#目次

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特選作品 - AWARD

特選作品一覧 (ラベル別 / 全16作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


鴎(かもめ)

  一条

海には人がいつも溢れている。カモン、カモンと鴎は空を飛び交っている。海の青は、カモン、カモンと空の青に混ざりこみ、鴎はいまだ完全には混ざりきらない二つの青の間を、行ったり来たり彷徨いながら、新しい青の侵入を待っている。ぼくが新しい青になれるなら、その可能性があるなら、ぼくは新しい青になって、カモン、カモンとあの空と海に混ざりこむだろう。

海には、海には、海には。鴎が、白い。青い空が、海と鴎に混ざり、茫洋と薄れてゆく陽光は、女の名前みたいにうつくしく、彼女は実在しながら、姿はなく、黒人は、砂浜に足跡を残し、誰かの助けを待っているのだが、なく、海に流され、黒人の腐乱した死体に、白い鴎が群がり、鴎は黒く、同時に青く、ぼくは、そんな光景を見ていた。見ていると、海が溢れ、彼女は実在せず、海は人であふれ、冬に近い季節の海に誓い、背中に釣竿を背負った男は、黒人だった。白人だった。

それから、黒人が海に飛び込んで、一瞬で空に落ちる様態を見届けたあと、白人は海に飛び込んで(黒人と一寸の狂いもない同じ地点に!)、黒人よりも随分緩やかに、空に落ちる白人は、中空で、先に空に落ちた黒人を追うように、落ちていった。白と黒が、青に。ぼくは、「白と黒が、青に」の少し上あたりを、しつこく飽きるまで眺め、それに飽きてしまうと、海に飛び込んで、空に落ちた。中空で、ぼくが青に。「ぼくが青に」の少し上あたりに、鴎が飛び交い、一瞬で青がはじけた。白が消えた。


Storywriter,Poemwriter,Songwriter,Hatenanikki

  ikaika

#The Sunshine Underground

七日間降り続いた雨が突然止んで、僕は、靴下を脱ぎ捨てて小屋から、原野へ向かって飛び出す。僕は、僕の体を必死になって追い掛け回し、原野を駆け回る。雲の隙間から陽が指してきて、ところどころに陽だまりを作っている。その中で、金魚が数匹泳いでいる。豪雨が残していった水溜りに手を差し入れる。そして、何かを掴んで引っ張りあげる。一人の黒人の男性が、下半身だけを衣で隠した姿で、現れて、僕は、やぁ、こんにちわ、と、挨拶をする。彼は、静かに、頭を下げて、挨拶を投げ返してくる。それから、彼とは友人になって、火の起こし方や、食べられる雑草をとったりしながら、暮らしたが、ある日、僕が眠りに入ると、僕はそのまま、水の中を泳ぐ夢を見る。すると、頭上から誰かの手が差し入れられて、僕の肩を掴んで引っ張り上げる。彼は、白人の若い男性で、僕に向かって、HELLO!と、挨拶してくる。僕は、静かに頭を下げて、挨拶を返す。そして、彼に、火のおこし方や、食べられる雑草について教えてやった。


Ohayou!おはよう!


#Around The World

友人とともに、1934年作の『オズの魔法使い』を見る。夢の世界と、現実の世界との区切りは、白黒の絵とカラー絵に隔てられており、なぜか、現実の世界の描写は、白黒のままで、色がついているのは、夢の世界。ドロシーは恐らく、精神的に不安定なのだろう。彼女の感情の起伏の激しさがそれを物語っている。なるほど、つまり、こういいたいわけか。私が今、見つめている世界は、まさに夢なのだと。現実の世界は、白黒で表されるように、無味乾燥な世界で、美しさ、醜さ、味、そんなものはどこにもないのだと、見終わった後、隣に座る友人に、「はじめまして。」と挨拶をした。


虹彩という夢を!


#Over The Rainbow

麦畑を妻とされている人と手をつないで歩いている。黄金という言葉がふさわしい風景の中を、麦を掻き分けながら進んでいくと、私の小さな家があり、犬が一匹こちらに向かってほえている。土壁の家のところどころにはステンドガラスがあって、紫や緑、赤、黄色、と、色彩を放っている。さらに、進もうとすると、妻とされている人が腕を強く引っ張る。振り返ると震えている。どうしたのか、と、問うと、あそこには、魔女が住んでいる。という、いや、あれは僕らの家じゃないか、と、答えると、二階の窓は開いて、一人の老婆が、箒にまたがって、私たちの上を通り過ぎていった。延々と続く麦畑、黄金のじゅうたんの上を、魔女が飛んでいく姿に見とれていると、妻とされている人は、ほら、いった通りでしょう、と、では、僕らの家は?、と、聞きくと、指をさして、ずっと向こうだと言う。


落下する地平線上を超えて、そのまた向こうまで、そこではもう私は中心ではなく、誰かの中心へ接近する、そう、私が中心でいられなくなる場所まで、永遠に!


#World's End Garden

ここは、光が鳴っているな、ツー.....トット.....ツー.....トット、と、映写機に映し出された私の背中、円錐形の内で青白く照らし出されて、影がスクリーンに大きく写る、影は私の意志や体の動きに対応せず、一人でに歩き始めて、舞台袖へと消えていく。私だけが、未だに、映写機に照らし出されて、青白く、何も映し出さずに、影も作らず、ぼんやりと取り残されたまま、ずっとその場から動くことができない。そして、何かが大きく軋む音だけが、会場に広がって、私は地面に倒れこみ、強く額を打って、嘔吐した。


最後に、嘔吐物の中から無数の蝶が飛び出し、劇場全体を青く染める、


#Reset,Sunset,Emerald

 bird、達が空へ、そして雨が、rain、まずは、喉を切り裂こう、無数のガラス破片が飛び散って、すべてを光に変える、次に、額が裂け、陽が昇った、最後に、真っ二つに裂けた体から、Emeraldが、飛び出して、そして私を包むまでの話を、かなえられる願いことはいつも一つだけで、思い出せばはるか彼方、私達がいまだに姉妹であったころ、アポロンとアテナイの女神の憂鬱のうちに生まれた一つの涙、緑、赤、黄色、そして、あの青の延長線上で鳴り響く、アリアが、地平線上に落下するまで、数え続けられる数々の数式、それら一つ一つに刻み込まれた、秋月の落ち葉、そして、すべては、明暗の点滅のうちに、すべての夜を焼き払う光の中で、爆撃音が、ポーン、ポーンと鳴って、bird、達は、空を忘れた、blue、blue、青よ、青よ、どこへ、どこへ、早朝、世界が吐く吐息の内に隠されてしまった青が、水泡に包まれて、成層圏で破裂するまで、地球儀を駆け回って、花に水をやる誰かの上に、雨が、そして、rainが、このあまりにも晴れ渡りすぎた空の下から、今すぐにでも連れ出して、雨の中へ、Emeraldに包まれて、最後に光が、光に焼き尽くされる頃に、もう一度、世界を、Emerald!


