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2018年10月分

月間優良作品 (投稿日時順)

次点佳作 (投稿日時順)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


カタコラン教の発生とその発展

  田中宏輔



 コリコリの農家の子として生まれたカタコランは、
九才の時に神の声を耳にし、全知全能の神カタコリの
前ではみな平等であると説いた。布教は、カタコラン
の生誕地コリコリではじめられ、農家で働く年寄りを
中心に行なわれた。そして、信者の年齢層が下がるに
つれて、コリコリからカチカチへ、カチカチからキン
キンへと布教地をのばしていった。こうして、次々と
信者の数が増加していった背景には、カタコランの説
いた教え*が非常に簡単明瞭であったことと、祈祷の際
に唱えられる言葉*が極めて簡潔であったことによる。
 やがて、カタコランは、カタ大陸を統一し、カタコ
ラン教*の国を打ち建てた。その後、カタコランの後継
者により、カタからコシ、フクラハギの三大陸にまた
がる大帝国がつくられた。これをカタコラン帝国という。



 * カタコランの説いた教えというのは、要するに、神カタコリの
  前では、みんなが平等であり、人間の存在がカタコリによって
  実感されうるものというもの。
 * それは、次のような言葉である。「カタコーリ、コーリコリ。カ
  タコーリャ、コーリャコリャ。ハー、コーリコリィノコーリャコ
  リャ。」日本語に翻訳すると「ああ、これはこれ。ああ、それは
  それ。はあ、これはそれったらこれはそれ。」となる。
 * その教えをまとめたのが「カタコーラン」である。

参考文献=ニュースタディ問題集・歴史上


2012年の林檎 

  朝顔

                         
 暑い暑い夏。ロンドン五輪が終わろうとしている。
「ソーシャルワーカーの大村さん、最近姿が見えませんが」
「ああ、辞めたのよ」
「辞めた?」
「ええ」てきぱきしたチーフの万梨子さんは肘をついて言った。あたしは面談室から出た。旧型のクーラーが全開運転している。階段を降りるとあたしは1Fに足を向けた。ここはジャムを煮る香りで充満している。片隅に手芸のコーナーがある。
「林檎……売れたんですか?」
「ああ、敦美ちゃんの作ったパッチワークの林檎ね」枝川さんは話をそらすように言った。「一個、売れたわよ」
「敦美ちゃん、頑張ってるね」大村さんの声がフラッシュバックした。
「端切れで林檎作ってるの?」
「ええ、でもあたしまつり縫い苦手で。ぼこぼこで」
「はは、僕が一つ買うよ」大村さんは小声で言った。「ありがとうございます」

 マンションに自転車で帰り着くと冷蔵庫から麦茶を出して飲んだ。鶏肉を唐揚げにして、氷水に浸したレタスと胡瓜とプチトマトと一緒にガラス皿に盛ると味噌汁と白飯を用意して待った。
 父親は、いつものように五時半にやってきた。
「いらっしゃい」
 あたしと父親は、黙って狭いダイニングで夕食を食べ始めた。
「羽角君、ここに来たのかね」
「ええ」
「先週の土曜かい?」
「そうよ」
「やめとけ」唐揚げを噛みながら父親はぼそっと言った。「あれはいい子だが、金が目当てだ」
「わかってる」

 あたしはその晩、いつまでも体にまとわりつくような羽角の愛撫を思い出していた。羽角は彼の父親が、中学時代母親の鼓膜を破るほど殴って失踪した後、高校に進学する金がなかった。「そんな男がさ」
「え?」
「エリートになれる道がひとつだけあったんだ」
「何それ?」
「企業内学校だよ」
 あたしが大学を中退して家でごろごろと鬱を発症していた頃、羽角は「東京電力東電大学高等部」に入ったのだ。だからあたしたちには六歳の年の開きがある。
『この国の富増すために エネルギー源絶えずおくる
 大電力のこの学園 肩くみかわす君と僕 おおわれら東電の
 明日の担い手 明日の担い手』
「やめてよ、それ」
「だって、もう覚えちゃってるんだもの校歌」
 勘のいい羽角は震災の一年前に、福島原発に見切りをつけた。そして同時に精神保健福祉士の資格を取った。そこまではよかった。だがそこまでだった。
「敦美、お前のいる就労支援所で職員の空き、ないか」
「ないわよ。自分で探してよ」
「つれないな」

 あたしはまた面談室のドアを叩いていた。
「あたしの林檎、誰が買っていったんですか?」あたしは万梨子さんの目を真っ直ぐに見て言った。
「さあ」
「大村さんじゃ」
「あの人ね」昔証券ガールだった万梨子さんは急に椅子を引き付けて真剣に言った。「あなた、口が固いから言うけど、アルコール依存なの」
「……」
「やっぱり、この国の人じゃないから無理してたんじゃないかしら」万梨子さんははっとして口をつぐんだ。
 あたしはフェイスブックで大村さんの国籍はとっくに知っていた。職員の間で孤立している空気とか、お魚のホイル焼きにたっぷりキムチをかける姿を見てわかってはいたことだった。竹島事件が話題になりだしていた。

 金曜日は通院日だった。ハンサムな医師は無表情とも言える顔で言った。「僕もお父さんと同じ意見です。その羽角君を君のいる就労支援所に紹介しても、君が彼とのマンションの同居を強行する限り、彼がまっとうに働くとは思えません」
「……」
「それはやめなさい」医師はきつい語調で言った。
 医師はあたしの表情を見抜いたように言った。「君に必要なのはお父さんと距離を置くことです」

 あたしはその晩フェイスブックからも姿をくらました大村さんの事を考えていた。
「今日、皆が打った讃岐うどんなの。残ったから二つ持って帰って」
 大村さんが自立支援法の施行以来、ぎすぎすしてゆく支援所の人間関係の緩衝材になっていることをあたしは知っていた。
「精神障害者全員の就労を目的とします」万梨子さんがそう宣言してから支援所の半数が辞めた。四分の一はもっと実入りのいいA型就労支援に移った。そして羊のように大人しく支援員の言う事を右から左へ聞く四分の一だけが残った。
「あなたたち見てると、本当に自分は幸せだと思うのよ」
 新しい裁縫担当の支援員は平気でそんなことを言った。長年の重篤患者の苦痛に黙っていつまでも耳を傾けているのは大村さんだけだった。あたしは寝返りを打ってはっと気が付いた。今までのBFは皆、あたしの体かお金かそれとも食事を作ってくれるヘルパーが欲しかったのだと言うことに。
 だけど大村さんは閉鎖病棟の中であたしの作った五百円のパッチワークの林檎と一緒にいる。
(大村さん!)
 あたしは生まれて初めて赤子のように激しく泣いた。

