庭にいるのはだれか。 (エステル記六・四)
妹よ、来て、わたしと寝なさい。 (サムエル記下一三・一一)
箪笥を開けると、
──雨が降つてゐた。
眼を落とすと、
──雨蛙がしゃがんでゐた。
雨の庭。
約束もしないのに、
──死んだ妹が待つてゐた。
雨に濡れた妹の骨は、
──雨のやうにきれいだつた。
毀(こぼ)ち家(や)の雨の庭。
椅子も、机も、卓袱台(ちやぶだい)も、
──みんな、庭土に埋もれてゐた。
死んだ妹もまた、
──肋骨(あばらぼね)の半分を埋もれさせたまま、
雨に肘をついて、待つてゐた。
肋骨(あばらぼね)の上を這ふ、
──雨に濡れた蝸牛。
雨に透けた蝸牛は、
──雨のやうにきれいだった。
手に取ると、すつかり雨になる。
戸口に佇(た)つて、
──扉を叩くものがゐる。
コツコツと、
──扉を叩くものがゐる。
庭立水(にはたづみ)。
わたしは、
──何処へも行かなかつた。
わたしは、
──何処へも行かなかつた。
死んだ父もまた、
──何処へも行かなかつた。
戸口に佇(た)つて、
──繰り返し扉を叩いてゐた。
戸口に佇(た)つて、
──繰り返し扉を叩いてゐた。
最新情報
2018年02月分
月間優良作品 (投稿日時順)
- 陽の埋葬 - 田中宏輔
- 吐息に赤が混じって終わった - 田中恭平
- カラスがコケコッコと鳴いたから - 白梅 弥子
- 悲しいことはいくらでもある - 鞠ちゃん
- ビール瓶と比喩とゾンビ - 泥棒
- 陽の埋葬 - 田中宏輔
- (無題) - ねむのき
- 菌糸 - 霜田明
- 冬のあいだ - あやめ
- 実母 - あおい
- 駐車場 - ねむのき
- 逃走する焦燥 - 游凪
- 生命線 - うんち
- 雪曜日 - 宮永
次点佳作 (投稿日時順)
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
陽の埋葬
吐息に赤が混じって終わった
雨がひどいね
置いて帰るね
の
酷さの中を
歩いていた
口の中が渇いて
才能の枯渇は目に見えていた
元々
そんなもの
無かったのかも知れないのにね
見たことがない
植物を捜して
あたたかい
あたたかい地へ
行った日もあったが
結局は焼け爛れた
腹の底から
血を吐くに帰し
にやにや笑って終わります
今日という日も徒労に終わる
物が腐った匂いがする
冷凍と
冷蔵を
間違えてしまえば
置いたのは心臓
山羊の頭蓋
歌が聞こえます
聞きたい
歌が聞こえますか?
装填して
裸の
下半身は
雨に濡れています
という
想像、
どういうことか
休めということか
昨日は休みすぎた
一昨日は歌いすぎて酔っぱらっちまった
前頭葉、
を
損傷しているかも知れないと
己に知らされて六年
筆を休めたことがないことを
密かな誇りにしています
(ほんとだよ)
こんなことは言いたくなかった
こんなことは書きたくなかった
雪がふって
楽しいだなんて
生活主義者として
言いたくはなかった
雪をのぞんでいることさえ
この谷では罪になるのか
と
おもうと
否
断固真実の言葉を書け
俺の財布を盗ったのはどこのどいつだ
呪い
なぜ俺が汚くなっていかなくちゃいけないんだ
いいや愛している
みんな愛してる
ほんとだよ
ほんとだよ
あったかい月
眠るに勝る楽はないこと
皿に、雨
本当に参ったことがあったとして
その原因は捨て去った
たださびしいこころがあるだけだ
花の名前を一つ覚えた
嗚呼、血を吐くようにうつくしい
でも、花は強い
わたくしは弱い
手紙を下さい
この孤独なわたくしに
あなたの言葉をください
簡単な言葉の方が届くとして
ただ愛してるみんな愛してると大書して下さい
馬鹿者よ
と書いて下さい
僕はボクサーパンツ一枚で震えている
最近は
文字だってうるさくなっている
血を吐けば
血を吐けば
血を吐けば
忘れている
また読んでしまう
余りにとおくへ
それはあなたの近くへ
来たものだが
今日は帰ってきた
雨の中を
雨の中を
僕はボクサーパンツ一枚で震えている
カラスがコケコッコと鳴いたから
カラスがコケコッコと鳴いたから
僕は時間の狭間へ落ちていく
デメキンがおよぐ深い星空には
控えめな太陽が光っている
ぬるりとデメキンの背ビレが頬を撫ぜる
その気持ち悪さに吐き気はしない
僕は狭間の中で星空を眺めながら
思考の果てにも落ちていく
ぶん殴ってから絶交したあいつは元気だろうか
あの娘に言った言葉は間違いだった
お母さんにもっと優しくしてあげればよかった
もっと勉強すればよかった
ああもうやめてよデメキン、僕は考えてるんだ
何がいけなかったんだ
やめろよデメキン、胸ビレで慰めるな
このまま落ちていけたらどんなに……
何がいけなかったんだ
元はと言えばあいつがいけなかったんだ
あの娘だってそんなに可愛くなかった
お母さんにはできる限り優しくしてあげていたはずだ
それなりの大学にだって行ったじゃないか
やめろよデメキン、尾ヒレで叩くな
僕をこんなにしたのは誰だよ
何がいけなかったんだ
こんなこと考えてしまう僕が嫌いだ
このまま落ちていけたらどんなにいいかと考えてしまう僕なんて要らない
そうだきっと
元はと言えばカラスがコケコッコと鳴いたからいけなかったんだ
カラスをぶん殴った
僕は学生になって、目の前にはあいつがいた
悲しいことはいくらでもある
クレイジーな
猫おばさんは
丸く太った背中を見せている
変人と呼ばれながら猫たちに餌をやる彼女は
小学校の頃はなかなかにお転婆の少女だった
サッカーを男の子に紛れてするのが得意だった
彼女は父親に裏切られた
彼女は初めての男に裏切られた
彼女は才媛ではなかった
彼女はパートタイマーで働き小さく稼ぎ
世界から背を向けた
彼女は子供をあきらめた
血を流すような心で
彼女の子供は猫たちだ
最後の砦として
彼女は猫たちを守る
たった一つの仲間として
言葉を超えて
獣臭のする毛皮の肌のぬくもりが
愛なのだ
おまえはこれに勝てない
彼女は言葉を捨てたのだ
その裏切りに心を冷やして
猫が病となり首をかしげて彼女を慕う
”私の猫が歳を取っておばあさんのように酷い咳をするの
苦しそうで吐いたりするの
自転車のカゴに載せて
病院に連れて行く道で悲しい気持ち
老いた猫に歌を歌ってやりたい
るるるるる、るるるるる…
一緒に生きたね
まだだよ、まだだよ”
この凍える冬に
かじかんだ世界に
無口な猫たちを
その忍耐と存在の灯火が
危なげに揺らめくのを見放せない
そして彼女は猫の爪で穴あきのほつれた洋服を着ながら
猫たちに有り金をはたいてしまう
ビール瓶と比喩とゾンビ
「今からビール瓶で殴りに行きます。」
好きだから
君のことが好きだから
今からビール瓶で殴りに行きます。
愛の雨が
どしゃ降りの午後に
傘もささずに
思いきり殴りに行きます。
ゴッ!
君は気絶するだろう
頭から鮮やかな血を吹き出すだろう
それでいい
何も間違えてはいない
君は横になって
読みはじめたら止まらない
私の詩を
血が流れるように読んでくれたら
それでいい
ひとつの恋が終わる
ガッシャーン!
ビール瓶の破片は
恋模様のように散らばるかしら
嘘が反射して真実になる時間
ひとりよがりの夕方五時
愛してます
「わけのわからない比喩」
雨が降ったって槍が降ったって
カレンダーはいつも同じだろうね
火曜日みたいな月曜日があったって
やることは同じなら
なんだか変な感じ
右にいる人も左にいる人も
同じような顔している
そか、
そもそも君に届けたいものが
僕にはないのかもしれないね
それでも
暗い空に浮かべたいものが
わけのわからない比喩では
君に悪いなって思うんだ
言葉なんて信じないように信じてほしい
形あるものは必ず何かに似ているって
それなら言葉だって思想だって
同じだろうね
どこかの街で
すれ違うように出会いたい
君と僕しかいない世界
悲しい予感しかしない世界
そこで
偶然みたいに
右でも左でも真ん中でもいい
春に咲く花を見つけなきゃ
「あなたがゾンビになっても」
死んでしまいたいなんて
あなたは
たまにつぶやくけれど
雨の日に
予定が変わって
おいしいコーヒーを淹れてくれる
/
春に咲く花になりたいと
ガード下の草が
みんなにうたっているようね
意味なんてないのに
誰にも届かないうたなんて
存在しないらしいわ
//
私は超高層ビルの向こう
焼けおちる夕陽に噛み殺されて
ゾンビにでもなりたい気分
///
好きな人も
知らない人も
みんな
驚かせながら
噛み殺したい気分だよ
////
楽しかった思い出が
川のように流れていく
悲しみは
流れないまま
ずっと胸の中にあるから
私には
共感というものが
ひどく汚れてみえるのです
/////
私のためだけに書かれた詩など
存在しないから
他人を他人のまま
好きになれるんだよ
あなたがゾンビになっても
たぶん大丈夫
//////
血を吐きながら笑っている
あなたの笑顔が
今日よりも
圧倒的に
明日の空を青くする
陽の埋葬
(天(てん)使(し)の、骨(ほね)の、化(か)石(せき)、じつと、坑道(かうだう)の、天盤(てんばん)を、見下(みお)ろして、ゐた、……)
(坑道(かうだう)の)水(みづ)溜(た)まりに、映(うつ)る(逆(さか)さま、の)天(てん)使(し)の姿(すがた)、目(ま)耀(かよ)ふ、美兒(まさづこ)、
その、姿(すがた)は、粘(ねん)土(ど)板(ばん)にも、紙草(パピルス)にも、羊(やう)皮(ひ)紙(し)にも、描(ゑが)かれて、ゐない。
水(みづ)鏡(かがみ)、つややかな(馬(うま)の背(せ)のやうな)水(みづ)鏡(かがみ)、
廃坑(はいかう)の常(と)陰(かげ)、無(む)戸(つ)室(むろ)の伏(ふ)せ甕(がめ)、伏(ふ)せ籠(ご)に、祈(いの)りの声(こゑ)が(静(しづ)かに)満(み)ちる。
(天(てん)使(し)の、骨(ほね)の、化(か)石(せき)、じつと、坑道(かうだう)の、天盤(てんばん)を、見下(みお)ろして、ゐた、……)
(坑道(かうだう)の)水(みづ)溜(た)まりに、映(うつ)る(逆(さか)さま、の)天(てん)使(し)の姿(すがた)、目(ま)耀(かよ)ふ、美兒(まさづこ)、
その、骨(ほね)の、天(てん)使(し)は、発(はつ)情(じやう)し、蒼白(あをじろ)い、光(ひかり)を、放(はな)つて、
その、骨(ほね)は、発(はつ)情(じやう)期(き)の、蒼白(あをじろ)い(燐(おに)火(び)のやうな)光(ひかり)を、放(はな)ち、
天盤(てんばん)から(はらりと)剥(は)がれ、そつと、静(しづ)かに、坑道(かうだう)に、降(お)り、立(た)ち、まし、た。
──また、生(う)ま、れ、そこ、なつて、しまつ、た。
幽(かす)かな、光(ひかり)の、中(なか)で、天(てん)使(し)は、裸足(はだし)を(溜(た)まり水(みづ)で)洗(あら)つて、
──土(つち)、は、泥(どろ)、と、なれ、泥(どろ)、は、水(みづ)、と、なれ、
卵(こ)隠(こも)りの、蝸牛(かたつむり)(雨(あめ)に、解(ほぐ)るる)卵(こ)隠(こも)りの、蝸牛(かたつむり)。
──もう、傷(きず)、つき、たく、は、ない、のに……。
(骨瓶(こつがめ)、の、透(すき)影(かげ))沙羅(さら)双樹(そうじゆ)は、菩(ぼ)提(だい)樹(じゆ)の、夢(ゆめ)、を、見(み)る。
鳩(はと)が、鳩(はと)の(血(ち)塗(まみれ)れの)頭(あたま)を、啄(ついば)んで、ゐる、ゐた、
(腐鶏(くたかけ)の鶏冠(とさか)、濃(こ)紫(むらさき)の鶏冠(とさか))蜘蛛(くも)にも、その蜘蛛(くも)の、子(こ)蜘蛛(ぐも)にも、
──わたし、は、微(ほほ)、笑(ゑ)、まう、と、した。
割(わ)れ爪(づめ)の、隠(おん)坊(ぼ)が、ひとり、骨遊(ほねあそ)び、骨(ほね)を、摘(つ)み、積(つ)み、へう疽(そ)、摘(つ)み、
──また、生(う)ま、れ、そこ、なつて、しまつ、た。
隧道(トンネル)、畦道(あぜみち)、白粉(おしろい)壺(つぼ)、飯盒(はんがふ)、釦(ボタン)、処方箋(しよほうせん)、箒(はうき)、陶(たう)器(き)、火処(ほと)、凹所(ほと)、秀戸(ほと)、……
──この、髪(かみ)も、この、爪(つめ)も、千年(せんねん)もの、繭(まよ)、籠(ごも)り。
繭隠(まよごも)り、延縄(はへなは)、把(とつ)手(て)、土(つち)埃(ぼこり)、
──もう、傷(きず)、つき、たく、は、ない、のに……。
その、饒(ぜう)舌(ぜつ)な、睫(まつ)毛(げ)に、触(ふ)れて、雨(あめ)は、雨(あめ)に、なる。
──わたしは、毀(こは)れて、しまひ、たい……。
その、饒(ぜう)舌(ぜつ)な、睫(まつ)毛(げ)に、触(ふ)れて、雨(あめ)は、雨(あめ)に、なる。
──わたしは、わたしを、毀(こは)れて、しまひ、たい……。
一(いち)夜(や)を、明(あ)かす(鼠(ねずみ)取(と)りの、中(なか)の)鼠(ねずみ)。
茂(モ)辺(ヘン)如(ジヨ)駝(ダ)呂(ロ)の、廃坑(はいかう)の、天(てん)使(し)の、骨(ほね)の、化(か)石(せき)(幽(かす)かに、蒼(あを)、白(じろ)い、光(ひかり))
糸(いと)水(みづ)を、つたつて、天(てん)使(し)の、姿(すがた)が(天盤(てんばん)、の)天(てん)に、昇(のぼ)つて、ゆく、と、
骨(こつ)、骨積(こづ)み、籠(こ)、壺(こ)、骨(こ)、骨(こ)、骨(こ)、骨(こ)、骨(こ)、骨(こ)、骨(こ)、……
その、籠(こ)は、毀(こは)れて、しま、ひ、ま、した。
