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2012年07月分

月間優良作品 (投稿日時順)

次点佳作 (投稿日時順)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


反射光。

  田中宏輔



 幾つものブイが並び浮かんだ沖合、幾つものカラフルなパラソルが立ち並んだ岸辺。その中間に、畳二枚ほどの広さの休憩台がある。金属パイプの支柱に、木でできた幾枚もの細長い板を張って造られた空間。その空間の端に、ぼくは腰かけていた。岸辺の方に目をやりながら、ぼくは、ぼくの足をぶらぶらと遊ばせていた。
 まるで光の帯のように見える、うっすらと引きのばされた白い雲。でも、そんな雲さえ、八月になったばかりの空は、すばやく隅に追いやろうとしていた。
 
 きみは、ぼくの傍らで、浮き輪を枕にして、うつ伏せに寝そべっていた。陽に灼けたきみの背。穂膨(ほばら)んだ小麦のように陽に灼けたきみの肌。痛くなるぐらいに強烈な日差し。オイルに塗れ光ったきみの肌。汗の玉が繋がり合い、光の滴となって流れ落ちていった。眩しかった。目をつむっても、その輝きは増すばかり。ぼくの目を離さなかった。短く刈り上げたきみの髪。きみのうなじ。一段と陽に灼き焦げたきみのうなじ。オイルに塗れ光ったきみのうなじ。光の滴。陽に照り輝いて。きみの身体。きみの肩。きみの背。きみの腰。光の滴。みんな、陽に照り輝いて。トランクス。きみの腕。きみの脚。きみの太腿。きみの脹ら脛。光の滴。みんな、みんな、陽に照り輝いて。
 ただ、手のひらと、足裏だけが白かった。
 
 おもむろに腰をひねって、ぼくはきみの背中にキッスした。すると、きみは跳ね起きて、ぼくの身体を休憩台の上から突き落とした。なまぬるい水。ぼくは湖面に滑り落ちた。すりむいた腕、きみに向けて、わざと怒った顔をして見せた。きみは口をあけて笑った。その分厚い唇から、白い歯列をこぼしながら、笑っていた。

きみの衣装は裸だった。

 口のなかに残ったオイルの味。きみの汗が入り混じったオイルの味。鳶色の波間を浮き漂う水藻の塊。ぼくは、そいつを引っつかんで、きみの胸に投げつけた。目をむいて、払いのけるきみ。その仕返しに、浮き輪を投げ返すきみ。きみの投げた浮き輪は、ぼくの頭を飛び越えて湖面に落ちた。きみは、無蓋の笑顔で、ぼくを見下ろした。ひと泳ぎ。湖面に踊る浮き輪、腕に引っかけて、ぼくは休憩台に戻った。ぼくは、きみのいるところに戻った。

 ぼくは、きみの身体を抱きしめた。胸を離すと、きみは眩しげに目を瞬かせた。振り向くと、湖面に無数の銀色の光が弾け飛んでいた。ピチピチと音を立てて弾け飛んでいた。まるでスポットライトのきらめきのように弾け飛んでいた。ぼくは、きみの身体を抱いて、湖面に飛び込んだ。

湖面で蒸発する光のなかに。


君に伝えたい

  sample

 ぼくは会社を休んだ。株式の建築会社だ。今朝、目を覚まし、まだ眠りたらないモグラのように目頭をこすると木魚を叩きながらこっくりこっくりと居眠りをするつやつやなお坊さんが一瞬あたまをよぎり、その幸福そうにふくらんだ鼻ちょうちんが儚くぺちんっと割れた瞬間「いけない、これは寝坊だぞ!」と飛びあがろうとしたのだけれど、ぼくのあたまのちょうどいつもならウェットティッシュやプロパンガスのことを考えている部分が赤やら黄色やら桃色やらを撹乱させて頭蓋のへりを擦り上げるたびにバチバチとトラッキング現象を起こしている。サーモンピンクの火花を散らし、悪意をもった痛みを両手いっぱいの花束のように抱えた白ありがぼくのあたまの中で何千という隊列を成し徘徊している。ぼくは青色吐息で暗くてせまい前頭葉の階段の踊り場にあるブレーカーを落とす。今日は夜まで、くすぶり続けるひとりぼっちのキャンドルナイト気分で貧乏臭い省エネ運転の不快極まりないスローライフをおくることになるだろう。ぼくは右手で受話器をにぎり、いつも無口で蜘蛛の巣みたいな口ひげを生やした部長の金子に「すみません、頭痛が痛いので休みます。」と霞みかかったソプラノでこの惨憺たる有様を告げる。そして、その二分後に「先程の件ですが決して重複表現ではございません。デリカシーの欠片もなく理不尽で非常識な頭のイタさ、であることを強調したまでであります云々。」と弁明の電話をしようとしたが弁明の余地にはすでに青々とした雑草が生い茂りその真ん中には「くだらない」とだけ書かれた野立て看板がななめに突き刺さっていたのでやめにした。欠陥だらけのぼくのあたまと体は悲鳴をあげている。きっと、ぐつぐつ煮だった寸胴鍋にあたまからつっ込まれるロブスターの悲鳴もこんな感じだろう。引き千切れるギリギリまでテンションが強められたガットギターの弦みたいにキーキー言って見る見るうちに錆止めの塗料がペイントされた鉄骨さながら真っ赤に染め上げられてしまう。ひどいもんだ。ところでさ、正月の飾りに伊勢えびが良く使用されるけど、あれってどうしてか知ってる?あれはね、えびみたいに腰が曲がるまで長生きできますようにって言う長寿祈願の意味が込められているんだってね。まったくバカバカしいよ。どうして腰が曲がってまで長生きしなくちゃならないって言うんだ。ぼくは年寄りはきらいだよ。それに最近の年寄り、あれドーピングしてるだろ。腰なんてバネでも仕込んでいるみたいにピーンとしてるしさ、彼らは話が長いんだ。ほんの小さな話の火種から導火線に火が点くと月までえんえんとつづく線香みたいに煙ったい話を息継ぐ間もなくしゃべりつづける。話を聞き終えるころには疲れ果てて東京タワーも大展望台付近からくねっとへし折れるんじゃないかってくらいだ。それでさいごに彼らは自慢げにこう言うよ。「いやぁ、わたしも今年で八十歳だよ、嫌だねぇ!」ぼくはそんなとき「お若いですねぇ。」なんて口が裂けても言わないし驚く仕草も見せない。そんなことを口走ってしまえば目の色を変えてまたおんなじ話をあたまから、怒鳴るように、大きな声で。まるで怪獣だよ。ゴジラだ。東京タワーと国会議事堂を破壊する怪獣王だ。ああ、どうせならやっぱり年寄りはえびのように腰でも曲がっていた方がかわいげがあるのかもしれないな。なんだかおしゃべりしているあいだに少しあたまの痛みが和らいできたようだ。あたまのなかで錆びついていた歯車が少しずつ動きはじめている感覚。けれどぼくは忘れかけていた余計な痛みを感じ始めていて、ちょっとイライラしている。どうやら革靴が足に合っていないらしく、株式の会社へ初出勤の前日に新調した革靴だっていうのにすでにぼくのくるぶしは木こりが斧をいれた切り株の断面みたいに皮がめくれて、てらてら光りいやらしい痛みを醸し出している。それに、もしかしたらあの会社自体ぼくには合っていないのかもしれない。カブシキ、カブシキってみんな言うけれどぼくにはなんのことだかさっぱりなんだ。ぼくはもうじきあの会社に辞表を出すつもりだ。いつも仏頂面でろくに口もきいたことのない金子だったがいったいどんなことを言うのだろうか。それとも余りの無口のためか本当にあの口ひげは彼の顔にへばりついた蜘蛛の巣で、もう何年も開かずの扉なのかもしれない。珍しい年寄りだ。ぼくは若い木こりが骨を休めているあいだに辞表を提出し、その帰り、あの「くだらない」とだけ書かれた野立て看板を蹴り飛ばしに行こうと思っている。でも、ぼくはまだ好きだよ。建築とか、北欧とか。ぼくには夢があってね、それはフィンランドの小高い丘に小さな家を建てて、子どもたちのためにドールハウスと世界一かわいい長靴をつくることなんだ。ぼくは建築家くずれの駆け出しくずれのモルタルだけど、さいごに君に伝えたい。ぼくと結婚しよう。


TOSHIBA AW-60GK(W) 6kgは洗濯機は永遠に

  寒月

蓋の幅10cmにも満たない透明な部分から回転する洗濯槽をのぞき込んでいる。何しているのと聞くと父は、「見張っている」と答える。父は会社でも、ご近所でも見張られていた。
何にもない銀杏のまな板の上で包丁が踊り、リズムと指を刻んでいる。何しているのと聞くと母は、「しつけている」と答える。母は娘から、妻、母となっても祖母からしつけられていた。
今朝いつもより早く目覚めると、父と母はよみがえっており、静かにそれぞれの仕事を始めていた。
父と母のように死んでみたくなる気持ちもこのごろ分かる。


ブラジリアン シンドローム

  大ちゃん

 来るべき新世紀、目に見えぬ力で、世界を牛耳る輩あり。人々はその者たちを、新しい王と呼ぶだろう。(バビロニアの古文書)                  
                                                          

              大阪電力株式会社


              西暦2077年7月某日
              休み明けの月曜日
              その日は朝から
              35℃を越す真夏日であった

              全体朝礼が終わり
              すでに汗まみれの
              4体のサイボーグ社員
              人間風車ビル・ロビンソン
              人間変電所ブルーノ・サンマルチノ
              人間機関車エミール・ザトペック
              人間DOG犬江親兵衛

              彼等は会社の広大な施設内の
              超伝導素材を敷き詰めた
              最先端電磁フィールドにて
              横一列に整列していた

              開始のサイレンとともに
              おのおの右隣の者の
              マスをかきはじめた

人間風車
オッサンの顔に4枚の白いチタン素材の小さな羽根が突き刺さっている。
バードストライクのせいで、血や肉片のこびり付きが落ちない。

人間変電所
オッサンの腹の中に2対のロータリーエンジンを内蔵している。
おにぎり型のバルブが磨耗していて、燃焼効率は少し悪くなっている。

人間機関車
片腕が超合金ピストンで、どんな高速にも対応できるオッサン。
ピストンの先端は、手淫に適した、OKサインの形状である。

人間DOG
ボディに、野良犬の頭が取り付けてあるオッサン。
もともと不細工だったので、あまり代わり映えはしない。


              暖機運転も済
              奉仕専門だった人間風車と
              奉仕されてばかりの人間DOGが
              その距離を縮め出し
              固い絆の円環を閉じた

