#目次

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2007年10月分

月間優良作品 (投稿日時順)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


地蔵盆

  兎太郎

さいごの地蔵盆に 少女はおかあさんにお化粧してもらい 
お地蔵さんになる
かのじょの宝の箱はいっぱいになったので 
しずかな感謝のきもちで 少女は鉦(かね)をたたき 
年下の子どもたちにお菓子をくばる

つくつくほうしの行列が 昼さがりをあるいていく、
二度とくることのない夏休みをとむらいながら
お地蔵さんの少女にささげられる
原色の女の子のわらう顔 仮面のヒーローの生真面目にゆがんだ顔
少女のこころはなぐさめられる、
プールがえりの子どもたちのけだるい影法師にも 
子どものまま逝ってしまった者たちの到来をつげる風鈴の音(ね)にも

「あれ、血がおちてる。いややわあ、夢みるわ」

踏みきりにたくさんのひとが集まっていた
ほんとうに線路にあったくろく泡だつものに 
そのとき少女は繋(つな)ぎとめられた
真夜中に遮断機がとつぜん目ざめ 
いのちのないまま もうひとりのおかあさんのように歌いだすのを
それから少女は何度きいたことだろう

その踏みきりのむこう側にならんでおられたお地蔵さん
おかあさんと日赤病院にかよっていた頃 かならずお参りしたものだ
白い顔を咲かせたお地蔵さん
おかあさんはその口に ひとつひとつ まっかな紅をさしていた
それからふたりで合掌した
とかれた手はふたたびへその緒のようにつなぎなおされた 

もうながいこと少女はその踏みきりをわたっていない
籠からうずらがにげて そのむこうの空にはばたいていったのは 
あれはなん歳のときのことだろう
いつのまにか募(つの)っていたあこがれが うずらの翼を鴇(とき)色にかえていた
まもなく少女は 
日赤病院の打ち棄てられた裏庭のひんやりした土の上
ひとつの鴇色のなきがらとなるだろう 

ひぐらしがけんめいに今日の暑さを終わらせようとしている
ラムネを飲みながら 携帯ゲームをしている男の子
友達になって。といっているその背中に 
お地蔵さんになった少女はしずかに 遠いまなざしをそそぐ


キチ(ピーッ)妄想

  ベイトマン

平行線状に血が滲む唇を拭って俺は喘ぐ。俺は自分で神を作り上げ、俺は少女を生贄を捧げた。神々はつねに血に渇いているのだから。
生きた少女を絞殺して神へと供物としたんだ。死んだ少女は神からの神聖なお下がり、俺は屍で長年の願望を叶えた。
俺は少女の屍がたまらなく欲しかった。少女の腐った死体とセックスする──それが子供の頃の憧れだった。
腐れ爛れた少女は俺のダッチワイフだった。蝿がたかって肢体に蛆が湧き、それでも抱き心地は良かった。
凍りつくような冷たい粘液に覆われた内側がまぐわう己自身を滑らせる。眩暈に侵され、手足をからませあいながら、俺はかなたこなたに揺れる少女の鼻先を食いちぎった。
指でつまむと溶けた緑色の肌が剥がれ、腐汁にまみれた少女の内面が浮き彫りにされる。少女が俺だけに曝す一面──それを眺める時、俺の心は癒されるのだ。
目頭を揉んで俺はいつまでも死んだ少女を見続けた。二人だけの穏やかな時間に揺られて、俺はオルガスムスの歓喜にシンクロする。
赤錆色の鉄格子、張り巡らされた蜘蛛の糸、日中の光さえ差し込まぬ独房で頼りない意識のまま俺は身体を丸めてすすり泣いた。
胎児のように身体をまるめて俺はすすり泣いた。朽ちかけた白い壁に背を向けて、全身に鳥肌をたてながら、一体誰なんだ。
誰が俺にこんな孤独をもたらしたんだ。このままでは寂しさに押し潰されしまう。俺の精神が悲痛に打ちひしがれて変容する前に、誰か少女の骨を食わせてくれ。
転がるのは瓶詰めの赤ん坊とタランチェラ、白癬菌を煩った首が痒くてたまらない。死を恐れぬ野蛮人は殺し殺され虫の息になった男達を慰める。
コインが五メートル飛んだ。飛んだコインが砕け散った。そのコインがチャリン、チャリンと鳴るんだよ。何か哀しい事でもあったのかい。
毒々しい褐色の垢、破れかけた布団、こめかみが痛い。俺は小さい欠伸をもらして瞼をこすった。
汚物の懐で俺は揺蕩う。監獄は仄白い世界、個数で人を数える看守は囚人を人間扱いしないんだ。一個、二個、三個……一個壊れたか。
せいぜい俺に残された自由は布団の中でマスをかくのが関の山。
膀胱がやけに冷たいよ。このまま漏らしてしまおうか。屎尿の匂いはもう嗅ぎなれてる。ストレスで神経や胃腸が壊れた囚人は首を吊って自殺した。
なんて幸せな囚人なのだろう。自殺できるなんて。罪の浄化などここには存在しない。囚人を洗脳するか狂わせるかだけだ。
外部から肉体的苦痛、精神的な責め苦を与えて囚人を思考停止にして操り人形にするだけだ。
愚鈍な赤い玉が脳内に侵入し、俺の頭蓋骨を圧迫する。思考が停止するほうを選ぶのか、それとも精神が停止するほうがマシか。
俺達は人間以下の物体として扱われる。それなのに心だけは気高い。俺が犯した少女殺しは社会科学の見地から正しい行動だった。
人権を掲げるこの日本で、至高存在を創造した俺がなにゆえ狂人扱いされるのだろう。神々は渇くのだ。
だけど精神科医は俺に言うんだ。今の時代に自らの妄執と想像で作り上げた神の為に人を殺すのは異常だと。
人間だけが裸になるのを恥ずかしがる理由とは何かを暇つぶしに議論を交わす看守がふたり。
看守A曰く、人口を制御する為のプログラムなり。もうひとりの看守が反論する。看守B曰く単純に時代社会の変化なり。
どこかの本の受け売りを熱く語る看守に幸あれ。俺も人のことは言えないが。七年以上の懲役を受けた在日朝鮮人は明後日には本国へと強制送還される。
自分の国の言葉も喋れない日本で生まれて日本で育った朝鮮人は、自国で異邦人となり、苦しむのだろう。
コンクリートのシミは黒い蝶になって羽ばたいた。支離滅裂だ。くそ、喋るのもいい加減飽きてきた。それでも俺は喋らずにはいられないんだ。


