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丸山雅史

選出作品 (投稿日時順 / 全10作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


サンデーモーニング

  はじめ

昨日死んだ土曜日の残骸が日曜日の朝の心に残っていて
それが更なる眠気を誘う
一週間で一番最悪な曜日
マルーン5の「サンデー・モーニング」を聴きながら優雅な朝食
この大きな豪邸には自分以外一人しかいない
それに対する空虚感と同等の心のそれ


プールで一泳ぎした後に
君からの着信に気付く愚かな自分
君は太陽のようで
やはり土曜日の残骸と本日の空虚感を蒸発させてくれて
君とのセックスは昨日やるべきだったと後悔
空には陽が焼き付けられ 邪魔な雲と一緒にブラジル人達に引っ張られる
この世界は創造物に満ちていて
昨晩 神様は夜空に星を浮かべられた
ビルに聳え立つ満月は巨大な蜘蛛に喰われ(月食)
海に沈んで蛍光ペンで塗り直した朝日はいずれ猫の子宮内膜に中心着床するだろう
そんな絡み獲られたサンデーモーニング


運転免許証を持っていない二十三歳の恋人とドライブに行く君
オープンカーでは「サンデー・モーニング」をエンドレスリピートで流し
「もう午後よ」なんて微笑む顔
満月は物凄い音を立てながら破片をぼろぼろと零し
巨大な蜘蛛のゲップが雨雲を創って
蛍光が流れ落ちたふにゃふにゃな太陽はブラジルの二次元世界へさようなら
それらを置いてきぼりにして走っていくと神様は星々に次々と射精し
女神は生理の時期だから和式便器型宇宙にヤンキー座りして排卵
それらが混合し地上に降り注ぐが精子はがびがび 腐った甘い血 月の内臓の匂いの雨


一次元のハイウェーでは存在できない当たり前
二次元の夕暮れ 君と手を繋いだシルエット
三次元の音楽と意地悪な人達
四次元の宇宙を映した心に生えた翼で動物アレルギーを引き起こし目と喉がむず痒い


ギニョール

  

 星が点在する夜空の下、僕は巨大なテントの中へ入っていった。この星にはまともな人間は僕しかいなく、テントの中に組まれた劇場の中にも、僕以外誰もいなかった。僕はその為か、入場料を払うのを忘れて、入り口のカウンターに戻ると、「入場料は無料です。ですが、催しが終わった後に、あなたの中の何かが失われると思いますよ。それが入場料の代わりです」と羊皮紙には書かれていた。
 劇場の椅子に座ってじっとしていると、突然暗くなって、ぱっと舞台の中央にスポットライトが暗闇を切り抜いて奇妙なメイクを施したメタボリック症候群の中年男性を照らし出した。「いらっしゃいませ。私がこの劇場の支配人です。此処では、貴方の望み通りのものを観ることができます。宇宙がホクロのように見えるこの惑星にはもうずっと前から居座っていますが、お客様は貴方が初めてです。見たところ、貴方は世界旅行者のようですね。さて、何をご覧になられますか?」僕は突然そんなことを言われたので頭が真っ白になって戸惑っていたが、支配人は僕の心を見透かすように不気味に微笑み、「分かりました。たった今ご用意させて頂きます」と言って、指を鳴らすと彼に当たっていた照明が消えて、静寂が訪れた。
 その瞬間に、今度は三つの照明がステージ上に点り、最近視力の悪くなった目を懲らして見てみると、白いワンピースを着た君が立っていて、僕の鼻腔に君の肌と照明の熱と渦巻く空間の幻臭を感じた。僕は衝動的にステージに上がり、君を抱き締めた。
「私、貴方にずっとずっと会いたかったのよ」
 僕もだよ、と込み上げてくる涙を我慢せずに流し、更に強く抱き締めた。君も涙を流しているようで、大きな泣き声で、?僕の台本通りのセリフ?を延々と喋り続けた。それは存在しないはずの観客達を魅了した。良い雰囲気を壊すように、支配人が、観客席で手を叩いた。僕が支配人に振り向き返ると、「いいですよ、いいですよ、その調子」と彼は不気味な笑みを零して劇の進行を促した。
 暫く、あたかも本当に役を演じて第三者に見られているようにこの空間の隅にまで響き渡るように声を大にして感情を吐露していたけれど、何も喋る事が無くなり君をじっと見下ろしていると、君は同じように僕を見上げ、僕の次の一声が出るまで沈黙した。僕は先程のように再び戸惑い、頭の中を整理していると、支配人が「おい、どうしたんだ! 早く?劇?を続けろ!」と突然性格を豹変させて、野次を飛ばした。支配人は、既に観客の一人と化していた。僕はそのことにびっくりしたが、ずいぶん間を置いて、感情を何の変換も無しに言葉にして、「死んだ君といつまでも一緒にいたい…」と支配人を見返すように、大きな涙声を観客席に届かせるようにセリフを発した。
 しかし、君は無言で首を振った。そして、静かに背伸びをすると、僕の唇にキスをして、キラキラと輝いて消えていった。その瞬間、スポットライトが消えた。
 再びステージ上にスポットライトが点くと、僕は元の客席に座っていた。照明の下には支配人がいて、僕は拍手をすると、彼は丁重にお辞儀をした。「ご観覧、有り難うございました。確かに貴方の中の、?恋人の死による喪失感?は頂きました。またのご来場をお待ちしております」と言った。僕はテントの外に出て、船に乗り込み、この星を立った。


