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2019年11月分

月間優良作品 (投稿日時順)

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* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


ロー、ローラ、ロリータ!

  田中宏輔



「どうしてあなたはこんなところにたったひとりですわってらっしゃるの?」
 議論なんかしたくないと思ったので、アリスはそうたずねました。
「なぜって、だれもつれがいないからさ」ハンプティ・ダンプティは答えました。
(ルイス・キャロル『鏡の国のアリス』高杉一郎訳)


きょうは仕事を休んで、ただ部屋でぼうっと過ごしているつもりだった。
車に乗って遠出をしようだなんて、ちっとも考えちゃいなかった。
でも、あんまり陽気がよかったから、ずいぶん遠いところまで車を走らせた。


車を止めて休んでいると、公園で遊んでいるきみの姿が目に入った。
砂場で遊んでいる、小さくて可愛らしいきみの姿が目に入った。


きみは変わった子だったね。
おじさんちに遊びにくるかいっていうと、
「誘拐するのね」って、
「そして、わたしに悪戯するのね」っていって笑った。
そのとき、ぼくはナボコフのロリータを思い出したよ。
そして、ぼくは、こういったね。
「さあ、ローラ! はやく車にお乗りよ」って。
そしたら、きみは、ぼくの顔を、きっと睨み返して、こういったね。
「わたしはアリスよ」って。


でも、どっちにしたって、
そのこまっしゃくれた、生意気な口の利き方は
とっても可愛らしかったよ。
そう思ったのは、ぼくが、おじさんだからなのかもしれないけどね。
ああ、それにしても、
きみの裸は美しかった。
その剥き出しの足は、ことのほか美しかった。
そのやわらかな太腿、そのやわらかくすべすべした膝っ小僧、
そのやわらかくすべすべした小さな踵。
すべてがやわらかくすべすべして小さくて可愛らしかった。
ぼくの指が触れると、
きみはくすくす笑って、すっかり薄くなったぼくの髪の毛を引っ張った。


「なんて、へんてこな気持ちでしょう」と、アリスはいいました。
(ルイス・キャロル『ふしぎの国のアリス』高杉一郎訳)


でも、きみは夜になると、家に帰りたいといって泣き出した。
その声があんまり大きかったから、ぼくはきみの口をふさいだ。
鼻もいっしょにおさえた。
苦しがるきみの顔は、とても可愛らしかった。
とても可愛らしくて、愛らしかった。
だから、ぼくは、おさえた手を離すことができなかった。
できなかったよ。


「ロー、あれをごらん」
(ナボコフ『ロリータ』大久保康雄訳)


「アリスだっていったでしょ」


「口答えは、およし。ローラ」


流れ星だよ。
はじめて、ぼくは見たよ。
きみは、何かお願いごとをしたかい。
ぼくはしたよ。
これからも、きみといっしょに、
ずっといっしょにいられますようにって。


「ね、ローラ」


「アリスだっていったでしょ」


「おまえは、おかしなやつだね、ロリータ」
(ナボコフ『ロリータ』大久保康雄訳)


さっ、ローラ。
また、ぼくといっしょに遊んでおくれ。
残り少ないぼくの髪の毛を、思いっきり引っ張っておくれ。
引っ張って、ひっぱって、引き毟っておくれ。


「そのかわいい爪でね、ロリータ」
(ナボコフ『ロリータ』大久保康雄訳)


詩の日めくり 二〇一七年五月一日─三十一日

  田中宏輔



二〇一七年五月一日 「もろもろのこと。」

 だいぶ本を処分したんだけど、またぼちぼち本を買い出したので、本棚にかざる本をクリアファイルで四角く囲んでカヴァーにして立ててかざれるようにしてるんだけど、そのクリアファイルがなくなったので、西院のダイソーにまず寄って、108円ジャストを払ってA5版の透明のクリアファイルを買った。
 それからブレッズ・プラスに行って、ホットサンドイッチ・セットを注文して(税込628円だったけど、200円の割引券を使ったので、426円)飲み物はダージリンティーのアイスで、喫茶部の席が1席しか空いてなかったので、さきにバックパックとさっき買ったばかりのクリアファイルを置いておいて料金を払った。ここでも、ぴったし426円を払った。坐ってクリアファイルを袋から出して状態を調べていると(曲がりがあったりしていないかどうかとかね)隣の席にいたおばあさん二人組の会話が聞こえてきた。月曜日の3時過ぎって、気がつけば、おばさんと、おばあさんたちばかりだった。おじさんやおにいさんの姿はひとつもなかった。で、隣に坐っていたおばあさんのひとりが、相手のおばあさんに、こんなことしゃべっているのが耳に聞こえてきたのであった。「隣の娘さんとは、小さいときには口をきいたけど、もう学生やろ。そんなんぜんぜん口なんかきいてへんねんけど、いま美容院の学校に行ってはんねんて。将来、美容院にならはるらしいわ。」って。それ、美容院の店員の間違いちゃうのんってツッコミ入れたくなったけど、なんか髪形がダダみたいな感じで、化粧の濃い迫力のあるおばあさんだったから黙ってた。黙ってたけど、これ、メモしとかなければならないなと思って、その場でメモしてた。
 ホットサンドだけではおなかがいっぱいにならなかったので、帰りに松屋に寄って、牛丼のミニを食べた。240円やった。このときは、250円を自販機に入れて10円玉一個のお釣りを受け取った。このとき小銭入れにジャスト240円あればよかったのになあって、ふと思った。まあ、どってことないことやけど。
 そや、クリアファイルで、立てられるブックカヴァーつくろうっと。いま、サンリオSF文庫のをつくってる。すでにつくってあるのは、ミシェル・ジュリの『熱い太陽、深海魚』、フィリップ・K・ディックの『暗闇のスキャナー』と『ヴァリス』、ピーター・ディキンスンの『緑色遺伝子』の4冊。これからつくるのは、ミシェル・ジュリの『不安定な時間』、ロバート・シルヴァーバーグの『内側の世界』と『大地への下降』、アントニイ・バージェスの『アバ、アバ』、ボブ・ショウの『眩暈』、ゴア・ヴィダルの『マイロン』、シオドア・スタージョンの『コスミック・レイプ』、ピエール・クリスタンの『着飾った捕食家たち』、トマス・M・ディッシュの『歌の翼に』、フリッツ・ライバーの『バケツ一杯の空気』、マーガレット・セント・クレアの『どこからなりとも月にひとつの卵』、ボブ・ショウの『去りにし日々、今ひとたびの幻』、シオドア・スタージョンの『スタージョンは健在なり』、トム・リーミイの『サンジィエゴ・ライトフット・スー』。いまからつくる。ぜんぶつくれるかどうか、わからないけど、がんばる。つくり終わった。これから、フィニイの短篇集のつづきを読む。

二〇一七年五月二日 「永遠」

 いま、ジャック・フィニイの短篇集『ゲイルズバーグの春を愛す』のさいごに収録されている「愛の手紙」を読み終わったところ。さいごの二行を読んで、涙が滲んでしまった。齢をとると涙腺がほんとに弱くなってしまうのだな。永遠の思い出のためにって、まだ永遠なんて言葉に感動するぼくがいたんやね。

二〇一七年五月三日 「ゆ党」

 いま日知庵から帰った。国立大学出身・一級公務員の女子(30数歳)から聞いた話。「与党、野党があるんだったら、ゆ党もあればいいと思いません?」と言われて、「えっ、なんのこと?」と尋ねたぼくに、「やゆよですよ。よ党、や党でしょ? ゆ党ってあってもいいと思いません?」笑うしかなかった。

二〇一七年五月四日 「時間」

 なぜ時間というものがあるのだろう? 時間がなければ、見ることも聞くことも感じることもできないからだろう。見ることができるために、聞くことができるために、感じることができるために、時間が存在するのである。

二〇一七年五月五日 「真珠」

 日知庵に行くと、ほぼ満席で、空いてるところは一か所だけだったのだけれど、奥のカウンター席だったのだけれど、そこに坐ってからお店のなかを見回すと、入り口近くのカウンター席に、植木職人24歳の藤原くんが腰かけていて挨拶したら、その隣に坐ってらっしゃる方も存じ上げていた方だったのでご挨拶したのだけれど、そうそう、その方、大石さんて、えいちゃんに呼ばれてらっしゃったのだけれど、御年76歳で、剣道6段の方で、ご自分で道場もお持ちらしくって、その二人の隣の席が空いたときに、ぼくは移動して3人でしゃべっていたのだけれど、前のマスターの亡くなられたことが話題になったのかな、前のマスターは78歳で亡くなったと思うのだけれど、死の話が出て、いったいいくつくらいで人間は死ぬのでしょうねとか話してたら、大石さんが、「このあいだ、うちの道場にきてた73歳の方が、道場を掃除し終わった瞬間にぽっくり亡くなられましたよ。」っておっしゃったので、「その掃除が心臓に負担になって亡くなったんじゃないですか?」と言うと、大石さんは笑ってらっしゃったけれど、藤原くんが、「田中さん、エグイっすね。」と言うので、「ほら、日本人って背中を曲げてお辞儀をするじゃない? あれもそうとう心臓に悪いらしいよ。外国人は背中は曲げないしね。」とかとか話してた。大石さん、あとで店に来た女性客のことが気に入られたのか、名刺を渡されたのだけれど、ぼくの目のまえを名刺が手渡されたので、ちらっと見たのだけれど、真珠のデザイン会社をなさっておられるらしく、曲がった真珠の指輪をなさっておられて、その女性客がしきりと感心していた。ハート型の真珠だったのだ。ぼくは、「ああ、バロックだな。」と言ったのだけれど、ぼくの意見は無視されてしまって、大石さんと女性客(このあいだ話題にした某国立大学出の公務員だ)のあいだで、その真珠のとれた外国の話で盛り上がっていた。どこの国だったか、腹が立っていたので記憶していない。

二〇一七年五月六日 「原 民喜」

 原 民喜は、青土社から出ていた全集で(二冊本だったかな)読んでいて、ぼくの詩集『The Wasteless Land.II』に収録している詩に、数多くの文章を引用しているが、日本語のもっとも美しい使い手だと、いまでも思っている。民喜のもの以上に美しい日本語の文章は見たことがない。

