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2007年 年間最優秀作品賞=次点

特選作品一覧 (ラベル別 / 全6作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


繋音

  藤坂知子



林を包む曲が聞こえる
茂みの奥から草へ草へと、大きく輪をひらき渉っていく
鳥達の息を吸い声を建て、なびく風音をフラットにする
静かに肌の表面をさらい
薄色のまっさらな、君の皮膚に触れていく

わたしは、どこまでも見ている
くさばらの廃虚に横たわり眠る君の、風に透かさればたつくyシャツ
曲の鼓動に揺られ重なりあいながら、心臓から草が伸びやかに生えてくるのを
一瞬の永遠として見つめていた

一日ずつ一日ずつ、君から生えた草は長さと根の数を伸ばしていき、
花なども眼の孔から息衝かせ、集まる虫はからからと君の真上で飛び回っていた

すでに草花に埋もれまみれた体は、かろうじて表情が伺える
無心の瞳はまっすぐに空いた空をみる
そんな君をわたしは無心でみつめた
林を包む曲が聞こえる
いつまでも透き通る冷えた肌へ
しらしらと半音の色が落とされ、
手の付けようもない透明な君が、
少しだけ色付き動いた気がした。
君はまだまだ空をみている
曲はさらに半音をゆるめず、和音の苛立ちを低調にかなでる
林から林へと渉る時、君の体に生えた草がざらざらと天に伸び始める
林から林との中心で一本の枝になりながら、
さらにさらに澄み切った薄色の肌になっていった。
曲が一瞬鳴り止み、一本の道がひらくと、
君が少し微笑み、消えていった
林はざわつきを残したまま、風に生まれ、生まれては昇っていく
君がいた所の君から生えた草も、そこら中にぼうぼうと茂り、どこもかしこも森になった
残った曲から君の声がぼんやりと聞こえてきては、
果てなく柔らかなはじめての微笑みを
目の裏の残像の中で幾度も幾度もかなでている

定まらない足つきで私は、虚ろに大声で唄っていた
唄というよりも、叫びのような唄が、
誰一人としていない森へ知れ渉る。
ただあるのは、ここから見えるのは、一本の遠く続く走る道
君の心臓でひらかれた道
通るのか
光へ向かうのか
声を放つのか
君の冷たさが微かに残った、半音の余韻で包まれる孤高の森の下で、
風が終わり、
もうどこにも、
生という名の声は
聞くことができない
森が、記憶として
残るのみ

* 投稿時の名前は「加藤紗知子」


赤い櫛 

  袴田

  あたしに痛んだ赤い櫛を 誰も近寄らない路地に捨て 誰にも拾われないために髪をからませ 青草などぱらぱらとまぶしておくと 見あげる細長い青い空は 色見本の短冊のように美しすぎて 眼差しで色をはじいてしまえば ぺらぺらと軽々しく剥がれて 私の首に落ちて絡まってきそう あたしその無色を支えようと いつまでもあたし たった一度の瞬きができないでいた、

  生まれたからには生まれた時より 少しでもましな人間になって死にたい だって てめー そうは言うけどよ 考えてもみろ この現場で足場組んでる奴ら みんな堅気の人間じゃねえよ さっき飯場で汗拭ってる時 背中に彫り物があってよ 龍がこう 首を持ち上げてよ 赤い舌出してよ オレのこと こう睨みやがってよ 奴らの背中 血が通ってねえよ 奴らがまともに板組めると思うか 奴らに命預けてるんだぜ 前の現場でよ 落ちた奴いてよ ボルト何本か抜いてあってよ 死んじまったよ まったく ひでえ話もあったもんだって そんなんでよ ましな人間になる余裕なんて あるわけねーべ オレのコレに赤んぼできてよ オレだって今 大変だけどよ、