       ここに永久機関型発電ユニット「四人囃子」は完成を見る

           ヒューマンフレンドリーエネルギー
              「四人囃子」

地球温暖化対策の切り札             三人寄れば「もんじゅ」の知恵
クリーンかつ                    四人集まりゃ「四人囃子」
絶大な発電量                       とかく場当たり的な
大阪都全域の一日消費電力の               国家のエネルギー政策の
約150%を賄っている                当面の切り札的存在であった


 各サイボーグの白金パラジウム製の、剥き出しの燃焼棒(チンコ)が摩擦により赤熱を始めると同時に、彼等自身もぐるぐると小さく回りだした。社内放送では、呑気なオクラホマミキサーがオンエアされ始めたが、やがてそのテンポは常軌を逸する速度と化し、呼応するように、「四人囃子」自体も、目にも留まらない速さで回転していた。彼らの中心に出現した人工コイルの中では、空気が急激に温められ、破格の上昇気流が発生した。それを受け、人間風車は、風車を激しく回転し、エナジーを人間変電所に送電する。人間変電所はそれらのエナジーを何倍にも増幅して、人間機関車に再送電する。人間機関車は手も千切れんばかりにピストンし、そのエナジーを人間DOGに注入する。人間DOGは、注入されたエナジーを電子声帯で言霊に変換し、ウラジオストク(浦塩)まで聞こえるような遠吠えを始める。すると遠吠えは人間風車のナイーブな神経を刺激して更なる回転を呼び・・・・この様にして大阪電力の電磁フィールドにはかつて人類が手にした事のない、未曾有の大電力が発生していたのだった。この発電方法は、プレアデス星系宇宙人が、アメリカのエリア51にて、半世紀前にNASAの科学者達に教示したものだった。出来の悪い我ら地球人も、ようやく彼等の新しいサイエンスを理解し始めたのだった。


              四人の男達はいずれも
              大学生の子ども達がいる
              彼等は学費を稼ぐために
              志願してサイボーグとなった

              父の苦労を知ってか知らずか
              毎夜合コンに興ずる子供達よ
              この光景を見てもまだ
              勉強したくないと言えるのか。

父親とは
家長とは
こう迄しても
頑張らねばならないのだ

              やがて、すったもんだの挙句
              ランチタイムとなった。
              各サイボーグ達は徐々に
              回転をゆるめて行き
              カゴメカゴメ状態を脱した後
              再び横一列の編隊になった


 彼らの消費カロリーは半端ないので、ランチとは言え、タニタの社員食堂のメニュー全部を、バイキング形式で食べてもらっていた、ダイエットには縁のない軍団なのだ。

 さあ、昼にしょうやと、フィールドから離れようとした時、最初に人間DOG犬江親兵衛が異変に気付いた。人間機関車エミール・ザトペックの様子がおかしかったのだ。

      「オッサン、痛い痛い、何しとんねん。昼や、ピストン止めろや。」

 エミールはうつろな眼をして、ふるさと東欧の民謡を口ずさみながら、ピストンを続けていた。その時、気温は45℃を示していた。記録的な猛暑にボケてしまったのか。

              ウーララ
              ウーララ

        「離せや、ワンワン、痛い痛い。もう、ええっちゅうねん。
         お前だけイキッとったら、しばくぞ。」

手淫を止めないザトペックに
人間DOGは顔をしかめて
迷惑そうに吼えた

        「あかん、こいつの眼、いってしもうとるで。」

人間変電所ブルーノ・サンマルチノの声は、恐怖に震えていた

              ウーララ
              ウーララ

         「やばいで、このオッサン、暴走モードや。」

       普段は冷静な人間風車ビル・ロビンソンが叫んでいた


人間機関車
エミール・ザトペック
寡黙な仕事人にして
ふるさと東欧を愛する
いぶし銀のような男

                                  だが反面
                       最新鋭ユニット「四人囃子」の中
                         唯一前時代的なエッセンスを
                       持ち合わせた危険部位でもあった

      「痛い!痛い!チンコ溶ける、チンコ溶ける、キャンキャン。」

犬江親兵衛が泣き叫んでいる
ご自慢の燃焼棒の先から
イカ臭い冷却液をいくら
いくら放出しても・・・
瞬時に気化してしまい
全くうまく行かない
手で撥ね退けるなど論外
既に熱すぎて手遅れであった

         「あかん、オッサンがメルトダウンや。」

              ウーララ
              ウーララ

赤熱したザトペックは、                 
人間DOGのペニスを
ジュンと蒸発させると             
自らもその溶融点を超え
地響きを上げながら
仲間達や周辺の施設を
否応なく引き摺り込み                       
土中にめりこんで行った                  

                              ドドドドドドドッ

                 ウーララ
                ウーララララ

ズボズボズボズボ

              ギャーギャー




           「ブラジルの人、聞こえますか。
           今から、えげつないのが行くでぇ。」


受け狙いの警備員が
電動メガホンを
MAXパワーにして
直径約200mにも達し
依然成長を続けている
巨大な穴に向かって
ギャグを発し続けている

                             この様な局面でさえ
                             笑いを取ろうとする
                               激しくも悲しい
                             浪花のど根性を見た

           グアシャグアシャグアシャアー

 大地は激しく揺れ、大阪電力の全施設、及びに周辺市街地は紅蓮の炎に包まれていた。天空ではJR大阪駅の北ヤードから延びている、軌道エレベーター「ジャック」が暴風に煽られた凧紐の様に、右に左に突っ張らかり、今にも落下してきそうな、嫌な感じになっている。

    サイレンが鳴り響く!ああ終に大阪都最後の日がやって来たのか?




              一部始終を安全な
              VIP席で眺めていた
              大阪電力社長ハシモト氏が
              葉巻を燻らせていると・・・
              場違いな童謡「ふるさと」の
              携帯着メロが流れ出した
              関東電力イシハラ社長からだ

「イシちゃん、電話ありがとう。そっちも大変な時なのに、心配かけてすまないね。何、平気だよ、地球が滅亡でもしない限り、俺たちの栄華に翳りはない。なんてね。」

              更にイシハラ社長から今回の
              ブラジリアン シンドロームの件
              マスコミ対策について聞かれると
              余裕のハシモト氏はこう語った

「放って置けばいいよ。奴ら、ちょっと大袈裟だな。ブラジルは日本の正反対だよ、当社のサイボーグ社員、本当に行くかな?行くかな?とりあえず、このまま地球の中心まで行くとして、彼、それからどうなっちゃうのかな?面白い、俄然、物理学的に興味があるね。そうは思わない、ねぇ、イシちゃん、アハアハハハハ。」



     窓の外では、暗雲が立ち込めて、凄まじい雷鳴が鳴り響いている。
    エミールの開けた穴は既に1キロにも及び、赤黒いマグマを噴出していた。

              イシハラ氏との電話を終えた
              我らのハシモト氏は
              目の前の光景を見て

           「ちょっと、いい感じの地獄絵図じゃないの。」

              クククとうそぶいた後
              自家用の垂直離着陸機
              米軍海兵隊払い下げの
              オスプレイ改に乗って
              早々に現場を離れて行った



                F I N







テクニカルターム解説


○ 人間風車ビル・ロビンソン=いにしえのプロレスラー。必殺技 人間風車{ダブルアームスープレックス、前屈みの相手の前に立った体勢から相手の両腕をリバースフルネルソン(逆さ羽交い締め。相手の両腕を背面に「く」の字になるように自分の腕を絡めて曲げる。リバース・チキンウィングとも言う)にとり、やや腰を落とした後、相手を持ち上げながら後方へ反り返り、相手を背面から後方に叩きつける。}を駆使して日本プロレス界でも暴れまわっていた。

○ 人間変電所 ブルーノサンマルチノ=いにしえのプロレスラー。正しくは人間発電所。その無尽蔵のパワーからこのような異名を取った。

○ 人間機関車 エミールザトペック=チェコ出身。1952年ヘルシンキオリンピックで5000m、10000m、マラソンで金メダルを取り、一躍名をはせた。顔をしかめ、喘ぎながら走るスタイルから、人々は彼を人間機関車と呼んだ。

○ 人間DOG 犬江新兵衛=南総里見八犬伝の中心人物、姫を守り忠義を尽くす、正義の人。

○ イ キ る=大阪弁。ええかっこをして、変に頑張る事。
         イキっている人のことを特別に「イキリ。」とも言う。

○ プレアデス星系宇宙人=古代文明を地球にもたらしたと言われている宇宙人。
他にシリウス系、ケンタウロス系など、地球は、現在に至るまで、色色な宇宙人の介入を、受け続けて来たらしい。


ギフト

  sample

 リボンを解き箱を開く。赤い花束の一部が見えた瞬間、混入されていた爆発物が発火した。鋭い閃光が放たれて視界の全ては真っ白になる。頭を貫く耳鳴りが徐々に遠ざかる、遠ざかる道程には乱れた鼓動が穿たれる。穿たれた穴にか細い風が吹き込んで耳障りな音を立てている。風は乾ききっていて音は今にも壊れそうだ。耳をくすぐるその感触がやたらに生々しい。まるで誰かが息を潜めて小声でなにかを早口に呟いているのをヘッドフォンごしに目隠しされたまま聞いているかのようだ。鼓動が鎮まると次に騒々しい足音が流れ込んでくる。視界の濃淡が鮮明になり焦点が合わされると景色の右半分にはザラザラしていて堅い質感の壁があり、その左半分は様々な色と形を持った靴が上下へと飛び交っている。乳母車の中にいた彼は、爆発の衝撃によって路上へ投げ出され倒れ込んでいた。まだ、火薬の匂いがシャツに残っている。