その、壺(こ)は、毀(こは)れて、しま、ひ、ま、した。
その、骨(こ)は、毀(こは)れて、しま、ひ、ま、した。
(無題)
息を
ふきかけると椅子は
音もなく倒れた
溶けるように透きとおっていった
おりてくる光線
両足は砂に埋れたまま
口をあけみあげている
貝殻になった音楽を拾いあげ
耳にあてる
もう死んでいるから
なにも聴こえない
菌糸
怠惰
言わなくてもいいことを言ってしまったあとを降る雨は普段よりずっと爽やかだ
雨が降るように日々は台無しなことで織られるんだとわかるから台無しなことを愛する気持ちになってくる
「やればできる」という素敵な発想を信じるからこそ僕らのように怠惰な人間ができあがる
ほんとうは行為者のほうが可能性への信仰が甘いんだ実際に行為しなければ「やればできる」ことを信じられないのだから
水準
子供との論争なら簡単に勝てると思っているならそれは間違いだ
子供は論理を無理やり押しとおす力が強く大人が何を言っても持論を繰り返すことで言葉の迫力を維持する
そうなると子供が口を閉ざすよりも大人が閉口するほうがほとんどの場合では早いだろう
言葉にはそれを交わす水準がある大人の論理では子供の論理を突き崩せないように
実際に経験してみると激しい言い争いであっても成立している分だけは暗黙の了解を守りあって水準を保っているんだなということがわかる
そして僕は自分でものを考える水準と人と論争・討論する水準もそれと同じくらい差があると感じている
対話によって考えを深めていくことは不可能だ
もし対話に深まっていく可能性があるならば相手の言うことをほとんど無条件で肯定するという方法しかありえない
相手の発想に刺激を受けるとか言葉を取り込むことはありえるかもしれないがそれは一方通行のもので読書と同じ構造にすぎない
双方向性の対話を深めれば相互カウンセリングとでも言わざるを得ない関係に行きつくはずだと思う
内部
自分を押し通すより人に褒めてもらうほうが嬉しいというのは弱さだ
弱さというのは自分を認めることの弱さだ
自分でそれがいいと感じるのに人にだめだと言われるとだめだという方を重く感じてしまうということがある
自分の方が見る目があると感じていてさえも人の意見が不思議に重くのしかかることがそれが弱さだということだ
禁止
人にはそれ以上踏み込まれると気分を悪くする空間的テリトリーがあることに気がついたアメリカの文化人類学者が「パーソナルスペース」という概念を作り上げた
その概念を知ってから「醤油とってくれ」という要求は要求というより人の空間を尊重した気づかいなのかもしれないと思うようになった
「パーソナルスペース」が確立している人ほど肉体的接触に性的な色合いの増すことは内気な女性にとってのハグと開放的な女性のハグを比較すればよくわかる
性的関係はふだんは禁止されている行為が許可される関係として起こる
女性が裸を見られるのに抵抗する大きな理由は現代の水準ではそれが「行為の許可」を意味するからだと思う
逆に男性が女性の裸を見て性的興奮を覚えるのは女性のその姿から「行為の許可」というメッセージを受け取るからだ
だから男性が行為に向かうときはいつでも「僕にはできる」という想いを纏っている
綺麗な女性に性的欲望を抱くのは男性であることを決められた僕らにとってそれが獲得と成り替わりの二重の不可能性の代表像としてあらわれるからだと思う
つまり僕が女性としてふるまえないことや扱ってもらえないことが僕の男性として振る舞うことを結実しているならば女性を手に入れたいと考えることは当然だと僕には感じられる
貞潔
僕は純潔という言葉が好きだけれど「貞潔」や「貞操」という言葉の類語を好んでいるわけではない
僕が彼女と結ばれるより僕の好きな彼女が彼女の好きな人と結ばれてほしいというような感情を「純潔」と呼びそれが僕の好きなものなんだ
「貞潔」は良くも悪くも幼児性にしか宿らない
大人になってもし貞潔というものを握りしめつづけているならばそれは未だに親なるものへの依存を続けていることから起こるのだと思う
僕は「ありがとう」も「ごめんなさい」もほんとうは無効だと考えている
なぜなら感謝も謝罪もその場で精算できるようなものではないからだ
目の前だけの視野では「与える」という一方的な行為は存在しうるが大きな視野で見ると普段暮らしている中にはたくさんの行為がありたくさんの交換がありそれらをすべて把握するのは無理だ
親しい間柄には幾度のありがとうやごめんなさいに相当する行為がかならず相互的に行き交っている
それは目に見えないものを含めてつまりその代表である気遣いや思いやりも含めて
目の前での行為は味気ない言い方になるが「当然だ」というところで捉えなければかえっておかしなことになる
極端なところから言えば恩があるのだから奉仕しろだのという発想が実際に日常会話で生じたりするが恩などというものは存在し得ない
小さな範囲で見る限りしか与えることの優位性も損ねたことの劣位性も保持されないから
もちろん「ありがとう」や「ごめんなさい」を言うべきでないと主張するわけではない
そうでなくそれは無効のものとしてしか言われないということを理解しておく必要がある
生活は「ありがとう」や「ごめんなさい」の優しさで紡がれている
それが倫理的に無効であることは生活的に無効であるということではないということも同時に理解しておく必要がある
生活は坂道を下る老人の杖のように優しさを頼りにするから
お互い理解することには限界があると信じている心にも
会話は優しさでありうるように
倫理
「嘘をつくことは罪である」と断言した哲学者がいる
「人殺しに追いかけられている友人が、家の中に逃げ込まなかったかどうかと、われわれに尋ねた人殺しに対して、嘘をつくことは犯罪となるだろう.」
これは僕にとって「貞潔」という言葉が意味するところの発想でそれはうさんくさいと感じている
僕の考える倫理は現実に存在しない人間の顔色を窺うようなところにはありえない
人のエゴイズムは自分のものも他人のものも肯定せねばならないというのが僕の考える倫理の第一原則だ
去年の暮れ猫に熱湯を浴びせたりバーナーで焼いて虐殺した男が逮捕された
僕は猫が好きで人間に等しい重さの他者とも見做しているからその男に強い憎悪を持った
人のエゴイズムを認めるということだけではその憎しみについて解決できない僕の倫理は先の原則の上位にもうひとつの原則を加えてはじめて完成する
それは僕には責任があるということだ自分が存在し生活しあるいは死んでいくことについて
僕には責任があり責任は責任を持つものの意志を保証する
殺人
「犯人Aが被害者Bを刺殺し、被害者Bは死亡した。被害者Bの死亡にBの遺族らCは大きな悲しみと怒りを覚えた。」
僕はその正当な論理に断崖を見つける
殺人は空想的な行為だと書いたことがある
その時の論点は行為するものにおいて人を殺すという行為が空想の範疇でしか達成されないという発想について書いたものだった
だが被害者の側へ視点を移しても殺人は空想的にしか現れないのではないか
Bは死んだというのは現象であり事実だろうがBが殺人によって殺されたということと事故によって死んだことあるいは心臓麻痺で突然死んでしまったことの間にはどのような差があるのだろう
僕には「殺された」とは何なのかとても不安なものに感じられる
人が人を殺せるという水準には生命は存在しないのではないかというのが僕の感じ方だ
それは産まれることと生まれることの差異と似ている
「母親」によって産まれたという大事件の生じる領域と世界に生まれたという領域は違う
たとえば母親になぜ産んだのかと責めることはこれらの混同によって起こっているなぜなら生まれたところに生命の重心は存在するのだから
責任
人殺しに追いかけられている友人が家の中に逃げ込まなかったかどうかと尋ねた人殺しに対してエゴイズムの尊重は矛盾を露呈する
人殺しの殺したいというエゴイズムか友人の殺されたくないというエゴイズムのどちらかを否定せざるをえないからだ
カントはその矛盾に「嘘をつくことは犯罪だ」という基準で力づくの解決を試みたが僕は「責任」の二文字で立ち向かうことを考える
たとえば僕が異常者に熱湯や硫酸をかけられて苦しい思いをしても僕以外の誰もその苦痛への責任をとれないだろう
たとえば僕が通り魔殺人の被害者になったとして法律がその犯罪者を死刑にしたところで僕の残りの人生への責任をとったことにはならないだろう
責任を負うのは僕が加害者であろうが被害者であろうが状況の中にいる僕自身だ
人殺しの訪問はカントがそう考えたような絶望的な状況ではない
それは僕に選択の可能性を提示しているから現実のいろんな不可能性に比べてずっと容易な状況だ
僕の人生について責任を負えるのは自分自身だけだという前提において僕は原則として他人のより自らの意思を尊重する
その発想を他者へ敷衍するとき人のエゴイズムを認めることの根拠になる
僕自身がした行為の顛末も人が僕にした行為や世界が僕に与えた状況も全ての責任を僕は負わなければならない
僕が嘘をついたことも真実を話して友人の殺しに加担したことも
僕が人を殺したらほかでもない僕が死刑にされるように僕が人に殺されたら僕に落ち度がなくてもその責任を負わねばならないように
孤独
他人を乗り越えるということがある
他人には長い歴史がある
誰にも言えないような辛い思いをしたりあるいは嬉しい思いをしたり孤独を感じたりしながら人には言えないで
言えないまま死んでいくという領域がある
その領域に向かうことがかえって自分の孤独に正面切って向かうということなのではないか
純潔
僕は純潔という言葉が好きだけれど「貞潔」や「貞操」という言葉の類語を好んでいるわけではない
僕が彼女と結ばれるより僕の好きな彼女が彼女の好きな人と結ばれてほしいというような感情を「純潔」と呼びそれが僕の好きなものなんだ
「純潔」が好きだ「純潔」という概念はエゴイズムの中に自分の欲望より他人の欲望のほうが重要だという志向が含まれているという発想をとるからだ
片想いが好きだ「貞潔」が示すような親の庇護下にありうる臆病さによるものでなく「純潔」によるものである片想いが好きだ
彼女の幸せなんて僕には望めないに決まっているなぜなら彼女の状況が彼女に迫るものの責任を僕は取れないからだ
相手の人生には責任を負えないのに負えるようにふるまうとき「人のための行為」と呼ばれるいかにもうさんくさいものが現れる
僕は「純潔」が好きだ「純潔」において「僕にはそれができない」ということは悔しかったり苦しいだけではなく愛おしいこともあるんだと知ることができるから
「君が僕の想像のつかないところで存在しているところで君への愛情が水風船のように膨らんだ。」
「何になりたい」や「何がしたい」だけに未来や希望が宿るのではなく「僕にはできない」ことにも宿るのだということが「純潔」を知るときはじめてわかる
欲望
存在することよりも先に
君に欲望されることがあったから
冬の街を目的もなく存在し暮らしていくことが
責任のように反芻される
僕は誰かに欲望されているから
こうして存在し暮らしているのだということに気が付いている
僕を欲望している誰かのために生きることを
欲望していることに気が付いている
それは僕の欲望する人の欲望を
僕が欲望するのと重なっている
僕は僕の愛する君が
君のほしがっているものを手にすることを願っている
冬のあいだ
ふきぬけのなかで どれだけ剥がしても立ち現れなかった 水差しにまとわりついた影や 宝石をふくめて ひらいた風景はうしろへ うしろへ流れていく だから 椅子にすわる そして 椅子をたたむ 湾曲したこの体が 過去なのか それとも現在なのか いつまでも わからない
1
とじた窓のちかく たむろする草花を掻きわけ 到達した光の斑は あかるかったか それとも ふかくつめたかったか くらい部屋のなかでおもては 眩むほどゆたかに錯綜し はいり込んできては すりぬけていってしまう 風の やわらかな裾の 水をたたえた浴槽のような 窓にむかってのびる廊下のてまえ 貝殻めいた 階段めいた 動悸がする
2
しろい壁にかけられた1枚の絵の 脈絡もなく 水鳥たちが飛びかう 鳴きごえはあらかじめ 録音されたものだったのに うつくしく響いた くりかえしくりかえし ひんやりとした室内で やわらかな猫を抱くということは こういうことなのだと 凝固ではないえいえんの 耳のようにふくざつな草花は やはり くりかえし 風になぎ倒されて 比較的ゆっくりと 沈静していく
3
実母
私のなかに、
他者を投入する
投入された他者は
誤って毒の靴を履いた
白雪姫の実母のように
私の喉の奥でマイムを踊る
夜になると彼女は、
液体により人格を変える
何も食べるものがないと
部屋中を罵倒する
吐かれた唾は壁に貼りつき
ゴキブリが群がる
しがみついている今と
捨て去った筈の人生が
彼女のなかで撹拌される
罵倒は続く
夜が明けるまで
獣になった彼女の声が
月に向けられる
自分は何もかも
正しかったのだと
彼女の目から血が流れる
それを拭うものは
嗄れて腫れ上がった諸手しかない
駐車場
錆びたバケツで、壁に水をぶちまける
壁は
心臓じゃなかった
でもどきどきしてる
ポケットからアクリル板の切れ端を取りだして
太陽を見あげた
目のまえをちいさな船がよこぎって、波が視界にあふれてくる
アクリル板で
お父さんを透かしてみる
(悲しいって、何色だと思う?)
