新人社員を代表して
答辞を読んだ日以来
同期の中での俺は
特別な存在だった
仕事の質、量、スピード
何をとっても超一流
会社に利益をもたらす
最高最上のルーキーだ
そんな俺を 夜風に当たりながら
会社のオーナーが 舗道を歩いている俺は
放って置く訳もなく たった今その令嬢との
ご自慢の一人娘を 初めてのディナーを
早速紹介してきた 済ませたばかり
恥ずかしかったのか
色白のヤマトナデシコは
食事の間じゅう
ずっとうつむいていて
たまに顔を上げると
すごく紅潮していた
あっけないものだな
彼女も洩れなく
俺の魅力に
ハマッてしまった
今夜はファーストデイト
だからあえて
大切にしている感を出すため
何もせずにタクシーに乗せ
丁重に見送った
おやおや
10分もしないうちに
早速メールが来たよ
完全に惚れられたようだね
チャック全開のチャックマン
今夜は久しぶりに
笑わせてもらった
菱形に開いたチャックから
白いシャツが飛び出していたね
ボケやから気付かんのやな
お父様は身だしなみには
超うるさいで
こんなんが一番嫌いなんや
もしかしたらお前
地方に飛ばされるかもしれんで
どないするつもりや?
まあ黙っといてやってもええ
穏便に取り計らって星印やったら
今からすぐ一人で
新宿のHOTELファインに恋
うつむくと確かに だが動揺ばかりも
白やぎさんからの していられない
お手紙が届いていた ここはTHINK
オーマイチャ〜ック そう良く考えるんだ
えらいこっちゃ 今回の事件の責任の所在
俺がチャックを開けていた
そもそもの原因を・・・
暗いリビドーがふつふつと
ある方向を示し始めた
そうだよママだ!
俺は激怒に指を震わせ
荒々しく携帯を操り
夜中にもかかわらず
ママを叩き起こした
俺「ママの馬鹿、どうしてくれるの。」
母「え、え、どうしたの。」
俺「みんなママがいけないんじゃないか。
ママがチャックを閉める習慣、つけてくれてないから、
僕、すごい恥をかいたんだよ。」
母「え、え、何、何、ごごめん・ごめん・」
俺「ダメダメダメ今夜こそ、絶対に許さない。
僕がどれだけ苦労して、ここまで登りつめて来たか、
いったいぜんたい判ってんの?」
母「おお、ごめん、ごめんよ、坊や。ううううう。」
俺「何でこんな簡単なこと、教えることが出来ないんだ。
それでも本当に僕の母親ですって言えるの。」
母「ごめんなさい、ごめんなさい坊や。みんなママが、
ママが悪かったの。でもどうしたら、どうしたらいいか、
言って頂戴、ううううう。」
俺「アホか、今頃謝っても、もう遅いんだよ。
土地でも売って、金作っとけや。ボケ。」
携帯をブチ切っても
怒りと憎しみで
まだハアハアしていた
ママの野郎
今度会ったら
ただじゃおかねぇ
さあ次は令嬢の件だが
なぜ俺を呼んだのか?
ここは言われるまま
HOTELファインに
行って見るしかないだろう
AM 0:00
HOTELファイン到着
支配人によって
地下室に案内される
部屋には令嬢が
キャットウーマンみたいな
コスチュームで待っていた
「おう、チャックマン、よう来たのぉ、
ひとつ言うとくで・・お前が大好きや。」
ホラね
こんなことだと思ったんだ
彼女はきっと抱いて欲しいんだよ
この俺に身も心も
それにしても酷い関西なまり
なんか嫌だな・・・
「けどな、見たら判ると思うけど、
私、あっちの方の趣味があるんや。
今からちょっとプレイの相性を
試してみたいんやけど、どうや、
チャックマン、ためしてガッテンか?」
迷うことはない
鞭の2,3発も受けたら
巨大企業の
跡取りになれるかもしれない
「いいけど、どんなことすんの?」
「いったん服を脱いで、これに着替えて欲しいんや。」
黒革のホットパンツ
ブリーフもなしで
着けろというのか?
ま いっか
OK OK
タイトなその
ホットパンツには
ギラギラと
恐いほど輝いている
ファスナーがついていた
「はいたよ、つぎどうすんの。」
「よう似合ってる、グーやでチャックマン、
Bzの稲葉、吉本のHG、TOKIOの長瀬みたいや。」
「皆、いっちゃってる人ばっかだなぁ。」
「そのチャック、ええやろ、ダイヤモンド製やで。
このホットパンツはなぁ、元彼も、そのまた元彼も、
代々はき続けてきた、伝統のシロモノや。
気に入ってもろたら、エエんやけど?」
「うん、なんかうれしいよ。」
「オオ、そうか喜んでくれるんやな。おおきに、おおきに。
ウエストのサイズもあつらえたみたい、ばっちりやな。
そしたら、手錠と足かせつけさせてもらうで。」
彼女は慣れた手つきで
てきぱきと俺を拘束しだした
このゴシックなSMルーム
天井からは手錠がぶらさがり
床には足かせがくっついていた
「できたで、ほな始めようか。」
嬢は俺の前でしゃがみこむと うつむく俺の目に
ダイヤモンドチャックに手をかけ たわわな美白乳が
シャーシャーと 飛び込んできた
上下しだした むむむビューテホー
起ってきちゃったよ
それは突然だった
ガギギュ
いい痛
痛いイタイイタイ
噛んじゃってる 噛んじゃってるぅ
やめてやめてやめて
「どや、どや、痛いか、痛いか。
当たり前やろボケ、神経ついとるんやから。」
「やめてよ、ひどいよ。」
「お前がスケべやからアカンねん。
やめて欲しかったら、まず勃起をやめろや。」
彼女は上半身の服を脱ぐと 俺はさらに興奮してしまい
俺の髪をつかみ 切れたあそこの静脈からは
顔を胸に引き寄せると 大量の血が噴出した
オッパイでビンタしてきた
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ。」
俺はまるで囚われの
ダンシングフラワー
逃げようにも手首足首
がっちりロックされて
どうしようもない
「ええ声で鳴くのぉ、チャックマン、
ええ動きで舞うのぉ、チャックマン、
もっともっと楽しませてくれや。」
ジジッ
嬢はさらにファスナーをあげた
はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ
イダイダイダイダイーダイダー
「おもろいやんけ、おもろいやんけ、
チャックマン、おもろかったら、それでええんや。
もっともっと、スマイルフォーミー。」
ジジッ
グアオーグググゴー
「行ってみよう!チャックマン!行ってみよう!」
ジジッ
グギャーグギャー
「行きたくない!お嬢様!どこへも行きたくないよー!」
このままじゃまずい それにさっきから
千切れちゃうビーイング・ラブ 嬢の声が変だ
こんなLOVEマシーンじゃ オッサンみたいになっている
世界も羨まないよ ユーリズミックス(完全な入神状態)?
「ああなた、誰なのぉぉぉぉ。」
「我こそは、第六天魔王ナリ、
六道欲望界の覇者じゃ。
チャックマン!お前みたいな、
勘違い野郎は捨てておけん。」
ジジジッ
「グボォォ、グボォォ。」
痛すぎてゲロ吐いちゃった
このままじゃマジ
殺されかねない
嬢は第六天魔王だそうだし
もう訳ワカラナイや
だけれども
こんな状況でも
やっぱり
責任の所在を
明らかにしたい
俺がいた
悲しいエリートの性だ
やっぱママのせいだ
あぶない人に
ついてっちゃダメって
教えてくれなかったから
ママの馬鹿
ママの馬鹿
ママ ママ
助けてぇー
ドーーーン
その時ドアが爆発し オーナーだった
ミートボールみたいな つまり嬢のお父さん
頭をした男が現れた ママを呼んだらパパが来たのだ
「理里香ぁー、この痴れ者がー。」
ヘッドスリップしながら
変態娘の懐に飛び込み
右フック1発で宙に浮かせた
全盛時のタイソンみたいだ
彼女は一撃で気絶させられた
「き君、大丈夫か。」
「オ、オーナー助けてください。」
「よっしゃぁー、と言いたいけれど。
一つだけ聞かせといて欲しい。」
じじいよ
ゴジャゴジャ言わず
早く助けろ
すべておのれの
ド変態娘のせいなんだぞ
「君、理里香と結婚せえや。」
俺の中の全細胞が
このオファーを拒絶していた オーナーは俺の顔色から
聞いたとたん プンプン乗り気しない
10000個ぐらい 臭いを嗅ぎ取ると
ネクローシス(細胞壊死)がおきた 急に不機嫌になった
「なんや、君も嫌なんか?
最近の若い人は辛抱が足らん。
ほな、皆と一緒に、海に沈んでもらうで。
コンクリはいつでも練ってあるんや。
こんな話、表に出されへんよってな。」
ヘドロの海の底 何年か経ったら
餌食になった諸先輩方と一緒に 絶滅危惧種として
新種のサンゴになって おさかな君が
揺れているヴィジョンを視た 見つけてくれるだろうか
「いやや、 いやや死にとうない。
結婚します。するから早よう助けて。」
気が付くと俺は
付け焼刃の関西訛りで
オーナーに嘆願していた
「そうか、そうか、賢い奴っちゃな。
今から、君はわしの息子や。
待っとれ、すぐ助けたる。こうか?」
ブッチィィィィィィ スローダウンオーナー
オーナーはファスナーをつまむと 人生を急ぎ過ぎている
一気にずり下ろした 麻酔的な処置は無いの?