  丸山雅史

ちょっとした出来心で 神様のおやつを盗み食いしたとして 罰を食らい 蛙は重い皮膚病にかかった 全身が白くなり 粘膜が無くなり 皮膚科の病院に行って 塗り薬を貰ったが 全く効き目が無かった 蛙が何度も病院に通う内に 次第に医者は神様に対する恐れからか 邪険に振る舞うようになった 最終的にはろくに診察せずに 処方箋だけ出す始末だった 皮膚呼吸の蛙にとって 皮膚病とは致命的なものだった 蛙は仲間達と共に 建設が中断された住宅の コンクリートの土台の中に住んでいたが 皮膚病がうつると言って 皆蛙から逃げていった 蛙は太陽の光を浴びると全身に激痛が走るので いつもじめじめとした日陰に隠れ かさかさの皮膚に 絶えず塗り薬を塗ったくって じっと孤独に暮らしていた

この蛙は冬眠しない種族だった 年が変わり 繁殖時期に差し掛かると 至る所で 求愛の鳴き声が聞こえてきた その蛙も雌を求める為に 求愛の鳴き声を発した すると数匹の雌が目の前にやって来たが 蛙の皮膚の色を見て 顔色を青くして 一目散に逃げていってしまった それ以降 幾ら雌を呼んでも 誰も蛙の傍に寄って来なくなった

蛙の皮膚の病態は悪化し また 皆蛙から疎遠になっていったので それらに耐えきれなくなり 折角三浪して入った大学を中退した 同級生は既に定職に就き 家庭を持ち 幸せに暮らしていた 以来 大学の学費の返済の為に 夜間の工事現場でのアルバイトに励んだ その仕事は 蛙にとって 陽の光を浴びずに済むので 大変都合が良かった しかも現場の監督達は 蛙が皮膚病を患っていることを全然気にしなかった 収入の殆どは薬に消えていった 蛙は時々思うことがあった このまま独身で死んでいっても悪くはないな と 住処で浴びる 月の光は蛙の精神にも すぐに乾く皮膚にも優しかった 蛙は 草を咥え ドビュッシーの 「月の光」を 鼻歌で歌いながら 堤防で頭の裏に両手を組んで 星空を見て眠るのが大好きだった

しかしある時 工事現場で 砂利を載せたリヤカーを運んでいる時 突然蛙は意識を失い 救急車で運ばれ 病院の集中治療室で 十数時間にも及ぶ手術が行われた 末期の皮膚ガンだった 意識が朦朧とする中で 神様 あんたのおやつを勝手に食べたことは謝る けど この罰はいくら何でも酷すぎはしないかい? やはり死の間際に直面すると 何者でも 微かな希望に縋り付きたくなるのは 当然のことだった 心電図の波が直線になると 執刀医は手を止め 電気ショックを与えた が 何度やっても全く脈が戻る気配は無く やがて心拍数がゼロになると 執刀医は首を横に振り ご臨終です と一言呟いた

