一日目
妊婦の腹が引き裂かれ、光が漏れた。多くの人たちがそれを見つめ。頭のおかしくなった、アリス気取りがこけて階段で頭を強く打ったまま頭蓋骨が割れまた光が漏れる。光、光、と、数を数える。あちこちで、誰も彼もが腸を引き裂いたり、頭を打ちつけながら光が漏れることを望んでいる。
そして静かになった。後には、腐乱していない新しい死体ばかりが並び。すべての死体からは光が漏れている。眼球を失った空洞からも、引き裂かれた腹や頭からも、僕はこういう光景の中にいるのが一番落ち着く、と、思うと、背後から誰かに強く殴られる。何度も殴られていく内に、僕の頭からも光が漏れ始める。あ、光、だと、また光の数が増えたと喜んでみるが鈍い鈍器の音が止まらない。それが嬉しかった。
二日目
文字の読めない女の子が物語を求めて歩いているのを見る。彼女は、文字が読めない、ことを物語るための物語がほしいという。そんな物語はもうこの世にはないよ、と告げる。それでも、彼女はほしい、といい、僕の後ろでニヤニヤ笑っていた男がその女の子に物語を教えてあげよう、といって、彼女に「不幸」や「悲惨」という言葉を教えては書かせる。それを見て周りの人々が、手をたたき始めて次に「誠実」や「切実」の言葉を教える。これで物語を作れるだろう、と男が笑って言う。周りの人々は彼女が男に習った単語を使って物語を物語るのを聞いてなき始める。男は、それを見て、周りの泣いている者達を全員殴り始める。お前らはいつだってこんな物語がほしくて、ずっと飢えていたんだろう、と、男が笑いながら、自分にアルコールをかけてライターをつける。燃える男が大きな声で言う。「これで、さらに物語がつくれるだろう」と言って。文字の読めない少女は男に習った言葉で男の物語を作る。そして、まるで男などいなかったかのように、皆その話を聞いて泣き始める。
三日目
掟の門をくぐることができない。門の内側にいる人々の光が見える。もうすでに、葡萄は破裂して、流れ出ているばかりだと言うのに、雪の中を裸足で踊る。踊る人たちの間から喜びばかりがもれて、楽しい、と、掟が降りてくる。掟が、門をくぐる。次から次へと倒れていくのは人ではなくて、葡萄の木だと気づいたとき、街路樹には人々が実り。口々に、収穫を待っている、と微笑んでいる。
渋谷、新宿、と、籠を背負って収穫していく。笑顔で挨拶しながら、都市の気候は温暖だから、と、隣の女性が言う。駅の構内、列車に乗る人々の靴があさってには売り払われ、誰もがもう踊らなくていいと、彼女が囁いて、街路樹に実った一人の男性が微笑みながら収穫を待っている。手を差し出して、男を摘む。
四日目
肌が焼けて、白くは無かった。蛙が実をむき、秋が焦げる。鉄道沿いに並んだ花火。笑い焦げる人。ここからは、もうどうでもよくなった、と、思いながらテレビが投げつけられ、次に、燃やされた服が飛んでくる。偽りでも、物語がほしい、と言った少女から、ずっと遠くに来た気がする。すがすがさしさばかりが残り、後は晴れ渡る何かが僕を押し広げる。唇は石灰を含み、体が螺旋上に翻る。裂けた、と、声がして、光が漏れる。
ブロードウェイで踊るタップダンスのことをなぜか思い浮かべる。ハイヒールが蹴りあげられて、遠くに飛んでいったのを思い出したり、しながら、物語を一つ残らず世界の外へ追いやって、ようやくわけもわからないなにかが飛び込んできてから窓を開く。
最新情報
2009年09月分
祝祭前夜
衣替え
夏と秋のあいだを
くぐりぬけていく
こんなに狭いすきまを
つくった人の気が知れない
左手は夏に触れ
右手は秋に触り
温度差があれば
気はどこまでもうつろう
人はどちらかに傾いて
重さを小水のように漏らす
体をあずけるのなら夏
信用のおける夏がいいと
耳打ちした人は戻らない
脱ぎ捨てた衣服を跨いで
行ってしまったきり
固い夏の格子が
がらんがらんと落ちる
くるぶしの高さまで
過去は来ている
歩くと小さな渦が生まれ
渦のひとつは口になり
渦のひとつは耳になり
足元で問わず語りをひそひそと
記憶のしっぽに化かされて
肥溜に落ちた愚かもんがぁ
糞尿に溺れながら改心してさね
記憶のしっぽにつかまってぇ
命からがら助かるっちゅうね
改心したのは記憶のほう
助かったのは記憶のほう
そう言いかけた渦が
大きな渦に飲まれて
くるくると死んだ
愚かもんが
夏の首を絞め上げる
いらないものを
吐かせようか
いらないものを
吐かせまいか
愚かもんの両手
両手の愚かもん
いまはむかしの前で
むかしはいまの後ろで
燃え尽きる
燃え尽きている
点々と
点々と
汗のように
血のように
脱ぎ散らかした衣服を
拾い集めながら身に付け
他人の匂いに袖を通す
焼け爛れた足首から
くるぶしが
胡桃のようにころんと
転がって坂道を行く
冷めた火種を固くにぎって
夏と秋のあいだを
くぐりぬけていく
こんなに狭いすきまを
つくった人の
気が知れない
道のはた拾遺 6.
