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2008年02月分

月間優良作品 (投稿日時順)

次点佳作 (投稿日時順)

特別作品 (投稿日時順)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


恋歌連祷  10

  鈴屋

10


岸辺にいると不安なので
内陸へ向かう

わたしが愛するあなた あなたを捨てにいく あなたの
首はなだらかな丘の頂にそっとおく あなたはけっして
ふり向かない木になる あなたの腕と脚は束ねて括って
寂しい駅のベンチに忘れてくる 学校帰りの少年がひと
り美しい眉をひそめる あなたのコスモス色の10の爪は
ティシューに包んでポケットにおさめる あとではじい
て遊ぶ あなたの眸は秋の曇り空に投げ入れる ときど
き瞼をあけては道行く人の背後を見詰める あなたのト
ルソーは湖に立たせる 千年昔の悲しい恋の伝説になる
あなたの唇はポスターにして街中の壁という壁に貼る 
万人があなたの唇を買い求める あなたの血液のことご
とくはわたしが吸いつづける わたしの永い逃避行の糧
とする あなたの女性器は荒れ野の枯れ木に吊るし北風
に晒す わたしはその荒れ野で泣きながら夕日を見る 
わたしが愛するあなた あなたを捨てにいく あなたの
すべてを捨ててしまえばわたしは旅を終え紳士服など買
いにいく

ドアミラーの中の青空
はるかな送電塔の数列  


幻想領域

  ためいき


わたしたちは
わかりあうことが
できない
互いに未知な
存在であることも
できない
何ひとつわからない
そう叫ぶことすら
できない

夢の円周に
黒い風がめぐっている
丈低い草が乱れ
泥川が丘のふもとを濡らす
鉛のように垂れる雲
枯れ始めた木々
あなたの追憶

わたしの十字架は
あなたの骨片で
できている
あなたの喪服は
わたしの頭髪で
できている

青く凍った乳房に
木の男根が枝を伸ばす
開かれた唇の奥
赤い咽喉に蜜が滴る
遠い空は
永遠の灰色
陸橋から小学生の見下ろす
銀色の線路の上に
あなたが

  星ノ光ニハ
  潮ノ匂イガスル
  ススキガ波ウチ
  金ノ人形ガ
  浮カンデハ消エタ

見失われた歳月から
こぼれおちる砂
いったい
誰が孤独なのか
誰が愛されているのか!

・・・夜明け
死児を抱いた
あなたの写真が
霧のように燃え尽きる
透明な風が低く吹き込み
時間はいくつもの層にわかれ
まだ目を閉じたままの夢のために
まだ眠りを許されぬ震える指のために
一滴の光が・・・

わたしたちは
愛しあうことが
できない
心を閉ざし雲を追うことも
できない
わたしはただ
見つめる
なすすべもなく
見つめ続ける

今 生まれおちようとする
あなたを


問いかけの道

  殿岡秀秋

たとえ問いかけに
応えなくても
ぼくとあなたの間には
気と気が流れて
道が生まれる

炎天下の舗装路の蜃気楼が漂う道
森の奥のシダが茂る湿った道
沈黙の石に蝉がなく墓場の道
ナメクジが這った跡がひかる窓の桟の通り道

テレビジョンの中で
役者がしゃべった言葉を聞き取れないで
一緒に観ている家族に聞いても
だれも応えない
ぼくは木霊のように帰ってくる田舎道を期待したのに
突然袋地に迷いこんだ
その壁の向こうには
息を潜める人の気配

すると空気を裂いて真空の道が生まれる
沈黙の言葉は満ちているが
意味を形成しない
そこにぼくの気とあなたの気だけが充満している

聞かれてもわからないから
応えようがなくて
それを説明する気にもなれない
あいまいな雰囲気につつまれて
家族はある

気づけば袋地と見えたところに細い道がある

真昼だれもいない都市の小道
軒下に盆栽の鉢が並ぶ道
格子戸に朝顔のつるが絡む道
すだれの奥から三味線が響く道

通りぬけて広い道に出る
氷菓子屋の前に立って
ぼくを手招きする
あなたの微笑み


さらばドラッグストア

  まーろっく

俺がレジの娘に恋する時

背を丸めた買い物客のむこうに
垣間見えている
後ろで結った明るい髪や
淡い紅色の可憐な頬や
また彼女の背景にあるおびただしい
くすりの箱や菓子や缶詰ごと

恋する時

空気はもっと乾いていなければならない
湿った日陰のない高原の異国のように
くまなく晴れ渡っていなければならない
さびしいバス停などはごめんだ
埃たつ狭い通りを驢馬や荷車が
くすりの箱や菓子や缶詰を積んで
にぎやかに行き来していなければならない

恋する時

奇跡のない国はごめんだ
愛もからだも缶詰もくもりない欲望で
見つめられなければならない
闘鶏のように疑いのない目を持ち
皺だらけの紙幣のように
 健康でなければならない

恋する時

俺はウードが奏でる迷路を追わねばならない
はやしたてる群集の猥雑な声を浴び
波打つ布地の表面をアラベスクとなって
どこまでも伸びなければならない
この時転倒した太陽にむかって
パッケージの文字がいっせいに飛び立っても
けっして立ち止まってはならない

俺がレジの娘に恋する時

ふたり名前もないままで
この開放された最後の部屋である
白いレジ台の上のチョコレートバーを
きみは永久にレジ打たねばならない
天文と幾何学で浪費された数字の全部で
レジスターからふたたび世界があふれだすまで