ヒバリもスズメも

  浅井康浩

ねぇ、この石段をのぼれば、なにもかもが風にさそわれているような朝になるから、って、
でも、あんまりとおいから、いつもの朝がみえるね、って、くちずさむものだから、ほら、
あなたの息がそっと、わたしのリズムにまどわされてもつれてしまう、そんなひとときに
わたしはときほぐされて、なんのうたがいもなくなって、草のようにあざやかなよろこび
でうるおってしまっていたね。そして、あまりにもあしおとが静かだったから、ふたりの
まわりの景色からは、すうっと音が消えてしまって、その消されてゆく音のはやさに、寝
ぼけたヒバリもスズメも溺れてしまうのが、なんとなく、おかしかったりもするあのころ
のゆきみちだったね。



ここでしか、聴けない音があるために、わたしはわたしを好きであることができた。あの
ころは、ゆっくりと、ことばをついばんでは、あそんでいたけれど、それでも、ふるふる
と、くちぶえだけは、うそ泣きのようにさざめくことをやめはしなかった。それはきっと、
ひたよせるためいきの消えてゆくまでにゆるされている、ひとときのやさしい気持ちだっ
たのだろう



ねぇ、くりかえす季節がよっつあるために、あなたのくちびるをくすぐっていた花言葉の、
その声のやわらかさがそっと、わたしと、すごしてきたふたりという時間を、とても、あ
まい思い出にかえてくれることを、わたしは、すごく感謝している。そう、すくわれてい
る、といってもいいくらいのかなしみの果てで、きみは、いまでも、はなもものいわれを、
おぼえてくれているのだろうか。忘れてはいけないことを、わすれないままにゆっくりと
たずさえてあるけば、きっと、どこかでくるくると、茎へとつたう水滴のように、あのこ
ろの自分にもどってしまうこともあるから、春といえば摘み草しかおもいつかなかったあ
のころのふたりに戻ってゆきたい、と、そんな気持ちになることがあれば、そのときはそ
っと、教えてください



いつからだろう、そっと、頬をつたうような、やさしい予感にふるえて、こんなにもやわ
らかく、ほどかれてしまって、せせらぎのように、しんしんとながれてゆく、しずかな夜
はゆるやかに、わたしをひとり、とりのこしてゆくけれど、その場所で、ささやかに、き
みに、感謝をつたえ、このまますすんで、くるっとまわって、そんなふうにして、いまの
わたしのままで、かなしい音楽をひとしきり、かなではじめて、そんなことさえゆるされ
てしまうような、そんな感じで。



夏のはじまりの予感に、のどが渇きはじめたら、もう、わたし以外のだれにもなれなくな
る。そうすれば、きっと、あのころの記憶もあざやかさをとりもどすだろう。そうやって、
わたしは、どうしようもなく、忘れていた夏をおぼえつづけてゆく。きっと、うしなわれ
たセミの声によって、その夏が、これからくるどの夏よりもあつくあるように。いつか、
わたしは、のぼりきった石段のうえで、風にさそわれている朝につつまれているだろう。
「おはよう」ってくちずさむあなたが、そばにいても、いなくっても。


青の王国

  夕美

潮音、拡やかな幸福
海の縁に腰かけていた
中埠頭は青くあり
ごうごうと鳴るごとに
背骨のきしむような気がして
足首をさらう水音で紛らせている


波間に叫ぶようなことばを
持ち合わせてはいない
甘く柔らかな舌は
飛沫との混濁に置いてきたの
群青のぬくみが喉笛に達するとき
首を持ち上げるは逆立ちの眼
じくじくと潮が浸みる
塵芥/とプラスティック片の半透明/海鳥に還る様を/それはとても/広大な円を/えがく/えがいて/渦巻い/て/瞼を閉じる/許して呉れます、か


海の果てには
幸福が在りますか
静止し口許のほころび
指先で繕いながら水音をきく
ならばここが いっとう
こうふくな
ばしょ


現像液にひたしたような君が
ゆうらと海に写った
ファンをまわして
ごうごうとした反響に
定着するのを待つ
水面を四角くすくいあげて
ふところに仕舞うことが
正しかったのか、は、わからない
待ちくたびれの、戯れ
忘れてしまうことに酷くおびえていた
許して呉れますか
ことばは何も残せずにいる


海の縁に腰かけていた
コンクリートに踵を擦り付けて
鈍群青の外気と海を混ぜ合わせる
中埠頭は青く在り
ごうごうと鳴るごとに
海鳥の旋回を強くする
潮音、拡やか
幸福の海


星になる方法

  Canopus(角田寿星)


なあ あんちゃん
俺たちふたり ドラム罐転がして
まっすぐな坂道のぼっていこうよ
ここ二週間 頭は痛えし咳がとまらねえ
たぶん少しだけちがった空気吸って さ
たぶん少しだけちがった景色を見に行こうよ

せまい国道を車がびゅんびゅん走ってる
大粒の雨がおちてきて すぐに土砂降り
シャンプーも石鹸も持って来なかった
俺たちはかるく舌打ちする
あんちゃん 今 ドラム罐の手をはなして
頬にかかる雨を拭ってなめてんだろ
しょっぺえのか しょっぱいんだな

なにか楽しいことでも思い出そうか
ボイラーの下にネコが四匹寝そべってるとか
国士無双十三面待ちとか

雨粒は線になってどんどん幅をひろげて
雨の垂幕を俺たちはくぐり抜けていく
しろい昼 くろい夜
ページをめくるたんびに
回転するドラム罐の中で俺は目をつむって
肩があらぬ方向に曲がってはまた戻る
ドラム罐転がすふりをして あんちゃん
俺たちきっと
地球を転がしてんだよね

(一九九九年二月十四日、惑星探査船ボイジャー一号は、
 地球から四十億マイルの地点で、草原で少女が微笑む
 ように振りかえり、彼女の母星をみつめ、最後から二
 番めの任務を遂行した。
 地球を発ってから、すでに十三年が経過していた。
 彼女のフレームに映るのは、寄り添うような光の粒。
 太陽とその惑星たち。太陽系の「家族写真」を撮影し、
 地球に送信した後に、彼女は永久にその瞳を閉じる。
 現在も彼女は最後の任務を遂行中である。彼女は宇宙
 塵のただなかを突っ走る。どこまでも遠くまっすぐに。
 その瞳を閉じたままで。瞳を閉じたまんま。)

あんちゃん
俺たちふたり たぶん肩を並べて
このまま海まで連れてってくれよ
水がいっぱいだから風呂にも入れるよ
それに虹を見れるかもしれないし
海辺を列車が突っ走ってるかもしれないし

あんちゃんの尻ポケットに
くしゃくしゃの千円札が一枚
雨に濡れて底に張りついて
どうにもならないほど溶けかかってる
虎の子だってのに
どうやって直そうか ふたり思案にくれる

俺たちのドラム罐に
あんちゃんが顔を突っ込んで覗いてる
俺たちは顔を見合わせる
そこがまるで井戸の底みたいな
満天の星空だったらいいのにな
なあ あんちゃん
泣くんだか笑うんだかどっちかにしようよ
誰が死んだとか きっとどうでもいいよ
ああそうだ ドラム罐を雨がたたいて
やかましいんだね
やかましいんだよな


