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2019年01月分

月間優良作品 (投稿日時順)

次点佳作 (投稿日時順)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


陽の埋葬

  田中宏輔



岩隠れ、永遠(とは)に天陰(ひし)けし岩の下蔭に、
──傴僂(せむし)の華が咲いてゐた。

華瓣(はなびら)は手、半ば展(ひら)かれた屍骨(しびと)の手の象(かたち)、
──手の象(かたち)に揺らめく鬼火のやうな蒼白い光。

根は荊髪(おどろがみ)、指先にからみつく屍骨(しびと)の髪の毛、
──土塊(つちくれ)に混じつて零れ落ちる無数の土蜘蛛たち。

芬々(ふんぷん)とむせる甘い馨(かを)り、手燭(てしよく)の中に浮かび上がる土蜘蛛の巣、
──巣袋の傍らに横たはる土竜(もぐら)の屍(しかばね)。

頬に触れると、眼を瞑つたまま、口をひらく、その口の中には、
──羽虫の死骸がぎつしりとつまつてゐた。

隠水(こもりづ)、月の光つづしろふ薄羽蜉蝣(うすばかげろふ)、
──葬(はふ)りのたびごとに葬玉を産卵する岩の端(はな)。

(イハ、ノ、ハナ)

串(くすのき)の嬰兒(みどりご)、袋兒(ふくろご)の唖兒(あじ)、

──わたくしの死んだ妹は、天骨(むまれながら)の、纏足だつた(つた)

生まれたばかりの九つの葬玉、

九つの孔(あな)を塞ぐ。

合葬。

死んだ土竜(もぐら)とともに、わたしは、わたしの、ちひさな妹を、埋葬し(まい、さうし)

古雛(ふるびな)の櫛の欠片に火をともし(ひを、ともし)

蒐(あつ)めた羽虫の死骸を、つぎつぎと、火の中に焼(く)べていつた(、つた)

傴僂(せむし)の華が恋をしてゐる。

死んでしまつた蝦足(えびあし)の妹に恋をしてゐる。

蕊(しべ)をのばして乳粥(ちちかゆ)のやうな精をこぼす。

(コボ、ツ?)

養(ひだ)さむ背傴僂(せくぐせ)。

わたしは傴僂(せむし)。

傴僂(せむし)の華が恋をしてゐる。

死んだ妹に恋をしてゐる。

馬の蹄に踏み砕かれた伏せ甕。

重なりあつた陶片(たうへん)の下闇。

蝸牛の卵たちがつぎつぎと孵(かへ)つてゆく。

蝸牛の卵たちがつぎつぎと孵(かへ)つてゆく。

──これがお前の世界なのだ。
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳、罫線加筆)

ああ、苦しい、苦しい。
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳)

わたしは傴僂(せむし)。

傴僂(せむし)の華が恋をしてゐる。

死んだ妹に恋をしてゐる。

輪廻に墜ちる釣瓶(つるべ)。

結ばれるまへにほどける紐。

Buddha と呼ばれる粒子(りふし)がある。

わたしは傴僂(せむし)。

傴僂(せむし)の華が恋をしてゐる。

死んだ妹に恋をしてゐる。

ああ、苦しい、苦しい。
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳)

あはれなる、わがかうべ、
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳、歴史的仮名遣変換)

あやしくも、くるひたり。
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳、歴史的仮名遣変換)

あはれなる、わがかうべ、
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳、歴史的仮名遣変換)

あやしくも、くるひたり。
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳、歴史的仮名遣変換)

り。
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳、歴史的仮名遣変換)


(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳)


echo

  完備

異国はあまりに近い。ありそうな夢ばかり映
すわたしの芽。生長する様子を、8ミリで撮
影して。

不要な再会を繰り返し、おそろしく隔たった
語りはほとんど眩いひかりだ。ふとひるみ、
舞台に立つようなこころで語りかえすわたし
と、あなたのあいだに澱む位相。

すべてが粗い。わたしとあなたはわたしたち
として会話する、あるいは、語りそして語ら
れ、
――笑いながらする話かよ、
中絶。

胎児の芽に映る子宮内膜。咳込みながら吸う
タバコ。わたしたちは正しいタバコの吸い方
を教え合う。より正確には教え、教えられる。
――腹式呼吸で肺に入れろよ、
  喉で吸うから咳く。

となりに座れば膝がふれてしまう。トシノセ。
が、男の名前のように響いてゆく。


陽の埋葬

  田中宏輔

                           