1week

  榊 一威


鏡が割れた数だけ映す事象に 変わる形が付属したりする 誰かが退室する気配に空気が泳いだのを よく知っていた いつも群れて彷徨うデフォルトが 破片に現れ消えてゆく 瞳だけ開いた空洞の人形さえ 静かに濡れて佇んでいる コールサインを見落とした人が道の上に墜ちてゆく ゆったりとした音楽が耳の奥から聞こえる 括り付けられたオブジェに 一瞥してメインストリートに流れ出した とても最悪の日だ。


まだ遠い日のうちから覚えていた 蛍光灯の光に様々なモノが照らされている 今日は夢の端から食われてゆく 答案用紙に1マスずらして書き込んだ違和感がまとわりつく 書き込んだレスは少しも反映されていない 教会の扉を境界を越えてあけた誰かは影だけ残して去っていった さようなら 夢の人よ 隠れたつもりが 半分開いたドアから覗かれていて 急に光が強くなる そしてきっと忘れ合うんだろう ずっと。


過去形の次元で話すから困惑するのに 差し込まれたダイレクトメイルが暗号で伝達する サバイバルゲームのようなステージで 乱射された弾がどしゃぶりの雨となって戻ってくる 言葉は意味のない記号に加工され 紙面を飾り若者は虚ろな眼をして没頭している 気付かない 誰も気付かない 間違い探しに紛れ込んだ本物さえも 自分の存在を疑っている 乾いた風が砂と共に南から吹き付けてくる 何処にもない街。


昔沈んだ心の残響 揺れては引っかかり奏でられる 書きかけのノートブックに戦士達が跡を残し 堕ちてゆく 研いだパレットナイフの切っ先の緊張感に 血液がドクドクと脈打ち磔られる そんなとても静かな夜にカンバスは色を乗せ 残響と共に旅立って行く 屍を跳ね超えてきたプラットフォームが 集まったカンバスで一杯になる 教士達は次の基礎となって またディスプレイを汚し 隙間をぬって消されてゆく。


砕けた鉱物の欠片が錯綜した交差点で衝突し フォントはそのままで即興でそれを詩にしていく カチリカチリと時計の針がスロウペースで動いている 規則的な数列で表された譜を鉱物は確認し シグナルが赤にもかかわらず 詩人のために砕けてゆく 時間が過ぎるはやさに 追いつけなくなったヒカリ 思い出せば 連動であり 情動であり 胎動であった カットシーンで 歴史の動くはやさで 譜号のぶつかる速度で。


クラッシュされたレモンが 氷と溶け合ってダイヤのような水滴を作る時 カウチで寝ていた人形が目を覚ます 午前三時 街はずっと薙ぎ払われコンクリート1色になる 氷の溶ける音とユーモレスクのハミング以外何も聞こえない サインはゼロ HPも無いに等しい 柔らかい雨に打たれる 人形が少しずつ濡れてゆく 日々の近くで壊れていくことを初めから予言していた鳥が 大きく1回啼いて彼方へ飛んでいく時。


沈みかけの夕日に 現れる安らぎの危険信号 ノートブックは記号で一杯になり どこからか進化したデフォルトが ひっきりなしに消去していく 誰かがドロップスを花の代わりに配り それはどこかの葬列にまぎれ いつの間にか沈んでゆく 隙間のない声 少女が歌う声が 聞こえるか 記憶の底から湧き出る微かな声が いつも鳴っていた 少女の背中に翼が見える 鳥の羽が舞う 雨の空から掌へゆっくりと舞う。  


トロゼの街のブタ

  ミドリ

トロゼの街のアパートメントに
一人で住んでいたブタは
ある晩
幸運にも女管理人と一夜を共にすることができた

その日ブタは地下鉄の駅に
新聞を買いに走った
途中で通行人の肩にぶつかり
「コノ野郎!」と罵声を浴びせかけられ
やっとの思いで地下鉄にたどり着いたブタに
店員は哀れな目を彼に向け
「(新聞は)売りきれましたぜ」といった

「新聞をくれ!」と
ブタは店員の襟首をつかみ怒鳴った

「ねぇーもんは ねぇーんですわお客さん」
ブタは歯を喰いしばって
「新聞をくれ!」といった

「それなら私の家に一部ある」
「どこだ!」とブタは店員にいった
「10分くらいのこった しかしその間アンタ
店番してくれるかい?」

「10分だな?」と
ブタは念をおした

「あぁ10分だとも」と店員はいった
店員が自宅に新聞を取りに帰る間
ブタは店番をすることになった

仕事帰りの
赤いブーツを履いた女が一人
チューインガムをブタに差し出した
「これを一つ頂戴」

ブタはレジの扱い方を知らない

「すまんこったお客さん
そのチューインガムは賞味期限が切れとりましてね
売れんのです」といって一難を切り抜けようとした

「あたしはいつも此処でこのガムを買ってるの
賞味期限切れなんて そんなことないはずよ!」
女はプリプリしていったが
ブタは「もう10分待ってくれ!」といった

「怪しいわね あなた・・・」
女はブタに疑わし気な目を向けた
「10分待ってくれ!」とブタは繰り返した
「警察呼ぶわよ?」
「どの辺が怪しいんだ!」と
ブタは逆上した

「全部」

女はこともなげにいった
トロゼの街の夕暮れも 足早に過ぎ去り
通行人もまばらになったころ
店員が戻ってきた
ちょうどブタが女にビンタを喰らい
鼻血を出して路上に倒れているときだ
ブタはもつれた足でフラフラと立ち上がり
女にもう一発ビンタを喰らうと 気絶した