6.自転
いちめん、浅黄は刷かれ
しのんでいく、晩秋の柔毛の
密集に落ちていったのか、椋鳥と椋鳥
警笛を湛える湖、あなたは形式をうそぶき
頬笑みを匙かげんする
上唇と下唇の隙間で高速回転する衛星歯車
かなしいのです
と、あなたは告げる
閃く額、暮れる唐紅
くるぶしが、カッ、カッ、削られ、こぼれ
見ひらく瞳孔に引込線が出入りする
丘に佇み
回っています、と、あなたは耳をそばだてる
自転のはるかな轟き、地の擦過音
木々やあなた、向こうのなにかの尖塔
立ち尽くすものは
傾いては立ち、傾いては立ち
修正する
アルビノ
中指から繋がりません。夜は日々よりも遠いところで回転します。爪先に
塗りあわせた橙色の蛍光色が遠くまで発光します。ずっと奥まで張りつめた夜です。灰鉄の片隅の開い
た穴が(繋がっている)暗い水が箱を置く蒼い夜です。夜が揺れる
白く浸食された少年がビルを倒壊します。大人たちの眠る街は錆びてゆく音が倒壊。足許から崩れてい
くは空へ再生。月だけが2cm/sで回転。少年がビルを倒壊する様だけが回転。!!!(再生。木馬は木
馬はくすんだ緑の結晶を腹に抱えて駈けてゆきます。煌びやかな繁華街の照明の中へ。木馬は結晶を割
り死んでゆきアパタイトは炸裂し大人たちへ炸裂(昇華
夜が揺れる
暖炉がちろちろと燃えています。老婆は椅子で揺れています。部屋中埃をかぶって目玉焼きはレプリカ
です。老婆は椅子で揺れて床に転がる透きとおる座標軸を拾い上げて顎に嵌める。窓に張り付いた景色
を装飾 ≪Door≫ 暗く透明な糸で。目玉焼き(Re・ハマナツメ♭分離不可能)は朝のレプリカです。窓
の外に凛玲な潮騒がシオサイが(鳴り響き渡る)
≪あの日つないだ夕陽が 、 、、、 わたって ≫
鳥居をくぐると蝉が一気に昇華を始めました。一対の狛犬の下腹部から繋がるひとすじの光跡を裂くと
硝子石の割れる音がして樹々が葉を揺すり。蝉は夏の高圧な太陽に燃やされひらひらと落下し分解しま
す。私を取り囲む樹々が葉を高く舞い上げ辺りには2,0℃の氷塊が弾ける。老神木の内臓に煌々と輝
くガラス瓶が口を空に開け入道雲を抱きかかえ。細胞の隅では凍りつきそうな星々が夜の消滅を待って
います。<鳥居>や<蝉>や<狛犬>や<林の奥に光る赤い眼>は始終向こうの夜を眺めていました。
私は彼らに何か伝えるべきことがある気がして急いで駆けてみましたがそこには刺繍のほどこされた小
さなドアがドアがあるだけで雑木林の奥の方から赤眼の獣が鳥居へ向って駆け出し浄化された世界へ
割れる、裂け #Door# へ
景色が豪風に吸引され♯Door♯狛犬の夏は誰も知らない蝉が鳴く。異次元の羊は高く
泣き叫ぶ不思議と彼らはドアを開いた向こうの夜を眺めるのです。そのドアには美しい刺繍が美しい刺
繍がshisyuuが『ラ『ラ『ラ『『『光(la)穴(la)蕾(la)追悼(la)始終(shisyuu)ララララララ
(endlessrepeat
繋がらない日溜りの次元)がメゾピアノを奏でます。sunshine. ハマ
ナツメの色彩を知らない少女は桜貝を拾い海辺の茶色のビンに落とす。彼女は日の当たる机でそれを眺
め続けました。skylark.セロリを刻む音。母親の匂い。skipping揺れるビタミン(装飾音符)の割れる
音・とsleepingラララララ♭)の微かな血流。少女の爪の裏に夕暮れ(の空は段々と痛みを増し痛みを
液体に(痛みを(彼女はまだ母親の背中で生きていた
