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kale

選出作品 (投稿日時順 / 全16作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


星月夜

  kale

時間が熔ける。雑ざり気のない融点は良質な蜜蝋を漏出させ硬い窓枠の材質に濃い染みを作る。陰に潜む生き物たちの鼻唄や衣擦れとが交ざりあい夜は猥雑な静寂に埋もれていく。昔ここらは星がよく採れたんだ、と皺だらけの顔に浮かぶ大粒の汗が深い渓谷に流れ込み堆積する砂れきに紛れ結晶し一筋の光の河になる。内外の律の差に滞留と対流をくりかえす渦の煌めき。星間飛行をくりかえすのは銀の鱗を持つ魚。棚田に犇めく不規則はモザイクの色彩。息をひそめて眠る眼差しは極層に埋もれることを拒否することで銀化し尾を翻す。砂にまみれた背はやわらかさを失うことを嫌い、鋭くちいさく砂を弾く。降り積もる夜を振り払い広い台地に星をさがす。遷回するうねりはやがて無数の砂をゆっくりと速く巻き上げ、降り注ぎ、複雑な渦で流動する煌きは未だ見ぬ台地を形成し始める。浚われた光は河から河へ、すべての灯は朝陽のために身を投げる。中心に火は集い、銀は熔け、現象する光の海嘯、営みの陰影を遡上するシルエット、星月と翳の沈黙に調和する、闇はもうひとつの夜を象る。


明晰夢

  kale

書架が並んでいた。左手の指には栞が引っ掛かっていて誰に貰ったものなのかをうまく思い出せない。前後左右に延びる通路は狭く、奥には閉架へ続く階段が見える。行き交うには不適当な場所。支え合うようにして並ぶ背表紙には清潔さが滲んでいて、それは彼らの醸し出す犇とした安定感にあるのだとしばらくしてから気付く。同じ背丈になるよう左から順に揃えられた規則正しさが書架の構造を支えていた。空白の存在を憎みながら、書架の連は隙間なく積み上げられ、敷き詰められた図書は悼みを守る。寡黙な彼らの背表紙には文字はなく、色もない。夢だとわかる夢がある。夢の住人。ここは母校の敷地にあった図書館だ。閉ざされた空間の外には校舎はなく、小高い丘から仰ぎみた空もない。書架と壁の向こう側には自宅の部屋があり、壁の半分以上を占める窓が光に透過され、まだ起きるには少し早い、眩暈に似た光の散乱を過剰なほどに演出している頃だろう。そんな現実と対比されるのは窓一つない陰気な空間。忠実に再現され続ける薄暗さは図書の保管に欠かせない要素でもある。左右に視線を遣れば見知ったものばかり。人の気配のない通路。古い紙の匂い。わずかに混じる黴の、鼻の奥に届くかすかな刺激。感覚を忘れさせる静寂が清潔さとして満たされていて、衣擦れの音さえ存在できない。背表紙の襟元に指を掛け、手前に倒せば、音もなく手のひらに収まる。重さのない質感を儀式のような指の動きで擦っても、感覚は返らない。夢だとわかる夢があるように、知らない本の内容を知っている、癖を嫌ってやさしく繰れば、挿し込まれた幾つもの栞に導かれ、ウィーディングされたページもみつかるはずさ、とわかる夢があるように、規則正しい排列に寄り添うのは、と語る彼らは沈黙している、夢だとわかる夢があるように、色のない、文字だとわかる文字もあっていい、と彼らは云う、夢だとわかる、花に、夢があるように、いつも沈黙は寄り添っているさ、と彼らはそう云う。


森の密売人

  kale

一匹のたぬきと出会ったときの話をしよう。
その公園はひとつの山を利用してつくられた空間で
一周するのに一時間近くかかるであろう池を入口の正面に据えていた
奥まで続く遊歩道を往けばまだ暑くなる前の時季の夜に
星や月の瞬きが打ち寄せる水辺の際に
ゲンジボタルも誘われ姿を見せる。
都会の外れの片田舎にあっても稀有な公園だった。

急激に肥大してきた腹回りの肉を
<自我>と呼んで久しく
後輩からは
妊娠何ヵ月目ですか?www
などと言われたこととは関係なく
休日の早朝にその公園を散歩するようになってからのことだ。
朝晩はまだ冷える春のなかにあって
戦士たちは鋼鉄の船に乗り込み
愛する者たちのために戦う。
戦う相手はいつだって
他者の他者性ではなくて
他者に投影された自己の他者性だ。
それは
車窓に映る誰かの顔の影を凝視しながら
人波を縫って改札から北口へ
逆走する月曜の朝みたいなもので
駅前から目的地までを貫くプロムナード
銀杏並木を通り抜け
等間隔に植えられた
歩行者用の信号が
赤から青へ
いっせいに移り変わる
季節の商店街をすり抜けていく。

永く緩い上り坂を考慮して
あきらかに釣り合わない
短く急な坂道を下ればひろがる。
緑、緑また緑。
深い藍と浅黄の勾配
防砂林から染み出した
微(そよ)ぎは葉鳴りと耳に触れ
到着までの道のりを労う。
駐車場脇の入口から敷地に滑り込めばあらわれる
広大な水面はさざめきに千切られて
またひとつとなろうと四散する
片割れたちを追いかけて
早朝の白い光を乱反射させながら
内側の構造を無防備に晒していた。
いつも決まって時計回りに遊歩道を歩く。
この池にまつわる河童の民話(※1)を思い出しながら。
珍しく人の気配のない道を十分ほど行った時のことだ。
雑木林の斜面に自生する植物の種類を調べていると
脱兎のごとく転がる丸い影が目の前で大の字に広がった。
(正確にはのびて気絶していたのだが)
はじめは犬だと思ったそれは
よくみればたぬきだった。