二〇一七年五月七日 「パロディー」

 日知庵で飲んでいると、知り合いが増えていって、話がはずんでいたのだけれど、女性客3人組が入ってきて、カウンター席に坐ってマシンガントークをはじめたのだけれど、こんなん言ってたから、メモした。「あたし、とつぜん夜中の12時に唐揚げが揚げたくなって、それからしばらく唐揚げ揚げっぱなしやってん。」「このあいだドアに首が挟まっててん。寝てて目が覚めたら、上を見たら、ドアの上のところやってん。寝ているうちに、ドアに首が挟まっててんな。」いったん、ぼくは、日知庵を出て、きみやに行ったら休みだったので、も一度、日知庵に行ったら、ぼくがいないあいだに、ぼくの噂をしていたみたいで、ぼくがカウンター席の端に腰を下ろしたら、女性客3人組のうちのひとり、あのドアに首を挟まれてた彼女が、ぼくの隣に腰かけてきて、それから彼女が指を見せてきて、「あたし、指紋がないのよ。着物を扱ってるから。」と言うので、「印刷所に勤めているひとにも、指紋のないひとがいるって本で読んだことがありますよ。」と返事したりしていた。彼女はいまは着物を扱う仕事をしているみたいだけど、以前は塾で国語を教えていたらしくて、漢文の話になったのだけれど、ぼくは漢文がぜんぜんできないので、話を『源氏物語』の方向にもっていった。源氏物語なら、2年ほどかけて読んだことがあったので。与謝野晶子訳でだけれども。まあ、よくしゃべる、陽気な、しかも、大酒飲みの女性だった。ぼくは、彼女たちよりも先に勘定をすまして日知庵を出たのだけれど、11時30分に送り迎えの車がくるという話だった。送り迎えするのは、彼女たちが属している楽団の一員で、ぼくも知ってる人物だけれど。いや〜、やはり、日知庵ですごす一日は濃いわ。けっきょく、ぼくも、5時から11時くらいまでいたのだけれど、阪急電車に乗ったのが、11時5分出発の電車だったから、出たのは、11時ちょっとまえか。でもまあ、長居したな。焼酎のロックを2杯と、生ビールを4杯か5杯くらい飲んでる。

 ところで、日知庵で、原 民喜の詩を思い出していたのだけれど、まだ、買ったばかりの岩波文庫の『原民喜全詩集』のページもまったく開いていなかったときのことだけれど、5時過ぎのことね、民喜の詩のパロディを考えたのであった。こんなの。


コレガろぼっとナノデス

コレガろぼっとナノデス
原発事故デメチャクチャニナッタ原子炉ヲゴラン下サイ
ワタシハココデ作業ヲシテイマス
男デモナイ女デモナイ
オオ コノ金属製ノ躰ヲ見テ下サイ
壊レヤスク造ラレテハイナイケレドイツカ壊レル
コレガろぼっとナノデス
ろぼっとノ躰ナノデス


メモには、こう書いてた。さっき書いたのは、じつは、民喜の詩を参考にしたものであったのだ。ぼくは嘘つきだね。


僕ハ人間デハナイノデス

僕ハ人間デハナイノデス
ロボットナノデス
ダカラ放射能渦巻ク原子炉内デ作業シテイルノデス
血管ガナイノデ血ハ出マセンシ
故障シテモゼンゼン痛クモアリマセン
ダカラ放射能渦巻ク原子炉内デ作業シテイルノデス
僕ハ人間デハナイノデス
ロボットナノデス


これは、こうしたほうがいいな。


コレハ人間デハナイノデス

コレハ人間デハナイノデス
ロボットナノデス
ダカラ放射能渦巻ク原子炉内デ作業ヲシテイルノデス
血管ガナイノデ血ハ出マセンシ
故障シテモゼンゼン痛クモアリマセン
ダカラ放射能渦巻ク原子炉内デ作業ヲシテイルノデス
コレハ人間デハナイノデス
ロボットナノデス

二〇一七年五月八日 「肉吸い」

 イオンに行ったら、イタリアンレストランがつぶれてて、しゃぶしゃぶ屋さんになってた。そこで、しゃぶしゃぶ食べたことあるのに、すっかり忘れてた。レストランのところからフードコートのコーナーに行って食べることにした。はじめて行った店だった。肉問屋・肉商店という店で、そこで、なにがおいしそうかなって思って看板見てたら、カルビ丼と肉吸いセットっていうのがあって、肉吸いって、大宮の立ち飲み屋で食べたことがあって、おいしかったから、ここでもおいしいかなって思って注文した。980円だったけれど、税金を入れると1058円だった。おいしかったけど、ちと高いかな。
 さて、部屋に戻ってきて、コーヒーも淹れたので、これから読書に戻る。河出文庫の『ドラキュラ ドラキュラ』あと2篇。きょうじゅうに読めるな。時間があまったら、岩波文庫の『大手拓次詩集』のつづきを読む。というか、時間、完全にあまるわな。詩集の編集は、きょうはしない。河出文庫の『ドラキュラ ドラキュラ』読み終わった。これには、2カ所、クラークの短篇集『天の向こう側』には、4カ所、ルーズリーフに書き写したい文章があるが、いまはせずに、つづけて、岩波文庫の『大手拓次詩集』のつづきを読むことにする。ルーズリーフ作業は、べつに、きょうでなくてもよい。『ドラキュラ ドラキュラ』のBGMはずっとプリンスだった。『大手拓次詩集』では、EW&Fにしようかな。いや、やっぱり暗めのほうがいいかな。いやいや、EW&Fのファンキーな音楽で「大手拓次」を読んでみるのも、おもしろいかもしれない。「大手拓次」と「EW&F」の組み合わせもいいかも。ぼくの悪い癖が出てる。エリオットでも笑っちゃったんだけど、大手拓次のものでも、まじめに書いてあるところで笑ってしまうんだよね。ぼくの性格というか、気質の問題かもしれないけれど。エリオットの『荒地』なんて、笑うしかない、おもしろい詩集だと思うのだけれど、だれも笑うなんて書かないね。

二〇一七年五月九日 「言葉」

ぼくが言葉をつなぎ合わせるのではない。
言葉がぼくをつなぎ合わせるのだ。

二〇一七年五月十日 「ウルフェン」

 きのう寝るまえに、サリンジャーの『マディソン街のはずれの小さな反抗』(渥美昭夫訳)を読んだ。なんの才能も、とりえもない平凡な青年と、これまた平凡な女性との、ちょっとした恋愛話だった。平凡さを強調する表現があざとかったけれど、さすがサリンジャー、さいごまで読ませて、笑かせてくれた。学校の授業の空き時間と通勤時間には、ホイットリー・ストリーバーの『ウルフェン』(山田順子訳)を読んでいたのだが、これが初の長編作品かと思われるくらい、おもしろくって、描写に無駄がなくて、会話もウィットに富んでいるし、きょうだけで、153ページまで読んだ。半分近くである。

二〇一七年五月十一日 「闇」

このぼくの胸のなかに灯る闇を見よ。
ぼくの思いは、輝く闇できらめいているのだ。
彼のことを、ぼくの夜で、すっぽりと包み込んでしまいたい。
ぼくのこころからやさしい闇でできた夜で。

二〇一七年五月十二日 「うみのはなし」

 いま、郵便受けを見たら、橘上さんから、詩集『うみのはなし』を送っていただいていた。さっそく読んでみた。とてもよい詩集だと思った。

二〇一七年五月十三日 「薔薇の渇き」

 いま学校から帰った。ストリーバーの『薔薇の渇き』たしかに、『ウルフェン』ほど興奮して読まないけれど、表現が的確で、かつ簡潔なので、ひじょうに勉強になる。もちろん、おもしろい筋書きだ。名作である。『ラスト・ヴァンパイア』を読んで捨てたけど、もう一度、Amazon で買い直そうかな。

二〇一七年五月十四日 「河村塔王さん」

 来々週の土曜日、5月27日に、河村塔王さんと日知庵でお会いする。ひさびさだったかしらん。1年か、2年かぶりのような気がする。本に関する、というか、言葉に対する、現在もっとも先鋭的な芸術活動を行ってらっしゃるアーティストの方だ。言葉について関心のある人で知らない人などいないだろう。そういう最先端の方が、ぼくの作品に興味をもってくださっているということが、ぼくにはなによりもうれしいし、誇りに思っている。がんばらなくては、という気力が奮起させられる。いや、ほんと、がんばろうっと。きょうは、ルーズリーフ作業をする日にしていた。作業をしよう。目のまえに付箋した本が5冊あって、いま読んでいるストリーバーの『薔薇の渇き』も付箋だらけである。ああ、ほんとうに、ぼくが知らない、すばらしい表現って、まだまだたくさんあるのだな。ぼくの付箋━ルーズリーフ作業も一生、つづくのだな。もうこの齢になるとライフワークばかりになってしまった。みんなライフワーク。
 そいえば、きのうは、大谷良太くんと日知庵で、ひさしぶりに飲んだのであった。ぼくは、きみやと日知庵と合わせて10杯以上、生ビールを飲んでいて、べろんべろんだったけれど、大好きなFくんもいて、かなちゃんのかわいい彼氏や優くんもいて、めっちゃゴキゲンさんで、しゅうし笑いっぱなしだった。かなちゃんから、「きょうの田中さん、テンション高すぎ。」と言われるくらい、きのうははじけていたのだ。「かなちゃんの彼氏、とっちゃおうかな。」と言うと、「どうぞ、どうぞ。」と笑って答えてくれたけど、肝心のかなちゃんの彼氏が、「かなちゃんのこと好きだし、いまはだめです。」と言って。56歳のジジイのぼくはやっぱり、24歳の女子の魅力には劣るのだなと思った。笑。まあ、なんやかやと、人生は絡み合うのがおもしろい。というか、絡み合いしか、ないでしょうといった気持ちで生きている。仕事も、酒も、文学も。でも、なぜ、この順番に書いたんだろう、ぼく。笑。重要な順番?