蛙の遺言書通り 葬儀は行われなかった だが蛙の同郷や大学の同級生や仕事仲間達の要望が強かったので 密葬が行われた 蛙の皮膚病を嫌悪して 疎遠になっていた同郷や同級生は皆涙を流して 蛙を弔った 仕事仲間達は彼らに対して罵倒雑言を飛ばし そして蛙のぼろぼろの皮膚を撫でて 永遠のお別れを告げた 遺体は 遺言書の最後にあった 希望通り ドビュッシーの墓のある パリ十六区のパッシー墓地に埋葬された


終わらない詩

  丸山雅史

十七歳の時 はじめ君がインターネットの「丸山雅史のホームページ」という個人サイトで偶然見つけた「終わらない詩」は 幾らスクロールして下げ続けても延々と続く詩であった はじめ君は最近 プルーストの「失われた時を求めて」や ジョイスの「ユリシーズ」や 栗本薫の「グイン・サーガ」などを誰よりも早く読破して得意になっていたのだが それら三つの作品よりも ─まるで拡大し続ける宇宙の直径よりも─ 長い詩が存在していたことに大きな衝撃を受けた ─挙げ句の果てにそれはボードレールの「パリの憂鬱」ような散文詩の類だった─ はじめ君はその詩を観て思わず眩暈がした はじめ君は学校から帰ってくるとすぐにパソコンの前に座り 就寝するまで昨日の続きから詩を読むのだった 一年が過ぎ 二年が過ぎた しかし一向にスクロールバーは動かない とうとうはじめ君はその詩を読むのを断念した だがはじめ君の心の中には常に「終わらない詩」のことが引っ掛かっていた ─この詩を書いた人物とは一体何者なのであろうかという最大の疑問が頭から離れなかった─ が結局はじめ君は始めからスクロールをし読み直さなければならなかった

十年が経ち 二十年が経った その間に大学も卒業し 就職もし 高校時代の友人の紹介で女性と結婚もした 子供も三人つくり 一生懸命家族の為に働き 幸せな家庭も築いた ─だがその間も「終わらない詩」のスクロールは微動だにしなかった─ はじめ君は昔のように何度も挫折しかけたことがあった ─だけど自分の人生が終わるまでに読み終わることが不可能であると悟っていても─ 決して読み続けることを止めなかった 自分には文才がないので膨大な語句や多彩な表現能力が身に付くことは無かったが 「終わらない詩」を読み進める速さは歳を重ねるにつれて増していった

そんな様子をはじめ君の三人の子供達は小さい頃からずっと見て育った はじめ君が初めて「終わらない詩」を読み出してから六十年が経ったある日 はじめ君は突然倒れ 脳溢血で亡くなってしまった はじめ君の葬儀の時 久々に顔を合わせた三人の子供達は生前に遺しておいたはじめ君の遺言状を開いて見てみると “「終わらない詩」を父さんの代わりを引き継いで読んでくれ” とあった 三人の子供達は協力して「終わらない詩」を読み継ぐことを固く誓った

はじめ君が「終わらない詩」を読み始めてから百年が経った頃になると はじめ君の三人の子供達のそのまた子供 ─つまりはじめ君の孫─ がまだ「終わらない詩」を読み続けていた それははじめ君の子孫達の伝統となり はじめ君の子孫達だけではなく 時が経つにつれて「終わらない詩」が世界中の何千 何万の学者にも知れ渡るようになると 彼らもまた参加して分担して読み進めた しかしそんな膨大な数と量を掛け合わせて読んでも スクロールバーは百年前と同じように微塵たりとも動かなかった

「終わらない詩」がはじめ君によって読み始められてから千年 一画面の詩を一ブロックとして全世界の人々一人一人に送り 読み終わったら自動的に続きの詩が配信されるようなシステムが開発された 「終わらない詩」を人々が生涯に読む量は既に生まれた瞬間に決まっていたのだが 人々は毎日のように就寝前に欠かさず「終わらない詩」を読み 家族や恋人 兄弟等とその内容を語り合って眠った 人々は「終わらない詩」をいつしか「聖書」ならぬ 「聖詩」と呼ぶようになった 結局「丸山雅史」という人物が本当に実在していたのかということは決して解明されなかったが 世界中 いや 全宇宙中の人間達が唯一共有しているものが 「終わらない詩」であることに 人類はあらゆる差異を超えて強い誇りを感じていた