ビッチャァァァァー 力任せだなんて
嫌な感じのスプラッター音 チャックに肉片も付いているし
俺の脳髄は
すみやかに気絶を示唆した
目の前が真っ暗になった
サドな令嬢と結婚した俺 驚いたことに彼女は
見返りに会社の重役になった 普段はまったく貞淑で
悲しいかなトラウマで 品の良いセレブ妻であった
普通のズボンがはけず 25ansの読者モデルもこなす
ジャージ姿で出勤していた あこがれのタマプラーゼだった
ただ
生理前後の数日間
彼女の荒ぶる魂は
どんな慶応ボーイにも
止められないほど そんな時は
エグイものだった 義父の用意してくれた
シェルターに避難して
難を逃れていた
今日もそんな日
テレビを見ていると
電話が鳴った
秘書課の男だった
「オーナーが他界されました。」
ななんと
「つきましては、臨時取締役会を招集します。
シェルターの前にレクサスを止めていますので、
ただちに乗車してください。」
ママ ママ
チャンス到来だ
ママの自慢の息子は スキップしながら
ついに天下を取るよ シェルターを出て
後で電話するね 車に乗り込んだとたん
ジジジジジュゥゥウウ
電撃が走った
スタンガンだ
俺はうつろな目で
運転手の顔を見た
そこにいたのは嬢だった
そして野太い声で
こう言ったのだ
「さぁ、チャックマン、
邪魔者は消えた、プレイ再開や。」
最新情報
2012年06月分
月間優良作品 (投稿日時順)
- ダイヤモンドΩチャック - 大ちゃん
- ひとりごと、星屑、断片。 - 葛西佑也
- 僕とマーメイド - る
- 生方 - 宮下倉庫
- オカマ - ベイトマン
- 釣れないな - sample
次点佳作 (投稿日時順)
- こんなん出ましたけど。 - 田中宏輔
- 木にのぼるわたし/街路樹の。 - 田中宏輔
- ふたりで近所のスーパーへ行ったこと - 笹川
- 扇 - かぐら
- 行方 - 山人
- 巫女の山で戯言をのたまう。 - 片山純一
- 梅雨時 - 鈴屋
- オールサンデー - ズー
- 視座 〜もしくは「哀傷」〜 - 右肩
- 雑記 - NORANEKO
- WIFE - 菊西夕座
- 溺れる - る
- 木 - 山人
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
ダイヤモンドΩチャック
ひとりごと、星屑、断片。
道徳と損得勘定は別だと誰かが言った。
人の痛みや人の屈辱によって快楽を得るということほど、自らの弱さを物語るものはないだろう。暴力性や猟奇性を一面的に見て、それを異常であるとして片付けるのであれば、愚かであるとしか言いようがない。そこにある我々の弱さを見つめることの価値を考えなければならない。痛みの意味もそこにある。ぼくらの日常言語を軽く見てはならない ぼくらの日常は立派に詩になりうる あの時のキスも あの時一緒に過ごした夜も どんな文学より どんな詩より どんな演劇よりも 詩的であった だから、わたしは君との時間を文学と名付けた 読書にも勝る喜びを知った そうして宇宙が形成された 昔話細長い指でピアノを弾いていた 時期に指は切断された 夕暮れの影によって 冬の寒い日であった 次の日は演奏会だというので遅くまで練習をしていた あたたかな毛布にくるまれながら 目には涙を浮かべていた 影とわたしが同化していくのをかすかに感じた 飲み物が喉を通らない そういう瞬間がやまない雨も あけない夜も ないという けれども こころのなかであれば 実はやまない雨も あけない夜も 存在してしまうという不幸を君はしらない ほんとうに雨がやまないのだ 夜もあけることがないのだ わたしはどうしたらよいのだ わたしにやまない雨もあけない夜もないといえるのか伝わらないと悩んでいるのか それはおかしいではないか そもそも伝わらないのだ だからこそ言葉があるのだ 言葉は伝えるための道具であったかもしれないが 伝わることを保証するものではないなんて簡単なことも君にはわからないのか 大切なのは記号なんかじゃないんだ もっと大切なものを知ろう手をつなぐことの本当の意味さえも分からずに 接吻をする罪深きものたちには 愛のないセックスなど理解できるはずがない 夢の中でぼくたちは麻薬吸っているようなものなのだ それは夢想ではない しかし、現実でもない 水に手を入れて引き上げたとき 指と指の間をすり抜けていく水気 湿り気空白を埋めるために頑張っているという勘違いをもうやめよう 空白を埋めるために空白を作り続けるその愚かな君の頭を ぶちぬいてやろう 口をあけてあの人の性器でもくわえていればいい 悟りは実はそういう時に訪れるものなんだ 君はなにもわかっちゃいなかった 神秘のことも含めて 失うのは君だ毛布に埋もれた あの人を感じるのだ そこにこそある種の神秘があった 聖地とは実は君たちのこころにあるんだ 人の数ほど聖地があるとかそんな嘘をつくつもりで言ってるんじゃない 湿ったこの毛布が聖地になる可能性を だれもが認識しておくべきだと言ってるんだ 雨の日のすこし湿ったあの香りが/宇宙とは宇宙観のことだ 実際にその構造がどうなっているかなど私には興味がない 宇宙観を用意せよ そしてそれに自信/自身を合わせていくのだ それが可能か否かで 私たちが救われるか否かが決まるのだ 宇宙観を想定できないところには 救いは無いのだ 救われたいと願うだけではいけないのだ 男はクラミジアだといった そんなことはどうでもよかったのだ それよりもその足の指がさみしそうだったことに その声がしゃがれそうだったことに ああ、君にはそんなこともわからなかったのか 絶望とはその先にある真実のもう一歩手前の 物語の序章のようなものだというのに 君は恋をしなさい「ここは盛り場だ」「君の舌を切り落とそう」「今日は何をして遊ぼうか」群衆の声が切り落とされてバラ売りにされているようだ 銃刀法違反で同級生は捕まった 世界の終わる日にだ それは予言で言われるようなものではなく ほんとうにぼくにはそう感じられたのでそう言った コンドームを買おうよ、うああああ、男も女も死んでいく。形のあるものはいつか滅びるなどと言う。形のないものだって滅びゆくのだ。滅びないのは本当の意味で存在しないものだけだ。けれども、そんなものが存在するのかどうなのか、あるとしてもどんな意味があるのか。つまり、滅びないものに意味などないのだ。差し伸べた手をつかむ勇気が必要であった。救いとは時に残酷だ。差し伸べられた手をつかむ勇気、それをする体力さえもないときにそれは絶望よりもさらに残酷な絶望になる。本当に追い詰められた、本当の意味で追い詰められた人にしかわからない。私はきっと差し伸べられた手の指を順番に噛み/髪ちぎるだろう。女は死んだ。私の笑顔をだれも理解できないのよといいながら笑顔で死んだ。芸術家の卵であった。それからその死体はそのまま路上で放置されて芸術作品になった。彼女の乳首を切り取ってもって帰ってきた。左側だけ。それは不思議と腐ってはいない。けれども彼女は魂までも腐ってしまった。さあ、お迎え、男だって女だって星の数ほどいるだろう。股間だって星の数ほどあるだろう。それは実は嘘だ。だって星の数のほうがはるかに多いのだから。それはいいとして、たしかに比喩的ではあっても星の数ほど男女がいるとして、それでも恵まれた出会いがないなんて、なんの慰めにもならないではないか。むしろ絶望なのかしらんらんらん。損得勘定なんてやめてしまえと君は言ったが、その君の損得勘定をやめようという判断は損得勘定ではないのか。君が悪いことだと信じていることの大半は人間の根本的な側面ではないか。そういう君こそが損得勘定をする人間の模範ではないか。君のように模範的な人間こそがぼくにとっては羨ましいのだ。空間という言葉は便利だ そこには距離があるのだろう 暗闇、視覚が殺される事をまだ知らないやつらの戯れ言さ。空間という言葉によって君たちは本質を隠そうとする なんとか空間という言い回しを万能だと勘違いしている そう言うと、君たちはぼくの言う本質とは何かと反論するのだろう しかし、それ自体が愚問である そのような反論には本質などないのだ 中身のなさを隠したいだけだだから今日という日があるんだ 家という残酷な場所で今日という日を迎えるのだ ぼくたちが開放されることはない 世界は広いようで狭く 複雑なようで単純で あらゆるものをこんがらせるのが得意なぼくたちの独壇場なのだ そうやって一人よがりな舞台をいつまで続ける気なのか 絶望に似ているよ!!泣き叫べATMの前で 膝を折っている女は負傷している 不意に名前をよんだが誰も気がつきはしない きっと数年前に忘れてしまったのだ 燃えているのはいつかの家であった 思い出の中で焼失している 失われるのはいつだって思い出の中だ 現実には何も失われないし変わりもしない 発見とはそれだけで神秘だとあなたが言った 半分は嘘であったが 半分は真実であった 神秘とはそれ自体がまやかしのようなもので 私を騙す無数のペテン師たちが みたこともない動物の話で場を盛り上げる 切り取られてしまった君の歯茎は どこかの美術館に展示されているという そんな噂を聞くたった一人生まれでた 生まれでなかった無数の者たちの分ま/でも、宇宙の法則には従わず、宵の約束は破られて 闇に葬られたのは事実ではなく 語られることのない仮定であり過程であった 指先で確認できることの少なさと言葉で表現することの限界に打ちひしがれてただ見つけることしかできない
僕とマーメイド
マーメイドはキッチンが気に入りで
僕はろくろを回すのが下手糞だった
あんな歪に出来あがった器に
マーメイドの目から落っこちた真珠が
カララン、と二重に音を立てた時
