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菊西夕座

選出作品 (投稿日時順 / 全18作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


フィーバーがとまらない

  菊西夕座



またやってきた。毎年びりっけつの、俺の罰当たりな誕生日

夜を焦がした日の出とともに、賽銭箱が、潮吹き女のスプリンクラーといった具合で小銭の産卵をおっぱじめ、四方八方へ飛び散らばったあぶく銭が神社の白い砂利に跳ねっかえると、糞づまりの神主が尻もしまわずにあわてて便所から飛び出し、太鼓っ腹と口笛で得体の知れない祭り囃子を奏しだす。
ほくろにとぐろを巻く髭を生やして、紅ヌリタクリの巫女が摺り足で俺に近づくと、武者ぶるいの勢いそのままにひび割れた唇を押しつけ、俺の首筋にヤスリでもかけるみたいに細かくひっ掻くキスをする。
巫女の頭越しに、憑依を流された娼婦が絵馬を差し出しながら、生まれてくる子の名前を書いてちょうだいとせがみだす。いいかげんな文字を斜めに三本走らせてやれば、いまにも生まれてきそうな名前だといって異様に産気づいてくるのでうっとうしいから邪険に突き飛ばしてみたとたん鳥居に頭をぶっつけて髪が真っ赤に染まっちまった。

フィーバーがとまらない

東の丘いちめんがハリネズミの怒れる背のように無数の火柱を突き上げる。
隅に干された狐のブロンズ像が口からペーパー籤を吐き出している。
いたるところでそよ風が銀杏のきついにおいを排泄している。
鳥居にぐったりともたれた娼婦は狛犬に流し目を送りながら動かない。
彼女が腹にかかえた絵馬が仔馬の難産をはじめると、流し目から無数の精子がもれてきそうな気配だった。
ざらつく舌をこすりつけ、ますます亀裂を深める唇で、紅ヌリタクリの巫女は狂おしく俺のうなじに恋をする。擦りに擦られて首筋の血管が消えちまいそうになったころ、俺はヤスリ女を背負い投げで池の中に放り込み、水をくまなく濁してやると、巫女に憑依していた鯉が屋根の上まで飛び跳ねる。
フィーバーがとまらない。
尻の穴から大吉をひねり出して神主がいつのまにやら開運している。
狐がさかんにむせ返る。
そよ風にペーパーがまくれ、
お捻りがやたらに噴出する。
銀杏のべとつくにおいに腐敗の重みがのしかかり、
発情した犬が丘の方へしょっぱい虹をかけている。

フィーバーが一向にとまらない

丘に火をつけた放火魔が南の空へ快進撃を続けていく。
銅や銀の小銭が境内のあちこちできらきら光る独楽のように回転している。
ときどきちぎれた大吉が旋回に巻きこまれ、
お捻りがますます賽銭箱のまえに盛り上がる。
俺は梁から垂れ下がっている大きな鈴のついた縄に飛びつくと、ちぎれんばかりにそいつを揺さぶってフィーバーをとめてくれるよう願いをこめた。
乾いた鈴の音が境内に響き渡ると同時に拝殿の屋根から小さな達磨の群れが火花を散らして転がり落ちてくる。幾千万ともしれないコインを派手にぶちまけた音響で。
烏どもがいっせいに舞い降りてきて達磨の白目をこづいてはしゃぐ。
奇怪などしゃぶりは屋根を激しく焦がしながら際限なく打ちつけてくる。
娼婦の髪で尻をぬぐいはじめた神主が一瞬で赤い海にのまれてしまう。

フィーバーがとまらない
フィーバーがどうにもとまらない

俺はよじれた荒縄になんとか右手でぶら下がったまま、左手の三本指を今にもすり切れそうな紅色の頸動脈にあてがった。
まるで異教徒に憑かれたように、脈は一分間で百はっ回もフィーバーしていた。


唯の夢

  菊西夕座



隣接するお向かいさんのさびた二階の窓枠のなかで
剥製にされた月下美人が唯の夢を見下ろしています
唯は夜ごとに悪夢をみます
10キロ逃げても悪夢から覚めることができません
それは春の守衛の子守歌
クリームシチューをとろとろ、とろとろ、溶かすように
唯のまぶたをくすぐります
唯は守衛に阻まれて
冬から一歩もでられません
しかたがないので温泉街に出向いても
湯船に氷が浮いている始末です
足のむくみはとれません
昔は春の同級生だったのに
いまでは彼女が唯を閉め出します
くやしくて、氷のつぶてをぶつけてみても
まぶたの下にしみこんだ白い夢を
さますことはできません
思い切って温泉宿の二階の窓から飛び降りてみると
剥製にされた月下美人が唯の足にからみつき
いっしょに食べられてくださいと泣きつきます
ですから唯は鉢植えにつるされたまま
肉薄するお向かいさんのさびた二階の窓枠のなかで
自らの夢にうなされる姿を見守ります
クリームシチューをとろとろ、と、溶かすように
ひびわれた唇から、せめてものやさしい子守歌を送りながら
ひとり卒業できない夢を見守ります