 部屋に戻ると、原稿をしまって、インスタントのアイス・コーヒーをつくった。詩人にいわれた言葉を思い出した。自分では、小説を書いたつもりであったのだが、小説にすらなっていなかったということなのだろう。ほめられなかったことに、どこかで、ほっとしている自分がいる。
 半分くらい読んでいた詩集のつづきを読んだ。ヘッセの詩集だった。ヘッセの詩はわかりやすく、しかも、こころにとどく言葉がたくさんあった。先日買っておいた『デミアン』を手に取った。
 話し声がしたので、窓のほうに目をやった。カーテンをひいた窓の外は真っ暗だった。真夜中なのだった。窓を開けておいたので、ふつうの大きさの声でもよく聞こえてくる。暑かったのだが、クーラーをつけるほどではなく、窓を開けて風を取り入れてやれば十分にしのげるぐらいの暑さだった。時計を見ると、三時を過ぎていた。部屋に戻ってきたときには、すでに十二時を回っていた。栞代わりに絵葉書を本のあいだに挟むと、テーブルの上に置いて、窓のところにまでいって見下ろした。部屋は、北大路通りに面したビルの二階にあった。下で、二人の青年が話をしていた。しばらくすると、一人の青年がこちらを見上げた。目が合った。体格のよい童顔の青年だった。もう一人の青年のほうも顔を上げた。その顔が見える前に、ぼくは窓から離れていた。もう一人のほうの青年の顔は、ほとんどわからなかった。二人は話をやめた。二人とも自転車に乗っていた。自転車をとめて話をしていたのだった。二人は去っていった。何か予感がした。部屋から出て、階段を下りると、マンションの外に出た。通りをうかがった。すでに、二人の姿はなかった。マンションを下りてすぐのところがバス停になっていて、二人は、そのバス停にしつらえてあったベンチに足をかけて自転車にまたがりながら話をしていたのだった。しかし、そのバス停の明かりも、とっくに消えていて、明かりといえば、等間隔に並んでついている街灯と、北大路通りの西側にあるモスバーガーと、北大路通りと下鴨本通りの交差しているところにある牛丼の吉野家のものだけだった。しばらくすると、さっきぼくと目を合わせた青年が、北大路通りを東のほうから自転車に乗ってやってきた。そばにまでくると、ゆっくりと歩くぐらいの速度にスピードを落として、ぼくの目の前を通り過ぎていった。ちらっと目が合った。後ろ姿を見つめていると、彼が自転車をとめて振り返った。彼はハンドルを回してふたたび近づいてきた。ぼくのほうから声をかけた。「こんな真夜中に、何をしているのかな?」「ぶらぶらしてるだけ。」「夏休みだから?」「ずっと夏休みみたいなものだけど。」ぼくは、明かりのついている自分の部屋を見上げた。彼もつられて見上げた。「よかったら、話でもしに部屋にこないかい?」「いいですよ、どうせ、ひまだから。」
 名前を訊くと、林 六郎だという。部屋に上がると、二人分のアイス・コーヒーをつくった。年齢を聞くと、十六だというので驚いた。体格がよかったので、大学生くらいに思っていたのだ。音楽が好きだという。音楽の話をした。彼はハーモニカの音が好きだといった。窓を閉めて、エアコンのスイッチを入れると、スーパー・トランプの『ブレックファスト・イン・アメリカ』をかけた。
 そのまま二人は眠らなかった。朝になって、彼は帰っていった。何もなかった。
 二日後、彼が部屋にきた。それは夕方のことであった。ぼくが仕事から帰ってきて、すぐだった。テーブルを挟んで向かい合わせに坐った。彼は、しきりに自分の股間をもんでいた。ぼくの視線は、どうしても彼の股間にいってしまった。彼はそのことに気づいていたのだと思う。彼の股間は、はっきりと勃起したペニスのかたちを示していた。泊まっていくかい? と、ぼくがたずねると、彼は笑顔でうなずいた。
 夜になって、彼はソファに、ぼくは布団の上に寝た。横になってしばらくすると、ソファに寝そべる彼のそばにいった。彼は眠っていたのかもしれなかったし、眠っていなかったのかもしれなかった。どちらかわからなかったのだが、タオルケットの下から手をもぐりこませて彼の股間にそっと触れた。彼は、ジーンズをはいたまま眠っていた。ぼくが、ぼくのパジャマを貸すといっても、遠慮して、ジーンズをはいたまま眠るといっていたのだった。彼の股間が膨れてきて、彼のペニスが硬くなっていった。ぼくの期待も急速に高まっていった。心臓がドキドキした。ジーンズのジッパーを下ろしていった。半分くらい下ろしたところで、彼は目を開けて、身体を起こした。「すいません、帰って寝ます。」「ああ、そうするかい。」ぼくは、あわててこういった。
 それから、彼は二度とぼくの部屋にこなかった。外でも出会わなかった。彼が、ぼくに何を期待していたのか、ぼくにはわからない。ぼくが彼に期待したものと、彼がぼくに期待したものとが違っていたということだろうか。それとも、ただぼくが性急だったので、彼の警戒心を急速に呼び起こしてしまったということなのだろうか。こんなふうにして、状況をぶち壊しにしてしまうことが、ぼくには、たびたびあった。幼いときから、ずっと、である。ぼくの人生は、そういった断片からできているといってもよいぐらいだ。
 詩人が、ぼくの話を聞いて、それを詩にしているということが、これまでずっと不思議に思っていたのだが、ヘッセの詩集や小説の解説を読んでいて、ようやくわかるような気がした。詩人が、ぼくの話を聞いて詩にしていたのは、おそらく、ぼくがぼく自身の人生をうまく生きていくことができない人間だからなのであろう。
 あるとき、詩人にたずねたことがある。あなたには、語るべき人生がないのですか、と。詩人は即座に答えた。「自分のことだと、何をどう書けばいいのか、とたんにわからなくなるのだよ。しかし、他人のことだと、わかる。何をどう書けばいいのか、たちまちわかってしまうのだよ。」と。
 きょう、「ユリイカ」という雑誌を買った。ぼくの名前で出した投稿詩が載っていたからである。詩人が、ぼくの名前で出すようにいったのだった。それは、ぼくが詩人に話したぼくの学生時代の経験を、詩人が詩にしたものだった。「高野川」というタイトルの詩だった。


rivers

  完備

ラブソングは歌わないで。ラブソングは、う、
歌わないでよ。どもりがちなきみの、決して
どもらないうたのなかにすむあなたへ、わた
し、恋してるのに。きみは覚えているために、
たくさんの小石にたくさんの名前をかく。河
原で、ぼくは忘れるためにたくさんの小石を
蹴る。川のなかへ、たくさんの名前が沈んで
いくのにぼくは、すべて覚えている。

――あなた。きみはなにもかも忘れていきま
  す。どもらないうたのなかで、わたしの
  顔をひそませながら踏む韻はいとおしい
  吃音です。ラブソングなんて聴かないで、
  そんなものをきみのこころにいれないで
  ください。わたし、のどのふるえをドキ
  ドキしながら待っていました。わたしは
  きみにどもりながらでもふつうに、愛し
  てもら、いたいだけなのです。

「あなたはどもらないのでしょうか、
「物語のそとなら。

きみ。うたのなかのあなたへぼくは恋をした
から、ラブソングになって。物語、言葉と言
葉の距離、あるいは距離のいれられない位相、
永遠に知らないでしょう。ぼくたちの記憶の
川底で、ぼくだけが覚えているたくさんの名
前ひとつひとつを、できるだけていねいにか
きだしていくけど、きみの目に映るのはきっ
と、川面のきらめきだけだから。


  まじまっ




ぺぶはベッドで絵を描いている、する事がないものだから、私はじゃがりこを噛んでいる。カリカリと前歯で噛むかグシャリと奥歯で噛むか、そのどちらが美味しいのかを考えている、ふりをする。ぺぶは今日はお休みなの、うん、だから絵を描いているの、そうだよ、人や犬を黒く描くと心配してもらえるんだ。ぺぶの色鉛筆には黒がない。もらった学校用の鉛筆でガリガリと塗りつぶしている。私はじゃがりこを、ぺぶは人をガリガリガリガリって。同じ事だね、そうなの?透けるような瞳でぺぶが問いかける。うんそうだよ。傷があったでしょう、薬は塗ったの?ぺぶはやさしい、髪の毛の匂いは香ばしくてドキドキするんだ。うん、血が出てたけどもう大丈夫。入れるなっていったのに、入れる馬鹿がいてさ、生理のふりをしてズル休みができたら最高だね。でもオモニは敏感だから、バレちゃうね。ばれたら大変だよ。ぺぶはいいの?私は休みだもん。一緒に休むためだから許して、ってオモニににいえる?言えないね。笑って、あれ、なんの話をしていたっけ。


ぬるまっこい空気が淀んでいるようで、心地よい。ぷっくり鼻に汗の水玉を浮かべて、ペロリと舐めてくれるぺぶはやっぱり優しい。無心に絵を描いて、それが終わる前に私はじゃがりこを食べ終わって、うーうー唸って退屈を表現する。あなたは役者ね、つい騙されちゃうわ。この国はとても冷たい。外気に触れるまでは私たちの汗はわたしたちの汗として交わって、とても入り込めない匂いの檻を作る。逃げられないのにどうして檻を作るんだろう。私はぺぶがすき。だからぺぶを逃さないようにそうするのだ。
イルボンがね、うん。ブログ見たってやってくるの。ぺぶはわたしよりもずいぶん大きな乳をしているから喜ばれるね。三人でするのが好きってイルボン、変だよね。ふふ、ハジもそのうち大きくなるよ、大きくてもねぇ。女は昔っからこうだったから。そうなの?ぺぶは時折無口になる。わたしたちの乳はけして子供を育てるためには使われない。ぺぶは犬がすきなの?急にどうしたの、この絵、犬だけが空色で、とても不思議な気がするんだ。そう。犬は空を飛べないよ、ふふふ、しってるよ、そんな事。だから犬にお空を描いたの?ぺぶは悲しそうに微笑んで、そうしてじゃがりこがない事に気づいて私をペチンと叩いた。


じゃあね、ぺぶ、行ってくる。はちみつ色の時間は誰かの意思で別の何か濁った色に塗りつぶされる。ぺぶ、どこにもいかないよね、あたりまえじゃない、そうか、でも、どっかいっちゃいそうだったんだ、ばかね、どこにも、いけないのよ、そうね、そうだ、知っている知っているけれど、ぺぶの髪はどこまでも黒くて、つやつやでこうばしい匂いがするんだもの。だから、どこにもいかないで、泣きそうな顔で言ってたのかな、ぺぶは笑って手を振っていた。