二〇一七年五月十五日 「人間の規格」

 クラークの短篇集『天の向こう側』、河出文庫の『ドラキュラ ドラキュラ』、ストリーバーの『ウルフェン』のルーズリーフ作業が終わった。岩波文庫の『大手拓次詩集』のルーズリーフ作業はあしたにまわして、さきにまだ読んでるストリーバーの『薔薇の渇き』を読んでしまおう。きょうの文学だ。
 それはそうと、日知庵に行くまえに、ユニクロで、夏用のズボンを買わないといけないと思って買いに行ったのだけれど、ぼくのサイズ、胴周りが100センチで、股下が73センチなんだけど、置いてなかった。このあいだまであったのに、いまは91センチが胴周りの最高値みたいで、店員に、「デブは人間の規格じゃないってことなのね。」と言ったら、「ネットで、そのサイズのものを買ってください。」という返事だった。いまからネットで、ユニクロのHP見るけれど、胴周り100センチのものがなかったら、ユニクロでは、デブは人間の規格ではないってことを表明してることになると思う。どだろ。いまユニクロのHPで、会員登録をして、胴周り100センチのものを股下補正して76センチから73センチにしてもらって買った。2本。8615円やった。消費税なしやったら、1本3990円なのにね。まあ、どんな感じのパンツかは、ユニクロの店で見たから、あとはサイズがぴったしかどうかね。
 さて、きょうは、もう寝床について、ストリーバーの『薔薇の渇き』のつづきを読もう。おやすみ、グッジョブ! あしたは、岩波文庫の『大手拓次詩集』の付箋したところをルーズリーフに書き写す作業をする。76か所くらいあったかな。一か所1行から10行くらいまで、さまざまな行数の詩行だけれど。

二〇一七年五月十六日 「異星人の郷」

 いま起きた。ストリーバーの『薔薇の渇き』のルーズリーフ作業がまだなんだけど、これ、学校に行くまでしようかな。これも付箋が大量にしてあるから、ぜんぶ終わらないだろうけれど。ストリーバーの表現、すごくレトリカルなの。びっくりした。エンターテインメントの吸血鬼ものなのにね。驚いたわ。あ、まずコーヒーを淹れて飲まないと、完全に目が覚めない。体内にまだ睡眠導入剤や精神安定剤の痕跡があるからね。8時間以上たたないと対外に排出されないと聞いている。クスリによっては、もっと体内に残存しているともいう。まあ、とにかく、まず、コーヒーだな。淹れて飲もうっと。
 ストリーバーの『薔薇の渇き』のルーズリーフ作業が終わった。きょうは、学校がお昼前からだから、ゆっくりしている。あと、もう一杯、コーヒーを淹れて飲んだら、お風呂に入って、仕事に行く準備をしよう。そだ、きのう寝るまえに、マイクル・フリンの『異星人の郷』上巻を少し読んだのだけれど、字が小さくて読みにくかった。ハヤカワSF文庫はかくじつに字が大きくなって読みやすくなった。代わりに、文庫のくせに価格が1000円軽く超えるようになったけれど、創元も字を大きくしてほしいなと、きのう思った。やっぱり、字が小さいと読みにくい。ハヤカワ文庫は、その点、改善されてるな。
 いま学校から帰ってきた。マイクル・フリンの『異星人の郷』上巻を、授業の空き時間に、そして通勤時間に読んでた。めちゃくちゃおもしろい。作者がいかに膨大な知識の持ち主かわかる。エリス・ピーターズのカドフェル修道士ものをすべて読んだくらいのぼくだけれど、カドフェル修道士を思い起こさせる主人公の修道士の文学的にレトリカルな言葉のやりとりと、哲学者けん神学者の怜悧な頭脳と、その心情の人間らしさに驚かされている。ふつう、頭のよい人間は冷たいものなのだ。しかし、この『異星人の郷』の14世紀側の主人公の人間性は、ピカいちである。傑作だ。まだ半分も読んでない138ページ目だけれど、ほかのものより優先させて読むことにしてよかった。人間いつ死ぬかわからないものね。ぼくは、おいしいものから食べる派なのだ。本も、よいものから読んでいく派である。したがって、聖書、ギリシア・ローマ神話、シェイクスピア、ゲーテから文学に入ったのは当然のことなのである。
 いまから、マイクル・フリンの『異星人の郷』上巻のつづきを読む。ほんとうにおもしろい。きのう、おとつい読んでたストリーバーの『ウルフェン』や『薔薇の渇き』以上かもしれない。いや、きっとそうだろう。この本に書き込まれている量は、ぼくの知識欲をも十分に満足させられる膨大な知識量である。

二〇一七年五月十七日 「人身売買」

 AKBとかの握手会って、お金をCDに出させて握手させるって仕組みだけど、人身売買と同じじゃないのって、このあいだ、日知庵で話したのだけれど、人身売買ってなに? って言われたくらいなのだけれど、人身売買って、そんなに古い言葉なのかしら?

二〇一七年五月十八日 「規格外」

 いま日知庵から帰った。きょう、月曜日に注文したユニクロのパンツが届いた。ぴったしのサイズ。すごい。日知庵では、めっちゃかわいい男の子(26才)がいて、「ぼくがきみくらいかわいかったころ、めちゃくちゃしてたわ。」と言ったら、「ぼく、いまめちゃくちゃしてます。」という返事で納得した。

そのとおり。時間とは、ここ、場所とは、いま。

二〇一七年五月十九日 「微糖」

 いまセブイレでは、700円以上、買ったら、くじ引きができて、コーヒーとサンドイッチ2袋買ったら、876円だったので、くじを引いたら、缶コーヒーがあたっちゃった。WANDA「極」ってやつで、微糖なんだって。わりと大きめの缶コーヒー。ラッキーしちゃった。これからサンドイッチの晩ご飯。

二〇一七年五月二十日 「異星人の郷」

 マイクル・フリンの『異星人の郷』下巻を読み終わった。無駄な行は一行もなかった。すべての言葉が適切な場所に配置され、効果を上げていた。しゅうし感動されっぱなしだったが、さいごの場面は、ホーガンの『星を継ぐ者』を髣髴した。傑作であった。部屋の本棚に飾るため、クリアファイルでカヴァーをこれからつくる。つぎに読むのは、ジャック・ヴァンスの『終末期の赤い地球』にしよう。手に入れるために、高額のお金を払ったような気がするのだが、いま、Amazon ではいくらくらいするのだろう。ちょっと調べてみよう。Kindle版しかなかった。ぼくの持ってるような書籍の形では売っていなかった。やはり貴重な本だったのだ。いったい、いくらお金を払ったかは記憶にはないが、安くはなかったはずだ。ジャック・ヴァンスも、ぼくがコンプリートに収集した作家の一人であった。『終末期の赤い地球』を読んでいこう。あした、あさっての休みは、マイクル・フリンの『異星人の郷』上下巻のルーズリーフ作業をする。付箋をした所、書き写すのに、まるまる2日はかかる量である。いや、それ以上かもしれない。おびただしい量である。しかし、書き写すと、確実にぼくの潜在自我が吸収するので、しんどいが喜んで書き写す。

二〇一七年五月二十一日 「血ヘド」

 いま日知庵から帰ってきた。行きしなに、南原魚人くんとあって、いっしょに日知庵で飲んでた。+女の子ふたり。ぼくは、きょうも飲み過ぎで、「また血を吐くかも。」と言うと、えいちゃんに、「血ぃ吐け!」と言われた、笑。

二〇一七年五月二十二日 「無名」

 いま数学の問題の解答が2分の1できた。ちょっと休憩して、あと2分の1を済まして、マイクル・フリンの『異星人の郷』上下巻のルーズリーフ作業をはやくはじめたい。とてもすばらしい、レトリカルな言葉がいっぱい。ぼくには学びきれないほどの量であった。しかし、がんばって書き写して吸収するぞ。

 いまでも緊張すると、喉の筋肉が動かなくなって、言葉が出てこないことがある。まあ、この齢、56歳にもなると、さいごに吃音になったのは、数年まえに、えいちゃんに問いかけられて、すぐに答えられなかったときくらいかな。そのときは、緊張ではなく、極度の疲労から、どもりになったのであった。

 文学極道の詩投稿掲示板で、「田中さん貴方も世間からは何一つ認められていない 貴方もクズみたいな作品でしょ 大岡に認められたユリイカに認められたって誰もあんたのことなど知らないし知りたくもないんだよ」なんて書いてる者がいて、それは、ぼくにとってよい状態だと思っているのだがね、笑。以前は、「イカイカ」というHNで書いてた者だけれども、いまは、「生活」というHNで、相変わらず、才能のひとかけらもないものを書いているしょうもないヤツだけど、才能もないのに、ごちゃごちゃ抜かすのは、逆に考えると、才能がないから、ごちゃごちゃ抜かすということかもしれないなと思った。あ、芸術家は、無名のときが、いちばん幸福な状態であると、ぼくは思っているので、ぼくの場合も、もちろん、死ぬまで、無名の状態でよいのである。何といっても、すばらしい音楽を、すばらしい詩を、すばらしい小説を、だれにすすめられることもなく、自分の好きになったものを追いかけられるのだ。しかし、この「生活」という人物、もと「イカイカ」というHNの者、世間に認められることに意味があると、ほんとうに思っているのだろうか。芸術家にとって、無名であること以上に大切なことはないと、ぼくなどは思うのだがね。まあ、ほんとに、ひとによって感じ方、考え方はさまざまだろうけれどね。そいえば、同僚の先生で、小説を書いてる方がいらっしゃって、ぼくに、「有名にならなければ意味がありませんよ。」なんて言ってたけれど、どういうことなんだろうね。有名になるってこと。なんか意味でもあるのかな。重要な意味が。ぼくには、なにも見当たらない。

 マイクル・フリンの『異星人の郷』上巻のルーズリーフ作業が終わった。下巻突入は無理。というか、とても疲れた。あした以降に、『異星人の郷』下巻のルーズリーフ作業をすることにした。きょうは、もうお風呂に入って、ジーン・ウルフの原著を声を出しながら読んで、寝るまえにはジャック・ヴァンスの『終末期の赤い地球』のつづきを読む。魔術が支配している未来の地球の話だけど、マイクル・フリンに比べたら、数段に劣る描写力。しかし、ヴァンスは、シェイクスピアの『オセロウ』に匹敵する名作、魔王子シリーズの1冊、『愛の宮殿』(か、『闇に待つ顔』か)を書いた作家だからなあ。はずせない。

二〇一七年五月二十三日 「誤植」

 きょうはかなり神経がピリピリしている。眠れるかどうかもわからない。とりあえず、お風呂に入って横になって、ジャック・ヴァンスの『終末期の赤い地球』のつづきを読もう。おやすみ、グッジョブ!