唯の夢 その四

  菊西夕座

学窓という母体にとらわれていたころ
唯の生きかたはまるい卵のように
友好的でおとなしく
上品な自制のかたまりだった

まわりの男女は見境もなく
とがったペンをもちよって
くろや黄ばんだ先端で
唯のまるみをつっついた

教師はざらつく手のひらに
唯をすっぽり掌握し
むやみに手中でころがして
油性の指紋をおしつけた

初恋相手の先輩が
ウィンクしていた右目には
トイレにしかけた盗撮の
画像がレンズにかくれてた

演奏クラブのライバルは
高価な銀のフルートで
調和をたもつ唯の音を
ななめ上から威嚇した

扉をあければ階段が
廊下の隅からなだれこみ
一段いちだんランダムに
宙をさまよいせめてくる

眠りにおちるそのたびに
唯のこころの殻が割れ
おさえつづけた感情が
でゅろでゅろでゅろでゅろ歌いだす

もだえる芯から棘がはえ
ウニそっくりに変形し
怒りにくずれた卵巣が
でゅろでゅろでゅろでゅろ歌いだす

幻想という世界にとらわれているとき
唯の外界はかたい卵のように
友好的でおそろしく
嘘つきな自衛のかたまりだった


コミュニ鶏頭

  菊西夕座

客:「もしもし――丸山さんはいらっしゃいますか」
店員:「ございますが」
客:「おつなぎして頂けますか」
店員:「あいにく、本日の丸山はすべて使い捨てとなってございます」
客:「かまいません」
店員:「少々、お待ちください」
客:「待ってください」
店員:「はい?」
客:「おかげんが悪いのでしょうか」
店員:「五分咲き、といったところでございましょうか」
客:「では、やはり待ってください」
店員:「このままお待ちになりますか?」
客:「すみませんが、七分咲きまで一緒に待って頂けませんでしょうか」
店員:「あいにく、わたしの賞味期限は午前10時までとなっております」
客:「味が落ちてもかまいません」
店員:「ですが、鮮度が保てません」
客:「鮮度が落ちてもけっこうです」
店員:「声もぬるくなります」
客:「声がぬるくなってもけっこうです」
店員:「それに、音質も劣化します」
客:「音質が劣化してもかまいません」
店員:「そうはおっしゃいますが、声がとぎれとぎれになります」
客:「どうにか聞き分けますから、お願いします」
店員:「しかし、丸山が聞き耳をたてます」
客:「聞かれてもかまいません」
店員:「丸山になんと言い訳すればよろしいでしょうか」
客:「黙ってろと、そうおっしゃってください」
店員:「丸山は黙って聞き耳をたてます」
客:「こっちを見るなと、そうおっしゃればよろしいかと」
店員:「丸山はこっちを見ておりません」
客:「こっちを見ろと、そうおっしゃってください」
店員:「あいにく、丸山は使い捨てになっておりますので」
客:「かまわないかと」
店員:「いちどお使いになると、丸山におつなぎすることができなくなります」
客:「丸山さんはほかにもいらっしゃるでしょう」
店員:「ございますが、本日はすべて五分咲きです」
客:「まいったな」
店員:「失礼ですが、どういったご用件でしょうか?」
客:「山を丸ごと購入したいと思いまして」
店員:「そうですか、ありがとうございます」
客:「しかし、五分咲きだとすぐに高く転売できない」
店員:「ですが、丸山の上には本日、会長がおります」
客:「怪鳥がお見えですか」
店員:「左様でございます」
客:「オプションということでしょうか」
店員:「含み益かと思われます」
客:「かなりの珍種でしょうね」
店員:「希少価値がございます」
客:「では、電話を怪鳥にかわっていただけますでしょうか」
店員:「わたしが怪鳥ですが」
客:「これは失礼しました」
店員:「飛んでもないです」
客:「ただのパートタイマーかと思いました」
店員:「バードタイマーです」
客:「なにせ先ほど賞味期限が10時までとおっしゃっていたものですから」
店員:「ええ、つい先日、焼き鳥にされまして」
客:「ハッハッハッ」
店員:「羽はございません」
客:「なんとおっしゃいました」
店員:「ハッハッハッとおっしゃられても、羽は一枚もないのです」
客:「ハッハッハッ」
店員:「羽が3枚、入り用ですか?」
客:「またご冗談を」
店員:「本当です。すべて焼かれました」
客:「ハッハッハッ」
店員:「歯はもとからございません」
客:「嘴かね?」
店員:「串刺しです」
客:「ダッハッハッ」
店員:「ダハではなく拿捕されたのです」
客:「ダッハッハッ」
店員:「もしもし、音質が悪いですか? ダハではなく拿捕です」
客:「拿捕されて、丸焼きになったのですか」
店員:「そうです。船をこいでいる隙にやられました」
客:「ダッハッハッ」
店員:「それで、おいくらでご購入なさいますか?」
客:「丸焼きですか」
店員:「丸山です」
客:「もう購入はやめました」
店員:「丸焼きもセットになりますが」
客:「それが気味悪いので、やめることにしたのです」
店員:「ですが先ほど、鮮度が落ちてもかまわないとおっしゃっておりましたが」
客:「購入するとなれば、話は別です」
店員:「左様ですか」
客:「さようならです」
店員:「賞味期限まで、あと5分ありますが」
客:「もう切ります」
店員:「もう切られました」
客:「なんですと?」
店員:「丸焼きにされる前に、手も足も切られました」
客:「手はもとからないでしょう」
店員:「買い手はあるかと思いまして」
客:「ハッハッハッ」
店員:「羽はございません」
客:「聞き手くらいはあるでしょう」
店員:「そうでしょうか?」
客:「そうですとも」
店員:「手はやはりあるのですね」
客:「解釈の翼をひろげれば、いくらでも」
店員:「まだ羽もあるのですね」
客:「見方によっては、あるでしょう」
店員:「味方になって頂けますか?」
客:「ええ、もちろん」
店員:「わたしは焼き鳥ですよ」
客:「聞き鳥役になりますよ」
店員:「ありがとうございます」
客:「お安いご用です」
店員:「では、もう少しだけ切らずに待って頂けますか?」
客:「5分だけなら」
店員:「これで安らかに昇天できそうです」
客:「また飛べるのですな」
店員:「ハッハッハッ」
客:「その調子、その鳥子」
店員:「ハッハッハッ」
客:「ハッハッハッ」
店員:「ハッゥゥ・・・」
客:「どうしました?」
店員:「・・・・・・」
客:「もしもし」
店員「・・・・・・」
客:「怪鳥?」
丸山:「会長は出鳥しました」
客:「ハッハッハッ」


新しい唯の夢

  菊西夕座

ダジャレ中毒の点滴治療にながいこと患わされてきたけれど
新しいシャレ氏ができてからはだいぶ立ち直ることができた気がするわ
シャレがどんな素性かまだはっきりいうことはできないけれど
いままでの彼氏とはまったくちがう朱の糸であたしを縛り上げたことは断言できる

ドクターはあたしがシャレを自慢するたびにまだ中毒がなおらないというけれど
それってひょっとしてシャレのことをシットしてるってこと?
シャレにいわせれば彼のほうこそよっぽど毒ターだっていうわけだから
ドクをもって毒を制するというのはこういうことね

こんなことをいったからってあたしがドクに征服されるわけじゃないわ
だって白衣のセイフクを着せられているのはいつだってドクターのほうだし
かつては婦長なんて呼ばれていたナースのほうがよっぽど不調なわけで
そもそもシャレにいわせれば病院自体が気の毒な症状をうみだす病因ってことなの

病者はそれでも護身にこりかたまって自分たちの正当性を信じているから
今のシャレ氏と昔の彼氏を同列にならべていまだに中毒だと誤診するの
それどころか新しいシャレのおかげでますます症状が悪化しているという始末
手に負えないからボールみたいにけとばして足で追いまわそうとするわけよ

あたしがこれでも作家だからってサッカー扱いするのはがまんできないわ
精神科医はそれがあたかもダジャレ病への理解だと考えているみたいだけど
シャレからいわせればそんなやつらこそ精神怪異と呼ぶにふさわしい淫売者なの
やたらとすり寄って最後にはあたしのシャレを寝取りましょうっていう魂胆ね

だからあたしは警戒していつでも身構えているから疲れきってしまう
シャレは院内に警科医をもうけてまっとうに診察しているのは唯、おまえだけだというけれど
ついにあたしもドク気に憑かれつつあるように思えてほんとうにこわくなる
だからそれ以上なにもいわないでっていうとシャレはしゃれこうべみたいに黙りこむの