今のは砂浜で蟹が貝殻に落っこちた音に似てるよ
って言ったのが少しかなしそうで
僕はどういう顔をすればいいかわからなかった
マーメイドは怖い顔していた
右手に包丁を持って
めちゃくちゃにしてやるわ
って言ったのが聞こえたけど
ちょっと笑っただけで気のきいたことが言えるほど
僕のろくろ回しは上達していなかった
後ほど宣言通りみじん切りにされたニンジン入りハンバーグを
二人でおいしいと言いながら食べた
マーメイドはキッチンの曇りガラスの隙間から
下校中の小学生をみていた
上達のきざしが見え始めていたろくろ回しは
子供が欲しいな
って声でちょっと乱れた
彼女は笑いながら、土くれでいいじゃない
神さまだってそういうふうにつくったのよ
っていうから、ハーフだねっ、て言ったら
クォーターです、って笑った
いつの間にか居間には
ちょっとだけサカナな生物であふれ返った
マーメイドはサンドウィッチを作っていた
大分ましになったろくろ回しは順調だった
どっかに行くの、って聞いたら
あなたも行くの、って言う
どこに行くの、って聞いたら
お散歩、って言う
ホッキョクグマに会いたいなって言う瞳が
深い深い海のようで僕はまた変な器を作ってしまった
マーメイドは海が恋しくないの
って聞いた時、ろくろはスムースに動揺していた
わたし川専だから、と言われてお茶碗のなりそこないが土に後戻りした
あー、そこの天白川管轄だがね
え、どえりゃあ近いがや
たまには行くの、と聞いたら
あなたがいない時はしょっちゅうね、って言った
僕はお茶碗のなりそこないをまた作り始めた
マーメイドはうたを歌っている
曇りガラスの隙間から差しこむ太陽を助動詞にして
生方
昔から、気がつくと俺はひとりきりで、なにひとつ続いたことも、続いているこ
ともない。それがなぜなのか考えることのないまま、俺は大学生になり、最初の
夏休みに童貞を捨て去って、それからすぐにその娘とは疎遠になって、そういえ
ば好きなテレビ番組さえ聞いたかどうか、最中にだって、再生や巻き戻しや早送
りを繰り返し、今では彼女の顔さえ覚えていないけど、寒くもないのに身体をく
の字にして俺は薄手のふとんを鼻先までかぶり、しみついたにおいを嗅ぐともな
く嗅ぐしかなかったような気はする
伯父さんはペンキ屋の二代目で、歯が抜けたような喋り方をして、浴びるように
ショッポ(※一)を喫む。傍らには吸殻が山と積もった巨大な灰皿があって、底
に湛えられた火消し用の水は、線虫(※二)を浸けたら五秒で死滅させそうなほ
どどす茶色い
ゼミの同期の生方の下宿で、生方って、一生童貞みたいな苗字だよな、と冷やか
したら、うん、実際、そのとおりだし、そうすんなり同意され、俺はひどく狼狽
してしまって、止むに止まれず寝ることにした。ちゃぶ台をどかし、ふたりして
ひとつのふとんに潜りこむ。生方くさい敷きぶとんや枕から伝わってくる、背中
越しに伝わってくる生方のぬくみが、過不足なく俺の体幹を抱きとめてくる。そ
のくせ後悔している。やがて小さな寝息がたちはじめる。童貞のそれがワンルー
ムの隅々にまで行き渡る頃になっても俺はまんじりともできず、きっとこれにも
続きはないんだろうと思うと、とめどなく涙が溢れ出してくる
ペンキ屋ってなあ、男の仕事だかんなあ。口癖のように言っていた伯父さんには
三人の子どもがいるが全員女で、恐らく伯父さんの代でペンキ屋家業は打ち止め
になるだろう。伯父さん、知ってますか、線虫って雌雄同体らしいよ。でもね、
しっかり一人前の動物なんだってさ。浴びるようにショッポを喫む。ぶん殴られ
る娘たち。煙って全然見えない向こうがわで、ニコチンの溶けだした水が、伯父
さんを構造ごと根こそぎにする
俺は、生方を起こさないようにふとんから抜け出し、テレビをつける。モノクロ
画面の中から、小枝みたいに華奢なツィギー(※三)がこちらに向かって闊歩し
てきて、俺はそれをとても格好いいと思う。こんな風になりたいとも思う。ブラ
ウン管の明かりが眩しいんじゃないかと生方の寝ている方を振り返る。掛けぶと
んが小さく上下に動いている。こんなに他人に気を遣ったのは、ひどく久しぶり
のことに思える。向きなおると、小枝みたいに華奢なツィギーが、ちゃぶ台に片
足を乗せ、両手を腰に当てながら、俺を見おろしている
そして伯父さんの娘たちは家を出ていった。そのことについて俺にはなんの意見
もないし、あの吸殻の山を、伯父さんはちゃんと処理できるんだろうか、線虫み
たいに死滅してくれるものじゃないと、なんだか安心できないし、赤々と燃える
ショッポの先端や、あるいは伯父さんの家みたいに、刻一刻と短くなって、いつ
か縋るに足りなくなった時、俺は誰の甥でもなんでもなくなるんだろう
ベイビー 煙草もってない? ごめん 喫わないんだ ねえ そこで くの字に
なってる人 震えてるじゃない 誰だって やさしくて うやむやなのがいいけ
ど 一人前扱いはされたいものよ そう 思わない? ジーンズのポケットを探
る。くしゃくしゃのショッポを取り出し、手渡す。慣れた手つきで口元へ運んで、
ライターの灯りは、壁に大きなツィギーの影を作って、それはほんの少しの間ゆ
らゆらと揺れ、彼女ごと、消えた
それから、少し生方を抱いた。楔みたいなものを、打っておきたいと思ったこと
だけは、よく覚えている。イニスとジャック(※四)みたいに、いずれふたりで
男体山(※五)に釣りにでも行ければいいけど、その時まで続いているものがあ
るのかどうか、俺には分からない
とろとろと伯父さんが溶けていく前後左右に、広大な空白が鎮座し、境目は曖昧
になっていく。二荒おろし(※六)が吹きすさぶあの辺はとても乾くから、でも、
それはきっと、本当の理由じゃない。生方、それでも俺は、生方、生方、この期
に及んでこんな風に、あ、燃え尽きるほどに短いなにものかよ、それなら空白の
代わりに、滅びていく希望は置き去りにして、ただ暮れるにまかせてしまえ
※1 ショッポ
日本たばこ産業(JT)が製造・販売している日本の代表的なたばこ
の銘柄のひとつである「ホープ」の愛称。
※二 線虫
線形動物門に属する動物の総称。体は細長いひも状で、触手や付属
肢を持たない。
※三 ツィギー
レズリー・ホーンビー(Lesley Hornby)。一九四九年生まれ。イギ
リスの女優、モデルおよび歌手。その華奢な体型から「ツイッギー」
(小枝)の愛称を得た。
※四 イニスとジャック
アン・リー監督による二〇〇五年製作のアメリカ映画「ブロークバッ
ク・マウンテン」の主人公のふたり。同作はカウボーイの同性愛をテ
ーマのひとつとしている。
※五 男体山(なんたいさん)
栃木県日光市にある山。標高二四八六メートル。別称・二荒山(ふたらさん)。
※六 二荒おろし
冬季に栃木県平地部に吹く冷たい乾燥した北風を「二荒おろし」あるいは
「男体おろし」と呼ぶ。
※生方(うぶかた)
生方
オカマ
七月の半ばだった。
光と影が訪れては去っていく。太陽と月が昇っては下がっていく。朝と夜が現れては消えていく。
浮浪者が便所以外の場所で糞を垂れている。餓鬼が電信柱以外の場所で小便を引っ掛けている。
壁に落書きされた子憎たらしい小僧のイラストが、これでもかといわんばかりに壊れた笑みを浮かべている。
ドン、ドン、ドン、ドンキー、ドンキホーテ……耳を聾する聞きなれた単調なリズム。
道玄坂二丁目にあるドンキホーテで、俺はトリスウイスキーを一本買った。
一番安いウイスキー……俺がトリスを買ったのは単純に金を持ってなかったからだ。
酒を飲みながら路地を突っ切った。道玄坂のクラブに顔を出す。行きつけのクラブだ。
それから他の酔っ払いと喧嘩になり、ドテッ腹をしたたかにぶん殴られて、アルコール臭いゲロを口と鼻の穴からぶちまけた辺りで、
俺の記憶はぷっつりと途切れていた。
後頭部の辺りがやたらと重苦しい。首の付け根を回す。関節が厭味な音を立てた。身体中がたまらなくだるい。
アルコールの過剰摂取に肝臓が悲鳴を上げている。それでも俺は毎晩飲み歩いた。
ベッドから身体を起こし、サイドボードの引き出しを開けて、ラムのスキットルボトルを取り出す。
酒を飲みながら洗面器に向かう途中で、むくんだ脚がもつれそうになった。洗面台の蛇口を捻って顔を洗い、鏡を覗き込む。
鏡にうつった俺の顔──眼にクマが出来ている。顔色は青白く、日頃の不摂生を物語っていた。
シャワーを浴びて汗と埃を洗い流したかった。腕時計を見る。舌打ち。時間がない。待ち合わせの時刻に遅れそうだ。
ゲロまみれのTシャツを脱いで、洗濯機の中に放り込む。
それから新しく着替えるとジーンズの尻ポケットから携帯を取り出し、イサムに遅れるとメールを送信する。
こめかみが痛んだ。二日酔いのせいだ。俺は洗面所から出ると、テーブルの上に置かれた生温くなったコーラの缶を手に取った。
小便がしたくなる。コーラを持ったまま、浴室の中に入った。シャワーのコックを捻り、頭から水を浴びた。
冷たい。俺の尿意が増していく。俺はシャワーの水を浴びた状態で膀胱を緩めた。
排水溝に水と混ざった生温い液体が吸い込まれていった。
☆
ケツを拭く紙がほしい。それも福沢諭吉の似顔絵が描かれた紙を。俺は109を通りかかった。
流行のファッションに身を包んだ少女達が、自分の服装をチェックしている。服装──どれもバラエティーに富んでいる。
少女達の顔──どいつもこいつも同じで見分けがつかない。同じ表情を浮かべ、同じセリフを掛け合う少女達。
表のツラでは、同じ褒め言葉を並べ、同じ返事をして、互いのスタイルやらアクセサリーやらをベタベタと大仰に褒め称えている。
その癖、裏では女子高生向けのストリートファッション雑誌に必死に食いついて、