見て見ぬふりをして死なれては夢見が悪いと
しばらく介抱してやる。
変な病気や寄生虫を持っていたらいやだなと
思っていると突然飛び起たそいつは
しきりに後ろ足を気にしていた。
(二足歩行をしていたから単に『右足』でもいいのだけれど便宜上ここでは後ろ足で)
罠にでもかかってしまったのかって
持っていたペットボトルの水(以下、クリスタヴォルヴィク)を投げてやると
ちいさな顔や短い手の全身で追いかけて
つかみ損ね
池の縁に落ちたそれを拾って
器用にキャップを捻り開けると
浴びるように飲み干す。
人間とは違う口の構造的に
比喩ではなく本当に頭から浴びていた。
それからたぬきは鼻先に到達しかねないほど深いシワを眉間につくって
アメリカ人みたいにおおげさに肩をすくめてから
「取引相手に報復されたのさ」って。

最近は葉っぱをお金に換えても偽造防止の技術が発達して
自販機ひとつ騙せやしない。
だから投機やリスクヘッジの意味合いで
《テロりすト》なるものに銃弾を密売してた。
もちろんこの国じゃ所持することも
銃砲刀剣類所持等取締法に抵触するから
銃弾(実包)そのものは時間が経てば葉っぱに戻る細工をしたうえで、ね。
そこまで説明して
たぬきは不敵な笑みを浮かべた。
元に戻った葉っぱにはどんぐりや道知辺(ミチシルベ)(※2)
金縷梅(キンルバイ)(※3)の花びらと
キンクロハジロの糞に似た
植物の種を包んであるのさ。
クマドリ(※4)の顔の模様を真似て施した化粧の変装で
いかにも怪しかったそいつは
宮崎駿(※5)ばりの好々爺の古だぬきだった。

pararararararararararararararararararararararararararararararrrrrrrrrrrrrrrrrrrr
rrr...

言葉をすべて弾に変え
焼き切れるまで嗄れ果つるまで
映るすべてを撃ち尽くすまで
自動小銃小脇にかかえて
お前はAK-47な、ななな
俺はIMI社製のGalilっと
おっとっと
弾倉から
夢やら希望が零れ落ち
大匙いっぱいの命が今日も死ぬ
朽ちた果実と合成樹脂の
おおきな花に添えられた墓標の上で
また新しい命が落ち葉とともに降り積もる
何もかもが許せるのなら
そのまま墓標を
埋めておくれよ
そしたらまた
だれとも知れない墓標の上で
だれとも知れない
腐れる先から匂う臓物
一つひとつを蒔き散らす
お前と遊べる
俺とお前が死んだなら
また
だれとも知れない
だれかとだれかが
戦舞する
千切られた
血肉を掻き集め
ながら
端(は)のない節を捩じる円環
表裏のつかない自我の上
弾倉に残る
希望のかたちをしたそれを込め
踊る踊る 踊れ
後ろ足を引き摺り
ながら

隠花は
   種を蒔き散らし
  鮮やかに
 駆けていく
チアノーゼ色に
  溺れる翼果が
 浮き上がる
廻る光の鎮静に
  旋回する
 忌枝の
鳥葬

少女は花を間違えて
花は間違いを間違える
いつしかおおきな花となり
空白は鮮やかに咲き誇り
いつも花は少女を間違える

傷む骸に悼みをしつらへ
花の眠りに痛みをつたふ

ひかりのなかを静けさが昇っていきます。花のゆるやかな(性質としての)傾きが射影を発熱させて、座標のひとつとしてたたえています。見知らぬ空の内側をやさしく綰(たが)ねて撚りあわす、痕跡としての色彩をひかりのゆるしに埋(うず)めていきます。夜を伝う形状のさ青の海に飽和する記号は嘴に融け、翳の群生に紛れる影は記号のひとつと、さ青のなかを昇っていきます。

 花が咲いていた
知らない花弁の
知らない時刻の
知らない場所の
知らない彼等の
知らない原子の
知らない空白の
知らない化石の
知らない色彩の
知らない隙間の
知らない構造の
 構造を知らない
 隙間を知らない
 色彩を知らない
 化石を知らない
 空白を知らない
 原子を知らない
 彼等を知らない
 場所を知らない
 時刻を知らない
 花弁を知らない
花が咲いていた



うぅるいあそびにあいたなら
しまいにゃだまっこぬうちまう
そんうちみぃんなやってきで
よりみつつうでのわるかごの
みんとぅちとおめにわらはでみえた
せこはかわるぅにさそはでくった
みんとぅちとおめにわらはでみえた
せこはかわるぅにさそはでくった(※6)

はぁ、っとため息をつくだけで
誰かが傷つく
言葉ならなおさらに
マイノリティに忖度してから
臭い言葉は抹殺しよう
厠にトイレはもう臭いから
w/cにしちゃえばいい
cでwを割れば
他者性の内臓が露わになって
赤くて白くて黒くて甘くて
臭い言葉は
抹殺しよう

parararararararararararararararararararararararararrararararrrrrrrrrrrrrrrr
rrr...

ばとかが禁止になります
しとねが禁止になります
じとさとつが禁止になります
つとんとぼが禁止になります
つが被っちゃった
えとたとひとにが禁止になります
きとちとがといが禁止になります
しとじとんが禁止になります
しもじもんもぜんぶ被っちゃった

pararararararararrarararrararararararararrrrrrrrrrrrrrr
rrr...