 ジャック・ヴァンス『終末期の赤い地球』日夏 響訳 誤植 157ページ上段3行目「革は痛みきってひびが入っている。」この「痛み」は「傷み」の誤植だろう。まあ、古い本だけど、Kindle版が出てるそうだから、そこでは直ってる可能性があるけど、そこでも誤植のままの可能性もある。どだろ。

二〇一七年五月二十四日 「誤植」

 週に3.5日働いているが、きょうはその3.5日のうちの1日。朝から晩まで数学である。とはいっても、通勤時間や授業の空き時間に読書しているが。ジャック・ヴァンスの『終末期の赤い地球』は有名な作品だからていねいに読んだが、あまり価値はなかった。ジャック・ヴァンスのつぎに読みはじめたのは、ヴァンスの『終末期の赤い地球』と同じく久保書店からQ‐TブックスSFのシリーズの1冊、ロバート・シルヴァーバーグの『10万光年の迷路』。シルヴァーバーグもヴァンスと同様に、ぼくがその作品をコンプリートに集めている作家や詩人のうちのひとりだ。すばらしい作家だが、この『10万光年の迷路』は、いわゆる、ニュー・シルヴァーバーグになるまえの習作のような感じのものだ。アイデアはあるが、文章というか、文体に、深みがない。暗喩も明楡も、めざましい才能を見せる場面はまだない。まだ50ページほどしか読んでいないのだが、それくらいは、この分量を読んだだけでもわかる。で、さっそく、ロバート・シルヴァーバーグの『10万光年の迷路』中上 守訳の誤植 29ページ下段、うしろから1行目 「 が余分についている。35ページ下段、1、2行目「あなたは学問の世界ののわたした名声と地位を叩きこわそうとされた」 これは「世界でのわたしの名声と地位を」だろう。

二〇一七年五月二十五日 「継母」

 朝からいままで二度寝をしていた。継母が亡くなった夢を見た。とっくに亡くなっているのだけれど、よくできたひとで、とても気のいい継母だった。美術にも造詣が深くて、壁紙は黒で陶器製の白い天使の像を砕いて、翼だとか腕だとか足を影から突き出させるように壁に埋め込んだりしていたおしゃれなひとだった。ぼくの美観を父と共に培ってくれたのだった。その継母が亡くなる夢をみたのだった。とても悲しかった。ぼくに遺言があったみたいだけど、それが書かれた紙を読もうとしたら目が覚めた。じっさいに遺言はなくて、継母は癌で急死したのだった。手術後四日目に。手術しない方がぜったい長く生きていたと思う。まあ、気のいい、うつくしい継母だった。

 きょうは休みなので、ロバート・シルヴァーバーグの『10万光年の迷路』を読もう。この久保書店のQ‐TブックスSFシリーズ、ぼくはあと1冊持っていて、A・E・ヴァン・ヴォークトの『ロボット宇宙船』だけど、このシリーズに入ってるSF作品のタイトルを見ると、びっくり仰天するよ。たとえば、こんなの、O・A・クラインの『火星の無法者』、デイヴィド・V・リードの『宇宙殺人』、ジョージ・ウエストンの『生殖能力測定器』、L・F・ジョーンズの『超人集団』、ジョージ・O・スミスの『太陽移動計画』、J・L・ミッチェルの『3万年のタイムスリップ』、C・E・メインの『同位元素人間』、L・M・ウィリアムズの『宇宙連邦捜査官』、W・タッカーの『アメリカ滅亡』、J・ウィリアムスンの『超人間製造者』、ジョージ・O・スミスの『地球発狂計画』、M・ジェイムスンの『西暦3000年』、アルジス・バドリスの『第3次大戦後のアメリカ大陸』、バット・ノランクの『戦略空軍破壊計画』、D・グリンネルの『時間の果て』、E・イオン・フリントの『死の王と生命の女王』、A・B・チャンドラーの『宇宙の海賊島』、アンドレ・ノートンの『崩壊した銀河文明』、E・ハミルトンの『最後の惑星船の謎』などである。この2級の品物くさいところがいいね。

二〇一七年五月二十六日 「トライラスとクレシダ」

 いま学校から帰ってきた。ああ、ビールが飲みたい! と思ったけれど、コーヒーを淹れてしまった。ビールは、あとでコンビニに買いに行こう。きょうは授業の空き時間と通勤時間に、ロバート・シルヴァーバーグの『10万光年の迷路』のつづきを読んでいた。冒頭で、イエイツの詩の引用、いま読んでいるところでは、シェイクスピアのソネットの引用という、ぼく好みの小説だ。いや、ぼくの好みの詩が引用されている小説だ。イエイツの引用なんて、「ビザンチウムに船出して」だよ。高級中の高級の詩である。シェイクスピアのソネットの引用もよかった。これから原詩を読もうと思う。ソネットの18だった。小説のなかでの訳では、とりわけ、「すべての美はいつか、その美をそこなってゆく……」(中西信太郎訳)の部分が好きだ。「君を夏の日にたとえようか。」ではじまる有名なソネットだ。背中の本棚に、シェイクスピア詩集は見つかったのだが、ソネット集がない。別の本棚かな。よかった別の本棚にあった。岩波文庫から出たシェイクスピアの戯曲を集めた棚にあった。もちろん、岩波文庫から出たすべてのシェイクスピアの戯曲を集めているのだが、『トライラスとクレシダ』という岩波文庫ではまだ読んでいないものもある。シェイクスピアはすべて読んだが、なぜ、岩波文庫の『トライラスとクレシダ』がめちゃくちゃ分厚いのかは不明。小田島雄志の訳だと、ふつうの長さなんだけどね。岩波文庫の『トライラスとクレシダ』は、もう、ほんとに、ぼくの持ってる岩波文庫のなかで、いちばん分厚いんじゃないかと思う。あ、ナボコフの『青白い炎』も分厚いか。比べてみようかな。分厚さは同じくらい。物差しで測ってみよう。『トライラスとクレシダ』は22ミリ。ページ数は註を入れて345ページ。『青白い炎』は24ミリで、解説を入れて548ページである。ありゃ、『トライラスとクレシダ』の分厚さは、ページ数からきているというより、古さからきているのかもしれない。昭和二十四年八月二十五日印刷、同月三十日発行ってなってる。ハンコの圧してある小さな正方形の紙が奥付に貼ってある。もちろん、旧漢字の、旧仮名遣いの本である。めちゃくちゃ古書って感じのもの。初版のようである。ひさしぶりに、シェイクスピアの全戯曲の読み直しをしてもいいかもしれないな。この小さな正方形の紙、ハンコが押してあるもの、あ、ハンコは圧すか押すかどっちだったろう。ありゃ、捺すだった、笑。これって、なんていったかなあ。著者検印だったっけ? たしか検印って云ったと思うのだけれど、検印廃止になって、ひさしいのではなかったろうか。かわいいのにね。面倒なのかな。ネットで「検印紙」というので調べたら、「かつて書籍の奥付に著者が押印した貼ってあった。それぞれの出版専用のものがあり、この検印の数に基づいて印税が計算された。わが国独特の習慣。現在ではほとんど省略されている。」ってあった。さっきも書いたけれど、かわいらしいのにね。やればいいのに。

詩人は自分の声に耳を澄ます必要がある。

二〇一七年五月二十七日 「10万光年の迷路」

 起きた。コーヒー淹れて飲もう。きょうは0.5日の仕事の日だ。夕方から、先鋭的なアーティストの河村塔王さんと日知庵で飲むことになっている。楽しみ。

 いま学校から帰った。授業の空き時間と通勤時間で、ロバート・シルヴァーバーグの『10万光年の迷路』を読み終わった。さすが、初期の、とはいっても、シルヴァーバーグである。ぼくにルーズリーフ作業をさせるところが6カ所あった。きょうは、疲れているので、このあと、ヴァン・ヴォークトのQ‐TブックスSFシリーズの1冊、『ロボット宇宙船』を読む。夕方から日知庵に。河村塔王さんと飲む。シルヴァーバーグのルーズリーフ作業は明日以降にすることに。

 いま帰ってきた。げろげろヨッパだす。おやすみ、グッジヨブ!

二〇一七年五月二十八日 「檸檬のお茶」

 もう、寝るね。ぼくのいまのPCのトップ画像、ある詩人が、ぼくのほっぺにチューしてくれてる画像だけど、まあ、なんて、いうか、ぜったい、そんなことしてくれそうにない詩人が、ぼくのほっぺにチューしてくれてる画像で、ぼくは、ここ数日間、毎日、いや、ここ一週間かな、見てニヤニヤしてるのだ。

 きのう河村塔王さんに、お茶をいただいたので、さっそく飲もう。このあいだは、花が咲くお茶だった。きょうのは、なんだろう。楽しみ。いただいたお茶、檸檬の良い香りが。味も、おいしい。

 ロバート・シルヴァーバーグの『10万光年の迷路』のルーズリーフ作業が終わった。これからお風呂に、それから河原町に、日知庵に飲みに行く。

 いま日知庵から帰ってきた。きょうもヨッパだけど、読書でしめて寝る。寝るまえの読書は、ヴァン・ヴォークトの『ロボット宇宙船』。ヴァン・ヴォークトは、『非Aの世界』、『非Aの傀儡』、『スラン』が傑作だけど、『非A』シリーズ、第3部が出ているらしいので、はやく翻訳してほしいと切に望む。

二〇一七年五月二十九日 「潜在自我」

 いま起きた。北山に住んでたときの夢を見た。いまより本があって、いまも本だらけだけど、さらに本だらけで、どうしようもない部屋だったときのことを夢見てた。本から逃れられない生活をしている。いたのだな。きょうも晴れ。洗濯しようっと。

 けさ見た夢のなかで書いてた言葉。あんまり下品で、書かなかったことにしようか、考えたけれど、ぼくの潜在自我が書いたものだからねえ。起きてすぐメモしたもの。

脳内トイレ。
脳内トイレ。
ジャージャーと、おしっこする。
ジャージャーと、おしっこする。
そして、ジャーと、水を流す。
そして、ジャーと、水を流す。

 いま王将から帰ってきた。きょうは読書の一日。ヴァン・ヴォークトの『ロボット宇宙船』のつづきを読む。62ページまでに誤植が3カ所。ひどい校正だ。

 きょうは、一日中、読書してた。ちょっと休憩しよう。いま、ヴァン・ヴォークトの『ロボット宇宙船』192ページ。誤植またひとつあった。久保書店のこのQ‐TブックスSFのシリーズ、ちょっと誤植が多すぎないだろうか。まあ、活版の時代だから校正家だけの責任じゃないんだろうけどね。