まあなんてかわいらしいお馬化さんなんでしょうこの新しい恋人ときたら
演奏会ではあんなにあたしのことを熱唱してくれたのに黙りこむだなんて
熱消のおかげでこの身もこころもすっかり燃え尽き症候群だっていうのに
お互いに放心状態でこの先どう生きるべきかなんていう方針がまったく立たない

家計簿だってつけてみるけれど最後にはいつもシャレとの家系簿を夢想している
どんな子どもが生まれてどんな子孫が残されていくのか筋引きながら腹ハラしている
もしかしたらヘンな仕損が生まれてあたしの妹とシャレがまちがいを犯すかも
そう考えただけで処女時代にはやすやすと入れた妹の部屋に入ることもできない

家計簿をあきらめて寝ようと思っても燃え尽きているから眠ることもできない
どんなに眠ろうと精進してみたってすでに焼尽しているのだからムリなことだ
しかたがないので眠っていたころの思い出にふけることで少しでも老けようとする
シャレいわく「若いままでいても病院と和解することなどありえない」のだから

そういえば眠りがまだ重かったころにみていた夢のことが思い出される
下戸なのに赤ワインを一本あけてしまってあせっていたのが妙にリアルだった
ひょっとしてあのワインは病室でいま結ばれている点滴の瓶だったのではないかしら
不安にかられてシャレのすんだeyesをのぞくと上の空でもはやなんの合図もしなかった


荒浜

  菊西夕座

がさつな海が人気のない浜に重たげなローラーをかけている
寝静まった街の片隅でいびつな音を引きずりながら清掃車両がゆっくり道を渡るように
整然とした深みを果てしなくひろげながらもその足もとはかき乱されている
なぎ倒された松の防潮林が廃屋に至る小径を荒々しく塗りつぶしている
打ち砕かれた海岸堤防は数キロの距離を一枚の薄い塀となって切り立っている
堤防と防潮林の間を縫うように車輪の跡が長々と刻まれて固まっている
押し戻された漁具や靴や雑貨類の氾濫がいたるところで厚い砂に埋もれかけている
行き場もなく重なり合う星形の消波ブロックには群れを離れた渡り鳥の影

 
枯れた木立の残骸と流木とわずかな足跡がさびしそうに入り交じる
法線は太陽の沈む彼方まで荒涼とした汀に延びている
越境した辛い水は飛び地に貯留池をかまえて海の版図を広げている
家と仲間を失った家族が臨海線の手前に建てた慰霊碑に祈りを捧げにやって来る
かたわらを通り過ぎる雪まじりの風に波の乱れた息づかいがおしかぶさる
空疎な痛みは重くはかなげに灰色の砂へと足を沈ませた
いまだ乱れを均すことができない浜で海が重たげにローラーをかけている
だれかを探しつづける足跡を辿りながらだれもいない荒地に親しみを寄せていた


つまはじきの円環

  菊西夕座

おとぎの國からかえって来ると、子どもじみた妻の妹が爪切りに缶詰を咬ませている。
円く平べったい銀色の頭頂をきつく脇に抱え込んでねめつけながら
妻がスピンして命を失った第4コーナーあたりのごく浅い溝を咬ませている。
あのとき妻の血はその溝をサークリングして円筒最上面の周縁部を一着で彩った。

派手に振られたゴールフラッグは奇しくも白と黒の市松模様で葬儀にぴったりだった。
缶詰の頭頂部から吹き飛ばされても律儀な回転をやめることなく空に飛んだ妻は、
みっともなく逆走して周回から回収に至るコースをとることもなく未だ還ってこない。
破れたレースのカーテンが窓辺で揺れるたびに妻のレースが呼び込んだ生活費のことを想う。

優勝トロフィーとして贈られた銀色の缶詰を妻の代わりに抱えて俺たちは帰宅した。
骨がないので骨壺の代わりにその缶詰を仏壇にすえて線香をあげることが日課になった。
線香の煙が銀色にすましかえる平べったい頭頂の円周に沿ってゆるやかにたなびくとき、
俺たちは軽く一礼してからレースの開始を告げる椀状の鈴を鳴らして目を瞑り合掌する。

深く祈りを捧げると、俺の前にはおとぎの國が靄をまといながら朧気な輪郭を現してくる。
それは水も涸れ涸れの赤茶けた小川にはまりこんでいる突っ伏したドラム缶のようだった。
蓋はなく、円形の口をだらしなく広げ、筒状になった内奥へとひと筋の汚泥を敷き入れていた。
両岸を覆いつくす丈の長い葦の群れが、ドラム缶の方へと全身で手招きするらしく一様に揺れ動く。

そうやって合掌しながら船をこいでいた俺が目をあけると、缶詰の蓋が掌をみせるようにパッカリと開く。
中からまっすぐな太い煙を思わせる十本のやや透きとおる白い爪がいっせいに迫り上がってくる。
あのときハンドルを切り損ねたのは、俺がまともに妻のことを見てやれていなかったからだろう。
運転にさしつかえるほど長く伸ばしていた爪は、ほったらかしにされた「妻」を示唆する暗喩だったのだ。

おとぎの國からかえってくると、なにも知らない妻の妹が爪切りに缶詰を咬ませている。
姉さんが夢の中で爪をかんで悔し涙をながしていたからと義理の妹も泣いている。
その涙が脇に抱え込んだ缶詰の頭頂を縁取る溝に落ちて銀色に輝きながらゆるやかにサークリングしはじめる。
俺はその終わりなきレースにすっぽり頭がはさまって、未だ缶の中身を詰め切れないでいた。


手向けられなかった花

  菊西夕座

過ぎし階段には
弓なりの
くたびれはてた薔薇
折れ曲がる
矢のような
かぼそい一輪
しおれた
赤黒い花びらの
内側にくるむ
瀕死の雨の匂い
鞭をうたれ
水気で重くなった
黒ずむ静脈と
おなじ色の茎
固く短い棘が
弧の先にこわばり
階上へと向き合う
彗星が窓ごしに
光のキスを投げるとき
薔薇は足に踏まれ
盗人の泥を宿す
咲き栄えた庭の
群れなす思いでが
泥のなかに流れ
届きあぐねた天上の
木星のぬくもりを
踏み板に見出し
花びらの下顎呼吸で
雨が残した一滴を
深くしみこませる
雲がわだかまりをとき
半月は高くのぼり
薔薇の影はのびて
階段を駆けあがり
眠る恋人の待つ
とこしえの夜を包む


WIFE

  菊西夕座

大漁の釣りからかえってくると
妻が竿を3本くわえ込んだまま
「おハイり」とうれしそうにいう
「ただいま」と返せるはずもなく
まっ青になって立ちつくしていた

棒立ちになった夫にむかって
くぐもる声で「おハイり」となおもいう
その口にまっサオが入れる隙はもうない
地上に釣り上げられた魚のように
ぴくぴく震える唇を干からびさせていた