 土曜日、あたしはいつものように部屋で昼食を食べている羽角に言った。
「純一。空き、出来たわよ、支援所に」
「ほんとか?」
「ええ。……あたし、あそこやめるわ。それで絵本に集中する」

 朝。起きると、ベッドサイドに飾ってあった売れてしまった林檎とお揃いのパッチワークの林檎がなかった。
「ここにあった林檎、知らない?」
「げ、俺の服と一緒に洗濯機に放り込んだかも」
 あたしは慌てて洗濯機を覗いた。林檎は勢いよく服と一緒に回っていた。取り出そうと手を差し伸べた瞬間、林檎はぱあんと音を立ててばらばらになった。
「うああん」
「どうしたよ敦美」
「林檎が……」あたしは子供のように泣きじゃくった。
「ごめん、大事なものだって知らなくって」羽角はパンツを穿きながら言った。「いったいなんなの?」
「なんでもない……なんでもない」あたしは洗濯機の縁をつかんでむせび泣いた。
 林檎はばらばらの端切れに戻った。
「羽角、ごめん。服、林檎に詰まってた綿だらけになっちゃって」
「いいよ俺のせいでもあるし」羽角は服を自分で干しながら言った。「それより大丈夫?」
「うん」
「何か思い出のものだったの?」
「ちがうよ」
 羽角はばつの悪そうな顔をした。あたしははっと気づいて言った。「ごめんね」
「いいんだよ」
 羽角はいつものようにあたしが落ち着くまで、ずうっとハグをすると帰って行った。あたしはドアをぱたんと閉めて思った。
(わるいことした)
 あたしは羽角が帰った後にその端切れを拾い集めて袋に入れてクローゼットの一番奥にしまった。

 あたしは万梨子さんに正式に挨拶をして支援所を辞めた。「うちの羽角をよろしくお願いいたします」。
 帰り道、この区の雑居ビルにある支援所をあたしは眺めていた。1F2Fに精神障害者支援所、3Fに同和関係の事務所、4Fに共産党の議員の事務所のあるそのビルは立派なマンションのそろった街路に不釣り合いだった。
 この国からはみだした、いや邪魔者にされた世間にうまく顔を向けられないあたしたちがこのビルの片隅でかろうじて息を吸ったり吐いたりして僅かなお金を貰って生きている。フリマの時には食べ残しの菓子パンが平気でパック十円で売られているこのビル。g.u.で買い物したって言うと妬まれるから言い出せないここの住人。どこにもいくところがなくってでもどこかへ行きたくてたまらないのにその力のない人間の居場所になっている小汚いビル。
 あたしは交差点を一度渡って、もう一度引き返して、息を大きく吸ってビルに向かって最敬礼した。
 ありがとうございました。
 
 羽角は近くにアパートを借りて支援員をしている。もう寒い土日は少し肩幅の厚くなった彼と二人で毛布にくるまって丸くなって寝る。羽角はあたしのことを病人扱いしなくなった。あたしはと言えばなけなしの自費で自分の絵本をやっと出した。休みの日には羽角が持ってくるもう冬に向かいだした支援所の煮ているジャム用の林檎の余り分を芯をくりぬいてバターで煮てコンポートにする。
 その現実の林檎は虫食いがしたり茶色に変色したりしているけれども、台所で見つめていると不思議な光をあたしに放ってくるのだった。


読点。

  田中宏輔



読点でできた蛙


なのか
蛙でできた読点なのか
文章のなかで
勝手に
あっちこっち
跳び廻る





読点でできたお酒


ヨッパになればなるほど
言葉が、途切れ途切れになっていく
完全によっちゃうと
言葉が読点だけになってしまう





アインシュタイン読点


アインシュタインの言葉をもじって
文章で格闘しているひとたちが
みんな感服するような作品が書かれてしまったら
あとはもう棍棒のかわりに
読点を手にもって
殴り合いをするしかない
っちゅうたりしてね。





あなたが打つ読点に感じるの。


あなたが打つ読点
とてもすてき
すこし多いかなって思うのだけれど
そのすこしってところがまた、微妙チックで
感じるの
あなたの読点が
ぷつぷつと刺すの
そうして
まるで竹輪のように
筒抜けるの
わたし
オマルの
キューティー・ハニーたん
どこぞ〜
どこぞ、行ってもうたん?





忘れられない一言とか


とかとかあるけど
忘れられない読点とか
忘れられない句点ってのもあるのかしら?
一瞬の沈黙が
その沈黙の表情が
記憶に刻みつけられはしても
読点や句点に表情はないものね〜
ええ、ええ
ほんとですとも
そんなに臭いのかしら?
それを渡すって





マルはいや


マルはいや
ぜったい、いや〜
ああ
すっきりした







ぼくは知っている


ぼくは知っている
あなたが
そこに読点を打ったり、取り外したりしているのを
あなたは、何度も読点を打ったり、取り外したりしている
いったい、そこが
あなたにとって、どんな意味を持つ場所なのかは知らないけれど





読点の山


それは
けっきょく使われなかった読点の山だった
それじゃ、針山だっちゅうの。
句点の山より大きいけどね〜





無数の巨大な手が


地面に
読点をずぶずぶと突き刺す
みたいな感じぃ
H鋼材みたいな読点を







読点ポール


だじゃれね、笑。





やわらかい読点


おすと
ぐにゅっとまがって
句点になるの





ぼくは愚かだった。


読点にも、ひとつひとつ表情があったのだ。
違った場所に置かれた読点には、その置かれた場所での表情があったのだ。
わたしたちが同じ顔でも、時と場所に応じて違った表情をするように。
ちょっとした役者なのだ。
いや、ずいぶんと役者なのだ。
読点は。





どぼどぼと読点を吐き出す女のように


派遣の読点だからって
なめんじゃないわよ。
きっちり読点の役目は果たしてるわよ。
正社員と同じだけ働いてるわよ。
保障はないけど
だからって手は抜かないわよ。





読点


読点は言葉を縫い付けていく
雨が地面にひとを縫い付けていくように





ちまたに読点が降るように


雨も、ちまたに降っている。
螺旋階段が欲しいから螺旋階段を3階までつけたパパ。
桂の叔父さんちにはプールがあるからといって
庭に小型のプールのような巨大な水槽をつくらせたパパ。
小学生のときのことだった。
ぼくはママを屋上から突き落として殺してやろうと思ったことがある。
小学生なら疑われることはないからと思ったのだった。
あのとき突き落としていたら、どうなっていたかなと考えることがある。
しばしば思い出しては、頭のなかで突き落としている。