  子供と視線の高さを合わせることが必要でしょうね 怯え という膜が 子供の心の表面を覆っていまして 何かに触れた時にそれが震えてしまう 破れてしまうことがあります いや コーヒーはもう結構ですから 胃を悪くしますのでね それで 視線の高さを合わせるというのは 別に意識の問題だけではなく 実際に姿勢を低くして 中腰とか片膝をつくなどして 子供とあなたの眼球の位置を水平に保つようにすることです この力の均衡が先程の膜を 穏やかな状態に保つのですね 静かな湖のように像を結ぶのですね 子供はあなたが考えている以上に 瞳の暗闇をよく見ています 暗闇に映る自分の姿を見ています ああ お茶を頂くことにしますよ どうかあまりお気遣いなく しかし暑いですね毎日 やっと五月だっていうのに、

  膝を折って光を避け 首を折って湿った苔を爪で削り パンプスの先端に擦りつけると 青臭いだけの気流が生まれて 無遠慮に首筋へ滑り込む気配がして しばらくあたし たった一回の呼吸ができないでいた 無計画に並んだ室外機がビル風でカラカラと回り 回りそうで回らない羽根があってもどかしいので 唇を尖らせて息を吹きかけると キャベツの葉っぱのように重たくて このまま今日は回らないつもりなのだろうと諦めていたら 突然勢いよく回転し始めるので 青臭い匂いは千切れて消えて あたしの爪の中にだけ深い緑となって残った、

  そういえばよ あのマンション 全然買い手がつかないらしいんだ そうそ あの横長の 白い建物さ 珍しいべ 東京23区でよ 駅から近くてよ まだガラガラなんだって 気持ちわりーな スカスカのマンションて なんか気持ちわりーな たまにあるんだってよ エアポケット っつーのかな よくわかんない理由で人が住みたがらないマンションがあるんだってよ てめー どうよ あそこ絶対お買い得だぜ 辛気臭い顔してないでマンション買っちまったらどうよ 今のアパートよりましだべ かみさん喜ぶべ なあ 今よりましだべ オレが? オレは駄目さ オレ コーショ キョーフ ショー だから 駄目なんだオレは コーショ キョーフ ショー だからよ、

  放熱するモーターの唸りが聞こえてくると ここはもうあたしの領域ではなく それは赤い櫛にふさわしい騒々しい情動のはしくれで 切り取っておくべき余計な部分として存在して どこかに寄せ集めて放っておくより手立てがないみたいで ああ なんだ あたし息してる 寄せ集めたら息してる でも瞬きができない、

  ところでご主人は銀行にお勤めでしょう いえね 本棚に金融関係の専門書を見かけたものですから たぶんそうだろうと では ご帰宅はいつも遅いでしょう お子さんと顔を合わせる機会があまりないでしょうね 私だってそうですよ 平日は子供の顔なんて見たことがない 土曜日に一週間ぶりに再会しては お互いの安否を確認しあうといった感じでして 勿論そうですね その時も 目線を合わせてお互いがお互いの瞳に映っているかどうか きれいに映っているかどうか 確認するわけです いえね 実は妻とは死別しましてね 早いものでこの五月で もう七年になりますが まだ赤ん坊だった息子を残して 逝ってしまいましてね、

  いや 奴が落ちたのはあのマンションじゃねーよ 別んとこでさ そこはちゃんと全部売れたってさ 結構死ぬんだぜ現場でさ そんなんは隠すにきまってっからよ みんな知らねーで買うわけだけどよ だからって関係ねーよ そんなんは気持ち悪かねーよ たくさん人間住んでんだから さっきもいったけどよ スカスカのマンションが 気持ちわりーのよ そんなの建てちまったらオレ この商売やんなるね なんかでっかい墓でも建てたみたいでね あ ほら見てみろ あいつの背中に龍がいるんだぜ 雲の上に長い首だしてよ 赤い舌べろんと出してよ 汗かいても冷たいんだぜ あの背中は ほんと気持ちわりーよな、     