ブタが目を覚ましたのは午前の2時だった
クロック時計の横で アパートメントの女管理人が
ブタを心配気に見つめていた

「ここはどこです?」
「あなたの部屋よ」
テーブルに擦り切れた新聞が一部あった
ブタはそれをぼんやり見つめ
そして激しくすすり泣き肩を震わせた

「マルタ」
マルタはブタの名だ
「あなた路上に倒れていたのよ
昨日も一昨日も その前の日も
この一週間 ずっとよ」
そういって女管理人はすすり泣くブタの肩を
強く 強く抱きしめた


芝生

  sora


≪芝生≫

はらわたが私を
酷く貶めている気がする
(乱れがちな呼吸さえも)

一人の女を前にしても
怯えるだろう
乱れた曲線の素肌を
私がなげうつと

芝生に
囁かれながらも
身体のちっぽけな神経に
私は
感触を持て余してしまう

さながら束ねられた孤独
そのかなしさに
草をちぎり


(無題)

  鈴木

テレビ局の人間が
黒いワンボックスカーのそばでタバコをふかしている
沿道にはグッバイボーイが立ち並ぶ
警察官は声を荒げるが
かれらは少しも動こうとはしない
最大の難関と言われる急な上り坂の手前で
ランナーが続々とリタイアする
白バイが
先頭を快走する英国人ランナーを追い抜いてエス字カーブに
衝突する


バックミラーでかれらの顔を捕捉して
次の中継点へ向かう
奇妙な走法の英国人ランナーは何食わぬ顔で
先頭を走っている
二キロ先の折り返し地点では
友人が
舶来のウィスキーをグラスにこぼし
黄色い声援を送りつづけている
黒いワンボックスカーに仕掛けられた原子爆弾が
爆発する


*

日曜日の今日は全国の学校がお休みだから
グッバイボーイがたくさん駆けつけて
ランナーに向かって
右手を振っている

グッバイ


胎動

  soft_machine

土と肉の熱を計る
なかば眠りながら
蝉の幼虫がさくらを吸っている
土をほじくり返し
あやしたすずめをその手ずからうずめ
いらなくなった枝を突けば
まるでそこだけが日溜まりのようです
一度は捨てた日めくりのしわをのばす
男の皮膚に重ねて綴るメモ
妖しく絡みつき熟れる山帰来
時が山姥の節た五指のように
爪づきかなしく見上げる空
水辺にひろがる

襟を立てて私の庭から去った人は
木もれ日の影になり日なたになり
二度と帰ってはこない
しかし花はやがてくる
ゆるい南風と手を取って
蜂が壺いっぱいの蜜を吸う
残された者はふるい瘤々のようです
動かなかった物が
動きはじめる
苔むす岩肌
食卓に並ぶ草の実
沖に漕ぎ出す少年の舟
黒を割り芽吹くチューリップ

忘れ去られたもの達がありました
今も土深く今を眺める
餌食にあふれ
子らに踏まれ
私のあって燃え尽きる夢を見た燐も
胎動は 春
火と雨に曝され
君のものになれ


死者の記憶=世界

  いかいか

死者の記憶のほの暗い洞窟、
松明をともして、
夜半に出かける、
首九つの村の中で、
女達が生み出すのは、
まるで顔のない人間たち、
引き剥がされた、
引き剥がされた、
と、
私の友人は悲しく言うが、
それはもうだいぶ前の話、

顔のない誰かの音楽を
僕らはやっている、
彼は百年前に死んだというが、
まるで酸素の様に、
その記憶だけが
世界に満たされている、
神童と呼ばれた頃の顔は、
すでに引き剥がされて、
女たちは
村九つで、
首をひとつ植え替える、

借り入れるの季節、
女たち、
皆、農夫になって、
歩き出し、
田畑を切り開く、
そして、
首十の村で、
八つの顔を挿げ替える、

贈与、
された、
死者の洞窟の奥で、
私が見た記憶の中で、
もっとも鮮明だったのは、
あのおかしな文化人類学者の詩、
彼の顔は引きがされてはいないが、
ひどくゆがんでいる、
闘牛のせいだろう、

首ひとつ、
田畑が三つ、
家四つ、
植え替えの季節、
男たちは、
裸のまま、
サンダルを片方、
そう、昔、あの男がやったように、
岩の上に置いて、

顔なしの祝祭、
皆して、
女たちを刈り取る、
男たちは植え替えられて、
静かに寝静まる、
納屋の奥で、
馬が見届ける、
ぼんやりとした
便器の上で、
蛙が雨を待っている、
鉄の老人は、
胸を締め付けられて、
今にも飛び出しそうだ、
そう森の奥から、
はじめて降る雨が、
酸素をかき消す、
紛れ込んだ野鼠の尻尾が発火し、
水中で炎がともる、
そしてここで、
私は始めてどもる、

今日は
重力が晴れている、
まるで、
追い落とされた
最後の生き物たちが、
簡単な会話をすませて、
家を焼くように、
そう、今日は祝祭、
村一つ
首二つ、

生きている人間はもういない、
皆、死んでしまっているのだから、
あの懐かしい腐臭がする、
そう、まだ私たちが、
野兎を追いかけて、
悶絶しながら、
射た弓が
返し矢となって、
胸をいるように、

