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2007年02月分

月間優良作品 (投稿日時順)

次点佳作 (投稿日時順)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


白の誕生日

  みつとみ

二月十三日、
雪が降るのを、
自室で待つ。
母から贈られた、
防寒コートをきて、
窓の向こうから、
薄い光がさしている。

コートの上に、
毛布をかぶり、
書いたばかりの、
自分の手紙を読み返す。
ひとりで、
グラスについだ、
リキュールを飲む。
冷めた空気が、
わたしをつつみこんでいく。

十年前、
わたしの上に、
降り注いだ雪は、
決して美しいだけの、
冬の情景ではなかったが、
ハクレンガの屋上から、
地平につもる雪を、
震えながら、
見つめつづけていた、
二十歳の誕生日。
それでも待っていた、
雪はまだ降らないのかと。
暖房をいれずに、
生まれたときと同じように、
雪が降りつもらないかと。

二年前からある、
パソコンの、
インターネットをしていた、
ディスプレイの脇、
(会ったことのない)
文通相手から、
はやめに届いていた、
チョコレートの、
紺の箱を、斜めにたてる。

そばの、
CDコンポから、
静かに音楽が、
エンドレスで流れ、
白い封筒に手紙を入れる。
二年前からあるパソコン、
昨夜、ネットをしていた、
(だれの顔も見なくてすむ)
ディスプレイ、
ワープロソフト、
点滅するカーソルを、
しばらく見つめつづける。

わたしは、
この身につもる、雪を待つ。


共有地/インターセクション

  コントラ


遠くなる
日差しをはじく
アルミ屋根の集落と
陥没したアスファルトの
水たまりに映る
草の根の

においを含んだ空気
錆びたバスは三車線のインターセクションに
横づけになり
ガードレールが雨に濡れている

共有地を背にしている
あの娘がくれた
ビーズの飾りと
飴玉の入った紙袋

フロントガラスが映す
熱帯の植生は
青ざめていて、深い

バスに乗ってあとにした
農道脇のターミナル
と、雑居ビルが交互配置する
首都の
三車線の
排水構を埋める
灰色の雨水と
とうもろこしの芯

記入された住所、たとえばある場所に
住んでいることは、輸送によって、液
状化され、かくはんされ、梱包された

ラベルの消えた炭酸水
を買い、手のひらに小さなコインを受けとる
よごれたブラウスの売り子が
俯いている
雨に濡れている
三車線のインターセクション

思い出すことは
いくつもの合流/分岐と
湿っぽい首都のコンクリート
輸送されることが
生の表質に
未分化の日程を
書きこむとすれば

朝は夜になり、夜は朝になり
タイル張りの床で
ハンモックに揺れらているあの娘は
ガラス窓の鉄格子に
星空が流れこみ
寝息をたてている
雑貨屋の二階、の薄闇

から、夜行バスで着いた、早朝の
インターセクションで
バスが横づけになった
三車線の
雨上がりの、朝

くもったガラスの外では
砂袋を担いだ
共有地の男女が
首都のあちこちに散らばる作業所へ
音もなく、移動している


ナオミから もう一人のナオミへの手紙

  ミドリ

ナオミ
明日の午前11時に成田まで
誘拐犯があなたを 迎えにいくから
電車賃も忘れずに
ちゃんと早起きしていくこと

それから東京中の名所を リストアップして
メモにして渡してあげること
そして彼の好物はコロッケ
もんじゃは厳禁
だって彼は生粋の関西人なのだから

雷門とかで記念写真を撮りたい?
それもダメ
彼は札付きの写真嫌い
それに
ナオミを誘拐したことへの 足がついちゃう
わたしたちは彼を
警察に引き渡すわけにはいかないの

それから彼に会っても
恋に落ちちゃダメ
たとえ1ミリだってダメ
彼はバナナの房から
まるで見境なく一本丸ごと
ぺロっと皮でももぐように食べちゃうような
女ったらし

いい?
成田に着いて
青いパパイヤのスーツケースの
背の高い
陽にやけたサングラスの
ハンサムな青年をみつけたら彼よ

軽く目でお辞儀して
黙って彼の後に ついていきなさい
パークハイアットホテルのスィート・ルームが
彼の部屋

ブラウスはなるべく 清楚な感じのものを着ていくこと
スカートのミ二とかは 絶対にダメ
それに生足も
トートバックと口紅も
落ち着いた色を選ぶこと

あした
わたしたちの彼が
あなたを誘拐しにやってくるから
そしてきっと何かの伝言のような
わたしたちの事件が
夜のTVニュースを賑わすはずよ

思いきり力をこめて言います
最近 コンパニオンの仕事を増やしているようだけど
もうそろそろ
よい年齢なんだし
それに明日からあんたは 彼の人質



       ナオミから もう一人のナオミへ かしこ


追伸 そして彼も わたしたちの人質


Blue Planet 青い星

  レモネード

裸身の雪が
ぼんやりとした
遠いほたるとなっておりてくるので

あまやかな
姉の匂いにみたされたまま
結露にぬれた窓の外をのぞく

(紙の野原で北風が笑っています)


雨の日のむかし
遠い海まで歩きました
一冊の文法のノートを携えて

(潮はどこまでもあおく満ちていきました)


はるのおわり
飼育小屋で震える
兎の目をしたぼくら
覚醒したまま
世界の消失点を
みつめて
生きて
水辺の音を聞いて
やがて母親のやさしさにとってかわる
やわらかな憎悪をいだきながら
いつか見た
深い夜明け
青いみどりいろは
とても淋しいいろを
していた



それでも
雨の日のむかしまで
潮は満ちてゆくのです

(音の郵便が誰もいない朝のランプにとどきます)


あけがたのように
かえってゆくぬくみにかえて
やさしい星のこぼれみずで
顔をあらう

[E ci siamo trasformati in nel gull]


月蝕

  蝿父


ただ
ただひろいだけの夜空を充血する程に
まなこを凝らしたら
はしっこの辺りに裂け目がうまれ
乳白色の貴方を呼んだのは紛れもなく私です


その仄かに薫る鎖骨は
芳しき母のようであり
ミルクのようでもあり
月長石を撫でてしまいたくなる欲望
貴方が血走って見えるのは私の気のせいでしょうか
勘違いでしょうか


潮騒が後退りをためらう海岸線で
まばゆく照らされた乳白色は心なしか青白く見え静かな寝息をたてています

私も添い寝したいのですが
なにせ寒さが身にしみるほど空気はうすく
不規則な口笛ばかりが貴方の眠りを妨げてしまいそうで
怖いのです

夕焼けが帰るべき後始末をそそくさと始めた頃に
乳白色だった貴方が大海原で漂ってるのが見えます

恐る恐る近づいてみました
どス黒いまだら模様から腐臭がして
悲鳴に近い口笛ばかり漏れてしまいます

そんなに哀願しないでください

私はいたたまれず針を刺しました
ガスが抜け深海へとゆらゆら沈んでいくさまは
あわれであり
ぶざまであり
この上ないせつなさ
おもわず手を伸ばした先に巻きついた情痴
あれよあれよと言うまに暗い其処へ
にやりと笑われたような気配に助かりたいと水面を見上げれば
バブルリングが昇っていきます
震える水泡は魚についばまれ
そのさまに
我を忘れて泣きました

みずの中で泣きました


よるにとぶふね

  haniwa

1.