痴情にめざめたお盛んな妻は
縛らせた両足を潮でぬらしながら
一糸まとわぬ下半身をひらめかせ
人魚が踊るしょっぱい海面よろしく
シー(SEA)カップの乳房を波うたせている

その胸にはなんどか突っ伏したことがある
大量の悲しみを受け止めた大皿の胸
傷口からあふれる痛みを吸い尽くす海綿体
顔を上げればほほえむ瞳が視界を照らし
どんな不幸にも沈まない太陽に見えた

だれにもその秘所は隠されていなかった
すべての穴場が大公開されていた
垂れた竿なら猥婦(WIFE)が夢中でしごいてくれる
夫がひきつりまっ青になるころには
糸引く竿が彼女の口から水揚げされた

目くじらを立ててみても涙がこぼれてくる
やはりクジラには塩水が必要なんだろうか
とめどなく流れて集まる涙を見ていると
目クジラがやるせなく水底へと沈んでいった
意気地のない眼差しがこちらを見返している

不漁の海から顔をあげると
妻が舌で3本の糸をまきとりながら
「おカワり」と噴水泉をおしひらく
「ただいま」とすがるように飛びついて
この雌クジラだけは逃がすまいと突っ伏した


滅そうもない

  菊西夕座

「お客様、閉店でございます」
―俺様がお客様に見えるか
「俺様、閉店でございます」
―俺様は俺様でも俺様と呼べるのは俺様だけなんだよ
「お気の毒さまです」
―なに言ってんだよ
「孤独、なのかなと思いまして」
―孤独イコール気の毒ということは同じドクなのか
「字がちがいます」
―俺様もちがうんだよ
「折れ様でしょうか?」
―骨、折られてぇかてめえ
「閉店ですので『居れ』とはいえないですし」
―居座る気はねえよ
「イスは悪くなくても席は立って頂かないと・・・」
―イスは確かに悪くねぇな
「スイス製のイスです」
―2つもイスはいらねえよ
「それひとつだけです」
―じゃ『ス椅子』にしとけや
「イスラエル製のイスもあります」
―イスもラエルイスもあるってか
「もらえません」
―買ったんだろが
「買いました」
―金だしたんだろが
「出しました」
―俺様にもだせよ
「逆です」
―なにが逆だ
「お勘定がまだです」
―俺様を何様だと思ってるんだ
「逆さまでしょうか」
―ピンポーン
「ラストオーダーは終わりました」
―注文の合図じゃねぇ
「なんの合図でしょうか」
―正解の合図だよ
「なにか当たりましたか」
―俺様は逆さまなんだよ
「客でなく逆ということでしょうか」
―貴様が俺様の客なんだよ
「これはなにかのギャグでしょうか」
―客だよ
「特に注文はありませんが」
―さっき注文しただろうが
「閉店のご挨拶の件でしょうか」
―当店のご閉店の件だよ
「当店は来来軒です」
―名前なんか知るか
「来来とは来い来いという意味です」
―来てやったよ
「残念ですが閉店の時間です」
―客じゃねんだよ
「逆でしょうか」
―そうだ
「逆様、閉店の時間です」
―逆さまだろうが
「閉店の時間です、逆様」
―倒置じゃねえんだよ
「すでんかじのんていへ、まさかさ」
―なに言ってんだ
「どなた様も閉店でございます」
―貴様が出ていけや
「後始末がございますので」
―金の始末はつけたるわい
「めっそうもない」
―滅するに決まってるだろ
「というと」
―まだわかんねえのか
「とんと」
―とんとでなく盗っとだよ
「盗人は昨日3人入りました」
―バイトみてぇに雇ったか
「雇ったではなく盗ったのです」
―なにを盗った
「店の売り上げです」
―それでどうなった
「零零軒と揶揄されました」
―俺様は遅かったってわけか
「店じまいです」
―逆さまもいいところだ
「署までご同行願えますか」
―何様だ貴様
「いかさまです」
―なんだそりゃ
「囮捜査です」
―てめえサツか
「貴様がサツです」
―となると俺様はまた・・・
「逆さまさ」
―貴様、俺様を返せ
「貴様は貴様でも貴様と呼べるのは貴様だけなんだよ」
―偽物め
「ピンポーン」
―いますぐ俺様を返せ
「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
―帰る
「毎度ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております」
―自作自演はやめてくれないか?
「めっそうもない」
―滅しろ悪魔め
「貴様が悪魔です」
―となると俺様はまた・・・
「逆さまです」
―俺様が逆さまに見えるか
「お気の毒さまです」
(以下、延々とつづく)


電入操作官

  菊西夕座

ケータイ潜入操作官、略してケー官が、いきなりケーッと吹き出した。正面から自分を撮ろうとした矢先のことだった。吹き出した拍子に、ケー官の声があたしの額にモロに突き刺さった。硬い骨片のような声だった。ケー官は、あたしがカメラを向けたとき、メダリスト気分で自分の銀バッジ(正確には、バッジの尻のところだから、バッ尻、噛みつかれたバッジにとっては、とんだとバッチリ、なんちゃって)にかじりついてみせたから、おそらくケーッと吹き出した拍子に、噛み砕かれたバッジの欠片が一緒に吹き飛んだのだろう。あたしは自分にカメラを向けたのに、なんでアイツがポーズをとるんだ? しかも得意げにバッジなんか咥えて? アンテナが7本(通話GO=II+0[輪]+五=7、これがあたしたちの秘密の合図、どう? やかましい?)立っていることを確認してから、この件について、ケー官に電話してみた。すると彼はこう言った。「瞳の蛍が君の光」。

瞳のケーがあたしの光・・・・・・。
あたしは夜通しかけて読了した本を閉じるように、ケータイを静かに折りたたんだ。唇からはかすかに満腹後のようなため息が漏れていた。折りたたんだケータイを綿ジャケットの内ポケットにしまった。そうして、ケー官が潜入に成功したというきらびやかな双眸を閉じた。もう逃がさないぞと誓った。もう一生、『彼』を逃がすもんかと固く決意した。胸が、ふるえている。ヴァイブレーションだ。マナーモードで揺さぶりをかけてくるなんて、感激するほど紳士的。胸のふるえがいっこうに止まらない。官能的な着心音。たっ、たまらないわっ! あたしは内ポケットに手を突っ込んで、『彼』を取り出す。うれしさで身震いしつづける『彼』を両手でつまんで、股間を広げるように、観音開きでウヤウヤしく歓迎する。瞳のほうはまだ閉じたままだ。この幸せな瞬間を写メに残そうと思う。その想いを悟ったかのように、指先の震えがピタリと鎮まる。以心電信。さすがはケータイ操作官。手探りで通信端末をカメラモードに設定する。厳かに内蔵された『彼』を正面に据えて、目蓋を上げる。『彼』が銀バッジの端を咬んでにんまりしている光景が脳裏に浮かぶ。こんどこそ、確実にシャッターを切らなケーッと音がした。シャッター音よりも早く、ケー官が吹き出した。またしても、早撃ちだ。硬い骨のような声がほてった額を突き抜ける。なんでアイツはあたしと正対する途端に吹き出すんだろう? あたしの顔面がそんなにバカみたいにマズイのだろうか? 苛立ちながらじれったく指を動かしてこの一件をケー官に電話してみた。相手はすでに潜入操作を開始したらしく、電話に出ない。代わりに出たのは、あたしの執刀医、オペレーションドクターだった。ドクはこう言った。「今日こそは君の頭にめりこんだ異物を取り除こうじゃないか」