どれだけ自分がイケているのかを他の奴らと競っている。
考えている事も恐らくは同じだ。私が一番可愛い──俺から言わせればドングリの背比べに過ぎない。
バカ高いカジュアルやらアクセやらを揃える為に親父に股を開き、援助交際に精を出してモデルと同じ格好をしても土台が違う。
胴長短足のカボチャみてえな顔した奴がモデルと同じカジュアル姿になったとこで、似合うわけがない。
俺は小便臭せえ雌ガキどもからさっさと離れた。
蒸し暑い熱気、錆色に輝くマンホール、ぎらついたコールタールの臭気、溶けて黒くなったガムをへばりつかせたアスファルト。
わいわいがやがや──雑多な路上を突っ切って俺は渋谷センター街に入った。
センター街の入り口にあるスターバックス──そこが俺とイサムのいつもの待ち合わせ場所だった。
イサムはサイドに黒いベージュのフリンジが揺れる紺色のワンピースを着て、その上から白いボレロを羽織っていた。
ほっそりとした華奢な身体、黒い大きな瞳、薄い唇に整った顔──イサムはどこかのファッション雑誌の
トップモデルにスカウトされても、おかしくないレベルの容姿をしている。
「遅かったじゃないの」
イサムが俺に向かって眉をひそめた。
「だから遅れるってメール打っただろ」
内心で、俺はうるさいオカマだと舌打ちした。
イサム/綺麗なオカマ/新宿二丁目をうろつく衆道狂いの親父と、鶏姦好きの警官にはたまらない美少年。
アレン・ギンズバークの詩に出てくるようなゲイ好みの少年とは違う、ドラァグ・クイーン系の少年。
寺山修司の名作/現代に生まれた毛皮のマリー/KYゼリーの申し子。
もしも俺がイサムと同じ格好をしても、醜女のマリーになるだけだ。
俺はイサムと並んで歩いた。酷く喉が渇く。糖尿病かもしれない。違う。イサムのせいだ。
俺の鼻腔粘膜が勝手にイサムの体臭を嗅ぎ取る。
白く滑らかな首筋、肌から立ち上るイサムの汗の匂い、髪の香り、身体が疼いた。昂ぶる。
酒が欲しくなった。いや、俺が欲しいのはイサムの身体だ。
ヘテロ/バイ/ホモセクシャル──俺にそっちの気はなかった。俺は自分自身にゲイの素養はないと思っていた。
ノンケという思いは所詮、俺の思い込みでしかなかった。
二週間くらい前に見た生物学のテレビ番組が俺の頭の中に浮かんだ。
同じ形質の遺伝子同士が組み合わされば、それはホモになり、違う形質の遺伝子同士が結合すればヘテロになるとかって話だ。
だから同性と繋がればホモで、異性と繋がればヘテロになる。俺は自分がくだらないと思った。
ただ、言葉の綾の違いってだけだ。
「ねえ、カズ、どうかしたの?」
首を斜めに下げて見返してくるイサム──俺の目を覗き込みながら、コケテッシュな笑みを浮かべて尋ねてくる。
わざとらしい仕草だ。
可愛い子、ブリッ子、それがイサムの強みだ。そうやって、イサムはバイセクシャルの親父を引っ掛ける。
俺はイサムを無視した。往来の横側に移動──通りがかったリーマンの親父がガムを噛んでいる。
クチャクチャ。これみよがしにガムを噛む音が癇に障る。
暇を持て余すようにぶらぶらと俺達は歩いた。デートってわけじゃないから目的なんてものもない。
それからふたりで東急ハンズで時間を潰し、マックでポテトを食った。
後ろを振り返ると、マックのボックス席に一人で座っていたビーボーイ系のデブが眠たそうに欠伸をしていた。
頭の悪そうなツラをしている。
俺達の隣の席に座っていた三十代半ばほどのリーマンが携帯でつまらねえ愚痴を吐いていた。
「最近さぁ、明るい話題がニュースに流れてないよねぇ、みんな人殺しとかの暗い話題ばっかりじゃん。日本の未来は暗いなぁ」
強盗や殺人なんかの凶悪犯罪がニュースにならねえなら、そっちのほうがよっぽど問題だ。
信号を渡ろうとする年寄りを手助けしたり、川で溺れてる子供を助けたなんてニュースが大々的に放送されて、
どっかでレイプやら放火やらが起こってもニュースに流れないなら、そんな社会のほうがヤバイし、暗い。真っ暗だ。
「おい、イサム。頭の悪いリーマンがいるぜ」
「どこどこ?」
聞こえよがしにイサムに声をかけるとリーマンが俺達を睨む。俺はリーマン野郎に睨み返した。
途端に俺から視線をはずし、リーマンはマックから足早に出て行った。
☆
「怒羅権のメンバーがヤクザとかち合って、柳包丁で相手を刺し殺したってよ」
俺達が足を踏み入れたクラブ<モンキー>で最初に耳にした会話がこれだ。
アーミーパーカーを着たガキと、ホームレスじみたドレッドヘアのガキ同士の会話。
クラブだっていうのに、いつもの鼓膜に響くようなうるさいサウンドが聞こえてこない。スピーカーがぶっ壊れてるのか。
そう思っていた矢先にスピーカーから突然激しいドラム音が鳴り響いた。
流れてきたのは昔懐かしきブラックサバスだ。ガキどもの会話が音楽にかき消される。
クソみてえな音楽でもクソみてえな会話を聞くよりゃ、マシだ。大音量に合わせて振動する狭っ苦しいフロアの壁。
金を払ってカウンターの横にあるガラスボックスから、コロナビールの瓶を二本掴んで一本をイサムに渡してやる。
コロナビール片手にカウンター沿いに歩き、俺は丁度よさそうな席を見つけた。
スツールに座ってコロナビールのキャップをはずし、俺は冷えたビールを喉に流し込んだ。
喉が炭酸で灼けるようにヒリついた。
美味いとは思わなかった。喉がヒリつくような感覚はむしろ不快ですらあった。
コロナビールをラッパ飲みしながら、クラブのフロアを見渡す。フロアの片隅にあるテーブル席に俺の目が止まった。
暗い照明の下で、瓶で潰したリタリンとエリミンのブレンド粉をスナッフするクソガキども。一錠二百円の快楽だ。
ヒロポン、シャブ、走る奴、冷たい奴、スピード、エス──覚せい剤は高い。ガキには中々手が出せない。
どっかでカツアゲや親父狩りをしてきたか、あるいはパチンコで勝った時くらいしか味わえない。
女なら援交という手もある。ただし、今の世の中はどこもかしこも不景気だ。
リーマンどもは財布の紐を固く絞め、ホテル代別でイチゴ(一万五千円)でも中々引っ掛かってこない。
風俗関係の商売も不景気のあおりを食って、どこも閑古鳥が鳴いている。
社会人ですら遊ぶ金がない。ガキならなおさらだ。金がないなら代用品で我慢するしかない。
イサムがスツールから立ち上がり、トイレにいってくるわとカウンターの右手にある男女両用便所の中へ消えていった。
俺は二本目になったコロナビールを掴み、イサムが来るのを待った。
三分……五分……十分……時計の針が回る。チクタク、チクタク──俺はえらく長いクソだと思った。
腹でも壊していたのか。
気になった俺はコロナビールを尻ポケットに突っ込んでから席を立ち、便所のドアを足の爪先で開けた。
薄汚れた灰色のタイル/便所で嗅ぎなれたクレゾールの匂い……金髪男の後姿。手首を掴まれたイサム。
どうやら厄介ごとのようだ。ドアの開いた音で俺に気づいた男が振り返る。
男はあの晩の酔っ払いだった。男が「あ、テメエ、昨日のっ」と言いながら、イサムの手首を離して俺と向き合う。
男が顎をイカらせて俺に近づいてくる。
一歩/二歩/三歩──俺はビール瓶を抜き取ると、すくい上げるように相手の顎にボトルを叩きつけた。
真下からビール瓶で顎を打たれた男が床に転がった。コロナビールは割れなかった。
顎を押さえて悶える男の頭に瓶を振り下ろす。ガラスの砕け散る音──俺の手首に衝撃が走った。
今度は割れた。同時に男の額も割れた。俺はイサムの手を掴むと急いでクラブから逃げた。
血を見たイサムは興奮していた。昂ぶっていた。激しく昂ぶっていた。俺もたまらなく興奮していた。
興奮しながら、走り続けた。背中に汗が伝い落ちていく。
千代田稲荷神社に差し掛かると、俺はイサムを神社の暗がりに連れ込んだ。
それから数秒ほど互いの眼を見つめて視線を交わし、俺はイサムの唇に自分の唇を重ねた。
釣れないな
なないろの架け橋から
ダムが嘔吐している
あじさいが
潤んだ目を擦り合わせ
ねむたげな林道
葉うらで演奏される口琴
耳をすます野池
水面の波紋に
意識が吸い込まれ
蛙の呼吸に同調したら
靴ひもの結び方は、もう
忘れてしまった
遠い海に住む
漁夫の塩辛い
手の平の上に似た桟橋は
老いてもなお
あたたかく逞しい
木目につまった砂粒が
汗を握っているかのように
朝日に煌めいている
釣り針に糸をとおし
きつく結ぶとき
僕の手は
求愛する鵜になる
竿を振りあげ
耳のそばで指先をはじく
着水し、青に溶けるライン
蓮の下の魚眼を
だまし抜くため
理想の身長に近い竿先に
なんども、なんども
女たらしの嘘をつかせる
けれども
疑問符みたいな
害魚が針にぶら下がっては
口の形のかたちを
Qにしたり、Aにしたり
するばかりだ
そうこうしてるあいだに
お日様にはゆったりとした
たも網がかけられてしまい
雨を降らせると
水面が鳥肌を立てて
足並みを乱す
僕は、今日の釣り人をあきらめて
レインコートを羽織る
フルフェイスのメットをかぶり
国道をまっすぐ進み
二段階右折と、信号待ち
黄色い傘をさし、孫と散歩していた
おばあちゃんの影と
集団下校する、小学生の影
自転車にまたがり
スカートを湿気た空気でふくらませた
女学生たちの影が交わって
横断歩道をわたる
ひとつの大きな影になり
また、はなればなれになって
玄関のドアを開けて
なまぐさい手を
洗っていると
エプロンを
ゆるく結んだ妻から
日がな一日
どこへ出掛けていたの、と
問い質されて
僕は一体、
どんな口をすればいいのか
わからないでいた
視線をそらした先には
物干し竿と
ぶらさがった洗濯ばさみ
町は半分
まっかな舌を出している
こんなん出ましたけど。
!!!!!!!!!!!!! マッチ棒
/ですか?
