幸せかい?
(ヘミングウェイ『エデンの園』第二部・7、沼澤洽治訳)
彼はなにげなくたずねた。
(サキ『七番目の若鶏』中村能三訳)
あと十分ある。
(アイザック・アシモフ『銀河帝国の興亡2』第II部・20、厚木 淳訳)
なにかぼくにできることがあるかい?
(ホセ・ドノソ『ブルジョア社会』I、木村榮一訳)
彼女は
(創世記四・一)
詩句を書いた。
(ハインツ・ピオンテク『詩作の実際』高本研一訳)
しばしばバスに乗ってその海へ行った。
(ユルスナール『夢の貨幣』若林 真訳)
魂の風景が
(ホーフマンスタール『詩についての対話』富士川英郎訳)
思い出させる
(エゼキエル書二一・二三)
言葉でできている
(ボルヘス『砂の本』ウンドル、篠田一士訳)
海だった。
(ジュマーク・ハイウォーター『アンパオ』第二章、金原瑞人訳)
どの日にも、どの時間にも、どの分秒にも、それぞれの思いがあった。
(ユーゴー『死刑囚最後の日』一、豊島与志雄訳)
ああ、海が見たい。
(リルケ『マルテの手記』大山定一訳)
いつかまた海を見にゆきたい。
(ノサック『弟』3、中野孝次訳、句点加筆)
どう?
(レイモンド・カーヴァー『ナイト・スクール』村上春樹訳)
うん?
(スタインベック『二十日鼠と人間』三、杉木 喬訳)
ああ、
(ジョン・ダン『遺贈』篠田綾子訳)
いい詩だよ、
(ミュリエル・スパーク『マンデルバウム・ゲイト』第I部・4、小野寺 健訳)
それはもう
(マリア・ルイサ・ボンバル『樹』土岐恒二訳)
きみは
(ロベール・メルル『イルカの日』三輪秀彦訳)
引用が
(フエンテス『脱皮』第二部、内田吉彦訳)
得意だから。
(フエンテス『脱皮』第二部、内田吉彦訳)
でも、
(フロベール『ボヴァリー夫人』第三部・八、杉 捷夫訳)
これは剽(ひょう)窃(せつ)だよ。
(ヴァン・ダイン『僧正殺人事件』2、井上 勇訳)
引用!
(ボルヘス『砂の本』疲れた男のユートピア、篠田一士訳、感嘆符加筆)
まあ、
(サルトル『悪魔と神』第一幕・第二場・第四景、生島遼一訳)
どっちでもいいが、
(ノサック『弟』4、中野孝次訳)
きみの引用しているその
(ディクスン・カー『絞首台の謎』7、井上一夫訳)
海は
(ゴットフリート・ベン『詩の問題性』内藤道雄訳)
どこにあるんだい?
(ホセ・ドノソ『ブルジョア社会』I、木村榮一訳)
お黙り、ノータリン。
(ブライス=エチェニケ『幾たびもペドロ』2、野谷文昭訳)
ヒトラーはひどく気を悪くした。
(カブレラ=インファンテ『亡き王子のためのハバーナ』あるバレリーナとの偽りの恋、木村榮一訳、句点加筆)
彼は拳銃を抜きだし、発射した。
(ボルヘス『砂の本』アベリーノ・アレドンド、篠田一士訳)
ああ、
(ラリイ・ニーヴン『太陽系辺境空域』小隅 黎訳)
でも、ぼくは
(ロートレアモン『マルドロールの歌』第二の歌、栗田 勇訳)
いったいなんのために、こんなことを書きつけるんだろう?
(ノサック『弟』4、中野孝次訳)
相変らず海の思い出か。
(フエンテス『脱皮』第二部、内田吉彦訳)
たしかに
(ラディゲ『肉体の悪魔』新庄嘉章訳)
海だったのだ。
(モーパッサン『女の一生』十三、宮原 信訳)
ごめんね。ハイル・ヒットラー!
(フエンテス『脱皮』第二部、内田吉彦訳)
最新情報
2018年09月分
ごめんね。ハイル・ヒットラー!
空洞
(誰も自分を理解できないのだから
誰かに理解されようと思うことは
究極的には間違っている)
/
バリエーションに過ぎない
差異の中を歩いていた
バリエーションに過ぎない
差異はしかし
無限のバリエーションである
僕はモーツァルト自身のように
モーツァルトに憑かれていた
みたいに
交響曲第38番を正確に
頭のなかで奏でていた
ベートーヴェンに憑かれるよりは
マシだと思いながら
回想だけが美でありうることを
仮説として知った
一番初めの回想は
いったいどこからやってきたのか
/
ビルを仰ぎ見ながら思った
人間の創りだす高さは
高さではなく
高さへの要求だ
要求することはもう止せ、と思った
例え自らの手では
辿り着けないからこその要求であっても
寂しさに直接由来しないあらゆる要求は
ついに虚しいものだから
時間が持て余されている
空洞と空虚との差異が問題になっている
虚しさは寂しさの偽装である
虚しさは自らの手で解消されるはずの課題として幻想される
本来的なものである寂しさは自らの手で解消されえないものだから
存在しないものとして
代償として生まれる恥じらいの感情の中に隠蔽されている
要求とは 自らの力で克服できるはずだという「虚しさの信仰」の上で
更に他者の力に頼ろうとする一番恥ずかしい能動性の形態だ
要求することはもう止せ
それは恥ずかしい行為だから
/
時間が持て余されている
僕は雨が降っていない多くの時間
こうして街の中を歩いている
雨が降っている時間には
可能性としてだけあらわれて
ついには訪れなかったものを
回想している
ドキュメンタリー映画で見た動物の
繰り返される生死の光景を思い出しながら
死という意味の不自然な重さを考えている
なぜ「どうして自殺してはならないのか」
という問が生まれるのか
自殺していいに決まっている
生き死にはいつだって
自然な現象であることを保証されている
それは人間の関係を訪れる
様々な禁止と許可の水準とは
遠く隔たった高さに存在しているものだ
しかし現実における可能性としての死は
禁止と許可の繰り広げられる水準で訪れる
だから「どうして自殺してはならないのか」
などという問が生まれてくる
死が禁止されているものとして幻想されるからだ
現実の関係がどれだけの要求を孕んでいるか
空白と想像される領域にどれだけの力場が展開されているか
「どうして自殺してはならないのか」
問いかけることには逆方向の要求が含まれている
「どうして自殺してはならないのか」
向こう側から、その意味が与えられることを望んでいる
それは比較的正当な要求である
なぜなら関係はそれまでの間、彼に
「自殺してはいけない」という要求を突きつけてきたからだ
傍から見れば無効な要求が現実の関係を決め
関係が意味を決めている
そこには両方向の要求が含まれている
ひとつは関係が彼を決定する方向性における要求
もうひとつは彼が関係に決定されることを望んでいることの要求
/
突然雷が鳴り始め
雷自体の潜在性のように
遅れて雨が降りだした
僕は「朝は詩人」という歌のなかの
「雨は遅れてやってきて
村の祭りを中断させた」[1]
という詞を思い出していた
フォークシンガーの友部正人が青年期に歌った
「何かをはじめても本当のことじゃない」[2]
という言葉と
彼が壮年期に歌った
「夢はすでに叶えられた」[3]
という言葉の距離について考えていた
僕はこれまで生きてきて
「本当のこと」と呼びうるような行為が
存在しないことを思っていた
友部正人が「夢はすでに叶えられた」と歌うためには
何らかの形で「本当の行為」という幻想を免れえたのだと
考えるほかに方法がない
/
僕は熱いコーヒーを飲みながら
現在という短さに保証された
ひとつの感覚的な確信を抱いていた
身体の中に広がる空洞は
空洞としての充溢を知っているはずだと
それでも
なお時間が持て余されている
豊かな空洞とはなにか、
空洞および関係というものの空虚さが
「○○ではない」という否定法によってでなく
確かめられるために必要なものはなにか
僕の母親は彼女自身の母親を思いながら、
私はボケたくないとぼやいていた
七十後半で痴呆の症状が現れた
世界が 差異が バリエーションならば
他人とマグカップとを区別できなくなるような段階を考えられるはずだ
健常者はなぜその無分別を免れているのか
それはおそらく意味によってである
自分が自分であるという意味によって
私へ向かって飛んで来るボールと
他者へ向かって飛んで行くボールとが
区別されるというような方向性の違いによってである
/
僕は他人の死に向かいながら、
他人の死と自分の死とは明確に区別されるものだと考えた
なぜなら方向性が 意味が 違うからだ
他人の死は僕にとって
対象喪失だ
自分の死は
他者の死のような喪失の形では訪れないだろう
認知者の喪失を認知するものは存在できないから
自分における死とは
僕の生を訪れる
認知上の「逆転」の現象に違いない
たとえば
親しい人の死を何度も 何度も経験しているうちに
死という意味が
方向性を逆転させて
自分を訪れるものとしての死が
まるで他人を訪れるもののように
いまここに生と感じられてきたものが
死と感じられるものと重なるときがくるんじゃないか
あるいは生と感じられてきたものも逆転して
生と感じられてきたものの位置へ死が
死と感じられてきたものの位置へ生が
訪れるときが来るんじゃないか
/
僕はコーヒーを飲み終えて
一層勢いを強める雨を眺めていた
どうしてこんなに退屈なんだろうと思った
虚しさが寂しさの偽装工作である以上
退屈も本当は寂しさなのだ
きっと この寂しさというものが
何らかの形で逆転するときまで
僕は寂しいままなのだと感じる
寂しいままである以上
虚しいままなのだと思う
いつも退屈で
何をすれば良いのかわからず
時間を持て余しているに違いない
街を歩き回ったり
家であらぬ回想に耽ったりしながら
どうすれば その逆転が
僕を訪れるのだろうか
人がバカをやっているのを見ると
温かい気持ちになる
自分はああは振る舞わないだろうと
襟を正してみたり
あるとき
ふと自分が人のように
バカをやっていることに
気がついたりする
もし誰もバカをやらなくなれば
自分がバカをやることになる
「自分」とは
そんな役回りのことを言う
※以下出典
[1]「朝は詩人」友部正人 「奇跡の果実」(1994)より
[2]「熱くならない魂を持つ人はかわいそうだ」友部正人 「ぼくの展覧会」(1994)より
[3]「夢がかなう10月」友部正人 「夢がかなう10月」(1996)より
境界が無い
風がすこし強まるたびに
指先が
ちりちりする
八月の八つ手の葉に手を伸ばしたはずだった
生きるものの蒸散 水の珠の美しさに触れようとした指
ふるふると ふるえて まるまっていた ちいさな雫に
ふれようとしていた はず
指先が
ちりちりする
朝日が昇り蝉が鳴いていたが
どういうことわりか
わたしの指は ちりちり燃えていル
手をひろげ
風をからだ
体が飛んでいる
ひるがえり ひろがり
赤だの黄色だのちりちり火の粉が全身を走り
きれいだ きれいに消えようとしている指先のきれいは
溶けて いル
うらんでいルとか いないとかの区別がつかない
なんもかも みさかいなしに飛んでいル
おんどりあすんどりあ いきりたった目をした
真っ黒な入道雲
中心軸を おちてゆく懐中時計
いつまでも燃えながら八時十五分
殺させてくれたのに
妄想の中の人たちを殺しました
が、所詮それは現実でのことではないので
僕は何も変わらずにただ突っ立っているままでした
目が眩むほどのあの鮮血は全くこの世に存在を持っていないのです
僕が興奮に身を委ねながら包丁を振るった事実さえ存在しないのです
ここでの僕はもうずっと前から突っ立っているだけでした
殺人の証拠は無いからと警察は逮捕もしてくれませんでした
それでも僕が殺した彼女たちの首を僕だけでも視認できていたならまだ救いがありました
あの愁いとも慈悲ともつかない表情で止まった彼女たちのかけら
それは確かに僕の足もとに転がりました
でもそれもだんだんに見えなくなっていって
いま眼球に映っているのもおそらく残像でしかありません
蹴り上げたとしても足が空を舞うだけでしょう
おそろしくてとても僕にはできません
蹴ること自体が怖いのではありません
もし足を振ってもそこに感触が無かったら
彼女たちは惨殺されたという事実が存在しない世界に収束してしまうことが怖いのです
それでは彼女たちの絶命が全くの無駄になってしまいます
僕は確かに人を殺しました
そうでなければならないのです
信じてください
本当に殺しました
返り血を浴びました
その血飛沫は眼にも入って視界を赤く染めました
包丁を握る手もぬめぬめしていました
それでも滑らせずに僕は彼女たちの首を切りました
砕くように頸椎を押し切った時の振動は手にも伝わってきました
本当です、信じてください、僕は本当に殺しました
僕は殺しました
僕は殺しをしたということを認めてください
お願いですお願いします僕は殺しました
信じてください
お願いします
お願いします
刃が肉を潜ったとき、僕は確かに温かさをおぼえました
それさえもただの幻だと言うのですか!