軟膏。滴る雫のように小閑をひたす。二階の窓からは土手の向こうに恍惚の街が広がります。夕暮れの
鉄橋が泣き叫ぶように生きる下。下で少年は少女の爪で射精。少年は甘夏を搾り。まだ生ぬるい爪は遺
品のように傷跡がそこに。そこに沈殿。その果実は終結したふりをして指の下で滴っている
≪少年は海へ出ようと、、 全てを捨て 、 、、、 (駆け出す ≫
私の中指はいつ届くでしょうか。蛍がとまり風もとまりますが一向に乾かない。食い破られたところで
構わないのです。私の座標は届いて下さい少しばかり私を失っても構いません。この夜は私の子宮です
私はこの中で生まれた気がするのです爪には血がこびり付いていました。(少女を)彼女を赤眼のハク
ビシンが通り抜ける。風を連れて行く(彼女の)少女の指を連れて行く。くさはらをぬけ倒壊したビル
群を横目に救済へ向かい少年は廃退し結晶化。緑色に凍土した夜の遺跡は月で崩壊。錆びた鉄が静かに
地中へ昇華し世界はフラスコへ逆回転。木馬が逆回転(!!!フラスコへ逆(銀色の蝶がアパタイトか
ら卵生。銀粉がフラスコへ昇華
鵜飼いはただ空を見つめ続けています。世界
中の脳内が衝突する様を耳にしながら、空の色は白い。蒼と太陽の光源色の静穏。溶け合う姿はにんげ
んの、人間のささやかな結合に等しい。鵜飼いはただ空を見つめ続けています。この硝子石は届いて下
さいあなたの好んでいた桜貝を込めました。座標軸がぽとりと落ちたような気がして鵜飼いは夜明けの
崖で焼身します誕生する光の中で光の中で
.
魚骨
魚の骨を父のように綺麗に取りたいと思っていた。
親指と人差し指と中指。
その箸使いで半分にぱっくりと割れる、脂ののった白い身。
乳色の光の下、私の手は油と黒く割れた尾で汚れ、母が隣りで汚くほぐしていた。
持ち方が不器用で、中指で上の箸を動かしていた。
カチャンカチャンと箸が交じる。
父はそれを見ながら、お前の頃にはグーで持っていたと話した。
中指と親指で割れた尾を砕いた。べとついたそれで髪を梳かした。
鈴虫の耳鳴り、車の過ぎる音、酔っ払いの鼻歌、隣りの部屋で母が泣いた。
パイナップルの缶を開ける。
グコ、グコ、グコ。
シロップをすする。
「ねえ怒る?怒る?」
甘い匂い。
指を舐めたら苦かった。
いつか父の骨を抜ければと思う。
黄色の輪を掴む。白い線がないのが好ましい。
噛むと繊維が歯に詰まる。
中指が長いのは父親ゆずりだろうか。
頭が痒い。
枕元に羽虫が付いていた。
夢を見た。空中をさまよって紐を引く。
壁に目をやると3時を過ぎていた。
知らないふりをしていたが、
股が濡れている。
甘い匂い。
母の匂い。
頬が熱い。
指をしゃぶる。
先程から母が味噌汁を作っている。
出汁は取れているだろうか。
昨日捻った煮干しの頭を思い出す。
遠くで雷鳴。近くで天気予報。枯れた朝顔の絡まる簾越し。
私は箸をグーで持ち、背骨の横に溝を入れた。
かふぅ
あさりの開く音がした。
鉄のきりん
エレベーター付きの新築のこの家で暮らすようになってからずっと
それ、は、4年前のカレンダーの「1日」だけを見ている
カレンダーは、手術前、10月になると毎年
妻がどこからか買ってきていたインドのもので
官舎の中で確実なステイタスを築いていた
12月8日に「赤丸」
12月30日{新聞取材」
12月31日「おせち受け取り」
自信に満ちた妻の書き込みがある
赤丸をつけた日に
自分が自分でなくなることなど
もちろん、妻は考えてもいなかったし