 上体を起こし、景色の上下左右を正常な位置に立て直す。見上げると人の顔、顔、顔。顔はどれも似たような表情で真夏の空の下、一定の速度で左右へ流れている。そのさらに上方、高層ビルが空を占有し巨大ヴィジョンが映像を流している。エコー映像だ。頭部がやけに大きく感じる胎児が交差点の背景で大写しにされている。彼は無意識に口を開け、親指を銜えようとしていた。しかし、しゃぶる親指はどこかへ吹き飛んでしまっていて、こぶしから突き出た骨がただ鼻の先を引っ掻くだけだった。彼は仕方なく乳母車を乗り捨てて、雑踏へと歩き出す。不在となった乳母車。造花の花びら。その傍らには彼の背中を見失ってしまい立ちすくんでいる母親がいた。

 母親は静かに花びらを拾いあげ、拾いあげるたびに風が吹き手の中に集められた花びらは散ってしまう。それを何度も繰り返しているとどこからか懐かしい声が聞こえた気がした。振り返る、が誰もいない。見上げた先には子宮の中で安らかに呼吸をする胎児の映像。弛んだ手の平から花びらが舞う。視線を乳母車へと落とし、かごの中へ残っていた花びらを手で払い落とす。母親はそこへ自ら腰を掛けると膝の上で重ねた皺だらけの手の甲に、故郷と、町と、酒場と、スケートリンクとかつての恋人と、それらにまつわる全てへ影を落とす薄汚れたシーツのような雨雲を映しながら、背後からやさしく誰かが乳母車に手を掛けてくれるのを待ち侘びていた。ヘリコプターが、八月の空を手を上げ横断している。

 雑踏へ消えた彼は人混みを押し分け走っていた。飛び交う罵声の全てが彼の耳には祝福の声に聞こえた。人や車の間を縫い、駆け抜けたその背後で次々にパーティーグッツが軽やかに破裂音を鳴らし紙テープが撒き散らされる。その内、彼の腕は掴まれ、もつれた足が空を切り、頭から転倒しそのまま背中を壁に強く打ち付けられてしまう。掃き溜めのねずみが口々に彼の名を叫びシュプレヒコールを上げる。人々が足を止め、彼を見下ろし何かを耳打ちしている。背を預けてしまった壁には古びた排水管が延びている。そこから白濁した水が滴り落ち、欠損した指の付け根にある傷口を洗った。人々の抑えられた口の動きを見つめながら彼は呟く。声を上げてくれ、もっと声を、もっと口を開くんだ、産まれたばかりのように、声を。

 街の血液が一挙に流し込まれ、膨張し、突き破って顔を出した性器のようにこの夕空の下では比肩するものがない高層ビル。避難用階段。彼は屋上を目指していた。靴底が床を叩くたびに低い金属音が辺りに反響する。近隣のビルをほぼ全て見下ろせる高さにまで上りつめたとき、彼は足を止め舌打ちをした。しくじった。千を越える段数をひとつずつ上って来たというのにどこかで一段抜かしたままここまで来てしまったかもしれない。大したことではないと思いながらも心の隅では気がかりでならなかった。その一段に足を掛けなかったことで、今向かっている目的地がまるで撮影を終えて演者のいなくなった映画のセットのように、迷いなく解体され全く違う景色にすり替えられてしまっているような気がした。引き戻そうかと足りない指で階数を数えているうちに、その手は屋上の重い扉を押し開いていた。

 屋上には一台のヘリがとまっていた。近づいてゆくと彼の到着を待っていたかのようにドアが開いた。コックピットの後方に乗り込むと中には航空ヘルメットを被った操縦士がいた。それを見たとき、まるで蠅だと思った。翅の無い、大きな蠅だと思った。操縦桿が握られ機体が震えだす。その震えは一瞬で体の先にまで伝達され安定した浮力を感じると機体がゆっくりと上昇した。操縦士は何故だかとても嬉しそうにおしゃべりしていた。しかし回転翼の音がうるさくて、その殆どは聞き取れなかった。操縦士には彼と同じように親指が無かった。外を見るように促され、窓に顔を近づけると街には光の粒が溢れていた。蛆の群れ。そう思った。ぬらぬらと輝く蛆の群れに首都高速都心環状線は骨までしゃぶられて、なお渋滞が続いているのだ。

 夜空を周遊し、ヘリはあの巨大ヴィジョンが設置されたビルに近づいていた。母はまだ、そこにいるだろうか。少しずつ高度が下げられ交差点へ近づくごとに、自分の体が少しずつ小さくなってミニチュア模型の世界に入り込んで行くような気分になった。人々が空を見上げている。交差点の真上でホバリングを続けていると目の前で眠っている巨大な胎児が体を震わせ始めた。そして今にもこのまま機体ごと飲み込んでしまうかのように大きな口が開かれたとき、操縦士は彼に向かって叫んだ。だが、やはり翼の音に掻き消されて上手く声を拾うことが出来なかった。彼はもう一度聞きなおそうとした。しかし、それは必要ないことだと分かった。都会の夜はとてもきれいだ。母がこちらへ手を振っている。お誕生日おめでとう。たしかにそう言っていた。いちばんの友人みたいに、盛大な祝福と共に。


まだ見られる・もう見られない

  右肩

 両腕を真っ直ぐ垂らして、直立していました。左も右も、瞼はずっと開いたままでした。
 北半球の一角では巨大な雲が連なりきれずに途切れ、ややあって空間に青い領分が拓かれてゆくのでした。その光景を直接見ることができたわけではないのですが、そういう認識がどうもここら辺りにあったのです。
 もし雲というものが、三十数度の傾きで上を眺める視線の、その先を遮り続けるのなら、次のように言うこともできるでしょう。
「遮られた視界の、遮られた論理の向こうに実際にあるものは、月ではなく、こことそっくり同じ地球であるはずです。」と。
 今は、そういう無根拠な推論が、健康な咀嚼のように記述されています。愛とはそうしたものだ、と無根拠に推定しているから、だからそんなこともできるのでした。
 車のステアリング・ホイールの外縁は、フィクションとして記述されたもう一つの地球と同じ、円の外周の体裁をとります。エンジンをかけたら車を出しましょう。夜、荒野の一本道を何処へともなく走り去って行くために。もちろん車に乗っているのでは不特定の何処かへと去ることはできません。自分の乗る車から置き去りにされてみて、取り残された誰かとして見送るのですね。
 直立して見送るもの。瞼を開いたまま見送るもの。どうしようもなく地表に棲むもの。
 その頭蓋の中には、知覚の中枢として白い芋虫が収まっています。柔らかな体が薄い皮膚にきゅうきゅう押し込まれ、はちきれてしまう恐怖に自らもがく、そんな生き物です。腹の下部には退化して用をなさない脚。たらたらと吐き続けられる糸。この虫の容積の大部分は腸に占められており、食い破られた葉の断片が溶解しながら長い腸をゆっくりと移動していきます。いくぶん比喩的ではありますが、これはつまり時間というものの顕現です。
 こことあちらとの境目で歌姫は歌いました。こことあちらの境目は、霧の立ちこめる海が空に溶け出しているように不分明です。歌姫は次のような歌詞で歌っています。

 マリアよ、あなたという性別のないマリアよ
 あなたは産むものになるべく生まれたの
 されたこと したこと見たこと見られたことを
 みんな細かく区切りなさい
 細かく細かく区切ったら
 もう何もかも許されず、まだ何もかも許される
 主よ、母に先立つ子よ


滅そうもない

  菊西夕座

「お客様、閉店でございます」
―俺様がお客様に見えるか
「俺様、閉店でございます」
―俺様は俺様でも俺様と呼べるのは俺様だけなんだよ
「お気の毒さまです」
―なに言ってんだよ
「孤独、なのかなと思いまして」
―孤独イコール気の毒ということは同じドクなのか
「字がちがいます」
―俺様もちがうんだよ
「折れ様でしょうか?」
―骨、折られてぇかてめえ
「閉店ですので『居れ』とはいえないですし」
―居座る気はねえよ
「イスは悪くなくても席は立って頂かないと・・・」
―イスは確かに悪くねぇな
「スイス製のイスです」
―2つもイスはいらねえよ
「それひとつだけです」
―じゃ『ス椅子』にしとけや
「イスラエル製のイスもあります」
―イスもラエルイスもあるってか
「もらえません」
―買ったんだろが
「買いました」
―金だしたんだろが
「出しました」
―俺様にもだせよ
「逆です」
―なにが逆だ
「お勘定がまだです」
―俺様を何様だと思ってるんだ
「逆さまでしょうか」
―ピンポーン
「ラストオーダーは終わりました」
―注文の合図じゃねぇ
「なんの合図でしょうか」
―正解の合図だよ
「なにか当たりましたか」
―俺様は逆さまなんだよ
「客でなく逆ということでしょうか」
―貴様が俺様の客なんだよ
「これはなにかのギャグでしょうか」
―客だよ
「特に注文はありませんが」
―さっき注文しただろうが
「閉店のご挨拶の件でしょうか」
―当店のご閉店の件だよ
「当店は来来軒です」
―名前なんか知るか
「来来とは来い来いという意味です」
―来てやったよ
「残念ですが閉店の時間です」
―客じゃねんだよ
「逆でしょうか」
―そうだ
「逆様、閉店の時間です」
―逆さまだろうが
「閉店の時間です、逆様」
―倒置じゃねえんだよ
「すでんかじのんていへ、まさかさ」
―なに言ってんだ
「どなた様も閉店でございます」
―貴様が出ていけや
「後始末がございますので」
―金の始末はつけたるわい
「めっそうもない」
―滅するに決まってるだろ
「というと」
―まだわかんねえのか
「とんと」
―とんとでなく盗っとだよ
「盗人は昨日3人入りました」
―バイトみてぇに雇ったか
「雇ったではなく盗ったのです」
―なにを盗った
「店の売り上げです」
―それでどうなった
「零零軒と揶揄されました」
―俺様は遅かったってわけか
「店じまいです」
―逆さまもいいところだ
「署までご同行願えますか」
―何様だ貴様
「いかさまです」
―なんだそりゃ
「囮捜査です」
―てめえサツか
「貴様がサツです」
―となると俺様はまた・・・
「逆さまさ」
―貴様、俺様を返せ
「貴様は貴様でも貴様と呼べるのは貴様だけなんだよ」
―偽物め
「ピンポーン」
―いますぐ俺様を返せ
「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
―帰る
「毎度ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております」
―自作自演はやめてくれないか?
「めっそうもない」
―滅しろ悪魔め
「貴様が悪魔です」
―となると俺様はまた・・・
「逆さまです」
―俺様が逆さまに見えるか
「お気の毒さまです」
(以下、延々とつづく)