パンダを殺せ
お前らの考えてる
それじゃない
マスコット的マスカット
イチゴのレモンを殺せ
形而上の概念の
器のない白と黒
マスカット的レモンを貪る
イチゴのマスコット
たぬきを殺せ

parararararrararrrararararrrrrrrr
rrr...

赦せないのか?
許しているよ

知ってるだろ?
疑っているよ

良い天気だろう?
贈り物をしろよ

車内で ふたり
 互いの 両手
冷ゆく 熱を
奪い 合いながら
未来に ついて
語り あった

星について話をしていた
星をめぐる物語について
夜明けの星が波打ち際に
打ち上がるその時刻まで

parararararrararrrarararrrrrrr
rrr...

あなたの面倒臭さは
       永劫回帰ね
おまえの顔面は
  一回性の連続だろ

parararrarrararrarararrrrr
rrr...

ふたりの距離を測ってみようよ
時間と速さの関係で
この線の延長上には
永遠がありまーす
ここからそこまで紛争地帯
補助線、引いちゃった
まじめにやれや
点と線を結ぶことなく排列すると
反転した鳥たちが
永遠を反芻しているよ
モールス信号?
ひゃあ、ひゃあ、って
左におおきく流されて
関数とかわっかんねぇ
未来にながされていくよ
過去へ、じゃないのか
うみかぜの匂いとさざなみの音
Pとかdをぜんぶさらって
途中式は省略するのか
空間が時間を再生するように
  ひゃあ、ひゃあ、
 ひゃあ、ひゃあ、
って
点と線を結ばない最短距離の沿面に
ああ、鴎が塒(ねぐら)に帰っていくよ

違うよ

嵐がきたんだよ

pararararrarrarararrrr
rrr...

前提を違える二人の永遠に
真実の愛など訪れないね

pararrrarrrrrr
rrr..

分離した剥き出しの
春は何処までも音色だったから
主旋律を忘れてただ響きあう

pararrrrrr
rrr..

pとaも禁止

rrrrrrr
rr.

量子化されることを嫌う
流れる体液は赤白黄緑黒紫と
雑じり気ばかりの感情に
変圧と分光を繰り返す遠心性の
340.29 w/cの回転数で

rrrrr
r.

それはまだ春が春になりきる前の
足の痛みに出力されて歌うたぬきの話
早朝の大気と音と光のなかを
一切の音を盗まれたようにして歩けばあらわれる
転がるように移ろう季節と同じ回転速度で
転がって来るたぬき
時折こちらを振り返り
目と目が合えば
肩をすくめる
二人(一人と一匹)の間のわずかな距離に
どんぐりが点、点、点、と落ちていて
足元には実包型のキーホルダーが落ちていた
腰を落として土を払って
視線を上げた時にはもう
たぬきはいない

ロアナク・アリアロ・デリーサ

太陽は
海を残して
行ってしまった(※7)

rrrr
r.

後ろ足で
びっこをひく
春は
四散する片割れを
追いかけながら

そんなことを考えながら
月曜の早朝の
光のなかを歩いていけば
聴こえてくる
忘れさられた
古い響きの
遊び歌が

rrr
r.










rも禁止










※1 子供が河童に水のなかに引きずり込まれて死んでしまう、というよくある妖怪伝説

※2 野梅系のバラ科サクラ属 梅、らしい
   バラなの?サクラなの?とかわざと言いたくなる

※3 キンルバイ、マンサクとも マンサク科の落葉小高木
   早春に咲くことから、「まず咲く」「まんずさく」が
   東北地方で訛ったものともいわれている

※4 自作の空想上の動物 日本の固有種 鳴き声の発声法が独特
   感情が昂ったときや悟ったときに体の動作を止め
   首を大きく回してから睨む、そんな習性をもつ

※5 言わずと知れた日本のアニメクリエーター 

※6 自作の遊び歌

※7 ランボー「永遠」のオマージュ


  kale

夜の裏がわに 棲む という
眠りをなくした 鼠たちは
蠅に群がり 少し
興奮している

水は
触れる前 わずかに
脹らむ
渦は 渦を手招きながら
水滴を求めて 更におおきく
樹(いつき)の夜に 齢を拡げる
輪郭を 確かめ合う
舌と舌
蝙蝠は月の在り処を 舌に尋ねる
数を数えて かたちを 忘れる
 ガラス製の コンパス の製図する
弧の両端に 打ち寄せる
風は はじまりも おわりも 風化させ
やがておおきな 螺旋を 騙り
夜空に雑ざり 滴下する
深水の底は ロゼット状に
 波打つ 疾走する
燎原を 往く
馬の背は 〓く 低い 

重いものから 捨てていく
水は 水に 触れていた
澱は白く 累々と
収束は散乱 に鎮む
その無秩 序な規則 の正しさに
静物は 夢
色彩だけの 夢をみる

羽根だった
白い趾(あしゆび)は 渡りの文化 を
わすれていく
そのやさしさで
水を掬う
ケラチン質の舌が 探る
梢の目指したその先に
蠅は軽さを求めて齢を拡げる
わすれる という
掬いの数だけ風を辿れば

翅だった
舌は舌に触れていた
貴腐化をわすれた
夢は水
始まりさえも 存在しない
水は 水に 触れる前
わずかに 少し
脹らむ


光滲/Blau syndrome/

  kale

運行は拾い上げられて、星のかたちに遊んでいた、密航していく動物たちの、参列はにわかに滲む虹のひとつに、みつけて欲しくて探しあっていた、姉妹のようなブラウの群れに、踏み拉かれる光源に、押し入る彼らは光に紛れる、招かれざる客の手招きに、夜は隠されて、あらゆる光はゆりほどかれた、さあ急ごう、単調な音楽を、追いかけていく、遊びだよ、塞ぐように、いつまでも、交互に押さえて、帰り道、リュトムスの口許にアコードが、汚れる前に帰ろうよ、あちらこちらに隠された、眼差しは赫赫(アカアカ)と、密航者の面差しに幾度も障る、月は何処までもあかるく、窓から押し入り、瞑れていくのに、思い出せない後ろすがたを、いつまでいつまで、と、ブラウは光の深さに、(いきをうずめる、)