通話接続バッチGOO。バッジGOO? どうやら潜入に成功したらしい。
『彼』はいつかきっと、真のオペレーターが何者かを証明するだろう。


それがすべてじゃないさ。

  菊西夕座


鷺山動物公園のてっぺんに「ゴリラ」と銘うたれた檻がある
(空には星屑、ニヒリスター。)
外縁に堀をめぐらせ灌木を張り渡し数本の石柱を突きたてて芝を植えた箱庭の
(地には砕石、ニヒリストーン。)
野ざらしにされた角切りのコンクリートボックス内をのぞきこめば
自販機サイズのでくの坊が黒い毛むくじゃらで気だるくうずくまっている
(無言の宝石、ニヒリストパーズ。)
ロケットランチャーのような肥大化した腕をはちきれそうにもてあまし
ぶっとくいかつい短足を 片いっぽうは投げ出して もういっぽうを抱え込み
俺にいわせりゃ――「ゴリラ」だ?「檻ラ」だ。――「野獣」だ?「隷獣」だ。

階段を上って爬虫類館のまえにせり出す手狭なバルコンが雌「檻ラ」の観覧席
(夜空にまたたくニヒリスター。)
視界の中途にかかる蜘蛛の巣さえ気にしなければ絶好のビューポイントだった
(地には転がるニヒリストーン。)
まるで狙撃手にでもされたようなうしろめたい気持ちが兆すのを見逃すならば

「檻ラ」はガラス張りの電話ボックスにホモサピエンスが収まるすがたを連想させた
といってもそのボックスは横倒しにされ彼女は壁にもたれ片ひざを抱えこんでいる
手にもつのは緑色の受話器ではなく『藁にもすがる想い』の小さな藁くずだった
藁くずをピチャピチャ舐めながら彼女が通話している相手は上の空だろう
(たゆまぬ煌めきニヒリストパーズ。)

うつろな目が蜘蛛の巣越しにもうお前を見飽きたという単調なシグナルを投げかけてくる
(彼女と見合いしたのはこれが初めてなのに一瞥で俺を見限ったのか)
「檻ラ」の重く沈めた土手っ腹は爆弾を巻く殉教者のように悲壮さを帯びて硬くふくれあがっている
(首に巻きつくニヒリストール。)
箱庭に入るかわりに彼女が観衆からとりあげたのはゴリラそのものではなかったか?
(足を滑らすニヒルスロープ。)
あるいは「ゴリラ」という名の檻に入ることさえ彼女は拒絶しているのかもしれない
だからこそ檻の中に置かれた冷たいコンクリートの箱で二重に囚われてみせるのか?

ならばその腹が爆裂し「ゴリラ」という名の檻を高々と粉砕する日を夢見よう
(空にこぼれるニヒリスター。)
爆風は箱庭に張り渡された太い灌木を裂き石柱をなぎ倒し水のない堀をのり越えるだろう
(地には飛びちるニヒリストーン。)
強化ガラスを打ち砕き厚い胸をいからせバルコンに躍り上がり狙撃手をひねり潰すだろう
もう手の届かないところに消え失せた恋人の声を待って永遠に受話器をもちつづけ
その受話器をマイクロフォンに代えて美しい歌を痛切にうたう道化師もひねり潰すだろう
得意げに山を下りた人間はそのときまで野生の真性を「ゴリラ」で騙りつづけるにちがいない
(黙せる宝石、ニヒリストパーズ。)

「もしもし、あなたはもう安らかな天上に羽をのばして暮らしておりますか?」
「おかけになった電話番号は現在つかわれておりません」
胸をたたいて閉じこめた思い出をいっせいに呼び起こしてもあなたの声は響かない
いつまでこうして期待に輪をかけていれば途切れた糸がもういちど結ばれるのだろうか
荒れた湿地でいたずらにのびる瓶子草のような影をひきずったまま同じ世界をのぞき続け
ふたたび振り向く姿を射とめるためにあなたが視界をよぎる日を待ちこがれている
(ニヒリスター・・・ニヒリストーン・・・ニヒリストパーズ。)
鷺山動物公園のてっぺんに「我ら」と銘うたれた檻がある


神秘なる妖怪

  菊西夕座

河童は河から生まれた
だから母さんのことを河さんと呼ぶ
人間がかあさんを呼ぶときと
河童がかわさんを呼ぶときに
本質的なちがいはないけれど
そこには「あ」と「わ」のちがいがある
河にも泡が浮かぶだろうに
そこには「あ」と「わ」が合致しない
どこまでいっても「合わない」現象がある
河童に会ったことがありますか?
たいていの人間はあったことがありません
どこまでいっても「会わない」現実がある
「合わない」ことと「会わない」ことは
語呂がぴったり「あっている」以外に
やはりどこかでつながっているのだろう
だから「語呂」という言葉だって
「ねんごろ」とは語呂以上にねんごろな関係にある
それは単に上辺だけの問題ではない
たとえば河の上に「語呂」が浮いていて
それを「フロ」と称して飛び込む奴がいても
浮浪者だからしかたがないと笑うなかれ
上辺だけを見る人にはただの「浮呂」かもしれないが
底まで浸ろうとするやつには立派な「風呂」なんだ

河童は「河」から生まれた
だからといって頭の皿が「乾」いているわけではない
たとえ「河」と「乾」が発音以上にねんごろだとしても
頭の上に「乾」をのせるわけにはいかない
それは何故か?
もし仮に頭の上に「乾」をのせたらどうなるか
河童は三途の川を渡ることになるだろう
ところで「三途」とはいったいなんなのか?
ひょっとして「SUN頭」のことではあるまいか?
頭に照りつけるSUNが「乾」を導くとき
河童は三途の川を渡ることになるだろう
だからといって頭の皿が「乾」いていいわけではない
少なくとも人間にとっては「乾」いていいわけがない
もし仮に皿の乾いた河童と出くわしたならばどうなるか
それこそ自分も三途の川を認めざるをえなくなる
そんな世界はごめんだからこそ「乾」いていてはいけない
たとえ「河」と「乾」が発音以上にねんごろだとしても