体験談

  NORANEKO

 家猫っていいよね。俺も昔は憧れたんだ。色んな家の玄関や、縁側や、台所の窓や、ベランダのとこに座っては、色んな媚び方を試したもんだよ。無駄だと気付いたのは二歳の頃で、交尾はもう何度か経験済みだった。すまない、忘れてくれ。本題とはなんの関係もないし、俺はこうやって物を書いている以上、本物の猫でもない。ちなみに、ネコでもない。俺は童貞だ。
 俺は基本的に嘘ばかり吐く。名前もころころ変える。同じ野良猫でも、立ち寄る家によって呼び名が変わるようなもので、場所が変わればなんとやら、って、引喩表現を使おうとしたがこんな慣用句は存在しなかったな。どうでもいいや。自分語りもつまらない。他の話をしよう。
 そうそう、いいネタがあった。最近、2ちゃんねるのオカルト板でやってる、あの『洒落怖』スレをよく読むんだが、コトリバコとかジダイノモウシゴとか、結構面白いのあるよね。オススメはリゾートバイトなんだけど、今回はジダイノモウシゴの話。ここではもう読んだって人が大半だろうし、説明は省く。というわけで早速、俺の実体験から……すまない。結局、自分語りなんだ。……始めよう。
 丁度、あの日もこんな具合に蒸し暑かった。三年前、映画「去年マリエンバートで」を観に、地元の名画座へ行った日のこと。汗に濡れて、額にへばりついた前髪を掻き上げ、コンバースのオールスターとユニクロで買った黒のスキニー、チェックの半袖シャツといった冴えない出で立ちで、錆び付いたシャッターの降りた商店街をほっつき歩いていた。とあるビルの三階に映画館がある。俺は地下のスーパーでゲロルシュタイナーの炭酸水を買い、明らかに25℃以下に冷えたフロアに腹を壊さないか心配を抱き、節電のためか、やけに暗い階段をかつかつ小気味よく鳴らして三階まで登っていった。カフェテラスが併設された映画館のフロアの売店に行き、無愛想な若い売り子から当日券を買う。ストレートの黒髪がやけに青く艶々してるその子の薄くて白い肌が幸薄い感じで可愛い。お釣りを渡す指先の柔らかさに胸がどきりとした。ついでに自販機で紙コップ入りのホットコーヒーを買った。紙臭さと粉っぽさに辟易しつつも、下痢を催して便器にうずくまって神に許しを乞うよりは良い。劇場内やや後方ど真ん中の席を確保する。ほくほく顔で上映開始のブザーを聞き、アナウンスの女の子の声に勃起し、消灯。予告はない。本編が始まる。
 スクリーンに投影される、誰もいない、白黒の豪邸。神経を不安定にさせるストリングスのBGM、ナンセンス詩の朗読。シャンデリア、丸天井の宗教画、柱にあしらわれた金色の天使と葡萄の実と枝葉。「装飾過多」のリフレインがやけに記憶に残ってる。ストーリーは読めない。シーンの一つ一つがまるで、別のプロットからやってきたかのように独立している。同時間軸の平行世界を継ぎ接ぎした、意味を結ばない、物語られないものたち。どんな流れから、こうなったのか。シーンが切り替わる。
 ヒロインが、何故か、俺によく似た男の顔を、マニキュアを塗った白く細い指で撫でる。

【字幕】
“あなたの無自覚なところ、とっても現代的よ”

 俺は映画館を飛び出し、歩き出す。歩き続ける。ジダイノモウシゴだ。顔のない、半透明なジダイノモウシゴが背中にべったり張り付いて、そこらに無意味を埃の塊みたいに吐き出続けているから、振り向くな。そのまま俺よ、歩け!
 昔、服屋の調子のいい店員に買わされたLeeライダースのパンツの金具が、八方美人の軽薄さでチャリチャリ鳴る。行き交う奴らが俺のほうをチラチラ見やり、取り憑かれる。薄幸そうな売り子 さんの、腐った魚のような瞳と見つめ合う。ゲゲゲ、と鈴のような声音を濁らせて、彼女は叫ぶ。
「僕タチハ、漂白サレタ世代デス!」
 館外のアーケード街に飛び出す。肩をぶつけた、熟年カップルの女が騒ぎ立てる。
「カナシーケドサー! アタシ、意味ガ無イノガ実存ダカラサー!」
 男が俺の胸ぐらに掴みかかる。
「アー! ソレ、スゴクワカルワァー!」
 男の腕の関節をキメて、怯んでいる隙に逃げ出す。花やしき前まで走っていると、女の首筋に果物ナイフを突き付けた男が警官にふるえる声で物凄いことを言っている。
「オ、オレノ武器ハ、キョキョ、虚無ナンダカラナァー!」
 かまわず走り続けると、ラブホテルから、知らない男と手を繋いで出てきた彼女が俺が見ているのもしらないで、
「現代ノ若者ヲ代表シテ、ドウ読ンデモ読メナイ仕掛ケノ二万字ヲ書キマシタ!」
 なんて、おどけながら男の肩に頭を預け、腕を組んでいる……自分から!
 糞男は俺の彼女の頭を撫でながら、
「君ニハ、ブンガクノ賞ヲアゲヨウ」
 なんて耳元で囁いている。膝が崩れ落ちる。人目もはばからず涙と鼻水を垂れ流す。どれもこれも、ジダイノモウシゴの仕業だ。そうに決まっている!
 茫然自失の状態で浅草の裏通りに膝をついていると、背後から、腐った魚に錆びが混じったような臭いがしてくる。右腕を、凄まじい力でガッシリと掴まれる。激痛がはしるが、怖くて見れない。賽の川原で擦れ爛れた赤子の手がそこにあるのは、もう読んで知っていた。これが、俺のせいなんだっていうのも。そっから先はひたすらに、昔、あの娘に堕ろさせたこと、あの娘は無事かどうかということ。あの娘は、なにも悪くないんだということ。そんなことを、考えた。嘘。死にたくないって。ひたすらに死にたくないって助けてって命乞いしてた。アスファルトを小便が塗らして黒々と染めていくのを温もりと臭いで感じていた。仕方ないんだって、ほんともう、こういうのは仕方ないんだって、言って、聞くような相手じゃない。ズリリ……ズリリ……って、俺の背中を這いずって、髪の毛に、しがみついた。耳元に温い吐息。直後、甲高く、叫ぶ。「オ゛トォォォチャ゛ァ゛ア゛ァ゛ァ゛ン!」
 俺は泣いた。嗚咽が堰をきったように漏れ、だが、小便は漏らさなかった。
 隣の席の女友達はなんか菓子を食ってる。ポッキーだ。俺にも食うか聞けよ。いつの間に買ったんだよ。いい席取ってやったのは誰だよ。
 耳元で文句を言ってやったが反応がない。ポッキーをポキポキと小気味よく噛む気の抜けた音が館内に響く。ホラーな気分に全然なれない。
「あんた誰よ」
 急に真顔で、彼女が言った。背筋が凍る。このタイミングでそれは心臓に悪いだろうが。そんなの、
「俺にわかるわけないじゃん」
 女友達の髪を掴み上げ、皮と肉ごと引き剥がす。ほら、同じ顔だ。どいつもこいつも肉ひっぺがせば同じ顔なんだ。俺は知っている。女はみんな俺の女友達なんだ。これは論証も実証も出来る。実際、俺は大学の卒業論文をこのテーマでパスした。教育機関のお墨付きだぞ、わかるか? わかんねーならお前の皮も剥いでやるよ。鏡を見れば嫌でもわかるからさ。
「ア、ア、あんた誰ヨ」
 女友達はまだ聞いている。真顔で。
「ソんなの、俺にわカるわけないじャん」
 俺はまた、女友達の髪を掴み上げ、肉と皮ごと引き剥がす。あれ?
「罠だ、逃げろ!」
 劇場の締め切られた扉を開けて、和尚さんが叫んだ。俺は一目散に逃げ出した。
「ア、ア、ア、ダレよ」
 女友達の顔を透明な粘液が覆う。血管と筋肉の剥き出した肉面から沁み出すそれは、映写機の光を浴びて冷たく、哀しげに、光っていた。
「ごめん」
 追われることがないように、俺は彼女の顔めがけて、ウィルキンソンの炭酸水をぶちまけた。(俺が炭酸水を買ったのは、このためだった。正直、彼女には使いたくなかったが。)
 女友達が顔を両手で覆い、叫ぶ。
「ミンナ、ジダイノモウシゴニナルンダ!」
 俺は恐怖に歯をならしながら和尚の髪の毛をむしり続けている。和尚はピンク映画のパンフレットでマスをかいている。
 この時、俺達はトイレのなかにいた。ジダイノモウシゴは生活の臭いが嫌いだからだ。なかには「シンペンザッキ」と唱えると消える類いのやつもいるが、今回のはあまりに厄介らしい、と、マスをかきながら和尚さんが教えてくれる。生臭坊主らしい。
「蒼井そら、沙倉まな板 つぼみかな」
 坊さん、そんなミーハーな川柳読んでる場合じゃねえぞ。こいつが唯一のか、今日は厄日だ。
 俺は脳内会議をしていた。俺は脳内会議をするとき、誰かの髪をむしっていないといい考えが浮かばない。坊さんには許可を得ている。いい坊さんだ。
俺A「奴の皮を引き剥がせ!」
俺B 「奴を皮ごと引き剥がせ!」
俺C「皮の奥から引きずり出せ!」

俺「人間! 人間! 人間を引きずり出せ!」

 景気づけに坊さんの首を果物ナイフで掻き捌き、吹き出る血潮で額に魔除けの梵字を書いた。引き剥がす。ジダイノモウシゴの皮を、引き剥がす!
 俺はトイレの扉を蹴破り、一目散に通路に躍り出た。目の前には人を喰らってパンパンにフロアを埋め尽くす青白い肉塊。かつて、俺の元カノだった身体。今は、もう、別のモノに乗っ取られている。
「今から、助けてやるからな」
 俺の右腕を伝う赤い電流が、ナイフの刃を朱色の水晶質に変えてゆく。
 今から、こいつを、引き剥がす!
 雄叫びを上げながら駆け出す。やつは人を食い過ぎた。もう動けない。これで最後だ!
 やつの頭部が刃圏に入る。俺の右足が、とろろ芋を踏んで転ける。凄まじい音を立てて顔面を通路にめり込ませる俺。やつはけたたましく笑う、笑う、笑う。
 朦朧とした意識のなかで、俺は呪う。中国製のデッキシューズを。滑り止めの利かない、デッキシューズを。

