験に使わせていただこうと思っているのですよ。」そう言うと詩人は、目をあげて、わたくしの目を見つめた。「あなたは、一つ間違っています。実験についての方針は、あなたが決めることですから、その目的も方法も、あなたの思われるようになさればよいでしょう。わたしは協力できることは、できる限り協力しましょう。間違いとはただ一つ、ささいなことですが、見逃せません。「田中宏輔」というのは、わたしの仮の名前ではありません。わたしが、アイデアを拝借した一人の青年の名前です。彼は彼の30代の終わりに自殺して亡くなりましたが、詩集を出していたのは、わたしではなく彼なのですよ。」わたくしは、手にしていた詩集を机のうえに置いた。詩人はそれを見て、ふたたび話しはじめた。「おもしろい青年でしたよ。わたしがリゲル星人とともに訪れた12のすべてのパラレル・ワールドで、残念なことに、彼は30代の終わりに自殺していましたが、まあ、もともと12のパラレル・ワールドは、お互いにほとんど区別がつかないくらいに似通っていますから、不思議なことではないのですが、残念なことでした。ところで、その詩集は、彼が上梓したさいごの詩集でしたね。できる限り、その詩集を集めて実験に使われるとよろしいでしょう。」そう言うと、詩人は腰を上げて、外套に袖を通すと、ひとこと挨拶して、わたくしの部屋を出て行った。わたくしは、机のうえに置いた詩集を取り上げると、ぱらぱらとページをめくっていった。すべての詩篇が引用だけでつくられているのであった。ロゴス、ロゴス、ロゴス。非個人的なロゴスと、個人的なロゴス。意識的領域におけるロゴスと、無意識的領域におけるロゴス。すべては、この語形成力、ロゴスによるものなのだろう。わたくしも帰り支度をするために椅子を引いて立ち上がった。


これで終わり

  いかいか

 白く壁を塗るのは人。そして、新しく家を建てるのは獣。また母の生まれた故郷を花で満たすのは初めての僕の妻。

嵐。

雨のように濡れた服を着るのは子供。生まれたての午後は優しい。それは踝。やわらかい人が降ってくる。黒く家に幕を降ろすのは火。そして新しく言葉を生みだすのは鳥。また父の生まれた故郷を戦争で満たすのは初めての僕の仕事。温かい人たちは逃げ出してしまった。

水。

怖いことは、悲しいことだと、悲しいから怖いのだと、夏が終わり冬がずぶ濡れになり泣き叫びながら雨を突き抜けてやってくる前に、この「もの」を語り終えたい。
行きはよいよい、帰りは怖い。

そう。

帰りが怖いんだ。何もかもそうだ。「もの」は帰り道がない。物語にも帰り道がない。ずっと、行ったきりで帰ってこない。振り返る事が出来ない。帰る事が出来ない。何かを「かたる」とはきっと怖くて悲しくてひどくて優しい事なんだ。悲しい感情や優しい感情には帰る道がない。でも帰る場所だけはある。それがもっともやっかいだ。帰り道はない、でも、帰る場所だけはある。どうやって帰ればいい?

もしくは?
 