ふざけないでください、信じてください、お願いします
僕は人を殺しました
確実に、僕は笑いながら彼女たちを嬲って
目玉をえぐって、空いた眼窩の内側を指でなぞって
倒れた背中を石で削って、華奢な背骨を露わにして
肢体が動かなくなっらた口蓋を掴んでひたすらに犯しました
本当です
僕はやり遂げました
僕は殺人鬼になれたのです
彼女たちが僕を殺人鬼にさせてくれたのです
そのためだけに彼女たちは僕の目の前に現れたのです
彼女たちは自らの意思をもって身を捧げてくれたのです
だから僕は誠心誠意彼女たちを殺し尽くしました
僕は感謝の気持ちでいっぱいになりながら彼女たちを殺したのです
その思いは一生忘れてはならないし僕はそれに報いたいのです
だから、お願いします
僕は殺しました
ここには何も存在しなくても僕は確かに彼女たちを殺しました
それを認めてください、お願いします
僕を裏切り者にさせないでください
ヨナ、の手、首、
め、めず、ら、しく、
朝、早、く、は、やく、
目、目が、覚め、ま、した、そ、それ
、で、港、に、まで、出て、散、歩、する、こ、とに、
した、の、です、靄、が、かった、海、の
、朝、に、(うみ、の、あ、さに)老、婆、が、ひと、り
岸、辺に、たた、ずんで、おり、ま、した、
息、子が、時化(しけ)、に、呑、呑ま、れてしま、った、の、よと、
、と、いう、の、です、
岸、辺、に、打ち、寄せた、水(み)、屑(くず)、のな、なか、から、木、き
、の、切れ、端、を、ひろ、って(ひろい、あつ、めて)
(まい、あさ)家、に、持ち、帰、る、のだ、と、いう、の、です、
たと、え、一片、の、榾(ほだ)、木(ぎ)に、さえ、なら、なく、とも、そそ、それ、が、そ、れ
が、息、子、を、乗せ、た、船、の、一、部、だっ、たか、も、しれ、ない
から、と、老、婆は、両、の、手に、汐(しお)、木(ぎ)を、いっ、ぱい、
いっ、ぱい、持ち、帰っ、て、ゆ、ゆき、ま、した
、海面、に、巨(おお)、きな、魚、の、頭、が、浮か、び、上が、り、ま、した、
鯱(しゃち)、に、似た、巨大、な、さか、な、で、した、
口、の、なか、から、人間、の、てて、手、首、が、のぞ、い、て、て、いま、した、
左、手、首、で、した、
引っ張る、と(ひっ、ぱる
と)スコッ、と、抜、抜け、ま、した
、た、で、ぼ、ぼく、は、そ、それ、を、持、持ち、帰、る、こと、に、しま、した、
窓、辺、に(レー、スの)カー、テン、を、引い、て、
土、を、捨て、た、鉢、の、なか、に、
入、入れ、て、おく、こと、に、しま、した、
左、手、首、は
、陽、陽に、すっかり、温、もり(ぬく、もっ)
て、て、まる、で、生き、生きて、いる、る、手、手首、の、よう(そう)
ほん、とう、に、まる、で、生き、て、いる
手、首、の、よう
蝋、細、工の、よう、だっ、た、冷、たい、手、手く、びが、
ぼ、ぼく、の、手、手の、よう、に、に、手、手の、色、を、して、
手の、形、が、色、が(そ、その)指、の、ふく、らみ、ぐあ、い、まで、が、あ、ああ、
あ、そ、その(そう)そっくり、だっ、た、ぼ、ぼぼ、ぼく、は、あ、あ、あ、
ああ、ぼぼ、ぼく、は、ああ、あ、ああ、ぼ、ぼく、の、左、手に
、ひ、左、手、手く、びを、もって、
か、か、剃(かみ)、刀(そり)、の、刃(は、を)を
あ、あて、ると(あてる、と)ゆゆ、ゆっ、くり、と
、刃、刃を(は、を)を、食い、いっ、込ま、せて、ゆっ、ゆき、まっ、した、、、
孤児とプリン
1945年からすこし経ったころ、まだちいさかったママは、原爆症でいとこがゆっくり亡くなっていくのを目の当たりにした。
◆
はちみつのにおいの入浴剤を買ってプレゼントに持ってった。
閲覧注意のインターネットごしに傷があった。
「筋膜」
「黄色い脂肪の塊です」
「瀉血ゼリーです」
「首を切ったら天井まで血が届きました」
「小さいころから精神薬を飲んできました」
「精神療法中に子どものころから祖父にレイプされていたことをおもいだしました」
傷のふさがっていく様子まで克明に写し、完治したころ、またふかぶかと傷をつけた。
魂が孤児なんだ。
いつだってなんだってすべて思い出だ。
眩しい夏のおしまいに、会えることになった。白い長そで、スカーフ、おおきな目、やさしそうな唇。
このごろずうっと、現実が遠い。青い空に入道雲のふちが金色に輝いているのに、あついのかさむいのかわからない。
あの子の首や、性器にまで切り傷が絶え間ないのを知っている。
「こうすればキモチワルガッテもらえる」
私は左腕と太ももと胸元。それだけですんでいる。
◆
ママとパパがくれたあの部屋で。
「このセックスは私にとって最高ですと言って笑ってよ」
「喘ぎ声が気持よくなさそう」
「ゴムつけるから気持ちよくないんだよ」
喘ぎ声をあげてこのセックスは最高ですといったのは、いっこくもはやく終わらせて生き抜く、ためだった。
ひふのなかにぎゅっとこころを小さくおしこめて、ひどいめにあっているからだを内側から盗みみる。
ばらばら。
終わってからトイレに行っておなかを殴る。太ももの動脈を切ると、ばらばらがつながる。バスタオル一枚がひたひた、波みたいにたゆたって、赤い夕映えの川に、赤ちゃんの死体が流れている。
あの子は三回堕胎した。
夢の中で壁に叩きつけられるみっつの黒い塊。
トイレのドアがこじあけられる。
「そこまで追いつめてしまったんだね。これから考え直す。約束するよ」
そのせりふ、なんかい聞いたんだろう。
赤血球が足らなくて金魚みたいに口をパクパクした。
トイレのなかに満タンの血、満タンの金魚、ひらりひらりして。
恋人というひとが、ママとパパに連絡する。
「またヒステリーです」
私はパパが運転しママが助手席に座り恋人というひとが寄りそって、車に乗せられて、病院に行くことができた。
全身麻酔がかかってすうっと白いとろとろした眠りにおちる。このままでいたい。
◆
そんな日々、見つけた。
いま思えば、ひっしに生きようとしている傷が、夜に切れ目を入れるお月さまみたいに眩しかったんだな。
入浴剤をわたす。あの子はプレゼントをはじめてもらった子どもみたいな顔をする。
王街道の喫茶店に連れていってもらってお茶をする。昔からあるんだろうな、すこし古くて、上品なテーブルと椅子と、青地にすこしすり減った金縁のカップ&ソーサー。ていねいに繰り返しつかわれているのが分かるのは薄い薄いすり傷が、あるから。たくさんの虹色の泡が通っていったあと。
あの子はプリンも頼む。小さな、香ばしいカラメルソースのかかった、手作りのプリン。銀の匙ですこしすくって口にすうすう入っていく。左腕がすこしいびつに机に置かれている。
「おいしい」
ふらふら、尾ひれのぼろぼろになった金魚がたゆたうみたいに町を歩く。いつもなら好きな町並み、おじいちゃんがいておばあちゃんがいて目のまるい子どもらが遊んでいて、でも、この町のそばでこの子に起こっていること。
「ここの雑貨屋、パパの親戚の雑貨屋なの」
あの子の表情が曇る。
しまった、そうだった、精神をメスできりきざまれて、万引きがとまらない。
与えられなかった母性を盗むのをやめられないんだ。その、盗んできた剃刀でじぶんをばっする、あの子。
ベンチに腰掛けて雲はまばたきのうちにおひさまを横切って陰りは去り、あの子はまた微笑む。風に揺れる木陰みたいなくちもと。きたない自分を見抜かれてしまうと、さよならされちゃうよね。でも、いっしょならだいじょうぶだよ。手をにぎるとあの子は淡い水平線みたいな横顔をした。
その上を飛ぶちいさな白い鳥が見えた気がした。
空もきっと深々として。
「死んでしまうくらいなら、うちにおいで」
「そうだね。ほんとうにどうしようもならなくなったら。ありがとう」
「うん」
なにをされてもなにも感じない。
傷とそして、血だけだ。心臓が痛いとやっと、生きている気がした。でも、あなたの感じていることならわかるよ、まるで身代わりのように、いかりも、かなしみも、海のように足元にひたひた、つたって。
「また会おうね」
「うん。」
また会おうね。またね。
◆
あの子が自然死したのはその二週間後だった。ということを三ヶ月後に知った。
あの水平線はは風前のともしびが見せてくれた柔いまぼろしだったんだ。
具合が悪ければ連絡しないのはあたりまえだったから、メールがfailure noticeで返ってきて携帯電話も通じなくなって、実家に電話した。
あの子のママが出た。いろんなはなしをしたんだと思う。
はちみつのにおいの入浴剤を嬉しそうにつかっていたこと。
きっとあの子のママだって、泣いていたんだと思う。
けれど、耳に沁みついている言葉。
「最期、ふつうに亡くなってくれて、それだけが、よかったです」
なにが、起きているの? なぜ、許されたの? あの子をレイプした祖父は普通に逝き、男らは、裁かれずに。
私は私を殴った。そうして翌日、恋人だったレイピストと別れた。
◆
歴史を手繰ろう。
1945年からすこし経ったころ、まだちいさかったママは、原爆症でいとこがゆっくり亡くなっていくのを目の当たりにした。
それからも、ママは、グランパに裸に剥かれて寒い雨の夜に外に放り出されり、ほかにもなにかしらあったりしたという。(ママが遭ったひどい目はそれだけ? ひそやかな秘密のおとがきこえるよ)。
グランマは贖罪としてママから私を守ったから、私はグランマごとママに憎まれた。
むすめの私。
小学生の私は、グランマが目の前でゆっくりと亡くなっていくのを目の当たりにする。
グランマの愛用していた、粒のそろった真珠が、高く低く跳ねながら階段を落ちてく。
そして、かなりあとになって、レイピストがママとパパのくれたアパートにいて、実家にも帰れない真冬の夜中がある。
遠くに輝く銀色の星をみて、寒さも感じずに、ただ、眠れぬままに優しい葉ずれの音を聞いたのは、ママが寒い雨の中に裸で放り出されて聞いた雨だれの音と、どこかきっとつながっているわ。
それなら、あの子に起こったことの歴史はいったいどこからはじまるのか。
過去は、どうでもいいよ。
もうさ、いつだってなんだってすべて思い出だ。
◆
殺されるな、殺されてたまるか。
三世代の呪いごと、あらいざらい自分を、切り刻んで切り刻んで原型ないほどにぶっつぶれたろ。
いつか夢見ていたものに向かって走り出す今ここの私。
鎖を引きちぎる傷だらけの化け物。傷だらけの獣。
唸る、私の四つ足、が流れゆく時に残していく文字。
メイソンジャー
「そういえばーー」僕は、ガラス瓶の中でほころぶ何本もの野ユリに目をやりながら、出来るだけそれがなんでもないことのように切り出した。「覚えているかなきみほら、前にプレゼントしたろ? あの内側にシトリンのあしらわれたピアスだよ」すると彼女は雑誌を抱えたまま、ゆっくりと間を取り「ウン?」と、それはおよそこの世でもっとも正確なふた呼吸に思えた。つぎに、アア、と更にきっかりもうひと拍を溜めたのち「ユリのモチーフのね」と言葉を切った、そして目の前でもっともぐずぐずに果てるひと束の花弁へと視線を交差させると「やだな。わたしがどっかやっちゃったとでも思ってるのかしら」だなんて。今日という日がいかにも、誰にだって年に一度訪れる平均日だとでもいわんばかりな。「まあ、そういう意味じゃなかったんだけとね。……てかさ、あのピアスどうして着けないの?」すると、彼女は黙って二ページほどを捲ったのち、「あーらら」とだけ、それはなんとも呆気なく、花弁を落とすので。「あーらら」 僕もその口調に出来るだけ似せて返した。 どうしようもなく、野ユリの刺さった目の前の。それだって以前ジャー入りのサラダが流行っていた頃に、大小さまざま買ってきたものなんだけど。結局ひとつひとつの違いもよく分からずじまいのまま、いまそのうちの選ばれた一瓶のなかで、手を離した花弁と、もう何もたたえない茎とで、水がほんの僅かにだけ濁っていて。「そういえばーー」「こいつの密封機能つきの蓋、きみはそれをまた、一体どこにやってしまったって言うんだい?」
半端な歌