……こうして俺は、バラバラになり、永遠に、映画館のなかに閉じこめられた。以上、実話でした。


  水野 温

いくつもに損なわれた星がみずをとざして
うつろうことの代償をもとめないしらじらとした川からモノレールがとおざかってゆくの
を bridgeというかげろうのしたでみつめている風がささやかな結晶のあてどなさからふ
きこぼれている 朝があけるという音階に木洩れ日がひつようであったかどうかはともか
くとして草いきれのなかで初夏はのぼりつめようと雲につながり 土手下のふるいコーポ
ラスに陽ざしをつくっていった 

 
讃えられることのない(煌めく)という葉脈へ
かけあがってゆく空気のうすさがふるふるとひろがりながらそれはとらえることができな
くて あけはなたれた窓に夭折する夏やすみのにおいがふりつのっているよね わたしが
しるすことのできなかった最終章が雨あがりのまぶしさにとまどうようにうつむいて と
おざかってゆくモノレールからさよならって告げてくれている 聡明な風という逆理にそ
っくりな草のにおいがすこしだけ遅れながらさよならってかえして、つまりはさよならっ
ていうことだ 雨あがりがまだどこかでぬれている



「なくした脊椎をさがしてウイグルの砂のうえを旅する少女の物語をモノレールのなかで
読んでいた」あなたはとおざかってゆく(もうろうとしたガラスのむこうがわで)
街の高台がふりそそいでいって
きらきら

きらきら



とうめいなまみずの損壊が
空のまんなかでみえない星をかくまって 過ぎてゆくということのもどかしさを傷まして
いるのはなぜなんだろう ささえきれない余白のきれはしがbridgeのみぞおちあたりでみ
つめている草いきれへの憧憬を (まだねむりたらない)へのゆっくりとしたあゆみでか
ぞえあげてゆくのがまどろっこしいのなら わたしが開けた窓に沿って木漏れてゆくさよ
ならというあてさきはけしてあなたに追いつきはしない 昼下がりを歌うために朝がかけ
のぼってゆこうとしている


もてあまされた、鳥たちの滑空を打とう
ふりしきるものは みえない蒼というmetaのうちがわなのだから みえなくなる「えいえ
ん」なんてあのとおざかってゆくモノレールの背中のようにうらがえされて ポケットに
入れられて空にむかってぬれてゆくのさ (みるみるうちに)をあおくあおくそらしつづ
ける虚数のようにながれてゆくジェット気流がむすうにこわれてふりつのれば 鳥たちの
滑空を打つおとが鳴りひびいてゆく


開けはなされた窓からはもうモノレールはみえない


無題

  ズー



僕の舌はあかくなり目の上のたんこぶで買い物ができる世界一有名な夜が明けると僕たちはそうだそうだと挨拶を交わし君はながくなった舌をふたつ折りにして嫁いでしまう産まれてくるのは人間みたいですとご祝儀袋を手にたんこぶを消費しながらなにもかも壊れやすくなった街は波のようで僕たちはそうだそうだと挨拶を交わし赤い舌の人が増えてお金に困らない街は波のようで産まれてくるのは人間みたいですとたんこぶで買い物ができる僕は夜が明けるとふたつ折りにして世界一有名になった花嫁姿の君の口に目の上を突っ込んだ人間みたいです。


牛的欲求

  

となりの牛は
よく草食む牛だ
ムシャムシャと
味わい深げに
実によく食む牛だ
食むほどに
とろんとする表情
モォーと 一声
腹の底から
気持ちよさそに
実によく鳴く牛だ
うん、いい動物だ


白蛾

  大ちゃん

古い玄関灯が
小さな鉢植えを
照らしていた

三角形をした
白い蛾の雄と雌
細長い葉の上で
尻と尻を合わせ
菱形を作っている

その重心はピンク色だ

どちらかの性器が
ピンクなのか
それとも
お互いの性器が
ピンクなのか

この菱形が
あまりにも完全で
僕にはちょっと
わからないでいる


貼紙厳禁

  中田満帆



  古帽へかおを蔽して雨のうち抱かれながら歩む男が

  夏みせて犬のいっぴき垂れる尾のさきにとどまる蝶のかばねは

  閉じられれる像のまなこに光り見て群れと去りゆく真冬の伽藍

  マネキンの女の顔にあらわれてかれを過ぎ去るほほえみひとつ

  花、みどり、かぜのうちへとあらわれて吹き零されるような種子たち

  かぜ発てば翅をひらめて待つようにみせてひとりのさまよいがふるえて

  二十四時くろねこひとり訪れてけむりをみせて語る夜ある

  透きとおったあぶれものらの眠る椅子へしつらえられた銀のしきりが

  百万のレインコートが降りしきる二月の朝のぼくの恋歌

  ながれもの、青い路次へと歩むのち、ふと立ちどまる「立入禁止」

  くらがりが女をみせてくる真午、うなじのような排水管たち

  光る襞、少女のいくた過ぎ越してかげのうちへと帰る草木

  うつしよの通りを歩む群れむれにだれも知らないおれを追う鬼

  苦しいか?──だいじょぶですか?──問われては黙りこくるか、老木いっぽん

  待ちびとのないまま駅に立ちかれて飛ぶ夢をみる飛ばない男

  ふとみればおれのせなかにふれているはらのおおきな給水槽だよ

  呼ぶもののこえにむく顔またひとつたがいちがいを求めて歩む

  笑う門──知らないあいま通りすぎ福を知らないぼくの過古ども

  うごくもの、うごかないものにはさまれてきょうも飛べないみどりの男

  いちまいきりの黄葉の終わり見落として春を喪う少年の頃

  詩も歌も知らない子供いっぽつづつ奏でならすのは横断歩道

  おれの室にしつらえられた馬ひとり越える丘なく窓をやぶった!

  きみどりいろの天使のひとつ買いに来て堕天使とった婦人に注目!

  冬の死後墓守娘買うひとの両の眼を射る春のまなざし

  ひとつ去るもののうしろに熾き火発ち照らしだされる路のあまたが

  空腹の男の足に運ばれてつれされゆくかげの深部が

  棒つきのキャンディーいっこなめながら飛べる男をみない少女ら

  詩をひとつ書けばひとつを葬れる──たとえばきのう、きみの足音

  墓石の昏さを抱えねむるひと──ひとの姿を借りた墓石

  夢は納屋──燃えながら建ち夜の原、午の原にもおれを温め

  かりものの、かげのひとつをたずさえて踊りつづける広場の彫像

  月の熱、持たざるものら燃やしては窓のいくたを戸口へ降ろす

  もの乞いらみえない戸口へ唇ちつけて貧しさゆえのみずみずしい不在

  春に似た女のかいな掴むのはうごけないふりするマネキンの群れ

  さまよいのものらみあげる窓はみなひとでないものにこそふさわしい燈しがある

  永訣のひとつは午后の高架下陸ひく老夫いなくなってる

  さらば友、隠しのうちに残されたいっぽんきりのマッチを放つ

  忠誠をみせて待つ像──むきだしのみぎの乳房に滴るぶろんず

  肥桶をおきざりにして来る町に馬がひりだすような、さむけ

  あらぶれるもののふりして聴くジャズはからかわれてる、冷めた扉に

  空腹の長い午后にて牛脂嘗め、きずぐちのない傷みを癒す

  莨火にさえぎられてる街娼の落ちた手袋、眼には愛しく

  蹴りあげて砕けちらばる空壜のうえを浮かべる月のあまたは

  灰をみせ、塵をみせてる、浮遊物。光りをうけておれに降る朝

  さっきまで眠りうちにあるひとのかげのこもったベンチの仕切り

  伏してなお路次のあいまに夜ぴっておみ足ふたつふるえとまらず  

  旅びとをおもわせ足場解くのちに喪われてまたちまたのくうらん

  拾われて手帖の頁くればただかすみかすかなインキで──「絶つ」 

  中古るの斧にて真午、断つものの切りくちにうっすらと日暮れのぞく    

  鳩の死後飛び立つもののかげのみが地表を深く、ふかくうがって、──

  ひとりのみかぜにまぎれて撮るもののかげの甘さよ午后の反芻

  天使をみせて飛べる男の落ちてなおなにもなかったこちらがわには

  ふるびた靴抱える女、高架下ふるえるようにみせるまなざし

  すっぱりときれいな地獄ひとり抜け開け放ちたい天国の、古便所

  それはふかいまなざしをしてぼくをみているいっぴきの猫のようなひとのようなの

  秒針に口ごもりいる男らの、銃弾やがて鳥のはばたき

  ゆうぐれは烈しいまなこおもざしをふさぶるだれもいないぶらんこ
 
  見失われた子供のかげに匂いたつ蝶のかばねの青い悔しさ

  みどりいろ義眼の犬のねむるうちのびていくのか裏階段よ

  解かれるサーカステント夜のうち飛びたつために裾をひらめく

  水平線は黒い。飛び降りるためのしずまりを愉しむ子供たち去って

  馬かげにひとりの男たちており撫でてふと消ゆ草競馬かな

  眠りなき夜のほどろにたちながらあまねく願いくず入れに断ち

  立っていることのほかにやり場なく赤い雀のくちばしを待つ

  古帽へ花をゆわえて旅だてるひとりの男きょうもまだ見ず

  手をまるめ照準鏡に見たててはみえないままのかわらけを撃つ

  立春へ若白髪を透かしは晩年をみるたれゆれ草

  氷菓のごと握手して去り知るときのもろさを

  さむぞらに売られる時計とどまる針にしばしとどまる

  過古という国よたそがれ密航し少年のまま老いは来たりぬ

  いっぽんの花をくわえるときおれはおのれの深き茎の色識る


夏の思い出。

  田中宏輔





白い夏
思い出の夏
反射光
コンクリート
クラブ
ボックス
きみはバレーボール部だった
きみは輝いて
目にまぶしかった
並んで
腰かけた ぼく
ぼくは 柔道部だった
ぼくらは まだ高校一年生だった

