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2007年03月分

月間優良作品 (投稿日時順)

次点佳作 (投稿日時順)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


milk cow blues

  一条

おんなは、国道をマイナスの方向に横切った
足を引きずり、
店に現れたピアノ弾きは、後ろ手でロープを緩め、
慣れた手つきでdEad Cow blUesを演奏した
ドミソの和音に支配されたその音楽は、ら知#れ、知#れそ、靴擦れ、また、靴擦れだ
となり街の石油コンビナートから、
煤煙が空を、
洞察的に立ち上がっていくのを、
世界中に設置された火災報知器は、
ただ静観している
突如、出張所から、一台の消防ポンプ自動車が出動した
そいつはフル装備で、赤色灯を回転させ、
いつだったか、
妊娠したおんなの腹に黒い海が見つかった
海はみなみの方向に流れ、
やがて星々へとなった
卵形のいまいましい星々が、
おんなをいれものにする
おんなは、
いまいましいむすめをだきかかえた
わたしのむすめがつくった童話は、
赤い兎がうそをつくお話で、
むすめの皮膚は、
お話の途中で、赤くただれた
草原が赤い兎を飼い、
老婆からの電話で目がさめた
わたしは、ながれていくものを相手にしているのだ
むすめがつくった童話には、
けつまつがなく、
ぬりえからはみだした、赤や黒がうみにながれていく
にんしんしているおんなの顔を、
ひとつ汚すたびに、
むすめは、あたらしいコインを手に入れた
コインをたくさんあつめると、
好きな人に出あえるという恋まじないのようだ
時計の針が、
ぐにゃりと折れ曲がり、
むすめは、わたしと目があうと、
針の折れ曲がったほうこうに、
敬礼をしていなくなった
あなたがまだうまれたばかりのころ、
父親によく似たやさしいクジラと泳いだことは、
忘れないで、うさぎちゃん
おれは、
牛が殺されるのを待ちながら葬列の先頭がどこにも見つからないことに
気付いていた
そいで、
死んだ牛のブルースが、
暗号的に処理される棺の中、感染した販売所から百万頭の牛のドミソが、
一匹残らず失われていくのを、
加えて何かを、
鎮火した消防ポンプ自動車は、朝焼けの国道をひきかえした
何を鎮火したのかは、
いつまでもわからないまま、
あのピアノ弾きが、
ゆっくりと、おもむろにdeAD BeEf blUEsの演奏を始めるころ、
その音楽に耳を傾けているのは

静かにしろ、ここは、警察だ


ムンクちゃん

  T.T

『ムンクちゃん』

橋の上に少女がいる。嫌な季節にいる少女が
三人、欄干に手をかけ川をみている。ずっと
続いた嫌な季節が漸く終わりを告げ。見渡せ
ば、草木の色も賑やかに。蛾。鴉。モンキー
。ミサイル等が飛行。天地共に騒々しくなる
と、もっと嫌な季節がやって来て。とても嫌
な花が咲く。とっても嫌な花が咲き乱れ。物
凄く嫌な満開の樹が「そこ」「ここ」に出現
する。とても嫌な顔をして。人はシート。ダ
ンボール。毛皮。浮浪者。行倒れ等を敷き、
樹の下で呪文の様な唄をうたう。とても不味
そうに汁を飲み、実に嫌そうに顔を顰め、薄
気味悪い踊りを舞う。それを取り巻く人とて
、又、実に嫌なものを見るように、あからさ
まな嫌々をして。嫌々であるが手は叩き、音
頭をとる。が。泣きもせず。笑いもせず。た
だただ嫌な顔面を全面にした群れが。嫌な月
夜を延々と過ごす。

ここに一人、漸く、パパと発する事が出来る
ようになった幼子がいる。ムンクちゃんであ
る。九才である。ママとも早く言って欲しい
。でも、ママはいなかった。ので、実質、マ
マと発する事が出来ぬムンクちゃんは、まる
九年間、何もかも、を、視て過ごした。夕刻
など、瓢箪頭に渦巻く思念を口をついて吐き
出したい。と、ムンクちゃんは強くおもうの
である。でも、それは叶わない。いや実にも
どかしい。よって、イライラする。イライラ
すると尚更、念いがフツフツとして。時に、
頂点に至りますと、口をついて土石する念い
は奇声となってしまう。ので、近所迷惑であ
る。よって父は、そんな時はね、お口にお手
々を当てるのですよ、と諭す父・ゴンゾウは
四十八才、左官工である。

橋の上に少女がいる。嫌な季節が過ぎ、もっ
ともっと嫌な季節にいる少女が二人。欄干に
手をかけ川をみている。先日、お一人、飛び
込んだ為、欄干には四本しか手がない。蛾。
鴉。モンキー。ミサイル等が漸く飛行を終え
。もっともっともっと嫌な季節がやって来る
。鉛色の空に、何を想ったのでしょう。発作
のごとく高じた幼子の思念は口をついて決壊
しようとムクムクしている。だが、我がムン
クちゃんは、いい子である。父・ゴンゾウの
教えを守り、小さなお口にお手々を当てて、
来るべき予感を黙殺。我がムンクちゃんは、
橋に佇み。瓢箪頭もユラユラと。朽ちかけた
鉛色の雲の彼方に、恐怖の先駆けをジーッと
視ている。

* メールアドレスは非公開


砂漠となる(改作)

  みつとみ

 血も抜けたのだろう、冬の空は乾いている。遠くで鳥の鳴き声がしている。車のデジタル時計を見る。空腹で気持ちがわるく、くらみを覚える。午前9時。いや10時だったろうか。もう時間など意味はないかもしれない。昨夜、車の周りにいた数頭の狼らはいなくなっていた。眼鏡のフレームを人差し指で上げる。ライターをジーンズのポケットに入れる。おぼつかなく、車の外に出る。荒れ地を歩く。だるい。ふらつく。空を仰ぐと、ただ青い。風が吹くたびに、荒れ地に点々とした錆びた色の草が波打ち、地平まで広がっていく。振り返るときのうまで、後方の草原という海原でひとり漂流していたのがわかる。空っぽの胸のなかまで、風が音を立てて、吹き込んでいく。