駐車場にずっと立ってるお父さんを窓から見おろしていました
お父さん、なにしてたのかな?
わかりません
窓のまわりには死んだ羽虫が仰向けになってて
四角い青空があって
一枚の凧が
女の子の顔みたいに浮かんでたんです
(そんなん言われても知らんし)
土曜日は
お父さん、お母さんを殴ってるから
衣装箱のなかでなるべく静かにしていようとおもっていて
日曜日は?
覚えてません
(白いの?)
こうやってさ、鋏で
おまえが書いたへたくそな詩をきりきざんで
窓からばら撒いてみるの
そっちのほうがもっときれいじゃん
(そうかもね)
それできみはお父さんになんて言ったの?
でもちがくて
でもちがうんだよ、お父さん
っていいました
(でもちがうんだよ、お父さん)
窓をあけて
風のなかで手をひらいたんです
それで?
アクリルで透かしてみていました
ひらひら、
白くて
それからまぶしかった
太陽が
いま、
棺のなかで父が燃えています
(ざまあみろ)
生きるというのは
とても戦争的なことですから
骨までぜんぶ透きとおっていくんです
ほら、
ここが喉仏です
汚いゴミみたいに、みんなで箸でつまんだり
壺にしまわないでください
わたしが死んでも
窓のそばで死んでる蠅みたいにそっとしておいてください
(お父さん、なにしてるの?)
錆びたバケツで
棺に水をぶちまける
でも棺の中身は
もう父親じゃなかった
(ねえ、悲しいって、何色だと思う?)
(ここ駐車場
駐車場しかないよ
ただの駐車場だよ
ねえ、お父さん
はやくどっかちがうとこいこうよ)
逃走する焦燥
まだ柔らかい太陽を捕まえて逃げる
泥だんごをぴかぴかに磨いてその身代わりにしておいた
吐いた息が舌に絡みついてうまく息が吸えないから
過ぎ去った日々に隠れることにした
黙殺された金曜日に男は死んだ
子どもの頃に抱いていた左に首を傾げたお人形が
男にとてもよく似ていた
毛先を剃刀で整えて微笑んだ鏡の中
幾つもの顔があるのに誰も視線を合わせてはくれないから
化粧ポーチにそっとしまう
OLの鞄が重いのは広い砂漠をしまい込んでいるからだ
ラッシュの電車で赤ん坊が泣いても耳を貸さない
サラリーマンのシャツの襟には汗と垢が黒ずんで
それを誇りにするのは気持ちが悪い
昨日した口論は不法投棄された
ゆくゆくは児童公園の砂場に埋められて山になる運命
四つん這いになって貪った野良犬の縄張りを死守する夜明け前
石ころと化した星屑の残飯にありつける
甘い金木犀の香りが救いようのない怒りを沈静化しても
移ろう季節を有耶無耶に先取りすることができない
偽りは罪だ、創作だとしても
汚い声をあげる鴉が米粒を狙って体当たりしてくるから羽根を毟ってやった
これは断じて羨望ではない
少しだけ早く産まれたが規則正しく死んでいただけだ
吐瀉物に塗れただけなのに美しくなれると信じ込む人間は少なくない
隔離されたら夜の街を歩き続けられる
目にした光景を次々に忘れながら
精液はさらさらで馴染んでくれるから
愛の囁きなんかより信じられた
不忍池に浮かんだ男は雲ひとつない空を見上げている
半開きの目で昇り始めた泥だんごの位置と甘さの調整をする
太陽の熱と違うので鍋の餡を焦がしてしまった
今日は豆大福がショーケースに並ばないしコンビニではあんパンが売り切れている
撃鉄がズレていて弾けない男は射精しない
仰向けのまま崩れていく
男を隔てる境界が曖昧になったら好きなものだけ選別してと融合しよう
例えば、へその緒で繋がった赤ん坊、陽の当たらない桜、Instagramの甘ったるいスイーツ、経管栄養をしている老人、風俗看板と電柱の吐瀉物、躁うつ病の薬を投与されるマウス、東京タワーから見えた赤い屋根、プラットフォームで白杖を掲げる人、渋谷ハチ公前で待ち合わせする少女のふくらはぎ、
猥雑な混沌は男を分解する
掻き集めて太陽を芯に練り込んでお人形の形にして抱きしめる
これは再会でないはずだ
生命線
白色の鐘が鳴る。この世で最も美しい光景のひとつだ。あたりは晴れていたって曇っていたって構わない。月の重力は潮の満ち引きに影響を与える。満月よりかはその前の日の晩の月の方が美しい。満月が完成形だとすれば、そのひとつ手前の少し足りない月の影の中に、私は人間の奥底に眠る核との鮮明な共鳴を感じる。
深夜の公園には誰もいない。私はそれをとても不思議に思った。本の好きな奴は本屋へ行き、映画の好きな奴は映画館へ行き、食事の好きな奴はレストランにでも行く。そこでは人と会わないようにするほうが難しい。月の光の中に僕らの心臓はないのだろうか。
こんなつまらないことは書くべきではないのでこのあたりでやめておく。重要なのは夜が開け放たれているということに気付いているかどうかなのだ。
川の水は冷たいと思われている。でも実際は温かいのだ。都会に育ったせいで、そんなことも知らない奴がたくさんいる。虫は鳥よりも優しい奴らだ。こんなつまらないことを語るのもやめておこう。
ではいったい私の書くべきことと言えば、何が残っているのか。
ある晩の話、それもまだ訪れていないある晩の話。
水は流れている。血も流れている。月も同じように流れている。生命はその中で流れている。つまり重要なのは、流れている液体というのは、常に温かみをもって存在しているということなのだ。
静けさはコップに溜まった水のように静止している。だから沈黙は肌を刺すように冷たい奴らだ。だけどそれが悪いと言うんじゃない。空気が氷のように透明なのはその冷たさのおかげなのだ。私の心がこんなふうに見透かされているのも、沈黙のもつ冷たさの影響だ。孤独についてはもう散々語られてきた。苦しいだの寂しいだの悲しいだの暗いだの。だから私はそれについては語らない。私は一本の花の話をするとしよう。そちらの方が新鮮だ。新しさとは柔らかな温かさのことをいう。
野原に風が吹くと、花は脇腹をくすぐられたように笑い出す。私がこんなことを書くだなんて信じられるだろうか。でもあなた方は私が以前書いたものを知らない。
ねずみという生き物は純白な奴らだ。汚い環境におくと奴らは汚れていき、衛生的な環境におくと奴らは清潔になっていく。キッチンの裏に入り込んだねずみと手術台の上に載せられたねずみはどちらが幸福なのだろうか。ねずみは幸福について考える脳をもたない点で幸福だ。でも奴らが幸福について何も知らないというわけじゃない。月並みな言い方をすれば、奴らは遺伝子で幸福を考えている。芸術的な言い方をすれば、私は白痴だ。幸福な遺伝子は生き残り、不幸な遺伝子はそこで途絶える。
これはいわば、ひとつの濾過作用であって、もともと100あったはずの幸福はその最後には1になる。これは不幸なことだろうか。
人間はひとつの幸福から生まれ、100の幸福のうちをさまよって、結局はひとつの幸福の中へ戻っていく。芸術家はそのことをよく知っている。ぼくらの人生はその大半が無駄によって構成されていて、ぼくは君の涙一滴でさえ美しいと感じていたのに、野蛮な奴らは赤や青や黄や黒の絵の具をキャンバスの上にぶちまける。その白い画布の上に君の涙だけが塗られているとしたら、ぼくはぼくの人生でもって、その絵を買い取ることにしよう。
この理論を宇宙の話にも適用してみせるとするならば、宇宙はひとつの爆発によって生まれ、またひとつの爆発へ収束していくことになる。ぼくは笑われているのだろうか。
つまり野に咲くあの白い花は、例えその色が赤だったにしろ、オレンジだったにしろ、黄だったにしろ、たった一輪咲いているという点だけで美しい。その花びらがあとたった一枚しか残されていないとしたらなお美しいだろう。ぼくはその花が萎れて倒れ尽くすまで、その花を眺めつづけるだろう。ぼくはその倒れた花の横に倒れ、永遠の命の誕生の瞬間を噛み締めることにしよう。そこでは空が晴れていたって曇っていたって構いはしない。
それでは私は、人間の生み出した最も悲惨な喜劇、戦争について語るとしよう。これについては誰もが恐れをなして、これまで一度も語られることがなかった。
戦争の起こる前の日の天気が雨だったとしたら、その戦争は起きなかったのではないかと私は書く。そして頭の中ではそれでも戦争は起きていただろうと考える。こうすると思考の間に高低差が生まれ、その水路を私の血が渡っていく。
世間では戦争は悪い行為であると教えられている。そしてみなそれを信じている。と、みなそれを信じている。でも私はそれを信じない。と、あなたはそれを信じるだろうか。
私は戦争について語りたいのではない。私は戦争を通して語られる、戦争とは全く無縁のひとつの感情について語りたいのだ。
戦争という行為はその呼称を変え、私たちの生活のいたるところに存在している。冷蔵庫の中だとか、番組表の中だとか、水の中だとか、字の中だとか、心臓の中だとか、原子核の中だとか、アルバムの中だとか、砂場の中だとか、地球儀の中だとか、携帯電話の中だとかにも。私たちの身の回りの中から、戦争ではないものを見つけ出そうとする方が困難なのだ。
私は鏡に向かって、「君は戦争か?」と問いかける。すると私は「そうではない。」と答える。戦争ではないものがここにあった!