白い夏
夏の思い出
反射光
重なりあった
手と

汗と

白い光
光反射する
コンクリート
濃い影
だれもいなかった
あの日
あの夏
あの夏休み
あの時間は ぼくと きみと
ぼくと きみの
ふたりきりの
時間だった
(ふたりきりだったね)
輝いていた
夏の
白い夏の

あの日
ぼくははじめてだった
ぼくは知らなかった
あんなにこそばったいところだったなんて
唇が
まばらなひげにあたって
(どんなにのばしても、どじょうひげだったね)
唇と
汗と
まぶしかった
一瞬

ことだった

白い夏の
思い出
はじめてのキスだった
(ほんと、汗の味がしたね)
でも
それだけだった
それだけで
あの日
あのとき
あのときのきみの姿が 最後だった
合宿をひかえて
早目に終わったクラブ
きみは
なぜ
泳ぎに出かけたの
きみはなぜ
彼女と
海に
いったの

夏の

白い夏の思い出
永遠に輝く
ぼくの
きみの
夏の

あの夏の日の思い出は
夏がめぐり
めぐり
やってくるたびに
ぼくのこころを
引き裂いて
ぼくの
こころを
引き千切って
風に
飛ばすんだ

白い夏
思い出の夏
反射光
コンクリート
クラブ
ボックス
重ねた
手と
目と
唇と
汗と
光と
影と
夏と


トウモロコシのある光景

  笹川

ヴァイオリンの弓のまさつのように
鴉のさえずりのように
きれぎれにちぎれた情は
つつましく その畑にのこる 

アブラムシの無数の願い
宙からのびた列をなし
葉先にてゆらぐ

目ざめたころに
うす黄いろの肌で遊んだ

誰のモラルだろうか
じっと している


茶花

  かぐら

 
 
 夜の戦士。夜の千紙。禁色の千枚。指をかじる。僕らは上を向いてやってきた。桝は天米一粒。竜骨から漏れ出すしろいけむり。わたしは新聞の重ねを結んだものを持ってきた。長野の葉は、震えているだろうか。わたしは竹を貰った。白蟹を吐き出す。白桐の箪笥がもう歩いていってしまった。指なしが歩いてゆくと、あじさいが手をかけてあじさいに捕まった。
 人魚が白いかを食べている。すると竜骨の陶器のけむりが黒く澄みはじめた。一行の白さが、まだ人間を騙していると思われた。田と心が殺人を侵し合っている。私はまだ田と心である。*******灰燼に帰す、病人の思想、俳人の常識、キスを先にしないでくれない?、男のわたし、朧の左側は確か水片では無かったか。水の充ちる上に既にある、卵の黄身に煙を流し込み、鶴は雨の中に消えてゆく、死んだ内臓を銜えていて、亀は内臓の一瞬を、夢の中から抽出する。わたしはまだ眠い。まだ竜骨の中にいるからだ。そして誰かが、地震によって卵をふたつ守ってくれたことを、示唆して、鴈に画けた鶴は瘠せてゆく。それは角と角が、層になった埃によってでしか釣り合うことがない。荷は沢山の幻滅によってでしか、羽ばたきの先の白さのかすりを、出現することができなくなった、回転するインディアカのようにさらさらと、燃えている猫の額。句は亡くす、尽きる、忘れる、銃器は音もなく、山に火を点けた。そして雨を待つ、しょうがなく、端役の純粋な拍手の無さは、暴力に酔っていた千手の仏の、涙も出せなくさせてしまった。
 日本擁聾したし安い歯医者も安い歯医者の飼育係も*******終わりあらえば津に来たロシア人も、雨の中で芋を洗える。風はしっかり四つの瓦を伐跋と落とした。
鼠が一匹しかいない。客も私しかいない。行間が多い。文字が少ない。あとひとつ。発。
土から離れて文字をとりにゆく。わたしは飛行士として裏切らず、ルイ=フェルディナン・セリーヌを背中に乗せている。黒い夜の中に、チュニスの星が瞬いている。ランチは裸で、僕ときみは、トリコロールの旗を取りっこする。二冊の雑誌で、わたしは短歌を作れる。***只、五七五七七、二つめの五で神という字を使いたくない。(ゆり菩薩かぐわしきかなきみひとり窓を下げればふたりの男)着々。

 
 男は水の引きが強く、態寸に拘って肘を抱いている。コートはこのジャンボジェット旅客機の羽のように、かすんで、あなたの男の肘に掛かっている。二月、豆腐と死に花の、聞き間違いのロック・ミュージックのように、黒い煙を放っている。ローラーを退いて、ちらとパンティの忘れ物が無いのか確認する。三人はしっかり穿いている。7日と9日、わたしはまだ山葵の甘さを、残飯として食わされていた。本年の正月には、神に祈ったよ、いい詩が書きたいってさ。だから、猫が好きなのかい?って訊くのさ。猫が好きなのかい?と塚本邦雄は告げただろうか。空港にペンギンが着いているころ、損をするゴルフバックたち。スペック一本無いなんて、信じられない。取り返しにいこうぜ。猫が好きなんだよ。うん、うん。ふたりの男はわたしの国の文字が読めない。それどころか、名詞としてきみたちは、ネクタイとズボンという英語でしか呼ばれていないのであった。わたしは試験に受かったことが、一度しかない。銃は持っていないかというテストだったよ。ジャンボジェット機にくちづける。***日本留中したしシロナガス銀盤も想いの消えた口語短歌やも***つきっきりであの日、盗まれたブーツのことを、心配してくださったね。犯人はまだマッシュルームの中にいてください。荒らされた仏壇、一番とおい色が紫だとしらない。その花を直した。罪は晩年であった。まだわたしは立川らくだのテープを聴いている。田の尽きる噺を聞いていた。がらんとした客室。奥の席に置かれた、羽ふたつきられた画聖ふたり。握られた手。ディズニーランドで怒り出した思い出に捕らわれて、位もなんとか失った。そろそろ丘の上の過激派たちの絵の具もつきて、丸められるころだろう。居酒屋「かや」に行ってもいいよ。ディランがとても小さな音で流れている。星が落ちる。話者さえも文字の中に帰してしまう灰のふる。
 椰子の実の声を聞こうとしてかんきつやは、うちは金物屋ではありませんと告げた。蒲田の特設会場では、基準音を412から411に落としたアレンジのベンチャーズ、ダイヤモンドダストおぎゃあおぎゃあ、響いている。僕は中心樹のかげの猫のしら。みんな、みんにゃい。席に置かれた夜の千紙。かすりごえの中の灯る提燈にゃい。しりついているバックパッカー、あの、ちゃら白いミイラのお人形、タツノオトシゴの出す、紫の玉が目に浮かぶ。涼涼涼、しりついている女の子、中原中子の残した句集を売ってしまったんだ、***ささやかな金魚に蕗の青ひとつ***明解さのない休旧の日々、ヴァージンな天皇陛下万歳、ころがる石のように苔の蒸すまで、鼻先を濡らすしとしとと、川は京も東京だった、ふと思い立って金色の携帯電話にメモする、鯉池の中に落とそうボリスヴィアン、頸につく白いショックたち、風風風、なぜか持ってる枡田の朱印、蓮の花ひらくひらきひらけ、悲惨家族の肺さえも、運命に対して塞き止められている、僕はまた、かつかつとケンタッキーフライドチキンの二階で、詩をルーズリーフに書き落としている。この店は大丈夫のようでした。ぱさり、まだ出版されていない雑小説たち、または切られた蛇足の浮いたかげ、ちょろほと。浴衣の乙女たちが駆け抜ける、風車のように、言うのだ「京ものや、京は東だっ」
 

 
 鶴はまた白い浜からそっと頸を伸ばし、ぱらぱらと宿酔のランボーの頁で欲劣をして、まだこの世はあまいアルチュール・ランボーは柳のなかでしっとり、枯葉の中埋められた。きらんきらりらんすりん、きらんきらりらんすりん、その土地へ漏れる夜のひかり。散乱するラインマーカー、懸命にひろうおれたち。鶴はそのとき誰からも恨まれず、白い樹を足すことのできなくなった絵画のような心持ちだった。また、猫。猫の達観、また失った。なにを?おれのらっかん、きみの缶々、あめんぼう、強姦されたおんなたちに、また汁を出していただくなんて最悪の謙譲語、森森森、夜という字はひかりに似てるって、七尾猫の悲しみと、こころなしが多い産婆、そのみせの飴のような灯りと底に落ちる雑本、きみの零した牛乳の香のなかに、おれの菖蒲に、市を叩くキリストに、想像力より勝手に呼ばれている亡霊は、決してチャンスなんかじゃない。ふざけるな。耳をつかんでいるんじゃねえぞ。吊り下げられたアップライトピアノ、注文なんてしなけりゃよかった、そこに漂う馬鹿のエッチ。EとAしか使わないロックミュージック、蚊蚊蚊、***、雲雲雲、ライオンか熊か分からないやつのギターで弾くペンタトニックスケール、おれの身体には水と電気がっ。ジャンプ。スピーカーから流れてくるゴッドファーザーのテーマ、アイヌ語でポアルは元気だよ遺影はまだ隠されている。***忍ぶれど夢にみていないわが父の成月したとき失くて失く失く***はらり。落ちかけた葉ものに差し出す指もない。チューイングガムをまわした連中たちは、草のなかで匂りに混じる。ほら、白い顔に赤い血が。カリバニズム人と椰子の木の夕暮れのなかでの、婚姻書作成のように苛立たしい。白い頬から赤い血が、九官鳥を銜えたお前が、喉あたたかいお前らが。暗い詩を書いている奴と人生が聖句になった奴。どっちも嫌いさ、ひとごとみたいで。その脚のピンク・パンツが好きだよ、なぜってピンクパンツを履いているきみが好きだから。慌てたい連中ばっかりだ。結局、喀血、月光堂。空クジばかりで困ることがない。だって当りがないと、面白いから、好きだから。狐の神のライス・シャワー、パープルライスを飲んじゃった女の子、田中さんと石川くん、ふたりは幻燈会に行けました?きみのことを想っているのはアイディアしか持ってないからなんだ。すーっと伸ばしたチューイングガム、巴里の地下でのおっぱいぽろり。おまえはジョン・コルトレーンと仏頂面の方が好きだったな、ぶくぶく太った白肌の「はい」、絵本作家と呼ばれていたり、私の涙は銀になり、平衡に流れる。女優だね。もともと女優。乱暴だね、防弾だから。7曲しか持ち歌がないロックミュージックバンド、のってくれたひとりの青年、腕をぐるぐるまわす運動、これはリストカットに我慢する曲です、違った、リストカットに反対する曲です。ため息しかない街で居酒屋チェーンが浮いている。いっそ下着でもまわしてみようかしら、後ろのジーンズに、稲垣足稲をさしこんで、エレクトリックギターを鳴らすまで緊張しかない。バンドの腕は瘠せてゆく、死んでしまった有月王、生きてしまった無日牛、そんじゃそこらのはっかじゃないね、どっちのはっか、ハッカ飴。季節ジャンキー、みたいなベイビーは彼女、みたいな日本人がそっとケーキを運んでまいりました。おれの甘さも食べやがりますか?