腐臭は記憶なのだから、
それをすって、
記憶になるまで、
私たちは何も知らない、

今日は雨が降っている、
世界と切り離された批評家の運命を、
笑うには最適だ
毒を飲め、

首七つ、
村一つ、
刈り取られる、
植え替えられる、
鉢の中で、
にこやかに笑っているのは、
私の知っている人だったり、
私だったり、


ホオズキ笛

  黒沢




夜おそく
妻が購ってきた酸漿の花

市には露店がたち並び
ひとつの庇は
別の傾きへとさし換えられるようで
見ているそばで胸が苦しく
包装紙は
濡れていたという

私は食卓に持ち込まれた
黄色く
つましい明るみを
不思議な橋のように感じた



手のひらを
そっと打つのだが
果たしてどちらが鳴ったのだろう

兎に角ふるい設問なんだと
私は
既に萎れかけている花をはじき
化粧をおとす
耳飾を解いていく
ちがう時刻へと
通り抜ける
妻の気配を近くにしながら
くり返してみた




季節の変わり目は
いつも
何故だか俯いてしまう

酸漿は
花でなくなり
とても現に思えないのだが
紅く壊れやすい紡錘形
器用に中身を縒りだすことができると
いき返るから
妻がいう
私は応えなかった

次の市がひらく迄に
雨は降り止むのかも知れない


無題

  凪葉


もしも、溜め息の数だけ何かが失われていくとしたなら、それはきっと目の前に散らばっているお菓子の空袋なのかもしれない。
味もとくに意識することのないままただ人差し指と親指と、たまに中指を使ったりなんかして器用に口に運んでは歯を動かしているだけの、まるで機械のように、もくもくと目の前にちらつくテレビに目をいったりきたりさせている。

意味も無くおちょこでコカコーラをちびちびと飲んだりなんかしていても、部屋に散らばる衣服と、カチカチと一定を保ち続ける時計はいつだって何も話しかけてはくれない。
炬燵に入れた足がなかなか出せないままかれこれ何時間経ったのだろう。もうこのまま出られないかもしれない。
肩の重さを和らぐために肩を叩く姿のまま、ふいに立て掛けてある鏡と目があってしまいまたひとつ溢してしまった溜め息。
その中には何が含まれていたのだろうとくりかえしくりかえし考えていると時間ばかりが過ぎてしまい、ああこうして炬燵から出られないのだなと気がついて、苦笑した。

ひとつふたつみっつ、もうそろそろごみ箱が必要に、と思いながらまた別のことを考えてしまう悪い癖は相変わらず治りません。
ストーブを消して節約する気持ちだってあるのに、炬燵に入ったまま眠ってしまう癖も今のところ治りません。
眼鏡をはずしてぼやける視界のままいられたらどれだけ良いだろうか、いつか、そんなことを口ずさんだ人が、今、わたしになっています。更にぼやけていく世界に、瞳がついていけないと、嘆いている姿が、いつかの、そう、いつかの、、


目をとじて感じるせかいの温かさに爪先から覆われていきたいと思う。
雨音、混ざりあって消えていく時計の、子守唄と風のひそひそ話、炬燵の胎動が、脈々と、自動車の行き交う音に消されていく。その辺り、呼吸が届くくらいのところまできている。
溜め息の数を気にするのはもうやめないと。そろそろ、お湯を沸かして、湯たんぽに足を預けて、ひとつひとつ閉じていかないと、明日はお休みだから、そこらじゅうに染みついている何かを外に干して、パンパンってやさしく叩いて空へ送り届けるんだ、と思う。そういつだって、わたしは思うだけ。確実なことは無いから、いつだって思うことばかりを思ってしまう、悪い癖。


地上に眠る恋人たちの夢は

  ミドリ

車は夜道を飛ばしていた

明かりの点いたホテルの 初夏の夜のプールサイドに
まばらな人影があり
彼女が視線を窓に移すと
男に言った

彼が事故に遭ったのはここよって
ひっつめたロングヘアーと細い体はまるでバレリーナだ
”彼”って誰だい?
男がそう聞き返すと 彼女は肩をすくめた

仕立てのいいスーツに 撫で付けた髪の男の名は ハジメ
今の彼女の
つまりまなみの恋人だ

まなみがベニグノの教会で結婚式を挙げたのは3年前
”彼”ってのは
まなみの前夫だ

     ∞

まなみの前夫とは会っていた
ぼくはメーカーの人間で 彼はうち代理店で働いていた
ぼくらは
3ヶ月に一回の
会議のあるときに顔を合わせていた

ひょっとしたら2次会で どこかのスナックで
あるいは どこかの料亭で
グラスの一つくらい 合わせていたかもしれない
こんなとき
ぼくの記憶は あまり当てにはならない

     ∞

車ん中で ぼくがタバコを取り出すと
彼女は横で咳き込んだ
”彼”はタバコを吸わなかったって言う
うん
でも俺は吸うんだよ
身体に悪いのに?
まなみは眉間に皺を寄せている
ぼくはスーツのポケットにタバコ仕舞った

     ∞

まなみは時々 ノートとペンを持って
机に向かっている
何をしてるんだい?って
肩越しに覗くと
見ないでって ノートを伏せる
決まってその時 シャープペンシルのパチンっと 弾ける音がする

とにかく変わった女だ
例えばセックスの最中
闘牛の話をはじめる
スペインのか?
石垣島のよ
俺も見たことあるけど・・・
コーフンものなの!
うん わかるんだけどさ

     ∞

昨日はバスルームで
鋭い呼び出し音が3度鳴った
まなみの携帯電話だ
ベルは3度鳴った
でも会話は聞こえない

心配になって覗きに行くと
まなみはバスタブの中ですやすやと眠っていて
彼女の膝の中で 携帯電話が
ゆっくりと沈み込んでいくのが見え
ボイスメール・メッセージが ディスプレイに表示されていた

まるでそれは
彼女の世界の中にあって 入り口と出口とが
あべこべになっているようだった

     ∞

その日はいつもように
彼女は週末の仕事に出かけた
音楽を聴いているぼくのイヤホンをむしり取り
行ってきます!
なんて
耳元で大きな声を張り上げる
何を聴いてるかとおもいきや なんだ!? ツェッペリン?
まぁね
終わってるわね・・・
何がやねんっ!