派手な読点と、地味な読点


ときどき
ぼくが打つ読点は派手なこともあり
地味なこともある。
やさしい読点もあれば
きびしい読点もあるし
寒い読点も
熱い読点も
甘い読点も
辛い読点も
渇いた読点も
濡れた読点もある。
気体の読点や
液体や固体の読点もある。





宇宙中にあるすべての読点を集めても


コップ一個を満たすこともできないと言われている。





草野心平じゃあるまいし


人民たちが句点や読点に飢えていると耳にした王女は
疑問符や感嘆符やその他の記号で十分じゃないの
と言ったという。
その顔には幼な子のような笑みを浮かべ
その手のなかでは句点や読点をもてあそびながら。





リルケの遺作『ミュンヘンにて』を読んで


亡くなってから小部数出版されたというのだけれど読点
まるでトーマス・マンの『トニオ・クレーゲル』や
『ヴェニスに死す』を読んでいるような気がした句点
ただし読点マンの作品に出てくる主人公たちは立派な芸術家で読点
リルケの作品に出てくる主人公は詩を書きはするけれども読点詩人と
言うには実績のない主人公で読点詩集も出してはいなかったのだけれども句点
リルケ23歳のときの作品だったらしい句点
ぼくが23歳の時には読点ほんとうに稚拙な文章しかかけなかった句点
比較するのは不遜だけれども読点笑句点





量子状態の読点


一字あけ

読点






読点の時制


読点自体に
過去形や現在形や未来形や
現在完了形や過去完了形がある
と考えてしまった。
一度考えてしまったことは
なかなか頭から去らない。
肯定や否定や疑問
付加疑問とか感嘆とかも、笑。





言葉じゃないのよ


大事なのは、句点や読点といった記号なの。
言葉じゃないのよ。
句点と読点といった記号に目を凝らすのよ。
それに言葉以上の意味を持たせてあるんですからね。
当然よ。
きょうは、インスタント・ラーメン3個食べたわ。
5個で178円だったわ。
吐きそうよ。
シンちゃんがスコッチ・ウィスキーを持ってきてくれたから
ひとりで飲んでたわ。
すぐに帰ったから。
ぜんぶ飲んだわ。
3分の1くらいしか残ってない飲みかけのボトルだったから。
吐きそうよ。
航海してるわー。
after here


に目を凝らすのよ〜。





もしも、一生使える読点の数が決まっていたら


もしも一生使える読点の数が決まっているとしたら
と、ふと思いついたのだけれど
言葉だってそうだけど
一生使える数や量は決まってるんだよね。
ひとによって、その数や量が違うだけでね。





読点とコンマ、句点とピリオド


なんか似てる。
ヨーロッパ言語は、だいたいコンマとピリオドなのかしら?
アフリカとか、アジアとかは、どんな記号なのかしら?
スペイン語にはクエスチョン・マークを逆さまにしたものもあったけれど
韓国語は、読点や句点なのかしら?
それとも、コンマやピリオドかしら?
中国語は、どうだったかしら?
ああ、ぼくって、知らないことだらけだわ。
このまえ、滋賀に住んでる、ノブちんをひとまわりデブにしたような
ヒロユキの口のなかに
指を入れた。
身体を文章にたとえれば
指は読点のようなものかもしれない。
ヒロユキの口のなかで
ぼくの読点があたたかった。
ヒロユキは、ぼくの読点を
目をつむって、ペロペロなめていた。

口に指を入れたら
日になるのね。
二本入れたら
目ね、笑。
日本は
入れたことないけど。





言葉退治


おじいさんは山で言葉狩りを
おばあさんは川で言葉すくいにきていたら
川の上流から読点や句点がたくさん流れてきました。
おばあさんは流れる読点や句点を見て
自分の身体を流れ去った読点や句点のことを思い出しました。
おじいさんが山から帰ると
おばあさんは持ち帰った読点や句点を、おじいさんに見せました。
読点や句点は、おじいさんの手のなかでケラケラ笑いました。
ほんとうにかわいらしい読点や句点でした。
やがて、読点や句点は大きく育ち・・・





読点と句点を重ねると、空集合φになるのね。


桃太郎が海で
句点たちにいじめられている読点をたすけました。
ただそれだけで、読点は、なんもお礼をしませんでした。
まあ、それで、女たちは
人生において、やたらと読点や句点を使いたがるのね。
まっさらだわ。





20センチの読点


いまゲイのサイトを見てたら
(ゲイの売専の店のHPね。)
「デ、デカイ!
 デカすぎるのでは?
 絶叫モンです!
 入れるテクに句があることと
 より快楽的なエロキャラのため
 つながりたい人にオススメです!」
22歳
176センチ
70キロ
アスリート体型の
ゆうじくんのって20センチもあるから
とかとかいうので
20センチの読点は
まあ、看板とかでだったら見たことあるけど
太い読点を瞼の上にのっけてるひといるよね。
20センチの読点だと、壁にそって流れ落ちる雨粒のように
無数の眼球が流れ落ちる。
すると
眼球が見る街の景色は
するすると天にむかって上昇していく。
20センチの読点か
やっぱり大きすぎるわ。
ぼくにはムリ。
「基本的に
 ぬいぐるみ? 犬?」タイプです!
とのこと。

テクに句が

テクニックね。
すまそ。
えっ?
そうね、そうだよね。
20キロの読点のほうがおもしろそうだよね。
でも、どっちにしろ
ぼくにはムリだけど、笑。


名も知らぬ国

  田中修子

to belong to
ということばのひびきはあこがれだ
(父のキングス・イングリッシュはほんとうにうつくしい)

遠い、遠い
名も知らぬ
国を想うように
to belong toをくちずさむ

遠い 遠い あこがれの
魚泳ぐきらめく碧い海にも
雪の白にも染まる山にも近い
カフェがある図書館がある老人も子どもも遊んでいる

そこにははまだ ゆけぬよう
目をひらけば文字の浜辺
打ち上げられたひとびとの
よこがおを盗みみる
みなちょっぴり孤独に退屈している顔をしていた
そうか、わたしはここからきたのだ そうしてどこかにゆくのか
それでよろしい

遠い、遠い わたしのなかに在る国の
男たちは労働のあいまカフェで珈琲をのみ庭の手入れをしている
女たちは子育てして洗濯物をはためかせ繕い物をして花を飾っている
読書は雨の日のぜいたくだ
その街角にながれる
なつかしいはやり歌をうたうように

to belong toを口ずさむ わたしのはつおんはよろしくない


Yellow?