便所の落書きがなく日に

  いかいか

便所の落書きが泣く日に、
君たちが止まらない季節に、
燃え盛る冬が、
いつの間にか収穫を終え、
無数の積雪を納屋に積み上げるかのように、
私たちはどこへも行けない、


私は君たちの熱い鼓動の季節を感じることはできるが、
君たちの冷えた体を震わせるぐらいの感覚しか持っていない、
もうすぐしたら、
死者達も聖者もこの世からいなくなる、
そういう季節がやってくる、
私たちは静かに神話の中で寝入り、
ゆっくりと今を忘れながら、
何度も何度も、夢の中で、
ノートの端に書き続けるだろう

物語が神話へ熟すとき、
それは破裂して、
二人の人間を狂わすだろう、
その間に生まれた子供たちは、
盗人となって、
ムーサの前で
やはり何度も何度も
追い出された流刑の地を思い出すだろう


神話の中で暴れ狂う一人の男を
先日、古事記を読み直しながら考えた、
物語の中での彼の位置は一体どこにあるんだろうかって、
彼が根の国に降りていくまでに、
多くの人たちが傷ついたり
もしくは、彼を忌み嫌いつつ、
彼は母を求め、降りていく
彼は世界を統べることよりも、
母という女を求めて
暗い死の世界へ降りていくときに、
何を思ったのだろうかと、


便所の落書きが陽だまりの中で、
散乱し、錯乱している、
この季節に、
君たちの鼓動はやはり熱いが、
君たちの体は冬の寒さに凍えたかのように冷たく震えている、

もうすぐしたら、
すべてが神話へ熟して、
一気に破綻するだろうから、
そんなに慌てなくてもよい、と
私が眺める私がいない世界は囁いたまま
静止し、
なだらかに誰かの瞳を反射して、
どこまでも切り開かれた田畑の上を、
照らすばかりだ


祖父

  田崎

私は と言うことに決意はない
ただ、雨垂れの音を数えている
増える楽員の鼾の影に
落ちている胎動
(挨拶が殖えていく森の
 緑の溜め池)

血色のいいりすがいる
潤んだ目がとんぼのように膨張し
白い腹には水銀袋が詰まっていた
「私のための
 特異なりすのための
 不安、という言葉」

辺りに埋まった小石が
孵化して
小さな生命
を持った
持ったから
祖父は泣いたのだと思う
私たちの足許に蟻が

私は 私は という言葉を
私たちが口にするたび
蟻は住み処を追われていった子どものように祖父は
泣いたという私たちの足許に 彼の不安に


冷やし中華終わりました。

  宮下倉庫



駅へとつづく郊外の、幾何学状にひび割れた道を歩くと、送りだす足と、送り
だされる足が、誤りのない証明のように、ただ駅へと向かっているのが分かる。
あの角を折れれば、梅雨の明けきらない頃から 冷やし中華はじめました と
幟を掲げていた中華料理屋がある。道の両脇に立ち並ぶ住宅からは洗剤の、ま
たは木を切る匂いが、する。そしてぼくはもう汗をかいている。後ろでクラク
ションが鳴り、軽自動車が、減速しながら、ぼくを追い越してゆき、角を折れ
る。振り返ると、いま来た道はやはり幾何学状に、ひび割れ、恐らく道路工事
の男たちは、電話線や下水管といった埋没施設にはぬかりなく注意を払うだろ
うし、道の舗装方法について、このあたりのごとき計画外の郊外では、簡便で
安価、かつ機能性に富むこと以外に、優先されるべきことはないだろう。道は
中心に向かって緩やかに隆起している。ぼくは軽自動車に少し遅れて角を折れ
る。陽射しはまだ夏の角度へと達することができるようだが、幟は既に取り払
われている。この無言からどのような解を導きだせるか、と考えたことは一度
もない。中華料理屋の引き戸のガラス越しに、泥のついた安全靴が見える。彼
らが何を食べているのかは、見えない。


深海

  凪葉

なまぬるい水の中で溶けていくような、そんな感覚をいつも感じながら落ちていく。 そこはふかく、吸えない空気を探すことを止めたのはもうずっとむかしのことで、時折射しこめる薄日に眩しさを感じ手で覆う、そんなことを繰り返していると、なにも見えないことがそのうちに、見えてくるような錯覚に陥る。
光はいつも、違う角度から射し込んでいた。
 
 
愛、を知っていた。
愛すること、愛されること、
コップに入れたココアの粉を溶かすようにゆっくりと、溶けていった季節の数は今も続き、入れすぎた砂糖は、えいえんの甘さのように、感覚は、
だんだんと侵されてゆく。
愛を知っていると、変わらないまま変わった愛に別れを告げた、とおいむかしのことのように、
夜空の星をひとり数えていたけれど、すべてを数えることは、いつもできなかった。
 
 
毎日のように雨が降っていた。
止むこともあるけれど、スコールのように激しいのだって珍しいものじゃなかった。
溢れかえったはずの海は、いつからか凪を手にし荒波も、徐々に和らいでゆき、
そこに生まれた深海に届く、僅かな光もじきになくなるのだろう、と、雨の降る、空を見上げた。 季節はいつも変わらないまま。時間だけは確実に、流れていった。
 
 
ふかくふかく染みこんだ日々にまでとどいていきそうなくらいに、響く音があった。 それは風の音で、雨の音で、鳥のさえずり、
重力にあらがうように太陽に向かう草木だった。 けれど、
地球のそこのように終わりがあるわけではなく、水嵩が増えていくまま深海は深さを増し、
命動のような響きもやがては鎮まるのだと、灰色の瞳をうかべて視線をまっすぐに、空白を見つめ続けていた。
 
 
風の静けさを手にいれた朝も、外は相変わらずに雨が降り、続いていた気だるさは重力へと変わり、はきだした言葉は氾濫をくりかえしながらしゃぼん玉のように消えていってしまったので、
わたしの中の質量が無くなりそうなのだと、機織りのように延々と続く言葉を紡ぎながら、
沈んでゆくわたし、を、止めることができないまま雨はいつまでも降り続き、
もはや海は、わたしから溢れそうだった。


[素数を繰る]

  香瀬




[素数を繰る]



P.02
コダマ
(まんまるいらしいんです、ちきゅう
. もしかしたらこのこえも はねかえってきたものではないのかもしれませんね)
(あるいは、ここまで届くのに いくつもの何かによるつぎ足しがあったのでしょう)

P.03
「ねぇ、みて、ヨクにキバが生えているよ」。
、と
“谺”という字を見るたびに 少し大きい彼方の瞳のサイズを思い出します

P.05
Yokogaoに対する、〈蝕〉ヨク/
抑えつけているくちのなか/
、歯が、〈咎〉っている
(もしかしたら)