男の精液ってさ タンク一杯の梅酒みたいだよね


タオルを集めていると香恵ちゃんがつぶやく


なにそれどういうこと

上の部屋に オーナーがおいてった梅酒があるんだけど
灯油タンク一個ぶんの
あたしそれいつも寝る前に飲んでんだけど まずくてさ
飲んでも飲んでもタンク一個ぶん残ってるんだよね

でもいつかはなくなるってこと?

そうそう ピロさんのこと思い出してさ


ピロさんは二年前のオープン当初からほぼ毎日
三階のビデオボックスに通っていた中年の男で
最初の数回を除いていつも香恵ちゃんを指名して
オプションのフェラチオをしてもらい
香恵ちゃんはいつもそれを飲んでいたという

だがある日 彼は射精できずに帰った
次の日は いくら頑張っても勃たなかった
その次の日 彼は香恵ちゃんと話をした
それは長い話で 延長を二回くらいする必要があるほどで
香恵ちゃんと彼の間で交わされた初めての会話だった
そのまた次の日 彼は来なかった
今日までずっと 来ていない

何を話したか香恵ちゃんはあまり覚えていないといった
ただ人生に関することだったような気がするとだけ

延長二回ぶんの
人生に関する会話

五階のタンク一杯の梅酒は
ようやく半分になったらしい




2.

一階の案内所には
まだいくらか人がいたようで
鍵を持って階段を下りた僕に
ゴウくんが困り笑いをみせる


ちょっとまっててください


そういわれて僕は暗い階段の途中で待機する
階下からはピンク色の光が漏れている


   すいません もう閉店なんですよ
      ええ このビルは全店2時閉店です


階段の入り口から顔だけ出して
おわりました とゴウくんが声をかける
僕は階段をおりて ビルの入り口に鍵をかけにゆく

ドアを閉める瞬間 追い出された男の一人が
僕をものすごい形相で睨んでいるのが見えた
案内所のピンクの照明に照らされて それは
なんだか人間とは思えない 別の生き物に見えた

ゴウくんにそのことをいうと
ああそれはたぶん二時間ぐらいここでうろうろしてたやつかもしれない といった


おれが話しかけるのを待ってたのかもしれないですね


そうゴウくんはつぶやいた
僕は彼の話が長くなるのを知っていたので


じゃあ おつかれさま


とだけいって 上へ戻った

ゴウくんはマジメすぎるから
二年たったいまでも このビルに彼の話し相手はいない



3.

二階のキャバクラでも 洗濯機を回しているらしい
足下から ごうんごうんといううなり声が聞こえてくる

しばらくすると上からも 洗濯機の音が聞こえてきた
ヒロシくんが
しかめっ面でタオルを洗濯機に放り込む
その様子が目に浮かぶようで 僕はすこし笑った


いつも洗剤を二杯くらい入れちゃうんだよな
環境に良くないよね
ほんとはあれスプーン半分くらいで充分らしいんだよ


昨日洗った洗濯物を干しに 屋上へ上る途中
四階のルーム清掃をしているヒロシくんが そう声をかけてきた


でもやっぱ不安じゃない?
おれが客なら洗剤けちって洗われたタオルなんか使いたくないよな

そうだね
あ そういえばこの前貸してもらったやつすげーよかったよ

あー だろ?
やっぱディランは聴いとくべきだって

Jokermanとかとくによかった
なんか泣けてきたよ
いみわからんけどさ


そんな会話をしながら
洗濯かごを抱えて階段を上るタイミングをはかる
僕は
どこへ行こうとしてるのか
瞬間的に訳がわからなくなる
たぶん僕は
Like a rolling stoneと
Tangled up in blueが
ごっちゃになって
何をいいとおもったのか忘れてしまっていた


4.

Jokerman dance to the nightingale tune
Bird fly high by the light of the moon

おおおーおおーおおおーおおジョーカーマーン

やっと思い出したJokermanのサビの部分を
小さな声で歌いながら洗濯物を干していると
五階のタコ部屋の中でいちばん下っ端の
トモちゃんも洗濯かごを持って屋上に上がってきた


あ おつかれさまです
何の歌ですか?それ?

うるさいな
子供はさっさと寝なさい


ほんとに小さな 小さな声で歌っていた
自分の耳に聴かせるためだけの歌を
盗まれたような気がして僕はつっけんどんな態度をとる


ひどいなー
あ パンツとか干すんで見ないでくださいね

見ないよ
さっさと干してお休み
明日も早いんだろ?

いえ
明日はお休みです

そうなんだ
いいな
おれなんか一ヶ月休みナシだよ

へー大変ですね
さすが支配人

支配人じゃねえし
ただの洗濯係


そんな会話をしながら
物干し竿を埋めていく
白いタオルやピンクのタオル
白いブラやピンクのパンツ
白いキャミやピンクのドレス
でも夜だから色なんてわからない
周りを高層ビルに囲まれた
四角の夜空だけが見える
目をこらすと
星が見えないこともない
けれども
目なんてこらさない
いつもは


五階の洗濯機が脱水を始めたらしい
ごごごごごごごと 低いうなりが足に伝わる
しばらくすると 四階の洗濯機も
三階の洗濯機も
二階の洗濯機も

この小さなビル全体が振動してるようだ
小刻みに
何かをまわして
振り落とそうと


ふね みたいですね

なにそれ?

ほら スクリューの回る音とか
洗濯物とか 帆を張ってるみたいに
思えません?