繋音

  藤坂知子



林を包む曲が聞こえる
茂みの奥から草へ草へと、大きく輪をひらき渉っていく
鳥達の息を吸い声を建て、なびく風音をフラットにする
静かに肌の表面をさらい
薄色のまっさらな、君の皮膚に触れていく

わたしは、どこまでも見ている
くさばらの廃虚に横たわり眠る君の、風に透かさればたつくyシャツ
曲の鼓動に揺られ重なりあいながら、心臓から草が伸びやかに生えてくるのを
一瞬の永遠として見つめていた

一日ずつ一日ずつ、君から生えた草は長さと根の数を伸ばしていき、
花なども眼の孔から息衝かせ、集まる虫はからからと君の真上で飛び回っていた

すでに草花に埋もれまみれた体は、かろうじて表情が伺える
無心の瞳はまっすぐに空いた空をみる
そんな君をわたしは無心でみつめた
林を包む曲が聞こえる
いつまでも透き通る冷えた肌へ
しらしらと半音の色が落とされ、
手の付けようもない透明な君が、
少しだけ色付き動いた気がした。
君はまだまだ空をみている
曲はさらに半音をゆるめず、和音の苛立ちを低調にかなでる
林から林へと渉る時、君の体に生えた草がざらざらと天に伸び始める
林から林との中心で一本の枝になりながら、
さらにさらに澄み切った薄色の肌になっていった。
曲が一瞬鳴り止み、一本の道がひらくと、
君が少し微笑み、消えていった
林はざわつきを残したまま、風に生まれ、生まれては昇っていく
君がいた所の君から生えた草も、そこら中にぼうぼうと茂り、どこもかしこも森になった
残った曲から君の声がぼんやりと聞こえてきては、
果てなく柔らかなはじめての微笑みを
目の裏の残像の中で幾度も幾度もかなでている

定まらない足つきで私は、虚ろに大声で唄っていた
唄というよりも、叫びのような唄が、
誰一人としていない森へ知れ渉る。
ただあるのは、ここから見えるのは、一本の遠く続く走る道
君の心臓でひらかれた道
通るのか
光へ向かうのか
声を放つのか
君の冷たさが微かに残った、半音の余韻で包まれる孤高の森の下で、
風が終わり、
もうどこにも、
生という名の声は
聞くことができない
森が、記憶として
残るのみ

* 投稿時の名前は「加藤紗知子」


赤い櫛 

  袴田

  あたしに痛んだ赤い櫛を 誰も近寄らない路地に捨て 誰にも拾われないために髪をからませ 青草などぱらぱらとまぶしておくと 見あげる細長い青い空は 色見本の短冊のように美しすぎて 眼差しで色をはじいてしまえば ぺらぺらと軽々しく剥がれて 私の首に落ちて絡まってきそう あたしその無色を支えようと いつまでもあたし たった一度の瞬きができないでいた、

  生まれたからには生まれた時より 少しでもましな人間になって死にたい だって てめー そうは言うけどよ 考えてもみろ この現場で足場組んでる奴ら みんな堅気の人間じゃねえよ さっき飯場で汗拭ってる時 背中に彫り物があってよ 龍がこう 首を持ち上げてよ 赤い舌出してよ オレのこと こう睨みやがってよ 奴らの背中 血が通ってねえよ 奴らがまともに板組めると思うか 奴らに命預けてるんだぜ 前の現場でよ 落ちた奴いてよ ボルト何本か抜いてあってよ 死んじまったよ まったく ひでえ話もあったもんだって そんなんでよ ましな人間になる余裕なんて あるわけねーべ オレのコレに赤んぼできてよ オレだって今 大変だけどよ、

  子供と視線の高さを合わせることが必要でしょうね 怯え という膜が 子供の心の表面を覆っていまして 何かに触れた時にそれが震えてしまう 破れてしまうことがあります いや コーヒーはもう結構ですから 胃を悪くしますのでね それで 視線の高さを合わせるというのは 別に意識の問題だけではなく 実際に姿勢を低くして 中腰とか片膝をつくなどして 子供とあなたの眼球の位置を水平に保つようにすることです この力の均衡が先程の膜を 穏やかな状態に保つのですね 静かな湖のように像を結ぶのですね 子供はあなたが考えている以上に 瞳の暗闇をよく見ています 暗闇に映る自分の姿を見ています ああ お茶を頂くことにしますよ どうかあまりお気遣いなく しかし暑いですね毎日 やっと五月だっていうのに、

  膝を折って光を避け 首を折って湿った苔を爪で削り パンプスの先端に擦りつけると 青臭いだけの気流が生まれて 無遠慮に首筋へ滑り込む気配がして しばらくあたし たった一回の呼吸ができないでいた 無計画に並んだ室外機がビル風でカラカラと回り 回りそうで回らない羽根があってもどかしいので 唇を尖らせて息を吹きかけると キャベツの葉っぱのように重たくて このまま今日は回らないつもりなのだろうと諦めていたら 突然勢いよく回転し始めるので 青臭い匂いは千切れて消えて あたしの爪の中にだけ深い緑となって残った、

  そういえばよ あのマンション 全然買い手がつかないらしいんだ そうそ あの横長の 白い建物さ 珍しいべ 東京23区でよ 駅から近くてよ まだガラガラなんだって 気持ちわりーな スカスカのマンションて なんか気持ちわりーな たまにあるんだってよ エアポケット っつーのかな よくわかんない理由で人が住みたがらないマンションがあるんだってよ てめー どうよ あそこ絶対お買い得だぜ 辛気臭い顔してないでマンション買っちまったらどうよ 今のアパートよりましだべ かみさん喜ぶべ なあ 今よりましだべ オレが? オレは駄目さ オレ コーショ キョーフ ショー だから 駄目なんだオレは コーショ キョーフ ショー だからよ、

  放熱するモーターの唸りが聞こえてくると ここはもうあたしの領域ではなく それは赤い櫛にふさわしい騒々しい情動のはしくれで 切り取っておくべき余計な部分として存在して どこかに寄せ集めて放っておくより手立てがないみたいで ああ なんだ あたし息してる 寄せ集めたら息してる でも瞬きができない、