コートを巻きつけて外に出る、寒い。下の毛はちょっとだけ残してあとはきれいなもんだ、オモニはいつも通りの顔でぶれることなく10番、っていう。仏頂面選手権があったらきっとこの国では一番だ。さてさて、手首に10番をさげたのが私の飼い主、ぺぶの描いた空色の犬が私の心におしっこをひっかける。ひゃあ、寒い。けど、クリームを鎧代わりに塗りつけて、鳥肌を隠して私はエレベーターに乗り込んだ。一から十まで、それこそ何百と何千と同じ事を繰り返して、私の乳首に這うこのくちびるがぺぶのものだったらね。空色の犬は、飛びもしないしでも窓みたいだった、犬の姿で犯されながら、私は窓を開ける。ぺぶ、そこには緑色の草原があって、そこには犬と同じ空色の屋根をした小屋があって、狭いけれどふたりで住むには丁度いいね、ほら、オンドルもあるから凍えなくていい。小屋の後ろには水車もついていて小麦を引くのにも問題はない。オランダみたいだね、ばか、オランダは風車だよ、そうか、風の気持ちいいこの部屋できょうからふたりっきりなんだね、美味しいパンを焼こうよ、あらじゃがりこは焼けないよ、あんなイルボンの食べ物は食べなくてもいいから。抱きしめる、ぺぶはかわらずあったかくて柔らかくて素敵だ、今日から二人っきりだね、ぺぶは微笑んで、ベッドは別にしようねって言ってくる、やだよ、寂しいじゃない、私を捕まえられたら、一緒に寝てあげる、ぺぶの足は早い、でも、なんとか捕まえて、懐かしい、匂いのする、草原に、二人して、倒れこむ、もう、離さないから、ぺぶが、私を、くすぐる、なに、するのよ、えっち、なんてはしゃいで、そうしてオモニから電話が来る。うん、問題ない。終わった。


チムジルバンのふたりの部屋にぺぶはいなかった。部屋にはぺぶの描いた絵と食べ終わったじゃがりこのカップが転がっている。この国はとても寒い。絵は空色の犬だけが綺麗に切り取られていて、それを見た私はもしかすると微笑んでいたのかもしれない


好きなもの(2004)

  中田満帆

好きなもの(2004)


 昼より
 夜が
 愛するより
 恋することが
 なめるよりかみ砕くことが
 カタカナよりひらがなが
 降りる駅よりずっと先にある降りない駅の方が
 関西弁より東北弁が
 太宰治より織田作之助が
 文芸よりもアクション映画が
 渡哲也より小林旭が
 小林旭よりが宍戸錠が
 吉永小百合よりも
 松原智恵子が好きだ
 石原裕次郎なんかきらいだ
 ロックより
 昭和の歌謡曲が
 甘えられるから好きだ
 さすらいが
 アカシアの雨がやむときが
 黒い花びらが
 話しかけてくれる唄が
 くさくてキザなセリフが
 だれよりも飛びぬけた感情が好きだ
 つまり愛するってことをまだ知らないし
 やさしさはぜんぶ
 自己愛にとどまって
 どんどんどんどん淀んでいく
 たりないのは愛だとさ 
 あのツラで愛だとよ 
 恥ずかしくないのか 
 いちばん受け取りたいのは愛だってよ
 どうしろというのだ
 どこへいけというのか
 いくら困っても
 おまえらのところにはぜったいに
 いかないいけない
 いきたくない
 いくら一人一人を信じられても
 あつまりはきらいだ
 隣人と隣人とがとけ合うなんて信じられない
 なにもかもに孤立したい
 なにもかもを敵にしてやりたい
 サイクロン号でぶっ走りたい
 ばか高い詩集をぶらさげた詩人さんよ
 あんたたちの本なんて一冊も読みたくない
 きらいだ
 えらそうな子宮を持った女らよ、
 おれは同時にいろんなものを愛することができるのだ
 読者よ 
 天使とはきみたちのことだ
 おれはきみたちが好きだ
 うそだ
 ほんとうはどうだっていい
 ただ少しばかりほめられたいだけなのだ
 見えない夜明けに向かって
 おれのゆめが泣いてる 
 おれはなによりも
 ぶざまでなけれならないのだ
 しかしぼくは
 ぶざまなぼくよりも
 ぶざまなきみが好きだ



新年の手紙(2019)


 セイコさんから本の返しにとクッキーを戴く
 ぼくはかの女に瀬沼孝彰を貸したんだ
 かの女とはあそこ──文藝投稿サイトで知り合って8年になる
 そしてオノウエからは年賀状
 曰く自転車事故で頭を撲ってしまったという
 かの女がかつての同級生で、
 いまは雅楽師──クラス会で耳にした──というほか、
 ぼくはかの女のことをなにも知らない
 なまえ以外のものを得るにはあまりにへだたりがあるということ
 禁酒して3ヶ月というのにぼくの腕はまだひきつってる
 陸のうえで愉しくやってるmalingererたちみたいに過ごしたいのに
 いつまでぽくはふるえていればいいのだろうか
 とりあえずセイコさん、ありがとう
 オノウエ、どうもありがとう
 ぼくらみたいな関係をうまく表せる辞を知ってる?
 ただの知人?
 それとも古なじみ?
 いずれにせよ、ぼくはあたらしい詩を書くつもりだ
 そいつが手紙と呼ばれようが、
 写真と呼ばれようが、
 ぼくにとってはすべてが詩だ
 きのう凍てついた看板を工夫が地上へ降ろすとき、
 ぼくにはあいにくカメラがなかった
 いまでも惜しくおもえてならない
 だからぼくはこいつのことを写真と呼ぶことにする
 おもわず、みずから反省させてくれるあなたがたのようなひとがいて
 ぼくはうれしい、とおもう
 安い紅茶でシアナマイドを呑みくだし、
 またしても宛名のない手紙をばら蒔いて歩く
 あなたがたのように少数のひとびとのために歩く
 


やわらかいおり

  渡辺八畳@祝儀敷

あまりの寂しさに
体からスライムを出せるようになった僕は
だれも覗かない自室の中で強張ると
無色透明な粘液に包まれる

まだらに入った気泡になんだかやすらぐ
必然性を含有していないからだろう
生物がいたことのないアクアリウム
地球みたいにぷるぷるゆれている

味も臭いも経験値もないから責めてこない
一切の記憶がこのスライムにはない
ひんやりだけをこころに据えて
欺瞞だとしても浮いていよう

寂しさの代償によって
僕は守られていく
ねとねとしているけれど
くっつきはしない


窓に夕日の反射するアパートに帰宅する

  ゼッケン

アパートの呼び鈴が鳴って、ドアのレンズから覗くと
知らない顔の中年の男と女の二人組が立っていた
おれは息を殺す
児相に違いない
児相が来るのはおれが小学3年生の息子を虐待しているからだ
1時間後、おれは息子を連れて部屋を出て車に乗った
今年10歳になる息子は黙っておれについてきた
息子がおれの言うことを聞くのは痩せ細った上腕にタバコの火を押し付けたからだ
逃げ続けていつまでも息子といっしょに暮らす