そういうこというと
いたい人だとおもわれるから
やめたほうがいいよ 普通は
おれが詩人でよかったね

そうですねw
気をつけます
ほんとに今度リーディング連れてってくださいね

そうね
おれが休みのときな

あした行きましょうよ
あした水曜日ですよ

あしたって
おれは休みじゃないし

早起きしたらいいじゃないですか

むり
五時前には起きれん

あたし起こしますから

トモだって
暗くなるまで起きれないっていってたじゃん

がんばって起きます
絶対ですからね
というわけでじゃあ
あたしはもう寝ます
おやすみなさい


トモちゃんはいつのまにか空になった洗濯かごをもって
階段を下りていった

詩人といっても
もう読むべき詩なんか
なにもない
なにもないのだ僕には

しょうがないから
あしたは
ヒロシくんのディランのベストを又貸しして
かんべんしてもらおうと僕は思った

そして
タバコに火を付ける


洗濯物が物干し竿にぶらさがっていて
四角い夜空にはかすかに
星が



5.

ぼくらの船は夜に飛ぶ
単相交流モーターを回して
星明かりにかざす布きれのような帆
とどかない昼へむけた手紙
それは結局
幾光年離れた星々だけが読める
信号のように
”ボクラハココニイマス”
詩と呼ぶには短すぎる
”ボクラハココニイマス”


母のカルテ

  一条

母が喉につっかえてしまい、仕方なく近所の医者にかかることにした。症状を説明すると「まずは あなたのお母さんを治療するのが礼儀というものだ」と、医者は言った。妻の意見を聞いてみたい、とわたしが嘆願すると、医者はひどく迷惑そうな顔をした。//// あなた、医者の意見より、奥さんの意見を信用するつもりなのか、じゃあ、なんで病院に来たんだい、奥さんの意見が信頼できないからじゃないのかい、いったい、あなたの奥さんの意見にどんな意味があると思ってるんだ、奥さんの意見に、そもそも耳を傾ける気など本当にあるのかい、あなたの奥さんは今頃、ボストンバッグに汚れた下着をいっぱい詰め込んで、失踪する準備をしているというのに ///// しかし、妻とは、あいにく連絡がとれず、その間も、母はずっとわたしの喉を揺らしていた。とても息が苦しく、堪らず悶えてしまうと、「母親は異物ではありませんよ」と、医者は、わたしを嗜めるように、そして喉をぐいと両手で押さえつけた。 //// ほら、私の言ったとおりじゃないか、今頃、あなたの奥さんは、ボストンバッグに汚い下着を詰め込むのに飽きて、それをそのままにして、あなたの家から出ていったよ //// もう、妻の話はよしてください。私は、母がつっかえたままの、喉から声をふりしぼった。//// ああ、あなた、やっと認めたのだね、もう、奥さんの話はよしますよ、だって、最初から、あなたの奥さんと、あなたの母親は他人なんだから ////「いいですか、あなたは少しも病気じゃないのです」と医者はわたしを睨みつけた。それでも、つっかえた母はわたしの喉をしつこく揺らし、わたしの声は震えた。医者は、ますます強圧的になり、頑丈なロープでわたしを治療台に縛りつけ、わたしの喉をメスで切開した。わたしは、いよいよ声を失った。 //// だけども、やっと、ぼくの喉から、出てきてくれたんだね、お母さん、ぼくです、あなたの息子です、覚えてくれていますか、ぼくは、お母さんの声を、忘れちゃいないよ、 //// 薄れていく意識の中で、母と医者の談笑が遠くに聞こえた。近頃の若い者ときたら礼儀というものを知らな過ぎる、先生の仰る通りですわ、おほほほほほ、とわたしの母は下品に笑い、そして血まみれの体をタオルで拭っている。せっかく、つっかえがなくなったわたしの喉なのに、医者は、それを縫合もせず、ただ、そこから息は、すーすーと漏れ、 //// ほら、馬鹿みたいでしょ、この子、ええ、正真正銘の馬鹿なんですよ、とにかく、産まれたばかりのころから、馬鹿な子でねえ、先生、私、本当に後悔しているのです、産まなきゃ良かったのよ、ええ、文句があるなら、何か言いなさいよ、けっ、けけけっけけけけけけけっけけけっけっけけけけけけっけけけ、けけ、けっけけっけけっけっけっけっけ、けけけけっけけけけっけけけけけっけけっけっけけけっけ、けけっけけけっけけけけっけけけけっけけけけ、けっけけっけけけけけけけけ、け、け、け、////  と、母はわたしを汚く罵り、医者は、わたしの、わたしの血まみれのカルテに異常なしと記した。


赤い櫛 

  袴田

  あたしに痛んだ赤い櫛を 誰も近寄らない路地に捨て 誰にも拾われないために髪をからませ 青草などぱらぱらとまぶしておくと 見あげる細長い青い空は 色見本の短冊のように美しすぎて 眼差しで色をはじいてしまえば ぺらぺらと軽々しく剥がれて 私の首に落ちて絡まってきそう あたしその無色を支えようと いつまでもあたし たった一度の瞬きができないでいた、

  生まれたからには生まれた時より 少しでもましな人間になって死にたい だって てめー そうは言うけどよ 考えてもみろ この現場で足場組んでる奴ら みんな堅気の人間じゃねえよ さっき飯場で汗拭ってる時 背中に彫り物があってよ 龍がこう 首を持ち上げてよ 赤い舌出してよ オレのこと こう睨みやがってよ 奴らの背中 血が通ってねえよ 奴らがまともに板組めると思うか 奴らに命預けてるんだぜ 前の現場でよ 落ちた奴いてよ ボルト何本か抜いてあってよ 死んじまったよ まったく ひでえ話もあったもんだって そんなんでよ ましな人間になる余裕なんて あるわけねーべ オレのコレに赤んぼできてよ オレだって今 大変だけどよ、

  子供と視線の高さを合わせることが必要でしょうね 怯え という膜が 子供の心の表面を覆っていまして 何かに触れた時にそれが震えてしまう 破れてしまうことがあります いや コーヒーはもう結構ですから 胃を悪くしますのでね それで 視線の高さを合わせるというのは 別に意識の問題だけではなく 実際に姿勢を低くして 中腰とか片膝をつくなどして 子供とあなたの眼球の位置を水平に保つようにすることです この力の均衡が先程の膜を 穏やかな状態に保つのですね 静かな湖のように像を結ぶのですね 子供はあなたが考えている以上に 瞳の暗闇をよく見ています 暗闇に映る自分の姿を見ています ああ お茶を頂くことにしますよ どうかあまりお気遣いなく しかし暑いですね毎日 やっと五月だっていうのに、