河童は河から生まれた
頭が禿げている理由がもうおわかりだろう
もしやあの丸い皿が日輪を意味しているとはいうまい
ふたたびSUN頭の川を導くなんてのはもうまっぴらだろう
どうせ同じ英語を持ち出すならばもっと気のきいたやつがある
SKIN頭(ヘッド)といういかした言葉があるじゃないか
「河」から生まれた河童が落ち着くところは「皮」しかない
「河」に生まれ「河」に育ち「皮」に帰るのがそのさだめ
頭のてっぺんで「皮」がむき出しになっている理由がそこにある
それは言葉の溶解を無限にまでおしひろげる神秘の頭皮であって
語呂合わせに流されて苦し紛れにさらしだす逃避では決してない
上辺だけを見る人には日本詩に「英語」が紛れることさえ興ざめだろうが
底まで泳ごうとするやつには立派な「泳語」なんだ


一角獣

  菊西夕座


ジョビとジャバとジョブが飛ぶよ、いまにも堰を切って
古い枯れた井戸から、凡庸なる泉が短歌にのせられて
ふてくされた愚王の口元に戯語(けご)の世界がまどろむ
ぼんやりしているだけでもう、空は熟れすぎてありふれた

実名を隠して飛びまわる点滴しらずの仮病たち
落としたものの不渡りさえ通れば、万事が快調
水槽をなめまわして移ろう貝の弛緩した張力
ぞろぞろと帰ろうとするたびに、反転する磁石席


「一語だって無駄にできない」
 一を変えたい。(ジョビ)
 どの位置に?(ジャバ)
 いちばんふさわしい一に。(ジョビ)
 先頭でいいじゃない(ジャバ)
 尖頭なんていや。(ジョビ)
 どうして?(ジャバ)
 だって角みたい。(ジョビ)
 一にしか見えないわ(ジャバ)
   まるで角の暗号よ!(ジョブ)
   ((無視)(ムシ))
 あなた一角獣でしょ(ジャバ)
 でも尖頭じゃない。(ジョビ)
 先頭はなに?(ジャバ)
 角よ。(ジョビ)
 なら「一」ね(ジャバ)
 すり替えないで。(ジョビ)
 どうして?(ジャバ)
 頭の先は角よ。(ジョビ)
 だから一角獣でしょ(ジャバ)
 そうよ。(ジョビ)
 「角」より先に「一」がある(ジャバ)
 それは文字よ。(ジョビ)
 なにが問題?(ジャバ)
 一を変えたいの。(ジョビ)
 どの位置まで(ジャバ)
 どうして一をずらすの。(ジョビ)
 先頭を替えたのはあなたよ(ジャバ)
 だって尖頭じゃないもの。(ジョビ)
 ほら、はじまった(ジャバ)
   そろそろ市場へいきましょう?(ジョブ)
   ((無視)(ムシ))
 だって、頭は丸いの。(ジョビ)
 では〇ね(ジャバ)
 ゼロになっちゃう。(ジョビ)
 一はなに?(ジャバ)
 一つの宿命。(ジョビ)
 「つの」の宿命?(ジャバ)
 一だけを見て。(ジョビ)
 位置を見てるわ(ジャバ)
 どこにある?(ジョビ)
 先頭(ジャバ)
 でも尖頭じゃない。(ジョビ)
 どうして?(ジャバ)
 頭はまるいわ。(ジョビ)
 では〇ね(ジャバ)
 ゼロになっちゃう。(ジョビ)
 一をかえてみたら?(ジャバ)
 どの位置に?(ジョビ)
 「できない」のあたりに(ジャバ)
 それは「できない」。(ジョビ)
 どうして?(ジャバ)
 「できない」だもの。(ジョビ)
 はじめっから、できないの?(ジャバ)
 はじめっからあるのは一よ。(ジョビ)
 一を一度はなれたら?(ジャバ)
 どこまではなれるの。(ジョビ)
   不一致まで!(ジョブ)
   ((無視)(ムシ))
 「無駄」のあたりまで(ジャバ)
 「無駄」よ。(ジョビ)
   無視かい?(ジョブ)
   ((無視)(ムシ))
 「無駄にはできない」とある(ジャバ)
 それは「一語」ね。(ジョビ)
 どの一語?(ジャバ)
 「一」の語よ。(ジョビ)
   後生だから聞いて!(ジョブ)
  ((無視)(ムシ))
 あなたひょっとして(ジャバ)
 なにかしら?(ジョビ)
 一病ね(ジャバ)
 一病とは?(ジョビ)
 一つの病気(ジャバ)
 いちいち気にしてないわ。(ジョビ)
 「一」を気にしすぎてる(ジャバ)
 でも足りないの。(ジョビ)
 一だけでは足りない?(ジャバ)
 もっとたくさん。(ジョビ)
   こんな語託たくさん! たくさん! たくさん!(ジョブ)
   ((無視)(ムシ))
 あなたひょっとして(ジャバ)
 なにかしら?(ジョビ)
 一拡充ね(ジャバ)
   「一」書く獣かも!。(ジョブ)
   ((無視)(ムシ))
 角がとれたわね(ジャバ)
 ありがとう。(ジョビ)
 おめでとう(ジャバ)
 でも一への想いはつのるばかり・・・。(ジョビ)
   語冗談ばっかり!(ジョブ)


ジョビとジャバとジョブが飛ぶよ、いまにも大手をふって
古い枯れた井戸から、凡庸なる泉が担架にのせられて
ふてくされた愚像の口元に不死の世界がまどろむ
ぼんやりしているだけでもう、そらは空きすぎて満ちたりた

実名を隠して飛びまわる天敵しらずの誤用たち
落としたもののすり替えさえしこめば、万事が順調
水槽をなめまわして布教する処女のバブルじみた産卵
やれやれと起きようとするたびに、充溢する夢想癖


 (あなた拡充ね!)
 (でも一への想いはつのるばかり・・・)