  ところでご主人は銀行にお勤めでしょう いえね 本棚に金融関係の専門書を見かけたものですから たぶんそうだろうと では ご帰宅はいつも遅いでしょう お子さんと顔を合わせる機会があまりないでしょうね 私だってそうですよ 平日は子供の顔なんて見たことがない 土曜日に一週間ぶりに再会しては お互いの安否を確認しあうといった感じでして 勿論そうですね その時も 目線を合わせてお互いがお互いの瞳に映っているかどうか きれいに映っているかどうか 確認するわけです いえね 実は妻とは死別しましてね 早いものでこの五月で もう七年になりますが まだ赤ん坊だった息子を残して 逝ってしまいましてね、

  いや 奴が落ちたのはあのマンションじゃねーよ 別んとこでさ そこはちゃんと全部売れたってさ 結構死ぬんだぜ現場でさ そんなんは隠すにきまってっからよ みんな知らねーで買うわけだけどよ だからって関係ねーよ そんなんは気持ち悪かねーよ たくさん人間住んでんだから さっきもいったけどよ スカスカのマンションが 気持ちわりーのよ そんなの建てちまったらオレ この商売やんなるね なんかでっかい墓でも建てたみたいでね あ ほら見てみろ あいつの背中に龍がいるんだぜ 雲の上に長い首だしてよ 赤い舌べろんと出してよ 汗かいても冷たいんだぜ あの背中は ほんと気持ちわりーよな、     

  ちょっとそこまで と言い置いて部屋を出たわりには あたしはとてもきちんとした身なりをしていて どこに出しても恥ずかしくないから どこまでも行くつもりでいたのに 案外近くであたしは諦め 髪をほどいてばっさりと背中に落としたら急に 広い道は歩けなくなって何だか 整えたいものがあるような気がして 体ひとつぶんくらいの路地に嵌まり込んでみたのだけれど 薄い胸が空間を持て余してするすると あたしするすると入り込んでしまい ああやっぱりどこまでも行けるのだ思っていたら ここから先 私有地です という看板に遮られて ああやっぱりあたしそのへんまでしか行けないんだと諦め そういえば整えたいものがあったんだと 手鏡を鞄から出して襟元を直して 手櫛で重たい髪をとかしていたら あたし何であの赤い櫛を使わないんだろうと思い出して 暗い場所で冷たい胸元に手を突っ込んで長い時間 赤い櫛を探していたんだっけ。」」



スカンジナビア

  宮下倉庫


オーロラをめぐるスカンジナビアの旅。学生の冬休みや、社会人の年
末休みの時期を避けて、と思っていた。だからこのタイミングで、北
欧の氷河に日本人の、おばさんの一団が大挙しておしかけていたのは
まったくの誤算だった。彼女達の姿形はまちまちなのに、みな一様に
フラフープを持参している。

今の会社に勤めはじめて丸5年になる。そして今3回目の休職期間を
過ごしている。ポンプのモーター音、水草と砂。青白く輝く水を湛え
た水槽が、窓のない4畳半ほどの小部屋を淡く染めている。机の上に
はボールペンとわずかの紙片。人事の黒田さんはやんわりと退職を促
している。壁の向こうの毛羽立った空を思う。両手で掬うと水は思い
のほか冷たい。部屋の壁では熱帯魚のグラフィティが回遊をつづけて
いる。

旗を持った添乗員と思しき男性にたずねる。これはいったいどういう
ツアーなんですか。男性は答える。「オーロラの下でロマンティック
痩身ツアー」なんですよ、と。オーロラを見上げながらフラフープ、
感動ついでに気になる腰周りの肉をシェイプアップ、そういうことら
しい。まったくいかれた話だ。

出張とか外回りとか、そういう役回りがなるべく少ない仕事がいいと
思っていた。ところが辛うじて滑り込んだ今の会社で待っていたのは
正反対の仕事だった。毎日のようにあちこち飛び回って汗水を垂らさ
なければならないうえ、たまに会社に戻れば、山のような書類の処理
と、こと細かな報告書の提出を求められた。いろいろな場所に行けて
いいじゃないかと言う人もいたが、ぼくはいろいろな場所に行きたい
なんて微塵も考えたことがない。

SUUNTOの腕時計が21時を告げる。やがて空にぼんわりと幽霊のように
現れ、うねり、形を変えるものがある。オーロラだ。寒さを忘れ、ぼ
くはそれを注視する。その動きは次第に大きく、強くなっていく。す
るとおばさんの一団も、ここぞとばかり一斉に太い腰をうねらせ、フ
ラフープを回しはじめる。歓声とも嬌声ともつかない声がスカンジナ
ビアの氷河に響く。オーロラはあられもない奇態を現しはじめる。

やがて体のあちこちに変調をきたした。心因性の抑うつが原因だろう
と言われた。ところが社長は精神論の信奉者で、上司はぼくを厄介者
とみなしている。内勤を希望したがそれも叶わず、2回・3回と休職
を繰り返し、結局今こうしてぼくはスカンジナビアにいる。オーロラ
を見る、ただそれだけのために。日本に戻ったら、退職願いの書き方
を調べてみるつもりだ。

真っ白い息を吐き出しながら、首が痛くなるくらい空を見上げつづけ
ている。オーロラのフラフープが止まらない。おばさん達から流れ出
た汗は奔流となり、雪解けよろしく氷河を溶かしていく。ぼくは足元
が崩れていくのを感じている。いつのまにかぼくは一団の先頭で旗を
振っている。こんなに旗を振って、ぼくはこの一団をどこに導くつも
りなんだろう。

もう潮時だろうと思う。不要な汗を出し尽くし、おばさん達の腰はく
びれにくびれ、みな砂時計になって佇んでいる。ひとり、またひとり
と、持ち時間を使い果たしていく。やっと静かになったスカンジナビ
アに、さらさらと音をたてながら、砂が時を刻んでいく。そして最後
のひとりが砂を落とし尽くした瞬間、足元が音もなく氷解する。遠ざ
かっていく空に光の輪が見える。氷河の下では輝く魚達の群れが回遊
している。青白く、ただ青白く染めて。小部屋のドアを開けて黒田さ
んは、誰もいないことを確かめてから施錠する。