  膝を折って光を避け 首を折って湿った苔を爪で削り パンプスの先端に擦りつけると 青臭いだけの気流が生まれて 無遠慮に首筋へ滑り込む気配がして しばらくあたし たった一回の呼吸ができないでいた 無計画に並んだ室外機がビル風でカラカラと回り 回りそうで回らない羽根があってもどかしいので 唇を尖らせて息を吹きかけると キャベツの葉っぱのように重たくて このまま今日は回らないつもりなのだろうと諦めていたら 突然勢いよく回転し始めるので 青臭い匂いは千切れて消えて あたしの爪の中にだけ深い緑となって残った、

  そういえばよ あのマンション 全然買い手がつかないらしいんだ そうそ あの横長の 白い建物さ 珍しいべ 東京23区でよ 駅から近くてよ まだガラガラなんだって 気持ちわりーな スカスカのマンションて なんか気持ちわりーな たまにあるんだってよ エアポケット っつーのかな よくわかんない理由で人が住みたがらないマンションがあるんだってよ てめー どうよ あそこ絶対お買い得だぜ 辛気臭い顔してないでマンション買っちまったらどうよ 今のアパートよりましだべ かみさん喜ぶべ なあ 今よりましだべ オレが? オレは駄目さ オレ コーショ キョーフ ショー だから 駄目なんだオレは コーショ キョーフ ショー だからよ、

  放熱するモーターの唸りが聞こえてくると ここはもうあたしの領域ではなく それは赤い櫛にふさわしい騒々しい情動のはしくれで 切り取っておくべき余計な部分として存在して どこかに寄せ集めて放っておくより手立てがないみたいで ああ なんだ あたし息してる 寄せ集めたら息してる でも瞬きができない、

  ところでご主人は銀行にお勤めでしょう いえね 本棚に金融関係の専門書を見かけたものですから たぶんそうだろうと では ご帰宅はいつも遅いでしょう お子さんと顔を合わせる機会があまりないでしょうね 私だってそうですよ 平日は子供の顔なんて見たことがない 土曜日に一週間ぶりに再会しては お互いの安否を確認しあうといった感じでして 勿論そうですね その時も 目線を合わせてお互いがお互いの瞳に映っているかどうか きれいに映っているかどうか 確認するわけです いえね 実は妻とは死別しましてね 早いものでこの五月で もう七年になりますが まだ赤ん坊だった息子を残して 逝ってしまいましてね、

  いや 奴が落ちたのはあのマンションじゃねーよ 別んとこでさ そこはちゃんと全部売れたってさ 結構死ぬんだぜ現場でさ そんなんは隠すにきまってっからよ みんな知らねーで買うわけだけどよ だからって関係ねーよ そんなんは気持ち悪かねーよ たくさん人間住んでんだから さっきもいったけどよ スカスカのマンションが 気持ちわりーのよ そんなの建てちまったらオレ この商売やんなるね なんかでっかい墓でも建てたみたいでね あ ほら見てみろ あいつの背中に龍がいるんだぜ 雲の上に長い首だしてよ 赤い舌べろんと出してよ 汗かいても冷たいんだぜ あの背中は ほんと気持ちわりーよな、     

  ちょっとそこまで と言い置いて部屋を出たわりには あたしはとてもきちんとした身なりをしていて どこに出しても恥ずかしくないから どこまでも行くつもりでいたのに 案外近くであたしは諦め 髪をほどいてばっさりと背中に落としたら急に 広い道は歩けなくなって何だか 整えたいものがあるような気がして 体ひとつぶんくらいの路地に嵌まり込んでみたのだけれど 薄い胸が空間を持て余してするすると あたしするすると入り込んでしまい ああやっぱりどこまでも行けるのだ思っていたら ここから先 私有地です という看板に遮られて ああやっぱりあたしそのへんまでしか行けないんだと諦め そういえば整えたいものがあったんだと 手鏡を鞄から出して襟元を直して 手櫛で重たい髪をとかしていたら あたし何であの赤い櫛を使わないんだろうと思い出して 暗い場所で冷たい胸元に手を突っ込んで長い時間 赤い櫛を探していたんだっけ。」」



スカンジナビア

  宮下倉庫


オーロラをめぐるスカンジナビアの旅。学生の冬休みや、社会人の年
末休みの時期を避けて、と思っていた。だからこのタイミングで、北
欧の氷河に日本人の、おばさんの一団が大挙しておしかけていたのは
まったくの誤算だった。彼女達の姿形はまちまちなのに、みな一様に
フラフープを持参している。

今の会社に勤めはじめて丸5年になる。そして今3回目の休職期間を
過ごしている。ポンプのモーター音、水草と砂。青白く輝く水を湛え
た水槽が、窓のない4畳半ほどの小部屋を淡く染めている。机の上に
はボールペンとわずかの紙片。人事の黒田さんはやんわりと退職を促
している。壁の向こうの毛羽立った空を思う。両手で掬うと水は思い
のほか冷たい。部屋の壁では熱帯魚のグラフィティが回遊をつづけて
いる。

旗を持った添乗員と思しき男性にたずねる。これはいったいどういう
ツアーなんですか。男性は答える。「オーロラの下でロマンティック
痩身ツアー」なんですよ、と。オーロラを見上げながらフラフープ、
感動ついでに気になる腰周りの肉をシェイプアップ、そういうことら
しい。まったくいかれた話だ。

出張とか外回りとか、そういう役回りがなるべく少ない仕事がいいと
思っていた。ところが辛うじて滑り込んだ今の会社で待っていたのは
正反対の仕事だった。毎日のようにあちこち飛び回って汗水を垂らさ
なければならないうえ、たまに会社に戻れば、山のような書類の処理
と、こと細かな報告書の提出を求められた。いろいろな場所に行けて
いいじゃないかと言う人もいたが、ぼくはいろいろな場所に行きたい
なんて微塵も考えたことがない。

SUUNTOの腕時計が21時を告げる。やがて空にぼんわりと幽霊のように
現れ、うねり、形を変えるものがある。オーロラだ。寒さを忘れ、ぼ
くはそれを注視する。その動きは次第に大きく、強くなっていく。す
るとおばさんの一団も、ここぞとばかり一斉に太い腰をうねらせ、フ
ラフープを回しはじめる。歓声とも嬌声ともつかない声がスカンジナ
ビアの氷河に響く。オーロラはあられもない奇態を現しはじめる。

やがて体のあちこちに変調をきたした。心因性の抑うつが原因だろう
と言われた。ところが社長は精神論の信奉者で、上司はぼくを厄介者
とみなしている。内勤を希望したがそれも叶わず、2回・3回と休職
を繰り返し、結局今こうしてぼくはスカンジナビアにいる。オーロラ
を見る、ただそれだけのために。日本に戻ったら、退職願いの書き方
を調べてみるつもりだ。