都市高速に昇ろうとしたとき、眼前の大型トレーラーのコンテナのドアが開き、スロープが路面に伸びて火花を散らす、散らした火花が消える間もなくトレーラーが減速し、おれの運転する軽自動車の前輪が金属製のスロープに乗り上げる、おれはブレーキを踏むが、後ろの四輪駆動の大型車が追突してきておれの軽自動車は抗えなかった、後ろの車の運転席でハンドルを握っているのは昼間の女だった、地味な灰色のスーツを着てにこりともせずに仕事中の顔だった、そのままトレーラーのコンテナに押し上げられる。入りきれない四輪駆動車はスロープを滑り降りるように後退し、すぐにスロープが上がってドアが閉じると暗闇になった。同時にコンテナ内に潜んでいた何者かにフロントガラスが割られて、破片がおれの顔に降り注いでおれは悲鳴を上げる、悲鳴を上げるおれの顔にガスが噴射されて、おれは意識を失うまで悲鳴を上げ続けたが、息子の悲鳴は聞こえてこなかった

ジソーの男は椅子にしばりつけられたおれの顔を思い切り殴った
椅子は床にボルトで留められており、おれの上体は大きく揺れて、首から上をがっくりと垂らした
水をかけられ、髪をわしづかみにされて顔をむりやり正面に向けさせられた
息子が立っていた
おれが気絶している間に入浴と食事を与えられ、服も新品のシャツと半ズボンに替わり、まっしろな靴下と磨いた革靴を履いていた
きみ、お父さんは好きかい? ジソーの問いに息子は何も答えず、ただじっとおれを見ていた、
いつから見ていたのだろうか?
ジソーはスーツのポケットから煙草を取り出し、口に咥え、カチンと硬い音を立ててライターの蓋を開けると、煙草に火をつけた。

深々と煙を吸って、吐いた

きみは未成年だから煙草は吸っちゃいけない
ジソーは煙草の灰を床に落としてから、息子に手渡す
お父さんに押し付けなさい、いいんだよ、それがお父さんの望みだ
これは道徳なんだ、自分がされていやなことは他人にしてはいけない、これが道徳だ、
この道徳が真なら、道徳の対偶も真だ、他人にすることは自分がされたいことなんだよ、
きみ、きみがいくらお父さんの言う通りにしても殴られるのはなぜか、分かるかい?
きみがお父さんの本当の望みを叶えないからだよ、さあ、
息子はジソーから渡された煙草を口に咥え、深々と煙を吸って、吐いた
そして煙草を床に落とし、真新しい通学用の革靴で踏みにじって火を消した
もう行ってもいいですか? こういうのうんざりだ、ぼくは新しい勉強を早く始めたい
息子は踵を返して窓のない部屋から出ていった
ジソーはもう一本、煙草に火をつける
お父さん、立派なご子息だ
おれは泣いていた、どうしようもなく涙が溢れた、おれは息子に愛されたかった、
ジソーは煙を吐こうとしてせき込んだ、ゲホ、愛は、ゴホ、パズルのなくしたひとつの、ゴホ、ゲホゲホ、かけらだ、エフッ、エヒョッ、埋め合わせることが可能なら、ゲヒョ、ゲヒョ、ゲヒョヒョヒョヒョ、グッフ、ウッフ、それはエーッフエフッ、ヘウ、ウ〜、愛ではない、フゥー、ハァー、ウエ〜イィ

道徳は論理だが、愛は生理である

頬を伝うおれの涙で煙草の先端に灯った赤光がじゆっ、
と消された


Good-bye

  

食器は眠れない花
 頭蓋骨にマーガリンを塗りたくる
蛇が卵を飲み込むように
 卵が蛇を飲み込んでいた
蚕は毒素のベッド
 弾力のある歯が根を足がわりに輪を作った

熱いベッドが雨に溶けていく
 酢漬けの心臓の横腹が裂かれたのだろう
毎晩泣き明かした街燈は
 足踏み鳴らされる水溜まりの行く手を照らしていた

朽ちた片腕を止まり木にして
 重い薔薇の喘ぎ声に耳をそばだてながら
恋に落ちた幼虫の膨張した鳩尾から
 胃袋を抱き抱えた天使を引き摺り出してやろう

胴体の中の首の中の頭部を包帯で優しく巻いてやろう
浴室の悲しみを洗い落とすために
 濡れた犬の匂いを撒き散らしてやろう
眠りながら刃の上を伝う
 死んだ僕らは目を覚まそう

疲れ倦んだ拳銃が熱い吐息を吐く度に
尖った乳房が歌うような声で言う
暮れないでほしい
 暮れてしまうだろう


円形劇場

  鷹枕可

_

千種千草を撒く雌雄花蘂へ
散逸‐比翼植物
一縷苧環廻廊の標
均整‐理想像
累紙を縺れる
奇異たる象限
分轄鏡、
施鑰を縋り喚く
堰提無き第七燃焼機関
指判‐審及‐檻舎に地球殻 
宣言
その断頭台
臓腑を別けて薔薇の壜、心臓に
馨る劇俳優の死
乃ち
劇場現実

旧市街地の一箇月を想像と呼ぶならば現実像の裏に聖霊達がバスタヴに湛えていた赤銅の景観建築模倣都市は鍾乳筍の影像に過ぎない、
糊漬の歩哨兵や労働夫や男娼館に劣るとも遠からず遠近法に基礎を置く歪像画に流麗な市街が展望される様に、
伝書の警戒は終ぞ火薬庫の継母達を偶像礼拝のレミング市民に電話線を掛け渡す様には上等な工事車両を具有してはおらず、
硬化剤洗濯機に膠着した季節に土地の葡萄畑を延展するには、偏執的な公人尊厳偏重傾向を顧る必要があるだろう、
孰れにしても錠剤の極彩色の痴夢は譫妄と人体像の関係性範疇に於いては無感興を科されて然るべきものであり、
想像力の視線は劇現実から超現実に後退を遂げなければならない、公海領に於ける悔悛自殺としての膨張が統計推移が指し示す様に、
薔薇の階段には錆銅の裸婦像が諸手に瓦斯罐を開化せしめながら蜂窩の実を滔々と砂糖壺と鍬に及ぼし、青藍の群像は凝と私海の紛糾を耐えている、
裁断された幅広の額縁、ダンテルの窓、膏の様な海等は既にして既成美術の概念遊戯を擱き去りに、真贋と機構の綿花畑に靡きながらも
真新しい棺に収められるべき草花の縺れ縺れた印璽を俟っているのだろう、
   :

死の威嚇
黒窓の地下階に
万朶累々たる蜘蛛の鉤花 
少年
蟻を踏み躙り
硬殻科螺旋門に範疇を置く
素鉄の鞴を
白熱灯は瞬き
隧孔‐球壜‐柵を亙らず
後脚動輪、多階建築梗概を仰ぐ
托鉢修道
含漱泉
陳腐、血を飲む繭の裂開