  アルフ・O

 
 
美学を持ち寄っては時間が足りずに
瞼の下から腐って溶ける
しつこいサステインを延髄に磔て
操られたように関節を軋ませる
(ごめんね、
 種も何も出ないから寧ろ安心していいよ
互いに交わす斧は
首の皮すらまともに切り離し損ねて
意識ごと醜く脆く
折れた

逆算する感情はいつも
媚薬で埋め尽くされ
不純物を吐き出し漸く欠陥品と扱われる
挙句
悟性悟性と怒鳴り立てられ
(iconoclasm,
これは効き目のない呪文と化した
しまいには教祖まで自らを
偽物と断罪する始末

「死んだ方がいいー?
「この視線がお好みなら、幾らでも。
 もう独占はできなくなるし。
「海月を沈めた水槽を磨いて呑み干す、
「まだこんなに暑いのに何処で捕まえたの、
「生まれ変わったら絶対
 グリーンのアイシャドウが似合う人になりたい、
「拾い物だって
 消化液に浸ければ別物なのにね。
「狡賢さの集中力ロール用意、
「意外と運任せの道のりじゃないかもよ、
 演繹してこれは必然。

自分ですら
意味の読み取れない微かな笑みが漏れ落ち、

「咀嚼しないの、わざと、
「そのスイッチを押すことを、
 もう何年拒否しているの、
「……あ、もちろんミスリードだよ。
価値をよこせと喚き散らす
それはあたしらも同じか、と
悟ったところ
壊さないで
壊さないで、
その眼をそのまま
塗装の剥がれたジャズマスターの傍に棄てて
そのままそして
(意地汚くも夢を見させてもらった)と、
一方的に別れを告げる。
さぁ
その口を塞げ

行け 遣れ
血まみれで復讐を遂げろ
 
 
 
 
 


つまらない愛だよ。(大きく書き直しました)

  いけだうし

崩れかけランプを乗せた新幹線が、反対側の「−−ホームから発車します」

車窓から覗く崩れかけランプは、いつもどおり、横目で太陽を見ている。あれは満ちることのない月、だから
僕は君を抱くのに、崩れかけランプは、満月に憧れていたのだろうか? 僕にはわからなかった。いや、僕に抱かれたくなかったんだと思う。
ひとさし指の絆創膏は、崩れかけランプを修理したいなんていう、
傲慢、
傲慢、
傲慢だった。

そう、崩れかけランプは傲慢だと僕を笑ったのだ。

僕は足元に転がった満月を蹴ろうと思う。綺麗に下がっていくだろう。
いつも通りが辛いねと、崩れかけランプのオイルが溢れる。僕に見せた精一杯の情けを僕は抱いて、そしたら僕の心も欠けて、僕はそこから涙を流して、頭上の欠けた、月を見て、愛おしくて僕はまた涙を流す。
崩れかけランプは見えなくなった。崩れかけランプは完璧な太陽を横目で見ていた。崩れかけランプは、太陽を愛して、満月に憧れていたのだろう。
届きそうにないのに、届きそうにないから届かせたい。
傲慢だった。
傲慢、
傲慢、

傲慢だった、それは



(書き直す前)
崩れかけランプを乗せた新幹線が、反対側のホームから発車します」
車窓から覗く崩れかけランプは、横目で太陽を見ている。あれは満ちることのない月、それこそ美しいのに
指の絆創膏は、陽光に刺された崩れかけランプを修理したいなんていう、傲慢、傲慢だった。
僕は足元に転がった満月を蹴ろうと思う。綺麗に下がっていくだろう。
もしかすると崩れかけランプは、満月に憧れていたのだろうか?


黒い百合

  泥棒












さみだれに、みんな殺してしまった















六月















七月















八月















ひ、















ひこうき雲、















ゆっくり
鎖骨に刺さるのは
秋晴れ
刺さらないのは
叙情
ちいさな公園で
長袖、着て、ぽつん。

姉妹のように咲いている
百合を見ていたら
他人の孤独が
直射日光で
すべて嘘に感じる
そんな、午後に、おおきな犬と、あそぶ。

この街を
いただいては
夕方の地面に対しての
答えを知る
それは
上空で
風に乗るピアノ
ぬるい竜巻で
揺れる
百合
リズム狂って
気分は、もう、透明、人間で、そっと、うかぶ。

この街で
雲にしか見えない雲を見つける
それが生きがい
ならば
電線に音符を見つけたら
そこで死ぬ
それが正解なのか
あらゆる比喩を潰し
後は、なるべく、冷たい、水を、のむ。

胸元のあいたセーター
夜になったら
白い百合に
黒い名前をあげる
それから
誰の孤独を倍にしようか
鎖骨よ
砕け散れ
優しい時間に
ほら、退屈が、ひかって、ひろがる。


スパゲッティ野郎への葬送

  鷹枕可

市民としての一日が終わるまでに、

     *

労働階級の華が捜されるだろう
或は母親のスカートのなかで育てられた少年の、122番地の街角に影を差す電球燈の馬に
検死台の時計と亜鉛壜を擱き忘れた現実としての、液晶装置の外へ潜水艇の話言葉が漏れ聞こえない為に、
部屋の無いドアノブを覗く、
冗長な私達と私に附いての自己紹介を壊れた鉱石燈の闇が垂れ下がって円錐の舞踏足に拡げられた駱駝の粗革を漕ぐと座礁商船はまっぷたつだ
新聞紙する
理由もない新聞紙をする必要もない挨拶が丁寧に釦の縫目に挿してあってそれらが明日の華に副えられる最期の屑篭になる
だから天球観測家達よさようならもう硬貨もごめんも役にたたない季節宇宙風が吹きとばしてしまうから
惑星のバジリコが棘に刺さって半減周期の所為で私たちもう遭えないねって少年は赤銅色の莟を隠して砂場で言ったんだ
淋しいミートソース演奏家の薔薇色の秘密の様に叫んでほしくはなくて鶏冠が無い薔薇が礎の許に埋められていてそれが私の死体なんだって
気がつくころには
嗜眠と寝台列車の高架を十字に跨ぐ屑篭としての
そう、
あなたに
ありがとうといいたかったんだ


ill-defined

  完備

虹彩へ降りしきる抽象的な雪が十分に積もるまで
待つつもりだ それからふたりで
と 発語した瞬間に失われる名前と名前


画面ですぐ融ける雪から涙を
区別すること ふたりの指の表面で
こごえる電子の行方を見つめ
見つめて 伸びゆく神経はいびつな線路となり
ふたりはふたりぶんの切符を買う
切符という響きを理由のすべてとして