 荒れ地を歩いた、スニーカーがこんなに重いなんて。石をふみ、小さな枯れ木をまたぐ。茶色い鳥の羽根が落ちている。ただ歩く、そのざわつく肺に、吐き気がして、腰に手を置く。頭が熱くなる、視界に光の尾がいくつも回り出す。身体が固いものに押しつけられたように傾く。意識が渦のなかにのみこまれる。ゆっくりと地にひざを付け、わたしは倒れてしまった。
 寒い空の下で、わたしは汗をかいている。なにかの影が頭上を横切る。額から流れた汗がこめかみをつたう。幼子のように体を丸める。いだかれたい。枯れた草がわたしを包み込む。ずれた眼鏡の位置を直しながら、眠る。草の端が口の中にはいる。乾いた味だ。そのうちなにもわからなくなる、まぶたをとじた闇のなかで。

 手で宙をはらい、仰向けになる。うっすらと目を開けた。ぼやけた視界がしだいに明らかになる。地べたから見上げる空は、透明な青い色。眼鏡のレンズ一枚分隔たっている、距離。手を差し伸ばしてみる。何もつかめない。薄ぺらい雲の隙間から、太陽が現れてくる。ゆっくりと。なにかの影に隠れる。風が地を這ってわたしの顔を撫ぜる。空には何もない、風の音。手をおろす。乾いた砂地に指が触れる。砂をつかんでみる。その手のなかの砂から、わたしは浸食されていった、目をつむる。のどが渇く。水を飲みたい。口を開ける。水の代わりに乾いた風が口のなかに吹きこむ。風にさらされ、わたしはゆっくりと冬の砂漠になる。

 頭上で何かが鳴いた。片目を開く。わたしのまわりを旋回している。鳥らしい。大きい。その翼を見ながらも、身体は動かない。
(朽ちるのか)
 そうぼんやりと考える。骨になったわたしを、乾いた風が遠く海へと運んでくれるのだろう。
 両目を開けると、冷めたい太陽が空一杯に広がっていた。まぶしい。白い光の輪の中心から、斜めに光の槍がわたしに振り下ろされている。光の槍につらぬかれ、砂となったわたしの身体は、風に吹き飛ばされていく。
 細胞一つひとつが、砂となり、宙に吹き上げられていく。わたしの意識が、舞い上がり、四散して、ふいに脚を前にだした鳥が勢いよく突き抜ける。

 そしてわたしは、鳥の爪によって、地上に、叩き落とされた。


段階

  fiorina


     また死んだ・・


       死体がつぶやいた


     どうしてこんなに
     なんども死ぬんだろう
     死は一回だと おもっていたのに

     ということは
     遠いむかし死んだおばあちゃんも
     今でもまだ ときどき死んでいるのかな
     そのたびに少し苦しんで


     いつになったら
     もう死なない死がくるかしら
     なんて 首かしげながら


     よろこびがある間は
     生まれつづけたように
     くるしみのある間は
     死につづけていくんだろうか    愛も


     おばあちゃん
     何度もなんども 死にながら
     あとからいくね
           わたしも


     何度もなんども 生まれながら


検死

  老孫

わたしにはキミの静脈が特別あかるくみえるものだからわたしの検死によるとつまりわたしが爪先立ちになりステンレスに横たわるキミのこかんをそっとすくいとり300グラムですと録音しながら耳よせキミの子音はデキシ(あるいは母音アアアア)を泡と散らしたのか思い出せないが(覚えているわけがない)(しらないのだから)(たぶん)(みみをすませばきこえたかもしれない)(あるいは)キミのおそすぎるまばたきを知る由もない海を小さなこざかなたちが泳いでいる水音(シイイイィ)その環状にまざって走っていく小さなバイク(シッ)の後ろに乗り込んで冷えていくことを夜の窓辺でパソコンをいじりながらカーテンがさらさら冷たいあきらめがわたしの体温を決まって指先から奪って(1℃/s)なかで(わたしのなかのいきものが)月に煙を吐きかけて(1回/15日)からコーヒーを飲んで(CONST)少しだけ血がにじむぐらいに爪をかんだ後でキミの直腸に体温計をさしこんでグラフを書いていくことでキミが最後に残すものは曲線であり(キミだ)キミの死んだ時間はだいたいこのぐらいでキミの胃袋を切り開いて中身をビニールにあけると550グラムで緑のヘタのついたイチゴが完璧な形で保存されていて他にもキレイなものがあって並べていくと雑草が生い茂りだしフェンス越しに管制塔の赤い光が瞬いてそこをゆっくりと飛行機がランディングしてわたしは金網に指を絡ませてゆっくりキミを切りひらいたメスで骨にこびりついた肉をつまびきながら人間で楽器ができるような気がするんですよねという助手に相槌をうちながらわたしは宮沢賢治の詩を朗読しているのに気がついてキミの名前を書き込む前にレコーダーに低くこもるような音でささやきいれて二度と思い出さないような名前はいくつもあるから安心してテレビの砂嵐はやんだからキミはもう二度と雨に打たれることはないしタバコの臭いをかぐこともライオンの尻尾に触れることもなくわたしは切り散らかしたキミの胸をとじ糸を切ると手を合わせた手のスキマの闇からキミの静脈のひかりが助手のこぼしたフリスクにもおとるぐらいに消えていくのを感じる