がらんどうの指先、ぱくり裂けた無花果の襞に、欠けた海月の膜の、ぷるん、とした溶けかけの部分、その影をマッチの火で灯す少年、可哀想だなと思いつつ、恋慕を抱いたようなそうでもないような気がしているのです。生きることすら億劫で、銀蠅の葡萄を口に含んだ黒髪の、いじらしさがこうべを垂れて、撫で肩に仄かな光を見たのち、てんでダメで負の遺産になるしかないのです。散り散りと、言葉が降ってきて、どうしようもなく、汗ばんだうなじと、腫れた瞼が「もういいかい」と言うので、私、てんでダメなんです。ぷくり、膨らんだ水蜜を啄んで、彼女が「ごきげんよう」と言うので、たまらなくって、「おやすみなさい」と返すも支離滅裂で、てんでダメだった、負の遺産になるしかなかった、という嘘を繰り返し繰り返し、して、もう一度もう一度して、私、子どもでいたいのね、サイノーない方が丁度いいね、なんて負け惜しみを、毎度するなら死んだらいいよ、君も私も。そうやって詩未満を大量に生産して気づいたら年老いて、色褪せたカーディガンが、女の子の特権になるんだって、怖いね。馬刺しはエロいものだって、みんな知ってるの、我慢してぎゅむぎゅむしてるの、不得手だって言い訳ばっかでまるでピクルスね、お先真っ暗じゃん、オタク、ああ、ダメダメ末期。宇宙人がムササビになって深夜徘徊するのを、特にマスコミは取り上げたりなんざしないけど、馬鹿っぽい方が丁度良くないですか、なんて言って、金平糖で虫歯が痛くって、別に痛くないような、苦しいだけなようなそんな。だから、てんでダメなんです、んで沈むんです、言葉にね、埋れて、本望だよきっとね、そう言いつつぷるんとした海月の膜の影に、あの少年がいるから、死ねないまんまマッチの火になりたかった、ああ、やっぱ、てんでダメだ、やっぱり馬刺しはエロいのね、もうやだ、ほんとバカで、死ぬかもしれない(嘘)、もー、ぎゅむぎゅむ。
夜[2004]
おもてに広がっていく夜
たった二つ三つ文字盤を擦っただけで
もう、そとは黒
ひとはマッチをたずさえ
夜というものにそなえる
黒のなかに姿が消えてしまわないよう
ロウソクに火を点し
音が消えてしまわないように
楽隊を呼ぶ
そうしてみなは呼ぶのだけれど
おれの楽隊は皿の料理から生まれ
食卓のなかでいつもゆがんでいる
ほら、
フォークを掴んだら
演奏が始まった
この音がそちらにも聞えるだろう
この姿が近眼のあなたにもおわかりだろう
もっと近づいて
よくごらんください
あいつのトロンボーンの舳先へ
ゆっくりと流れていくやつの唾液を
あいつのギターの弦から染み出した肉汁を
ドラムのヘッドで踊るコンソメスープと具の玉葱を
もっと近づいて
よくごらんなさい
お気に召しましたか
この気持ちのよい演奏を
しかし食べ終わると同時に崩れてしまうのです
もっと近づいてよくごらんなさい
トランペットとトロンボーンが
仲良くハンバーグに融けましたね
サックスはライスをギターに吐きかけて消え
ベースは声をあげてドレッシングの壜に倒れた
最期にピアノが余韻を残しながら
残ったスープに沈んでいく
おれの楽隊はいつもこうして崩れてしまう
もはやロウソクの火も消え
黒に染まりながら
悲しみに堪えきれなくなったおれは
やけになって皿に顔をうずめる
そして心にもないことをいうのだ
やめてくれという胃のなかの悲鳴を聴きながら
おれのからだは
半分、黒
ああ、もうすっかり不良少女になってしまったYよ
染まりきらないうちに結婚してくれ
いま、おまえが欲しいのだ
おれの楽隊は消えて
もうなにも残らない
ただ夜があるばかりで
もうおれもいない
詩集「ぼくの雑記帖」無料配布記念
水精とは
生活には潤いが必要だったことについて
少しばかり語りたい
たとえば
星星や月に照らされて浅い川面に映える
逆さまになった細ながい樹木のような体幹も
おだやかな夜風に棚引くその黒々とした頭髪の枝葉も
すべては
昇る太陽と共に起床し 沈みゆく太陽と共に家路を目指す
規則正しい時計の針のような生活の中 寝台という名の透明な水の層に揺蕩って
性的な夢の波間からふいに漏れ出した 他愛もない
夢精のような謔言に過ぎなかったのさ
或いはそれはほとんど無限に近い精液の海から精製された
もう一人のボクでありながら
決してボクじゃないボク/もしかするともう一人のワタシ?
そうしていつも夜になると
ボクじゃないもう一人のワタシが居る?
しかし これさえもさして変わり映えしない単調な日常の牢獄から
振り子の原理さながらに
ぼく自身が編み出した
潤いという 膨らみに膨らんだゼリー質の半透明な夢の重し
生活の乾いた岩石と常に釣り合いを取るための 夢と現実の両天秤
水精とは
すなわち女性の瞳の水面(みなも)のように青く澄んだ僕のなかの潤いの結晶体
つまるところぼく自身がその水精だった
という訳なのさ
収穫祭
私が幼稚園児から小学校にあがるかあがらな
いかの頃母親が狭い台所でお前なんか産みた
くなかったけどできちゃったおろしたかった
けど結婚する前にもうひとり遊んだ人とおろ
したしその時は産婦人科で両足をぱかっとひ
らかされてとてもこわくてでも胎児は無事に
えぐりだすことができてそのおかげでせっか
くお父さんと結婚できたのにまたできちゃっ
てめんどうだからまた一人おろしてあんたが
できてでももうあたしの体にも悪いし経済も
余裕が出来てきてたからなお世間体が悪いし
仕方なく産んだのよと憎々しげにわたしに言
ったその頃のわたしはもう書斎のむずかしい
文学全集に手を出し始めた頃でだいたいの意
味はとれたもともとその頃なにかに失敗する
と母親に納戸に連れ込まれてお仕置きに悪戯
をされていたからそんなことかとおもって泣
きもしなかったらなお怖い目でにらまれた母
親は料理を作ってどんとならべて夜はてきと
うにふとんをひくだけだったから弟とふたり
で適当にそのへんで寝た母親はべたべたのフ
ライドポテトくらいしかまともに作れなくて
顔の洗い方も靴の紐の結び方もなんにもおし
えなくて父親は仕事で忙しいと言って始終う
わきしていたらしくどこにいたのか全然覚え
ていないきっと母親の言うように社長の片腕
で接待されていたのだろうちゃんとしたおう
ちですねと外に出るとみんなわらうから適当
に合わせることしかできなくて学校ではどう
してどもるのかと叱られて帰って来たよるは
恐ろしい折檻が待っていた家はあったでもい
えはかぞくはかていはどこにもなかったです
裸のままで横たわる白い棘のある箱のなかに
あるとき私はとうとうははおやを殺して外に
出たさんざめく金色のひかりが満ちる秋に紫
色のピオーネを生まれて初めてわたしは齧る
hyouka-ga-hara
彼の小指が氷の花びらになってわたしの頬を白い鳩が飛ぶように鋭くかすめていった。頬にスッと切り傷ができてあたたかな血が垂れた。
『ね、きょう青いロシアへいこう』
ときたまおしゃれなカフェでお茶をするだけの、気持ちの良い友だちから着信があっていきなり誘われた。わたしは人との付き合い方がすごくへたで、いきなりうんと親しくなってはうんと近づきあって傷つけあい、けがするのに飽いたようにスウッと疎遠になる繰り返しだ。きっとそういうひとを無自覚に選んでる。
彼だけはちがう。サバサバとした彼の一歩を踏み込めない雰囲気が、唯一長い付き合いをさせてもらっている。……どこで知り合ったのだろう。うんと昔から、ものごころついたころからずうっとこんな関係が続いているような……。
彼には肌の下、いちまいすごく冷たく、薄くて強度の高い、だれも彼を傷つけられない鎧が入っている。その鎧があるから、彼もだれも傷つけることができないし、だれも彼を傷つけない。薄くて淡いきれいな硝子を間に挟んだような、つるつるした付き合いを続けられて。
彼は、恋愛をすることのないセクシャリティだ。会うたびに転職をしているのもなんだか不思議だ。どこにもなじめないのにつねにどこかになじんでいる。新しい仕事場でおきた変な話、たとえば会社設立以来からあるという開かずの冷蔵庫のうめくモーター音や、趣味がカビの研究という同僚のはなし、夏の終わりにひとりでお風呂場で花火をしてみた、みたいなことを教えてくれる。わたしは「ひとりでおふろばで花火? 呼んでくれたらよかったのに、いっしょにどこか外でやろうよ」というが、彼はあいまいにわらってやり過ごす。
そのたびに私は、彼のつるつるのこころの鎧に触れてうっとりする。
わたしは恋愛の話しとそれから、今日してきたお化粧の話しばっかりしている。金色が少し入ってるファンデーション、チークは青みを帯びたピンクでね、口紅は銀赤だよ。わたしの表層を覆い隠してくれるものの、ことこまやかな、はなし。
『青いロシアへ? どういけばいいの?』
『きみがむかし通っていた中高一貫校への行き方をすこし変えたものだ。きみの家の最寄り駅の桜散里駅から、城防壁駅で乗り換えて、最果て公園駅でまた乗り換え。乗り換え二回で青いロシアに行けるなら近いだろう。青いロシア行きへの飛行機に乗ってつかないときだってあるのだから、これはとくだ。時間の流れによって、三十分から三時間というところかな。最果て公園駅へ、夕方四時にどう?』
わたしの最寄り駅が桜散里駅だと、彼は知らないはずだ。長く親しくいたい相手だから、あまり深い付き合いをしないように、用心をしていたのだけど。
そもそもわたしは、思い出すのもいやな中高時代の話をしたこともないはずだ。……でも、彼はたしかにあのころのわたしを知っていて。
うわべのことばかりで、お互い知らないことばかりだったはずなのが、いつのまにか知られている。ふかい、ふかい底の方までさわってくるような声。
記憶が、かくはんされた誕生日ケーキみたい。ふっと、足元のゆれるような気持ちになった。ああ、きもちいい、やっと、発掘されて割れるのをまってる化石みたいな、ふたりのなかをさわれる。関係性は毀れる。
家の時計は十時をさしている。時計のかかっている側の壁の窓から見える外は、満開の桜が、淡いピンク色にはらはらと落ちて桜餅の匂いがする。花散里駅のメイン・ストリート。母が亡くなり実家を売って、いつも満開の桜の坂沿いのマンションに住んで、もう十年になる。-満開の桜は思考を異常に増殖させ、わたしは危なっかしい人形を作って父の扶養の範囲内でくらしている。ときたま買い主のもとで息をして動きだす生き人形の作り方を教えてくれた師匠は、このあいだ、夜の町に住むお母さんに会いに行くといって消えてしまった。
なまぬるい風がふるり。ベランダに数年間出しっぱなしの、母の遺した喪服が揺れた。父が、「わざわざ蚕を取り寄せて孵化させるところから、あの、家事のきらいなお母さんが作ったのだから、機会があるならどうしても着なさい」と押し付けてきたのだが、肩パッドがはいっていてもう古いのだ。
しみついた香水がどうしてもいやで、洗濯したままベランダに干しっぱなしで、とりこむ気力がなくそれだけ数年たっているが、時間がたっていくそれだけ、月の光を含んだ髪をパチパチ流す少女のようにつややかに真っ黒くなっていくよう。
風をふくむと人型にふくらんで、母のかたちになる。
「お父さん、今日すこし、青いロシアに行ってくるよ。友だちがね、誘ってくれたの」
三食ポテトチップスを与えているうちに、まるまるとした可愛いピンク色のブタになって父の足元をいつもくるくるとまわっている兄には友だちがひとりもいなくて父は気にしている。父がかわいそうで、「友だち」と強調する。
母のいちばんきれいな頃、大輪の赤いダリアの咲き乱れるようなスナップショットから引き延ばした遺影が一つの壁を埋めているリビングに、その壁の遺影に向けた小さなソファにがくりと座っている父に挨拶する。
そういえば、ここ数か月、父が動いているところを見たことがない。かつて巨大な建築物を各地に設計し、製図用の銀色のペンのタコが大きくあたたかった手は、茶色くしなびて梅干しのように、ひじ掛けに力なくおかれている。なんだか泣きたくなる。
「行っておいで」
歯のない口からやわやわとと漏れる羊歯の葉擦れのように、やさしいささやきごえがしたが、わたしはこのあいだこのからだから内臓をとって、かわりにお茶にすると甘酸っぱくなる小さなばらをうんとつめて、想い出家族オルゴールを仕込んだ気がする。
じぶんの手をみる。人の肌に酷似した布地でできている五本の指を動かす。さわさわとラベンダーのかおりがたちのぼる。
母が亡くなって人形を、家族がひつようとしていた。母の面影に似た、落ち着くかおりのする妹人形を、それで、生き人形師が呼ばれた。でもなにかの手違いで、わたしひとりじゃ作動しなくて、彼がつくられて。
いじめられた記憶を縫い付けられたおとなしい、忠実な、妹人形。
マンションから出る、ハート型に踏みしだかれているさくらの花弁。淡いピンク色の心臓が無限に散らばってる。
帰ったら、これ、かき集めて、かわいい赤ちゃん人形に詰めこもう。きっといい声でなくのがつくれる。