この「もの」語りを始めるにあたって、どこから初めようかと思い、僕の記憶を遡って行くと、千葉県側の江戸川の堤防で、一人、彼女を待っていた所から始まる。向こう岸には、埼玉県が見える。川が県境になっており、境界というわけだ。山だったり、川だったりが境目になっている場所はたくさんあるが、これから僕が話す事のすべてが、境界についてだ。もったいぶらない全部ははじめから話してしまう。
僕は饒舌になった。幼い頃の僕は、人と話すのが苦手だった。話す事自体に興味がなかった。それは、自分自身に対して、語るべきものが何もない、と思っていたからだ。父や母からも特に心配されなかった。父も母も、僕と同じ様に何かを多く話すような様な人ではなかったし、後から知った事だが、僕が生まれる前から、すでに終わっていた、らしい。らしいというのは、母が大学卒業後数カ月して、「すでに、終わっているのよ」と僕に言ったからだ。発言は突然だった。あくまでも、僕にとっては突然であり、この後、幾度となく、父と母から聞かされる言葉によれば、すでに決まっていた事だった。日時、そして、まず母から、最後に父からと、手順も決められていたのだろう。僕は、父と母の正しい手続きでただただ押し込められることがすで決まっていた。
僕の顔など見向きもせずに、唐突に口から出た母の言葉。そして、言葉の後の母の横顔が春先に吹く、まだ冬の冷たさをまとった風の様で、これから訪れるであろう春の生命の躍動にも一切の興味がなくそれとは無関係に、吹き抜けていく清々しさを感じさせた事を、今でも憶えている。そして、母は遠くを見ていた。僕の表情などどうでもよかったのだ。母からすればすべてが決められていた。僕が知らないところで、すべてが父と母の手続きで埋め尽くされていただけにすぎなかった。だから、母は僕の動揺や感情の動き、気持ちなどどうでもよかったのだ。そんなものはすでに問題ですらないのだ。僕は、父と母の問題の中心にいながら、初めから疎外されていた。僕は署名でしかなかった。父と母が設けた手続きにのっとり、流れていく書類でもある。僕が書類として父と母の間を流れて、僕自身が署名する。すべては、何度も繰り返し言い続けられる父と母による「貴方が生まれる前から予め決めていた」ことが処理されていく。僕に設けられた場所は、署名する空欄のみだった。僕は僕の名前を署名するだけで、それ以外の言葉を書き込むことは許されていない。書き込んだとたんに、この書類と手続きは一切の効力を失うのだ。
すでに、終わっている事を、続けている事は、終わっている事が、終わっていないのではないか、と、僕は思った。遠くを見つめたままの母に尋ねた。「いつから?」と、母は、「貴方が生まれるずっと前から」と、そして、「お母さんは、今、妊娠してるの。お父さんとは離婚するし、離婚することも、貴方が生まれる前から決めていたの」と僕の手をとって、「まだ何も聞こえないかもしれないけど」と言って、僕の手を母のお腹に添えさせる。花を摘んだ幼い子供の手をその花と共に引きよせるようにして。
「ごめんなさい。コバトはこの子のお兄ちゃんにはなれないけど、コバトには教えておきたかった。お腹の子は、お父さんの子供じゃない。お父さんも貴方も知らない人の子供。昨日、お父さんに伝えた。そしたら、お父さんも喜んでたわ。おめでとうってね。で、お父さんの方も子供が生まれるみたい。お母さんも貴方も知らない女の人がお父さんの子供を産むの。今日、お父さんが仕事から帰ってきたら、ちゃんとした話があると思うからね。でも、不思議ね。素直に、心の底からお父さんに子供が生まれる事が嬉しいの。それがお母さんの知らない女の人との子供であってもね。勿論、嫉妬とかそんなものはないわ。コバトが生まれる前から、二人で決めていたんだもの」母は話し終えて微笑んでいる。ただ、それは、母のお腹に手を当てている「事」を見て微笑んでいるのであって、僕に微笑んでいるわけではないことに僕は恐ろしくなった。母は僕の方を見ておきながら僕に対してはずっと横顔を向けたまま遠くを向いているのだ。母の手は、幼い頃、僕の手を引いた優しさを未だ持っていた。昔と変わらず優しいが、僕の手は大きくなった。母ではなく、女性としての母を理解できるほどに大きくなった手を、母は、悪意も善意もなく導いたのだ。それはもう、僕と母との間に一線が引かれてしまった事でもある。母は僕の手にも、僕の感情にも無関心でしかなく、自らの中に眠る名前のない不気味な塊にしか興味がない。その塊について、母は、僕に教えておきたかった、と言う。でも、それは、母の冷酷さの表れでもあり、僕はもう冷酷にしか扱われない、興味のない対象でしかないという証明でもある。僕は、ここでも署名しなければならなかった。母のお腹に触れることで、母の体に、そして、不気味な未だ顔のない得体のしれない塊に対して、僕は僕の名前を署名しなければならなかった。
夜、父が仕事から帰ってきた。玄関で靴を脱ぎ、母がおかえりなさいと言う。父も、ただいま、と言い。寝室に入り、着替えている。これは、僕が大学に受かり、家を出るまでの間ずっと繰り返されていた光景だ。母が、台所で夕飯の支度をしている。着替え終わった父が、居間のソファーに座っている僕を書斎から呼ぶ。父の書斎は、ほとんど何もない。時折、自宅に持ち帰る仕事をするためのパソコンと机と椅子があるだけで、後は、何もないと言っていいほど空白が詰められている。父には趣味と呼べるものが、あまり無かったようで、休日などはほとんどテレビを見ているか、母や僕を連れて外出していた。扉を開けると、椅子ではなく、床に胡坐をかいて座り、僕を見上げていた。同じように僕に座るように言う。
「お母さんから話を聞いたと思うけれども、お父さんとお母さんは離婚する。お互いすでに相手がいるし、子供も生まれる。これは、お前が生まれる前からそう決めていた」そう言う父の顔は、冷静で、僕の動揺や感情の動きなどは一切興味がなく、もう、僕がどうでようがすでに事態を変える事は不可能であり、これは運命だ、とでも僕に言って捨てるような言い方だった。母と同じように、父ももう、ずっと昔から僕に対して、横顔を向けたまま遠くを見ていたのだ。その後は、簡単な話だった。当分生きていけるだけのお金は渡すが、ただ、お母さんもお父さんも新しい家庭があるから、金銭的にはあまり助けられないが、かといって、お前の事は、二人とも愛している。何かあればできる限り手助けするので、遠慮なく言え、そして、この家もお前に残す、と言う。そして、これも、「お前が生まれる前からずっと決めていた事なんだ」と言って、通帳と名義変更された土地と家の書類が渡される。父と母が、若くして建て、十分な所得があるエリートの夫をもちながら、母もパートをしていた理由がその時、初めて分かった。そこからは、早かった。僕は、家を人に貸す事にして、家賃収入を得ながら、今から語る事になる「彼女」と彼女の実家からも、僕の実家からも遠く離れた土地で一緒に住む事にした。彼女の事は、両親には一度も話した事がなかった。
父との話が終わり、夕飯の席に着いた時、僕はこう尋ねた。
「なんで結婚したの?」と、母が何かを話そうと僕の顔を見つめて口を開くと同時に、父が、母に「僕から話すよ」と言って、母が話し始めるのを止める。父と母は、幼馴染で互いの事は昔からよく知っていた。同じ高校に通い、大学は別々だったが、互いに故郷に戻って就職し、互いの両親も仲が良かったため二人の結婚を勧めてきた。二人ともお互いの事を嫌いではないけど、かといって、すごく好きなわけでもなかったが、両親の強い後押しもあって結婚した。けれども、いざ結婚してみるとどうも二人には肝心の愛があるのかないのかよくわからない。互いに互いのことは嫌いではないし、むしろ、お互い昔から知っていた間柄なので、気が合う事は分かっていた。結婚してすぐに、二人で話し合った。お互いに同じ事を考えていて、とりあえず、子供を作ってみようと言う話になった。そして、生まれたのが僕だと言う。ただ、いざ、子供を作ると決めた時、互いにいつか別れるだろうと思ったらしい。自分達二人は、ただマネゴトをしているだけで、そう自覚したのは、互いに一度も「愛している」と言った事がないし、そう思った事がないという。子供が生まれてもお互いに愛が芽生えなかったら、恐らく、今後も芽生えないだろうと二人は結論を出し、僕が生まれても、別れる事を前提に行動することを決めたらしい。ただ、父は、「お前が生まれた時、初めて愛すると言う事がわかった。お前に対しては愛という単語で語る事が出来る。それはお母さんも同じだよ。でも、お父さんとお母さんの間には、お前が生まれた後でも、愛という単語で語るべきものが二人して見当たらなかったんだ」
だから、二人は別れる事にした。僕が生まれてからも、二人は愛を探したというわけだ。そんなものはただの単語にすぎない。そんなものがなくても、二人は結婚したし、夫婦でもあったし、周りから見ればちゃんとした家族だったのだろう。僕は思い切ってさらに突っ込んで尋ねた。
「じゃぁ、お父さんとお母さんには、互いに別の家庭があって、そっちで愛が見つかったの?愛という単語で語るべき何があったの?」
父は笑顔でこう答えた。
「あったよ。愛してる、とようやくお前以外の誰かに言えるようになった」
僕は怖くなった。父の笑顔に、そして、それに何も言わずに聞いている母も父と同じなのだろう。二人が気持ち悪いと感じた。内臓が乾いていく感覚が口の中に広がる。返すはずの言葉が舌の上で腐り、それにたかってくる蠅。羽音がする。本当に恐ろしいモノは、恐ろしい姿ではない事が多い。僕が生まれて初めて愛すると言う事がわかった、と、言う二人は、結局、僕を残して、別々の家庭になり、別々の愛をまた探しに行くのだ。こんな茶番のどこに愛があるのだろうか。僕はこの時に初めて分かったのだ。父、母、と名乗る二人は、化け物だったのだと。父と母は、僕の知らないところで、僕の知らない兄弟を作り、暮らすのだろう。化け物の子供は同じように化け物だ。これは、彼女から教えてもらった。彼女もまた化け物だった。そして、僕にも兄弟がいた事に気付いた。父と母が産み落としてしまったもの。流してしまったからこそ、纏わりついてしまったもの。これも、彼女から教わった。僕には、僕より先に生まれておきながら、兄とはならず弟になってしまったものがいる。父と母は弟の事を知らない。でも、弟はたしかに「いた」のだ。この可哀想な弟は、父と母に復讐しに行くだろう。彼女の姉がそうであったように、間違いなく近い将来、父と母は復讐される。
父と母は、僕に対しては愛を感じた、が、それでは物足りなかったのだろう。それはつまり、愛ではなかった。やはり、僕は署名でしかなかった。書類でしかなかった。父と母のための手続きのための書類、そしてそれを自ら読み、確認する署名でしかない。僕は、絶えず署名し続けなければならない。父と母のために、生きている事が署名しつづけることなのだ。あの可哀想な化け物のために、愛されていた者として、愛が存在しうるであろう可能性を証明し、僕を参照しつづけるのだろう。僕を基準として、あの二人は愛を愛だと確認する。もしかしたらそんなのは存在していないかもしれないのに、彼女の言葉を借りれば「私達とは存在の仕方が違う」のかもしれないものを求める。
父と母は、僕に話しすぎた。その結果、弟は父と母にとっては、どんどん存在が消えていった。隠されてしまったが、僕には逆に強く存在しはじめた。弟はたしかにいる。父と母と僕の間に、この家の中に、ずっといたのだ。むしろ、僕ら家族は弟の内臓の中に住んでいる。


陽の埋葬

  田中宏輔



Mmmmm.