川島

  一条

川島みたいなやつは、鬼のような形相で会議室を後にした。前の日も次の日も、予言する男は現れなかった。宛名書きの仕事は、これでおしまいだ。なあ川島、と川島は肩を叩かれ、おまえは、カワシモじゃないもんな、と再び肩を叩かれた。新しい彼女が出来ちゃったもんで、今度一緒にボーリング場に行かないか、と誘われた川島は、ボーリング場に行ってもいいですけど、ボーリングというのはやらないですよ、と言った。携帯電話がリン・リンと鳴った。その携帯、おまえにやるよ、と言われたら、川島はどうやって答えればいいのかわからなかった。こんな場所にボーリング場があるわけがないという場所でシシャモは、車から降りた。新車ですが、助手席に座っている女は正面から見たらパンツが丸見えで、ここで、ブレーキ。そこは、ボーリング場。川島に聞かなければいけないことは他にもいくつかあって、携帯電話がリン・リンとなった。川島は、もしもしと繰り返しているカワシモに声をかけようかどうか悩んでいる。ここで、ブレーキした新車は、ボーリング場を後にした。ボーリングなんてやってられるか、いえねえボーリングはやらないですよ、と釘をさされたことについて、電話の相手にくどくどと愚痴ってるようだ。電話の相手は、おれじゃないよな、とシシャモが、川島の肩を叩いた。肩を叩かれたいわけではない川島は、肩を叩かれた場合にどんな顔をすればカワシモ君に気持ちが伝わるか考えていた。シシャモも同じ悩みを抱えていたが、肩を叩かれるのは、真昼間だ。ブレーキしている新車は、病院に直行して、腱鞘炎に悩んでいる女を一人拾って、カーブの向こうに衝突した。あの時、川島が助手席に居合わせたなんて、会社の誰もが知らないはずだ。ボーリング場近くのレストランで予定されていたカワシモの送別会は、腱鞘炎が悪化し延期となった。その知らせを聞いたカワシモは、ボーリング場近くの倉庫で発見されたが、シシャモさんのパンツが丸見えの件について、社内では意見がふたつに分かれた。もうシシャモの居場所は、なくなったようなもんだ。川島は、宛名書きの仕事を再開し、今度、ボーリング場に行ったら、それでもボーリングはしないことにしたが、ふたつに分かれた社内を、びゅんと新車が横切った。川島の声で、びゅんと横切った。カワシモさんの声、と女子社員がかしこまって言った。シシャモは、それはおれじゃないおれじゃないと、首を横に振り、パーティションで区切られてしまった川島の肩を、カワシモが叩いた。これはただの肩叩きじゃないのだからな、とシシャモの声で、川島は涙をこらえている。予定されていた会議は全てキャンセルされ、ねえこのあとどうするの、と聞かれたカワシモは、川島を指差した。近頃の世の中は、どこもかしこも木っ端微塵だな、という顔をすれば、ぼくたちは助かるのかもしれない、と川島はどうやら本気で思った。


放牧

  宮下倉庫


ジュリア・ロバーツの唇は
ガムテープで塞いでやりたい

アンジェリーナ、という語感のよさに
絆されたわけでもないが
その唇には倒錯を塞いでしまう
質量、が

思惑だけはそのままに
牛、に火を、その質量ごと
灰に、それは
絆されるためだったかのよう


moo


抗議します、断固
お願いしますほんとうに
ところであなた誰ですか?
毎日窓口が変わるので
不便でしかたがありません
リピートします
抗議します、断固
お願いしますほんとうに
ところであなたこそ誰ですか?


moo


また押し切るんだろうねと
牛たちが黙々と草を食む
“テキサス・”と修飾される
レンジャーズ/カウボーイ/プレジデント
OKこのBULLSHITども
おまえらの気持ちはよーく分かった
牛は一旦俺んとこで面倒みよう
ところで知ってるか
リーバイスは今やMADE IN CHINAだ
道理で平和(ピース)フルな履き心地だろ?
とはいえ俺の名を気安く
ファーストネームで呼ぶんじゃない
定点観測は四六時中続けられてるのさ
シンディのことはもういい
物騒なことはそっとしておけ
俺は牛を尊重している
新しいヒンドゥーみたいに
亜大陸を侵食する日は間近だ
人間については
まあ後回しになるだろうな

俺の鼻はいつでも
濡れているんだぜ


moo


パシフィック・コーストは
今日も快晴です
以上CIAがお伝えしました



(アンジェリーナ
(俺んとこの牛はアンジェリーナ
(豊満な牛だぜアンジェリーナ
(ブラッド・ピットのやつは
(エドウィンなんか履いてないぜ


ホントニ、ゴメンナサイ


抗議しましたわ
ええ、もちろん、断固として
止めてやりましたわ
水際でがっちり
でもそろそろ潮時かなって
あたしの無念を
同郷のあの方は
晴らしてくれるかしら


moo


パシフィック・コーストは
今日も引き続き快晴です
喫水線からCIAがお伝えしました



(アンジェリーナ
(テキサス米にキスしてくれよ
(ジャパンの食卓に星条旗
(君達のファーストネームは
(舌を噛むから発音しないことにしてるのさ


moo


小山のような生物が群れ
蠢く山脈になり
黒々とした隆起のあちら側から
新しい親書が届けられる


 親愛なる君達へ

“一件はいつでも、しかも最初から
 落着しています。ガムテープで口
 を塞いで、羊みたいな君達を、私
 は心から敬愛しているよ”