罪滅ぼし

  丸山雅史

皆様 今まで 「アニメ 丸山名作劇場」をご視聴なさって下さって誠に有り難う御座いました 当番組は今週をもって最終回とさせて頂きます 理由につきましては当番組を長年御支援して下さっていた 「ツブラヤ食品」の倒産による提供撤退の為で御座います 次週からは新番組 「はじめの スポーツバラエティー!!」をお送り致します

テロップが流れ終わり CMが始まると プロデューサーは暫く呆然としたまま立っていた かと思うと突然肩を震わせ 涙を留め処無く流した 丸山雅史が亡くなってから早三十年 丸山の死後 彼の「ショートショート」ともとれる詩の評価は国際的に高まり 多くの詩集が押し絵付きで出版され 日本だけに止まらず 世界各国で翻訳され 大変な売れ行きを見せていた

生前の丸山は売れない詩人で しかも病弱であり 一度も定職に就いたことがなく こつこつと新聞配達のアルバイトで貯めたお金で一度だけ自費出版をしたことがあるのだが その出版社で 当時丸山の担当を受け持っていたのがこのプロデューサーだった 彼は─というより 出版社社長との暗黙の了解だったのだが─自費出版した人間と契約当時の利点─全国何百店舗に必ず本が置かれる等─と悉く欺いて 莫大なお金だけをせしめて後は知らんぷり というものだった 当然約束と違うと激怒した被害者達はその出版社に対して裁判を起こすとネット等で立ち上がったが 何しろその出版社の後ろには闇社会の巨大な組織が構えていたので 被害者達は脅迫等ですっかり意気消沈してしまい メディアにも取り上げられず その事件自体 闇に葬られてしまった 彼は勿論丸山も欺き 莫大なお金を手に入れた 病身の丸山は彼の教えてくれた通りの書店に行って自分の詩集が置かれてあるかどうか確かめたのだが 何処にも置いておらず きっと売れ行きがよくて売り切れてしまったのだなという半分期待と やはりネットで言われているように騙されたのではないかという絶望が混合して 複雑な気持ちで書店を出た

詐欺に遭ったと分かった後 丸山は二度と出版しなかったが 短い一生の間に数え切れない程詩を書いた 死の直前 「自分は再び生まれ変わっても この人生をもう一度やり直したい」という旨の遺言書を書いてこの世を去った 彼は生涯 天涯孤独だった 

丸山が死んでから 十年程経ってようやく彼の白骨化した遺体が発見されると 傍らには膨大な数の詩のノートが遺されていた 警察は生まれつき肉親のいない孤児院で育った丸山の過去を洗いざらい調べて 生前に唯一出版社から自費出版をした詩集を担当した元編集者 時効が成立して今は転職してTV局でプロデューサーをやっている男にその膨大な数の詩を渡すと 彼は初めあの時の罪悪でその受け取りを拒否したが 罪を報いる為に 心を入れ替え 丸山の生涯のドキュメンタリーを制作した その名を全国に轟かせると 丸山の詩集は爆発的に売れて ほぼ同時に丸山のショートショートともとれる詩をモチーフとした子供から大人まで楽しめるアニメ番組を企画し 毎週二本立てで開始した

現在彼はTV局を退社し 故郷の田舎へ帰り ラジオ局のプロデューサーとなって深夜一時に 丸山の詩の朗読番組を受け持っている


カセット(4:06+∞)