 
 月の言葉を解析できる少女、猫は失っていく、この席を。あなたの膝を叩けるよ、ベイビープリーズドントゴー、ノン、いいや、彼女は行かないでくれたんだよ、観てってよ。おもしろいよ。届いてる?わたしのエアロスミス様、アメリカ製の奴よりいい感じ。うん、メロンの方が大分小さい、しかし西瓜はみっつで、メロンと釣り合う。おれはまた思い出す、こんな風に***日本脱出したし安いベニヤも高い農業飼育係も***今日の一等を決めます。レザーシャープを穿いても見たき沈半花、折られた花から烏瓜り、烏瓜りから、声出し屋、声だし売り子が卵やいったら、病院へ、病院いったら、揉めてる方、揉めてるほうなら黒着物、揉めてるほうなら親の肩、親の肩からみたされて、みたされるのはギロチンまんこ、ギロチンまんこは空にある、河瀬でいったら、腕をくむほう、既にあるのは願いあるほう、愛足されるは歌詠みのほう、歌詠みならば、ツグミがつくほう。夜夜夜、ぼくらは***季節と解散した。



 


アムネジア

  cuervo

Amnesiaの意味はディランが教えてくれた

ディランはインド人とイギリス人の混血で絶望的に勉強ができないうえに チビの痩せぎすだったが サーカスを脳内にぶち込んだみたいに 多彩な表情をする奴で 俺たちの一時限目から六時限目までぶっ通しの乱痴気騒ぎにはとっておき スティールのように堅物のサイエンスのMr.Car(車先生)すらもディランにはすこし甘かった

ディランは鳥頭!と呼ばれていて その理由は言わなくてもわかるだろうけど まるで滑り台をすべって遊ぶ子供たちが そのままの勢いでママのところまで駆けていくように 無邪気に 数学の公式を 昨晩のテレビの内容を さっき吹いた口笛のメロディーラインを するするするする 忘れていってしまうからだった 一度 中国からの留学生が冗談で ディランはアムネジアだな と 言ったことがある 俺はその単語がわからなかったから はー?なにそれ?だったが 周りにいた友達たちが軒並み やっべーよこれどうすんだよ みたいに なってて は?は?は?と思っていたら ディランがちょっとうつむきながら笑って 「たぶん遺伝なんだ」と言った

そのとき俺は知らなかったが ディランの父親は記憶喪失だった

しかしそれは後天的なものだったので 遺伝ということはありえなかった ディランがどうして遺伝という難しい単語を知っていたのか それは誰もわからない 彼は何かを勘違いしていたのかもしれない じっさい俺たちはいろんなことを勘違いしながら生きていた

いっしょに授業から抜けだして(その年の物理のクラスは二回しか出席しなかった)学校の二番目に近いバス停で 彼は俺に記憶喪失という言葉を教え なぜ彼の父親がそうなってしまったかの成り行きを教えた そのころ俺は英語がジャッキー・チェンの100倍下手で まるでギリシャの蛮族の子供のように言葉に似たようなものを喚きちらしていたので それを見兼ねた現地人はまるで命の木の実を 愛らしい森の動物に分け与える精霊のやりかたで 俺に英単語を教えるのが慣習になっていて ディランはそれをサーカスの休業中にやってくれたのだった ストロボライトがすべて落ちたあとの静寂 サーカスリンクのど真中 曲芸師たちが放り投げるための椅子と机を置いて 沼に住むお化けのような蝋燭に火を灯して まるでクロップされたように闇に浮かぶテーブル ディランは椅子の背を向けて座っている

テントの外で明日やる演目を楽団が練習しているのが聴こえる 彼は悲しそうな表情も楽しそうな表情もしていない 彼はお面をかぶっていた あるいはいなかった 俺はわからない 彼は俺の前に座っている

俺がなにかいおうとすると 唇の前にひとさし指をたてる
楽団が最後の一小節を手放し 檻の中の闇の動物たちもなぜか黙りこくり
彼は俺に記憶喪失を教えた

彼がまだ生まれる前 彼の母親と父親はある家に間借りしていた その家主はマリファナの栽培人でそれを売買して生計をたてながら自分でも死ぬほど吸いまくるといったクズだったが そういう人間によくあるように すこし肩の力は抜けているけど 基本的にはジェネラスないいやつだったので  ディランの両親はさほど気にしなかった

ディランの父親の国ではそれは当たり前の習慣であるし ディランの母親もヒッピー・ムーブメント(特にベトナム戦争がからむ文脈において)には少なくからず共感していたので抵抗はあまりなかった

なにしろ 広くて 綺麗な家で シティからも近く 二棟にわかれていたのでジャンキーとのプライバシーは保たれていて 幽霊がそこここから出そうなくらい古かったが とにかく 家賃が安かった それはもともとジャンキーの祖父の持ち家だったらしく ディランの両親としては いろんなものを天秤にかけたあとに そこに住むことに決めた

何拍かの季節を置いて そろそろディランの父親がプロポーズの言葉の草案を練り始めたころ ディランの父親は記憶喪失になった 

なんてことはない ある夜 暴漢が家に押し入り ディランの父親の脳天を野球ボールに見立てながら 場外スタンドにぶちこむべくめいっぱいの力で フルスイングをしたのだ 

なぜそんなイカれたことをする人間が世の中にいるのか それは誰にも分からない しかしジャンキーの絶叫を聞いたお隣さんの証言 その後 ジャンキーは二度と帰ってこなかったこと 麻の畑がある秘密の地下室がひどく荒らされていた事実など をつなぎ合わせると おそらくギャングのごたごたに巻き込まれたのでしょうと警察は妙に冷徹な口調で クリスマスで帰郷していた女にことのあらましを説明した 夫はぼんやりと病室の天井で廻るファンを眺めている も しあなたもあそこにいたなら と多くのひとが なにかとても見当はずれな猜疑を白目に隠しながら 女に言い 継いだ まるでメリーゴーランドのように 白い馬 黒い馬 青い馬 黄金の馬 白銀の馬が 女の前に 上下しながら 回転しながら 卑猥にいななき クリスマスだけを求める音楽が ぐるぐるぐる 回り ま るでシャンデリアを爆破したみたいに 光が加速して 伸びきって 虹だわ! 虹が膨張しているの! 虹が燃えたあとにすぐ凍 り 馬群は走りながら燃えていき あらゆる噂やことばが回り わたしたちが凍り 病室の天井のファンが回 り カ シャンと弾薬が回り このリボルバーの弾倉が回り このまま フェザータッチで 引き金を引けば さまざまな音楽がとまる のね わたしはいろんなことをわすれるのね 蟻地獄のような螺旋状に刻まれた の口径の内臓から 流星のような弾丸が飛び出し 真っ白な清潔な流星が私のこめかみに 突き刺さり 私の脳天をまるで野 球ボールのように ストレートに 150キロ ど真ん中がフルスイングされ 真芯にジャ ストミートし 白球が ロケットのように夜空にぶち上がり これは大きい!これは大きいい!  真夜中の一番暗いところ 場外スタンドのはるか上空に消 え去り  1 6年ぶりのベアーズのワールドシリーズ優勝です! テレビの中ではテープリボンが頭がイカれたように舞い 祝祭の中でベアーズの監督が月まで胴上げされ ホームランボールはぐる ぐる地球を 回り ジリ  リリ リリ と煙をあげながらホイールがスピンし サーカ スでたてた人差し指 天井のファン わた したちのどこかに回らないものがほしくて その残像が息切れする ところに わたした ちの素敵なものが テレビの調子がおかしくて ビリビリと手紙がやぶれるような音 がして 



ブツウンと電源が切れ

ソファーに溶けたチーズみたいに ぐたりと座るディランが天井のファンをみつめながら あれ俺いま何の話しをしていたんだっけ?と言って ははは 二人で笑った


テレビデオガール

  魚屋スイソ

地下鉄降りて改札抜けて階段上って、パンツ、パンツ見えパ、見えないし、ふつう見えるわけないし、適当に広告でも眺めてたふりして視線を流して、熱風にやられる、マックブックを脇に抱えたランチ帰りの会社員を見送り、スマホを覗きあう野球部の群れをかきわけ、しかめっ面で暑いと呻きながら、喫煙所探して歩いていたら、頭にテレビ被った女子、が、鉄柵に寄りかかって俯いている、ブラウン管だし、それ、テレビデオじゃん、思わず口にしてしまって、返事のかわりにおれの方へ顔、テレビの画面だけど、向けて、なんとなく視線を感じて気まずくなって、煙草に火をつける、まだこっちを見つめてる、画面には何も映ってないけど、アグレッシブに陽射しを反射させて、屈折させて、ビームを命中させてくる、よける意味もかねて、煙草の灰を落とそうと灰皿へ歩み寄ったら、合わせて顔の向きを変えてくる、ためしにしゃがむ、パンツは見えん、ビームが熱い、それ、ビデオ見れんの、今度は頷く、へえ、意外と軽いのかな、夏服のセーラー、涼しそう。