Noch ehe Gestirn naht
星月が互いに引き合うまえに

Ihr trautes Schwesterlein
誰かにとっての愛しい妹

schlummert wachenden Schlaf
夢のなかでみた夢の眠りに

Im Hause hat eine Uhr geschlagen...
広間の柱時計は鳴り響き…

Das Wort aus Osten zu uns
東の方から伝わった

Habe ich geschwiegen
言葉は私を沈黙させる


 


  kale

「わるい」
スピーカー越しの声は短く告げる
二人で住む家のために、と買った
シャビーシックなテレビの音に紛れて
短く三回、女の声が聞こえた気がするのはきっと
昨日飲まなかった薬のせいだろう
男は、『わるい』と『すまない』の違いに
女が気付いていないと思っている

実物なんてみたこともない
女は受話器の冷たさをデザインした
ピクトグラムをタップする
同時にそれは
同じだけの強さで
心臓の近くにある小さな臓器も
突いていた
鏡越しなら誰もが互いに指し合うのに
この指はいつも私しか刺さない
いつだってこの指は
私の言うことなんか聞いてくれない
そんな日記に書き殴ったこともない言葉を
思いつくはずもなく彼女は――

自分の指が嫌いだった
自分を捨てた母親の手に似ていると
大好きだった父が
手を引いてくれたあのときから
何度、力任せに折ってしまいたいと思ったか
わからない
先天的ではない方の利き手をさすりながら
時間は約束を素通りする
Pirondini社製の長針は
女をただ見送っている

遠ざかるように
いつしか眠り込んでいた
近づいてくる足音に視線を追わせてみる
足音を立てながら
清潔感のある黒いソックスは
キッチンへと進んで立ち止まる

知らなければよかったと
覚えたはずの口笛の吹き方で
忘れた日のことは覚えている
忘れようとすることは
思い出すということさ、と
遠くの方から
声が聞こえる

スピンドルが持ち上がり
圧力が弁を押し除ける
我さきにと隙間をめざし
自由を求めて
不自由な世界に殺到する
逆らうこともできないね、と
不純物だらけの思考では
声を挙げることさえ許されない
雫は自我を保てずに
澱みを掃除したばかりのシンクに垢を


起こしちゃった?
―― 眠ってないよ
わざと起こしたくせに
かぶりを振って応える
二人だけの暗黙のやりとり

「うん?」
「ドライブに行こうよ」
「苦手なんだよ」
「知ってた」
「そういえば――」
「楽しそうだね」
「お腹空いてるんだ」
「ごめん」


不調を隠したまま
女は男に抱き寄せられて視線を逸らす
男は身体を僅かにそらせて
気遣う素振りをみせる
聞こえない類のため息のあとで
今日は帰るよ、と優しく告げ
足音も立てずに玄関へ向かう
男の上着にはシワひとつない
父親のそれとよく似た背中は
女が知らない帰路を足早に辿る

庇うように無意識に
女は自分の身体に利き腕を回す
男はそれに気付いていない


  kale

朝をひく

糸をたどって光を束ねる、浸された、どこまでも水平な意識のなかを、沓おとがハッカ色を響かせていきます。もえるように冷光が、撫ぜるとしずむその場所に、陽だまりはかくされた。しらない色としらない色をまぜれば、そこにある。かつてうみだった土地の、記憶がけがれをあつめて、青くなる。指できょりをはかっていた。はっかのようなしずまりに、ひかりが撚れて、文字がうまれた。はっかしていく鳥たちが、においを便りに尾をひいて、弛緩する、時間のじかんを、水平に、いつまでも朝をひき、枝をたよりに、のぼっていきます。





花託

  伝えるために、と
 繰り返された
「この枝を
 練習のための練習を
( あなたのそれと
滲ませて
  おおきな花に託された
  七つの輪っかは
   交換しよう」
  まだ仮染めの
うぐいす色を花間に渡して





大空洞

遠心性の鳥たちがこの星を駆け巡る加速度で枝の内部の散乱を裏返し翡翠は影を鎖環に湛えて横断する記憶に自由を同期して捩じれながら継ぎ継ぎに角度の総和を喪う安息に0ばかりを足していく子らのさ青のさなかを行き交うように





群舞

かつて

その痕跡に誘われて

無が咲いていた

その痕跡に誘われて

虚が咲いていた

その痕跡に誘われて

渦が咲いていた

その痕跡に誘われて

石が咲いていた

その痕跡に誘われて

水が咲いていた

その痕跡に誘われて

木が咲いていた

その痕跡に誘われて

鳥が咲いていた

その痕跡に誘われて

光が咲いていた

その痕跡に誘われて

夜が咲いていた

その痕跡に誘われて





原野

火に夜を継ぎ足していた
昨日の今頃に
花弁は鱗に姿を変えていくのだろう
明日の今頃に
蝶は羽片に姿を変えていくのだろう
今日の今頃に
夜に火を継ぎ足していた
この両肩に薄く降り積もるのだろう