milk cow blues

  一条

おんなは、国道をマイナスの方向に横切った
足を引きずり、
店に現れたピアノ弾きは、後ろ手でロープを緩め、
慣れた手つきでdEad Cow blUesを演奏した
ドミソの和音に支配されたその音楽は、ら知#れ、知#れそ、靴擦れ、また、靴擦れだ
となり街の石油コンビナートから、
煤煙が空を、
洞察的に立ち上がっていくのを、
世界中に設置された火災報知器は、
ただ静観している
突如、出張所から、一台の消防ポンプ自動車が出動した
そいつはフル装備で、赤色灯を回転させ、
いつだったか、
妊娠したおんなの腹に黒い海が見つかった
海はみなみの方向に流れ、
やがて星々へとなった
卵形のいまいましい星々が、
おんなをいれものにする
おんなは、
いまいましいむすめをだきかかえた
わたしのむすめがつくった童話は、
赤い兎がうそをつくお話で、
むすめの皮膚は、
お話の途中で、赤くただれた
草原が赤い兎を飼い、
老婆からの電話で目がさめた
わたしは、ながれていくものを相手にしているのだ
むすめがつくった童話には、
けつまつがなく、
ぬりえからはみだした、赤や黒がうみにながれていく
にんしんしているおんなの顔を、
ひとつ汚すたびに、
むすめは、あたらしいコインを手に入れた
コインをたくさんあつめると、
好きな人に出あえるという恋まじないのようだ
時計の針が、
ぐにゃりと折れ曲がり、
むすめは、わたしと目があうと、
針の折れ曲がったほうこうに、
敬礼をしていなくなった
あなたがまだうまれたばかりのころ、
父親によく似たやさしいクジラと泳いだことは、
忘れないで、うさぎちゃん
おれは、
牛が殺されるのを待ちながら葬列の先頭がどこにも見つからないことに
気付いていた
そいで、
死んだ牛のブルースが、
暗号的に処理される棺の中、感染した販売所から百万頭の牛のドミソが、
一匹残らず失われていくのを、
加えて何かを、
鎮火した消防ポンプ自動車は、朝焼けの国道をひきかえした
何を鎮火したのかは、
いつまでもわからないまま、
あのピアノ弾きが、
ゆっくりと、おもむろにdeAD BeEf blUEsの演奏を始めるころ、
その音楽に耳を傾けているのは

静かにしろ、ここは、警察だ


SPRINGTIME

  軽谷佑子

わたしの胸は平らにならされ
転がっていく気などないと言った
そしてなにもわからなくなった
柳がさらさら揺れた

井の頭の夏はとてもきれい
友だちも皆きれい
わたしは黙って自転車をひく
天国はここまで

暗い部屋で
化粧の崩れをなおしている
服を脱いで
腕や脚を確かめている

電車はすばらしい速さですすみ
わたしの足下を揺らし
窓の向こうの景色は
すべて覚えていなくてはいけない

除草剤の野原がひろがり
枯れ落ちた草の茎を
ひたすら噛みしめている
夢をみた

そしてわたしはかれと
バスキンロビンスを食べにいく
わたしは素直に制服を着ている
風ですこしだけ襟がもちあがる


地蔵盆

  兎太郎

さいごの地蔵盆に 少女はおかあさんにお化粧してもらい 
お地蔵さんになる
かのじょの宝の箱はいっぱいになったので 
しずかな感謝のきもちで 少女は鉦(かね)をたたき 
年下の子どもたちにお菓子をくばる

つくつくほうしの行列が 昼さがりをあるいていく、
二度とくることのない夏休みをとむらいながら
お地蔵さんの少女にささげられる
原色の女の子のわらう顔 仮面のヒーローの生真面目にゆがんだ顔
少女のこころはなぐさめられる、
プールがえりの子どもたちのけだるい影法師にも 
子どものまま逝ってしまった者たちの到来をつげる風鈴の音(ね)にも

「あれ、血がおちてる。いややわあ、夢みるわ」

踏みきりにたくさんのひとが集まっていた
ほんとうに線路にあったくろく泡だつものに 
そのとき少女は繋(つな)ぎとめられた
真夜中に遮断機がとつぜん目ざめ 
いのちのないまま もうひとりのおかあさんのように歌いだすのを
それから少女は何度きいたことだろう

その踏みきりのむこう側にならんでおられたお地蔵さん
おかあさんと日赤病院にかよっていた頃 かならずお参りしたものだ
白い顔を咲かせたお地蔵さん
おかあさんはその口に ひとつひとつ まっかな紅をさしていた
それからふたりで合掌した
とかれた手はふたたびへその緒のようにつなぎなおされた 

もうながいこと少女はその踏みきりをわたっていない
籠からうずらがにげて そのむこうの空にはばたいていったのは 
あれはなん歳のときのことだろう
いつのまにか募(つの)っていたあこがれが うずらの翼を鴇(とき)色にかえていた
まもなく少女は 
日赤病院の打ち棄てられた裏庭のひんやりした土の上
ひとつの鴇色のなきがらとなるだろう 

ひぐらしがけんめいに今日の暑さを終わらせようとしている
ラムネを飲みながら 携帯ゲームをしている男の子
友達になって。といっているその背中に 
お地蔵さんになった少女はしずかに 遠いまなざしをそそぐ


corona

  泉ムジ

そっと手をひらいて
潮が去ったあとに
日輪にうつるオウムたちの
羽冠
とり残された 点描の泡
立ち眩む/宿借は殻を捨て
行くべきなのだ/
という嘘に
湾曲をなぞっていた黒い肌の少女は
赤い波打ちぎわに腰かけて
砂まみれの足首を抱いた

ここには王国があったという
彼は道路に立ち 胸を指して
自分にはその血が流れているだろうかと問う
聞こえなかったふりをする
私の肌は白すぎて 熱に膨れ
かつて幻想だった大地に横たわる
影を踏んで
日傘を捨て
堅い手をやわらかな腹部へとみちびき
ここにあなたの血が流れていると答えると
彼は膝を折り 髭だらけの口で祈る

ひと月ぶりの朝に
岩穴を這い出し
水が退いた平地へ下りる
歓声
打ち上げられた 木製の船に
漕ぎ手はない/宿借は新しい殻を
見つけられずに死んだ/
それでも
石壁に奴隷や家畜が折り重なる神殿で
新しい生け贄が捧げられ
砂浜の足跡は消された

母はこの海を渡ってきたという
誰も知らない 遠い場所から
そのことを母に尋ねても何一つ教えてくれず
聞こえなかったふりをする
白く輝く肌は あたしと違い
幻想と呼ばれる大地を思わせる
風が吹いて
髪がなびき
はるか昔に飛んでいったオウムたちへ
ふたたび切りひらかれていく予感を告げると
あたしの爪先は濡れ 濃い朝焼けに触れる


星遊び 

  ポチ



 汗だくのアフリカで、裸になった友人から手紙が来た頃、僕の机の上では、数冊の本が同時に開かれたまま文字たちが飛び出している。友人の手紙が僕にこう言う「星に上がるのさ」と。彼が一緒に送ってきた人形はマヌケにも「Eureka!Eureka!」としか言わない。僕の祖父は、そう叫びながら家を焼いたんだよ、と彼が口にするまで、僕の部屋の扉は開かない。これはまじないなんだよ、ずっと昔からのまじないんだよ。
 