駅の名前 窓枠を透ける腕
荒れた手ですくう雪 切れた指でつむ花
ふたりの近眼へ降りしきるあらゆるまぼろしを
詳細に描きとめる画用紙 それすらもまぼろし


名前の隙間に涙まじる語りも過つ指輪
外し方は永遠に忘れたままとしても
冬だねと 発話した瞬間に来年の雪が見えるから
ふたりはラブソングを歌おうと何度も
何度でも まぼろしの喉にふれる


テレビジョン

  ゼンメツ

最近ひとんちがそこかしこでぶっ潰れてる。そんなニュースが、うちの薄型テレビの画面にすっぽり収まってて、わたしたちはそれを家族そろって眺めながら、晩ご飯を食べます。きらいな具の入ったお味噌汁、ぐずぐずに潰されたお豆腐の意味が、ミジンも理解できない。父さんは何をしていても深刻な顔をしているし、母さんは何もしていなくても忙しそう。わたしは黙ってスマホを握って、ツイッターを開いたら、やっぱりわりとそこら中からセイサンな状況報告が浮かんできて、そのままわたしのめのまえを流れすぎていく。食事中にスマホを見るのはやめなさい。でも父さん、ぶっ潰れた家のとなりには目撃者たちの住むマンションが建っているから。聞いてるのか? フジサンが見えるくらい巨大なやつが。スマホを置きなさい。お味噌汁なんてぜんぶ流してやりたい。隣のマンションぜんぶがぐずぐずにぶっ潰れたら、うちからもいろいろ見渡せると思うんだけど。

近所のナラセさんとこの娘さん、この後の番組に出るんですって、ご近所じゅうに話してたわよ。そりゃ凄いな、おまえも将来テレビに出られるくらい立派になれよ。そんなこと言われてもね。番組が始まると、ナラセさんとこの名前も知らないお姉さんが、見切れるほどいっぱい集められた水着の女性の中の一人で、際どいポーズで、バランスボール乗ってるのを、父さんも母さんも真面目な顔して見つめてて、わたしなにもかもを横目で見つめながら、なんかもうぐらぐらしてきちゃって、ぎゅっとスマホ握りしめてるのに、祈るみたいに握りしめてるのに、時間がぜんぜん流れなくって、したら父さんが突然、こういうのは空気を少し抜くと乗りやすくなるのかな。って口にしたあと、しまった、みたいな顔して黙っちゃって、母さんは黙ったままで、わたしはぐらぐらで、今すぐきゃーなんて言いながら、笑顔で足開いてすっ転べたほうが、たぶんきっとよかった。

番組が終わっても、わたしたちはずっとテレビを見てる。正確にはずっとテレビのほうを見つめてる。インスタント麺のへんなノリのCMを、家族みんなして黙りこくったままじっと、もうとっくにタイムラインなんか見失っちゃって、画面の中でラーメンが空へぶっ飛んでくのを、見上げることもなく見つめ続けるしかないわたしたち。いつまでもへんな安っぽい枠のなかで、いっつもぐらぐらのくせして、あたりまえに絡みあってて、熱湯イッパツで都合よくフッカツするのを、じっと待ってる。じっと。


星星

  本田憲嵩

(記憶の夜空に浮かぶ
(過去の星星は
(幾億光年という長い歳月を経た
(客観性の強い光を帯びて――

つい先日 北海道全域が地震と停電に襲われた
ぼくの住むこの赤い夕陽の市(まち)でさえ
家屋こそ倒壊はしなかったものの
その夜は
夜よりも さら暗い
夜に世界は包まれ
そのひとときだけ観測できる
貴重な鉱物である星星を
首が痛くなるまで
いつまでも
採取して

そう 何度でも 何度でも

たとえいつもは視えないものだったとして
失うことでしか確認できないことをいつも繰り返して
いったいなにを得てゆくだろう

(客観性の強い光を徐々に帯びながら――


Peeping muzzle

  アルフ・O

 
 
- Sep. 16
銘柄不明のブランデーで
爪先まで記憶を殺し切った翌朝にも
貴女は体液を分けてくれという
ここ数日 決まった時刻 決まった部屋で
「その沸きあがった感情が欲しいの、
自身は其処彼処から
本来が誰のものともつかない念を漂わせて
硝煙に織り込み
繭のように纏うから
ひとときだって正気でいたことはない
あたしは泥同然となった身体を這わせ
蜜に導かれるかの如く首を絞めにいく
アルコールをたくさん染み込ませられるから
天使を独り占めした優越感に
黙りこくってお互い浸っている
唾液はおよそ秩序とは程遠い成分となり
ケミカルな色と香りを撒き散らして
ふたつのピアスの上で冷たい音を立てて
混ざった
窓の外から行進曲めいた
甲高い、スタッカートの効いた声が


“Rrrrattatataaarrrattatataata!”


- Oct. 2
幾ら勧めても
貴女はそのアンティークソファ以外は
受け付けないという
眠れないのだと
あたしはその肘掛の下で
ガスマスクをようやく外し
幸いにもまだ出番のないマシンガンを下ろし
うずくまる
湿度の低い沈黙が流れ
貴女はいつの間にかヌワラエリアの紅茶を
2人分注ぎ
肘掛にもたれて微睡んでいる

(この、双子星を、
「綺麗に断罪してくれるなら、


“Rrrrattatataaarrrattatataata!”