ペトリコール

洪水に流された罪を罰と呼ぶのなら
洪水に流された罰を何と呼べばいいんだ





カシューナッツ

「ギムレットを飲むには10年早い」
そう云う先輩には技術がない。
材料がない、と聴こえてきたのは水の言い訳。
今朝から雪が降っていて、いくらか身体に混じってしまった。
「純血を取り戻せ」
と、観客のいないライブ配信と食べ残されたカシューナッツの独白と。
アブサン。毒のない薄荷の靄を集めてグラスに注げば、出来上がり。
融ける氷の弛緩をステアに欠き回し、
グラスの底へ沈められたカイワレを敷き詰めていくモヒートは、
「ジェンガやろうぜ」
微かに青臭い。
白い背を丸皿に、無花の飾りは整列しながら、雪の呼吸を静かに、しずかに。
腹違いの片割れはうずくまり、
下向きに更された、カイワレは青臭さを自覚している。
カシューナッツは上向きに、晒された魂のかたちを自覚している。







光の重さを
教えてくれる
虚無から生まれた
この朝も罰だ


花戦争

  kale

逆しまの奥行きは螺旋の中心へ不整地の塔から身を投げる。蝶のおおく眠る島にうまれ花の根もとから還っていく。双子の鷺はリュウゼツランの花茎から樹液をすすり、首のほそさを左右にゆすり、存在のおもさに、唖唖、と啼いている。背の高い葦の群生をかき分けてひくく視線をねかせれば、甘い蜜は嗄れるために涸れていく。いっさいの音をうばわれた。白の草原に火を治め水を統べる王はまだいない。湖を取り囲むのはアネモネと無数の猿の群れ、そして彼らを取り囲むさらにおおくの白の蝶たち。白夜の草原に黙(しじま)のおわりを私(ひそ)かに伝える失明は反映さえも水の戯れと。飛白(かすり)は中心を忌避するための旋回を、帆翔するのだから、何処から覗き込んでも正面から見つめ返されているような。『みずふみ陲(ほとり)のやうやう青さ、赤さ、黒さはしんしん白ひ。『アネモネはたしかにそう云ふやうだ。『猿たちもたしかにそう謂ふやうだ。『けれど此処ではなにもきこへない。『葦の舟にながされて。『獣たちはただだまつて『此処にゐる。『     。いさかいに手折れた数だけもたげる馘のとむらいを、ていねいに、へし折れば、其のひとつひとつを互いの額にかざして視線をかくす。かさねるということを存在はゆるしあえない、ということだから。めまいのような白日のそのさなかの中心へ。ひゃくの花をとむらう花をとむらうせんの花ばな、を取りかこむさらにおおくの花ばなはいっそうたかく掲げられ、とかたられた白の罪に蝶葬される。『花は。『アマデウス。『何処からきて。『何処へ征くのか。『あはれ片芽はうばはれた『吃花(※)に属する我ら忌み枝。『花を吸ひ、花を摘み狩り。『花の死に。『花よ眠れ。『花崗(みかげ)の四翅に遊離して。『しづか光糸の束はゆつくりと。『暴露していつた。『飛沫と。『嘆きと。『螺旋のすきまへ。『沈みからまる。『     。



シダの森の奧から奧へ。おおきく廻りながらまっすぐに。もはや座標には意味はなく系だけが時間の高度をおしえてくれた。なにをきこうとしていたの?加工されたもみの葉の先端で、ずいぶんと遠くまで。枝葉をおとせばあしもとにみえてきたのは、雨だった。雨粒と太陽は刺しちがえ、毎日うまれかわって殺しあう。雨が雨でなくなってゆく。太陽が太陽でなくなって。そうして微かにゆっくりと枯葉の裏べりからなにかが、しめった匂いを漂わせてくる。なにをみようとしていたの?痕跡は痕跡を覆いかくすのに、信仰はおびやかされてしまうから。ひっくり返した石はもとに戻して。きのうときょうとあしたの彼らは、おなじではないいつもちがう。流しつする血漿や剥離した肉腥は種子となり芽吹いた花が、外を目指して内がわの中心へ、咲こうとしている。傷ぐちのいたみを白々としらしめる未分化の体液は漏出し、日常は生を撚りあわせた営みに享受される。わたしは森に属し、森を構成していた。奪ったものはいつか奪われる日がやって来る。信仰はいつでもためされているのだから。いつも予感はかろやかに障害を打ちおとす未来ばかりをみせてはくれない。花の匂いを追いかけて太陽の匂いを追いかけていた花の匂いは追いかけられる雨音を追いかけて太陽の匂いが追いかけていた裏べりの背に滑りおちる。かれらは呼び止めるたび、ふりかえり、時間の高度をたしかめている、ふりをしていた。おとをたてることなく獣たちのみちを征けばあしのうらはまだやわらか。ああそうか。約束の場所はもうすぐそこ。










(※)吃花
  沈黙する花、もしくは、共食いする花


星言葉

  kale

bird、みんなみんな見えるという青い鳥たちが、空を横切るときの比喩、みたいにしずやかな響きで、貫通爆弾が等高線をshuffle、修飾していくね。神さまを修飾すれば戦争に、なるのだろうか。誤読からはじまる読点を、雨に喩えて問う星言葉。



草原の匂いのする
蹄の跡を残さぬように
誰かの残した目印は
眠りの湿度を
諦めている
柵のない
故郷の土に
探しにいこうよ
虹のひとつを
彼処にうまれる
羊の群れは
まだ丘の途中
谷よ山よと
谺んでいるのは (※)
誰だろう



いっぴきのあおじろいちぎれぐもがアア
そらにもがいてアアしずんでいきます
あれはだれのたましいでしたかアア



耳をふさぐと余計に響く
雨音の切れ間をすり抜けて
垂直に飛び立っていく
彼らは渇いていたのではない
歪みのない垂直もまた
歪みの一種だとは思わないか
そう言い残して姿を消した父さんは
濡れることを嫌って雨のなかへ
雨の構造色が収斂する
環のたもとでいつかのように座りこみ
何やら熱心に観察しているようだと
鳥たちはしきりに噂をしている