 星へ上がる

 星へ上がった人たちの瞳は青いから、とてもきをつけないといけない。僕がずっと昔に祖母に言われたことを信じていないから、青い瞳は、その人が死んだ後に、固まって青いものになるんだよ、と、静かに友人に語るけど、友人の瞳は黒いままで燃えているのさ。燃えたものは、白く冷えて土に上がる。上がってから、下がって、また黒くなるのさ。

 まじない

 まじないはいつも夜に、そして昼に、朝にはできるだけ控えて、そういう君はいつまでたってもそれをやめようとしない。まじないは、いつだって聞き分けがないから、耳をつけたまま走ったあの人のように、砂浜で首をかられるのさ、かられた首は笑ってアフリカに落ちる。落ちた首を君が拾って、またまじないをかけたら、それは星へ落ちるんだろう。君はそうやって何度も何度も夢を見た。


Eureka

名前を与えられなかった、
あなたや、わたしが、
くだけちったまま、
たまげる、
たまげるってのは、魂削るって書くんだよ、と、
知らない人が言付けて、
わたしは旋舞し、
あなたは戦舞し、
何度も何度も、
同じようにして、
見たままの、
開かれたもので、
同じように、
そしてや、また、から、
引き出された、
退きだされた、
靴や、
帽子を、投げ打って、
廻っては巡るままの、
呼吸の仕方や、
知らなかった、
場所に、
かえる、
そして蛙が、
帰らない内に、
私たちが
帰らない家に、
ことづけをして、
わたしたちや、
わたしは、
ゆっくりと、
渡っては、
渉り、
口笛を吹きながら、
屋根を葺いて、落ちた、
と、言われるままに、笑ったり、
下がったり、
転んだままで、
転ばないままの、
いしを、いしを、
渡して、
わたしや、
わたしたちの、
あおいままの、
ことばで、
いえへ帰るまでに、
孵らない、そして、
やっぱり返らない、
はだしで、見て

星へ上がらない、まじないを、
何度も、


プラタナス

  黒沢



その夜、いえに帰って、おれは妻にせんこくしたのだ。
おれが、
さきに死んだら、
くちを、きけなくなった物質のおれを、
けっしてだれにも、神さまにもみせるな。
それが、おれの遺言だ。

おれは、酔っていたのか。
ふだんなら、そんな不吉にもとれることを、
この世でいちばん、こころが、
弱いであろう妻に、
いうはずもないのだが、
おれは、我慢ができなかった。



妻にせんこくを、おこなう前、
おれは、
恵比寿でのんでいた。

仕事のしり合いが、ろくにん、ほど居て、
ひとりは、
海外で商業デザインの仕事をしている有名じんで、
ひとりは、そこの営業まんで、
ひとりは、そこの子がいしゃの社長で、
他は、おれのかいしゃの部下たちで、
おれの隣りには、末っていう、
この世の終わりみたいな名前の、
気まじめな部下が酔っ払っていて、声がおおきい。

どんどん、酒をくみ交わし、うまい素材を、
うまい調理で、
つまり、カウンターの向こうの、
いちりゅうコックの手ぎわの鋭さで、
はらいっぱい食って、
夜はどんどん、ふけて熱っぽくなった。

おれは、それなりに快活に、みせて、
ばかもいったし、
それなりに、危なかしいことをいったつもりだが、
本当のことは、何もいわなかった。



さしみや、
しゃぶしゃぶは、淋しい。
どんな快活なおしゃべりをしていても、
くちにするのは、淋しい。

おれは、てかてか光る、
箸を、
まるで、器用にすべらせながら、
時おり、外の、ぷらたなすの樹をみていた。
まどから、さんぼん指のような、
みつ葉が、
みえて、緩やかにうごいていた。

かきが、出てきた。

話しは、
その、物質のけいたいに関係なく、
わかい、おんなとの火遊びについての、
ものとなったが、
おれは、遊びにん、のふりをして、おおいに食い、
のんで、おもい切り笑った。



おれは、ほうこく書でも、せいかつでも、
おしゃべりに見えて、本当にいいたいことは、
決していわない。

生きていると、言葉が、
にじむように、
湧きあがって、こみ上げてきて、
それを堪えるのは、なかなかに、辛いことがある。

いいたいことを、いわなくなったのは、
何時からなのか。
おれは仕事のせかいで、箸さばきほどに、
それなりに、器用になったし、
これでも、抜けめないやり手にみえるらしいが、
おれが、本当のことを、いいはじめたら、
こんなもんじゃない。



こころの弱い妻よ。

いいたいことを、我慢できなくなったおれが、
本当のことを、
いいだすのが、こわい。
生きているおれは、いわない言葉に、
みちていて、いわばそれは、
おれを生かしている内圧のようなもので、
おれの、おれなりの、
バランスなんだ。

くちを、きけなくなった死体のおれを、
だれにも、みせないでほしい。



ぷらたなす、というのは、
アメリカから輸入された、街路樹らしい。
この国では、いほうじん、なんだね。
しらなかった。

まどの外の樹を、話題にしたおれは、
部下の末のおおきな声に、
いらいらする。
売り上げを、ろく倍にした社長さんのくしゃみに、
いらいらする。
ぷらたなす、といって、それきり、
大きぎょうの悪ぐちに話題をかえたおれは、
品のいい、
僅かばかりの炊きこみご飯を、くちにしている。

ぷらたなすのみつ葉は、
にんげんの指にくらべると、欠けている。
それが、
おれの内がわで、何時までもうごいている。



生きる、にあたり、
いちばん辛いこと。

死を、いたむこと。
名まえのある、ペットの死をいたみ、
名まえのない、野良犬の死をいたみ、
妻の死をいたみ、
しり合いの死をいたみ、
しり合いでない、すべての死をいたむこと。



話題がかわっても、
ぷらたなすは、ぷらたなすの、ままだ。

その、うごく、
みつ葉にみえる指のあいだから、
表皮の、剥がれた幹がみえていて、
それは、しろい、
くもった色をしていて、
いよいよ、街灯のじんこうの光りをうけ、騒いでいた。

部屋のなかは、どんどん熱っぽく、
熱っぽくて、おれは、はらが痛い。

おれの妻は、なぜあれほどに、
こころが、
弱いのだろうか。



恵比寿のみせを出ると、
そらの雲はものすごく、流れていて、
星がみえなかった。
とうきょうの明かりは、
おれの想像をいつも遥かに、うわまわるばかりだ。
商業デザインのその有名じん、とやらに、
おれはそっと耳うちする、
お、うえん、していますよ、と。