  丸山雅史

僕達はMaroon 5、「Sunday Morning」の歌詞の「彼女」に決して近付けない。彼女は尊い存在で、歌い手と一緒に雲の上を限りなく続く夕暮れの空に向かっていつまでもドライヴしている。
僕の漠然とした「Sunday Morning」の聴後感。思わず瞼を閉じたくなるようなこの夜の沖縄の波音。詩投稿サイト、「文学極道」の2008年2月の月間優良作品、「次点佳作」に選ばれた「はじめ」という人間の「サンデーモーニング」という詩。収まらぬ興奮から、君から借りた時代遅れのカセットを何度も巻き戻し「Sunday Morning」を聴き、諸々に散った意識の行く先を心配している空虚な日々の隙間にある曇りの日と晴天の日。
君の父親はCD屋を営んでいて、海岸沿いの国道をオープンカーで疾走する妄想を君に話すと、「『サンデーモーニング』の影響を受けたのね」と棚卸しをしながら笑った。空は黒雲に覆われて雨が降り注ぎ、僕の妄想は溶けてしまった。雷が鳴る中僕は家路を急ぎ、オープンカーにひっかけられた泥水を自宅のシャワーで洗い流すと、再び「Sunday Morning」を流し、鏡の前でまだ暗唱できていない箇所を「エアボ」で誤魔化した。
数日間、雷雨が続いた。その間、僕は今にも擦り切れそうなテープの黒粉を肺に取り込みカセットの角を囓り、それを瓶に詰めて、異界へ通づる海へ流す妄想を2、3度した。キーボードを叩く僕は本当は沖縄なんかにいなくて、「Sunday Morning」を聴きながら懸命に頭を捻って詩作に励んでいる「はじめ」という人間なのかもしれない。彼は何処にいるのだろう? 「此処」にいるのだろうか? その見境が無くなると、時に混乱し、時に素晴らしい発想が生まれたりするものだ。夜深くクラブで歌い続ける流行歌。君。僕の手から離れてしまった君。僕は「Sunday Morning」のAメロよりもサビを熱唱し、休み休みに詩を書き続ける。
他人の詩を拝借し、「サンデーモーニング」を朗読したものを「Sunday Morning」の後に入れる。自分で朗読した詩を聴くのは面白いものだ。ほんの微かな罪悪感で心が塗ったくられる。オープンカーのオーディオの中で熱を持ち、朗読で満たされたカセットは空までも茜色で埋め尽くしそうで、物凄い速さで空を這う雷雲は壮大な鼓膜の世界のオープニングを盛り上げる。長いスパンだけれど、生涯忘れそうになさそうな12ヶ月常夏の恋。
君は東京で頑張っているだろうか。沖縄の大学院を出て、就職が無く、都内のコンビニでバイトを始めたとまでは噂で聞いたけど、暗闇の中の無数の光の中の一つを掬い上げてそれを空に浮かべ、日曜日の朝ぐらいはゆっくりしてくれ、と願う。僕と逢ってくれ。僕の妄想で微笑んでくれ。「Sunday Morning」のサビの間だけ、僕とオープンカーに一緒に乗ってくれ。「暮れ」、くれ。下さい。
あのカセットは君への想いで一杯になった。また今度、贈るよ。そしたら、君が歌って塗ったくられた「Sunday Morning」と「サンデーモーニング」、無理なら、片方だけでもいいから、送り返してくれよ。それはきっと僕のお守りになって、テープを引き伸ばして首から掛けていてもいいし、お互い大嫌いなメールの代わりに今度はもっと想いを込めて歌うから……さ。
君の街から届いた、角が欠け、つるつるのテープのカセットからは君の髪の毛の匂いがした。君の街から届いた、角が欠け、つるつるのテープのカセットからは君の髪の毛の匂いがした。


ヒヤシンス

  丸山雅史

 大学図書館の出窓で俯く私
 太陽の傾きに合わせて
 体を捻ってエネルギーを浴びる
 しかし太陽が沈むと
 どうしていいか分からなくなり
 1人貧しい環境で勉強している
 貴方を照らす蛍光灯を見つめている

 校庭で他の雑草と一緒に
 刈り取られそうになった時
 眼鏡を掛けた表情の暗い貴方に助けられて
 図書館の出窓に
 なけなしのお金で買ってくれた
 貴方にしては可愛らしい花瓶の中に私を
 入れて置いてくれた それが私の初恋の始まり