きみのおできと、ぼくのおできを交換しよう。
ブツブツ交換しよう。
空を見上げれば、空がある。
そら、そうやわ。
きみを見つめればブツブツがある。
きみ、ブツブツやわ。
王は死んだ魚のように美しい。
死んだ魚は王のように美しい。
蝶が蜘蛛を捕らえる。
蜘蛛が蝶に捕らえられる。
知性とは、天の邪鬼である。
同じものを違うものとして見、
違うものを同じものとして見るのだから。
七月の手のひらのなかで
みるみるうちに、蚯蚓がやせてゆく。
あれって、ノブユキじゃない?
ぼくが似ていると判断した以上、
それは本物はノブユキである。
奇跡は起こらない。
あれって、ノブユキじゃないの?
たとえ、ぼくが出会ったノブユキが、
正真正銘、本物のノブユキでも
ぼくが似ていると判断した以上、
それは本物のノブユキではない。
あれって、ゼッタイ、ノブユキだよ。
奇跡はかならず起こる。
神さまに著作権はない。
タダ働きなのだ。
神さまにしか著作権はない。
ザクザク、お金が入ってくるのだ。
日記帳を開いて
きょうの神さまに点数をつけてあげる。
神さまもまた、日記帳を開いて
ぼくに点数をつけてくれる。
むかし、むかし、あるところに
スーパー・ガッチリ体型(通称SG系)の
おじいさんとおじいさんが
仲良くいっしょに暮らしておりました。
ある日、ひとりのおじいさんが、
火にくべるためのおじいさんたちを狩りに山に行き
もうひとりのおじいさんが、
たくさんの汚れたおじいさんたちを洗濯するために川に行きました。
山に入った方のおじいさんは、
山のなかで迷っていたおじいさんたちの指をポキポキと折り曲げ
おじいさんたちの枯れ木のような手足を、つぎつぎと鉈で叩き切り
縄でひとつにくくって、背中に背負って家に帰りました。
川では、もうひとりのおじいさんが
命乞いをしてひざまずくおじいさんたちを、つぎつぎと岩に叩きつけて
血まみれになったおじいさんたちの顔を、
さらにざらざらの岩肌にこすりつけては
破けた皮膚のあいだに鋼鉄製の鉤爪をひっかけて
ベリベリと生皮をひん剥いていきました。
そのうち、川の上流から
ぶくぶくに太ったひとりのおじいさんが
どんぶらこ、どんぶらこと流れてきました。
すると、もうひとりのおじいさんは
その太ったおじいさんを水から引き上げ、
自分たちの家に連れて帰りました。
そして、先に家に帰っていた、
山に行っていた方のおじいさんとふたりで
重い重い大きな斧を振り上げ
川から引き上げたぶくぶくに太ったおじいさんの頭上目がけて
思いっ切り、振り下ろしました。
すると、そのぶくぶくに太ったおじいさんは、
畳のような大きさのまな板の上で、まっぷたつになりました。
何かは、考えるためにある。
何かがあるために、考える。
パルメニデスの「思惟(しい)することは存在することと同じだ。」という言葉について
この言葉があらわす真の意味を考えないこと。
笑いたければ、笑えよ。
自分で笑え。
笑えるときに、笑えよ。
自分を笑え。
天国は激しく求め合う。
天国は激しく求め合う。
燃える義足!
ニセの足。
気が歩く。
違う。
木が歩く、と書いて、木歩という名前の俳人がいた。
富田木歩という名前の俳人だ。
足が悪かったらしい。
たしか、木でできた義足を使っていたと思うんだけど
前にも、「話の途中で、タバコがなくなった。」という詩のなかに書いたんだけど
むかし付き合ってたエイジくんの顔に似た顔の俳人だ。
関東大震災のときに、焼け死んだそうだ。
いったんは、友達に助けられたそうなんだけど
その友だちに背負われて助けられたそうなんだけど
あとで、その友だちとはぐれて、焼け死んだという。
燃える義足!
ニセの足。
奇跡は起こらない。
奇跡はかならず起こる。
ガラガラ、ガッシャン、ガシャン、ズスン、ピィー。
雷が鳴った。
こんなん出ましたけど。
!!!!!!!!!!!!! マッチ棒
/ですか?
蝶が蜘蛛を捕らえる。
蜘蛛が蝶に捕らえられる。
王は死んだ魚のように美しい。
死んだ魚は王のように美しい。
ぼくが雷に親近感を持っているのは
かつて、ぼくが雷であったことの名残であろうか?
鬱病のハーモニー。
きみの名前で考える。
言葉が、わたくしを要約する。
なにを省いて、なにを残すのか。
言葉が、わたくしを約分する。
なにをなにで割るのか。
魔術師、手術中。
魔術師、手術中。
呪文のように繰り返す。
呪文のように繰り返す。
あるいは、ただの早口言葉のように。
繰り返されるから呪文になるのだ。
おはようございます。
こんにちは。
お疲れさまでした。
お先に失礼します。
さようなら。
ただいま。
おやすみ。
天国は激しく求め合う。
天国は激しく求め合う。
七月の手のひらのなかで
みるみるうちに、蚯蚓がやせてゆく。
もう、かんべんしてください。
こまるわ、わたし。
ブヒッ。
間違うことが、わたしの仕事。
棒も歩けば犬にあたる?
裏切ることが、わたしの仕事。
一歩の道も、千里からー。
くるくるくるぅ、くるくるくるぅ。
トラは、くるくるとまわるとバターになったけど
ぼくは、くるくるまわったら、なにになるんだろう?
魔術師、手術中。
魔術師、手術中。
こんな、バカみたいな詩を書いていると
むしょうに、フランシス・ジャムの詩が読みたくなる。
人間らしい気持ちを取り戻したくなるのだろうか。
「わたしは驢馬が好きだ……」を読む。
可愛い少女(をとめ)よ、云つておくれ
わたしは今 泣いてゐるのか 笑つてゐるのか?
堀口大學の訳はいい。
ぼくは、女でもあって、少女(をとめ)でもある。
ぼくにも、ジャムのこころが泣いているのが見える。
そうして、ぼくも、ジャムになって、泣くのだ。
ジャムになって、泣いているのだ。
笑いたければ、笑えよ。
でも、自分で笑え。
笑えるときに、笑えよ。
でも、自分を笑え。
しっぺ返しは、かならず来る。
おもしろいほど、来る。
木にのぼるわたし/街路樹の。
ぼく、うしどし。
おれは、いのししで
おれの方が"し"が多いよ。
あらら、ほんとね。
ほかの"えと"では、どうかしら?
たしか、国語辞典の後ろにのってたよね。
調べてみましょ。
ううんと、
ほかの"えと"には、"し"がないわ。
志賀直哉?
偶然かな。
生まれたときのことだけど
はじめて吸い込んだ空気って
一生の間、肺の中にあるんですって。
ごくわずかの量らしいけどね。
もしも、道端に
お父さんやお母さんの顔が落ちてたら
拾って帰る?
パス。
アスパラガス。
「どの猿も 胸に手をあて 夏木マリ」
「抜け髪の 頭叩きて 誰か知れ」
「フラダンス きれいなわたし 春いづこ」
「ゐらぬ世話 ダム崩壊の オロナイン」
「顔おさへ 買ひ物カゴに 笠地蔵」
「上着脱ぐ 男の乳は みんな叔母」
「南下する ホームルームは 錦鯉」
これが俳句だと
だれが言ってくれるかしら?