しらないの約束のあいだに
いつもさよならはしらない
おろしたての沓でつまずいていたいから
ほらみて父さん自由だよ
呼ぶこえはずっとさえぎっていて欲しい



いまわすれられた角度のなかをのぼるようにくだっていきます結しょうはなつかしいふう景を散らんさせるしゅ嘘くにたくさんくっついてはなれていきます、いま。というわすれられた角度のそとをくだるように飛びたつふくろうたちは夕やけをふぃゆたーじゅみたいねかさねた層のうちにおぼれていましたね肺ほうをもやしていましたとねむっていましたね。いま。かんろがおびただしい水溶せいのあ軽さに逆らっていく力がくと天きゅうを謎らないあのた今つさえもさえぎるのぼるようにのぼらないうそ西ずむようにしずまないてんたいのようにはっ光して。とりたちだった仮しょうをむりやりに剥ぎとってだ遺児なものがてらてらのぞいてなによりもざんこくな希しゃくをざん巨うがほしかったなんてうる刺すぎて粘まくはふさぐあてもないのに駆けていくね欠けていくんだねもうだれよりもうつくしくなれるはずだったのに。いま。わすれられた耳なりはふぃゆたーじゅ。しんでいった卑溶せいのさい胞にかぶさっていく残きょうがわすれないようにさけぶことをおぼれないようにもやせないようにねむれないようにのぼれませんように。どうか。



bird 、や鳥たちが見た、っていう青い青いみんながばらばらに空を横切っていく、ときの比喩みたいだね、しずやかな響きに誤読された読点は、耳を塞げば余計に響く、雨みたいなvogel 、が絶え間なく地面と心中していくから、等高線にshuffle、修飾されていくね、層になっていくよ、uccello 、眠っているんだね、うそが堆積していくんだよ、きらきらだね、じゅうりょくが逆さまだよ、あなたの星座みたいだね、ぼくのじゅうりょくが?そんざいが主張するおもさのことだろう?oiseau、まだ聴くこともできないの?ざんこくだよね、aves、avis、bird ?







(※)谺んでいる
  よんでいる、あるいは、さけんでいる


まつろわぬ神

  kale

湖の淵に腰かけて足を浸している、とうの昔に干上がってしまったわたしに足を浸すわたしがいる。
ひび割れた湖底に散乱するのは夕陽にやがて溶けるだろう素魚の赤橙色に斑(まだら)む背骨の曲線、小白鳥の軽さだけを詰め込んだ翼骨のその構造、しなやかな筋肉を支えるための羚羊の大腿骨は、生前の記憶をほころばせ色素をたゆませていた。涸れるために要した時間の厚みを足さきで繰(く)るように測りながらそんなことを。
アルベドの丘を駆けあがり磔刑に処される人をみた。素魚の背が光の入射角をもてあそんでいる。黒檜の葉を反芻する羚羊は身じろぎもせず此方をみている。いつか溺れて息絶えた小白鳥の白さはわたしの色素のひとつとなったのだろうか。
遠い場所からまた違う遠い場所へ、干上がってしまったわたしには時間だけが満たされ続けて決して欠けることはない。


テラリウムの夜 /La nuit terrarium

  kale

板張りされた 部屋の窓から

抜け出して 夜行列車に

飛び乗ろう 水銀に満たされた
  (Mer de mercure)※1
ボトルシップに 故郷を浮かべて
 (Mon coeur)※2
何処からいこう 何処までいける
   (Le soleil est plein)※3
 発車確認 指差喚呼 

トリコローレの 空のある

 終着駅を 目指そうか

水よし 星よし 酸素よし

 くぐもる 車掌の鉄道 合図

月光放射の あかるさが

影のない 真冬の夜を

 翻訳していた 摂動 遷移

夜更けの aubeの 進水式

 戒厳令下の 逃避行

みずがね 密度を 瀞くしている ※4



こつりこつこつ灯が点り
ほそい腕木の電柱ばかり
日没からはじまる一日を
球面光素が歪ませている
エスメラルドの駅に寄る
無色のゴーシュが覆う街
枕木の傍に林立している
ぽつりぽつぽつ陽が昇り







※1 Mer de mercure
   水銀の海
※2 Mon coeur
   私の心 (coeurのoeは合字)
※3 Le soleil est plein
   太陽がいっぱい
※4 みずがね 水銀の別名


まほろば

  kale

エメラルドの濃霧が煙る雨裂には午後の澄水が流れ込み硬金属層の残丘が墓石状に点在する渓谷となって久しい、母なる言語から翻訳された花緑青の谷底では嫌気性のアノマカロリスとハルキゲニアが嶼ほどの体長をうねらせ獲物をさがしていた。黄金の季節。真葉の日の下午。主語の存在しない空からは王水が降り注ぎ、溶解する白金に彼らにとっての甘露は穢されていく。メガネウラの成体内で生成された柔らかな石が汚れた王水と混ざり合い、体液に塗れたまま総排泄肛から外気へ触れて結晶し、花緑青となる。雨溜に副い軸生する胞子曩群が値遇(ちぐう)雨季と乾季のわくらばに地表から芽ぐむ、その代謝が僅かの水と酸素と束の間の安息を楽園へと還元していく、触媒になる。対の季節の循環を一定の周期に遡上する羊背のノマドたちのその真名は、やがて父なる言語に翻訳されたかどにより永遠の喪失に冒される。最後の一滴がいつまでも疎らに降り頻っていた。刺激に促された目覚めに、その歓びを伸展させる幾筋もの胞子曩群は雨裂を模して溯(さ)き、墓守のための詩碑のように島嶼する残丘を管理していた、色の世界に沈座して、つとに胞子を放出させている。エメラルドの濃霧に濡れそぼつ花緑青の谷底では、アノマカロリスとハルキゲニアの幼体が菫外色の日差しの放射に打ち震え、熱を色だと感知するその複眼で獲物を、メガネウラの幼生の神経節を捉咥(そくし)して、交互に引き摺り、息絶えるその時まで、遊ぶように奪い合っていた。