ぼくは、新年を妻と娘ふたりとで
「おせち」を食べてのんびり祝うつもりでいた
本棚の片隅で
妻が連れてきた鉄のきりんが
首をいっぱいにのばして
その日を丸飲みしようとしている
夜歩き
昼間は壁に染みて休息しています。壁ならなんでも良いというわけではありません。古い壁ほど染み込み易いし居心地が良いのです。たとえば築四・五十年以上経ったモルタルの壁とかコンクリートの擁壁とか・・・、近頃ではめったにお目にかかれませんが、旧家の土塀などは染み込み具合が最高ですね。それで、日が落ちてすっかり暗くなったのを見計らい、そろりと壁から染み出し、夜毎の夜歩きに出かけるのです。
もちろん明るいのは苦手ですから街の賑わいは迂回します。闇を求めて路地から路地へ、有刺線をくぐって空地を横切ったり、機械油のような硫黄のような臭いがのぼってくる掘割に沿うたり、工場裏の万年塀に沿うたり、人通りの少ない場所を択んで歩きます。橋の上ではよく一服します。窓明かりなんかが黒い水面でとろりとろり揺れているのを欄干にもたれていつまでも眺めます。私にもあるんですよ、そんな所でぼんやり想ってみたい来し方が。
塔の類、送電塔だの給水塔だの鐘楼だのは好きです。夜空に聳える黒い影を巡りながらときどき立ち止まっては見上げるのですが、考えてみれば私が夜空というものを見上げる機会はこんな時くらいしかないような気がします。つまりこれは私がいつも俯いていて、星とか月とか天体というものにまったく関心がないということの証左です。
角を曲がったところで歩を休め、行く手を見やると、暗い道の一隅が古ぼけた外灯にそこだけ丸くぼうと照らされていたりします。遠くから眺めながら、私はうっとりしますね。なんといいますか、そのささやかな蜜柑色の光の輪の中に不在の幸福というものを見るのです。いやおうもなく私はその場所へ向かいます。灯の周りを羽虫や蛾がひっきりなしに舞っているのを、何が面白いのかいつまでも見上げています。ただ、ただ、何ごともなく・・・、わかっていることですが。
闇を求めて歩くといっても、油断していると車のヘッドライトに顔を掃かれることが、ごく稀にあります。そんなときは、とっさに人の顔をします。世間の顔ということです。光が過ぎ去ればすぐ夜顔に戻りますが、その時のふたたび闇に深く吸われていく感じはうれしいものです。この夜、私だけが生きて動いている、そんな感じです、住宅の明るいあの窓この窓、窓の中の家族という泥人形、無花果の形した土気色のがん首たち、実に私だけが肉に血を奔らせ生きて動いている、そんな感じです。
私は木立のあいだの闇の奥の奥が無性に懐かしいのです。 夜の大気の水の匂いを嗅ぎわけられるのです。だとしたら私は獣になれるでしょうか。夜行のゆく手にたち現れる黒い物象どもを名付けたりしない、まして自分の名など呼んだりしない獣に。
夜が深まるにつれ、夜は捻られ、いびつになり、繁殖していきます。坂を上れば下る裏側を歩かされ、十字路を右に曲がれば、左に曲がっていく背がある、線路沿いを歩けば頭上の跨線橋を渡り、見知らぬ街を行けば向こうから見知った街をやってくる、私は複数を生きています。もはや異性という同伴者の存在は忘れました。どんな形だったか、匂いだったか、声だったか、忘れました。自分の陰茎を腫らすいとしい血も忘れました。しかし、そんなことがどうだというのでしょう。この巨大な都会で私は単独を択びながら、しかも夥しい数を生きているのですから。