P.07
(アクビはカケてしまつたから)、(厭々ながらねむる)ゆめをみる。

P.11


P.13
「ねぇ、みて、ぬい針 が落ちてきたよ」。
、と
濡れた窓に投げた視線は汚い放物線を描いています
(机のうえで組んだ手にひかっているものがあるかもしれません)
/いえ、泣いてなんかいないんですよよょ

P.17
丁寧。
に、Yokogaoはくちをくちびるにぬいつけ(ぬいあわせ)
(そっと)、アクビを(亡く)した。
/ねむれないね
/ねむれないね
/雨だね
/ああ、風がつよいね
/けされちまうね
/けされちまうね
/鳴いたのにね(げろげろ
/ああ、鳴いたのにね(げろげろ
(/いえ、泣いてなんかいないんですよよょ)

P.19
〈仔〉声で(「吐け」「出せ」)。
、って そんな風も 何かがつぎ足してふるわせたのでしょうね鼓膜
ひっかきまわしたい
ひっかきまわされたいのです(彼方の)キバに

P.23
(吐息)、
「ねぇ、みて、 ねぇ、ぴらにあ の においがするよ」。
彼方の地名を“ぴら”といいます
きこえていますか(ねぇ、みて  、と
すべての雨風のうまれるところは ここなのですよ

P.29
甘いのが
すき
渓コクに泳ぐ(むすうのしろい)魚のにおいにうんざりする。
“あのにおい”に

P.31
・うんざり・

P.37
吐きちらす(ちらかされる)
〈産〉乱
ふたりで空の(注ぎ口をくわえる
いったいいつになれば糸をひくのでしょう。(ここ からは出られないというのに
/けされちまうね
/ああ、けされちまうね
/けされるのはいやだね
/いたいのはいやだよ
/雨だね
/ああ、風がつよいね

P.41
しろい 垂らされた糸をつかめばよかった
(ここ からは出られないというのに
(/いえ、泣いてなんかいないんですよよょ)

P.43
すでにその糸でくちびるを、ぬいつけ(られ)ているのです
(「ねぇ、みて、 る?」。)

P.47
ねむりましょうか。
(カケたのならば埋めあわせればよかった
. みみをすましても まどのそとには“きこえない”がいっぱいです)
(いいかげん ひらいたらいかがでしょうか)

P.53
(選択肢なんて売ってしまった)

P.59
つば、指を濡らす挿入
(しろい 魚をすり身にするすり身にする しろい 糸をくちにくわえてぬわれているくちも しろい く
. ちびるになるほどきつくきつくぬいつけられていて しろい くもは注ぎ口をふたりにくわえられたま
. ましゃせいし しろい スケッチのうえでわらっている“ぴら”のYokogaoだけでものみほしたかった
. のですよ彼方は しろい /雨/にはうんざりでしょうからもうすぐ しろい ここはけされちまうね)

P.61
(すいこむようにくちにくわえて)

P.67
しろい
甘い手(机のうえ“きこえない”は手を組んでいる ひかってはいない

P.71
Yokogaに(さらす)
(「ねぇ、みて、 r/ないの?」。)

P.73
どこもかしこも  ふるえはやんでしまって  、(/ないていたのにね(gerogero
ここはひからないし  彼方のにおいもすでにない  。(/ああ、ないていたのにね(gerogero


世界

  凪葉

見渡すと、
目線を越える細長いものや
大きな塊が、いくつも立ち並んでいた
遠くの雲は薄赤く染まり
もうそろそろ暗闇が来ることを告げている
その、移り変わりを眺めていた
  
「昔は、もっと緑が溢れてたって、父さんが言っていたのを思いだしたよ」
「うん?」
「いや、」
そしたらもっと、住みやすいのかな、
吐き出すように出た言葉に、
きみはこくりとうなづいた。
 
 
 *
 
 
カーブを曲がると、さっきよりも空が赤くなっているのに気が付いた
「空、きれい」
隣に座る彼女が言った
ぼくは、道が直線になった所で、窓の外に目を向けた
「建物があってわからなかったけれど、もうあんなに赤くなってるんだね」
「ね、きれいでしょう」
「うん、田舎は空が広いなぁ」
    
電信柱と、街灯が等間隔で配置されている平坦な道は
どこまでも真っ直ぐに続いているかのように思えた。
 
 
 *
 
 
段々と、薄赤く染まる世界
辺りには、青黒いベールが段々と降りてきていた。
向こうは、なんて明るいんだろう
「向こうまで行ってみる?」
「ううん、ここでいい」
ここがいいの、と、ぼんやりと夕空を見つめながら
きみは言った。
ぼくは肌が触れるくらいまで、
そっと近づいた。
 
「もうちょっとここに居てもいい?」
そう言ったきみの瞳が、赤く染まっていた。
ぼくは、「いいよ。」と言って、沈んでゆく世界に目を向けた。
乱立する塊が
ひとつひとつ、ゆっくりと燃えていく
 
きみは、燃える世界を
何も言わず
まっすぐに見据えていた。
 
 
 *
 
 
バックミラーに反射する光
周りに降りてくる夕暮れ
さっきよりも大分陽が沈んでいるのがわかる
  
「燃えてるみたい」
後ろへ倒した助手席に寝転がる彼女が言った
 
地平は燃え、
通りすぎる建物は
夕色に染まっていた
アクセルをはなし
急なカーブにさしかかる
カーブは夕陽の方へ向かっていた
 
先に広がる景色と、先に続く道とを平行して見ていると
何段か高くなった場所に
何かを仕切るように置かれたフェンスが見えた
  
網目から光が散らばる、
その上に、二羽のカラスが座っているのが見えた
地平を焼く光をあびながら
寄り添うようにして
夕陽を見つめていた。
  
 
 *
 
 
カーブを終え、落ちる陽の先へと向かう
きれい、と、また彼女が呟く
ぼくは、もう見えないとわかっていながらも
バックミラーに目を向けた
フェンスの上、
暮れゆく世界を見つめる、二羽のカラスの残像が
いつまでも、意識から離れなかった。
 
道はまた
まっすぐに続いていて
やっぱりそれは、
どこまでも続いているかのように思えた。


自転車と彼女

  緋維


自転車で緩やかな一本坂を登る
足に力を込めてペダルをもう一漕ぎ、
一瞬 僕は世界のてっぺんに立つ
さらさらとした陽のひかりが、
或いは僕の腰に手を回す君の、
長い栗色の髪を、彩る