 毎日夜遅くまで図書館で勉強している貴方
 お腹を鳴らしては時々
 恥ずかしがり屋な私を見て
 分厚い六法全書をノートに書き写している
 
 ある日 あの ろくでもない人達が
 私の元にやって来て
 嘲笑しながら私の体をへし折って
 花瓶ごとゴミ箱に捨てられた
 激痛が走る体に耐えながら
 悲しみに暮れながら
 太陽の沈む黄昏の街並みの光をずっと見ていた

 やがて蛍光灯が灯り
 鬱気味の貴方が窶れた表情でやって来ると
 私が出窓にいないことに驚き
 図書館中を探し回った
 そしてようやく私をゴミ箱の底で見つけると
 割れた花瓶ごと持ち上げて
 構内を走り回り 1人残らず不慣れな尋問をして
 ついにあのろくでもない連中を探し出して
 今まで見たことのない憎悪を秘めた表情で
 罵倒し始めた
 彼らは一瞬間があった後
 へらへら笑いながら貴方の周りを囲み始め
 貴方の顔面を殴り飛ばした

 散々殴られ蹴られた後
 鼻から血を流し 体中に痣ができて
 罅が入り 眼鏡が割れた貴方は
 心配そうに見ている私に
 にこやかに笑い返して
 花瓶と共に貴方のアパートへ
 連れて行ってくれた

 セロテープでへし折れた私の体を固定して 
 直した花瓶に台所で水を入れてくれて
 段ボールの机の上に飾ってくれた
 言い表せられない感情が茎を締め付けて
 私は花瓶の縁をそっと転がって
 眼鏡を外して泣き腫らした顔で
 机の上に突っ伏して眠っている
 美しい貴方の頬にキスをした

 意識が戻り
 太陽が再び空に出てくる頃になると
 私は陽の光を浴びて
 温めの水を根から 千切れた道管を通して吸い上げた
 誰かに花弁に触れられて振り向かされると
 貴方はセロテープで修正した眼鏡を掛けて
 その奥の瞳が何故か潤んでいた
 どうしたの?
 という言葉すら発することのできない私は
 ただただ貴方を見つめ
 自分が花として生まれたことを
 心から後悔した
 
 意地悪な大家さんが最終通告をして出て行った後
 具合の悪そうな貴方が
 優しく私の花弁を撫でていううちに
 あまりの気持ちの良さにすっかり微睡みかけ
 忌まわしい記憶や悲しみ 苦しみの蠢く
 意識の届かない場所で 私は人間となり
 貴方と花畑をどこまでも駆け続ける夢をみた

 再び目を覚ますと
 貴方は夕暮れの真っ赤な逆光の中
 太いロープで首を吊って死んでいた
 段ボールの机の上には遺書が置いてあり
 其処には自殺した貴方の恋人に対する想いが綴られていた
 私はその眩しい光の中で
 影となっている貴方を見て
 傷口から初めて涙というものを流した

 数日間貴方は誰にも発見されず
 私の香りと貴方の死臭が
 まろやかに混ざり合って
 次生まれ変わる時には
 貴方の恋人になりたいと強く神様に願った
 隣人や大家の通報で警察官がやって来て
 蛍光灯を点けた瞬間
 意識が朦朧とする中 私は天井を見上げ
 其処に天国を見出し
 今 まさに
 命の炎が静かに燃え尽きようとしていた


永遠

  丸山雅史

 1人でプラネタリウムを観に行った帰り
 僕の祖父が務めていた路線バス会社の事故により
 君が永遠の眠りについた北海道旭川市
 毎年君の命日になると市のシンボルである旭橋の下を流れる
 大雪山系石狩岳の西斜面に源を発する石狩川に灯籠を流す
 瞳を瞬かせながら眺める嵐山からの故郷の美しい風景からはいつの日も
 空と涙に沈んだ街並みに美しい虹が架かっているのを見つけることができる
 
 「宇宙とは私達地球内生命体の故郷である」
 と豪語した変わった宇宙物理学者がいたけれど
 今 僕の頭上に広がる澱んだ東京の宇宙(そら)と
 北国で2番目の人口の都市で見た澄んだそれは実は全く同じで
 記憶の中の君の麗しい瞳の無数の星が絶え間なく輝く 黒き瞳孔をまじまじと思い出す
 君は驚き続けながら
 広大な宇宙の外側の白い世界をじりじりと浸食する
 其れは僕と見た旭川市青少年科学館の
 プラネタリウムが君にとって特別である
 何よりの証拠なのだ