- Nov. 11
「投光器が根元から折れてる。
 もとより主戦場だったから生存するはずもなかったけど。
「弾薬の匂いを落とそうとするとさ、
 不意に海へ行きたくなるよね。
「“Flicker,” “I'm here,”
「……下手なんだからじっとしてなよ。
「結局最後までそんな評価なのね、
「どうせ消えるなら疎まれる幻覚も味方にして、
 離岸流で行方不明になってしまえばいいよ。
「ええ。信じて、信じないで、
 嘘も本当も半分ずつ溶かしてしまえばいい。

((そして、音も無く、))

(パワーコードに乗っかって酩酊
(ゴミみたいな流れ作業をこなせずに
(またダストシュートへ放り込む
『思春期同然の反駁ね、
『必要悪だって、強がってよ。
『スカートの七つ道具でさえもう用済み。
『今はバランスチェアにひっついてるけど、
(アンチドート、と唱えてみる
(貴女が音もなく倒れる
(それも両腕を広げたまま
(ひしゃげて飛び散って
───それでまだ私刑だって喚いてるわけ、
『いつも言ってんじゃん。
 餌をやる道理はないって、
『あーあ、また醒めてく。
『しょうがないよ、これはあたし達ふたりのために
 犠牲になってもらうための、リフレインだから。
 
 
 
 
 


涙の味

  




かぐわしい密室で
所狭しと膨らんだ薔薇の周りを
靴のように脱いだはずの裸足が
忍び足で歩き回る

その隣室では
追憶する彫像が頭を垂れながら
負傷した額から新鮮な血を流しながら
机の上に置かれた蜜柑を前に
か弱く目を閉じている

果てしなく続く青空のように
墓碑銘のない墓碑が無数に並ぶ
光の中に消え果てた男達は
深夜の明かりよりも散りばめられていた

外側から窓を開けると、部屋の中は外の風景だった
不眠症の鳥が空になったのか、空が不眠症の鳥になったのか
濡れないように開いた傘の上で
コップグラスが水を湛えている

一隻の赤い帆の船が
やがてピアノの脇腹を渡っていく
水没した婚約指輪の中で
ピアノの蓋に手を添える女は
頭からお腹まで青空に塗り潰されていく
ピアノの椅子に腰掛ける女性の魚さえ
お腹から尾びれまで人間の体になっていく

耳と口のない樹木の顔に貼り付いた
木製のドアを開けると
夜行性の増殖する枝葉の前で
一本の蝋燭が三日月を支えていた

ああ
その光に照らされながら
女が鳥を食べているのか、男が鳥を食べているのか
存在さえしない彼岸で
地面に生えた鳥の肉体は
毛虫に食べられる植物の涙の味を秘めている


きらきら

  宮永



七夕飾りの切れ端みたいな紫の、こまかな花弁が散っている。何という名だか忘れたけれど、きらきらと。

あの日亡くなった子どもの名前は、いわゆる、キラキラネームだった。身籠った嬉しさに、まだまっさらな可能性を思って名付けたんだろう。日々検索される我らのインデックスは明るいほうがよい。ときに虚しく響こうとも。

私の子どもの名前も若干、キラキラネームかもしれない。私は男だからカラダは与えられないけれど、生まれてから渡す一番最初のプレゼントだからと、妻にダメ出しされながらも真剣に考えたんだ。


      遥か翔(かけ)る 
          希望の未来 
   陽に萌えて 

 蓮の咲く、水面(みなも)をわたる風蒼く

              颯颯と

    楓や葵、ゆらして結ぶ 
          
        凛と凜


キラキラネームの反対は、シワシワネームと言うんだって。何か笑える。光り輝く種子たちにトクトクと養分を流し与えて干カラビちまった私らも、生まれて名付けられたそのときは、時代の期待を負っていた、そう、きらきらと。


鉛の塊り

  中田満帆




   *

 死んでいったもののためにできることはない
 去っていったものたちのためにできることもない
 だからか、
 おれはおれの断片を刻み、
 それは麦となり、
 荒野なり、
 驟雨となる
 ぬかるみのなかの眼
 おまえはきっと幸せになるだろう
 なぜって?
 それはおれからはなれていくからだ
 麦をしながら
 おれは読み、
 荒れ野しながら
 おれは書く

    *

 あらゆる天体はおれ自身がうつろであることを告ぐ
 あらゆる地層はおれがつかのまでしかないことを捧ぐ
 あらゆる生物はみな淘汰されながら生きながらえ
 姿を変えることで時代をいなおる
 魚が魚であることによって海は青く
 狐が狐であることによって森は繁るけれども
 ひとがひとであることによって町はぬかるんでる
 もはや赦されることなどひとつもなく
 おれはきみのかげを踏んづけて遊ぶ
 
    *

 死んでいったもののためにできることはない
 去っていったものたちのためにできることもない
 だからか、
 夜更けた通りを中心地まで歩き、
 かげで遊びながらずっと、
 ずっと遠くにいる、
 きみのなまえを
 いま呼んでる


傘泥棒

  ゼンメツ

彼女と出会ったのはほんの二日前のはなしだ。ひと気のない湖畔のキャンプ地で、たまたまソロ同士だったから、ぼくが張ったタープの面積がなんだか気合い入り過ぎだったから、あとは大量にもってきたお酒が切れなかったから、なりゆきのままお互いにお互いのことは何も聞かず、ただただ、というよりとにかくだらだらと一緒に過ごしていたのだけれど、今日たったひとつだけ、子供のころ傘泥棒と呼ばれていたんだ。と、笑って話してくれた。理由を聞くと本当にそのまんまで、それで少し恥ずかしそうにしながら、月のあかるい夜にはうちの浴槽にも小さな波ができるんだよ。そういって湖面越しの月を指さし、飛び込んだ。水から上がるとぼくの手をひいて、それからは肌で水を打つ快感を求めてなんどもなんども飛び込み、すこし飽きれば付近をひとしきり歩いた。彼女は濡れ髪のまま風を切り、ためらいもなく花々をけりとばしながら進む、それなのに花の歌なんかをくちずさむ。そのせいか、はだかになっても全身花粉だらけで、着水するたびに、月暈をとりどりに染めあげた。

たまに魚を見かけた。このちいさな湖には不釣り合いなくらい、わりと大きい魚が泳いでいるんだ。知らない魚だ。彼女にも伝えようとしたけれど、知らないもののことを上手く伝えるのは難しくて。彼女が知っている魚とはサンマのことだと思う。それは湖にはいなかった。その代わりに知っている星のなまえをいくつか挙げ、湖面に映るそれとほんものとで絵合わせをはじめた。しかし星はだいたいみな同じかたちをしていたのでしばらくすると彼女は眠ってしまった。魚は同じかたちをしていない。花もかろうじてそうだ。眠る彼女を眺めていると、そのかたちはすこしだけあやふやに見えた。ぼくはしずかに焚き火をまもりながら、いくつかのさかなの味を思い出していた。間違ったことを想い、彼女もそうしている。今日はなにも思い出せない。ぼくは味覚障害かもしれない。