やがて私は闇よりも濃い影になりおおせ、憑かれたようにさまよいます。このころになれば、このあてない一夜の旅を、何の意志か何の慰めかも問わず、被服と皮膚の狭間に燐のようなものを奔らせ、自分を歩き潰すまで歩きつづけるほかありません。昔、私が眠った酸っぱい寝床は夜空の見えない高みに吊られ、凍っているのでしょう。もうそんなところには還るわけにはいきますまい。さて、そろそろ空が白みはじめるようです。またどこか古壁を探すとしますか。
夢機械
どこか隠れたところで
話をしているようだった
ずっと
機械仕掛けの小さな箱に
積まれた言葉は
なかなか話してくれません
僕は知り合いの
機械検定士1級の女の人に
ゼラニュウムのその箱を手渡すと
その人は
オルゴールをかけるように螺旋を回した
すると
機械仕掛けの小さな箱は
キュルルと音をたてて
夢のような光を発したのです
口紅
電話のベルが鳴る
ぼくのペニスより
数センチ短いサイズのケータイだ
女はそれを握り締め
かすれた声でこう言った
面倒だから後にして
必要なものか
不要なものかなんて
たった数センチ数ミリの差に過ぎないと
その時ぼくは思った
とにかく
彼女はひどく腹を立て
でんわを乱暴に切った
ため息をつき
化粧ポーチから
リップスティックを取り出すと
タバコを灰皿に押し込み
パサついた髪をかき上げ
パンツを穿き
ジッパーを上げた
今日は楽しかった
またね
女が出た後
一人取り残された部屋で
テレビの電源を入れた
ぼくのペニスより
数センチ長いリモコンを握り締め
喧嘩を理由に別れる恋人たちもいれば
理由もなくセックスする他人同士もいる
ぼくらは
量や長さの観念を
言葉にするとき
愛や憎しみや諦めの強さが
はるかに人間を超えてしまうことを知るんだ
数センチ数ミリ
そのささやかな差に滲む
コーヒーカップのへりに
彼女が残していった 赤い口紅の色
ぱんつ
あなたは花畑であり 花畑を渡るぱんつ
こなたは荒野
そなたは明日であり 明日にひるがえるぱんつ
きくは昨日
さて
ここは私
ここは私でなく
いま/また私
いまをつかの間/泣く
なくふりをして やはりなく
蜩 ぬけがら は/なく/ようになく/ように風になく
風がなく/風が吹く
いまここでは
といままた言う
確かに言う
ぱんつはぱんつを脱がない
脱げないとももちろん 言う
庭園
八階の部屋の
鳥が事故死する
壁面に 鉄が浮き
割れた
排水塔に
水が満ちていく
正午の折被さる入道雲が
幾枚もの透明硝子に乱反射し
わらうともなく眼を細めた あなたの
心臓を街に投げたい
壁紙に私達の呼吸が刺さっている
灰になって白磁に積もる言葉は微動だにしない
(無題)
深ぶかとした
背骨がふたつ
真昼の救済を
目論んで寝そべる
公開された軒先に
集う白い光の
またしても左眼のうえで燃え、盛り
アシタバはこの
夏を待たずに枯れ果てていった
残された校庭には
野犬たちの濡れた唇がある
「白過ぎた。あまりに・・
だから、濁っている」
散乱した骨片を
ふたたび拾い集め
すぐれた位置で
咆哮せよ
あらかじめ交じり損ねた
ふたつの背骨は
暗い洞穴のなかで
寒い眠りをむさぼり
その傍らを
ただしい横顔が
通過していく
千の雷魚
孕まない
二重に孕みはしない朝
の秘匿され/た、鈍色の広がり
の向こう岸で
あまりに
荒れ果てた赤の地表を
産まれたての彫刻刀
のボロボロッ
と転がり
湿った
市場から
密せられた 潜航
の いま
(始まる!