  ちょっとそこまで と言い置いて部屋を出たわりには あたしはとてもきちんとした身なりをしていて どこに出しても恥ずかしくないから どこまでも行くつもりでいたのに 案外近くであたしは諦め 髪をほどいてばっさりと背中に落としたら急に 広い道は歩けなくなって何だか 整えたいものがあるような気がして 体ひとつぶんくらいの路地に嵌まり込んでみたのだけれど 薄い胸が空間を持て余してするすると あたしするすると入り込んでしまい ああやっぱりどこまでも行けるのだ思っていたら ここから先 私有地です という看板に遮られて ああやっぱりあたしそのへんまでしか行けないんだと諦め そういえば整えたいものがあったんだと 手鏡を鞄から出して襟元を直して 手櫛で重たい髪をとかしていたら あたし何であの赤い櫛を使わないんだろうと思い出して 暗い場所で冷たい胸元に手を突っ込んで長い時間 赤い櫛を探していたんだっけ。」」



milk cow blues

  一条

おんなは、国道をマイナスの方向に横切った
足を引きずり、
店に現れたピアノ弾きは、後ろ手でロープを緩め、
慣れた手つきでdEad Cow blUesを演奏した
ドミソの和音に支配されたその音楽は、ら知#れ、知#れそ、靴擦れ、また、靴擦れだ
となり街の石油コンビナートから、
煤煙が空を、
洞察的に立ち上がっていくのを、
世界中に設置された火災報知器は、
ただ静観している
突如、出張所から、一台の消防ポンプ自動車が出動した
そいつはフル装備で、赤色灯を回転させ、
いつだったか、
妊娠したおんなの腹に黒い海が見つかった
海はみなみの方向に流れ、
やがて星々へとなった
卵形のいまいましい星々が、
おんなをいれものにする
おんなは、
いまいましいむすめをだきかかえた
わたしのむすめがつくった童話は、
赤い兎がうそをつくお話で、
むすめの皮膚は、
お話の途中で、赤くただれた
草原が赤い兎を飼い、
老婆からの電話で目がさめた
わたしは、ながれていくものを相手にしているのだ
むすめがつくった童話には、
けつまつがなく、
ぬりえからはみだした、赤や黒がうみにながれていく
にんしんしているおんなの顔を、
ひとつ汚すたびに、
むすめは、あたらしいコインを手に入れた
コインをたくさんあつめると、
好きな人に出あえるという恋まじないのようだ
時計の針が、
ぐにゃりと折れ曲がり、
むすめは、わたしと目があうと、
針の折れ曲がったほうこうに、
敬礼をしていなくなった
あなたがまだうまれたばかりのころ、
父親によく似たやさしいクジラと泳いだことは、
忘れないで、うさぎちゃん
おれは、
牛が殺されるのを待ちながら葬列の先頭がどこにも見つからないことに
気付いていた
そいで、
死んだ牛のブルースが、
暗号的に処理される棺の中、感染した販売所から百万頭の牛のドミソが、
一匹残らず失われていくのを、
加えて何かを、
鎮火した消防ポンプ自動車は、朝焼けの国道をひきかえした
何を鎮火したのかは、
いつまでもわからないまま、
あのピアノ弾きが、
ゆっくりと、おもむろにdeAD BeEf blUEsの演奏を始めるころ、
その音楽に耳を傾けているのは

静かにしろ、ここは、警察だ


SPRINGTIME

  軽谷佑子

わたしの胸は平らにならされ
転がっていく気などないと言った
そしてなにもわからなくなった
柳がさらさら揺れた

井の頭の夏はとてもきれい
友だちも皆きれい
わたしは黙って自転車をひく
天国はここまで

暗い部屋で
化粧の崩れをなおしている
服を脱いで
腕や脚を確かめている

電車はすばらしい速さですすみ
わたしの足下を揺らし
窓の向こうの景色は
すべて覚えていなくてはいけない

除草剤の野原がひろがり
枯れ落ちた草の茎を
ひたすら噛みしめている
夢をみた

そしてわたしはかれと
バスキンロビンスを食べにいく
わたしは素直に制服を着ている
風ですこしだけ襟がもちあがる


地蔵盆

  兎太郎

さいごの地蔵盆に 少女はおかあさんにお化粧してもらい 
お地蔵さんになる
かのじょの宝の箱はいっぱいになったので 
しずかな感謝のきもちで 少女は鉦(かね)をたたき 
年下の子どもたちにお菓子をくばる