中古屋でエロビデオを数本、適当に、適当に選ぶふりしつつも、できるだけ顔がロリっぽい女優のを、しかもできるだけマニアックなタイトルにならないように細心の注意を払って、買って、一緒にホテル行って、じゃあ、いれるよ、って冗談っぽく言いながらまずコスプレモノのビデオを、彼女の顔のデッキに差し込む、痛かったら言えよ、とか、はじめてじゃないよね、とか、頭よぎったけど、正座した彼女の、折りたたまれた腿に食い込む白ハイソに目がいってしまって、それどころじゃなかったし、それどころじゃなかった自分に焦って、おれさ、ずっと探してる女の子がいるんだよね、急に語りはじめてしまう、むかし、小学生の頃、チャットで仲良くなった子がいてさ、彼女の画面にスク水の女が現われ、ビート板に股間をこすりつけはじめる、毎晩のように、親に隠れて話してて、ガキだったし、当然頭の中エロいことばっかでさ、プールに喘ぎ声が響く、女は腰をくねらせ、表情をゆがめていく、ついには電話とかして、いよいよテレフォンセックスにまで持ち込んでさ、視点がかわり、アップされた女のケツが画面の中を前後に動くようになる、小学生としての、めいっぱいのエロ知識を総動員させていやらしいこと喋りながら、必死にチンコしごいてた、今度は仰向けになって股を開いた女の、濡れたスクール水着のはりつくからだを、カメラがゆっくりとなぞっていく、思えば、初体験だったな、いや、高校入るまで童貞だったんだけど、彼女は背筋を伸ばして正座したまま、画面に痙攣するスク水の女を映して、おれの話にききいっているのか、ビデオの再生中は動けないシステムなのか、わからんが、煙草を取りに立ち上がると、首だけは、人間の関節の可動範囲内で、ある程度はまわるらしくて、おれの動きを追ってくる、煙を吐いて、ビデオを取り出して、二本目、どこまで話したっけ、まあ、とにかく、会いたくなってさ、会おうって話してさ、でもその子は東京で、おれは田舎に住んでたから、放課後の教室で、制服の女が二人手を繋いで舌先をからめている、大学生になったら、東京行くよ、そしたらほんとのセックスしよう、って夢みて、毎晩、チャットにログインして、たまに電話越しにオナニーして、ショートカットの女が、ツインテールの女のブレザーのボタンを一つずつ外して、シャツの上から胸元を撫でている、いつのまにか、お互い中学生になって、おれにも恋人ができて、ツインテール女の胸がはだけ、ショートカット女の舌が唇から首筋、鎖骨へと下りていく、ミクシィとかフェイスブックとかツイッターとかスカイプとか、違うんだよね、日記や呟きが毎日更新されていくのを見ると、ああ、人間、いるな、って、なっちゃう、片手がスカートの中に潜り込む、すかさずカメラがローアングルに切り替わる、ネットの関係ってあくまで始まりから終わりまでバーチャルでさ、そういうハンドルネームのキャラクターがインターネットの中にいるだけ、白いレースのパンツにノイズが雑じってくる、サイト相互リンクしてても、個室のチャットルームもってても、一度風化がはじまったら、あっという間に塵になって、思い出した頃には、ビデオが途切れて、彼女の顔が砂嵐で覆われる、なんで、こんなこと話してるんだろうな、その子、喘ぎ声、すげーかわいかったんだよ。

三本目を再生している途中で寝てしまったらしい、目を覚ますと、彼女は顔だけ残していなくなっていた、ブラウン管を抱えて外に出る、駅までの道を戻る、みんな手にもつ端末を操作している、小型化や薄型化は、だめだな、被れないから、バレる、パンツとか、簡単に見れそうだし、地下鉄のホームへ続く階段から、機械熱と体温の風、東京は、だれにも会えない。


秋風

  山人

梅雨の季節に君に会い
雨の中の紫陽花に君をみた
大きくふくらんだ胸の中に
幾重にも重ねた肺胞の中に
君はすべてを吸い取って
僕は君の吐息の中に埋もれた

暑い夏が来て
君の髪から砂粒がさらさら流れ
僕の耳に入り
しずんでゆくしずんでゆく
僕の肉の中にはらわたに
君の息が僕の首から突き抜けて
落ちてゆく君の吐いたしるし

海岸の
かもめの音が空をえぐり、
単子葉植物の穂を揺らす
僕の体内の砂粒が
一粒一粒君を謎解いて
君を秋へと舞い上がらせる

一途なものを光らせた時の領域
吸い込んだ君の息
遠ざかる船の一抹の輝き
おもいは水平線に
秋風と共に吸い込まれていった


二度寝

  浪玲遥明

淡い桃色の朝焼けがしずかに蒸発して、音もなく空が青くなるのを、じっと窓
越しに見つめていた。貧弱なスピーカーから流れる音楽と、母親のすすり泣き。
どうやったって布団から出られはしないんだ。カチ・コチ・カチ・コチ。突き
刺すような一秒一秒が、痛い。起き上がらなくてはならない。起き上がって、
朝食を食べて着替えて靴を履いて自転車に乗って、学校に行かなくてはならな
い。手のひらのなかの現実を、握りつぶすことさえできなかった。

昨日の夜から吐き気がひどい。枕元には洗面器もビニール袋もないから不安だ。
寝返りを打つたび、背中の筋肉の隙間にふっと、青い液体が流し込まれる。カ
チ・コチ・カチ・コチ/かすかにきこえる秒針の音。母親はさっき仕事に出か
けた。体のどこかで神経が切断され、この体がどこまで自分のものなのか解ら
なくなったのはいつだったか。再度接続を試みている。起き上がることなど、
目が覚める前から諦めていた。

(瞼の裏に広がっている雨上がりの草原、そこでは、歩き続けないといけない
のだと、歩き続けなくては死んでしまうのだと、なぜか知っていた。太陽が見
えない曇空。しめった足音に雑草が踏みつぶされていく。ときどき隕石が降っ
て僕を打つから、体の所々に青い痣ができた。痛くはない。顔だけぼやけた友
達が現れては消える。大丈夫だよ、体の輪郭だけでも君が誰かは解るから。消
えていく。何も喋らない。表情もない。消えていく。僕はただ歩く。)

だんだんと雲が減って、太陽が見えるようになると、草原も乾いて、そのぶん
体が重くなる。足がもつれ転んで、膝にかすり傷ができた。地面に手をつき下
を向いている僕の横に立っている君は誰だろう、見上げようとして目が覚める。
鼓膜を甘噛みするように、音楽はまだ流れていた。窓越しに見える空は、雲ひ
とつない晴天だ。まばたきを繰り返し、やっとのことで重たい上半身を起こす。
僕はひきずってでも、遅刻してでも、今日もまた学校に行くんだろう。


ピンクパンサー

  しゅんすけ

 ティナが処女を喪ったのは七歳の頃だった。 ニュージャージー州ニューアークの片隅で産ま れた彼女は、自分の娘を犯すのは父親の特権と 考える両親に育てられ、初めて父親に犯された 時、既に5箇所の骨折が完治した後だった。彼 女と彼女の両親がまだ生きていたのは、家に銃 が無かったから、という理由以外を見つけられ ない様に思えた。彼女の唯一の楽しみは、廃車 置き場に忍び込んでガラスの破片を集める事 だった。この癖は、結果的に彼女の生涯を通し ての秘密となる。

 ティナが15歳に成った頃、働いていたバー ガーショップに客として現れたのがクランク だった。ティナがクランクを見つめていると、 彼は微笑みを返した。ティナが経験する初めて の絶頂。その瞬間彼女は薄いピンクに染まっ た。彼の注文はいつもストロベリーアイス。 ティナは、ほんとに好きなのはストロベリーな のか、アイスなのかと彼に聴くが、答えはいつ も『どちらでも』

 年中便秘気味のティナと小用回数の多いクランク。二人の情事は常に粘度の高い唾液に支配さ れる。眠らずに一週間愛し合ったこともあっ た。セックスの最中、彼女は最後まで泣いてい て、クランクは彼女をママと呼んだ。ある時突 然、クランクが勃起不全に陥った。ティナは、 別に指だけでも良かったのだがクランクには耐 え難かった。その後、彼はしばらく姿を見せな くなった。

 ティナがクランクに再び会ったとき、彼は独り では無かった。彼の『友人』は、体毛をすべて 剃り上げ蒼白な顔で、革命家と名乗った。ティ ナを初めて見たときの、五分の一秒だけ現れた 侮蔑の表情の意図をクランクにぶつける。『こ んな物を俺に見せるな。早く始末しろクソカ ラーめ』直後クランクはティナに跨がり彼女の 顔面に拳を叩きつける。泣きながら彼女は、彼 の性器がいきり立つのを感じた。

 ティナの顔の肉が剥がれて錆びついた骨が見え 始めた。拳をただの石塊の様に叩き続けるクラ ンクの指は千切れ、それでもなお振り下ろす。 ティナの最奥の臼歯が彼女の咽頭に転げ落ちる 頃、彼は指を完全に失い、チキンの骨のように 鋭く割れた中手骨を、何度も突き刺していた。 他に刺す場所がなくなりチキンボーンが眼球を めがけて振り下ろされる最中、ティナは彼の首 筋に、鉤十字を見た。

 支配の欲求。純白の証明。至高の愚劣。本能の 狂気。それらを鉤爪で留める紋様。彼女は悟 る。一つになるのだ。二人は幾つもの虚無を生 み出し、そしてその滴はいくつもの孤独を救う のだ。彼女は人生最後のオーガズムに身を震わ し、呼吸をやめたのだった。

 彼女の眼球に突き刺したものを抜いた時、ティ ナの体が硬直と弛緩を細かく繰り返すのを、股 の中で感じた。出会ってから幾度も感じたこの 痙攣に、直接体が反応していた。クランクが快 楽の臭いを思い出すより先に射精してしまった のだ。彼はチキンボーンで己の喉を突き、消え ゆく世界の中で、彼女の名を呼ぶ代わりに、マ マ、とつぶやいた。

 黄金に鍍金された尺取虫の銃口は、端から彼の 後頭部にあてがっていた。下等な生き物が肉に かわる。引き金はフェザータッチにはしていな い。ドラッグストアの深夜の店番を撃ち殺して 終わないように。パラベラム弾がクランクの後 頭部に侵入する。いびつなライフルが軌道を曲 げる。肉塊も一緒に撃ち抜くはずだった。彼の 顔面を撒き散らしながら飛び出した9ミリの弾 は、肉の傍の地面にめり込んだ。眼前に広がる 支配。そこに顕れる全てが、神と男の戯れ。無 毛の革命家は勃起した性器を擦りながら、脳漿 にまみれて薄桃色に染まる双頭の豹を、何時ま でも視姦し続けた。

文学極道

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