空なんてはじめから、はがれてる

  菊西夕座

旅にでるための原動力を。あなたのほほえみに探しもとめるとき。靴よりも蜜を。足にまとうほうがよいにきまっている。からさっそく、この足にぴったりな。黄金色のふりそそぐ。夏空にむかって片方の。膝からつま先を。ロケットのように伸ばすと。なんてきれいな砲身だろうって。見つめた空がわらうから。冴えわたる青い天幕に。このなめらかな脚を吸い込ませ。はちきれそうな砲にたっぷりと。光の蜜をそそぎこむ。それからもう片方のほうも。するとあなたは包装紙。フランスパンでも包むみたいに。シュルシュルシューっと巻きついて。ひとしきり愛撫するから。そのまま全身を浸して。空の奥処へ飛びたつけれど。空気をぬかれた風船そっくり。あっというまに沈んでしまう/こんなはずではなかったと。水槽からとびだして。びしょびしょになりながら。あなたが平静にかえるのを。まじまじとみつめている。せっかく移しかえた空は。どうして愛撫だけのこして。連れていってくれないの。瞳をあげるたびに。あこがれとくやしさで。ますます空はこぼれて。眼窩からあふれてしまう。水面にわたしのしらない。わたしの影が。はがれおちていて。空にいだかれている。もういちどほほえみをもとめて。膝からつま先を。ロケットのように伸ばすと。なんてきれいな砲身だろうって。見つめた影がわらうから。こんどこそは入れ替わろうと。互いに目配せするけれど。号砲をはなつたびに。あっというまに沈んでしまう/なんど裏切れば気がすむの。8の字に脚を交差させ。ふやけた体をパンパンたたき。近くのグラスをひきよせて。たったまま傾けるヤケ酒。夜がすべりおちてきて。あたりが闇に包まれるとき。影も青空ものみほされ。たったひとつだけのこされた半月が。錆びた塗装のはがれのように。鈍い金の裏地をのぞかせて。そこからめくろうと指をのばせば。むきだしの夜空にハッとなる。まぶたで覆ったあなたの笑顔。はじめからすっかり、はがれてた。水面にはった氷のような。固体という名の生存は。やがてくだけて水となり。蒸気となって空に溶け。晴れた日にはせめて。わたしをすくいとってほしい。あなただけの尽きない空槽で。明るい「見ず」をたたえながら。


ひと雫のパイロット

  菊西夕座


頭んなかには空港の岩盤じみた駐機場と
恰幅よろしい滑走路が大河のごとくに延びていて
いましもそこに下りてくるジャンボ機の形態は
度肝をぬくずん胴の緑(あお)い鰐そのものであった

   岩盤は海に囲まれ、海底の根もとには藻類が密生する

頭んなかで待ちうける大食漢のひらたい大皿は
不恰好な鰐のありふれた姿態を口腔へとうながし
依然として空港にはがらあきの滑走路をならべ
つぎなる旅客機のアメーバじみた形状を誘導する

   密生した藻類は樹の根のように分岐してたゆたう

わだかまる細胞の変状に悩める微細なひきつり
どのような形へつぎなる触手を伸ばすべきか煩悶し
もぞもぞと動きながら徐々に空から下降してきては
大なる飛行場の飢えに飢えた皿をみたそうとする

   分岐した梯子へと群がる貝類や甲殻類のみなしご

大皿に触れるまぎわに無数の触手がむぞうさに伸びて
思い悩む細胞のアメーバをいたずらに口腔へとはこぶ
あずけた荷物をベルトコンベアーで待ちうける人々の輪に
唐突に鰐が流れてきて下から食い破られる人間の狂気!

   ずん胴の胃袋にも貝類や甲殻類が密入国している

突き破られた駐機場の分厚いコンクリート片が重なり
野薔薇の花弁のようにめくれあがって太陽にあえいでいる
固いうろこ状に罅のはしった藍の滑走路をめがけて
いましも下りてくる船体の機影はあこがれの恋人

   コンクリート塊の裏側には雑草の根が網を張っている

もつれた頭んなかのとりとめもない幻雲を払いのけて
波うつ滑走路の荒廃を癒やすように折り重なる柔肌
どれほど新規な形態をひねりだすよりも尊いことは
ただひとりのあなたという現身にいだかれること

   あたかも太陽光線のように差しこむ異性の侵入

空虚な駐機場に乱反射するまだら模様を遠くはなれて
みたされることのない大食漢の海図からもぬけだし
あなたという枠外の飛来者とともに離陸する刹那
触手をくわえた鰐が身体をひねりながら海へと飛んだ

   はねあがる水滴の窓には不時着をめざす分裂のパイロット


横目でチェックインのギルマン・ハウス

  菊西夕座


読みすてるまえにあと三行だけまってくれてという肺炎のねずみ
正面のいきづまった世界にナイフでぬけ穴をこじ開けているときでさえ、
かたわらの楡の街路樹は灰色にふるえ、葉をこぼしつづけてやせほそる
青じろい月あかりは手元までとどかず、ばらまかれた落ち葉とかすれあう
三行だけ書いてまってみれば、足元にぬぎすてられたねずみの着ぐるみ

横目で見やれば、左手の暗がりのおくにはいつだって祭囃子がさんざめき、
右手の隘路のおくには、安ホテルのギルマン・ハウスが建っている
どんな地図からもこぼれおちて、横目でしかたずねられない宿泊所
きばんだ石造りの5階建てが湖上にうかぶ朝靄のようにゆらめき
くろい雨がおちた原爆ドームとおなじ円屋根に、幌の王冠をいただいている

扉のかわりに長身のドアマンがたって口をしっかりむすんでいるが
口蓋のうらとうえの歯のあいだに舌をおしあて、チンパンジー面をしている
なにか言いたげに口蓋をもりあげていてもニンゲンの言葉がでてこない
言えるものなら言ってみろと顎をつきだしてやれば目をひんむくばかり
小さな着ぐるみの皮を放り投げると、あとを追いかけて入口をあけてくれた

受けつけのカウンターには、青あざがのこる皮膚を瓶詰にしてならべている
生ける肉体からきりはなされてなおも、色あせないあざが悲哀を物語る
フロントマンから428号室の瓶詰を手わたされてきしむ階段をあがる
にぶい電灯のひかりに瓶をかざすと、あざからほこりのように気泡がうかぶ
まだなにか言いたそうなドアマンに瓶をかえし、しめった着ぐるみの部屋にはいる

ギルマン・ハウスが泊めている客たちは夜空にはみえない星々だった
部屋のなかでは小さくなって正体のつかめない色で発光している
窓から目をのぞかせると、正面のほうきでたたかれ隅へとおいやられる
ちっぽけなギルマン・マウスというレッテルを貼られて瓶にとじこめられても
横目ですぐに逃げだし、闇にかざ穴をあけて祭囃子の管楽にひげを供す

ギルマン・ハウスでひげをつま弾けば、階下から異形の雲がたちのぼり、
いびつなからだをもった肉の塊となって着ぐるみをもとめ殺到する
星々はあわてふためいてジッパーをおろし、あと七行もちこたえろとドアマンに言う
正面のいきづまった世界にぶちあたり青あざを抱えこんでいるときでさえ、
かたわらの夢の街路樹はうたいつづけ、一歩もうごくことなく悲哀をぬぎすてる

「ここではないどこか」を遠くへもとめずとも、横目でさぐれば穴をとおって隣にいける
シニヤしません、そういってフロントマンから瓶詰を手わたされてきしむ階段をあがる
にぶい電灯のひかりに瓶をかざすと、ぎっしり詰まった肉塊が鬱血している
口をつぐむドアマンに瓶をわたすと、蓋をあけて「そら」、いちめんに彗星をちりばめた
夜空にすぐ目をはしらせても、視界のはしにしか尾をとらえることはできなかった