〈KANASHIIWA〉と打つと
〈悲しい和〉と変換される。
トホホ。
それでも、毎朝、奴隷が起こしてくれる。
まだ、お父様なのに。
間違えちゃったかな。
ダンボール箱。
裸の母は、棚の上にいっしょに並んだ植木鉢である。
魔除けである。
通説である。
で、きみは
4月4日生まれってのが、ヤなの?
オカマの日だからって?
だれも気にしないんじゃない?
きみの誕生日なんて。
それより、まだ濡れてるよ。
この靴下。
だけど、はかなくちゃ。
はいてかなくちゃ。
これしかないんだも〜ん。
トホホ。
いったい、いつ
ぼくは滅びたらいいんだろう。
バーガーショップ主催の交霊術の会は盛況だった。
ふたりで近所のスーパーへ行ったこと
その日の 夕飯を自炊しようという決意は まるでイベントのようだった
まともに料理をこなせないけど おれたちがカレーライスを作ったっていいじゃないか
あいつ スーパーではよけいな物ばかりカゴに入れる カップ焼きそば グレープフルー
ツ 消臭剤 乾電池 おい カレーの材料を買いにきたんだろ しっかりしろよ だって
必要なのって言うけど
スーパーは涼しかった 夜中に窓を全開にして眠るおれの部屋とは大違いだ 日がでてい
るのに寒い タンクトップに半ズボンのおれが 鮮魚売り場で震えていた
女の後ろ姿を追う 横縞のジャージが尻にぴったりしていて可愛らしい
冷凍のシーフードミックス これがいい きっと凍ったまま鍋に入れるんだろう
扇
「なんてこった」
卯の花に、精子をふたつ落とす。ここには、認識するものの、瞳がある。
それは、烏細工であり、この夜から、浮いている。答えを二つ、刺し割っておく。
もし明日、塵を持ってきてしまったら、きみが切れたらどうしよう。
グリーンの黒い砂糖、流れてゆく。始点は黒い髭の先き、自転車に載る。濡れて、グレイプ。
24センチのノコギリ取り付ける。品と川の間に、肺に溜まったんぽぽ。
白いラジオの音量を、絞って、すべてを終える。
頓走した、生を棄てた、鳥になれた。人が、また消えた。
18禁
(アメリカン・ティーン・スピリット)
「この女、茶葉が腐っているものだと思っている」
汗の匂いは、あなたの頭の後ろからしている。唇の象形。そのまま口づける。
しいたけ、つちのこ、そして罷免された歌人、恋愛
枕詞、少し高いから、センテンスも喉を通る。
ダッシュ、する、 白浜に残された、もっと白い鹿の骨
倒れたTORIS瓶
叫びのりこし
もし明日、腰をひとつしか、持ってこなかったことを きみが切れたらどうしよう。
右手を見つめる。白い糸が立っている。この街の霜焼も近く
警察介入、独立ということばを盗ったアメリカ、ちまきのなかの菜。
「ヒロイズム」
「丁稚の政治家」
ほこらないから、好きなんだね、ねっからの飛行士、
チョコレート色の煙草を持つきみはもしかして
僕の大好きな猫を殺すの。
でも猫は、殺されていることを 知らないかもしれない。
猫は、失っている。
猫は、失っている。
季園を。
混血は、もう戻せないということ。受けいれること。梅の匂いがする。
あなたの木製下着から。
卯の花、ひとつ、咲く。
行方
白みはじめた朝
淡々と家事をこなす女たちのように夜は明ける
現実の襞をめくると、憂鬱に垂れ下がった雨が、霧状に落ちている
五月の喧騒は静かに失われている
*
晩秋、残照がまぶしく山林を覆っていた
透明な水みちを、ぼんやりと眺めていた
水ぎわの水をすくいとり
一口飲んだとき
喉をつたってゆく充足はまっすぐだった
脛までまくりあげて、沼の河口に立ち、水に入る
透明で、中の砂粒まで見ることができた水は薄く濁り、沼の中央にはぽっかりと霧が生まれている
その周辺には、実直な森がたたずみ、私の眼前に姿をさらしている
足の指と指の間に、濁った水が足元をぼかしてゆく
それは冷たく汗腺から温度が入り込んで、私の内なる骨に衝突する
水の冷たさは、毛細管現象のように、脛をつたい上部へとあがっていく
胸の中央にひとつ、硬く鐘を打ち、潰えた羽虫のように転がっている
小低木の枝から這い出した葉が湖面に触れている
だらしなく波は葉を濡らし、風でこなごなにされた木片の残片や、木の葉の残骸が、縁の暗黒につぶやくように沈んでいる
指を折り、数をそろえるのは造作もない
ふてくされた期日に折り合いをつけてページを綴じれば夜が来る
それから私はただ、漂白されて、白くもない、色の無い実態となる
沼岸からあがり、ひとつ、またひとつ、と、足を繰り出す
ふくよかなまだ若い単子葉類の植物の葉触りが、つめたい足の皮膚に触れている
何歩かあるきながら、沼を振り返ると、沼など無かった
---すでに失われている---
私には眼球が無く、半身失せているのだった
粒のような小石を足裏で感じ
土の感触をつかみながら
そう、少しづつ
そうして私は
得体の知れない匂いのする、生暖かい森の中へ足を踏み入れていく
巫女の山で戯言をのたまう。
死骸が転がっている。汗ばんだ身体が重い。膝の伸縮が固い。夜を眠らずに過ごすと、暑くてかなわない。どうして今朝は曇っているのだろう。ぼんやりとし始めた視界に色を入れるため、キャスター付きの椅子から立ち上がって、開いていた窓から身を乗り出してみると、光源の在り処のわからない明るみが眩しい。目に沁みて、痛くて開けていられない、そう思って細められた両の目は、それでもちゃんと閉じられることなく、眩しさに軋みながら、ただ拡がっているだけの画をこっちへ通した。画の片隅には死骸が転がっている。
見開かれた両の目には、期待が満ち満ちているね。どこから生まれて、これからどのように生き、どこで死んでいくのかもわからない女の子が、たった今のぼくの世界そのものだ。そのことが少し恥ずかしい。論理的ではないし、そもそもぼくにだって意味不明だ。ただ、この娘に怒鳴りつけられれば、世界はこんなにも厳しいものだったろうか、とぼくは呻き、喜びに微笑んでくれれば、世界が潤い輝き出すのが、ぼくにだけ見える。こんな通り一遍の感傷をこそ馬鹿にしていたぼくは、恥ずかしくて、女の子を直視できない。直視できない女の子のために、ぼくはアルバイトを始めた。
オジン連中がよくする、独り善がりの説教を、ぼくら若者は憎んでいる。でもぼくに関して言えば、そういうのは嫌いじゃない。オジサンたちは挙ってぼくを小馬鹿にするし、見下すけれども、そんなの、誰も気にしちゃいないと知っているから。結局、ぼくら若年層は繊細に周囲を気にしている間、若者でしかないんだろうと思う。ねえ、オッサンよお、アンタ、死ぬの怖くないの? マジで。口にすればオジサンたちは、ぼくの友人たちは、家族は、何とも言えない気まずさや、負い目みたいなものを覚えるだろう。だからぼくは口にしてきたことなんかないし、若者でしかない。
死骸は、猫だ。猫だった、猫でしかなかったものだ。ずっと目をそらせずにいた、数分間、ぼくはその猫がどうして死んだのかを探ろうとしている。潰れて破けた腹から内臓が飛び出していれば、轢かれたんだな、とわかるのに、そんな具合で。そろそろ彼女がうちに来る。通り道にある死骸は確実に、ぼくの家に来る途中の彼女に見つかるだろう。そして多分、うちに着くなり綺麗でぱっちりと大きな両の目を少し歪めて、道端に転がっている猫の死骸について言及するだろう。もしそうなったら、ぼくは今度こそ世界にではなく、君に対して感情を震わせるかもしれない。誰かからの受け売りの説教を垂れながら、ぼくは女の子を初めて直視する。その時こそ、ぼくは本当にぼく自身でありたい。夜明けを随分回ったけれど静かな、痛いほど眩しい朝。恐らく彼女のものだろう、踵の少し高いブーツの固い足音が近付くにつれて、その路傍の死骸が、透き通るように見えなくなっていくのを、ぼくは不思議に思わないまま。
梅雨時
日毎、わたしが生きている街はとても親切
わたしの死のありもしない謂れを探る
傷を歌う本を読み
紙とインクの海岸線を燃やして
センタクバサミの辻褄に暮らす梅雨のさ中
紫陽花の青は定まらず
薔薇は不完全に美しく
窓のアリアはとてもたいくつ
ビタミンを五粒のもう、ミネラルを噛み砕こう
肉と骨ではなく、眼差しのさびれに抗うため
雨雲が退いて
昼下がりの街は日差しと蒸気につつまれる
つかの間の青空をチガヤの綿毛がさわさわ渡り
生乾きのアスファルトからは、いい匂いがたちのぼる
わたしの手のひらで死んだ燕のなんという軽さ、明るさ
見上げる駅舎はわたしの教会?
厳粛に佇むエスカレーター、懺悔のプラットホーム
電車にのると現世が漂流していく
傷を歌う本を拾い読みしながら、世界を滑っていけば
車窓から望むなにもかもはちゃちな小道具にすぎない
海よ、地動説のはかない海よ
陸地は女神の排泄の痕跡
文明は地球の黴
オーロラはだれの睡眠?