花散里駅から、城防壁駅までは三駅で五十分しか、かからなかった。いつも九十分かかる。だれもいない電車から見える青
ここはもともと飲食店ビルがひとつあるくらいだったのが、国民のなかで国意識が巨大化してはじけてしまったマインドバブルの時代があった、という。マインドバブルにあてられて、地下から屋上まで数百階建て、横となれば何百キロあるかもわからない巨大飲食ビル群になってしまった。毎年行方不明者が数十人出て、奥地では人肉鍋があるのではないかとか、あるいは最奥の飲食店女王の奴隷になって日日さらなる拡張を求めて工事を進めているいるとか、いろいろな噂がある。
豚足がずらりと壁に並べられている屋台、パクチーの山盛りに載った米麺に酢を入れて筋肉質の色黒の男らが荒い声でわめきながら食べて去っていく屋台、赤い下着をつけたすらりとした白い女性・ぴったりとした青いドレスを身に着けた青い肌の女性・全身ヴェールにつつまれてうんとうんと小さな纏足だけがそろりと見えている娼婦屋台は、奥の方に赤地に金のいろどりをされたベッドが見える。
欲の香りはいつも、ミルクの匂いがする。
舌なめずりしながら、最果て公園駅ゆきの電車に乗る。
瞬きするともうたどり着いていた、それは瞬きのうちの数時間にわたる深い眠りだったか、それともほんとうに瞬きなのか? 腕時計は風化して砂となり崩れ去った。
「やあ、時間通りだね」
「ほんとに?」
晴れあがってほんとうに薄青くさむい雪原の中を、黒い汽車は農灰色の煙を立てながら、横長の恐竜が頭を低く下げて獲物を追うように走ってゆく。うなり声も恐竜のよう。ガタンゴトンゆれる汽車の下に、うすばかげろうの群れのような影がおちて、影も一緒に走ってく。
煙のかげまで一緒にどこまでも付き添って。
赤く燃える石炭の、目に染みて、鼻につんとくる匂い。
ぶあつい、まだすこし獣のなまぐさい匂いのする毛皮のコートが首筋を痒くする。ピキピキと皮ふが痛いような寒さ。
「もうすぐ、氷花野原だから、防氷マスクをつけて。氷花の種が肺に入って芽生えると、肺から発芽して、きみが氷花になってしまう」
いいタイミングでやってきた車内販売の子に、早口で彼はなにかを言う。
車内販売の女の子は、さすがに青いロシア人らしく、すらりとした体型で青白い顔をして銀髪をシニョンに結い、軍服をおしゃれに仕立て直したような制服を来ていた。すごく寒いのに、ブラウスの胸のところが広くあいて眩しいように白く、くるぶしまであるタイトスカートは太ももまでスリットが入っていて、黒いレースのガーターストッキングが見える。目は淡い緑。
青いロシア人は、にっこりと笑って金色の鎖で編まれているマスクをさしだした。きらきらひかっているのをそのまますっぽりとかぶった。視界が金色にそまる。
彼女も胸元から簡易型らしいマスクを引き出して耳にかけた。そっちは錆びた銀色。
「それにしても、なにもないような、あ、見えてきた」
「マスクをわざとつけないで発芽したひとびとが氷花帯だよ」
「きみは?」
友人……少しだけわたしのに男の輪郭をたした双子の横顔は優しかった。うすばかげろうみたいな、ぼんやりとしたのは、きっと死相だ。
「ぼくはきみに見送ってほしかったんだよ。昨夜職場でね、ちょっとカッとなってね。……まあたいしたことじゃない。僕は恋をしたことがないが、きみはいっつも恋の話ばっかりしていただろう。でもさ、双子人形だから近親相姦になってしまうね? 永遠にきみの恋の相手になりたくて、それでこういう方法をえらんでみた。それから、プレゼントがひとつ」
止める間もなく、飛び下りてしまった。
取りすがろうとしても遅かった、のだけど、ほんとはわたしはこの展開をしっていたんだ、楽にさせてあげたくて、取りすがるのを一瞬遅れたんだ。
わたしはいつだってひとごろしだなあ。
ちょうど、氷花帯に入ったところだった。ひとの背よりうんとたかい氷花の群れ群れ。
この花みんな、ひと、だったんだ。
彼はうしろにふっとんでいく。肉体がはじけた。けど、散らばるのは内臓じゃなくて青やうすむらさきの董だった。
董がパァッと、光った。かなしい星みたいに、そうして氷花のまわりにきらめいて消えてった。
ひとですらないきみはひとの氷になったのを飾って消えていく。
いっぽん、彼の小指が氷の花びらになってわたしの頬を白い鳩が飛ぶように鋭くかすめていった。頬にスッと切り傷ができて、乾いたラベンダーのかすがこぼれるんでなくあたたかな血が垂れた。あの日やっとひとになったというのにわたしは、泣くことをしらないでいる。
雪原の記憶
私は警察署に来ていた。
あれだけ面倒くさい手続きやら、身辺調査やらをクリアし、ようやく手に入れた銃と所持許可であったが、止める時はなんの造作もないものだ。
書類手続きに慣れていない新任の警察官は、書き方がわからないらしく、たびたび席を外していた。
すでに分解された銃の一つを手に持ち、銃身に唇を当てた。冷たい感触と浸み込んだ火薬のにおいがした。
初雪が降り、融けたり消えたりを何度か繰り返し、根雪となる。
あたりの雑木は雪に覆いつくされ、山々の起伏がはっきりとしてくる。
深夜に雪が降り止み、朝方にはウサギの活動痕が目立つ頃である。
ウサギは夜行性で、夜に活動する。夜、食餌のために小枝の先の冬芽を求めて出歩く。
また、一月を過ぎると既につがいを形成するようだ。
餌を食べたり、つがいの相手を探したりとあちこちを動き回る。キツネやテンなどの天敵から逃げたりする時間帯でもある。
夜が明ける前に、ウサギは寝屋と呼ばれる場所を選び身を隠す。
ほぼ同じ区域に生活しているが、寝屋は一定ではない。
寝屋の特徴は雑木が傾斜した根元の雪の中をシェルターとして利用するのである。
シェルターを確保し、日中はそこでじっと休み夜を待つのだ。
当地区では、ウサギは古くから冬場の貴重な蛋白源として、狩猟が広く行われていた。
昔は、全域の男達が銃を所持してた時代があったという。
自然が豊かで製炭や薪燃料として木が適度に伐採され、キノコや木の実が豊富に実り、豊かに物質循環が行われていた時代である。
すなわち、山に住む獣にとっても豊かな食料を手にしていたのである。
山では多くのウサギが獲れ、子供の頃の記憶では週に一度はウサギ汁を食べていた。
最近では、銃規制も厳しく、銃所持者の高齢化にも拍車がかかり、狩猟を行う人は激減していた。
当地区の猟人も最低年齢が既に四十を越えていた。しかしながらマタギや狩猟の伝統を守ろうとする少ない人達によって、今でも猟は続けられている。
深夜、雪がほどよく降り、朝から晴れ上がった日はウサギ猟に適している。
夜、雪が降らない時は、極めてウサギの活動痕が多くなる。つまり足跡が多過ぎて居場所の特定が難しくなる。
深夜、適度に雪が降れば、余計な活動痕は失せ、寝屋に近い部分の足跡が残る。
寝屋に入る前にウサギは独特のカムフラージュ痕を残す。寝屋の手前から徐々に足跡のリズムが少し乱れ、とぼとぼしたような足跡を残す場合が多い。悩み痕だ。
適当なシェルターが決まると、シェルターの前を通り過ぎ、一定の距離で停止し、回れ右をしシェルターに入り込む。ウサギの足跡が忽然と消え入る箇所があるのだが、こういう場合は得てして近隣に潜んでいる場合が多い。ただ、場合によってはこういうカムフラージュ痕を幾度も繰り返している場合もあり、百戦錬磨の狡猾なウサギも多い。
ウサギを追っていると、奇妙なことに気付く。寝屋に潜むウサギが危険を感じると、まず逃げるのだが、それをどんどん追っていくと再び同じ地形に戻るのである。これはウサギ自身も意識しているわけではなく、一種回帰性といった本能なのだろう。確実に逃げるのだが、ふと立ち止まり追っ手の位置を長い耳で聞き耳を立て判断するのだ。
私は単独猟が好きだった。猟場を選択し、コース、居場所や地形を選び、場所を特定する。そして如何に効率よく捕獲するために、どう近寄り、どうシェルターからウサギを追い出してやるか考えるのである。それらがうまく一致した時に、初めて捕獲が可能となる。
私が直接銃を止めるきっかけになった事件があった。二〇〇六年の事である。
熊狩りの時期になったら、今年こそ参加しようと思っていた。
熊狩りは、冬眠明けの熊に限って害獣駆除という名目で、数頭の捕獲が許されていた。
熊狩りを行う人は勤め人が多く、平日に熊狩りに出られる人は少ない。複数人でなければ熊の捕獲は出来ない。
熊は他の獣と較べると著しく警戒心が強く、嗅覚・聴覚が敏感だ。また、強靭な骨格や硬い脂肪の皮脂があり、岩場から転がり落ちても怪我を負う事はない。まさにゴム鞠のような体なのだ。しかしながら、薮の中を猛進することができるよう、目は小さく、視力は良くない。
当地では熊のことを「シシ」と言い、熊狩りのことを「シシ山」と言った。
このシシ山は、狩猟人の集大成とも言える猟だ。
チームワーク、勇気、あらゆる力が試される場であった。
小黒沢地区では、最長老の板屋修三氏の自宅がシシ山の本部であった。
現場のリーダーは最近選任された村杉義男氏。板屋氏は既に八十を越えており、村杉氏も七十近い。村杉氏の補佐や助言役として、私の父や元森林官など五名ほどが取り巻くと言う図であった。
熊の捕獲には、指示役・勢子・鉄砲場の三種類の役目がある。指示役が熊の位置を把握し、鉄砲場に熊が向かって行くよう勢子に効率よく熊を追わせる。熊が追われて逃げる地形はおおかた決まっていて、鞍部(稜線中の凹んだ場所)やヒド(沢状となった窪み地形)目掛けて移動する。全く障害物のない白い雪の台地を逃げることはなく、薮や木の多い所を逃げる。ウサギなども同じである。上手くいけば台本どおりだが、なにしろ大物猟だから、関わる人の意識は高揚しており、単純なミスも結構ある。また、人の立ち位置で大きく熊の進路が変わることもあり、慎重に作戦を立てる必要がある。
その日私は、父から「熊が居る」と聞き、本隊から少し遅れて家を出た。ホテル天然館の除雪終了地点に車を止めると隅安久隆が居た。三十代後半で猟友会では一番若い。いつもニコニコしている気さくな独身青年で、地元の建設会社で現場監督をしていた。最近は猟のほうも腕を上げ、ウサギや鴨では一番の獲り頭となっていた。「熊を撃て」と言うが、「いや、俺は勢子が良い」と、自分の持ち場を決めていた。
私と隅安は遅れて本隊に合流した。熊のおよその居場所は掴めているようだ。大門山塊に白姫(一三六八メートル)というピークがあるが、その一〇〇〇メートル付近に居るとのことだった。隊は十一名、鉄砲場(射手)三名、目当て(指示役)二名、本勢子三名、受け勢子三名という人員配置であった。私達は受け勢子で、最も熊との遭遇が考え難い配置にあった。
本隊は上白姫沢左岸尾根一〇〇〇メートル付近の熊を囲むように配置された。我々受け勢子は、上白姫沢左岸尾根の左手にある黒禿沢左岸尾根に取り付いた。一番若い隅安は上白姫沢左岸尾根に向かう途中の中腹に待機していた。元森林官の間島洋二と私は、黒禿沢左岸尾根で様子を窺っていた。
全員が配置につき、勢子の活動が開始された。真山(熊の居場所付近の配置)からなるべく遠いところから勢子を始めなくてはならないので、最初に間島が「鳴り」を入れた。残雪がたっぷり残る山々に、一見のどかな「おーい、おーい」の勢子が響き渡った。続いて勢子鉄砲を数発私が放つ。これものどかに「ポーン、ポーン」と雪山に響いた。やがてイヤホンの無線から慌ただしく「シシ(熊)が動き出した」との無線が入った。それと同時に、今度は真山の下部にいた本勢子たちが「鳴り」に入る。村杉の無線によれば、熊は計画通り射手の方へ向かって進路をとっているとのことだった。私と間島は、熊の捕獲を確信し喜んだ。
一閃、鉄砲が響いた。仕留めたのか・・・・。まるでスローモーションを見るように、熊は上白姫沢左岸尾根から隅安のいる斜面に向かって走り出てきた。隅安の近くをかすめるように熊は転げ、私たちの方へ下ってくる。隅安の銃は連続三発熊目掛けて射るが、殆ど当たりはないようだ。熊は私と間島の近く百メートルほどまで近づいてきた。「拓也、撃てっ!」。必死に銃を溜め、熊に射る。これは、隅安が再び熊を射止める為の勢子鉄砲であると共に、真山への勢子鉄砲でもあった。一種の威嚇射撃である。熊は七十メートルまで接近してきた。今度は本格的に射止める射撃に入る。しかし、最近熊を射止めたことがなく(九年前に三十メートル近射で熊を射止めたことはあった)、遠すぎてどこを狙って良いか戸惑いながらの発砲であった。数発撃ち、徐々に当たりを確信した。しかし、酷にも弾切れに。