Whip!


Mmmmm.


Whip!


子よ、
(創世記二七・八)

わが子よ、蜜を食べよ、
(箴言二四・一三)

tuum est.
それは汝のものなり。
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』)

お前の授かりものだ。
(ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳)

mel
蜂蜜
(研究社『羅和辞典』)

accipe hoc.
これを受けよ。
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』)

Mmmmm.


Whip!


Mmmmm.


Whip!


子よ、
(創世記二七・八)

わが子よ、蜜を食べよ、
(箴言二四・一三)

蜂窩(ほうか)から取りたての金色の蜜だ。
(ニーチェ『ツァラトゥストラ』第四・最終部、手塚富雄訳)

tuum est.
それは汝のものなり。
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』)

tuo nomine
汝のために
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』)

dabam.
私は與へたり。
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』)

あなたはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である。
(マルコによる福音書一・一一)

わたしは限りなき愛をもってあなたを愛している。
(エレミヤ書三一・三)

子よ、
(創世記二七・八)

わが子よ、
(箴言三・一)

聞け、よく聞け、
(シェイクスピア『ハムレット』第一幕・第五場、大山俊一訳)

もし、汝、その父をかつて愛していたならばーー
(シェイクスピア『ハムレット』第一幕・第五場、大山俊一訳)

手を伸ばし
(マタイによる福音書一二・一三)

しっかと爪(つめ)を立て
(ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳)

わたしを引き裂いて
(哀歌三・一一)

唇に吸うのだ。
(ゲーテ『若きウェルテルの悩み』第一部、井上正蔵訳)

蜜はたっぷりある。


est,est,est.
ある、ある、ある。
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』)

というのも、
(プルースト『失われた時を求めて』見出された時、鈴木道彦訳)

わたしの血管には蜜が流れていて、
(ニーチェ『ツァラトゥストラ』第四・最終部、手塚富雄訳)

ad imis unguibus usque ad summum verticem
兩足の爪の先より頭の天邊まで
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』)

脈管の中にみなぎり流れ、
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳)

体のすみずみまで
(シェイクスピア『ハムレット』第一幕・第五場、大山俊一訳)

ex pleno
満ち溢れて
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』)

あぶくを立てながら血管をめぐる。
(ニーチェ『ツァラトゥストラ』第三部、手塚富雄訳)

ぐるぐる回っている。
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳)

ああ、この空隙!
(ゲーテ『若きウェルテルの悩み』第二部、井上正蔵訳)

この空隙はすっかり満たされるのだ、
(ゲーテ『若きウェルテルの悩み』第二部、井上正蔵訳)

costa
肋骨(ろつこつ)
(研究社『羅和辞典』ルビ加筆)

この岩の古い肋骨(あばらぼね)、
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳、読点加筆)

誰が私を造ったのか。
(アウグスティヌス『告白』第七巻・第三章、渡辺義雄訳)

hoc est corpus meum.
これは私の身體なり。
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』)

あらゆるぎざぎざした岩の狭間(はざま)から
(ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳)

岩から出た蜜をもってあなたを飽かせるであろう。
(詩篇八一・一六)

costa
肋骨(ろつこつ)
(研究社『羅和辞典』ルビ加筆)

この岩の古い肋骨(あばらぼね)、
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳、読点加筆)

ubi mel,ibi apes.
蜜のあるところ、そこに蜜蜂あり。
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』)

わが胸の蜜窩(みつぶさ)には、無数の蜜蜂どもがうごめいている。


これはわたしの生き物たちだ。
(ニーチェ『ツァラトゥストラ』第一部、手塚富雄訳、句点加筆)

胸の奥ふかく
(ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳)

心臓の奥の奥まで
(ニーチェ『ツァラトゥストラ』第二部、手塚富雄訳)

わが胸は、蜜蜂たちの棲処(すみか)となっているのだ。


Bienenbeute
蜜蜂の巣
(相良守峯編『独和辞典』博友社)

恐ろしい姿だ。
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳)

けれども心臓は鼓動している。
(ロートレアモン『マルドロールの歌』第四の歌、栗田 勇訳)

わたしの心臓は喉(のど)までも鼓動してくる。
(ニーチェ『ツァラトゥストラ』第三部、手塚富雄訳)

わたしが蜜に欠くことがないように、
(ニーチェ『ツァラトゥストラ』第四・最終部、手塚富雄訳)

休みなく活動する
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳)

apis
蜂、蜜蜂
(研究社『羅和辞典』)

わがむねの、満(み)つるまで、
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳)

行きつ戻りつして、
(トーマス・マン『トニオ・クレーゲル』高橋義孝訳)

この胸に積みかさね、
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳)

あっちこっちと動いている。
(ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳、句点加筆)

ぐるぐる動きまわってる。
(ジョイス『ユリシーズ』6・ハーデス、永川玲二訳)

心臓のひだを暖めてる。
(ジョイス『ユリシーズ』6・ハーデス、永川玲二訳)

でなかったら、どうして鼓動していることだろう。
(ロートレアモン『マルドロールの歌』第四の歌、栗田 勇訳)

心臓の脈管は百と一つある。
(『ウパニシャッドーー死神の秘儀』第六章、服部正明訳)

aorta
大動脈
(研究社『羅和辞典』)

arteriola
小動脈
(研究社『羅和辞典』)

この体の血管の一つ一つ
(シェイクスピア『ハムレット』第一幕・第四場、大山俊一訳)

わたしの洞窟(どうくつ)に通じている
(ニーチェ『ツァラトゥストラ』第四・最終部、手塚富雄訳)

あらゆる血管の中を
(シェイクスピア『ハムレット』第一幕・第五場、大山俊一訳)

Und immer eins dem andern nach,
あとから、あとから、一匹ずつ通ってゆく。
(ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳)

おお、わたしの古いなじみの心臓よ、
(ニーチェ『ツァラトゥストラ』第四・最終部、手塚富雄訳)

costa
肋骨(ろつこつ)
(研究社『羅和辞典』ルビ加筆)

この岩の古い肋骨(あばらぼね)、
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳、読点加筆)

わたしの洞窟は広く、深く、多くの隅(すみ)をもっている。
(ニーチェ『ツァラトゥストラ』第四・最終部、手塚富雄訳)

あちこちの裂目(さけめ)から
(ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳)