それでは私は私についての解析に移ることにしよう。
あなたのお名前は?――ナナミナオ。
生年月日は?――1994年10月28日。
性別は?――どちらでも結構。
あなたは戦争について反対ですか賛成ですか?それとも賛成ですか反対ですか?――賛成。
その理由は?――戦争に反対して戦争が起こるのならば、私に残された戦争に反対する手段は戦争に賛成することしかないからだ。つまりはこうだ。我々の役割とは常に少数側の立場に立って、議論を均衡化させ、物事をその場で釘付けにしておくことなのだ。YESと言われたらNOと言え、NOと言われたらYESと言え。わかったか?
わかりません。――それで結構だ。
つまりあなたは戦争に反対なのですか?――賛成。
それは戦争に反対するための便宜上の賛成なのですか?――本質的に賛成。
その理由は?――戦争に賛成した奴が戦争によって死ぬことほど滑稽なものはないからだ。
戦争によって、戦争に賛成した人間が死ぬ姿をみるために、戦争に反対した人間が巻き込まれて死ぬは可哀想だとは思いませんか?――思わない。
その理由は?――戦争を止めることすらできなかった無能な人間たちが死んでいったところで私たちの心を打つところは何もないからだ。
そうなった場合、あなたも戦争を止めることのできなかった無能な人間のうちのひとりに数えられますか?――数えられない。
その理由は?――私は戦争に賛成だからだ。
あなたは戦争に際して、その徴兵を受け入れますか?――受け入れない。
それによって処罰されるとしても?――受け入れない。
それによってあなたの最愛の人間が処罰されるとしても?――受け入れない。
その理由は?――私には該当する者がいないからだ。
それは最愛の人間が処罰されないように便宜上そう答えているのですか?――いいえ。
あなたが徴兵を拒否したことにより、処罰を受ける対象者が無作為に選ばれ、その該当者があなたの最愛の人物であった場合、それでもあなたは徴兵を拒否しますか?――拒否する。
あなたは戦争へ賛成なさるのに、どうして徴兵は受け入れなさらないのですか?――本が好きでも本を書かない奴がいる。映画が好きでも映画を撮らない奴がいる。食事が好きでも食事を作らない奴がいる。私が戦争に賛成しても戦争に参加しないのは全くもっておかしな話ではない。
それでは戦争を始めましょうか?――そうするといい。各々が各々の恨むべき存在を打ち砕け!
ところであなたにとって敗北とは?――戦争について語ったことだ。
これは2004年9月2日、私から私へ行われたインタビューからの抜粋である。その他にも彼は地球儀から転落死した男の話や、魚の鱗の中に見られる刑務所での食事との類似性、チョコレートに含有されている女性の血液の割合などについても語ったが、これらはあまりにも有名な話であるので、あえてここで再び語る必要もない。
それでは宇宙についての話に戻そう。ひとつの石橋を想像していただきたい。
その石橋は宇宙のようにどこまでも続いているかのようにみえる。ぼくらの見る水平線はその橋によって左右に二分されている。この橋は今も建設中で、この橋のずっと先では今も橋が伸び続けている。その始まりへあなたは出現し、そこへ一歩を踏み出す。そしてもう一歩踏み出すと、初めに踏み出した一歩の乗っていた部分の橋は崩れてなくなってしまう。あなたがさらにもう一歩踏み出せば、二歩目に乗っていた部分の橋も崩れていく。あなたの歩みは橋の建設速度よりも早く、あなたはこの崩壊を連続させ、いつかはその建設部分にまで到着する。そしてあなたがその建設用の足場に乗った時、この橋はすべて消滅してしまうのだ。宇宙もこのようにして消滅する。そして今度はあなたが橋を作る番になるのだ。
宇宙の始まりはいつか宇宙の終わりに追いつかれる。そして今度は追い抜かした宇宙の終わりが宇宙の始まりとなり、追い抜かれた宇宙の始まりが宇宙の終わりとなって同じことを繰り返していくのである。そしてこの波はいつか静まるのだろう。そのあとには何が残るのか。そこには何も存在しないという状態が残る。何も存在していないということは何も存在していないということではない。そこにはプラスとマイナスの結合が存在しているのだ。すなわち無。無というのは何も存在していないというだけで何も存在していないというわけではない。
この世界には目に見えないものがたくさん存在する。光を透過させるもの。光を吸収してしまうもの。何かに覆われているもの。とても小さいもの。そしてこの世界に存在していないもの。
愛は目に見えない。見たというものがいるのならば、それはお気の毒さま、ということになるのだろう。おすすめの精神病院を紹介しよう。
愛は目に見えない。ということはつまり、それは光を透過するのか、あるいは光を吸収するのか、はたまた何かに覆われているのか、それともとても小さいのか、もしくは存在していないのか。勉強をよく積んだ良識のある読者ならこう言うのだろう。それもたいそう真面目な顔をして。愛は僕らの中に存在している。
聞いただろうか?愛は僕らの中に存在しているだって!その小さなおつむで考えたにしては、なかなか笑わせてくれる冗談を思いつくものだ。メスを入れてみよう、乾燥肌がご自慢の彼の真っ白な腹の上に。
他にも愛が存在する証拠を提示しようと数多くの人が声をあげる。貧しい子供たちのために集まった義援金の山の中だとか、ピンク色のカーテンに写る男女の抱き合ったシルエットの中だとか、我が子を見つめる母親の眼差しの中だとか、手の届かぬあの娘へ想いを馳せた青春の中だとか。これらの流れの途絶え、滞り腐った水源に対して、私はいったいどのようにして感動を覚えたらよいのだろうか。腕をつけるなり、白く小さな幼虫たちが、我が腕にしがみつこうと健気にその腕のない体で水中をかきまわる。彼らはその水の中でいったい何に怯え、私に救済を求めるだろうか。私は何も救いはしない。救われる行為とは、決して受動的な行いではなく能動的な行いだからだ。私が蠅を殺したときに驚くのは、その血の色があまりにも人間のそれと酷似しているという点なのである。
愛は流れだ。それもひとつの強烈な流れ。私は愛という言葉を用いるときに、いつもひとつの光景を想像する。やや赤みがかった透明な液体が強烈な圧力をその身に受けながら凝結し、つまりはその巨大な熱をその小さな一点に蓄えて、ひとつの完全球体を形成する。愛はその球体の中で超高速の回転の流れを維持している。私がそこに指を突き出してみれば、私の指は炭となって朽ちるのが先か、原子へまで分解されて吹き飛ばされるのが先かわからない。
これは私の生のイメージと芸術のイメージとひどく類似している。というのもつまり、私がそこに芸術的な感動を覚えるものといえば、それは生の結晶化的な表出であり、そこで見事な結晶を形作るために必要なだけの熱を有し得るのは愛でしかありえないからだ。私にとって生と愛と芸術は決して切っても切り離せるものではない。生を十分に表現するためには必ず愛の力が必要となり、愛を表現するためには必ず生をそのうちにはらんでしまう。私はそういった光景を芸術と呼ぶのだから。そういったところで私の説明が不十分であることはよく知っている。芸術の呼ばれるものの中では、これまで実に多くの愛というものが語られてきた。この作者のこの作品では彼の愛が表現されています。あの作者のあの作品では彼の愛が表現されています。鑑賞者たちは戸惑ってしまうだろう、昨日教わった愛についての表現が今日ではまるっきりすり替わっていると。これは愛そのものを描いたというよりも、愛から引き起こされる現象を描いたことを愛と呼ぶことからの錯誤から生まれている問題である。もう愛について語るのはやめにしよう。時計の針は夜中の3時をまわっている。
水を温めると、それはそのうち沸騰を始める。卵を温めると、それはそのうち羽化を始める。もしくはゆで卵の完成だ。トマトの中に入っている種の数を数えてみたら、それはちょうど50個だった。でも私はトマトの中にある種の数を数えていない。
私が書くこの手の文章にはすでにたくさんの人が飽き飽きとしていることだろう。
こいつの書く文章の中には、涙を誘うような感動的な物語も入っていなければ、心の踊るような情景も入っていない。心の安らぐような救済も入っていなければ、明日を生きるための希望も入っていないと。
それもそのはず、なぜならこれらの白紙のうえに横たわっている言葉たちと言うのは、どれもが捨てられてしまったものたちだからだ。そういう人気のある言葉たちはゴミ捨て場には落ちていない。落ちていたとしてもすぐに蟻たちによって運ばれていってしまう。だから蟻の巣の中には実に広大な文学と言うものが広がっている。子どもたちはよくアリの巣の中へおしっこをする。彼らに拍手を!子供たちは文学に対してどのような態度をとるのが適切かよくわきまえている。
私が蟻と綱引きをしてようやく手に入れた言葉がひとつここにある。見せてやってもいいが、その前に手を洗ってきてくれたまえ。ついでに顔も洗って鏡を見てきた方がいいだろう。どんな文学よりも滑稽な顔がそこに映る!
寛大な心を忘れないように。文学はお遊びではないのだから。ねえ、先生?
日本語で書かれた最も優れた文学作品は、夏休み前に子どもたちへ配布される夏休み期間中の生活こころえであると私は主張する。なぜならそこには誰にでも理解できる表現が使われているし、守るべき道徳や規則が掲げられているし、そしてなにより夏休みに対する子供たちの計り知れないほど大きな期待が含まれているからである。子どもたちはあのリストに載った項目をひとつずつ破っていくことによって、夏休みの自由を実感してくのだ。
親は誰しも子供には正しく生きてもらいたいと願うものなのさ。いや、隠れろ!例外な奴がきた!
もう行ったか?それでは話を続けよう。
ええとなんだったか。そうだ、親は基本的には子どもに正しく生きてもらいたいと願うものなのさ、という話だった。それがつまりどういうことかというと、親は子どもに後悔をしないような人生を送ってもらいたいと、あれやこれやといろいろなことを教え込もうとする。それもう本当にたくさんのことを。それはもう本当にたくさんだ。国語の辞書はそれをおせっかいと呼んでいる。
それに対し私は、たったひとつのことを教えるだけで十分であると提唱しよう。後悔をしないようにと。後悔をしないためにどうすればよいのかを教える必要はない。後悔をしてはいけないことだけを教えればよいのだ。
友よ、たくさんの疑問符を持とう!この両親から生まれてきたにしては、あまりに僕は優秀過ぎる。本当は、僕は里子ではないのかな?くらいのことを!
ぼくは君を愛しているよ。君らは本当の未来だ。車が空を飛ぶようになるのとはわけが違う。
未来、ぼくがやっとのことで蟻たちから取り戻した言葉。
未来、なんと柔らかくて温かみのある言葉なのだろう。
未来、それを無機質で冷たい言葉にしようとしている奴らがいる。
ぼくは未来と言う言葉のひびきを明日ということばのひびきと同じにしようと努めている。明日が未来だということを忘れている奴がいっぱいいる。君らが失望するのは構わないが、その失望を私たちにまで押し付けないように。
失望、青くて甘い、味わいのある良い言葉だ。他人のを見る分には嫌いではないよ。大いに失望してくれたまえ!
猫と女は追うと逃げる、とよく言われる。でもただ待っているだけでは寄ってこない。彼女らを呼ぶためにはエサが必要なのだ。ではそのエサとはなんなのか?