「あたらしい跫音を
背後から踏み、砕いて。
*
(噴流
の河口)
灰色の瞳
の静か、に
横たわり わたしたちの生を
宥めている
///混交。
してもいいですか
(一昨日の小夏と背面の危機を!
*
折り、曲げたのです。
その先端で
斜め
に露光する雷魚
の、(千の!)
重ねられた
少年の足指
は決して 倒立することはなく
対岸の
薄い、
緑の陽光のなか
一度も死んだことのない(という
黒青の馬たち
と並走している
草上の
誓われた
途切れがちに
最奥の
突/風。
ていねいに
鎮まった
地表の
捲れて
漏れだした
赤、に
隣りあった
千の、雷魚よ
明るい両の眼 その
数を 想うというの/
なら!
*
白い、泡の降り注ぎ
計量もされた
わたしたち、の
欠けた尺骨をひとつひとつ
掻き集め
ただひたすらに
食んでいくのか、おまえは!
無伴奏組曲
星空をみたらあなたのゆびさきをおもう。蜜蜂をみたらあなたのまなざしをおもう。それ
ほど、しんそこだいすきでした。だから、ここへ、いっぴきだったころの、体育ずわりの
あたしをおきざりにします。あんなにも好きなひとをみていてあきない姿勢はなかった、
そんなあたしを忘れるために聴いていたいのは、なにものにもたよれなかったよわむしが
鳴らすひとふゆだけのヴィオラです。
あたりが静かになると、わたしの寝息にあわせるようにして、しずかに楽章はながれこん
でくる。そのやわらかい響きにつつまれながら、わたしは、こまかくふるえている音の粒
子のしずけさにもたれかかるようにしてしずんでゆく。いままでに聴いたことのないパー
トへと音がさしかかるころには、わたしはねむりのふかさそのもののなかにただよってい
て、その場所からはもう、音がながれでることもあふれだすこともなくなってしまってい
る。無伴奏組曲、この曲はどうして起きることとねむることのあわいにまよってしまった
ときに、わたしのからだへとながれついてくるのだろう。
しんぞうは、夜の冷気にくるまれて芯からこごえるキャベツのひかりのようだった。とり
あえず、たどりつけるべき明日があるいじょう、かわらないままでいい自分をゆるしてく
れるせかいはきれいだと思っていた。へらへらとわらってしまうたびに、透きとおった陽
射しのような水の粒子が満ちてしまう場所が自分のなかにあって、世界の涯は水だから、
けして枯れないポピーを植えてあるいてゆく、そんな夢をみていたいと泣いていたはずの
わたしにとって、そこではすべてのものがやわらかにわすれられてしまい、わたしもいつ
しかながれる時間とともに消えてしまっている。いまのわたしには、なにものにもこたえ
をみつけることができはしないだろうから、せいいっぱい、祈るようにいきよう。ゆきつ
けるところまでゆきついて、その場所で、やわらかくすべてのものがわすれられてゆく。
てのひらをかさねあわせることがなぜいのりへとつながるのか、てのひらをつつみこむこ
とがなぜねがいへとつうじるのか、というささやきにゆさぶられながら。
とぎれめをかんじることができなくなるほど、わたしのてのひらのなかには陽射しがあふ
れてゆくので、おくってほしいといわれたものがいまだに見つかりません。ほどいて、し
ばって、そういうことをくりかえしていたから、とおい日だけが恋しくって、すきとおっ
ていくんです、ことばが。なんとなく、つきつめてゆけば、おくってほしい、とあなたが
言ってきたものはわたしがおくってやりたい、とおもったものとかさなるのよな、そんな
気も、さらさらに、しないでもありません。そういう日には、やさぐれた気分でわたす檸
檬にふりかえりもしないうさぎがかたわらにいたりします。ここから、その場所へ。やさ
しいから、って、おとづれてゆくのは真昼です。ここをすぎるものは、すこやかにそだっ
た青麦たちにまぎれてしまって。
La maison anonyme
ひとけのない家で
静物画が死んだように飾られている
それは自然な存在である
生物はなにかといきいきしてみせる
悪い癖があるのだから
ひとけのない家で
猫が踊っていようと
椅子が恋焦がれていようと
ひとけのない家では
価値があることだとか
価値のないことだとか以前の
自然な存在の仕方だけが
通用している
いん ざ びゅーてぃふる わーるど
お昼のテレビドラマはその存在が
ストーリー以上に残酷でした
いつか終わってしまいますから」
粘着質な食べ物を好んで食っている
肌つやだけはとびきりよい
年齢不詳の女が言った
ジンジャーエールの入ったグラスを
唇まで引き寄せると
ぼくの手の甲に水滴がニ、三滴
落下したのは言うまでもありません
「ちょっとここは暑くはありませんか?