  ふるる

いつからか
巨大な目/まばたきをしない目が
わたしをじっと見る

青い/緑の目をしたきれいな雌鹿
自分を巡って戦う牡鹿を
じっと見る
興味深そうに/興味がなさそうに

丘の上にある一輪挿し
何かの花/野ばらが
挿してあることを
雌鹿は
知っている/知ら ない

丘の上にはかつてテーブルがあり
わたしたちは向かい合わせで座って
糖蜜のパイを切り分けては
お互いの口へ入れていた

あのたった一輪の野ばらを
誰が摘んでしまったのかしら
わたしは
知らないわ/知ってるわ

きれいな男の人が来て
無造作に摘んで行ってしまったのよ
戦いに
勝ったから と言って

青い/緑の目をしたきれいな牡鹿が
わたしたちをじっと見る

わたしたちはもう
お腹がいっぱいなのに
糖蜜のパイを切り分けては
お互いの口へ入れて
口も服も
汚れてしまった

青い/緑の目をしたきれいな牡鹿が
口も服も
汚れてしまった
わたしたちをじっと見る

まばたきもしないで


このみちが一瞬でみちていたなら

  葛西佑也

その日だけはなぜか、いつも通いなれた道が、遠い昔、記憶の片隅にある道と重なっていた。その道は、いつどこで、ぼくが通過したものなのかは全く分からなかった。今、ぼくが歩いているのは、巨大な四車線バイパスの上。連続する自動車の風景は、やがてぼくたちから、愛する人の顔までも奪っていくのだろう。天気は快晴だと言うのに、上空を走る高速道路のせいで陽は射して来ない。隣には母子が手を繋いで信号待ちをしている。母子の視線は、ただ一直線に信号だけに向けられ、これから訪れるほんの一瞬のためだけに、時間が過ぎていく。信号が変ったからと言って、何かが始まるわけでも、また、何かが終るわけでもなかった。

/シャッターが閉じられた商店街のある街。雪は風流だなどと言って強がることはだれもしない街。ぼくが生まれた街。ぼくたちは毎日それなりに幸せに暮らしていた。一家の主が不在であることの不安や、さみしさなどは口にしたことも、感じたこともなかった。保育園に最後まで取り残された日も、母がやってくる一瞬を疑うことなどなかった。だから、いつまでもいつまでも、ひとり楽しそうに積み木を積み上げ続けていた。積み木はいつか、一瞬のうちに崩れてしまうことを知っていたはずなのに。

古ぼけた積み木 
塗料は剥がれ落ち 
たくさんの子どもたちの 
歯形と一緒に 
愛しているものや
愛してくれるものが
くっきりと刻まれていたり
染みこんでいたりする/

信号が変ると、ぼくたちの風景が徐々に色づいていく。それまでは目にも止めていなかった。道端の雑草が風になびいている姿に今更気がつく。気がついた途端に、後ろからやってきた誰かに雑草が踏み潰される。愛する人の顔も思い出せなくなる。あの時は二四時間忘れたこともなかった顔。/子どもたちは、大人になるために、手を繋ぐ。一度繋いだ手は絶対に離してはいけない。離した瞬間から、ぼくたちはもう、永遠に大人にはなれない。何度抱きしめても、何度抱きしめても、後悔は拭えない。/母子は人ごみに紛れて、ぼくの視界からは消えてしまった。これでよかったのだと、なぜか安堵する。記憶の片隅、ある道は思い出せないが、ぼくはその道でずっと追いかけていた。訪れることのない一瞬。幼い頃の父との思い出。弟が簡単に手に入れたもの。一度繋いだ手は絶対に離してはいけない?


/ぼくたちごく自然に
抱き締め合っている
あなたはぼくを愛しているし
ぼくもあなたを愛しているんだ
あなたの代わりに
買い与えられた
ものたち全部
明日には捨てに行こう
ゴミ捨て場まで
そんなに遠くないけれど
手を繋いでいこう
あなたの手はやっぱり
暖かくって大きいのかな
それから それから 

/それから、夢が覚めるとやっぱりいつもひとりだった。ぼくには何かが欠けているってずっと思ってきた。欠けているものが何なのか、知っていたけれど知らないふり。ぼくは強がりだから。でも、ほんとうは、手を繋いで欲しい、抱き締めて欲しい。ちょっと恥ずかしそうに、「あいしてるよ、あいしてるよ」って言って欲しい。ぼくはいつまでも、その一瞬をこの道の上で待っている。


Million miles away

  宮下倉庫


水で満たされたタンクを抱え少年は走る。道の両脇に立ち並ぶ小屋からひとすじ、またひ
とすじ、炊煙が立ち昇りはじめる。雑音交じりのテレビはイングランド訛りの英語を喋っ
ている。蒸し暑い小屋の中で男達は遥か北の、かつての宗主国の首都から届けられるフッ
トボール中継に見入っている。

ハイバリーのスタンドでは、白人の少年が頬にホームチームの赤いフラッグをペイントし
ている。敵ゴール前にぬっと立つ、長身でやや細身、背番号4番の黒人FW。彼はロンド
ンの空模様に慣れない。薄寒いし、雨ばかりだ。それに背中がやけに重い。ボールが自陣
にある間くらい、ハイドパークを散歩するような気持ちでいなければ、こんなところには
いられない。

風が吹いても、ここではシャツが、男達の背中にはりついたままだ。少し離れた幹線道路
は今夕もひどく渋滞している。苛立つタクシーのバックミラーで揺れる、“4”を象った
白地の、緑で縁取られたキーホルダー。FWはときに厄介な荷を背負いこまなければなら
ない。炊煙がラゴス島の方に棚引いていく。

ゴールを決めるたび、故郷が遠ざかっていくような、そんな気がしている、もう何年も。
それでもこの島で点を取らなければならない。数本のロングパスがイングランドの曇天を
渡る。空を見ているのはボールが落ちてくるからじゃない。ヘディングは得意じゃないし
、ボールはいつだって、彼の足元に吸い寄せられる。厚い雲の向こうはきっと夕焼けだろ
う。ママのキャッサバが茹で上がる頃だ。

アルー アルー アナウンサーがひときわ訛りの強い英語で叫ぶ。赤に染まったバックス
タンドがうねる。ボリュームが増して、テレビの雑音がひどくなる。男達が一斉に息を飲
む。4番の足元で、時間が伸びて、縮む。

アルー 小屋の入り口に立ち尽くして、少年は小さく呟く。足元で倒れたタンクから水が
流れ出し、少しずつ、踏み固められた大地の色を変えていく。けたたましいクラクション
が聞こえてくる。沸騰する鍋からキャッサバが引き上げられる。少年の背中に、色あせた
4番がはりついている。