10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、0。
はい、制限時間切れ。解答権は次のあなたに、そう、あなたです。あたりを見回したって誰もいませんよ。この文章を読んでいるあなたです。この国の人間の気質からすると、この手の問題には答えてくれない。じゃあこの話はやめだ。つまらない。
ヤドカリの生態系について話した方がよほどか有意義な時間になるだろう。
つまりヤドカリは他者の死という強固な殻によってその身を守る。それに加え、倫理や尊厳までを身につけて、身体が重いので歩みは鈍い。別にそれでも彼らは構わないのさ。彼らの幸福は浜辺のうえで近親相姦を繰り返すことであって、ファーストフード店のフライドポテトを食べたり、レンタルビデオ店ののれんの奥へ進入したりすることではないのだから。ウミガメは産卵の時に涙を流す。これは非常に感動的な話ではないか?映画にでもしたらみんなが観に来るだろうし、道徳のよいお手本としても採用されるだろう。
心が純粋な奴が悪をみると、善と悪の見分けがつかないものさ。深呼吸をしよう。たとえ君が汚い公衆便所の個室の中にいたとしてもだ。
公衆便所の壁面の落書きと言うのは、匿名の作者によって作られた最も芸術的な作品のうちのひとつとして数えあげてもいいだろう。それが犬の小便のような臭いを発しない限りにおいて。君らが好きなのは血統書と狂犬病予防の注射のついた犬であって、むしろ君らが好きなのは血統書と狂犬病予防の注射の方なのさ。ヤドカリは死んだ魚を食べると聞いて、私はヤドカリを踏みつぶそうとする動作を少し思い留めた。けれどもヤドカリがいなくたって死んだ魚は朽ちて消えるのさ。私は10秒経っても私の足元から移動できないヤドカリを容赦なく踏みつぶした。ヤドカリを殺すことのできる生物の数が限られているのならば、私は積極的にヤドカリを殺してやらなくてはならない。公衆便所の壁にはそんなことが書いてあった。
他にもいろいろと書いてある。090‐××××‐2280、爆乳天使、顔はブス。SEX。アナル。我は神なり。トイレットペーパーはおいしい。手でケツを拭け。カレー味のうんこ。パンツをください。死ね。生きる。死ね。
カメの産卵に負けず劣らず、これらの詩句は感動的である。痛切な心の叫びがあらゆる道徳的、倫理的な監視から解放され、表現されている。これこそまさしく自由である!と、私が言うとでも思っただろうか。いや私なら言いかねない。なぜなら私は自由だから。でも素晴らしいよ、素晴らしい。いうなればこれは自由にとっての精子の段階だ。これが卵子と出会って結合し、成熟すると自由になる。もう少しいろいろなものを見て、いろいろなことを知ることだ。それとヤドカリを踏みつぶすほんの少しの勇気。これはまだ無秩序の段階だ。ぼくらに必要なのは無秩序的な秩序であり秩序的な無秩序、あるいは秩序的な無秩序であり無秩序的な秩序なのだ。ところでここに愛している!という言葉が見つからなかったのは非常に興味深い。
ひとつ伝言を預かっているのでそれを伝えておこう。10年後のあなたからだ。
「もっと早く死んでおけばよかった。」
目を逸らすな、目を逸らすなよ。今からこのスプーンで君の目を穿り返してやるのだから。いや、ちょっと待ってくれ。ぼくが狂った人間だと認定するのはいささか気が早すぎる。それはぼくが奇声でも発して口から泡を吹きながらこの文章を書いているのだとすればぼくは狂っているのかもしれないが、ぼくは今、いたって真面目な顔をして、非常に落ち着いてこの文章を書いているんだ。やっとこの物語も半分が過ぎたところだ。ところでぼくは反対する。本というものには大抵その隅にページ番号が書いてあるだろう。それとその本自体の厚さによって、ぼくらはその物語の変転の程度を予測してしまうし、予測させられてしまう。だからこのぼくの文章も後半の2割のページは全て白紙になっている。後ろを見るな、後ろを見るなよ。よそ見は不要だ。幅10センチの板の上を歩くように、慎重にこれらの文章を読み進めたまえ。とんちをしているんじゃないぞ。そういう表面的な技巧は嫌いだ。推理小説など糞くらえ。おっと失礼。でもバカバカしいと思わないだろうか。想像上の世界で、想像上の人物たちが巻き起こす、想像上の時間の中からひとつの真実を見つけ出そうというのだから……。これは小声で言うとしよう。そこに真実などありはしない!その作者が、登場人物たちの靴底と地面に生じる摩擦力や室内で発生する空気の流れ、配置した木々の生み出した酸素の総量や街灯の消費する電力とそれを供給する発電所の発電量などの一切を計算し尽くしたうえでその物語を描こうというのなら私は咎めないが……。現実と言うのは単純じゃない。ぼくらが言葉によって現実のほんの一秒でも描写しようと試みるのなら、ぼくらは今見ている目の前の光景から、地球の裏側までの全て、さらにいえば全宇宙に至るまでの全てを計算し、描写しなければ不十分だ。どれだけ現実的に書かれた作品も、どれだけ非現実的に書かれた作品もそれがフィクションというだけで、どちらもひどく非現実的な作品となるだの。五十歩百歩。だから描写に上手いも下手もないのさ。どれだけなけなしの観察とやらを費やしたって、現実の足元のほんの0.000000000000……00001ミリにも及ばない。言葉の限界を思い知れ愚鈍ども。でもぼくは現実世界の描写が全く不可能だとは思っていない。君らには到底無理なのかもしれないが。そう言ってやってくれないか?劣化した現実を生み出し続けることが芸術だとか文学だとか勘違いしているお偉い方に。つまり、推理小説やその類なんて、ぼくが答えを言ったあとにその答えの方を決められるのとなんら変わりはないってことさ。でもだからといって、私がノンフィクションの作品だけを評価していると思ってもらっては困るよ。むしろその逆さ。確かに現実はとても美しい舞台だよ。でもそこに登場する人物が美しくない。せっかく唯一みていられる舞台での上演だというのに、そこでの役者がこれではあまりに舞台がもったいなさすぎる。それにいくら舞台が現実だからといって、それを言葉で描写してしまえば、それはたちまちフィクションになってしまう。現実を言葉の上に書きだすのは君らでは不可能だからだ。だから実際には、この世界の文学にはフィクションの作品しかないってことだ。あるのはノンフィクションを題材にしたフィクションの作品と、フィクションを題材にしたフィクションの作品だけなのさ。わかるね?だから小説などというものは決して真面目な顔をして書くものじゃない。書かれたものの中に真実があるとすれば、それはその文章が実在するある人物によって書かれたという真実しか存在しない。そういう意味では、フィクションを描いた作品も、ノンフィクションを描いた作品も、夢で見た光景も、現実に広がる光景も、それ自体がこの現実に存在するという一点ではどれもすべて真実なのだ。にもかかわらず、夢の話や想像の話と前置きするだけでそれが非現実的で無価値な話だと判断する奴がいる。書かれたものというのは、その書かれた内容に価値があるのではなく、その内容のものが書かれたということに価値があるのだ。この視点からみれば、全ての言語的な作品はみな同じ土俵のうえで公平な評価を受けることができる。現実を題材とした作品も想像を題材とした作品も、私たちが見つめなければならない先は、その作品を通した先にある作者の存在なのだ。書物は対話であり、ひとつの現実である。あなた叶えられなかった希望を書物の中で自在に実現してやろうというのなら、どうぞそれはトイレの真っ暗な個室の中で繰り広げていただきたい。書物はあなたの叶えられなかった願望を叶えるための都合の良い舞台などではないのだ。そういうのは現実でやってくれ!自分の願望が現実で叶うのなら、そう簡単なことはないだって?馬鹿も休み休み言うように。願望っていうのは人生を捧げてでも叶えるものだ。その程度の価値もない願望など火で焼いて燃やしてしまえ。若いときの苦労は買ってでもしろというね。あれは年寄りの考え出した年少者に仕事を押し付けるための都合の良い文句にすぎない。他人から売られた苦労なんて金をもらっても買うんじゃないぞ。君の為すべきことをしろ!それがないのなら死に物狂いで見つけ出せ。死ぬのも生きるのもそのあとだ、会社へなんて行っている場合じゃないぞ。YESと言われたらNOと言え、NOと言われたらYESと言え。他人の言うことなんか決して聞くものじゃない。なにをこんなところで突っ立っているんだ。早く会社にでも行きたまえ!
猫に魚を見せると寄ってきたが、女に魚を見せても寄ってはこなかった。女に金を見せると寄ってきたが、猫に金を見せても寄ってはこなかった。賢いのはどちらだろうか。
つまりはだ。君の書くという行為が現実に対してどういった効果を与えるかということを想定し、その手段としてのみのためにそれ行使しろと言っているんだ。私たちには現実という実に精巧にできた舞台が用意されている以上、それをわざわざ文字で作った世界などというあまりにも不完全な舞台を用いようなんていうことは、蒙昧主義的と言わざるを得ないのだ。お前がこの文章を破り捨てるまで繰り返してやる。書くということは現実だ。書かれた内容が現実か非現実かなんてことは関係ない。あえて言えば、書かれたものというのはすべて非現実だ。書くという行為だけが現実だ!本当にこの世界が現実ならね。君の頭に脳は入っているかい?ぼくの言葉が理解できるか?なんて嫌味なことを言っているんじゃないよ。君は実は作られた機械で、自分の中身が人間なんだと思い込んでいるだけなんじゃないのかと聞いているんだ。この世界がぼくを観察するために作られていたり、もしくはぼくの作り出した想像上の世界でしかなかったんだとしたりすればこれまでのことは謝ろう。
ところで私は生きているのだろうか?
私は私の思いつく限りの名詞をその方程式に代入してみたが、一向にその解は得られなかった。そこで私は考えたのだった。ここで問題となるべきなのは、何を与えるのかではなく、どうのようにして与えるのかなのではないかと。私はその憶測の是非を確かめるためにさっそくそれを実験にうつした。用意したのは一匹の猫と一人の女だ。猫の方は私の実費でペットショップから購入したものであり、女の方はどうせ味の違いも分からないくせにと思いながら高級なレストランでディナーをご馳走したのち、その女よりも百倍は美しいだろう宝飾品をプレゼントして、そのうえ酒までも浴びせるように飲ませてやって、なんとか私の願いをひとつ聞き入れてもらえるように承諾をとった。
私はそのふたつの被験体を自由に身動きの取れないよう紐でつなぎ、水だけを与えながらおよそ一週間から二週間、あるいは三週間から四週間、そのままで過ごさせたのだった。その経過についてはあまり語らないでおこう。私の唯一の懸念は女がその猫を食べてしまってはいやしないかということだったが、女はそのでっぷりと蓄えた道徳心のおかげからかその心配を犯すことはしなかった。私が彼女らのために用意したのはただのパンである。それ見た彼女らの瞳はなんと美しく輝いたことか。彼女らはすぐに駆け寄ってくるのかと思いきや、ずいぶん力なく、這うようにして私の足元にへばりついた。私は彼女らに結ばれた紐の張り具合を確認すると、ちょうど彼女らの手が届くか届かないかのところへそれを置いた。それに対し彼女らは懸命に手を伸ばす。状況は猫の方が有利そうだった。猫の爪がパンの皮膚に触れる。それを見た彼女はパンへ伸ばしていた手を自分の真上に持ち上げて、それを猫の首のうえへと目一杯に振り下ろした。その一撃はすでに半分は死にかかっている猫を殺すには十分なものだった。そして彼女は我にかえり、しまったという顔をしながら私の方を見上げるのだった。その後の経緯についてはあの日の新聞に取り上げられたとおりだ。
愛の存在を確かめるために何千匹ものねずみが手術台にのぼった。人間の肘から手首までの長さは足の裏の大きさとほぼ等しい。昆虫は宇宙から飛来した生物である。ガラスは厳密には液体である。聴覚は味覚から派生した感覚である。猫の額の平均面積は28平方センチメートルである。フランスの国土は全国家中43番目に大きい。涙はアルカリ性である。アルファベットの7番目の文字はGである。地球は今から43億年前に誕生した。セミの羽には血が通っている。男性の3人に1人は体内に子宮の名残が存在する。蛍は幼虫の時期からすでに発光する。人間には利き目というものが存在する。イルカの祖先はアヒルである。人の血が赤いのはその中に含まれるヘモグロビンの鉄が酸化しているためである。山の中には地球上に存在するうちの4割の水分が蓄えられている。白い薔薇の棘は有毒である。
夜は眠り朝がくる。水溜りのうえに腰を下ろした犬もそのずぶ濡れの尻をあげて去っていった。私は彼女の紐をほどいてやり、虫かごから外へ逃がしてやった。そしてそこで待ち構えていた蛙に飲み込まれてしまう。蛙は私にこう言った。
「白い犬を飼うのなら立派な靴を磨きあげてからにしな。」
蛙にしては口が達者だ。イルカが車に引きずられてやってくる。そして去っていく。信号待ちの歩行者は少しずつ地面にのめり込んでいく。信号は赤から赤へと変わった。乳房を露出させながら牛が歩いていく。男性陣の眼はみなそれに釘づけだ。山から川が下りてきて、挨拶だけして帰っていく。花びらが動物園から逃げ出したらしい。カフェの店員が私を手で呼ぶ。空き缶の中から赤ん坊の声が聞こえる。それを犬がくわえていった。緑色の写真を渡されて、ここへ行くようにと指示される。電車が到着して、駅員のポケットにしまわれた。札束が水槽の中を泳いでいる。消防法にしたがって、街の人口の3分の1が活字となった。教会では十字架の横棒を切除する工事が行われている。海がやけに静かだとコーヒーの泡は語った。石油の値段が暴落して、みなシャワーに石油を浴びるようになった。窓ガラスは危険なのですべて取り外された。
白色の鐘が鳴る。この世で最も美しい光景のひとつだ。あたりは晴れていたって曇っていたって構わない。月の重力は潮の満ち引きに影響を与える。満月よりかはその前の晩の月の方が美しい。満月が完成形だとすれば、そのひとつ手前の少し足りない月の影の中に、私は人間の奥底に眠る核との鮮明な共鳴を感じる、と、ある晩に逃げ出した少女は感動的な死を遂げながら言った。
雪曜日
小判みたいな雪片が
ぼとぼとと落ち続けて
すべてを埋めてしまったから
歩道は歩くところではなくなって
とりあえずは車道を歩く
交通機関が麻痺しても
仕事は休みにはならないから
歩いて職場に向かうのだけれど
時計はしばし動きをゆるめた
ときおりやって来る自動車は
歩くより少し速いスピードで
のろのろと私を追い越せばいい
ここはスケートリンク
みな似たようなスケート靴はいて
輪を描いたり
すべり抜けたり
思い思いに
たまにはこんな日があってよい
月曜が来て
火曜日を過ごし
ようやく水曜日になる
木曜日にはホッと息をついて
溜まった用事は土曜にこなし
待ち望んでいた日曜日
私、何してた?