削って削って削って削って削っても私が私が私が私が私

  泥棒



私の書いている文章をどう受け止めるかは
あたなの自由です。ですが私はあなたの書
いた文章を決めつけます。私が基準です。
私はわかっているから。そう、私は基本が
できているのです。根拠はないですが私は
あなたよりわかっているのです。比喩も引
用も句読点も叙情も改行もすべて空白の使
い方もできています。そして何より私はい
つも冷静です。私の書いている文章は読み
難いとよく言われますが、あなたが読めて
いないんです。私は頭がいいので、読めな
いのはあなたに問題があります。自己否定
や自己批判をしてみてください。私はしま
せん。私が正解だからです。私に言わせれ
ばあなたの文章には指摘する箇所が多いで
す。私の文章にはありません。私の文章に
は意味があります。わからない人がいるの
はしょうがないです。私は頭がいいので、
もうしょうがないです。わかります?ここ
までの意味がわかります?読めてますか?
まだ途中ですが、読めない漢字とかありま
したか?あったら言ってくださいね。私が
あなたに教えてあげますよ。あ、ちなみに
私はちょいちょい騒ぎますがあなたが騒ぐ
のは注意します。あなたは自分が好きで自
分語りをする時があるようですが、やめた
方がよいですよ。みっともないですよー。
あ、でも、私は誰よりも自分語りします。
誰にも聞かれてないけど、私はします。私
は好きなこと嫌いなことたくさんあります
ね。趣味でフラメンコやってます。それと
ヨガもやってます。深呼吸は大事ですよ。
みなさんに教えてあげてもよいですよ。私
は教えるの上手いです。あ、後はモノマネ
教室にも通ってます。最近は長澤まさみの
モノマネができます。教室のみんな、爆笑
してます。上手い!面白い!ってよくほめ
られます。後、関係ないけど、バク転がで
きます。ふー。きりないな。で、あなた、
理解してます?伝わってます?わからない
方は基礎からやってみてください。読み書
きの基礎。基礎は大事ですからね。私が教
えてもよいですが、私は忙しいので、やる
こといっぱいあるんで、ごめんなさいね。
今日はこれからマイブームのあれをやるん
です。何かは言えませんが。とにかく忙し
いんで、ここまでにしときます。あ、でも
最後にこれだけは言っておきます。私は無
神経です。平気で人を傷つけます。でも、
無神経な人がいたら、攻撃します。許しま
せんよ。平気で人を傷つけることは最低の
ことですからね。ま、私は無意識に人を馬
鹿にしてしまいますが、それなりに反省も
しますよー。私は頭がいいので。これ、と
ても大事なことなんで、三回言いますね。
私は頭がいいです。私は頭がいいです。私
は頭がいいです。私の書いていることわか
らないレベルの人もいると思うんで、もう
一回だけ最後に言いますね。私は頭がいい
です。これを読んでどう受け止めるかはあ
なたの自由です。あ、忘れてた、それとね
私はすごくよく食べます。たくさん食べま
す。あなたがメロンパンをひとつ食べてい
る間に私はよっつくらいもう食べてます。
胃と腸がすごいんです。とにかくすごいん
ですね。食べる量もスピードも違うんです
よ。たがらついつい食べすぎちゃう。で、
カロリーオーバーです。で、フラメンコや
ってヨガやってたまに腹筋もしてますよ。
では、長澤まさみの練習してから出かけま
すね。やることあるんで。









すー






はー



深呼吸を表現してみました。
わかります?












あ、

この作品を読んで
よくわからなかった方もいると思うんで
かなり削って書くと
ま、
すべてに意味があるんで
本当はどこも削れないんだけど
ま、
つまり
削って削って三行でまとめると
私はバク転もできるし
よく食べるし
とにかく頭がいいってことです。
理解できましたか?


台所の廃墟

  帆場 蔵人

ガラス瓶は古代遺跡か
墓のように寂と直立して、ある
ピクルスを漬けた叔母の形見
家と遺体を処理する金だけを
残して叔母は死んだ、終活は滞りなく
家の中はがらん、として人の気配は
消えて三十年前に死んだマルチーズの
首輪がテーブルに置いてあった

兄はアラジンのアンティークな白いストーブ
父は特に何も、母はティーセットを一式
残っていたのはピクルスの瓶たちと
首輪だけで捨てるのも忍びないから
首輪を使って輪投げをしてる

直立する瓶を並べ替えて
段々と右肩下がりに
したり左肩下がりにしたり
凸凹に置き換えたり凹凸にしたり

首輪を王冠のように引っ掛けてやる
胡瓜にパプリカ、キャベツの芯にらっきょう
瓶の中で眠る王族たち、やはり墓場だ
古代墳墓が台所に直立して
蓋を開けたら墓荒らし

だからまだピクルスの瓶たちは
静かに直立している、猫たちが
たまにその間を街路のように
縫っていく、台所に佇む廃墟


居ない

  玄こう

朝方いつも吠えてた近所の犬が居ない。檻の鉄格子は取り払われていた。地面のコンクリートも解体されていた。檻の回りには木が植えられていた。私は時々その檻に近づき金網に手指を入れると犬はすり寄ってくる。飼い主は朝によく箒やベルトでぶっ叩いていた。犬はじっとされるがままに痛みをこらえていた。帰りがてらその犬の様子が心配になり、やぁ今朝もよく耐えたねといつもの調子で金網に手を入れると犬はすっくと起き上がって、あぁ、あなただったらわかるような目をし尻尾を振りながら舌と指を舐めあい挨拶をかわした犬だった。白くてとても美しい犬だった。


うごくなうめけいぬいないよみがえれ はくばいうめくさくはなはな ほしつくつぐなへ したるみずのごときしろきけなみよ


偶像(眠りにつくための覚書)

  アラメルモ


皿の中には鰹節をまぶしただけの飯粒が塊になってそのまま放置されてある。どうやら好物の缶詰めがまた切れている様子だった。急いで部屋中を探し廻るのだが、冷静に考えてみると猫はもうとっくに死んでこの世には存在しないのだ。そんな夢を何度となくみてしまう。浅い眠り、そこに祈りはなかった。同じように、通りに面した開き戸を心配して中の扉を警戒している自分が居た。鍵がうまく掛からないのだ。仕切られた部屋はいくつもあり風を受けて窓のカーテンはいつも翻っていた。姿を見られているのだろうか。隣り合わせに向かい合う空間の外にはいつも誰かの姿を半分だけ見かけた。そうして部屋の襖や扉の入り口を確認して廻るわたしが居る。誰の顔もはっきりと思い出せない、だが、何やら常に怯えている様子なのだ。カーテン越しの窓に白い女の姿がぼんやりと映っている。セロファンの囁きに聲を傾げている女には見覚えもなかった。これが夢ならば意識から切り離されて当然だろう。周囲は既に空き地に囲まれていた。もう猫に餌を与えることはない、そう気づけば、外で野球をしようと兄が棒きれを持って待っている。ゴムボールを兄の腰の高さに投げ入れたらボールは大きく逸れて弾んだ。兄の姿はもう見えなくなっていた。しょっちゅう口喧嘩をしていた母も最近は見かけなくなってきて、そこにも祈りはなかった。
過去に遡れば、遠く、人々よ、運命を切り開き、切り裂いてしまった人々よ。昨年は何かと忙しく過ごした一年だった。もう何年も前からよく眠れないので昼間歩くようにしている。それでも眠れないのは考え過ぎてしまうからなのか。衰えていくのは細胞だけではなかった。還る土もなければ届く水の音もない。先行き不安だらけであることには違いない。そうこう考えているうちに日が暮れて、ここが第三惑星であることにも気がついていない自分が居る。そうだ、わたしは暗い宇宙を一廻りして故郷に帰ってきたのだ。なのに、この気圧の重さは一体どうしたことだろう。空気の壁に押しつけられて、世界は硬く透明に凍りついたままのアクリル板。それがまるで上下に剥がれたようにずれている。ぶら下がる照明の肌を二つに切り裂いた。息を止め鏡の中をじっと覗き込む。実は誰の姿も見てはいないのだ。猫に餌をやらなければならない。冷たくなった指先でまた湯割りを注ぎ込む。眩い光は軽くその影は重い。通りの中央で、わたしはずっと待っている。いつになったら眺めることができるのだろう。白い大理石の銅像が横を向き立っていた。背中の下で音が動きだした。明日を意識すればどうしても眠らなければならない。