真っ白い息を吐き出しながら、首が痛くなるくらい空を見上げつづけ
ている。オーロラのフラフープが止まらない。おばさん達から流れ出
た汗は奔流となり、雪解けよろしく氷河を溶かしていく。ぼくは足元
が崩れていくのを感じている。いつのまにかぼくは一団の先頭で旗を
振っている。こんなに旗を振って、ぼくはこの一団をどこに導くつも
りなんだろう。

もう潮時だろうと思う。不要な汗を出し尽くし、おばさん達の腰はく
びれにくびれ、みな砂時計になって佇んでいる。ひとり、またひとり
と、持ち時間を使い果たしていく。やっと静かになったスカンジナビ
アに、さらさらと音をたてながら、砂が時を刻んでいく。そして最後
のひとりが砂を落とし尽くした瞬間、足元が音もなく氷解する。遠ざ
かっていく空に光の輪が見える。氷河の下では輝く魚達の群れが回遊
している。青白く、ただ青白く染めて。小部屋のドアを開けて黒田さ
んは、誰もいないことを確かめてから施錠する。


遊ぶ、夜

  田崎

主観の青がりが、無慈悲に生まれて
花を擦りぬける、温みは円い
片一方の足が、線香みたいで
不恰好だ
何もしらないので、わからず
分からないので、悔いない
切れかけた、街灯が
弛んだり、ふざけたり
たのしい
体温は、もう
どうでも好いので
はやく、心臓のおとで
はやく、安心したい
風が鳴っている、夜にふさわしく
きれいな、おと
まだ、すこしもじゅんびできない
風が鳴っている、夜ににつかわしく
きれい、なおと
宿題が蒸発した、そのそらが
みごとな紫に光り
あてどもないのに、わたしはそまり
私でなくなった
そうすることを仕組んだのは、私ではなく
わたしの通ったあしあとでも、私のほころびでもなかった
ただ、夜は紫で
わたしは夜を遊んでいた
そうやってどうしようもなく
夜がふける


のろみちゃんの戦争

  中村かほり

/18月39日、あたしは南西町で暮らすことになった。2年前から戦争はつづいているけれど、そこは比較的安全と言われていた。
/この町では、生産性のある者は白い服を、そうでない者は黒い服を着なければならなかった。町役場にあたしの生産性が認められたとき、だからあたしはお気に入りのピンクのスカートや鮮やかな虹色をしたマフラー、喪服を捨てなければならなかった。
/あたらしい家の前の通りには、花がたくさん咲いている。赤い花。青い花。黄色い花。紫色の花。あたしの部屋の窓からは、のろみちゃんのうしろすがたが見える。のろみちゃんは南西町で、ゆいいつ黒い服を着た女の子だった。
/のろみちゃんは毎日、毎日このお花畑にある花を摘みつづけている。のろみちゃんの足下には、赤い花、青い花、黄色い花、紫色の花がいつも散乱していた。どうして咲いている花を摘んでしまうの。一度だけ、聞いたことがある。「わたしには生産性がないから。」のろみちゃんはこちらを見ずに答えた。あたしはのろみちゃんと友達になりたかった。だから、のろみちゃんのうしろすがたを見つけるたび、外へ出た。
/21月4日、あたしがこの町に来てから、はじめて空襲警報が鳴った。子どもたちは母親に手をひかれ、家の中へと急ぐ。あたしはその日も、いつものようにのろみちゃんが花を摘む様子を見ていた。簡単な音楽が鳴り終わるころには、あたしたちのまわりには誰もいなくなってしまった。
/のろみちゃん、空襲だよ、はやく帰ろう、誰もいないよ。あたしが叫んでも、のろみちゃんは花を摘みつづけている。赤い花。青い花。黄色い花。紫色の花。人さし指、中指、茎をはさんでひきぬく。場合によっては花びらをちぎる。のろみちゃんの小さい爪。こちらを決して見ない。
/どんなときでものろみちゃんが花を摘みつづけられるのは、ポケットのなかに爆弾をしのばせているからだと、あたしはとっくの昔に知っていた。黒い服を着た者に南西町から爆弾が支給されること、あたしたちには知らされないけれど、路地裏ではあたしの生産性を妬んだ男たちがいつも爆弾をちらつかせていたから、つまりそういうことなのだと思う。
/これからものろみちゃんは毎日、毎日花を摘みつづけるだろう。爆弾の重み冷たさを感じるたび、赤い花、青い花、黄色い花、紫色の花、花を摘みつづけるだろう。それが爆発の可能性を十分にはらんでいても、花を摘みつづけるために、のろみちゃんはからだで爆弾を隠す、守る。
/あしたもあたしは、のろみちゃんの様子を見る。このお花畑の花をすべて摘み終えるときが、のろみちゃんの爆弾を爆発させるときなのだと思う。たとえ誰も爆発に巻き込めなくても、それがのろみちゃんにとっての正しい戦い方だった。
/いつかのろみちゃんが死んだとしても、あたしはお葬式には行けない。生産性のあるあたしは、南西町に住むかぎり、喪服を着てはいけないのだから。


剥き海老

  袴田

海老の背綿抜く 
あなた どこのひと
こんなに並べてしまって
今夜は果てしなく
召しあがるつもりですか

あいにくの断水で
(ほら 蛇口から遠いせせらぎが 聴こえてくるでしょう)
手を洗うことは叶いませんが
盥に水を張ってあるのは
ご存知でしょう 勝手口のよこに

そのクロッカス 造花だと
教えませんでしたか
植物にしてはすこし
瑞々しすぎるとあなた 
茎を撫でていきました

海老の足毟る
あなた どこのひと
足のなかに手が何本かあると
今夜はずいぶん丁寧に
えりわけていくのですね

あいにくの断水で
(ほら 蛇口からせせらぎの匂いが 洩れてくるでしょう)
お茶の支度もままなりませんが
喉をうるおすのなら何か
果物でも切りましょうか 戴き物があるので

そのクロッカス 生花なら
早春に花を咲かせるそうです
寒さに強いので冷えた
あなたの帰るすみかに
植えてもきっと咲くでしょう

盥からひと掬い
あなたは 水を運んでくる
あなたの 椀にむすんだ手のなかで
あなたに 背綿抜かれた桃色の
海老のからだ 
きれいにあらって
見逃されたかぼそい手足
きれいにもいで
あなたが剥いた順に
きれいにならべて
透きとおった海老の整列を
あなたとしばらく眺めていた