 疲れた?
 疲れるもんか。
 汗、かいてるよ。
 それでも、疲れるもんか。

勢いをつけて さらにもう一つ ペダルを漕いだ
世界中の風を集めて、
鮮やかに縁取られながら、
僕は走る
君の、きゃあ、という楽しそうな声を聞きながら、

 悪い癖だよ。
 なんだって?
 あなたの、悪い癖。

当然ながら坂は終わり、
自転車ごと横に倒れた
草原に無遠慮に身を投げ出して、
君は笑う
楽しそうに 心底
僕は、
君は、笑う

相変わらず陽のひかりは、さらさらと柔らかく、彼女の髪はくっきりと彩られ、
僕自身は何も動かず、
ただ、転がる一台の自転車だけが、僕をかたどる


「花の骨」

  桐ヶ谷忍



なぜ、花には骨がないのでしょう
  

僕が持ってきた白百合を
すっかりやせ細ってしまった両手で持ちながら
真白い部屋の中央に置かれたベッドの上で
半身だけ起きた彼女はそう呟いた

僕は一瞬、冗談かと思ったが
彼女の顔に笑みはなかった
植物には植物の機能があるから、と
答えにもならない返事をしたが
彼女はうつむいたままだった

もし、花に骨があれば
こんな風に切り売りされることもなかったでしょうに

常人の声の大きさではもう話せない彼女のしずかな声に
僕は戸惑うことしか出来なかった
見舞う度に少しずつ影の薄くなってゆくような彼女は
ふと、ちいさく笑んだ

もし私が次に生まれ変わることができたら
骨のある花になりたい

僕はぎくりとしてしまった
取り繕うように苦笑する
花なんかになったら、
と言いかけて口をつぐむ
花なんかになってしまったら、すぐ散ってしまうじゃないか
代わりに、なぜと問いかける

花は
花というだけで愛されるでしょう

白い部屋
白いシーツ
白くなってゆく彼女
僕は首を振った
君だって、充分に愛されているよ

彼女は僕を見つめた
そして僕の後ろの窓の外を見やった
彼女がこの病室で過ごし始めたのは春だった
今、窓の外は初冬
季節を移ろうごとに彼女を見舞う人は少なくなっている
彼女の、両親でさえ

ひとりでもうつくしく咲き誇って、潔く散る
花になりたい

違う、と言いたかった
君をひとりさせてしまっているのは
日々見舞う人が足遠くなってゆくのは
君が愛されてないからじゃない
愛されていればこそなのだと
愛されていればこそ
君を見舞うのが辛くなるばかりなのだと
けれど
僕には、何も、言えなくて

骨のある花に生まれ変われたら
無下に手折られることもないでしょう
そうして
短い命でも、私、納得できる

無表情を保つのが精一杯の僕に
彼女は白百合を差し出した
花瓶に、と言いかけたその手の百合の花びらが
一枚
ほとり、とシーツの上に落ちた

彼女は無言で
その一枚を摘むと
しずかな一息をはき
窓から放って、と言った

僕は言われた通りに
その一枚を窓の外に放した
花びらは風にそよいで一瞬上昇したものの
ひらりひらりと
病院を囲むように植えられた花々の中に
落ちていった


乾いてゆく風があった

  soft_machine


乾いてゆく風があった
薄れてゆく光もあった
綺麗にされた夏だった

目の前に拡がる
どこか懐かしい景色
なぜかふるい歌を思い出し
海に腕をさし入れる
かなしみが群れているのは
きっとあの雲を抜けたあたりで
のこされた魂も
そのすこし上あたりに舞っていて
よろこびがうまれたのもあのあたり

動きはじめた手足があった
赤ん坊を抱きかかえる友に
父親の顔というものを
はじめて見た気がした
世界を積み上げてゆく
欺かないことば
あまい息が陽に焼けてよりにおう
寝床にほおづえをついて見ている
ぼくのこのいくぶん打ち疲れた
心臓の音が聴こえているかい

波打つ草原をはしり
泡立つ都会でおよぐ
そこに生きる人達の
きっとくる明日を信じていたいから
空を眺めていると
ふと願わずにいられない
いつの日かこんなぼくを
感傷が成長してゆく輪にするだろう
それも罪から研ぎ出された
九月の影にうかされただけの
忘却に過ぎないものだとしても

静かに樹皮が冷えていった
穏やかに砂漠が拡がっていった
そして秋は今年つばさがなお空高い


[みあげたら  海]

  香瀬


[みあげたら  海]





やどぬしは
いくつもの毛穴から
塩があふれ
こわばった天井のすみに
影に
こりかたまる  海
りょうてでおさえても
ぬいつけられた影は
やどぬしを浸しつづけ
あふれをとめることはできないのです
塩にむらがり
もうすぐ またふえることになる天井のすみへ
影は
みず浸しになることも
わるいことではないのかもしれません
、と きこえる羽音も
いまでは塩づけられている影に
のみこまれようとしています
あふれつづけている羽音は天井のすみになり
(あるいはさっかくであるかもしれない境目も)
浸される
どこから毛穴なのかわからないから
どこまでも  海
天井のすみなのです
、と もうきこえなくなった羽音は
おびえ
ひろがりをやめない境目のすみは
天井をころし
やどぬしはみあげていたくびすじを塩になでられながら
けいどうみゃくから
羽音をぬすまれることでしょう
(あるいはみおろしていたのかもしれない海を)
ころされた影は
塩のかせきとなることをえらばされ ひとつ
またひとつ 沈殿しては てばなされる境目も
ともにやどぬしが塩となることで
海は羽音でみちみちていきました//みちみちて いきました
やどぬしのかせきをかかげ
すべてはさっかくだったのですね
、と いつまでも沈殿をやめない天井にむかう羽音に
影と塩が
うちけされた境目のかずだけ うがたれた
やどぬしは
みちみちているのです  海


四つの讃歌

  橘 鷲聖



巻き貝、昼下がりの秋色の、テーブルクロスを、広げた庭のあたりに、ふたりきりの甘く重たい、窓があって、積み荷は、宇宙を見ていた、きみたちは、花嫁がいつか白い春を孕んで、王女になるだろうといったが、それは雲水に読み解いていた、あのことだろう

銃殺、を風の言葉は知らない、ただ赤い嘴が、散らかった光と夜の痛みを、印している、ひとは、マリアと、知恵の猫の、数ヶ月をひたすら祈り、また雨になり、古い書物のなかに、両肘をついたまま、あのものの顔を覆うのですか

胸壁、冬の泥濘に、靴を忘れても、そこをしあわせが通り往き、運河は人々の、切り石をどこかへ運び、歌もそのように届けられ、子供たちの赤らんだ頬も、巡礼に勤しむなら、なんという希望か、飲み干された夕空とは

男は、すっかりやめてしまう、それを見ていた空が、ようやく男を造ろうと思い、星を落としたが、それには十分ではなく、左右がわからなくなり、深い緑の渓谷ができて、妻はそこを避暑地にした、たくさんの葡萄酒と余暇が、石を滑らかに研いて、男はそこに腰をおろし、はじめようかと呟くと、初めて笑った