昨日の夜の絶望

  いけだうし

夜、
どうしても眠りたくなくなることが
ある。
森の中、足が疲れて死ぬまで歩いて、夜を引き延ばそうとする

酒は飲まない、酒に飲まれるのが怖いから。
でも夜に飲まれている。



暇つぶしにペットを飼ったが
すぐに死んだ。
金がたくさん無駄になった。



そいつは全然可愛くなかった。気持ち悪いばかりだった。臭かったし、食べられるわけでもないし、撫でた感触は良かったがすぐに飽きた。
猫カフェの方が百倍いい。



ペットは二度と飼わない。忘れたい、なかったことにしたい、死にたい。
金欠なのになんて無駄なことをしたんだ。
ペットはすぐに死んだ。



金が有り余ってないとペットは飼えないね。
狩りの方が色々いっぱい楽しめるから千倍いい。
狩りを知らなければここまで後悔しなかったのだろうか。



何か
どうしようもなく飼いたくなった

夜に飲まれていた
そいつしか売ってなかった、だから仕方なく
太っていたし
鱗はところどころ剥げていた
冷たくて気持ち悪い唇の味


忘れたいことばかりだ



思い出すと気分が悪くなる
君を裏切ったことに
また嘘をつくことに
吐き気が

死にたくなる。



可愛い哺乳類の赤ちゃんだったら
多分変わっただろう。
だらだらしていると、あっという間に朝になると知った
ペットはすぐに死んだ。



僕の退廃に絶望する。



赤ちゃんペットの販売は禁止になったらしいね
あのにおいに顔を顰める
忘れたいことばかりだ。


不純のスープ

  帆場 蔵人

"私"が溶けたスープ
血の匂いを隠して
不純なばかり

鶏の臓物をとりのぞき
鍋には野菜と鶏を放り込み
煮詰めればアクがでる
とりのぞき、澄んでいく
不純物が、濁りが、とりのぞかれ
それでも純粋にはもどれない
怒りに濁り、微かな血の匂い
求めあいながら嘘をつき
純粋を求めてスープを作る

罵り合うなかで
殴られた血の味と
殴り飛ばした血の味の
等しさを知る

"私"というアクをとれば
はじめてあった瞬間の
純粋に近づくという錯覚と
繰り返されるスープ作り

あなたが好きなのだ、スープを啜り
呟く、つぶやく、その気持ちに
濁りはないのだけれど、純粋ではない
それはきっと仕方ないことなのだ
あなたとわたし、ひとつ鍋のなか
生きているから、あの日には戻れない
それでも繰り返されるスープ作り

温かなスープを
あなたと
分かち
あいたい


つきみるつきみつきみは

  まじまっ

ていねいにほそく
きれいにきれいにきれいに
そろえられた、の
かとらりー、からから
ぐらすのこおりがふるえている


のめないから
きちんと観葉植物にくれてやるの
ねっしたせいしとおなじくらいしつこい
めせんをはがせないの
わたしはきみを堕胎するのそれまでのあいだ
だれにもふれられることはない
はずだよね


ていねいにほそく
きれいにきれいに
きれいにきれいに
かんせつのしわにあわせて、すっと
かとらりーをすべらせて
こんやはまんげつだって
そんなことしらないの


てれびとうきょうが
あきらめるまで12chをみて
からからみるくが たなびく
くものいろになるまで
ていねいにていねいに
ほそくきれいに
いきて 子宮をさかさまにする


アラームきって
きれたピルをもらいにいくから
われたかがみにしらないかおをうつして
きれいにきれいにきれいにきれいに
なればいいの
なれればいいの
きみもしらないつきがでている


flight

  白犬

飛翔する空に陰りは無く
あたしはあたしの切っ先を噛んで 「あたしの」空を飛ぶ

嫌悪の爪15℃

運命の音楽が生ぬるく頬に張り付く

その退屈さを牙で食んで あたしはあたしの焦燥を食らう
彼らの言う運命を 煙草を吸いながら 15℃の目を細めて眺めてる

何度も訪れる春に死を見ていた
彼女らの陣痛は死ぬことの出来ない者の呻き
あたしはがりがりと地を掻いて 一匹の幼獣を産む
幸福、と言った
あたしは嫌悪のままに幼獣に食らいつく
幼獣は白い牙を剥いて あたしをばりばりと喰らっていく



彼の腕を 足を 首を探して
あたしは教室を彷徨っていた
彼は涙を落としているに違いない 絶望しているに違いない
あたしは駆けていく
彼の指を 腰を 頭を探した
校庭を 三叉路を 鴉の巣の中を あたしは探し歩く
あたしが抱きしめてあげなきゃ
彼は震えているに違いない

飛翔する空に限りは無く
あたしはあたしの両腕を翼に変え 幼獣の血を飲み 運命に抗う
「うんめい?は?殺してやる」
スピーカーから流れるjesus and mary chainの「I Hate Rock'n'Roll」



あたしには影が無い 凡ては運命の成すがまま
あたしは呼吸を殺して 探している サーチライトの瞳
凡てが焼き付けられているのなら 言葉は浮遊するべきだ
死ぬことの出来ない者達の呻きが春を呼ぶ
あたしはがりがりと地を掻いて 嫌悪を膨らませて 鳩のように震える
あたしの襟足は逆立ち
瞳は凪いでいく

あたしはここに巣を作れないと思った
空を目指す
あの少年は病むべきものの王だった
あたしの掌は彼の感触を忘れることが無い
凡てを涙に変えて あたしは血塗れの瞳を見開く
バールのようなものとカンテラを装備して
あたしはあの聖堂を壊しに行こうと思う
あたしの血と肉と骨は あたしのためにくべられる
決して癒されない血と肉と骨の果てで 貴方を抱きしめたい
野犬達を引き連れて

あたしは野の百合を抱く

彼はあたしの血と涙を知っていた

空に建設されるカテドラルで会お?

凡てが壊れていくのなら

あたしはこの両腕を翼に変えて 偽りの無い空を飛ぶ
飛翔する空に陰りは無く
無音の果てに

いつか撃ち落されるまで flight


怖がらないで

  黒髪

怖いことはたくさんあった
震えていた自分を責めた
それでも詐欺師のようにはなりたくなくて
人を恨むことの後ろめたさをなくしたいと

謝るよ
月の光
全ての温かい心
自分ができなくて
自分が分からなくて
きっと明日は新しい日
みんなの望む悲しくても大丈夫な日

さらば
水面の光がきらきらと動いていく
どんな時でも
ちょっとだけ望む
何度抑えてきた愛を
果物だって足りないけれど用意した
名前にちなんだお菓子を買った
君たちみんなが純粋だ
思っていたあの通り
放り出さない怖くはないから
身の震えを消して
見つからなくてもかまわないんだ
愛情にはやっぱりかなわない
知ったよ
恐れない
言葉など
恐れない
イメージなど
恐れない
印象を傷つけられるのを
あってもなくても変わらないようなことを
恐れない
失くしてはならないもののために
トンネルを掘るように
シャベルもつるはしも使う
抜け出して向こうへ
自分を飾り立てないで
本当に欲しかったものを
本当にしたかったことを
ちょっとだけ喋っていいかな
うるさくはしない
選ばれなかった人と
選ばなかった時間も
わかろうとする
あふれるような虹が
空に浮かんでいるので
全ての人が
知っていること全てを
使うことで
全部宇宙さ
知っていかなければならないんだろう
待っていていけないだろう
出来る限りで出来ている
怖がらないで