 ヴォークトの『ロボット宇宙船』を読み終わった。読まなければよかったと思われるくらいのレベルのひどい作品だった。きょうは、ひきつづき、ヴァン・ヴォクトの『銀河帝国の創造』を読む。これも久保書店のものだ。ヴォクトは、やはり、ぼくのコンプリートに集めた作家のひとりだから読むのだが。タイトルからして、2級だってことがわかるものだけれど、ジャック・ヴァンスといい、やはり、ぼくがコンプリートに集めた作家だけのことはある。たとえ2級品の作品でも、なにか魅力は感じられる。さっきまで読んでた『ロボット宇宙船』なんて、いまの出版社なら、ぜったい出版しないだろう。ヴォクトの『銀河帝国の創造』(中上 守訳)5ページさいしょの文章、こんなのよ、笑。「「神々の子」は成長を遂げていた。紀元一万二千年ごろ、未開の血をまだとどめながら衰退期にさしかかったリン帝国の王家に歓迎されざるミュータントの子として生まれた彼は、(…)」 こんなの読むのね。

二〇一七年五月三十日 「銀河帝国の創造」

 ヴァン・ヴォクトの『銀河帝国の創造』105ページまで読んだ。タイトル通り、カスのようなお話。進化したリスが人類より発達した科学力で人類と戦っているのだ。なんちゅう話だろう。ヴァン・ヴォクト以外の人間が描いてたら、即刻、捨て去っていただろう。95ページにこんな言葉がある。「あなたは慎重すぎるのよ。人生は短いんだってこと、わかってないのね。恐がらずに、思いきってものごとに突っこんでいくべきだわ。わたしが人生で恐れるのはたったひとつ、何かを見のがしてしまうことよ。経験すべき何かを。生きているっていうたいせつな実感を……」(ヴァン・ヴォクト『銀河帝国の創造』11、中上 守訳、95ページ・1‐4行目)この見解には、ひじょうにうなずくところがある。ぼく自身が慎重すぎて、経験できなかったことが、いっぱいあるからである。若いころにね。20代後半から、つまり、詩や小説を読んだり書いたりしはじめてから大胆になったけれど、それは文学上のことで、実生活は平凡そのもの。それはいまも変わらず。

 高柳 誠さんから、詩集『放浪彗星通信』(書肆山田・二〇一七年五月初版第一刷)を送っていただいた。改行詩と散文詩との綴れ織り。改行詩は透明感が半端なく、その繰り出される詩行には、言葉の錬金術を目にするような印象を受けた。散文詩の部分はカルヴィーノの『レ・コスミコミケ』が髣髴された。

 韓国人の、かわいらしいおデブさんから、FB承認依頼がきたので、即刻、承認した。コントをしてらっしゃるサンドイッチマンのメガネをかけているかたにそっくり、笑。そいえば、ぼくは、あのサンドイッチマンというコントのかたたち、ゲイのカップルだと思ってたんだけど違ってたのかな。結婚したね。

 あと一時間、ヴァン・ヴォクトの『銀河帝国の創造』のつづきを読んだら、クスリのもう。進化したリスと人類との闘い。しかもリスの方が強いなんて、なんという設定だろうか。ふと、ドナルド・モフィットのかわいらしい表紙のSF小説が思い浮かんだ。未来の人類の敵はネズミが進化したものだった。

二〇一七年五月三十一日 「さらば ふるさとの惑星」

 ヴァン・ヴォクトの『銀河帝国の創造』を読み終わった。これといい、このまえに読んだ『ロボット宇宙船』といい、げんなりとするくらいの駄作だったのだが、『非Aの世界』と『非Aの傀儡』は、高校生時代に読んでびっくりした記憶があるのだけれど、初版の表紙の絵もいいしね。でも怖くて読み返せない。つぎに読むのは、ジョー・ホールドマンの『さらば ふるさとの惑星』。ホールドマンは、安心して読める作家の一人だ。まさか、ジャック・ヴァンスや、ヴァン・ヴォークトほど劣化していないと思うのだけれど、どだろ。むかしのSFって、ほんと差が激しい。ひとりの作家でもね。いまのも差が激しいか。

きょうも日知庵に行く予定。雨かな。


季、順にうつるから。

  HN


だれでもいい。
人と話をすることで、
また雪をふらせるとおもった。

またそのさきの、花を。
花のつぎには海をね。

海がふってくるこの世はどんなふう?
ついこのまえ、
そんな季節だったじゃない。
きれいなことはなにもないよ。
ひとびとの、
くるぶしはおもくひきずられ
ひじが、砂にいつもぬれ、
このときばかりは、祈られる。
神?
そんなわけないだろう。
ひとを、

おぼれるにんげんの、
手をひくことで、)

在りし、すさまじくあつい日。
すさまじく、まぶしい日。
そこかしこにうまれた
おおきな、ひかりのつぶが
ぽん、ぽん、と二度はずんでから
高く。
空までを、ひきずって、
のぼっていく。
声、どこにもみえないものと
おなじように、
高高度の虚空の
すきまにすいこまれて、冷えていく

と、
(順接のやさしさは、)(いつもわすれられている)(すべてのひとびとの眠りを)(さまたげないように)(空は、)(神話のいきづく時代から)(規則をやぶったことがない)

 ひとびとは着込みはじめ、
 こえを、まぼろしみたいに
 白く見とがめるようになる
(がらんどうの現象、接続しない)

やがてそれが雪になるだろう。

あつく、あがめられ、
しんぜられているから、
話をすることで、
(または、

視点がない風景、など。

わたしは、(呼び名はいらないのだけれど)
 今にもくずれおちそうに
 ななめに傾いだ空ろな塔の上にたつ。
 はだが白かったり、黒かったり
 そぞろな印象の建造物で、
「いまはひとりしかいません。」
一つしかない
わたし、が、きえさったあと、
岬となったいしづくりの杜に
すいこまれそうなおとだけ
ひろげていく、
雪が。
「ゆきが、ふるはずなのだけど、」

だれか。わたし、でもいい。

話をしてくれませんか。
いつかかならず。


i am you

  白犬

錆びついた螺旋は失われた私で 失われた私は肉の中に封されていて だから冷たい空気は心地良くて 目を綴じそうになる のに 貴方は錆びついた二重螺旋 だから 私は貴方だった から 妄想で構わない 引っ掻き傷を残したいと彼/彼女らが言う 私は透明に溶けたい そこには貴方が居るから ぴちょん と 落ちた体液の中で 私は妄想を夢見ている 貴方と私が存在しない世界の夢 悲しかった が少し 消えて 幸せ って 思う 君の髪が揺れる時に 凡てを祈れと言われているみたいで 私には寂しい少年が見える 星を眺める 貴方が私の胸にキスしたから 剥がれていく 錆びついた螺旋を回して どうしてと問うのは 悲しいね 悲しいね と 吐息を混ぜて 沈む意識 白いベッド 君は何処に居たの? キスしてあげるよ と 私は呟く 二重螺旋が空に昇れば 灰色の空に美しい 偽りが 映し出されて 青空が好きだな 願う 寂しい少年 その大切を手放さずに 殺してごらん 私を? 君に幸せが来ることを願うよ 私の肉に封した貴方が溶けた 私は貴方だった 世界の裏側 愛してる


善い人

  いまり

01

コーヒーに浮かぶ
昔の人
空は子どもが
上手に切り取ってしまった

自分の仕草を
嫌いになるとつらい


02

わたし、は
あなた、だった

あなた、は
どこ、にいたのか

目のないサイコロは
転がりつづけている


03

当たりくじを引いたら
明日は晴れ
夏しかなかった事実は
とっくに埋葬した


04

ねじがはずれても
丁寧に続けていた
何かの拍子に思い出して
ぬるま湯を飲み続けた



05

なにもない、が
確かにあった

行き先は八年前に忘れた
ふたり睦まじく
萎んで


06

あなたのなかに
善い人はなかった
鏡に映すまでもないから
正しくなろうとも思う

わたしも善人でなければ
もう飲み干せるのだけれど
つぎの一滴が
なかなか落ちてこない


玄関で脱いでしまった靴のせいで 足に傷をおう

  村田 麻衣子

ガラスは目にみえないんだな
白い浴槽に ぜんぜんたまらないわたしの血液
こんなにいたいのにぜんぜんながれない
傷が、大袈裟に見えるものばかりを芸術と言われてかなしくてくやしい

あなたの眠りが深いときだけに 発作は 静まっていくけれど 気のせいか 嘘じゃないかって 時計を何度となく見ている
鮮やかなまでに、
洗いあげたのだがまた
それいじょうに 毎日の虜になってしまう彼ら

「ここまでいっちゃいけないことを、カレンダーに書いたのに ひどい言葉をまた繰り返し言うのね。」
「今日の欄には、なにも書かれていなかった。日記みたいに思っていたけれど、 寝ているあいだに何か書くのなら日付と時間を記すのを忘れるな。」

飼い慣らせないでいる怯えている子がわたしみたいで不憫 トイレにもう使わないCDプレーヤーを再生して置いた
臭いを落とそうと何度も設備を洗うのだが、
きみを洗うのには、いつも罪悪感がある。
きみを失いたくないからだ。
石鹸の臭いはあなたと混じった途端からもうあなたではなくて それは あなたのお母さんみたいにもう跡形もなく
石鹸は溶けてなくなったあとに あのこはうまれるのでしょう
わたしのかさかさの手 足には、きらきらとひかるガラスだけが、残っていました。


或る虜囚に捕われた獄舎

  鷹枕可

地球儀
人種絶滅収容 その歯と髪
戦禍よ
引き絞れ
議題を、
陶工達
廻廊を起つ様に
走る影の廃市
群衆は 素地であり
万物は 衣裳であり
工房は 固執であった

鼠の症例 伝染皮膚炎
架線の穹窿
電話線に
青空は地図の比喩として
拉げ倒れた
街看板へと降る地下壕200階の部屋部屋
柩の様に丹い伝令は
胴部にオルガンの燃焼に饐える蜘蛛の運指を惚け確めていた