ぼくたちはなぞの疫病でした/です
それは飢えと呼ばれるものに良く似ているのですが
豊かさの反対ではありません
明日になれば世界中の鳥たちが行方不明になり
彼/彼女たちの鳴き声だけが響くでしょう
鳥たちは疫病を運んでくれる
いくつもの河、を、超えて
それは彼/彼女たちにとって
死を意味しました/します
しかし、このこと と 死 を 怖れない こと と は こと なる こと なの
でした/です/が、
ぼくたちはいくつもの勘違いを抱え込んいる生き物なので
これも小さな、小さな勘違いのひとつなのかもしれません
夕暮れ
羽音と鳴き声が出発を教えてくれます
写真の中のお母さんにキスをします/しました
(このことは絶対に秘密ですよ)
涙が頬を伝い世界が紅くそまり
ぼくたちはみんなで歌いました
いっそ盲目であればいいのに
と願ったのはこのときがはじめてではありませんでした
砂嵐
ぼくたちはここで生まれる/生まれました
すべての生命の源がここにはあります
すべての名づけがここにあります
あの人は そっと耳元で ささやきました
(ぼくの名前
そうして、生まれたのがぼくでした
ぼくはぼくの名前によってぼくになりました
あの人がそうだったように
酔っ払った若者は職務質問を受けています
制服を着た男の顔は よく見ると
ただの点の集合でしかありませんでした
結んで線にして形を作ったのは一体だれだったのでしょう/か?
ずっと幼い時から鏡が大好きでした
残酷なところ
嘘つきなところ
おしゃべりなところ……
ましろな二の腕から 血 が
流れ出しています
どうやら蚊にさされた場所を
掻き毟り過ぎたようで
紅く染まった爪をちょっぴり噛むと
なつかしい味がしました。
どこへ行きますか
夕空のにおう冷たいキップを買いませんか?
小さな気泡のような呟きで書き入れられるわかりにくい目的地を
街を練り歩く魑魅の呻きからすれ違いざまに掠めとって
僕と一緒に鮫型のクラシック・トレインへ乗り込みましょう。
あとは夢の谷間で翼をもぎ取られたやせっぽちの仔鹿のために
二人して未明の涙を流すだけです。
そうです、だから行かなければならないのは
クリスマスという言葉さえまだ誕生していなかった頃の
ヒロシマという黒い荒野の初冬です。
悲しみにもならない感情の震動で粉々になった
ピュアな光の欠片のように、ときどきは虹に似た予感として
列車は影から影へまったくばらばらに走り抜けていくでしょう。
ひしゃげて潰れてまたひしゃげたシャンパンのガラス瓶が
引き伸ばされてひねり回され笑われて攫われて転げ落ちる。
縮れた枯草が山からの風にゴオと鳴る急傾斜の坂道を
僕とあなたの列車も軸の磨り減った鉄輪を希望の湧出で浮かせ
一気呵成の落雷となって走るのです。
そこはかつてダリヤと蝉と海の予兆に満ちていました。
新しい木材の切口の発する香りを気に留めながら
僕は石造りの橋を渡った。
美しい小舟のわずかな上下動が僕の核心を
過去と未来との間で隔絶した夏を
睡りを促す母の手となって揺らします。
行き会う人たちの顔・顔・顔
表情というものがまるでない顔の間に作られたスペースに
身体をぴったり嵌めるのも未熟な悦楽への曖昧な刺激でした。
トタン屋根の軒下に掛かる物干し竿には洗いざらしの下着が
絞り皺を残したままかさかさに乾かされていましたっけ。
やがて重い影がごろごろと転がるだけの歪な野原にこの街は変わり果て、
黒い器のどれにも黒い中身がぎっしりと詰められます。
今度は何の壜、どんな缶の蓋を開けるのですか、と迷いの風がつむじを巻くほどに。
白い太陽を絞ると真っ青な海が冷涼に滴り
アルコールに漬ければ甘い夕暮れが赤く零れます。
海の藻屑となって海溝に沈んでいる不定形の塊から見ると、