いつのまにか自分も眠っていて、目が覚めると雨が降っていた。雨に理由をつけるのはとても簡単だ。強いのか弱いのかだけをみて、それに合わせたウェットな出来事を思い起こせばいい。そうすると雨は少しだけ特別なものになる。ぼくたちは傘を持ってきていなかったから、彼女と二人で、子供の時分の彼女に盗まれたいくつもの傘について考えた。そういえばそれって、家に着いたあとはどうしていたの? だいたい近所の河原に捨ててたかな。そっか。だって見つかったらたぶん怒られるしそもそも誰のかも知らないから持っててもどうしようもないし。そっか。ビニール傘なんて水中に沈んでしまったら溶けてなくなればいいのに。そうかも。ねえきみは自分の家に帰ったらどうするの? どうしよう。缶ハイボールをいくつか開けているうちに雨は弱まり、風で小刻みに葉が擦れる音が聞こえはじめた。月は見えないけれど、湖面には小さな波が立っている。


遺影

  渡辺八畳@祝儀敷

私の遺影はデジタルカメラで撮影してください
アナログフィルムでは絶対に撮らないでください
SDカードにデータとして保存してください


そして、
私が死んだら、

その画像をTwitterにアップして
FacebookにもInstagramにもアップして
Tumblrにもnoteにもはてなブログにもアップして
5ちゃんねるにもアップして爆サイ.comにもアップして
したらば掲示板にもアップしてふたば☆ちゃんねるにもアップして
ありとあらゆるサービスに ネットのせせらぎに
各家庭へ手書きの訃報を送るよう
あますところなくアップして拡散させてください
私の輪郭に沿ってデータを切り抜いて
額縁みたくその外側を青一色にしたら
BB素材としてニコニコ動画にアップしてください
私に寄せられたたくさんの草コメwww――弔問と共に
数多の動画制作者の方々が
駅前や社屋や道場や ありとあらゆる場所の画像の上へ
もうこの世にはいない私の画像を重ねることで
あらゆる場所に私の存在を示してくれるでしょう
そういう業者に連絡をして
出会い系サイトの偽アカウントの顔写真に
私の遺影を使わせてください
イククルやPCMAXのアカウントで
ハッピーメールやYYCのアカウントで
ワクワクメールや華の会のアカウントで
ナンネットやpairsのアカウントで
私の顔をした私でない人と話すために
もうこの世にはいない私と逢う約束をして
そしてラブホテルへと連れ込むために
男性の方々はポイントを浪費してくれるでしょう
しかし逢うことさえも決して叶わずに
お金ばかりが無情に消えていきます
騙されたと気づいたその時に惨めな男性の方々が想う相手は
中で操っている業者でなく
アカウントに使われた遺影の私でしょう
サーバー会社にも連絡をして
404となったページに表示する画像を
金髪女性の写真でなく私の遺影に替えてもらってください
本来表すべきものが消えたそこに
私の微笑が献花されるようになります
跡形もなくページが消えれば消えるほど
代わりに私の遺影を映す機会が増えるのです


そうやって、
インターネットの中に、
一つずつ一つずつ丁寧に、
死んだ私の画像を置いていけば、

あらゆる町のあらゆる家の
あらゆるパソコンのあらゆるモニターに
私の遺影が表示されて
そうしてそこは私の葬式会場となって
私の実体が灰になり土に還った後も
必ずいつも誰かが私の遺影にアクセスしてくれて
終わることのないお経と
終わることのない弔辞が
日本じゅうのスピーカーから無音のままに流れ続けます
まとめサイトを見て大笑いしている間も
モニター前の一人一人が参列者となって
意図せずとも私を弔う一員となって
電子の世界で私の魂は追悼され続けます
そして今日も
この世界のどこかにあるスクリーンに
変わることのない私の微笑が映し出されていることでしょう


遺影

  いかいか

カレーライスに人参と一緒にTwitterを入れて、悲しいことはすぐfacebookにアップロードする私の家にはwifiの雨が降っている。一人で食べるカレーライスはSDカードにはしまえないから今コップに涙の写真を注ぐ。みんな見てる?

(君がしようとしていることなんて
いつだって簡単にできてしまうから
つまらないんだよ
本当にかわいそう
こうやっていくらでも
どんな単語も詩にしてしまえるから
退屈なんです
それができない君には
わからないだろう?}

先週死んだ、
彼の名前は、
「出会い系サイト」
昔死んだ
彼氏の名前は
「ハッピーメール」
で、「ラブホテル」
と名付けた
封筒に、
今、
「インターネット」
と、サバンナに降る雨、
を、入れて、
水に浸す、
白と黒に、
「アナログ」と、
つけて
「まるで、バルログみたいだね!」って
上下abのコマンドを押す指が、
まだ、恋人、の柔らかさで、
妻となって、硬くなった、
指に、

草wwww
と、はじく、指が、
鉛のように、
深く沈んでいく、
たびに、
404、と、
SOS、の区別がつかなくなっていった
輪郭に、
「データ」と名付けて、
頬をなでる、
手を、つかむ、
手が、まだ、人のようで、
また、
「データ」と
小さくつぶやいて、
「彼女」を確認する、

まとめサイトに
アップロードされる、
私が、
「遺影」と「草w」
の、ちょうど
間で、三回、
体をねじって、
倒れこむ、隙間が、
僕の世界だ、

遺影を、盗みに来る、
業者が、
「灰と土」と名乗り、
ページをめくる、
速度が、僕が生きた時間

ニコニコ動画に
私、明日、
カレーライスをぶちまけるの、
悲しみと一緒に、
と、言った彼女の、
Twitterが死んで、
ワクワクメールが、
息を吹き返す、この、
あまたらしい治療室で、
椅子を待って、
椅子取りを、


ニューヨーク天神駅

  オオサカダニケ

ニューヨーク天神で少女とカエルが降りた。そのあとで妻に手をひかれて老人が降りた
老人は永遠を求めて一日に何度も針のない時計の電池を入れ替える

取材旅行のカエルは音楽の無限を知って、大急ぎで水路に飛び込んで新聞社に向かった。ファ♯一音しかない鳴き声でオーケストラを再現しながら

小舟が湖をすべる。少女は一本の髪の毛を水面に落とし込む
砂の影にいた貝がそれを吸い込んで動かなくなる
次に開いた殻の中で真珠が小さく光った

老人が降りたのを見届けると車掌は空中電車の発車ベルを鳴らした


群青の群青による群青のための群青

  Fe

私そ草の5包”紙
銀箔ね 愛マイ分6月
目くるb潮の非実用的な性
?服を脱pと、な夢

」健康な春「5年間
山の中か!ら西
m布々 昼(3のねこ
冷た人件r費いu

音が沈した
やーhん付箋た瀬ゆ
満月4のm鉛な場
日にルっdし

はぁ&4る蠅のさ
<あなた感
ケ今か、らBなお
歩くT魚とソ乾く

ある意味がする
そ6uにね味」
今日から?刺れ戦場
屈折にyのツQ雪

Sい膜フ
やったrぱり墓
敗ハン氏(め2
っGぺ許あ咲gち

吐c翅く(のメ
えいi不衛生っD
6の砂漠?な
」らヌ@F

脈さえn(ぴ
し〜7人オフ
X飛dケム、な
部屋のeこ1・ハゆ

まず花uナ。え降
到しaネq3む)5
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芽んkデ吸
ぷr派なの7ッり
(指h先メ%車の#4
Yンて言「て覧ァふ