 ≪宇宙の膨張=瞳孔の拡張≫
 又は
 ≪宇宙の収縮=瞳孔の萎縮≫
 又は
 ≪宇宙の膨張=瞳孔の拡張≫
 又は
 ≪宇宙の収縮=瞳孔の萎縮≫
 ・
 ・
 ・
 又は
 有限の反復
 又は
 神の束の間の心臓

 いつの間にか天球のスクリーンは
 満天の星空に変わっていた
 僕達は草むらに寝転び
 君と2人で手を繋ぎながらそれを眺める
 満面の笑みで見つめ合った君のスクリーンには僕が映っていて 
 君と此処で1つになれたら と
 そんな空想を思い描いているうちに 短過ぎた夜が明けていく
 濃い朝霧の中 僕と君は常盤公園前のバス停の前に立ち
 やがてやって来た番号の表記されていない始発の路線バスが
 死者の君を乗せて何処へ走り去っていく
 僕は生憎 それに乗り込むことはまだ許されていない

 桜の舞う季節には君を自転車の後ろに乗せて石狩川の堤防の坂道を下り
 旭橋の近くの花火大会と 桜桃のように可愛らしい2人の線香花火が滴り落ちる夏
 京都市左京区の「哲学の道」ではないが
 路線バスを乗り継いでやって来た
 落ち葉の絨毯を敷き詰めた 果てしのない神楽見本林の先の
 まだ幼かった自分達の未来が見えなかった秋
 そして数々の君との思い出が白く凝結した溜め息へと変わり
 それら全てを地面と積雪の隙間に眠らせる季節
 そんな故郷 北海道旭川市を僕は愛おしく感じている
 
 時間の観念と深い関係を根差す 季節 が繰り返されるように
 生き物達は宇宙のように同じ生を何度も繰り返しながら
 その度に生きた証を不滅の魂に刻んでいく
 そうして次の生涯を前回とは異なり楽に生きていく
 故郷とは鮭が死ぬ前に生まれた川へきまって還って来るように
 僕達を生かし続ける為に本能的に溯上させ 心を癒す為に在ると
 僕は君の死から学んだ
 
 僕のスクリーンには今日も君への詩が満天の星空を映し出している


巨人

  丸山雅史

 GW中 実家からの帰り道 車内に漂う埃を見て子供は
 「雲みたい。車の中が空の中みたい」
 と言った
 なるほど と僕は相槌を打った 子供の想像力はなんて素晴らしいんだと思った
 埃は眩い日差しを浴びて更にありありとその姿を現した


 手掴みでその雲達を握り潰し 掻き乱す子供
 その様子を見て僕はほっと安堵した
 この幸福な時間がもっと続けばいいなと思った
 つまり日差しがずっと車内に射し込んでいて欲しい ということだ
 子供がこんなに何かに夢中になって物事に熱中している姿を最近見ていなかった
 別の視点から言うと自分はめくりめくる日々に気を取られ過ぎていて
 子供のことをよくよく考えていなかったということになる
 罪悪を感じながら 無心で普段気付かなかった埃の存在に窮屈さを感じていた
 しかし子供と同じように埃の中に身を浸そうと意識し始めると次第に日差しの暖かさと
 親密さを感じ自分達がエベレスト山よりも大きな巨人になったような気分になった


 高速を下りて信号に捕まると
 子供と一緒に埃を掴み始めた
 それはシャボン玉のように
 鷲掴みすると姿を消していった
 子供は
 「どうして雲が無くなっちゃったの?」
 と不思議そうな顔をして僕に質問すると
 「ちゃんと手の中にあるよ」
 と優しく答えた
 すると子供は
 「雨の味がするかなぁ?」
 と舌でぺろりと手の平を舐めて しょっぱい! と顔を歪ませた
 信号が青に変わったと同時に僕はハハハ!! と笑いアクセルを踏んだ
 暫く走ると分厚い雲が見えてきて雨がぽつりぽつりと降ってきて
 フロントガラスに付着し始めた