僕たちの鮫の軟らかな腹部がすべすべとしたシルエットになって映る。
それが遙かな高みで悠々と身をくねらせながら
それでも重力に引かれて少しづつこちらへ沈んでくるのです。
こんなにゆっくり近づいてくる迫ってくるもっとも純粋な舞踊。
列車の窓から覗く人々の顔はとても美しい。
森の言説
目蓋すれすれに、煤煙がたち昇る夕刻の木立に居た。
枝の、構造が私の前頭葉に映り、葉脈の不揃いな切れ目が、謎めいた符牒の様
に私を追いつめる。私は、森の構造に疲れ果てた。いや私は、もの言わぬ常緑
樹の間近で、時間の分厚さに眩暈する。瞬きの間に、移ろう気配と色、饐えた
土の臭い。ま新しく暗転する幹や、崩落した葉の堆積を視よ。私は…、滾々と
涌き続ける水や、息も付けぬほどの残照、近隣の影と光の生態系を、戦時のそ
らの様に懼れる。
脳幹には、私の脳幹なりの美的根拠がある。
装飾論的揺曳と、都市学的な危機。細い舌を舐めずる様に、あるく私が、葉脈
のプールの只中で切断されていく。淀みの中でしか点呼されない私は、幹と葉
とが電撃されるのに合わせ、首を左右にふる。それで、帰納されていく。
枝を、渉っていく栗鼠や、胎児の豹の意識。
退化する猛禽類…。学術名は記憶して居るけれど、符牒することのできない小
動物の類いが、枝から幹を、それから葉を、また渉っては横にずれる。
戦時のそらには、悪意を溜めた爆撃機が、緩く時間に流されて居る。遥か遠く、
風だか都市のノイズだか判らないどよめきが、寄せてくる。
終にあるく私は、葉の構造、森の構造たちの核芯に到達する。それから、老い
た樹の幹に触れて、内部の言説を止めどなく汲む。たえ難い悲しみの余り、闇
の只中で私は、瞳を、花の様に開いた。鈍色の地平線すれすれに、短い直線に
なって隠滅されんとする夕日。その不可視の残照を受け、私が…、私の物でな
い前頭葉が、独りでに帯電していく。
無題
白がゆを炊いて拇指を浮かせてみる
台所が低いのでいつも裸足
捨てたはずの自転車が戻ってきた
10月だというのに
うちではまだクーラーをつけている
昔ながらの中華そばを茹でる。泡にさそわれて踊り狂うタピオカを追いかけまわす竹製の菜箸が折れる。急に振りかえると耳茸が落っこちそうで、母は言うのだった。
秋桜か尾花かまよったが
白いコスモスを折って
お萩と一緒に供えた
いまにも津波が襲ってきそうな朝方
碧い牡丹の刺青をした毒雲が太陽を叱っている
Cadenza
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わたしたちは夜通し
サム・フランシスごっこを続け
部屋の中は
青と赤と黄色で
とても素敵だった
わたしたちは
偽物のサムだったから
終わりというものがわからない
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音楽をききながら
細い腰を引き裂くように
台所で居候がヨガのポーズをしている
夜中に
あしたのあさのヨーグルトを顔に塗らないで
朝日や月との瞑想は
ひらくようなとじるような
はなのような行為だけれど
ぼくはとても淋しかったから
ずっとさみしいなんて
そんなはなしを
なきながらきくようなおんなはきらい
カタツムリくさい
キュウリみたいな顔
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水彩絵具に水をたっぷりやるのよ
みんな黒くなる
青と赤と黄色がまざって黒くなる
フェルディナンみたいに
海を背景にして小さくなる
ブラウン管のテレビの奥の
テクニカラーの奥の
青と赤と黄色の奥に
わたしたちの部屋がある
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