それでも
階段に踊り場があるように
私には日曜日が必要だ
登りゆく先の先は見えなくて
辿ってきた道のりはおぼろ
でも踊り場ではステップ踏んで
タタン
トトン
タタン
トトン
タン
ほら、また、ばかみたいに
大きな雪が降ってきた
切断
群生する羽根の生えた天使たちは、嬌声をあげて飛び回る。光の裏側へと行き交う花の生殖器が降り注ぐ。瞬きに揺れて触れ合う。着火。迸る飛沫に乗り込む太陽。柔い風が炎を奪い、温むまっさらなシーツ。僅かに湿っている箇所をピンと伸ばし、種のついた綿毛を滑らせる。
落としたマーブルチョコレートは鮮やかに散らばって、アスファルトの落書きを着色した。チョークでできた線路の果てに流れる小川は霞んで、緩ゆると流れる。モノクロームの水面は鈍く乱反射する。甘く蕩けた影に微睡む魚は、白紙に落ちて滲んだ。
続かない会話に終止符を打って、放たれたアルビノ。漂白された体毛は色を許容しない。漂着する前の完璧な六花の剥製。一点の曇りのない解を導き出したダイアモンド。骨格標本は正しく納められる為に配置された様式美だ。氷点下の陽光のみ吸収できる、逃避としての水。
錆びついた恒星の軌跡にぶら下がる、その重力に脱臼する関節。野ウサギは欲情のままに2ミリほど浮遊している。遠雷と発砲音。点々と落ちた血液は真っ赤に咲き乱れ、薔薇の失踪は始まる。首を落とされた毛皮の白銀と対価としての硬貨の比率。揺れ続けたい天秤たち。
眼振する世界平和でダンボールになった猫。箱の中で終息する野性。防災アラートに代わる人工的なアンタレスは鳴り止まない。カギ括弧にかける囀り。追い掛ける前脚の肉球の汚れを拭う雑巾。全ての信号は伝達の為に存在し、生命の限り尽きることはない。
angle
チューリップと呼べば
チューリップになるが
花と呼べば
花になった
一輪、
わたしは
花がいい
風が部屋を抜けて
たましいが見えた
りゆうとかいうやつ
知らんけど
そんなかたちだったか
空間のあざ
道理で、
いちまいが
ゆるやかに角度を大にし
水を換えろ、と
母親のような声。
また抜ける風が
埃や
生活臭
おもいでとかいうやつの
半分を浚っても
ふつうに暮らしたいよ。
ふつうってなあに、とか
思うこともなく
光
一
朝は模倣だからいつでも人に親しい
そそぐ光の新しさに幸福の名前を与え
そう考えてきた僕の幼さは
光のように与える能力を自分自身にも期待した
自分の精神過程または身体から遊離して、
あたかも自分が外部の傍観者であるかのように感じている
持続的または反復的な体験
(DSM-300.6「離人症性障害」)
これほど爽やかな朝の窓辺に
生きている実感とはなんだろう
失われてきたものの中で
僕は暮らしているはずなのに
与えることができるのだという
僕の生命線になっている想像には
世界がこれからも持続してくれるだろうという
大きな信頼が必要だった
二
何もかもを受けいれようとする想像が
銀の腕輪をはめた二本の腕になって
この青空を支配している
時間軸上で広がっていた
建築の想像が
空間の想像にかわって
あんなに高いビルが
もう何本も打ち立てられた
誰のことも考えない
おそらくぼく自身のことも
ただ冷たい石の上で目を閉じよう
(「あれは忘れ物」友部正人)
与えてもらう想像のないところに
与えることはありえない
受け入れてもらう想像のないところに
受け入れることはありえない
恋人があなたを見るときよりも
ずっと遠くへ目をやったとき
関係の幸福と不幸が
そこで一致することに
気がつくだろう
朝に光が注いでいるということは
そこには何もないということが
注いでいるんだ
三
どうして人を恐れるほどに
人が恋しくなるんだろう
天使が僕に囁いている
あなたにも与えることができるのだと
今日までさんざん与えられてきたのだから
そうに決まっているじゃないか
怠惰な目が愛おしいものの名前を
数え上げはじめると名前は
想像を欠いたまま広がっていく
呼びかけても
きっともう届かない
愛するものは名前になっているから
それでも僕は呼び続ける
果てしない距離を目の前に
踏みとどまることの愉楽のために
学者や批評家のように
たくさんのことを知っていても
話すことのできる言葉はたったひとつ
名前ばかりが溢れている
どうして遠くへ向ける言葉に
目の前の世界が対応するのか
世界自体でなく
現前する個物のほうが
世界を包含する全体であるから
彼女は僕の目の前に
名前として現れつづけることで
毎晩寂しい思いをしているのだとさえ思われた
四
僕らは僕らにとって黎明期だから
既視感は世界へ束縛するというより
幼子のように引き留める力で訪れる
未来は過去の方角にある
「はい」や「いいえ」のように
同じ意味をもつ言葉だけでしか
語れないことに気が付いている
僕らの知らないところで
語られる言葉だけが
正しいと信じられることをやりとりするのが
僕らにとっての親愛だ
高さを信じるならば
低さだけが僕らの場所だ
しかし高さを信じなければ
低さの意味を説明できない
それは大きな声をあげないかぎり
誰にも見向きしてもらえないのとおなじ
自らを嘲りながら振る舞うことでしか
実存性を信じることが出来ないように
嘆きは未来への自嘲としてしか
正当化されないことがわかっている
僕は本当のことを言わなかった
ごまかすことでしか
君には触れられなかったから
五
君の身体へ代表されて
価値は明日へ送り込まれる
そのとき僕はいつでも今日を
例えば交差点を通り過ぎていく人々を
目で追い数え続けている
僕にとって獲得が問題だ
遠くで窓がぼうっと光るように
君を大切に想うことが
正しいことのようにさえ思われてくる
正しさは精神的な権力によって決められる
精神の国は現実の国よりずっと支配的だ
青空を横切る雲のひとすじのように
もし君が無力なのなら僕が
君を愛さなければならないだろう
もし僕が無力なのなら君が
僕を愛さなければならないだろう
僕にとって到達が問題だ
窓のカーテンを引くように
君が僕を愛することは
間違いだという核心を引く
六
裏切られるのが怖いんだ
君の罪においてさえ
罰せられるのは僕だから
本当のことなんかどこにもない
信か不信があるだけだ
とても触れえないほど
か細い恐れと
目にも見えないほど
小さな振幅が
暮らしていることを織り上げている
本当のことなどないならば
騙されるというのはなんだろう
何が瞳のすきまを縫って
暮らしは過ぎていくんだろう
してはいけないというよりも
できない
僕の行為は空想だから
どこにも行きやしないのにと思いながら
また僕は街を歩いている
もしも明日が過ごせるならば
できないというよりも
してはいけない
僕が見られているかぎり
a dream
血に満ちた海を 光れ
彼らの汚れた腕は 一片の愛を希み
漂流の中で 互いを刺し合う
血に満ちた空を 光れ
私らの汚れた足は 一片の愛を希み
漂流の中を 歩み続ける
貴方の涙を 私は水のように飲みました
貴方の刻まれた胸を 私は巣のように休みました
貴方の痩せた肉を 私はたった一つの食糧としました
返礼 私は私を差し出しました
永遠に渇くようにと
手を放しました
物語からの追放を
私は私の物語を追放し
私は貴方の物語から私を追放しました
漂流の中で私は永遠に渇きながら 殺人を犯すでしょう
徴を 歌います
それでも あの光がこの目を満たすというなら
私の手は 青白い 輝きを抱き
手放した希望の数々をそっと食みながら
染まりゆく翼を 発芽させるのです
私達を分かち それが幸福であることを祈る
あの数々の嘘達を殺しましょう
瞳は黒から 赤へ そして銀に至りました 次は恐らく白でしょう
この瞳は白夜の輝きを宿すでしょう 永遠でしょうか? 循環する色彩の
望みません
この物語を 私は断ちたいのです
この物語を 私は行きたいのです
血に満ちた海を 光れ
血に満ちた空を 光れ
あの夢に ふれ
永遠の春が 貴方の額を撫でるよう 願います
私は咲いていますか
私は囀りますか
淡く飛び立つ 雲雀の瞳の凍結を
貴方は 忘れて欲しいのです
白夜が貴方を 守ることを祈ります
やがて行く季節に
血の臭いを辿る白い瞳の獣を
貴方は殺してください
その血は空に昇り 1mmのオーロラを咲かすでしょう
この幻光 が 貴方の 目に 映るならば
夢のように
煌く
血の色を
オーロラと白夜へ
港景
海沿いの廃食堂の
ガラス張りの生け簀に枯葉が浮いている
埠頭にぶちまけられた鳥の糞を飛びこえると
湾岸道路のカーブが
かすかな陽光を集約して
空白をつくりだす
そして浮きブイの向こうに点滅する鉄塔があらわれ
霧雨とともに無音ですり減る長靴の底
冷たい風が感傷をそぎ落とし
貨物船が港の前景を白い航跡で切り取っていく
宿題
ええ、大好きなあの子たちは
ひとりのこらず卒業していきました
あの子たちとの出会いは
わたしが大学を卒業したばかりのころ
たずねていったのは駅前の大きな病院
一時間もまえから
ベッドで待っていたかれらと
さっそくはじめの授業でした
えんぴつでおおまかな輪郭をとり
うすい色から順に彩色していくときは
『先生、やるじゃない、』
とはげますようだったのですが
『やすむ暇をあたえないで、