ぐ\い暗8ゃ
(感傷な訳(zフ類て
-こバがhす差
reい宇よ


花束とへび

  田中修子

ほら、わたしの胸のまん中に光をすいこむような闇があいていて、
そのうちがわに、花が咲いているでしょう。

ときたま目ぇつむってかおりに訊くんだ、
ああ、この花がうつくしく咲いているのはね
わたしの生き血をすって想い出になってるからなんだよね。

ひとはかんたんに、
かすれた声で
「もう死にます」
という
とてもまっ黒な眸で。

ほんとうはいつだってそうなんだよ
たださ、ひっしに目を逸らしているんだよ

皮を石にこする。じり、じり、とうろこのこげるにおいは、

いままで幾重も、剥いで、剥いで、剥いで、
おまえはいつか現実でみた夢を叶えるのだろう
それはこんな胸のなかでにおいたつ花とはきっと違うんだ
衝動が来たら深呼吸して

生きるんだよ。

こんなみっともない、くだらないからだで這いずってんだ
そうして皺が増えたわたしを、
ゆびさして笑え。

老いてとぐろを巻く、わたしの内側で、
別れたあの日のまんま、淡い輝きをはなつ花が
甘えて、眠っている。


労働

  山人

底冷えの日が続いている
夜明け前の除雪車の轟音に目覚め、ドアを開ける
階段のコンクリートの端をなぞるように雪を掻き落とし
雪を運ぶ道具で人力除雪が始まる
ずっともうこんなことをやっている
固い空気が微動するのを感じる時だ

寂れた湖は、波一つなく一隻の知らないボートが浮かんでいる
闇は深い
コトリとした音もなく、永遠と呼ぶにふさわしい水深がある
その無機質な湖に言葉を散らしていく

呪文のようにつぶやき、作業を進める
道路の端には、何度も雪を捨てに往復した足跡が
まるで、何十人が作業したようにその痕跡を残している
かつて、その痕跡に達成感を見出したことがあった
今はもう、それを消し去って降りつくしてほしいと願う

*

無機質で冷徹な冬だ
太陽ははるか彼方にしまい込まれ
あたりは青い狂気に覆われている
狂っているから俺も狂うしかない
さらに燃えてやる
ぶちまけられた現実に愛しくキスしよう
打ちのめされた殴打を抱きしめよう
青く沈んだ痣をなめれば塩辛い鉄の味がする
たしかに無偽に生きた年月だった
その代償は吐息の荒野だ
月を数えた
祈るように木を見つめ
花を瞼にしまい込み
また、おびただしい死骸を積み上げよう

*

雨と曇り空が続いた大寒からうつらうつらとまた雪が舞いだした早朝
まだ相変わらず夜は明けていない
居間のLEDがあまりにも明るすぎて
私の内臓や脳までさらけ出されている
壁際に押し付けられた焦りは、すでに発光することもない
また今日も名もない呪文を唱えながら
毛をむしり取られた獣のように作業する
一日は始まる。そしてまた私は演じ続けるだろう

*

空が重く垂れさがっている
泣きそうな重い空気が地面に着陸しそうになっていた
野鳥は口をつぐみ、葉は雨に怯えている
狂騒に塗れたTVの音源だけが白々しく仕事場に響く

悪臭を放つ越冬害虫が空を切る
その憎悪に満ちた重い羽音が気だるく内臓に湿潤するのだ
不快な長い季節の到来を喜々として表現している

こうして、悪は新しい産卵をし
悪の命を生み続ける
不快な空間はあらゆる場面でも途切れることがなく存在してゆく

*

悶々としたものが、地面に近い高さに浮遊している
眼球の奥には、重い飛行物体がうずくように微動し
その微かなエンジン音が俺の体のだるさを助長している
だるい、確かにだるい
まるで俺自身が疲労の塊から生まれ
そのまま、無碍に時間を経過してきたかのようだ
アスファルトに地熱はない
地表が湿り気を帯び、室内の壁際は黙る
景色は前からそこにあったように平然とたたずみ、一枚の絵のようだ

*

目の前の仕事をこなしながら私の脳裏の中には目まぐるしい羽音が飛び交っていた
虫たちは羽音を不気味に立てて下に上に横へと縦横無尽に動き回っていた
私はそれに逆らうでもなく淡々と仕事をこなしていくしか術を持ち得なかった
午後には残照がまぶしく顔を照らし逆光となる
次第に重苦しく体は疲労し私は木に腰掛けて息を吐いた
また冬が来るという真実だけが重く厳しく悲しかった

*

正午近い、この薄光る昼時の、他愛もない、この残酷な時を過ごしているのは私だ
背負ってくれ、と鬆の入った骨の老婆を背に階段を登れば
あたりには散らばった越冬害虫がひらりと身をかわす
まだ死にたくはないのだと、この晩秋の沈黙に漂うのは凍り付いた希望
正午になれば平たく重い時間が降り立ち
むごいほどの静けさは鉛の冬を暗喩する


.

  泥棒




電車の中で本を読んでいた
次から次へと人が死んでゆく物語

恋人は僕の隣で眠っている
本の中ではもうほとんど誰も生きていない

海へ行くつもりはないけれど
この電車はきっと海へ行くのだろう

夕暮れが優しく恋人を照らす
髪が茶色くきれいにひかる

最後のページを読む前に本を閉じた
僕も目を閉じてすこし眠る












































.



















































そろそろ海へ着くだろうか
もしかしたら
恋人はもう死んでいるのかもしれない


僕はどうだろう
このままずっと
海に着かなければいいと思う


極北を見た

  トビラ

波うけて、花
波うけて、母
ここは氷だから
ここが通りなら

あまねく夜空をつなぎあわせて
しきつめた藍色は色あせずに

コウテイペンギンの眼ざしは金色

分かちがたく固く
分かちあいたく重く

手のひらの卵はあたたかく
まだ割れてはいない

文学極道

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