帰途/のようなもの

  レルン

私は帰る
私は帰りたいのだ
洗い物を終えたばかりの
泡たちを眺めて
そう思う
そう思った場所に空港が建つ
泡まみれの手続きを済ませて
私は帰る/帰りたいのだ


離陸するときの
重力が心地よい
窓に貼り付いたフィルムをはがすことを
許されたような気分になる
そして私がお土産を買わない理由は
そこにあって
お土産は重い
重くて
安定している、
安定飛行に入ったら
映画が始まる
緑色のスクリーンに
うつしだされるのどかな戦争、


戦争は知らない所で起きる、
農夫と美しい令嬢が恋に落ちる、
ふたりは夜を重ねかわいい子供をもうける、
彼らは何も知らない、
知らなくていい、
緑色のスクリーンに余計な知識や慣習や経験など必要ない、
空っぽの冷蔵庫にハムをぎゅうぎゅう詰める作業を私はしていた、
吐しゃ物とリトルリーグ用のグラブを払いのける作業、
エンジンのかからない車に乗って、
音楽のかからないスーパーマーケットに行く、
そこでハムを買う、プリマハム、プリマハム、日本ハム!
主演の女優は私の知らない言語で知らないと叫ぶ、
知らない言語で叫ぶ知らない人種とその後ろにひかえる知らないつくりの家と知らない植物たち、
その向こうでひかり、
緑色のスクリーンにうかぶ空白地帯、
またひかり、
空白地帯は大きく広がる、
知らない植物が、
知らない建物が、
知らない人種が、
知らない映画が空白、
スポンジにくっついて離れない泡、
空港に置いてきた笑顔、
そしてスクリーンにうかぶ空白地帯、

私は帰りたいのだ/帰れないのだ。



……着いたら
私は二時間泣いて
散乱させた家具たちに謝罪して
6番線ホームに行く
そこにはいつものように出征する若者がいる
軍歌を歌う彼の家族に
敬礼のようなもので応える彼は
どこ行きの列車に乗るのか
それは知らないが
私はお土産を両手に抱え
緑色の列車を待つ


ゼロの射程

  狩心

おれは行き止まりでウロウロする犬「わをん」だった
おれは花の上の辺りに三つの点々とした傷がほしかったので
自らそこを爪で傷付けた おらぁ! オラオラオラオラオラァァ!
ジョジョじゃない・・・むしろ、ジョニ・ミッチェルだ 妖精の歌声だ
お花畑で流れ出す俺の血は
オナニー専用のティッシュで何度も吸い込んだ
シャア専用の赤いザクとは違う! ザクとは違うのだよ!グフは!
ミミズのような無知を持っている
なれろー! Not at all
吐く息 索敵 上下左右12ヘックスまでは俺の射程内だ
そこら辺に拡散メガ粒子砲を打ち込んでやる 原爆はまったく酷い話だった
爆撃の後
そこから湧き出てくる言葉たち
それを凝視しようとしても
だだっ広い太平洋に浮遊するクラゲのようなおれ達には荷が重すぎた
燃えカスの亡霊のようにゆらりゆらりしていて どんぶらこ 桃太郎の絵本
焦点が定まらない! 精神コマンド「ひらめき」のせいだ
止め処ないなぁ〜もぅ 仕方ねぇ「必中」でも付けるか
とか言ってる間に
何の文字かも分からぬまま
そいつらは! 立ち消えてしまった!!!
この暑い夏の湿気の中に・・・逃げ足だけは速いんだねぇ・・・おれ達も歴史も

Not at all
ボーボーと燃える
誰かの残像と腰の砕けた日常! もう年ですねぇ 生年月日が西暦だなんてふざけてる!
カツカツと階段を上る! 全ての電車は人身事故で止まったままだ
ピピー!
誰かが死んだらしい サッカーの
タイムアップの音と共に 日本代表は決定力不足で試合に勝てない
それは他人か
それともおれ達自身か そうか
カラスの鳴き声が聞こえて おれの頭上に小石を落とした
めるへん 見たままで 起きたのは昼の12時だった

12ヘックス
そこに戻ろうとした世界が広がっていた
東京特許許可局 少し外れた田舎とも都会とも癒えない場所で
異空間大作戦が ジョン・F・ケネディ暗殺と共に
大きく口を開いていた! 蟹股のルーズソックス ありがとう!
引きこもり ガバガバする音と
流れる汗 流れる肉体 流れる人込みの
三弦ギターが!
おれの米神を刺激した アチョー!中国雑技団 一生懸命スーパーのレジを打つ!日々!
おれの計算は間違っていないが、答えは絶対に出ない 円周率のように
小数点以下を弾き出すだけだ
短歌で運ばれて闇の中に消える少女
漫画喫茶の辺りで途方に暮れて
インターネェェェーーット! チェスト!
という文字が巨大化する 明日の荒野で
明滅するのはボクら
救急車の運転手の手には
凶器と見られるフルーツナイフが握られていた

茹で上がる
蕎麦の水を切る音 ざんざかざんざか
網目の間からするりとすり抜けるということ
おれたちにも出来るだろうか
この蒸し暑い夏のアニメから
地面へと落下する事が
出来るだろうか S
M 睡眠を忘れた者が
目を覚ましたままで眠っている ゼロの射程を

わたしの衣服は剥ぎ取られた羅生門 日本の古典文学の
鳴り止まないベルと
底に屯する浮浪者たちの手によってアスファルト
ベルトで
締め上げられる内臓と
おまえ少し太ったんだなぁ
誰かも知らない奴らにそんなことを言われ ☆ ハッピーなお星さま
星の王子様が薄ら笑いを浮かべてやがるポンキッキ
おれも何だか可笑しくなってね
クククク笑ったよ 靴の紐は解けて
いーとーまきまき ひーてひーてとんとんとん!
シャア専用ゲルググティッシュがなくなって おれたち!
流れ出す血は止まったマクドナルド 高校生の受胎!
固定化された三つの点々とした傷跡を
お花畑で君が優しく舐めてくれる
ペロリペロリ ローリングストーンズ ぐちゃぐちゃ 岩波文庫
お凸とお凸の皺を合わせて しあわせ な〜む〜
ダメだぞ! そんなことしちゃ
と言って崩れ落ちるおれの2Dの体を
豆腐屋のお父さんが受け止めた! 寂れた商店街で
夜の闇と
夏の湿気が!TWO-ドッグ!酒だ!

面倒くせぇーから 小手 突き
財布ごと店員に投げつけてやった! 剣道で
金ならやるよ ケンドー・カシンというプロレスラーも大喜びだ
小さな部屋で うぅぅと蹲りながら、
朝が来るのを待っていた
膝が痙攣し始めて お母さんの名前を連呼する!
煙草を吸わずにはヤってられなかった
近親相姦なんてサ、
バスコ・ダ・ガマ.世界一周!
何の意味もないこの草が
辛うじておれに意味を与えようとしていた
「おれがお前に詩の宣言をする」
「だからお前は死を忘れるな!」

夏の暑い日
ベースボールの真っ只中
止まらない汗の中に
おれは一つの希望を見出していた
ア〜セの雫が
硬いアスファルトに落下するリズム
「わをん」 おれの足音と呼応している
めんどり 子犬も並走してきた 家族一丸になって
熱したおれの体を冷やす フルーツシャーベット劇場 MPEG3!
それと同時に固まった自由を解凍しながら
空に羽ばたいていくア〜セの姿を!