一切が暮方をつまづきつつ
血の田園に夕餐を鬻ぐ
境涯 
住処は根底範疇のそこかしこへ
埋葬され
声は 振動する
聴く様に触れるな
そして 円く磨かれた
波長域の海に

釘の蝶番よ
私は誰であり私は誰なのか
無人‐巖塩の街跡
都市俯瞰図に
模倣像の
途端に
屑花のペダルを履み

虜囚だけが円時計に
永遠を伴い
建築邸宅の跡を
歩いて
真鍮の縁に、
巨鐘楼を 飛翔していた


けものみち

  宮永



開発された住宅地の中、取り残された島のような空き地には、低木やススキの株やら草々が根を絡ませ、みっしりと葉を繁らせている。
ネズミやヘビや野良猫が草むらにかすかな筋をこしらえて、それを人の子らがなぞる。曲がり角を大きくショートカットするために大人たちも通り抜け、人も通るけものみちができあがる。
近道を知らぬものたちを尻目に、藪の中に姿を消す。ススキの株を半周まわる。木の根がこしらえた段々を一歩一歩踏みしめて登りひょっこりと、草むらの上に顔を出したら、てろり、キツネのようにとび跳ねたい、心踊るけものみち。
野良猫の後を追う。カエルと出くわす。共犯者を互いの草分ける音で知り、譲りながらすれ違う。
日が暮れたなら怖くなる。おぼつかぬ足元を木の根が捉え、ヘビたちが横切り、目に見えぬバケモノが怯える頭にみち満ちてついて来る、来る、ケモノミチ。息を止めて駆け抜けろ。
空き地がとうとう均されて、新品の家が建つ頃には、通るけものも姿を消して、それでも楽しく懐かしい、あそこにけものみちがあった。


Minor〓a

  

墓石にキスをして涙を流し
天国の前でしりもちをつく
わたしたちは永遠に家族
どこへ出かけるときも一緒
あなたは月わたしたちは星
悲しみが深ければ
漆黒の闇に浮かぶ船
わたしたちの帆は眩しい
風は雲をかきわけ
太陽の下で影に堕ち
光に紛れ
財布をスリ盗る
わたしたちには時間がない
わたしたちには約束がない
わたしたちには国境がない
今に毎日を押し込め
今日も旅をする
幸せの指し示すほうへ
明るいほうへ
そろそろ僕の言葉が
失速すると予感している君
既成概念に引かれた
君の人生は馬車
月は君らに自由を与える
しかしわたしたちは
翼を持たぬ星
自在に明滅する
文字には写しとれない
大地に鳴り響く
喜びの鐘の音


Contradictory equilibrium

  

君がポケットから取り出した青空は
 ひたすらに美しかった

珈琲で手を洗う
 これが別れの挨拶だ

僕の落とした心臓を
 蟻たちが咬みくわえて引きずっていく
  それを鳩が涼しい顔で奪う

ランプをたわわにつけた木の枝をそっと持ち上げ
 雨の中で笑いたかった
  涼しい色をして


絶景

  左部右人

師走の風が、水面を撫ぜる
波紋は
幾重にも広がり
水中に潜む
数百もの目玉を
一斉に躍らせる
水草が、
痙攣する指先のように、
ゆらゆらと
揺蕩う。

河川敷では、赤子が泣いて
涙は
母親が拭い捨て
眼球に潜む
自らの瞳には
一筋の水跡
赤子は、
水平線をなぞるように、
だあだあと
手を伸ばす。

肌をさす風に、隣人の温もりを思う
夕陽は
郷愁を誘う絵画のように、
水面を照らす。

明々と照らされた赤子を見た隣人は
「かわいい」
と、
明々と照らされた頬をほころばせ、
指先に力を込めた。

私の背にした水面には、
幾重にも広がった波紋が、
明々と、
照らされているのだろう


Paralyzed

  アルフ・O

 
 
 
(とっても個人的な話をするよ、

彼等の理解が即ち無理解ということを悟ってから幾年経ったか。肉体だけじゃなくて精神にまでバリアを張られるどころか根性焼きまで初めて食らってから幾年経ったか。兎角この吹き溜まりにはあらゆる意味で資源が流れてこない。誰かの自業自得を強制的に引き受ける形で。当然秩序からも程遠いからたまに通り過ぎる人が鉄骨の美しさだけを評価して足早に去ってゆく。知らなかったけれど地獄行きの切符が毎朝そこのダストシュートから溢れかえっているのが、運が良ければ(悪ければ?)お目にかかれるらしい。勿論未使用の、ね。
区画の隅にねじ込まれたように建っている詰所の戸を蹴り開く。よく育った海月がいる。身体を預け無理やりに意識のスイッチを落とす。

(何の話だと思ってた?
(今や劣化が進んでいいだけはつられた記憶の自動翻訳だよ、

 
 


label

  完備

植物園のまなうら
ぼくが知らない沼の
位相 その淵で
粗くなるかれはふぶき
さくらの木の固さ
ついに訪れない
ゆたかな老後に鳴る笛
あるいは野
祈りを祈ること 叫んで
その場所を賛歌にする
遠くかれを
間違えないためだけの
眼鏡を外すけれど
ぼくの近眼はモネと
同じ世界を見ない


The Variance

  アルフ・O

 
 
 

見かけ倒しの幸福論を
羽の生え損なった構成員たちに据えて
女神は叫ぶ
がらがら声でわたつみへ叫ぶ
肉体を仮託したあたしたちは示し合わせたように
未完成な全ての門を閉じる
 
 
 


沈黙

  山人


山道の石の沈黙を見たことがあるだろうか
ぎらついた欲もなく、うたう術も持たず
息を吐くこともない
おそろしいほどの年月を沈黙で費やしてきたのだ

いっとき降りやんだ雨と
鈍痛のような、まだ明けない朝の重みが
うしなわれた心臓のような沈黙を保っている

未来が遠すぎてどうにもならなかった男の朝に
つつまれるのは確かな沈黙だ
右往左往するひずみを超えたそこにあるのは
動くことも忘れた
沈黙だった

うしなった唇の向こうに見えるものはなんだ
様々な音が狂おしく葉を撫でて
いたるところにばらまかれている
沈黙が
徐々にではあるが
空へと飛翔し始めていた


あっ

  監獄

あっ 滑る 雲海へ chill あっ

オレは死ぬ 雲が 地上を覆っていて

オレには大地が視えない 凍てつく空気が

頬を刺し オレは加速していることを

知る 富士 雲に覆われて地上が視えない

まず腰を打ち その瞬間「これは氷だ!」と

感じた 絶望とともに オレは視えない地上に

向かってどこまでも落ちていくだろうと悟った

それから 肩 頭 脇腹を打ち一回転して立て直す

――丁度滑り台を無邪気に滑る子供みたいな格好で――

尻餅をついて情況はもはや救いようもないほど最悪なんだと知った

――本当にまるで滑り台滑り落ちる赤ちゃんみたいな格好で――

底なしの

    斜面

       ストックが

             あたりを舞い

(あぁオレはなんだってこんなヤクザな靴で来ちまったんだ)


(あぁ全く、なんだってオレの最後に目にする人間界と繋がりのある物がこんなヤクザな靴なんだ)


(あぁ、なんだってオレはこんな寒くて味気ないところで死んでいくんだ)


嫌、だが待てよ、もしかすると――
      
嫌、もうこの速さは駄目だ

とてもじゃないが止まらない

なんだってこんな清冽な空気!!

あぁ、死!!!



「あああああ」

「落ちた?」

「やばくないか?」

「滑った!?」

「ああああああああああ」


なんだって、こんな美しい景色!!!


星の楽譜

  紅茶猫

あの日乾いた夏の言葉のように

水源と発火してくぐる
銅線の隙間から
絶え間なく広がる行方不明の青い空


___カナリアが一通届いた、海に。

空気ごとまとう紙を掬う
一片の断片の断面の反転の散り散りの雪

まるで
海に積もるというふうに

庭の海に投げ捨てられている子等をよそに
祈るしぐさの砂の満ち欠け



ある日遥か見渡す限り
とほくの空が鳴っている
手にした速度に合わせ
泉を
箱に入れて
箱にしまう

ポケットにたくさん集めた
カタチの違う時計を蝕む夢を
ひたすら積み上げる
音の無い世界の囀り

この層のどこかに僕が居ると
そう言い訳しながら歩く
風の内に宿る
風と僕

風の奥
風とほく
風ノート
___カナリア





このペンは こちらに

       この方角に

   この方向に


ほんの少しだけ違っていただけなのに



カタチの違う時計を積み上げる



草むらを分けて
扉の前に立つと
向こうに風が鳴っている

行方不明の空のような
音の前に

黒い夜を拭き取って
三面に揺らいでいる
星の楽譜


  黒羽 黎斗

山頂がある。万緑の頂。
(左腕の古傷はもう見えない)
山頂がある。鋼鉄の頂。
(右腕の古傷はもう消えない)
跳ねまわるウサギの目が赤く、水晶が足音で砕けていく。
食べ残されたガラス細工を覚えてなんかいられない。
切り貼りされた握り拳が、迷路の中で花開いた。

鏡筒の中は下校の余韻、螺旋が一周する。
八等分されたコピー用紙が、解け、剣を包む。

全身にトパーズを埋め込んだ少年は、
抱き抱えられることで眠れる雲に手を伸ばす。
飴玉は切り分けられて薄氷の上に並べられる。
木こりの仕事は燃やされることであって、
切り倒す木に謝ることではない。

枯れない薔薇の押し花と、枯れない小麦の取りこぼし。
羽を休めた翡翠のオウムは、姉の胸の中で切り絵になって
散り際の桜と、その川を分け合うのでした。

ハサミの裏で舌を裂く。
ハサミの表は抱擁を求め、兄弟を侵食する。
血は、血は、気孔を塞ぎ、闇を求める。

捻出された唾液は、銃弾を真っ向から貫いた。
抱腹絶倒、抱擁が笑い出せば、覗き込んだ円を、渡り歩く橋の上。
嫌いな野菜を残して、母が食ふ。額はもう、繋がらない。

幼年が、砂に描くのは、小さい小さい、小鳥の、羽ばたく二秒前。
鹿の背中は温かいが、鹿の腹は、腸をぶら下げている。
これも、温かいのかもしれない。

反しのついた刃が、脇腹にある。
気づいたのは、歩ける青年の、横顔を見て、だった。


寿限無

  まひる

水面に浮かぶ。座標軸はない。
虚無が波のように打ちよせる。
四拍子の相槌を一人撃つ。
拡張するメモリー、
忘却しない世界との
調和を模索。


mother of all scale

  アンダンテ

...........(6)
ふさがった平面にあった平面だ
波外れたホップステップ草臥れて逆ジャンプ

濁流に置きどころもなく沈むとはかぎらない
から何時になくはにかむ
更衣室の逝かれ狂女
都会のサンタクロースと片田舎のサンタが言い争うまに
メチロンを肩に打たれ脳停止