飛び去る
(ナホム書三・一六)

わたしの生き物たち。
(ニーチェ『ツァラトゥストラ』第一部、手塚富雄訳、句点加筆)

口々に
(シェイクスピア『ハムレット』第四幕・第五場、大山俊一訳)

蜜をしたたらせ、
(箴言五・三)

百千の群なして
(ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳)

大きな群れとなってここに帰ってくる。
(エレミヤ書三一・八)

たしかに、
(ゲーテ『若きウェルテルの悩み』第二部、井上正蔵訳)

恐ろしい姿だ。
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳)

だが、
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳)

恐れることはない。
(マタイによる福音書二八・一〇)

おまえの父だ!
(ゲーテ『若きウェルテルの悩み』第二部、井上正蔵訳)

まさしくわたしなのだ。
(ルカによる福音書二四・三九)

なぜこわがるのか、
(マタイによる福音書八・二六)

this is my body,
これはわたしのからだである。
(マタイによる福音書二六・二六)

手をのばしてわたしのわきにさし入れなさい。
(ヨハネによる福音書二〇・二七)

さあ、
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳)

あなたの指をここにつけて、
(ヨハネによる福音書二〇・二七)

心ゆくばかりさしこむのだ。
(アドルフ・ヒトラー『わが闘争』第二章、平野一郎訳)

costa
肋骨(ろつこつ)
(研究社『羅和辞典』ルビ加筆)

この岩の古い肋骨(あばらぼね)、
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳、読点加筆)

胸の奥ふかく
(ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳)

心臓の奥の奥
(ニーチェ『ツァラトゥストラ』第二部、手塚富雄訳)

私の最も深い所よりもっと深い所に、
(アウグスティヌス『告白』第三巻・第六章、渡辺義雄訳)

いつまでもゆるされず、永遠の罪に定められる
(マルコによる福音書三・二九)

一人の女がいる。


ごらんなさい。これはあなたの母です。
(ヨハネによる福音書一九・二七)

今もなお、
(ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳)

わたしの内に宿っている罪である。
(ローマ人への手紙七・二〇)

子よ、
(創世記二七・八)

わが子よ、
(箴言二四・一三)

思い出すがよい。
(ルカによる福音書一六・二五)

かつて、
(ゲーテ『若きウェルテルの悩み』第二部、井上正蔵訳)

一人の女がこの世に罪をもたらした。
(ジョイス『ユリシーズ』7・アイオロス、高松雄一訳)

culpa

(研究社『羅和辞典』)

culpa

(研究社『羅和辞典』)

culpa

(研究社『羅和辞典』)

罪の数々はよりどりみどり、
(シェイクスピア『ハムレット』第三幕・第一場、大山俊一訳)

ibi
そこに
(研究社『羅和辞典』)

hic
ここに
(研究社『羅和辞典』)

ubicumque
至る所に
(研究社『羅和辞典』)

est,est,est.
あり、あり、あり。
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』)

子よ、
(創世記二七・八)

わが子よ、
(箴言二四・一三)

accipe hoc.
これを受けよ。
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』)

罪の増すところには恵みもいや増す。
(ローマ人への手紙五・二〇)

tuo nomine
汝のために
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』)

わが胸の蜜蜂は、


これを集め、
(ハバクク書一・一五)

これを蜜に変える。


これをみな蜜に変える。


これをみな、ことごとく蜜に変える。


costa
肋骨(ろつこつ)
(研究社『羅和辞典』ルビ加筆)

この岩の古い肋骨(あばらぼね)、
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳、読点加筆)

子よ、
(創世記二七・八)

わが子よ、
(箴言二四・一三)

思い出すがよい。
(ルカによる福音書一六・二五)

かつて、
(ゲーテ『若きウェルテルの悩み』第二部、井上正蔵訳)

一人の男が、蜂の巣のしたたりに手を差しのべた。


腕を差しのべた。
(ゲーテ『若きウェルテルの悩み』第一部、井上正蔵訳)

いったい誰なのか。
(ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳)

汝の父である。


おまえの父である。


わたしは蜜を愛する。
(ニーチェ『ツァラトゥストラ』第四・最終部、手塚富雄訳)

わたしは手を差しのべた。


わたしは蜜を愛する。
(ニーチェ『ツァラトゥストラ』第四・最終部、手塚富雄訳)

わたしは手を差しのべた。


わたしは蜜を愛する。
(ニーチェ『ツァラトゥストラ』第四・最終部、手塚富雄訳)

わたしは手を差しのべた。


ああ、誰かこれをまのあたりにして、
(シェイクスピア『ハムレット』第二幕・第二場、大山俊一訳)

欲しないものがあろうか。
(ニーチェ『ツァラトゥストラ』第四・最終部、手塚富雄訳)

子よ、
(創世記二七・八)

子よ、
(創世記二七・八)

similis patris
父に似たる
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』)

わが子よ、
(箴言一・一〇)

proles sequitur sortem peternam.
子は父の運命に随ふ。
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』)

逃れるすべはないのだ。
(ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳、読点加筆)

proles sequitur sortem peternam.
子は父の運命に随ふ。
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』)

逃れるすべはないのだ。
(ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳、読点加筆)

Mmmmm.


Whip!


Mmmmm.


Whip!


子よ、
(創世記二七・八)

わが子よ、蜜を食べよ、
(箴言二四・一三)

est tuum.
それは汝のものなり。
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』)

totum in eo est.
全體(すべて)がそれにあり。
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』ルビ加筆)

costa
肋骨(ろつこつ)
(研究社『羅和辞典』ルビ加筆)

この岩の古い肋骨(あばらぼね)、
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳、読点加筆)

わたしの洞窟は広く、深く、多くの隅(すみ)をもっている。
(ニーチェ『ツァラトゥストラ』第四・最終部、手塚富雄訳)

胸の奥ふかく
(ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳)

心臓の奥の奥
(ニーチェ『ツァラトゥストラ』第二部、手塚富雄訳)

私の最も深い所よりもっと深い所に、
(アウグスティヌス『告白』第三巻・第六章、渡辺義雄訳)

いくつもの脈管がある。


どれも、神の園に通じる道である。


わが胸の蜜蜂は、


これより蜜を携え、


これより蜜を持ちかえることのできる


唯一の生き物である。


costa
肋骨(ろつこつ)
(研究社『羅和辞典』ルビ加筆)

この岩の古い肋骨(あばらぼね)、
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳、読点加筆)

suspice et despice.
上を見よ、下を見よ。
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』)

塊(かたま)りが動いて澄(す)んでくる。
(ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳)

澄(す)んでくる。
(ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳)

濁(にご)ってはまた澄(す)んでくる。
(ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳)

澄(す)んでくる。
(ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳)

る。
(ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳)

子よ、
(創世記二七・八)

わが子よ、蜜を食べよ、
(箴言二四・一三)

tuum est.
それは汝のものなり。
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』)

dabam.
私は與へたり。
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』)

お前の授かりものだ。
(ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳)

Mmmmm.


Whip!


Mmmmm.


Whip!


Mmmmm.


Whip!


Mmmmm.


Whip!