シャア専用ズゴックを朦朧とした目で見つめ
水中に潜むオペラ座の怪人を暗示とっていた
原作は良いが、映画は糞だった
おれは走った
朝の町を
ア〜セを書くためにもっと強く
おれは走った 走り抜けた
アスファルトの地面が
無くなるその場所まで
アイウエオ カキクケコ サシスセ!!!
和音のメロディたちに捧げる!ゼロの射程!!!!


秋のオード

  ためいき

冷え切った唇に青空が映る
そこから降りしきる落ち葉
川沿いの小道を
影だけが通り過ぎる
鉄を打つ音が遠く響き
河原の白い石がまろやかに濡れている

光が前よりも暗くなったの
そう呟いた彼女の前で
何も変わらない空を見上げた午前
古い石塀が何処までも続く道を
乳母車を押す若い母親が
ゆらゆらと遠ざかっていった

その夜
枯葉に覆われた沼を
古い街灯だけが照らしていた
あなたと行くことはできない
その言葉を半ば信じないように
苦しげに微笑んだあと
それじゃ、また
そう呟いて遠ざかる後ろ姿を
ただ、見つめつづけた

夜明け
青黒い霧がたちこめて
時を告げる鐘が鳴り響く
道の上に佇む人影
そこから黒々と鳥たちが舞い上がる
鉛色の硝子の向こう
太陽のようにのぼる贖罪の歳月よ
・・・待っていたんだ
人影はぼんやりと振り返る
そして
まるで傷口が閉じるように
薄れていってしまうのだ


rebirth

  中村かほり

 群青だった、

子供たちが消滅してから
どのくらい時間が
たったのだろう

道端では精密な玩具が
なにかの目印のように
落ちていた
子供の手をはなれてもなお
ぬいぐるみは
人工的な愛想を
ふりまきつづけている

 群青だった、

わたしたちはそれらを
無言のままに回収し
街のはずれにある焼却炉へ
燃やしに行く

灰となったすべての玩具が
風にさらわれ
雨にうたれれば
消滅ははたされる

焼却炉からうまれた煙が
わたしたちの記憶を
撫でては流れていく

 群青だった、

街にはゆがみが生じ
それによってできたくぼみへ
落下するのを避けるため
わたしたちは消滅が起こるたび
身体構造を変えてゆかなければならない
消滅が起こりはじめたころにくらべると
わたしたちの身体は
ずいぶん簡単なものになった




そして
生殖器

わたしたちの身体は
ずいぶん簡単なものになった

 群青だった、

子供たちが消滅しても
はらみつづけていた女は存在したが
子宮のなかにあるものがなにかはわからず
みずから炎のなかに
飛び込んで行った

子供の消滅は
妊婦の消滅であり
妊婦の消滅は
母親の消滅であり
母親の消滅は
あらゆるものの消滅だった

精密な玩具を回収し終えたら
つぎに煙となるのは
わたしたちなのだろう

 群青だった、

あらゆるものが消滅するとき
この街は
血のにおいのする煙でつつまれる

わたしたちの煙のなかで
あたらしく
生まれるものがあるとすればそれは
より簡単な身体構造をもつ
わたしたちなのだろう

 群青だった、

こうして
わたしたちは再生しつづける
これが
進化なのか退化なのか
簡単な身体構造となった
わたしたちにはわからないが
再生する朝の色はいつも

 群青だった、


黄色いキャロルのクマ

  ミドリ



駅前に黄色のキャロルを路上駐車するとクマは
ポンっとドアを叩きつけ 身軽に外へ出た

わたしは険しくなってる顔を 上げないよう
キュロットの裾を握りしめた
1時間もよ!

「待った?」
「ううん」
「ヨシっ 乗った!」

そう言ってクマは わたしの背を乱暴に押すと
キャロルの助手席に押し込んだ

クマはスーツのポケットから指輪を取り出して
さっきから 弄んでいる
彼が 夜の海に向かっているのがわかった

高速に乗るとすぐに
窓を開け放ち彼はその指輪をポイっと投げた
たぶん
カルティエかブルガリかハリー・ウィンストンの
ダイヤの指輪だ

窓をギュイっと閉めると彼は
わたしを見て
決心が鈍ったと
そうつぶやいた

「なんのこと?」
「場末のホステスみたいだぜ」

わたしの顔をじっと見るなり
彼はそう言った

「お気の毒サマ!」

そう言うと ふたりはグッと押し黙って
車の中の空気も うんっと重くなった

「もうすぐね」
「え?」

そう言って彼が振り返ると
目の前にフワっと海が広がった
キャロルがスリップして止まると
夜の海が
とても静かで
綺麗だった

わたしたち・・
ここから始められる?
ハンドルを握ったままの彼はとても静かで
さっきまでの悪態が信じられないほど
きれいな横顔をしていた

そしてわたしの肩をグッと抱き寄せると
とても優しいキスをくれた

「指輪 もったいなかったね」

唇を外してそう言うと
彼はその言葉を打ち消すように・・

もっと強いキスを
わたしにくれた


実験的舞踊(1)「神話〜my・thol・o・gy〜」

  葛西佑也

人身事故で
大幅に遅れた
電車の到着
ぼくたちは明日
生まれたらよかった
性器がぬれ始める前に
それは宗教的に
間違えでしたか
ねぇ?

考えよう 気がつけば、一つ前の駅で降りてしまったから、これから死のうと思った。その前に絵本を描きたいと唐突に思い始めて、ルーズリーフを取り出した。適当に線を描きこんでいく きんちょう で 手が震えた。思いのほか、美しいギザギザがあらわれたので、カミナリに関するお話にしようと思います。考えよう? 一生に一度だけ、ほんきで線という線すべてへの悪意に満ちていた日、その瞬間、きみは何かつぶやいた。考えてしまったら負けなのだと、ぼくたちはただ、あの人を愛した、見返りなんていらない。

カミナリ
空間は繋がる
ことはない
赤ん坊がふたり
土手の上
自らがうまれた理由
について語り合う
(指と指で触れ合う)
前日は雨でしたから、
泥濘
足をとられ
身動きはできない

数百年昔に、この土地を耕したであろう農夫は、傷だらけの拳を天に向って突き上げて、
「お花畑はどこですか? ワタクシにも神話を教えてくださいな。 ワタクシは空腹なのですよ。」と叫んだので、次の日はやはり雨なのでした。

赤ん坊が積み上げた、世界の誕生にいたるプロセスはすべて流されてしまったから、ぼくたちはカミナリを知らないし、知る術も持たない。赤ん坊を抱くこともなく、神話から削除された たくさんの母親たちは、それが世界からの虐待だと知ることもなく、見てくればかりが鮮やかな花々の命を奪い、いつかは枯れてしまうアクセサリーを量産した。彼女たちは、自分たちが奴隷であるということさえも知らないで。

(ぼくたちは、それを生産性のある自慰だと信じてやまなかった。そのために眠ることさえもできないから、呪われているのか?)