протроυпрσs ημαs (Аqιб)
(то)
прσтεроυ тηΦυσει(тεληs)

意識は保たれるほどに深水に沈むから
枯れ木が置かれているように
存在が存在すると規定するのは大きなかげり

.................〜ワンラ〜

=================================
*註解
・われわれにとって先なるもの
・本性上先なるもの
・Аqιбтотεληs:アリスとテレス


幽霊たち

  田中恭平

 
彼女は落ち着き払っているが
すでに幽霊たちはうごいている
ここらは色といえば黒で
記憶もインクで霞んでしまう
ことをいいことに
幽霊はわれわれを操作しようとする

怒れば地獄の釜がひらかれて
安心すれば天国の
ドアをノックする勇気もふるいたつ
ノック、ノック、ノック!
ここらは統計で無視されているし
彼女がベランダに出ないように
わたしは警戒しているんだ

巡り塔の警備員は
煙草を喫っている
あの高いところで
喉頭がんを患いながらも
煙草を喫っている

ハンドルを握ってもオイルはない
井戸から桶をあげても水は入っていない
切符はあっても行き先はない
時計はあってもそれを眺める暇がない

月、火、水、木、金
土はエスケープ
日はぐったりしてしまう
星の明かりを消して
さっき舐めたものはなんだったのか
ぐったり考えている
この文章は秘匿されている
幽霊たちにはこの通信を知られてはならない
彼らは平気で毒を薬という
お気をつけて



けさは
桃色のナフキンで口を拭って、急いで
幽霊の音楽
のような
古典ブルース

聞きました

鳥肌
鳥じゃないけれど
人間
なのに
人間の出している音が
わからない
まさに幽霊の音楽
古典ブルース

聞きました

コーヒーがシリアスに
冷えてゆき
わたしが点描図になったり
モノクロになったりするのを
「彼ら」
はのぞいているのでしょうか
そういえば
インスピレーションは
霊感が訳語です

仕事中
笑いました
わたし
ええと
何について笑ったのか
わからないのですが
これらが今朝の印象です



どんな幽霊が
この家に憑いたのか
何を
飲まされたのかわからない
眼が痛くて
涙をながす
母はパソコンのしすぎ
文字の打ちすぎだという
そもそも謎なんだ
ビートニクの連中もそうだけれど
なぜ物を書いているのか?

memo

祈り
ということばが
頭に浮かび
わたしの朝は
静謐である

くりかえされる支払い
生活とはつまりくりかえしの祈り

陽のしたに
天使としてふたり

とろけてゆくアスファルト、に
永遠になじんでゆく身体

memo終わり

一体誰がこのメモを書いたのか
幽霊としかおもえない
わたしが幽霊ならば
天使のふりをして
ひとに近づくだろう
だから書いたっけ お気をつけてと

 


量子の彼方

  st

たとえどんなに遠く
はなれていようと

君と僕はつながっている

138億年も膨張する
宇宙の先端に

君がいたとしても
つながっている

僕がYESというと
君は予期したように
同時にNOというけど
つながっている

アインシュタインが
なんといおうと

光速度を超えた
相互作用がおかしい
といわれても

つながっている

だけど
僕がYESというと君はNO
君がYESというと僕はNO

結ばれることのないペアが

永遠に

量子の彼方でもつれてゆく


淡雪の『』

  みちなり

ある日真白い国の真白い王女は思いました。この世界は偽物で溢れていると。その偽物は本物であるが故に、本当に至極当然な結果を連れてきました。世界には二つの答えがあって。まがい物か本物でしかないと。

淡雪は普段人よりも色々な制約を自分に課して生きています。皆指さして笑うのです。淡雪は男だから。女王ではない。王子なのだと。その最中でも。自身が溶けて消えてしまう事は無いと知っています。ここは淡雪の領域であるから、誰もが妬ましく羨ましく、淡雪から全てを奪おうとします。

淡雪は自分がまがい物だと知っています。そんな淡雪は恋をしたのです。忘れられない恋を。ただこの話はまだ始まったばかりで。これから始まるとも終わるとも言えません。淡雪は分かっています。ただ自分が春を知れば、守る力も無くなる事を理解しています。だからこそ、淡雪は偽物のままでいようと思っています。

「もし願いが叶うなら?叶えられない願いばかりこの世界の片隅に転がってる」


水底

  山人



ゆらゆらと浮かんでは漂う
名もない海面の水打ち際で
取り残されている

次第に水分を吸い
やがて海底に沈んでいくのだろうか
誰も知らない青い水底に
目を剥きながら
静かに

誰にも掬い取られることもなく
しかしながら
それも命
運命などと安っぽい言葉が
ぺんぺん草のように蔓延る中で
真実は無残にもざっくりと切りつけられて
海底に沈む

できるものなら
暗黒の底に棲む
チョウチンアンコウたちが
そっと灯火を照らし
一瞬でもその言葉たちを
浮遊させてくれることを
儚く望むものである。


あまりに恥を感じている

  霜田明

僕は
僕がいないほうが良いところへ
居座っている
だが僕はそこを
動かない
恥知らずだから
ではない
僕はむしろ
あまりに恥を感じている
僕が消えないのは
強情だからだ

昨日
電車を逃して
歩いて帰り
家についてから
二時間しか眠れなかった
一昨晩は徹夜で
地続きだったから
眠気はひどかった
それに昨日は
精神的ストレスが大きかったから
睡眠時間の短さが響いた
こう響いたんだ
みんな良い人ばかりだよ

行き場のない
怒り
のなかに浮かび上がる
他者に対する
恨みの感情
人々は僕を
他者
として扱うことをやめない
でも
僕は
僕にとって
他者であれない
だから
僕は他者だろうか

他者へ問う
そのために
言葉を覚えた

彼らは僕を
居ないほうが良いもの
として扱うが
彼らは僕を
居ないもの
としては扱えない
そして僕も
そこを去ることができない
すると彼らは
僕の存在という
不安に
放り込まれる
困惑しているのはいつでも彼らのほうなんだ
僕は
僕を
要求しているのであり
困惑しているのではない
僕は
あくまで
困惑されている
この
自意識過剰
こそが
僕が
強情に取る
関係上の
立ち位置だ

僕は
彼らとの関係を離れ
君との関係へ没入するとき
ひとつの困惑を覚えたんだ
君は
君がいないほうが良いところに居る
だが
君は消えないのだ
君が恥知らずだからではない
君が消えないのは
強情だからだ


忘失

  鷹枕可

それでも生きようとした
別れゆく時には 誰もがそうなる
銅の夕から 
懐中に、名残を取り出し
皺塗れの紙屑を広げ
旧い記憶を 紙屑につづらんとする
<癌化した精神には、昼が旧い絶望の様に開かれている>
捨てられた 
レシプロエンジンが 空という絨緞を縫い駈けていた日々
自転車が 百年を晒されて 錆びた骨を仰向けていた日々
風と切り結ぶ淡い梢の花々が 運河に濠に流れていた日々

庭に蒔く、
足跡には生きていた亡命が
その闘争に流麗な誰でもない、自由を臨み、
倒れゆく、革命への
制圧に、
断絶を、拘留を徹底され
<そしてかれらは何事も無かったかの様に通り過ぎる>
政府からは刻薄な沈静が、
眠りの内に
通達され、
捕縛され――或は射殺された、
青い果敢な徒花達へ 贈るものなどは、ひとつとして、

別れゆく時には 誰もがそうなる、
夕の畔に、一粒の嘱望を培い、
落日の咽喉迄を緘らんとする
誰にもなれず 従って誰でもあった 
青年期達への、短い 追悼より
そして 
降り頻る火の粉に追われる且てのはらからへ告ぐ 振り返るな、走れ と
それでも生きようとした、凡庸なるが為に、
逞しく 駆けぬけてゆく巨茴香を 指揮灯にして、 

所詮、他人事だったと
哂うなら
哂え




指揮灯=聖火リレーに於ける松明を造語化した物。


ミツバ

  コテ


 いつもへらへらと笑っていたいとあなたが仰った事を息を止めて覚えています、僕の母親に対するシカトと似ている、同じである点において、
僕はもう絶望して黙る事にしました、それでは前進もしないので、思いつきに此の失敗談を連連とうたうことにしました。


僕はあなたを回想します。それを覚えておいて頂けなくても良いんですよ。




あなた「精神の病ひなんて文学じみているじゃないの。その時の生命を生きている。」


僕「それはつまり、あなた、まるで花に黄昏れたまま?

それを嫌とも言わないんですか?」 

赤い重い空気が僕にも立ち込め、喋るに越した事がなくなってしまったから僕はあなたに喋りました。



あなた「人は
誰も彼の幸せなんて喜びはしないよ。

けど幸せに生きて行かなくてはならない。

それはこういった、人間の無情の抵抗として、希望をする奇跡として…強くならなければ。

 秋が来たからって、紅葉が何だって、青い青草は茂ったまんまだろ?

これが唯一 雑草の生きる、

草が輝いている証拠なのだよ。  
 

君は花、心暗くてもずっとぱっとあかるい。

しかし物を合わせて言ってくれる、

君は何故なら、本当は、

「邪悪な念を持った男」

僕は自分に失敗があろうがわざわざ傷つきませんよ。」


と、こう僕は少し善になれました。それは確かです。思えば、人間のよしみというのは、何て清潔なんでしょう。


一一一一一一一一一一一
メヒシバと云う「海」11月7日



激烈 はなはだしい激昂の湛(しず)み

韋駄天のPassionが

頂点に渦を打ち、

おれたちを根こそぎ 灰色に佇ませる

負けてはならない…!