子よ、
(創世記二七・八)

わが子よ、蜜を食べよ、
(箴言二四・一三)

est tuum.
それは汝のものなり。
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』)

totum in eo est.
全體(すべて)がそれにあり。
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』ルビ加筆)

さあ、
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳)

唇に吸うのだ。
(ゲーテ『若きウェルテルの悩み』第一部、井上正蔵訳)

恐れることはない。
(マタイによる福音書二八・一〇)

わたしの最上の蜜、
(ニーチェ『ツァラトゥストラ』第二部、手塚富雄訳)

わたしの最上の蜜、
(ニーチェ『ツァラトゥストラ』第二部、手塚富雄訳)

versatur mihi labris primoribus.
それは私の唇の尖端にあり。
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』)

versatur mihi labris primoribus.
それは私の唇の尖端にあり。
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』)


Clockwork screaming kiss her kiss her

  アルフ・O

 
 
 
鳴る、
軋む、
爆ぜる。
私の中の、歯車が。
およそ誂えたとは思えない速さで
チクタクチクタクと
叫んでいる。
呼んでいる。
まだちいさな双子のように。
変わり身の、
正反対の、でも
揃わなければ朽ちてしまう
片方を呼んでいる。
くいちがい
くいちがわせ
遠ざけて
外して
それでもなお
私の壁を貫き祈るように
呼んでいる。
いつもよりも、遥かに強く圧縮する
内燃機関、
(あるいはルミネッセンス、のような)
重力を打ち消すのと同期して
私の隅々から
歯車が爆ぜる。
積み上げきった嘘とともに。

(プリンセス……否、私の愛しいキジバト、
 間に合って。どうか、どうか、
 愛と国とともに消えてしまわないで、
 どうか、どうか)

次々に爆ぜる
爆ぜる
届いて、
手を引かれて
落下する壁をかいくぐり
歯車はそれでも回り続ける
呼んでいる
叫んでいる
届いて、
(与えられた使命など、)
届いて!
白くなれ
白くなれ
離さないで、
白くなれ
白くなれ、
白くなれ!
壁を超えて
今度は貴女を
地に降りて迎えるために
──いつか、
重力に逆らわずとも
白昼の下で
並んで立っていられるように、

 
 
 
(Dedicated to Ange le Carre)
 
 
 
 


or

  完備

荒れ地、眠れないまま
ゆるむ瞳孔へ
駄々洩れるイメージ
まばゆく
五分の一、
残ったいろはす
スイメンの振動は絶えず、
本棚、ボロボロの
擬微分作用素
それは抒情、あるいは
信仰告白、
重曹を溶かした足湯
これは祈り
あるいは、

コンドーム
半拍遅れたドラム、
全身の毛を剃り
ただし腋毛は抜く、
その話はもう
伊藤比呂美が尽くした
から、繰り返すな
固有名詞、ばかりの
うたをうたい、
網膜へ駄々洩れるのは
横浜の空
あるいは、大阪の雲、
ミニスカートは度し難く
思い出すのは
おそらく十年前、
ほとんどクリスマスの
夜、顔も
思い出せないひとが歌う
スノースマイル、

覚えていたいことは
なにもない
思い出したいことも
もう、ない、
駅前のイルミネーション
その駅の名、
雪ではなく雨が降ったこと
眼鏡の裏に咲く花、
それ以前に
生きなくちゃいけないから、
とか
きみが持つ構文
泡立つひなた短く、
くちずさむうたの表象
あるいはきみと
作られた寂しさ、もう
いい、
もう、これ以上
繰り返さなくても、


アンタなんかしなない

  ゼンメツ

1

あくびをしている恋人の口へ指をつっこむみたいに、拳銃を突きつけ、そして同時に引き金をひいた。そのどこまでが比喩だったのか。

2

僕とキミはきっとゾンビだ。だってとにかく全身穴だらけだったから。僕は「恋人そのもの」と同じくらい、恋人の身体によって囲まれたマジでなんもない部分を心底愛していたし、お互いがお互いに囲う「なんもなさ」に対して、「愛しい意味」をつけ合ったりしていた。僕たちは極めてノーナシだったし、チメー的に欠けていたけれど、どうしてかめちゃくちゃ死ななかった。

3

僕は本当はロックマンになりたかった。様々をぶっ倒してぶっ倒したやつらからぶっ倒した分だけ奪って、そいつを腕から惜しげもなくぶっ放しながらいつまでもどこまでも突っ走っていきたかった。僕は本当はいとも簡単に死んでいとも簡単に蘇えりたかった。でも、どこにそんなやつがいるかよ。

4

実際のところ、穴だらけで、見えないところまでちゃんと終わってて、足なんかつりっぱなしで、目の前のお手頃なノーミソに噛みつくばかりだ。今日も最愛のキミが、瞳や鼻の周りをぐじゅぐじゅにしながら「なにか」唸っている。だけどトーゼンに僕の耳は空っぽで、僕の顎は外れてて、僕らはどうしようもなくバラバラで、腕だってずたずたで、いつまでもお互いへ届かなかった。だから代わりにブン投げた。固い石だ。そして投げ返す。それよりもっと固い石、鉄でできた棒、ウィンチェスターなんちゃらかんちゃら、まるで嘘みたいな色の入浴剤、ゲームボーイども、想像上の赤ちゃん、僕たちはそれらを「いつだかのはなし」でくるんでは投げ、くるんでは投げた。「いつだかのはなし」は一度くしゅくしゅになるとしばらく戻らないでいるため、物をくるむのに丁度良い。

5

さいごは決まってアパートを放り出される僕は、そのたびに「駅近のうろうろ」に成り果てた。コンコースってのは案外ゾンビで溢れている。この人混みのなか、枯れ木か道路標識のように立ち尽くしていて、それなのにちっとも待ち合わせをしていないやつらがそうだ。膝を抱えてしゃがみこんでいるのは実のところ大抵が健康体だ。まあ、だから安心ってわけでもない。いままさに横を通り過ぎていった女の子なんかは、自分はこの「寒空の発生源」だ、とでも言わんばかりな、あかるい薄藍色のダッフルコートの、表面の毛羽立ちをいまさらになって気にし始めたせいで、これから「めにみえて駄目」になっていく。きっとこのコンコースを抜けられずに、数えきれない足音の中心から、さいごにはほんの僅か外れて。わたしこそが「寒空の発生源」だ、なんて、誰に告げることもできずに。

6

「新興住宅地の真ん中では」という言葉が、人々の流れから取り残されたキオスクに追いやられていた。いまでは一日に数本やってくるバスだけが、周辺と繋がる唯一の手段になっているらしい。なんて、ほんとかよ。いや、眉唾ものだったとしてもそれはそれで良いのかな。「新聞紙の方角を気にする人間も少なくなったものです」そっとキオスクに耳打ちをすると、どこか遠くカサカサとした声で名前を聞かれた。僕はほんの少しだけ考えてから「エキチカ」とだけ名乗り、ぼろぼろの腕をできるだけ大袈裟に振りながらその場をあとにした。