 日差しが消え 車中に埃の姿が見えなくなると子供は突然泣き始めた
 渋滞にも捕まり 子供は落ち着きを失い サイドシートで暴れ出した
 子供を宥める為に 僕は渋滞から抜け出し 裏道を通ることにした
 シャワーのように降る天気雨で一変した風景の先に 光が一筋射しているのが見えた
 スピードを上げて雲を抜けると 再び車の中に埃が姿を現した
 「あっ!! また雲が出てきた!!」
 と子供は歓喜の声を上げ 一心不乱に埃を掴み始めた
 僕は自然と笑みが零れ 自宅に向かって進み 眠気を覚ます為にミントガムを噛んだ


マッチ

  丸山雅史

 夜の道端で 外灯に照らされた
 ほんの少し吸いかけられた『CASTER』を拾った
 人差し指と中指でそれを挟んで
 激しく揺らして弄んだり
 埃やゴミを払って口に咥えたりしていたが
 生憎火が無かったので
 コートの左ポケットに突っ込んで
 そのまま歩き続けることにした


 ひっそりとした高級住宅街の外れの片隅で
 炎を探している
 体は闇に溶け
 人の顔の判別もままならないぐらいの暗さだ
 犬達さえも眠り込んでいる夜の淵で
 ただ炎を探すことに神経を使っている
 光じゃ駄目なんだ
 炎を探している


 一文無しの状態では
 コンビニでライターを買うことも
 バーでマッチを貰うこともできなかった
 自分がこれ程強く炎を欲していることが
 自分にとって初めての体験だったことに自分でもとても驚いていた
 大都会の中を歩き回り
 光はこんなに溢れ返っているのに
 どうして炎は見つからないのかと思った
 そして突然脳裏に「マッチ売りの少女」が
 思い浮かんだ
 なぁ 少女よ 炎があれば
 何だってできたじゃないか
 森に入って動物達を捕まえて
 売れ残ったマッチで暖かい炎を焚いて
 美味しい肉を腹一杯食えたじゃねぇか
 なんで幻想なんかみて死んじまうんだよ
 泣けてきたよ それが作り話だとしても
 お前にいい思いをさせたかったよ
 その代わりマッチを1本くれよ
 
 過ぎゆく人々の携帯電話のメインディスプレイが光り
 コートの右ポケットの一升瓶の酒を
 一気に飲み干して
 朦朧と意識が薄れた


 気が付くと建物と建物の間のゴミ捨て場で 大の字で寝ているのを
 目の前のファミレスの店員らしき
 美しい女性に揺すり起こされた
 
 「こんな所で眠っていると
  風邪ひきますよ?」

 と声を掛けられた
 
 こんなに人に優しくされたのは
 果たしていつ頃振りだろう…
 
 「…いやぁ、リストラされた中年オヤジが
  こんな綺麗な人に優しくされるなんて
  世も末ですねぇ…」

 と
 ポロリと本音を零すと
 
 「お寒いでしょう? どうぞ中へ
  お入り下さい」

 と女性店員にふらつく体を支えてもらいながら
 店内に誘導してもらった
 
 
 24時間営業のレストランの中に入ると窓側の席を勧められ
 女性店員は水を持って来て
 
 「ご注文は如何致しますか?」

 と
 訊いてきた
 
 「…いやぁ、実は、お金は一文も持って
  いないんですよ…ははは…、
  どうすればいいんだろうこういう時…」
 
 「店長に内緒で暖かい御料理を
  お持ち致しますよ、
  私が黙っていればいい話ですし、それに…」
 
 と言い掛けるとそれを遮って
 
 「…じゃあ、“マッチ”を“1本”、下さい。
  それなら店長さんにバレないで済む
  でしょう…。願いします、マッチを1本、
  下さい…」
 
 女性店員からマッチを1本貰うと
 コートの左ポケットから『CASTER』を
 取り出して 煙を深く ゆっくりと肺に染み込ませた
 窓ガラスから見える大都会の夜景が
 ほんの少し自分に対して親和的で 霧がかかったように霞んで見えた

文学極道

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