日も月も惑星も糸で吊られた発光パネル
わたしが
どこかをさまよっている
彼はいう
「逃奔の果て、山は霧雨に濡れ、枇杷の実が灯る。紫煙を吐く寸暇、眼差しは無為に親しむ」
部屋の窓を開け放つ、レースのカーテンの裾がおどる
コーヒーを淹れる
なにによらずタバコは悪い習慣
壁にかかる、わたしが描いた川の絵は
逆さにすると川が空になる、名画だ
オールサンデー
鼻毛がでてる。
あと2ブロック行けば
僕たちの街だけど、
オールサンデー。
だれかが
そう定義して、世界中の
日曜日を集めた。
中央公園で
たむろしている
休みのない人たちを
避け。南々西に花の
ようにそよいでいて、
マザコンだった
カンガルーたちが
腰から下に二本も
足がついてたよと
傷つくのも自由だった。
なにもないとこには
なにもうまれないから。
オールサンデー。
だれかがあと
2ブロック行けば、
世界中の日曜日を
そう定義して、
僕たちの街だけど
マザコンだった休みの
ない人たちを避け、
中央公園でたむろ
しているカンガルーたち
が花のように
そよいでいて、
自由だったなにも
ないとこには、
腰から下に
足がついてたよと、
傷つくの、二本も
鼻毛がでてる、
なにもうまれない、
視座 〜もしくは「哀傷」〜
梅雨雲に僅かな濃淡があり
鳥が平野を突っ切って飛ぶ
早い
三羽が飛んでいる
この景を任意の点Pとして
年数ミリの単位で
中心点Pの円軌道上に推移し
世界は終末へ収束しつつあるが
時間の総量は、まだ
全世界
全金融機関のもたらす
通貨流通量をもってしても
購いきれぬほど
巨大である
巨大な塊である
その総体の一部としての自覚を持ち
腕時計も外さずに
ひとつの個体が野に斃れると
転がった首の視界に
ネジバナの螺旋は殊に精緻だ
茎に沿って花の作る小径を
救済がぐるぐると
空へ登り
救済はぐるぐると
そのまま降りてくる
虫媒のない孤立した自家受粉が
花の遺伝子を次世代に
繰り越すだろう
悲しいことに
この視座から感知する世界は
清澄に過ぎる
可能性は可能性のまま
奥行きのない二次元に固着される
親しい人が亡くなるとき
遠く離れた場所でその声を聞く、と
多くの人が語るが
ここからは、それらは
記憶の逆流、もしくは
不正確な疑似シンクロニシティとして
確述される
海に落ちる氷河の先端のように
人は
広大な不可知の領域へと
永久に失われるのだと
読者であるあなたに
耳もとで囁くのならば
人が
永久に失われたあと
どうなるかというと
「それきりだ」
*** *** *** 以下訂正前 *** *** ***
梅雨雲に僅かな濃淡があり
鳥が平野を突っ切って飛ぶ
早い
三羽が飛んでいる
この景を任意の点Pとして
年数ミリの単位で
円軌道上に推移し
世界は終末へ収束しつつあるが
時間の総量は、まだ
全世界
全金融機関のもたらす
通貨流通量をもってしても
購いきれぬほど
巨大である
巨大な塊である
その総体の一部としての自覚を持ち
腕時計も外さずに
ひとつの個体が野に斃れると
転がった首の視界に
白ネジバナの螺旋は実に精緻だ
茎に沿って花の作る小径を
救済がぐるぐる
空へ登り
救済はぐるぐると
そのまま降りてくる
虫媒のない孤立した自家受粉が
アルビノの遺伝子を次世代に
繰り越すだろう
悲しいことに
この視座から感知する世界は
清澄に過ぎる
可能性は可能性のまま
奥行きのない二次元に固着される
親しい人が亡くなるとき
遠く離れた場所でその声を聞く、と
多くの人が語るが
ここからは、それらは
記憶の逆流、もしくは
不正確な疑似シンクロニシティとして
確述される
海に落ちる氷河の先端のように
人は
広大な不可知の領域へと
永久に失われるのだと
読者であるあなたに
耳もとで囁くのならば
人が
永久に失われたあと
どうなるかというと
「それきりだ」
雑記
灰色の岸辺にトキが/折れた首を砂浜に横たえて、尻を/突き出してるから俺は、ジーンズのチャックおろして陰茎をしごいた/突き入れてやるんだ、今から/カタくてぶっといのを、一発/「いっ、ぱつ」。そう呟いて目が覚めた。6月の湿気と寝汗が入り雑じった臭いがパンツ一丁の俺の身体を横たえている水色のシーツの黄ばみの象徴みたいにたちのぼってる。心なしか、部屋んなか全体が靄ってる。最近、高いLEDのやつに替えた蛍光灯が天使の輪っかみたいに柔和に靄ってる。俺は夢の中の出来事を思い出して身震いしてる。鳥に欲情した己が情欲に戦慄してる。でも許されてる気がしてる。天使みたいに優しいLEDの蛍光。あの黒ずんだ鶏頭、後頭、と前頭があべこべに捻れ転倒した顔面の、朱色、全部。全部、漂白してくれる。その蛍光剤で、清潔に。黄ばんでないから安心。
安心。それはティッシュの白にも、ある。スコッティの柔らかいやつを二、三枚、敷き布団の脇に抜いて撒いて、健全で健康な女の子の出てくるエロ漫画一冊(ただし、女の子は褐色肌オンリー)を枕元から引っ張り出してオカズにしてオナニーする。この漫画に出てくるエジプト娘が好きなんだ。額にトキの頭を模した飾りをつけているけど美少女でしかも褐色だから安心して使える緩衝材なんだ。トキ×トキ=非存在なんだ。あとには安全に漂白された褐色の少女しか残らないから安心して俺は陰茎をしごく。しごく。しごく。仮性包茎の皮が擦り切れるほど。しごく。「トッキーって草食系だよねー」知らねーよアバズレ!
萎えた/俺の茎(ステム)が/ならば、俺は植物を食む植物/草食系植物なのだ
※
俺はいる/神田の、こんな、真っ昼間のカフェーに/パラソル付きの屋外席に/チェス盤みたいな模様の/実際、チェス盤を一回り大きくしたくらいこじんまりしたテーブルの前に縮こまりながら/向かいの、作業着のおっさんが右手に掲げたケータイの液晶画面を前にじっとしてる/背中を、俺は見てる/なにか、不穏な手つきで親指が滑った気がする/ノリタケの、よくある映し絵の、ロイヤルクラウンのカップから/ジャスミンの香りが、薄曇りの/風の強いレンガ通りまで乗って漂う
おっさんの、取っ手に、触れた指が/カップをひっくり返し、/損ねる、そこには通りすがりの/空気のようなジャグラーが、得意気に笑っている/安心、チェス盤模様のテーブルにはいつものように、ロイヤルクラウンが/中身のジャスミンティーだけは零れてしまったけど、お見事!