ぼくらには時間がないんだ、』
そんな風に言っているように思えたのです
そこでわたしは、授業ごとに
宿題を課すようにしました
それも意地がわるかったけれど
なるべく時間のかかる宿題を
休みが終わるでしょう
するとひとりのこらず
誇らしげに宿題を提出するのです
『すべてがおじゃんになるかもしれない、けれど
ぼくらはあしたのために宿題をするんだ、』
そんな声が聞こえるのを感じたのです
ええ、あの子たちは卒業し
やがてひとり残らず亡くなりました
すべてがおじゃんになったかもしれない
けれどあの子たちがみていた
あしたはたしかにあって
はるか先へつづいている
わたしたちを追い越して
ずっとずっと先へ進んでいるのだと
わたしは思うのです
もうすぐ桜の咲く季節
大好きなあの子たちがあつまるころです
土地の血
燈の傾倒樹林、
凱旋門を統べて在る狂奔より
薔薇と臼砲
海縁を磔刑像が錆びるごとく
多翼銃剣、
縊死鬱血の鈍鉄罐を
擬似縫製-液体花壜を逸れつつ
瞭然の懐疑を
起源黎明へ懐胎し
額縁を渦巻く緘口令
その飢饉の噂、
現象を緩む鉄砲百合
その破壊の季節に死に罅割れる絶対死への廻廊は胸像を純粋に磨き続けつつ
冒涜を硬貨に腿の絶望に乾き続ける噴水庭園の八端十字に水洗礼を滴らせながら
豊饒の市街を赦す塩の草花へつぶさな眼球の法医学を振子の種を撒く分銅の騎馬の甲冑の様に確かな
奴隷と死
辺縁と蜜蜂そして
絨緞裁縫工場に降るセロファンの花網を亙り
苦く秘匿された立柩を諸手は受け遂に見えぬ花湛える天球儀の外に繋がれた幾多の白熱電球を
希望への釘そして椅子に
腐朽酸蝕に被い
機械下の創物が全て尊厳死に赴く迄、
それをも飢饉の季節は逡巡無く死と麦種に稔らせ
塩の婦像柱が掘り起こされた時、
饗宴の果て、一匹の蟋蟀が死に遅れた季候の上で鳴いている、
そして自由とは血に沈められた殖民の起源であり、終焉を亡くした空洞でもあるだろう
_
鉱脈より総てが解き放たれ
地上より
夜闇の扉を叩く
牡麋が
飢饉と疫病を振り撒き、
凝膠の溶解、椅子に受けた薔薇十字
市民革命宣誓文に投げられた喝采に沸く趨勢は鬨ぐアスパラガスの起爆装置に雄花を添え
避雷針は黒い丘陵を月蝕より芙蓉に預けて傾く
地平の醜怪な花々の滂沱は切離された壜攪拌機に普遍低劣な唾の塵と海縁を亙る砂の電気椅子を擡げ
蛇蓬髪の石化した姉妹を鏡に嵌殺しながら
牛乳罐、躑躅、そして硬い籾殻をホルマリン溶液の胸膜に秘匿していた
逆円錐の噴水が七週間目の飛語を覗く迄には、
土地の血はあらゆる繃帯に隔てられ
輸入品目への翻訳、出奔も威嚇射撃に耳を泛べる曇雲の部屋に、
もはや慣例である麻酔医と血縁のグランドピアノを映像世紀に死と影のごとく随伴するのみとなるだろう
雨を泳ぐ
雨が強くなってきたので
二階の窓を開けて
平泳ぎで空へ飛び出した
こんなに雨が降るのだから
それくらいは許されると思った
だけど泳げるくらいの雨の中では
息継ぎが出来ないのでは、と
思った途端に僕は溺れた
上昇しようと思ったのだが
天国はあまりに遠かった
部屋に戻ろうとしても
雨が強くて何も見えない
必死でもがいているうちに
意識が遠くなっていった
皮肉なことにこうなってから
雨は少しずつ弱まってきた
すべてを諦めた抜け殻として
仰向けに浮かんでいると
僕のように空へ漂っている
たくさんの人たちが見えた
それは灰色の宇宙に散らばる
小惑星帯のように美しかった
「やあ、たくさん捕れたなあ」
意識が途切れる直前に
そんな声が遠くから聞こえた
本当に変な夢だと思いながら
僕は死の中で再び目を閉じた
机上
机の上に残されたものは
一枚の白い紙とペンだけになった。
その一瞬前には、
たくさんの唄や、
しなやかな左腕や、
どこまでも翼のように
軽い足があったはずなのに。
私から、
できるものを奪ったのは
あなたという私だ、
私というあなただ、
吹きすさぶ嵐が
窓硝子を砕いて
去っていったあとの
部屋の机に残された
一枚の紙とペンを握りしめて
私は書く
私の血を、
私の肉を、
私の骨を、
やがて雲が切れて
太陽が地に光の筋を降ろす
その時に握りしめた手のひらには
一握の光が握られている
私は手のひらを広げて放つ
今、
机の上に残されたものは
一枚の白い紙とペンだけがある。
区画
記憶の通路から
水銀でかたちづくられた馬が飛びだし
漁港近くのバイパス道路を走る
立体駐車場を吹き抜けるぬるい風
遠くのサイレンがカーブミラーに映る地面をすべり
陽光が路地に隠された廃屋と茂みを浮きだたせる
ブロック塀のひびは古くからの系譜のように上下にひろがり
無人のスケートボードが街角を曲がる
出会い頭の空に浮かぶのは夕日だったか
それとも豪雨の青い光だったか
僕ん家
―R-o-
‐+―+‐+‐―
+―+‐+‐―
-o―O‐m
―‐―‐
立 敷 黒 わ 軋 目 弦 瓶
ち 石 く た む に の の
ん を 塗 し 角 見 鼓 船
坊 拾 り は 材 え 膜 底
し い た 寝 と な の を
昔 栗 く 転 ベ い 無 吹
こ 木 ら び 二 凸 数 き
の の れ な ア 凹 の 上
家 硬 た が 板 が 網 げ
に い 軌 ら の 梁 の る
住 枕 条 天 ク と 結 ズ
ん 木 を 井 ロ な い ボ
で の 走 を ス り 目 ン
た 四 っ 逆 し 顎 を の
子 隅 て さ た の 吊 裾
ら の 天 ま 図 額 り 野
の 焼 井 に 形 か 上 を
身 け 列 歩 を ら げ 北
長 た 車 く 指 天 1 風
記 柱 を コ で 井 本 ピ
録 に 待 Ι 撫 を 1 ュ
と も ち ル で 張 本 Ι
背 た わ タ て り 糸 ピ
比 れ び Ι い 巡 捩 ュ
べ る る ル る る る Ι
本当の詩人
死を植える
セーヌ川を、
下る、
漢字の、多いこと、
あれは、
ヤクザ、
聖書に、垂らされた、
牛乳は、
森永、
からっきし、だめですわ、
どいつもこいつも、
腹から、
マグナム、
覗かせて、
這いつくばりながら、
科学してまっさかい
君は、
安江、
花が散る、
現代シは、
長い眠りの、
中で、死んだ、
君は、本当の、
詩人を知っているか、
ベヌーヌ、
新しい、妖怪、
に、
あ、あ、あ、あ、あ、
の、連弾、
蓮ね、
睡蓮の、
咲く、音がする、
そしたら、
皆、弾けて、死ぬ、
詩人だから、
死ねない、
シネマ、
早く、ピアノを、
投げつけて、
近代の、
近代的な津波の、
悲劇、
を、
知ってる、
本当の、
詩人は臭い、
常に、腐ってるから、
特に、
精神が、
やけくそてきに、
150キロの、
ストレートパーマ、
で、焼けてるから、
都会じゃ生きていけない、
歩く、公害、
はは、ばーか
あは、あは、あは、あは、
じゃ僕も本当の詩人になるよ
君が、
解いていけ、
この
数式
の、時間に、
部屋に咲く、
花に、残る、
君の、
横顔、を、
また、解いていく、
紐は、結ばれた、
長い、
電話で、
鳴らないから、
私は、
私から、
君を、引くことができない、
初めての部屋に飾った、
紫陽花が、雨を呼ぶ窓を
閉める君の手に引かれては
解かれていく私の手に足される
君の、
ばーか
こんなもの、技術だよ
ばーか
死を植える、
と、フレーズが、
浮かんでから、
この、先が書けない、
吉本は死んだ、
石牟礼道子も、死んだ、
俺が死んだら、
牛乳を飲め、
それも、森永の、
ぬるいやつを、
絶滅生理
ルール1.普遍的なルールはない。
ルール2.ルールに従うかどうかは私次第である。
ルール3.私は私が決めたルールには従わねばならない。
個別性と主体性しかない世界で
恐竜のすべてが鳥になった
カンブリアン・コード・グループは
人類の絶滅を予防するための手順集です、発動されると
人類の遺伝的、免疫学的、神経行動学的な多様性を促進します
壇上で喋っているおれに向かって、観客の少ない客席からひとりの男が立ち上がり、
男は胸に赤ん坊を抱いているようだった、制止する者はおらず、
男は壇上に上がり、おれの前に立った
殺してやると言う代わりに男は
胸の赤ん坊の頭部をすっぽりと覆っていた布の帽子を取った
上下2段になった左右の4つの目とそれらの中央にひとつある合わせて五つの眼がきょろりとおれを見た
完璧だ! おれは言った
おれは言った、小学校の頃からおれは教師に贔屓されるが友達はいないタイプでそれは
おれには何の関係もないことだった。地元に友達はいないので大学に入った
二十歳ごろの遅い思春期に恋をして恐れを知るとおれは
つまらない人間になった、大学を卒業して大学に就職してそれはいまでも変わらない
隕石が衝突したとき、恐竜類だけが滅んだ
サメもワニも生き残ったのに、T-rexは絶滅した
人類は!
滅びない!
絶滅は、多様性によって、回避される
恐竜よりもずっと前、世界がすべて海だった頃、カンブリア紀は美しかった
生物は幾何学によって進化した
狂気も多様に進化した
人類にも歴史と同じだけ狂気と想像力があった
カネは
夢を見させない
カンブリア命令は発動されたのだった
人類は
もっと、自分たちの可能性を信じていい、信じて、信じて、信じて、
知と理に絶頂する
完璧だ! おれは言った、成功です、おめでとう!