その夜、いえに帰って、おれは妻にせんこくしたのだ。
おれが、
さきに死んだら、
くちを、きけなくなった物質のおれを、
けっしてだれにも、神さまにもみせるな。

おれの遺言をきかされて、
思ったとおり、妻は、不安がったけど、
いがいにも、泣き出さなかった。

わかりました、と、
だけ、約束してくれたのだ。


詩人

  ぱぱぱ・ららら

「僕は詩人だ!」
深い崖の下で叫び泣いた
僕は
確かに僕だったと思う
 
波がきて
波が去る
その繰り返しが時間なら
僕であったはずの
僕は
退屈さの中で
死んでしまった
 
石ころだっていつか死ぬ
その頃には
ヨークシャテリアだって
哲学的問題を解き始める
 
「僕は詩人だ!」
って沈んでしまった太陽の光の
ように泣いたって
明日は仕事さ
 
むかし、詩人だった君は
白い月の下
イタリア製の高級スーツに身を包む
 
Xー700を冬の海に持って行き
世界を切り取る僕は
やっぱり詩人なのかな?
周りは
愛無き愛の物語
 
「助けてよ」
と言ったのは誰?
海を潜り、水難救助した僕に
待っていたのは部屋
に一つの死体
 
『鏡の街』
 
第一編・詩は死を呼ぶ
 
僕は探偵だ
だから依頼を受けて
事件を解決した
報酬を貰い家に買えると
死体が転がっていた
僕の彼女だ
死体は言った
これは報復なのよ
誰かを救えば
誰かが死ぬの
生命には限度があるの
人が増えれば
木々は死ぬ
僕は尋ねる
何で君が殺されなきゃいけなかったの?
犯人に聞けばわかるわ
 
第二編・センチメンタルに走る僕は非詩人
 
 豚丼を食べている僕は、間接的に豚を殺している訳で、彼女が殺されたからって、犯人を責めることは出来ない気がして、僕は時計を左回りにまわす。
 すると、海が見えてくる。寒い、どうやら冬のようだ。太陽は山の裏に沈んでしまい、橙色の光が山の裏から少しだけ、紫色した空を照している。波が来る。そして去る。波の音、久しぶりに自然の音を聞いた気がする。僕の隣には彼女がいる。彼女の隣には僕がいる。僕の隣には彼女がいる。それだけ。
 
第三編・わたしは貝になりたい?
 
 僕の隣には犯人がいる。
 僕は僕のじゃないみたいな、僕の口を機能させる。
 
あなたが殺したの?
そうだよ
どうしてですか?
ねぇ君って、哲学って信じる
信じるます
好きな哲学者は?
ニーチェ、ドゥルーズとか
それじゃダメだ、そもそも君は哲学についてどれくらい理解しているんだ? 哲学を哲学して、それでも君は哲学を信じるって言ってるのかい? 詩はどうだい?
詩も好きですよ。というか、僕はあなたに彼女を殺されるまで詩人のつもりでした。
でも君は詩人じゃない。
その通りです。僕は詩人じゃない。僕が書いてたのは詩なんかじゃなかった。もっと別の落書きとか、そういうものです。
わたしは詩が嫌いだ。詩は卑怯だ。いつも大事な局面では現れやしない。なぜアウシュビッツには詩人がいないのか、なぜネイティブアメリカンには詩人がいないのか、なぜアイヌには詩人がいないのか、君は答えられるかい? 答えられないなら、詩なんて書くべきじゃない。そうだろ?
そうかもしれません。ところで、あなたはゴダールの映画を観たことがありますか? 彼の映画にその事について言及しているものがあります。あなたは観たことがありますか?
さあ、どうかな忘れてしまった。本当に。言い訳じゃなく、わたしは記憶というものを持っていないんだ。
最近、チェ・ゲバラのアメリカ映画がやってるのは知ってるでしょう。二本あるそうです。二年前ぐらいかな、オリバー・ストーンがフィデル・カストロにインタビューしてドキュメン映画があります。でもそれはアメリカでは上映禁止になったそうです。これについてもっと考えてみるべきじゃないですか?
ちょっと待ちたまえよ、君は何が言いたいんだい?
僕が何を言ってるか分かったとしたら、それは僕の表現が下手だったという事だ。これはグリーンスパンの言葉です。彼は詩人でも哲学者でもない。経済学者です。でもこの言葉って詩だと思いませんか?
ちょっと待て。もはや詩なんてものは存在しない。現代詩ってやつを読んだことがあるだろう? あんなのがもう何十年も続いてるんだ。もう詩なんて存在しないだろ。わたしだって昔は詩を信じてたさ。だがヒッピーがただの金持ちの大学生の集まりだったのと同じことさ。ねぇ君は家畜の動物たちについてどう思う? ただ食べられる為にだけ、生まれ、生かされ、殺される。君が今持ってる缶コーヒーを作る為に一体どれだけのアフリカ人が搾取されてるかのか? これが世界なら、君が詩人だと言うのなら、これが詩の作り出した世界なのかい?
あなたは詩を深く考えすぎですよ。詩なんて無力なもので、詩で何かが変わるわけでも無いし、詩を誰かに伝えようなんて気もない、誰も。ねぇ、最近あまりにも批評家が増えていると思いません? しかも、すごく偉そうなんだ。たとえどんなにひどい詩だって、どんなに素晴らしい批評よりは讃えられるべきだと思わないです? ねぇ、詩っていつからただの文学的技術論になったの? 詩だけがただ唯一の、人に創れるものじゃ無かったのですか? 詩が世界を救える、詩が貧困をなくす、詩が人生の闇に光を照らす、そう考えちゃうのは、やっぱり僕が詩人じゃないからですか?


マザー

  宮下倉庫



まばらに
するとよくみえる
僕たちは引越をした
線と線の重なりを逃れ
点描で溢れる
モザイクの町に


階段や坂道を
登ってばかりいた
たとえではなく
公団の五階で育ち
学校はいつも丘の上にあった
西向きの部屋に
角度のない陽が射し
よこたわる母は薄目をひらく
鉄錆色に染まる
手のひら
まばらだった記憶も、今は
新しい住宅地のように整備され
密集し
貧しく充足している


たどっていく
古い軒先や踏切
重層のマンションが混在する町
下りた遮断機に
指折って
数えられるものを数え
白い私鉄がひとつか
ふたつ程度ゆきすぎ
そのたびに
また一から数えなおし
数えていたものを忘れる


若い母親が
線路沿いの道に
ひさしのある
ベビーカーを押していく
赤ん坊は寝いっているのだろう
僕は娘と手をつないで
名づける、という行為の
傲慢さについて
答えられないでいる