変なおじさん

  自由美学

身の寄せどころもなく
みだりに浮かされてみる赤ちょうちん
冬ざれたドヤ街で
夜な夜なあおる安酒はグリス臭い
足が冷えれば立ちっぱの床を蹴り
どうにでもなれと隣の店へとなだれ込む
すがるように
感傷の追手から逃れるように

1杯、また1杯と落とし込むたび
はらわたがねじ切れるほどせぐりあげるが
ついぞ視線は定まらず
焦れたコイルは今にも発火しそうだ
すきま風があかぎれにツンと染みる

まっすぐに伸びた日差しがビニールカーテン越し
私の肩に掴みかかると朝だ
しれっと呑まれていたくとも
喧騒があぶり出すアウェー感にますますバツが悪く
横断歩道をいつも通り白線飛ばしで一気に渡る

自分がデカくなった妄想で通りを闊歩するも
すれ違いざまカラスが頭にぶち当たる
打ち下ろす翼の軽妙なラリアット
私はそれだけ影が薄いんだ
そうさ
デカくなったんじゃない
自分が誰でもよくなって
溶けかけの雪だるまと路肩に酔い崩れても
どれにすがっても
正解はないさ

液キャベを求めてコンビニへと向かうが
千鳥足の歩きスマホは
入り口のマットでつんのめったはずみで
腹ん底から機械油をぶちまける始末
時計のゼンマイを巻きながら私はきびすを返した


藍色ドライ・シロップ

  鈴木歯車

本の中には病気しかないよ。粘度のかぎりなく高い泥の中を泳いで,しんとした警告とともに20歳になった。確かに言ったさ,過ぎ去った諸々はいつか魚になるって。振り返ると記憶とノウハウは自然力の葬式に列をなして藍色,藍色,藍色。苦い煙のイニシエーションを終えて,あえなく問題用紙に逆戻りする。地球なんて青い琥珀,インテリアの化石さ,ぼろぼろの宇宙船さ。ホラまた,存在,掘り起こしに調査員が派遣されていくじゃないか。おれの匂いは腐った調味料,冬の熱っぽい日には恐竜の影がたしかに生きているんだ。無味無臭の影がまだそこでは生まれては姿を消す。この気持ちなんだろうおれ死にてえのかな,良いことひとつも無かったくせに,しみったれた反省会なんてしたくなるから冬はきらいだ。
ときおり息のつまる夢を見て目を覚ます。でも精神科なんて結構ですぼくも皆も極度に薄まったコンクリートなんで。砂場の中,即興でしゃべった音階がすぐ答えに祀り上げられて嫌になる嫌になる。

白い。白い。

そう無人駅だ。「終点……『百葉箱……百葉箱……』」俺たちは感動した。千の弱音で俺を刺す森林。夏の音を探そうとあてなくバスに乗る。終点はもう知らなくていい。乾ききった頓服薬のような関係。スピッツが「言葉ははかない」と歌うのがよくわかって悔しい。世界中の雑草に水をやって後は,どうにか目に入るものだけ片付ける。どろどろの冷や汗,もうあの味に悩むことはないだろうドライ・シロップ。"助けてくれてありがとうございます."と言葉少な,乾ききった僕はリターンする。――不発音とともに落日。
「すべては肯定も否定もなくただ黙っているのみである」誰かが言っただろう一番黒い夜,関節をすべて外したような詩をこそこそ,そしてまた日が……


(無題)

  玄こう



 あかあかや あかあかあかやあかあかや あかあかあかやあかあかや月

 山のはにわれも入りなん月も入れ 夜な夜なごとに友とせむ

 (明恵上人御歌)



 嗚呼、あかくひん剥かれた樹皮の掛け軸が、うえへうえへと昇っていく
 上人もまつられ 又木に坐り浮かれている 目をあけているのか 閉じているのか わからない 何かが見えればと思ったが 目を閉じながら何かを見ていた 
 絶え間なく広木の伸びるやわらかな絵筆は 色の雫をつたいやがては線が線ではなくなった 線をはなれて線でなくなった 
 われは見き われは聴く 片耳削ぎの上人の 樹皮をひんむいた血糊の松の枝間には 明かあかや あかあかあかやあかあかや あかあかや


 (樹上坐禅像)
  


                                 .


『蟲』

  尾田和彦




2019年1月4日。
朝8時に起きた。
昨晩は10時に寝たので10時間睡眠。
このくらい寝ると楽だ。
朝は部屋の掃除と飼い猫のミーの体を洗った。

朝食を食べると、また眠気がきた。

ペドロ・アルモドバル監督・脚本
『オール・アバウト・マイマザー』をみる。
(1999製作スペイン)
人生は観客のいない演劇である。
台詞と沈黙、痛みが必要だ。

観客とは?『神』
演じるとは?『みせること』

新しい年がきた。
それにも関わらず、
昨晩、熊本で地震があった。
京都の実家から、父親が電話してきた。
ぼくは明日も仕事だった。

自分の人生は自分のものではない。
そういう「痛み」に届く、父親の声があった。

1月4日、今日、『オール・アバウト・マイマザー』を観る。
人生は拷問だ。
沢山の悲鳴がひしめき合って、言葉になる。

1月3日、
牛舎の見回りをしていた。
木造の牛舎の、和牛の一頭が倒れている。
牛は転倒するとひとりでは起きれない。
そのまま鼓張し、窒息死する。

夜中の11時30分。
さむい牛舎で、
ぼくは牛の背中に寄り添った。
空は満天の星で、
生命の寄り添い合いに無関心に輝いている。

畑と森に囲まれた大自然の中、
夜中に一人で歩いていると、
自分の呼吸しか感じられないことがある。
或いは心臓の音。
心臓の音に集中していると、
気が狂いそうになる。
傷口はやがて閉じるが、
狂ったものは、
もう戻らない。

様々な仕事をしてきた。
パン工場。
精密ガラスを研磨する仕事。
産業用チェーンの工場。
印刷塗料の卸の営業。
ホームセンターでの接客。
住み込みで白菜の収穫。
色々なところにも住んだ。
沖縄は特に気に入った。
分からないものは、置いて行け。
人生は「謎」を含み、
知識は忘れる為にある。

全てのことが、
語られているメディアのあった時代はなかったし、
これからもこないだろう。
愛を放ったり、受け入れたり、
ホロホロと、
何かを吠えている犬がいた。
そのコは、
壁に向かっているが、
もう、一粒の餌の為に、媚びないぞと、
言っているみたいだ。

俺の心はいったいどこに在るのか?
そういうことを、
少年時代、
詩を書きながら永延とやっていた気がする。
自分と他者の発見は同時でなければならず、
社会は俺たちをおいて勝手に暴走していく、
まるで生き物みたいじゃないか?
欲しいものは、
この町のどこを向いてもなかった。
恥ずかしい嘘を、
平気で言える人間ならば、
黙っていたりしないで、
そう言えるんだ。


  kale

「わるい」
スピーカー越しの声は短く告げる
二人で住む家のために、と買った
シャビーシックなテレビの音に紛れて
短く三回、女の声が聞こえた気がするのはきっと
昨日飲まなかった薬のせいだろう
男は、『わるい』と『すまない』の違いに
女が気付いていないと思っている

実物なんてみたこともない
女は受話器の冷たさをデザインした
ピクトグラムをタップする
同時にそれは
同じだけの強さで
心臓の近くにある小さな臓器も
突いていた
鏡越しなら誰もが互いに指し合うのに
この指はいつも私しか刺さない
いつだってこの指は
私の言うことなんか聞いてくれない
そんな日記に書き殴ったこともない言葉を
思いつくはずもなく彼女は――