男は赤ん坊を片手で支え、残りの手に握ったナイフの刃を柄までおれの腹に押し込んだ
おれは吐き気を覚えた、吐いた、血がだらだらと口から出た
恐竜のすべてが鳥になり、つまらないものは絶滅した
これからは
誰とも比べられることのない、比べようのない、
美しい赤ん坊たちの時代が始まる
おれは腹にナイフを立てたまま、左右の腕を上下に打ち振った
翼は生えないようだった
薄くて硬い金属は腹の中で上下に振れて内臓をスライスした
翼を持てばもっと高いところから墜落できた
結ぶ五月の爪先を
(海の夜景を見送りながら
季節をたもつ寂れた線路に
ひとり揺すられ、どこへゆく
きみは)
(望みは絶たれ、ゆめのこだまは
波間に燃える閃きのかさなり)
(あかるい悪意をみなぎらせ
あらゆる風がそのために
天を削ってゆくのなら
結合組織の破れから
誰の帰路から凍えるか)(もう帰ろうよ
まだかえらないよ)(鐘が鳴ったよ
まだなってないよ)
〓
さかだった日射しがたちならび
翅のモチーフ
なみだを繋ぐ現象を
かなしみと名付け遠ざかる
きみは冷たく華やいでゆき
雨のなか レピダプテュラ
脚並みへ消える
(世界へかかわる
大気のあざとい氷結や
色を変じた幻覚などは
確約された祝福をもち
交差忙しい五月の上を
感触ばかり呼び覚ます)
(やさしく疲れた頰笑みが
わたしをいっそう惨めにさせた)
〓
黄昏に呼び声の躓き
風葬のレリーフ
嗤笑それぞれさめざめとし
見逃されている余白まで
染めあげてゆくのか
(May.2014/Moonrise)
双円燃える光の底を
まずしい眼つきを投げ噤み
夢想の仮死へながれて白む
ああ
欠かす景色を不朽のために
光陰のよるを巨大にしろく
また華やぎの風雪のもと
あばかれなければならないか
(線路の裂傷にとおい残響
そこへとどまる幼き影の
かりそめの纏まり)
〓
発熱をたより弛緩する
抑制のモジュール
約束された別れを語る
さよならだけが心のゆくえ
(あたたかく頬を撫で伝う
しずかになみだを繋ぐもの)
ああ
想起と憎悪に透明な
淋しい過去が密やかに
わたしの声をし泣いている
家族八景
ゴミを
投げ捨てるように
言葉を
吐き捨てていった少女
屑篭の無い家では
今日も食卓に
ゴミを並べます
さあ、
いただきます
ごちそうさま
「屑篭の無い家」
現代詩が鳴ったので
現代詩を止めて
現代詩な時間に起きた。
今朝は
現代詩にハムとチーズを
挟んで食べた。
定刻通りに
現代詩に行くために
現代詩を待って
現代詩に乗った。
現代詩の車内は
現代詩で
大変混み合っていた。
「#現代詩」
君の気配が僕の街から
消えて
10日目の冬
この地上は
いつもどこかが楽園で
いつもどこかが地獄だって
そう導きながら
遅れて来た明日を
懸命に失踪していた。
「冬に」
また一つ椅子が減っていく
団欒を囲んだテーブルの
椅子が減っていく
小さな家が
深呼吸した気がしたから
私も一つ
深く
深呼吸した。
「巣立ち」
ふとした瞬間に
思うことだと
酩酊する言葉に
明滅する言葉に
「さようならは鮮やかに」
上っても
上っても
上らない階段の
中程で
ぼんやり風を眺めていたら
青い空を
魚が跳ねた
「強風ハローワーク」
根こそぎ
自分を引き抜くように
家を出る時は
「東京スカパラ」
小高い丘に
一人登りて
帽子深く被れば
星の匂いしている
「星帽子」
カズオ・イシグロ
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魔法が呪詛に変わるとき
魔法が呪詛に変わるとき
天を見上げていた瞳は
冷え切った土を睨み
まじないをなぞる指は
魔法陣に爪を立て
未来の言葉を紡ぐ唇は
記憶に固着した
彼の者の名を繰り返す
羊皮が竹が紙へと移り
液晶になろうとも
魔法が呪詛に変わるとき
人は彼の者に拘れば
いにしえの禁忌を胸に
青ざめた己の両手で印を結ぶ
陽の光を返す輪の繋がりから
気がつけば遠く離れ
ただ眺めるほか術もなく
むせぶ声は誰にも届かず
凪いだ荒野をさまようとき
それは
魔法が呪詛に変わるとき
祖母、の
・・・・・・・・・・・・・・・
海岸灘両翼を固めた
鳶が浮く
人間の両をみすぼらしく
眺めながら
空を鳶が飛んでいる
・・・・・・・・・・・・・・・
彼方を眺めて海と陸の臨界を廻る
自ずの姿をみすぼらしく眺めながら
・・・・・・・・・・・・・・・
煙突に隠れた拳が
モクモクと腕を突きだし
砂を蒔く処女が
遠い潮騒に聞き惚れている
・・・・・・・・・・・・・・・
産みの親に愛奴(アイヌ)
と呼ばれた、祖母は、
両岸の過去に彼女は
今・立ち、生命崩壊及至死
・・・・・・・・・・・・・・・
生暖かな砂浜と水泡が浚う
青く透明なにび色の
・・・・・・・・・・・・・・・
鳶のふたつの目がサイクロイドの軌跡を描いている
砂を蒔く処女は口を咬み
・・・・・・・・・・・・・・・
破水を撒き散らし
愛奴の体を冷ますために
・・・・・・・・・・・・・・・
思いもかけない夕べの浜を陽はかたむく
・・・・・・・・・・・・・・・
海と陸の六つと七つ
太陽が、ひとつと、ふたつ
・・・・・・・・・・・・・・・
茶色い風呂釜が苔蒸して
どんなおケケが ヴァルナ ギーナ リグヴェータ
クモハ モハ 石のオリシス
あの浴場に入れた嬲りの階級は
華やぐ文明の時事を語り尽くした詩人たちだけだった
バラモンの神々をつぐことのできる人たちだけだ
あの浴場に入れた嬲りの者らは
クモハ モハ 石のオリシス
そんな詩を歌える人たちだけが沐浴できる
クモハ モハ 石のオリシス
当時僕はその排水口で髪を洗ってた
下ネタ ハラッパ クモハ モハ
鼻うたい
そのとき手足もなくて頭もあったか
とにかく母の羊水なんかぶち破っていなかった
海遊しながら幾億数千万兆個のたった一個の卵
ニシンの一粒が孵化した不可触賎民
たしかあの頃ニシンだった僕は
確率は孵化して幾億数千万兆のたったひとつ
ようやく一粒の奇跡
確かあのとき数の子一粒から生まれたニシンだ
ほらぁ あのお魚を焼いておやり
干した尖ったあの魚を磨いて焼いておやり
油ののりきった磨きニシンを
テカテカひかるニシンを網で掬い
味噌つけて食べてみた
あれは美味いぞ
確かに美味いぞ
みがきニシンは
僕の祖母が北海道生まれの頭の切れる札幌女学出の女史。
満州わたり結ばれた夫と一緒に九州熊本荒尾の元に嫁ぐ。
父を産み 夫はすぐに肺炎で他界、父五歳。
保守的家族に見放され、汽車に乗り身ぐるみひとつ、
子を連れて北地へ帰る
海端にほったて小屋の文房具店を開き
日に一人か二人子供が買いに来た店を賄い
水はよそからもらい、ガスはなく
夏も冬も一個のストーブで煮焚きして暮らしておりました
十日分のお鍋の底にはすべての生き物が沈殿しておりました
(美味かった ほんとぅに美味かった っすよ)
子供の夏休みの思い出でも
高校時が一番の思い出は、真冬の北海日本海 遊びに行って
毎夜 毎夜 ストーブで煮焚き
一日一回 ご飯何杯も 〜さんま汁は一緒にどんぶり七匹食べました
家の中まで海風が入り込むから 毎夜毎夜吹雪はとても寒かったです
ガタガタ手足を振るわせ五枚もの毛布で
寝くるまって寝ました
人とお話しをするのが大嫌いでしたね、ばあちゃん
でも孫とあってはとても機嫌よくやさしくしてくれましたね
年がら年中 夏も冬も 何枚も服を着込み 三枚以上の毛布にくるまり
ひとりお祈りをして、一匹のネコと一緒に寝て仲良く暮らし
どんな物語があったんだろねぇばあちゃんねぇ
天に聴いてるよ この文を打ちながら 天に聴いてるよ
いろんな事を もっと、もっと 教えてほしかった
クリスチャンだった 短歌も書いてた
短歌集 いつも読んでるよ、そこから学ぶんだ
誰にも読ませずこっそりと書いたあなたの短歌を
もっといろんなお話し聴きたかったから
そこから学ぶよ こっそりね
ねぇ ばあちゃん 聴いてるよね 天に聴いてるよね
ずっと こっそり 見ててよね
人が 吹き晒しに飛んでるよ
カモメに問うたよ
ニシン 来たか?とね
留萌(るもい)とどめよ
漁港の北の艀(はしけ)
羽幌サッポロ☆苫前(とままえ)
遠い遠い旅の望郷
留萌の街は まあるい港
閑古鳥の鳴く霧笛が
今も昔も聴こえるよ> 人の世の業を成し終えて帰り見む 生まれし海辺に波を訪(ト)ひたし
彼岸の折り長野に帰郷したとき、父から一冊の短歌集をもらった。 父の母が、明治、大正、昭和 生涯かけてたびたび書いていた短歌だった。私たち家族宛てに手紙に添えていた歌を父が冊子に編んだものだった。父は鉄筆で刻みインクをローラですり ガリ版刷りで市販の紙に 一項一項丁寧にふたつに折りたたみホチキスで留め 赤と青の表紙には父特有のデザインがほどこされていた。二人の共同作業でつくったタイトルは『虹夢』と書かれていた。
彼女の海
真夜中にロングコートに素足で、足元に水溜まりを作りながら歩く彼女が好きだ
あのコートの中には母なる海があるから、水溜まりを作ることなんてきっと簡単なんだ
煙草を吸いながら歩いている彼女はなんの罪悪感もなく吸殻を捨てる
拾いあげてフィルターに残った真っ赤なルージュを舐めとる僕はこの世に要らないと思う
彼女を迎えにどピンク色の車が来た
運転席には立派なヒゲを蓄えた男が座っている
いや、よく見たらヒゲじゃなくてワカメを貼り付けていた
なんだって彼女はあんな奴が好きなんだろう
彼女はロングコートを脱ぎ捨てて車に乗りこんだ
車はそのまま行ってしまった
僕はその下半分がびしょ濡れのコートを拾い上げて匂いを嗅ぐ
ああ、もうこのまま死んでもいいと思える
コートのボタンを外さずに下から被る
そしたら彼女の大海原に入った気分になれるから
僕はそこにない彼女の足を愛でる
そこにない彼女の海を愛でる
もう夜明けが来たから帰らなくちゃ
僕は彼女のコートのせいだけではなくびしょ濡れになりながら帰路につく
今日も家に帰ったら
五寸釘をトイレに流そう
欠片
血管の中にこびりついた沈黙を
溶液で溶かし
老人は語りをやめない
はきだす口もとから
おびただしい仔虫の隊列が
果てしなく
悲しく
生まれ出ては死亡する
鉄となって身を打ち
子らを放牧し
冬には黙り込み
春まで眠っている
湖いっぱいの酒を飲みつくしても
まだ死ねないでいる
遥かブラジルを懐古する
記憶の隅で希望は残照となる
田参りする道はたそがれて
ススキは細々と
つめたい風に揺れている
異邦人
「職人とブタ」2006年4月
http://bungoku.jp/ebbs/log.cgi?file=35;uniqid=20060406_866_1142p#20060406_866_1142p
「センチュリーハイアットホテルとブタのブギ」2006年9月
http://bungoku.jp/ebbs/log.cgi?file=57;uniqid=20060923_719_1565p#20060923_719_1565p
「あの日のブタと」2008年12月
http://bungoku.jp/ebbs/log.cgi?file=155;uniqid=20081206_060_3198p#20081206_060_3198p
「マチ子とブタと病室で」2015年12月
http://bungoku.jp/ebbs/log.cgi?file=448;uniqid=20151116_626_8428p#20151116_626_8428p
「Tシャツ」2008年8月
http://bungoku.jp/ebbs/log.cgi?file=143;uniqid=20080814_869_2959p#20080814_869_2959p
「クマの名前はヘンドリック」2008年10月
http://bungoku.jp/ebbs/log.cgi?file=148;uniqid=20081022_078_3096p#20081022_078_3096p
母さんが死んだ
2月の晴れた日
午後3時
牧場で除角作業をしているぼくのスマートフォンに着信がはいった
クリッパーで角を切ると
月齢3か月の仔牛の角から血が溢れた
焼きゴテで止血する
暴れる仔牛
「母さんが死んだんや」
父さんからの電話
「ああそう」
とぼくは言った
今から大阪行きの飛行機のチケットが取れるだろうか
ぎりぎりお通夜に間に合うかもしれない
会社の事務所に電話した
2日間の休暇願いを出した
実家は伊丹空港から大阪モノレールに乗り
阪急電鉄に乗り換え
1時間半の嵐山にある
今からしたくすれば17時の便の
宮崎空港発がとれるだろう
そうすれば19時のお通夜に間に合う
喪主は父さんが
つとめるだろう
翌日のお葬式と火葬が終われば
また飛行機で帰ればいい
事務所に電話すると
電報を打ってくれるといったSさんに
いいんです
内輪ですませますので
そういうとぼくは車にのって牧場を出た
よく晴れた
2月の日だった
宮崎空港に
17時前についた
足早に帰路につくだろう人々の群れ
部活と思わしき大学生たちが大声で
はしゃぎ
走りまわる
この飛行機は
どこへ向かうのだろうか?
とぼくは思った
夕暮れになり
指先が冷たくなる冷え込みが
ぼくのポケットの中にも差し込んだ
どこへいくんだい?
大きなクマが
話しかけてきた
ヘンドリックだ
やあ
久しぶりだね
君が落ち込んでると
出てくる仕組みなのさ
ヘンドリックは鼻くそを穿りながらいった
お前の母さん死んだんだってな
ヘンドリックは言った
パラソルをさしたブタがぼくの前を通りかかった
ハッとした
あのブタだ
マチ子と屠った
あのブタだ
おいブタ君!
ぼくはヘンドリックを押しのけ
ブタの姿を追った
空港は混んでいた
人込みの中に
ブタの後ろ姿が消えていった
知り合いか?
ヘンドリックが言った
知り合いじゃい
殺したんだよ
ぼくはヘンドリックに言った
おいおい
穏やかじゃないね
お前といて
穏やかだった日があるか?
それもそうだ
日焼けしたヘンドリックの横顔が
少し歪んだような気がした
太平洋に沈んでいく太陽
ぼくはRTJという
聞いたこともない飛行機に乗った
随分乗ってないうちに
飛行機の会社も変わったもんだ
客室乗務員が
ぼくに話しかけてきた
大丈夫ですか?
はい?
ぼくは訊き直した
具合悪そうなので
そういって一枚の紙きれを
彼女はぼくに渡した
眠かった
その紙きれを上着の胸ポケットに中身も見ずに
仕舞いこむと
ぼくは眠りに落ちた
眼を覚ますと
飛行機は雲の上を飛んでいた
さっきの彼女が
ぼくの目を見て笑った
おはようございます
悪戯っぽく
そういっているような気がした