そうよ
あなたのそういうとこ
私 結構好きよ

ロングのひっつめた髪をほどいて
まなみは唇を寄せてきた
ぼくはそっと抱き寄せた彼女の肩越しに見えた
脱ぎっぱなしになっているまなみの
ジャージを 片付けなきゃ 
なんて
その時ぼんやりと 思ってた


居間の遠景

  殿岡秀秋

夕食のあとでテレビジョンを観る家族
小学生のぼくの襟首から
侵入する影がある
何が起きたのかわからないままに
背中から胸の空に
黒雲が広がる

柔らかな影が
からだをつつみ
やがて
ぼくを消しさっても
なお残るものがあるのだろうか

晴れた空の下で
ぼくは気体となって漂うのか
それとも
影につつまれた瞬間に
別の宇宙に移って
冷たい星で震えているのか
そこでどんな姿に
変形してしまうのか

何もわからない
ぼくは口を手で抑える
氷の粒が飛びだして
部屋中に鳴り響きそうだから

テレビジョンを観る父や母は
目の前にいるのに
幕の向こうで
役者のように座っている
ように見える
雲のような影が
二人の襟首から入る機会を狙っている

いつか父も母も
それにすっぽり
包まれてしまうだろう
それは自分が消えるより恐ろしい

居間が遠景のように遠のく

夕食のあとテレビジョンを観る家族
ぼくは父親になっている
小学生の娘が
急に立ちあがり
首を振りながらつぶやく
どこへ行ってしまうの

死の影が
娘の襟首からはいったのだ
ぼくは答えることができない
忘れていることしか
だれもそこから逃れる術はないから

その娘も母親になり
ぼくは生き物としての任務を果たした気分で
夕食のあとテレビジョンを観ている
ぼくの生の影は
身の丈ほどに育っている


岸辺

  りす

母が岸であることをやめ
誰も橋を架けなくなった

水が溢れそうになる日は
父が対岸に先まわりした

父が見逃した水があれば
息子がその隙間を埋めた

母は岸に背を向けて
自分の醜さを恥じた

醜いから遠くへ行くのだと
母は岸であることをやめた


  ベイトマン

鼻につく屎尿の匂い、ひび割れた打ちっぱなしのコンクリート、落書き痕が滲む黒ずんだ古い壁、薄汚れたトイレの個室で僕はマスをかきつづけた。
ここは僕にとって思い出の場所だった。初めて香と出会った思い出の場所──いつまでも変わらぬこの匂いに懐かしさがこみ上げる。
荒くなる鼻息──淡く黄色がかった象牙色に染まる傲慢な陶磁器のように突き出た香の尻朶が僕の脳裏に浮かんでは消えた。
まるで波打ち際の泡のように、脳裏に浮かんでは儚く消えた。アヌスから漂う香の臭気──あらゆる体臭を濃縮した馥郁たる芳香。
小便で黄ばんだ便器に向かって黄色く濁った精液をぶっ掛けた。便器の縁側にこびりついたどす黒い糞滓に見事命中した。
射精しても僕はオーガズムなど感じやしない。虚しさだけが頭を垂れる。濃厚な重低音を効かせた激しいビートの幻聴──脳髄がビブラートした。
左腕を黄疸色のチューブで縛りつける。親指を握りこみ、僕は指腹で何度も皮膚を表面をこすった。垢と混じってくすんだ汗の匂いがした。
香と過ごしたあの日々が極彩色に輝き、僕の瞳が溶け出してしまいそうなほどやけに眩しく映る。浮かび上がった蒼白い血管に僕は接吻した。
ポケットから取り出したスプーンを不恰好に砕かれた白い結晶を乗せる。チューブを巻いた腕の指間にスプーンのヘラを強く押し込んだ。
親指でジッポーライターのヤスリをこすった。痛い。桃色だった指が白くなる。
所々黒黴が覆う蛇口の水道水をスプーンの上に数滴ほど垂らし、僕は緩やかに息を吐いた。スプーンの背をジッポーの火で軽く炙る
焦げた黒砂糖と樟脳の甘ったるい香りが鼻腔に触れた。適度に不純物の混ざったガンコロ──メタンフェタミンの匂いだ。
僕はこの匂いもたまらなく好きだった。無意識に股間の一物がいきり立つ。水面が沸騰した。ゆるやかに泡立つ。薄い蒸気が揺らめいた。
注射器の針を溶液に浸し、一滴残らず吸い取る。二の腕辺りに盛り上がった静脈がのた打ち回って激しく脈打つ。
香の肛門に突き刺す寸前の僕のペニスのように微かな音を立てて激しく脈打つ。僕はニードルを突き刺した。
ローションで濡れ光る針の先端──抵抗なくスムーズに血管の中へと突き進んだ。軽くピストンを引いた。血液がポンプ内で小さな渦を巻いて逆流する。
赤い水中花が咲いてはシャブと同化していく。焦らすようにゆっくりと僕は血管に向かってアンナカ入りの溶液を流し込んだ。
背筋にドライアイスを押し付けられたような冷たい感触──背筋がざわめく。冷たい。身体の芯まで凍りつきそうな感覚が神経を襲う。
冷たかった。ただ、冷たかった。溶液が染み渡る。身体中の毛細血管がシャーベットになる。
凍てつく快感が後頭部でシャッフルした。毛穴が開く。僕は熱を失ったスプーンを口に含むとわざと下品にしゃぶって見せる。
こうしてペニスを愛撫されるのが香、君は好きだったよね。香と僕は互いの糞尿を啜りあい、互いの肛門を犯しあった。
僕達の性癖は異常だっただろうさ。だから君は僕を置いて自殺してしまったんだ。ああ、だけど心配しないで欲しいんだ。
僕も今からそっちにいくから。カルシウムの錠剤を口入れて溶かす。白い唾液をスプーンにこぼして注射器でスポイルする。
もう一度血管にニードルを刺した。僕の心臓が停止するまであと三秒だ。