「肝臓が、ね
 もうだめなんだって
 でも落ちこんでないから」

それでも
人の名を呼ぶ
まだ、顔を向けるだけの
淡いほねぐみ
人を呼ぶ声、僕たちの午後
僕たちの授受




 途切れたものは
 思い出せないから
 僕の記憶を
 浚ってほしい
 でなければ
 また一から指折って
 数えなおして
 その程度に貧しく
 充足できる
 その程度に
 貧しく充足するために
 くり返したどって
 ゆきすぎるをみおくれば
 遮断機は上がる



  ( ゆるくほどける線と
    線と、マザー
    人を呼ぶ声
    薄ぐらい部屋に、目を覚ました )




モザイクの
町からのびる線路が
肝臓、を
つらぬくなら
僕はくだりのそれに
飛び乗って
まばらに
したらよくみえて
ベビーカーは残照の坂道に
さしかかって

 


給水塔

  黒沢



/(一)


手を繋ぎ、互いの心臓をにぎり締めて、あの給水塔へ歩いていく。止まったままの鈍色の空。私たちの街に、行き先が明示された全体はなく、正しいスケールも、形すらない。遥か、中央にあたる円柱の塔には、赤い花が見え、空に埋もれてそれは腐っている。それはとっくに、
 腐って、
   いるのを
     知っているけれど/
後味の悪い、思い出に似てくるうす光りの道を、私とあなたはくるしく急いだ。迷宮めいた建造物の連なり。時おり他人の声が聞こえ、雨に打たれた街灯の柱から、水のしずくが這い下りる。猫が現れ、私やあなたに関心すら示さず、初めの四つ角へ姿を隠す。私は、足もとすら覚束ない曲がりくねった路地で、あなたの耳たぶをきれいだと思う。石畳にころがる、なふたりん、らんぷ、なまごみの類いを、よそ事みたいだと私は言いあて、次の四つ角が近づく前に、胸の何処かがひしゃげる気がする。唐突に姿を見せる黒い街路樹。そこから、落ちかかる脆い葉むら。私たちの街に風なんてなく、遠のいては近づく痛みのような、影が逆さに揺れるばかり。

通りのあちこちで、音を立てる排水のすじ。ちょろちょろ、それは石畳に沿っていて、あなたの歪んだ靴だけを写す。広場を迂回する、左右の逼った坂道に会うときは、あなたの心臓がわずかに萎み、悩ましい息の匂いが届いてくる。私は、あなたの心臓を、
     にぎり締め
   あなたは、
 私の心臓を/
ひき締める。歩くたびに、後ろにずれる建造物の切れ目から、またあの給水塔が見え、赤い花さえ、ちらちら覗く。あなたは不意に眉をひそめ、たちの悪い悪戯のように、私の名前を疚しく繰り返す。私は、そういうあなたの不確かな心が、まるで引き潮のように、私の命を縮めるだろうと思う。

(四つ角に会うたび、
私たちは噴水に驚く。背の低い水の湧出が、私の胸の暗がりを言いあて、あなたの肩の水位を上げていく。目のなかで、零化をつづける揚力とベクトル。他人のざわめきが、私とあなたを親しく脅かし、繋いだ互いの手に、尖った雨が堕ちてくる。)



辺りに、打ち棄てられた猫の死体。けれども、その尻尾がしなやかに跳ねるのを、私たちは忘れないだろう。坂道を上りつめ、新たな四つ角をじらしながら曲がると、円柱の塔と、赤い花がなおも現れる。あなたが、手にする私の心臓は、生きているのだろうか。あなたが私の腕に巻きつき、そっと誰にも判らないように、秘めたピンクの腸を見せる。街の回廊を、聞きなれた睦言が濡らし、私の身体はだんだん溶けていく。

 途中で、
   止めていいのよ
     とあなたは言い/
私はそこで初めて、また出発点に戻されたことに気づく。あなたの心臓が腐り、私はあなたの、取り返しのつかない二の腕を探している。壊れた顔を拾い集め、欠けていく心を抱いて集め、あなたがいた石畳の空白に、無駄だと判って並べたてる。遥かに見上げると、動かない給水塔に光りが射していて、うず巻く鈍色の雲のしたで、赤い花が震えている。



/(二)


 震えが、
   止まらないわ
     とあなたは言い/
その震えは、給水塔に見える赤い花のそれと、呪わしく対応している。ほどなく、修復を終えるあなた。ちょろちょろ水が石畳を這い、その靴さきを濡らしはじめる。他人の声がいつの間にか回帰して、私とあなたを遠まきに包囲する。あるいは、粒だつ異物のように、辺りから区別していく。

私たちの街には、正しいスケールも、形すらない。寝覚めの悪い建造物が林立し、いくら歩いても近付くことが出来ない。初めの四つ角を、顔のよごれた猫が通るとき、たまらず、私は自分に問いかける。何をもってあれを、いったい何の中央だと言うのか。歩き出すあなたは、
     私の心臓へ
   二の腕を
 さし込んでくる/
次第に、ぬくい、悔いのような圧迫が、動く私の暗がりを満たし、狂おしくなった私は、路地と坂道と、街路樹のある通りで、意味の判らない嗚咽を繰り返す。石畳にころがる、なふたりん、らんぷ、なまごみの類い。あなたは私の耳たぶを拡げ、肉のもり上がりを痛いほどに圧しあけて、聞き飽きた秘めごとを、引き潮みたいに私に流し込む。たまらず、自分に問いかける私は、次の、四つ角が近づく前に、胸の何処かがひしゃげるのだろう。

(脈絡もなく、
他人の声やざわめきが聞こえ、真新しい噴水が中空をひるがえるたび、路地の何処かから、あなたが呼ぶ声がする。手を、繋いでいたはずなのにと私は混乱し、慌ててあなたの心臓を求めるが、あなたはここにいる。)



ふぞろいな建造物の切れ目から、垣間見えるあの円柱の塔と、赤い花。回遊するのは風でなく影で、私とあなたは、どれだけの時間、ここを歩いたのかさっぱり判らない。降りつづく雨の揺れに、しぶきを返す四つ角を越えるとき、私は、疚しい自分じしんの声を聞いた。

     給水塔を、
   ばくは、
 せよ。爆破とは/
つまり中央をなくすことで、広場を迂回するこの坂道の途中でも、あなたの不在を確かめられないことだ。唐突に現れた子供の公園に、四角いベンチがあり、砂のかたまりが板に浮いている。水のしずくが垂れ落ちる遊具には、何かの文字が書かれているが、私には読むことが出来ない。私たちを見下ろす円柱の塔は、鈍色の空のなかで怖ろしく停止していて、未知の、想像もつかない水量を蓄えて、限界ぎりぎりで待ち構えている。
 /給水塔を、
    ばくは、
せよ。あなたの心臓を手放し、あなたの腕や心などから離れて、街の中央にたどり着くためには、赤い花に触れることが必要だ。/給水塔を、ばくは、せよ。たしかに私たちは再会した。迷宮じみた雲のした、この街の路地や坂道や、街路樹のある通りの何処かで。ふたたび猫の死体を越えていくと、左右の回廊が、後味の悪い、思い出のように連続し、水が溢れている。震えが、止まらないわとあなたは言い、その震えは、給水塔に見える赤い花のそれと、呪わしく対応している。