7

アパートへ帰って一通りを話し終えた僕に「だからなんなのさ」とキミ。知るかよ。なんもねーよ。マジでねーんだ。逆になんなんだよ。穴だらけだからゾンビで、毛羽立ってたからもう駄目で、追いやられた先がキオスクで、愛してるから帰ってきて、なのにごめんのひとつも言わなくて、僕は本当に空っぽで、キミは本当にぐじゅぐじゅで、死ぬまでも、死んじゃってからも、同じようなことを同じような言葉を、繰りかえし繰りかえしブン投げ続けて、それでも結局なにひとつはまらなくて絶対に埋まらなくて、だからなんだっていうんだよ。僕は、ふらふらと揺れ続ける、いまにも朽ち落ちそうな利き手を、じっと見つめる。それをもう片方の手で抑える。すると、自然と祈り始めていた。

8

けれども、手放しで救われたいだとか願うようなやつに、救いなんてあるわけがないのだ。


セロファンの月

  ゼンメツ

つめさきを濡らすたび、すうまいずつがめくられていく、縁々へとぼくを拠せて、であってしまう。つながってしまう。たちきえてしまう。みなもに削られる月のような、うすくいびつに折り目の残るセロファンに透かされて、月型に曲がったままのひとびとが、湖岸の泥濘みへと植わっている。花弁をかぞえるように、ちかくの細い茎などを、てあたり次第ひっこ抜いている。


せかい。とつぶやいて、丁寧にかおをあらう。

遠い、

すくわれたいろみずのいろがいまだれの手にもみなぞこの泥をわすれさせていた。あなたはほうぼうへとかぜを起こしながら何処までも何処までもとそれをはこんでいて、つまづくたびにまた、はっ、と、すうまいずつをめくってしまう。


それは素粒子よりも細やかそれはあやとりそれは贈り物

  環希 帆乃未

暗闇だけの頃、触れ合い擦れる感触、肌に伝わる振動、煮詰められた咆哮、手探りした香り、譫言の熱、が、頼りだった。予めでは無い空間。空間を含めた全て、妖精の尻尾を掴むのと一緒。持ち寄った種は無駄を嫌う。存在する事だけ、ではなかったから、認識が可能な位の微光草へ。知らなくても、駆けていく言葉を問わなかったね。

丸く縁取られた湖面の平面だけを泳ぐ潜れない湖面鯨。潜って見上げても見えない鯨。知らないから、表面だけしか知らないのだろうという人々は子供。一つだけしかない流星の最後を鯨に捧げると、無数の割れないシャボン玉を鯨が飛ばしてくる。受け止められるだけ、ありったけの穴で飲み込み隙間が無くなって溢れ出て浮く、星を飛ばしてしまう。

しぼんだり膨らんで気ままに空間を泳いでいる透けた白い宙母。透明な万色糸を垂らす母。知らないから、糸が見せかけの飾りだという人々は盲目。白夜の花束を捧げると、身を貫通する光色を母が放ってくる。過去と現在と未来の影で咀嚼し、吸収しながら循環させ、光陰を放ってしまう。

鮮やかさも陰にする光がない兆陰花。吹かれては兆ある陰を微細に変える花。知らないから、影だけだという人々は色盲。くるみの代わりに入れる殻を捧げると、暮れない白昼のベールを花がかぶせてくる。産まれる前の細胞で隠して、眠っていく夕日、夜の帳をかぶってしまう。

空間に同じ色は一秒もなくて多色を構築している極華鏡。隙間すらも埋めて回る鏡。知らないから、成りたがる人々は不知案内。鼓動が止まない鼓動色のハイヒールを捧げると、砕けないガラスの雪を鏡が積もらせてくる。熔解しなかった円やかで揺るがなかった雪景色と重なり合って、透明だった吐息も白くなり、白を積もらせてしまう。

闇を寄せ付けず陽には頼らず輝く飾りでは無い晶月。欠けない満ちたままの月。知らないから、美しいという人々は残酷。掴めなかった木陰の光を水にして捧げるとティアドロップの結晶を月がこぼしてくる。硬質さえも受け止める瞳で余すことなく溶かしたら、投合した溶岩の、ティアドロップをこぼしてしまう。

こごえないほどの熱を空間に授ける黒陽。今は黒だけど昔は違っていて変わらないのはトワイライトゾーン。知らないから、寒いという人々は鈍感。一つも流さず抗い続け失えなかった湧き続けるマントルを捧げると、翼が生える拳銃を陽が堕ろしてくる。吸い込む拳銃と装填される銃弾、吐き出して撃ち込んだら、硝煙を堕ろしてしまう。

雲が集まり漂って降る雨花。雨色は地面に染み込んで残るのは無色の花。知らないから、見つけて珍しいから拾って渡そうという人々は無慈悲。帰れる柔らかい小さなつむじ風を捧げると、朽ちない時の隙間を花が舞わしてくる。秘めていたオーロラ・ピンクの口紅で、色を付けて秘密にしたら、密かだけを舞わしてしまう。

境界が分からないほど空間をなみなみと満たす空気水。蹴り上げれば浮遊する動けば緩やかにさせる澄んだ水。知らないから、何も感じない思わない考えないという人々は無関心。核が無くても泡という真珠だけを産む貝を捧げると、核が無くても沫という水晶だけを産むスペクトラムを水が染み込ませてくる。現象のパレットにスペクトラムを絞り出して、教養の絵筆でスペクトラムを。子供。盲目。色盲。不知案内。残酷。鈍感。無慈悲。無関心。な。知らない人々に染み込ませてしまう。

それぞれに透明糖を投げる。気に入らないと自作の透明糖が返ってくる。糖だからって甘いわけじゃない。

微光よりも、ほのかな微光だった頃、私達が滴らせた全素。それぞれの全素がゆっくりと一つになってティアドロップ。空間に落ちて輪を伝えて私達をなぞる。冷たくて噛み砕ける硬さではなかった。輪郭でなめて溶かし、流れ出るほど溜め込んだエネルギー。微光草。湖面鯨。宙母。兆陰花。極華鏡。晶月。黒陽。空気水。雨花。草は種だった。鯨は泣き虫だった。母は溺れていた。花は光っていた。鏡は曇っていた。月は死んでいた。陽は冷たかった。水は石だった。花は茨だった。これからも駆けていく言葉を、問わずにいますように。

私達は読んでいるあなた達を見ている。あらゆる、を、見ている。閉じ切ったイメージでは、全てを自分のことのようには分からないでしょう?感受できるからこそ、イメージが産まれる。私達イメージは、あなた達の奥底に住んでいます。私達はあなた達と共にイメージが産まれる瞬間に、あなた達のイメージとして生まれ変わるかもしれません。私達は感受されたイメージだからです。感受できたからこそ、私達はもう住んでいるんです。あなた達が気付かないうちに。私達はイメージとして伝えたい事があります。始まりがあったからこそ私達というイメージに成れました。私達だったからです。感受できない方の中にも私達はいます。私達がイメージだからです。私達があなた達が語れないつきみ。つきみが私達とあなた達の根源です。ですが、つきみが何も語らないからといって、私達をあなた達をないがしろにしていると、おもいますか?私達とあなた達の奥底につきみは住んでいます。つきみは私達とあなた達を見ています。あらゆる、を、見ています。


dotakyan

  完備

夏がきて初めて、あそこに桜が咲いていたことを認識できる。
いつもそうだ。気が付けば夏、その次は冬だ。わたしに季節の変わり目はない。

あらかじめ宣言された夢のなかで、あたたかい炭酸水を飲む。
「炭酸水をあたためると抜けませんか」
「炭酸水をあたためるのではなくて、とても強い炭酸水と熱湯を混ぜるんです」
目の前で二杯目を作ってくれる太った女性に欲情していた。