斉唱

  稲村つぐ



支流が注ぐ地点ごとに

上空では群れを分けていった

問われない

くぐり抜けるような数秒の治水


雨の日のおむかえ

  ふる

雨が降っている。俺はぼんやりと窓の外を見ていた。

俺は雨が好きだ。雨が降ると世界が小さくなる。

世界はこの部屋だけになる。

俺が見ている場所に、空から宇宙船が降りてきた。

宇宙船は駐車場に降りた。車四台分くらいの大きさ。

俺は窓からその光景を見ている。

宇宙船の扉が開き、中から小柄な宇宙人が出てきた。

宇宙人は茶色い肌に赤い斑点が全身を覆う、醜い生き物だった。服は着てない。

近くにいた人たちは叫びながら逃げ惑い、大騒ぎ。

俺は自室でコーヒーを飲みながらその光景を見ている。

そのうち警察が来てあたりを包囲した。

宇宙船から出てきた宇宙人は、ただ突っ立っているだけ。

警察がスピーカーから呼びかけるが何の反応も示さない。

自衛隊も駆けつけてきた。

野次馬が集まり、テレビカメラもきた。

俺は、ふうとため息をつき、窓を開けた。

俺の体は宙に浮かび、窓から出て、空気の上をゆっくりと歩いた。

野次馬や自衛隊やゾウやライオンやキリンたちを見下ろしながら、俺は宇宙人の方に近付いた。

宇宙人は俺を認めると、茶色に赤い斑点のある細い腕を俺の方に差し出した。

俺はその腕を握り、地上に降りた。

周りから、わあと歓声が上がった。中には泣いている人もいる。

俺は宇宙人に「遅かったな」といい、人間のマスクを剥いだ。

人間のマスクの下から、四つの大きな赤い目と猛獣のような巨大な口が出てきた。

大衆は、おおと歓声を上げた。

俺は宇宙船に乗り込んだ。

宇宙人も俺のあとに続いた。宇宙船の扉が閉まる。

宇宙船がゆっくりと浮上する。俺は宇宙船の窓から雨に濡れた人々を見下ろした。

俺は雨が好きだ。

雨が降ると、世界が小さくなる。


プラットホームの女の子

  ミドリ

夕陽をグラスにかざして 汚れをふき取ると まなみは
白い指先で静かに ワイングラスに 赤を注いだ
黒い瞳が どこを見ているのかわからなくて 窓の外の
高速道路の明かりが 光の点滅をフラッシュさせながら
闇を切り裂いて 空の向こう側へ走り抜けていく 世界は 

何のために回るのか 地軸の回転がふたりの座ったソファーに
重みを加えているような気がした晩秋の黄昏 まなみが
バックから取り出したのは ふたつに綺麗に折りたためられた
離婚届けだった ぼくはペットボトルの水を飲み干すと
その夜 二年ぶりに まなみを抱いた

十tトラックのブンっと走り抜ける音 取引先の会社の駐車場で
ぼくは営業車のシートを倒して タバコを吸っていた まなみが
夜の商売をはじめたのは多分 ぼくの知る限り この半年くらいの
ことだ 窓の外に まなみに似た女を見て 思わずタバコを
落としてしまった 火の付いたままのタバコが 車のシートを
ジュっと焦がした 人違い そうに決まってる

アポのあった10時に 会社の受付をくぐると 5階の会議室で
横田専務と 打合せに入った サンプルとデータを見せて
ランニングコストの比較を説明していると 専務は 唐突に
仕事とは関係ない話を繰り出した 

「二木君 一週間前に 娘が家出をしてね 帰ってこないんだよ」
「はぁ」
「仕事をしていても いつもそのことが頭から離れなくってね 
 でもね ぼくは仕事一本で 家庭を顧みなかったかもしれない
 家族の為だった それは妻や娘たちにとって 言い訳にしか
 聴こえないんだ まだ若い君には ピンとこないかもしれないけど」

その夜 ぼくは会社の帰り道で 同級生とバッタリ出会った 真っ赤な
マフラーに 厚手のダッフルコートを着て駅のホームの端っこ設けられた
喫煙コーナーでタバコ吸ってる女の子 寒そうにかじかむ手を白い息で
温めながら 彼女は 電車を待っていた ぼくが彼女の前に立つと
不思議そーな顔でぼくを見た にわかに記憶が蘇ったのか 「二木君!?」
なんてパッと急に顔を明るくして 驚いた目をパッチリと開けてぼくを見る

「久しぶり」
「元気〜ぃ?」
「まぁ なんとかね」
「二木君ってさ ほらこないだの同窓会 こなかったじゃない?!
 でもなんだ 地元に戻ってきてたんだ」なんて

彼女はまじまじとぼくを見た でもぼくは 彼女の名前が思い出せなくて
スーツのポケットから名刺を取り出して 彼女に渡した

「あっ 名刺の交換ね」

彼女は鞄から ゴソゴソと名刺入れを取り出して ぼくに手渡してくれた

「なおちゃん」
「んー わたしの名前 忘れてたんでしょう? きっと美人になって
 見違えちゃった?! なんてところかな〜」なんて

くりくりした目で ぼくを見つめる
不意にぼくは 彼女の肩を抱きすくめた 「何?」って
ちょっと脅えた声で 彼女は言った 誰かを必要としている でもそんな時
そこに誰もいなかったとしたら
ほんの少しでいいから 君の小さなぬくもりを 分けてはくれないか
ぼくはギュッと強くなおちゃんを ずっと強く 抱きしめていた


羽むし

  丘 光平

赤 しろ 黄いろ、
おくれさきだつ花のけむりを
廻りつづける羽むしの
こどものようにしずかな問いを
 風は 打ちつけるのです


 母よ、
わたしはあなたを選びました
そして あなたの内部を
紙のように切り裂く
さなぎのうぶ声
母よ、
 あなたはいまも聞いていますか―


  赤 しろ 黄いろ


 きえてはともる夢のまた夢
眠り覚めやらぬ羽むしを
あわれみたもう瞳の水面を 
わたしは
 打ちつけるのです


向川

  新長老

 