「間島さん、弾が絶えた・・・・」
「散弾でも何でも良いからぶてや!」
私は必死に散弾を込めて放った。
熊は沢に入ることなく、再び隅安のほうへ向かって逃げ始めた。熊は隅安を見たのか、彼の三十メートル下の雪と薮の間を進んで行った。間島はしきりに無線を入れて、隅安に熊の位置を教えていた。私からは熊の位置は丸見えだが、隅安からは薮に隠れて見えない状態だ。熊は薮を上へ上へと移動しているので、先回りして熊の真ん前に出て撃てと言う内容の無線だ。隅安も熊を確認したらしく、銃を構えながら薮の中の熊に接近し始めた。あまりにも近くなので、我慢し切れず隅安は数発撃った。何秒もしないうちに、雪の上に熊が現れた。意外に早かったが、あとは隅安が仕留めてくれるだろうと願った。ところが隅安は逃げ始めた。弾切れになり、弾の入れ替えが間にあわなかったようだ。十メートルほど逃げた。しかし熊の野生には敵わない。最後の抵抗で、銃床部分で熊の鼻先を叩いたようだが、彼らの背後には沢の岩肌が迫っていた。
隅安と熊は、互いに絡みつくように沢の窪みに落下した。同時に大きな雪塊が彼らのいる場所に落ちた。数秒後に熊は我々の間を横切り、途中の沢筋の穴に隠れて姿を消した。
彼は独身だった・・・故に子供は居ない。それだけが救いであったのか。無線で事故の事を能天気で話している猟友もいる。まだ事故の重大さを皆が解っていないようだ。実際にこの修羅を目撃していたのは私と間島だけだった。
空は澄みきり青空だ。無線は相変わらずやかましい。私は祈るしかなかった。万に一つの可能性があるとすれば、生きていて欲しいということだけだった。間島は狂ったように、「たかー、たかーっ」と叫び続けながら、彼が落下したと思しき位置に向かって歩いていった。夏のような陽気で暑く、雪は重く粘った。
「久隆は意識はあるし、自力で立てる」・・・・・。
全身の力が抜けてくるような、奇跡の光のような無線だった。足場の悪い沢を上っていくと、隅安がいた。顔中が腫れあがり、いたるところに血が出ていた。耳は片方の三分の一ほど爪で打たれ欠損していた。皆が集合して、鉄砲場の長井と私が応急処置にあたった。どこが一番痛いかと聞くと、右手の上腕が酷く痛むという。衣服を切り裂いて患部を開けてみると、すっぽりと穴が開き、中の肉が抉られているようだった。頭と上腕に手当てを施し、私のほか二名と下山した。隅安は少し寒いといった。軽いショック症状が出ているのかもしれないと思い、ジョークを言い合ったり衣類を着せたりした。出血はあまりなくて、どれも急所を外れた傷であった。
ホテル天然館に着くと、警察・救急車や関係者でごった返していた。目撃者ということでもあり、私が警察やマスコミの質問に答えた。小黒沢集落の熊狩りの歴史上で、これだけの事故は初めてだとのことだった。熊と正面で出くわしたが、転んだ弾みで熊が人を跨ぎ、傷ひとつ負わなかったという事はあったらしい。
今日の事故の責任は誰にあるのか、いろいろと戦犯も上げられた。最初の射手が動いたため、私たちの所に熊が進路をとったとする説。私も戦犯の一人であると言われたのは言うまでもない。ただ、熊狩りで熊を撃つ場合は「なるべく近くで撃て」と言われていたはず。あの場面では、熊は黒い点の野球ボール程度にしか見えなかった。だが、当たらない距離ではない。結局、誰が悪かったのか・・・。あまり深い追求はしないにしようと相成った。
しかし、熊と言う生き物の凄さを改めて皆が知ることになっただろう。隅安はあれから小1ヵ月も入院し、その後仕事に復帰した。彼を襲った熊は、事故後数時間で穴から出てきたところを捕獲された。
自然環境保護員でもある私は、三月、ネズモチ平を目指し、カンジキで歩いていた。
私の目の前をウサギが飛びだして走りぬけていった。
BOWBOW!、銃をイメージしウサギを撃った。
タイミングよく、ウサギは雪原に横たわり、痙攣をしながら息絶えていた。
私は即座に、腹の毛をむしり、ナイフを突き刺し、横隔膜の中の血を吐かせ、肝臓だけを残し、腸や胃や膀胱を手で取り出して捨てた。
あたたかいというよりも、熱い。先ほどまで生きていた、躍動していた、逃げるという事に集中したウサギの命の末路が未だ温度として残っていた。
私は血液のついた赤い手を雪で洗った。
銃のない私は、想像していた。あたたかい血や、内臓の剥ぎ取られる瞬間を。
あッ!
朝が
朝帰りして
朝になった
ら
俺のロード―の
半分は終わっている
汗している
血は
流れつづける
踵に痛みが
ズキン
ズキン
と響いて
この交響楽団は良い
と
サウンドトラックを
聞いている
寝室。
空に謝りたい感覚。
何を待っているの?
弥勒菩薩を。
大丈夫
生命線がけっこう長い
白い薬も飲んでいるし
で
許されない
体を酷使して
どこまで疲れられるのか
人体実験
瞼が震えている
地球も震えている
から
気にしない
というか
麻痺してしまって
細胞よ
いい方へいってくれ
ここちよい方へ
非生産的でいい
反生産的なのは駄目だ
幽霊になったことがある
俺だからいう
戻れなくなる
変質を用意に受け入れると
後悔する
涙流れる
新古今和歌集は
ミントの香りがする
風は涼し
障碍者手帳酷い証
ピッコロの練習がはじまりました
となりのマンションから
弾き語りビビったり
はじまらないな物語
あッ
、
と思ったら
飛散している
思考
脳が
分解されて
あッ
。
ヨダレ。
被爆の外を
走っている
一心不乱に
腐敗も
道の
を
気にせず
走っている。
俺は病者だ
病巣を掬って
食べている、
お前らと
いっしょなんだよ
洞窟に
病巣を
掬って
食べている。
フェードインする
ユニクロで
コンバースな
朝
海の匂いがする
から
海が近い
んじゃなくて
きみが海だ
お前が海だ
見つけたぞ!
何が?
どれくらい酷いか!
あはははは
笑うな
はい
銃を
こめかみに
突きつけている
男が
世界の
極北にいる
イメージの
現実の
なかで
腰を下ろした
*どうしてもっと楽しく生きられないんだろう?
粉末をこよなく愛するフーリガン
とても遠くにいるリチャード・ブローティガン
へ
TEL
もしもし
もしもし
聞こえてますか?
死後の世界に
僕らの声は
届いていますか?
涙
で
血を
溶かす。
ホワイトチョコレートを
噛み砕いて
胃の中を
白くする
パサ
っと。
胃の
上部まで
痛みだしたら
病院に行こう
それまで
胃
は
底煮え。
*詩は安定をもたらさない
書いても
書いても
嘘
に
響いてしまう
音響設備
耳に心地よい
ことしか書けないのか
お前は?
俺は?
俺の場合は
統合
する為に書いている
昨日を
未来を
今に
キャッチ
して
キーボードをぶったたく
キーボードは死ぬ
骨を叩く音が響く
嗚呼
、
*それは本物のおと
か
、
のらり
くらり
暗闇を
歩いてきた
誰にも理解されない浜辺で
ビニル傘が吹き飛んでいった
血
が
少し出た
今日は
よく眠れるだろうか
きみも
友人も
入れない
この
王室
で
俺は
ジャンキー物の王様
本物の粉は
持っていない
持っていないよ
二回言うと
本当は持っているように響く
この喉は
煙草で焼けている
のだ
のだ
嗚呼
、、、
俺は差し出すもの
価値をつけず与えるもの
名を恥じないもの
天を侮蔑したら
雨が降ってきた
きみがよわいときは
俺は呼ぶな、
と
また
きみを残念がらせる
言葉を語った
舌を
俺は
信じない
ただ
使われていれば
いいのだ
舌は。
鐘が鳴る
日本列島は
耳の形をしている
その中で
バラバラな
音の粒子だ
僕らは
競争も
平気面してやる
昔から
気になっていた
*なぜもっと愉楽できないのか
あ
、
今
なぜか
夏の坂道を下る
自転車で、
な
イメージが
来た
拾い上げて
脳に嵌めてみたが
その熱さにこめかみを
火傷した
燃える十字架
人類最初のバイオテクノロジーは酒
ペスト
からくじが夜空にまかれ
俺の男根は
天狗に盗られそう
うう
腹が減った
うなるのだ
うねるのだ
苦行の果てに辿り着いた
いつもの部屋
何を
しているのだ俺は
きみの眼が欲しくなって
また何か忘れそうだよ
嗚呼
体に
平穏が訪れない
煙草を盗んで
(ないよ
ないよ)
喫ってしまった罰だ
捨てても
捨てても
余計なものに
溢れた
部屋
そこで俺は
気分を害したまま
又
詩を書いている
痩せた体に
肥った霊魂が
書かせる
欠かせる
欠損させる
出たものを
俺はひとに捧ぐ
霊魂は痩せてゆく
この行為を
繰り返していけば
言葉の前に文化はない
俺はできるだけ読んだ
不純なものも
清潔なものも
好奇心で
ひとは死ねる
と
知った
寂しかった
家には誰もいない
マンネリズムで
死んだ家
まだマシさ
色んな家をみてきた
闇を暴露する活動をしてきた
ような気がする
あッ
、
耳鳴りがする
ヒー
ヒー
と
やはり
疲れているんだろう
だから語ってしまうんだろう
くりごと
ひとりごと
してしまうんだろう
ノートが
キャンパスノートが
余っている
いつもそこにある
それが俺を苛々させる
ゴーストノートを
追っている
ジャズを聴きながら
軽快な指使いで
放置していた
この詩のつづきを書く
ピラミッドは好きか?
俺は好きだ
ピラミッドの建設で
ひとは労働の
なんたるかを知った
のではないか
と
考えている
電話のベルが鳴る
はい
もしもし
父は今家におりません
失礼します
と電話をすると
なぜかくらくらした
血が足りないのか
血が余っているのか
わからない
近くの家の
葬式準備の夜
夜は怖ろしい
考える時間だからだ
嗜むものは断った
時間が永すぎる
眠剤でエスケープ
いつも
いつも
血ではなく
今日は
汗で書いている
楽しみは希少
退屈に身を委ねてしまった
ルーティンだと思っていた
マンネリだった
文章はhighにさせてくれない
文章は、
鎮静化させる
獰猛な動物でないと
俺は否定できる
物を書いているから
物を書きすぎているような気もするが
眼
も
悪くなってしまって
必死で小さな文字の
「地獄の季節」を読んだ
なかなか好みだったが
悪徳に足らないような気もした
後半に美しい詩が一編出てくるところなんて
ちょっと笑っちゃった
はは
お前はもう
語るんじゃないよ
と
語っている
ひとりごとは
ノイローゼに良いらしい
俺は妄想する
統合失調症がなくなった俺を
ニコチンが抜けきった俺を
下らない買い物を
しない俺を
神は死んだ
として
長い
長い葬儀だ
埋葬だ
お赤飯を炊く
風呂をピカピカにする
時間が過ぎ去ってゆく
今さえ過去に過ぎない
みんな思い出だ
思い出のなかで息をしている
動悸がする
まだ
「疲れ」
は
とれていないのかな
普段は避けている音楽も聞ける
おかしなことに気づく
今日も自分という謎にぶつかった
肩が当たって
謎はポケットからペンを落としたよ
そのペンで
俺は物を書く
爽やかな風がぶわっと吹く
紙がばさばさと飛んでゆく
部屋中紙まみれさ
気にするな!
ここはまだ峠ではない!
と
疲れた体は
もう駄目なのに
・・・
・・・
水は冷たく呼吸していて
「はあ」
と
溜息をついて安心した
水で
手を
丁寧
洗い
ノートパソコンを開いた
老いが病なら
皆病人なわけで
その治療法は
自殺しかないと
どこかで読んだことが
まだ
頭の片隅で響いて
天体に願いを
太陽に讃美を
素直に贈れずとも
そして
ライフラインに感謝を
俺は冷えた部屋にいて
きみの返信を待っている
あッ
、
もうすべては
書き届いてしまった
シンプルにした思考の
すべて
は
書きつけてしまった
絶命
詩の
絶命
南無妙法蓮華経
母は
近所の葬式に
かかりっぱなし
俺は部屋に
ひきこもりっぱなし
聞いた危険な話
煙草は脳に悪いんだってさ
他者暗示も悪い方へいって
本当に脳に悪いと思えてくる
から
疑いをもって生活に
取り組まなければならない
俺はよわきさ
円環する塔を
三歩昇って二歩下がる
臆病なのさ
それにおだてに弱い
いつも体調が悪い
へへ
笑っちゃった
もうこの詩の構成とか
どうでもいい
この飛行機は飛ばない
飛んで
必ず落下するだろう
というか
落下しているんだ
終わりの気分が大好きで
、
身もこころも快楽に捧ぐ
ギリギリ
死は避けられている
時間の問題さ
きみとか
大切なものと
快楽
どちらを優先すべきか
嗚呼
脳が冷える
カッチンコッチン
ニコチンに浸った脳が
カッチンコッチン
ひゅー
ドカン!