あいにくの断水で 
あなた 留め置く
じゅうぶんな水を 調えられず
あなた 勝手口から帰っていった
盥の水で 足の汚れをすすいで
冷たいすみかへ 帰っていった 

そのクロッカス あなたから
戴いたような気がします


反ブルー

  稲村つぐ


砂まみれの指は
ずっと、月夜の中心へ巻き込まれたまま
未完のミサを奏でるために

手向けてきた花が
揺れている
細かくも入り組んだ、それは
出航するための固い岸辺

沖では生まれたばかりの波間が
繰り返し、繰り返し
どれも異なる言葉で挨拶を済ませて
いまとなっては合図とも知れず、報告とも届かず
頭上を浮かぶ無数の鳥の
鳴いたのは一羽だけ、たったあの一度

太陽も、息を吸え

積乱雲を連れた体温
マイナス
呼吸
胸骨を展開させて
割る
太刀魚の列
イコール
月齢の記憶
パーセントで
分厚い青の層は
達するより先に、すっと開き
体を飲み込んでは静かに閉じていく

無音の、圧縮が行き渡る
その下降する指先を、始終を
いま死んだばかりの貝が底から見上げている
渦巻き模様の拡散で
黒ずんでくる像を取り込むように
そしてまた新たに放ちながら


まなみのハーフコート

  ミドリ



ハーフコートのポケットに
両腕を突っ込んで
まなみは神社の中を
ぐるっと一回り 散歩する

鳥居をくぐって石段の
すぐ奥がお稲荷さんだ
1月の風は穏やかで
住宅地の匂いを ここにも運んでくる

この近所にある
老舗の和菓子屋の三代目が
まなみだった

「モカをもう一杯下さい」

よくランチを食べに来る
まなみの店の
常連の青年

彼女はにっこり笑って
灰皿を取り替える
小さな粉雪が
街に降りだした

テーブルの一番隅っこに
座っていた その青年が
読んでいた新聞を斜にして
窓の外に 雪をみる

「いつもこの席ですね」

まなみが声を掛けると
タバコに火を点けた青年が
まなみを見つめて言った

「ここが好きだから」

えっ?て
尋ね返すまなみに
青年はタバコの火をボウっと
大きく膨らまして 
また言った

「この場所が 好きだから」


夜の舌

  ジンジャー

半乾きの毛先が
とがって
頬にぱらぱらとあたる
静脈が透きとおって 
そこだけ

あかくなる
遠い夕立の深夜
あなたのお母さんが運ばれた
病院の丘から
見渡せるシーツの上で囁いた
伏し目がちな
ぼくの腕
泣いているように笑うあなた深くに
肌を埋めこんでいった
ふ、と
夕暮れの色素に
染まって

浴室の壁が冷えて
ぼくから削ぎおとしてしまった
つやつやの毛が
ぼやけたタイルの
白い目地にはりついていた
夜の蒸気が
排水口にためこまれてある

明け方までにはそっと
蒸発してしまおう
病院の窓から虚ろな重いものが
じいっと、見つめているのを知ってる
いまなら飛べるから

小さな震えに訪れる
腕の中で息づいたぼくの少年性を
あなたのドライヤーは
つるりとはぎとってしまった
石鹸の泡で隠したかさぶたの
血漿のしたたかさを
柔らかな夜の舌が
おさえつけているうちに

しめった肌の表面に
閉じ込められたぼくたちの
祈りに似た震えが
乾いた喉を潤そうと
背中から滲みだしてしまい
肌と肌の隙間で
ばらばらの骨になる

ほたるの触角のような
時折ひかりだす鎖骨の
半透明を
シーツの上でぶつけあう
カーテンレールのきしまない夜
あ 流れ星、と
暗闇とビロードの後ろで
発光しだしたぼくたちの記憶は
窓ばかりを気にして

夜の
舌に絡めとられる

あの丘から見渡せてしまう
太陽がのぼる
までの


父親

  シンジロウ


お父さん

この街は可笑しいですね
みんな 他人なのに
つとめて他人のふりをしている

ほら 誰かが10円玉を落としても
誰も声をかけない
「落ちましたよ」 と言って拾ってあげても
他人でいられるのにね

お父さん

僕たちは可笑しいですね
他人じゃないのに
他人から始めなければならない

だから

駅での帰りがけに
背中からやっと言えました

「お父さん」


ミドリの影 (1)

  tomo

 
 転がり落ちている慰安を踏みつけながら
 私は冬の陽が射しこむ空の影の中をあるいていた
 青年がうつむき加減につぶやいた
 ロバート・プラントをロバータ・フラッグと間違えてしまった
 ロンドン帰りの留学生はこうして音大生の彼女にふられた

 深爪が化膿する恥しらずの時がめぐり
 ごじかん前にのんだ幻聴のくすりが切れ始めた
 とんでもないことだわとんでもないこちだわ
 あした着く筈の新しい服がいつまで経っても届かない
 靴底ごとに戸籍が変わって私は動けずにいるというのに


Save me, SOS

  一条

CNNを見てると
外人が、こんなん手抜きやわって言うてた英語で
なにが手抜きなんかしらんけど
外人的な発想で日本人批判だと思われたので
チャンネルをふたつずらすことにした
でもさっきのCNNの外人が気になって
ふたつもどした
やっぱり、こんなんまったくの手抜きやわって言うてるあいつら英語で
日本人のどこが手抜きやねんって思いました日本人的な発想で
チャンネルのことはあきらめて
ボリュームのことにした
音をちいさくする
口の動きからして、2回に1回くらい手抜きって言うてる
もちろん英語で
コマーシャルがはじまった
GAPというふくやさんのコマーシャルで
白いのと黒いのがダンスしながら踊ってた
黒いのは、ダンスしながら踊るっていったいなんやねんって顔してたけど
白いのは、一生懸命ダンスしながら踊ってた
それからGは真ん中に移動して
AとPがはじっこでおもんなさそうにGのダンスを見てる
あれ、チャンネルがずれてる
よーく見たら、それはBBCやった
タヌキみたいな外人がダンスしながら踊ってる
CNNがBBCになって
手抜きがタヌキになった
これで日本人が外人になれば
おれの残りの人生が4個から3個になる


開閉

  Ar

窓の向こうの
外の
もっと向こうの
高いところから
耳の奥で音がする
びゅんびゅんと
私のまわりの
例えばバイクにかかったビニールや
隣のお寺の柳の幹までを
飛ばそうとしている
休日