めるひぇん

  kale

ずっとむかしにすんでいたきざ
はしのうえでうまれたひな鳥た
ちにあまれたばかりの庭さきは
かかしにまぎれて見あげていた
いびつなトマトのしたでとおく
ねむっていましたねしずまる寝
いきにおどろかされていつまで
もおもいでをしろいりんかくと
してかくしていたからおとされ
たエレウテリアがらっかしてい
るようにみえていたんだねほら
清けつなフラスはしろくけがさ
れてうまれるはずだったひな鳥
たちの足ゆびはけがをかかとに
あまれた足おとと雪とまざった
かんかくはおどろかされてあち
らとこちらをゆっくりとあむあ
まらしろくすんでしまった庭さ
きはうまれるまえのめるひぇん
とゆっくりうれゆくエレウテリ
アとトマトになってうまれかわ
ればまだとおいきざはしのした
清けつな足ゆびだったひな鳥た
ちのしたをなんどもやわらかく
つかもうとしたずっとむかしに


Pure Acceptance

  kale

いつもなにかを願っていた。あしたの天気のことだとか、つまらないからといって、まだ幼い弟の浅いねむりをさまたげてしまう姪のこと。喉の腫れを放置して痛みをおぼえて、はじめて死に至る病気についてとか死に至らない病気に残されているはずの寿命の早さとか、速さとか、距離、重さ、みたいなものを乗りきるための、両ひざの軟骨成分はプロテオグリカンがいいのか、コンドロイチンがいいのか。さいきんスマホの電池の減りが異様に早いこと。ピエゾと呼ばれる圧力が宝石を振動させていくその変換の出力はちいさくて、アルコール消毒はGel TypeではなくGem Typeになることはけっしてないのか。R-TYPEの超束積高エネルギーの実現可能性のこととか。すきだった俳優の三浦春馬が死ななければならなかった理由とか。あたらしいものはほとんど増えていかないのに、日常はそのすべてを織りこんでしまうこと。ふるいものばかりが増えていく部屋からなにも断捨離できずにいて、こんまりがショッピングをすすめてくる棚のなかで、川端康成集が埃をかぶっている。駅前のおしゃれな食事処で食べた白米がおいしかったこと、選ぶことのなかった十五穀米のことだとか、店員の笑顔とか、上品で、繊さいな語り口が永遠にうしなわれてしまった番組の名まえが「世界はほしいモノにあふれてる」であったこと、のびてきた爪の白い部分を爪先(フリーエッジ)と呼んでみたかったこと。根もとの白いところは爪半月でルヌーラって名まえだってことはしっていた?しらなかったことをしってしまった細胞は、あいかわらず60兆個の細胞でイオンチャネルをひらいているし同時にとじてもいるし、毎日1兆個の細胞が入れかわっているのに、総入れかえは2ヶ月かかるというし、たましいやこころの、神経節のサイクルはその勘定に入れてもらってはいないのだろうし、おそくとも、約1年ですべてが入れかわる脳細胞が「世界はほしいモノにあふれてる」という文節を、ぶんせつ、とひらいてみても、bunnsetuととじてみても、それは共時的におもいだされることも、わすれられることもあるのだろう、という予感さえも織りこんで、細胞の入れかわりに巻きこまれていくマーブルは、層になることもできずにふるいまま。いつもなにも叶わないことをしっていた。


予祝 / - ephemera

  kale

予祝
 
  
一一うちあぐまえから区別のつかない境目、湿りを軽くはらえば七日目だった。すぐに濡れた、上嘴の棘に味蕾の橙、夜凪ぎは濾摂され、詰込まれた、夜半にまみれるはだしの半蹼、羽根初列。はばたきは徴なのだから、風に反目する天使は「ろうあ」なんだよ。まだ浅い速度に祖母の眼球は、うごいていないのに、こごえるように、おそれている。墜落する、はやさは花に渡り損ねたおとといのこと。飛えいを、左右に、附随して、ーメーデ、メーデー、ニスイの青を、掻き毟り、ブルネットのウミネコの、へ沖、沖へ。消えない、銀の真皮に、陰火はおろされても、軽いものからいへむらと、かぎろいあそぶ、自殺者のもりのともがらが、刎ねていた、羽根無しの、口吻を、千に、縊る。かがり火の庭に咲く曼珠沙華の、なぜか赤く濡れていた、偽膚を襲る、濃色は白白、うら枯れ、乙夜に、わくらみはじめる。

 
一つずつ、千から、一を引いていく。
  
一つずつ、百から、一を引いていく。
 
一つずつ、十から、一を引いていく。
  
 
古さが、脱皮しながら、古いまま、二筋、割礼された、色彩に、光、煤けた首に、真横へ、垂れる、光、心柱の、厚い端切れ、舌の先、光、やわらかな部位と、隔絶する、また別な、痛まぬように、やわらかな、光、また、光。古い、から、一つずつ、大切なものを、引いていく。