青梅街道

  まーろっく

青梅街道は二月の光のなかにあり
遠い思いばかり身を刺して吹きすぎる

若い革ジャンの背中ふたつ
どこまでもバイクで追っていた
影でのみ記された風の詩想

西は奥多摩の紅葉に燃えて散り
東は首都の心臓に刺さる矢となる
青梅街道善福寺あたり
ゆるいS字カーブを鋭角に感じるまで
スピードに震えていた日々

許されぬまま置き去られた花のように
愚行ばかりが沿道に咲き残っている

新宿。際限もなく紙幣の乱痴気騒ぎは続いていた
高層ビルに排気音を叩きつけるのが好きだった
あの沸騰した時代の夏の夜
都庁舎建設地には巨大な基礎坑が穿たれ
作業灯が点々と地の底までともされていた

お前はまるでSFアニメみたいだと笑い
飲み干した缶コーヒーを穴の中へ投げ入れたのだった

ああ それはひとつの終止符として落ちた
この街道の 若さの 風の詩想の
けれど俺たちはただ予感しただけだった
遠い地の底から小さな悲鳴が届いた時に
ふざけ笑いを消しながら

青梅街道は二月の光のなかにあり
遠い思いばかり身を刺して吹きすぎる

お前がいない街角に
風の詩想が吹きすぎる


雪の日に

  吉井


  つごもりの月が
 何事もなく通りすぎるように
 逆立ちしても感覚できない世界が
 鼓膜を隔てた外耳の向こうにあった

 あなたは降りつづける雪が見る夢のように
 わたしのそばで一途にセーターの毛玉を取っている

 朝取りの真子かれいは腹這いに並べられ
 その黒目はわたしを追い求めてなおも呼吸していた

  便器の底に沈む顔の影が
 今日より先もずっと
 見るよりも儚く想うよりも切なく
 外耳の向こうにゆれてあった


宇宙を感じて

  木戸

1
空を見上げて
光る星の名前を
僕は知らない

そんなくせに
じっと見つめて
なかよくしようぜ
って
話しかけるんだ





2
誰だろう
あんなところに
いこうだなんて
おもったのは

誰だろう
そんなこと
じつげんさせよう

したのは

ガガーリン

アームストロングがとんでいった
むかいさんも
もうりさんも
とんでいったね
ついでにぼくのこころも
とんでいったんだ





3
空気のない
冷たい世界に
僕たちは憧れて
ロケット飛ばして
シャトル飛ばして
がんばってるね

大きな望遠レンズで
星をみて
うへえ
と言って
星がいっぱい流れるのをみて
うひゃあ
と言って願いごとするんだ




4
宇宙を感じてみると
僕の思う世界なんて
ほんとにちっこいものだね

だからといって
自分の悩みが小さいとも
思わないし
僕の命がちっこいだなんて思いたくない

でもそんなこと忘れちゃうくらい
宇宙は宇宙なんだよなあ


秋子の自殺

  pierce


チエは秋子をミスタードーナツに呼び出した
寒い日だったのに秋子はやってきた
チエは陸上部のいじめについて悩んでいたので
死にたいと秋子に言った
秋子は本当に自殺するひとは
死にたいって言う相手もいないんだよって言う
わたしがいるよとチエに言った
チエは前を向いた

秋子が自殺したのは一週間後だった
チエは秋子を友達だと思っている
チエは秋子の言葉の意味を都合のいいように理解していたかもしれない


カトウくんが秋子に夕方の教室で偶然に会った
カトウくんはipodでなくMDウォークマンを愛用している
MDをとりだすときの音が好きなのだそうで
カトウくんが「そういえば佐々木さん(チエ)がこないだ泣いていたね」と言った
秋子とチエは友達のように見えていた
秋子が「たいした理由でもないのにあのこ自分が世界でいちばん不幸だと思ってるのよ」と憤る
カトウくんは秋子は美人だがとても厳しいひとのように思った
きみの言うことは正論だけれどみんながきみのようにつよいわけじゃない
カトウくんはチエが好きだった

秋子が自殺したのはその1ヶ月後だという


秋子は高校生だったが近くの大学に通う男に恋をしていた
それはだらしのない男であった
けれど秋子はその男と袖ふれあうように知り合い
そして魔法のように惹かれた
男は面倒なことが嫌いであった
元来楽しいことしか見ようとしないものである
女の哀しみはさらさらと受け流し
だらだらと生きていた
秋子は「学校に友達いないんだよね」と言った