今2900文字書いた
目的の
3000字を前に
詩は
飛行機は
墜落してしまった
痩せた体の
肥えた魂
八月の
*意味深長な郊外の雨の夜!
不出来さ
夢を観ているみたいに
、
書いても
書いても
発話の不自由性にやられてしまう
でも
練習しているんだ
自由に飛べるように
何より次の飛行機が
落下しないように
くりごと
ひとりごと
以外は
寡黙な実験はつづくのだ
俺はしつこいよ
悪徳に関しても
徹底的だよ
良くも悪くもあるよ
大体が駄目だよ
勝手に書いてることで
劣等感は抱かないよ
燃焼してゆく
飛行機
エネルギー
諦めないよ
きみを刺激したいよ
気づいたら、
俺の痛みはもうないよ
、
嗚呼
。
終わりの気分が大好きで
それが劣等感の原因なのだが
蜜柑を頭の上に置いて
真剣な話し合いに参加している
ようなものさ
デ・ジャヴ
俺は思い出のなかに生きている
息をしている
タールのない
加熱式煙草を喫っている
あ
雨だ
狐の嫁入りだ
うつくしい日本語
使う
欲を抑えた人々
俺のように
快楽を第一に置かない
ひとびと
眩しいよ
眩しいから
断食でも
それは文献に則り
してみようかと思う
休日には
嗚呼
すべての生命が
弥勒(救世主)でなければならない!
幽霊とあぶく
言葉は幽霊の所有物。ひとは幽霊に言葉を借りているに過ぎない。と、重たい頭をもたげベッドから這い出し、この文章を書く俺は、ひっきょう幽霊の複合体に過ぎない。きみだってそうだろ?なぜ美しいと感応するのか、自然のさざめき、朝の鳥がすこし五月蝿いと想うこと、ひとを愛すること、とにインスピレーションがこの冷えきった現実にきらきらと発露されるとき、きみはインスピレーションの訳語が霊感であったことを思い出すだろう。
終電を見送って、始発で帰る元気はなくなっていて、ヘイ、タクシー!俺は酔っぱらっているから気前がいいよ、代々木八幡まで行ってくれ。と行く、行く、行く、を、繰り返した結果、実家のパソコンの前に2018.9.4.居る、不思議、でもなんでもないような、必然の結果でこうなっているからしょうがないと思うんだろうね。今日もよろしく働いて、時給1150円分働いて、終えて、祈りを捧ぐ。それは言葉の形をとってこの世に現れることも多々だ。ダンスの次に多い。ダンス、ダンス、ダンス。
俺は明滅を繰り返す。雨の湿気にウンザリしながら、ローリング・ストーンズの完璧さに打たれながら、少し顔をあげて、また顔をウィンドウに戻し、要はこの身体というのは乾いていて、それはこころとか精神の問題ではなく、実際に乾いていることで、涙が塩辛いことにひとり、うなだれながらも、感動、なんてしてしまうんだろう。感動、なんて陳腐な言い回しだけれど。
自分の脚を眺めれば、いじめられっこみたいに青タンでいっぱい、擦り傷でいっぱいだ。すべて仕事を行ってできた痣、傷だけれど、捻くれた頭は、これを自分の勲章とか、誇りのように勘定してしまう。目を閉じれば今まで仕事の最中に吐かれた暴言でいっぱいだ。こんな暴言たちも、俺といっしょに墓に入って浄土に蓮の華の滴として煌めくよ。別段死ぬことを考えているんじゃない。でも明日の朝、ふとこの世から消えてしまってもいいと思うんです。ドロン、と。だって元々幽霊の複合体なんだから。
蝋、といえばいいのか、身体機械論を信奉しているわけじゃなく、俺は夢想する。全身が少しずつ蝋のようにすり減ってゆくところを。脈打っている血管が、嘘のように感じられる。生きていることが、驚きのように感じられたことはないか?感じる、の次元を飛び越えて、生きていることが、「認識」されたとき、すべての価値あるもの、俺にとって、ギターとか、パソコンとか、お金でもいい、それらが、あぶくを吹いて次第に消えてしまっても、俺は別段驚きはしないだろう。そのとき俺は、五六時間は我慢した煙草をやっと喫えたときのように、法悦の顔をしているだろう。あほうづらだね。ほら、次第に身体の明滅の回転数は減少していき、蝋のような体は、あぶくを吹いて、寝室は蒸気でいっぱいだ。つと目を向ければ、窓から百日紅の花、ピンク色のかわいらしい花が視える。机に寄りかかろうとしたら、やはり体はがくっと崩れ落ちて、置いておいた仕事道具すべてが落ちてしまった。
降りしきる
雨粒が
こめかみをはじく
雨だれが
肩をたたく
雨水が
頭頂からうなじをつたい
背中に流れ込むから
つくえのひきだしをあける指先が
中にある
削りたてのえんぴつを
濡らす
ひきだしから出てきたわたしが
洋服だんすの扉をあける
洋服だんすから出てきたわたしは
あの時の服を着ている
あの時どんな服を着ていたかなんて
覚えていなかったはずなのに
あの日と同じ服を着たわたしは
同じ場所に行き
同じ目線を浴びる
憐れみに満ちた
その源泉を
削りたてのえんぴつで
突いてやりたい
けれども
えんぴつはなぞるだけだ
なぞりながら
わずかずつ
記憶を捏造してしまえばよいのに
そうしようとするわたしに
わたしは気づいてしまっているから
流れ去る水が
岸壁を
侵食するような歪曲でなければ
降りしきる雨の中では
色彩を欠いたものたちの
かたちと影とが重なりあって
わたしは淡く変幻する
影のかたちを黒くなぞっている
通りを行き交う人たちの
乾いた話し声が響いてくるから
もう雨はやんでいるのだ、と
カーテンをひいて窓を開ければ、と
わたしは雨の降りつづく
わたしの部屋をノックする
報い
I
自分とは
可能な者のことだ
可能性へ向かって
手を伸ばす
その範疇が自分で
その外側は自分ではない
先にあったことは、また後にもある、
先になされた事は、また後にもなされる。
日の下には新しいものはない。
(「コヘレトの言葉」8:5)
思い出すということは
覚え続けていたのにそれを
忘れていたということだ
確かに出会ったのに
忘れているということは
忘れているだけの理由が必ずある
言葉を通じて
人と和解することは
言葉と和解することだ
言葉より確かな記憶はない
疲弊を経ない和解がありえないように
恋はつらい
人を頼ることだから
だれかへ不満をぶつけたり
だれかの反応を期待するところで
人はだれもに恋をしている
見境なく
恋はつらい
それでも恋を守るために
つらい側面が隠蔽されて
たとえばゴキブリの姿を忌み嫌うように
別のものへ
そのつらさを代償させている
善行は役に立つだろう
何度も繰り返すうち
善行の後ろめたさが起こるだろうから
与えることの後ろめたさが
受け取ることの後ろめたさの
本当の意味を
明らかにするだろうから
すべての顔の向こう側に
同じ顔がある
恋はつらい
人を頼ることだから
II
恋人とは
不可能な人
忘れ去られることは
なぜ悲しいか
自分とは 可能である者のことだ
誰かによる
不可能な方法で
お前はお前であると
認められたことを
可能性において
自身にもう一度認める者のことだ
大切なものは必ず
向こう側から訪れる
言葉が虚しく
物が重たいように
此方側にあるのは
バリエーションである
言葉は豊かさよりも豊かなのに
果てしなさよりも遠い
行為には
行為自身における
限界がある
勝利も獲得も達成さえも
彼の能動性を
保証するものとはならないからだ
能動性とは果たして何か
関係できるということと
関係するということの違いは
触れられるということと
触れることの違いは
聞こえるということと
聞くことの違いは
見えるということと
見ることの違いは
III
そこにいるのが他ならない
君であることの必然性は
僕から君へのことばだったものが
方向転換することなしに
君から僕へのことばになる
特異な方向性で
ふいに本当のものになる
ふたりはひとりにまさる。
彼らはその労苦によって良い報いを得るからである。
(「コヘレトの言葉」4:9)
あらゆる振る舞いは
「言うこと」によって上塗りされた
「言うこと」の特権性の前に
自信を失くしてしまった
眠れない人には夜は長く、
疲れた人には一理の道は遠い。
正しい真理を知らない愚かな者にとっては、
生死の道のりは長い。
(「法句経」第五章)
それでもあらゆる行為の中で
「言うこと」が一番遠い
それは言葉が虚しいから
遠いのではなく
虚しいはずの言葉が
関係を実際に決めていく
その重たさゆえに遠いのだ
言えるということと
言うということは違う
言うためには
必ず
長い道のりがいる
長さは必ずしも距離ではない
距離とは二点の間の非対称的な長さのことだ
だから始点も終点も持たない
人生の長さは距離ではない
人生の長さについて語ることは
他の何について語るよりも難しい
IV
待つということは
歩いていけない距離を持つということだ
歩いていけないと
感じられていた距離が
向こう側からは
たやすく縮められるかもしれない
それが非対称である
距離の有り様として
二者関係を象徴している
二者関係とは
可能性と不可能性との関係だ
向こう側の可能性が
こちら側の不可能性であり
こちら側の可能性が
向こう側の不可能性になる
僕と君はときどき
ふたりともがこちら側の存在になったり
ふたりともが向こう側の存在になったりする
それでも僕と君が
「二人」を過ごすときには
必ず僕の可能性は
君の不可能性になっていて
君の可能性は
僕の不可能性になっている
V
それが
他のものとは違う
ということの他には
個別性は存在しない
それが
何であるか
ということは
意味であり
個別性ではない
あらゆるものと
もののあいだには
また
あらゆるひとと
ひとのあいだには
それが他のものとは違う
という
共通の性質が存在する
VI
意味とは喩え話のことだ
それが何と違うかということだ
それは他の何とも違うはずだから
違いを喩えて表現するときに
ようやく意味が現れる
意味を通すと
これとこれは同じだという水準が存在し始める
これとこれはどちらもコーヒーカップだとか
これとこれはどちらも緑色だとか
だからあらゆる意味は個別性ではありえない
世界は意味によって統制されている
人と人とは発語をやりとりすることによって統制される
誰かに「座れ」と言えば「座る」を実現できるというだけで
言葉は魔法のような能動性である
言葉によって何かを予期するとき
予期できない分が不安として疎外される
人を座らせることと人に「座れ」と呼びかけることの誤差が
人を寂しい生き物にさせている
「美しい」という言葉は空洞である
ただ「美しい」が関係の間で成り立つとき
空っぽなはずの言葉のなかに
向こう側から意味が呼び込まれる
「太陽が2つある」と言って
「太陽が2つある」という言葉が響くとき
「太陽が2つある」という言葉は空洞である
だけれど「太陽が2つある」という言葉が
関係の間で成り立つとき
空っぽなはずの言葉のなかに
向こう側からその意味が呼び込まれる
すべての意味はむなしく
すべての言葉は空洞である
「座れ」のような言葉は
他者の具体的な反応によって保証され
「コーヒーカップ」のような言葉は
喩えによって保証される
「美しい」のような言葉は
他者の具体的な反応によっても
喩えによっても保証されない
ただそれが関係の中に響くだけである
しかしそのことの響き自体が
特異な意味をその言葉に呼びこむ
「桜が散って美しい」と君に言ってみるとき
「美しい」という言葉は空洞である
ただ「美しい」という言葉が
関係の間で成り立つとき
空っぽなはずの言葉のなかに
向こう側からその意味が呼び込まれる
詩情のない日記
ドラックストアでコンドームを購入する際、女性はそれを単体で購入するが、男性はそれの他に、もう一点の商品を、あわせて購入することが多いという。さて、あわせて多く購入されるもう一点の商品とは何か?ドラックストアでレジ係をしている友人が教えてくれた。男性がコンドームとあわせて、多く購入するその商品は目薬だそうだ。
どうして、目薬なんかいっしょに買ってきたの?
あなた、今までに疲れ目なんて、口にしたことないじゃない?
目にゴミが入った?あら大変!ならば、あたしがさしてあげるわ。
自分でさすから要らないっですって?
あなたが目薬をさす姿なんて、見たことないわよ。
ほんとうに大丈夫なの?
ちゃんとさせるのかしら、ちょっとその目薬を貸してみせて。
あなたいつからコンタクトレンズ…
あなたコンタクトレンズなんかしてるの?
眼鏡もかけたことないくせに。
これはコンタクトレンズ専用の目薬よ。
間違えたって、あなた、まだレシート持ってるでしょ、
一般用のと交換してもらってきなさいよ。
恥ずかしい?
はぁ、恥ずかしいって、何が恥ずかしいのよ?
間違えなんて誰にだってあるわよ、それより誰がさすのよ、その目薬。
ほら、恥ずかしいとか言ってないで、早くいってらっしゃいよ。
男の面子が立たない?
目薬交換してもらうのに、面子なんか必要ないでしょ?
ハヤクイッテラッシャイ!!!
ガラガラ バタン
ガラガラ パチン
交換してもらった?
ふーん、目は大丈夫なの?
さしてあげるからこっちへ、
あら、それ大きな目薬ね?