私のからだといえば
まわりの温度より多少低くできている
指の先は(ひとさし指)
干からびてきていて
毎夜 クリームと水分が滲みこむのを確認して寝るけれど
朝を迎えるとともに
外の気温に合わせてからだは
冷えていくので
ひとさし指も元に戻る

こどもはもうしまわれている
木陰の笑い声を踏みつぶしに
たくさんの大きな足たちが
そのあとにまだやわらかい耳元へ囁く
「いいこはもうねるじかん」
私はずっとずっと
瞼を降ろせないでいる

春の雪が積もっていく
耳の奥は 教室であったり、電車が通ったり、地下室がひろがっていたるする
ちかちか点滅しながらちぎれ
ももいろに染まり
私の内臓をとかしていく
日差しだけでは
もうあたためれない
少しでも口を開けたら
私は溺れていくだろう

もしもあす
正しく過すことができたら
風も私の思いの
ままかもしれない
干からびている指も
吹き飛ばせる

高いところからのあおりに
いっとう背を伸ばしてみながら
わたしは
明日の天気を気にしている


寿司屋水族館

  黒船

朝日が眩しい。すがすがしい朝だ。
俺は早起きしてパチンコ屋の開店を待っている。
平日の朝だってのに、こんなに行列できちゃって。平和だねえ世の中。
今日はパチンコ屋『Dragon』のイベント、“海の日”。“海”が激熱の日だ。
パチンコなんて爺さん婆さんのやるもんだが、今日だけは打っとかないと。
昨日スロットで3万負けたから、勝たないとマジやばい。今月生活できない。
猛烈な寒さの中、俺はお気に入りの戦闘服、シルバーのジャケットに身を包んで震えている。
早く開け。早く開け。早く開け。早く開け。タバコの吸殻を踏み潰す。

道路を挟んで、パチンコ屋の向かいのビルに、ここら辺じゃ有名な寿司屋の看板が見える。
なんでも、店の中にデカイ水槽があって水族館みたいなんだと。どうせ高いんだろ。
そうだな。今日大勝ちしたら、寿司でも食って帰るかね。“海”だけに。たまにはいいだろ。
たまにはね。
「いらっしゃいませー。開店になりまーす。」
始まった。俺は爺さん婆さんを押しのけて中に入る。釘の甘い台。甘い台。・・・獲った。
汗だくのおっさんが俺の右隣に座る。「ハア ハア」うぜえな。口臭えよデブ。戦いはそこに座った時点で終わってんだよ。お前の席には地雷が埋まってる。気づけよ。
タバコの煙でおっさんの悪臭を誤魔化して俺は戦闘モードに入る。
スロットのような緊張感はないが生活かかってるし、集中しろ。集中。
千円で30回転。この台はいける。二千円で60回転。いいぞ。三千円。魚群発生。
銀の玉が溢れ出す。連チャンモードに入ってもう止まらない。マシンガンで竹ヤリのジャップを撃ち殺してるみたいに爽快だ。
隣のおっさんが、うらめしそうな目で俺を見てる。運がなかったな。おっさん。


大勝ちした俺は、ビルの5階、寿司屋の前に立っている。
寿司屋『満月』とある。名前からして高そうだ。
ジャケットを脱いで左腕にかけ、右手で慎重に戸をあける。
「へい。ぃらっしゃい。」デカイ声が響く。声デケェよ。俺はすばやく周りを見渡す。細長い店内。左側の長いカウンターにズラリと客。右は壁、じゃない。馬鹿デカイ水槽だ。奥には座敷もあるようだ。丁度良いタイミングで空いているカウンターの左端に座ると、振り向いて水槽を見る。いろんな種類の魚達が、死んだ目をして口をパクパクさせている。隣の客を横目で見る。妙に目をギラつかせたおっさんが口をパクパクさせている。
「ぃよおニイチャン。何にする。」
ビクッとして首を返すと丸坊主の大将がニヤケている。なにニヤケてんだよ。
「上寿司にでもしとくかい?」
舐めんなよタコ。タコ焼きにすんぞコラ。「いや、水槽から選びます。」
「そうかい。豪気だなぁニイチャン。」
大将のニヤケた目を避けて水槽に目を向けると、一匹の鰯が俺を見つめていた。

鰯は他の魚とは違って、生きのいい目をしている。
おい鰯。お前はなんでそんなに調子乗ってんだ? 鰯は語りだす。
「仲間は皆、缶詰や魚の餌にされた。一方俺は生きている。」
お前も結局、人間に食べられるんだぞ。
「この店に来る客は皆金持ちだ。俺のような魚には目もくれない。だから俺は自由だ。死ぬまで自由に生きてやる。」鰯の黒目が大きくなる。ムカツク目だ。ああ、だったら俺がお前を食ってやるよ。

「あの。鰯ください。」
「は?鰯?」大将のデカイ声が響く。「鰯はねえなぁ。ワリぃなニイチャン。」
隣のおっさんが口から米を吹き出す。カウンターの奥から笑い声。
顔の温度が急上昇する。「え、だってそこにいましたよ。」
水槽を見ると、鰯の姿は消えていた。
「なんか他の魚と見間違えたんじゃねえかぁ。鰯はいねぇぞ。」
ああ、畜生。あの野郎逃げやがった。
「鰯ないんですか。じゃあいいっす。」そう言って席を立ち、ジャケットを手に取る。
「ワリぃなニイチャン。また来いよ。」
俺は戸を右手で開け、後ろ手に力強く閉める。エレベーターを待たず階段を降りる。
ああ、ムカツク。鰯も寿司屋も金持ちも。
ムカツク。ムカツク。ムカツク。ムカツク。一階にたどり着く。
ビルの外に出ると夜。四車線の道路には車のヘッドライトが弾丸のように飛びかっている。
道路の向こうにパチンコ屋のネオン。『Dragon』の文字と、一匹の竜が赤々と輝いている。
竜は怒りに尖った目で俺を睨んでいた。

おい、竜よ。あんたは何をそんなに怒ってるんだ? 竜は語りだす。
「俺は自由に空を飛び、この街を焼き尽くすことだってできる。なのに、こんな所に縛られている。」
だったら、焼いちまえよ。こんな世の中。やっちゃえよ。
「俺は動けない。俺に出来ることはお前の不安を燃やすことくらいだ。」
そうかい。ありがとよ。また寄らせてもらうわ。