秋子は自殺するとき男のことを先ず考えた
私が死んだことを男が知ることはないだろうと思っていた
なにせ名前しか知らないような関係であるので
しかしもし男が自分の死を知ったなら
私が彼の記憶の奥底に眠ることが出来るのだろうと思った


朝のホームルームで担任が
「タカサキの母親が大腸ガンで亡くなった」とみんなに伝えた
みんなは可哀相と言った
ざわざわとバツの悪い空気が侵食した
三智子は言い知れぬ感情が染みてくるのを感じた
ああだからタカサキさんは休んでいたのか
ホームルームが終わった
ユキエが「昨日の情熱大陸みた」と聞いた
三智子はどうしてみんながもう普通なのか
いくら考えてもわからなかった

タカサキ秋子が自殺したのはそれから半年後のことである


ゆびさき

  凪りん

あなたは、そのたおやかなゆびさきをしなやかにうごかして、せかいを、瞬く間に変えてしまうけれど、わたしは、見渡せるせかいからはいつまでもぬけだせないままで、途方もないことばかりを探してしまうから、もう、
遠いところへいくことはできないのだと、思う。 
まわりには、たいせつなことばたちがあふれているから、きっと、この海でおしまいなんだって、そう思うから、だから、ねぇ、あなたはそのゆびさきで、これからもいくつものせかいを変えていってほしい。
遠くに浮かぶ灯台の灯のようなやさしさで、いつか、いつの日か、せかいじゅうの海があたたかいものであふれかえるまで、そのゆびさきを、ふるわせながら、この海をこえてほしい。
 
 
わたしのゆびさきは、あなたのようにうつくしくはなれないけれど、あなたが、あなたがうつくしさを教えてくれたから、この剥がれた皮はじきに固まって、ゆびさきを、いまよりもぎゅっとつよく、
やわらかくしてくれて、そしたら、ほら、だいじょうぶって、あたらしく生まれてきたあたたかいものを、わたしは抱きしめることができると思う。
そのころに、
もし、あなたのやさしさがわたしの海まで流れてきたなら、その時はあなたの仕草で、
ゆびさきをていねいにうごかして、この、
あふれかえる青の中に、あなたへの手紙をそっと、
祈ろうと思うんです。
 


唯の夢

  菊西夕座



隣接するお向かいさんのさびた二階の窓枠のなかで
剥製にされた月下美人が唯の夢を見下ろしています
唯は夜ごとに悪夢をみます
10キロ逃げても悪夢から覚めることができません
それは春の守衛の子守歌
クリームシチューをとろとろ、とろとろ、溶かすように
唯のまぶたをくすぐります
唯は守衛に阻まれて
冬から一歩もでられません
しかたがないので温泉街に出向いても
湯船に氷が浮いている始末です
足のむくみはとれません
昔は春の同級生だったのに
いまでは彼女が唯を閉め出します
くやしくて、氷のつぶてをぶつけてみても
まぶたの下にしみこんだ白い夢を
さますことはできません
思い切って温泉宿の二階の窓から飛び降りてみると
剥製にされた月下美人が唯の足にからみつき
いっしょに食べられてくださいと泣きつきます
ですから唯は鉢植えにつるされたまま
肉薄するお向かいさんのさびた二階の窓枠のなかで
自らの夢にうなされる姿を見守ります
クリームシチューをとろとろ、と、溶かすように
ひびわれた唇から、せめてものやさしい子守歌を送りながら
ひとり卒業できない夢を見守ります


ザンザ

  シンジロウ


ザンザ ザザメキ ザンザの果てに
あなたとわたしで お話ししましょ

海が眠って ザンザが来たら
ちょうど ススキも ススケて眠る
夜中 四つ辻 ザンザが通りゃ
ケモノも帰って 真っ暗眠る

ザンザ ザザメキ ザンザの原にゃ
花も咲かねば石もない

ザンザ ザザメキ ザンザの際で
あなたの気持ちを 聞かしてくれよ

山も寝ている ザンザの時にゃ
土も凍って 静かにしてる
朝方 四つ時 ザンザを見れば
ヒトもケモノも 違いが薄い

ザンザ ザザメキ ザンザの果てに
あなたとわたしで お話ししましょ


サンデーモーニング

  はじめ

昨日死んだ土曜日の残骸が日曜日の朝の心に残っていて
それが更なる眠気を誘う
一週間で一番最悪な曜日
マルーン5の「サンデー・モーニング」を聴きながら優雅な朝食
この大きな豪邸には自分以外一人しかいない
それに対する空虚感と同等の心のそれ


プールで一泳ぎした後に
君からの着信に気付く愚かな自分
君は太陽のようで
やはり土曜日の残骸と本日の空虚感を蒸発させてくれて
君とのセックスは昨日やるべきだったと後悔
空には陽が焼き付けられ 邪魔な雲と一緒にブラジル人達に引っ張られる
この世界は創造物に満ちていて
昨晩 神様は夜空に星を浮かべられた
ビルに聳え立つ満月は巨大な蜘蛛に喰われ(月食)
海に沈んで蛍光ペンで塗り直した朝日はいずれ猫の子宮内膜に中心着床するだろう
そんな絡み獲られたサンデーモーニング