新装改訂〜シャンプーガール

  菊西夕座


利き手が左の美容師に 逆巻く寝癖の頭髪を
七五調へと整えて 切ってもらっているさなか
鏡の奥でぼんやりと シャンプーガールが立っている
広いフロアでただひとり 私がイスにのっていた。

はるのひは みもこころもかるくして とんでいきたい どこまでも

店の主人はサーファーで サスペンダーを肩にかけ
遊びほうけて日焼けした 顔をにこにこさせながら
気どって私に近よると 気安く話題をふりまいて
うまい話はないものか 眉間に指をあてている。

でんせんに いちわのとりがつなわたり ケンケンパッパ ケンパッパ

年は40そこそこで 昔はホストをしていたか
あるいはAV男優か 妙にすれてるこの男
「五月あたまの連休に この商売はふるわない」
そんなことをぼやいては もうけ話をまっている。

あのとりが そらのかなたへまうきなら からのこころを つれてって

「今日はこれからどちらまで?」 美容師くんの声がする
「鍵屋をさがしているんです。家の合鍵ほしくって」
すると主人が「なんだって? 家をさがしているのかね?」
話に首をつっこむと いきいきしながらやってくる。

でもとりが うみをこえていくのなら とちゅうでからを おとしてよ

「わたしは家を知ってるぞ。海の近くの一軒屋」
見当ちがいの鍵穴に 勝手なキーをさしこんで
紹介料をもらおうと 不動産屋にTELしてる
だけどリゾート開発で 家は消えたと言われてる。

るりいろの はねをひたすらかるくして とんでいきなよ ありがとう

波乗りどきを逃したと 主人が私をなぐさめる
鍵がこぼれた会話には だれもその後は入れない
チョキチョキチョキと単調に 音が流れて髪が落ち
左回りの秒針に シャンプーガールがあくびする。

からのみに なみのくちづけみちるけど やがてひきしお にげていく

お調子者が首かしげ またこちらへとやってくる
「このウェーブは高すぎる。もっと逆毛をなでつけろ」
サーファー男が櫛を手に 理想の波を起こそうと
ひとのヘアーに挑めども 美容師くんに止められる。

ただひとつ やどしたこいはしらはまの とおくにかすむ ふるさとよ

「逆毛の鍵は濡らしです。洗ってからの梳かしです」
美容師くんはそっけなく 乾いた返事ではねつける
なにをやってもからまわり 主人はどうにも軽佻で
じりじりしながら来客を きどって待つしか能がない。

いつのひか たどりつけたらもういちど このみをささげ かりのやど

椅子が回って秒針も 右へと回りはじめれば
無用に広いフロアを 私は歩いて横断し
白亜の壁にすえられた 洗面台の前にゆき
新たなイスにもたれると シャンプータイムがはじまった。

しずしずと おおしくからをかつぎあげ なみうちぎわを すすむたび

やっと出番がまわされた 少し太めの女の子
頭をごしごしやりながら 世間話にうってでる
「休みに海へいきますか? タイのリゾートいいですよ。
ビーチでゆっくり飲むビール。アタシにとって最高です」。

はなをつむ りょうてのはさみおおきくて いつもせなかで みとれてた

ビールの泡と手の泡と 意外に明るいその笑顔
泡から生まれたビーナスが 楽しそうにうち明ける
シャワーのやさしい水音と 頭皮をほぐすマッサージ
ソフトな揉み手が啓示する シャンプーガールの気楽さよ。

きがつけば きしにくだけるなみのてに さらわれてゆく からコロと

やがて窓辺のもとのイス そこに私はもどされた
跳ね毛がすっかり静まって 荒波ひとつ立ってない
鏡を見つめチェックして 「いかがでしょうか?」の返答に
私はひとつのアイデアを 鏡に向かって披露した。

はるのひは みもこころもすてさって いだかれていた あのからに

「窓辺のイスと壁ぎわの シャンプー台や白い棚
そこのあいだの空間が こんなに広くあいている
ダンスやショーもできるほど 大きくあいたフロアを
有効活用しなくては どうにも損な気もするが」。

でんせんに いちわのとりがまいもどり ケンケンパッパ ケンパッパ

主人に「もっと」とせがまれて 私はしぶしぶつけ足した
「つまり鏡のこの奥で 髪を切られているさなか
ファッションショーかストリップ あるいは波を乗りこなす
サーフィン芸がのぞけたら 素晴らしいなと思います。

あのとりが ふたたびそらへまうきなら あのくものなか つれてって

鏡をとおし触れてこそ 風味があるといえましょう
ハサミを入れるタイミング それに合わせて身が踊り
まるで合鍵Show my ヘアー 変化がぴったり重なって
鏡の前とその奥で 異なる世界の連動です」。

でもとりが うみをこえていくのなら かいがんせんに おとしてよ

指をつきたて鏡へと 一直線につきさせば
視線の先に立ちすくむ お役ごめんの泡姫が
両手の泡に手錠され あわれに体をこわばらせ
時計の針を戻せよと いまにも泣いてしまいそう。

るりいろの はねをますますかるくして とんでいきなよ さようなら

「踊れるだろう?」と目を剥いて 迫る主人に怖気づき
思わず「無理」と首をふる シャンプーガールの落日よ
「ならば結構、君はクビ」 日焼けた男は息巻いて
「たったいまから大胆に、リニューアルを開始する」!

こうかくの かたいこころをほぐすなみ おもいでつれて みちしおに

いうが早いか鏡板 それにとびつくサーファーは
いまにもまたがる勢いで 鏡の世界に落ちていく
私の助言がきっかけで 彼女は職をうしなった
店から放りだされると あとにはシャボンが舞うばかり。

ただひとつ みをよせたのはかりのやど もぬけのからの もちぬしよ

いまは遠くのリゾートで 泡を飛ばして酔いながら
サーフボードを踏みにじり 憂さを晴らしているだろか
そこでは貧しい住民が 開発事業で締め出され
切られた髪の毛のように 浜をおわれて海に散る。

いつのひか めぐりあえたらつたえたい からにひそめた このおもい

鏡の奥でサーファーが 切られた髪を大量に
巨大な流しそうめんの 仕掛けに流し飛び乗って
行き場をなくすものたちの 失意を駆っているのやら
けれど私は目を瞑り 頭をかくよ シャンプーガール。

のそのそと きみのなきがらかつぎあげ もにふくしては またあるく
はなをつみ はさみをからにかざしては いつもむちゅうで ささげてた
きがつけば きしにくだけるなみのてに さらわれてゆく からコロと
そこで私は目が覚めて 身を抜く椅子にシャンプーの 薫りを宿し 店をでた。

文学極道

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