つくつくほうしの行列が 昼さがりをあるいていく、
二度とくることのない夏休みをとむらいながら
お地蔵さんの少女にささげられる
原色の女の子のわらう顔 仮面のヒーローの生真面目にゆがんだ顔
少女のこころはなぐさめられる、
プールがえりの子どもたちのけだるい影法師にも 
子どものまま逝ってしまった者たちの到来をつげる風鈴の音(ね)にも

「あれ、血がおちてる。いややわあ、夢みるわ」

踏みきりにたくさんのひとが集まっていた
ほんとうに線路にあったくろく泡だつものに 
そのとき少女は繋(つな)ぎとめられた
真夜中に遮断機がとつぜん目ざめ 
いのちのないまま もうひとりのおかあさんのように歌いだすのを
それから少女は何度きいたことだろう

その踏みきりのむこう側にならんでおられたお地蔵さん
おかあさんと日赤病院にかよっていた頃 かならずお参りしたものだ
白い顔を咲かせたお地蔵さん
おかあさんはその口に ひとつひとつ まっかな紅をさしていた
それからふたりで合掌した
とかれた手はふたたびへその緒のようにつなぎなおされた 

もうながいこと少女はその踏みきりをわたっていない
籠からうずらがにげて そのむこうの空にはばたいていったのは 
あれはなん歳のときのことだろう
いつのまにか募(つの)っていたあこがれが うずらの翼を鴇(とき)色にかえていた
まもなく少女は 
日赤病院の打ち棄てられた裏庭のひんやりした土の上
ひとつの鴇色のなきがらとなるだろう 

ひぐらしがけんめいに今日の暑さを終わらせようとしている
ラムネを飲みながら 携帯ゲームをしている男の子
友達になって。といっているその背中に 
お地蔵さんになった少女はしずかに 遠いまなざしをそそぐ


corona

  泉ムジ

そっと手をひらいて
潮が去ったあとに
日輪にうつるオウムたちの
羽冠
とり残された 点描の泡
立ち眩む/宿借は殻を捨て
行くべきなのだ/
という嘘に
湾曲をなぞっていた黒い肌の少女は
赤い波打ちぎわに腰かけて
砂まみれの足首を抱いた

ここには王国があったという
彼は道路に立ち 胸を指して
自分にはその血が流れているだろうかと問う
聞こえなかったふりをする
私の肌は白すぎて 熱に膨れ
かつて幻想だった大地に横たわる
影を踏んで
日傘を捨て
堅い手をやわらかな腹部へとみちびき
ここにあなたの血が流れていると答えると
彼は膝を折り 髭だらけの口で祈る

ひと月ぶりの朝に
岩穴を這い出し
水が退いた平地へ下りる
歓声
打ち上げられた 木製の船に
漕ぎ手はない/宿借は新しい殻を
見つけられずに死んだ/
それでも
石壁に奴隷や家畜が折り重なる神殿で
新しい生け贄が捧げられ
砂浜の足跡は消された

母はこの海を渡ってきたという
誰も知らない 遠い場所から
そのことを母に尋ねても何一つ教えてくれず
聞こえなかったふりをする
白く輝く肌は あたしと違い
幻想と呼ばれる大地を思わせる
風が吹いて
髪がなびき
はるか昔に飛んでいったオウムたちへ
ふたたび切りひらかれていく予感を告げると
あたしの爪先は濡れ 濃い朝焼けに触れる

文学極道

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