 
一つずつ、舌から、千を引いていく。

一つずつ、百から、白を引いていく。
 
一つずつ、一から、一を引いていく。
  
 
「大事なものは『一の夜のワダツミに《一して{おくんだよ}》』」

記された あざは 栂に 緘口された 祖母の 早朝 喉に きのうを押込む 虚仮の N極 肉の削げた 線描の空 地平の半径 狂針する ウミネコの方角を あさっての海へ 差出していた 黒い 風切り羽根を 一つずつ だから 彼女に映込むもの すべて 端から 濡れていくのか
 
被幕のびらんに、一を隠して、誘う水、白いヴエルが。花のミンチを詰込まれ、百伝う。天使の時間は流刑なのだということを一一。
 
  
 
   
  
 

- ephemera


彼らは「ちいさな」嘘を隠すため、手のひらを真似ると「決めて」いた子らの静を準ってしまうから、水につつまれた手のひらは「慎ましく」音骨に身を窶す。

彼女は「言い」訳をかんがえるまでもなく産卵し、おびただしくうまれて「いた」。離散する運「動」で彼女の言い訳を邪魔していたのは誰だ「?」

水漿の卵「管」を縦横する気嚢の長濤は欠如として、昨日と今日が交わる今朝は、晨以外で「重」なっている。裏にかえる手のひらのひとつは手のひらからすり抜けた手のひらとまたおなじ手のひらに潰された「数」多の手のひらたちと直かくに「交」わり平こうする手のまたひらにまたうらかえり。

水「環」に癒着する、誰かのくちびるの硬度は、欠如の不「全」を準静する、ためだけに言い訳を、限りなく産卵する子らの「手」のひらのかたちで。


水鳥がうまれる

  kale

“Let’s hear it,” said Humpty Dumpty. “I can explain all the poems that ever were invented - and a good many that haven’t been invented just yet.”
Through the Looking-Glass, Chapter 6

「ほら聞いててみなよ」ハンプティダンプティはそう云った。「これまで吟まれたことのあるどんな詩だって説明できるし、これから吟まれるだろうどんな構造の詩についてだって説明できるのさ」
『鏡の国のアリス』第6章より

さあ帰ろう
訪ねたことの
まだ無い国へ

風の運動をみた
谷わたりの日

落ち葉の孤が
空を刳り貫き
枝間の木霊と
孤独を螺旋へ
電子の樹海は
てんぐ巣状に
胴枯れ傾斜し

ピサの斜塔は傾きすぎたから正しい傾斜へ時を戻そう

自らを複製するように
ほら、池の鯉が身を
翻しているよ

雀羅のすきまへ
転がりよじれる
そのぐうぜんを
ひとつの秩序と
引きかえにして

だれもしらない/内がわの
比例して/震える/声量と
くちびると/鼓膜と
ハロー/はろー

これは
愛とか夢とか
希望や勇気
光に溢れる
恐怖の話

20時35分が20時35分に到着した
rain が体の外に降ってきた
聖者たちは異邦を縦断していく
20時35分が20時36分を

秘匿の重なりに
繁茂された花骸
天柩は光の球を
受け止めている

誘惑されて身を委ねてみても
想像より強くこの手を引いてはくれない重力

無重力の感覚は浮遊より落下の直中に

雨粒の時間は案外ゆっくりと
ながれているのかもしれない

羽と翅を繋ぎあわせれば
さいづらう
から人間が燃えていた
花はいつまでも幼く
言い訳をかさねる
から
あやしていた
はぎすはむぐら
ひあもるき
継ぎはぎ
呼びあう
しう
あまら

アップルバーボンで
聴覚は色素を感受している
発熱する blue のゆらぎを
心臓へ中継する日和見器官

光の続きを ながめていた
そこに 構造はあるのだろうか
雨は 降っているのか
メルヒェンの 寿命が
ちいさくなって またひとつ
ちぎれ とぎれ
花湧く 泉に
頭を 浸して
灯は あかるみを
閉じこめた まま
夜道を 照らさず
時間は ちいさく
泥濘に うなだれ
降りつつ 離(か)れつつ

君は君の足もとに君の足あとをそっと置いていく足おと

本質を取り払った装飾に新たな本質が宿る瞬間

      ふ
蕊。心。ぷ。ふ‡
      ふ
      。

わたしたちは謎をてにいれた

謎が謎を呼んで謎はわたしたちを増殖させていく

謎に侵食されてもう詩しか口走れない!

魂が contami を起こしている
音痴になったときだけ
言葉のしゃべれる
代償としての吃音で
趾痕になるはずだった
時間の rain に
別れを告げる
その場所に
波紋だけを
置いていく

花鶏の声から、ほつれた花糸を、透かして承ける、薄紙の天柩、人間、だったのかもしれない、水鳥の、青くうまれる、その場所を。

赤青黒白黄緑を混ぜたなら

光の続きへ
詩人たちが
我さきにと
飛び込んでいく

油を塗られ清潔なまま朽ちていく
シナモンの香りと
紅茶と枕と

レイン,レイン,

詩のはじまりが
俺とは無関係でありますように

世界の終わりが
別離とは無関係でありますように

夢のつづきがまた別な夢のつづきとつなが

スプライサーが故障している

splicer,splicer,splicer,pl

まだ出会うまえの俺たちに
別れの言葉をつなぎあわせても
すぐ剥がれてしまうからあきらめた

潔癖すぎる僕らは咽頭の潰れるまで叫んだ方がいい

一綴の物語から季節が一折ずつ失われ

醜さは隠すより個性と言い張る方が現代社会とよく似合う

最後にのこった Bitter end がどうか

真の狂人は他者を狂人と認識する

詩以外のものでありますように

Happy end なんかにさせねーよ

詩以上のものでありますように

光の続きに波紋がひろがる

文学極道

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