運転免許証を持っていない二十三歳の恋人とドライブに行く君
オープンカーでは「サンデー・モーニング」をエンドレスリピートで流し
「もう午後よ」なんて微笑む顔
満月は物凄い音を立てながら破片をぼろぼろと零し
巨大な蜘蛛のゲップが雨雲を創って
蛍光が流れ落ちたふにゃふにゃな太陽はブラジルの二次元世界へさようなら
それらを置いてきぼりにして走っていくと神様は星々に次々と射精し
女神は生理の時期だから和式便器型宇宙にヤンキー座りして排卵
それらが混合し地上に降り注ぐが精子はがびがび 腐った甘い血 月の内臓の匂いの雨


一次元のハイウェーでは存在できない当たり前
二次元の夕暮れ 君と手を繋いだシルエット
三次元の音楽と意地悪な人達
四次元の宇宙を映した心に生えた翼で動物アレルギーを引き起こし目と喉がむず痒い


  軽谷佑子

よごれた床に
寝てひとの指を
手のひらをわすれて

戸口はあかるく
きれいな赤い土や生木や
枝が積まれる

風もひとりのとき
はすきまをかける草が生え
草が生え

陽が射して
後を追うひとびとの
声がする出かけていく

草を切り
草を切りたましいだけ引きずって
からだとこころはきみにやる


ヒューストン、テキサス、2008年

  コントラ



5年前に、この町の、植え込みがある曇り空の、小さな赤い花々が揺れる路地を、傾いて停止しているフォルクスワーゲンをファインダーの端にとらえながら、僕は、歩いていた。そこは雲につつまれた、ほんのひととき安息ができるような場所で、大都市の一角の、静かな街路樹の隙間にひらけた、小さな木造の家。僕はヘッドフォンで、コロンビア人のポップ歌手が歌う、甘いバラードを聴いていた。「この大陸には、草が生えていて、それは尽きることなく、大地を湿らせている」。ファインダーの隅っこの、道幅の広い植え込みの先のほうで、黒人の男がよれたシャツを着たまま角を曲がって消える。そして、スペイン人が、先住民が、アングロサクソンが、それに続く。僕は夢中になって路地の先を見つめている。街のあちこちの、道路わきの溝にはタールのような黒い液体がゆっくりと流れている。

ヒューストン。街の一角にあるエリート大学の図書館前は、ゴミひとつ落ちていない。この大学の人類学部には、名の知れた教授がおり、彼の本は何冊が僕のバックパックに入っていたが、彼の文章は鉄屑でも噛んでいるかのように読みにくく、いつも頭を痛くさせた。僕はその教授に会うのをあきらめて裏門から外に出た。裏門の石柱には蔦が絡まっており、それは湿り気を含んでいた。曇り空の、傾いたファインダーの端を、スケートボードに乗った少年が白いシャツをはためかせながら横切る。思い当たることがあった。彼の書いた本はいつもカバーがピカピカ光るオレンジや青で、それは新手の商売を予感させた。それらの本はこの大陸のあらゆる街の、大学の図書館に配布され、サンパウロでも、カラカスでも、ベリーズシティでも、きっと本棚を埋めていくに違いない。そのとき、誰かが気づくだろう。僕らはどこでも椅子に座らされ、本を読まされ、そしていつまでたっても読まされるだけなのだ、ということを。

湿気をふくんだ曇り空が僕は好きだった。それはこの街の半円の空をいつも満たしており、僕は傾きながら歩いていた。傾いていたのは、右手にたくさんの本を抱えていたこともあるけれど、かなり弱ってもいた。僕はしばらくのあいだ、逃避していた。理論などはどうでも良かった。しかし挨拶をするとなると問題だった。教授たちは部屋に閉じこもり、決して出てこようとはしなかった。かれらは4ヶ月に一度真ん中のホールに出てきて、僕らの研究発表を酒のつまみを品評するかのように聞いたあと、何気なく後ろから、「なかなか面白いね」などと突然声をかけて僕を驚かせた。僕は、ほんとうは、あなたたちと酒が飲みたかった。酒を飲んで、殴り合いをしたかった。だがそうは行かない。僕らはいつも行儀よく座らされ、本を読まされる。そしてその本は、世界中に分配されている、あの表紙がピカピカした本だった。5年前に、僕はヒューストンで、エリート大学のキャンパスを足が痛くなるまで歩き続けていたが、意外なことにそれらの本はすべてこの街を出払っているらしく、どこにも見つけることができなかった。

ヒューストン、2008年。街路樹の覆いかぶさった旧家では、酒を飲んだ男たちが階下のホールで、大声で怒鳴り合っている。入り口の公衆電話には国際電話用の、色とりどりの国旗のシールが貼ってあるが、もう長く使われていない。僕は5年前にこの公衆電話から、午前3時、ずいぶん会っていなかった友達に電話したことを思い出す。夜半、僕は外に出て、寝静まった3車線の住宅街を散歩する。オレンジのランプがどこまでも点しつづけ、僕はずっと前からこんな道ばかり歩きつづけていた気がしていたけれど、実はもうずいぶん前に、汗にまみれた住宅街で、視界の片隅に貼りついて消えない、黒い鉄の塊におびえていたのだということも知っていた。その鉄塊はいま溶けて液状化して、ヒューストンの町の、あちこちの排水溝をゆっくり流れていた。それはこの街に住む黒人たちの身体に繋がっているようにも見えたし、ショッピングセンターのきらびやかなネオンサインにも、目を凝らしてみると、そんな黒い灰塵の一粒一粒が、うっすらと含まれているような気もしていた。

* 発起人・選考委員による投稿 (選考対象外)

文学極道

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