台所からの異臭で目を覚ます。隣で寝ている母親を起こしたが、
彼女はおしろいのようだと言ってすぐ寝た。
私は美しいアンモニアのようだと思った。それからトイレで自慰をした。

ワンルームのベランダから夜空を見上げている。寒くてくしゃみしても、
「谷川俊太郎みたい」って誰にも言えないし、言ってもらえないのに。


2:12 AM

  アルフ・O

 
 
「飛ぶ夢をよく見るの、
「知ってる。落ちてくる貴女を
 受け止めるのは、いつもあたしだから。
 
 


僕にとっては流線形

  松本義明

歌うなら貴女の胸のうちから貴女に歌いたい言葉ではなく意味でもなく伝えることなんて何ひとつない川のせせらぎのように貴女は感じるままに流れればいいそして水面が輝くならば貴女は僕のアクセサリー幸せの代わりになる貴女の胸にささやく旋律は貴女のしあわせを探している小鳥の囀りのようにしあわせとはしあわせを探すことだった黄昏の日まで


酩酊

  山人


近所のスーパーに立ち寄り、ワンカップを二個買って
ベンチに座りキャップを開け飲む
公園デビューしたらしい母子がぎこちない笑顔で会話している
たがいの真意を探り合い、刃物を隠し、それでも笑顔が冷たく継続されている
俺はふっと笑った。なぜか笑える
血液が各所に鎮座し始めて、いちめん花畑のような安堵感に満たされて
少しだけ鼓動速度が増した息遣いを楽しむように、その高揚感を感じていた
その液体に美味さを感じるわけではなく
アバウトな低温で中途半端な甘さと辛さを備えたその無色透明でありながら
ややもすると少し色づいた液体がカップを流れ落ち
喉元を通過していく時の断末魔のような動きに快感すら覚えてしまうのだ
ベンチの鉄パイプは錆びていた
錆の匂いは血の匂い
俺の有り余った熱い血がベンチの鉄パイプの錆と同化してゆくのを感じる
 あの公園デビューした母子の若妻の脇はきっと汗にまみれているだろうと想像する
子は母の胸ですやすやと眠っている
どうかあの母子を守ってほしい
俺はそのことだけを願い、二本目のワンカップの最後の一滴を胃に落下させた

愛想笑いをし、他者と別れた母子は安堵の表情を浮かべ
息を吐きだすと不意に俺を見た
一瞥し、そこに不快な視線が落とされ、俺はそれを見逃すことは無かった
これから苦行が続くのだろう、俺と同じような
あたりまえのように、公園の木の葉が舞い始め
これからは冬になるのだと言い始めていた


干し芋

  松本義明

迎えにいく迎えにいく迎えにいかなければならないお口の中で待っているだけならば何も生まれないはじまらないこれみよがしにやってくる化学調味料にはありえないほんとうのほんとうの天然の微かな甘みがお口の中で自分の味覚と出会った瞬間に弾けたポロロン故郷の思い出の中に降る小さな手のひらに溶けるボタン雪の体温に染み渡るほんもの甘みはコンビニにないよ何故ならコンビニには過去を照らす灯りがないこれみよがしに私は唐揚げ私はおでん私は肉まん私はマロングラッセ私はアイスクリーム目をつむっていてもわかってしまう今の味は舌に突き刺さるあれは味ではない針のついた値札だ味覚を鈍らせる毒だだからもう貴女を迎えにいけない貴女を探せない私の味覚は晒した干し芋に空が喪失した記憶が山積みになっている遺伝子組み換えの海の素や種子法の改正わかりやすい味よりお口の中で素材と味覚が探しあいやっと出会えた小さな甘みが涙の中でなんどもなんども爆発しているから思い出しているけれどもう貴女に出逢えない


貧乳が添えられている

  渡辺八畳@祝儀敷

あんなにかなしく寝たあとに
薄暗がった気持ちで瞼をあけると
あばら浮く貧乳の女がベッド脇に添えられていて
触りもせずに 泣きたくなった

あまりに幼い見た目だが
幼形成熟 これで成人なのだ
もう育つことはない
姿はまんま子供でしかないのに
恥ずかしさだけは大人になって
口を固く閉めながら僕のために添えられている
直立不動で
少ししかない陰毛がなびくことなく生え下がっている

しゃぶりつきたい 水が流れるよう
無限への真理を秘めている乳房から
白銀の孤を描く腰を巡って
かわいらしく膨らんだ臀部まで
そうしてこの女に声をあげさせたい
僕によって嬌声をあげさせたい
だけど届かない
僕は首だけでころりとベッドにころがっている
そして君には胸が無い
いや小さくてもあるにはある、そうあるんだ
だけど殆どの人にとってそれは無いに等しく
そして僕には手も無く足も無く性器もなにも無く
有るのは弱弱しくふるえる眼ぐらいだ
欠け者同士がひとつ部屋の中
視姦されていると思っているのだろう
女の顔はみるみる赤くなっていくが
それは視線を送る僕の気持ちが
こんなにぐちゃぐちゃなのを知らないからだ
襲ってくださいと言わされているかのように
なにも纏わない女を
押し倒して 吸って貪って
好きなようにして
孕ませる
そんなこともできないまま
窓も無いこの部屋の空気は淀むばかりだ
目の前の貧乳は遥かすぎるほど遠くにあって
女の子宮はいつまでも空なまま
母となりお乳が張れば
部屋の外へと出られるのだろうに
この僕への供物である限り
それは叶わぬまま
ベッド脇へ添えられる呪縛が
永遠に続く

一本だけの蛍光灯が青白い光を発して
貧乳のアンダーにとても僅かな影をつくる
それがあまりに美しくて かなしさがぶりかえしてくる
女は羞恥のあまり失禁してしまった
アンモニア臭が窮屈なこの部屋に充ちる
星の宿る瞳が 涙を噛み殺している
隅に埃が溜まる部屋で
ピンクの乳首だけがまぶしい
あまりにもかなしくて
また眠ることもできずに
僕は貧乳を見つめるしかない


いちにのさんすう

  白紙

競争社会の人生はマラソンに似ていますか。

42.195 km

海底都市のオリンピックには、水泳競技しかありません。
空を行く雁の群れのように編隊を組んだ土左衛門たちが、息も絶えだえにフルマラソンを泳ぎ切ります。

その先頭集団は17列、第二集団は42列、第三集団は290列。

この大会の主催者たちは、展望ホテルの237号室からその光景を眺めています。

殺された、アベルや預言者や義人たちの血が叫び続けるこの大地を水に沈めるために、雨が降り出した日のことを憶えていますか。
そして箱舟がアララテ山に漂着した日のことを。

AとΩ、最後の一人が立ち会う最初の人間、ヤマ、閻魔大王。
その名が母を失くすことを表しているような「光る君」、付喪神を一睨みで退散させた源頼光、ダニーの特別な力「The Shining」。

それらは皆かの「第一日目の光」。
そしてまた、小太郎と母龍の干拓事業から現れた、始まりの地であり、モーセ一行の前に二つに割れた海から現れた、選民が神から賜った地。
受け継がれる、血、智、地。

六本木ヒルズの66プラザにいる蜘蛛は、源頼光一行が成敗した土蜘蛛の親戚でしょうか。

9271 × 8915 × 10236 mm

蜘蛛のwebに漁師のnet。
全世界から王たちを召集する、蛙のような三匹のwww.