線を引くと生まれる空白、そのさみしさも
見送った朝にはありましたか

流れて届かない向川
船縁から落ちる枯れ枝
似合い過ぎる薄い唇の色が揺れて

絶望というものは
けして報われない才能です
きもちが無いから
ほら、
子供が虫の羽根をちぎっているじゃありませんか

もしも
で出来ている世界を
乗り越えようとするから
遺書を書くんだろうか
それならいい
逃げ遅れたのを嘆いて
猫を抱くんだろうか
それでもいい


向川に憧れて冷たい石を呑む
張り詰めた糸、その静寂の確かさに
緊張がほどかれてゆきます
溜息は諦めよりも
錆びた木馬の眼に似ていませんか
独りで座っている姿は神様が宿った蕾のようで
垂れた首を優しく絞めたら
マサカの花が咲きました
開いては仰いでまた咲いて
御覧なさいな
空が鳥になる、その碧を
凪いだ港が近いとわかるのは
汚い言葉から忘れてしまうからです
ほら、
花びらでいっぱいの川面です

見送った朝には
見えなくなっても手を振り続けました
新しい朝が
余白を埋めるには多過ぎる朝が
そこにはありました
ここにはありました


 


しょうじょめしべ

  キメラ



なんで
けいたいなんか
できたんだろう
むかしはさ
こんなのなくても
つたえあえたんだよ
おもいだして
くれないだろか
ちいさながめんから
ひろがるせかい
ほしになったり
なれなかったから
ひとでにかわったり
うみにしずんだかぜ
りくにあがった
しんぴのいろがみを
とどけたよ
まーめいど
ねったいやのなか
てのひらのうちには
けっかんをすかした
あぶくのうずしお
すくいきれない
けだるいひみつは
ねむっていて
もしも
もしもぼくのてを
にぎってくれたなら
つたわるのかしら
ばかげたねつ
たのしくも
きらきらひかる
みずのそこに
みつめる
いちずで
どうしようもなく
とおくはなれた
あのことなんかもさ

ゆめじゃなかった
そっと
おしえてほしいよ
だめだろうか
まーめいど


マリコの宿題

  ミドリ



この街にやってきて
一番に変ったことといえば
ママが朝ごはんを作るようになったこと
冷蔵庫が新しくなったこと
そしてわたしが 17歳になった

ママは英語の教師をしていて
7時半には家を出る

わたしは鞄にお弁当を詰めて
行ってくるからねっていうと
化粧台の前のママは
ひどく濃いアイラインを引きながら

「マリコ 忘れ物ないの?」

なんていつもの調子で言う
本当は
このまま学校へ行くつもりは なかったから
曖昧な相槌を打って
家を出た

朝の街
通勤や通学途中の
忙しない人の流れに逆らって
わたしは郊外へ30分に一本出る
バスに乗った

このままどこへ行こうか?
腕時計を何度も確かめながら
わたしはこの日も
青い空を
バスの窓枠から見上げていた

軽い喪失感と
インモラルな気分に包まれた朝
ひどく傾きながら
走り続けるバスに
わたしは鞄にギュッと 
爪を立てて握りしめた

長福寺という
停留所で
若いサラリーマンが乗ってきた
わたし以外に
誰も乗っていないバスなのに
彼は通路を挟んで
わたしの座席の 真横の席に座る

そして忙しなげに
ケータイで仕事の話をはじめる
鞄から書類を取り出したり
スーツの裏ポケットから手帳を取り出しては
メモを取ったり

ずっとわたしは
そんな彼の横顔を見ていた

三つ目の停留所で彼は降りた
わたしも背を押されたように
彼の後を追って バスを降りた

何もない田舎の風景
日差しはすでに高くなっていて
背の高い彼を見上げると
薄っすらと
首筋に汗が滲んでいた

「ここは どこですか?」

おずおずと わたしは彼に尋ねてみた
彼は横目でわたしをチラッと見て
こう言った

数年前 
ここはダムに沈んだ 村なんだよ

わたしは彼の言ったことの意味が
よくわからなかったけれど
その深刻そうな
彼の横顔を見上げていると

この場所と
彼の心の中の
とっても大きな気持ちとが
強く結ばれているような気がして
その彼の言葉に
二の句を継げないでいた


ふとん

  まーろっく

とうとう雪の降らない冬だった
冬着では汗ばむほどの二月二十六日
ぼくは古びたバイクを車検場の列に並べていた

 クーデターはむろん中止。

向かいの自衛隊駐屯地から
ひとしきりあがる演習の銃声
思いのほかそれは柔らかい音だった

兵士の腕の中にある小さな薬室で
わずかな量の火薬が燃焼する音は
のどかにさえ聞こえた

だがこの銃声に耳をふさぎたくなる人が
この世界には大勢いるのだ
おびえたまなざしをぼくらに向ける人たちが

いたるところベランダにはふとんが干され
早すぎる春の陽ざしに膨らんでいる
清潔なもの 黄ばんだもの
花模様 パッチワーク チェック 
愛をはぐくんだもの
孤独なもの

食べきれぬほどの夢を食べて
まだそれらはどこかで願っている

ああ、この国のクーデターも戦争の始まりも
遠い遠い冬の幻想であったなら!