/(三)


心臓の圧迫がなくなると、雨ざらしの道の外れで、崩れるように屈み込んでしまう。膝を濡らし、粒だつ回廊の砂を惨めだと感じながら、水に写った自分の顔を、目のはしで見ている。だらしなく石畳にころがる、
 腐った
   あなたの
     髪、壊れた/
あなたの二の腕、声、心など。私はひとつずつ拾い集め、斜めの視座から辺りを見上げる。唐突に息を吹きかえす、葉の黒い街路樹。複雑に分岐する路地と、頂点のない坂道。建造物の向こうでは、うず巻く空の雲が止まったままで、この街の全体を生ぬるく見下ろしている。私は、ひとりだと思う。欠けたあなたの顔、弛んだあなたの息、匂い、糸きり歯などを、光る石畳に並べたてながら、軽く、虚しくなった心臓を感じる。たまらず私は、歩きはじめ、この腕にあなたを抱いたまま、行き先も判らず声をあげている。

(修復には、
まだ時間があるし、私には、犯すべき禁忌が残されているはずだ。)



/……。


  ひろかわ文緒

夜空を映す水溜まりを
やさしいバネで飛び越えた
草はらを分けていく風に
振り向く、先の
屋根の上には風見鶏が
カラカラと、鳴いて

泳ぎながら眠る魚を
ほほえみあって食べたい
かなしくないうちに
血液にしてしまえるように

軽トラックが砂埃をあげて
舗装されていない道を
走っていった
荷台の幌は
かすかに持ちあがり
はたはたとなびく
幌の下に隠された骨の行方は
えいえんを含んだ海でさえ
知ることはないんだろう
砂粒が口の端をかすり
舞い上がっていく

路肩に沿ったガードレールの
錆ついた部分を
そっと、爪で弾いて
金属の振動を確かめた
腕に残る痣を隠す
袖口の温度に
触れたことはありますか

誘蛾灯から
またひとひら、翅が燃え尽きる
予感がして、風に
密やかに告げる

電信柱のもとに
白い花を手向ける老人
その掌はやさしいばかりでは
なかっただろう
だけれど
些細な仕草も
誰かが許していくから
月はふるえて
ただ、美しいに違いなかった

灰色の鳥が絡み合って、落下する
途端、翻って、

岬には
子供たちが集まって
手をつないで
まぼろしのように建つ灯台を
囲んでいる
揺るぎない明かりの先にあるのは
お母さん、
きっとあなたも
まだ見たことのない、
あなたです


祝祭前夜

  残念さん

 一日目

 妊婦の腹が引き裂かれ、光が漏れた。多くの人たちがそれを見つめ。頭のおかしくなった、アリス気取りがこけて階段で頭を強く打ったまま頭蓋骨が割れまた光が漏れる。光、光、と、数を数える。あちこちで、誰も彼もが腸を引き裂いたり、頭を打ちつけながら光が漏れることを望んでいる。
 そして静かになった。後には、腐乱していない新しい死体ばかりが並び。すべての死体からは光が漏れている。眼球を失った空洞からも、引き裂かれた腹や頭からも、僕はこういう光景の中にいるのが一番落ち着く、と、思うと、背後から誰かに強く殴られる。何度も殴られていく内に、僕の頭からも光が漏れ始める。あ、光、だと、また光の数が増えたと喜んでみるが鈍い鈍器の音が止まらない。それが嬉しかった。

 二日目

 文字の読めない女の子が物語を求めて歩いているのを見る。彼女は、文字が読めない、ことを物語るための物語がほしいという。そんな物語はもうこの世にはないよ、と告げる。それでも、彼女はほしい、といい、僕の後ろでニヤニヤ笑っていた男がその女の子に物語を教えてあげよう、といって、彼女に「不幸」や「悲惨」という言葉を教えては書かせる。それを見て周りの人々が、手をたたき始めて次に「誠実」や「切実」の言葉を教える。これで物語を作れるだろう、と男が笑って言う。周りの人々は彼女が男に習った単語を使って物語を物語るのを聞いてなき始める。男は、それを見て、周りの泣いている者達を全員殴り始める。お前らはいつだってこんな物語がほしくて、ずっと飢えていたんだろう、と、男が笑いながら、自分にアルコールをかけてライターをつける。燃える男が大きな声で言う。「これで、さらに物語がつくれるだろう」と言って。文字の読めない少女は男に習った言葉で男の物語を作る。そして、まるで男などいなかったかのように、皆その話を聞いて泣き始める。

  三日目

 掟の門をくぐることができない。門の内側にいる人々の光が見える。もうすでに、葡萄は破裂して、流れ出ているばかりだと言うのに、雪の中を裸足で踊る。踊る人たちの間から喜びばかりがもれて、楽しい、と、掟が降りてくる。掟が、門をくぐる。次から次へと倒れていくのは人ではなくて、葡萄の木だと気づいたとき、街路樹には人々が実り。口々に、収穫を待っている、と微笑んでいる。
 渋谷、新宿、と、籠を背負って収穫していく。笑顔で挨拶しながら、都市の気候は温暖だから、と、隣の女性が言う。駅の構内、列車に乗る人々の靴があさってには売り払われ、誰もがもう踊らなくていいと、彼女が囁いて、街路樹に実った一人の男性が微笑みながら収穫を待っている。手を差し出して、男を摘む。

 四日目

 肌が焼けて、白くは無かった。蛙が実をむき、秋が焦げる。鉄道沿いに並んだ花火。笑い焦げる人。ここからは、もうどうでもよくなった、と、思いながらテレビが投げつけられ、次に、燃やされた服が飛んでくる。偽りでも、物語がほしい、と言った少女から、ずっと遠くに来た気がする。すがすがさしさばかりが残り、後は晴れ渡る何かが僕を押し広げる。唇は石灰を含み、体が螺旋上に翻る。裂けた、と、声がして、光が漏れる。
 ブロードウェイで踊るタップダンスのことをなぜか思い浮かべる。ハイヒールが蹴りあげられて、遠くに飛んでいったのを思い出したり、しながら、物語を一つ残らず世界の外へ追いやって、ようやくわけもわからないなにかが飛び込んできてから窓を開く。


 
 

文学極道

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