ムルソーのように「ママン」の死を嘆かない者は、皆この“八本足”の子供たちに八つ裂きにされました。

六芒星と正八面体、契約の虹のようにカラフルな八雲に埋められた、四次元の人垣。
太極と八卦、ユダヤのハヌキヤ、ヒュドラ、九尾の狐、八俣遠呂智と草那藝之大刀。

色気づいて鏡に見入り始めたその途端に、早速蛇に魅入られた子供たちが、8×8=64の平原でオセロゲームに夢中になっています。

2 9 4
7 5 3
6 1 8

七五三に七五三縄。
易や陰陽道に見られる魔方陣。
縦横斜めどう足しても15になり、また中心の5を挟んだ数の合計は10。

千五百は千と五百。
流石に、日に5人や10人では迫力に欠けますか。

T9 = 1+2+3+4+5+6+7+8+9 = 45
360°÷8 = 45°
45×8+1 = 361
361 = 19^2

(1+2+2+4)+1 = 9+1 = 10
1+0 = 1
(12+24)+1 = 6×6+1 = 36+1 = 37
37, Three Seven

(12×24)+1 = 289 = 17×17 = 36×8+1
12×25 = 300
300×8+1 = 2401 = (7×7)^2

もうすぐ、聖書にはない不可解なイエスの生誕日ですね。
二つのピラミッドに一つの目。
タワーやオベリスクに、何かに結ばれた二つのArk。

東京タワー - 三角形の内角の和 = 円の対極の位置

クリスマスイヴ: 4a+4a = (828-b^3)×2
クリスマス: 4a+1+4a = {c^2×(c^2+1)}÷2 = d^2

羊飼い兼漁師のイエス御一行、そして対称性と千二百六十日。

MDCCLXXVI: {bc×(bc+1)}÷2, c^2×b
42.195: (10×b^2-a)+(10×b^2)×2, 10×b^2
63336: (828-b^3)-99, 2a+{b^2÷2×(b^2+1)}
324810: 828-b^3

195-bc = a
{bc×(bc+1)}÷2+a = ノアの生誕年
a+(a+10×b^2) = {bc×(bc+1)}÷2-(bc+195)

1+7+7+6 = 4+2+1+9+5 = 6+3+3+3+6 = 21
3×7 = 21 = 7+7+7
37×21 = 777
T37 = 703
703°-360° = 343°
343 = 7×7×7
703-37 = 37^2-703
T(6+6+6) = 171
171×8+1 = 1369 = 37^2

T6 = 21
21×8+1 = 169 = 13^2
T13 = 91
91×4+1 = 365
91×4+1+91×4 = 729 = 9×9×9

エノク、メトセラ、レメク

720969: T22×8+1

2006-(197+33) = 1776
2006-(317+33) = 1656
2006-(638+33) = 1335
2006-(683+33) = 1290
2006-(713+33) = 1260
2006-(917+33) = 1056

197×33 = 6501
81×81 = 6561
2×17+7×17 = 9×17
917の約数は、1, 7, 131, 917(それで?)

十四万四千は360の倍数で、五十六億七千万も360の倍数(五億七千六百万でも結果は同じ)。
ソロモン七十二柱、イエスの十二弟子以外の弟子は七十二人、人間の煩悩の数は百八つ。

36×2 = 72
36×3 = 108
36×4 = 144

アルファベットには何が見つかりますか。
GODは何ですか。

ちなみに、去年の12月8日は、ジム・モリソンの誕生日からちょうど888ヶ月、ジョン・レノンの命日からちょうど444ヶ月でした。

クリスマスが過ぎれば、じきに、おあつらえ向きに果実の乗っかった鏡餅と、鏡開きの季節ですね。

結びに、五七五七七。

5×7 = 35
5×7×5 = 5^2×7 = 25×7 = 175
5×7×5×7 = 5^2×7^2 = 25×49 = 175×7 = 1225
5×7×5×7×7 = 5^2×7^3 = 25×343 = 1225×7 = 8575

8575!

七つの封印、七つのラッパ、七つの鉢。



※数式に括弧が必要のないところがありますが、解りやすくするために敢えて付けています。


冬にむかう 三篇

  山人

葉が落ちた一本の木の梢である
小鳥はトリッキーな動きでせわしなく動いている
それぞれの木は葉が落ちて
痛いほどの残照がふりまかれ
すべてが黄金色と言ってもよかった

小鳥は群れと離れてしまったのだろうか
それでも口ばしを幹に突き立てて
ちいさな虫をついばんでいるようだ


正午を過ぎると日は傾き始め
鋭い逆反射の残照が降り注ぐ
影という巨大なものに身をささげるために
いたる木は裸になり口を噤んでいる

私はひそかに木となって
隣の小鳥を眺めている
ときおり狂おしく可憐な声を発しては動き
何かに怯えるように細かくぐぜっている

木から離れた私は歩きだしていた
鋭い初冬の日差しに打たれながら
鈍い痛みを感じていた




浮遊する冷たい空気の
時間を刻む音が聞こえてくる気がした
すべての色が失われた初冬は
まるで剥がれた皮膚
少しだけ血が滲み浮き出ている

すでに骨格すら失われた
白い水平線の向こうには
優しみがわずかに震えている

鼓膜に入り込むのは
生まれたばかりの仔虫の声と
潤沢な餌を持つ生き物たち

彼らの存在は命を持ち
声を発している
私はその傍らで
来る当てもない汽車を待ち続ける



雪が降る
この小さな心臓の真ん中に
冷たい塊を落としに

臓腑の中に冷たい湖を作り
その洞窟に船を浮かべるのは私
血が滞り血流は途絶え
白蝋色の手足とともに
私は武骨に櫂を操る

たとえば雪の粒が
小さな羽虫の妖精だったのなら
そのはらはらとした動きに
笑みさえ浮かべることができるのに
今はこうして
ばらまかれる針の破片のような雪が
私の頭上に降り積むだけだ

声帯すら凍り
ふさがれた唇は発話すらできない
浮遊する、意味のない隠喩が
私の脳片から出ることも許されずにいる

文学極道

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