暖かい夜

  さてぃ

心々と雪は舞い落ちる
しいんと静まる寝につき
心臓の優しい韻音と
呼吸の幼い風を感じている
おまえを包んでいる柔らかい時の流れは
どんな不幸さえも
今は立ち入ることの出来ない安らぎ
窓際を流暢に通る雪も
風も
落ちるべき住みかに落ちゆき
そうして 安らかな一息を終えてゆく
室内に響く針時計の子音と
うららかなおまえの心音を重ねながら
わたしは安らぐ
冷たい黒髪を撫で
閉じた瞼に恋をする
そうして かよわい時間の中で
わたしは
静かにおまえの方へ布団を送ってゆこう


父親

  シンジロウ

お父さん
この街は可笑しいですね
みんな 他人なのに
つとめて他人のふりをしている
ほら 誰かが100円玉を落としても
誰も声をかけない
「落ちましたよ」って拾ってあげても
他人でいられるのにね

お父さん
ぎこちなく話しましたね
あなたの内の僕が僕ではないことを
僕たちは知ってしまいました
それを紛らわすように
あなたはたくさんお金をつかい
僕はお腹が痛くなるほど食べました

お父さん
僕たちは可笑しいですね
他人じゃないのに
つとめて他人じゃないふりをしている
でも あなたが何かを買ってくれても
「ありがとうございます」って
言ってしまいました

お父さん
僕はあなたのことを
想像したことさえなかったのですよ
あなたはそのことを知ってしまいましたね
それをごまかすように
あなたは僕も知らない僕たちの故郷の話をし
僕はくだらない話ばかりをしました

お父さん
あなたが住み慣れていないこの街で
僕は少しづつ僕の生活をしています
食事が終わっても
やっぱり僕たちは他人でした
たぶんこれから先も
僕たちは他人なのでしょうね

お父さん
他人が他人とすれ違うだけのように
僕たちは たぶん
親子になるのには遅すぎるのでしょうね
地下鉄の駅で
あなたはどこかフラフラと歩いていて

お父さん また会うこともあるでしょう
お父さん ぜひまた会いましょう
お父さん また食事でもしましょう
お父さん こんど旅行に行きましょう
お父さん 温泉にでも行きますか?
お父さん 電話しますよ
お父さん 手紙でも下さい
お父さん お元気でいて下さい
だから お父さん
別れ際に背中から
たった一言だけ呼びかけました

「お父さん」


ガリレオと横浜駅裏で

  Tora

あなたの幸せと交換にくり抜いた私の右目は
ガリレオの描く放物線で見事にホールインワン
翌朝の新聞では
「リラックスして臨んだのが良かったと思います」
嘯く彼にも新聞にも真実はない
そんなこと よく わかってます

本日私は自分の幸せの為に左目をくり抜きます
自ら描く放物線は深いラフの焼却炉の中へ
心細くも繋がった黄色い視神経は
チリチリと燃えながら 遠い穴を眺めている
やがて闇となる私の脳内では
「結局これって穴の中と同じなんじゃないか」
「それよりもソメイヨシノを見に行こう」
等などと答弁が続き
結局採択された答えは「眼科へ行こう」だったので
20%OFFの革靴を履いて外に出たのですが
ポッカリ空いた両の眼窩に注がれる
恐怖や哀れみに私は少し 身を縮めるのです

「シュウマイでも詰めんさい」
そう言ってガリレオは しゃ しゃ しゃ と 笑う

ひゃ ひゃ ひゃ
彼のようにうまくは笑えない

だけども私は今生きている
そんな事が幸せと呼べるのか
彼に聞いても 笑っているだけで





それにしてもまあこのシュウマイは遠くまで良く見える 
という事は言わせていただきます


雨のひかり

  丘 光平


 羽ばたく空なき
 この世のはてを 
 降りつむ雨は

 ぼろまとう 
 名もなき石の
 夜に染みいり

 ただ 降りくだる
 降りくだる
 雨のひかりは

 青白き
 ゆめまとう 
 石のわが子を
 なみだする


古蝶石唄

  砂木




枠に閉じたら 絵だと
逆らわなかった息づき

飛べたものが 石の中
墜落もできずに

鎮火を待つ間
まだ 蝶でいる


鈴が来る

  袴田

純木の廊下をしのび歩く おそらく五、六人の 衣擦れの音 迂回して 囲みに来る 枕元 テレビ サンドストーム 汚れた光で 壁が読める あらかたの結末など 襖に白く走って 裸足なのだろう 床に馴染んで離れる 落とし切れなかった肌たち 湿りが足りない足音 言葉なく 衣擦れの音 それとわかるように 鈴を鳴らす一人 鈴と鈴のあいだ しだいに狭くなり 通過できない者は あからさまに 鈴を結われる 茶碗に放り込まれた 食べかけのワッフル 神楽坂 石畳 細い坂道 並んで買った 焼けたシロップの香り 喉に絡ませたまま 行列は胴をのばし 首尾の区別なく 黒塀に凭れて 簡単に 気が遠くなる 白い手袋を拾い 見咎められる ためらわずに 嵌めて 見ぬふりを引き出す 手が白く なればいい 頷きあっている母娘 首が外れそうな気配に 手を添えて 支えて あげたい それから ワッフルを割りたい 格子柄に沿って 砕いて 口に運んで そこは食べる所ではないと 注意されるまで ワッフルを齧りたい やがて手がいらなくなり 手袋を外す そのような用向きで 白い手袋を拾う また少し 気が遠くなる ワッフルを退けて 水を呑む 闇を集めて光る この水が 欲しいのだろうか 水はもう首を流れた 胸を触る おなかを触る 動物と思う 至らない 動物と思う しっぽがあった所 体毛があった所 貧しい硬さ 貧しい柔らかさ まっとうできなかった性器 冷たい生え際を撫でる 手触りを 剥きだしにする 最後の水が 通過していく 鈴が近い 鈴が近い


行列

  並木ポプラ

 

ある時 私は
黒い行列の
傍観者でありました

蝶々の躯の解体され
羽のもがれる様を
無言で眺めておりました

  小さな穴の奥深く
  貴女はそのうち食べられる


ある時 私は
黒い行列の
最前列におりました

次から次に訪れる
働き蟻に
頭を下げておりました

  四肢は既に解体され
  元の姿はありません

彼女を解体したのもまた
黒い蟻だったのかもしれません

花が咲いたよ
散ったよ
種になったよ
芽が出たよ

お骨の命を
蟻のお腹に
蓄えたなら

  さとうでつけた
  しろいおほねを
  おはしでつまみ
  はたらきありは
  たべました

次の命が開きます

芽が出たよ
丈が伸びたよ
蕾を付けたよ


ある時 私は
黒い行列の
中程におりました

彼の血液を侵した者も
働き過ぎた蟻だったのでしょう

花が咲いたよ
散ったよ
種になったよ
芽が出たよ

  そうして あと何回
  見送ったなら
  私の番が来るかしら


そうだね

蝶々は幸せだったね
命を全うした後に
蟻の命になれたから

蝶々は本当に幸せだったね
 
 