腹に力を込め、ただじっと踊る


 おゝ その時落ちたひとかけらの涙も 暮れてしまうがいい

「何もない」おれの心の影をおれんじに託させてもらい

若しくは「おれんじにぴんくの帽子が夜空にひかるよ」と言うともだちの情けのうちに

それか

大きくなり 今よりずっと大きくなり

おれ手ぇ伸ばす あの花という花を翔ける龍たち

一一一一一一一一一
僕は自分の励みに書いた日記に、最後に花と書いたら、何だか真っ直ぐあなたを求めている事を知ります。だが僕は手を伸ばさぬ。理性でなくとも、言うなればただ歯を噛んでいる。予定外のこと、僕のことを、忘れてしまえないあなたに、憎しみを持ち求めている。

あなたの女が言いました。地獄に堕ちたあの女…ひひ。


「あぁ 愛は果てしない事なのか

愛は 忘れようとも忘れる事がないんや

それは…つまり私は何て無様なんや

セや、恋をする時は わらわはカラスの翼になりける

…!

太陽を這うんや


あぁ その時 日射しの木漏れ日の

記憶はね僕の中で眠って

夜月をさまよう怪の如く

やすられ 細られ

前と変わらない一人

金平糖が虚空蔵如来が「僕」自身にきらめくのだ 

それだけや


愛に触れた

お前の思いを得て 両手を重ねる

せやから思い出を蹴る…! 

その中に飄々と精神に障る傷ついた天心の女がおるやろ

その女の心の地獄を君は許してしまうんや

時に、私の心の番犬は世界に私だけ 邪魔をしないやつは少ないのさ

あぁ 降る金平糖の骨まで食べてしまおう

このままでええ事にしろ、お前は私である

旅をする時は せやけど細かく言ってくれな私わかれへん



足に掛けた鎖の音をしゃりしゃり鳴らし

薔薇の朱に莱音(らいおん)のふかふか胸は

踏む、

えんかくたちと大地を 」


「あなたと彼女」を日頃見てきた第三者である僕から思うに、
彼女の夢と現実の葛藤にただ僕はなびき、空に舞い、その中にあなたや私がぽつんと存在する。彼女の掌に。にしても、あなたという男は何と弱いのでしょう。僕なら思い痛み、許される弱さを模索します。僕は、決して今のあなたを受け入れません。出来ない、後々薄情が移っては困りますでこう申しあなたを助けて置きます。あなたが「僕」を突き出したようにきょうのサヨナラを書き残します。「ほな…!」


(無題)

  mmnkt

双子がいた
そっくりの双子がいた
生まれてすぐに二人は別れた
兄は南へ
弟は北へ

二十年後
兄は前向きで明るい青年となった
弟は後向きで暗い青年となった

双子を分けたものは
遺伝子ではなく環境であった

兄は高校を卒業後
町工場で働いた
同級生と結婚して子を三人もうけた

弟は高校を中退し
三年を無為に過ごした後
会社を起ち上げやがて上場を果たした

双子を分けたものは
遺伝子ではなく環境であった

二人が再会したのは
互いが還暦を迎えてからだった
二人は軽く抱き合った後
お互いの人生を振り返るように語り合った
双子を分けたものは
何一つなかった
皺の数、服装、振る舞い
経験、顔つき、収入、肩書き
同じものは何一つなかったけれど
双子を分けたものは
何一つなかった

その翌日
弟が交通事故で死んだ
双子を分けたものは
遺伝子ではなく環境であった

その日
兄は不倫相手と旅行していた
饅頭をもぐもぐ食べていた
双子を分けたものは
遺伝子ではなく環境であった

ここに田がある
田には日向と日陰がある
二つを分けたものは
自分ではどうすることもできない
大きな山であった


あざらし

  屑張




痩せたアイスコーヒーの香りが、摩天楼の地下水脈を伝わり、油膜の張った海に紛れているのを、右中指で汲み取るが、変色した舌で味わう事が出来なかった。

星の見えない夜は、昼に太陽の見えない森と同じように、蜷局を巻いた澱みという狩人が、淡い口紅をビルディングの壁に擦りつけ、銃口を自らに向け楽しんでいるようだった。

幽霊は履いた白い天幕を脱ぎ捨て、排水溝には飴色の塵が詰まる。目が見えないのか、〓についた血を触る事も出来なくなってしまったのか。空を舞う蠅の羽が折れ、地べたを這いつくばっている事にも誰も気付かない。

「海を泳いでいる妖精たち」という認識が支配している。その認識をもたらした影は死滅している。古い書物を図書館から引き上げ、捲る度に白紙が増えていく。開かれたページにはあざらしさんスタンプが手を振っているばかりだ。あざらしさんとは何でしょうか。

●あざらしさん

あざらしさんは大手を振ってあざらしさんといってくれます。いってくれたあざらしさんにはあざらしさーん!!と声をかけてあげましょう。あざらしさんは、かならず手を振り返してくれますので、手を振り返してもらったら必ず手を振り返す必要があります。あざらしさんは海に住んでいて、時折顔を見せてくれます。あざらしさーん!!


喉を伝うカメレオン珈琲の香りが湧いてくる。この味を知らないまま中指の爪で引っ掻いた全てを掴み取る必要があるようだが、この端末に残されたトンボの死骸は茶色い屑を突きつけ、引き金を引き続けるばかりだ。


星の見えない夜、幽霊たちが集会を開き自作した口紅を白い天幕に塗布する。その模様がゴマフアザラシにとてもよく似ている事を知っているのは、全てを見下ろした古い摩天楼の街並みだけである。


プロテスト(Sober)

  ゆうみ

月に向かって論文を投げた
窓ガラスに当たって知見が床に落ちた
もうなんだか疲れたなあ

自分語りのために芸術と学問を使う人が
美しさに泥をかけていく
そして居るべきものが去り
居るべきでないものが居直る
綺麗な花が咲かなくなっていく

レベルミュージックが好きだから
ロックが好きになった
お前はギターで女性を殴りはじめた

もうなんだか疲れたなあ
けどもはや呆れ終わったなあ

幼児性ではなく民度を字にして
春を美しくする
それが冬にする仕事だのに


ナッツ売りの子猫

  鶲原ナゴミ


あの街角に
ナッツ売りの子猫がいるわ

唄がきこえてくるのよ

秋風がつつんで
赤い紅葉の上で
ひるがえったのよ

あの子猫の唄が

ささやかな
幸せはいりませぬか
幸せに
なりませぬか

ナッツ売りの子猫は
綺麗な蓋つきの缶に入れて
朝の陽の光ごと
あなたの旅が
あまりにも恋しくて
欠けた記憶
破片ごと

滲む夕暮れ
 旅立つ草原
  生きる痛み
   翡翠は揺れる
    軋みながら昇る朝陽が
     沸き立つ体温の赤いろの
      片胸をのせ
       鼓動の眠る丘に
                 あがったの・・・


ピンとはった尻尾
子猫の夜は
青い肺の中にできた
銀河なのよ
火のついた火山の

  光の震えと
     距離と眩暈と
             ほどけてしまった




    よ   る



        と



ぼくの心の

  ぱ っ    けーじ



            あなたのそらの色を


      おしえて???


心を許せしころに
ひょこんと

芽吹いた

差し出される手に
爪を立てた
行かないでって   いったでしょ?
数えられない程の
あなたの夢を

見たのよ


たくさん涙したでしょう
まわり出したでしょう
全部があなたに
注がれているんです

ナッツは
いりませぬか?
ささやかな
幸せはいりませぬか
向日葵が
田舎の町の
単線の駅の上にも
咲いていますよ
幸せになる夜は
彼の肩の上で
泣くこともできるの
まるでオリオン座みたいに

幸せになる準備はいいですか?
ナッツ売り子猫の
秋風にくるんだ
子猫の唄
貴方にあげる


  いまり

それはどこの国の地面でもないのかもしれない、果たして太陽などあるのだろうか。ひとつの芽が土のかたまりを押しのけて、空に向かおうとしている。あらゆる瞼は閉じられ、すべての睫毛は伏せられている。そこにこめられた願いなど無いのかもしれない。命が、芽吹こうとしている。


Rさん、高校の卒業式の日に母親
が自殺した。結婚して五年目の
秋、そのことを夫に打ち明けた。
晩ご飯はハンバーグ、ケチャップ
の赤をみつめながら、彼女はお
母さんになりたいと言った。寒く
なってきたね。寒くなってきた
ね。今夜のハンバーグ、いちば
んおいしかったよ、ありがとう。


芽は双葉になる。懐かしい記憶など無く、求めるすべなどもたない。誰かが笛を鳴らしたような音(ね)、いずれにしろ何もかもが足りない。すべての腕はふりおろされ、それに繋がるすべての肩は無数の地平線となる。悲しいというのだろうか、雨雲が立ち込めてきた。きのう、という言葉などまだ知らない空に。


H君、新卒で入った会社を半年
で辞めて三年、一歩も家の外に
出なかった。犬が死んでも泣か
なかった。父が倒れても見舞わ
なかった。けれど奥歯が痛くて
歯医者に行った。両親にいちご
大福を買ってかえるとふたり
は泣いていた。これでよかっ
たのかもしれない。もうがんば
らないよ、ありがとう。


芽は伸びつづける。茎は太く葉は青く、なにかに耐えつづけたかのように成長をとめない。降りしきる雨のなか、すべての指はさす方角を持たぬまま、あらゆるこぶしとなってかたく握られる。問いを投げかければ片端から礫になるような力強さ、時は伸び縮みを繰り返しながらしだいに意味を失っていく。


Sちゃん、四歳を過ぎてもこと
ばをしゃべらず、水の音がきこ
えるとなりふりかまわず泣きじゃ
くった。こわいものとゆるせな
いものしかない世界で、どれ
だけふりほどいても抱きしめて
くるひとがいた。ある日ふいに
つぶやいてみる。ママ。そう、
ママよ、ママはここよ。もうど
こにもいかない、ありがとう。

*

明日は
叶わぬことに満ちている
未来は
どんなひどいことだって起こりうる
生きていくことはなぜ
こんなにも果てがないのだろう
わたしたちのありがとうすら
またかき消されてしまう
かすかな風さえ吹けば
なにごともなかったかのように


花はいつか必ず咲く。どこかでだれかがありがとうとつぶやけば、つぼみはまたひとつ色づくだろう。そのことを誰も知らないのに、想いだけがしずかに降り積もる。きぼう、という言葉など知る由もない空から。







見守る者など
いるはずもないのに
どこかでまた
笛の音がした

文学極道

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