これ、工具セットじゃない?
どうしていまネジまわしが必要なの?
引っ越してきたとき同じもの買って、ずっとみずやの右の引き出しに入ってるわよ!
え?
工具の方が目薬よりも男らしい?
意味がわかんないわよっ!
頭のネジが緩んでんじゃない?
2つも要らないからさっさと返してきてちょうだい。
それともう目いたくないなら、お金を返してもらってきて。
コンドーム?
それは別に決まってるでしょ!昼間からなに言ってるのよ!
工具セットだけ返してきたらいいのよ。
コンドームと目薬を、あわせ買うことで、男性の面子が、仮に守られたとしても、そのたびに、工具セットばかり増えてしまう。それが避妊の記念になるとも考えにくい。避妊を記念する時代を遺伝子は知らない。
月経のことをアンネと呼ぶ時代があった。それは、初めて月経用の、生理帯と専用パンツを、アンネという会社が販売したのがきっかけである。アンネという社名の由来は、アンネ・フランクのアンネに日記にある、生理について書かれた日記が、もとになっているらしい。このネーミングは、月経のことを、アンネと呼ぶ隠語を作るに及び、一般的にひろく普及していったが、今ではアンネという隠語も使わなくなり、正々堂々と、コンビ二エンストアにも、陳列されている生理用品であるが、このアンネの存在がなければ、月経に対する概念は、どうなっていたか想像がつかない。もしかすると、男の面子によって、目薬のように、ついでを装うような扱いを、いまだにうけていたかもしれない。
うちの会社の社長は、60歳を超えた、既婚者であるが、今年の年末に、中学生のときの初恋の女性と、同窓会で再会できると、とうとう彼女に捧げる詞を書き、ギター伴奏をしながら歌ってしまっている。今日は、その弾き語り動画を、彼女に贈るべきかどうかを、相談されたので、贈るべきではないし、捧げるなら、同窓会の日に、皆の前で歌うべきだと進言した。とうぜん、もしものときに、火の粉を浴びないようにするためである。これが最善策だったかどうかはわからないが、防壁を建てた上で、動画を拝見した。詞の内容も、和音の運びも、想像していたよりもシンプルで、歌詞が淡々と、初恋の思い出を客観視してゆく様は、以外であった。そして楽曲も、最後の最後になって、「僕は照れながら歌う〜」というフレーズが、リフレインされはじめた。そして社長は、モニターの中で、最後まで、非常なくらいに、真面目な表情を崩さず、「僕は照れながら歌う〜」と歌い切った。
拍手をしながら思った。コンドームに目薬をあわせ買いする男性の心理が、男の面子を失うことに照れながら崩壊してゆく理性であり、それが目薬だけに、どこか遣る瀬ない。
心象III
仄青い戦火を掌握に砕き
ながら
帰らずとした地表を幾度も
ひきかえした、十八年の
冷血が通いゆく次第に
別れのように忘却へ歩んでは
ふりかえると、きみは生まれた
「重なりあえない地域だけ、沈黙になる」
ささやいては
聞こえない
……………
(…………………………)
メトロノームの脈拍がとまった
静粛に付き添い、階段を降り
「かなしくなるから
思い出はつくらない」
ちいさく呟く、その声域から
ひとりのなまえが失われた
秋、
落ちこぼれた葉の鬱積に
みずからを美しく崩壊した
……………
(……………)
秋を見殺し、冬、そして
「さよなら」の響きを尋ねて
何度もここで巡り逢った
たとえば橋上の途中で
夕暮れに泣いている、仄めく姿があるとして
懐かしく肩を抱きしめるものは
望むだろうか
わたくしを
いいえ
……………
(……、…………、………──)
Wheel of F F F FFFF For tune
朝食ではチョコワの瞳がそらばかりを見つめていた。交わることのない視線に少しづつ意思の滲むミルク。それを飲み込む僕をまたべつのチョコワが覆っている。触れるずっと前から、少しづつふやけていく。なのにこの世界が四角いと知ったのはもういつの話になるだろうか、幾重にも突っ伏したパンのうえにまた新しいパンの名前を重ねる。ヤマザキモーニングスター。陰鬱な鈍色の空に鉄でできた星々が飛んでいく。朝からそんなものにすがりたくはなかった。胸近くの内ポケットで車のキーがガチャガチャいっている。もう行かないとならない。旅をしているんだ、イスからまた別のイスまでを。祈っているんだ、いつかこの道から外れますようにだなんて。終わってんだ、そんなのは。夢の中では毎日のようにどこまでも透明になり切らない地平線を走り続けていて、それがどこからか滲みはじめているということに僕は既に気付いていて。おまえは知っているか。スーパーマーケットの二階には救いがあるらしい。外国では誰もがそこへ逃げ込んでいた。そいつらは大抵死ぬのだけれど。
いくつもの世界が棚でひっくり返っている。けっきょく僕に必要なのはどこの誰からも忘れられることのない本物の木でできた割りばしだった。ひとから手渡されるプラスティックスプーンはとても良くない色をしている。誰もがそいつでミルクを掬う。スーパーマーケットにすら辿り着かなかったやつらが、コーンフレークスのようにひび割れた身を重ね合って、黄味掛かったプラスティックを口に含み、そしてふっかつのじゅもんを吐き捨てている。「みんな救われたがりなんだ」ヴァンガードは根拠のない自信に満ち、いつだってヘラヘラしていた。こんなヤツらとはもう付き合っていられない。いますぐにでも車に乗ってくれ。知らないうちに歪みきったフロントバンパーの空力が、きっと誰をも背中のそらに散らしていく。出発なんだ。名前のついた黒人も探そう。そいつはきっとやってくれる。いつだってそういうものを観てきた。この眼で何度も。だから信じてくれ。そいつも車に乗せるんだ。乗り換えたとしても。僕は英語なんてできない。それでもまた乗せる。そう決めたんだ。心配しなくていい、会話に詰まったときは昔買ったミニテトリスだってダッシュボードの下にまだあるんだ。「ここにはなんでもあった、だが欲しいものなんて何一つとしてなかった」とダイソーが呟く。僕もそう思う。死んだパルコも同じことを言っていた。あいつのはただのうわごとだったか。まあどっちだって変わらないさ。いいからさっさと車に乗ってくれ。元々ビル風だったやつが街を縫い尽くしていく。今の僕たちにはまだ僕たちを覆う頑丈な屋根が必要だった。だからコンバーチブルはダメだ。空に星が見えるけどそこがダメなんだ。ハーレーも絶対にダメだ。早く死ぬからダメだ。原付のモンキーなんてもってのほかだ。そんなところだけを切り取られたくはないから。行こう。もう星なんか探さないでくれ、カーブを曲がれなくなる。僕たちはただの一瞬でこの街を抜け、最初に見えたガードレールを突き抜けていく。おまえはそのあいだジッと目をつぶって、何も心配しなくていい。免許は持ってる。だから心配ないんだ。もう黙れ、うるさい。マニュアルだ。
目につく世界の外殻に何度だって突っ込んで、どこまでも薄いミルク色を轢き延ばしていく。この車には僕とおまえと頼れる黒人の男と、結局ついてきたダイソーが乗っている。互いに何を思っているのかなんて、結局わかりもしないまま。ラジオなんてとっくに拾えない。黙って、風を起こし、遠くへ、延ばし続けていく。おもむろに黒人の男が下を向く。けたたましいテトリスの電子音が鳴り響く。頼む、もう一度アイツに名前を聞いてくれ。僕にはどうしたって聞き取れなかったんだ。唯一の電子音がいつまでも鳴り止まない。いつまでも。その手のなかで、何もかもが枠にはめられていく。だから頼む。
腐敗した手鏡
椅子に誰が着くのかが問題ではない、椅子の存続こそが問題なのだ
饐えた
薔薇、巣箱
誓言は愈々濁流の堰を落とし
仮像緘黙症―黙秘緘口
いずれも
青い梔子を
証拠物件たる裸婦像を惑溺しつつ
公邸に秘死軸、
蘂莢を髄範疇に置き
物象現実は指向する
精神概念下の両性具有を、
天球、敬虔を遁れるがごとく
質量を擡げ
禽舎、橄欖視標を
終始抑圧に這う地棲花へ捺し、
競鳩場たる帆に紡錘を
展開し
一縷絶鳴を公聴議事室に隔てて、
水底教会、
拠地亡き塵と柩を
偽造像物書からなる公共建築が礎と看做し
乾燥植物綱目収集家
死と鏡の翰書を透かし遣れば
露見を否む
死と踏靴符、蹂躙を嫌厭する
欺瞞傲岸、そして懺悔
贖宥を縋る耳鳴病、
嵐海に随葬花を逸し
後悔の実
績紙製繊維工の切絵に形而下を
閂の洞察眼がごとく
展開図へ捌く
市民革命
爾後の軛に喪葬と唾棄を
宰種達が抜殻、権限を充ちて
総て統制国家が詭論へ屈し、
全能威厳たる避雷針鳴く二十一世紀余を、
疫病を
恢癒なき存在を赦すか、否か
Sweet Rainny / Hole
、 、
渡しの橋桁に沈む
あるろうとなく
名もない家家の
土台には蟋蟀の
影が、立ちのぼる
、 、
鈴の音や表札のない戸口の、丘稜に林立する紙質のような家家の底に深々と根を張る、人びとの名も無い名前がある
泥ぐつをはきながらコーヒー缶を口にし、わたしは枝葉のわんさと積まれた泥まみれの電柱を曲がりそして、車の通れない狭い路地を入っていく
帰宅クタクタと夜半すぎ家にたどり着くなり戸口の、やはり泥まみれのポストに手を入れるとある一通の手紙があった
折り畳み走り書きされた苦情を読みながら、慌わててわたしは屋根を覗くと、アンテナが右隣の家の軒に倒れ、電線にさへも引っ掛かっていた
「あなたのことが好きです」長長と走り書きされた苦情の手紙にあった、不躾を悪く思ってか、唐突なそんな一言が添えられており一瞬面食らったが、
玄関の戸口を閉め、疲れ果てた身体をベッドに投げ出し、名もない「Blind Boy/ レイニーブルーズ (1935‐1948)」を部屋で聞きながら、しばらくその手紙を眺めていた
今度は反対側の隣家の壁向こうからいつもの調子で、悪い咳をし台所で嘔吐する男の様子が伺えた
「大丈夫ですか?」
なんとなしに心配しながらも、わたしは煙草を吹かしながら、夜半数回のペースでいつも烈しく内物を吐き出す男の胸に息をあわせていた
戸口から戸口のわずか数歩足らずの隣人に、ある時林檎を持って行き、挨拶に伺ったことがある
物静かで小柄な佇まい、中島敦か?、黒縁の丸い眼鏡を掛けたその男は非常に困った様子で軽く礼を済ませ、そそくさと家に引っ込んでしまう
彼の戸口にもやはり表札はなくポストには名前も書かれていない
まるで人づきあいの薄い地縁のない人びとが集まる居住区
あと、そう、裏庭の向かい側の隣家からは、頬を何度もひっぱたく音、甲高い罵声が聞こえたものだが、まるで最近は嵐の過ぎさったあとのように、この頃は物静かである
継親の老介護される者は言葉が喋れない様子である、
「あ゙〜」、「ゔ〜」
と呻き声しか上げられないまま血の繋がらない子に折檻されながら、されるがままの家族らの住む家がある
わたしは知らぬふりをしていつもやり過ごしていたが、近隣から苦情が殺到したためだろうか、その家の歳のいった老妻がある時一度丁寧に謝りに来たが、その後はぷっつり途絶えたままである
我が家に手紙をポスティングした隣の人はいつも居留守か留守かわからない女である、挨拶を数える程しかしないまま数年が経つ、時折り休みの昼間には子どもと愛犬を連れてきてはワンワン大声で怒鳴ったり泣かせたりしている
隣家に回覧板を持って行き、戸口を叩いてもまるで返事はなく、(やはり名前のない)銀色のポストに回覧通知を入れている
その夜は、しばらくその女の苦情の手紙を眺めながら、煙草をゆい、乾いたレイニーブルーズを聞きながら、嘔吐する男の醜く咳き込む様子を聞きながらわたしは、仕方なく重い腰をあげた
人びとの寝静まった夜に脚立を棟に上げ、まるで泥棒のように忍び足で、広い草原に転がったまるで獣の骨のように歪み、折れ曲がったアンテナを、ドライバーで解体した
生活になんら全く必要のないアンテナである、街灯が四方を怪しく照らす家家の、屋根の隙間の暗い影から、秋の音(ね)の蟋蟀が、恋歌のごとく立ち上っている
、
、、
包帯のように巻かれた厚手の雲がどんよりと流れていた、人びとの寝しずむ息を吸い上げているようだった
暴風で倒れたアンテナを解体したあと、わたしは重たい部品を放置したまま屋根を降りた
、
、、
、、、
家家の林立する屋根には、チラチラと静かな時雨が舞い降りている
、
、
、
、
、、
、、、
ミューズよ御覧なさい
わたしらのうたう雨は
あなたのように
美しい歌を聞かせる
雨ではないの