途端に、店内席や、レンガ通りの通行人やがぽつぽつと、注目して、二、三人がぱちぱちと拍手した/が、当の向かいのおっさんは、ますます、背中を硬く猫背にする/ケータイを持った手を、地面に擦れそうなほど垂らして
※
都内の某交差点に遂に発生する蜃気楼/路上で、ダチョウと柴犬三匹が対峙する幻影を前に、みんな、臨戦態勢/いったい、どっちが勝つんだろう/TKのダブルジップ・パーカーに、Levisのカーキ色のカーゴパンツ、黒地に白い王冠が、ほの赤い縁取りであしらわれたオリジナルブランドのTシャツ、極めつけのブーツはDr.Martin、絶対イケてる/青信号と共に×を描く人の群れ。そして視線の群れ。どいつもこいつも勝負は一瞬、目をそらすかドヤ顔して鼻膨らますかだ。オーケー、今日の俺はダチョウだ。地べた這ってな柴犬ども。
雨が降ってくる。胸のどっかに搭載されてる針がきゅるるる! と鳴いて大きく振れる/たまらねえ、このヒリつき。/非安全だから非安心地帯だけど、それが不快とは限らない。/さあ、路地裏に行こう、ヤツが待ってる
※
「トキ、挿れるよ」/「馬鹿だなあ、トキは絶滅したんだよ、ホモ野郎が」
※
意識を取り戻したのは病院のベッドの中だった。ごわごわして戸惑う清潔なベッドに白いシーツ、白い掛け布団、鼻をつく、埃と消毒薬を混ぜたような臭いの一切が不穏で、不自然で、しかし逆説的に安全で、結果的に安心なのだ。
「なんで俺、あんなこと」/声は、喉からは出ない。やすしに、凄い力で締め上げられたから。
あの時、都内のプレイルームで俺はいつものように素っ裸に目隠しをして、両手両足を柱に括って縛り上げて、口には猿轡のかわりに乾燥させた弟切草の茎をくわえて、まるで植物みたいだった。やすしも、俺の肋骨が浮くような痩せぎすとは対称的な筋肉質のガチムチボディをボンテージファッションで包んでいただろうし、鞭がわりにしている、弟切草のドライフラワーを束にして握ってもいたはずだ。事実、俺の太もも、脇腹、胸元、右の頬はそれに打たれたときの感触と痺れと、勃起するほどの熱さを覚えてる。 身を捻るほど四肢に食い込んでゆく縄の感触も、血が滞る末端のさざ波も、氷の粒みたいにきらきらしてくすぐったかった。「それが、どうして、あんなこと」
その日、俺はアナルに人参を挿れられることになってたんだ。それ自体は嫌じゃなかった。「トッキーって草食系だよねー」黙れよビッチ。いや、その通りだよ。俺は尻の穴から人参を食べるのが好きなんだ。草食系植物なんだ。「挿れるよ、トキ」やすしが耳元で、ねっとりした舌遣いで言う。目隠しを、しなければよかった。脳裏にフラッシュバックする昨夜の砂浜/尻を突きだして、折れ曲がった首をこちらに向けて、傍らに/チェス盤のテーブルが、パラソルもなく、雨ざらしのまんま置かれてる/ジャスミンティーの空っぽになったロイヤルクラウンのカップが静物のように置かれて、雨水に充たされてゆく/砂浜に横たわる、首の折れた作業着のおっさんの右手には、ケータイが握りしめられていて、まだLEDの液晶を天使のように光らせている/黒いさざ波を背に、あの、印象に残らないジャグラーが、のっぺらぼうの顔に口を“ひ”の字に赤く裂いて、トキの死体を持ち上げて、空高く放り投げる。“く”の字になって舞い上がり、“へ”の字になって落ちてくる。それをジャグラーが右手から左手に回して回す。気づけばおっさんの死体も一緒に回って、だんだん、両方が混じって、地面に落ちると、ダチョウの死体だったんだ。ドヤ顔のジャグラー/空から降る「トッキーって草食系だよねー」
「うるせーな」俺は笑ってた。「トキは絶滅したんだよ。もういないんだよ。馬鹿か、このホモ野郎が」/「トキ、どうしたん? なんか、嫌なことあったん?」/「キャラ崩してんじゃねーぞヘタレデブが。テメーの肛門にドライバー刺して血が出るまで掻き回してやろうか? 一生オムツ履いてろよ糞ニートが!」/「お前っざけんなや!」/首をギリギリ締め上げる、やすしの太い指の感触と、脂まみれの歯列から漏れる鎌鼬のような吐息の殺意に背筋がぞくぞくして、暗闇に、きんいろの優しい星たちが/天使のように、灯って、「先生ー、目が覚めたようですー」
あれから色んなごたごたがあって、とても面倒で、正直、あんまり覚えてないんだ。ただ、病院の白い天井についた、よくわかんない赤黒いシミが、トキの顔みたいで、泣いたのを覚えてる。
WIFE
大漁の釣りからかえってくると
妻が竿を3本くわえ込んだまま
「おハイり」とうれしそうにいう
「ただいま」と返せるはずもなく
まっ青になって立ちつくしていた
棒立ちになった夫にむかって
くぐもる声で「おハイり」となおもいう
その口にまっサオが入れる隙はもうない
地上に釣り上げられた魚のように
ぴくぴく震える唇を干からびさせていた
痴情にめざめたお盛んな妻は
縛らせた両足を潮でぬらしながら
一糸まとわぬ下半身をひらめかせ
人魚が踊るしょっぱい海面よろしく
シー(SEA)カップの乳房を波うたせている
その胸にはなんどか突っ伏したことがある
大量の悲しみを受け止めた大皿の胸
傷口からあふれる痛みを吸い尽くす海綿体
顔を上げればほほえむ瞳が視界を照らし
どんな不幸にも沈まない太陽に見えた
だれにもその秘所は隠されていなかった
すべての穴場が大公開されていた
垂れた竿なら猥婦(WIFE)が夢中でしごいてくれる
夫がひきつりまっ青になるころには
糸引く竿が彼女の口から水揚げされた
目くじらを立ててみても涙がこぼれてくる
やはりクジラには塩水が必要なんだろうか
とめどなく流れて集まる涙を見ていると
目クジラがやるせなく水底へと沈んでいった
意気地のない眼差しがこちらを見返している
不漁の海から顔をあげると
妻が舌で3本の糸をまきとりながら
「おカワり」と噴水泉をおしひらく
「ただいま」とすがるように飛びついて
この雌クジラだけは逃がすまいと突っ伏した
溺れる
彼女の趣味は緑黄色野菜を育てることでも青少年の腐った性根を叩きのめすことでもなくて。僕は未だ嘗てその母の寝息を聞いたことがなかった。日がな一日縁側に居座り、どうにも退屈そうな夕焼け空が明日の方向へ段々と陳列されているのを、いつまでも飽きずにみつめている母は。僕は彼女の涙を見たことがない、それはとても悲しい物語なのかもしれないし、全然そんなものではないのかもしれない。
ある日イシスはばらばらになったオシリスの身を嘆き、彼の体をかき集めたのでした。
ヴァギナの海に溺れていたんだ、
夜に、夜々に僕は磨り減る体を水面に浮かべて、ずいぶん画期的な夜空を拝見していた、これが宇宙、これが夜、これが散らばった僕の体。土嚢を敷き詰めて海の中に塁を作った、そこで僕が見つけたのは僕の体の一番大事な部分で、
僕はそれを拾う。
母のいないアパートの4階から僕は監視を命じられた女を見つめていた。台風のさなかにオレンジの傘をさしながら自転車をこぐ彼女の横から一塊の暴風がしたたか彼女を打ち付けて遠く、大気圏の外まで彼女を吹き飛ばしたよ。やれやれ空を見上げたら、思いのほか斬新な空と空と空と空とが明日の方向に向かってくだらない雑貨屋の品物みたいに月並みに陳列されていたんだ。僕はそのひとつを指差して、お前は美しい、と叫んだ。そこから彼女は降ってきた、彼女の名前はキャスリンで、まるでメルヒェンみたいに、つまりばかみたいに降ってきた、右手に傘をしっかり掴んで、とはいえそれなりのスピードを伴って、傍に広がる田園風景に交じり合いながら消えていったよ。
ある朝、パソコンの修理業者の声で目が覚めた。襖越しに、
このパソコンUSBポートが一つしかないぞ
馬鹿いうなこっちにもあるだろ
ああ、なるほど、こりゃ美味そうだ
その後聞こえた母の嬌声が妙に疎ましくてそのまま散歩に出かけて11ヶ月が経ったころに、お前、妹ができたよ、って、名前はふた子にしようかなと言うから、へんな名前はよしときなよ、と。だって二人目だからさ、という言葉が聞こえたとき、僕は自分の名前が三郎であることに驚愕した。それから僕は母が一人縁側で空を眺めている時を見計らって友達を呼んで、500円玉を受け取って、散歩に出かけた。斬新な空が段々と明日の方向へ伸びていって、僕は、
マリーは屋上が好きで、三十前半の男性がまだ仄かに瞳に野生を湛えながら次から次へと落っこちていくのが好きだった。
ケイトはサリーの友達で笑袋みたいなやつだったから、首を絞めながらアレする快楽を教えてやった。
ジェシーはイボ痔が男性器を歓ばせることを知って以来、いぼ痔の痛みはすっかり忘れてしまった。
京子は虫風呂に入るのがいやでいやでたまらなくなって発狂してしまった。
セイラは警官である父親のレイプに耐えられるようになったことに耐えられなかった。
縁側で母の隣で夕暮れ空を見ていたんだ。空のグラデーションはそれぞれ画期的で斬新な毎日がいかにも月並みに配列されて、二人は飽きずにそれを見つめて。彼女が、五郎は元気にしてるかな、って言った時、僕はそれを聞こえないふりして、空に向かって、お前は美しい、と叫んだ
したら、あいも変わらず斬新で退屈な空と空と空と空と空から
キャスリンが降ってきた、傘を広げて
ケイトが降ってきた、笑い転げて
ジェシーが降ってきた、京子が降ってきた、セイラが降ってきた
それなりのスピードで、まるでメルヒェンみたいに、つまりばかみたいに、
楽しそうなとこ悪いけど、ばかみたいにばかじゃすまないリアルを地面の上にぶちまけられても、ハロー、マリー、お前も来るかい?
もの拾いしてくる、母にそう言って、くすんだ玄関の扉を開いた途端射し染める光がとりとめもなく僕を集めていたんだ。
木
木である私は風を感じている
昨日の曇天は特に蒸したが
今はどうだ
沢筋からの一縷の風が
梢をこすり私の腋の下を涼やかに通り抜けていく
かつて私にも過去があった
たとえば私の前で作業をしている男
これが私であった
男は年にしては大ぶりで
体躯の大きさからゆえか
どんよりとし大きな動きで活動している
時折腰を伸し
声にならぬ声を発し
しかし、他者の前なので
漏らす程度の小声だ
この大ぶりの男
私である、
私は木になりたかった
思考することに疲れていた
めんどうくさい脳など要らなかった
意思に反し、勝手に何かが描写する
それを見ていなければならなかった
先ほどまでキノコを植えていた私だった
かなり時間を費やしたようで
野鳥の声がひび割れている
新しい風のにおいがし
陽光もいくぶん煌いている
見ると私の腰掛けていた伐根から
新しく維管束が這い出し
私の臀部へと導かれている
さらに
じゅくりじゅくりと
大地からの血液が足指から入り込んでくる
骨盤の奥が疼き、脊椎に脈動を感じる
体内の臓器はすべて攪拌され、すべて材となり
一本の幹となっている
胴から思わず手を上げると
それは梢に変化して
毛髪は葉となり
鳥が群がり始め、ひとしずくの汗が樹皮を伝い
カタツムリが舐めていく
これが木と言うものだ
何かを思考することもなく
生き物をはべらせることのみに時間を費やし
めくるめく年月をやり過ごし
樹皮のまぶたを綴じたまま瞑想する
こうしていま
私は木になった