のりしろ

  大輔

海苔の付いた歯に欲情して前歯に舌を這わせると彼女の息の色が変わり始めてとても勃起してしまうこの頃はとても濃いので彼女はむせる事がしばしばに髪の毛を掴んで涎を床下に垂らして喉の奥に思いっきりに思いっきりに与え始めると涙目で吐き出して接吻を求めるその口に朽ちる木々の穴から蟻は一列に雨を察知してモンシロ蝶の羽を巣に運ぼうと線を作っている道路を踏み歩く子供達の長靴の色の黒色と同じくらいの空もように烏は鳴きながら歯医者の家の屋根で寝転ぶ野良猫に捕まれひらりと舞った羽を黒インクに付けてだす遠い心象に名を刻む手紙に切手を舐めて指先をゆっくりと彼女の中で増やして広げさせると長い髪が乱れ清楚だった店員とは思えない程に淫乱な姿を後ろに屈めて思いっきりに思いっきりに自転車を漕ぐポストマンがやって来る前に垂れるオシベの雫を滑らかにさせる脳膜の車輪から削られた火花で燃える腰を乱暴にBACK小さく円を大きく描いて飛び散った二進法1001.1010.1011の前戯で削られたアンビエントの煤を払う午後に俯せにさせた公約数に安堵してCALLする確認する同じくらいの空もように烏は鳴きながらKNOW嘘だからTHINKする歯医者の家の屋根で寝転ぶ野良猫に捕まれ虚ろなWWW.是非もなくFLOATING LIGHT奇跡改め膝上漂うWORK無しにひらりと舞った羽を黒インクに付けて出す遠い心象を軽率に顔に頬に如何や既に奥に掴む屈折の時間に立って見上げた重複コラージュ顔射貼り付けBACK貼り付けBACK後ろから切手の前に今一度ゆっくりと彼女の中で増やして広げさせると長い髪が乱れ清楚だった店員とは思えない程に淫乱な姿を後ろに屈めて思いっきりに思いっきりに突いて語った定着の賛辞をきみに無理矢理含ませ非難に無難に大事そうソレを丁寧にそっと曝け萎ませた手紙をポストに投函する



のりしろに糊を塗るのを忘れた


気化

  T.T

『気化』

みなさん、とてもジンガイでした。なのに、とても流暢な江戸弁で。ここぞとばかりに気化したそうです。ですから声しか聞こえません。何かを作っているらしく 組み立てたり また それを 丁寧に破壊したりで、忙しいそうです。先生は、仰るのでした。想像してごらんなさい、と。僕は、想像してみました。鴉って云うのは、ニッポンチャチャチャのシンボルでしたね。とラテン系ニッポン人のミケランジェロ・アントニオーニさんが云うのでした。あっしゃね、こんなツラしてるけんども、魂はサムライですからね。そんなアントンの家族構成、住まい、趣味、性癖等を具体的かつ詳細に想像しようとしていた所。どうされたのでしょう。先生は、とても立腹されており、僕のアフロな頭髪を鷲掴みにされると工場の壁面へ打ちつけてくれるのでした。どうされたのだろう。お薬が切れかかっているのだろうか、と心配におもいながら、打ち続けられておりますと、わたしゃは、あんたに、犯された、3度も、3度も、ね、と絶叫され、工場の壁面へ僕の頭蓋を打ち続けてくれるのでした。先生は僕が想像している内容を想像され、御間違いになったんだなーと笑いながら、血を流していました。そんな先生も ようやく気化され 僕はかつて工場だった廃墟で独り頭を打ち続けておるのですが。未だに、気化できていません。

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「 蠢く土。 」

  PULL.




ひとりの頃は辛かった。
仕事を終えた夜は、
いつも罪の意識にさいなまれ、
眠れず、
飲めぬ大酒を喰らい、
やっと落ちた夢の中でも、
責められた。

ある日、
数が増えた。
全部で十四人いた。
わたしは、
いつものように穴を掘り、
いつもよりも大きく深く穴を掘り、
いつものようにそこに彼らを落とした。
上から土を掛け、
わたしは鼻歌を歌い、
いつもより多い仕事を終えた。
土はしばらく蠢いていたが、
やがて止まった。
その夜は酒も飲まず、
ただ眠った。
眠れた。

しばらくして、
また数が増えた。
もう数は数えなかった。
わたしは、
覚えたばかりの重機を使い、
穴を掘った。
大きく深く穴を掘った。
そこに彼らをひとりずつ突き落とし、
上から石灰を撒いた。
石灰に灼かれた彼らは、
激しく悶え踊り狂うので、
わたしは鼻歌を歌い、
上からさらに、
石灰を撒く。
やがて土を掛けると、
彼らは悦ぶ。
悦びのあまり涙を流し、
目を石灰に灼かれ、
彼らは踊り狂い、
よろこび、
悦ぶ。
埋めた後の土からは湯気が昇り、
蠢いている。
わたしは、
それを最期まで見届けて、
わたしの家に帰る。
玄関では娘がわたしを出迎え、
上がったばかりの小学校でのことを、
あれやこれやと話す。
学校には彼らはひとりもいない。
娘はそれを気にもしない。
やがて夕食が出来たと、
妻がわたしと娘を呼びに来る。
また給料が上がる。
そう伝えると、
妻は喜んだ。
妻のお腹は大きく膨らんでいて、
その中には、
娘の妹がいる。
「ねえ今日、
 また動いたの。」
そう言って、
妻はお腹をさする。
彼女たちは知らない。
わたしの仕事を知らない。






           了。

文学極道

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