自分の指が嫌いだった
自分を捨てた母親の手に似ていると
大好きだった父が
手を引いてくれたあのときから
何度、力任せに折ってしまいたいと思ったか
わからない
先天的ではない方の利き手をさすりながら
時間は約束を素通りする
Pirondini社製の長針は
女をただ見送っている

遠ざかるように
いつしか眠り込んでいた
近づいてくる足音に視線を追わせてみる
足音を立てながら
清潔感のある黒いソックスは
キッチンへと進んで立ち止まる

知らなければよかったと
覚えたはずの口笛の吹き方で
忘れた日のことは覚えている
忘れようとすることは
思い出すということさ、と
遠くの方から
声が聞こえる

スピンドルが持ち上がり
圧力が弁を押し除ける
我さきにと隙間をめざし
自由を求めて
不自由な世界に殺到する
逆らうこともできないね、と
不純物だらけの思考では
声を挙げることさえ許されない
雫は自我を保てずに
澱みを掃除したばかりのシンクに垢を


起こしちゃった?
―― 眠ってないよ
わざと起こしたくせに
かぶりを振って応える
二人だけの暗黙のやりとり

「うん?」
「ドライブに行こうよ」
「苦手なんだよ」
「知ってた」
「そういえば――」
「楽しそうだね」
「お腹空いてるんだ」
「ごめん」


不調を隠したまま
女は男に抱き寄せられて視線を逸らす
男は身体を僅かにそらせて
気遣う素振りをみせる
聞こえない類のため息のあとで
今日は帰るよ、と優しく告げ
足音も立てずに玄関へ向かう
男の上着にはシワひとつない
父親のそれとよく似た背中は
女が知らない帰路を足早に辿る

庇うように無意識に
女は自分の身体に利き腕を回す
男はそれに気付いていない


そこには戻れないが、どこかには帰る。

  空丸ゆらぎ

  回転

星が一回りし 年があけた
宇宙飛行士は軌道をまわりながらアイデンティティを確かめる
あたりは冬で
ぼくは炬燵に入って蜜柑を食べる 方言で
人々はたくさんの比喩を背負って行き来する
水曜日の鳥たちはぼくたちより早く目覚め羽をつくろっている
島からでることもなく
再び まわり始める 標準語で

  流転

絶え間なく
消えては生まれ 生まれては消え を繰り返し
自身に抵抗しながら 在り続けようとする
尋ねられると
相変わらずです と陽気に応える

  反転

犬に引きずられ川沿いを走る私 
飼い馴らされ だんだん居心地がよくなる
飼い犬ならば そろそろ飼い主を噛む時期かな
変化は徐々におこる 劇的な変化は劇的に起こらない
いつのまにか君は大人になっている 
裏の裏はもう表ではない 





(参考 「流転」の修正前) 
トイレットペーパーを片手に持ち
横軸に時間を 縦軸に私を
縦軸に時間を置いてもいいが 横軸に私を置いた時
私はどうしたらいいのだろう 私は私だと叫べばいいのだろうか
在り続けるものが 朝早くから 抵抗する
視点は ポジションで決まる 
摂取と排泄を繰り返しながら
全部 流れていく
昨日書いたものも 今日書き直したものも 明日も


姉妹たちに

  渡辺八畳@祝儀敷

たまに遠くまで見渡せることがある
しかし見えるものが何なのかはわからない
高台に立っても足元が霧に濡れる
手元にある光はあまりに少ない

樹は古い身も保って伸びていき
樹は身が欠けても残された箇所が保っていく
はじめがあって
姉妹たちがうまれて
減って 減って
水を求めて(水がもたらす潤いを慈しんで)
焼かれて
姉妹たちで寄り添い合って
増えて 減って 減って 減って
遥か眺めて
崩れて(その中を歩き続けて)
姉妹たちを想って


赤は禍いの印だ(姉妹たちも同じ色を携えていることは知らない)
もう何も失いたくないから
それだけを目的に生きていく
(姉妹たちがいる)
(姉妹たちを見つめる)
(姉妹たちを思い返す)
(姉妹たちに抱く)
(姉妹たちが    )
(姉妹たちを   )
(姉妹たちが      )
(姉妹たちを
(姉妹たちに
(姉妹たちに
(姉妹たちに






私たちは、姉妹だ






……………………………………キニ ワカバガ ハエタヨ


●月〇日

  山人

 ●月×日、彼女らと会った日だった
まったくひどい日だった
俺のあらゆること、すべて拒否されたような日だった
従食の食事は特にまずく感じられ、異質な物体がただ喉を通るだけだった
古びたスキー場のホテルわきでは、中国人親子がわけの解らないことをしゃべっていた
なんでみんなそうなんだ
どこにも俺の存在なんてないじゃないか。心の中ではうつろにその言葉が響いていた
家に帰っても、目は冴え、ひどい動悸に襲われた。まるで眠れる気がしない
きっと血圧も高くなっていると思った

翌朝●月〇日、やはり血圧は高かった
ずっとここ何年も暖かい冬が続いたのに、その朝は冷えた
春先の放射冷却時ならまだしも、真冬のさなかにこれだけ冷えるのは最近では珍しい
普通なら、寒いな、そうつぶやくはずなのに口を動かす元気もなかった
できるのなら、このままどこかの世界へ逃亡し、消息不明になり
この世から消えてなくなりたかった
しかし、そんなことは許されるはずはない
逃げるのはいつでもできる、俺は戦うことを誓った
 その日、朝8時から戦いは始まった。果たして敵は居るのか、敵などいない
敵は自分の中の弱い心だけだった。俺は消え入るような弱さを無視した
一語一語、目を見開き、反応のない人・人・人の目を射るように見つめ、俺は訴えた
野豚のように丘を駆け、この老体を飛躍させた
いつのまにか、そこには俺と彼女たちだけとなった
戦いはまだ続ける必要性がある。俺は説いた
 まだ、季節は真冬だった。午後になると残照に近くなる
俺は彼女らを連れて山の頂へ向かった
これだけ膨大な純白の雪を見たことがない、その彼女らの急変はすさまじかった
俺はついに交わった、というよりも、彼女らが俺の体内に触手を伸ばし、俺を蹂躙していた
俺の魂と彼女らの魂が山の頂で融合している
俺は酔った。何も武器を持たない俺は勝ったのだった
 その日、白い峰々はかなしいほど鋭角で、青く澄んだ空と同化していた


ちんちんのポジションを気にしながら、

  泥棒





地獄の丘で

ひとり

夜景を眺め

悦に入る

まわりはみんな恋人同士

地獄の夜景は

天国のようだね

僕も

この地獄で

好きな人ができたらいいな

まわりにバレないように

ちんちんのポジションを気にしながら

ひとり

悦に入る

僕にはもう

悲しいという感情がわからない

あ、

死体には急所がない

生きているのに

死んでいる

ちんちんのポジションを気にしながら

さらに深く

悦に入る

ちなみに

ちんちんのポジションを

略して

ちんポジと言うけれど

なんかさ

ちんちんがポジティブな感じで

すごくいいよね

それにしても

三年前つきあっていた彼女のこと

何ひとつ思いだせないんだ





ん、





地獄の壁って

意外と白いんだね

壁ドンしたら

向こうが天国なのかな

悲鳴がきこえるもん

天国の夜景は

地獄なのかもしれない

ちんちんのポジションを気にしながら

考える

世界から見て

僕はごらんの位置にいます

距離感はない

ここは地獄だ

最高っ

血の海で勃起する

射精っ

悲しみを見つけたら

それに新しい名前をつけて

壁に飾りたい

彼女の急所

思いだせるかな

文学極道

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