蒸発する人びとの、
紙の上にうつる名の、
そのそばで
聞き耳を立てて
御覧なさい
地を這う人の群れ
家家の土台に隠れ
蟋蟀のさえずる
家家には深深と
溝をあけ、
戸口に潜む
名もない名の
ミューズよ
ミューズ
歌って御覧なさい
Blind Boy
/Sweet Honey Hole
9,1937
、
水
夜の裏がわに 棲む という
眠りをなくした 鼠たちは
蠅に群がり 少し
興奮している
水は
触れる前 わずかに
脹らむ
渦は 渦を手招きながら
水滴を求めて 更におおきく
樹(いつき)の夜に 齢を拡げる
輪郭を 確かめ合う
舌と舌
蝙蝠は月の在り処を 舌に尋ねる
数を数えて かたちを 忘れる
ガラス製の コンパス の製図する
弧の両端に 打ち寄せる
風は はじまりも おわりも 風化させ
やがておおきな 螺旋を 騙り
夜空に雑ざり 滴下する
深水の底は ロゼット状に
波打つ 疾走する
燎原を 往く
馬の背は 〓く 低い
重いものから 捨てていく
水は 水に 触れていた
澱は白く 累々と
収束は散乱 に鎮む
その無秩 序な規則 の正しさに
静物は 夢
色彩だけの 夢をみる
羽根だった
白い趾(あしゆび)は 渡りの文化 を
わすれていく
そのやさしさで
水を掬う
ケラチン質の舌が 探る
梢の目指したその先に
蠅は軽さを求めて齢を拡げる
わすれる という
掬いの数だけ風を辿れば
翅だった
舌は舌に触れていた
貴腐化をわすれた
夢は水
始まりさえも 存在しない
水は 水に 触れる前
わずかに 少し
脹らむ
(無題)
断片
01.ceremony.wna
2018/09/15 18:58
警察署の前に植える百合の花の名前は優里愛で去年群馬県の寂れた田舎町で白骨化した姿で見つかり犬に右腕の小指を齧られた彼女の死因はサキエル 彼女の白い粉末は花火と言われ今国道6号を仙台を目指し上昇する1台の黒いバンの中で炙られて全身黄色い服を来た男達の慰めとなっているバンに当たる生ぬるい夜風に混ざってフロントガラスに張り付いたカエルの名前がミカエル
「天使が俺たちに付けたあだ名は神聖なしょんべん」
男達の笑い声が煙の様に立ち上る
「消毒が多いな!」
「6号は特にあいつらが多いからな」
「あいつら人の肌よりも暖かい恩寵の塊つまり愛!最悪の巨大な糞!」
「俺の右腕の消毒より多い」
「花言葉の墨に注射針を打つ時に叫ぶ罵りの言葉は?」
「████」
「天使どものケツにはアザがあって」
「俺達をつかまえられないせいで」
「神にぶたれたあいつらの赤いケツ」
「アイツらをさらったらパンストを被せて」
「引っ張る!あいつらの泣き顔!」
しょんべんのようにながれてしぬだけならいっそのことおまえらのつばさをぜんぶひきちぎってなきわめいてさけびながらさいごのひとりでいたいそしたらおまえらのかおもわらっているだろうからひきちぎられたつばさのおもみからはずれておまえらははじめてじめんにげきとつするじゆうをあたえられるしぬことをゆるされたおまえらにひとのゆいいつのかなしみとじゆうをおしえてやるなにもかも"仙台"でおわるふゆがやってくるこれは決して比喩じゃないおまえらのしたいがゆきにうもれてみえなくなるころにおれはあるきだしてげろをぶちまけながらぜんぶはいてはいて6号を下るとうきょうにむかって冬を連れてまずは福島と茨城に光る汚物に夜群がる甲虫の殻の中で冷えていく夢が海に流れてそっとだそっとこうちゅうをつかまえた手に降る光る粉をなぞってラファエルと書くおれはかみがひっぷはっぷをあきらめないことをがちでねがっているからいますぐ████
神をぶち殺す韻は人だいやちがう神をぶち殺す韻を踏む人が俺だ!おれのあたまのなかをぐるぐるかけまわる6号と黒いバンがげらげらわらって冬を殺し始めたら本当の始まりだ!おれは出発した嵐の中をさかさにしたぺやんぐをきみのなまえのない封筒とともにこの失われた葡萄を求めた黄色い奴らといっしょに雨をもとめたカセットテープが入らない永遠に長い顔文字 (。・ω・。)o"エイ(。・ω・。)o"エイ(`・ω・´)ノ"オゥ!!かみのあいに重く濡れているアスファルトに激突していく天使の群れが綺麗だ6号は今頃死体で埋め尽くされているあの黄色い奴らが仕入れた新しい武器で殺された人の多くが韻を踏んでいた新しい武器の名前は████
葡萄戦争千年の西瓜の日々に争われるamazarashiの神々の腫れた右の頬を写真にとって親父の写真と一緒に並べて飾る親父はある日茄子を頭にのせて1遍の詩を世界地図と共に燃やしてその灰を飲んだ
「世界はいずれ石灰で覆われて雪は失われた記憶となって夏のグラウンドに母さんが引いたあの白い境界すらも視界からも消えてしまうだから今誠実に切実に丁寧に死ななければならない死ぬために世界は石灰を降らせるそれは成層圏で天使が燃えた灰であっても」
神のギャング達またはエル・トポの子孫達、もう西瓜は盗まれてしまったから僕らはライ麦畑では会えない夕暮れが遅れるばかりのこの世界では夜がただただ短くなって行くだけだコートを羽織ってカラスの様に飛ぼうと真似をする僕らの優しいあたまの悪くなってしまった西瓜の様な子供達に告げるライ麦畑は燃えたあまりの寒さに震える手が擦ったマッチがたった1本落ちたせいでここもすべて灰になるだから逃げなければならない腕を足に変えて僕らはゆっくりとまた来た道を帰りながら昔に戻っていく人の格が薄れてますます馬鹿になっていらなくなった何も入っていないポケットをコートからひきちぎって
ごめんなさい神様
僕らはもうまっすぐにはすすめない
しほんしゅぎがきりすときょうてきなしゅうまつにむかうちょくせんてきなじかんによって けいかく がもたらされてせいりつしたらぼくらはまえにはもうすすまないきたみちをたどりながらうしなうことばのかずだけのこえがまとめられてさいごにけものようなさけびが
████
人が神で韻を踏んだ初めての日
から今
人をひきちぎって
音に変えた
意味が台所の隅で
震えているから
まるで
小さく発電
しようとして、
小さく小さく
小さくなりながら
震えているから、
毛布を掛けてやる、
さようなら
今から人の、
脂を
撒いて燃やしてやるから
大丈夫
何も心配しなくていい
神と人は韻で、
結ばれなかったから、
僕らの間には、
歌がない
本当の歌がないから
島がない
果てしない
島流しが
何百年も
おしろいを、
はたきながら
くりかえされてあ
あ、ああ!
なにもかもがもう
冷蔵庫の中で無茶苦茶だから
片付けにいえに
かえらないといけないのに
かたずける
うでがなくなって
あたまもなくなるから
後は頼んだ
#現代詩
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01.ceremony.wna
猫島
獣の皮を身に纏った
__(という)
蛞蝓が全速力で
(塩をかけられないように)
駆けて来たから
でも
たわしにしか見えなかった
僕は彼に
磨き粉をかけてみた。
「シンク・ソウ・グッド」
いつかは噛み合う
芋虫のように
宇宙を待つザクロ
Go to hellnet
「ザクロ」
楽園に
楽園に
楽園に
朝が来た
楽園に
楽園に
楽園に
夜を投げる
「にこにこ」
逆立ちの言葉から
爪先で
君を占う
あの少年は
左目の上空に
かすれている戦場だ。
「サーカス小屋」
湿地
タヒチ
大地
煽りたい
幽霊に
行く先を聞くんだよ
花のように
地図を丸めて
「アラカルト」
ビンタ
大粒の涙‥‥いやそれは悲しみというよりまるで馬鹿げてるとしか言いようのないほどの荒く凄まじい憎しみの雨で草木の葉は低くうなだれ足元はたちまち泥の河となった白く靄の立つ密林を飛び石のように跳ねながらやって来る翅のある大鰻の群れとそれを追う三前趾足(さんぜんしそく)のビンタどもそして彼らが過ぎてしまうとまもなく雨は止んで今度はギラつく光が密林の濡れた木々の葉を照らした青空を覗かせる枝葉の隙間からもしも神を信じるならきっと神だろうそのものは天までとどくかもしれない虹の梯子をいくつも下ろして見せた鮮やかな緑の羽毛に覆われた一匹のビンタが鋭い嘴で黒と黄の斑の大鰻を喰らいそこへ別のビンタが餌を奪おうとやって来るなり争いをはじめた泥濘に血の色がまじり鶏冠(とさか)のあるビンタが鶏冠のないビンタから餌を横取りするとそのとき咽喉に槍が突き刺さって空を飛べない羽根をバタバタとさせた鶏冠のないビンタはクォケキックォオオと啼くとたちまち生い茂る草の葉をなぎたおして密林の奥へと消えた大鰻は大人しくなった鶏冠のあるビンタに頭を飲み込まれていたがまだ息をしていた首にいくつもの爪と牙を集めて吊るした背の低い男は腰にある短刀を抜いて静かに近づいたその後を槍を持つ男ども数人が付き添っていた鶏冠のあるビンタの目から涙が流れているビンタもまだ死んではいなかった短刀を持った男はビンタの胸のあたりに止めをさしたキヒィイイと漏れるような声で一度だけ啼いた美しく残虐な血の匂いを嗅いでさらに大型の肉食獣がやって来るかもしれない作業は迅速に行われなくてはならなかった男たちは羽根を切り裂き首も落とした焼いて喰うと旨い大鰻もこの場に残すより他なかったビンタを捌いたのち胸の肉と腿の肉をさらに切り分けて皆で塊を背負った帰り道はとても愉快だ村の女子供たちのよろこぶ顔がすぐ眼の前にある密林に夜が来るのはたぶんもう少し先かもしれない大粒の涙のあとはきまって笑いがやって来る男たちはとてつもなく単純にそれを信じて今日まで来たのだそのくりかえしだった密林で生きてゆくのは
悪魔の子供
月翳 静寂に身を曝し
百合の花弁を散らして、
また無垢なふりをして、
once more
健気な傲慢、
その退屈なファッション、
眠たくて微笑んでしまう、
ジャスコの3階でペペロンチーノとダンス、
スタバのソイラテを笑いながら飲み干して
タワレコで探す聖域のcopy
.
トキめいた、から、舌噛ませて
脳髄に泡立つ黄金のmellow
sadisticで無いと甘く無い、
.
蘇らないように沈めて、
逆立つハックルに身を撫でさせて
水色の堕ちる先を そっと 踏んで、
波紋の 波紋 の 波紋の ゆらゆら
角の生えた子供、
青白い牙で柔らかを穿って、
緋色の目を細める、
今宵 湖水は子宮
ノイズは幾度も白く散り
濡れた体 で
産まれ直す、何度でも、君/僕
シャツを脱ぎ捨てて
産まれ直すから 滴らせ 舌足らずに口を合わせて
痛みを飲み合わせて、
いつかの涙
月翳 静寂に身を曝し
湖水の中から、笑いながら、君に手を伸ばして 誘う
「溺れよ、、?」
plastic
砂浜に立つポスト眠い目を眠らせ
濡れないようA4の封筒を持つ
きみが足を取られ拾う流木
留学先の異常なルームメイトは洗剤を食べていた
奇妙な明るさや 遠近感のない音声 は 副作用だが
いくら掘っても粉々に砕けた
「プラスチックと貝殻」ばかりで
面白いなにものも埋まっていないここはかなしい
――ポストを掘り起こすことだ
――それが唯一の可能性
――その色を云われるまで気づかなかったろう
すこし振り回してからは引き摺って歩く
どうしても線にならず
きみの作る窪みもほとんど地形の一部
DVDVDVDVDVDVDVDVDVDVDVDVD
V
午後
ビルの窓に死体が映って
みんな立ったまま死んでいるの
V
映画みたいに
空を飛んでいる奴らも
もうじき死ぬのかな
V
夕暮れに出勤して
鏡の前に立つ
そして座る
V
泡を見て
きれいだねって
誰かが言っていた気がするな
V
この部屋に
きれいなものなんてひとつもないのに
だってほら窓もないよ
V
シェイクスピアも
ドストエフスキーも
チェーホフも最後まで読んだことはありません
V
読破して独白
みんな知っているのかな
読書の秋なんてないんだよ
V
帰宅
深夜のコンビニでプリンを買う
誰も死んでいない
V
ベランダに立つ
夜景よりきれいな伏線
最後まで見たい気もするな
V
暴力は
映画の中で美化され一時停止
やがて芸術になるなんて本当か
V
もう一度ベランダに立つ
取り出したディスクで
小さな朝焼けが超高層ビルに反射
V
時間と共感を殴り倒し
すべての気配を消したら
最後にはきっと優しくなれるよ
V
涼しい夜は誰も死なない
秘密の戦争へ行く
そこで誉め殺しの雨が降ればいい
V
おはようございます
おやすみなさい
死体のように眠るのさ
ローディング........