どのような形でも
語られることのない
階段をのぼりはじめた
目的地へ辿りつくまでの
間に向き合うであろう
たくさんの生命は
カミナリによって
失われました
ぼくたちは明日また
生まれるの
でしょう


交差点では、飲酒運転男が罪のない子どもたちの人生を奪いました。それは嵐の日でした。形を留めていない子どもたちのからだは、ちに染められて、そのすぐ傍では、無数のアルミ缶が転がっていたのだろうか。昨夜の性交は決して、その子どもたちのためではなかったのだけれど。男の酔いは覚めることもなく、明日からは労働者として、子どもたちのいない世界へと帰っていくのですか。彼はカミナリのお話を知るはずもなかった。つづりはわかっていても、発音することのできない言葉を、いくつもの言葉たちを、駅のホームに落書きした。湿気を含んだ、チョークの粉は幸せの象徴ではなかったのですか。

神話は
ある日
知らず知らずのうちに
創り出された
それでもカミナリを
知る人はいない
(彼らは神話から
 削除されました)

世界でももっとも有名な神話の中のひとつでした。たしか、雨は止んではいませんでしたが、快速電車が、だれかのビニール傘を八つ裂きにした光景をぼくは忘れない。だから、思い出す必要もありません。生きるための方法など、なにひとつありませんでした。奴隷であることを認めること、認められること、それだけは忘れてはいけないことでした。

一家はみんな死んだので、あそこは空き地になった。だから、もうだれも住んだりしないでしょう?(生命は芽生えません、ね。)それが、カミナリの神話だった。カミナリの神話にはカミナリが一切出てこないらしいのだけれど、それは、思い出さなくてもいいからで、ちょうど快速電車のように。ぼくたちは、明日も生きているから。となりには愛する人がいて、それだけでじゅうぶんでした。ぼくたちはだれも神話を知らない。

* 掲載にあたり、原題の丸数字を「(1)」に置き換えました


ラッターナ・プーロ・プット(ラフ=テフ外伝)

  ミドリ



ぼくがこの素晴らしい海をみつめていると
カンガルーの船長があらわれ
彼はぼくがいることに気づかぬ様子で
一連の天体観測を始めた

一息つくと
彼は照明の真下のテーブルに肘をついて
じっと 夜の海を眺めていた

ハイランド号の数名ほどの水夫たちが
けたたましく甲板を昇り降りする音が 外で聞こえた
ナムジー海岸に近づくと
曳網が船上に巻き上げられた
それはトロール網の一種で
大きな袋網が
一本の浮桁と下網とを繋いでいる鎖とで
網は 口が大きく開かれたまま船上に引き上げられる

我々はもうすぐ運河に入るよ
カンガルーの船長は
横目でチラッとぼくを見ていった
ハイランド号は運河に入ると間もなく
スクリューの推進力と潜水翼を傾けながら
運河の底に船体を沈めていった

この海底には
5億艘の幽霊船が沈んでいる
カンガルーはアメリカンチェリーとボルドーを片手に
ソファーに深々と腰を掛け
葉巻を吹かしながらいった

ナムジーの街の人たちは
この事実について知らない

君にはこれから大事な仕事に取り掛かってもらう
濃いサングラスを咄嗟に掛けながら彼は ぼくにいった
海洋学者のモリッツによると
このナムジー海岸一帯は 特殊な地形を成していて
その海底には
人間の暮らすことのできる肥沃な大地が広がっているという
伝説だよ
カンガルーは少し上ずった声でいった

それはぼくの専門外ですね
論文を読んだよ
彼は科学雑誌を ぼくの目の前に放り投げてみせた

「ラッターナ・プーロ・プット」

それは古代語で”青い大地”を意味する
運河の底は完全に闇に閉ざされていた
スクリューの不気味な回転音だけが
ぼくらの沈黙を見守った

海底に流れ出した火山灰
溶岩の絶え間ない堆積
海面に噴火山が出現し
地殻変動を示す 絶え間ない海鳴りが今も
このナムジー海岸沖を異常な振動で揺るがすことがある

「船長」

何かとてつもない夢想に耽っていたカンガルーが
ハッと 我にかえりサングラスを外すと
ぼくはすッと 彼に手を差し伸べていた
カンガルーも強いグリップでぼくの手をギュッと
強く 握り返してきた


きんぴらごぼう

  まおん

 まず土の付いた皮をこそげる

泥の匂いがたちこめる
皮が排水溝の網の目に詰まる
ずっと、苦手だったこと
ごぼうって
山の麓の茅葺屋根の色 
もみじ を口ずさんでいたら
瞼に浮かんだ

 ささがきにする

この作業がどうも、ね
母は白い手が冷たさで真っ赤でも
おかまいなしに
しゃっ しゃっ しゃっ しゃっ
今は私も冷かろうが熱かろうが、動じることはない
ただ、無彩色な過程の前では
まだ子供のままだった

 鍋で人参と炒め煮にする

母と食卓を共にした
私が煮物を出したら
きつねにつままれたような、顔
他でもない、あなたがやっていたことにすぎないのに
やっとわかった
彼女が歩いていた場所は 
「人」という名の動物の営みの場所だったのだ

 水分が煮詰まってくる

大地の裏側で栄養をいっぱいにした
草の根を
食べやすく味付ける
女が、きんぴらごぼうを炊く
ただそれがそこにいる理由
自然の営みとして

 食卓に並べる

息子が選ぶだろう、女性
(咲いたばかりの菫のような)
きんぴらごぼうを
炊ける人だろうか


夕陽に染まった 茅葺屋根の色の


  田崎

私は摩周湖で幽霊を見た

青い光輪に切られる
蜜の溜る枝の下
多重な声の挨拶が響いた
幽霊の記憶は肌の白
幹の青黒さを激しく汚す

幽霊は私にとって
小海老の腹のように
欲を抱かせるもので
埋葬の音を
聞き取るほどには
私は子どもではなくて
指で一杯の青を咀嚼して踊る


(私は(作り話が巧いのだから)
見えるものを信じてはいけない
((たとえば)幽霊が(私の)愛する)人でも
そんなことは(私の)視覚が間違っている(から)
((けっして)そのまま)信じてはいけない))
私の((作り)話や)言葉は)
私を(さえ)騙すのだ)(から))

幽霊を少しずつ湖から逃がしていく

文学極道

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