信号は赤。タバコに火をつけて空腹を紛らわす。鰯が食いたい気分だ。
ああ、そう言えばあの店、景品に鰯の缶詰があったな。サクッとスロット打って、缶詰ゲットして帰るか。帰りにコンビニでちょっと高い焼酎でも買って、一杯やろう。
ファン ファン ファン ファン 目の前をパトカーが横切る。
一瞬、今日の勝ちが飲まれる不安が過ったが、大丈夫。今日はついてる。
信号が青に変わる。よし、今だ。入り口に向かってダッシュする。
段々と戦場的な音楽が近づいて、俺は再び戦闘モードに。


グラフ

  ゼッケン

風のない空から
ゆっくり降ってくる雪は
漂白された羽毛に見え、それが
西洋人の友人に
天国を連想させたらしい
天国とはトリ小屋のような場所らしい

死にたいと思ったことはない
死んでもかまわないのだが

こんな嘘をついて気さえ楽になれば
ぼくらもまだ生きていけるということだ

雪は地上の引力と空気の抵抗がつりあった一定の速度で
まるで
糸で引っ張られているかのように
地面まで落下してそこに積もる
地面がなければいつまでも降り続けるのだろう
一定の速度で
速くもならず
遅くもならず
どこまでも
ただ、決まった方向へ
その方向へ向かって
ぼくらが上昇し続けているのかもしれない、静かな
トリ小屋のような場所へ

会議室のドアがノックされ、窓の外を見ていたぼくらは振り返り
時間どおりに部屋へ入ってきた中国人と手を握りかわし
着席したぼくらの目の前のスクリーンには
グラフが次々と映し出される
死の瞬間さえスキップできれば
死そのものは怖くないのだが
脳のネットワークがぷちぷちとちぎられていく
その時間さえなければ

中国人はどう思っているのだろう

もっとも、彼らは死なないのかもしれない
そうじゃなければ
彼らの数の多さを説明できるのだろうか
いつかは死ぬとしてもそれは
ずいぶん先のことなんだろう
ぼくの国の人口は減る
それは毎日生まれてくるより死ぬ人間の方が多いということだ
ネットワークがぷちぷちとちぎられていく
虫食いの脳は幻覚を見るそうだ
白いシーツのベッドが並んだ清潔なトリ小屋のような病院では
その頃、老人となったぼくが片腕に孫のようなクピドを抱き
もう片方の手でむしった羽を地上に降らす
数の少ない人々の頭上にも雪が降るだろう
彼らはそれがどこから来たか分からない
ぼくが天国にいることを知らないからだ
ぼくだけでなく、みんながそこにいて
風のない空から雪を降らせる
少なくなった人々が
ふかふかのベッドにふたりでもぐりこめるように

グラフの数値について検討したぼくらは
ノートパソコンを閉じて会議室を出る
今日はダウンタウンのフランス料理屋にランチの予約を入れてある


ながれ星と木馬

  流離いジロウ




・案内状・


疲れて、部屋にもどった僕は、食卓のわきに絵葉書を見つける。妻が、ソファ
ーで眠り込んでいる。黄色くにじんだ模様の底に、透かしのような文字があっ
て、うつくしい馬のサーカスと書かれていた。背広を脱ぎかけ、しばらく手を
とめる。案内状の、まん中の写真。大写しにされた馬のたて髪と、緑の眼が印
象的で、傷付きやすい賢しげな表情や、すっと伸びたまつ毛の清潔さに、言葉
をのんでしまう。寝息をたてない妻の隣りに、僅かにもたれかかるだけのすき
間を探して、ついに休息した。ああ、じつに見事なものだ。馬の頭部は、何と
いってもよく出来ている。恐らくは、誤りのおおい他の人生に比べて。


・サーカス・


大きな夕焼けが、僕の背丈には不釣合いになるころ、会場に辿り着いた。街の
片すみの、見覚えのない空き地に、テントが張り巡らされていて、中だけほっ
と明るい感じ。ざわめき始めた人混みのはしに、ひとつの席をえた僕は、ポッ
プコーンを手にして、息をひそめている。座長が腕をふり回すたび、白い手袋
が僕には眩しい。それから一匹の、緑の眼をもつあの奇妙な馬が、団員によっ
て舞台に引き出され、かるく足踏みをした。音楽が鳴り、それが合図だったこ
とに気付く。続いて、何十匹もの馬が登場した。形のいい鼻すじや、張りつめ
た筋肉が見え、次第に舞台中央に密集し、片足を持ち上げたり、首を揺すった
りする。座長の手袋が、馬に合わせて大げさに旗めき、何だかつられるように、
やや遅れて手拍子が始まった。ライトがするどい三角錐となり、照り返しで影
がやけそうだ。きっと僕には、堪えられないだろうな。そんなことを考えるう
ちに、群れの全体が盛んに走り出し、どの馬が、あの最初の馬で、どの馬がそ
うでないのかが、さっぱり分からない。

うつくしい馬は、空を飛べません。僕にはそれだけを、聞き取ることがようや
く出来て、白い手袋は、今となってはあまり目立たない。いっそう音楽が賑や
かになる。ざらざらした傷や、粘膜や、時間そのものが引きつる感じ。それが
馬の運動によって、呼びよせられ、色付けられ、うわ書きされる気がして、僕
は声をあげている。馬、はしれ、馬、走れ。すると、赤毛の馬、名前のない馬、
つんとお尻が傾いた馬、胴の輝くような馬、すべてが木馬のように、同じ速度
でまわる、回る。座長の口上はさらにかん高いものとなり、胸が詰まって吃る
みたいだ。踊り子が現れ、喜劇役者がつんのめって転んで、忘れられないあの、
緑の眼が、ぱちぱちと閉じられるのを感じる。僕は思わず、ポップコーンを投
げ捨ててしまって、もう堪えがたくあきれるほどの必死さで、馬、はしれ、馬、
走れ、とくり返すしかない。左右の人混みは、すでにそれぞれ、顔を見合わせ、
席を立って手拍子を強めている。形のいい鼻すじ、張りつめた筋肉、浮きあが
っては沈み込む足、何本ものたくさんの足、それらを眺めやるうちに、僕の暗
がりから何かが溢れ出した。


・星・


部屋にもどると、妻がベランダでかがみ込んでいて、寒そうに見えた。窓の外
にいる姿は、何故だか頼りなく、危うげな印象。手には如雨露があって、こん
な時間だというのに、植物に水をやっている。水は、穴だらけの終端から出て、
尖った幹をぬらし続ける。空は暗く、その分、星は細やかだった。よこに長い
雲を透かして、ひとつ、緑色の光りがずれていく。壊れそうだ。それは本当に
息をするようで、見えないくらいに幽かに揺れる。通りの何処かから、みじか
い馬の嘶きが聞こえてきた。

文学極道

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